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質量分析装置
説明

質量分析装置

【課題】動作原理に内在する問題点によって性能や機能が制限されることが少ない質量分析装置であって、原理上、測定できる質量電荷比の範囲に限界がなく、高速の質量走査が可能な装置を提供する。
【解決手段】質量分析装置10をイオン源1、イオン導入部2、質量分離部3、およびイオン検出部4などによって構成する。イオン群は所定の加速電圧によって分離空間17へ導入される。分離空間17では、イオン種は入射方向に飛行するとともに、それに交差する方向に作用する高周波回転電場または二次元高周波電場から受ける力によって交差方向へ変位する。質量電荷比が互いに異なるイオン種は、変位量の違いによって分離される。この際、被測定イオン種が電場の作用を1周期間受けた後、分離空間17から出射されるように、加速電圧を設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二次元高周波電場を用いてイオンを質量分離する質量分析装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
質量分析法は、分析しようとする試料物質を適当な方法でイオン化し、生成したイオンを質量電荷比m/zの違いに基づいて分別し、質量電荷比ごとにイオンを検出または定量することによって、試料物質の組成や構造に関する知見を得る分析法である。なお本明細書では、質量電荷比を「イオンの質量mを原子質量定数(12C原子1個の質量の1/12の質量)で割って無次元の精密な質量とし、さらにこれをイオンの電荷数zで割って得られる無次元の数」と定義して用いることにする。また、特にことわらない限り、物理量はSI単位で表すものとする。また、電気素量を記号eで表し、各イオン種が有する電荷をzeで表すことにする。
【0003】
質量分析を行う質量分析装置はイオン源、イオン導入部、質量分離部、およびイオン検出部などによって構成され、少なくとも質量分離部とその前後のイオンの通路は高真空下にある。イオン源では、質量分析の目的や試料の性状などに応じて種々のイオン化法が用いられる。イオン源の前段には、イオン化法に適合した試料導入部が設けられる。イオン源と質量分離部との間には、イオンレンズなどを有し、イオン源および質量分離部の特性に適合するイオン導入部が設けられる。イオン検出部はイオン検出器や信号処理装置などからなる。
【0004】
質量分離部では、質量電荷比が互いに異なるイオン種が真空中でのイオンの運動の違いによって分別される。現在市販されている汎用の質量分析装置では多くの場合、次に説明する3種の質量分離部のいずれかが用いられている(非特許文献1および非特許文献2参照。)。なお本明細書では、質量分析装置の各部において1つのまとまりとして扱われる複数個のイオンの集団を、1個のイオンや単なる複数個のイオンと区別するために「イオン群」と呼ぶことにする。
【0005】
<扇形磁場型質量分離部>
扇形磁場型質量分離部では、イオン源からイオン群が所定の加速電圧Uで引き出される。これによって運動エネルギーzeUを与えられたイオン群は、一様な磁束密度Bをもつ扇形磁場中に、磁場に直交するように導入される。扇形磁場中に入射したイオンは、磁場から受けるローレンツ力によって飛行方向が偏向され続けるので、磁場に直交する半径Rの円弧を描くように飛行する。イオンの飛行速度をvとすると、Rは次式
=mv/zeB
で与えられ、扇形磁場型質量分離部が運動量分析器として機能することがわかる。
【0006】
以下、加速電圧Uによって引き出される前にイオン源のイオン群がとっている運動状態を初期状態と呼ぶことにする。初期状態におけるイオンの運動エネルギーがzeUに比して無視でき、各イオン種が引き出し方向に同じ運動エネルギーzeUをもつとすると、Rは次式
=(2mU/zeB)1/2
で与えられる。すなわち、質量電荷比が大きいイオン種ほど大きな半径の円弧を描いて扇形磁場中を飛行する。この結果、扇形磁場の入口で同一方向に向かって入射したイオン群は、扇形磁場の出口では質量電荷比の違いに基づいて空間的に分離される。
【0007】
<飛行時間(TOF)型質量分離部>
TOF型質量分離部では、イオン源から所定の加速電圧Uによってパルス的に引き出されたイオン群が、電場や磁場の存在しない一定の長さLの自由飛行空間に導入される。イオンが自由飛行空間を通過するのに要する飛行時間Tは、イオンの飛行速度vから次式
=L/v
で与えられ、TOF型質量分離部が速度分析器として機能することがわかる。
【0008】
初期状態におけるイオンの運動エネルギーがzeUに比して無視でき、各イオン種が引き出し方向に同じ運動エネルギーzeUをもつとすると、Tは次式
=L(m/2zeU)1/2
で与えられ、質量電荷比が大きいイオン種ほど飛行時間Tが長くなる。この結果、自由飛行空間の入口に同時に入射したイオン群は、自由飛行空間の出口では質量電荷比の違いに基づいて時間的に分離され、質量電荷比の小さいイオンから順にイオン検出部で検出される。
【0009】
<四重極型質量分離部>
四重極型質量分離部は、同一の形状と大きさを有する4本の棒状電極によって構成されている。4本の電極は、長さ方向において互いに平行で、両端の位置が揃うように配置され、かつ、長さ方向に向いた中心線(これをz軸とする。)から等距離の位置に、中心線を回転軸として4回の回転対称性をもつように配置されており、隣り合う電極間にはすき間が設けられている。中心線に沿い、4本の棒状電極によってほぼ囲まれた空間が、イオンの通路として用いられる。4本の電極のうち、中心線を挟んで対向する各2本の電極は、それぞれ1組になるように電気的に短絡されており、1つの組には直流電圧と高周波電圧とが重畳した電圧が印加され、残りの1組にはこの電圧と反対の極性の電圧が印加される。この結果、イオンの通路にはx−y面内に二次元四重極電場が形成される。
【0010】
イオン群は、一方の端部から中心線に沿うように導入される。四重極電場中に入射したイオンは、電場から受ける力によってx方向およびy方向に振動しながらz方向へ飛行する。このとき、四重極電場の強さに適合する特定の質量電荷比をもつイオンのみが、安定な振動(振幅が限定された振動)運動を行いながら通路を通過し、他方の端部から取り出される。他のイオンは、振幅が大きくなり過ぎ、棒状電極に衝突するか、または棒状電極間のすき間から通路外へ飛び出すかして除かれる。このように、四重極型質量分離部では四重極電場中での振動運動の安定性に基づいてイオンが選別される。
【0011】
現在市販されている質量分析装置の中には、リニア四重極または三次元四重極イオントラップ型質量分離部、あるいはフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型質量分離部を備えているものもある。しかし、これらのイオントラップ型質量分離部では、1回の分析を行うのにイオンの導入、保持、放出の各操作が必要であり、操作が煩雑になる。また、分析動作が断続的になり、少なくとも高速の実時間測定には適していない。さらに、―度に閉じ込めることのできるイオン量には限界があり、ダイナミックレンジが制限される。従って、イオントラップ型質量分離部は、主としてイオントラップ機能が効果的に生かされる用途に用いられる。
【0012】
その他の原理に基づく質量分離部としては、後述の特許文献1に、イオンビーム中のイオン群の質量分布を同定する質量分離部であって、
イオンビームを受け取るセルと、
前記セル内に高周波回転電場を生成させる手段と、
前記セルにごく近接して配置された、前記イオンビーム中のイオンを計数するための 検出器と
を有する質量分離部が提案されている。
【0013】
また、後述の非特許文献3には、まず、イオンが比較的短い偏向領域を飛行している間に、高周波回転電場の作用によってイオンの飛行方向を偏向させ、次に、このイオンに比較的長い無電場の自由飛行領域を飛行させ、その結果生じる変位量を測定することによって、イオンの質量を決定する質量分析装置が提案されている。また、後述の非特許文献4には、非特許文献3で提案されている質量分析装置と同様の装置を、TOF型質量分析装置のイオン検出部として応用した例が報告されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
現在、汎用の質量分析装置に多く用いられている3種の質量分離部は、2つのカテゴリーに分類される。これらはその動作原理に基づく問題点をそれぞれ有している。
【0015】
前述したように、本質的には扇形磁場型質量分離部は運動量分析器であり、TOF型質量分離部は速度分析器である。このカテゴリーの質量分離部では、イオン源のイオン群を所定の加速電圧Uによって引き出すことにより、イオン群に同じ運動エネルギーzeUを付与し、この結果生じる引き出し方向への運動量または速度の違いに基づいて、質量電荷比が互いに異なるイオン種を分離する。この場合、初期状態においてイオンが有している運動エネルギーがzeUに比して無視できない場合に、これによって質量分解能が制限される。
【0016】
すなわち、初期状態のイオンはイオン化過程で与えられたエネルギーや熱運動のエネルギーを有しており、その運動エネルギーは0ではなく様々である。従って、引き出されたイオン群が引き出し方向にもつ運動エネルギーは、zeUを標準とするものの、初期状態のばらつきに対応した広がりをもってその近傍に分布する。この結果、扇形磁場型質量分離部の場合、質量電荷比が同じイオンであっても、イオンが描く円弧の半径Rに広がりが生じる(エネルギー収差)。また、質量電荷比が近いイオン同士であって、初期状態の違いに起因して同じ運動量を有することになったイオン同士は、半径Rが同じになり分離されない。TOF型質量分離部の場合でも同様のことが起こる。
【0017】
このため、このカテゴリーの質量分離部では、初期状態のばらつきの影響を相対的に小さくするために大きな加速電圧が必要になる。この結果、イオンの走行距離が長くなり、装置が大型化する。初期状態のばらつきの影響をさらに小さく抑えるには、二重収束質量分離部やリフレクトロンTOF型質量分離部などの特別な仕組みが必要になり、装置がさらに大型化したり、複雑化したりする。
【0018】
別のカテゴリーに属する四重極型質量分離部では、イオンの安定な振動状態の実現の可否によって性能が制限される。すなわち、質量電荷比が大きいイオンは、安定な振動状態を保つことが難しいので透過率が低い。また、質量電荷比の大きいイオンを分析するには、棒状電極に印加する電圧を高くする必要があるが、それには耐圧や電力などの技術的な限界が存在する。高周波電圧の周波数を下げると、印加電圧を変えずに質量電荷比の大きいイオンを測定できるが、その場合には質量の小さいイオンが十分振動しないで分離部を通過してしまう不都合が生じる。このような理由で、分析できる質量電荷比の上限は、2000〜4000程度に制限される。また、棒状電極の工作精度などによって質量分解能が制限される。
【0019】
上記の問題点に加えて、既存の質量分離部には、質量電荷比が異なる複数のイオン種のイオン量を短時間のうちに繰り返し測定する性能が不足している。以下、この点について説明する。
【0020】
四重極型質量分離部および扇形磁場型質量分離部では、イオン量を実時間で連続的に測定することができる。しかし、四重極型質量分離部では、質量電荷比が異なる複数のイオン種を同時に検出することは原理的にできない。扇形磁場型質量分離部では、フォーカルプレーン検出器を用いることなどによって複数のイオン種を同時に検出できるが、その質量電荷比の範囲は狭い。
【0021】
これらの質量分離部で同時に測定できない複数のイオン種のイオン量を比較するには、質量走査するしかない。しかしながら、走査が比較的速い四重極型質量分離部でも、走査には、複数のイオン種を次々に選択して検出する切り換え走査で1イオン種につき最短で1ms程度を要し、質量スペクトルを得る通常走査では0.1s程度を要する。扇形磁場型質量分離部の質量走査時間はもっと長い。この走査時間よりも短い時間内で複数のイオン種のイオン量を測定して比較することはできない。
【0022】
この結果、例えば、イオン源におけるイオン化条件(試料の圧力やイオン化のために注入されるエネルギーなど)に変動がある場合に、分析しようとするイオン種のイオン量と内部標準として用いるイオン種のイオン量とを質量走査して測定し、イオン化条件の変動を内部標準に基づいて補正しようとしても、走査時間内に起こる変動は補正されず、定量の正確性が損なわれやすい。また、走査時間内に試料の組成が変化する系に対しては、複数のイオン種間のイオン量の関係を正しく把握することができない。このため、ガスクロマトグラフィー−質量分析(GC−MS)装置または液体クロマトグラフィー−質量分析(LC−MS)装置において複数種の成分が完全に分離されずに流出してくる場合や、高速の化学反応が起こる場合などでは、系の変化を追跡する性能が不十分になりやすい。
【0023】
一方、TOF型質量分離部では、1回のパルス状イオン群の導入で完全な質量スペクトルが得られる。従って、内部標準に基づくイオン量の較正が可能であり、また、複数のイオン種間のイオン量の関係を正しく把握することができる。しかし、1回の測定には最短で100μs、通常で数ms〜数十msを要するので、これより短い時間内で起こる系の変化を追跡することはできない。
【0024】
上述した各質量分離部の問題点は、それぞれの動作原理に内在するものであるので、部分的な改良では解決することができない。一方、特許文献1や非特許文献3には、高周波回転電場を用いる質量分離部が提案されているが、実現されている質量分解能は不十分であり、上述した質量分離部に優る可能性を示す検討はなされていない。
【0025】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであって、その目的は、動作原理に内在する問題点によって装置の設計や性能が制限されることが少ない質量分析装置であって、原理上、測定できる質量電荷比の範囲に限界がなく、高速の質量走査が可能な質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0026】
即ち、本発明は、
試料をイオン化する手段、および生成したイオン群を所定の加速電圧で引き出す手段 を備えるイオン源と、
前記イオン源から引き出されたイオン群の飛行方向を収束させる手段、及び/又は所 定の方向へ飛行するイオン群を選択して取り出す手段を備えるイオン導入部と、
前記イオン群を導入して飛行させる分離空間、および、前記イオン群の入射方向に交 差する面(以下、x−y面と呼ぶ。)内に電場ベクトルがあり、前期面内で円または楕 円を描くように変化する高周波回転電場を前記分離空間に形成する手段を備え、前記高 周波回転電場の作用によって、質量電荷比が互いに異なるイオン種に互いに異なる飛行 路を飛行させる質量分離部と、
前記分離空間の末端におけるx−y面(出射面)上への飛来位置に基づいて、所定の 質量電荷比を有する被測定イオン種を他のイオン種と区別して検出する手段を備えるイ オン検出部と
を少なくとも有し、前記被測定イオン種は次の関係
T=L(m/2zeU)1/2
を実質的に満たし、前記高周波回転電場の作用を1周期間またはそれと実質的に同等とみなされる期間受けた時点において前記分離空間から出射される、第1の質量分析装置に係わるものである。
(ただし、zはイオン種の電荷数であり、m、e、U、L、およびTは、それぞれ、SI単位で表されたイオン種の質量、電気素量、前記加速電圧、前記イオン群の入射方向における前記分離空間の有効長、および前記高周波回転電場の周期である。)
【0027】
また、本発明は、
試料をイオン化する手段、および生成したイオン群を所定の加速電圧で引き出す手段 を備えるイオン源と、
前記イオン源から引き出されたイオン群の飛行方向を収束させる手段、及び/又は所 定の方向へ飛行するイオン群を選択して取り出す手段を備えるイオン導入部と、
前記イオン群を導入して飛行させる分離空間、および、前記イオン群の入射方向に交 差する面(以下、x−y面と呼ぶ。)内に電場ベクトルがあり、前記面内でリサジュー 図形を描くように変化する二次元高周波電場を前記分離空間に形成する手段を備え、前 記二次元高周波電場の作用によって、質量電荷比が互いに異なるイオン種に互いに異な る飛行路を飛行させる質量分離部と、
前記分離空間の末端におけるx−y面(出射面)上への飛来位置に基づいて、所定の 質量電荷比を有する被測定イオン種を他のイオン種と区別して検出する手段を備えるイ オン検出部と
を少なくとも有する質量分析装置であって、前記被測定イオン種は次の関係
T=L(m/2zeU)1/2
を実質的に満たし、前記二次元高周波電場の作用を1周期間またはそれと実質的に同等とみなされる期間受けた時点において前記分離空間から出射される、第2の質量分析装置に係わるものである。
(ただし、zはイオン種の電荷数であり、m、e、U、L、およびTは、それぞれ、SI単位で表されたイオン種の質量、電気素量、前記加速電圧、前記イオン群の入射方向における前記分離空間の有効長、および前記二次元高周波電場の周期である。)
【0028】
また、本発明は、
試料をイオン化する手段、および生成したイオン群を所定の加速電圧で引き出す手段 を備えるイオン源と、
前記イオン源から引き出されたイオン群の飛行方向を収束させる手段、及び/又は所 定の方向へ飛行するイオン群を選択して取り出す手段を備えるイオン導入部と、
前記イオン群を導入して飛行させる分離空間、および、前記イオン群の入射方向に交 差する面(以下、x−y面と呼ぶ。)内に電場ベクトルがあり、前記面内で電場ベクト ルが所定の期間、所定の方向を保ち、そののち一定方向へ所定の角度だけ方向を変える 動作を繰り返す二次元高周波電場を前記分離空間に形成する手段を備え、前記二次元高 周波電場の作用によって、質量電荷比が互いに異なるイオン種に互いに異なる飛行路を 飛行させる質量分離部と、
前記分離空間の末端におけるx−y面(出射面)上への飛来位置に基づいて、所定の 質量電荷比を有する被測定イオン種を他のイオン種と区別して検出する手段を備えるイ オン検出部と
を少なくとも有する質量分析装置であって、質量電荷比が異なる複数種の前記被測定イオンの1種が次の関係
T=L(m/2zeU)1/2
を実質的に満たし、前記二次元高周波電場の作用を1周期間またはそれと実質的に同等とみなされる期間受けた時点において前記分離空間から出射される、第3の質量分析装置に係わるものである。
(ただし、zはイオン種の電荷数であり、m、e、U、L、およびTは、それぞれ、SI単位で表されたイオン種の質量、電気素量、前記加速電圧、前記イオン群の入射方向における前記分離空間の有効長、および前記二次元高周波電場の周期である。)
【0029】
なお、本発明において、高周波電場とは、波形は任意であるが、1周期の間にイオンが電場から受ける力積が0になる交流電場であって、周波数が1kHz〜1MHzであるものとする。また、被測定イオン種とは、単に測定されるイオン種を言うのではなく、本発明の本質に関係して、前記の各種高周波電場の作用を1周期間またはそれと実質的に同等とみなされる期間受けて、前記分離空間から出射されるイオン種を言うものとする。また、「実質的に」とは、要求される質量分解能や装置性能などに応じて若干の増減や誤差が許容されるという意味である。また、前記分離空間の有効長とは、前記イオン群が前記の各種高周波電場の作用を受ける区間の長さを言うものとする。
【発明の効果】
【0030】
本発明の第1〜第3の質量分析装置では、前記イオン群は前記所定の加速電圧によって前記イオン源から引き出され、前記イオン導入部を介して前記分離空間に導入される。この後、各イオンは、前記入射方向へ飛行するとともに、前記入射方向に交差する方向に作用する前記の各種高周波電場から受ける力によって、前記入射方向に交差する方向へ変位する。すなわち、各イオンの運動は、前記入射方向への等速直進運動と上記変位との重ね合わせとして把握することができる。上記変位の大きさ(変位量)はイオンの質量電荷比に反比例するので、質量電荷比が互いに異なるイオン種は互いに異なる飛行路を飛行し、空間的に分離される。前記イオン検出部は、前記飛来位置に基づいて所定の質量電荷比を有する前記被測定イオン種を選択的に検出する。この飛来位置は、前記被測定イオン種が前記分離空間を飛行する間に生じた上記変位量に対応する。
【0031】
上記のように、本発明の質量分析装置では、前記の各種高周波電場の作用による変位によって、質量電荷比の違いそのものに基づいて質量分離が行われる。引き出し方向におけるイオンの運動は、この変位に関与しない。従って、本発明の質量分析装置は、扇形磁場型質量分析装置やTOF型質量分析装置と異なり、原理的に前記イオン源の前記イオン群が引き出される前にとっている初期状態のばらつきの影響を受けにくい。
