質量分析装置
【課題】イオンのエネルギーが高い状態でECDやETDを行うことができ、イオンの解離効率を向上させた質量分析装置を提供する。
【解決手段】高周波電圧が印加される多重極ロッド電極及び前記多重極ロッド電極の軸方向に電場を形成する電場形成手段を備えるイオントラップと、前記イオントラップを構成する電極に電圧を印加する電源と、イオンの電荷を変化させる粒子を発生させる粒子源と、前記電源が前記軸方向にイオンが振動するように前記電場形成手段に電圧を印加した状態で、前記粒子を前記イオントラップに導入させる制御部と、を有する質量分析装置。
【解決手段】高周波電圧が印加される多重極ロッド電極及び前記多重極ロッド電極の軸方向に電場を形成する電場形成手段を備えるイオントラップと、前記イオントラップを構成する電極に電圧を印加する電源と、イオンの電荷を変化させる粒子を発生させる粒子源と、前記電源が前記軸方向にイオンが振動するように前記電場形成手段に電圧を印加した状態で、前記粒子を前記イオントラップに導入させる制御部と、を有する質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン解離性能が高い質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
プロテオーム解析などの用途で質量分析計を用いる場合、多段階に質量分析を行うMS/MS分析が重要となる。MS/MS分析は前駆体イオンを解離することで得たフラグメントイオンのパターンから、前駆体イオンの構造情報が得られるため分子種の同定に有効である。
【0003】
非特許文献1に記載された装置構成では、数Tesla以上の強磁場中で、イオンと電子を効率的にトラップすることにより、電子捕獲解離(ECD)を可能としている。ECDは、前駆体イオンと電子との反応により前駆体イオンが解離する方式である。ECDでは、前駆体イオンの構造に依存せず、アミノ酸主鎖配列の特定部位を選択的に解離する。従って、修飾による側鎖を持つ生体分子の場合でも、側鎖を解離せずに保持できるため、どのアミノ酸部分に側鎖が結合していたかという重要な情報を得ることができる。
【0004】
特許文献1に記載された装置構成では、小型のRFイオントラップの軸方向に数100mTesla以下の弱い磁場を与えることで、RFイオントラップ内でのECDを可能としている。
【0005】
非特許文献2に記載された装置構成では、ECD反応部にパルス的に中性ガスを導入し、イオンを励起しイオンの内部エネルギーを高め、イオンの解離効率を向上している。
【0006】
特許文献2に記載された装置構成では、イオンの軸方向励起が可能なイオントラップでのECDを可能としている。さらに、ECDと衝突誘起解離(CID)を併用することも可能な構成となっている。CIDは、前駆体イオンにエネルギーを与え中性ガスと衝突させることで、イオンを励起し解離する方式である。このためCIDでは、分子の切れやすい部分で解離するので、ECDでは解離しない部位も切断することができる。ECDとCIDを併用することで、相補的なフラグメントイオン情報が得られ、より詳細な構造の同定が可能となる。
【0007】
非特許文献3に記載された装置構成では、イオンを励起した状態で電子移動解離(ETD)を行い、解離効率を向上させている。ETDでは、不安定な負イオンを生成し、負イオンと前駆体イオンと反応させることでECDと同様の解離が起こるが、ECDとは全く異なる方式である。
特許文献3に記載された装置構成では、導入されたイオンや電子がある地点で逆方向に移動するため、イオンと電子の折り返し地点のオーバーラップ領域を利用してECDの効率を向上している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005-235412
【特許文献2】特開2007-207689
【特許文献3】米国特許6919562
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Analytical Chemistry, 1999, vol.71, p4431-4436
【非特許文献2】Analytical Chemistry, 2000, vol.72, p4778-4784
【非特許文献3】Analytical Chemistry, 2007, vol.79, p477-485
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
非特許文献1に記載された装置構成では、数Tesla以上の強磁場が必要となるため、高価かつ大型である。
【0011】
特許文献1に記載された装置構成では、小型のRFイオントラップ内でのECDを可能としているが、イオンを振動させ励起することで解離効率を向上することができない。
【0012】
非特許文献2に記載された装置構成では、ECD反応部にパルス的に中性ガスを導入し、イオンを励起しイオンの内部エネルギーを高め、イオンの解離効率を向上しているが、質量選択的にイオンを励起することができない。
【0013】
特許文献2に記載された装置構成では、ECDとCIDを併用することでフラグメントイオンの情報量を増大させることを可能としているが、ECDの解離効率を向上させる技術ではない。
【0014】
非特許文献3に記載された装置構成では、イオンを径方向に励起した状態で電子移動解離(ETD)を行い、解離効率を向上させている。イオンを径方向に励起し径方向に振動させた状態でイオンを解離すると、前駆体イオンに対し低い質量のフラグメントイオンが検出できない。
【0015】
特許文献3に記載された装置構成は、イオントラップなどの中に同時に安定にトラップすることが困難なイオンと電子を、お互いの安定条件がオーバーラップする微小な領域をECD反応領域として利用する技術であるが、イオンを振動させ励起することで解離効率を向上することができない。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するために、本発明のイオン解離装置は、高周波電圧が印加される多重極ロッド電極及び多重極ロッド電極の軸方向に電場を形成する電場形成手段を備えるイオントラップと、イオントラップを構成する電極に電圧を印加する電源と、イオンの電荷を変化させること粒子を発生させる粒子源と、電源が多重極ロッド電極の軸方向にイオンが振動するように電場形成手段に電圧を印加した状態で、粒子をイオントラップに導入する制御部とを有することを特徴とする。
【0017】
本発明の質量分析装置は、イオン源と、イオン源で生成されたイオンの解離を行う上記のイオン解離部と、イオン解離部で生成された解離イオンの質量分析を行う質量分析部とを有することを特徴とする。
【0018】
また、本発明の質量分析方法は、イオンを生成する工程と、生成したイオンをリニアイオントラップに導入する工程と、導入したイオンをリニアイオントラップに蓄積する工程と、蓄積したイオンのうち所定のm/zの第1のイオンをリニアイオントラップの軸方向に振動させる工程と、第1のイオンをリニアイオントラップの軸方向に振動させた状態でイオンの電荷を変化させる粒子をリニアイオントラップに導入する工程と、第1のイオンと上記粒子との反応によりイオンを解離する工程と、解離したイオンをイオントラップから排出し、質量分離して検出する工程とを有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、イオンのエネルギーが高い状態でECDやETDを行うことができ、イオンの解離効率が向上する。さらに、低い質量のフラグメントイオンの検出効率が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】実施例1の装置構成図
【図2】実施例1のイオン解離部
【図3】実施例1の電圧印加方式
【図4】本方式の効果の説明図
【図5】従来例の問題点の説明図
【図6】実施例2の電圧印加方式
【図7】実施例3の電圧印加方式
【図8】実施例4の電圧印加方式
【図9】実施例5のイオン解離部
【図10】実施例6のイオン解離部
【図11】実施例6の電圧印加方式
【図12】実施例6のロッド電極の構成図
【図13】実施例7のイオン解離部
【発明を実施するための形態】
【0021】
実施例1では、イオン解離部の軸方向に2つ以上に分割された形状の電極に電圧を印加し、イオンをイオン解離部の軸方向に振動させた状態でECDを行う方式について説明する。
【0022】
(実施例1)
図1は、本方式を適用した質量分析装置の構成図である。
【0023】
