質量分析装置
【課題】パルスカウント型検出器において、検出器電圧と計数値との関係でプラトー領域が明瞭でない場合であっても、計数の正確性と検出器の長寿命化とを両立できる適正な検出器電圧の自動設定を行う。
【解決手段】検出器電圧を低電圧から段階的に上げつつ、各電圧で二次電子増倍管からの出力信号を2値化したパルス信号の計数値を順次取得する(S1、S2)。計数値が得られる毎に係数値の差分値と二階差分値を求め(S3、S4)、電圧増加に伴う計数値の増加率の変化を示す二階差分値が0以下になったならば準プラトー領域であるとみなす(S5、S6)。測定終了後、準プラトー領域内で最大計数値を真の計数値とし、感度に応じた許容計数値範囲内で最小の検出器電圧を適切な電圧に決める(S9、S10)。
【解決手段】検出器電圧を低電圧から段階的に上げつつ、各電圧で二次電子増倍管からの出力信号を2値化したパルス信号の計数値を順次取得する(S1、S2)。計数値が得られる毎に係数値の差分値と二階差分値を求め(S3、S4)、電圧増加に伴う計数値の増加率の変化を示す二階差分値が0以下になったならば準プラトー領域であるとみなす(S5、S6)。測定終了後、準プラトー領域内で最大計数値を真の計数値とし、感度に応じた許容計数値範囲内で最小の検出器電圧を適切な電圧に決める(S9、S10)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン検出器としてパルスカウント型検出器を利用した質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置において、イオンを検出する検出器としては、大別して、イオンの平均電流を測定する直流型検出器と、到達したイオンの個数を計数するパルスカウント型検出器と、が知られている(特許文献1参照)。一般的には前者の直流型検出器が利用されることが多いが、信号強度が低い場合で、且つ化学的ノイズが小さい場合には、微小イオン量の測定に有利な、後者のパルスカウント型検出器が利用される。例えば、液体クロマトグラフで成分分離された試料液中の成分のMS/MS分析を行うLC/MS/MSでは、パルスカウント型検出器が利用されることが比較的多い。
【0003】
イオン検出器として用いられるパルスカウント型検出器の概略構成を図9に示す。検出部1においてイオンはコンバージョンダイノード11に入射して電子に変換され、この電子が二次電子増倍管(EM)12に導入され、増倍されて出力される。この二次電子増倍管12からの出力信号が信号処理部2においてまずプリアンプ21で増幅され、ディスクリミネータ(高さ弁別器)22で閾値電圧VTLと比較されることで2値化される。ディスクリミネータ22の出力であるパルス信号が計数部23に入力され、計数部23は一定周期時間内に入力されるパルス信号を計数し、その計数値がイオン数に応じたデータとして出力される。なお、ディスクリミネータに代えてコンパレータ及び波形整形器が用いられることもある。
【0004】
上記のようなパルスカウント型検出器に利用される二次電子増倍管12は、一般に、直流型検出器に用いられるものよりもゲインが高い。このような二次電子増倍管12は1個の電子の入射に対してピーク電流強度が数μA以上であるパルス状の電流信号を出力するが、その出力電流強度は二次電子増倍管12に印加される電圧(本明細書ではこれを「検出器電圧」という)により変化する。また、同一の検出器電圧を印加した場合でも、出力電流強度はばらつき(電流強度分布)をもつ。そのため、全ての出力信号を計数部23で漏れなく計数できるようにするためには、二次電子増倍管12から出力される最小強度の信号がディスクリミネータ22において閾値VTLを超えるように検出器電圧を適切に調整する必要がある。
【0005】
図10は検出器電圧と計数値との関係の理想的な状態を示すグラフである。検出器電圧を1.4[kV]等の低い電圧値から徐々に上げていくと、当初、二次電子増倍管の出力電流が増加するために閾値を超える信号の数も増加する。それにより、計数値は増加する。これが図10中のA領域である。殆どの信号が閾値を超えるようになると検出器電圧を増加させても計数値の増加度合は小さくなり、やがて検出器電圧を増加させても計数値が一定となるB領域に入る。B領域は一般にプラトー領域と呼ばれている。このB領域では、二次電子増倍管から出力される信号の全てがディスクリミネータにおいて閾値を超えており、このときの計数値が検出部1に入射するイオンの数を反映した真の計数値であると言える。
【0006】
このように計数値が一定である状態からさらに検出器電圧を増加させると、やがて計数値は増加し始めC領域に至る。この原因は種々考えられるが、一般的には、出力電流強度が大きくなりすぎたために伝送途中で信号のリンギングが生じ易くなり、それを誤って計数してしまうことや、二次電子増倍管のダイノード間から電子が漏れ出し、それがコンバージョンダイノードで再加速されるイオンフィードバックと呼ばれる現象が起こること、などの要因が主であると考えられる。
【0007】
いずれにしても、C領域における計数値は真の計数値よりも多くなっているから、計数値が一定になるB領域の範囲で検出器電圧を設定する必要がある。一方、二次電子増倍管の寿命は出力電流に対して反比例の関係となるため、寿命の点からは検出器電圧は低いことが好ましい。そこで一般的には、B領域の範囲内で最も低い電圧に検出器電圧を設定するのが理想的である。例えば図10の例では、約1.8[kV]が適切な検出器電圧である。検出器電圧をこのような電圧に設定して質量分析を実行することにより、イオン数に対応した真の計数値が得られ、しかも二次電子増倍管の長寿命化を図ることができる。
【0008】
上述したような適切な検出器電圧を見い出すために、従来、分析者が次のような手順で検出器電圧の設定作業を行っている。即ち、標準試料を連続的に質量分析している状態で、分析者は検出器電圧を初期電圧から徐々に上げながら計数値の変化を監視する。そして、計数値が増加する状態からほぼ一定値を維持する状態になったとき、つまりB領域に入ったと想定されるときに、印加電圧の増加を停止し、そのときの電圧を最適な検出器電圧として記憶させるようにしている。一方、こうした一連の作業を分析者が手動で行う代わりに、自動的に行えるようにした装置も従来知られている(特許文献2参照)。
