説明

質量分析計および質量分析方法

【課題】
タンデム質量分析計にてMSの3乗を行う場合、装置構成の大型化やコストが増大するという課題がある。同様に、複数回のMS/MS分析においてはいっそう困難である。
【解決手段】
衝突室内に調和ポテンシャルを形成する電極を配置し、1回目の衝突誘起解離で生成したフラグメントイオンを捕捉する。捕捉したイオンの中から、次なる目的イオンを軸方向共鳴励起によりイオンを選択的に出射する。励起したイオンは軸方向に励起し、調和ポテンシャルを超えることで、後段に備える電位差により2回目の衝突誘起解離が行われる。さらに、イオンを調和ポテンシャル内部に戻す操作を加えることで、複数回のMS/MS分析を実施可能にする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析計および質量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置は、試料分子に電荷を付加してイオン化を行い、生成したイオンを電場または磁場により質量電荷比に分離し、その量を検出器にて電流値として計測する機器である。質量分析装置は高感度であり、また、従来の分析装置に比べ、定量性および同定能力に優れている。近年、ライフサイエンス分野ではゲノム解析に代わるペプチド解析や代謝物解析が注目され、高感度で同定・定量能力の優れた質量分析装置の有効性が再評価されてきた。
【0003】
質量分析装置は、その原理から幾つかの種類が挙げられるが、現在主に使用される質量分析計として、四重極形質量分析計(QMS:Quadrupole Mass Spectrometer)と飛行形質量分析計(TOFMS:Time Of Flight Mass Spectrometer)が挙げられる。
【0004】
イオン選択および衝突誘起解離を1回以上行った後、質量分離を行う質量分析装置を、一般的にタンデムMSと言う。イオン選択および衝突誘起解離を1回行うことが可能な装置として、四重極−飛行形質量分析計(Q−TOF)および三連四重極形分析計(Triple QMS) が挙げられる。三連四重極形分析計と言われるタンデム質量分析計に関連するものとして、たとえば、特許文献1がある。
【0005】
【特許文献1】特開2005−353304号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
四重極−飛行形質量分析計や三連四重極形分析計と言われるタンデム質量分析計は、イオンが連続的に検出器に到達することから、MSの2乗までしかできなかった。また、タンデム質量分析計にてMSの3乗を行う場合、2段目の質量分離部の後段に、2段目の衝突室と3段目の質量分離部を供えなければならなく、装置構成の大型化やコストが増大するという課題がある。同様に、複数回のMSnにおいてはいっそう困難である。また、イオントラップ質量分析計に関しては、衝突誘起解離時の電界形成により、目的のイオンの質量電荷比約1/4以下のイオンをイオントラップ内に捕捉できず、低質量のフラグメントイオンを測定することができない課題を持つ。
【0007】
本発明の一つの目的は、質量分析装置において、1つの衝突室でMS3を可能とすることである。
【0008】
さらに、本発明の他の目的は、質量分析装置において、装置構成の大型化を抑止しながら複数回のMS/MS分析を可能とすることである。
【0009】
さらに、本発明の更に他の目的は、質量分析装置において、低い質量電荷比のフラグメントイオンを測定可能とすることである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一つの特徴は、試料をイオン化するイオン源部と、イオン源にて生成されたイオンを、四重極電界等の目的のイオンのみを選択的に透過または蓄積排出する第一の質量分離部と、目的イオンを中性分子と衝突させて目的イオンの衝突誘起解離を行う衝突室と、イオンの質量電荷比によって分離可能な質量分離部と、到達したイオンの量を電流値に変換する検出部とで構成される質量分析装置において、衝突室内に、イオンを捕捉するポテンシャルを形成し、その入射時と排出時のエネルギーにより衝突誘起解離を行うことである。