イオン源1で生成されたイオン2は、100〜500 Pa程度の圧力に保持された第1差動排気室3と、0.1〜3 Pa程度の圧力に保持された第2差動排気室4の中に配置されたイオン輸送部5を通過し、0.1 Pa以下の圧力に保持されたイオン分離部6に導入される。イオン輸送部5には、複数のロッド状の電極を配置した多重極電極、もしくは、複数の円筒状の電極を連ねて配置したレンズ電極などの収束効果のある部品を用いる。イオン分離部6には、四重極フィルター、もしくは、イオントラップ、もしくは、飛行時間型質量分析計などのように、イオンを質量電荷比(m/z)ごとに時間的あるいは位置的に分離することが可能な部品を用いる。イオン分離部6では、イオン源1で生成されたイオン2の中から、MS/MS分析の対象となる前駆体イオン7のみを分離する。前駆体イオン7は、イオン解離部8に導入され解離される。解離されたフラグメントイオン9は、0.1 Pa以下の圧力に保持された質量分析部10に導入される。質量分析部10には、四重極フィルター、もしくは、イオントラップ、もしくは、飛行時間型質量分析計などのように、イオンをm/zごとに時間的あるいは位置的に分離することが可能な部品を用いる。時間的あるいは位置的に分離されたフラグメントイオン11は、検出器12で検出される。検出器12には、電子増倍管やマルチチャンネルプレート(MCP)などを用いる。
【0024】
次に、図2を用いてイオン解離部の構造について詳細に説明する。
【0025】
イオン解離部8は、円筒状の磁石13と入口電極14と出口電極15で囲まれた空間16の中に、4本のロッド電極17-20、軸方向に2つに分割した4組計8枚の軸方向電場形成電極21-28を配置し、さらに、中心軸29に沿って電子を照射することができる電子源30が配置されている。電子源30と入口電極14の間にレンズ電極62が配置されている。磁石13は、フェライトやネオジウムなどの永久磁石や電磁石などを用いる。磁石13により、イオン解離部8の中心軸29に沿って磁場が形成される。イオン解離部8の中の空間16は、ヘリウムやアルゴンや窒素などの中性ガスで3Pa以下程度に保持するため、実際には、中性ガスを導入する配管や、磁石13と入口電極14もしくは出口電極15との間を気密するための部品が必要だが、図2には図示しない。4本のロッド電極17-20には、交互に逆位相の高周波電圧を印加する。高周波電圧は、周波数が数100kHz〜1MHz程度で、最大電圧振幅値が数kV程度である。8枚の軸方向電場形成電極21-28は、前側の軸方向電場形成電極21-24と、後側の軸方向電場形成電極25-28で構成される。電子源30は、図2に示した細いフィラメント状のものを用いることで、イオンの軌道となる中心軸上に配置することができる。電子源30から照射された電子は、中心軸29に形成された磁場に沿って導入されるため、4本のロッド電極17-20に印加した高周波電圧の影響を受けにくい。さらに、前側の軸方向電場形成電極21-24と、後側の軸方向電場形成電極25-28の、各々に、直流電圧31、32と変動電圧33、34を印加できる電源35を有する。
【0026】
図2に示したイオン解離部8では、まず、入口電極14から導入された前駆体イオン7が、4本のロッド電極17-20に印加する高周波電圧により形成される径方向のトラップポテンシャルにより、イオン解離部8の中心軸9に沿うように蓄積される。この時、入口電極14と出口電極15に蓄積する前駆体イオン7と同じ極性の電圧(正イオンならば正電圧)を印加することで、前駆体イオン7がイオン解離部8の外部に排除されるのを防止できる。次に、電子源30で生成した電子を前駆体イオン7に照射することで前駆体イオン7は解離する(ECD)。最後に、解離により生成したフラグメントイオン9を出口電極15から排出する。
【0027】
次に、図3を用いて、イオン解離部でイオン解離を行う際の、8枚の軸方向電場形成電極への電圧印加方法を詳細に説明する。
【0028】
図3には、電源35により、前側の軸方向電場形成電極21-24に印加される直流電圧31と変動電圧33と、後側の軸方向電場形成電極25-28に印加される直流電圧32と変動電圧34を示す。図2に示したように、8枚の軸方向電場形成電極21-28は、中心軸29に対して傾きを持った形状をしているので、前側の軸方向電場形成電極21-24と後側の軸方向電場形成電極25-28に、各々に直流電圧31、32を印加することで、軸上に静電ポテンシャルを形成できる。静電ポテンシャルは、軸方向のトラップポテンシャルである。直流電圧31、32は、4本のロッド電極17-20のオフセット電圧に対して、各々最大で100V程度高い電圧が印加できる。直流電圧31、32は、静電ポテンシャルの深さに相当する。さらに、前側の軸方向電場形成電極21-24と後側の軸方向電場形成電極25-28には、各々逆位相の変動電圧33、34が印加される。図3の例における変動電圧33、34は、周波数が数100kHz程度で、最大電圧振幅値が数10V程度のサイン波形状の交流電圧を使用する。変動電圧33、34を印加することで、周波数に対応したm/zのイオンが、軸上に形成された静電ポテンシャルの中で軸方向に振動する。このとき、静電ポテンシャルが深さを持つため、イオンはポテンシャル乗り越えることができないので、静電ポテンシャルの中で振動を繰り返すことができる。振動したイオンはイオン解離部8の中の中性ガス分子との衝突を繰り返し励起され、イオンの内部エネルギーが高くなる。イオンの内部エネルギーが高い状態で電子源30から電子を照射しECDを行うことで、解離効率が向上する。
【0029】
次に、図4を用いて、本方式によりイオン解離部内でイオンを軸方向に振動させた時のイオン軌道の様子を説明する。
【0030】
本方式で軸方向にイオンを振動させることにより、図4に示すようにイオン解離部8の中心軸29に沿った軸方向のイオン分布36になる。この軸方向のイオン分布36と重なるように、電子源30から中心軸29に沿って電子が照射されるので、イオンと電子の反応効率が高くなる。本方式は、励起によるイオンの内部エネルギーを高くできるだけでなく、イオンと電子の反応効率を向上することができる。従って、ECDの解離効率が向上する。
【0031】
次に、図5を用いて、イオン解離部内でイオンを径方向に振動させる従来方式でのイオン軌道の様子を説明する。
【0032】
径方向にイオンを振動させるには、径方向に対峙するロッド電極17、19の間、もしくは、18、20の間に補助的に交流電圧を印加することで可能である。または、8枚の軸方向電場形成電極21-28の中で径方向に対峙する軸方向電場形成電極の間に補助的に交流電圧を印加することでも可能である。径方向にイオンを振動させることにより、図5に示すようにイオン解離部8の中心軸29に対して直交した径方向のイオン分布37になる。従来の径方向の振動方式でECDを行った場合、径方向のイオン分布37と直交するように、電子源30から中心軸29に沿って電子が照射されるので、イオンと電子の反応効率が図4に比べ低下する。
【0033】
図4と図5の比較から、本発明による、イオン解離部内でイオンを軸方向へ振動させた状態で、電子を中心軸上に照射しECDを行う方式は、ECDの解離効率の向上に効果がある。また、イオン解離部内でイオンを径方向に振動させた場合、ロッド電極17-20に印加する高周波電圧で形成したトラップポテンシャル内でイオンを励起するため、高周波電圧を高く設定する必要があり、その影響により、低い質量のイオンの検出が困難になる。一方、イオン解離部内でイオンを軸方向に振動させた場合、軸方向電場形成電極21-28で形成される軸方向の静電ポテンシャル内でイオンを励起するため、高周波電圧を高く設定する必要がないため、低い質量のイオンの検出が可能になる。
【0034】
(実施例2)
実施例2では、イオン解離部でイオン解離を行う際に、前側の軸方向電場形成電極へ変動電圧を印加しない方式について詳細に説明をする。
【0035】
図6には、電源35により、前側の軸方向電場形成電極21-24に印加される直流電圧31と変動電圧33と、後側の軸方向電場形成電極25-28に印加される直流電圧32と変動電圧34を示す。前側の軸方向電場形成電極21-24と後側の軸方向電場形成電極25-28に印加する直流電圧31、32と、後側の軸方向電場形成電極25-28に印加する変動電圧34に関しては図3と同様であるが、図6では前側の軸方向電場形成電極21-24に印加する変動電圧33の電圧振幅値を0としている。この状態でも、後側の軸方向電場形成電極25-28の変動電圧34によりイオンは軸方向に振動する。前側の軸方向電場形成電極21-24に印加する変動電圧33を印加しないことで、電子源30の付近の電場の乱れを抑制効果がある。電場の乱れを抑制することで、電子の導入効率が向上し、ECDの解離効率向上につながる。
【0036】
(実施例3)
実施例3では、イオン解離部でイオン解離を行う際に、後側の軸方向電場形成電極へ矩形波の変動電圧を印加する方式について詳細に説明をする。
【0037】
