説明

質量分析装置

【課題】本発明は、このような従来技術の問題点に鑑みてなされたもので、イオン源から検出器の間にある構成ユニット、特に1ケ以上のオリフィスの軸ずれにより、検出器に到達するイオン数が低下し、質量分析装置の感度低下,分解能低下などの不具合が発生すること、オリフィスなどの部品交換により性能のバラツキが発生することなどの不具合を解決する手段を提供することを目的とする。
【解決手段】上記の課題を解決するために、本発明では以下の構成を有する。イオン源と、イオンを検出する検出器と、前記イオン源と前記検出器との間に配置されたオリフィス及び質量分離器とを備えた質量分析装置において、前記イオン源と前記検出器の入射口とを結ぶ直線上に前記オリフィスの開口及び/又は前記質量分離器の入射口が配置されるように、前記オリフィス及び/又は前記質量分離器の軸の位置を調整する軸調整機構を備えることを特徴とする質量分析装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析装置に関し、特に質量分析装置の小型化,軽量化に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置は、分析対象である分子,原子をイオン化し、そのイオンを真空中で輸送し、電場,磁場を利用して質量分離し、分離されたイオンを検出器で検出している。質量分離装置の真空容器内の真空度が低いと、イオンは真空容器内の残留ガス分子などと、より多く衝突し、荷電交換により電荷を失ったり、衝突によって進行方向が変化したりするなどして検出器に到達するイオン数が減少し、正確な質量分析が不可能になるため、Qマスフィルターなどの質量分離部やチャンネルトロンや電子倍増管などの検出器が配置される空間の真空チャンバーの空間領域は10-3Pa程度以下の真空度にしている。例えば、イオン反射器(リフレクトロン)とMCP(マルチチャンネルトロン)検出器とを組み合わせたTOF(Time Of Flight 飛行時間)型質量分析装置の場合も、上記と同様で低真空中で使用した場合、イオンと残留ガス分子との干渉という悪影響が出てくるため、高真空度にしている。
【0003】
一般に質量分析装置では、大気中から真空側に試料またはイオン化した試料を導入しており、検出器が配置される空間では高真空にするため、複数のオリフィスをイオン源から検出器の間に配置し、この空間を真空ポンプにより差動排気を行っている(例えば特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−259483号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
昨今、セキュリテイー、食品分野を中心に社会的に安全,安心への関心が高まっている。従来、微量な有害物質の検知には、分析室に配置した大型の質量分析装置などが使用されてきたが、より迅速に、現場で計測したいとのニーズがあり、装置の小型化,軽量化が図られている。
【0006】
装置の小型化には、装置の各構成ユニットの小型化が必要であり、サイズに関して構成比率が高い部品の一つである排気ポンプの小型化も図られている。一般的に排気ポンプの小型化に伴い、真空排気速度が低下して、真空容器の真空度は低下してしまう。真空度が低下すると、上述の背景技術で説明したように、検出器に到達するイオン数が減少し、正確な質量分析が不可能になる問題があるため、従来のオリフィスの細孔直径を更に小さくし、真空容器内に流入する流量を小さくして、真空容器内の高真空度化を図っている。
【0007】
オリフィスは、イオンビームの引き出し,加速,集束などを行うため、電圧を印加することが多く、アルミナなどの電気絶縁物を介して、アース電位である真空容器に固定している。真空チャンバーの絶縁物が取付けられる穴直径,絶縁物直径,オリフィスの絶縁物が入る部分の穴直径,オリフィス細孔自身の中心軸のズレ量などの機械加工公差の積み上げにより、真の中心軸に対して、最大、百マイクロメートル程度のオリフィスの軸ズレが発生する。この軸ズレによって、複数のオリフィス部を通過する際にイオンビームとオリフィスとの干渉が発生し、検出器に到達するイオン量が減少し、装置の感度,分解能低下などの装置性能劣化の問題となる。
【0008】