【0009】
上記のような適正検出器電圧の設定は手動であれ自動であれ、図10に示したようにB領域において計数値が一定になることを前提としている。しかしながら、実際には、回路の配線容量などによるインピーダンスのミスマッチといった要因により信号のリンギングが大きかったり、或いは二次電子増倍管の個体差により出力電流強度分布が広かったりすると、図11に示すように、検出器電圧−計数値の関係にB領域が明瞭に現れない場合がある。こうした場合、手動による検出器電圧設定であれば、分析者が図11に示したような検出器電圧−計数値のカーブを適宜判断し、例えば1.85kVと適宜判断するすることが可能である。しかしながら、こうして設定された検出器電圧が必ずしも適切であるとは限らない。また、或る程度の経験をもった分析者でないと、上記のような判断は難しい。一方、上述したような自動設定では、計数値がほぼ一定になるプラトー領域が見い出せないと、適切な検出器電圧を設定することができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平6−118176号公報
【特許文献2】特開平5−151931号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、パルスカウント型検出器をイオン検出器に用いた質量分析装置において、検出器電圧と計数値との関係にプラトー領域が明瞭に現れないような状況でも、適切な検出器電圧を自動的に設定できるようにすることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために成された本発明は、イオンの入射に応じた出力信号を発生する検出部と、該検出部の出力を所定閾値と比較して生成したパルス信号を計数する計数部と、を有するパルスカウント型検出器をイオン検出器として用いた質量分析装置において、
a)前記検出部に検出器電圧を印加する電圧発生手段と、
b)所定試料の分析状態の下で前記電圧発生手段により検出器電圧を段階的に増加させつつ前記計数部による計数値を取得し、検出器電圧の増加に対する計数値の変化の度合いに基づいて適正検出器電圧を決定する適正電圧判定手段と、
を備え、前記適正電圧判定手段は、
検出器電圧の増加に対する計数値の変化の二次微分値を算出し、該二次微分値がゼロ以下になる検出器電圧の範囲を求めて該範囲内で最大の計数値を抽出する計数値抽出部と、抽出された最大計数値に基づいて決められる許容計数値範囲に対応した検出器電圧の中で最小の電圧を適正検出器電圧として選定する電圧選定部と、
を有することを特徴としている。
【0013】
通常、上記検出部は二次電子増倍管を含んでおり、上記検出器電圧は二次電子増倍管に印加される電圧である。
【0014】
本発明に係る質量分析装置において、適正電圧判定手段は、例えば、一定量のイオンが検出部に入射するように標準試料を質量分析している状態で、検出器電圧を所定の低い電圧値から例えば所定の電圧ステップで段階的に増加させるように電圧発生手段を制御する。そして、その検出器電圧の各段階において質量分析結果である計数値をそれぞれ取得する。適正電圧判定手段に含まれる計数値抽出部は、検出器電圧の増加に対する計数値の変化の二次微分値がゼロ以下であるとき、つまり、検出器電圧の増加に対する計数値の増加度合がその直前の増加度合と等しい又は減少した状態であるときに、いわゆるプラトー領域に準じた領域(以下「準プラトー領域」という)であるとみなす。これにより、たとえ検出器電圧の増加に対して計数値が一定にならなくても、プラトー領域に相当する準プラトー領域を見い出すことができる。
【0015】
但し、検出器電圧の増加に対して計数値が一定にならないような状況の下では、多くのの場合、準プラトー領域内の計数値の幅は広い。そこで、準プラトー領域内で計数漏れの可能性が最も小さいと思われる最大計数値を抽出し、これを真の計数値とみなす。ここで言う「真の計数値」とは、検出器電圧−計数値特性で明瞭なプラトー領域が現れる場合における一定の計数値に相当するものであり、必ずしも最も正確な計数値であるとは限らない。
【0016】
分析目的や試料の種類などによって分析感度の許容範囲は様々であるから、電圧選定部は、感度として許容し得る範囲で決められた計数値の許容率に応じて、上記真の計数値から計数値の許容範囲を求め、その許容計数値範囲内で最小の検出器電圧を適正検出器電圧として選定する。これにより、感度が許容できる範囲で最も低い電圧が検出器電圧として設定されるので、検出部の寿命、つまりは二次電子増倍管の寿命を延ばすのに有利である。
【0017】
なお、計数部では所定時間内に入力されたパルス信号を計数するが、入射するイオンの数に比べて上記所定時間が短すぎると、検出器電圧と計数値との関係を示すカーブの歪みが生じ易くなる。そこで、本発明に係る質量分析装置の一態様として、前記適正電圧判定手段は、検出器電圧の増加に対する計数値の移動平均を計算する平均値算出部を含み、前記計数値抽出部はその移動平均値の変化の二次微分値を算出する構成とするとよい。
【0018】
即ち、上記構成では、検出器電圧の増加に対する計数値の移動平均をとることにより、上述したようなパルス計数のための時間の短さ等による計数値の不安定さを補い、二次微分値をより正確に求めることができる。
【0019】
また、本発明に係る質量分析装置において、前記適正電圧判定手段は、検出器電圧を段階的に増加させつつ計数値を取得する際に、前記二次微分値が正である状態が複数回連続したときに検出器電圧の増加及び計数値の取得を停止することが好ましい。
【0020】
上述したように準プラトー領域が見つかった後に計数値の二次微分値が正である状態が複数回連続した場合、準プラトー領域が終了したものと高い確度で推定することができる。そこで、その時点で検出器電圧の増加を停止させることにより、二次電子増倍管に無意味に高い電圧が印加されることを回避でき、二次電子増倍管の寿命を延ばすのに有効である。もちろん、既に準プラトー領域が見い出されているので、適正検出器電圧を探索するのにも何ら支障がない。
【発明の効果】
【0021】