図7には、電源35により、前側の軸方向電場形成電極21-24に印加される直流電圧31と変動電圧33と、後側の軸方向電場形成電極25-28に印加される直流電圧32と変動電圧34と、イオン解離部8の中への電子の照射シーケンス63を示す。前側の軸方向電場形成電極21-24と後側の軸方向電場形成電極25-28に印加する直流電圧31、32と、前側の軸方向電場形成電極25-28に印加する変動電圧33に関しては図6と同様であるが、後側の軸方向電場形成電極25-28に印加する変動流電圧34をパルス波形の矩形波で制御している。変動電圧34のパルス的な変動により、軸方向にイオンを振動できる。図7の方式では、パルス波形が0Vのタイミングで電子の照射シーケンス63をオンにすることで、電子照射時の電場の乱れを更に抑制できる。電子の照射シーケンス63がオンの時は、レンズ電極62に負の電圧を印加することで電子がイオン解離部8内に導入される。電子の照射シーケンス63がオフの時は、レンズ電極62に正の電圧を印加することで電子がイオン解離部8内に導入されるのを防止する。
【0038】
(実施例4)
実施例4では、イオン解離部の軸方向に2つ以上に分割された軸方向電場形成電極に印加し、イオンをイオン解離部の軸方向に振動させ、かつ、イオンを径方向にも振動させた状態でECDを行う方式について説明する。
【0039】
図8で、イオン解離部でイオンを軸方向と径方向に振動させてイオン解離を行う際の、8枚の軸方向電場形成電極への電圧印加方法の詳細に説明をする。図8には、電源35により、前側の軸方向電場形成電極21-24に印加される直流電圧31と変動電圧33と、後側の軸方向電場形成電極25-28に印加される直流電圧32と変動電圧34を示す。前側の軸方向電場形成電極21-24と後側の軸方向電場形成電極25-28に印加する直流電圧31、32と変動電圧33、34に関しては図3と同様である。変動電圧33、34を印加することで、周波数に対応したm/zのイオンが、軸上に形成された静電ポテンシャルの中で軸方向に振動する。さらに、イオン解離部8の径方向に対峙するロッド電極17、19の間、もしくは、18、20の間に補助交流電圧38を印加することで、4本のロッド電極17-20が形成するトラップポテンシャルの中でイオンが径方向に振動する。変動電圧33、34の周波数をMS/MS分析の対象となる前駆体イオン7のm/zに対応した周波数にすることで、前駆体イオン7のみが軸方向に振動する。補助交流電圧38の周波数を前駆体イオン7のm/zに対応しない周波数にすることで、前駆体イオン7が径方向に振動することを防止できる。さらに、補助交流電圧38の周波数を前駆体イオン7のm/zに対応する周波数以外の周波数の複合波にすることで、前駆体イオン7以外のm/zのイオンを全て径方向に振動することもできる。
【0040】
この方式により、前駆体イオン7をECDにより解離して生成したフラグメントイオン9は、前駆体イオン7とは異なるm/zなので、軸方向に振動せずに径方向に振動する。これにより、フラグメントイオン9は図5に示した径方向のイオン分布37に類似した挙動を示す。従って、フラグメントイオン9が中心軸29に沿って照射される電子と反応する確率が低くなり、フラグメントイオン9がさらに解離してしまう二次解離を防止することが可能となる。
【0041】
(実施例5)
実施例5では、イオン解離部の軸方向に対して傾斜した形状を持つ電極に電圧を印加し、イオンをイオン解離部の軸方向に振動させた状態でECDを行う方式について説明する。実施例5の傾斜した形状の軸方向電場形成電極は、図1や図2のような軸方向に2つに分割した構成ではない。
【0042】
図9を用いてイオン解離部の構造について詳細に説明する。
イオン解離部8は、円筒状の磁石13と入口電極14と出口電極15で囲まれた空間16の中に、4本のロッド電極17-20、4枚の軸方向電場形成電極25-28を配置し、さらに、中心軸29に沿って電子を照射することができる電子源30が配置されている。電子源30と入口電極14の間にレンズ電極62が配置されている。磁石13は、フェライトやネオジウムなどの永久磁石や電磁石などを用いる。磁石13により、イオン解離部8の中心軸29に沿って磁場が形成される。イオン解離部8の中の空間16は、ヘリウムやアルゴンや窒素などの中性ガスで3Pa以下程度に保持するため、実際には、中性ガスを導入する配管や、磁石13と入口電極14もしくは出口電極15との間を気密するための部品が必要だが、図2には図示しない。4本のロッド電極17-20には、交互に逆位相の高周波電圧を印加する。高周波電圧は、周波数が数100kHz〜1MHz程度で、最大電圧振幅値が数kV程度である。電子源30は、図2に示した細いフィラメント状のものを用いることで、イオンの軌道となる中心軸上に配置することができる。電子源30から照射された電子は、中心軸29に形成された磁場に沿って導入されるため、4本のロッド電極17-20に印加した高周波電圧の影響を受けにくい。さらに、軸方向電場形成電極25-28に、直流電圧32と変動電圧34を印加できる電源35を有する。図9のイオン解離部8では、図2に示すような前側の軸方向電場形成電極21-24が存在しないため、電子源30の付近の電場の乱れを抑制する効果がある。また、入口電極14に前駆体イオン7と同じ極性の電圧(正イオンならば正電圧)を印加することで、前駆体イオン7がイオン解離部8の外部に排除されるのを防止できるので、実施例2、3の変動電圧を印加しない前側の軸方向電場形成電極21-24と同様の役割を入口電極14で行うことができる。
【0043】
イオン解離部でイオン解離を行う際の、軸方向電場形成電極への電圧印加方法は、図3、図6、図7、図8の、前側の軸方向電場形成電極21-24に印加する直流電圧31と変動電圧33を除外したものと同様である。
【0044】
(実施例6)
実施例6では、複数のロッド電極で構成された多重ロッド電極を有するイオン解離部において、絶縁体の表面に抵抗体の層を有する複数のロッドでロッド電極を構成し、ロッド電極の両端に電圧を印加し、イオンをイオン解離部の軸方向に振動させた状態でECDを行う方式について説明する。実施例6の構成は、多重ロッド電極と、軸方向に電場を形成する電極が、同一の電極である
実施例6におけるイオン解離部の構造について、図10で説明をする。
【0045】
イオン解離部8は、円筒状の磁石13と入口電極14と出口電極15で囲まれた空間16の中に、多重極ロッド電極39を有し、中心軸29に沿って電子を照射することができる電子源30が配置されている。電子源30と入口電極14の間にレンズ電極62が配置されている。磁石13は、フェライトやネオジウムなどの永久磁石や電磁石などを用いる。磁石13により、イオン解離部8の中心軸29に沿って磁場が形成される。イオン解離部8の中の空間16は、ヘリウムやアルゴンや窒素などの中性ガスで3Pa以下程度に保持するため、実際には、中性ガスを導入する配管や、磁石13と入口電極14もしくは出口電極15との間を気密するための部品が必要だが、図10には図示しない。電子源30は、図10に示した細いフィラメント状のものを用いることで、イオンの軌道となる中心軸上に配置することができる。
【0046】
次に、図11を用いて、実施例6の多重極ロッド電極と電源部の構成と、イオン解離部でイオン解離を行う際の電圧印加方法の詳細に説明をする。
【0047】
多重極ロッド電極39は、6本のロッド電極40-45と、12個の端子部46-57で構成される。12個の端子部46-57は、6個の前側の端子部46-51と、6個の後側の端子部52-57に分類される。電源35は、共振コイル58と、RFアンプ59などで構成され、多重極ロッド電極39に交互に逆位相の高周波電圧を印加できる。高周波電圧は、周波数が数100kHz〜1MHz程度で、最大電圧振幅値が数kV程度である。さらに電源35は、12個の端子部46-57に、直流電圧31、32と、変動電圧33、34を印加できる。直流電圧31、32は、4本のロッド電極40-45のオフセット電圧に対して、各々最大で100V程度高い電圧が印加できる。
【0048】
ロッド電極40-45の詳細な構造を図12に示す。ロッド電極40-45は、セラミックスなどの絶縁ロッド60の表面に、抵抗体層61を有する。抵抗体層61は、窒化タンタルなどの皮膜を蒸着することや、樹脂素材に粉末状の導電性素材を混合した物質を塗布することなどで形成できる。実施例6では、カーボン粉末を混合したフェノール樹脂ペーストを、アルミナ製の絶縁ロッド60に塗布し、150℃で加熱硬化し、抵抗体層61を形成した。抵抗体層61を絶縁ロッド60の端面にも形成し、金属製の端子部46-57を接触させている。抵抗体層61を形成することで、前側の端子部46-51と、後側の端子部52-57の間に、電位差を与えることが可能となる。図11で示した構成では、直流電圧31、32の電圧値がそのまま電位差となった状態で、高周波電圧を印加することができる。抵抗体層61の抵抗値が小さいと、過電流が流れ電源35の負担が大きくなる。一方、抵抗値が大きい場合、ロッド電極40-45の前側と後側で高周波電圧の位相のずれが大きくなる。従って実施例6では、ロッド電極40-45の前側と後側との間で、抵抗値が一本あたり約1kΩになるように、抵抗体層61の膜厚を調製した。抵抗値の調節は、膜厚の調製の他、導電性粉末の混合率を調整することでも可能である。前側と後側の電位差により、イオン解離部8の軸方向に電位が形成されるので、変動電圧33、34の印加により、イオンを軸方向に振動することができる。振動したイオンはイオン解離部8の中の中性ガス分子との衝突を繰り返し励起され、イオンの内部エネルギーが高くなる。イオンの内部エネルギーが高い状態で電子源30から電子を照射しECDを行うことで、解離効率が向上する。