【0011】
本発明の他の特徴は、イオンを捕捉するポテンシャルの後に、イオンを加速するポテンシャルを形成し、その加速エネルギーにより2回目の衝突誘起解離を行うことである。
【0012】
さらに、本発明の更に他の特徴は、衝突室内の前段に調和ポテンシャルを形成する羽電極を用いることで、イオンを捕捉するポテンシャルを形成し、入射時に生成したフラグメントイオンを捕捉し、さらに羽電極に補助交流電圧を重畳することで、MS3を行うイオンのみに出射エネルギーを与え、2回目の衝突誘起解離を行うことである。
【0013】
さらに、本発明のその他の特徴は、調和ポテンシャルを形成する羽電極の後段に、加速エネルギーを与える電界の傾斜を与える羽電極を配置し、2回目の衝突誘起解離を行うことである。
【0014】
さらに、本発明の更にその他の特徴は、加速エネルギーを与える電界の傾斜を与える羽電極とその後段に備える電極に、調和ポテンシャルの端電位よりも高く設定することで、イオンを調和ポテンシャル方向へ加速し、調和ポテンシャルに再度イオンを捕捉し、上記操作を複数回行うことで、複数回のMS/MS分析を行うことである。
【0015】
またさらに、本発明の別の特徴は、試料をイオン化するイオン源部と、当該イオン源にて生成されたイオンの中から目的のイオンを選択するn段目(nは自然数)の質量分離部と、選択されたイオンについてm回目(mは自然数)の衝突誘起解離を行う衝突室と、衝突誘起解離により生成したフラグメントイオンを再度質量分離するn+1段目の質量分離部と、イオンを検出する検出器を備える質量分析計において、衝突室内部に調和ポテンシャルを形成し、その内部に衝突誘起解離で生成したフラグメントイオンを捕捉し、その中から目的のイオンを選択的に軸方向排出を行うことで、後段に備える電位差によりm+1回目の衝突誘起解離を行うことである。
【発明の効果】
【0016】
本発明の一つの効果は、衝突室に入射した目的のイオンを開裂し、さらに衝突室内部で2回目の開裂をすることで、1つの衝突室でMS3が可能となることである。
【0017】
さらに、本発明の他の効果は、イオンを調和ポテンシャルに戻す操作を行うことで、複数回のMS/MS分析が可能となることである。
【0018】
さらに、本発明のその他の効果は、衝突室での衝突誘起解離のため、低い質量電荷比のフラグメントイオンを測定可能となることである。
【0019】
本発明の前記特徴及び更に他の特徴については、以下の記述により説明される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
まず、質量分析装置の種類に関して説明する。質量分析装置は、試料分子に電荷を付加してイオン化を行い、生成したイオンを電場または磁場により質量電荷比に分離し、その量を検出器にて電流値として計測する機器である。質量分析装置は高感度であり、また、従来の分析装置に比べ、定量性および同定能力に優れている。近年、ライフサイエンス分野ではゲノム解析に代わるペプチド解析や代謝物解析が注目され、高感度で同定・定量能力の優れた質量分析装置の有効性が再評価されてきた。
【0021】
質量分析装置は、その原理から幾つかの種類が挙げられるが、現在主に使用される質量分析計として、四重極形質量分析計(QMS:Quadrupole Mass Spectrometer)と飛行時間型質量分析計(TOFMS:Time Of Flight Mass Spectrometer)が挙げられる。
【0022】
四重極形質量分析計は、4本の円柱または双曲面をもったポールを電極とし、高周波電圧および直流電圧を印加することによって質量分離を行う質量分析装置である。高周波電圧を印加することにより、電極間に四重極電界を形成することで、擬似的な井戸型ポテンシャルを作り、イオンを電極間に収束させる。このとき、直流電圧を重畳すれば、特定の質量電荷比のイオンを透過することができ、検出器に輸送することでそのイオンの量を測定することができる。この直流電圧と交流電圧を、特定のイオンのみが透過する電圧比にて電圧掃引すれば、低い質量電荷比から順に検出器に到達し、マススペクトルを得ることができる。四重極形質量分析計は、シーケンシャルな測定が可能であり、かつ検出器のダイナミックレンジが広いため、定量性能が高い特徴を持つ。