個々の部品の機械公差を小さくすることによって、この軸ズレ量は小さくできるが、高価な装置になってしまう問題がある。軸ズレ量の調整は、最大数十マイクロメートル程度に、小さくする必要があり、軸の微小調整が必要になる。また、オリフィスのメンテナンスのため、部品交換する場合、再組み立てした後の軸ズレ量は、メンテナンス前のズレ量と変化し、検出器に到達するイオン量が変化するため、装置の感度,分解能などの装置性能が変化し、装置性能が安定しないなどの問題となる。また、オリフィス表面への試料ガス付着により、絶縁膜がオリフィス表面に形成され、電荷蓄積によりイオンビームがドリフトするなどの不具合が発生する。この不具合を防止するため、オリフィスをヒータで加熱し、高温にする場合がある。この際、オリフィスが熱伸びし、装置の起動からの経過時間によって、オリフィスの温度が変化し、熱伸び量が変化するため、軸ズレ量が過渡的に変化するという問題もある。
【0009】
本発明は、このような従来技術の問題点に鑑みてなされたもので、イオン源から検出器の間にある構成ユニット、特に1ケ以上のオリフィスの軸ずれにより、検出器に到達するイオン数が低下し、質量分析装置の感度低下,分解能低下などの不具合が発生すること、オリフィスなどの部品交換により性能のバラツキが発生することなどの不具合を解決する手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するために、本発明では以下の構成を有する。
【0011】
イオン源と、イオンを検出する検出器と、前記イオン源と前記検出器との間に配置されたオリフィス及び質量分離器とを備えた質量分析装置において、前記イオン源と前記検出器の入射口とを結ぶ直線上に前記オリフィスの開口及び/又は前記質量分離器の入射口が配置されるように、前記オリフィス及び/又は前記質量分離器の軸の位置を調整する軸調整機構を備えることを特徴とする質量分析装置。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、イオン源から検出器の間にある構成ユニット、特に、オリフィスの中心軸との中心軸と、イオン源のビーム出射軸と検出器の入射口の軸とを結ぶイオンビーム進行軸とをほぼ一致させることが可能になり軸ずれ量が最小化できるので、検出器に到達するイオン数を最大化できる。これにより、真空ポンプを小型化でき、小型,軽量でかつ高感度,高分解能な質量分析装置を実現することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明にかかる質量分析装置の全体構成図。
【図2】軸ズレ量と通過ビーム電流量との関係を説明する図。
【図3】本発明にかかるAPCI(大気圧化学イオン法)を用いた質量分析装置の全体構成図。
【図4】検出器の出力電流値と経過時間との関係を説明する図。
【図5】質量電荷比m/zとイオン強度(相対値)との関係を説明する図。
【図6】第1オリフィスの軸位置調整機構を説明する図。
【図7】軸位置調整方法を説明する図。
【図8】本発明にかかるTOF(Time Of Flight)型質量分析装置の全体構成図。
【図9】第1オリフィスの軸位置調整機構を説明する図。
【図10】第1オリフィスの軸位置調整機構を説明する図。
【図11】軸位置調整による信号量の変化。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照して本発明の実施例を説明する。
【0015】
図1は、本実施例にかかる質量分析装置の構成の概念図を示す断面図である。
【0016】
イオン源1のイオン化には、電子イオン化(EI),化学イオン化(CI),エレクトロンスプレーイオン化(ESI),ナノエレクトロンスプレーイオン化,大気圧化学イオン化(APCI),高速原子衝撃イオン化(FAB),電界イオン化(FI),電界脱離イオン化(FD),マトリックス支援レーザ脱離イオン化(MALDI),DESI(Desorption Electrospray Ionization),DART(Desorption Electrospray Ionization),バリア放電イオン化などを用いる。
【0017】
イオン源1からイオンビーム2を、図示していないイオン源電極と第1オリフィス3との間に印加した引き出し電界によって引き出す。第1オリフィス3の細孔を通して、粗引き真空ポンプ5に接続されている第1差動排気室4にイオンビーム2を含む大気が流入する。
【0018】
次に同じく、第2オリフィス6の細孔を通過して、本引き真空ポンプ18の第二排気ポート(低排気速度側)と接続されている第2差動排気室7に流入する。第2差動排気室7には、オクタポール8を配置している。オクタポール8は、8本の多極子棒電極をお互いに平行にかつ、軸対称に配置しており、対向する棒電極には同じ位相の電位を与え、隣接する棒電極には位相差を一定にした電位を与えている。オクタポール8内部には、8重極の高周波電場が発生し、軸上で凹になるポテンシャルが形成され、イオンを軸上近傍に集束させることが可能である。
