説明

質量分析計によるアミノ酸分析方法

【課題】アミノ酸を質量分析計で分析する場合の試料の注入を効率的、かつ精度よく行うための試料の前処理方法を提供する。
【解決手段】アミノ酸、アミン、及び/又はペプチドからなる分析物を含む試料を質量分析法により分析する方法において、前記分析物を修飾試薬により誘導体化し、当該誘導体をマイクロチップ電気泳動に供し、そして、前記マイクロチップ電気泳動からの溶出液を質量分析計へ導入する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析計によるアミノ酸等の分析方法、特に、マイクロチップ電気泳動により分析試料を前処理して効率的にアミノ酸等を質量分析する方法、並びにそのための試料の供給方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アミノ酸を分析する方法は、アミノ酸アナライザーによる方法が最も精度が良く、普及している。しかし、その分析時間は1時間から2時間と非常に長いこと、及び10〜50pmolと感度が比較的低いことが課題である。感度の課題を克服するために、紫外標識や蛍光標識を行う方法が開発され、蛍光検出によりその感度は100fmol程度まで改善されているが、更なる感度向上が望まれている。また、分析時間の問題は解決していない。最近、蛍光標識と液体クロマトグラフィー質量分析計(以下、LC−MSという。)を組み合わせることにより、感度向上に合わせて、分析時間の短縮が実現されている(特許文献1参照)。この方法を用いることにより、分析時間は20分と大幅に短縮することができる。感度は、質量分析装置の性能に依存するが、高価なタンデム質量分析計を用いれば、数fmol以下で定量が可能である。
【0003】
しかしながら、アミノ酸分析のニーズは幅広く、更なる高感度化、高速化が望まれている。液体クロマトグラフィーを用いる上では、いずれの性能向上も限界に達しており、液体クロマトグラフィーを用いない新たな方法の開発が望まれている。
【0004】
一方、イオン、有機酸、アミノ酸、ペプチド、タンパク質、核酸、糖などの電荷を有する微量物質を分離する方法として、毛細管電気泳動が用いられる。毛細管電気泳動は、溶液中の荷電分子を分離する一般的な方法である。毛細管電気泳動(CE)とタンデム質量分析(MS/MS)を組み合わせたCE/MS/MSでアミノ酸分析を行う方法が知られている(非特許文献1参照)。この方法を用いても、分析時間は15分、感度も数fmolと大幅な改善には至っていない。一方、従来の分析装置や反応装置をミニチュア化し、チップ基盤上に集積させたミクロ化統合分析システム(μ―TAS)の研究開発が近年盛んであり、実用化レベルに達した。ガラス基板やポリマー系の基材に微細加工を施したマイクロチップを用いて、毛細管電気泳動を行う手法(マイクロチップ電気泳動:μチップCE)がμ−TASの主要技術となっている(非特許文献2及び3参照)。また、μチップCEに質量分析計を検出器として接続したμチップCE/MSは、非常に高感度でかつ質量情報を得ることができる優れた装置である。μチップCE/MSや毛細管電気泳動−MSを用いることにより、アミノ酸やペプチドなどを90秒〜15分程度で分離分析することができる(特許文献2及び非特許文献4参照)。
【0005】
μチップにおける試料移動および注入は、電位差を利用して行われる。サンプルや緩衝液や試薬などの入った複数のリザーバーを微細な流路で結び、リザーバー間の電圧差で、サンプルなどの荷電分子を移動させる方法が用いられる。μチップCEを用いて精度良く分離・定量分析を行うためには、サンプル注入量を正確に制御することが重要である。より正確にサンプルを注入するためにサンプル量調整用構造を有するマイクロチップが開発されている(特許文献3、5、及び6参照)。
【0006】
一方、スプレーイオン化質量分析計は、高感度でかつ数秒で質量を測定できるスループットの高い分析装置である。質量分析計での短時間分析のボトルネックは、サンプル導入時間である。特に、既存のオートインジェクターで連続分析を行う場合、サンプル導入間に必要な時間は、最低でも1分以上かかってしまうため、質量分析計の性能を十分に活かすことができない。より高速に試料を質量分析計に供給するための方法としては、音響インジェクターを用いたシステムがある(特許文献4参照)。多検体の溶液試料を入れたマイクロウエルプレイトを用い、音響パルスにより、順次マイクロウエルプレイト内の試料から小滴を発生させ、質量分析計に供給する方法であるが、未だ実用化には至っていない。また、今後発展が期待されるμ−TASとの組み合わせが原理的に不可能である。
