説明

質量分析装置

【課題】メンテナンス作業後、及び、装置稼動前に行う装置性能の校正作業を迅速に安価に行えるようにする。
【解決手段】(1)イオン源8に流入させる試料ガス流量を常に一定にするため、イオン源、及び、質量分析部を有する真空チャンバー13に設けた真空計20a,20bの真空度変化からバルブ6の絞り部径、オリフィス15の径などを求め、基準値との差分を補正するため、試料導入部、イオン源、真空チャンバーの真空度を変化させる手段を有する。
(2)イオン源でのプラズマ生成状態を一定にするため、放電電圧、放電電流、プラズマ発光強度を計測し、現状の状態を把握し、基準値との変化分を補正するため、放電電圧などの放電条件を変化させる手段を有する。
(3)質量分離部に流入するイオン量を常に一定にするため、オリフィス径の変化分を補正するため放電時間などの放電条件を変化させる手段を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析装置、特に、小型、軽量化を図った質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置は、分析対象である試料をイオン化し、そのイオンを真空中に輸送し、電界、磁界を利用して質量分離し、分離したイオンを検出器で検出する。イオン生成は、大気圧、又は、低真空で行われる。イオン、又は、試料ガスを間欠的に各々、質量分離部に導入することで、真空排気系が接続された真空チャンバーへの時間平均流入量を低下させ、真空排気系の小型、軽量化、ひいては装置全体の小型、軽量化を実現している。
【0003】
特許文献1には、キャリアガスを第一イオン化室でイオン化し、高速流を噴射させ、この高速流によって発生する負圧により試料ガスを取り込み、試料ガスをイオンや励起種と作用させて、イオンを生成する方法が記載されている。特許文献2には、イオン源として、エレクトロンスプレーイオン源、ナノエレクトロンスプレーイオン源、大気圧マトリツクスレーザ支援イオン源、大気圧化学イオン源などを用い、イオンをシリコンチューブ内部に通し、このシリコンチューブをピンチバルブによって押し潰す、押し潰さないという動作によって、イオンを間欠的に質量分析部に取り込み、真空排気系の小型化、軽量化を実現する方法、手段について記載がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−51504号公報
【特許文献2】WO2009/023361
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来の質量分析装置の一例を図9に示す。液体又は固体状態の試料1は、密閉された試料ビン2に入れられている。試料ビン2は外部からヒータ3によって加熱される。加熱によって気化ガス4が発生する。試料ビン2には密閉状態でチューブ5が接続されており、大気7が、真空チャンバー13との圧力差によって導入される。この下流側にソレノイドバルブ6があり、このバルブの開閉動作により気化ガス4を下流に流したり、停止させる。
【0006】
バルブは、一例として、1秒間隔で、数十msのみ閉から開状態にする。気化ガス4はイオン源8となるガラス管に流入する。ガラス管の外部には、筒状の電極9が2ケ所に配置されている。この電極に数百キロヘルツ、数キロボルトの高周波を高周波電源12より印加し、イオン源8内部に電磁場を発生させ、バリア放電10を発生させる。バルブ6を閉からある一定時間だけ開にして閉に戻すと、イオン源8の真空度は、一度、低真空になり、その後、気化ガス4は真空チャンバー13に流出するので、高真空に変化する。数百〜数千パスカルの真空度の範囲において、放電が安定する。発生した放電領域で、気化ガス4はイオン化される。質量分析性能を向上させる為には質量分離部14は高真空にする必要があり、この真空度差を発生させるため、直径1mm以下の小さな穴を有するオリフィス15をイオン源8と質量分離部14との間に入れてある。
【0007】