【0019】
第1オリフィス3,第2オリフィス6ともに、イオンビームを引くために数十ボルトの電位が与えられており、第1オリフィス3と第2オリフィス6の電位差によりイオンが加速する。
【0020】
第3オリフィス9の細孔を通過して、イオンビーム2を含む大気が分析室10に流入する。分析室10は、本引き真空ポンプ18の第一排気ポート(高排気速度側)と接続されて真空排気されている。本引き真空ポンプ18のバックは、粗引き真空ポンプ5で排気されている。
【0021】
分析室10には、四重極質量分離部11と検出器20で構成されている。四重極質量分離部11は、前電極12,四重極ロッド13,羽根電極14,前ワイヤ15,後ワイヤ16,後電極17で構成されている。対向する四重極ロッド13の電極には、同じ交流電圧(振幅,位相が同じ)が与えられ、隣接する四重極ロッド13の電極には位相が反転した交流電圧が印加される。交流電圧は、一般的には、数100V〜5kV,周波数は、500kHz〜2MHzである。四重極ロッド13の径方向には、印加される交流電圧により、軸中心部に凹を有するポテンシャルが形成され、イオンを軸周辺に集束させ、軸方向には、主に、前電極12,後電極17によりビーム軸上に傾斜DCポテンシャルを形成する。このポテンシャルによって、イオンが四重極質量分離部11内部に捕捉される。主に、前電極12,後電極17の電圧を変化させることによって、イオンの蓄積,放出を順次行う。
【0022】
次に質量分析シーケンスについて説明する。
【0023】
質量分析シーケンスとして、MS分析とMSn分析がある。MS分析とは、イオンを捕捉するための交流電圧振幅を変化させ、イオンをイオンビーム進行軸方向に選択的に排出し、これを検出器20でとらえ、質量電荷比m/zと検出されたイオン電流強度(相対値)との関係より、試料の分子構造,分子式を求めるものである。
【0024】
また、MSn分析とは、四重極質量分離部11内に特定のイオン(前駆イオン)を選択的に残留させ、その前駆イオンの衝突励起解離(Collision Induced Dissociation:CID)させ、フラグメントイオンを生成し、これを質量走査,分離し、試料の分子構造をより詳細に調べる方法である。この点について、以下、詳細に説明する。先ずは、特定の前駆イオンの選択は、羽根電極14に特定周波数以外の交流電圧(FNF:Filtered Noise Field)与え、特定の前駆イオン以外を四重極質量分離部11外に排出することで行う。四重極質量分離部11内部に残った前駆イオンに、その前駆イオンの共鳴周波数の交流電圧を印加する。その際、衝突励起解離用ガス(ヘリウム,窒素ガス,アルゴンガスなど)を四重極質量分離部11内に流し、前駆イオンとガスとを衝突させ、前駆イオンを解離させ、プロダクトイオンを生成する。生成したプロダクトイオンを、四重極ロッド13,羽根電極14に印加する交流電圧振幅を変化させて、イオン走査,質量分離する。この際、前ワイヤ15に印加された直流電圧による電位の壁を乗り越えたプロダクトイオンのみを後ワイヤ16の引き出し電界によって、検出器20に入射させる。前ワイヤ15,後ワイヤ16によって、イオン検出器に流入するイオンエネルギーのバラツキの幅を小さくできるので、分解能を向上させることが可能となる。
【0025】
なお、上記の四重極ロッドを用いた四重極質量分析部以外の質量分離方法として、磁場型(セクター型),飛行時間型(TOFMS),イオントラップ型(ITMS),磁場によって起こるイオンの回転運動を利用し、質量分離を行うFT−ICRMS(フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分離)型,電場によって起こるイオンの回転運動を利用するオービトラップ型などを用いることが可能である。
【0026】
次に検出器について説明する。
【0027】