【0023】
飛行時間型質量分析計は、イオンを電界により加速し、検出器に到達する時間を計測することで質量分離を行う。電界によりイオンに与えられる加速エネルギーは一定のため、検出器に到達する時間は質量電荷比によって異なる。これにより、低い質量電荷比のイオンは早く、高い質量電荷比のイオンは遅く、検出器に到達する。この到達時間に対し、検出器から出力される電流値をグラフ化すれば、マススペクトルを得ることができる。飛行時間型質量分析計は、質量分解能が高く、かつ質量精度が高いため、定性性能が高い特徴を持つ。
【0024】
上記2例の質量分析装置にて得られるマススペクトルは、測定する試料の質量によって異なり、そのマススペクトルから試料の成分や量の情報を得ることができる。しかし、試料中の構成成分が複雑であったり、得られたマススペクトルが成分の特定に不十分な情報である場合がある。特に質量分析装置では質量電荷比により分子イオンを同定するため、異なる構造であったとしても質量電荷比が同一の場合や質量分析計の分解能が悪い場合、分子イオンを区別するのが困難になる。また、質量電荷比が400以下のマススペクトルにおいて、溶媒中や環境中由来の夾雑物が多く存在するため、目的成分と頬雑物と区別できない。そこで、本課題を解決するため、MSn分析が考案された。
【0025】
MSn分析とは分子イオンを質量分析装置に取り込み、特定質量電荷比の分子イオンを選択し、選択した分子イオンと中性分子との衝突を起こすことにより、分子イオンの一部の結合を破壊し、結合の切れたイオンを測定する方法である。この中性分子と衝突させ分子イオンの結合を切ることを衝突誘起解離(CID:Collision Induced Dissociation)と呼び、イオン選択、衝突誘起解離の一連の操作の繰返し回数によってMS2やMS3などと呼ぶ。分子中の原子間の結合はその構造や結合の種類によって結合エネルギーが異なるため、結合エネルギーが低い箇所ほど衝突誘起解離によって切断される。分子イオンと中性分子との衝突時に、結合を切断するのに十分な運動エネルギーを分子イオンに与えることにより、特有のフラグメントイオンが生成し、分子イオンの構造を知ることができる。さらに、イオンを選択して開裂することから、開裂後のイオンの質量電荷比領域におけるノイズが小さく、信号強度とノイズの比(S/N比)が向上する。
【0026】
イオン選択および衝突誘起解離を1回以上行った後、質量分離を行う質量分析装置を、一般的にタンデムMSと言う。イオン選択および衝突誘起解離を1回行うことが可能な装置として、四重極−飛行時間型質量分析計(Q−TOF)および三連四重極形分析計(Triple QMS)が挙げられる。
【0027】
四重極−飛行時間型質量分析計は、四重極質量分析計と飛行時間型質量分析計を結合した装置であり、その中間に衝突室を設けることで、MS/MSを行う。衝突室は、内部にヘリウムや窒素等の中性分子を導入し、内圧を高くすることで、イオンと中性分子の衝突確率を高くし、衝突誘起解離を行う部屋である。試料の中からMS/MSを行う目的のイオンを四重極質量分析計にて選択後、衝突室に導入するエネルギーによりイオンの開裂が起こる。この開裂したイオンを、後段に供える飛行形質量分析計にて質量分離を行えば、MS/MSのマススペクトルを得ることができる。質量分離部に飛行形質量分析計を使用するため、高分解能かつ高質量精度のMS/MSスペクトルが取得可能であり、信頼性の高い結果を得ることができる。そのため、蛋白解析等の同定分析に使用されることが多い装置である。
【0028】
三連四重極形質量分析計は、3台の四重極質量分析計を結合した装置であり、中間の四重極分析計が衝突室である。衝突室の構成および衝突誘起解離の原理は前述の四重極−飛行時間型質量分析計と同一であり、1段目の四重極質量分析計でイオンを選択し、2段目でイオンの開裂、3段目で質量分離を行う。三連四重極形分析計は、四重極−飛行時間型質量分析計とは質量分離部が異なり、四重極質量分析計であるため、定量性が高い結果を得ることができる。そのため、薬物動態分析等の定量分析に使用されることが多い装置である。
