説明

質量分析計での解離型のデータ依存式選択

質量分析法、特に、データ依存式方法を利用するMS/MS及びMSnスペクトルの自動取得に関する技術を提供する。データ依存式質量分析MS/MS又はMSn分析の方法及び装置を開示する。本方法は、関連イオン種の荷電状態の判断を含むことができ、判断された荷電状態に少なくとも部分的に基づく解離型(例えば、CAD、ETD、又は非解離電荷低減又は衝突活性化が後に続くETD)の自動選択がそれに続く。関連のイオン種は、次に、選択された解離型に従って解離され、得られる生成イオンのMS/MS又はMSnスペクトルを取得することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願への相互参照
本発明は、2006年8月25日出願の「フラグメンテーション型のデータ依存式選択」という名称の米国特許仮出願第60/840、198号の「35 U.S.C.§119(e)」の下での優先権の恩典を主張するものであり、その開示は、引用により本明細書に組み込まれている。
【0002】
本発明は、一般的に質量分析法に関し、より詳細には、データ依存式方法を利用するMS/MS及びMSnスペクトルの自動取得に関する。
【背景技術】
【0003】
データ依存式取得(様々な商業上の実施では、「情報依存式取得(IDA)」、「データ誘導式分析(DDA)」、及び「AUTO MS/MS」とも称される)は、特に複合試料の分析のための質量分析の当業技術において有用で広く用いられるツールである。一般的には、データ依存式取得は、「オン・ザ・フライ」方式で実験的に取得した質量スペクトルから導かれたデータを質量分析計のその後の作動を導くのに使用することを伴い、例えば、質量分析計は、関連する可能性があるイオン種の検出時にMSとMS/MS走査モードの間で切り換えることができる。質量分析計でのデータ依存式取得方法の利用は、取得データの有用な情報量を最大にするための自動化されたリアルタイム判断を行う機能を提供し、それによって検体試料の複数回のクロマトグラフ実行又は注入の実施の必要性が回避又は低減される。これらの方法は、生体試料からのペプチドの複合混合物の分析からのペプチド識別数を高めるなどの特定の望ましい目的に対して調整することができる。
【0004】
データ依存式取得方法は、1つ又はそれよりも多くの入力基準及び1つ又はそれよりも多くの出力アクションを有するとして特徴付けることができる。従来型のデータ依存式方法に用いられる入力基準は、一般的に、強度、強度パターン、質量窓、質量差(ニュートラル損失)、質量電荷比(m/z)包含及び除外リスト、及び生成イオン質量のようなパラメータに基づいている。入力基準は、この基準を満たす1つ又はそれよりも多くのイオン種を選択するために使用される。選択イオン種は、次に、出力アクション(それらの例には、MS/MS又はMSn分析及び/又は高解像度走査を行うことが含まれる)を受ける。典型的なデータ依存式実験の一例では、1群のイオンが質量分析され、特定の閾値を超える質量スペクトル強度を有する前駆イオン種が、MS/MS分析のための前駆イオンとして引き続き選択され、これは、前駆イオンの分離、解離、及び生成イオンの質量分析を伴う場合がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許仮出願第60/840、198号
【特許文献2】米国特許第6、949、743号
【特許文献3】米国特許公報US2005/0199804
【特許文献4】米国特許第7、026、613号
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】LeBlanc他著「高感度プロテオミクス用途に使用される新規な混成線形イオントラップ質量分析計(Qトラップ)の独特の走査機能」、Proteomics、第3巻、p859−869(2003)
【非特許文献2】Macek他著「モデルバクテリア「Bacillus subtilis」のセリン/スレオニン/チロシン・ホスホプロテオーム」、「Molecular and Cellular Proteomics」、第6巻、p697−707(2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ペプチド、タンパク質、及び他の生体分子の分析のための質量分析の使用の増大は、研究者が、従来型技術に対して付加的な及び/又は異なる情報内容を提供するパルス−q解離(PQD)及び電子移動解離(ETD)を含む新規な解離技術を開発することをもたらした。