図1中の検出器20は、コンバージョンダイノード21付き2次電子増倍管を示しており、イオンがコンバージョンダイノード21に印加した数キロボルトの電圧による電界により、コンバージョンダイノード21に衝突させ、発生した2次電子28などを多段のダイノード22で10の6乗倍程度まで増幅する。これを大気中に電流導入端子25を用いて大気中に取出し、増幅回路26によって、更に増幅し、微小電流計27に取込み、モニターする。他のイオン検出器として、カップ状電極でイオンを受け、発生した2次電子量を計測するファラデイーカップ、電極が独立しておらず高抵抗のパイプとなっているチャンネルトロン、径が10〜20マイクロメートルのチャンネルトロンを板状に並べたマイクロチャンネルトロン、光電面で光を光電子に変換し、発生した2次電子を増幅させる光電子倍増管などを使用することが可能である。
【0028】
質量分析装置には、イオン源1のイオンビーム出射口の中心軸と検出器20の入射口の中心軸を結ぶイオン進行軸上に、第1オリフィス3,第2オリフィス6,第3オリフィス9の細孔の中心軸が一致するように軸調整機構30を有しており、マイクロメートルレベルで軸位置調整を行うことが可能である。また、オクタポール8,四重極質量分離部11などのイオン源1と検出器20との間に配置されている構成ユニットも、図示されていない軸調整機構により調整が可能である。特に、オクタポール8,四重極質量分離部11については、軸ずれ(傾斜)しないように入射口と出射口付近に複数の軸調整機構30を設けることも可能である。
【0029】
図2は、第1オリフィス,第2オリフィスで軸ズレが小さい場合、大きい場合での第2オリフィスの細孔35と第1オリフィスの細孔を通過したイオンビーム36との位置関係(左図)と、第1オリフィスを通過したイオンビームの第2オリフィス面上での強度分布38と第2オリフィスを通過するイオンビーム37の様子(右図)を示している。第1オリフィスの直径より第2オリフィスの直径が大きいため、第2オリフィスの表面に入射する第1オリフィス通過後のイオンビーム36は、軸ズレが小さい場合、第1オリフィス通過後のイオンビーム36と第2オリフィスの細孔35との干渉は無いが、位置ずれが大きい場合、第1オリフィスを通過したイオンビームの一部のみが、第2オリフィスの細孔35を通過できず、検出器に到達するイオンビーム電流が減少し、装置の感度低下,分解能低下などの不具合になる。
【0030】
そこで、前記の軸調整機構30を用いて、第1オリフィス,第2オリフィスの軸(位置)を調整して中心軸をそろえ、第1オリフィスを通過したイオンビームが第2オリフィスを通過できるようにする。本例では、第1オリフィス及び第2オリフィスとの関係を述べたが、イオン源と検出器の間に配置された各構成ユニット同士も同様に軸調整を行う。
【0031】
以上の発明を、具体的な装置に適応した例について説明する。
【実施例1】
【0032】
図3は、図1の装置において、イオン源として、APCI(大気圧化学イオン法)を用いた装置の全体構造図を示している。図1では、オクタポール8,四重極質量分離部11は斜視図となっていたが、図3では、平面図で表している。以下、図1での説明が重複する所は省略する。
【0033】
吸引ポンプ40によって、空気45をイオン源1に取込む。この際、標準試料41としてTCP(トリクロロフェノール)をヒータ42にて加熱し、TCPを気化させる。標準試料が一定温度になり、気化ガス量が一定になってから、マスフローコントローラ43によって、フィルター44を介して空気45の流量を設定する。下流側にある配管46にはヒータ42を巻き、配管にTCPの気化成分が付着することを極力、抑制している。放電針50には、図示していない電源と接続された電源ケーブル51,ホルダ52を介して、数kVの電圧が印加される。放電針50先端から数ミリメートルの位置に配置した対向電極53には、放電針に印加したより低い電圧が印加される(正イオンの場合)。この電位差にて、大気中にコロナ放電55が発生する。第1オリフィス3には、数十ボルトの電圧が印加されている。この差分の電圧にてイオンビームが検出器20に向かって引き出される。TCPの試料ガスを含む空気48は図に示すように、イオンビーム引き出し方向とは逆方向に対向電極53から放電針50の方向に流れる。このように、イオンビーム引き出し方向と試料ガスとを逆の流れとするのは、欲しいイオンとラジカルや他のイオンとの反応領域を最小限にしたいためである。試料ガスがコロナ放電領域に流れ、欲しいイオン以外に発生する電位的に中性なラジカルや別のイオンが発生するが、このラジカルや別のイオンが欲しいイオン化を阻害し、欲しいイオン電流が低下する。そのため、欲しいイオンとラジカルや他のイオンとの反応領域を最小限にするために、イオンビーム引き出し方向と試料ガスとを逆の流れとする。
【0034】