【0029】
その他、MSn分析を可能とする質量分析装置として、イオントラップ質量分析計がある。イオントラップ質量分析計は、一度、イオンを四重極電界内に捕捉し、共鳴励起によるイオン選択および衝突誘起解離,不安定排出または共鳴励起による質量分離を行うことで、MS/MSスペクトルを得ることができる。イオントラップ質量分析計は、イオンを捕捉するため、開裂したイオンを排出することなく、イオントラップ電極内に残すことが可能であり、再度、イオン選択および衝突誘起解離を行えば、複数回のMS/MS分析が可能となる。
【0030】
衝突誘起解離によるイオンの開裂は、分子間結合の結合の低い部分において、頻度が高く生じるため、複雑な構造のイオンに対しては情報不十分なMS/MSスペクトルになる場合がある。その際、複数回のMS/MS分析は、情報不十分なイオンに対し、再度、イオン選択および衝突誘起解離操作を行うことで、不十分であった情報を追加して得ることができる。実際、糖鎖修飾したペプチドについて同定および構造解析を行う場合、MS/MSにて分子間結合の結合の低いペプチドを開裂し同定した後、MS2で同時に生成した糖鎖断片を選択的にMS3分析すれば、ペプチドシーケンスと糖鎖構造を一度に解析可能となる。
【0031】
以下、本発明の実施形態について添付する図面を用いて説明する。
【実施例1】
【0032】
図1に、本実施例を四重極−飛行時間型質量分析計に採用した場合の概略構成図を示す。始めに、実施形態の質量分析計の構成について説明する。イオン源101は、直流電源より数kVの電圧を印加することで試料をイオン化する。正または負に帯電したイオンは、直径0.2〜0.8mm程度の細孔102を通り、真空内部に導入される。後段に控える1段目クワドロポール103は線形四重極電界を作成するクワドロポールであり、直流電圧に高周波電圧を重畳し印加する。高周波電圧と直流電圧の比を一定とし電圧操作を行うことで、特定の質量電荷比のイオンのみを透過させることができる。この特定の質量電荷比を、構造解析する目的のイオンの質量電荷比とする。この目的のイオンは1回目の衝突誘起解離を行うイオンであり、目的イオンAとする。目的イオンAは、その後段に備える入口細孔104を通り、衝突室105に導入される。衝突室内部はヘリウムや窒素等の中性分子を導入することで数ミリTorr程度の圧力を維持する。その内部には、本発明の実施例の構成部品である2段目クワドロポール106および前羽電極107,後羽電極108,CID羽電極109が配置される。2段目クワドロポール106には高周波電圧および直流電圧を印加し、高周波電圧でxy平面での井戸型ポテンシャルを形成し、xy方向でイオンを捕捉する。さらに、直流電圧はイオンの透過および開裂を操作するため電圧操作を行う。詳細は次項のタイミングチャートに示す。前羽電極107および後羽電極108はその内部に調和ポテンシャルを形成する電極であり、z軸方向のイオンの捕捉および共鳴励起を行う。CID羽電極109は2回目の衝突誘起解離を行う電極であり、次項のタイミングチャートに示すように電圧を操作する。
【0033】
次に、本実施例のMS3スペクトルを取得するまでの概要について説明する。
【0034】
衝突室に導入された目的イオンAは入口細孔104と2段目クワドロポール106の直流電圧の電位差により、運動エネルギーを得、中性分子と衝突することで、1回目の開裂が起こる。イオンの開裂部位はランダムのため、広い質量電荷比範囲のフラグメントイオンが生成される。この1回目の開裂で生じたフラグメントイオンをフラグメントイオンAとする。フラグメントイオンAは前羽電極107および後羽電極108にて形成された調和ポテンシャルにより、その内部に捕捉され、z軸方向に質量電荷比固有の周波数にて振動する。次に、フラグメントイオンAの中で、さらに構造解析を望む(MS3を行う)イオンの振動周波数の高周波電圧を、前羽電極107および後羽電極108に印加する。