しかし、従来技術で説明されるデータ依存式取得方法は、単一の従来型解離モードでの使用に主として限定されている。従来技術におけるある一定の参考文献(例えば、LeBlanc他著「高感度プロテオミクス用途に使用される新規な混成線形イオントラップ質量分析計(Qトラップ)の独特の走査機能」、Proteomics、第3巻、p859−869(2003)を参照されたい)は、衝突エネルギのような解離パラメータを自動的に調節するためのデータ依存式方法の使用を説明しているが、高められた情報内容を取得するための機会をより完全に利用するために、近年開発された高度解離技術と共に利用することができる新規なデータ依存式取得方法に対する必要性が残されている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
概略で説明すれば、本発明の実施形態に従って実施される自動化質量分析の方法は、検体から導出したイオンの質量スペクトルを取得する段階と、関連イオン種を識別するために質量スペクトルを分析する段階と、関連イオン種の判断された荷電状態に少なくとも部分的に基づく指定の基準を適用することによって個別の候補解離型のリストから解離型を選択する段階と、選択された解離型を用いてイオン種を解離して生成イオンを生成する段階とを含む。候補解離型の例としては、衝突活性化解離(CAD)、パルス−q解離(PQD)、光解離、電子捕獲解離(ECD)、電子移動解離(ETD)、及び補足的衝突活性化又は陽子移動反応(PTR)の1つ又はそれよりも多くの段が後に続くETDが挙げられる。生成イオンのMS/MSスペクトルは、その後に取得することができる。この処理は、1つ又はそれよりも多くの回数反復され、より高次世代の生成イオンを生成し、対応するMSnスペクトルを得ることができる。
【0009】
本発明の別の実施形態では、分析される試料からイオンを発生させるためのイオン源と、イオンの質量スペクトルを取得する質量分析器と、解離デバイスとを含む質量分析計を提供する。質量分析器と解離デバイスは、2次元イオントラップ質量分析器のような共通構造体に一体化することができる。質量分析器と解離デバイスは、コントローラと通信し、これは、質量スペクトルから関連イオン種を識別し、関連イオン種の判断された荷電状態に少なくとも部分的に基づく指定の基準を適用することによって候補解離型のリストから適切な解離型を選択するようにプログラムされている。コントローラは、次に、選択解離型を使用してイオン種を解離し、生成イオンを生成するようにイオン解離デバイスに命令する。
【0010】
解離型の選択を含むようにデータ依存式方法論の概念を拡張することにより、本発明の実施形態は、質量分析計器の機能の使用をより有効にし、より有用なデータの生成を容易にする。1つの単純な例では、ある一定の解離技術(例えば、ETD)は、イオン荷電状態への解離効率の強い依存度を特徴とし、従って、低荷電状態を有するイオンに適用される時には有意義な結果を与えない場合があることが公知である。このような場合には、質量分析計は、荷電状態依存性解離技術のその使用を必要な荷電状態を有するイオン種に限定し、荷電状態基準を満たさないイオン種については、CADのような代替の解離技術を使用するようにプログラムすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明のデータ依存技術を実施することができる質量分析計システムの例の概略図である。
【図2】本発明の例示的な実施形態による関連イオン種の判断された荷電状態に基づく基準を用いて解離型を選択するデータ依存式方法の段階を表す流れ図である。
【図3】入力基準がイオン種の荷電状態にのみ基づいている入力基準と解離型の間の特定の関係の一例の図表である。
【図4】入力基準がイオン種の荷電状態と質量荷電比(m/z)の両方に基づいている入力基準と解離型の間の特定の関係の別の例の図表である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
図1は、本発明のデータ依存式方法を有利に実施することができる質量分析計100の説明図である。質量分析計100は、非限定的な例として示され、本発明は、本明細書に表されたものと異なる構造及び構成を有する質量分析計に関連して実施することができることに注意すべきである。イオンは、液体クロマトグラフィーカラムからの溶出物のような質量分析される試料からイオン源105によって生成される。イオン源105は、エレクトロスプレーイオン源として示されているが、代替的にあらゆる適切な種類の連続式又はパルス式イオン源の形式をとることができる。イオンは、順次的に低圧の中間チャンバ110を通過して移動し、引き続き、真空チャンバ120に設けられた質量分析器115に供給される。静電レンズ125、高周波(RF)多重極イオンガイド130、及びイオン移動チューブ135のような様々なイオン光学デバイスを中間チャンバ110及び真空チャンバ120内に配置することができ、イオン集束及びイオン−ニュートラル分離が提供され、それによって質量分析計100を通過するイオンの効率的な移動が助けられる。