【0007】
【特許文献1】国際公開第03/069328号パンフレット
【特許文献2】特開2001−83119号公報
【特許文献3】特表平10−507516号公報
【特許文献4】特開2004−205510号公報
【特許文献5】特開2005−164242号公報
【特許文献6】特開2001−242137号公報
【非特許文献1】曽我ら、Electrophoresis. 2004 Jul;25(13):1964-72
【非特許文献2】Gerard J. M. Bruin, Electrophoresis 2000,21,3931-3951
【非特許文献3】Lee,S.J. and Lee,S.Y.,Appl.Microbiol.Biotechnol.,2004,64,289-299
【非特許文献4】Y.Tachibana, K.Otsuka, S.Terabe, A. Arai, K. Suzuki, S. Nakamura, J. Chromatogra. A, 2004, 1025, 287-296
【非特許文献5】日本生化学会編、新生化学実験講座1 タンパク質IV構造活性相関第2章
【非特許文献6】日本化学会編、第4版実験化学講座22、有機合成IV 酸・アミノ酸・ペプチド 第2章3項 保護アミノ酸の合成、丸善
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
マイクロチップを用いる分析方法において、サンプル注入する容量を正確に調整できる努力がなされている。一方、毛細管電気泳動は、測定対象物質の電気的性質の違いにより分離する技術である。従って、マイクロチップ電気泳動において分離流路にサンプルを導入する場合、測定対象物質の電気的性質の違いによって、その移動速度が異なってしまう。複数の化合物からなる混合試料の場合には、サンプル注入容量を一定にすることはできても、分離流路に導入される速度に違いがでることから、試料溶液中の化合物の存在比に変化を及ぼす恐れがある。この現象は、μチップCEを用いて定量分析を行う際の重大な問題点であり、検出ピークの信号強度を低下させる原因となる。特に、アミノ酸、糖、ペプチド、有機酸など、電気的性質が大きく異なる化合物の場合には、用いるバッファーのpHや塩濃度によって、大きく左右され、より深刻な課題である。
【0009】
このような種々の課題を有する従来技術において、本発明は、アミノ酸を質量分析計で分析する場合の試料の注入を効率的、かつ精度よく行うための試料の前処理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討し、アミノ酸を修飾試薬により誘導体化し、当該アミノ酸誘導体をマイクロチップ電気泳動に供した後に、質量分析計へ導入することによって、試料の注入が効率化され、かつ注入量の精度も向上することを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は以下の内容を含む。
【0011】
(1)アミノ酸、アミン、及び/又はペプチドからなる分析物を含む試料を質量分析法により分析する方法において、前記分析物を修飾試薬により誘導体化し、当該誘導体をマイクロチップ電気泳動に供し、そして、前記マイクロチップ電気泳動からの溶出液を質量分析計へ導入することを特徴とする分析方法。
【0012】
(2)前記誘導体化する工程が、前記分析物のアミノ基又はイミノ基をカルバモイル基、チオカルバモイル基、3級アミン、及び4級アンモニウム塩の何れかへ変換することである(1)記載の分析方法。
【0013】
(3)前記誘導体が、芳香族環を有する3級アミン又は4級アンモニウム塩の構造であって前記質量分析においてイオン化しやすい構造を有する(1)記載の方法。
【0014】
(4)前記誘導体が、下記一般式(1)〜(9)の何れかで示される構造を有する(1)〜(3)何れか記載の分析方法。
【0015】
【化1】