この高周波電圧を補助高周波電圧とし、さらに構造解析を望むイオンを目的イオンBとする。補助高周波電圧は前羽電極107および後羽電極108で逆位相とする。ただし、補助高周波電圧を印加する電極は、前羽電極107および後羽電極108の片方のみでも良い。この補助高周波電圧により、目的イオンBはx軸方向へ共鳴励起し、エネルギーを得、調和ポテンシャルを越えるポテンシャルを得ることでCID羽電極109側に出射される。このとき、CID羽電極109に電圧を印加し、後羽電極108との電位差により目的イオンBの運動エネルギーを高める。この電位差を目的イオンBを開裂するに十分な電位差にすれば、2回目の衝突誘起解離を行うことができる。そして、目的イオンBのフラグメントイオンが生成される。これをフラグメントイオンBとする。このフラグメントBを衝突室105と飛行時間型質量分析計111との隔壁電極である出口細孔110を通し、飛行時間型質量分析計111で質量分離を行えば、フラグメントイオンBの質量電荷比を測定することが可能であり、MS3スペクトルを得ることができる。
【0035】
次に、調和ポテンシャル内部での操作であるイオンの捕捉および共鳴励起について説明する。前羽電極107および後羽電極108に直流電圧を印加することで、クワドロポールの中心z軸上にz軸方向ポテンシャルD(z)を作成する。z軸方向ポテンシャルD(z)は前羽電極107と後羽電極108間の中心からの距離zにより、数式1で表される。
【0036】
【数1】

【0037】
式中、D0は調和ポテンシャル深さであり、Lは前羽電極107と後羽電極108間の中心から羽電極の端点までの距離である。このz軸方向ポテンシャルにより、イオンが調和ポテンシャル内部に導入されると、前羽電極107と後羽電極108間の中心に向かう力を得ることで、z軸方向に永年振動を行い、捕捉される。その周波数fは、数式2で表され、質量電荷比の平方根に反比例する。式中、eは電子素量であり、nはイオンの電荷数、mはイオンの質量である。
【0038】
【数2】

【0039】
共鳴励起させるイオンに対し、その質量電荷比に相当する周波数の補助交流電圧を羽電極に印加すれば、イオンはz軸方向に励起し、調和ポテンシャルを超えることで、調和ポテンシャル外部に排出される。このとき、交流電圧は2枚の羽電極に対し逆位相で印加するか、または片方のみに印加する。
【0040】
これらの電圧操作を行うことで、調和ポテンシャル内部にイオンを捕捉することができ、さらに共鳴励起することで、質量選択的にz軸方向へ排出することが可能となる。
【0041】
次に、図2に示すタイミングチャートを元に、本実施例での電圧操作について、説明する。本発明の実施例における主要な構成電極の電圧操作を示しており、図中、入口細孔電圧,前羽電極電圧,後羽電極電圧,CID羽電極電圧,出口細孔電圧は、それぞれ、図1における入口細孔104,前羽電極107,後羽電極108,CID羽電極109,出口細孔110である。さらに、クワドロポール直流電圧およびクワドロポール交流電圧は、2段目クワドロポール106に印加する直流電圧および交流電圧である。
【0042】
MS3実施方法の一例を以下説明する。本発明の実施例は、MS3を行うために、4つのステップに分けられた電圧操作を行う。その4つのステップはイオン捕捉ステップ201,イオン選択排出ステップ202,イオン透過ステップ203,不要イオン排除ステップ204である。
【0043】
以下、ステップそれぞれについて詳細を説明する。
【0044】
イオン捕捉ステップ201はフラグメントイオンAを調和ポテンシャルに捕捉する時間である。クワドロポール交流電圧を、イオンがx方向およびy方向に捕捉される電圧にて印加する。さらに、クワドロポール直流電圧は入口細孔電圧との電位差を作成し、目的イオンAが開裂するに十分なイオンの運動エネルギーが得られる値とする。クワドロポール直流電圧は、目的イオンAの質量電荷比に合わせて最適な電圧を得られるように変更可能とする。また、前羽電極電圧および後羽電極電圧は直流電圧を印加し、z軸方向に調和ポテンシャルを形成する。この調和ポテンシャルにより、イオンは調和ポテンシャルの中心に向かう力を得、捕捉される。