【0013】
図1に示すように、質量分析器115は、「Thermo Fisher Scientific Inc.」(カリフォルニア州サンノゼ)から入手可能であるLTQ質量分析計で使用されるものに類似した2次元四重極イオントラップ質量分析器の形態をとることができる。イオントラップ質量分析器(本明細書に図示及び説明した2次元イオントラップ、並びに3次元イオントラップを含む)は、共通の物理的構造体内で質量分析と解離機能の両方を行うことができ、他の質量分析計システムは、質量分析と解離とに関して分離した構造を利用することができる点に注意されたい。質量分析器115(及び/又は質量分析器115の外部にある1つ又はそれよりも多くの解離デバイス)は、複数の利用可能な解離技術のうちの選択された1つによってイオンを解離するように構成される。本例では、質量分析器130は、従来型CADにより、PQD(その全体の開示が引用により本明細書に組み込まれている、Schwartzに付与された米国特許第6、949、743号に説明されている)により、又はETD(その全体の開示が引用により本明細書に組み込まれている、Hunt他に付与された米国特許公報US2005/0199804に説明されている)によって制御的にイオン解離を行うことを可能にすることができ、これらの技術は、単独又は補足的衝突活性化と共に又はPTRのようなイオン−イオン反応を通常利用する非解離電荷低減反応段階と共に使用される。その全体の開示が引用により本明細書に組み込まれている、Sykaに付与された米国特許第7、026、613号に説明されているように、2次元トラップ質量分析器の共通領域内の検体及び試薬イオンの同時トラッピングのための荷電状態非依存性のイオンの軸線方向閉じ込めは、質量分析器115に隣接して配置されたエンドレンズ160に発振電圧を印加することによって達成することができる。利用可能な解離型の上述の組は、単に例示的であることを意図しており、本発明の他の実現形態は、以下に限定されるものではないが、光解離、高エネルギCトラップ解離(HCDと短縮され、例えば、Macek他著「モデルバクテリア「Bacillus subtilis」のセリン/スレオニン/チロシン・ホスホプロテオーム」、「Molecular and Cellular Proteomics」、第6巻、p697−707(2007)に説明されている)、及び表面誘起解離(STD)を含む付加的な又は異なる解離型を利用することができる。ETDに関しては、試薬(例えば、フルオランテン)イオンを質量分析器又は解離デバイスの内部容積に供給し、多価検体カチオンと反応させて生成カチオンを生成するための適切な構造体(図1に示されず)がもたらされることになることが認識されるであろう。
【0014】
質量分析器115は、以下に説明するデータ分析及び制御機能を実行するためのハードウエア及び/又はソフトウエア論理を含むコントローラ140と電子通信する。コントローラ140は、専用又は多目的プロセッサ、フィールド・プログラマブル・ゲートアレイ、及び特定用途向け回路のうちの1つ又はその組合せのようなあらゆる適切な形態で実施することができる。作動において、コントローラ140は、RF、DC、及びAC電源145により質量分析器115の様々な電極に印加される電圧を調節することによって質量分析計100の望ましい機能(例えば、分析走査、分離、及び解離)をもたらし、また、検出器160からの質量スペクトルを表す信号を受信して処理する。以下でより詳細に説明するように、コントローラ140は、得られた質量スペクトルデータに対する入力基準の適用に基づいて出力アクションが選択されてリアルタイムで実行されるデータ依存式方法を格納して作動させるように更に構成することができる。データ依存式方法は、他の制御及びデータ分析機能と同様に、コントローラ140によって実行されるソフトウエア又はファームウエア命令内に通常符号化されることになる。
【0015】
