説明

質量分析装置

【課題】パルスカウント型検出器におけるパルスカウントの計数効率の変動を抑え、定量分析の精度を向上させる。
【解決手段】制御/処理部30は記憶部31に保持されているデータに基づいて、質量走査のために四重極質量フィルタへ印加する電圧を走査するのに同期して閾値電圧VdLを設定するためのデータをD/A変換部25へ送る。通常、イオン検出器13に到達するイオンの質量が大きくなると、二次電子増倍管15からの出力信号の波高値は高くなるから、これに合わせて閾値電圧VDLを高くする。それにより、分析対象のイオンの質量が変化してもカウンタ24に入力されるパルス信号のパルス幅はほぼ一定に維持され、カウンタ24による計数効率もほぼ一定に保たれる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は質量分析装置に関し、さらに詳しくは、イオン検出器としてパルスカウント型の検出器を利用した質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置では、試料から生成された各種イオンを質量(厳密にはm/z)に応じて分離し、分離されたイオンを検出器により検出してイオン(質量)毎の信号強度を取得する。この信号強度に基づいて、横軸をm/z、縦軸を強度とするマススペクトルを作成することができる。
【0003】
質量分析装置において、イオンを検出する検出器としては、大別して、イオンの平均電流を測定する直流型検出器と、到達したイオンの個数を計数するパルスカウント型検出器とが知られている(特許文献1、2参照)。一般的には前者の直流型検出器が利用されることが多いが、信号強度が低い場合で、且つ化学的ノイズが小さい場合には、微小イオン量の測定に有利な、後者のパルスカウント型検出器が利用される。例えば、液体クロマトグラフで成分分離された試料液中の成分のMS/MS分析(タンデム分析ともいう)を行うLC/MS/MSでは、パルスカウント型検出器が利用されることが比較的多い。
【0004】
イオン検出器として用いられるパルスカウント型検出器の概略構成を図4に示す。イオンはコンバージョンダイノード14に入射して電子に変換され、この電子は二次電子増倍管(EM)15に導入され電子の数が増倍されて検出される。この二次電子増倍管15からの出力信号がプリアンプ21で増幅され、コンパレータ22で閾値電圧VDLと比較されることで2値化される。コンパレータ22の出力信号は波形整形器23で波形整形されて正極性のパルス信号となり、カウンタ24に入力される。カウンタ24は一定周期の間隔に発生するパルス信号を計数し、その計数値がイオン数に応じたデータとして出力される。
【0005】
図4中に記載したように、二次電子増倍管15からの出力信号は山型形状であるので、閾値電圧VDLが低いほど(正確に言えば閾値電圧の絶対値が低いほど)パルス信号のパルス幅は広くなり、閾値電圧VDLが高いほど(正確に言えば閾値電圧の絶対値が高いほど)パルス幅は狭くなる。閾値電圧VDLは、好ましくは次の3つの条件を満たすように決められる。
(1)閾値電圧VDLはノイズの波高値よりも高い。
(2)閾値電圧VDLのレベルは、生成されるパルス信号のパルス幅がカウンタ24で計数可能なパルス幅よりも広くなるようなレベルである。但し、パルス信号のパルス幅が狭いほど、カウンタ24で計数できるパルス数は増え、計数効率は高くなる。したがって、計数効率の点からはパルス幅ができるだけ狭くなるように、閾値電圧VDLのレベルを決めることが好ましい。
(3)閾値電圧VDLは、プリアンプ21からの出力信号の波高値の最小値よりも或る程度の余裕を以て低い。
【0006】
従来、コンパレータ22の閾値電圧VDLは、上記のような条件をできるだけ満たすように予め決められた固定値とされている。しかしながら、二次電子増倍管15からの出力信号の波形形状はイオンが持つエネルギーに依存し、一般に、より大きなエネルギーを持つ質量の大きなイオンでは出力信号の波高値は高くなる傾向にある。この波高値が高くなると、生成されるパルス信号のパルス幅は広がるため、カウンタ24での計数効率が低下する。そのため、分析対象のイオンの質量によって計数効率が変化し、これがイオン強度信号の誤差をもたらすおそれがある。
【0007】
【特許文献1】特開平6−118176号公報
【特許文献2】特開平9−251079号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的は、パルスカウント型検出器における計数効率の相違をなくす又は軽減することにより分析精度を向上させることができる質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために成された本発明は、イオンを質量に応じて分離して選択的に通過させる質量分離器と、該質量分離器を通過したイオンを検出するイオン検出器とを具備し、前記イオン検出器が、イオンの入射に応じて発生する出力信号を所定の閾値でコンパレートしてパルス化するコンパレータと、該コンパレータによるパルス信号を計数するカウンタと、を含むパルスカウント型の検出器である質量分析装置において、