【0016】
【化2】

【0017】
【化3】

【0018】
【化4】

【0019】
【化5】

【0020】
【化6】

【0021】
【化7】

【0022】
【化8】

【0023】
【化9】


ただし、上記式(1)〜(9)において、Rはアミノ酸の側鎖である水素原子又は置換基を有していてもよいアルキル基を表し、Rは置換基を有していてもよいアルキル基又は芳香族性を示す炭素環若しくは複素環を含む置換基を表し、RとRは相互に独立して置換基を有していてもよいアルキル基を表し、RとRは一緒になって環を形成してもよく、又はRとRの一方がペプチドのアミノ酸残基を表すとき他方は水素原子であってもよい。
【0024】
(5)前記修飾試薬は、酢酸無水物、N−アセチルイミダゾール、N−アセチルスクシンイミド、N−アセチルイミドアセテート、N−アセチルイミダゾール、ボルトン−ハンター試薬、カルバメート化合物、イソチオシアネート化合物、N−ヒドロキシスクシンイミドエステル、ダンシルクロライド、ダブシルクロライド、ダンシルフルオリド、及びNBD−F(4-Fluoro-7-nitrobenzofurazan)からなる群より選択される何れかの化合物である(1)〜(4)記載の分析方法。
【0025】
(6)前記カルバメート化合物が、6−アミノキノリル−N−ヒドロキシスクシイミジルカルバメート(AQC)、p−ジメチルアミノアニリル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメート(DAHS)、3−アミノピリジル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメート(APDS)、p−トリメチルアンモニウムアニリル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメートアイオダイド(TAHS)、アミノピラジル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメート、9−アミノアクリジル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメート、及び1−ナフチルアミノ−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメートからなる群より選択される何れかである(5)に記載の分析方法。
【0026】
(7)前記イソチオシアネート化合物が、フェニルイソチオシアネート又はフロオロセインイソチオシアネートである(5)に記載の分析方法。
【0027】
(8)前記質量分析計が、エレクトロスプレーイオン化質量分析計、大気圧化学イオン化質量分析計、コールドスプレーイオン化質量分析計又はレーザースプレーイオン化質量分析計である(1)〜(7)に記載のアミノ酸の分析方法。
【0028】
(9)アミノ酸、アミン、及び/又はペプチドからなる複数の分析物を含む試料の分析装置への供給方法であって、前記分析物と修飾試薬とを反応させて上記一般式(1)〜(9)の何れかで示される誘導体を調製し、当該誘導体をマイクロチップ電気泳動装置により電気泳動し、前記マイクロチップ電気泳動からの溶出液を分析装置の注入口に供給することを特徴とする方法。
【発明の効果】
【0029】
本発明の方法によれば、質量分析計によりアミノ酸分析を行う際の試料の導入が効率化され、従来法に比較して短時間に多数の検体を分析できるようになる。また、注入精度も向上し、定量性も向上することとなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
μ−TASにおいて、電位差でサンプルを移動する場合、測定対象物質の電気的性質の違いによって、その移動速度が異なってしまう。複数の化合物からなる混合試料の場合には、サンプル注入容量を一定にすることはできても、注入部位までに到達する速度に違いがでることから、試料溶液中の化合物の存在比に変化を及ぼす恐れがある。この現象は、μ−TASを用いる際、特に定量分析を行う際に、検出ピークの信号強度を低下させたり、定量性を損なう等の点で非常に重大な問題点である。特に、アミノ酸、糖、ペプチド、有機酸など、電気的性質が大きく異なる化合物の場合には、用いるバッファーのpHや塩濃度によって、大きく左右され、より深刻な課題である。アミノ酸、ペプチド、有機酸や核酸などの生体内分子のpKaは、中性付近を中心にして、多様性がある。このpKaの多様性が移動度の差となって現れる。特に、アミノ基とカルボキシル基を持つアミノ酸の場合、より顕著である。アミノ酸の種類によって、アミノ基のpKaは大きく異なる。そこで、本発明の方法は、アミノ基を修飾試薬で修飾し、塩基性を持たないようにするかあるいはよりpKaの大きな分子あるいは小さな分子を導入することで、pKaの違いを低減することを可能にするものである。これにより、サンプル導入時の移動度の差を低減することができる。
【0031】