本発明に係る質量分析装置によれば、イオン検出器として使用されるパルスカウンタ型検出器において、検出器電圧と計数値との関係に明瞭なプラトー領域が現れないような場合であっても、許容し得る最低限の感度を達成し且つ検出部(二次電子増倍管)の寿命を極力長くするような、適切な検出器電圧を自動的に設定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の一実施例である質量分析用イオン検出器の要部の構成図。
【図2】図1のイオン検出器における適正検出器電圧判定処理のフローチャート。
【図3】検出器電圧と計数値との関係の一例を示す図。
【図4】図3の例に対する適正電圧判定処理結果を示す図。
【図5】検出器電圧と計数値との関係の一例を示す図。
【図6】図5の例に対する適正電圧判定処理結果を示す図。
【図7】検出器電圧と計数値との関係の一例を示す図。
【図8】図7の例に対する適正電圧判定処理結果を示す図。
【図9】パルスカウント型のイオン検出器の要部の構成図。
【図10】検出器電圧と計数値との関係の理想的な状態を示す図。
【図11】検出器電圧と計数値との関係の実際の状態の一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の一実施例である質量分析装置用イオン検出器について、添付図面を参照して詳細に説明する。図1はこのイオン検出器の要部の全体構成図である。検出部1及び信号処理部2の構成は図9と同じである。
【0024】
二次電子増倍管12には、本発明における電圧発生手段に相当する検出器電圧源4から検出器電圧HVが印加される。その電圧値は、本発明における適正電圧判定手段に相当する電圧設定処理部3により制御される。電圧設定処理部3は、検出器電圧HVを制御しつつ計数部23から出力される計数値に対する所定の演算処理を実行することにより、二次電子増倍管12を動作させるのに最適な検出器電圧を決定する。
【0025】
図2は電圧設定処理部3を中心に実行される適正電圧判定処理の手順を示すフローチャートである。この処理は検出部1に対して一定量のイオンが入射する状態で実施される必要があるから、質量分析装置の各部の条件、例えばイオンレンズへの印加電圧などを決める、標準試料を質量分析することによるオートチューニング動作の際などに実行されるようにするとよい。
【0026】
処理が開始されると、電圧設定処理部3は検出器電圧を最も低い初期電圧に設定するように検出器電圧源4を制御する。初期電圧は、通常、計数値がゼロであることが確実である電圧であって、できるだけ大きな電圧が選ばれる。後述の例では初期電圧は1.4[kV]である。そうして初期電圧が二次電子増倍管12に印加された状態で、電圧設定処理部3は計数値を取得する(ステップS1)。次に検出器電圧を所定のステップ電圧ΔVだけ増加させて同様に計数値を取得する(ステップS2)。後述の例ではΔV=50[V]である。
【0027】
ステップ電圧ΔVだけ検出器電圧を増加させた状態での計数値が得られたならば、電圧設定処理部3では、計数値の差分値N’が計算されて内部のメモリに記憶される(ステップS3)。また、差分値N’が2以上得られた状態であれば、差分値N’の差分値、つまり二階差分値N”が計算され、これもメモリに記憶される(ステップS4)。この二階差分値N”は二次微分値に相当する(厳密には近似である)。
【0028】
電圧設定処理部3では、二階差分値N”が得られたならばその値が0以下であるか否かが判定され(ステップS5)、0以下、つまり0又は負値であれば、そのときの検出器電圧がB’領域であると判断する(ステップS6)。このB’領域は図10におけるB領域に相当するとみなせる領域であり、上記の準プラトー領域である。ステップS5で二階差分値N”が0を超えていれば、つまり正値であれば、ステップS6をパスする。
【0029】
B’領域が見い出された後であって3回以上二階差分値N”が求まっている場合には、3点以上連続して二階差分値N”が正値である否かが判定される(ステップS7)。B’領域が見い出された後に3点以上連続して二階差分値N”が正値である場合には、二次電子増倍管12への電圧の印加を停止し、計数値の取得も停止する(ステップS8)。ステップS7の判定条件はB’領域が確実に終了したと判断できる条件であり、これにより、無意味に高い電圧が二次電子増倍管12に印加されることを回避することができる。
【0030】
B’領域が見い出されいない場合、又は、B’領域が見い出されていても3点以上連続して二階差分値N”が正値になっていない場合にはステップS7からS2に戻り、検出器電圧を増加させ計数値を取得する処理を繰り返す。したがって、ステップS8で測定を終了した時点では、検出器電圧と計数値との関係が、B’領域の範囲が明確になった状態で得られることになる。
【0031】
続いて、電圧設定処理部3では、B’領域内で最大の計数値Nrが抽出される。一般的にはB’領域内で最大の検出器電圧を印加したときに計数値は最大になるが、そうならない場合もあり得る。そして、最大計数値は真の計数値Nrとみなされ、メモリに記憶される(ステップS9)。それから、真の計数値Nrに対し予め定められている許容率を見込んだ計数値許容範囲が設定される。例えば許容率が10%であれば、Nr×0.9が計数値許容範囲の下限値であり、上限値はNrである。この許容率は分析感度に応じて予め決められるものであり、例えば固定値であってもよいし、ユーザが任意に設定できるようにしてもよい。そして、電圧設定処理部3では、計数値がその計数値許容範囲に含まれる検出器電圧許容範囲が求められ、その検出器電圧許容範囲に入る最小の検出器電圧を適正検出器電圧として決定しメモリに記憶する(ステップS10)。
【0032】
以上のような処理により、検出器電圧−計数値特性に明確なプラトー領域がない場合であっても、これに準じる準プラトー領域を設定し、計数値が許容範囲内で且つ二次電子増倍管12を長寿命化できるように極力低い電圧を検出器電圧として定めることができる。
【0033】
上記適正電圧判定処理の具体例について説明する。