【0049】
図10、図11、図12で示した装置構成においても、図1、図2で示した装置構成と同様に、図3、図6、図7、図8で説明したような制御方法で制御することで同様の効果が得られる。
【0050】
(実施例7)
実施例7では、イオン解離部の軸方向に2つ以上に分割された形状の電極に電圧を印加し、イオンをイオン解離部の軸方向に振動させた状態でETDを行う方式について説明する。
【0051】
次に、図13を用いてイオン解離部の構造について詳細に説明する。
【0052】
イオン解離部8は、円筒状のケース64と入口電極14と出口電極15で囲まれた空間16の中に、4本のロッド電極17-20、軸方向に2つに分割した4組計8枚の軸方向電場形成電極21-28を配置している。正の電荷を持つ前駆体イオン7と負の電荷を持つ負イオンを効率良くトラップできるように、4本のロッド電極17-20は軸方向に複数に分割した形状としても良い。負イオン源65と負イオン導入部66を配置することで、イオン解離部8の中心軸29に沿って負イオンを照射することができる。イオン解離部8の中の空間16は、ヘリウムやアルゴンや窒素などの中性ガスで3Pa以下程度に保持するため、実際には、中性ガスを導入する配管や、ケース64と入口電極14もしくは出口電極15との間を気密するための部品が必要だが、図13は図示しない。4本のロッド電極17-20には、交互に逆位相の高周波電圧を印加する。高周波電圧は、周波数が数100kHz〜1MHz程度で、最大電圧振幅値が数kV程度である。8枚の軸方向電場形成電極21-28は、前側の軸方向電場形成電極21-24と、後側の軸方向電場形成電極25-28で構成される。負イオン導入部66には、複数のロッド状の電極を配置した多重極電極などが用いられる。負イオン導入部66に、イオンを偏向できるQデフレクターなどを併用することも可能である。さらに、前側の軸方向電場形成電極21-24と、後側の軸方向電場形成電極25-28の、各々に、直流電圧31、32と変動電圧33、34を印加できる電源35を有する。
【0053】
図13で示した装置構成においても、図3、図6、図7、図8で説明したような制御法で制御することで同様の効果が得られる。
【0054】
実施例1から7で説明したイオン解離部は全て、特定イオンを分離するイオン分離や、解離後のフラグメントイオンをm/zごとに分離する質量分析が可能なイオントラップとして動作することが可能である。従って、イオン解離部で、イオン分離や質量分析の機能を兼用することも可能である。また、実施例1から7で説明したイオン解離部では、イオンを軸方向に振動させながら電子を照射して解離する用途だけでなく、電子照射のみによる解離(ECD)だけを行うことができ、また、イオンの振動による中性ガスとの衝突による解離(CID)だけを行うこともできる。また、ECDとCIDの併用(ECD後にCID、CID後にECD、またこれらの繰り返し、など)にも利用可能である。
【符号の説明】
【0055】
1…イオン源、2…イオン、3…第1差動排気室、4…第2差動排気室、5…イオン輸送部、6…イオン分離部、7…前駆体イオン、8…イオン解離部、9…フラグメントイオン、10…質量分析部、11…フラグメントイオン、12…検出器、13…磁石、14…入口電極、15…出口電極、16…空間、17−20…ロッド電極、21−28…軸方向電場形成電極、29…中心軸、30…電子源、31…直流電圧、32…直流電圧、33…変動電圧、34…変動電圧、35…電源、36…軸方向のイオン分布、37…径方向のイオン分布、38…補助交流電圧、39…多重極ロッド電極、40−45…ロッド電極、46−57…端子部、58…共振コイル、59…RFアンプ、60…絶縁ロッド、61…抵抗体層、62…レンズ電極、63…電子の照射シーケンス、64…ケース、65…負イオン源、66…負イオン導入部、70…制御部
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン解離性能が高い質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
プロテオーム解析などの用途で質量分析計を用いる場合、多段階に質量分析を行うMS/MS分析が重要となる。MS/MS分析は前駆体イオンを解離することで得たフラグメントイオンのパターンから、前駆体イオンの構造情報が得られるため分子種の同定に有効である。
【0003】
非特許文献1に記載された装置構成では、数Tesla以上の強磁場中で、イオンと電子を効率的にトラップすることにより、電子捕獲解離(ECD)を可能としている。ECDは、前駆体イオンと電子との反応により前駆体イオンが解離する方式である。ECDでは、前駆体イオンの構造に依存せず、アミノ酸主鎖配列の特定部位を選択的に解離する。従って、修飾による側鎖を持つ生体分子の場合でも、側鎖を解離せずに保持できるため、どのアミノ酸部分に側鎖が結合していたかという重要な情報を得ることができる。
【0004】
特許文献1に記載された装置構成では、小型のRFイオントラップの軸方向に数100mTesla以下の弱い磁場を与えることで、RFイオントラップ内でのECDを可能としている。
【0005】
非特許文献2に記載された装置構成では、ECD反応部にパルス的に中性ガスを導入し、イオンを励起しイオンの内部エネルギーを高め、イオンの解離効率を向上している。
【0006】
特許文献2に記載された装置構成では、イオンの軸方向励起が可能なイオントラップでのECDを可能としている。さらに、ECDと衝突誘起解離(CID)を併用することも可能な構成となっている。CIDは、前駆体イオンにエネルギーを与え中性ガスと衝突させることで、イオンを励起し解離する方式である。このためCIDでは、分子の切れやすい部分で解離するので、ECDでは解離しない部位も切断することができる。ECDとCIDを併用することで、相補的なフラグメントイオン情報が得られ、より詳細な構造の同定が可能となる。
【0007】
非特許文献3に記載された装置構成では、イオンを励起した状態で電子移動解離(ETD)を行い、解離効率を向上させている。ETDでは、不安定な負イオンを生成し、負イオンと前駆体イオンと反応させることでECDと同様の解離が起こるが、ECDとは全く異なる方式である。
特許文献3に記載された装置構成では、導入されたイオンや電子がある地点で逆方向に移動するため、イオンと電子の折り返し地点のオーバーラップ領域を利用してECDの効率を向上している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005-235412
【特許文献2】特開2007-207689
【特許文献3】米国特許6919562
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Analytical Chemistry, 1999, vol.71, p4431-4436
【非特許文献2】Analytical Chemistry, 2000, vol.72, p4778-4784
【非特許文献3】Analytical Chemistry, 2007, vol.79, p477-485
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
非特許文献1に記載された装置構成では、数Tesla以上の強磁場が必要となるため、高価かつ大型である。
【0011】
特許文献1に記載された装置構成では、小型のRFイオントラップ内でのECDを可能としているが、イオンを振動させ励起することで解離効率を向上することができない。
【0012】
非特許文献2に記載された装置構成では、ECD反応部にパルス的に中性ガスを導入し、イオンを励起しイオンの内部エネルギーを高め、イオンの解離効率を向上しているが、質量選択的にイオンを励起することができない。
【0013】
特許文献2に記載された装置構成では、ECDとCIDを併用することでフラグメントイオンの情報量を増大させることを可能としているが、ECDの解離効率を向上させる技術ではない。
【0014】
非特許文献3に記載された装置構成では、イオンを径方向に励起した状態で電子移動解離(ETD)を行い、解離効率を向上させている。イオンを径方向に励起し径方向に振動させた状態でイオンを解離すると、前駆体イオンに対し低い質量のフラグメントイオンが検出できない。
【0015】