本発明において、分析対象となる試料には、「アミノ酸、アミン(1級アミン、2級アミン等)、及び/又はペプチドからなる分析物」を含む。これらの分析物は、分子内にアミノ基及び/又はイミノ基を有する化合物(塩の形態でもよい。)であり、アミノ基やイミノ基は1個でも複数でもよい。また、試料中に存在する分析物は1種でも複数種の混合物でもよいが、複数の化合物が含まれている場合に本発明の効果が発揮される。具体的には、天然の20種類のアミノ酸の他、ヒドロキシリジンやヒドロキシプロリン、又はホモシステインやホモセリン等の非天然アミノ酸、及びヒスタミンやオルニチン等のアミン類が含まれる。このような化合物を複数種含んでいてもよい。さらに、ジペプチドやトリペプチド等のアミノ酸が複数個連なったペプチドも本発明の分析物に含まれる。近年、タンパク質の網羅的解析を目的とするプロテオミクスが生命科学研究の分野で重要な役割を果たしている。一般的なプロテオミクスでは、解析対象のタンパク質をトリプシンで切断してペプチド断片にしてから質量分析計で測定される。トリプシンはタンパク質のリジン残基やアルギニン残基のカルボキシル末端で切断する酵素であるから生成するペプチドはC末端にリジン又はアルギニンを1残基のみ持つペプチドである。このようにして調製されたペプチドは、本発明に係る修飾試薬との反応部位が限定されているためアミノ酸やアミンと同様に本発明の方法により容易に分析することが可能である。
【0032】
アミノ酸のアミノ基の誘導体化方法は、多くの手法が知られている(例えば、非特許文献5参照)。アミノ基の正電荷が保持される誘導体化法としては、グアニジル化やアミジン化がある。本発明の要点であるpKaの調節においては、アミノ基をカルバモイル化やアセチル化することによりカルバモイル基に変換すること、又はチオカルバモイル化することによりチオカルバモイル基に変換することが好ましい。アセチル化試薬としては、酢酸無水物、N−アセチルイミダゾール、N−アセチルスクシンイミドおよびN−アセチルイミドアセテート、N−アセチルイミダゾール、ボルトン−ハンター(Bolton-Hunter)試薬などがある。また、アミノ酸やペプチドのアミノ基標識に良く用いられているカルバメート化合物、イソチオシアネート化合物、N−ヒドロキシスクシンイミドエステルやアルキル化剤であるダンシルクロライド、ダブシルクロライド、ダンシルフルオリド、などを用いることができる。具体的には、アミノ酸と反応して上記式(1)のような誘導体を生ずるカルバメート化合物、より具体的には、6−アミノキノリル−N−ヒドロキシスクシイミジルカルバメート(AQC)や、p−ジメチルアミノアニリル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメート(DAHS)、3−アミノピリジル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメート(APDS)、p−トリメチルアンモニウムアニリル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメートアイオダイド(TAHS)、アミノピラジル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメート、9−アミノアクリジル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメート、又は1−ナフチルアミノ−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメート等がより好ましい。また、アミノ酸と反応して上記式(2)のような誘導体を生ずるイソチオシアネート化合物、より具体的には、フェニルイソチオシアネート、フロオロセインイソチオシアネートなどが挙げられる。さらに、アミノ基の保護基として一般的な、ベンジルオキシカルボニル(Z)基、t−ブトキシカルボニル(Boc)基、9−フルオレニルメトキシカルボニル(Fmoc)基などを導入し、カルバモイル基に変換することもできる(例えば、非特許文献6参照)。
【0033】
また、質量分析の感度を向上させるためには、電荷を有する誘導体化がより好ましい。上述した荷電の調節作用を考慮すると芳香環3級アミンあるいは4級アンモニウム塩を有する誘導体がより好ましい。より具体的には、6−アミノキノリル−N−ヒドロキシスクシイミジルカルバメート(AQC)やp−ジメチルアミノアニリル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメート(DAHS)、3−アミノピリジル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメート(APDS)、p−トリメチルアンモニウムアニリル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメートアイオダイド(TAHS)、アミノピラジル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメート、9−アミノアクリジル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメート、又は1−ナフチルアミノ−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメート等を用いることができ、質量分析での感度向上効果を併せて図ることができる。
【0034】