図3は検出器電圧と計数値との関係の一例を示す図である。上述したように初期電圧は1.4[kV]、ステップ電圧は50[V]である。したがって、検出器電圧が1.4[kV]から50[V]増加する毎に、計数値N[cps]が取得される。図3中には計数値Nをプロット点で示している。図4には、このときの計数値Nとそれから計算される差分値N’及び二階差分値N”を示している。ステップS5の判定条件を満たす1.65〜1.95[kV]がB’領域である。
【0034】
このB’領域の範囲内の計数値は15000〜30400[cps]とかなり幅広いが、この中の最大計数値30400[cps]が真の計数値Nrとして記憶される。計数値の許容率が10%である場合、計数値の許容範囲の下限は30400×0.9=27360[cps]である。B’領域内で、27360〜30400[cps]の計数値範囲を実現できる検出器電圧は1.85〜1.95[kV]である。したがって、その中で最小の電圧である1.85[kV]を適切な検出器電圧として決定し、記憶する。このときの計数値は28200[cps]であるから、真の計数値からの差は8%程度である。
【0035】
図5は検出器電圧と計数値との関係の別の例を示す図である。この例は、検出器電圧−計数値の特性がきわめて悪く、目視上でも適切な検出器電圧を決定することがかなり困難であると考えられる。図6にはこのときの計数値Nとそれから計算される差分値N’及び二階差分値N”を示している。ステップS5の判定条件を満たす1.7〜1.85[kV]がB’領域である。このB’領域の範囲内の計数値は24000〜35000[cps]であり、この中の最大計数値35000[cps]が真の計数値Nrとして記憶される。計数値の許容率が10%である場合、計数値の許容範囲の下限は35000×0.9=31500[cps]である。B’領域内で、31500〜35000[cps]の計数値範囲を実現できる検出器電圧は1.8〜1.85[kV]である。したがって、その中で最小の電圧である1.8[kV]を適切な検出器電圧として決定し記憶する。このときの計数値は32000[cps]であるから、真の計数値からの差は9%程度である。
【0036】
図7は検出器電圧と計数値との関係のさらに別の例を示す図である。この例は、検出器電圧−計数値の関係が単調増加にならず、途中で検出器電圧の増加に対し計数値の減少がみられる場合ある。一般的には、このような現象は計数部23での1回の計数時間が短すぎる場合に起こる。このような場合には、或る検出器電圧に対して得られた計数値からそのまま差分値を求めるのではなく、計数値を検出器電圧の変化方向に平均し、その平均計数値に対し差分値及び二階差分値を求めるとよい。
【0037】
この例では、重みを1/6、4/6、1/6とした連続する3点の加重移動平均を用いている。図8には、このときの移動平均値Nav、その移動平均値Navから計算される差分値Nav’及び二階差分値Nav”を示している。ステップS5の判定条件を満たす1.7〜1.9[kV]がB’領域である。このB’領域の範囲内の計数値は22000〜28500[cps]であり、この中の最大計数値28500[cps]が真の計数値Nrとして記憶される。計数値の許容率が10%である場合、計数値の許容範囲の下限は28500×0.9=25650[cps]である。B’領域内で、25650〜28500[cps]の計数値範囲を実現できる検出器電圧は1.8〜1.9[kV]である。したがって、その中で最小の電圧である1.8[kV]を適切な検出器電圧として決定し記憶する。このときの計数値は28400[cps]であるから、真の計数値からの差は1%以下である。
【0038】
以上のように、検出器電圧−計数値の特性がかなり悪い(理想的な状態からの乖離が大きい)状態であっても、或いは、プラトー領域に相当する領域における検出器電圧−計数値のカーブの形状が歪んでいる場合であっても、検出感度の点で許容可能な計数値を得ることができ、且つ二次電子増倍管の寿命を長寿命にすることができるような適切な検出器電圧を自動的に決定することが可能となる。
【0039】
また、上記のような適正検出器電圧を決定する過程で、プラトー領域に相当する領域を超えるような高い検出器電圧が印加されることを防止することができるので、二次電子増倍管の無意味な劣化を回避することができる。これは、上記のような適正検出器電圧設定処理を高い頻度で行う場合に特に有用である。
【0040】
なお、上記実施例は本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜変更や修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【符号の説明】
【0041】
1…検出部
11…コンバージョンダイノード
12…二次電子増倍管
2…信号処理部
21…プリアンプ
22…ディスクリミネータ
23…計数部
3…電圧設定処理部
4…検出器電圧源
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン検出器としてパルスカウント型検出器を利用した質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置において、イオンを検出する検出器としては、大別して、イオンの平均電流を測定する直流型検出器と、到達したイオンの個数を計数するパルスカウント型検出器と、が知られている(特許文献1参照)。一般的には前者の直流型検出器が利用されることが多いが、信号強度が低い場合で、且つ化学的ノイズが小さい場合には、微小イオン量の測定に有利な、後者のパルスカウント型検出器が利用される。例えば、液体クロマトグラフで成分分離された試料液中の成分のMS/MS分析を行うLC/MS/MSでは、パルスカウント型検出器が利用されることが比較的多い。
【0003】
イオン検出器として用いられるパルスカウント型検出器の概略構成を図9に示す。検出部1においてイオンはコンバージョンダイノード11に入射して電子に変換され、この電子が二次電子増倍管(EM)12に導入され、増倍されて出力される。この二次電子増倍管12からの出力信号が信号処理部2においてまずプリアンプ21で増幅され、ディスクリミネータ(高さ弁別器)22で閾値電圧VTLと比較されることで2値化される。ディスクリミネータ22の出力であるパルス信号が計数部23に入力され、計数部23は一定周期時間内に入力されるパルス信号を計数し、その計数値がイオン数に応じたデータとして出力される。なお、ディスクリミネータに代えてコンパレータ及び波形整形器が用いられることもある。