イオンは、このオリフィス15を通過し、質量分離部14に入射する。質量分離部14では、閉じ込め電界によって、イオンを4本のイオントラップ電極間の空間に溜め込み、イオントラップ電極に重畳した補助交流電圧の振幅、又は、周波数を変化させて、質量電荷比毎にイオントラップ電極の軸方向と直交する方向に存在するイオントラップ電極のスリットを通過させて、イオン検出器16に取り込み、気化ガス4の成分を判定する。また、特定のイオンのみをFNF(Filtered Noise Field)処理を行い、イオントラップ領域に残留させ、これにCID(Collision Induced Dissociation)処理を行い、分解してフラグメントイオンを生成させ、これをイオン検出器16に導入し、より高精度に成分分析を行う処理もある。質量分析部は、4本のイオントラップ電極で形成される質量分離部14とイオン検出器16、これを取り囲む真空チャンバー13などで構成される。真空チャンバー13は、排気速度が大きいターボ分子ポンプなどの本引き真空ポンプ18によって真空排気されている。本引き真空ポンプ18の下流側は、比較的排気速度の小さいダイアフラムポンプなどの荒引き真空ポンプ17で真空引きされている。図中には、表記が無いが、各電極などは高電圧電源に接続されており、全体は制御部によって制御されている。ユーザは操作パネルを用い、画面を見て操作を行っている。
【0008】
通常、質量分析装置の製造メーカは、装置の立ち上げ、調整時に、放電時の印加電圧、印加時間、ガス流量を制御するバルブの開閉時間などのプロセスの最適化を行い、所望の装置性能を確認して出荷する。出荷後、顧客先で、装置据付後、同様な装置立ち上げ、調整の後、出荷時と同等な性能が出ていることを確認し、顧客に引き渡す。顧客先では、試運転の後、分析評価試験などのために使用される。一定時間、生産などで使用した後に安定した装置性能を得るため、メンテナンスを実施する。メンテナンス作業では、試料ガスが通過することによって汚染されるバルブ、オリフィス、ガラス管などの交換を行う。
【0009】
バルブとして、汎用のソレノイドバルブを使用する場合、デッドスペースが大きいため、前の試料ガスがデッドスペース部に残り、新しい試料の分析結果に前の試料ガスの分析結果が含まれるというコンタミ問題が発生する。その為、汎用のソレノイドバルブは使用困難であり、一般的には、デットスペースが十分小さい、超小型ソレノイドバルブが使用される。バルブの内部には、弁座と弁体があり、試料ガスが流れる流路の直径は1mm以下と小さいサイズになっている。この部分の直径などは、製作公差によってばらつく。元々の寸法値が小さいため、変動幅(実際の機械加工寸法と基準寸法値の比)は大きくなる。寸法値のばらつきにより、バルブのコンダクタンス(流路抵抗値の逆数)がばらつき、イオン源に流入するガス流量が変化し、結果として生成されるイオン量が変化する。特に、バルブ内部の真空度が比較的低い粘性流の場合、バルブの絞り部を通過する気化ガス流量は、流路直径の4乗にほぼ比例するので、流路長さが同じで流路直径が10%ばらつくとイオン源に流入する気化ガス流量は約50%も変動し、生成するイオン量も大きく変動することになる。また、同様にオリフィス径のバラツキにより、質量分離部に流入するイオン量が変化する。上記の内容を、図9を参照して具体的に説明する。
【0010】
バルブ6の絞り部のコンダクタンスをC1、オリフィス15のコンダクタンスをC2とし、真空チャンバー13と本引き真空ポンプ18間のコンダクタンスをC3(=一定)とすると、バルブ6を通過し、イオン源(ガラス管部)8へ流入するガス流量Q1は、次のようになる。
1≒C1×(P0−P1)−C2×(P1−P2) (1)
ここで、P0:バルブ上流部の真空度、P1:ガラス管上流部の真空度、P2:真空チャンバーの真空度、P3:本引き真空ポンプ部の真空度である。
【0011】
真空チャンバーに流入するガス流量Q2は、次式のようになる。
2≒C2×(P1−P2)−C3×(P2−P3) (2)
1,Q2は、C1,C2によって変化することがわかる。
【0012】
次に、Δt間でのガラス管部の圧力上昇dP1、真空チャンバーの圧力上昇dP2は、次式で表される。
dP1=Q1/V1×Δt (3)
dP2=Q2/V2×Δt (4)
ここで、V1,V2は、各々、ガラス管、真空チャンバーの体積、Δtは時間間隔である。V1は、ガラス管(内径、長さ)の製作公差でばらつくことになるが、製作公差の比率(基準寸法値に対する実際の製作寸法値の比)は小さく、ガラス管部のコンダクタンスC1,C2のバラツキと比較して、小さく、無視出来る。
【0013】
ガラス管部の圧力値P1、真空チャンバーの圧力上昇P2は、次式で表される。