a)前記コンパレータの閾値を可変に設定する閾値設定手段と、
b)前記質量分離器において選択的に通過されるイオンの質量に応じて前記閾値を変更するべく前記閾値設定手段を制御する制御手段と、
を備えることを特徴としている。
【0010】
通常、イオン検出器に到達するイオンの質量が大きくなると、コンパレータに入力される信号の波高値は高くなる(絶対値が大きくなる)。そこで、制御手段は、質量分離器において選択的に通過されるイオンの質量が大きいほど、閾値を高くするように閾値設定手段を制御する。こうした制御を行うために、イオンの質量又はこれに対応した制御値と適切な閾値との関係を示す情報を例えばテーブル形式や計算式などの情報として制御手段に保持しておき、この情報に従って閾値設定手段を制御するようにすることができる。
【0011】
本発明に係る質量分析装置の一態様として、前記質量分離器は四重極質量フィルタであり、前記制御手段は、前記四重極質量フィルタに印加する高周波電圧の変化に応じて前記閾値を変更するように前記閾値設定手段を制御する構成とすることができる。
【0012】
例えば所定の質量範囲の走査を行うスキャン測定において、制御手段は、四重極質量フィルタに印加する高周波電圧の振幅を連続的又はステップ状に変化させるのに応じて、閾値も連続的又はステップ状に変化させるように閾値設定手段を制御する。これにより、イオン検出器に到達するイオンの質量が変化し、それに伴って例えば二次電子増倍管などの検出部による出力信号の波高値が変化しても、カウンタに入力されるパルス信号のパルス幅はほぼ一定に維持される。したがって、カウンタでの計数効率も、分析対象のイオンの質量に依らずほぼ一定に保たれる。
【0013】
なお、パルスカウント型検出器は、信号強度が比較的低く、且つ化学的ノイズが低いという分析条件の下で特に有用である。そこで、本発明に係る質量分析装置は、例えば、前記質量分離器の前段に、これとは別の質量分離器と、該質量分離器で選択されたイオンの開裂を促進する開裂促進部と、を備え、MS/MS分析を行うものとすることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る質量分析装置によれば、イオン検出器として使用されるパルスカウンタ型検出器において、コンパレータにより生成されるパルス信号のパルス幅が、分析対象のイオンの質量に依らずほぼ一定となる。これによって、カウンタでの計数効率もほぼ一定となり、計数値に基づくイオン信号強度のばらつきも軽減される。その結果、質量分析の精度が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の一実施例である液体クロマトグラフタンデム型質量分析装置(以下「LC/MS/MS」という)について、添付図面を参照して詳細に説明する。図1はこのLC/MS/MSの要部の全体構成図である。
【0016】
図1において、図示しない液体クロマトグラフのカラム出口端に接続されたノズル2が配設されたイオン化室1と、第1段四重極質量フィルタ(本発明における前段の質量分離器に相当)9、第2段四重極質量フィルタ(本発明における質量分離器に相当)12、及びイオン検出器13が配設された分析室8との間に、それぞれ隔壁で隔てられた第1中間真空室4と第2中間真空室6とが設けられている。イオン化室1の内部はほぼ大気圧雰囲気であり、分析室8内は図示しないターボ分子ポンプなどにより高真空雰囲気に維持される。イオン化室1から分析室8に向かって、各室毎に真空度を段階的に高くした多段差動排気系の構成が採られている。
【0017】
ほぼ連続的に供給される液体試料はノズル2の先端から電荷を付与されイオン化室1内に噴霧される。液滴中の溶媒が蒸発する過程で、試料分子はイオン化される。イオンが入り混じった微細液滴は脱溶媒パイプ3中に引き込まれ、加熱されている脱溶媒パイプ3を通過する過程でさらに溶媒の気化が促進されてイオン化が進む。第1イオンガイド5により形成される電場の助けを受けてイオンは第1中間真空室4内に入り、収束されて第2中間真空室6に送られる。
【0018】
