説明

質量分析装置

【課題】EI法によるイオン源でパルス的にイオンを出射させる場合に、同一m/zのイオンの収束性を高める。
【解決手段】熱電子生成用のフィラメント12とイオン化室10の熱電子導入口102との間にゲート電極15を配置する。熱電子をイオン化室10に導入して試料分子をイオン化した後に、ゲート電極15に所定電圧を印加することで熱電子を遮断する。そして、その直前にイオン化室10に導入された熱電子がイオン化室10を通り抜けた後にリペラ電極14にイオン出射用電圧を印加し、イオン化室10内のイオンに初期運動エネルギを付与してイオン化室10からパルス的に出射させる。その時点ではイオン化室10内に熱電子が殆ど存在しないため、熱電子による電場の乱れはなく、イオンの挙動は熱電子の影響を受けない。また、熱電子がリペラ電極14に衝突することによるノイズも抑制できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は質量分析装置に関し、さらに詳しくは、質量分析装置において電子イオン化法(EI)を利用してイオンを生成するイオン源に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、質量分析装置において気体状の試料をイオン化するイオン源として電子イオン化法(以下、EI法と称す)を利用したものが知られている。EI法では、フィラメントを加熱することで発生させた熱電子を電場の作用により加速し、気体状の試料分子(又は原子)に衝突させる。すると、試料分子から電子が飛び出し、試料分子イオンが生成される。
【0003】
飛行時間型質量分析装置(TOF−MS)のイオン源として上記EIイオン源を用いる場合、或いは、EIイオン源で生成したイオンを3次元四重極型イオントラップなどに間欠的に導入する場合には、イオン源で生成したイオンをパルス的に加速してパケット状態(ひとかたまりの状態)で送り出す必要がある。非特許文献1に記載のTOF−MSでは、次のようにして、EI法により生成したイオンをパルス的にイオン源から出射させて質量分析に供する。
【0004】
即ち、フィラメントで発生させた熱電子を加速して連続的にイオン化室内に導入すると、この熱電子はイオン化室内に導入された試料分子に衝突し、これによって試料分子はイオン化される。熱電子流は連続的にイオン化室内に供給されるため、気体状の試料がイオン化室内に連続的に供給されれば、イオンもほぼ連続的に生成される。イオン化室からイオンを送り出す際には、イオン化室内に配設されたリペラ電極にパルス的にイオンと同極性の電圧を印加する。これにより、イオン化室内にはイオンが反発する電場が生じるから、この電場の作用によってイオンは初期運動エネルギを付与され、イオン化室に設けられたイオン出射口を通してパルス的に放出される。上記のようにしてイオン化室から出射されたイオンはさらに1乃至複数段の加速電極により加速され、飛行空間に導入されて飛行空間中を飛行する過程で質量電荷比に応じて分離される。
【0005】
上記のようなTOF−MSで高い質量精度や質量分解能を達成するためには、イオンが検出器に到達する時点で、同一質量電荷比(m/z)を有するイオンが時間的に収束している必要がある。つまり、同一質量電荷比を有するイオンの飛行時間スペクトルピークの幅ができるだけ狭いことが好ましい。しかしながら、上記従来のEIイオン源では必ずしも時間収束が十分でないという問題がある。その原因としては次のようなことが考えられる。
【0006】
即ち、熱電子流はイオン化室内に連続的に導入されるため、リペラ電極にパルス的に電圧(イオン出射用電圧)を印加してイオン化室内のイオンを出射させるときに、イオン群に加えて電子群もイオン化室内に存在している。この電子群の存在が、リペラ電極にイオン出射用電圧が印加されるときのイオン化室内の電場を乱し、イオンの挙動に影響を与え、イオン化室から放出されるイオンの収束に影響を与えることが考えられる。また、正イオン測定の場合にはリペラ電極に正のイオン出射用電圧が印加されるため、その電圧印加時にイオン化室内に存在する電子はリペラ電極に誘引されて該電極に衝突する。このように電子群がリペラ電極に衝突することで、ノイズが発生する原因にもなる。
【0007】