1=∫(Q1/V1×Δt)dt (5)
2=∫(Q2/V2×Δt)dt (6)
【0014】
ガラス管、真空チャンバーの圧力は、式(1)〜(6)より、バルブの絞り部のコンダクタンスC1、オリフィスのコンダクタンスC2によって大きく影響を受けることがわかる。
【0015】
上記の如く、メンテナンス毎のバルブ、オリフィスの変更により、気化ガス流入量、イオン流入量が変動して装置感度が変化し、装置性能が不安定になる。上記の事情はメンテナンス時のみに限られず、日々の装置運転において、ガラス管などの内面に試料ガスが付着、堆積し、流路断面積が変化する場合も、気化ガス流量が変化するという同様な問題を生じる。また、内面の付着物によって、放電の状態が変化し、同じプラズマ放電条件で運転していても、プラズマ放電の状態が変化し、イオン生成量が変動し、装置感度が変化し、装置性能が不安定になる。
【0016】
従来の質量分析装置においては、メンテナンス作業後、及び、装置稼動前に行う校正作業には、広範囲な質量電荷比において質量補正を行うため、高価な多種多様な質量校正用化合物を用いて質量校正を行う場合がある。この標準物質の準備、校正作業に伴う作業量は多大なものとなっており、作業にかかる費用は高額にのぼる場合がある。
【0017】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、その主な目的は、高価で多大な時間を要する従来の校正作業を安価に、簡単簡便に行えるようにすることで、装置運転にかかる費用を低減させ、高スループットで、高信頼性で操作性の良い質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
バルブの開閉によってパルス状にイオン源に試料ガスを流入させ、イオン源でイオン化し、オリフィスを介してイオンを真空チャンバー内の質量分離部に入射させ、時間毎に質量電荷比の異なるイオンを検出器に入射させ、分析を行う質量分析装置において、本発明では以下の構成を有する。
【0019】
(1)イオン源に流入させる試料ガス流量を常に一定にする。そのために、バルブを開閉させた時の、イオン源に設けた真空計の真空度変化、及び、真空チャンバーに設けた真空計の真空度変化から、バルブの絞り部径、オリフィス径などを求め、基準値との差分を補正するため、試料導入部、イオン源、又は、真空チャンバーの真空度を変化させる手段を有する。
(2)イオン源でのプラズマ生成状態を一定にする。そのために、放電電圧、放電電流、プラズマ発光強度を計測し、現在の状態を把握し、基準値との変化分を補正するため、放電電圧などの放電条件を変化させる手段を有する。
(3)質量分離部に流入するイオン量を常に一定にする。そのために、オリフィス径の変化分を補正するため放電時間などの放電条件を変化させる手段を有する。
【発明の効果】
【0020】
本発明により、高価で多大な時間を要する場合があった従来の校正作業を安価に、簡単簡便に行えるようになり、装置運転にかかる費用を低減させ、高スループットで、高信頼性で操作性の良い質量分析装置を提供することが可能になる。
上記した以外の、課題、構成及び効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の一実施例による質量分析装置を示す概略図。
【図2】バルブ開閉動作に伴うガラス管部の真空度の変化を説明する図。
【図3】バルブの絞り部のコンダクタンスとバルブ開閉動作に伴うガラス管部の真空度変化の関係を説明する図。
【図4】プラズマ分光計測を説明する図。
【図5】調整手順の一例を示すフロー図。
【図6】本発明の他の実施例による質量分析装置を示す概略図。
【図7】本発明の他の実施例による質量分析装置を示す概略図。
【図8】調整作業を行う操作パネル画面の説明図。
【図9】従来の質量分析装置の説明図。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図面を参照して本発明の実施例を説明する。
図1は、本発明の一実施例による質量分析装置を示す概略図である。従来の装置構成との差異は、イオン源8を構成するガラス管と真空チャンバー13の真空度が計測できるように真空計20a,20bを追加した点と、バルブ6上流部の真空度を調整するために、流量調整バルブ22を介してバルブ上流と荒引き真空ポンプ17とを排気配管21によって接続した点である。