【0032】
ただし実際的には次の問題点が生じる可能性がある。既述したように、前記加速電圧Uによって引き出された前記イオン群が引き出し方向にもつ運動エネルギーは、zeUを標準とするものの、初期状態のばらつきに対応した広がりをもってその近傍に分布する。従って、前記被測定イオン種の引き出し方向への速度は、(2zeU/m)1/2を標準とするものの広がりをもつ。その結果、前記被測定イオン種が前記分離空間の末端に到達するまでの時間(前記分離空間における滞在時間)は、L(m/2zeU)1/2を標準とするものの広がりをもつ。この滞在時間の広がりによって上記変位量に広がりが生じると、結果的に、初期状態のばらつきによって質量分解能が制限されることになる。
【0033】
本発明者は、イオンが高周波電場から受ける力積は1周期間で0になるという事実に着目し、これに基づけば上記の問題点を解決できることを見いだし、本発明を完成した。
【0034】
すなわち、本発明の第1および第2の質量分析装置では、前記被測定イオン種は、前記分離空間に入射した後、前記高周波電場の作用を1周期間またはそれと実質的に同等とみなされる期間受けた時点において、前記分離空間から出射される。上記変位量の変化速度は前記高周波電場の作用を1周期間受けた時点において0になり、その前後に上記変位量の変化速度がきわめて小さい時間領域が存在する。この時間領域では滞在時間の広がりによって上記変位量の広がりが生じることが少ない。従って上記変位量が初期状態のばらつきの影響を受けにくい。この結果、本発明の質量分析装置では、初期状態のばらつきに影響されることが少なく、そうでない場合に比べて高い質量分解能で前記被測定イオン種が質量分離される。また、高い質量分解能を実現するために前記加速電圧を大きくする必要が小さく、イオンの飛行距離が短くなり、装置が小型、軽量になる。
【0035】
本発明の第3の質量分析装置では、加えて、前記被測定イオン種が前記分離空間に入射した後、前記高周波電場の作用を1周期間またはそれと実質的に同等とみなされる期間受けて出射される時点の前後において、そのとき前記電場ベクトルが向いている前記所定の方向にx−y面内で直交する方向への上記変位量の変化速度が、前記所定の期間中、0になるという発見も応用されている。この場合、上記滞在時間の広がりによって上記変位量の広がりが生ずることはない。従って、初期状態のばらつきに影響されることがさらに少なくなり、質量分解能が向上する。加えて、質量電荷比が近い複数の前記被測定イオン種の同時分析が可能である。
【0036】
同時分析が可能である場合には、試料の組成が高速で変化する系に対してばかりでなく、単発現象または発現頻度の少ない現象についても、豊富な情報を得ることができる。また、検出されずに失われるイオンが減少するので、イオン利用率が向上する。なお、イオン利用率とは、測定時間の間にイオン源において生成された被測定イオン種の全量に対する、イオン検出器で検出されるイオン量の割合を言うものとする。
【0037】
また、本発明の質量分析装置の質量分離は、四重極型質量分離部と異なり、イオンの何らかの安定状態を前提としていない。従って、安定状態を実現する条件や操作によって性能や機能が制限されることがない。具体的には、原理上、測定できる質量電荷比の範囲に限界がない。また、切り換え走査では、前記被測定イオン種は1周期間で前記分離空間を飛行し終わり、かつその他のイオンとは変位量の違いによって区別されるので、1つのイオン種から別のイオン種への前記被測定イオン種の切り換えは、前記高周波電場の1周期間程度で完了する。従って、高速の切り換え走査が可能である。さらに、1周期の間で前記加速電圧を変更することにより、1周期の間で切り換え走査して、複数の被測定イオン種のイオン量をほぼ連続的に測定することも容易である。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明の実施の形態1に基づく質量分析装置の構成を示す概略図である。
【図2】同、質量分離部の構造を示す斜視図(a)、および長さ方向に直交する面で質量分離部を切断した断面形状を示す断面図(b)である。
【図3】同、質量分析装置における、入射後1周期余までの時刻でのイオンの変位量xと変位量yとの関係、およびイオン入射時の電場の方向とイオンの変位方向との関係を示すグラフ(a)、並びに経過時間t−t0と変位量x、yおよびrとの関係を示すグラフ(b)である。
【図4】同、質量分析装置における、入射後1周期余までの時刻での、イオンのz方向位置と変位量rとの関係を示すグラフである。
【図5】同、質量分析装置における、各イオン種の飛行路を示すグラフ(a)、および第1の質量走査方法で走査した場合のその変化を示すグラフ(b)である。
【図6】同、質量分析装置のイオン検出部の例を示す概略図である。
【図7】同、質量分析装置のイオン検出部の別の例を示す概略図である。
【図8】同、質量分析装置のイオン検出部のさらに別の例を示す概略図である。
【図9】同、質量分析装置において、イオン群がパルス的に導入される場合に、分離空間の出射面上に飛来する被測定イオン種の位置を示す平面図である。
【図10】同、質量分析装置において、イオン群が、1周期の中で(1/4)周期の間隔をおいて2度、異なる加速電圧でパルス的に導入される場合に、分離空間の出射面上に飛来する被測定イオン種の位置を示す平面図である。
【図11】本発明の実施の形態2に基づく質量分析装置の構成を示す概略図(a)、および分離空間の出射面上に飛来するイオン種の中心位置を示す平面図(b)である。
【図12】本発明の実施の形態3および4に基づく質量分析装置の構成を示す概略図(a)、および実施の形態3で分離空間の出射面上に飛来する被測定イオン種の位置を示す平面図(b)である。
【図13】本発明の実施の形態3に基づく質量分析装置の別の構成を示す概略図(a)、およびその分離空間の出射面上に飛来するイオン種の中心位置を示す平面図(b)である。
【図14】本発明の実施の形態4に基づく質量分析装置における二次元高周波電場の例を示すグラフ(a)、および、その二次元高周波電場を用いる場合に、分離空間の出射面上に飛来する被測定イオン種の位置を示す平面図(b)である。
【図15】同、質量分析装置における二次元高周波電場の別の例を示すグラフ(a)、および、その二次元高周波電場を用いる場合に、分離空間の出射面上に飛来する被測定イオン種の位置を示す平面図(b)である。
【発明を実施するための形態】
【0039】
本発明の第1の質量分析装置において、前記高周波回転電場は前記電場ベクトルが円を描くように変化する高周波回転電場であり、次の関係
E=4πCU/L
を実質的に満たすのがよい。
(ただし、EおよびCは、それぞれ、SI単位で表された前記高周波回転電場の強さ、および前記入射方向を示す基準線と前記出射面との交点から前記飛来位置までの距離である。)
【0040】
また、前記イオン源が前記イオン群をパルス的に引き出す手段を有し、前記イオン群が前記高周波回転電場の位相に同期したパルスとして前記分離空間に導入されるのがよい。
【0041】
また、前記高周波回転電場の周期を固定し、前記被測定イオン種の質量電荷比に比例するように前記加速電圧を変化させて質量走査を行うのがよい。この際、前記高周波回転電場の1周期の中で前記加速電圧を変化させ、1周期内で複数種の前記被測定イオン種を切り換え走査することもできる。
【0042】
また、前記イオン検出部はイオン検出器、および前記出射面と前記イオン検出器との間に配置され、前記被測定イオン種を選択的または半選択的に通過させる遮蔽部材を有し、前記被測定イオン種の透過率および質量分解能が前記出射面と前記遮蔽部材との距離によって変化するのがよい。
【0043】
また、前記イオン検出部は、前記被測定イオン種とともに、または前記被測定イオン種とは別個に、前記被測定イオン種よりも質量電荷比の大きいイオン種を検出するイオン検出器を有するのがよい。
【0044】
また、前記イオン源が前記イオン群をパルス的に引き出す手段を有し、前記イオン導入部と前記質量分離部との間に無電場の自由飛行空間が設けられ、前記イオン群が前記高周波回転電場の位相に同期したパルスとして前記自由飛行空間に導入されるのがよい。
【0045】
本発明の第3の質量分析装置において、前記質量分離部では、
前記分離空間側の主面が平坦で大きさが同じ長方形である4つの電極が、前記主面は いずれもx−y面に直交し、隣り合う電極の前記主面同士は直交し、対向する電極の前 記主面同士は平行になるように、前記分離空間の側部に配置され、
nを自然数として、(1/2n)周期ごとに電圧が階段状に規則的に変化する高周波 電圧が1組の対向電極間に印加され、その高周波電圧と周期が同じで位相が(1/4) 周期異なる高周波電圧が残りの1組の対向電極間に印加され、
前記二次元高周波電場が形成されるのがよい。
【0046】
また、前記イオン源が前記イオン群をパルス的に引き出す手段を有し、前記イオン群が前記二次元高周波電場の位相に同期したパルスとして前記分離空間に導入されるのがよい。
【0047】
また、前記二次元高周波電場の周期を固定し、前記被測定イオン種の質量電荷比に比例するように前記加速電圧を変化させて質量走査を行うのがよい。この際、前記二次元高周波電場の1周期の中で前記加速電圧を変化させ、1周期内で複数種の前記被測定イオン種を切り換え走査することもできる。
【0048】
また、前記加速電圧および前記二次元高周波電場の強さを固定し、前記被測定イオン種の質量電荷比の平方根に比例するように前記二次元高周波電場の周期を変化させて質量走査を行うのがよい。
【0049】
また、前記イオン検出部は、前記被測定イオン種とともに、または前記被測定イオン種とは別個に、前記被測定イオン種よりも質量電荷比の大きいイオン種を検出するイオン検出器を有するのがよい。
【0050】
また、前記イオン源が前記イオン群をパルス的に引き出す手段を有し、前記イオン導入部と前記質量分離部との間に無電場の自由飛行空間が設けられ、前記イオン群が前記二次元高周波電場の位相に同期したパルスとして前記自由飛行空間に導入されるのがよい。
【0051】
次に、本発明の好ましい実施の形態を図面参照下に具体的かつ詳細に説明する。
【0052】
[実施の形態1]
実施の形態1では、請求項1〜7に記載した、高周波回転電場を用いてイオンを質量分離する、本発明の第1の質量分析装置の例について説明する。
【0053】
図1は、実施の形態1に基づく質量分析装置10の構成を示す概略図である(図1に示した質量分析装置10aと質量分析装置10bとを合わせて、質量分析装置10と呼ぶ。以下、同様。)。質量分析装置10は、イオン源1、イオン導入部2、質量分離部3、およびイオン検出部4などによって構成され、少なくとも質量分離部3とその前後のイオンの通路は高真空下にある。
【0054】
イオン源1は、試料をイオン化する手段、および生成したイオン群を所定の加速電圧で引き出す手段を備える。イオン化の方法はとくに限定されることはなく、質量分析の目的や試料の性状などに応じて、種々の方法が適宜用いられる。具体的には、イオン化法として電子イオン化法、化学イオン化法、電界イオン化法または電界脱離イオン化法、高速原子衝撃イオン化法、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法、およびエレクトロスプレーイオン化法などが用いられる。また、イオン源1は、親イオンから衝突誘起解離などによってフラグメントイオンを生成させる衝突室などであってもよい。この場合、質量分析装置10は、例えばタンデム質量分析装置などにおける最終段の質量分析装置である。
【0055】
イオン導入部2は、イオン源1から引き出されたイオン群の飛行方向を収束させる手段としてイオンレンズ28など、及び/又は所定の方向へ飛行するイオン群を選択して取り出す手段として細孔を有する遮蔽部材などを備え、イオン源1および質量分離部3の特性に適合するように構成されている。
【0056】
質量分離部3は、イオン群を導入して飛行させる分離空間17、および分離空間17に高周波回転電場を形成する手段を備える。回転電場の電場ベクトルはイオン群の入射方向に交差する面(後述するx−y面)内にあり、円または楕円を描くように変化する。質量分離部3は、高周波回転電場の作用によって、質量電荷比が互いに異なるイオン種に互いに異なる飛行路を飛行させる。
【0057】
イオン検出部4は、分離空間17の末端におけるx−y面(出射面16)上への飛来位置に基づいて、分離空間17から出射される被測定イオン種を他のイオン種と区別して検出する手段を備える。イオン検出部4は、イオン検出器、出射面とイオン検出器との間に配置され、被測定イオン種を選択的または半選択的に通過させる遮蔽部材(スリットなど)、およびイオン検出器からの信号を増幅したり記憶したりする信号処理部などからなる。信号処理部には、データ処理システムが組み込まれ、質量分析装置10の信号処理能力や利便性が高められることが望ましい。
【0058】
質量分析装置10の特徴は、質量分離部として質量分離部3を有すること、および質量分離部3に適合するイオン導入部2およびイオン検出部4を有することである。以下、各部について説明する。
【0059】
[質量分離部3の概要]
図2は、質量分離部3の構造を示す斜視図(a)、および長さ方向に直交する面で質量分離部3を切断した断面形状を示す断面図(b)である。分離空間17は直方体形で、質量分離部3におけるイオンの通路、すなわち各イオン種が質量電荷比の違いに基づいて空間的に分離される飛行空間として用いられる。
【0060】
分離空間17の側部(上下、左右)には、4つの電極11〜14が配置されている。電極11〜14の、分離空間17側の主面11a〜14aは平坦であり、隣り合う電極の主面同士は直交するように、また対向する電極の主面同士は平行になるように配置されている。また、隣り合う電極間には、短絡しないように、適度な大きさのすき間または絶縁部材が設けられている。典型的には、図2に示したように、電極11〜14は、互いに同じ長さを有する長方形の平板電極であり、長さ方向における両端の位置が揃うように配置されている。さらに、対向する電極同士は同じ幅を有し、幅方向における両端の位置も揃うように配置されている。
【0061】
分離空間17の、電極が配置されていない、長さ方向における2つの端面15および16が、それぞれ、分離空間17へのイオンの入射、および分離空間17からのイオンの出射に用いられる。物理的には、端面15および16は、高周波回転電場が形成される分離空間17と、高周波回転電場が形成されない外部空間との仮想的な境界面である。実際には、分離空間17と外部空間との境界は面ではなく境界領域になり、境界領域には端電場(フリンジングフィールド)が形成される。端電場の影響の詳細は不明であるが、端電場によって発明の本質が変わることはなく、その影響は分離空間17の有効長Lの多少の変化として処理できる程度であると考えられる。従って、本実施の形態では、説明を簡潔にするために、端電場の影響は無視できるものとする。
【0062】
図2に示したように電極11〜14が同じ長さの平板電極であり、長さ方向における両端の位置が互いに揃うように配置されている場合には、端電場は無視できるものとすると、電極11〜14の、イオン源1側の端面を含む平面が端面15であり、イオン検出部4側の端面を含む平面が端面(出射面)16である。
【0063】
ここで、説明の便宜上、分離空間17におけるイオンの位置を表す直交座標系を次のように定めることにする。すなわち、分離空間17の、長さ方向に向いた対称軸をz軸とする。そして、z軸と端面15との交点を原点O(0,0,0)とし、原点Oから電極11および13の主面に直交する方向にx軸をとり、電極12および14の主面に直交する方向にy軸をとる。また、イオン群の入射方向を示す直線を基準線18とする。
【0064】
必ずしもこれに限られるものではないが、通常、図1(a)に示すように、イオン群は原点O(0,0,0)において分離空間17に導入される。また、イオン群はx−y面に直交するように導入されることが望ましい。この垂直入射の場合、基準線18はz軸と一致する。
【0065】
なお、上記の分離空間17の有効長Lとは、イオン群が高周波回転電場の作用を受ける区間の長さ、すなわち入射位置から端面(出射面)16までの基準線18の長さである。垂直入射で、図1(a)の質量分析装置10aのように、イオン導入部2の末端の位置が長さ方向において端面15の位置と一致するか、それよりもイオン源1側にある場合、有効長Lは端面15から端面(出射面)16までの長さ(分離空間17の長さ)Lzである。
L=Lz・・・(1)
一方、同じく垂直入射で、図1(b)の質量質量分析装置10bのように、イオン導入部2の端部が分離空間17に入り込むように配置されている場合、有効長Lはイオン導入部2の末端から端面(出射面)16までの長さLzvである。
L=Lzv・・・(2)
【0066】
電極11〜14は高周波電源に電気的に接続され、1組の対向電極間には余弦関数(または正弦関数)で表される高周波電圧が印加され、残りの1組の対向電極間には、その高周波電圧と周期が同じで位相がπ/2異なる余弦関数(または正弦関数)で表される高周波電圧が印加される。この結果、後述するように、分離空間17の主要部に、電場の方向がx−y面内で回転する高周波回転電場が形成される。端面16は、この高周波回転電場が形成される分離空間17の末端におけるx−y面である。
【0067】
イオン群は所定の加速電圧によってイオン源1から引き出され、イオン導入部2を介して分離空間17に導入される。この後、イオンは、入射方向へ飛行するとともに、入射方向に交差する方向に作用する高周波回転電場から受ける力によって、x方向およびy方向へ変位する。すなわち、分離空間17におけるイオンの運動は、入射方向への等速直進運動と上記変位との重ね合わせとして把握することができる。後述するように、このときイオンに生じる変位の大きさ(変位量)は、イオンの質量電荷比に反比例する。この結果、質量電荷比が互いに異なるイオン種は互いに異なる飛行路を飛行し、空間的に分離される。
【0068】
上記のように、質量分析装置10では、高周波回転電場の作用による変位によって、質量電荷比の違いそのものに基づいて質量分離が行われる。引き出し方向におけるイオンの運動は、この変位に関与しない。従って、原理的に、質量分析装置10はイオン源1のイオン群が引き出される前にとっている初期状態のばらつきの影響を受けにくい。
【0069】
ただし実際的には次の問題点が生じる可能性がある。既述したように、加速電圧Uによって引き出されたイオン群が引き出し方向にもつ運動エネルギーは、zeUを標準とするものの、初期状態のばらつきに対応した広がりをもってその近傍に分布する。従って、被測定イオン種の引き出し方向への速度は、(2zeU/m)1/2を標準とするものの、広がりをもってその近傍に分布する。その結果、イオンが分離空間17の末端に到達するまでの時間(分離空間17における滞在時間)は、L(m/2zeU)1/2を標準とするものの、広がりをもってその近傍に分布する。この滞在時間の広がりによって被測定イオン種の変位量に広がりが生じると、結果的に、初期状態のばらつきによって質量分解能が制限されることになる。この対策として、質量分析装置10は、下記の特徴(1)および(2)を有している。
【0070】
<特徴(1)>
イオンが高周波電場から受ける力積は1周期間で0になる。従ってイオンの変位量の変化速度は高周波電場の作用を1周期間受けた時点において0になり、その前後に変位量の変化速度がきわめて小さい時間領域が存在する。この時間領域では滞在時間の広がりが変位量の広がりを生じることが少ない(後述する図4参照。)。この事実に着目して、質量分析装置10では、被測定イオン種は高周波電場の作用を1周期間またはそれと実質的に同等とみなされる期間受けた時点において分離空間17から出射される。この結果、初期状態のばらつきに影響されることが少なく、そうでない場合に比べて高い質量分解能で被測定イオン種が質量分離される。また、高い質量分解能を実現するために加速電圧を大きくする必要が小さく、イオンの飛行距離が短くなり、装置が小型、軽量になる。
【0071】
これは、被測定イオン種の質量電荷比に対し、後述する次式
T=L(m/2zeU)1/2・・・(28)
が実質的に満たされるように、加速電圧U、高周波回転電場の周期Tおよび分離空間17の有効長Lを選択することによって実現される。
【0072】
<特徴(2)>
イオン検出部4は、入射方向を示す基準線18と端面(出射面)16との交点から、端面16上で距離Cだけ離れた位置に飛来するイオンを検出するように構成されている。一方、上述したように、被測定イオン種は高周波電場の作用を1周期間またはそれと実質的に同等とみなされる期間受けた時点において端面16上に飛来する。質量分離部3は1周期の間に被測定イオン種を、基準線18上の点からx−y面上で距離D(後述する式(29)参照。)だけ離れた位置に変位させる。従って、
