説明

質量分析装置

【課題】液体試料をイオン化し、発生したイオンの質量電荷比を分析する質量分析装置であり、イオン化効率を向上させ、高感度な分析が可能な質量分析装置を提供すること。
【解決手段】液体試料を霧化する霧化部と、霧化した測定試料に高電圧を印加しイオン化する高圧印加部が分離されている。霧化部やイオン化部には測定試料とは異なる溶液試料を流す機構を有する。霧化部とイオン化部を分離したことで、・霧化部から発生した霧状液滴がイオン源との衝突よりさらに微細化し、イオン化効率が向上する・測定試料とは異なる溶液試料を混合することで、例えば濃度の低い酸等のイオン化促進剤によるイオン化効率向上や、観測質量が機知の溶液試料を混合しマス軸補正用の内部標準とする。これらから、測定感度の向上や観測質量精度の向上が効果となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析装置に関し、例えば、液体状の測定試料の分析に好適な技術に関する。
【背景技術】
【0002】
昨今、質量分析法はバイオ,生物,生体化学分野において主要な分析手法として広く利用されている。最近は特に、人DNAの遺伝情報から生成するタンパク質や、細胞内の修飾後タンパクの構造解析が注目されており、創薬,臨床研究での新たな知見が期待されている。
【0003】
この利用分野の広がりは、人のDNA配列の解析が終了し、生物,生体化学の研究が次の段階に移ったこと、また装置開発としてもバイオ分野向けのイオン化技術や質量分析計の開発,改良が行われたことによる。
【0004】
イオン化技術としては、熱的に不安定で高分子量の測定試料分子を、直接かつ安定にイオン化できる2つのイオン化手法が開発された。ひとつは溶液中の測定試料を大気中で直接イオンとして取り出せるエレクトロスプレーイオン化法(Electro spray ionization,ESI)である。もうひとつのイオン化手法は、試料分子にレーザ光を照射することにより、試料分子をイオン化するマトリックス支援レーザ脱離イオン化法(Matrix-assisted laser desorption ionization,MALDI)である。これら2つのイオン化手法は測定者に与える情報がそれぞれ異なるため、バイオ分野では相補的に用いられている。
【0005】
ESIやMALDIなどのソフトイオン化とTOFの結合した質量分析計は、その高い感度からバイオ分野の分析手法として急速に普及している。特にESI法は液体クロマトグラフと接続し易いために、LC/MSとして広く用いられている。関連する特許文献としては、特開平9−129175号公報(特許文献1)がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平9−129175号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ESIは測定感度が比較的よく、微量分析も可能だが、イオン化の原理が試料溶液の脱溶媒過程での試料との相互作用のため、適切な溶媒を選択しなければならないという課題があった。また、霧化部と高圧印加部が同一の位置にあり、霧化される試料液滴が大きく、脱溶媒に大量の高温ガスが必要となる課題があった。
【0008】
本発明の一つの目的は、液体試料をイオン化し、発生したイオンの質量電荷比を分析する質量分析装置であり、イオン化効率を向上させ、高感度な分析が可能な質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一つの特徴は、測定試料をイオン化し、発生した分子イオンの質量電荷比を観測する質量分析装置において、液体状の測定試料をイオン化するイオン源と、発生した分子イオン中の目的イオンの質量電荷比を用いて質量分離する質量分析計とを有し、前記イオン源は、液体試料を霧化する霧化部と、前記霧化部と分離している霧化した測定試料に高電圧を印加しイオン化する高圧印加部とを有することにある。
【発明の効果】
【0010】
本発明の一つの形態によれば、液体試料をイオン化し、発生したイオンの質量電荷比を分析する質量分析装置であり、イオン化効率を向上させ、高感度な分析が可能な質量分析装置を提供することができる。本発明の上記特徴及び上記以外の特徴は、以下の記載により、説明される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明実施例におけるイオン化効率を向上させた高感度イオン源を示した説明図である。