また、同一質量電荷比を有するイオンパケットを十分に収束させるためには、リペラ電極にイオン出射用電圧を印加した時点でのイオン化室内でのイオンの初期位置(空間的な初期分布)が重要である。従来のEIイオン源では、熱電子流がイオン化室内に常時導入されることで次々と試料分子がイオン化され、それら多量のイオン同士のクーロン反発力により、イオン化室内でイオンは空間的に拡がってしまう。そのため、リペラ電極にイオン出射用電圧が印加されたときの各イオンの出発点の位置が相違し、各イオンが付与される運動エネルギのばらつき、或いは飛行距離のばらつきなどにより、イオンの収束が悪くなると考えられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】ウィレイ(W.C. Wiley)、ほか1名、「タイム・オブ・フライト・マス・スペクトロメータ・ウィズ・インプルーブド・リゾリューション(Time-of-Flight Mass Spectrometer with Improved Resolution)」、レビュー・オブ・サイエンティフィック・インストゥルメンツ(Review of Scientific Instruments)、第26巻、1995年、p. 1150-1157
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記課題に鑑みて成されたものであり、その目的とするところは、例えばイオン源で生成したイオンを飛行時間型質量分析器で質量分析する場合に、同一質量電荷比を有するイオンの収束を良好に行うことにより、質量分離能や質量精度を向上させることができる質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明は、熱電子を生成する熱電子生成部と、該熱電子生成部で生成した熱電子を内部に導入する熱電子導入口を有し、その内部において熱電子を利用して試料分子又は原子をイオン化するイオン化室と、を含むイオン源を具備する質量分析装置において、
a)前記熱電子生成部と前記イオン化室の熱電子導入口との間に配置され、熱電子を通過させる又は遮断するためのゲート電極と、
b)前記イオン化室内で生成されたイオンに対し電場により運動エネルギを付与して該イオン化室から出射させるためのイオン出射用電極と、
c)熱電子の通過/遮断を制御する電圧を前記ゲート電極に印加する第1電圧印加手段と、
d)前記イオン化室内からイオンを出射させるための電圧を前記イオン出射用電極に印加する第2電圧印加手段と、
e)前記ゲート電極を熱電子が通過可能な状態で前記イオン化室内でイオンを生成し、前記ゲート電極で熱電子が遮断される状態に移行した後に前記イオン化室内からイオンを出射させるべく前記イオン出射用電極に電圧を印加するように第1及び第2電圧印加手段を制御する制御手段と、
を備えることを特徴としている。
【0011】
熱電子生成部は例えば、加熱により熱電子を生成するフィラメントである。また、イオン出射用電極は、イオン化室内に配設され、電場の作用によりイオン化室内のイオンを外側に押し出す押し出し(リペラ)電極、又は、イオン化室の外側に配設され、電場の作用によりイオン化室内のイオンを外側に引き出す引き出し電極のいずれかである。
【0012】
本発明に係る質量分析装置では、制御手段の制御の下に、ゲート電極を自由に通過させた熱電子をイオン化室内に送り込む。イオン化室内では熱電子が試料分子に接触し、該試料分子がイオン化される。こうして所定時間、イオン化を行った後に、第1電圧印加手段からゲート電極に所定の電圧を印加し、それにより形成される電場の作用によって熱電子の通過を妨害する。具体的には、熱電子生成部に対して負となる電圧をゲート電極に印加することにより、熱電子を跳ね返すようにすればよい。熱電子がイオン化室内に供給されなくなると、短時間の間にイオン化室内には熱電子が殆ど存在しなくなる。その状態で第2電圧印加手段からイオン出射用電極に所定のイオン出射用電圧が印加され、それにより形成される電場の作用によって、イオン化室内のイオンは外側に送り出される。
【発明の効果】
【0013】
このようにして、本発明に係る質量分析装置によれば、イオン化室内に熱電子が殆どない状態で、その直前に生成したイオンをイオン化室内から出射させることができる。したがって、イオン出射時のイオン化室内の電場は電子群の影響を受けなくなるので、例えばイオン化室から出射したイオンを飛行時間型質量分析器に導入する場合に、検出器に到達する時点における同一質量電荷比を有するイオンの収束性が向上する。それによって、質量分解能や質量精度を向上させることができる。また、正イオンを測定するためにイオン出射用電極に正電圧を印加した場合でも該電極への電子の衝突が少なくなるため、この衝突に起因するノイズの発生を抑制することができる。
【0014】
本発明に係る質量分析装置の好ましい一態様として、前記制御手段は、パルス的に熱電子がゲート電極を通過するように該ゲート電極への電圧の印加を制御し、該ゲート電極で熱電子が遮断される状態に移行した直後に前記イオン化室内からイオンを出射させるべく前記イオン出射用電極にイオン出射用電圧を印加するように第1及び第2電圧印加手段を制御するとよい。
【0015】