【0045】
次に、イオン選択排出ステップ202を行う。イオン選択排出ステップ202はイオンを軸方向共鳴励起し、CID羽電極との電位差により、MS3を行う時間である。前羽電極電圧および後羽電極電圧は同一の直流電圧を印加し、さらに目的イオンBの振動周波数と同一の補助交流電圧を重畳する。このとき、前羽電極と後羽電極の補助交流電圧は逆位相とする。さらに、入口細孔電圧は調和ポテンシャルより高い電位を作成する電圧を印加することで、目的イオンBが入口細孔104側に出射されるのを防止する。これにより、目的イオンBはz軸方向に共鳴励起し、調和ポテンシャルを超えるエネルギーを得ることで、CID羽電極109方向へ出射される。CID羽電極電圧は本ステップが始まると同時に、目的イオンBの開裂に適した電位差が得られるように電圧を印加しておく。これにより、調和ポテンシャルから出射された目的イオンBは調和ポテンシャルとCID羽電極電圧との電位差により、運動エネルギーを得、2回目の開裂が行われる。これにより、フラグメントイオンBが生成される。
【0046】
次に、イオン透過ステップ203を行う。イオン透過ステップ203は生成したフラグメントイオンBを飛行時間型質量分析計111へ輸送する時間である。CID羽電極電圧,クワドロポール直流電圧,出口細孔電圧を、フラグメントイオンBが飛行時間型質量分析計111へ向かう力を得るように、傾斜をかけて印加する。これにより、フラグメントイオンBは飛行時間型質量分析計111に輸送される。
【0047】
次に、不要イオン排除ステップ204を行う。不要イオン排除ステップ204は調和ポテンシャル内部に残存する不要なイオンを排除する時間である。クワドロポール交流電圧を0Vとすることで、x軸およびy軸方向に形成されていた擬似的な井戸型ポテンシャルを消失し、イオンをx軸方向およびy軸方向に排出する。この操作により、調和ポテンシャル内部の不要イオンが排除される。
【0048】
本発明の実施例における前述の構成および電圧操作を行うことにより、四重極−飛行形質量分析計においてMS3を行うことが可能となる。
【0049】
さらに、MSn(4次以上)の実施方法の一例を以下説明する。本発明の実施例では、図2のタイムチャートに新たなステップを追加することによりMSnを行うことが可能となる。例として、MS4を行うときのタイムチャートを図3に示す。図3における201,202,203,204のステップは図2に示したステップと同一であり、新たに軸方向不要イオン排除ステップ301,逆輸送ステップ302,2回目のイオン選択排出ステップ303の3ステップが追加される。
【0050】
イオン選択排出ステップ202が行われた後、軸方向不要イオン排除ステップ301を行う。軸方向不要イオン排除ステップは、調和ポテンシャル内部に捕捉されている不要イオンを入口細孔104側へ排除するステップである。入口細孔電圧および前羽電極電圧をイオンの電荷と逆の電位にて傾斜をかけて出力する。例えば、陽イオンの場合は負電圧であり、陰イオンの場合は正電圧である。不要イオンは本電圧傾斜により、入口細孔104側へ加速し、1段目のクワドロポール103の端電界により失われる。このとき1段目のクワドロポール103の高周波電圧を0Vにすると良い。また、本ステップにおいて、CID電極電圧はイオン選択排出ステップ202での電圧を維持することで、後羽電極電圧および出口細孔電圧との電位差が形成され、フラグメントイオンBはCID羽電極109近傍に捕捉される。
【0051】
次に、逆輸送ステップ302を行う。逆輸送ステップ302はCID羽電極109近傍に分布するフラグメントイオンBを調和ポテンシャル内部に戻すステップである。入口細孔電圧および前羽電極電圧を正電圧に戻し、調和ポテンシャルを再形成する。そして、CID羽電極電圧および出口細孔電圧を後羽電極電圧より高く設定する。これにより、フラグメントイオンBは前羽電極とCID羽電極電圧との電位差により、調和ポテンシャルへ向かう加速を得、再度、調和ポテンシャル内部に捕捉される。
【0052】