好ましい実施形態では、計器オペレータは、入力基準(本明細書で使用される時、「基準」への言及は、単一の基準が使用される場合を含むことを意味する)、出力アクション、及び入力基準と出力アクションとの関係を指定することによって(例えば、指令スクリプト又はグラフィカル・ユーザ・インタフェースにより)データ依存式方法を定める。単純な例では、オペレータは、MSスペクトルで最も大きい強度を示す3つのイオン種についてMS/MS分析が自動的に行われるデータ依存式方法を定めることができる。上述のように、この種類のデータ依存式方法は、当業技術で公知である。本発明は、付加的な入力基準(例えば、荷電状態)、付加的な出力アクション(例えば、複数の解離型)、及び入力基準と出力アクションの間のより複雑な関係をその範囲に含めることによってデータ依存式方法の機能を拡張する。図4に関連してより詳細に説明する1つの代表的な例では、オペレータは、MS/MS分析が所定の閾値を超える強度を示す全てのイオン種について行われるデータ依存式方法を定めることができ、解離型は、関連イオン種のm/z及び荷電状態に基づいて選択される(例えば、一価イオンについてはCAD、所定限度未満のm/zを有する多価イオン種についてはETD、かつ所定限度を超えるm/zを有する多価イオン種については補足的CAD励起を伴うETD)。
【0016】
図2は、本発明の特定的な実施例に従った解離型のデータ依存式選択の方法の流れ図である。上述のように、本方法の段階は、コントローラ140に関連する1つ又はそれよりも多くのプロセッサで実行される1組のソフトウエア命令として実施することができる。第1の段階210では、検体イオンの質量スペクトルを表すデータは、例えば、イオントラップ質量分析器115の内部から検出器150への大量順次放出イオンによるなどの質量分析器115の作動によって得られる。本明細書では、「質量」分析器及び「質量」スペクトルへの言及が、これらの用語の業界慣例に一致した省略方式で行われているが、質量分析分野の当業者は、得られたデータが、検体内の分子の分子量でなくてそれらの質量電荷比(m/z)を表すことを認識するであろう。当業技術で公知のように、質量スペクトルは、m/zの各得られた値で観測されるイオン強度の表現である。ノイズを低減し、かつそれ以外に質量スペクトルの分析を容易にするために、標準のフィルタリング及び前処理ツールを質量スペクトルデータに対して適用することができる。質量スペクトルの前処理は、荷電状態判断のための公知のアルゴリズムを利用し、質量スペクトル内のm/zピークに荷電状態を割り当てるアルゴリズムの実行を含むことができる。
【0017】
段階220において、質量スペクトルは、所定の入力基準を適用して、1つ又はそれよりも多くの関連イオン種を識別するためにコントローラ140によって処理される。この実施例によれば、コントローラ140は、質量スペクトルで最も高い強度をもたらす3つのイオン種を選択するようにプログラムされる。本方法の代替の実施例は、強度基準の代わりに又はそれと組み合わせて、他の入力基準(限定ではないが、先に記載したものを含む)を利用することができる。
【0018】
次の段階230において、選択イオン種の荷電状態が、得られた質量スペクトルの分析によって判断される。質量スペクトルの分析からのイオン荷電状態の判断については、様々な技術が当業技術で公知である。そのような技術の例としては、以下のものが挙げられる:
1.質量分析の解像度が十分に高い時、特定のイオン種に関する同位体クラスターm/zピークの成分の分離は、荷電状態の判断を可能にし、従って、荷電状態がnである時、m/z単位での分離は1/nである。ある一定の場合には、十分に高い解像度は、関連イオン種のm/z値の付近に集中した限定された質量範囲の1つ又はそれよりも多くの低速走査(質量スペクトル)を行うことによって得ることができる。
2.同じ電荷数で同じニュートラル検体から生じた異なるカチオン化種の観察は、荷電状態の直接の判断を可能にし、例えば、ナトリウムカチオンは、陽イオンの生成において陽子と置換することができ、完全陽子化類似物から22/nだけ分離したイオンが生じる。
3.タンパク質及び他の高分子量検体については、幅広い荷電状態を表すイオンシリーズが通常観察される。特定のイオン種の荷電状態は、関連イオン種とイオンシリーズの隣接メンバとの測定m/zから導出することができる。
4.イオンは、イオン源又は質量分析器/解離デバイス内で意図的に解離される場合があり、荷電状態は、生成イオンの測定されたm/z値を期待値と比較することによって判断することができる。
5.イオンは、陽子移動反応による電荷低減の1つ又はそれよりも多くの段を受けることができ、初期の質量スペクトルと電荷低減イオンの質量スペクトルとを比較することにより、荷電状態を推測することができる。
【0019】