【0023】
パルス的に気化ガス4を導入するので、イオン源8及び真空チャンバー13の真空度は短時間に大きく変化する。真空計20a,20bとしては、十ミリセカンド程度のタイムラグで高速に計測できる真空計が望ましい。真空計20a,20bは、Oリング19、ジョイントなどを介して、イオン源8、真空チャンバー13と接続されている。
【0024】
また、流量調整バルブ22の開度を調整することによって、圧力損失値を変化させ、バルブ6上流の真空度、すなわち試料導入部の真空度を変化させることが可能となる。流量調整バルブ22は、開度100%で全開となり、開度0%で全閉状態になる。開度を増大させることで、バルブ6上流部の真空度は高真空になり、開度を低下させると、真空度は低真空になる。流量調整バルブ22は、手動式でも、電動によって自由に開度を変化させる機能を有するものでも良い。バルブ6上流部での真空度を変化させるのに、流量調整バルブ22を用いず、チューブ5の内径、長さを変化させて、コンダクタンスを小さくしてバルブ6の上流側の真空度を高真空に変化させることも可能である。排気配管21は、高い真空シール性能が必要ならば金属性フレキシチューブ、ステンレス管などを用い、高い真空シール性能が要らないならばゴム製や樹脂製の配管を用いる。流量調整バルブ22の下流側の配管を荒引き真空ポンプ17の圧縮部間の配管部に接続し、配管部での真空度と回りの環境温度の関係で発生する水分の擬縮現象による排気速度低下の問題を抑制することも可能である。
【0025】
真空計20aによって計測されたイオン源8の真空度のデータ、真空計20bによって計測された真空チャンバー13の真空度のデータ、及び後述するイオン源のプラズマ状態の計測データなどは、制御部40に入力される。制御部40は、バルブ6の開閉制御、流量調整バルブ22の開度制御、イオン源8にバリア放電10を発生させるための高周波電源12の制御、本引き真空排気ポンプ18の回転数制御などを行う。また、制御部40のメモリ41には装置調整プログラムが格納され、制御部40は、この装置調整プログラムに従って後述のように装置各部のデータを収集し、最終的に質量分離部14に流入するイオン量が一定になるように、流量調整バルブ22の開度、本引き真空排気ポンプ18の回転数、高周波電源12の放電電圧や放電時間等の制御を行う。
【0026】
先ずは、イオン源8に流入させる気化ガス流量を一定にするため、どのような方法、手段を用いているか具体的に説明する。
【0027】
図2は、バルブ6を閉→開→閉に変化させた場合の経過時間とイオン源8の真空度変化を示す。バルブ6をパルス状に閉→開→閉に動作させて、パルス状に気化ガス4を流入させる。バルブの開時間は約十数ミリセカンド程度である。バルブ6を閉→開に動作させると、気化ガス4が流入するので、イオン源8を構成するガラス管の真空度は低真空側に変化し、開→閉に動作させると、オリフィス15を通過して排気されるのみとなるので、真空度は高真空側に変化する。
【0028】
バルブ閉後の経過時間に対する真空度変化の割合を示す時定数τ1は、V1(イオン源8の体積)/S1(合成排気速度)に比例する。ここで、S1は、(1)オリフィス15のコンダクタンスC2、(2)質量分離部14の構造によって決まるコンダクタンス、(3)本引き真空排気ポンプ18と質量分離部14間の構造によって決まるコンダクタンスC3、(4)本引き真空ポンプ18の排気速度、でほぼ決まる合成コンダクタンスに依存し、上記(2)、(3)、(4)は、本引き真空ポンプ18が故障しない限り、ほぼ一定とみなせる。オリフィス15のコンダクタンスC1を含まない上記(2)、(3)、(4)の合成コンダクタンスを求めるには、同様にバルブ6閉後の真空チャンバー13の真空度の変化を計測し、この時定数が、V2(真空チャンバー13の空間体積)/S2((2)〜(4)の合成排気速度)に比例することを利用する。よって、τ1を実測値より求めれば、V1(イオン源のガラス管体積)は形状より求まるので、上記(1)〜(4)によるS1(合成排気速度)が求まる。上記(2)〜(4)のコンダクタンスが求まっているので、オリフィス15のコンダクタンスC2が求まり、オリフィス直径が求まることになる。
【0029】