この構成によれば、熱電子流がパルス的に短時間だけイオン化室内に導入され、その後速やかにイオン出射用の電場がイオン化室内に形成されるため、イオン生成開始時点からイオンに運動エネルギが付与される時点までの時間が短くてすむ。その結果、イオン同士のクーロン反発力による空間的な拡がりが殆ど生じない状況の下で、イオンをイオン化室内から出射させることができる。それにより、イオンの出発位置のばらつきや付与される運動エネルギのばらつきが軽減され、同一質量電荷比の収束性を一層高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一実施例である質量分析装置の全体構成図。
【図2】本実施例の質量分析装置におけるイオン源の詳細構成図。
【図3】本実施例の質量分析装置におけるゲート電極及びリペラ電極への電圧印加のタイミング図。
【図4】本実施例の質量分析装置による飛行時間スペクトルピークの実測例。
【図5】他の実施例によるゲート電極及びリペラ電極への電圧印加のタイミング図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の一実施例である質量分析装置について添付図面を参照して説明する。図1は本実施例の質量分析装置の全体構成図、図2はイオン源の詳細構成図である。
【0018】
図1において、真空容器6の内部は図示しない真空ポンプにより真空排気され、所定の真空度に維持される。例えば図示しないガスクロマトグラフ(GC)のカラムから流出する試料ガスは適宜のインタフェイスを介して試料導入管7からイオン源1のイオン化室10内へと供給される。イオン化室10にはフィラメント12からトラップ電極13に向かう熱電子流が形成され、イオン化室10に導入された試料分子に熱電子が接触することによって該分子はイオン化される。
【0019】
生成された各種イオンは後述する電場の作用によりイオン化室10からパルス的に出射され(図1では右方)、第2段加速電極2でさらに加速されてフライトチューブ3内に形成される飛行空間4に導入される。ほぼ同時にイオン源1を出発した各種イオンは、質量電荷比に応じた速度をもって飛行空間を飛行する。したがって、飛行空間4中を飛行する間に質量電荷比が大きなイオンほど遅れ、時間差がついて検出器5に到達する。検出器5による検出信号を受けた図示しないデータ処理部では、予め求めておいた較正情報を用いて飛行時間を質量電荷比に換算し、例えばマススペクトルを作成する。
【0020】
図2に詳細に示すように、イオン化室10の壁面に開口した熱電子導入口102の外側にはフィラメント12が内装されたフィラメント室11が配置されており、図示しない加熱電流源からフィラメント12に加熱電流が供給されるとフィラメント12の温度が上昇して熱電子が放出される。一方、イオン化室10にあって熱電子導入口102に対向する位置には熱電子出射口103が設けられ、その外側にトラップ電極13が配置されている。フィラメント室11と熱電子導入口102との間には、熱電子が通過する開口が穿設されたゲート電極15が配設されている。またイオン化室10内にあって、該イオン化室10の壁面に形成されたイオン出射口101と反対側には、平板状のリペラ電極14が配設されている。
【0021】
フィラメント室11及びトラップ電極13のさらに外側には磁石16及びヨーク17が配設されているが、これは磁場の作用によって熱電子を螺旋状に旋回させ、イオン化室10内での熱電子の空間的な拡がりを抑えるためのものである。それにより、熱電子と試料分子とが接触し得る空間、つまりはイオンの生成領域を狭くし、イオンの飛行の出発位置のばらつきを軽減することができる。
【0022】
フィラメント12には例えば−70[V]の直流電圧V1が、フィラメント室11にはそれよりも僅かに低い例えば−73[V]の直流電圧V2がそれぞれ印加され、トラップ電極13及びイオン化室10は接地(電位0[V])されている。ゲート電極15には本発明における第1電圧印加手段に相当する電子制御電圧発生部21から後述する所定電圧が、リペラ電極14には本発明における第2電圧印加手段に相当する出射制御電圧発生部22から後述する所定電圧が、それぞれ印加され、電子制御電圧発生部21及び出射制御電圧発生部22の動作はCPUなどを含む制御部20により制御される。なお、トラップ電極13の電位は理想的にはイオン化室10の電位よりも高い+10[V]程度であるが、ここでは実験を容易にするために0[V]に設定した。
【0023】
図1、図2に、図3を加え、本実施例の質量分析装置における特徴的なイオン生成動作について説明する。図3はゲート電極15及びリペラ電極14への電圧印加のタイミング図である。
【0024】