【0004】
上記のようなパルスカウント型検出器に利用される二次電子増倍管12は、一般に、直流型検出器に用いられるものよりもゲインが高い。このような二次電子増倍管12は1個の電子の入射に対してピーク電流強度が数μA以上であるパルス状の電流信号を出力するが、その出力電流強度は二次電子増倍管12に印加される電圧(本明細書ではこれを「検出器電圧」という)により変化する。また、同一の検出器電圧を印加した場合でも、出力電流強度はばらつき(電流強度分布)をもつ。そのため、全ての出力信号を計数部23で漏れなく計数できるようにするためには、二次電子増倍管12から出力される最小強度の信号がディスクリミネータ22において閾値VTLを超えるように検出器電圧を適切に調整する必要がある。
【0005】
図10は検出器電圧と計数値との関係の理想的な状態を示すグラフである。検出器電圧を1.4[kV]等の低い電圧値から徐々に上げていくと、当初、二次電子増倍管の出力電流が増加するために閾値を超える信号の数も増加する。それにより、計数値は増加する。これが図10中のA領域である。殆どの信号が閾値を超えるようになると検出器電圧を増加させても計数値の増加度合は小さくなり、やがて検出器電圧を増加させても計数値が一定となるB領域に入る。B領域は一般にプラトー領域と呼ばれている。このB領域では、二次電子増倍管から出力される信号の全てがディスクリミネータにおいて閾値を超えており、このときの計数値が検出部1に入射するイオンの数を反映した真の計数値であると言える。
【0006】
このように計数値が一定である状態からさらに検出器電圧を増加させると、やがて計数値は増加し始めC領域に至る。この原因は種々考えられるが、一般的には、出力電流強度が大きくなりすぎたために伝送途中で信号のリンギングが生じ易くなり、それを誤って計数してしまうことや、二次電子増倍管のダイノード間から電子が漏れ出し、それがコンバージョンダイノードで再加速されるイオンフィードバックと呼ばれる現象が起こること、などの要因が主であると考えられる。
【0007】
いずれにしても、C領域における計数値は真の計数値よりも多くなっているから、計数値が一定になるB領域の範囲で検出器電圧を設定する必要がある。一方、二次電子増倍管の寿命は出力電流に対して反比例の関係となるため、寿命の点からは検出器電圧は低いことが好ましい。そこで一般的には、B領域の範囲内で最も低い電圧に検出器電圧を設定するのが理想的である。例えば図10の例では、約1.8[kV]が適切な検出器電圧である。検出器電圧をこのような電圧に設定して質量分析を実行することにより、イオン数に対応した真の計数値が得られ、しかも二次電子増倍管の長寿命化を図ることができる。
【0008】
上述したような適切な検出器電圧を見い出すために、従来、分析者が次のような手順で検出器電圧の設定作業を行っている。即ち、標準試料を連続的に質量分析している状態で、分析者は検出器電圧を初期電圧から徐々に上げながら計数値の変化を監視する。そして、計数値が増加する状態からほぼ一定値を維持する状態になったとき、つまりB領域に入ったと想定されるときに、印加電圧の増加を停止し、そのときの電圧を最適な検出器電圧として記憶させるようにしている。一方、こうした一連の作業を分析者が手動で行う代わりに、自動的に行えるようにした装置も従来知られている(特許文献2参照)。
【0009】
上記のような適正検出器電圧の設定は手動であれ自動であれ、図10に示したようにB領域において計数値が一定になることを前提としている。しかしながら、実際には、回路の配線容量などによるインピーダンスのミスマッチといった要因により信号のリンギングが大きかったり、或いは二次電子増倍管の個体差により出力電流強度分布が広かったりすると、図11に示すように、検出器電圧−計数値の関係にB領域が明瞭に現れない場合がある。こうした場合、手動による検出器電圧設定であれば、分析者が図11に示したような検出器電圧−計数値のカーブを適宜判断し、例えば1.85kVと適宜判断するすることが可能である。しかしながら、こうして設定された検出器電圧が必ずしも適切であるとは限らない。また、或る程度の経験をもった分析者でないと、上記のような判断は難しい。一方、上述したような自動設定では、計数値がほぼ一定になるプラトー領域が見い出せないと、適切な検出器電圧を設定することができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平6−118176号公報
【特許文献2】特開平5−151931号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、パルスカウント型検出器をイオン検出器に用いた質量分析装置において、検出器電圧と計数値との関係にプラトー領域が明瞭に現れないような状況でも、適切な検出器電圧を自動的に設定できるようにすることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために成された本発明は、イオンの入射に応じた出力信号を発生する検出部と、該検出部の出力を所定閾値と比較して生成したパルス信号を計数する計数部と、を有するパルスカウント型検出器をイオン検出器として用いた質量分析装置において、
a)前記検出部に検出器電圧を印加する電圧発生手段と、
b)所定試料の分析状態の下で前記電圧発生手段により検出器電圧を段階的に増加させつつ前記計数部による計数値を取得し、検出器電圧の増加に対する計数値の変化の度合いに基づいて適正検出器電圧を決定する適正電圧判定手段と、
を備え、前記適正電圧判定手段は、
検出器電圧の増加に対する計数値の変化の二次微分値を算出し、該二次微分値がゼロ以下になる検出器電圧の範囲を求めて該範囲内で最大の計数値を抽出する計数値抽出部と、抽出された最大計数値に基づいて決められる許容計数値範囲に対応した検出器電圧の中で最小の電圧を適正検出器電圧として選定する電圧選定部と、
を有することを特徴としている。
【0013】