C=D
とすれば、イオン検出部4は、端面16上への飛来位置に基づいて、他のイオン種と区別して被測定イオン種を検出することができる。
【0073】
[高周波回転電場の形成]
図2(b)に示したように、対向する電極11と電極13の主面間の距離をLとおき、対向する電極12と電極14の主面間の距離をLとおく。ωは高周波電源の角周波数を表し、tは時刻を表すものとして、例えば、各対向電極間にそれぞれ余弦関数VcosωtおよびVcos(ωt−π/2)で表される高周波電圧が印加されるものとする。このとき、x方向およびy方向にそれぞれ次式
=(V/L)cosωt・・・(3)
=(V/L)cos(ωt−π/2)=(V/L)sinωt・・・(4)
で表される電場EおよびEが形成される。
【0074】
分離空間17の主要部には電場Eと電場Eとが重なって作用し、電場Eと電場Eとのベクトル和による電場が形成される。従って、その電場ベクトルEvは次式
Ev=((V/L)cosωt,(Vy/Ly)sinωt)・・・(5)
で表される。とくに、
/L=V/L=E
である場合には、
Ev=(Ecosωt,Esinωt)・・・(6)
であり、電場ベクトルEvは半径Eの円を描くように変化する。すなわち、電場は、強さが一定Eで、その向きがx−y面内において角周波数ωで回転する高周波回転電場となる。このように、各対向電極間に位相がπ/2ずれた高周波電圧が印加されると、分離空間17の主要部に一様な高周波回転電場が形成される。
【0075】
説明は省略したが、上記の構成では、隣り合う電極間に形成される電場によって、高周波回転電場に不均一性が生じる。そこで、非特許文献3には、分離空間の側部にn枚の長方形の平板電極を2π/nずつ向きを変えて配置し、各電極に位相が2π/nずつ異なる余弦波高周波電圧Vcos(ωt+2πi/n)(i=0,1,・・・,n−1)を印加する例が示されている。この構成には、電極の枚数nが多いほど不均一性が減少し、高周波回転電場の均一性が向上する効果がある。この際、電極の主面の形状を、円筒の側面に沿う曲面形状にすることによって、高周波回転電場の均一性をさらに向上させることもできる。本発明でもこのような構成で高周波回転電場を形成してもよいが、これらには、質量分離部の構成およびその製造工程が複雑になり、コスト高になる難点がある。
【0076】
本発明で用いられる高周波回転電場は、典型的には、式(6)で表され、強さが一定の高周波回転電場である。ただし、これに限られるものではなく、式(5)において
/L≠V/L
である、より一般的な高周波回転電場であってもよい。この場合、電場ベクトルEvは楕円を描くように変化する。x方向とy方向とが等価ではなくなるので、数式的関係が少し煩雑になるが、前述した質量分析装置10の特徴(1)および(2)は変わらない。以下、説明が簡潔になり、要点がわかりやすくなるように、式(6)で表され、電場ベクトルEvが円を描く高周波回転電場を作用させる場合について説明する。電場ベクトルEvが楕円を描く高周波回転電場を作用させる例は、後述する[入射イオン群のパルス化]の項で説明する。
【0077】
[高周波回転電場中でのイオンの運動]
前述したように、イオン群は原点O(0,0,0)において分離空間17に導入されるものとし、分離空間17におけるイオンの位置を表す座標を(x,y,z)とする。また、イオンのx、y、およびz方向への速度をそれぞれv、v、およびvとし、入射時の速度をそれぞれvx0、vy0、およびvz0とする。
【0078】
イオンは、入射方向へ飛行するとともに、入射方向に交差する方向に作用する高周波回転電場から受ける力によってx方向およびy方向へ変位する。従ってイオンの運動は、入射方向への等速直進運動と、電場によって引き起こされる変位との重ね合わせとして把握することができる。イオン群が加速電圧Uによってイオン源から引き出され、運動エネルギーzeUをもつとすると、各イオン種の入射時の速度vは、次式
v=(2zeU/m)1/2・・・(7)
で与えられる。
【0079】
イオン群が電場の方向(x−y面)に垂直に導入される垂直入射の場合、
x0=0;vy0=0
z0=v=(2zeU/m)1/2・・・(8)
である。分離空間17中にはz方向の電場は存在しないので、vは一定である。従って、イオン群が分離空間17に入射した時刻をt0とすると、その後、時間t−t0が経過した時刻tにおける各イオン種のz方向位置は、次式
z=(2zeU/m)1/2(t−t0)・・・(9)
で与えられる。これは、仮に電場が作用しないとした場合に各イオン種が占める位置であるので、以下、基準線18上の基準位置と言うことにする。実際には電場が作用するので、時刻tにおいて、各イオン種はそれぞれ基準位置からx方向およびy方向へ変位し、基準位置においてz軸に直交するx−y面上にある。これらの面を(各z方向位置における)x−y面と略称し、以下、x−y座標上でのイオンの軌跡について検討する。
【0080】
なお、イオン群の入射方向は、電場の方向と交差すればよく、必ずしも直交する必要はない。入射方向がz方向から入射角θだけずれている斜め入射の場合、
x0≠0及び/又はvy0≠0
であるので、各イオン種のx座標およびy座標は、これらの速度成分による並進運動の分だけ、垂直入射の場合のx座標およびy座標からずれる。また、
z0=vcosθ=(2zeU/m)1/2cosθ・・・(10)
であるので、時刻tとz方向位置との関係も次式
z=(2zeU/m)1/2(t−t0)cosθ・・・(11)
に変化する。従って、仮に電場が作用しないとした場合に各イオン種が占める基準位置は、上記z方向位置における各x−y面と基準線との交点(vx0(t−t0),vy0(t−t0),(2zeU/m)1/2(t−t0)cosθ)になる。また、例えば質量分析装置10aの場合、分離空間17のz方向長さLzと分離空間17の有効長Lとの関係は、
Lz=Lcosθ・・・(12)
に変化する。
しかし、回転電場による変位自体は入射方向によらない。入射方向への等速直進運動は上記基準位置によって表されているので、回転電場によるx方向およびy方向への変位量としては、各x−y面で基準位置から測ったイオンの位置を用いればよい。すなわち、各x−y面の原点を、垂直入射の場合の基準位置(0,0)から、斜め入射の場合の基準位置(vx0(t−t0),vy0(t−t0))に変更すれば、回転電場による変位量を表すx座標およびy座標は、垂直入射の場合と同じになる。従って、以下、斜め入射の場合についての説明は、必要な場合を除いて省略する。
【0081】
式(6)で表される高周波回転電場が形成された分離空間17中でのx方向およびy方向におけるイオンの運動は、それぞれ下記の運動方程式
2x/dt2=dv/dt=(zeE/m)cosωt・・・(13)
2y/dt2=dv/dt=(zeE/m)sinωt・・・(14)
で表される。
【0082】
運動方程式(13)および(14)を時間に関してt0からtまでの間で積分すると、時刻tにおけるイオンの速度vxおよびvyを表す下記の式
A=zeE/mω・・・(15)
=vx0+A(sinωt−sinωt0)・・・(16)
=vy0+A(−cosωt+cosωt0)・・・(17)
がそれぞれ得られる。
【0083】
式(16)および(17)において
x0=0;vy0=0
とし、さらに時間に関してt0からtまでの間で積分すると、時刻tにおけるイオンの変位量xおよびyを表す下記の式
B=zeE/mω・・・(18)
x=B(−cosωt+cosωt0−ω(t−t0)sinωt0)・・・(19)
y=B(−sinωt+sinωt0+ω(t−t0)cosωt0)・・・(20)
がそれぞれ得られる。
【0084】
<高周波回転電場の作用を1周期間受けた時点の特徴>
イオンが分離空間17に入射した後、高周波回転電場の作用を1周期間受けた時点では、
ωt=ωt0+2π
であるので、下記の2つの重要な特徴(I)および(II)がある。
【0085】
特徴(I):
式(16)および(17)から
=vx0;v=vy0
が得られる。すなわち、高周波回転電場の作用を1周期間受けると、イオンの速度は初速度にもどる。とくに、
x0=0;vy0=0
である場合には、
=0;v=0
となり、x−y座標上でのイオンの変位は一瞬停止する。
【0086】
特徴(II):
高周波回転電場の作用を1周期間受けた時点におけるx方向およびy方向への変位量(1周期後のx−y面と基準線18との交点(基準位置)から測ったイオンの位置)をXおよびYとおくと、式(19)および(20)から下記の式
X=−2πBsinωt0・・・(21)
Y=2πBcosωt0・・・(22)
が得られ、x−y面上で原点(0,0)からイオンの位置(X,Y)へ向かって引いた位置ベクトルは(−2πBsinωt0,2πBcosωt0)で表される。一方、式(6)から、イオンが分離空間17に入射したときの電場ベクトルEvは(Ecosωt0,Esinωt0)で表される。両ベクトルの内積は0であるので、両者は直交する。すなわち、高周波回転電場の作用を1周期間受けると、x−y面上のイオンの位置は、イオン入射時の電場の方向に直交する方向へ2πBだけ変位した位置に変化する。
【0087】
<高周波回転電場によってイオン種を空間的に分離する質量分離部の可能性>
高周波回転電場の周波数をfとし、周期をTとすると、
ω=2πf
f=1/T
である。1周期後の変位量(1周期後のx−y面と基準線18との交点(基準位置)から測ったイオンの位置までの距離)をDとすると、式(18)から次式
D=2πB=2πzeE/mω
=zeE/2πm
=zeET/2πm・・・(23)
が得られる。
(なお、電場ベクトルEvが長径Ex、短径Eyの楕円を描くように変化する場合、1周期後の変位量を表す(Dx、Dy)も楕円形になり、
Dx=zeExT/2πm、Dy=zeEyT/2πm・・・(23a)
である。)
【0088】
式(23)には、1周期後の変位量Dが質量電荷比に反比例することが示されている。一方、式(9)からわかるように、1周期後のイオンのz方向位置は、質量電荷比の平方根に反比例する。両者の質量電荷比への依存性の違いから、質量電荷比が異なるイオン種は分離空間17内で互いに異なる飛行路を飛行すること、すなわち、高周波回転電場の作用によってイオン種が空間的に分離されることがわかる。これは、1周期後の変位量Dの違いに基づいてイオン種を分別する質量分離部が作製可能であることを示している。
【0089】
[効果的な質量分離部の構成]
ここで高周波回転電場中でのイオンの運動をより詳細に検討し、効果的な質量分離部を構成するための条件を明らかにする。
【0090】
<x−y座標上でのイオンの軌跡とその時間変化>
ここではわかりやすくなるように、主として入射時に電場がx方向に向いている場合について考える。
まず、式(19)および(20)に
cosωt0=1;sinωt0=0
を代入したのち、cosωtとsinωtとを消去すると、次式
(x−B)+(y−ω(t−t0)B)=B・・・(24)
が得られる。これから、イオンはx−y座標上でサイクロイドを描くように変位することがわかる。
【0091】
次に、同じく入射時に電場がx方向に向いている場合について、イオンが分離空間17に入射した後、高周波回転電場の作用を1周期余り受けるまでの間のイオンの変位量を値計算によって求め、図示した。計算では、6段5次のルンゲ・クッタ法による数値積分で、運動方程式(13)および(14)を満たす速度と変位量を求めた。図3は、一例として、イオンが1価で質量100u(uは統一原子質量単位である。以下、同様。)であり、加速電圧Uが100V、高周波回転電場の周期Tが10μs、そして高周波回転電場の強さEが4000Vm−1である例の計算結果を示している。
【0092】
図3(a)は、入射後1周期余(13μs)までの時刻におけるイオンの変位量xと変位量yとの関係、およびイオン入射時の電場の方向とイオンが変位する方向との関係を示すグラフである。なお、高周波回転電場の周期Tが1/2(周波数fが2倍)である場合についても、入射後13μsまでの時刻における同様のグラフを細実線で示した。
【0093】
図示されているように、x−y面上でのイオンの位置を示す座標(x,y)は、入射時の(0,0)から、1周期後にはy軸上の(0,D)(D=2πB≒61.42mm)に変化する。これは、1周期後の特徴(II)として示したように、高周波回転電場の作用を1周期間受けると、x−y座標上のイオンの位置は、入射時の電場の方向に直交する方向へDだけ変位することを示している。
【0094】
なお、イオンは、1周期目以後は、1周期目と同じサイクロイドを描く変位を、1周期後の位置から行う。また、細実線で示したグラフからわかるように、周期Tが1/2である場合には、1周期間に起こるイオンの変位量は1/4になり(式(23)参照。)、同じ期間、例えば10μs後の変位量は1/2になる。これから、イオンの変位量を大きくするには、周期Tは長い方がよいことがわかる。
【0095】
図3(a)にはイオン入射時の電場がx方向に向いている例を示したが、イオン群が時間に関して連続的に分離空間17に導入される場合には、イオン入射時の電場の方向は時刻とともに連続的に変化する。従って、イオンが変位する方向も入射時刻、詳しくは入射時刻における電場の方向(高周波回転電場の位相)に応じて連続的に変化する。この結果、イオン群が時間に関して連続的に分離空間17に導入される場合には、各イオン種は、入射時刻に応じて連続的に方向を変えながら、質量電荷比に応じた大きさのサイクロイドを描くように、x−y座標上で変位する。従って、質量電荷比が同じイオン種は、基準線18上の原点(0,0)を中心とする半径rの円を描くように、各x−y面上に飛来する。ここで、rは次式
r=(x+y)1/2・・・(25)
で与えられる。式(25)に式(19)および(20)を代入して整理すると、次式
r=B(ω(t−t0)+2−2cosω(t−t0)−2ω(t−t0)sinω(t−t0))1/2
・・・(26)
が得られる。式(26)は、rが入射後の経過時間t−t0に依存するが、入射時の時刻t0(高周波回転電場の位相)には依存しないことを示している。
【0096】
これから、イオン群が時間に関して連続的に分離空間17に導入される場合に、被測定イオン種を効率よく選別または検出するには、x−y面上に基準線18との交点を中心とする半径rの円を描くように飛来するイオンを選別または検出する手段を設けることが必要であることがわかる。
【0097】
<高周波回転電場中における滞在時間>
図3(b)は、図3(a)と同じ例について、入射後1周期余(11.5μs)までの時刻における経過時間t−t0とイオンの変位量x、yおよびrとの関係を示すグラフである。図3(b)には、1周期T(10μs)の時間が経過した時点において
=0;v=0
dr/dt=0でr=一定(D)
となることが示されている。これは、1周期後の特徴(I)として前述した通りである。さらに、その前後に、イオンの変位量の変化速度が実質的に0であるとみなせる時間領域が存在することも示されている。
【0098】
これから、被測定イオン種が、高周波回転電場の作用を1周期間またはそれと実質的に同等とみなされる期間受けた時点において、分離空間17から出射されるように構成すれば、出射後、被測定イオン種は基準線18に平行または実質的に平行に飛行することがわかる。この場合、そうでない場合に比べて、スリットやイオン検出器を配置するz方向位置の自由度が著しく増加し、また、z方向の位置決め誤差がほとんど問題にならなくなるなど、装置設計上の利点が多く、好ましい。
【0099】
図4は、入射後1周期余までの時刻における、イオンのz方向位置と変位量rとの関係を示すグラフである。この図は、イオン群の初期状態のばらつきという観点から、被測定イオン種が高周波回転電場の作用を1周期間受けた時点またはその前後の時間領域のさらなる重要性を説明するためのグラフである。
【0100】
図4(a)は、図3に示した例と同じく、加速電圧Uが100V、高周波回転電場の周期Tが10μs、そして高周波回転電場の強さEが4000Vm−1である場合について、入射後の時刻0〜11μsにおけるイオンのz方向位置と変位量rとの関係を数値計算によって求めた結果を示している。曲線A(太線)は、1価のイオンA(質量100u)が標準の運動エネルギーzeUでz方向へ飛行する飛行路を示す。曲線A−10およびA+10(細線)は、それぞれ、イオンAが標準に比べて10%小さい運動エネルギーおよび10%大きい運動エネルギーでz方向へ飛行する飛行路を示す。曲線B(太線)は、質量がイオンAに比べて3%大きい1価のイオンB(質量103u)が標準の運動エネルギーでz方向へ飛行する飛行路を示す。図4(b)は、各曲線のz方向位置と変位量rを、曲線Aの1周期後の点(z≒138.91mm,r≒61.42mm)を基準点とし、基準点との差ΔzおよびΔrによって示すグラフである。なお、ΔzおよびΔrは、それぞれ、図4(a)に比べて2倍および20倍に拡大して示している。曲線A、A−10およびA+10は入射後の時刻が7.8〜11.3μsである範囲を示し、曲線Bは入射後の時刻が8.3〜11.9μsである範囲を示している。
【0101】
質量分離部3では、分離しようとするイオン群が同一の運動エネルギーをもって同一方向へ飛行しながら分離空間17に入射することが、理想である。しかし、[発明が解決しようとする課題]の項で説明したように、加速電圧Uで引き出されたイオン群が引き出し方向にもつ運動エネルギーは、zeUを標準とするものの、引き出される前にとっている初期状態のばらつきに対応した広がりをもってその近傍に分布する。曲線A−10およびA+10は、イオンAが標準からはずれた運動エネルギーをもって飛行する飛行路の一例を示している。
【0102】
イオンが標準の運動エネルギーzeUをもって飛行する場合、イオンのz方向位置は式(9)から(2zeU/m)1/2(t−t0)で与えられる。しかし、運動エネルギーに広がりがあると、分離空間17に入射した後に同一の時間t−t0が経過した時点におけるイオンのz方向位置は、同じイオン種であっても同一ではなく、上記z方向位置を標準の位置として、その近傍に分布する。曲線A−10およびA+10の、z方向(図の横方向)における曲線Aからのずれは、それぞれ、この広がりの下限および上限の一例を示している。これを言い換えると、同一のz方向位置に、同じイオン種でありながら、分離空間17に入射した後の経過時間が様々に異なるイオンが飛来することになる。この場合、経過時間の違いによって変位量rに広がりが生じる。曲線A−10およびA+10の、r方向(図の縦方向)における曲線Aからのずれは、それぞれ、この広がりの上限および下限の一例を示している。
【0103】
このような広がりの結果、例えば曲線Bが曲線A−10と曲線A+10とで挟まれている領域でイオンBを検出すると、イオンAの一部分がイオンBの主要部分と重なり、分離されない。結果として、イオン群の初期状態のばらつきによって質量分解能が制限される。
【0104】
しかしながら、図4に示されているように、イオンが分離空間17に入射した後、1周期が経過した時点およびその前後の時間領域では、イオンAの飛行路を示す曲線A、A−10およびA+10のすべてがほぼ1つに重なり、イオンBの標準的な飛行路を示す曲線Bと完全に分離する。このようになるのは、上記時間領域では、実質的に
dr/dt=0でr=一定(D)
であるので、経過時間が様々に異なるイオンAが同一のz方向位置に飛来してきても、経過時間の違いによる変位量rの違いがわずかになり、変位量rがDにほぼ揃うからである。
【0105】
このように、被測定イオン種が、分離空間17に入射した後、高周波回転電場の作用を1周期間またはそれと実質的に同等とみなされる期間受けた時点において、分離空間17から出射されるように構成すれば、滞在時間の広がりによって生じる変位量の広がりは最小限に抑えられる。従って、初期状態のばらつきに影響されることが少なく、そうでない場合に比べて高い質量分解能で、被測定イオン種が質量分離される。この結果、扇形磁場型質量分離装置やTOF型質量分析装置とは異なり、高い質量分解能を実現するために加速電圧を大きくする必要が小さく、装置の大型化を招くことが少ない。
【0106】
なお、図4(b)の拡大図に明瞭に示されているように、高周波回転電場の作用をちょうど1周期間受けた時点において
=0;v=0
である。従って、この時点において分離空間17から出射されると、出射後、イオンは基準線18に平行に飛行する。これに対し、1周期の前後では、多かれ少なかれ
≠0;v≠0
である。従って、1周期の前後で分離空間17から出射されるイオンはすべて、出射後、多かれ少なかれ基準線18から離れていくように飛行する。これは、後述の[イオン検出部]の項で説明するように、スリットやイオン検出器を配置するz方向位置を考える際に注意するべきことである。