次に、2回目のイオン選択排出ステップ303を行う。2回目のイオン選択排出ステップ303の電圧操作はイオン選択排出ステップ202と同一である。本ステップの電圧操作により、フラグメントイオンBの中から次の目的のイオンを選択排出し、MS4のフラグメントイオンが生成される。
【0053】
そして、イオン透過ステップ203および不要イオン排除ステップ204を行えば、MS4のマススペクトルを得ることができる。
【0054】
つまり、軸方向不要イオン排除ステップ301,逆輸送ステップ302,2回目のイオン選択排出ステップ303の3ステップを追加することで、MS4が実施可能となる。さらに、2回目のイオン選択排出ステップ303の後に上記3ステップを複数回追加することで、複数回のMS/MS分析を実施することが可能となる。
【実施例2】
【0055】
第2の実施例として、三連四重極形質量分析計にて本発明を実施する実施形態について説明する。図4に本実施例の概略構成図を示す。イオン源101から細孔102まで(イオン源から出口細孔の範囲421)は先に示した実施例1と同一構成であり、後段に備える四重極形質量分析計422が、四重極形質量分析計である。四重極形質量分析計は直流電圧および交流電圧を印加可能な3段目クワドロポール411と、イオンを検出し電流値に変換する検出器412とで構成される。実施例1で示した421範囲の構成および電圧操作によりフラグメントイオンBを生成し、3段目クワドロポール411に輸送する。3段目クワドロポール411では交流電圧と直流電圧とを一定の比とし、電圧掃引を行い、観測する質量範囲のイオンを順次検出器に輸送する。これにより、フラグメントイオンBのマススペクトルを得ることができる。
【0056】
このように、四重極形質量分析計422の構成を、その他、イオンサイクロトン型質量分析計(FT−ICR)などの他の質量分離計に変更することで、測定目的,測定試料に合わせた質量分析計に本発明を実施することが可能となる。
【0057】
本発明の構成上の特徴の一つは、後段に備える電位差により2回目の衝突誘起解離を行うことであり、この後段に備える電位差とは、例えば、後羽電極108とCID羽電極109との電位差である。従来は、このような電位差を備えることは行われていない。後羽電極の後に空間を設け、電位差を作成・制御可能な電極(例えば、CID羽電極109)を有することも特徴である。さらに、従来、衝突室内部に調和ポテンシャルを形成することは行われておらず、衝突誘起解離を行うことはできなかった。よって、後段に備える電位差および衝突室内部に調和ポテンシャルを形成することが構成上の特徴の一つといえる。これらの特徴により、(1)MS3分析可能、(2)MSn分析(4次以上)可能、(3)低い質量電荷比のフラグメントイオン観測可能という効果を奏することができる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】四重極−飛行形質量分析計における本発明の実施構成の一例を示す図。
【図2】本発明の実施例のタイミングチャートの一例を示す図。
【図3】本発明の実施例におけるMS4実施時のタイミングチャートの一例を示す図。
【図4】三連四重極形質量分析計における本発明の実施構成の一例を示す図。
【符号の説明】
【0059】
101 イオン源
102 細孔
103 1段目クワドロポール
104 入口細孔
105 衝突室
106 2段目クワドロポール
107 前羽電極
108 後羽電極
109 CID羽電極
110 出口細孔
111 飛行時間型質量分析計
201 イオン捕捉ステップ
202 イオン選択排出ステップ
203 イオン透過ステップ
204 不要イオン排除ステップ
301 軸方向不要イオン排除ステップ
302 逆輸送ステップ
303 2回目のイオン選択排出ステップ
411 3段目クワドロポール
412 検出器
421 イオン源から出口細孔の範囲
422 四重極形質量分析計

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料をイオン化するイオン源部と、当該イオン源にて生成されたイオンの中から目的のイオンを選択するn段目(nは自然数)の質量分離部と、選択されたイオンについてm回目(mは自然数)の衝突誘起解離を行う衝突室と、衝突誘起解離により生成したフラグメントイオンを再度質量分離するn+1段目の質量分離部と、イオンを検出する検出器を備える質量分析計において、