上述のリストは、限定でなくて例示を意図したものであり、当業者は、多くの他の技術が荷電状態の判断に利用可能であり、又は利用可能になることを認識するであろう。荷電状態のより正確で信頼性のある判断は、上述の技術(又は他の荷電状態判断技術)の2つ又はそれよりも多くを組み合わせることによって実施することができる。適切な荷電状態判断技術は、判断された荷電状態の必要な精度/信頼性、検体方法、質量分析器形式、及び計算の費用の考慮によって導かれることになる(比較的短い持続期間のクロマトグラフ溶出ピークにわたって、複数のデータ依存式取得サイクルを完了する必要がある場合がある点に注意されたい)。1つの実施例において、オペレータは、分析を行う前に実施可能な技術のリストから望ましい荷電状態判断技術を指定又は選択することができる。荷電状態判断は、上述の前処理作動の一部として、すなわち、関連イオン種の選択の前又はそれと同時に行うことができる点に更に注意すべきである。
【0020】
本明細書で用いられる時、荷電状態のような用語は、単一の値(例えば、+2)又はある一定の範囲の値(例えば、+2−4又は>+6)のいずれかを意味することができる。ある一定の実施例では、関連イオン種の荷電状態の正確な値を決める必要はない場合があり、その代わり、データ依存式判断を行う目的で、関連イオン種が一価又は多価のいずれであるか、又は代替的にこのイオン種が1組の値の範囲、例えば、+1、+2−3、+4−6、>+6のうちの1つにある荷電状態を有するか否かを評価することができる。この判断は、比較的簡素で低計算コストのアルゴリズムの適用によって通常は実施することができる。
【0021】
ある一定の荷電状態判断技術は、単一の質量スペクトルのみの取得を要し、他のものは、複数の質量スペクトルの取得及び処理(例えば、強化解像度走査又は生成イオンスペクトル)に依存する点に更に注意されたい。クロマトグラフ溶出の持続期間によって課せられる時間制約を考えると、溶出期間中にデータ依存式取得サイクルの十分な数が完了するのに十分な時間を利用することができることを保証するために、費やす時間ができるだけ短い一方で満足できる精度と信頼度が提供される荷電状態判断技術を用いることが一般的に望ましい。
【0022】
選択イオン種の荷電状態の判断に続き、段階240で、データシステム140は、判断された荷電状態を使用し、入力基準と出力アクションの間の所定の関係に従って解離型を選択する。図3及び図4は、入力基準と出力アクションの間の所定の関係の例を示している。図3の表(塗潰しドットが、利用される技術を表示している)に表された第1の例において、解離型の選択(CAD、ETD単独、又はCAD又はPTRがそれに続くETD)は、一価イオンがCADによって解離され、+2の荷電状態を有するイオンが、補足的衝突励起がそれに続くETD(FTD+CADと表す)によって解離され、+3から+6の間の荷電状態を有するイオンがETD単独によって解離され、+7及びそれを超える荷電状態を有するイオンが、PTRがそれに続くETDによって解離されるといった解離状態だけに基づいている。図4に表された第2の例では、入力基準は、荷電状態とm/zとの両方に基づいている。より詳細には、+3から+6の間の電荷状態を有するイオンについては、選択解離型は、イオンの荷電状態と、そのm/zが指定値よりも小さいか又は大きいか否かの両方に基づいている。
【0023】
上述の例は、本発明が特定の実施例でどのように実施することができるかを示すものであり、判断されたイオン種パラメータと選択解離型の間のいずれかの特定の関係に本発明を限定すると解釈すべきではない。所定の実験に使用される入力基準−解離型関係は、様々な操作上の配慮及び実験対象を考慮して策定されることになる。この関係は、単純な場合があり(例えば、荷電状態パラメータだけに基づく2つの解離型の間の切り換え)、又はその代わりに、以下に限定されるものではないが、荷電状態、荷電状態密度、m/z、質量、強度、強度パターン、ニュートラル損失、生成イオン質量、m/z包含及び除外、及び構造上の情報を含む複数のパラメータに基づく方法に従って選択することができるいくつかの候補解離型を有する高度に複合的なものとすることができる。例えば、所定の前駆イオンm/zについて、複数のMS/MSスペクトルを異なる解離方法を用いて取得することができ、例として、m/z<600を有する+2荷電状態のペプチド前駆体は、CADとCADがそれに続くETDとの両方により、相補的な情報を提供する生成イオンスペクトルを恐らくもたらすことになる。
【0024】