【0107】
<被測定イオン種が1周期後に分離空間から出射される条件>
以上に述べた理由から、質量分析装置10では、被測定イオン種は分離空間17に入射した後、高周波回転電場の作用を1周期間またはそれと実質的に同等とみなされる期間受けた時点において分離空間17から出射される。
【0108】
垂直入射でも斜め入射でも被測定イオン種が分離空間17の有効長Lを通過するのに要する時間Tは同じで、式(7)から次式
=L/v=L(m/2zeU)1/2・・・(27)
で与えられる。従って、被測定イオン種が1周期後に分離空間17から出射される条件は、式(27)にT=Tを代入して、
T=L(m/2zeU)1/2・・・(28)
となる。質量分析装置10では、被測定イオン種の質量電荷比に対して式(28)が実質的に満たされるように、加速電圧U、高周波回転電場の周期Tおよび分離空間17の有効長Lを選択する。
【0109】
<被測定イオン種が検出される条件>
イオン検出部4は、基準線18と端面16との交点(0,0)から端面16上で半径Cだけ離れた円周上に飛来するイオンを検出するように構成されている(後述する[イオン検出部]の項参照。)。一方、イオン群が時間に関して連続的に分離空間17に導入される場合には、各イオン種は端面16上に交点(0,0)を中心とする半径rの円を描くように飛来する。被測定イオン種は高周波電場の作用を1周期間またはそれと実質的に同等とみなされる期間受けた時点において端面16上に飛来するので、被測定イオン種ではr=Dである。従って、被測定イオン種を検出するには、式(23)から次式
C=D=zeET/2πm・・・(29)
が成り立つことが必要である。式(29)に式(28)を代入してTを消去すると、次式
E=4πCU/L・・・(30)
が得られる。
【0110】
そこで、質量分析装置10では、U、Lおよび半径Cに対して式(30)の関係が実質的に満たされるように、高周波回転電場の強さEを選択する。この結果、分離空間17から出射される被測定イオン種を、他のイオン種と区別して確実にイオン検出部4で検出することができる。
【0111】
特許文献1で提案されている質量分離部は、質量分離部3の原型に相当する。ただし、特許文献1には誤った記述や不十分な記述が少なくない。例えば、特許文献1中で高周波回転電場中のイオンの座標を表す式(4)は正しいが、1周期後の変位量を与える式(6)(本明細書の式(23)に相当する式)は誤りである。また、「イオンは高周波回転電場中でらせん運動をする。」といった誤った記述があり、変位量rが経過時間t−t0の増加につれて増加していく事実を見逃している。このためか、セルの長さおよび加速電圧と、高周波回転電場の周期および変位量との関係(本明細書での式(28)および式(30)に相当する関係)について何も説明されていない。本発明の第1の質量分析装置では、特許文献1の誤りを正し、不十分な解析を補うことにより、効果的な質量分離部3を完成することができた。
【0112】
非特許文献3で提案されている質量分析装置では、まず、イオンが比較的短い偏向領域を飛行している間に、高周波回転電場の作用によってイオン群にx方向速度成分vおよびy方向速度成分vを付与する。次に、このイオン群に比較的長い無電場の自由飛行領域を飛行させ、この間にこれらの速度成分による並進運動によって大きな変位量を生じさせる。すなわち、偏向領域の出口で
≠0およびv≠0
であることを発明の要点としており、質量分析装置10とは本質的に異なっている。従って、この質量分析装置ではイオン群の初期状態のばらつきの影響を取り除くことができず、質量分解能が低い。
【0113】
[質量走査および質量スペクトルの取得]
次に、質量電荷比が異なる複数のイオン種を、時系列的に被測定イオン種として検出する質量走査について説明する。質量走査には、所定の質量電荷比の範囲を連続的に走査して、その範囲内にあるすべてのイオン種を質量電荷比の順に検出して質量スペクトルを得る通常走査と、質量電荷比が異なるいくつかのイオン種を次々に選択的に検出する切り換え走査とがある。切り換え走査では、特定の質量電荷比を有するいくつかのイオン種のイオン量を、短時間のうちに繰り返し測定することができる。これらの2つの走査方法は併用することもできる。
【0114】
質量分析装置10では、質量走査時に有効長Lは固定されているので、与えられたLにおいて被測定イオン種の質量電荷比に対して式(28)が満たされるように、加速電圧Uまたは高周波回転電場の周期Tを変化させる。
【0115】
<第1の質量走査方法>
第1の質量走査方法では高周波回転電場の周期Tを固定する。そして被測定イオン種の質量電荷比に比例するように加速電圧Uを変化させ、式(28)が満たされるようにする。通常走査ではふつう1つのイオン検出器で複数のイオン種を時系列的に検出するので、半径Cは一定である。従って、加速電圧Uに比例するように高周波回転電場の強さEを変化させ、式(30)が満たされるようにする。走査する質量電荷比の範囲が広く、単一の周期Tで連続して走査するとUやEの一部が過小または過大になる場合には、質量電荷比の範囲を複数の領域に分割し、質量電荷比が小さい領域は短い周期Tで走査し、質量電荷比が大きい領域は長い周期Tで走査する。
【0116】
切り換え走査でも、加速電圧Uおよび高周波回転電場の強さEを、式(28)および(30)が満たされるように同時に変化させることによって、1つのイオン検出器で複数のイオン種を時系列的に検出することができる。一方、複数種の被測定イオン種のそれぞれに対応する複数の半径Dの位置でイオンを検出するように複数個のイオン検出器を設けておけば、高周波回転電場の強さEを固定したまま、加速電圧Uだけを式(28)が満たされるように変化させることで、複数のイオン種を個別の検出器で検出することができる。いずれの場合でも、被測定イオン種は1周期間で分離空間17を飛行し終わり、かつその他のイオンとは変位量の違いによって区別されるので、1つのイオン種から別のイオン種への被測定イオン種の切り換えは、高周波回転電場の1周期間、例えば10μs程度で完了する。従って、複数のイオン種のイオン量を短時間のうちに繰り返し測定することができる。
【0117】
また、後述の[1周期内での複数種の被測定イオン種の分析]の項で説明するように、高周波回転電場の1周期の中で加速電圧Uを変化させ、1周期内で被測定イオン種を切り換えることも容易である。この方法を用いれば、複数周期にまたがる切り換え走査に比べて切り換え時間をさらに短縮でき、複数種の被測定イオン種のイオン量をほぼ連続的に測定することができる。
【0118】
<第2の質量走査方法>
第2の質量走査方法では加速電圧Uおよび高周波回転電場の強さEを固定する。そして高周波回転電場の周期Tの二乗Tが被測定イオン種の質量電荷比に比例するように周期Tを変化させ、式(28)が満たされるようにする。走査する質量電荷比の範囲が広く、単一の加速電圧Uおよび高周波回転電場の強さEで連続して走査するとTの一部が過小または過大になる場合には、質量電荷比の範囲を複数の領域に分割し、質量電荷比が小さい領域は小さなUおよびEで走査し、質量電荷比が大きい領域は大きなUおよびEで走査する。
【0119】
<2つの方法の比較と例>
第1の質量走査方法では、加速電圧Uおよび高周波回転電場の強さEを広い範囲で変化させることは比較的容易であるので、連続して走査できる質量電荷比の範囲が広い。UとEとが比例するように、両者を同時に変化させる技術としては、四重極型質量分析装置の開発で培われてきた技術を応用することができる。また、加速電圧Uと被測定イオン種の質量電荷比とが比例するので、質量スペクトルのピーク位置から被測定イオン種の質量を決定するのが容易である。高周波電源の周期Tを広い範囲で変化させることが難しい場合には、第2の質量走査方法で連続して走査できる質量電荷比の範囲は狭くなる。この場合には、第1の質量走査方法の方が第2の質量走査方法に比べて実用性が高いと考えられる。
【0120】
図5は、質量分析装置10における各イオン種の飛行路を示すグラフ(a)、および第1の質量走査方法で走査した場合のその変化を示すグラフ(b)である。図5は、イオンが1価で質量50u、100u、200uおよび400uであり、高周波回転電場の周期Tが10μsである場合について、図4に示した例と同様に数値計算した結果を示している。図示した飛行路は標準の運動エネルギーzeUでz方向へ飛行するイオンの飛行路であり、入射してから1周期までの間を太線で示し、その後を細線で示した。ここで、分離空間17の有効長Lは138.91mmであり、イオン検出部4は、基準線18と端面16との交点(0,0)から端面上で半径C=61.42mmだけ離れた円周上に飛来するイオンを検出するように構成されているものとする。
【0121】
図5(a)は、加速電圧Uを100V、そして高周波回転電場の強さEを4000Vm−1とした場合の飛行路を示す。この場合、質量100uのイオン種の1周期後のz方向位置が、分離空間17の有効長Lと等しくなる。すなわち、質量100uのイオン種が、被測定イオン種として、高周波回転電場の作用をちょうど1周期間受けた時点において分離空間17の端面16から出射される。このとき、このイオンの変位量Dは61.42mmになっており、Cに等しい。これに対し、質量が100u未満、例えば50uであるイオン種は、1周期より早く端面16に達し、そのときの変位量rはCより大きい(あるいは、変位量rが大き過ぎて電極に衝突してしまい、端面16に到達しない。)。また、質量が100u超、例えば200uあるいは400uであるイオン種は、1周期より遅く端面16に達し、そのときの変位量rはCより小さい。従って、質量100uの被測定イオン種だけがイオン検出部4によって検出される。なお、質量200uのイオン種の1周期後の変位量DはC/2である。また、質量400uのイオン種は分離空間17を通過するのに20μs(2周期)を要し、端面16における変位量rはC/2である。
【0122】
一方、図5(b)は、加速電圧Uを200Vとし、高周波回転電場の強さEを8000Vm−1とした場合の飛行路を示す。この場合、図5(a)の飛行路と比べると、加速電圧Uが2倍になっているので、z方向の速度はどのイオン種も21/2倍になり(式(8)参照。)、より速く端面16に到達する。この結果、質量100uのイオンは高周波回転電場の作用を1周期間受ける前に分離空間17から出射される。これに代わり、質量100uのイオンに比して質量が2倍で、z方向の速度が(1/2)1/2倍である質量200uのイオンが、高周波回転電場の作用をちょうど1周期間受けた時点において、分離空間17から被測定イオン種として出射される。一方、1周期の間に起こる変位量は、高周波回転電場の強さEが2倍になっているので2倍になる(式(23)参照。)。この結果、質量200uのイオンの、出射時の変位量DはCと等しくなる。これに対し、質量100uのイオン種が端面16に達するときの変位量rはCより大きく、質量400uのイオン種が端面16に達するときの変位量rはCより小さい。従って、この場合、質量200uの被測定イオン種だけがイオン検出部4によって検出される。
【0123】
図5(a)と図5(b)とを比べると、図5(a)における質量100uのイオンの飛行路と、図5(b)における質量200uのイオンの飛行路とが、同形であることがわかる。これは、走査方法のいかんにかかわらず成り立ち、質量分析装置10では、LとCが同じであれば、被測定イオン種は常に同形の飛行路を飛行して検出される。
【0124】
[イオン検出部]
図6はイオン検出部4の例を示す概略図である。このイオン検出部にはイオン検出器20、および分離空間17の端面(出射面)16とイオン検出器20との間に配置されたスリット19が設けられている。スリット19は被測定イオン種を選択的に通過させる遮蔽部材の例である。
【0125】
図6(a)はz方向におけるスリット19とイオン検出器20との配置を示す断面図であり、図6(b)はスリット19の正面形状を示す平面図である。スリット19は外側スリット19aと内側スリット19bとからなり、両者の間に中心半径Cのリング状の間隙が生じるように形成されている。リングの中心は基準線18上にある。間隙の大きさは要求される質量分解能などに応じて選択されるが、例えば0.1〜0.5mm程度である。スリット19では、外側スリット19aおよび内側スリット19bのz方向位置の変化によって、被測定イオン種の透過率および質量分解能が変化する。
【0126】
例えば、図6(a−1)に示すように、端面16とイオン検出器20との中点近傍に、外側スリット19aと内側スリット19bとが揃って配置される場合に、スリット19における被測定イオン種の透過率は最大になり、質量分解能は最低になる。この場合、被測定イオン種のうち、標準の運動エネルギーzeUを有するイオン21は、高周波回転電場の作用をちょうど1周期間受けた時点において分離空間17から出射され、出射後、基準線18に平行に飛行して、スリット19のリング状の間隙を通過する。加えて、1周期にわずかに前後して分離空間17から出射され、出射後、イオン21の近傍を、基準線18から少しずつ離れていくように飛行するイオン22aおよび22bの多くもリング状の間隙を通過できる。イオン22aおよび22bの中には、被測定イオン種であるが、標準からはずれたエネルギーを有するイオンが含まれる。この結果、スリット19における被測定イオン種の透過率は最大になる。しかし、イオン22aおよび22bの中には、被測定イオン種とはわずかに質量電荷比が異なるイオン種も含まれる可能性がある(図4参照。)。従って、質量分解能は最低になる。
【0127】
一方、図6(a−2)に示すように、イオン検出器20に接近して外側スリット19aが配置され、端面16に接近して内側スリット19bが配置される場合には、基準線18に平行に飛行するイオン21の透過量は変わらないが、図中に点線で示したように、イオン22aの通過はスリット19aによって阻まれ、イオン22bの通過はスリット19bによって阻まれる。イオン22aおよび22bの中には、被測定イオン種とはわずかに質量が異なるイオン種ばかりでなく、被測定イオン種も含まれるので、この場合、質量分解能は最高になるが、被測定イオン種の透過率は最小になる。
【0128】
上述したように、質量分析装置10は、スリット19を用いることによって、質量分解能を比較的低く抑え、被測定イオン種の透過率を優先する高感度測定にも、被測定イオン種の透過率は低下するものの、高い質量分解能を達成できる高分解能測定にも対応することができる。
【0129】
イオン検出器20は、スリット19を通過して飛来するイオンを検出できるものであればよく、イオン検出部4の構成に応じて適切なものを選択すればよい。例えば、リング状の領域に飛来するイオンをそのまま検出するのであれば、広い面状のイオン検出領域をもつイオン検出器、例えばマイクロチャンネルプレートなどを好適に用いることができる。イオンを静電場などで収束させてから検出するのであれば、比較的開口部の大きい二次電子増倍管、チャンネル電子増倍管、およびファラデーカップなどを用いることもできる。また、検出感度を安定させるためなどの目的で、ポストアクセラレーション検出器やコンバージョンダイノードを用いることもできる。
【0130】
図6(c)は、スリット19およびイオン検出器20を用いて第1の質量走査方法で走査する場合に得られる質量スペクトルの概念図である。この場合、加速電圧Uおよび高周波回転電場の強さEの増加に比例して、質量電荷比が小さいイオンから順に被測定イオン種が走査され、各イオン種の存在量に応じた検出イオン量のピークが観察される。この際、加速電圧Uと被測定イオン種の質量電荷比とが比例するので、質量スペクトルのピーク位置から被測定イオン種の質量電荷比を決定することが容易である。
【0131】
図7はイオン検出部4の別の例を示す概略図である。このイオン検出部にはイオン検出器24、および端面16とイオン検出器24との間に配置された遮蔽板23が設けられている。遮蔽板23は被測定イオン種を半選択的に通過させる遮蔽部材の例である。
【0132】
図7(a)はz方向における遮蔽板23とイオン検出器24との配置を示す断面図であり、図7(b)は遮蔽板23の正面形状を示す平面図である。遮蔽板23は図6に示した外側スリット19aと同等のものであり、スリット19との違いは、内側スリット19bがないことである。このため、イオン21よりも基準線18に近い飛行路を進むイオン25は、すべて遮蔽板23を通過して、イオン検出器24で検出される。イオン検出器24は、遮蔽板23を通過したのち基準線18から離れていくように飛行するイオンを全て検出できるように、図6(a)に示したイオン検出器20に比べ端面16により接近したz方向位置に配置されている。イオン25は、先述したイオン22bとともに、被測定イオン種より質量電荷比が大きいイオン種をすべて含んでいる。
【0133】
遮蔽板23でも、そのz方向位置の変化によって、被測定イオン種の透過率および質量分解能が変化する。例えば、図7(a−1)に示すように、端面16に接近して遮蔽板23が配置されている場合には、イオン21、イオン22a、およびイオン25が遮蔽板23を通過して、イオン検出器24で検出される。この場合、被測定イオン種の透過率は最大になり、質量分解能は最低になる。一方、図7(a−2)に示すように、イオン検出器20に接近して遮蔽板23が配置された場合には、イオン21およびイオン25の透過量は変わらないが、図中に点線で示したようにイオン22aの通過は遮蔽板23によって阻まれる。イオン22aの中には、被測定イオン種とはわずかに質量が異なるイオン種ばかりでなく、被測定イオン種も含まれるので、この場合、質量分解能は最高になるが、被測定イオン種の透過率は最小になる。
【0134】
図7(c)は、遮蔽板23およびイオン検出器24を用いて第1の質量走査方法で質量走査する場合に得られる質量スペクトルの概念図である。この場合、加速電圧Uおよび高周波回転電場の強さEが小さい間には、イオン源1から出射されるすべてのイオン種がイオン検出器24で検出される。その後、UおよびEを増大させていくと、質量電荷比の小さいイオン種から順に、イオン検出器24で検出されるイオン種群の中から除かれていく。この結果、図7(c)に示した階段状のスペクトルが得られる。この階段状のスペクトルにおいて、検出イオン量が急減している位置が、通常の質量スペクトルにおいて、被測定イオン種の検出イオン量のピークが観察される位置である。
【0135】
この検出方法には下記の特徴がある。
(1)イオン源1から出射される全イオン量、または、被測定イオン種およびそれより質 量電荷比が大きいイオン種の全量を測定しているので、高質量イオンの見落としがな く、質量走査を打ち切る判定が容易かつ確実である。
(2)階段状のスペクトルにおいて、所定の被測定イオン種の全検出イオン量は、その被 測定イオン種の検出位置の前後における検出イオン量の差として直読できる。通常の 質量スペクトルで所定の被測定イオン種の全検出イオン量を求めるには、その被測定 イオン種のピークを積分してピーク面積を算出する必要がある。本方法は、これに比 べて簡易かつ正確であり、データ処理システムを簡略化できる利点がある。
(3)通常の質量スペクトルが必要であれば、階段状のスペクトルを微分すればよい。ス ペクトルの微分は積分に比べて容易である。
【0136】
イオン検出器24は、イオン検出器20と同様の検出器であってよい。ただし、上記の特徴が十分発揮されるためには、イオン検出器24がダイナミックレンジの広い、線形性の高いイオン検出器であって、広範囲のイオン量に対してイオン量に比例した信号を出力することが望ましい。
【0137】
図8はイオン検出部4のさらに別の例を示す概略断面図である。このイオン検出部では、スリット19およびイオン検出器20に、遮蔽板23およびイオン検出器26が追加されている。図8にはz方向における遮蔽板23、イオン検出器26、スリット19およびイオン検出器20の配置が示されている。以下、前述したイオン検出部との相違点に重点をおいて説明する。
【0138】
前述したように、スリット19およびイオン検出器20は、高感度測定にも高分解能測定にも対応して、被測定イオン種を検出することができる。一方、被測定イオン種より質量電荷比が大きいイオン種の大部分は、イオン検出器26によって検出される。このイオン検出部を用いて第1の質量走査方法で走査した場合、図6(c)に示した質量スペクトルが得られるとともに、図7(c)に示したものに類似したスペクトルも得られる。
【0139】
従って、イオン源1から出射される全イオン量、または、被測定イオン種より質量電荷比が大きいイオン種のほぼ全量を常にモニタしながら走査できるので、高質量イオン種の見落としがなく、走査を打ち切る判定が容易かつ正確になる。しかも、イオン検出器20として感度の高いイオン検出器を用いることができるので、被測定イオン種を高感度で測定することができる。これに対し、図7(a)に示した構成では、イオン検出器がイオン検出器24だけであるので、被測定イオン種の高感度測定と、被測定イオン種より質量電荷比が大きいイオン種のイオン量のモニタとを両立させることは難しい。