図3は、バルブ6の絞り部のコンダクタンス(流路抵抗の逆数)の変化とイオン源8の真空度変化の関係を示す。バルブ6が閉→開になると、気化ガス4がイオン源8に流入し、イオン源を構成するガラス管部の真空は低真空側に変化する。イオン源に流入した気化ガス4の一部は、オリフィス15を通過して、真空チャンバー13に流出する。流入と流出のバランスした所で、真空度は定常状態になり、一定値となる。バルブ開時間が短いと、定常状態にならず、経過時間に対して常にイオン源の真空度は変化している状態となる。バルブのコンダクタンスがメンテナンス作業前と比較して大きくなった場合(流路抵抗が小さくなった場合)、バルブ内部を流れる気化ガス流量は増加し、イオン源8の真空度は、より低真空側に変化する。逆に、コンダクタンスが小さくなった場合(流路抵抗が増大した場合)、イオン源の真空度は高真空側に変化する。次に、バルブを開→閉にすると、オリフィス15を介して、真空チャンバー13に気化ガスが流出するので真空度は高真空側に変化する。コンダクタンスの差異による真空度の変化は図に示すとおりである。
【0030】
前述の式(1)において、バルブ6のコンダクタンスC1以外のP1(実測値)、P2(実測値)、C2(実測値から算出したオリフィス部のコンダクタンス)は求まっている。図9中に示すP0(バルブ6上流の真空度)は、装置立ち上げ時に計測しておくことで求まる。P0値は、荒引き真空ポンプ17が故障しなければ一定値となる。バルブ6が閉→開になってからの経過時間に対するイオン源の真空度の変化より、式(3)の関係式を用いて、Q1を求めることが出来る。このQ1より、バルブ絞り部のコンダクタンスC1が求まる。上記の方法により、バルブの絞り部、オリフィスのコンダクタンス(つまり直径)が求まる。
【0031】
1(メンテナンス後、校正作業後のガス流量の実測値)をメンテナンス前、又は、校正作業後の値と同一にするには、式(1)より、P0を変化させれば良いことがわかる。
【0032】
0は、図1に示す流量調整バルブ22により変化させる。P0を変化させると、C1,C2は変化しないが、P1,P2は変化するので、P0を変化させ、P1,P2を実測し、式(1)の値をメンテナンス前、装置校正作業前と同じ値にすることが可能になる。上記の操作により、イオン源8への気化ガス流入量は一定になる。式(3)より、イオン源8の圧力上昇はメンテナンス前後で同じとなり、プラズマ放電状態に変化がなければ、イオン源8で発生するイオン量は同じとなる。
【0033】
上記では、P0を変化させてQ1を同じ値としたが、P0を一定にして、イオン源(ガラス管など)の真空度P1、チャンバーの真空度P2を変化させて、Q1を一定にする方法でも良い。真空度P1,P2を変化させるには、例えば、図1では、流量調整バルブ22の上流側の排気配管21は、バルブ6の上流側に接続されているが、これを図1に破線21’で示すようにイオン源(ガラス管など)8に接続すれば良い。又は、本引き真空ポンプ18の回転数を変化させて排気速度を変化させる方法がある。あるいは、真空チャンバー13に、分析に影響しないガスを、マスフローコントローラなどを用いて微量だけ流入させて、真空度P1,P2を低真空側に変化させることでも実現できる。
【0034】
次に、イオン源でのプラズマ放電状態を一定にするため、放電電圧、放電電流、プラズマ発光強度などを計測し、現状を把握し、基準値との変化分を補正するようにプラズマ放電条件を調整する方法について以下に示す。
【0035】
図4は、プラズマ分光計24によるプラズマ計測の概略構成図である。プラズマ中の励起した原子、分子が低いエネルギーに遷移する際、プラズマ状態固有の発光スペクトルの光を発することが知られている。バリア放電部10からの発光23をプラズマ分光器24に取り込み、光電子増倍管25などの光検出器からの出力信号を更に増幅器26で電気的に増幅し、表示器27に情報を表示する。表示器27に表示される情報の一例を図中、左に示す。横軸を検出波長とし、縦軸をスペクトル強度とすると、図に示すようなスペクトル波形が得られる。このスペクトル波形より、電子密度、電子温度、原子数などのプラズマの状態を知ることが出来る。計測されたデータは制御部40に送信され、制御部はそのデータを用いて後述のデータ処理を行い、その結果に基づいて高周波電源12を制御する。なお、制御部40によってプラズマ放電状態を自動制御する場合、表示器27に発光スペクトルなどの情報を表示することは必ずしも必要ではない。