ある一定の実施例では、1つの可能なデータ依存式出力アクションは、こうしたMS/MSスペクトルが有意義な情報をもたらす可能性が低い選択イオン種のいかなる解離(及びMS/MSスペクトルの取得)も避けることである点に注意すべきである。
【0025】
段階250において、MS/MS又はMSnスペクトルが、段階240で選択された解離型を用いて、選択イオン種に対して得られる。当業技術で公知のように、MS/MSスペクトルの取得は、選択イオン種を含むイオン母集団の分析器115への補充、関連m/z範囲以外の全てのイオンを放出する補足的AC波形の印加による選択イオン種の分離、それに続く選択イオン種の共鳴励起(CAD又はPQDについて)、又はこのイオン種の反対極性の試薬イオンとの混合(ETDについて)を伴うことになる。生成イオンの質量スペクトルは、大量順次放出の標準方法によって発生させることができる。
【0026】
段階260により、荷電状態の判断、解離型の選択、及びMS/MSスペクトルの取得の段階が、選択イオン種の各々について反復される。このサイクルが完了すると、本方法は1組の新しい関連イオン種の識別のために段階210に復帰する。
【0027】
上述の実施形態は、検体カチオンに関連して説明したが(すなわち、全ての検体イオンは、正荷電状態を与えられていた)、本発明の方法及び装置は、候補解離型のリストが負電子移動解離(NETD)及び検体アニオンの解離に特別に適応させた他の技術を含むことができる検体アニオンの分析に等しく適する点に注意すべきである。
【0028】
判断された荷電状態に少なくとも部分的に基づく入力基準が解離型を選択するために適用される本明細書に説明したデータ依存式方法は、他のデータ依存式出力アクションに拡張することができることが認識されるであろう。例えば、2つの個別の分析器型を有する混成質量分析計(「Thermo Fisher Scientific」から入手可能である「LTQ Orbitrap」質量分析計のような)では、荷電状態ベースの基準を適用して、関連イオン種から導出されたイオンの質量スペクトルを生成させるために利用可能な分析器のどの1つを使用するかを判断することができる。荷電状態ベースの基準の適用によって選択することができる他の出力アクションとしては、走査速度、分析器質量範囲、及びデータ処理アルゴリズムが挙げられる。
【0029】
本発明をその詳細説明に関連して示したが、以上の説明は例示的であり、特許請求の範囲によって定められる本発明の範囲を限定することを意図しない点は理解されるものとする。他の態様、利点、及び変更は、以下の特許請求の範囲内である。
【符号の説明】
【0030】
210 本発明による解離型のデータ依存式選択の方法の第1の段階
220 本発明による解離型のデータ依存式選択の方法の段階

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量分析法によって試料を分析する方法であって、
試料から導出されるイオンの質量スペクトルを取得する段階と、
前記質量スペクトルから関連のイオン種を識別する段階と、
前記識別されたイオン種の荷電状態を判断して、該判断された荷電状態に少なくとも部分的に基づく指定の基準を適用することにより、複数の個別の候補解離型から解離型を自動的に選択する段階と、
前記選択した解離型を用いて前記識別されたイオン種を解離する段階と、
を含むことを特徴とする方法。
【請求項2】
前記指定の基準は、前記識別されたイオン種の実験的に判断された質量電荷比に部分的に基づいていることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記解離型を選択する段階は、前記荷電状態の判断を容易にするために、前記識別されたイオン種の付近で高解像度質量スペクトルを取得する段階を含むことを特徴とする請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記解離型を選択する段階は、
前記荷電状態の判断を容易にするために、非解離電荷低減反応を利用して前記識別されたイオン種の第2の質量スペクトルを取得する段階、
を含む、