【0140】
イオン検出器26は、イオン検出器24と同様のものであればよい。ただし、単なるモニタとして用いるのであれば、イオン検出器26がイオン検出器24ほどの高い性能を有する必要はないので、その選択肢は広くなる。イオン検出器26のイオン検出器24とは異なる用い方として、マイクロチャンネルプレートに陽極をパターニングして設け、検出面を同心円形の複数の領域に分割し、各領域を個別に測定することもできる。このようにすると、被測定イオン種より質量電荷比の大きいイオン種のイオン量を変位量rと関連づけて測定することができ、これらの存在量ばかりでなく、質量電荷比の範囲についても情報を得ることができる。
【0141】
[イオン導入部]
図1に示したように、イオン導入部2はイオンレンズ28を備えている。上述したように、質量分析装置10では、質量分離部3で空間的に分離されたイオン種が、端面16上への飛来位置に基づいてイオン検出部4において選別される。従って、イオンレンズ28は、イオン検出部4において被測定イオン種の収束性が最良になるように構成されているのがよい。イオンレンズ28が高性能であるほど、イオン透過率が高くなり、かつ質量分解能も向上するので、イオンレンズ28は質量分析装置10の性能の向上にとって極めて重要である。
【0142】
[質量分解能および質量分析装置の設計例]
イオンの質量の変化m→m+Δm(Δm>0)によって変位量の変化D→D−ΔD(ΔD>0)が生じるとすると、式(23)から
D−ΔD=zeET/2π(m+Δm)
≒D(1−Δm/m
であり、次式
Δm/m≒ΔD/D・・・(31)
が得られる(厳密には、滞在時間の増加によるΔDの減少も生じるが、これは2次以上の微小項になるので、無視できるとした。)。
【0143】
例えば、要求される質量分解能が200であり、質量電荷比が互いに異なるイオン種を区別して検出できる最小の距離、すなわちイオン検出の位置分解能が0.3mmであるとする。この場合、
Δm/m=1/200
ΔD=0.3mm
を式(31)に代入すると、
D≒60mm
が得られる。位置分解能は、選別または検出する位置におけるイオン群の広がり(イオンビーム径)、スリットの間隙幅、およびイオン検出器の検出面の構造などによって決まる。
【0144】
さらに、1価で質量1〜200uの被測定イオン種を連続して質量走査でき、かつ、高周波回転電場の強さEが大きくなり過ぎない条件を考えると、高周波回転電場の周期Tとしては、例えば、
T=10μs(f=100kHz)
程度であるのがよい。この場合、被測定イオン種に上記の変位量Dを生じさせるためには、式(23)から
E=39〜7800Vm−1
が必要である(上記のEの範囲は、被測定イオン種の質量の範囲1〜200uに対応する。以下、同様。)。ここで、電極間距離LおよびLが0.2mであるとすると、高周波電源の電圧VおよびVとして
=V=7.8〜1560V
が必要である。
【0145】
一方、分離空間17の有効長Lおよび加速電圧Uとしては、質量分析装置10が小型、軽量であることを重視すると、例えば、
U=1〜200V
程度であるのがよく、この場合、式(28)から
L≒139mm
である。
【0146】
上述した条件は容易に満たすことができるので、質量分析装置10によれば、小型、軽量で、安価な普及型質量分析装置を容易に実現することができる。このような質量分析装置は、例えばガス分析計などとして有用である。
【0147】
従来、この分野の質量分析装置としては、四重極型質量分析装置が多く用いられてきた。既述したように、四重極型質量分離部には、質量電荷比の大きいイオンの透過率が低く、質量電荷比が上限を超えるイオンは検出できない短所があり、高質量イオンの見落としがあるのではないかという不安がある。
【0148】
これに対し、質量分析装置10では、原理上、測定できる質量電荷比の範囲に限界がない。質量分解能は、質量電荷比の大きいイオン種に対して各イオン種を分離できるほど十分ではないかもしれないが、そのような場合でも、得られる質量電荷比の確度は高いので、そのイオン種が何であるか、十分な見当をつけることができる。とくに、図7または図8に示したイオン検出器24または26を有する質量分析装置10では、全イオン量または被測定イオン種より質量電荷比の大きいイオン種の存在量をつねに把握しているので、高質量イオンの見落としがない。このように、質量分析装置10によれば、試料に関して多くの情報が得られるので、四重極型質量分析装置に比べて信頼性の高い分析を行うことができる。
【0149】
また、質量分析装置10では、切り換え走査によって、特定の質量電荷比を有する複数のイオン種のイオン量を、短時間のうちに繰り返し測定することができる。従って、イオン源におけるイオン化条件が変動したとしても、内部標準イオン種のイオン量に基づいて較正することで、短い走査時間の間に起こる変動以外の変動は補正され、定量の正確性が損なわれることが少ない。また、高速化学反応系など、試料の組成が高速で変化する系に対しても、複数のイオン種間のイオン量の関係を正しく把握することができ、豊富な情報を得ることができる。
【0150】
質量分析装置10の別の測定例として、高周波回転電場の周期Tを5倍の50μs(周波数fを20kHz)に変更し、高周波回転電場の強さEを7800Vm−1とすることで、質量5000uの被測定イオン種を測定する例を考える。この場合、式(23)から
D≒60mm
が得られ、質量分解能は上記と同じ200になる。これから被測定イオン種の質量は5000u±25uの範囲にあることが確定する。高分子量物質の分析の場合、例えば、おおまかな重合度を求める目的には、この程度のデータで十分である。このような有用なデータが上述した簡易な汎用の質量分析装置10から得られることは注目に値する。この例からわかるように、質量分析装置10は高分子量物質の初歩的な分析にも適している。なお、この場合の加速電圧Uは、高周波回転電場の周期Tが5倍に長くなったのに対応して、前述した質量走査と同じ条件(すなわち、質量5000uの被測定イオン種に対しては5000V)の1/5とする(式(28)参照。)。従って、
U=5000V/5=200V
である。
【0151】
[質量分析装置の設計]
上述した例からわかるように、質量分析装置10の設計は例えば下記の順で行うのがよい。
(1)まず、要求される質量分解能と実現可能な位置分解能とから、式(31)を用いて 、被測定イオン種に生じさせる変位量Dを定める。
(2)次に、変位量D、被測定イオン種の質量電荷比、および形成可能な高周波回転電場 の強さEから、式(23)を用いて高周波回転電場の周期Tを定める。
(3)最後に、周期Tと被測定イオン種の質量電荷比とから、式(28)を用いて、分離 空間17の有効長Lおよび加速電圧Uを定める。
【0152】
質量分析装置10では設計時または使用時に調整できるパラメータが多く、しかも、周期Tを介して関連し合っているものの、変位量Dおよび高周波回転電場の強さEと、分離空間17の有効長Lおよび加速電圧Uとは半ば独立している。従って、質量分析装置10の使用目的や使用環境などに応じて各パラメータを適宜選択し、その組み合わせとして最適な構成を実現することが容易である。
【0153】
例えば、上述した設計例は小型で安価であることを重視した例であるが、分離空間17の有効長Lを2倍に長くすることによって、他のパラメータに影響を与えることなく、加速電圧Uを4倍に増加させることができる。これによって、質量分析装置10を、イオン群の初期状態のばらつきの影響をより受けにくい質量分析装置にすることができる。また、高周波電源としてより出力電圧の高い電源を用い、高周波回転電場の強さEを高めることによって、周期Tを短縮することができる。これによって、分離空間17の有効長Lを短縮してさらに小型化したり、加速電圧Uをさらに増大させたりすることができる。また、高周波回転電場の強さEを高め、かつ、周期Tや加速電圧Uを変えないことで、質量走査の範囲を質量電荷比がより大きい方へ拡大することもできる。
【0154】
[質量分析装置の動作原理に内在する問題点とその対策]
質量分析装置10は、動作原理に内在する問題点によって性能や機能が制限されることの少ない質量分析装置であるが、強いて言えば4つの問題点が存在する。
【0155】
1つは、イオン群(イオンビーム)の収束性によって質量分解能が制限されることである。質量分析装置10では、質量電荷比が互いに異なるイオン種は、端面16上へ飛来する位置の違いによって互いに区別される。従って、質量電荷比が同じイオン種の飛来位置は、幅のない円周になることが理想である。しかし、実際には、イオン化が行われる空間の広がり、イオン群の初期状態のばらつき、およびイオンレンズ28の性能的限界などによって、飛来するイオン群には広がり(イオンビーム径)が生じる。導入あるいは検出するイオン群を収束性のよいイオン群に制限することによって、質量分解能をある程度まで向上させることはできるが、その反面、イオン利用率は低下し、分析装置としての検出感度が低下する。
【0156】
2つ目は、図4(b)の曲線A、A−10およびA+10に示されているように、高周波回転電場の作用をちょうど1周期間受けた時点では
dr/dt=0
であるが、その前後の時間領域では厳密には
dr/dt≠0
である。従って、曲線A、A−10およびA+10が完全に1点に重なることはなく、初期状態の違いによってわずかなずれが存在し、これも質量分解能を制限する。
【0157】
3つ目は、質量分解能が変位量Dの大きさに直接依存することである。従って、ΔDが一定であれば、質量分解能を向上させようとすると、変位量Dを大きくする必要があり、必然的に装置が大型化する。
【0158】
4つ目は、電源から供給できる高周波電圧の大きさによって、質量分解能、あるいは所定の質量分解能で測定できる被測定イオン種の質量電荷比の範囲が制限されることである。式(23)からわかるように、変位量Dは、被測定イオン種の質量電荷比m/zに反比例するとともに、高周波回転電場の強さEに比例する。従って、Eを大きくすることによって、Dを大きくすることができ、質量分解能を向上させることができる。あるいは、所定の質量分解能で測定できる被測定イオン種の質量電荷比の範囲を増大させることができる。しかしながら、実際上、電源から供給できる高周波電圧の大きさには上限があい、上記の制限が生じる。
【0159】
式(23)によれば、周期T、すなわち被測定イオン種の、高周波回転電場中での滞在時間を長くすることによっても、Dを大きくすることができる。この結果、質量分解能を向上させることができ、また、所定の質量分解能で測定できる被測定イオン種の質量電荷比の範囲を増大させることができる。式(28)からわかるように、周期Tを長くするには、分離空間17の有効長Lを長くするか、または加速電圧Uを小さくするかが必要である。Lを長くする方法は、単純でよいが、装置が大型化するので限度がある。また、イオン群(イオンビーム)の広がりが大きくなりやすいので、収束性のよいイオンレンズ28を併用する必要がある。Uを小さくする方法は、イオン群の初期状態のばらつきの影響を受けやすくなる問題点がある。従って、Uを小さくする方法は、初期状態のばらつきの小さいイオン源を併用する必要がある。
【0160】
実用上、所望の質量電荷比の範囲を1回の走査で連続的に走査できることが望ましく、連続的に走査できる質量電荷比の範囲が広いほど、質量分析装置の汎用性は向上する。しかしながら、上述したように、電源から供給できる高周波電圧の大きさには上限があり、連続的に走査できる質量電荷比の範囲には限界がある。従って、走査する被測定イオン種の質量電荷比の範囲が広い場合には、走査する質量電荷比の範囲を複数の領域に分割し、質量電荷比が小さい領域は比較的短い周期Tで測定し、質量電荷比が大きい領域は長い周期Tで測定することが必要になる。
【0161】
初期状態のばらつきの小さいイオン源を用い、収束性のよいイオンレンズを用いることは、周期Tを長くする上で好ましい。また、そればかりでなく、イオン群(イオンビーム)の広がりを小さくすることによって、他のパラメータに影響を与えることなく、質量分解能を向上させ、あるいは所定の分解能で測定できる被測定イオン種の質量電荷比を増大させる。従って、質量分析装置10の性能の向上にとって極めて重要である。
【0162】
なお、イオンが分離空間17に入射した後、高周波回転電場の作用をn周期間(nは1より大きい整数。)受けた時点、すなわち時刻t=t0+nTでも、高周波回転電場の作用を1周期間受けた時点の特徴(I)および(II)と同様の特徴がある。従って、高周波回転電場の周期を1/nとし、高周波回転電場中にn周期間滞在させることも考えられる。しかし、周期を1/nにすると、<x−y座標上でのイオンの軌跡とその時間変化>の項で例示したように、同じ期間、例えば10μs後の変位量は1/nになる。従って、高周波回転電場中における滞在時間が同じであれば、高周波回転電場の周期を短くしてn周期間滞在させるより、高周波回転電場の周期を長くして1周期間滞在させる方がよい。
【0163】
以下、実施の形態1の後半では、請求項3に記載した第1の質量分析装置の例について説明する。
【0164】
[入射イオン群のパルス化]
これまで、イオン群が時間に関して連続的に分離空間17に導入される場合を想定して説明してきた。しかし、従来公知の回路技術によって、イオン群を高周波回転電場の位相に同期したパルスとして導入することが可能である(例えば、非特許文献4参照。)。入射イオン群がパルス化されると、同期検出によってSN比(信号雑音比)を向上させることができる利点がある。加えて、質量分離部やイオン検出部を小型化することや、1周期内で被測定イオン種を複数回に時間分解して測定することが可能になる。以下、これらについて説明する。
【0165】
<質量分離部およびイオン検出部の小型化>
<x−y座標上でのイオンの軌跡とその時間変化>の項で説明したように、被測定イオン種は、1周期後、入射時の回転電場の方向に直交する方向へDだけ変位した端面(出射面)16上の位置に飛来する。イオン群が時間に関して連続的に分離空間17に導入される場合には、イオン入射時の電場の方向は時刻とともに連続的に変化していくので、被測定イオン種は端面16上で半径Dの円を描くように飛来する。これに対し、イオン群が回転電場の位相に同期したパルスとして導入される場合には、入射時の回転電場の方向は所定の範囲内に限定されるので、イオンが変位する方向も所定の範囲内に限定される。この結果、被測定イオン種は端面16上で半径Dの円の一部(円弧)を描くように飛来する。
【0166】
図9は、質量分析装置10においてイオン群がパルス的に導入される場合に、端面16上に飛来する被測定イオン種の位置を示す平面図である。図9では、図3(a)と比較できるように、入射パルスの持続時間の中心の時点において電場がx方向に向いている例を示している。この場合、被測定イオン種は、半径Dの円のうち、x方向に直交するy軸との交点を中心とする円弧上に飛来する。図中、この円弧を太実線で示した。
【0167】
図9(a)はパルスの持続時間が周期の1/4である場合を示す。パルス化によって、
イオンが飛来する領域が円から円の1/4に変化する。図9(a)から、このような持続時間の長いパルス化であっても、スリットやイオン検出器を小型化できる利点が大きいことがわかる。
【0168】
図9(b)はパルスの持続時間が周期の1/16である場合を示す。イオンが飛来する領域は円の1/16に縮小する。イオンが飛来する領域がこの程度に小さくなると、スリットの間隙幅の変化によってイオン透過量を調節する、通常のスリット29を用いることができる。また、パルス化によって、イオンの飛行路が主として第1象限の、y軸に近い領域に限られてくるので、電極間の間隙を狭め、分離空間17を小型化することもできる。
また、パルスの持続時間は同じまま、さらに分離空間17を小型化するために、電場ベクトルEvが楕円を描く楕円型の高周波回転電場を用いることもできる。この場合、次式
Ev=((V/L)cosωt,(Vy/Ly)sinωt)・・・(5)
において
/L<V/L=E
とすると、y方向への変位量に影響を与えることなく、x方向への変位量を小さく抑えることができるので、電極11と電極13の主面間の距離Lをさらに小さくすることができる。
【0169】
図9(c)は、イオン群が、持続時間が周期の1/100である短パルスとして導入される場合を示す。図9(c)は、図3(a)および図5(a)と比較できるように、分離空間17の有効長Lが138.91mm、加速電圧Uが100V、高周波回転電場の周期Tが10μs、そして高周波回転電場の強さEが4000Vm−1である条件で、1価で質量100uの被測定イオン種を測定する例についての計算結果を同じ縮尺で示している。被測定イオン種の端面16上での変位量Dは約61.42mmである。図中、被測定イオン種がx−y座標上でたどる軌跡の中心を細実線で示した(これは図3(a)と同じ図である。)。また、1価で質量102〜400uのイオン種が飛来する中心位置を式(17)および(18)を用いて計算した結果を2u刻みで示した。質量400uのイオン種は分離空間17を通過するのにちょうど2周期間を要する(図5(a)も参照。)ので、端面16上に到達する2周期後には(x方向に直交する)y軸上の位置に変位する。図示省略したが、1価で質量が400uより大きいイオン種の飛来位置の中心は、同様の図形を描きながらその下方に続いている。
【0170】
この例では被測定イオン種が描く円弧の長さは約3.9mmになる。従って被測定イオン種を検出するイオン検出器20Sとして、マイクロチャンネルプレートばかりでなく、イオン検出領域が比較的大きい二次電子増倍管、チャンネル電子増倍管、またはファラデーカップなどを用いることができる。また、図示は省略したが、被測定イオン種とともに、あるいは被測定イオン種とは別個に、被測定イオン種より質量電荷比が大きいイオン種を検出するのであれば、そのイオン検出器(図7および図8にそれぞれ示したイオン検出器24およびイオン検出器26に相当する。)として、マイクロチャンネルプレートばかりでなく、イオン検出領域の大きい二次電子増倍管、チャンネル電子増倍管、またはファラデーカップなどを用いることができる。
【0171】
<1周期内での複数回分析>
被測定イオン種を検出するイオン検出器を複数個それぞれ適切な位置に配置し、1周期の間に各位置に対応した位相で複数回パルス的にイオン群を導入することにより、1周期内で被測定イオン種を複数回に時間分解して測定することができる。
【0172】
例えば、図9(c)に細実線で示すように、半径Dの円周上に3個のイオン検出器20Sを等間隔に追加して、(1/4)周期間隔で1周期の間に4回イオン群を導入すると、質量100uの被測定イオン種のイオン量の変化を(1/4)周期(2.5μs)間隔で追跡することができる。同様の追跡はイオン群を連続的に導入することでも可能であるが、イオン群をパルス的に導入すれば、イオン検出器を小型化でき、また、被測定イオン種をイオン検出器の位置に集中させることで、検出感度を向上させることができる。また、遅い信号処理装置、例えば変換時間10μsのAD変換器を用いて短い時間、例えば2.5μsの時間分解能でイオン量の変化を追跡することができる。
【0173】
なお、多数のイオン検出器20Sを設ける場合、これらが個別の検出器である必要はない。例えば、前述したように1枚のマイクロチャンネルプレートの検出面を複数の領域に分割し、各領域から個別に信号を取り出すことによって、複数個のイオン検出器として用いることができる。
【0174】
[1周期内での複数種の被測定イオン種の分析]
質量分析装置10では、1周期の間に複数回パルス的にイオン群を導入し、その度に加速電圧を変更することにより、1周期内で複数種の被測定イオン種を分析することができる。この方法を用いれば、複数周期にまたがる切り換え走査に比べて、さらに高速の切り換え走査が可能になる。
【0175】
図10(a)は、(1/4)周期間隔で1周期の間に4回イオン群を導入し、かつ2種類の加速電圧を交互に用いる場合に、端面16上に飛来するイオン群の位置の例を示す平面図である。図10(a)は、先行するパルスで第1のイオン群が200Vの加速電圧Uで導入され、後続のパルスで第2のイオン群が100Vの加速電圧Uで導入される例について、図9(c)の場合と同様にして計算した結果を示している。図中、第2のイオン群の飛来位置は図9(c)と同じである。第1のイオン群については、被測定イオン種の飛来位置を中心位置のみ示し、x−y座標上での被測定イオン種の軌跡の中心を細実線で示した。また、式(17)および(18)と同様の式を用いて、1価で質量200〜800uのイオン種が飛来する中心位置を計算した結果を、4u刻みで示した。以下、第2のイオン群に関しては説明を省略し、第1のイオン群について説明する。