誘導体化アミンまたはアミノ酸は、マイクロチップ電気泳動−質量分析計で分析することにより、検出、定量することができる。マイクロチップでの化合物の分離を行わなくとも質量分析計で質量分離することができるため、通常分離に用いられるマイクロチップの流路長を極力短くすることが可能であり、分析時間の大幅な短縮を実現できる。これにより、サンプルの構成成分の比率、濃度を変えずに、正確な容量を注入できるオートインジェクターとなる。以上の結果、本発明により、導入サンプル量の安定化、高感度化、高速化を同時に達成することが可能となる。
【0035】
一方、マイクロチップ電気泳動において、毛細管電気泳動以外に、逆相系担体を用いる方法もある。これを併用することで、質量が同じ化合物、アミノ酸で例えればロイシンとイソロイシンの分離も可能になる。
【0036】
一般的に、μ−TASにおいて、サンプルや試薬を移動する際に、電位差を利用することがしばしばある。従って、本発明により、移動度の異なる化合物を均一な移動度にすることが可能となり、広くμ−TASに応用することができる。
【0037】
本発明において使用する質量分析法は、上記マイクロチップ電気泳動により溶出される試料を含んだ液体を霧状にして、霧化装置に注入してイオン化し、気相で測定する方法である。霧化装置としては、エレクトロスプレー−イオン化法(ESI)、大気圧化学イオン化法(APCI)、コールドスプレーイオン化質量分析計(CSI)、レーザースプレーイオン化法(LSI)等が在るがこれらに限定されない。生じたイオンは質量分析にかけられ、いろいろな電圧を電極にかけることによって、質量と電荷の比(m/z)によって分離される。この質量分析部は、分析データの感度や分解能、質量の正確さやマススペクトルデータから得られる情報の豊富さに重要な役割を果たしている。イオンの分離方法としては、現在、6種類の基本的なタイプに分類することができ、それらは、磁場型、電場型、イオントラップ型、飛行時間(TOF)型、四重極型、及びフーリエ変換サイクロトロン型である。これらはそれぞれ長所と短所があり、単独で又は互いに連結して用いることができるが、ESIによるイオン化では通常、四重極質量分析部が用いられる。さらに、四重極を複数個直列につなぐことにより(MS/MS)多価イオンの測定と解釈が確実になる。
【0038】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、これらの実施例は本発明を何ら限定するものではない。
【実施例1】
【0039】
[アミノ酸の誘導体化]
17種類のアミノ酸混合標準液、H型(Amino Acids Mixture Standard Solution, Type H:和光純薬社製)20μLを硼酸緩衝液(0.2M硼酸塩、pH8.8)60μLに添加し、よく混合した。この混合液に、6−アミノキノリル−N−ヒドロキシスクシイミジルカルバメート(AQC)標識試薬溶液(3−5mgのAQCを1mlのアセトニトリルに溶解あるいは日本ウォーターズ社製AccQ−Fluor(登録商標)試薬キットの試薬粉末を1mlの試薬希釈液に溶解)20μLを添加した。得られた混合物を55℃で10分間加熱した。誘導体化したアミノ酸混合物は、希釈緩衝液10mM(NHCO(pH8.7)にて希釈して、μチップ電気泳動質量分析計で測定を行った。
【0040】
[μチップ電気泳動質量分析計によるアミノ基修飾アミノ酸の測定]
μチップ電気泳動質量分析計は、市販の質量分析計にESIエミッタを装着したμチップ電気泳動装置(特許文献2及び非特許文献4に開示された装置と同様である。)を接続して使用した。
【0041】
[μチップ電気泳動の条件]
マイクロチップの材質は石英であり、流路形状は流路幅82μm、流路深さ36μm、分離流路長さ59mmであった。流路表面処理としては、Positive EOF(アルカリによるシラノール活性化)あるいは、Negative EOF(PolyE−323コーティングしたもの)を使用した。ESIエミッタとしては、Picotip(New Objectve社製、FS360-50-15-N)を使用した。
【0042】
[電気泳動条件]
サンプル導入:Gate Injection法
電位勾配 :+400V/cm(Positive EOF)
−400V/cm(Negative EOF)
Gate比 :2.0
ESI電圧 :3.0kV
【0043】
[質量析計の測定条件]
測定機器 :ESI−Q−tof−2(Micromass社)
測定質量範囲 :m/z 160−800
スキャン時間 :1秒(1秒間積算したものが1スキャン)
スキャン間の時間:0.1秒
コーン電圧 :30V
コリジョン電圧 :10V
データ処理 :MassLynx v.3.5(Micromass社)
【0044】
[結果]
図1に17種類のアミノ酸を同時にAQC化したサンプルをコーティングしていないマイクロチップを用いて、分析したときのマスエレクトロフェログラムを示した。1分間隔で、1秒間Gate Injection法でサンプルを導入した。17種類全てのAQC化アミノ酸を1分間隔で検出することができた。
【0045】
このときのサンプル導入間隔の再現性を以下の表1に示した。5回測定したときの再現性は、全てのアミノ酸について非常に精度がよかった。
【0046】
【表1】