第2中間真空室6内ではオクタポール型のイオンガイド7により形成される電場の作用により、イオンは収束されて分析室8へと送られる。分析室8内では、各ロッド電極に印加されている電圧により決まる特定の質量を有するイオンのみが、第1段四重極質量フィルタ9長軸方向の空間を通り抜け、コリジョンセル10に送られる。コリジョンセル10内にはオクタポール型のイオンガイド11が配設されており、このイオンガイド11により形成される電場の作用によりイオンは収束される。コリジョンセル10内にはアルゴンなどの衝突誘起解離(CID)ガスが導入され、コリジョンセル10内に選択的に導入されたイオン(プリカーサイオン)はCIDガスに接触し、開裂が促進される。
【0019】
この開裂により生じた各種のプロダクトイオンがコリジョンセル10を出て、第2段四重極質量フィルタ12に導入される。第2段四重極質量フィルタ12でも第1段四重極質量フィルタ9と同様に、各ロッド電極に印加されている電圧により決まる特定の質量を有するイオンのみが、第2段四重極質量フィルタ12の長軸方向の空間を通り抜ける。そして、通り抜けたイオンがコンバージョンダイノード14と二次電子増倍管15とを含むイオン検出器13により検出される。
【0020】
電源部40は第2段四重極質量フィルタ12の各ロッド電極に高周波電圧と直流電圧とを加算した電圧を印加するものである。第1段四重極質量フィルタ9にも同様の電源部が付設されるが、それらは本発明において重要でないので記載を省略している。特定の質量を持つプリカーサイオンのMS/MS分析を行う場合には、第1段四重極質量フィルタ9に印加する電圧を固定し、第2段四重極質量フィルタ12に印加する電圧を走査する。具体的には、従来から知られているように、各ロッド電極に印加する電圧±(U+V・cosωt)のU/Vの関係を一定に保ちつつ、直流電圧値Uと高周波電圧の振幅値Vとを所定の範囲で且つ速度で変化させる。これにより、イオン検出器13に到達するイオンの質量が時間経過に伴って変化する。
【0021】
図2は図1中の信号処理部20を中心とする、本実施例に特徴的な構成を示すブロック構成図である。なお、図4により既に説明した従来と同じ構成要素には、同一の符号を付す。
【0022】
図1、図2において、制御/処理部(本発明における制御手段に相当)30はCPUを含むマイクロコンピュータを中心に構成されるものである。パルス信号計数用のカウンタ24による計数値はこの制御/処理部30に入力され、ここで計数値がイオン信号強度に換算される。コンパレータ22の端子Bには、デジタル/アナログ変換部(D/A)(本発明における閾値設定手段に相当)25により出力されるアナログ電圧値が閾値電圧VDLとして印加されている。デジタル/アナログ変換部25のデジタル入力値は制御/処理部30から与えられる。図4に示した従来の構成では、閾値電圧VDLは一定値であるが、本実施例の構成では、閾値電圧VDLは制御/処理部30から出力される制御データに応じて可変である。
【0023】
制御/処理部30は第2段四重極質量フィルタ12を通過する、つまりはイオン検出器13に到達するイオンの質量を制御するために、電源部40に対し制御データを送る機能も有する。電源部40に内蔵されるデジタル/アナログ変換部41で、この制御データをアナログ電圧値に変換することにより、第2段四重極質量フィルタ12の各ロッド電極に印加される電圧が制御される。制御/処理部30は、閾値制御データ記憶部31に、イオンの質量(m/z)と閾値電圧VDLとの関係を示すデータを保持している。図3は分析対象のイオンの質量と閾値電圧VDLとの関係の一例を示す図である。
【0024】
この例では、質量が増加するに従い閾値電圧VDLの絶対値が増加する関係となっている。一般的に、イオン検出器13に入射するイオンの質量が大きいほど、該イオンが持つエネルギーも大きく、二次電子増倍管15から出力される信号の波高値は高くなる。そのため、コンパレータ22で生成されるパルス信号のパルス幅を質量に依らず略一定にするには、波高値が高くなるに従い閾値電圧VDLの絶対値を大きくする必要がある。図3はこの関係を示している。実際には、図3に示すような質量と閾値電圧との関係は、予め実験的に測定して求めておくことが望ましいが、計算によっても或る程度の正確性で求めることができる。
【0025】
また、図3に示した関係を示す制御データは、例えばテーブル形式で記憶しておいてもよいが、単調増加やそれ以外の比較的簡単な関係で表せる場合には、計算式のパラメータのみを記憶しておき、計算式に基づいて各質量に対応した適切な閾値電圧VDLを求めるようにしてもよい。
【0026】