イオン源全体は図示していないヒータによって高温に加熱されている。第1オリフィス3は、内径百マイクロメートル程度で長さが十ミリメートル程度の細長い管を中心部に有する。第1オリフィスの下流側にある第1差動排気室4は、毎分数十リットルの排気速度をもつ図示しないダイアフラムポンプと接続されており、第1差動排気室4の真空度は千パスカル程度になる。この第1オリフィス3を試料ガスが含まれる空気が流れる際、断熱膨張するため、試料ガスを含む空気の温度が低下し、イオンがクラスター化する。イオンのクラスター化すると、正確な質量分析が不可となる。また、試料ガスが第1オリフィス3表面に付着し、絶縁膜が形成され、絶縁膜上に電荷蓄積することによって発生するイオンビームのドリフトを防止するため、第1オリフィスは図示していないヒータによって、数百度に加熱している。
【0035】
第2オリフィス6も同じく、図示していないヒータによって加熱している。第1オリフィスは絶縁物47,真空を保持するために真空用Oリング59を介して、真空チャンバー58に固定されている。第1オリフィス3と第2オリフィス6間の電位差によりイオンを加速し、オクタポール8に入れる。第2オリフィス6には、直径数百マイクロメートルの穴が開いている。第2オリフィス6の下流側に位置する第2差動排気室7には、図示していないスプリットフロー型ターボ分子ポンプの毎秒数リットルの排気速度を有する第二排気口と接続されている。第2オリフィス6の流量絞り効果により、第2差動排気室7に流入する試料ガスを含む空気は制限され、第2差動排気室7の真空度は数パスカル程度になる。第2差動排気室には、オクタポールが配置されている。オクタポール8は、前記のような動作を行い、イオンビームを集束させて、第3オリフィス9の細孔部を通過させ、分析室10に入射する。第3オリフィス9の穴径は、1ミリメートル程度である。第3オリフィス9の下流側に位置する分析室10の排気口は、図示していないスプリットフロー型ターボ分子ポンプの毎秒数十リットルの排気速度を有する第一排気口と接続されている。分析室10の真空度は十のマイナス三乗程度の真空度になる。この分析室10に配置した四重極質量分離部11の動作は前記のとおりであり、イオン走査し分離された質量電荷比m/zの値を有するイオンは、検出器20に入射する。
【0036】
検出器20の出力は以下のようになる。
【0037】
図4は、四重極質量分離を行わない場合の検出器20の出力であるトータルイオン電流値の経時変化を示している。トータルイオン電流値には、プラスマイナス数パーセント程度の変動が見られる。装置が正常に稼動していれば、上記の変動幅であるが、配管にコールドスポットができ、ここに試料が付着するなどによりイオン源に流入する原料である試料ガス量が低下した場合やオリフィスの目詰りによりイオンビームの通過率が低下した場合には、検出器のトータルイオン電流値は大きく低下する。
【0038】
図5は、図4に示す、ある時刻T1での四重極質量分離を行った場合の質量電荷比m/zとイオン強度(相対値)との関係を示す図である。標準試料として、TCPを用いたので、およそm/z=195でピークが観測される。
【0039】
軸調整機構30の具体的な構成を説明する。
【0040】
図6は、軸調整機構の一例として、第1オリフィス間の軸調整機構を示す図である。真空チャンバー58に調整ネジ取付板60を固定している。第1オリフィス3にはネジ穴が設けられており、調整ネジ61が付いている。この対向位置に弾性体例えばバネ62が固定されている。バネ62によるバネの反発力63と調整ネジ61の押し力64の釣り合いにより、第1オリフィス3の位置が調整できる。バネ62は、狭い領域で大きな反発力を発生させるため、台形形状の皿バネを用いている。この調整方向と直交する方向にも同じ機構があり、前記と同じ調整が可能である。この方法で、90°直交する2方向に調整することが可能である。また、図示していない傾斜機構を増設することで2次元ではなく、あおり角を含む3次元的に細孔部位置を調整することも可能である。第1オリフィス3と真空チャンバー58との摩擦を小さくするために、Oリング59には、すべりを良くし、装置性能に悪影響を与えないようにするため、飽和蒸気圧が十分低いフォンブリンが塗布されている。第1オリフィス3は、軸調整後に固定ネジ66を用いて固定することが可能である。移動調整する距離は、数百マイクロメートル程度である。第2オリフィス6も同様に、真空チャンバー58に絶縁物47を介して、固定する。第1,第2オリフィス間に印加される電位差によりイオンビーム2を検出器側に引き出している。調整ネジとしてネジピッチが0.5ミリメートルの細目ネジを使用した場合、360°回転で0.5ミリメートル進むので、7°で約10マイクロメートルの移動調整が可能となる。より微調整がしたい場合、駆動構造として圧電素子であるピエゾ素子,サーボモータとボールネジ,精密直動ステージなどを用いる方法があり、これを用いれば、最小、ナノメートルオーダの調整が可能となる。本図は、第1,第2オリフィスの軸位置調整機構であるが、同様にオリフィス3,四重極質量分離部11,検出器20に図示していない軸位置調整機構を設け、軸調整することも可能である。