制御部20の制御の下に、電子制御電圧発生部21がイオン化室10の電位と同じ0[V]の電圧をゲート電極15に印加すると、フィラメント12で生成された熱電子はゲート電極15の開口を自由に通過し、さらに熱電子導入口102を通過してイオン化室10内に入る。つまり、図2に示すような上から真下に向かう(厳密には上述した磁場の作用により螺旋状に進む)熱電子による電子流(電子線)が形成される。イオン化室10内に導入された試料分子はこの熱電子に接触してイオン化される。このときには、リペラ電極14には出射制御電圧発生部22から0[V]の電圧(つまりイオン化室10と同電位)が印加されているので、生成された正イオンはイオン化室10内に溜まる。
【0025】
時刻t1において、電子制御電圧発生部21はV1、V2よりも低い所定電圧(例えば−100[V])をゲート電極15に印加する。すると、ゲート電極15とフィラメント室11との間には電子に対する高い電位障壁が形成されるから、フィラメント12で生成された熱電子は跳ね返され、イオン化室10へと入射できなくなる。時刻t1の直前にゲート電極15を通り抜けた熱電子はイオン化室10へと入るが、それ以降、イオン化室10への熱電子の入射は停止するので、イオン化室10内の熱電子の密度は急速に下がり、時刻t1から或る時間が経過するまでの期間には、全ての熱電子がイオン化室10を通り抜ける。後述するように電子の速度は非常に速いため、ごく短い時間でほぼ全ての熱電子はイオン化室10を通り抜け、イオン化室10内は熱電子が殆ど存在しない状態となる。
【0026】
そうした状態となった時刻t2において、出射制御電圧発生部22は所定の正電圧(例えば1400[V])をリペラ電極14へ印加する。すると、イオン化室10内に溜まっていた正イオンは、リペラ電極14への印加電圧によりイオン化室10内に形成された同極性の電場の作用により、図2で右方へ向かう初期運動エネルギを付与される。これにより、試料分子に由来するイオンはほぼ一斉に移動を開始し、イオン出射口101を経てイオン化室10外へと出射される。これらイオンは第2段加速電極2への印加電圧により形成される電場によりさらに加速され、飛行空間4に導入される。
【0027】
上述したように、リペラ電極14にイオン出射用電圧を印加する時点(時刻t2)でイオン化室10内には熱電子が殆ど存在しないため、リペラ電極14への印加電圧により形成される正電場は熱電子の影響を殆ど受けることがない。そのため、イオン化室10から出射されるイオンの挙動は熱電子により乱されることなく、同一質量電荷比を有するイオンは高い収束性を示す。また、リペラ電極14に正電圧が印加されてもリペラ電極14に熱電子が衝突しないので、こうした電子の衝突に起因するノイズも抑制することができる。
【0028】
次に、図2に示した構成のイオン源1を用いた実測結果について説明する。この測定では、試料として窒素ガスを用いた。また、リペラ電極14とイオン化室10との間の電位差は約1400[V]、イオン化室10と第2段加速電極2との間の電位差は約6900[V]とした。また、図3に示したt1とt2の時間差tは0に設定した。これはリペラ電極14の実際の電位は図3に示したようには急峻に立ち上がらず、出射制御電圧発生部22で電圧の上昇を開始した時点からリペラ電極14の電圧が立ち上がるまでに約30[nsec]の時間が掛かっているためである。したがって、リペラ電極14の電圧の立ち上がりが速い場合には時間差tを数〜数十[nsec]程度設けたほうがよい。
【0029】
図4は収束面Pの位置に配設された検出器(MCP)5で観測された信号波形、つまり飛行時間と信号強度との関係を示す飛行時間スペクトルである。イオンの収束特性はスペクトルピークの時間幅(半値幅)を用いて示すことができるが、この例では半値幅は1.8[nsec]となり、十分に収束していることが分かる。
【0030】
次に、本発明の他の実施例による質量分析装置について説明する。この質量分析装置の基本的な構成は上記実施例と同じであるが、制御部20の制御の下に電子制御電圧発生部21及び出射制御電圧発生部22からゲート電極15及びリペラ電極14にそれぞれ印加される電圧の変化のタイミングが相違する。図5はゲート電極15及びリペラ電極14への電圧印加のタイミング図である。
【0031】
この実施例では、図5に示すように、電子制御電圧発生部21からゲート電極15にパルス的に短時間だけ熱電子の通過を許可するような電圧を印加し、その後直ぐに、リペラ電極14にイオン出射用電圧を印加する。上述したように、イオン化室10内では熱電子が導入されるときにのみ試料分子がイオン化されるため、イオン生成が開始されるのは時刻t3の時点であり、時刻t4の時点でイオン生成は終了し、時刻t5の時点でイオン出射用電圧がリペラ電極14に印加される。
【0032】