【0176】
第1のイオン群では、加速電圧Uが200Vであるので、1価で質量200uの被測定イオン種が、高周波回転電場の作用をちょうど1周期間受けた時点において分離空間17から出射される(図5(b)も参照。)。従って、この被測定イオン種の飛来位置に、先述したイオン検出器20Sと同様のイオン検出器を配置しておけば、イオン群の初期状態のばらつきに影響されることが少なく、そうでない場合に比べて高い質量分解能でこの被測定イオン種を検出することができる。このときの時間差は2.5μsの短時間である。ただし、1周期の間に起こる変位量は、1価で質量100uの被測定イオン種の変位量Dの1/2になるので、質量分解能も1/2になる。
【0177】
図10(b)は、図10(a)に示した場合と同様にして、1価で質量100uおよび200uの被測定イオン種を測定するが、楕円型の高周波回転電場を用いる例について計算した結果を示している。この高周波回転電場では、式(5)において
/L=8000Vm−1
/L=4000Vm−1
である。この場合、第1のイオン群中の1価で質量200uの被測定イオン種の変位量は、第2のイオン群中の1価で質量100uの被測定イオン種の変位量Dと同じになる。従って、両被測定イオン種を同じ質量分解能で測定することができる。
【0178】
図10には被測定イオン種が1価で質量100uおよび200uである例を示したが、これは説明の便宜上のことであって、被測定イオン種の質量電荷比は任意に選択可能である。また、イオン群が1周期の間に2度導入される例を示したが、イオン群が1周期の中で導入される回数はこれに限られるものではなく、イオン検出位置で互いに邪魔し合わない限り何度でも可能である。そしてその都度、被測定イオン種の質量電荷比に応じて加速電圧Uを変えることによって、初期状態のばらつきによって質量分解能が低下すること少なく、1周期内で複数種の被測定イオン種を分析することができる。
【0179】
また、1周期内での被測定イオン種の切り換えは、イオン群をパルス的に導入する場合に限られるものではなく、イオン群を連続的に導入する場合でも可能である。例えば、図10(a)を用いて説明した例で、イオン群を連続的に導入しながら、(1/4)周期ごとに加速電圧Uのみを100Vと200Vとに交互に変化させると、1価で質量100uおよび200uであるイオン種が、交互に被測定イオン種として図中に点線で示した(1/4)円上に飛来する。従って、これらの(1/4)円上の、他のイオンの妨害がない領域にイオン検出器を配置しておけば、2つの被測定イオン種のイオン量をほぼ連続的に追跡することができる。
【0180】
以上のように、複数周期にまたがる切り換え走査に比べて、さらに高速の切り換え走査が可能になるので、イオン源におけるイオン化条件の変動を内部標準に基づいて較正する場合には、さらに短い時間の間に起こる変動まで補正され、定量の正確性がさらに向上する。また、試料の組成がさらに高速で変化する系に対しても、複数のイオン種のイオン量の関係を正しく把握することができ、豊富な情報を得ることができる。
【0181】
[実施の形態2]
実施の形態2では、請求項8に記載した、無電場の自由飛行空間(以下、TOF部と略称する。)を有する第1の質量分析装置の例について説明する。
【0182】
図11(a)は、実施の形態2に基づく質量分析装置30の構成を示す概略図である。質量分析装置30は、イオン源31、イオン導入部2、TOF部33、質量分離部3、およびイオン検出部34などによって構成され、少なくともTOF部33および質量分離部3とその前後のイオンの通路は高真空下にある。
【0183】
質量分析装置30は、下記の特徴(1)〜(3)を有する。
(1)イオン源31はイオン群をパルス的に引き出す手段を備える。イオン群はイオン源 31から高周波回転電場の位相に同期した短パルスとしてTOF部33に引き出され る。この短パルスの持続時間は、TOF部33で作り出そうとする飛行時間差および 高周波回転電場の周期に比して十分短い長さ、例えば周期の1/1000以下である 。
(2)TOF部33は、質量電荷比が互いに異なるイオン種が、飛行時間差によって互い に時間的に分離される飛行空間である。イオン源から引き出されたイオン群は、TO F部33において時間的に質量分離された後に、質量分離部3に導入される。
(3)各イオン種は、これらの変更に対応するように構成されたイオン検出部34によっ て検出される。
【0184】
後述するように、質量分離部3の構造および機能は、質量分析装置10を構成する質量分離部3の構造および機能と同じである。質量分析装置30が質量分析装置10と異なるのは、上記(2)の特徴を有することである。以下、質量分析装置10においてイオン群が短パルスとして直接質量分離部3に導入される場合(図9(c)の説明参照。)との違いに注意しながら、質量分析装置30の特徴について説明する。なお、TOF部33の長さLと質量分離部3の分離空間17の有効長Lとの関係は、とくに制限されず、適宜選択すればよい。以下、一例として
=L
である場合について説明する。また、TOF部33の長さLには、イオン導入部2における飛行路の長さも含まれるものとする。
【0185】
<TOF部の役割>
イオン源31から所定の加速電圧Uによってパルス的に引き出されたイオン群は、イオン導入部2を経て、電場や磁場の存在しない長さLのTOF部33に導入される。イオン種がTOF部33を通過するのに要する飛行時間Tは、式(32)
=L/v
=L(m/2zeU)1/2・・・(32)
で与えられ、質量電荷比が大きいイオン種ほど、飛行時間Tが長くなる。この結果、TOF部2の入口に同時にパルス的に導入されたイオン群は、TOF部33の出口では質量電荷比の違いに基づいて時間的に分離される。例えば、加速電圧Uが100Vで、Lが138.91mmである場合、TOF部33を通過するのに要する時間は、1価で質量100uのイオン種35aでは10μsであるのに対し、1価で質量400uのイオン種35bでは20μsである。従って、TOF部33を飛行し終える時刻には、両イオン種の間で10μsの時間差が生じる。図11(a)中のイオン35aおよび35bの位置は、イオン群がパルス的に導入されてから20μs後の時点における各イオン種の位置を示している。
【0186】
<質量分離部の役割>
TOF部33を飛行し終えたイオン種は、直ちに質量分離部3の分離空間17に入射する。分離空間17内では、各イオン種は、高周波回転電場から受ける力によってx方向およびy方向へ変位しながらz方向へ飛行する。このとき、各イオン種に生じるx方向およびy方向への変位量は質量電荷比に応じて異なるので、質量電荷比が異なるイオン種は互いに空間的に分離される。
【0187】
図11(b)は、端面16上へ飛来するイオン種の中心位置の例を示す平面図である。図11(b)は、図9(c)に示した例と同じく、分離空間17の有効長Lが138.91mm、加速電圧Uが100V、高周波回転電場の周期Tが10μs、そして高周波回転電場の強さEが4000Vm−1である条件で、1価で質量100uの被測定イオン種を測定する例について、図9(c)と同じ縮尺で示している。被測定イオン種の端面16上での変位量Dは約61.42mmである。なお、イオン源31からイオン群をTOF部33に導入するタイミングは、図9(c)と比較できるように、高周波回転電場がx方向に向いているときに被測定イオン種が分離空間17に入射するように定めた。
【0188】
図11(b)には、1価で質量85〜400uのイオン種が飛来する中心位置を、イオン種が質量分離部3に入射する時の電場の方向を考慮しつつ、式(17)および(18)を用いて計算した結果を1u刻みで示した。図示省略したが、1価で質量が85uより小さいイオン種の飛来位置、および1価で質量が400uより大きいイオン種の飛来位置は、図11(b)に示した渦巻き形状と同様の渦巻き形状を描きながら、その外側および内側に続いている。
【0189】
図11(b)は、図9(c)と大きく異なっている。この違いは、質量分離部3の機能の違いによるものではなく、質量分離部3に導入されるイオン群の違いによるものである。すなわち、質量分析装置10では、質量電荷比が異なる複数のイオン種が1つのパルスとして同時に分離空間17に導入される。図9(c)は、その場合に端面16上へ飛来するイオン種の中心位置を示している。これに対し、質量分析装置30では、イオン群は予めTOF部33において質量電荷比が同じイオン種ごとに時間的に分離され、質量電荷比の違いに対応した時間間隔で並んだパルス列として分離空間17に導入される。この場合、質量分離部3は時刻方位変換器としても機能し、イオン種パルスが分離空間17に入射する時刻の違いをイオン種が変位する方向の違いに変換する。その原理を下記に説明する。
【0190】
実施の形態1の<x−y座標上でのイオンの軌跡とその時間変化>の項で説明したように、質量分離部3に入射した各イオン種は、x−y座標上で、入射時刻における電場の方向に応じた向きに、その質量電荷比に応じた大きさのサイクロイドを描くように変位する。上述した例では、イオン群は高周波回転電場がx方向に向いているときにTOF部33に導入される。1価で質量100uの被測定イオン種はTOF部33を通過するのに10μsを要し、この間に高周波回転電場はちょうど1回転する。この結果、被測定イオン種は、高周波回転電場がx方向に向いているときに分離空間17に入射し、1周期後、x方向に直交するy軸上の位置(0,D)に変位して端面16上に飛来する。一方、1価で質量が100uよりも大きいイオン種はTOF部33を通過するのに10μsより長い時間を要するので、この間に高周波回転電場の電場の方向は1回転より多く回転する。この結果、これらのイオン種は、高周波回転電場がx方向よりも反時計回り方向に回転した方向に向いているときに分離空間17に入射する。このため、これらのイオン種は、y方向よりも反時計回り方向に回転した方向に変位して、端面16上へ飛来する。1価で質量400uのイオン種はTOF部33を通過するのに20μsを要し、被測定イオン種に比べて10μs遅れて分離空間17に入射する。この10μsの間に高周波回転電場はちょうど1回転する。従って、このイオン種が分離空間17に入射するときの電場は、再びx方向に向いている。このイオン種は分離空間17を通過するのにちょうど2周期間を要するので、2周期後、x方向に直交するy軸上の位置(0,D/2)に変位して端面16上に飛来する。以上の結果、質量100uのイオン種から質量400uのイオン種までの間で、端面16上へ飛来するイオンの変位方向は1回転する。
【0191】
このように質量分離部3は入射時刻を変位方向に変換する時刻方位変換器として機能し、1周期間に相当する入射時刻の差を2πの角度差に変換する。このため、図11(b)では、1価で質量100uのイオン種の飛来位置から、1価で質量400uのイオン種の飛来位置までの道のりが、渦巻きを一回り描くように円弧状に引き伸ばされる。この結果、質量分析装置30では、質量分析装置10に比べて位置分解能による質量分解能の制限が緩和され、質量分解能が向上する。これを式(33)〜(37)を用いて下記に説明する。
【0192】
先述したように、質量分析装置10では式(31)
Δm/m≒ΔD/D・・・(31)
が成り立つ。質量分析装置30で、質量の変化m→m+ΔmによってTOF部33を通過するのに要する時間の変化T→T+ΔTが生じ、分離空間17への入射時刻の差ΔTが生じるとすると、式(31)と同様にして、式(32)から次式
ΔT≒(T/2)(Δm/m)・・・(33)
が得られる。被測定イオン種の近傍では、この入射時刻の差ΔTは質量分離部3によって次式
Δφ=(2π/T)ΔT・・・(34)
で与えられる変位方向の角度差Δφに変換される。
【0193】
一方、図11(b)において、質量100uの被測定イオン種の近傍で質量変化m→m+Δmによってイオン種の飛来位置がΔS変化したものとおき、2次以上の微小項は無視できるとすると、ΔS、D、および(D−ΔD)を3辺の長さとする三角形から、次式
ΔS≒(D(D−ΔD))1/2Δφ
≒(D−ΔD/2)Δφ・・・(35)
が得られる。式(33)〜(35)から次式
ΔS≒π(D−ΔD/2)(T/T)(Δm/m)・・・(36)
が得られる。式(36)と式(31)から
ΔS≒π(D−ΔD/2)(T/T)(ΔD/D)
が得られる。ここで、大略
D−ΔD/2≒D
とみなすと、次式
ΔS≒π(T/T)ΔD・・・(37)
が得られる。質量分析装置30ではL=Lであるので
=T
とすると
ΔS≒πΔD
である。
【0194】
このように、質量分析装置30では、被測定イオン種の飛来位置の近傍において、質量変化m→m+Δmによる飛来位置の変化ΔSが、質量分析装置10における変化ΔDに比べてπ倍大きい。従って、SおよびDにおける位置分解能が同じであれば、質量分解能はπ倍に向上する。例えば、質量分析装置10の質量分解能が200程度であるとすると、質量分析装置30では比較的容易に600程度の質量分解能が得られる。
【0195】
ただし、イオン源31から引き出されるイオン群パルスの持続時間は、TOF部33で作り出そうとする飛行時間差および高周波回転電場の周期に比して十分短い長さである必要がある。例えば、図9(c)に示したように、図11(b)と同条件で、パルスの持続時間が周期の1/100である場合、被測定イオン種が描く円弧の長さは約3.9mmであり、これでは大きすぎる。この場合、被測定イオン種が描く円弧の長さがΔD、例えば0.3mm以下であるためには、パルスの持続時間が周期の1/1300以下であることが必要である。従って、要求される質量分解能などにもよるが、パルス状イオン群の持続時間は、周期の1/1000以下であることが望ましく、1/2000以下であることがより望ましい。
【0196】
イオン検出部34では、被測定イオン種を単独で検出するのであれば、イオン検出器として開口部が小さい二次電子増倍管、チャンネル電子増倍管、およびファラデーカップなどを用いることができる。検出感度を安定させるためなどの目的で、ポストアクセラレーション検出器やコンバージョンダイノードを用いることもできる。被測定イオン種とともに、あるいは被測定イオン種とは別個に、質量電荷比が被測定イオン種とわずかに異なる複数種の準被測定イオン種、例えば質量90〜110uのイオン種を検出するのであれば、帯状のイオン検出領域をもち、飛来位置ごとにイオン量を個別に測定できるイオン検出器、例えば、フォーカルプレーン検出器(アレイ検出器)やマイクロチャンネルプレートなどを用いることができる。
【0197】
質量分析装置30では、TOF型質量分析装置で用いられるような高速のイオン検出部を必要とせず、イオン検出部34の応答速度は高周波回転電場の周波数に追従できれば十分である。従って、容易に種々の信号処理技術を適用することができる。
【0198】
質量分析装置30における質量分離部3の主たる役割は、TOF部33で生みだされた時間差を角度差に変換すること、そしてTOF部33との総合的効果によって被測定イオン種の質量分解能を向上させることである。この効果は被測定イオン種以外のイオンでも見られる。例えば、図11(b)の第3象限をみると、質量200uのイオン種の前後で、各イオン種の変位量rはほとんど変化していない。これは、質量分析装置10では、この領域では有用な質量分離機能が得られないことを意味する。これに対し、質量分析装置30ではこのような領域でも質量分離が達成されている。これは、TOF部33で生みだされた時間差が角度差に変換され、イオン種の分離に寄与したことによる。
【0199】
一方、質量分離部3が質量分離機能をも有することで下記の効果(1)および(2)が得られる。
【0200】
<効果(1)>
TOF型質量分析装置では、前回のパルスで導入されたイオン群の飛行が終了しないと次のイオン群の導入を開始できないので、1回の測定に最短で100μs、通常、数ms〜数十msが必要であり、これより短い時間間隔で測定を行うことはできない。これに対し、質量分析装置30では、質量分離部3が質量分離機能を有するため、前回導入されたイオン群の飛行の終了を待つ必要はなく、高周波回転電場の繰り返しに合わせて、次々にパルス状イオン群を導入し、短い時間間隔で測定を行うことができる。
【0201】
<効果(2)>
リニアTOF型質量分析装置では、イオン検出器に同時に到着するイオン種は全く区別できないので、初期状態のばらつきは質量分解能を低下させる致命的原因になる。これに対し、質量分析装置30では、角度的(時間的)に重なる部分があっても、変位量rの違いによってイオン種を区別できるので、初期状態のばらつきは質量分解能を低下させる致命的原因にはならない。
【0202】
これに対し、非特許文献4で提案されている質量分析装置では、非特許文献3で提案されている質量分析装置と同様の装置が、TOF型質量分析装置のイオン検出部として応用されている。この場合、既述したように、偏向領域の出口で
≠0およびv≠0
であることを要点としており、質量分析装置30の質量分離部3とは本質的に異なっている。従って、この質量分析装置では、初期状態のばらつきの影響が大きく、質量分解能が低い。
【0203】
[実施の形態3]
実施の形態3では、請求項9に記載した、本発明の第2の質量分析装置の例について説明する。
【0204】
図12(a)は、実施の形態3に基づく質量分析装置40の構成を示す概略図である。質量分析装置40は、イオン源1、イオン導入部2、質量分離部43、およびイオン検出部44などによって構成され、少なくとも質量分離部43とその前後のイオンの通路は高真空下にある。
【0205】
質量分離部43は、実施の形態1で説明した質量分離部3と同じ構造を有するが、電極11〜14に印加される高周波電圧が質量分離部3とは異なっている。この結果、分離空間47には、電場ベクトルがイオン群の入射方向に交差する面(実施の形態1で説明したのと同じx−y面)内にあり、電場ベクトルがリサジュー図形を描くように変化する二次元高周波電場が形成される。質量分離部43は、この高周波電場の作用によって、質量電荷比が互いに異なるイオン種に互いに異なる飛行路を飛行させる。イオン検出部44は、分離空間47の末端におけるx−y面(出射面16)上への飛来位置に基づいて、分離空間47から出射される被測定イオン種を他のイオン種と区別して検出する手段を備える。質量分析装置40は、これら以外は質量分析装置10と同じであるので、重複する説明は省略し、相違点に重点をおいて説明する。
【0206】
質量分離部43では波形が余弦波(または正弦波)である高周波電源を用いるが、実施の形態1と異なり、x方向高周波電源とy方向高周波電源の周期が異なっている。具体的には、二次元高周波電場の角周波数をω、時刻をtで表し、iおよびjは自然数であるとすると、電極11と電極13との間に余弦関数Vcosiωtで表されるx方向高周波電圧が印加され、電極12と電極14との間に余弦関数Vcos(jωt−π/2)で表されるy方向高周波電圧が印加される。
【0207】
一例としてi=2およびj=1とし、対向する電極の主面間の距離をそれぞれLおよびLとすると、x方向およびy方向にそれぞれ下記の式
=(V/L)cos2ωt・・・(38)
=(V/L)cos(ωt−π/2)=(V/L)sinωt・・・(39)
で表される電場EおよびEが形成され、電場ベクトルEvが次式
Ev=((V/L)cos2ωt,(Vy/Ly)sinωt)・・・(40)
で表される二次元高周波電場が、分離空間47の主要部に形成される。電場ベクトルEvは、x−y面内でリサジュー図形を描く。
【0208】
このとき、
/L=2E;V/L=E・・・(41)
とするのがよい。x方向の電場の強さをy方向の電場の強さの2倍にするのは、x方向高周波電場の周期が短いことによる変位量の減少を相殺するためである(図3(a)で説明したように、一定期間の間に生じる変位量は周期の長さに比例する。)。
【0209】
イオン群が分離空間47に入射する時刻をt0とする。運動方程式(13)および(14)の高周波回転電場の代わりに上記二次元高周波電場を代入して得られる運動方程式を、時刻に関してt0からtまでの間で積分すると、時刻tにおけるイオンの速度vxおよびvyを表す下記の式
A=zeE/mω・・・(42)
=vx0+A(sin2ωt−sin2ωt0)・・・(43)
=vy0+A(−cosωt+cosωt0)・・・(44)
がそれぞれ得られる。
【0210】
式(43)および(44)において
x0=0;vy0=0
とし、さらに時刻に関してt0からtまでの間で積分すると、時刻tにおけるイオンの変位量xおよびyを表す下記の式
B=zeE/mω・・・(45)
x=(B/2)(−cos2ωt+cos2ωt0−2ω(t−t0)sin2ωt0)・・・(46)
y=B(−sinωt+sinωt0+ω(t−t0)cosωt0)・・・(47)
がそれぞれ得られる。