【0041】
なお、Oリングに潤滑剤を用いたときに、構成潤滑剤の気化ガスが発生してしまう場合、試料のイオン化を阻害し、必要なイオン電流値が低下する可能性がある。また、ノイズ成分が増加することになり、S/N比が低下する可能性もある。しかし、潤滑剤を用いない場合では、第1オリフィス3とOリング59の摩擦力が大きく、Oリング59がねじれて、真空リークが発生してしまうこともある。
【0042】
そこでこの場合には、図9のように、第1オリフィス3をビーム軸と同じ方向に移動させる機構を設け、第1オリフィス3とOリング59とを一度離し、軸方向と直交する方向に第1オリフィス3を移動させるようにした。また、Oリング59のねじりが発生防止,リーク発生防止のため、Oリングの動きを極力小さくするため、溝は、あり溝(Oリングを収納する溝の側壁を傾斜させる。)にした。
【0043】
この場合、第1オリフィス3の移動は図10のように行われる。まず、(A)の状態から、ネジ67でビーム軸方向であって上流側(イオン源1側)に第1オリフィス3を移動させる(B)。その後、調整ネジ61でビーム軸に対して直交方向に第1オリフィス3を移動させる(C)。それから、ネジ67でビーム軸方向であって下流側(検出器20側)に第1オリフィス3を移動させ、固定ネジ66で固定する(D)。
【0044】
このような機構を各オリフィスや各質量分離器に用いて軸位置を調整する。
【0045】
次に軸調整方法について説明する。
【0046】
図7は、軸ズレ調整作業の方法を示す図である。先ず、1−1′の軸に沿って、第1オリフィスを移動させる。この時の第2オリフィスの細孔通過後のビーム電流値推移を右側に示す。図では、a→eの方向に、第1オリフィスを移動させている。cの位置で最大の検出器出力信号となる。その状態で、今度は、下図に示す2−2′の方向に調整を行う。最初、cの位置にあり、c→a*→b*に移動させ、検出電流値が低下したので、戻って、b*→c*→d*に移動させる。この場合の検出信号の変化を下右図に示す。各々を近似曲線で結ぶと、最高値となる第1オリフィスの位置が求まり、この位置に調整し、第1オリフィスを固定し、軸調整作業は終了となる。今回の説明では、比較的、軸調整作業回数が少ないが、実際は複数回、繰り返して調整を行う必要がある。また、上記は、手動で調整を行っているが、電動モータ(ステッピングモータ)とボールネジの組み合わせを駆動に用いる場合やピエゾ素子と精密ステージとを組み合わせた場合には、検出器の電流値が最大になるように自動制御で調整することも可能である。
【0047】
このような軸調整は、オリフィスなどのメンテナンス部品の寸法値は機械公差の範囲内でばらつくのでメンテナンス後に行う必要がある。また、前記の如く、オリフィスなどはヒータで加熱されるので過渡状態では細孔の中心軸位置が変化するので、装置が実稼動状態で熱的に安定な状態になってから調整すると効率的である。安定な状態になったか否かは、イオンビームを検出している状態の検出器20の信号がほぼ一定(変動が所定範囲内に収まっている状態)になっているか否かで判断することができる。また、軸位置調整作業は、装置が正常に稼動している状態で行う必要がある。装置の安定性は、図4,図5に示した検出器の出力の一種であるトータルイオン電流値の変動,イオン強度(相対値)のピークが観測されるm/zの値により確認する。軸調整作業を行っている間に、上記の監視を行い、異常がある場合、アラームを出し、作業者に軸調整作業を中断するように警告し、装置の修理,メンテナンスを行う指示を出すようにすれば装置の操作性‘性能’信頼性は向上する。
【0048】
試験結果の一例を図11に示した。図中の横軸は軸のビーム軸と直交する方向の移動距離であり、縦軸は、トータルイオン電流値(TCP信号強度)である。軸調整によって、最大/最小=約2倍の変化があり、今回の軸合わせ機構で補正することで最大の性能を出すことが可能となる。
【0049】