【0036】
上記の方法で、メンテナンス前後、校正作業前後でプラズマ発光状態を比較することで、プラズマ状態の変化を検出することが可能になる。この変化分を補正するため、プラズマ放電条件を変化させる。例えば、プラズマ放電状態(放電電圧、放電電流など)がメンテナンス、校正作業前後で同じであるにも関わらず、発光スペクトルの波長に対して積分した値が何らかの要因で変化した場合、放電電圧を増減させて、発光スペクトルの波長に対するスペクトルの積分値を同一にする。この操作によって、ある放電時間内のイオン生成量は同一になる。上記の操作をスペクトルの積分値ではなく、ある特定の波長に注目して、特定波長のスペクトル強度が一定になるように放電電圧を変化させても良い。また、放電電圧を変化させずに、上記のスペクトルの積分値×プラズマ点火時間が一定になるように、プラズマ点火時間を変化させても良い。スペクトル積分値が基準値に対して小さい場合、放電時間を増加させる。逆にスペクトル積分値が大きい場合、放電時間を減少させて、放電時間内でのイオン生成量を同一にする。
【0037】
上記の操作により、ほぼ、プラズマ点火時間内で発生するイオン総数は、一定になる。放電状態が変化しても、発生イオン量は一定に出来る。今までに述べた方法で、ガラス管への気化ガス流量は一定となり、イオン源で生成されるイオン総数はほぼ同じとなる。
【0038】
次に、質量分離部に流入するイオン量を常に一定にするための方法、すなわちオリフィス径の変化に基づく基準値との差分を補正するため放電時間などの放電条件を変化させる方法について説明する。
【0039】
ある一定の時間内に質量分離部14に流入するイオン総数は、オリフィス15の断面積にほぼ比例するので、オリフィス径がメンテナンス作業前後、校正作業前後で変化している場合、例えば小さくなっている場合、イオン総数は減少し、逆に大きくなっている場合、イオン総数は増大する。このオリフィス径の差異を補うには、一つには放電時間を変化させれば良い。つまり、オリフィス径が大きい場合、オリフィス面積比の逆数で放電時間を短くして、逆にオリフィス径が小さい場合、放電時間を長くする。同様な効果は、プラズマを継続して放電状態にしておき、イオン源と質量分離部の間にシャッターバルブを設置して、バルブの開時間を変化させ、質量分離部へ流入するイオン数を同一にすることによっても得られる。以上の操作を行うことによって、オリフィス径の変化に伴う質量分離部14に流入するイオン数の変化を無くすることが可能になる。
【0040】
図5は、上記の調整内容を操作フローの一例としてまとめた図である。
最初に、バルブ6を開状態から閉状態に変化させ(S11)、イオン源8の真空度変化及び真空チャンバーの真空度変化を測定する(S12)。この真空度変化の情報を元に、オリフィス15の径を求める(S13)。次に、バルブ6を閉状態から開状態に変化させ(S14)、イオン源8の真空度変化を測定する(S15)。それより、バルブ6のコンダクタンス、従って絞り部の径を求める(S16)。次に、例えば、流量調節バルブ22を調整して、イオン源8の上流部の真空度P0を変化させ、イオン源8に流入するガス流量が一定になるようにする(S17)。この調整により、イオン源8への気化ガス4の流入量が一定になり、イオン源8の真空度変化がメンテナンス前後で同じになる。
【0041】
次に、プラズマ分光器24でプラズマの状態を計測する(S18)。計測結果を元に、例えば、放電時間×スペクトル強度の積分値の値が一定になるように、イオン源8の放電時間又は放電電圧を変化させる(S19)。この調整により、メンテナンス前後のイオン生成量は一定になる。次に、オリフィス15の径に応じて、イオン源8の放電時間を変化させる(S20)。この調整により、メンテナンス前後で、質量分離部14に流入するイオン量は一定になる。
【0042】
こうして、高スループットで信頼性の高い、操作性の良い質量分析装置を提供することができる。なお、図5に示した一連の処理は、制御部40のメモリ41に格納された調整プログラムに従って自動的に行われる。
【0043】
図6は、本発明の別の実施例による質量分析装置を示す概略図である。図1の実施例との相違点は、試料とバルブの位置を入れ替えた点である。
【0044】