衝突室内部に調和ポテンシャルを形成し、その内部に衝突誘起解離で生成したフラグメントイオンを捕捉し、その中から目的のイオンを選択的に軸方向排出を行うことで、後段に備える電位差によりm+1回目の衝突誘起解離を行うことを特徴とする質量分析計。
【請求項2】
請求項1において、
nが1であり、mが1であることを特徴とする質量分析計。
【請求項3】
請求項2において、前記衝突室は、クワドロポールやオクタポール等のマルチポールに高周波電圧を印加することにより、イオンの進行方向に対し直行方向に擬似的な井戸型ポテンシャルを形成することで、イオンを捕捉することを特徴とする質量分析計。
【請求項4】
請求項2において、前記衝突室内部に形成する調和ポテンシャルは、平面板状の電極を配置し、直流電圧を印加することで軸方向に形成することを特徴とする質量分析計。
【請求項5】
請求項2において、調和ポテンシャルに交流電圧を重畳することで目的イオンを励起させ、衝突誘起解離するイオンを選択することを特徴とする質量分析計。
【請求項6】
請求項2において、2回目の衝突誘起解離を行うための電位差を、調和ポテンシャルの後に平面板状の電極を配置し、電極に印加する直流電圧を操作することで、イオンに与えるエネルギーを変更可能とする質量分析計。
【請求項7】
請求項2において、2回目の衝突誘起解離を行ったあとに、2回目の衝突誘起解離を行うための電位差を与える電極とその後段に備える電極に、直流電圧を印加し、調和ポテンシャルの端電位より高く設定することで、イオンを再度調和ポテンシャルに戻す操作を有し、複数回のMSnを実施可能とする質量分析計。
【請求項8】
試料をイオン化する第1の工程と、
当該イオン源にて生成されたイオンの中から目的のイオンを選択する質量分離を行う第2の工程と、
選択されたイオンについて衝突誘起解離を行う第3の工程と、
衝突誘起解離により生成したフラグメントイオンを再度質量分離する第4の工程と、
イオンを検出する第5の工程とを備え、
前記第4の工程は、調和ポテンシャルを形成し、その内部に衝突誘起解離で生成したフラグメントイオンを捕捉し、その中から目的のイオンを選択的に軸方向排出を行うことで、後段に備える電位差により衝突誘起解離を行うことを特徴とする質量分析方法。
【請求項9】
請求項8において、
前記第4の工程は、イオンの進行方向に対し直行方向に擬似的な井戸型ポテンシャルを形成することで、イオンを捕捉することを特徴とする質量分析方法。
【請求項10】
請求項8において、
前記第4の工程は、軸方向に調和ポテンシャルを形成することを特徴とする質量分析方法。
【請求項11】
請求項8において、
前記第4の工程は、調和ポテンシャルに交流電圧を重畳することで目的イオンを励起させ、衝突誘起解離するイオンを選択することを特徴とする質量分析方法。
【請求項12】
請求項8において、
前記第4の工程は、2回目の衝突誘起解離を行うための電位差を、調和ポテンシャルの後に平面板状の電極を配置し、電極に印加する直流電圧を操作することで、イオンに与えるエネルギーを変更可能とする質量分析方法。
【請求項13】
請求項12において、
前記第4の工程は、2回目の衝突誘起解離を行ったあとに、2回目の衝突誘起解離を行うための電位差を与える電極とその後段に備える電極に、直流電圧を印加し、調和ポテンシャルの端電位より高く設定することで、イオンを再度調和ポテンシャルに戻す操作を有する質量分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−170119(P2009−170119A)
【公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−3808(P2008−3808)
【出願日】平成20年1月11日(2008.1.11)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】