通常、上記検出部は二次電子増倍管を含んでおり、上記検出器電圧は二次電子増倍管に印加される電圧である。
【0014】
本発明に係る質量分析装置において、適正電圧判定手段は、例えば、一定量のイオンが検出部に入射するように標準試料を質量分析している状態で、検出器電圧を所定の低い電圧値から例えば所定の電圧ステップで段階的に増加させるように電圧発生手段を制御する。そして、その検出器電圧の各段階において質量分析結果である計数値をそれぞれ取得する。適正電圧判定手段に含まれる計数値抽出部は、検出器電圧の増加に対する計数値の変化の二次微分値がゼロ以下であるとき、つまり、検出器電圧の増加に対する計数値の増加度合がその直前の増加度合と等しい又は減少した状態であるときに、いわゆるプラトー領域に準じた領域(以下「準プラトー領域」という)であるとみなす。これにより、たとえ検出器電圧の増加に対して計数値が一定にならなくても、プラトー領域に相当する準プラトー領域を見い出すことができる。
【0015】
但し、検出器電圧の増加に対して計数値が一定にならないような状況の下では、多くのの場合、準プラトー領域内の計数値の幅は広い。そこで、準プラトー領域内で計数漏れの可能性が最も小さいと思われる最大計数値を抽出し、これを真の計数値とみなす。ここで言う「真の計数値」とは、検出器電圧−計数値特性で明瞭なプラトー領域が現れる場合における一定の計数値に相当するものであり、必ずしも最も正確な計数値であるとは限らない。
【0016】
分析目的や試料の種類などによって分析感度の許容範囲は様々であるから、電圧選定部は、感度として許容し得る範囲で決められた計数値の許容率に応じて、上記真の計数値から計数値の許容範囲を求め、その許容計数値範囲内で最小の検出器電圧を適正検出器電圧として選定する。これにより、感度が許容できる範囲で最も低い電圧が検出器電圧として設定されるので、検出部の寿命、つまりは二次電子増倍管の寿命を延ばすのに有利である。
【0017】
なお、計数部では所定時間内に入力されたパルス信号を計数するが、入射するイオンの数に比べて上記所定時間が短すぎると、検出器電圧と計数値との関係を示すカーブの歪みが生じ易くなる。そこで、本発明に係る質量分析装置の一態様として、前記適正電圧判定手段は、検出器電圧の増加に対する計数値の移動平均を計算する平均値算出部を含み、前記計数値抽出部はその移動平均値の変化の二次微分値を算出する構成とするとよい。
【0018】
即ち、上記構成では、検出器電圧の増加に対する計数値の移動平均をとることにより、上述したようなパルス計数のための時間の短さ等による計数値の不安定さを補い、二次微分値をより正確に求めることができる。
【0019】
また、本発明に係る質量分析装置において、前記適正電圧判定手段は、検出器電圧を段階的に増加させつつ計数値を取得する際に、前記二次微分値が正である状態が複数回連続したときに検出器電圧の増加及び計数値の取得を停止することが好ましい。
【0020】
上述したように準プラトー領域が見つかった後に計数値の二次微分値が正である状態が複数回連続した場合、準プラトー領域が終了したものと高い確度で推定することができる。そこで、その時点で検出器電圧の増加を停止させることにより、二次電子増倍管に無意味に高い電圧が印加されることを回避でき、二次電子増倍管の寿命を延ばすのに有効である。もちろん、既に準プラトー領域が見い出されているので、適正検出器電圧を探索するのにも何ら支障がない。
【発明の効果】
【0021】
本発明に係る質量分析装置によれば、イオン検出器として使用されるパルスカウンタ型検出器において、検出器電圧と計数値との関係に明瞭なプラトー領域が現れないような場合であっても、許容し得る最低限の感度を達成し且つ検出部(二次電子増倍管)の寿命を極力長くするような、適切な検出器電圧を自動的に設定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の一実施例である質量分析用イオン検出器の要部の構成図。
【図2】図1のイオン検出器における適正検出器電圧判定処理のフローチャート。
【図3】検出器電圧と計数値との関係の一例を示す図。
【図4】図3の例に対する適正電圧判定処理結果を示す図。
【図5】検出器電圧と計数値との関係の一例を示す図。
【図6】図5の例に対する適正電圧判定処理結果を示す図。
【図7】検出器電圧と計数値との関係の一例を示す図。
【図8】図7の例に対する適正電圧判定処理結果を示す図。
【図9】パルスカウント型のイオン検出器の要部の構成図。
【図10】検出器電圧と計数値との関係の理想的な状態を示す図。
【図11】検出器電圧と計数値との関係の実際の状態の一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の一実施例である質量分析装置用イオン検出器について、添付図面を参照して詳細に説明する。図1はこのイオン検出器の要部の全体構成図である。検出部1及び信号処理部2の構成は図9と同じである。
【0024】
二次電子増倍管12には、本発明における電圧発生手段に相当する検出器電圧源4から検出器電圧HVが印加される。その電圧値は、本発明における適正電圧判定手段に相当する電圧設定処理部3により制御される。電圧設定処理部3は、検出器電圧HVを制御しつつ計数部23から出力される計数値に対する所定の演算処理を実行することにより、二次電子増倍管12を動作させるのに最適な検出器電圧を決定する。
【0025】
図2は電圧設定処理部3を中心に実行される適正電圧判定処理の手順を示すフローチャートである。この処理は検出部1に対して一定量のイオンが入射する状態で実施される必要があるから、質量分析装置の各部の条件、例えばイオンレンズへの印加電圧などを決める、標準試料を質量分析することによるオートチューニング動作の際などに実行されるようにするとよい。
【0026】
処理が開始されると、電圧設定処理部3は検出器電圧を最も低い初期電圧に設定するように検出器電圧源4を制御する。初期電圧は、通常、計数値がゼロであることが確実である電圧であって、できるだけ大きな電圧が選ばれる。後述の例では初期電圧は1.4[kV]である。そうして初期電圧が二次電子増倍管12に印加された状態で、電圧設定処理部3は計数値を取得する(ステップS1)。次に検出器電圧を所定のステップ電圧ΔVだけ増加させて同様に計数値を取得する(ステップS2)。後述の例ではΔV=50[V]である。