【0211】
式(43)および(44)から、1周期後のイオンの速度vxおよびvyは、
=vx0;v=vy0
が得られる。すなわち、二次元高周波電場の作用を1周期間受けると、イオンの速度は初速度にもどる。とくに、
x0=0;vy0=0
である場合には、
=0;v=0
となり、x−y座標上でのイオンの変位は一瞬停止する。
【0212】
また、式(46)および(47)から、1周期後の変位量XおよびYは、
X=−2πBsin2ωt0・・・(48)
Y=2πBcosωt0・・・(49)
となる。点(X,Y)は、電場ベクトルEvとは異なるリサジュー図形を描く。
【0213】
質量分析装置40では、質量分析装置10と同様、被測定イオン種は、分離空間47に入射した後、高周波電場の作用を1周期間またはそれと実質的に同等とみなされる期間受けた時点において、分離空間47から出射される。この場合、質量分析装置10と同様、イオン群の初期状態のばらつきに影響されることが少なく、そうでない場合に比べて高い質量分解能で、被測定イオン種が質量分離される。この結果、高い質量分解能を実現するために加速電圧を大きくする必要が小さく、装置の大型化を招くことが少ない。
【0214】
これは、被測定イオン種の質量電荷比に対して式(28)
T=L(m/2zeU)1/2・・・(28)
が実質的に満たされるように、加速電圧U、二次元高周波電場の周期Tおよび分離空間47の有効長Lを選択することによって実現される。
【0215】
図12(b)は、質量分析装置40において、上記二次元高周波電場を用い、時間に関して連続的にイオン群を分離空間47に導入する場合に、1周期の間に分離空間47の端面16上へ飛来する被測定イオン種の位置(X,Y)を示す平面図である。図12(b)は、実施の形態1と比較できるように、分離空間17の有効長Lが138.91mm、加速電圧Uが100V、二次元高周波電場の周期Tが10μs、そしてy方向高周波電場の強さEが4000Vm−1である条件で、1価で質量100uの被測定イオン種を測定する例について、式(48)および(49)を用いて計算した結果を示している。この際、1周期の間に等しい時間間隔で180の異なる入射時刻t0をとり、各入射時刻に対応する飛来位置を計算し、これらを点で示した。被測定イオン種のy軸上での変位量Dは約61.42mmである。
【0216】
図12(b)に示されているリサジュー図形は、実施の形態1における円または楕円に相当する。この場合、被測定イオン種の飛来位置が複雑であるので、その全領域を利用するのには適していない。しかし、1周期の間にx方向電場が2周期分変化するので、例えば、図中に破線で囲んで示した領域では、飛来位置が描く曲線の長さが、実施の形態1の円の長さに比べてほぼ2倍に引き伸ばされる。この結果、位置分解能が同じであれば、時間分解能はほぼ2倍に向上する。
【0217】
また、実施の形態1の[1周期内での複数種の被測定イオン種の分析]の項で図10を用いて説明したのと同様に、1周期の間に複数回イオン群をパルス的に導入し、その都度、各被測定イオン種の質量電荷比に応じて加速電圧Uを変えることによって、イオン群の初期状態のばらつきによって質量分解能が低下することが少なく、複数種の被測定イオン種をほぼ同時に分析することができる。
【0218】
上記の例ではi/j=2としたが、i/jは点(X,Y)が適当な形状のリサジュー図形を描くものであればよく、それ以外にとくに制限されることはない。i/jが大きいほど時間分解能は向上するが、この際、x方向への変位量が小さくなりすぎないように、x方向高周波電場の強さをi/jに応じて大きくする必要がある。
【0219】
図13(a)は、実施の形態3に基づく別の質量分析装置50の構成を示す概略図である。質量分析装置50は、イオン源31、イオン導入部2、TOF部33、質量分離部43、およびイオン検出部44などによって構成され、少なくともTOF部33および質量分離部43とその前後のイオンの通路は高真空下にある。
【0220】
実施の形態2で説明した質量分析装置30と比べると、質量分析装置50では、質量分離部3およびイオン検出部34の代わりに、質量分離部43およびイオン検出部44が設けられている。これら以外は質量分析装置50の構成は質量分析装置30の構成と同じであるので、重複する説明は省略し、相違点に重点をおいて説明する。なお、TOF部33の長さLと分離空間47の有効長Lとの関係は適宜選択すればよいが、質量分析装置30と同様、
=L
である場合を例として説明する。
【0221】
図13(b)は、端面16上に飛来するイオン種の中心位置の例を示す平面図である。図13(b)は、図11(b)と比較できるように、分離空間47の有効長Lが138.91mm、加速電圧Uが100V、二次元高周波電場の周期Tが10μs、そしてy方向高周波電場の強さEが4000Vm−1である条件で、1価で質量100uの被測定イオン種を測定する例について、図11(b)と同じ縮尺で示している。被測定イオン種の端面16上での変位量Dは約61.42mmである。なお、イオン源31からイオン群をTOF部33に導入するタイミングは、図11(b)と同く、二次元高周波電場がx方向に向いているときに被測定イオン種が分離空間47に入射するように定めた。
【0222】
図13(b)には、1価で質量90〜400uのイオン種が飛来する中心位置を、イオン種が質量分離部43に入射する時の電場の方向を考慮しつつ、式(46)および(47)を用いて計算した結果を1u刻みで示した。被測定イオン種のy軸上での変位量Dは約61.42mmである。図示省略したが、1価で質量が90uより小さいイオン種の飛来位置、および1価で質量が400uより大きいイオン種の飛来位置は、図11(b)に示した形状と同様の形状を描きながら、その外側および内側に続いている。
【0223】
質量分析装置30の質量分離部3と同様、質量分析装置50の質量分離部43は主として時刻方位変換器として機能する。この際、質量分離部43では1周期の間にx方向電場が2度振動するので、図13(b)中に破線で囲んで示した領域では、飛来位置が描く曲線の長さが質量分離部3に比べてほぼ2倍の長さに引き伸ばされる。従って質量分析装置50では、質量分析装置30に比べて、時間分解能ひいては質量分解能がほぼ2倍に向上する。
【0224】
[実施の形態4]
実施の形態4では、請求項10〜17に記載した、本発明の第3の質量分析装置の例について説明する。
【0225】
実施の形態4に基づく質量分析装置60は、図12(a)に示されているように、イオン源1、イオン導入部2、質量分離部63、およびイオン検出部64などによって構成され、少なくとも質量分離部63とその前後のイオンの通路は高真空下にある。
【0226】
質量分離部63は、実施の形態1で説明した質量分離部3と同じ構造を有するが、電極11〜14に印加される高周波電圧が質量分離部3とは異なっている。この結果、分離空間67には、電場ベクトルがイオン群の入射方向に交差する面(実施の形態1で説明したのと同じx−y面)内にあり、電場ベクトルが所定の期間、所定の方向を保ち、そののち一定方向へ所定の角度だけ回転する動作を繰り返す二次元高周波電場が形成される。質量分離部63は、この高周波電場の作用によって、質量電荷比が互いに異なるイオン種に互いに異なる飛行路を飛行させる。イオン検出部64は、分離空間67の末端におけるx−y面(出射面16)上への飛来位置に基づいて、分離空間67から出射される被測定イオン種を他のイオン種と区別して検出する手段を備える。質量分析装置60は、これら以外は質量分析装置10と同じであるので、重複する説明は省略し、相違点に重点をおいて説明する。
【0227】
例えば、前述した4つの電極11〜14を用いて最も簡易に上記二次元高周波電場を形成するには、nは2以上の自然数であるとして、電極11と電極13との間に、(1/2n)周期ごとに電圧が規則的に階段状に変化するx方向高周波電圧を印加し、電極12と電極14との間に、その高周波電圧と周期および大きさが同じで、位相が(1/4)周期異なるy方向高周波電圧を印加する。このようにすると、分離空間67には、電場ベクトルの大きさが一定で、方向が(1/2n)周期ごとにπ/nずつ一定方向へ回転する二次元高周波電場が形成される。
【0228】
<例1>
図14(a)は、質量分析装置60において用いられるx方向およびy方向高周波電場の例を示すグラフである。この例ではn=2であり、x方向およびy方向高周波電場の強さは(1/4)周期ごとに+Er、0、−Er、0の順で規則的に階段状に変化する。そして、x方向電場の立ち上がりは、y方向電場の立ち上がりに(1/4)周期先行する。この結果、分離空間67の主要部に、電場ベクトルEvの強さは一定で、その方向がx−y面内で(1/4)周期ごとに反時計方向へπ/2ずつ回転する二次元高周波電場が形成される。なお、本明細書では、図14(a)のように大きさが階段状に変化する高周波電場を階段波高周波電場と呼ぶことにする。
【0229】
イオン入射時の高周波電場の位相は、y方向電場が立ち上がる前の、y方向電場の強さEyが0である期間(A期間)の中心からはかったイオン入射時の時刻Tiで表すものとする。運動方程式(13)および(14)の余弦波および正弦波高周波電場の代わりに上記階段波高周波電場を代入して得られる運動方程式を1周期間で2度積分すると、1周期後のx方向およびy方向への変位量XおよびYを表す式として下記の式が得られる。
【0230】
・0≦Ti≦T/8のとき
X=−zeErTTi/m・・・(50)
Y=zeErT/8m・・・(51)
・T/8≦Ti≦3T/8のとき
X=−zeErT/8m・・・(50)
Y=zeErT(T−4Ti)/4m・・・(51)
・3T/8≦Ti≦5T/8のとき
X=−zeErT(T−2Ti)/2m・・・(50)
Y=−zeErT/8m・・・(51)
・5T/8≦Ti≦7T/8のとき
X=zeErT/8m・・・(50)
Y=−zeErT(3T−4Ti)/4m・・・(51)
・7T/8≦Ti≦Tのとき
X=zeErT(T−Ti)/m・・・(50)
Y=zeErT/8m・・・(51)
【0231】
図14(b)は、質量分析装置60において、上記二次元高周波電場を用い、時間に関して連続的にイオン群を分離空間67に導入する場合に、1周期の間に分離空間67の出射面上に飛来する被測定イオン種の位置(X,Y)を示す平面図である。図14(b)は、実施の形態1と比較できるように、分離空間67の有効長Lが138.91mmである質量分析装置60を用い、加速電圧Uが100V、高周波電場の周期が10μs、そして高周波電場の強さErが3601Vm−1である条件で、1価で質量100uの被測定イオン種を測定する場合について、式(50)および(51)を用いて計算した結果を示している。この際、1周期の間に等しい時間間隔で180の異なる入射時刻Tiをとり、各入射時刻に対応する飛来位置を計算し、これらを点で示した。
【0232】
図14(b)に示されている正方形は、実施の形態1における円に相当する。従って、実施の形態1で図6〜8を用いて説明した、円周上に飛来するイオンを検出するイオン検出部4を、正方形の辺上に飛来するイオンを検出するイオン検出部64に変更するだけで、質量分析装置60は、質量分析装置10と同様に用いることができる。この場合、イオンが直線上に並ぶ質量分析装置60の方が、イオン検出部64の作製が容易になる利点がある。
【0233】
さらに質量分析装置60は、階段波高周波電場を用いるので下記の利点がある。
(1)直流定電圧電源、その出力電圧を電極11および12へ印加する配線とそれを開閉 するスイッチ回路、ならびにスイッチ回路を制御するタイマー回路によって、簡易か つ安価に、小型、軽量の高周波電源を作製することができる。
(2)直流安定化電源の出力電圧を、ほぼそのままの大きさで電極間に印加することがで きる。従って、発振回路などのアナログ回路によって高周波電圧を作り出す高周波電 源に比べて、はるかに効率よく、正確で高い電圧を電極間に印加することができる。 この結果、高周波電圧の大きさの限界によって質量分析装置の性能が制限されること が少ない。
(3)デジタルタイマー回路によって、様々な時間間隔をもつ波形を容易かつ正確に作り 出すことができる。従って、実施の形態1で説明した、加速電圧および一次元高周波 電場の強さを固定し、一次元高周波電場の周期を変化させる第2の質量走査方法を好 適に利用できる。
【0234】
以下、被測定イオン種の飛来位置(X,Y)が正方形になる理由、およびその場合の特段の効果について説明する。参考として、図14(b)に、Ti=−T/8、Ti=−T/16、Ti=0、Ti=T/16およびTi=T/8である場合について、1価で質量100uの被測定イオン種が高周波電場の作用を1周期余り受ける間にx−y座標上でたどる軌跡を、それぞれ細実線で示した(このx座標およびy座標は、運動方程式(13)および(14)の余弦波および正弦波高周波電場の代わりに上記階段波高周波電場を代入して得られる運動方程式を、図3(a)に示した例と同様に数値積分して求めた。)。また、説明の便宜上、図14に示したように1周期を4つの期間に分け、それぞれをA期間、B期間、C期間、およびD期間と呼ぶことにする。
【0235】
まず、−T/8≦Ti≦T/8であり、イオン群がA期間に導入される場合を考える。A期間ではy方向電場の強さEyは0であり、電場ベクトルはx方向に向いている。上記の計算結果は、引き出し方向に標準の運動エネルギーzeUをもち、このA期間に入射した1価で質量100uの被測定イオン種の飛来位置(X,Y)は、正方形の上辺上に並ぶことを示している。この理由は図14(a)から明らかである。
【0236】
すなわち、引き出し方向に標準の運動エネルギーをもつ上記被測定イオン種は1周期間で分離空間67を通過するので、A期間中に入射した被測定イオン種は1周期後のA期間中に分離空間67から出射される。この間に被測定イオン種はB期間およびD期間でy方向電場の作用を受け、この作用によってy方向へ変位する。図14(a)から明らかなように、このy方向電場から受ける作用は入射時刻Tiによらない。また、被測定イオン種がy方向電場から受ける力積はB期間およびD期間で1周期分の作用を受けた時点において0になり、この時点で変位量yの変化速度は0になる。しかも、これに続くA期間中ではy方向電場の強さEyは0であるので、変位量yの変化速度は0のままに保たれる。
dy/dt=0
従って、y方向への変位量は、Tiが異なっても一定となり、A期間に入射した上記被測定イオン種の飛来位置(X,Y)は正方形の上辺上に並ぶ。
【0237】
ここで重要であるのは、上記被測定イオン種が引き出し方向にもつ運動エネルギーが標準からはずれている場合でも、その飛来位置は同じ辺上になることである。この場合、上記被測定イオン種が分離空間67中に滞在する時間は1周期間に比べて増減する。しかし、上記被測定イオン種がA期間中に分離空間67に導入され、1周期後のA期間中に分離空間67から出射される限り、上記被測定イオン種がB期間およびD期間でy方向電場の作用を1周期分受けることに変わりはない。すなわち、滞在時間の長短は、1周期後のA期間における滞在時間の長短を生ずるに過ぎない。このA期間では
dy/dt=0
であるので、滞在時間の長短がy方向への変位量の広がりを生じることはない。この結果、y方向への変位量は標準の場合と同じになり、飛来位置(X,Y)は正方形の同一辺上に並ぶ。この結果、質量分析装置60では、引き出されたイオン群が引き出し方向にもつ運動エネルギーが初期状態のばらつきによって広がりをもっていても、その広がりが質量分解能を制限することはない。
【0238】
次に、T/8≦Ti≦3T/8であり、イオン群がB期間に導入される場合を考える。B期間ではx方向電場の強さExは0であり、電場ベクトルはy方向に向いている。この場合、上記と同様の理由から、上記被測定イオン種の飛来位置(X,Y)は正方形の左辺上に並ぶ。
【0239】
すなわち、B期間中に入射した上記被測定イオン種は1周期後のB期間中に分離空間67から出射される。この間に被測定イオン種はC期間およびA期間でx方向電場の作用を受け、この作用によってx方向へ変位する。図14(a)から明らかなように、このx方向電場から受ける作用は入射時刻Tiによらない。また、被測定イオン種がx方向電場から受ける力積はC期間およびA期間で1周期分の作用を受けた時点において0になり、この時点で変位量xの変化速度は0になる。しかも、これに続くB期間中ではx方向電場の強さExは0であるので、変位量xの変化速度は0のままに保たれる。
dx/dt=0
従って、x方向への変位量は、Tiが異なっても、上記被測定イオン種が引き出し方向にもつ運動エネルギーが標準からはずれている場合でも一定となり、B期間に入射した上記被測定イオン種の飛来位置(X,Y)は正方形の左辺上に並ぶ。
【0240】
イオン群がC期間およびD期間に導入される場合でも同様にして、上記被測定イオン種の飛来位置(X,Y)は正方形の残りの2辺上に並ぶ。。
【0241】
上述したように、質量分析装置60では、引き出されたイオン群が引き出し方向にもつ運動エネルギーが初期状態のばらつきによって広がりをもっていても、その広がりが質量分解能を制限することはない。しかも、上述の検討から明らかなように、これが1価で質量100uの上記被測定イオン種に限られることではなく、質量電荷比が上記被測定イオン種と同程度であり、上記被測定イオン種と同じく、上記A期間〜D期間のいずれかの期間中に分離空間67に導入され、1周期後の、導入時と同じ期間中に分離空間67から出射されるイオン種すべてについて成り立つことである。従って、質量分析装置60では、質量電荷比が異なる複数種の被測定イオン種を同時分析することが可能である。
【0242】
ただし、Tiが辺の両端に相当する−T/8およびT/8など、またはその近傍であると、注意を要する。なぜなら、これらの場合、被測定イオン種が引き出し方向にもつ運動エネルギーが、標準に比べてそれぞれ大きい場合および小さい場合には、イオンが導入時と同じ期間中に分離空間67から出射されず、上述した効果が得られない。また、質量電荷比が100(標準)に比べてそれぞれ小さい場合および大きい場合には、イオンが導入時と同じ期間中に分離空間67から出射されず、上述した効果が得られない。この結果、同時分析できる質量電荷比の範囲が、100(標準)に比べてそれぞれ大きい方および小さい方の一方へ偏る。これに対し、辺の中点に相当するTi=0、T/4、T/2および3T/4、またはその近傍であると、イオンが引き出し方向にもつ運動エネルギーが標準から大きく増減しても、イオンが確実に導入時と同じ期間中に分離空間67から出射され、上述した効果が得られる。また、同時分析できる質量電荷比の範囲が100(標準)を中心として広がり、一方に大きく偏ることがない。例えば、上記の例では質量電荷比が77〜126であるイオン種が同時分析可能である。このように、高周波回転電場を用いる場合と異なり、1周期間のどの時刻にイオン群が導入されるかによって、部分的ではあるが質量分離性能に違いが生じる。
【0243】
質量分析装置60においても、実施の形態1で説明したのと同様、複数個のイオン検出器を正方形の辺上の適切な位置に配置し、各位置に対応した位相で1周期の間に複数回イオン群をパルス的に導入することにより、被測定イオン種のイオン量の変化を短い時間間隔で追跡することができる。また、1周期の間に複数回イオン群をパルス的に導入し、その都度加速電圧Uを変えることによって、同時分析する被測定イオン種の質量電荷比範囲を変更することができる。この際、図10(b)に示したのと同様に、x方向電場およびy方向電場の強さをそれぞれ別の値に設定することにより、第1のイオン群中の被測定イオン種と第2のイオン群中の被測定イオン種とを、それぞれ好ましい質量分解能で測定することもできる。この場合、飛来位置(X,Y)が描く図形は長方形になる。上記のようにイオン群をパルス的に導入する場合には、上述した理由から、イオン入射時の時刻Tiは0、T/4、T/2および3T/4、またはその近傍であるのが最も好ましい。
【0244】
1周期内での被測定イオン種の切り換えは、イオン群をパルス的に導入する場合に限られるものではなく、イオン群を連続的に導入する場合でも可能である。この場合、複数の異なる質量電荷比範囲の被測定イオン種のイオン量を、ほぼ連続的に同時分析することができる。
【0245】
なお、<例1>で説明したx方向およびy方向電場を用いると、電極間に均一な電場が形成され、分離空間67を最大限に有効に利用できる長所があるが、イオンの変位量が小さくなる短所がある。x方向およびy方向電場として、n=1である単純な矩形波高周波電場を用いることも可能である。この例の説明は、<例2>の説明の一部と重なるので、<例2>で補足する。
【0246】
また、A区間およびC区間の長さと、B区間およびD区間の長さをそれぞれ別の長さに設定することもできる。この場合、飛来位置(X,Y)が描く図形は長方形になり、長辺上の位置で同時分析できる質量電荷比の範囲が広くなる。