特許文献3に記載された装置構成は、イオントラップなどの中に同時に安定にトラップすることが困難なイオンと電子を、お互いの安定条件がオーバーラップする微小な領域をECD反応領域として利用する技術であるが、イオンを振動させ励起することで解離効率を向上することができない。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するために、本発明のイオン解離装置は、高周波電圧が印加される多重極ロッド電極及び多重極ロッド電極の軸方向に電場を形成する電場形成手段を備えるイオントラップと、イオントラップを構成する電極に電圧を印加する電源と、イオンの電荷を変化させること粒子を発生させる粒子源と、電源が多重極ロッド電極の軸方向にイオンが振動するように電場形成手段に電圧を印加した状態で、粒子をイオントラップに導入する制御部とを有することを特徴とする。
【0017】
本発明の質量分析装置は、イオン源と、イオン源で生成されたイオンの解離を行う上記のイオン解離部と、イオン解離部で生成された解離イオンの質量分析を行う質量分析部とを有することを特徴とする。
【0018】
また、本発明の質量分析方法は、イオンを生成する工程と、生成したイオンをリニアイオントラップに導入する工程と、導入したイオンをリニアイオントラップに蓄積する工程と、蓄積したイオンのうち所定のm/zの第1のイオンをリニアイオントラップの軸方向に振動させる工程と、第1のイオンをリニアイオントラップの軸方向に振動させた状態でイオンの電荷を変化させる粒子をリニアイオントラップに導入する工程と、第1のイオンと上記粒子との反応によりイオンを解離する工程と、解離したイオンをイオントラップから排出し、質量分離して検出する工程とを有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、イオンのエネルギーが高い状態でECDやETDを行うことができ、イオンの解離効率が向上する。さらに、低い質量のフラグメントイオンの検出効率が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】実施例1の装置構成図
【図2】実施例1のイオン解離部
【図3】実施例1の電圧印加方式
【図4】本方式の効果の説明図
【図5】従来例の問題点の説明図
【図6】実施例2の電圧印加方式
【図7】実施例3の電圧印加方式
【図8】実施例4の電圧印加方式
【図9】実施例5のイオン解離部
【図10】実施例6のイオン解離部
【図11】実施例6の電圧印加方式
【図12】実施例6のロッド電極の構成図
【図13】実施例7のイオン解離部
【発明を実施するための形態】
【0021】
実施例1では、イオン解離部の軸方向に2つ以上に分割された形状の電極に電圧を印加し、イオンをイオン解離部の軸方向に振動させた状態でECDを行う方式について説明する。
【0022】
(実施例1)
図1は、本方式を適用した質量分析装置の構成図である。
【0023】
イオン源1で生成されたイオン2は、100〜500 Pa程度の圧力に保持された第1差動排気室3と、0.1〜3 Pa程度の圧力に保持された第2差動排気室4の中に配置されたイオン輸送部5を通過し、0.1 Pa以下の圧力に保持されたイオン分離部6に導入される。イオン輸送部5には、複数のロッド状の電極を配置した多重極電極、もしくは、複数の円筒状の電極を連ねて配置したレンズ電極などの収束効果のある部品を用いる。イオン分離部6には、四重極フィルター、もしくは、イオントラップ、もしくは、飛行時間型質量分析計などのように、イオンを質量電荷比(m/z)ごとに時間的あるいは位置的に分離することが可能な部品を用いる。イオン分離部6では、イオン源1で生成されたイオン2の中から、MS/MS分析の対象となる前駆体イオン7のみを分離する。前駆体イオン7は、イオン解離部8に導入され解離される。解離されたフラグメントイオン9は、0.1 Pa以下の圧力に保持された質量分析部10に導入される。質量分析部10には、四重極フィルター、もしくは、イオントラップ、もしくは、飛行時間型質量分析計などのように、イオンをm/zごとに時間的あるいは位置的に分離することが可能な部品を用いる。時間的あるいは位置的に分離されたフラグメントイオン11は、検出器12で検出される。検出器12には、電子増倍管やマルチチャンネルプレート(MCP)などを用いる。
【0024】
次に、図2を用いてイオン解離部の構造について詳細に説明する。
【0025】
イオン解離部8は、円筒状の磁石13と入口電極14と出口電極15で囲まれた空間16の中に、4本のロッド電極17-20、軸方向に2つに分割した4組計8枚の軸方向電場形成電極21-28を配置し、さらに、中心軸29に沿って電子を照射することができる電子源30が配置されている。電子源30と入口電極14の間にレンズ電極62が配置されている。磁石13は、フェライトやネオジウムなどの永久磁石や電磁石などを用いる。磁石13により、イオン解離部8の中心軸29に沿って磁場が形成される。イオン解離部8の中の空間16は、ヘリウムやアルゴンや窒素などの中性ガスで3Pa以下程度に保持するため、実際には、中性ガスを導入する配管や、磁石13と入口電極14もしくは出口電極15との間を気密するための部品が必要だが、図2には図示しない。4本のロッド電極17-20には、交互に逆位相の高周波電圧を印加する。高周波電圧は、周波数が数100kHz〜1MHz程度で、最大電圧振幅値が数kV程度である。8枚の軸方向電場形成電極21-28は、前側の軸方向電場形成電極21-24と、後側の軸方向電場形成電極25-28で構成される。電子源30は、図2に示した細いフィラメント状のものを用いることで、イオンの軌道となる中心軸上に配置することができる。電子源30から照射された電子は、中心軸29に形成された磁場に沿って導入されるため、4本のロッド電極17-20に印加した高周波電圧の影響を受けにくい。さらに、前側の軸方向電場形成電極21-24と、後側の軸方向電場形成電極25-28の、各々に、直流電圧31、32と変動電圧33、34を印加できる電源35を有する。
【0026】
図2に示したイオン解離部8では、まず、入口電極14から導入された前駆体イオン7が、4本のロッド電極17-20に印加する高周波電圧により形成される径方向のトラップポテンシャルにより、イオン解離部8の中心軸9に沿うように蓄積される。この時、入口電極14と出口電極15に蓄積する前駆体イオン7と同じ極性の電圧(正イオンならば正電圧)を印加することで、前駆体イオン7がイオン解離部8の外部に排除されるのを防止できる。次に、電子源30で生成した電子を前駆体イオン7に照射することで前駆体イオン7は解離する(ECD)。最後に、解離により生成したフラグメントイオン9を出口電極15から排出する。
【0027】
次に、図3を用いて、イオン解離部でイオン解離を行う際の、8枚の軸方向電場形成電極への電圧印加方法を詳細に説明する。
【0028】
図3には、電源35により、前側の軸方向電場形成電極21-24に印加される直流電圧31と変動電圧33と、後側の軸方向電場形成電極25-28に印加される直流電圧32と変動電圧34を示す。図2に示したように、8枚の軸方向電場形成電極21-28は、中心軸29に対して傾きを持った形状をしているので、前側の軸方向電場形成電極21-24と後側の軸方向電場形成電極25-28に、各々に直流電圧31、32を印加することで、軸上に静電ポテンシャルを形成できる。静電ポテンシャルは、軸方向のトラップポテンシャルである。直流電圧31、32は、4本のロッド電極17-20のオフセット電圧に対して、各々最大で100V程度高い電圧が印加できる。直流電圧31、32は、静電ポテンシャルの深さに相当する。さらに、前側の軸方向電場形成電極21-24と後側の軸方向電場形成電極25-28には、各々逆位相の変動電圧33、34が印加される。図3の例における変動電圧33、34は、周波数が数100kHz程度で、最大電圧振幅値が数10V程度のサイン波形状の交流電圧を使用する。変動電圧33、34を印加することで、周波数に対応したm/zのイオンが、軸上に形成された静電ポテンシャルの中で軸方向に振動する。このとき、静電ポテンシャルが深さを持つため、イオンはポテンシャル乗り越えることができないので、静電ポテンシャルの中で振動を繰り返すことができる。振動したイオンはイオン解離部8の中の中性ガス分子との衝突を繰り返し励起され、イオンの内部エネルギーが高くなる。イオンの内部エネルギーが高い状態で電子源30から電子を照射しECDを行うことで、解離効率が向上する。
【0029】
次に、図4を用いて、本方式によりイオン解離部内でイオンを軸方向に振動させた時のイオン軌道の様子を説明する。
【0030】
本方式で軸方向にイオンを振動させることにより、図4に示すようにイオン解離部8の中心軸29に沿った軸方向のイオン分布36になる。この軸方向のイオン分布36と重なるように、電子源30から中心軸29に沿って電子が照射されるので、イオンと電子の反応効率が高くなる。本方式は、励起によるイオンの内部エネルギーを高くできるだけでなく、イオンと電子の反応効率を向上することができる。従って、ECDの解離効率が向上する。
【0031】
次に、図5を用いて、イオン解離部内でイオンを径方向に振動させる従来方式でのイオン軌道の様子を説明する。
【0032】