このように軸調整機構は、機差の低減に有効であることが判った。
【実施例2】
【0050】
図8は、軸調整機構を有するTOF(Time Of Flight)型質量分析装置を示している。押し出し電極71,加速引き出し電極72に印加した数百Vから数kVの加速電界によって、イオンは直交方向に加速され、リフレクトロンと呼ばれるイオン反射器73を経て、偏向してマルチチャンネルプレート74などの検出器に到達する。リフレクトロンを用いることによって、イオンの初期エネルギーのばらつきを補正して、m/z値が同一であるイオンの全飛行時間が等しくなるので、質量分解能を高くすることが可能となる。
【0051】
この質量分析器においても、各オリフィスに軸調整機構30を用いることで、装置の小型化を実現することができる。
【符号の説明】
【0052】
1 イオン源
3 イオンビーム
3 第1オリフィス
4 第1差動排気室
5 粗引き真空ポンプ
6 第2オリフィス
7 第2差動排気室
8 オクタポール
9 第3オリフィス
10 分析室
11 四重極質量分離部
12 前電極
13 四重極ロッド
14 羽根電極
15 前ワイヤ
16 後ワイヤ
17 後電極
18 本引き真空ポンプ
20,23 検出部
21 コンバージョンダイノード
22 ダイノード
25 電流導入端子
26 増幅回路
27 微小電流計
28 2次電子
30 軸調整機構
33 調整方向
35 細孔
36 第1オリフィス通過後のイオンビーム
37 第2オリフィス通過後のイオンビーム
38 強度分布
40 吸引ポンプ
41 標準試料
42 ヒータ
43 マスフローコントローラ
44 フィルタ
45 空気
46 配管
47 絶縁物
48 試料ガスを含む空気
50 放電針
51 電源ケーブル
52 ホルダ
53 対向電極
55 コロナ放電
58 真空チャンバー
59 Oリング
60 調整ネジ取付板
61 調整ネジ
62 バネ
63 バネ反発力
64 ネジ押し力
65 第一細孔
66 固定ネジ
67 ネジ
71 押し出し電極
72 引き出し電極
73 イオン反射器(リフレクトロン)
74 マルチチャンネルプレート
75 真空ポンプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン源と、イオンを検出する検出器と、前記イオン源と前記検出器との間に配置されたオリフィス及び質量分離器とを備えた質量分析装置において、
前記イオン源と前記検出器の入射口とを結ぶ直線上に前記オリフィスの開口及び/又は前記質量分離器の入射口が配置されるように、前記オリフィス及び/又は前記質量分離器の軸の位置を調整する軸調整機構を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析装置において、
前記軸調整機構は、調整ネジと、前記オリフィス又は前記質量分離器に対し当該調整ネジに対向する位置に配置された弾性体から構成されることを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
請求項1に記載の質量分析装置において、
前記軸調整機構は、圧電素子又はサーボモータを備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項4】
イオン源と、イオンを検出する検出器と、前記イオン源と前記検出器との間に配置されたオリフィス及び質量分離器とを備えた質量分析装置の調整方法であって、
当該質量分析装置は前記オリフィス及び/又は前記質量分離器の軸の位置を調整する軸調整機構を備え、当該軸調整機構により前記イオン源と前記検出器の入射口とを結ぶ直線上に前記オリフィスの開口及び/又は前記質量分離器の入射口が配置されるように、前記オリフィス及び/又は前記質量分離器を移動することを特徴とする質量分析装置の調整方法。
【請求項5】
請求項4の質量分析装置の調整方法において、
前記調整は、当該質量分析装置の検出器からの信号の変動が所定範囲内に収まった後に行うことを特徴とする質量分析装置の調整方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−9290(P2012−9290A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−144404(P2010−144404)
【出願日】平成22年6月25日(2010.6.25)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】