第2段四重極質量フィルタ12で質量走査を行う場合、或いは、指定された複数の質量を順に切り替える場合に、制御/処理部30は、その質量の変更に際し電源部40に送る制御データを変更するが、これと同期して、閾値制御データ記憶部31に記憶されたデータに基づいて、信号処理部20へ送る制御データも変更する。これによって、イオン検出器13に到達するイオンの質量に対応して、コンパレータ22のB端子に印加される閾値電圧VDLが変化する。その結果、コンパレータ22のA端子に入力される信号の波高値が質量の相違によって変化しても、コンパレータ22の出力、及び、波形整形器23の出力であるパルス信号のパルス幅の変化は抑えられる。カウンタ24による計数効率の変化も抑えられ、計数値の正確性を高めることができる。
【0027】
上記説明では、第2段四重極質量フィルタ12に印加される電圧の変化に応じて閾値電圧VDLを変化させることについて述べたが、例えばコリジョンセル10内でのイオンの開裂や第2段四重極質量フィルタ12による質量選別を行わず、第1段四重極質量フィルタ9で選択されたイオンをそのままイオン検出器13に入射して検出する場合には、この第1段四重極質量フィルタ9に印加される電圧の変化に応じて閾値電圧VDLを変化させる必要がある。いずれにしても、イオン検出器13に到達するイオンの質量に応じて、閾値電圧VDLを変化させることには変わりはない。
【0028】
上記実施例は本発明をLC/MS/MSに適用したものであるが、基本的に本発明は、イオン検出器としてパルスカウント型検出器を用いる質量分析装置全般に利用することができる。したがって、イオン源の形態や質量分離の形態などは特に問わない。また、タンデム型質量分析装置でなくシングル型の(開裂操作を行わない)質量分析装置にも適用可能であるが、通常、シングル型質量分析装置では化学的ノイズが多く、パルスカウント型検出器が用いられることは少ない。
【0029】
なお、上記実施例は本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜変更や修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の一実施例である液体クロマトグラフタンデム型質量分析装置の要部の全体構成図。
【図2】図1中の信号処理部を中心とする、本実施例に特徴的な構成を示すブロック構成図。
【図3】分析対象のイオンの質量と閾値電圧VDLとの関係の一例を示す図。
【図4】従来の一般的なパルスカウント型検出器の概略構成図。
【符号の説明】
【0031】
1…イオン化室
2…ノズル
3…脱溶媒パイプ
4…第1中間真空室
5…第1イオンガイド
6…第2中間真空室
7…イオンガイド
8…分析室
9…第1段四重極質量フィルタ
10…コリジョンセル
11…イオンガイド
12…第2段四重極質量フィルタ
13…イオン検出器
14…コンバージョンダイノード
15…二次電子増倍管
20…信号処理部
21…プリアンプ
22…コンパレータ
23…波形整形器
24…カウンタ
25、41…デジタル/アナログ変換部
30…制御/処理部
31…閾値制御データ記憶部
40…電源部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンを質量に応じて分離して選択的に通過させる質量分離器と、該質量分離器を通過したイオンを検出するイオン検出器とを具備し、前記イオン検出器が、イオンの入射に応じて発生する出力信号を所定の閾値でコンパレートしてパルス化するコンパレータと、該コンパレータによるパルス信号を計数するカウンタと、を含むパルスカウント型の検出器である質量分析装置において、
a)前記コンパレータの閾値を可変に設定する閾値設定手段と、
b)前記質量分離器において選択的に通過されるイオンの質量に応じて前記閾値を変更するべく前記閾値設定手段を制御する制御手段と、
を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析装置であって、前記質量分離器は四重極質量フィルタであり、前記制御手段は、前記四重極質量フィルタに印加する高周波電圧の変化に応じて前記閾値を変更するように前記閾値設定手段を制御することを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
請求項1に記載の質量分析装置であって、前記質量分離器の前段に、これとは別の質量分離器と、該質量分離器で選択されたイオンの開裂を促進する開裂促進部と、を備え、MS/MS分析を行うことを特徴とする質量分析装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2009−266444(P2009−266444A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−111966(P2008−111966)
【出願日】平成20年4月23日(2008.4.23)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】