径方向にイオンを振動させるには、径方向に対峙するロッド電極17、19の間、もしくは、18、20の間に補助的に交流電圧を印加することで可能である。または、8枚の軸方向電場形成電極21-28の中で径方向に対峙する軸方向電場形成電極の間に補助的に交流電圧を印加することでも可能である。径方向にイオンを振動させることにより、図5に示すようにイオン解離部8の中心軸29に対して直交した径方向のイオン分布37になる。従来の径方向の振動方式でECDを行った場合、径方向のイオン分布37と直交するように、電子源30から中心軸29に沿って電子が照射されるので、イオンと電子の反応効率が図4に比べ低下する。
【0033】
図4と図5の比較から、本発明による、イオン解離部内でイオンを軸方向へ振動させた状態で、電子を中心軸上に照射しECDを行う方式は、ECDの解離効率の向上に効果がある。また、イオン解離部内でイオンを径方向に振動させた場合、ロッド電極17-20に印加する高周波電圧で形成したトラップポテンシャル内でイオンを励起するため、高周波電圧を高く設定する必要があり、その影響により、低い質量のイオンの検出が困難になる。一方、イオン解離部内でイオンを軸方向に振動させた場合、軸方向電場形成電極21-28で形成される軸方向の静電ポテンシャル内でイオンを励起するため、高周波電圧を高く設定する必要がないため、低い質量のイオンの検出が可能になる。
【0034】
(実施例2)
実施例2では、イオン解離部でイオン解離を行う際に、前側の軸方向電場形成電極へ変動電圧を印加しない方式について詳細に説明をする。
【0035】
図6には、電源35により、前側の軸方向電場形成電極21-24に印加される直流電圧31と変動電圧33と、後側の軸方向電場形成電極25-28に印加される直流電圧32と変動電圧34を示す。前側の軸方向電場形成電極21-24と後側の軸方向電場形成電極25-28に印加する直流電圧31、32と、後側の軸方向電場形成電極25-28に印加する変動電圧34に関しては図3と同様であるが、図6では前側の軸方向電場形成電極21-24に印加する変動電圧33の電圧振幅値を0としている。この状態でも、後側の軸方向電場形成電極25-28の変動電圧34によりイオンは軸方向に振動する。前側の軸方向電場形成電極21-24に印加する変動電圧33を印加しないことで、電子源30の付近の電場の乱れを抑制効果がある。電場の乱れを抑制することで、電子の導入効率が向上し、ECDの解離効率向上につながる。
【0036】
(実施例3)
実施例3では、イオン解離部でイオン解離を行う際に、後側の軸方向電場形成電極へ矩形波の変動電圧を印加する方式について詳細に説明をする。
【0037】
図7には、電源35により、前側の軸方向電場形成電極21-24に印加される直流電圧31と変動電圧33と、後側の軸方向電場形成電極25-28に印加される直流電圧32と変動電圧34と、イオン解離部8の中への電子の照射シーケンス63を示す。前側の軸方向電場形成電極21-24と後側の軸方向電場形成電極25-28に印加する直流電圧31、32と、前側の軸方向電場形成電極25-28に印加する変動電圧33に関しては図6と同様であるが、後側の軸方向電場形成電極25-28に印加する変動流電圧34をパルス波形の矩形波で制御している。変動電圧34のパルス的な変動により、軸方向にイオンを振動できる。図7の方式では、パルス波形が0Vのタイミングで電子の照射シーケンス63をオンにすることで、電子照射時の電場の乱れを更に抑制できる。電子の照射シーケンス63がオンの時は、レンズ電極62に負の電圧を印加することで電子がイオン解離部8内に導入される。電子の照射シーケンス63がオフの時は、レンズ電極62に正の電圧を印加することで電子がイオン解離部8内に導入されるのを防止する。
【0038】
(実施例4)
実施例4では、イオン解離部の軸方向に2つ以上に分割された軸方向電場形成電極に印加し、イオンをイオン解離部の軸方向に振動させ、かつ、イオンを径方向にも振動させた状態でECDを行う方式について説明する。
【0039】
図8で、イオン解離部でイオンを軸方向と径方向に振動させてイオン解離を行う際の、8枚の軸方向電場形成電極への電圧印加方法の詳細に説明をする。図8には、電源35により、前側の軸方向電場形成電極21-24に印加される直流電圧31と変動電圧33と、後側の軸方向電場形成電極25-28に印加される直流電圧32と変動電圧34を示す。前側の軸方向電場形成電極21-24と後側の軸方向電場形成電極25-28に印加する直流電圧31、32と変動電圧33、34に関しては図3と同様である。変動電圧33、34を印加することで、周波数に対応したm/zのイオンが、軸上に形成された静電ポテンシャルの中で軸方向に振動する。さらに、イオン解離部8の径方向に対峙するロッド電極17、19の間、もしくは、18、20の間に補助交流電圧38を印加することで、4本のロッド電極17-20が形成するトラップポテンシャルの中でイオンが径方向に振動する。変動電圧33、34の周波数をMS/MS分析の対象となる前駆体イオン7のm/zに対応した周波数にすることで、前駆体イオン7のみが軸方向に振動する。補助交流電圧38の周波数を前駆体イオン7のm/zに対応しない周波数にすることで、前駆体イオン7が径方向に振動することを防止できる。さらに、補助交流電圧38の周波数を前駆体イオン7のm/zに対応する周波数以外の周波数の複合波にすることで、前駆体イオン7以外のm/zのイオンを全て径方向に振動することもできる。
【0040】
この方式により、前駆体イオン7をECDにより解離して生成したフラグメントイオン9は、前駆体イオン7とは異なるm/zなので、軸方向に振動せずに径方向に振動する。これにより、フラグメントイオン9は図5に示した径方向のイオン分布37に類似した挙動を示す。従って、フラグメントイオン9が中心軸29に沿って照射される電子と反応する確率が低くなり、フラグメントイオン9がさらに解離してしまう二次解離を防止することが可能となる。
【0041】
(実施例5)
実施例5では、イオン解離部の軸方向に対して傾斜した形状を持つ電極に電圧を印加し、イオンをイオン解離部の軸方向に振動させた状態でECDを行う方式について説明する。実施例5の傾斜した形状の軸方向電場形成電極は、図1や図2のような軸方向に2つに分割した構成ではない。
【0042】
図9を用いてイオン解離部の構造について詳細に説明する。
イオン解離部8は、円筒状の磁石13と入口電極14と出口電極15で囲まれた空間16の中に、4本のロッド電極17-20、4枚の軸方向電場形成電極25-28を配置し、さらに、中心軸29に沿って電子を照射することができる電子源30が配置されている。電子源30と入口電極14の間にレンズ電極62が配置されている。磁石13は、フェライトやネオジウムなどの永久磁石や電磁石などを用いる。磁石13により、イオン解離部8の中心軸29に沿って磁場が形成される。イオン解離部8の中の空間16は、ヘリウムやアルゴンや窒素などの中性ガスで3Pa以下程度に保持するため、実際には、中性ガスを導入する配管や、磁石13と入口電極14もしくは出口電極15との間を気密するための部品が必要だが、図2には図示しない。4本のロッド電極17-20には、交互に逆位相の高周波電圧を印加する。高周波電圧は、周波数が数100kHz〜1MHz程度で、最大電圧振幅値が数kV程度である。電子源30は、図2に示した細いフィラメント状のものを用いることで、イオンの軌道となる中心軸上に配置することができる。電子源30から照射された電子は、中心軸29に形成された磁場に沿って導入されるため、4本のロッド電極17-20に印加した高周波電圧の影響を受けにくい。さらに、軸方向電場形成電極25-28に、直流電圧32と変動電圧34を印加できる電源35を有する。図9のイオン解離部8では、図2に示すような前側の軸方向電場形成電極21-24が存在しないため、電子源30の付近の電場の乱れを抑制する効果がある。また、入口電極14に前駆体イオン7と同じ極性の電圧(正イオンならば正電圧)を印加することで、前駆体イオン7がイオン解離部8の外部に排除されるのを防止できるので、実施例2、3の変動電圧を印加しない前側の軸方向電場形成電極21-24と同様の役割を入口電極14で行うことができる。
【0043】
イオン解離部でイオン解離を行う際の、軸方向電場形成電極への電圧印加方法は、図3、図6、図7、図8の、前側の軸方向電場形成電極21-24に印加する直流電圧31と変動電圧33を除外したものと同様である。
【0044】
(実施例6)
実施例6では、複数のロッド電極で構成された多重ロッド電極を有するイオン解離部において、絶縁体の表面に抵抗体の層を有する複数のロッドでロッド電極を構成し、ロッド電極の両端に電圧を印加し、イオンをイオン解離部の軸方向に振動させた状態でECDを行う方式について説明する。実施例6の構成は、多重ロッド電極と、軸方向に電場を形成する電極が、同一の電極である
実施例6におけるイオン解離部の構造について、図10で説明をする。
【0045】