【0027】
ステップ電圧ΔVだけ検出器電圧を増加させた状態での計数値が得られたならば、電圧設定処理部3では、計数値の差分値N’が計算されて内部のメモリに記憶される(ステップS3)。また、差分値N’が2以上得られた状態であれば、差分値N’の差分値、つまり二階差分値N”が計算され、これもメモリに記憶される(ステップS4)。この二階差分値N”は二次微分値に相当する(厳密には近似である)。
【0028】
電圧設定処理部3では、二階差分値N”が得られたならばその値が0以下であるか否かが判定され(ステップS5)、0以下、つまり0又は負値であれば、そのときの検出器電圧がB’領域であると判断する(ステップS6)。このB’領域は図10におけるB領域に相当するとみなせる領域であり、上記の準プラトー領域である。ステップS5で二階差分値N”が0を超えていれば、つまり正値であれば、ステップS6をパスする。
【0029】
B’領域が見い出された後であって3回以上二階差分値N”が求まっている場合には、3点以上連続して二階差分値N”が正値である否かが判定される(ステップS7)。B’領域が見い出された後に3点以上連続して二階差分値N”が正値である場合には、二次電子増倍管12への電圧の印加を停止し、計数値の取得も停止する(ステップS8)。ステップS7の判定条件はB’領域が確実に終了したと判断できる条件であり、これにより、無意味に高い電圧が二次電子増倍管12に印加されることを回避することができる。
【0030】
B’領域が見い出されいない場合、又は、B’領域が見い出されていても3点以上連続して二階差分値N”が正値になっていない場合にはステップS7からS2に戻り、検出器電圧を増加させ計数値を取得する処理を繰り返す。したがって、ステップS8で測定を終了した時点では、検出器電圧と計数値との関係が、B’領域の範囲が明確になった状態で得られることになる。
【0031】
続いて、電圧設定処理部3では、B’領域内で最大の計数値Nrが抽出される。一般的にはB’領域内で最大の検出器電圧を印加したときに計数値は最大になるが、そうならない場合もあり得る。そして、最大計数値は真の計数値Nrとみなされ、メモリに記憶される(ステップS9)。それから、真の計数値Nrに対し予め定められている許容率を見込んだ計数値許容範囲が設定される。例えば許容率が10%であれば、Nr×0.9が計数値許容範囲の下限値であり、上限値はNrである。この許容率は分析感度に応じて予め決められるものであり、例えば固定値であってもよいし、ユーザが任意に設定できるようにしてもよい。そして、電圧設定処理部3では、計数値がその計数値許容範囲に含まれる検出器電圧許容範囲が求められ、その検出器電圧許容範囲に入る最小の検出器電圧を適正検出器電圧として決定しメモリに記憶する(ステップS10)。
【0032】
以上のような処理により、検出器電圧−計数値特性に明確なプラトー領域がない場合であっても、これに準じる準プラトー領域を設定し、計数値が許容範囲内で且つ二次電子増倍管12を長寿命化できるように極力低い電圧を検出器電圧として定めることができる。
【0033】
上記適正電圧判定処理の具体例について説明する。
図3は検出器電圧と計数値との関係の一例を示す図である。上述したように初期電圧は1.4[kV]、ステップ電圧は50[V]である。したがって、検出器電圧が1.4[kV]から50[V]増加する毎に、計数値N[cps]が取得される。図3中には計数値Nをプロット点で示している。図4には、このときの計数値Nとそれから計算される差分値N’及び二階差分値N”を示している。ステップS5の判定条件を満たす1.65〜1.95[kV]がB’領域である。
【0034】
このB’領域の範囲内の計数値は15000〜30400[cps]とかなり幅広いが、この中の最大計数値30400[cps]が真の計数値Nrとして記憶される。計数値の許容率が10%である場合、計数値の許容範囲の下限は30400×0.9=27360[cps]である。B’領域内で、27360〜30400[cps]の計数値範囲を実現できる検出器電圧は1.85〜1.95[kV]である。したがって、その中で最小の電圧である1.85[kV]を適切な検出器電圧として決定し、記憶する。このときの計数値は28200[cps]であるから、真の計数値からの差は8%程度である。
【0035】
図5は検出器電圧と計数値との関係の別の例を示す図である。この例は、検出器電圧−計数値の特性がきわめて悪く、目視上でも適切な検出器電圧を決定することがかなり困難であると考えられる。図6にはこのときの計数値Nとそれから計算される差分値N’及び二階差分値N”を示している。ステップS5の判定条件を満たす1.7〜1.85[kV]がB’領域である。このB’領域の範囲内の計数値は24000〜35000[cps]であり、この中の最大計数値35000[cps]が真の計数値Nrとして記憶される。計数値の許容率が10%である場合、計数値の許容範囲の下限は35000×0.9=31500[cps]である。B’領域内で、31500〜35000[cps]の計数値範囲を実現できる検出器電圧は1.8〜1.85[kV]である。したがって、その中で最小の電圧である1.8[kV]を適切な検出器電圧として決定し記憶する。このときの計数値は32000[cps]であるから、真の計数値からの差は9%程度である。
【0036】
図7は検出器電圧と計数値との関係のさらに別の例を示す図である。この例は、検出器電圧−計数値の関係が単調増加にならず、途中で検出器電圧の増加に対し計数値の減少がみられる場合ある。一般的には、このような現象は計数部23での1回の計数時間が短すぎる場合に起こる。このような場合には、或る検出器電圧に対して得られた計数値からそのまま差分値を求めるのではなく、計数値を検出器電圧の変化方向に平均し、その平均計数値に対し差分値及び二階差分値を求めるとよい。
【0037】