本実施例の利点は、バルブ6の内部に気化ガス4が通過しないので、バルブ6内部が気化ガス4によって汚染されることが無く、バルブ6の交換作業を行う必要が無いことである。メンテナンス作業を行う部品は、イオン源8となるガラス管、オリフィス15などである。バルブ6のコンダクタンスには変化が無いので、メンテナンス作業後の調整作業、校正作業は簡単になる。短所としては、バルブ6が閉状態においても、試料ビン2の内部において真空チャンバーへ気化ガスが流入した分、気化し続けるため、イオン源8のガラス管、オリフィス15の汚染が増大する点である。これを防止する為、試料ビン2の出口に圧損の大きなフィルターを挿入し、気化ガス流量を低下させる方法があるが、実際のイオン発生時のガス流量が十分に取れないなどの問題が発生する場合がある。
【0045】
図7は、本発明の別の実施例による質量分析装置を示す概略図である。図1の実施例との相違点は、イオン源8となるガラス管を直管ではなく、T字型の管とした点である。T字の分岐部近傍でバリア放電10を行うことで、気化ガス4が流れる領域30とバリア放電領域とを離すことが可能となる。T字のガラス管の一端は、封止栓28によって真空封止されている。
【0046】
図1に示す構造では、バリア放電領域を気化ガス4が通過するので、高エネルギーイオンや電子と気化ガス4が直接反応し、フラグメントイオンが多く生成する。キャピラリーをガラス管の内部に這い回し、バリア放電領域から離して下流に気化ガス4を供給し、気化ガス4と高エネルギーイオンや電子との反応を回避する方法もあるが、構造が複雑になる問題がある。
【0047】
本実施例の構造によると、バリア放電域10で発生する高エネルギーイオンや電子が気化ガス4と反応するまでの距離を進行する間に残留ガスとの衝突によって高エネルギーイオンや電子が消滅し、低エネルギーイオンや電子が主となり、電子衝撃イオン化法などと比較して、ソフトなイオン化が可能となる。その結果、気化ガス分子はイオン、電子との反応で壊れにくく、親イオンが主となり、フラグメントイオン生成量が低下して、薬物検出に適したイオン化方法になる。また、図7に示した例では、バルブ6を試料ビン2の上流側に配置しているが、図1のように試料ビン2とイオン源8の間にバルブ6を配置しても良い。
【0048】
図8は、装置の操作画面の一例を示す図である。質量分析装置の操作画面であり、ユーザ又はサービスマンがメンテナンス作業後、校正作業の際に操作画面上の“調整”ボタンを押す(A)。すると、図5に示した調整作業が自動で開始される。しばらくすると、調整作業中の画面に変わる(B)。調整作業が終了すると、測定開始ボタンが自動的に点滅し、ユーザに分析開始を知らせる(C)。この“測定開始”ボタンを押すと、質量分析作業が開始され、“測定中”の画面が表示される(D)。測定が完了すると、画面上に分析結果が表示される。
【0049】
なお、本発明は上記した実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上記した実施例は本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。また、各実施例の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
【0050】
また、上記の各構成、機能、処理部、処理手段等は、それらの一部や全部を、例えば集積回路で設計する等によりハードウェアで実現してもよい。また、上記の各構成、機能等は、プロセッサがそれぞれの機能を実現するプログラムを解釈し、実行することによりソフトウェアで実現してもよい。各機能を実現するプログラム、テーブル、ファイル等の情報は、メモリやハードディスク、SSD(Solid State Drive)等の記録装置、または、ICカード、SDカード、DVD等の記録媒体に置くことができる。
【符号の説明】
【0051】
1 試料
2 試料ビン
3 ヒータ
4 気化ガス
5 チューブ
6 バルブ
7 大気
8 イオン源
9 放電電極
10 バリア放電
12 高周波電源
13 真空チャンバー
14 質量分離部
15 オリフィス
16 イオン検出器
17 荒引き真空ポンプ
18 本引き真空ポンプ
19 Oリング
20a,20b 真空計
21 排気配管
22 流量調整バルブ
23 プラズマ発光
24 プラズマ分光器
25 光電子増倍管
26 増幅器
27 表示器