イオン解離部8は、円筒状の磁石13と入口電極14と出口電極15で囲まれた空間16の中に、多重極ロッド電極39を有し、中心軸29に沿って電子を照射することができる電子源30が配置されている。電子源30と入口電極14の間にレンズ電極62が配置されている。磁石13は、フェライトやネオジウムなどの永久磁石や電磁石などを用いる。磁石13により、イオン解離部8の中心軸29に沿って磁場が形成される。イオン解離部8の中の空間16は、ヘリウムやアルゴンや窒素などの中性ガスで3Pa以下程度に保持するため、実際には、中性ガスを導入する配管や、磁石13と入口電極14もしくは出口電極15との間を気密するための部品が必要だが、図10には図示しない。電子源30は、図10に示した細いフィラメント状のものを用いることで、イオンの軌道となる中心軸上に配置することができる。
【0046】
次に、図11を用いて、実施例6の多重極ロッド電極と電源部の構成と、イオン解離部でイオン解離を行う際の電圧印加方法の詳細に説明をする。
【0047】
多重極ロッド電極39は、6本のロッド電極40-45と、12個の端子部46-57で構成される。12個の端子部46-57は、6個の前側の端子部46-51と、6個の後側の端子部52-57に分類される。電源35は、共振コイル58と、RFアンプ59などで構成され、多重極ロッド電極39に交互に逆位相の高周波電圧を印加できる。高周波電圧は、周波数が数100kHz〜1MHz程度で、最大電圧振幅値が数kV程度である。さらに電源35は、12個の端子部46-57に、直流電圧31、32と、変動電圧33、34を印加できる。直流電圧31、32は、4本のロッド電極40-45のオフセット電圧に対して、各々最大で100V程度高い電圧が印加できる。
【0048】
ロッド電極40-45の詳細な構造を図12に示す。ロッド電極40-45は、セラミックスなどの絶縁ロッド60の表面に、抵抗体層61を有する。抵抗体層61は、窒化タンタルなどの皮膜を蒸着することや、樹脂素材に粉末状の導電性素材を混合した物質を塗布することなどで形成できる。実施例6では、カーボン粉末を混合したフェノール樹脂ペーストを、アルミナ製の絶縁ロッド60に塗布し、150℃で加熱硬化し、抵抗体層61を形成した。抵抗体層61を絶縁ロッド60の端面にも形成し、金属製の端子部46-57を接触させている。抵抗体層61を形成することで、前側の端子部46-51と、後側の端子部52-57の間に、電位差を与えることが可能となる。図11で示した構成では、直流電圧31、32の電圧値がそのまま電位差となった状態で、高周波電圧を印加することができる。抵抗体層61の抵抗値が小さいと、過電流が流れ電源35の負担が大きくなる。一方、抵抗値が大きい場合、ロッド電極40-45の前側と後側で高周波電圧の位相のずれが大きくなる。従って実施例6では、ロッド電極40-45の前側と後側との間で、抵抗値が一本あたり約1kΩになるように、抵抗体層61の膜厚を調製した。抵抗値の調節は、膜厚の調製の他、導電性粉末の混合率を調整することでも可能である。前側と後側の電位差により、イオン解離部8の軸方向に電位が形成されるので、変動電圧33、34の印加により、イオンを軸方向に振動することができる。振動したイオンはイオン解離部8の中の中性ガス分子との衝突を繰り返し励起され、イオンの内部エネルギーが高くなる。イオンの内部エネルギーが高い状態で電子源30から電子を照射しECDを行うことで、解離効率が向上する。
【0049】
図10、図11、図12で示した装置構成においても、図1、図2で示した装置構成と同様に、図3、図6、図7、図8で説明したような制御方法で制御することで同様の効果が得られる。
【0050】
(実施例7)
実施例7では、イオン解離部の軸方向に2つ以上に分割された形状の電極に電圧を印加し、イオンをイオン解離部の軸方向に振動させた状態でETDを行う方式について説明する。
【0051】
次に、図13を用いてイオン解離部の構造について詳細に説明する。
【0052】
イオン解離部8は、円筒状のケース64と入口電極14と出口電極15で囲まれた空間16の中に、4本のロッド電極17-20、軸方向に2つに分割した4組計8枚の軸方向電場形成電極21-28を配置している。正の電荷を持つ前駆体イオン7と負の電荷を持つ負イオンを効率良くトラップできるように、4本のロッド電極17-20は軸方向に複数に分割した形状としても良い。負イオン源65と負イオン導入部66を配置することで、イオン解離部8の中心軸29に沿って負イオンを照射することができる。イオン解離部8の中の空間16は、ヘリウムやアルゴンや窒素などの中性ガスで3Pa以下程度に保持するため、実際には、中性ガスを導入する配管や、ケース64と入口電極14もしくは出口電極15との間を気密するための部品が必要だが、図13は図示しない。4本のロッド電極17-20には、交互に逆位相の高周波電圧を印加する。高周波電圧は、周波数が数100kHz〜1MHz程度で、最大電圧振幅値が数kV程度である。8枚の軸方向電場形成電極21-28は、前側の軸方向電場形成電極21-24と、後側の軸方向電場形成電極25-28で構成される。負イオン導入部66には、複数のロッド状の電極を配置した多重極電極などが用いられる。負イオン導入部66に、イオンを偏向できるQデフレクターなどを併用することも可能である。さらに、前側の軸方向電場形成電極21-24と、後側の軸方向電場形成電極25-28の、各々に、直流電圧31、32と変動電圧33、34を印加できる電源35を有する。
【0053】
図13で示した装置構成においても、図3、図6、図7、図8で説明したような制御法で制御することで同様の効果が得られる。
【0054】
実施例1から7で説明したイオン解離部は全て、特定イオンを分離するイオン分離や、解離後のフラグメントイオンをm/zごとに分離する質量分析が可能なイオントラップとして動作することが可能である。従って、イオン解離部で、イオン分離や質量分析の機能を兼用することも可能である。また、実施例1から7で説明したイオン解離部では、イオンを軸方向に振動させながら電子を照射して解離する用途だけでなく、電子照射のみによる解離(ECD)だけを行うことができ、また、イオンの振動による中性ガスとの衝突による解離(CID)だけを行うこともできる。また、ECDとCIDの併用(ECD後にCID、CID後にECD、またこれらの繰り返し、など)にも利用可能である。
【符号の説明】
【0055】
1…イオン源、2…イオン、3…第1差動排気室、4…第2差動排気室、5…イオン輸送部、6…イオン分離部、7…前駆体イオン、8…イオン解離部、9…フラグメントイオン、10…質量分析部、11…フラグメントイオン、12…検出器、13…磁石、14…入口電極、15…出口電極、16…空間、17−20…ロッド電極、21−28…軸方向電場形成電極、29…中心軸、30…電子源、31…直流電圧、32…直流電圧、33…変動電圧、34…変動電圧、35…電源、36…軸方向のイオン分布、37…径方向のイオン分布、38…補助交流電圧、39…多重極ロッド電極、40−45…ロッド電極、46−57…端子部、58…共振コイル、59…RFアンプ、60…絶縁ロッド、61…抵抗体層、62…レンズ電極、63…電子の照射シーケンス、64…ケース、65…負イオン源、66…負イオン導入部、70…制御部
【特許請求の範囲】
【請求項1】
高周波電圧が印加される多重極ロッド電極及び前記多重極ロッド電極の軸方向に電場を形成する電場形成手段を備えるイオントラップと、
前記イオントラップを構成する電極に電圧を印加する電源と、
イオンの電荷を変化させる粒子を発生させる粒子源と、
前記電源が前記軸方向にイオンが振動するように前記電場形成手段に電圧を印加した状態で、前記粒子を前記イオントラップに導入させる制御部と、を有することを特徴とするイオン解離装置。
【請求項2】
請求項1に記載のイオン解離装置において、
さらに前記軸方向に磁場を形成する磁場発生手段を有し、前記粒子源は電子を発生させる電子源であり、前記制御部は前記イオントラップの軸上に電子を導入させることを特徴とするイオン解離装置。
【請求項3】
請求項1に記載のイオン解離装置において、
前記電場形成手段は、ロッド電極間に挿入され前記ロッド電極の軸方向に2つ以上に分割された形状の挿入電極であることを特徴とするイオン解離装置。
【請求項4】
請求項1に記載のイオン解離装置において、
前記電場形成手段は、ロッド電極間に挿入され前記イオントラップの中心軸を向く辺が傾斜した形状の挿入電極であることを特徴とするイオン解離装置。
【請求項5】
請求項1に記載のイオン解離装置において、
前記多重極ロッド電極は前記電場形成手段でもあり、前記多重極ロッド電極は表面に抵抗体の層を備える絶縁部を有することを特徴とするイオン解離装置。
【請求項6】
請求項1に記載のイオン解離装置において、
前記多重極ロッド電極は前記電場形成手段でもあり、前記多重極ロッド電極は抵抗体を有することを特徴とするイオン解離装置。
【請求項7】
請求項1に記載のイオン解離装置において、
前記粒子源は負イオンを発生させる負イオン源であることを特徴とするイオン解離装置。