この例では、重みを1/6、4/6、1/6とした連続する3点の加重移動平均を用いている。図8には、このときの移動平均値Nav、その移動平均値Navから計算される差分値Nav’及び二階差分値Nav”を示している。ステップS5の判定条件を満たす1.7〜1.9[kV]がB’領域である。このB’領域の範囲内の計数値は22000〜28500[cps]であり、この中の最大計数値28500[cps]が真の計数値Nrとして記憶される。計数値の許容率が10%である場合、計数値の許容範囲の下限は28500×0.9=25650[cps]である。B’領域内で、25650〜28500[cps]の計数値範囲を実現できる検出器電圧は1.8〜1.9[kV]である。したがって、その中で最小の電圧である1.8[kV]を適切な検出器電圧として決定し記憶する。このときの計数値は28400[cps]であるから、真の計数値からの差は1%以下である。
【0038】
以上のように、検出器電圧−計数値の特性がかなり悪い(理想的な状態からの乖離が大きい)状態であっても、或いは、プラトー領域に相当する領域における検出器電圧−計数値のカーブの形状が歪んでいる場合であっても、検出感度の点で許容可能な計数値を得ることができ、且つ二次電子増倍管の寿命を長寿命にすることができるような適切な検出器電圧を自動的に決定することが可能となる。
【0039】
また、上記のような適正検出器電圧を決定する過程で、プラトー領域に相当する領域を超えるような高い検出器電圧が印加されることを防止することができるので、二次電子増倍管の無意味な劣化を回避することができる。これは、上記のような適正検出器電圧設定処理を高い頻度で行う場合に特に有用である。
【0040】
なお、上記実施例は本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜変更や修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【符号の説明】
【0041】
1…検出部
11…コンバージョンダイノード
12…二次電子増倍管
2…信号処理部
21…プリアンプ
22…ディスクリミネータ
23…計数部
3…電圧設定処理部
4…検出器電圧源
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンの入射に応じた出力信号を発生する検出部と、該検出部の出力を所定閾値と比較して生成したパルス信号を計数する計数部と、を有するパルスカウント型検出器をイオン検出器として用いた質量分析装置において、
a)前記検出部に検出器電圧を印加する電圧発生手段と、
b)所定試料の分析状態の下で前記電圧発生手段により検出器電圧を段階的に増加させつつ前記計数部による計数値を取得し、検出器電圧の増加に対する計数値の変化の度合いに基づいて適正検出器電圧を決定する適正電圧判定手段と、
を備え、前記適正電圧判定手段は、
検出器電圧の増加に対する計数値の変化の二次微分値を算出し、該二次微分値がゼロ以下になる検出器電圧の範囲を求めて該範囲内で最大の計数値を抽出する計数値抽出部と、抽出された最大計数値に基づいて決められる許容計数値範囲に対応した検出器電圧の中で最小の電圧を適正検出器電圧として選定する電圧選定部と、
を有することを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析装置であって、
前記適正電圧判定手段は、検出器電圧の増加に対する計数値の移動平均を計算する平均値算出部を含み、前記計数値抽出部は、その移動平均値の変化の二次微分値を算出することを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の質量分析装置であって、
前記適正電圧判定手段は、検出器電圧を段階的に増加させつつ計数値を取得する際に、、前記二次微分値が正である状態が複数回連続したときに検出器電圧の増加及び計数値の取得を停止することを特徴とする質量分析装置。
【請求項1】
イオンの入射に応じた出力信号を発生する検出部と、該検出部の出力を所定閾値と比較して生成したパルス信号を計数する計数部と、を有するパルスカウント型検出器をイオン検出器として用いた質量分析装置において、
a)前記検出部に検出器電圧を印加する電圧発生手段と、
b)所定試料の分析状態の下で前記電圧発生手段により検出器電圧を段階的に増加させつつ前記計数部による計数値を取得し、検出器電圧の増加に対する計数値の変化の度合いに基づいて適正検出器電圧を決定する適正電圧判定手段と、
を備え、前記適正電圧判定手段は、
検出器電圧の増加に対する計数値の変化の二次微分値を算出し、該二次微分値がゼロ以下になる検出器電圧の範囲を求めて該範囲内で最大の計数値を抽出する計数値抽出部と、抽出された最大計数値に基づいて決められる許容計数値範囲に対応した検出器電圧の中で最小の電圧を適正検出器電圧として選定する電圧選定部と、
を有することを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析装置であって、
前記適正電圧判定手段は、検出器電圧の増加に対する計数値の移動平均を計算する平均値算出部を含み、前記計数値抽出部は、その移動平均値の変化の二次微分値を算出することを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の質量分析装置であって、
前記適正電圧判定手段は、検出器電圧を段階的に増加させつつ計数値を取得する際に、、前記二次微分値が正である状態が複数回連続したときに検出器電圧の増加及び計数値の取得を停止することを特徴とする質量分析装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2011−14481(P2011−14481A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−159514(P2009−159514)
【出願日】平成21年7月6日(2009.7.6)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年7月6日(2009.7.6)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】
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