ことを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記非解離電荷低減反応は、イオン−イオン反応であることを特徴とする請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記複数の候補解離型は、電子移動解離(ETD)を含むことを特徴とする請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記複数の候補解離型は、パルス−q解離(PQD)を含むことを特徴とする請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記複数の候補解離型は、衝突活性化解離(CAD)を含むことを特徴とする請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記複数の候補解離型は、非解離電荷低減反応が後に続くETDを含むことを特徴とする請求項1から請求項8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記非解離電荷低減反応は、イオン−イオン反応であることを特徴とする請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記複数の候補解離型は、光解離を含むことを特徴とする請求項1から請求項10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記複数の候補解離型は、表面誘起解離を含むことを特徴とする請求項1から請求項11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
試料からイオンを発生させるためのイオン源と、
前記イオンの質量スペクトルを取得するように作動可能な質量分析器と、
前記質量分析器に連結され、
前記質量スペクトルから関連のイオン種を識別する段階、及び
前記識別されたイオン種の荷電状態を判断して、該判断された荷電状態に少なくとも部分的に基づく指定の基準を適用することにより、複数の個別の候補解離型から解離型を自動的に選択する段階、
を実行するように構成されたコントローラと、
前記コントローラに連結され、前記選択された解離型を用いて前記識別されたイオン種を解離するように作動可能な少なくとも1つの解離デバイスと、
を含むことを特徴とする質量分析計。
【請求項14】
前記予め指定した基準は、前記識別されたイオン種の実験的に判断された質量電荷比に部分的に基づいていることを特徴とする請求項13に記載の質量分析計。
【請求項15】
前記解離型を選択する段階は、前記荷電状態の判断を容易にするために、前記識別されたイオン種の付近で高解像度質量スペクトルを取得する段階を含むことを特徴とする請求項14に記載の質量分析計。
【請求項16】
前記複数の候補解離型は、電子移動解離(ETD)を含むことを特徴とする請求項13から請求項15のいずれか1項に記載の質量分析計。
【請求項17】
前記複数の候補解離型は、パルス−q解離(PQD)を含むことを特徴とする請求項13から請求項16のいずれか1項に記載の質量分析計。
【請求項18】
前記複数の候補解離型は、光解離を含むことを特徴とする請求項13から請求項17のいずれか1項に記載の質量分析計。
【請求項19】
前記複数の候補解離型は、非解離電荷低減反応が後に続くETDを含むことを特徴とする請求項13から請求項18のいずれか1項に記載の質量分析計。
【請求項20】
前記複数の候補解離型は、表面誘起解離(SID)を含むことを特徴とする請求項13から請求項19のいずれか1項に記載の質量分析計。
【請求項21】
前記複数の候補解離型は、衝突活性化解離(CAD)を含むことを特徴とする請求項13から請求項20のいずれか1項に記載の質量分析計。
【請求項22】
前記質量分析器及び少なくとも1つの解離デバイスは、一体化デバイスに組み合わされることを特徴とする請求項13から請求項21のいずれか1項に記載の質量分析計。
【請求項23】
前記一体化デバイスは、2次元イオントラップ質量分析器を含むことを特徴とする請求項22に記載の質量分析計。
【請求項24】
前記一体化デバイスは、3次元イオントラップ質量分析器を含むことを特徴とする請求項22に記載の質量分析計。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公表番号】特表2010−501863(P2010−501863A)
【公表日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−525802(P2009−525802)
【出願日】平成19年8月24日(2007.8.24)
【国際出願番号】PCT/US2007/076823
【国際公開番号】WO2008/025014
【国際公開日】平成20年2月28日(2008.2.28)
【出願人】(501192059)サーモ フィニガン リミテッド ライアビリティ カンパニー (42)
【出願人】(509048624)
【Fターム(参考)】