【請求項8】
請求項1に記載のイオン解離装置において、
前記電源は、前記電場形成手段に直流電圧と交流電圧とを印加することを特徴とするイオン解離装置。
【請求項9】
請求項8に記載のイオン解離装置において、
前記交流電圧は矩形波電圧であることを特徴とするイオン解離装置。
【請求項10】
請求項1に記載のイオン解離装置において、
前記制御部は、前記電源が前記イオントラップの径方向に前記軸方向に振動させたイオン以外のイオンが振動するように前記多重極ロッド電極または前記電場形成手段に電圧を印加した状態で、前記粒子を前記イオントラップに導入させることを特徴とするイオン解離装置。
【請求項11】
イオン源と、
前記イオン源で生成されたイオンを解離するイオン解離部と、
前記イオン解離部で生成された解離イオンの質量分析を行う質量分析部と、を有し、
前記イオン解離部は、高周波電圧が印加される多重極ロッド電極及び前記多重極ロッド電極の軸方向に電場を形成する電場形成手段とを備えるイオントラップと、前記電場形成手段に電圧を印加する電源と、イオンの電荷を変化させる粒子を発生させる粒子源と、前記電源が前記軸方向にイオンが振動するように前記電場形成手段に電圧を印加した状態で前記粒子を前記イオントラップに導入させる制御部と、を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項12】
請求項11に記載の質量分析装置において、
さらに前記軸方向に磁場を形成する磁場発生手段を有し、前記粒子源は電子を発生させる電子源であり、前記制御部は前記イオントラップの軸上に電子を導入させることを特徴とする質量分析装置。
【請求項13】
請求項11に記載の質量分析装置において、
前記粒子源は負イオンを発生させる負イオン源であることを特徴とする質量分析装置。
【請求項14】
イオンを生成する工程と、
生成したイオンをリニアイオントラップに導入する工程と、
導入したイオンを前記リニアイオントラップに蓄積する工程と、
蓄積したイオンのうち所定のm/zの第1のイオンを前記リニアイオントラップの軸方向に振動させる工程と、
前記第1のイオンを前記軸方向に振動させた状態でイオンの電荷を変化させる粒子を前記リニアイオントラップに導入する工程と、
前記第1のイオンと前記粒子との反応によりイオンを解離する工程と、
解離したイオンを前記イオントラップから排出し、質量分離して検出する工程と、を有することを特徴とする質量分析方法。
【請求項15】
請求項14に記載の質量分析方法において、
前記粒子は電子であり、前記リニアイオントラップの軸方向に磁場を形成させた状態で、前記電子を前記リニアイオントラップの中心軸上に導入することを特徴とする質量分析方法。
【請求項16】
請求項14に記載の質量分析方法において、
前記粒子は負イオンであることを特徴とする質量分析方法。
【請求項17】
請求項14に記載の質量分析方法において、
さらに前記第1のイオン以外の第2のイオンを前記リニアイオントラップの径方向に振動させる工程を有し、前記第2のイオンを前記径方向に振動させた状態でイオンの電荷を変化させる粒子を前記リニアイオントラップに導入することを特徴とする質量分析方法。
【請求項1】
高周波電圧が印加される多重極ロッド電極及び前記多重極ロッド電極の軸方向に電場を形成する電場形成手段を備えるイオントラップと、
前記イオントラップを構成する電極に電圧を印加する電源と、
イオンの電荷を変化させる粒子を発生させる粒子源と、
前記電源が前記軸方向にイオンが振動するように前記電場形成手段に電圧を印加した状態で、前記粒子を前記イオントラップに導入させる制御部と、を有することを特徴とするイオン解離装置。
【請求項2】
請求項1に記載のイオン解離装置において、
さらに前記軸方向に磁場を形成する磁場発生手段を有し、前記粒子源は電子を発生させる電子源であり、前記制御部は前記イオントラップの軸上に電子を導入させることを特徴とするイオン解離装置。
【請求項3】
請求項1に記載のイオン解離装置において、
前記電場形成手段は、ロッド電極間に挿入され前記ロッド電極の軸方向に2つ以上に分割された形状の挿入電極であることを特徴とするイオン解離装置。
【請求項4】
請求項1に記載のイオン解離装置において、
前記電場形成手段は、ロッド電極間に挿入され前記イオントラップの中心軸を向く辺が傾斜した形状の挿入電極であることを特徴とするイオン解離装置。
【請求項5】
請求項1に記載のイオン解離装置において、
前記多重極ロッド電極は前記電場形成手段でもあり、前記多重極ロッド電極は表面に抵抗体の層を備える絶縁部を有することを特徴とするイオン解離装置。
【請求項6】
請求項1に記載のイオン解離装置において、
前記多重極ロッド電極は前記電場形成手段でもあり、前記多重極ロッド電極は抵抗体を有することを特徴とするイオン解離装置。
【請求項7】
請求項1に記載のイオン解離装置において、
前記粒子源は負イオンを発生させる負イオン源であることを特徴とするイオン解離装置。
【請求項8】
請求項1に記載のイオン解離装置において、
前記電源は、前記電場形成手段に直流電圧と交流電圧とを印加することを特徴とするイオン解離装置。
【請求項9】
請求項8に記載のイオン解離装置において、
前記交流電圧は矩形波電圧であることを特徴とするイオン解離装置。
【請求項10】
請求項1に記載のイオン解離装置において、
前記制御部は、前記電源が前記イオントラップの径方向に前記軸方向に振動させたイオン以外のイオンが振動するように前記多重極ロッド電極または前記電場形成手段に電圧を印加した状態で、前記粒子を前記イオントラップに導入させることを特徴とするイオン解離装置。
【請求項11】
イオン源と、
前記イオン源で生成されたイオンを解離するイオン解離部と、
前記イオン解離部で生成された解離イオンの質量分析を行う質量分析部と、を有し、
前記イオン解離部は、高周波電圧が印加される多重極ロッド電極及び前記多重極ロッド電極の軸方向に電場を形成する電場形成手段とを備えるイオントラップと、前記電場形成手段に電圧を印加する電源と、イオンの電荷を変化させる粒子を発生させる粒子源と、前記電源が前記軸方向にイオンが振動するように前記電場形成手段に電圧を印加した状態で前記粒子を前記イオントラップに導入させる制御部と、を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項12】
請求項11に記載の質量分析装置において、
さらに前記軸方向に磁場を形成する磁場発生手段を有し、前記粒子源は電子を発生させる電子源であり、前記制御部は前記イオントラップの軸上に電子を導入させることを特徴とする質量分析装置。
【請求項13】
請求項11に記載の質量分析装置において、
前記粒子源は負イオンを発生させる負イオン源であることを特徴とする質量分析装置。
【請求項14】
イオンを生成する工程と、
生成したイオンをリニアイオントラップに導入する工程と、
導入したイオンを前記リニアイオントラップに蓄積する工程と、
蓄積したイオンのうち所定のm/zの第1のイオンを前記リニアイオントラップの軸方向に振動させる工程と、
前記第1のイオンを前記軸方向に振動させた状態でイオンの電荷を変化させる粒子を前記リニアイオントラップに導入する工程と、
前記第1のイオンと前記粒子との反応によりイオンを解離する工程と、
解離したイオンを前記イオントラップから排出し、質量分離して検出する工程と、を有することを特徴とする質量分析方法。
【請求項15】
請求項14に記載の質量分析方法において、
前記粒子は電子であり、前記リニアイオントラップの軸方向に磁場を形成させた状態で、前記電子を前記リニアイオントラップの中心軸上に導入することを特徴とする質量分析方法。
【請求項16】
請求項14に記載の質量分析方法において、
前記粒子は負イオンであることを特徴とする質量分析方法。
【請求項17】
請求項14に記載の質量分析方法において、
さらに前記第1のイオン以外の第2のイオンを前記リニアイオントラップの径方向に振動させる工程を有し、前記第2のイオンを前記径方向に振動させた状態でイオンの電荷を変化させる粒子を前記リニアイオントラップに導入することを特徴とする質量分析方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2010−170754(P2010−170754A)
【公開日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−10494(P2009−10494)
【出願日】平成21年1月21日(2009.1.21)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年1月21日(2009.1.21)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】
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