【0247】
<例2>
図15(a)は、質量分析装置60において用いられる二次元高周波電場の別の例を示すグラフである。この例ではn=4であり、x方向およびy方向の高周波電場の強さは(1/8)周期ごとに+21/2Er、+Er、0、−Er、−21/2Er、−Er、0、+Erの順で規則的に階段状に変化する。<例1>と同様、x方向電場の立ち上がりは、y方向電場の立ち上がりに(1/4)周期先行する。この結果、分離空間67の主要部に、電場ベクトルEvの強さは一定で、その方向がx−y面内で(1/8)周期ごとに反時計方向へπ/4だけ回転する二次元高周波電場が形成される。
【0248】
イオン入射時の高周波電場の位相は、<例1>と同様、y方向電場が立ち上がる前の、y方向電場の強さEyが0である期間(A期間)の中心からはかったイオン入射時の時刻Tiで表すものとする。運動方程式(13)および(14)の高周波回転電場の代わりに上記階段波高周波電場を代入して得られる運動方程式を1周期間で2度積分すると、1周期後のx方向およびy方向への変位量XおよびYを表す式として下記の式が得られる。
【0249】
・0≦Ti≦T/16のとき
X=−21/2eErTTi/m・・・(52)
Y=(2+21/2)zeErT/16m・・・(53)
・T/16≦Ti≦3T/16のとき
X=−zeErT(−T+21/2T+16Ti)/16m・・・(52)
Y=zeErT(3T+21/2T−16Ti)/16m・・・(53)
・3T/16≦Ti≦5T/16のとき
X=−(2+21/2)zeErT/16m・・・(52)
Y=21/2eErT(T−4Ti)/4m・・・(53)
・5T/16≦Ti≦7T/16のとき
X=−zeErT(7T+21/2T−16Ti)/16m・・・(52)
Y=−zeErT(−5T+21/2T+16Ti)/16m・・・(53)
・7T/16≦Ti≦9T/16のとき
X=−21/2eErT(T−2Ti)/2m・・・(52)
Y=−(2+21/2)zeErT/16m・・・(53)
・9T/16≦Ti≦11T/16のとき
X=zeErT(−9T+21/2T+16Ti)/16m・・・(52)
Y=−zeErT(11T+21/2T−16Ti)/16m・・・(53)
・11T/16≦Ti≦13T/16のとき
X=(2+21/2)zeErT/16m・・・(52)
Y=−21/2eErT(3T−4Ti)/4m・・・(53)
・13T/16≦Ti≦15T/16のとき
X=zeErT(15T+21/2T−16Ti)/16m・・・(52)
Y=zeErT(−13T+21/2T+16Ti)/16m・・・(53)
・15T/16≦Ti≦Tのとき
X=21/2eErT(T−Ti)/m・・・(52)
Y=(2+21/2)zeErT/16m・・・(53)
【0250】
図15(b)は、質量分析装置60において、上記二次元高周波電場を用い、時間に関して連続的にイオン群を分離空間67に導入する場合に、1周期の間に分離空間67の出射面上に飛来する被測定イオン種の位置(X,Y)を示す平面図である。図15(b)は、実施の形態1と比較できるように、分離空間67の有効長Lが138.91mmである質量分析装置60を用い、加速電圧Uが100V、高周波電場の周期が10μs、そして高周波電場の強さErが2546Vm−1である条件で、1価で質量100uの被測定イオン種を測定する場合について、式(52)および(53)を用いて計算した結果を示している。この際、1周期の間に等しい時間間隔で180の異なる入射時刻Tiをとり、各入射時刻に対応する飛来位置を計算し、これらを点で示した。
【0251】
図15(b)に示されている正八角形は、実施の形態1における円、および<例1>における正方形に相当する。従って、イオン検出部4を、正八角形の辺上に飛来するイオンを検出するイオン検出部64に変更するだけで、<例2>の質量分析装置60は、質量分析装置10と同様に用いることができる。しかも、階段波高周波電源を用いることにより、<例1>で述べた利点が得られる。
【0252】
以下、被測定イオン種の飛来位置(X,Y)が正八角形になる理由について、<例1>と比較しながら説明する。参考として、図15(b)に、Ti=0、Ti=T/32、Ti=T/16およびTi=T/8である場合について、1価で質量100uの被測定イオン種が高周波電場の作用を1周期余り受ける間にx−y座標上でたどる軌跡を、それぞれ細実線で示した(このx座標およびy座標は、運動方程式(13)および(14)の余弦波および正弦波高周波電場の代わりに上記階段波高周波電場を代入して得られる運動方程式を、図3(a)に示した例と同様に数値積分して求めた。)。
【0253】
まず、x軸またはy軸に平行な4辺が形成される理由は、<例1>の場合と同様である。例えば、−T/16≦Ti≦T/16であり、イオン群がA期間に導入される場合を考える。A期間ではy方向電場の強さEyは0であり、電場ベクトルはx方向に向いている。この場合、上記被測定イオン種がA期間中に分離空間67に導入され、1周期後のA期間中に分離空間67から出射される限り、上記被測定イオン種が1周期の間に受けるy方向電場の作用に変わりはない。しかも、A期間では
dy/dt=0
であるので、滞在時間の長短がy方向への変位量の広がりを生じることはない。この結果、y方向への変位量は、Tiが異なっても、上記被測定イオン種が引き出し方向にもつ運動エネルギーが標準からはずれている場合でも一定となり、A期間に入射した上記被測定イオン種の飛来位置(X,Y)は、正八角形の上部の、x軸に平行な辺上に並ぶ。同様に、イオン群が3T/16≦Ti≦5T/16の期間中、7T/16≦Ti≦9T/16の期間中、および11T/16≦Ti≦13T/16の期間中に導入される場合にも、飛来位置(X,Y)は、それぞれ、正八角形の、x軸またはy軸に平行な残り3つの辺上に並ぶ。
【0254】
次に、被測定イオン種が上記の期間の中間の4つの期間のいずれかに導入される場合に、x軸およびy軸に対しπ/4だけ傾いた辺が形成される理由を説明する。例えばTiがT/16≦Ti≦3T/16の期間内である場合、x方向およびy方向電場の強さがともに+Erであるので、電場ベクトルEvはつねにx方向からπ/4反時計まわり方向に回転した方向に向いている。言い換えれば、この(1/8)周期間では、電場ベクトルEvの方向に直交する方向に作用する電場の強さはつねに0である。この期間では、これがA期間でy方向に作用する電場の強さが0であることと同じ役割をする。すなわち、被測定イオン種がこの期間中に分離空間67に導入され、1周期後のこの期間中に分離空間67から出射される限り、被測定イオン種はこの間に電場から上記直交方向への作用を1周期分受ける。この時点において、被測定イオン種が電場から上記直交方向へ受ける力積は0になり、上記直交方向への変位量の変化速度は0になる。しかも、これに続くT+T/16≦t≦T+3T/16の期間中では、上記直交方向に作用する電場の強さが0であるので、上記直交方向への変位量の変化速度は0のままに保たれる。従って、上記直交方向への変位量は、Tiが異なっても、また滞在時間に広がりがあっても、一定になる。この結果、飛来位置(X,Y)は、上記直交方向に直交する方向、すなわち電場ベクトルEvの方向に配向した辺上に並ぶ。被測定イオン種が残る3つの中間期間のいずれかに入射する場合にも同様に、飛来位置(X,Y)は、正八角形の、x軸およびy軸に対しπ/4だけ傾いた残り3つの辺上に並ぶ。
【0255】
<例1>で言及したように、n=1で、x方向およびy方向電場として単純な矩形波高周波電場を用いた場合でも、被測定イオン種の飛来位置(X,Y)は正方形になる。この理由は、上述した説明と同じである。従って、この場合の正方形の各辺は、上述した4辺と同様、x軸およびy軸に対しπ/4だけ傾いた方向に配向する。
【0256】
被測定イオン種の飛来位置(X,Y)が正方形から正八角形に変わったことを除けば、<例2>の質量分析装置は<例1>の質量分析装置と同様の特徴を有する。なお、<例2>では、<例1>と比べると、被測定イオン種の飛来位置が正方形から正八角形に変化することによって、1周期間における最も好ましいイオン入射時刻が4点から8点に増加する。その反面、イオンが引き出し方向にもつ運動エネルギーの広がりに対する許容範囲、および同時分析できる被測定イオン種の質量電荷比の範囲は狭くなる。例えば、上記の例では質量電荷比が88〜112であるイオン種が同時分析可能である。
【0257】
質量分析装置60で用いる二次元高周波電場の1周期をさらに短い区間に分割し、二次元高周波電場の波形を正弦波(または余弦波)高周波電場の波形に近づけることによって、被測定イオン種の飛来位置をさらに角数の多い正多角形にすることも可能である。この場合、1周期間における最も好ましいイオン入射時刻の数はさらに増加するが、被測定イオン種が引き出し方向にもつ運動エネルギーの広がりに対する許容範囲、および同時分析できる質量電荷比の範囲はさらに狭くなる。この多角形化を極限まで進めたものが、高周波回転電場を用い、飛来位置が円形になる質量分析装置10である。質量分析装置10では、1周期間のどの時刻にイオン群が導入されても同じ質量分離が行われるが、その反面、イオンが引き出し方向にもつ運動エネルギーの広がりに対する許容範囲は狭くなり、異なる質量電荷比の被測定イオン種を同時分析することはできない。
【0258】
以上、本発明を実施の形態に基づいて説明したが、本発明はこれらの例に何ら限定されるものではなく、発明の主旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能であることは言うまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0259】
本発明の質量分析装置は、質量分析装置が化学、物理、生物、および医学などの研究や応用においてもつ有用性を高め、質量分析装置がさらに普及するのに寄与する。
【符号の説明】
【0260】
1…イオン源、2…イオン導入部、3…質量分離部、4…イオン検出部、
10a、10b…質量分析装置、11〜14…電極、
11a〜14a…電極11〜14の、イオンの通路に面した主面、15…端面、
16…端面(出射面)、17…分離空間、18…基準線、19a…外側スリット、
19b…内側スリット、20、20S…イオン検出器、
21…標準のエネルギーを有する被測定イオン種、
22a、22b…出射後、イオン21の近傍を、基準線18から少しずつ離れていくように飛行するイオン、
23…遮蔽板、24…イオン検出器、
25…イオン21よりも基準線18に近い飛行路を進むイオン、
26…イオン検出器、
27…イオン21よりも基準線に近い飛行路を進む大部分のイオン、
28…イオンレンズ、29…スリット、30…質量分析装置、31…イオン源、
33…TOF部、34…イオン検出部、35a、35b…イオン、
40…質量分析装置、43…質量分離部、44…イオン検出部、47…分離空間、
50…質量分析装置、60…質量分析装置、63…質量分離部、64…イオン検出部、
67…分離空間
【先行技術文献】
【特許文献】
【0261】
【特許文献1】米国特許 US5726448号公報(請求項1、第4−8欄、図2、3、6、7および11)
【非特許文献】
【0262】
【非特許文献1】日本化学会編,実験化学講座(第5版)第20−1巻,「分析化学」,第9章 質量分析,丸善,2007年
【非特許文献2】J.H.グロス著,「マススペクトロメトリー」,シュプリンガー・ジャパン,2007年
【非特許文献3】J.H.Clemmons,F.A.Herrero,Review of Scientific Instruments,69(1998),p.2285-2291
【非特許文献4】片山淳,亀尾裕,中島幹雄,Journal.Mass.Spectrom.Soc.Jpn.,56(2008),p.229-234

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料をイオン化する手段、および生成したイオン群を所定の加速電圧で引き出す手段 を備えるイオン源と、
前記イオン源から引き出されたイオン群の飛行方向を収束させる手段、及び/又は所 定の方向へ飛行するイオン群を選択して取り出す手段を備えるイオン導入部と、
前記イオン群を導入して飛行させる分離空間、および、前記イオン群の入射方向に交 差する面(以下、x−y面と呼ぶ。)内に電場ベクトルがあり、前記面内で円または楕 円を描くように変化する高周波回転電場を前記分離空間に形成する手段を備え、前記高 周波回転電場の作用によって、質量電荷比が互いに異なるイオン種に互いに異なる飛行 路を飛行させる質量分離部と、
前記分離空間の末端におけるx−y面(出射面)上への飛来位置に基づいて、所定の 質量電荷比を有する被測定イオン種を他のイオン種と区別して検出する手段を備えるイ オン検出部と
を少なくとも有し、前記被測定イオン種は次の関係
T=L(m/2zeU)1/2
を実質的に満たし、前記高周波回転電場の作用を1周期間またはそれと実質的に同等とみなされる期間受けた時点において前記分離空間から出射される、質量分析装置。
(ただし、zはイオン種の電荷数であり、m、e、U、L、およびTは、それぞれ、SI単位で表されたイオン種の質量、電気素量、前記加速電圧、前記イオン群の入射方向における前記分離空間の有効長、および前記高周波回転電場の周期である。)
【請求項2】
前記高周波回転電場は前記電場ベクトルが円を描くように変化する高周波回転電場であり、次の関係
E=4πCU/L
を実質的に満たす、請求項1に記載した質量分析装置。
(ただし、EおよびCは、それぞれ、SI単位で表された前記高周波回転電場の強さ、および前記入射方向を示す基準線と前記出射面との交点から前記飛来位置までの距離である。)
【請求項3】
前記イオン源が前記イオン群をパルス的に引き出す手段を有し、前記イオン群が前記高周波回転電場の位相に同期したパルスとして前記分離空間に導入される、請求項1に記載した質量分析装置。
【請求項4】
前記高周波回転電場の周期を固定し、前記被測定イオン種の質量電荷比に比例するように前記加速電圧を変化させて質量走査を行う、請求項1に記載した質量分析装置。
【請求項5】
前記高周波回転電場の1周期の中で前記加速電圧を変化させ、1周期内で複数種の前記被測定イオン種を切り換え走査する、請求項4に記載した質量分析装置。
【請求項6】
前記イオン検出部はイオン検出器、および前記出射面と前記イオン検出器との間に配置され、前記被測定イオン種を選択的または半選択的に通過させる遮蔽部材を有し、前記被測定イオン種の透過率および質量分解能が前記出射面と前記遮蔽部材との距離によって変化する、請求項1に記載した質量分析装置。
【請求項7】
前記イオン検出部は、前記被測定イオン種とともに、または前記被測定イオン種とは別個に、前記被測定イオン種よりも質量電荷比の大きいイオン種を検出するイオン検出器を有する、請求項1に記載した質量分析装置。
【請求項8】
前記イオン源が前記イオン群をパルス的に引き出す手段を有し、前記イオン導入部と前記質量分離部との間に自由飛行空間が設けられ、前記イオン群が前記高周波回転電場の位相に同期したパルスとして前記自由飛行空間に導入される、請求項1に記載した質量分析装置。
【請求項9】
試料をイオン化する手段、および生成したイオン群を所定の加速電圧で引き出す手段 を備えるイオン源と、
前記イオン源から引き出されたイオン群の飛行方向を収束させる手段、及び/又は所 定の方向へ飛行するイオン群を選択して取り出す手段を備えるイオン導入部と、
前記イオン群を導入して飛行させる分離空間、および、前記イオン群の入射方向に交 差する面(以下、x−y面と呼ぶ。)内に電場ベクトルがあり、前記面内でリサジュー 図形を描くように変化する二次元高周波電場を前記分離空間に形成する手段を備え、前 記二次元高周波電場の作用によって、質量電荷比が互いに異なるイオン種に互いに異な る飛行路を飛行させる質量分離部と、
前記分離空間の末端におけるx−y面(出射面)上への飛来位置に基づいて、所定の 質量電荷比を有する被測定イオン種を他のイオン種と区別して検出する手段を備えるイ オン検出部と
を少なくとも有する質量分析装置であって、前記被測定イオン種は次の関係
T=L(m/2zeU)1/2
を実質的に満たし、前記二次元高周波電場の作用を1周期間またはそれと実質的に同等とみなされる期間受けた時点において前記分離空間から出射される、質量分析装置。
(ただし、zはイオン種の電荷数であり、m、e、U、L、およびTは、それぞれ、SI単位で表されたイオン種の質量、電気素量、前記加速電圧、前記イオン群の入射方向における前記分離空間の有効長、および前記二次元高周波電場の周期である。)
【請求項10】
試料をイオン化する手段、および生成したイオン群を所定の加速電圧で引き出す手段 を備えるイオン源と、
前記イオン源から引き出されたイオン群の飛行方向を収束させる手段、及び/又は所 定の方向へ飛行するイオン群を選択して取り出す手段を備えるイオン導入部と、
前記イオン群を導入して飛行させる分離空間、および、前記イオン群の入射方向に交 差する面(以下、x−y面と呼ぶ。)内に電場ベクトルがあり、前記面内で電場ベクト ルが所定の期間、所定の方向を保ち、そののち一定方向へ所定の角度だけ方向を変える 動作を繰り返す二次元高周波電場を前記分離空間に形成する手段を備え、前記二次元高 周波電場の作用によって、質量電荷比が互いに異なるイオン種に互いに異なる飛行路を 飛行させる質量分離部と、
前記分離空間の末端におけるx−y面(出射面)上への飛来位置に基づいて、所定の 質量電荷比を有する被測定イオン種を他のイオン種と区別して検出する手段を備えるイ オン検出部と
を少なくとも有する質量分析装置であって、質量電荷比が異なる複数種の前記被測定イオンの1種が次の関係
T=L(m/2zeU)1/2
を実質的に満たし、前記二次元高周波電場の作用を1周期間またはそれと実質的に同等とみなされる期間受けた時点において前記分離空間から出射される、第3の質量分析装置に係わるものである。
(ただし、zはイオン種の電荷数であり、m、e、U、L、およびTは、それぞれ、SI単位で表されたイオン種の質量、電気素量、前記加速電圧、前記イオン群の入射方向における前記分離空間の有効長、および前記二次元高周波電場の周期である。)
【請求項11】
前記質量分離部では、
前記分離空間側の主面が平坦で大きさが同じ長方形である4つの電極が、前記主面は いずれもx−y面に直交し、隣り合う電極の前記主面同士は直交し、対向する電極の前 記主面同士は平行になるように、前記分離空間の側部に配置され、
nを自然数として、(1/2n)周期ごとに電圧が階段状に規則的に変化する高周波 電圧が1組の対向電極間に印加され、その高周波電圧と周期が同じで位相が(1/4) 周期異なる高周波電圧が残りの1組の対向電極間に印加され、
前記二次元高周波電場が形成される、請求項11に記載した質量分析装置。
【請求項12】
前記イオン源が前記イオン群をパルス的に引き出す手段を有し、前記イオン群が前記高周波回転電場の位相に同期したパルスとして前記分離空間に導入される、請求項10に記載した質量分析装置。
【請求項13】
前記高周波回転電場の周期を固定し、前記被測定イオン種の質量電荷比に比例するように前記加速電圧を変化させて質量走査を行う、請求項10に記載した質量分析装置。
【請求項14】
前記高周波回転電場の1周期の中で前記加速電圧を変化させ、1周期内で複数種の前記被測定イオン種を切り換え走査する、請求項13に記載した質量分析装置。
【請求項15】
前記加速電圧および前記高周波回転電場の強さを固定し、前記被測定イオン種の質量電荷比の平方根に比例するように前記高周波回転電場の周期を変化させて質量走査を行う、請求項10に記載した質量分析装置。
【請求項16】
前記イオン検出部は、前記被測定イオン種とともに、または前記被測定イオン種とは別個に、前記被測定イオン種よりも質量電荷比の大きいイオン種を検出するイオン検出器を有する、請求項10に記載した質量分析装置。
【請求項17】
前記イオン源が前記イオン群をパルス的に引き出す手段を有し、前記イオン導入部と前記質量分離部との間に自由飛行空間が設けられ、前記イオン群が前記高周波回転電場の位相に同期したパルスとして前記自由飛行空間に導入される、請求項10に記載した質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2012−216527(P2012−216527A)
【公開日】平成24年11月8日(2012.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−74243(P2012−74243)
【出願日】平成24年3月28日(2012.3.28)
【出願人】(500535297)
【Fターム(参考)】