イオン化室10内で生成されたイオンは同極性の電荷を有するから、そのクーロン反発力によって、初めに狭い領域に密集した状態にあった多数のイオンは時間経過に伴い空間的に拡がっていく。これに対し、この実施例による装置では、上述したようにイオン生成開始時点からイオン出射用電圧印加時点までの時間が短いため、上記のようなクーロン反発力によるイオンの空間的拡がりが殆どない状態で、イオンに初期運動エネルギを付与して加速することができる。その結果、イオンの出発点は比較狭い領域に収まり、各イオンの飛行距離のばらつきが抑えられるとともに、付与される初期運動エネルギのばらつきも小さくなる。その結果、同一質量電荷比を有するイオンの収束性を高めることができる。
【0033】
なお、電子とイオンとでは速度に大きな差がある。例えば70[eV]で加速された電子の速度は5×10[m/sec]であり、50[mm]の長さ(これはイオン化室10内のイオン化領域の長さのオーダー)を通過するのに要する時間は10[nsec]にすぎない。それに対して400[K]における窒素イオンの速度は6×10[m/sec]であり、10[nsec]の時間でイオンが移動する距離は僅か6[μm]である。このことから、熱電子がイオン化室10内のイオン化領域を完全に通過するまで待ってリペラ電極14にパルス的にイオン出射用電圧を印加しても、その間にイオンは空間的に殆ど拡がらず、上記のような効果が達成できる。
【0034】
上記実施例ではいずれも、パルス的にイオン源から出射させたイオンを飛行時間型質量分析器に導入して質量分析を行っていたが、パルス的にイオン源から出射させたイオンを例えば3次元四重極型イオントラップに導入して一旦捕捉し、その後にイオントラップからイオンを出射して質量分析を行うようにすることもできる。即ち、本発明に係る質量分析装置において、質量分析の手法は特に限定されるものではない。
【0035】
また、それ以外にも、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加を行っても、本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【符号の説明】
【0036】
1…イオン源
10…イオン化室
101…イオン出射口
102…熱電子導入口
103…熱電子出射口
11…フィラメント室
12…フィラメント
13…トラップ電極
14…リペラ電極
15…ゲート電極
16…磁石
17…ヨーク
2…第2段加速電極
3…フライトチューブ
4…飛行空間
5…検出器
6…真空容器
7…試料導入管
20…制御部
21…電子制御電圧発生部
22…出射制御電圧発生部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱電子を生成する熱電子生成部と、該熱電子生成部で生成された熱電子を内部に導入する熱電子導入口を有し、その内部において熱電子を利用して試料分子又は原子をイオン化するイオン化室と、を含むイオン源を具備する質量分析装置において、
a)前記熱電子生成部と前記イオン化室の熱電子導入口との間に配置され、熱電子を通過させる又は遮断するためのゲート電極と、
b)前記イオン化室内で生成されたイオンに対し電場により運動エネルギを付与して該イオン化室から出射させるためのイオン出射用電極と、
c)熱電子の通過/遮断を制御する電圧を前記ゲート電極に印加する第1電圧印加手段と、
d)前記イオン化室内からイオンを出射させるための電圧を前記イオン出射用電極に印加する第2電圧印加手段と、
e)前記ゲート電極を熱電子が通過可能な状態で前記イオン化室内でイオンを生成し、前記ゲート電極で熱電子が遮断される状態に移行した後に前記イオン化室内からイオンを出射させるべく前記イオン出射用電極に電圧を印加するように第1及び第2電圧印加手段を制御する制御手段と、
を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析装置であって、
前記制御手段は、パルス的に熱電子がゲート電極を通過するように該ゲート電極への電圧の印加を制御し、該ゲート電極で熱電子が遮断される状態に移行した直後に前記イオン化室内からイオンを出射させるべく前記イオン出射用電極にイオン出射用電圧を印加するように第1及び第2電圧印加手段を制御することを特徴とする質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−244903(P2010−244903A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−93331(P2009−93331)
【出願日】平成21年4月7日(2009.4.7)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】