【図2】本発明実施例におけるイオン源を搭載する質量分析装置の1例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を用いて、本発明の実施例を説明する。例えば、液体状の測定試料をイオン化するイオン源と、真空排気された室に置かれ、発生した分子イオン中の目的イオンの質量電荷比を用いて質量分離する質量分析計において、イオン化効率を向上させることで高感度なイオン源を実現することが説明される。
【0013】
図2は、本発明実施例におけるイオン源を搭載する質量分析装置の1例を示す断面図である。本実施例では測定試料の質量電荷比により質量分離する質量分析部として飛行時間質量分析計(以下TOF/MS)50を用いている。また、TOF/MS50の前段にはイオントラップ部40を具備し、TOF/MS50を用いる高分解能測定によるMSn分析が可能な質量分析計となっている。
【0014】
霧化部10にて霧化された試料は、高電圧が印加されたイオン化部20に衝突し、霧状の液滴が微細化される。また、霧状の測定試料は、高電圧が印加されたイオン化部20に接触することで、高電圧が印加され、イオン化される。イオン化された試料は、真空部とのインターフェース25を通り、多重極イオンガイド30を通り、イオントラップ部40へと導かれる。多重極イオンガイド30はイオントラップ部40の入射条件に適合するように、試料イオンの運動エネルギーの補正およびイオンビームの収束を行う。このイオンビームの進行方向をX方向、図2の下方向をY方向とする。イオントラップ部40に導入された試料イオンは捕獲蓄積される。捕獲中および捕獲後にイオントラップ部40内に補助交流電場を発生し、目的イオンの選択,不要イオンの排出を行う。その後、
・MS測定時はそのままイオンをイオントラップ部40外に排出する。
・MSn測定の場合は目的イオンの質量数にあわせて周波数を変化させた補助交流電場をイオントラップ40内に生成しCID反応を発生させる。生成したフラグメントイオンをイオントラップ部40外に排出する。
【0015】
イオントラップ部40から排出したイオンを第2の多重極イオンガイド45に導入する。第2の多重極イオンガイド45は測定イオンをTOF/MS50に入射する際のイオン軌道を収束させる役割がある。その後イオンをTOF/MS50の加速部55に導入し、Y方向に加速する。加速されたイオンは、加速方向と反対方向の電場を形成しているミラーレンズ60によって反射され検知器65に到達する。イオンは一定の電圧によって加速していることから、質量数の小さなイオンから早く検知器に到達し、質量数の大きなイオンほど到達時間が遅くなる。この試料イオンの到達時間を計測することで質量分離を行う。
【0016】
本実施例では、イオントラップとTOF/MSとのハイブリット型の質量分析装置としたが、本発明のイオン源は、ハイブリット型の質量分析装置への適用に限定されず、Triple QMS,Single QMS,TOF/MS等の各種液体クロマトグラフ質量分析装置に接続可能である。
【0017】
次に、図1は、本発明実施例におけるイオン化効率を向上させた高感度イオン源を示した説明図である。図1を用いて、本実施例のイオン源について更に説明する。
【0018】
図1の左側半分で示すように、本実施例のイオン源において、液体試料を霧状にする霧化部100と霧状になった測定試料に高電圧を印加することによりイオン化するイオン化部110が分離されていることから、霧化部100から噴霧された液体試料がイオン化部110に衝突することで霧状の液滴が微細化する。また、イオン化部110には高電圧が印加されており、微細化した試料液滴に電荷が移動し、試料液滴がイオン化する。この衝突による霧化の微細化によりイオン化効率が向上し、測定感度が向上する。また測定試料流量の変化により霧化部100とイオン化部110の距離を変化させる必要があることから、本イオン源には、霧化部100とイオン化部110との位置を調整する機構である位置調整機構の一例である距離調整機構120を有する。また、霧化部100およびイオン化部110は測定試料によってつまりや汚染が発生する場合があるため、交換可能な構造となっている。イオン化部110は、高電圧が印加されるので、高圧印加部と称することもできる。