28 封止栓
30 気化ガスが流れる領域
31 操作画面
40 制御部
41 メモリ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料ガスをイオン化するイオン源と、
前記イオン源に試料ガスをパルス状に供給する試料導入部と、
真空チャンバー内に配置され、前記イオン源でイオン化された試料ガスのイオンを荷電質量比で分離する質量分離部と、
前記イオン源と前記質量分離部との間に配置されたイオンが通過するオリフィスと、
前記質量分離部で分離されたイオンの検出を行うイオン検出部とを有する質量分析装置において、
前記イオン源の真空度を計測する第1の真空計、及び、前記真空チャンバーの真空度を計測する第2の真空計を備え、
前記試料導入部、前記イオン源、又は前記真空チャンバーの少なくとも1つの真空度を変化させる手段を有することを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記試料導入部は、試料を入れる試料容器、及び前記試料容器と前記イオン源とを接続する配管中に配置されたバルブを備え、前記バルブの開閉動作により、前記試料容器中の試料からの気化ガスを前記イオン源にパルス状に供給することを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記試料導入部は、試料を入れる試料容器、前記試料容器と前記イオン源とを接続する配管、及び前記試料容器の上流側に配置されたバルブを備え、前記バルブの開閉動作により、前記試料容器中の試料からの気化ガスを前記イオン源にパルス状に供給することを特徴とする質量分析装置。
【請求項4】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記試料導入部又は前記イオン源を真空ポンプに接続する配管、及び前記配管中に配置された流量調整バルブを有することを特徴とする質量分析装置。
【請求項5】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記イオン源に試料ガスをパルス状に供給するために前記試料導入部に設けられたバルブの開閉動作に伴う前記イオン源、及び、前記真空チャンバーの真空度変化から、前記バルブの絞り部のコンダクタンス、及び、前記オリフィスのコンダクタンスを求め、基準値とのずれ量を補正し、前記イオン源に流入する試料ガスの流量を一定に保つために、前記試料導入部、前記イオン源、又は前記真空チャンバーの真空度を変化させることを特徴とする質量分析装置。
【請求項6】
請求項1に記載の質量分析装置において、前記イオン源の内部にプラズマ放電を発生させるための電源、前記電源を制御する制御部、前記プラズマ放電の状態を監視するためのプラズマ分光器、及び、前記プラズマ分光器から得られたデータを処理するデータ処理部を有することを特徴とする質量分析装置。
【請求項7】
請求項6に記載の質量分析装置において、メンテナンス作業前後あるいは装置校正作業前後において、前記プラズマ分光器で分光された波長毎のスペクトル強度の積分値がほぼ同一になるようにプラズマ放電条件を変化させるか、又は、放電時間と前記スペクトル強度の積分値がほぼ同一になるように放電時間を制御することを特徴とする質量分析装置。
【請求項8】
請求項6に記載の質量分析装置において、前記プラズマ放電の放電電圧あるいは放電電流について、メンテナンス作業前、又は、装置性能校正作業前の基準値と現在の測定値との差分を求め、このずれ量を補正しイオン源でのプラズマ放電状態を一定にするため、プラズマ放電条件を変化させる手段を有することを特徴とする質量分析装置。
【請求項9】
請求項5に記載の質量分析装置において、前記オリフィス径の変化分を補正して前記質量分離部に流入するイオン量が一定になるようにプラズマ放電時間を変化させることを特徴とする質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−37815(P2013−37815A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−171213(P2011−171213)
【出願日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】