【0019】
また、図1の右側上半分で示すように、イオン化部110は、測定試料とは異なる溶液試料を流す機構の一例である試料混合機構を設けたイオン化部200を設けても良い。たとえばイオン化し難い測定試料の場合には、濃度の低い酸等のイオン化促進剤を流し、イオン化部110にて測定試料と混合することで、イオン化効率が向上し、測定感度が向上する。
【0020】
また、たとえば予め質量の判明している溶液試料を流すことで、イオン化部110にて測定試料と混合、同時にイオン化が進むため、測定試料と併せて質量スペクトルが観測される。この質量スペクトルのm/zは予め判明していることから、マス軸補正用の内部標準として用いる。本使用法の場合は、観測質量精度を向上させることができる。
【0021】
また、図1の右側下半分で示すように、霧化部100は測定試料とは異なる溶液試料を流す機構の一例である試料混合機構を設けた霧化部210を設けても良い。たとえばイオン化し難い測定試料の場合には、濃度の低い酸等のイオン化促進剤を流し、霧化部100にて測定試料と混合、イオン化部110に混合溶液として衝突することで、イオン化効率が向上し測定感度が向上する。たとえば予め質量の判明している溶液試料を流すことで、霧化部100にて測定試料と混合、イオン化部に衝突の際に同時にイオン化が進むため、測定試料と併せて質量スペクトルが観測される。この質量スペクトルのm/zは予め判明していることから、マス軸補正用の内部標準として用いる。本使用法の場合は、観測質量精度を向上させることができる。
【0022】
以上、要約すると、例えば、質量分析装置におけるイオン化法の代表としてElectro spray ionization(以下ESI法)がある。ESI法は液体クロマトグラフと接続し易いために、LC/MSとして広く用いられている。ESIは測定感度が比較的よく、微量分析も可能だが、イオン化の原理が試料溶液の脱溶媒過程での試料との相互作用のため、適切な溶媒を選択しなければならないという課題があった。また、霧化部と高圧印加部が同一の位置にあり、霧化される試料液滴が大きく、脱溶媒に大量の高温ガスが必要となる課題もあった。本発明では、液体試料をイオン化し、発生したイオンの質量電荷比を観測する質量分析装置において、イオン化効率を向上させ、高感度なイオン源を実装することを目的の一つとできる。目的を解決する手段としては、例えば、液体試料を霧化する霧化部と、霧化した測定試料に高電圧を印加しイオン化する高圧印加部が分離されている。霧化部やイオン化部には測定試料とは異なる溶液試料を流す機構を有することが開示される。そして、霧化部とイオン化部を分離したことで、・霧化部から発生した霧状液滴がイオン源との衝突よりさらに微細化し、イオン化効率が向上する。・測定試料とは異なる溶液試料を混合することで、例えば濃度の低い酸等のイオン化促進剤によるイオン化効率向上や、観測質量が機知の溶液試料を混合しマス軸補正用の内部標準とする。これらから、測定感度の向上や観測質量精度の向上が可能となる。
【0023】
また、開示される本発明の特徴を列挙すると、例えば、次のようになる。
1.測定試料をイオン化し、発生したイオンの質量電荷比を分析する質量分析装置において、液体状の測定試料をイオン化するイオン源と、発生したイオン中の目的イオンの質量電荷比を用いて質量分離する質量分析計とを有し、前記イオン源は、液体試料を霧化する霧化部と、前記霧化部とは分離され、霧化した測定試料に高電圧を印加しイオン化する高圧印加部とを有すること。
2.上記1.において、前記霧化部と前記高圧印加部の距離の調整機構を有すること。
3.上記1.において、前記霧化部は交換することが可能であること。
4.上記1.において、前記高圧印加部は交換することが可能であること。
5.上記1.において、前記霧化部は、測定試料とは異なる溶液試料を流す機構を有すること。
6.上記1.において、前記高圧印加部は、測定試料とは異なる溶液試料を流す機構を有すること。
7.測定試料をイオン化し、発生したイオンの質量電荷比を分析する質量分析装置において、液体状の測定試料をイオン化するイオン源と、発生したイオン中の目的イオンの質量電荷比を用いて質量分離する質量分析計とを有し、前記イオン源は、液体試料を霧化する霧化部と、前記霧化部とは分離され、霧化した測定試料に高電圧を印加しイオン化する高圧印加部とを有し、前記霧化部と前記高圧印加部との位置を調整する機構である位置調整機構を有し、交換可能な前記霧化部を有し、交換可能な前記高圧印加部を有し、測定試料とは異なる溶液試料を流す機構を有する前記霧化部とを有し、測定試料とは異なる溶液試料を流す機構を有する前記高圧印加部とを有すること。
8.上記1.において、真空排気される室を有し、前記質量分析計は、真空排気される室に配置されること。
9.液体状の測定試料をイオン化するイオン源であって、前記イオン源は、液体試料を霧化する霧化部と、前記霧化部とは分離され、霧化した測定試料に高電圧を印加しイオン化する高圧印加部とを有することを特徴とするイオン源。
【0024】
本発明はこれに限定されるものではなく、その技術思想の範囲内の種々の変形例を含むものである。
【符号の説明】
【0025】
10,100 霧化部
20,110 イオン化部
25 インターフェース
30 多重極イオンガイド
40 イオントラップ部
45 第2の多重極イオンガイド
50 TOF/MS
55 加速部
60 ミラーレンズ
65 検知器
120 距離調整機構
200 試料混合機構を設けたイオン化部
210 試料混合機構を設けた霧化部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定試料をイオン化し、発生したイオンの質量電荷比を分析する質量分析装置において、
液体状の測定試料をイオン化するイオン源と、
発生したイオン中の目的イオンの質量電荷比を用いて質量分離する質量分析計とを有し、
前記イオン源は、
液体試料を霧化する霧化部と、
前記霧化部とは分離され、霧化した測定試料に高電圧を印加しイオン化する高圧印加部と
を有することを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
請求項1において、
前記霧化部と前記高圧印加部の距離の調整機構を有する質量分析装置。
【請求項3】
請求項1において、
前記霧化部は交換することが可能である質量分析装置。
【請求項4】
請求項1において、
前記高圧印加部は交換することが可能である質量分析装置。
【請求項5】
請求項1において、
前記霧化部は、測定試料とは異なる溶液試料を流す機構を有する質量分析装置。
【請求項6】
請求項1において、
前記高圧印加部は、測定試料とは異なる溶液試料を流す機構を有する質量分析装置。
【請求項7】
測定試料をイオン化し、発生したイオンの質量電荷比を分析する質量分析装置において、
液体状の測定試料をイオン化するイオン源と、
発生したイオン中の目的イオンの質量電荷比を用いて質量分離する質量分析計とを有し、
前記イオン源は、
液体試料を霧化する霧化部と、
前記霧化部とは分離され、霧化した測定試料に高電圧を印加しイオン化する高圧印加部とを有し、
前記霧化部と前記高圧印加部との位置を調整する機構である位置調整機構を有し、
交換可能な前記霧化部を有し、
交換可能な前記高圧印加部を有し、
測定試料とは異なる溶液試料を流す機構を有する前記霧化部とを有し、
測定試料とは異なる溶液試料を流す機構を有する前記高圧印加部とを有する質量分析装置。
【請求項8】
請求項1において、
真空排気される室を有し、
前記質量分析計は、真空排気される室に配置されることを特徴とする質量分析装置。
【請求項9】
液体状の測定試料をイオン化するイオン源であって、
前記イオン源は、
液体試料を霧化する霧化部と、
前記霧化部とは分離され、霧化した測定試料に高電圧を印加しイオン化する高圧印加部と
を有することを特徴とするイオン源。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−169454(P2010−169454A)
【公開日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−10483(P2009−10483)
【出願日】平成21年1月21日(2009.1.21)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】