【0047】
同じく、ピーク面積すなわち定量性の再現性を表2に示した。5回測定したとき、全てのアミノ酸で非常に高い再現性を示した。
【0048】
【表2】

【実施例2】
【0049】
実施例1と同じ方法により17種類のアミノ酸を同時にAQC化したサンプルをPolyE−323コーティングしたマイクロチップを用いて、質量分析に2分間隔で1秒間導入したときのマスエレクトロフェログラムとマススペクトルを図2に示した。2分間隔で精度良く、AQC化アミノ酸を検出することができた。
【実施例3】
【0050】
実施例1と同じ方法により、Leu,Glu,Phe,Argの4種類のアミノ酸混合物をAQC化したサンプルをPolyE−323コーティングしたマイクロチップを用いて、質量分析に15秒間隔で1秒間導入したときのマスエレクトロフェログラムを図3に示した。15秒間隔でも正確にサンプルを導入することができ、質量を測定できた。本実施例では15秒間隔でのサンプル導入を行ったが、2〜3秒間隔でも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】実施例1において、17種類のアミノ酸を分析したときのマスエレクトロフェログラムである。
【図2】実施例2において、17種類のアミノ酸を分析したときのマスエレクトロフェログラム(左)とマススペクトル(右)である。
【図3】実施例3において、4種類のアミノ酸混合物を分析したときのマスエレクトロフェログラムである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミノ酸、アミン、及び/又はペプチドからなる分析物を含む試料を質量分析法により分析する方法において、前記分析物を修飾試薬により誘導体化し、当該誘導体をマイクロチップ電気泳動に供し、そして、前記マイクロチップ電気泳動からの溶出液を質量分析計へ導入することを特徴とする分析方法。
【請求項2】
前記誘導体化する工程は、前記分析物のアミノ基又はイミノ基をカルバモイル基、チオカルバモイル基、3級アミン、及び4級アンモニウム塩の何れかへ変換することである請求項1に記載の分析方法。
【請求項3】
前記誘導体が、芳香族環を有する3級アミン又は4級アンモニウム塩の構造であって前記質量分析においてイオン化しやすい構造を有する請求項1に記載の分析方法。
【請求項4】
前記誘導体が、下記一般式(1)〜(9)の何れかで示される構造を有する請求項1〜3何れか一項記載の分析方法:
【化1】

【化2】

【化3】

【化4】

【化5】

【化6】

【化7】

【化8】

【化9】

ただし、上記式(1)〜(9)において、Rはアミノ酸の側鎖である水素原子又は置換基を有していてもよいアルキル基を表し、Rは置換基を有していてもよいアルキル基又は芳香族性を示す炭素環若しくは複素環を含む置換基を表し、RとRは相互に独立して置換基を有していてもよいアルキル基を表し、RとRは一緒になって環を形成してもよく、又はRとRの一方がペプチドのアミノ酸残基を表すとき他方は水素原子であってもよい。
【請求項5】
前記修飾試薬は、酢酸無水物、N−アセチルイミダゾール、N−アセチルスクシンイミド、N−アセチルイミドアセテート、N−アセチルイミダゾール、ボルトン−ハンター試薬、カルバメート化合物、イソチオシアネート化合物、N−ヒドロキシスクシンイミドエステル、ダンシルクロライド、ダブシルクロライド、ダンシルフルオリド、及びNBD−Fからなる群より選択される何れかの化合物である請求項1〜4何れか記載の分析方法。
【請求項6】
前記カルバメート化合物が、6−アミノキノリル−N−ヒドロキシスクシイミジルカルバメート(AQC)、p−ジメチルアミノアニリル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメート(DAHS)、3−アミノピリジル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメート(APDS)、p−トリメチルアンモニウムアニリル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメートアイオダイド(TAHS)、アミノピラジル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメート、9−アミノアクリジル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメート、及び1−ナフチルアミノ−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメートからなる群より選択される何れかである請求項5に記載の分析方法。
【請求項7】
前記イソチオシアネート化合物が、フェニルイソチオシアネート又はフロオロセインイソチオシアネートである請求項5に記載の分析方法。
【請求項8】
前記質量分析計が、エレクトロスプレーイオン化質量分析計、大気圧化学イオン化質量分析計、又はレーザースプレーイオン化質量分析計である請求項1〜7何れか一項記載の分析方法。
【請求項9】
アミノ酸、アミン、及び/又はペプチドからなる複数の分析物を含む試料の分析装置への供給方法であって、前記分析物と修飾試薬とを反応させて下記一般式(1)〜(9)の何れかで示される誘導体を調製し、当該誘導体をマイクロチップ電気泳動装置により電気泳動し、前記マイクロチップ電気泳動からの溶出液を分析装置の注入口に供給することを特徴とする方法:
【化10】

【化11】

【化12】

【化13】

【化14】

【化15】

【化16】

【化17】

【化18】


ただし、上記式(1)〜(9)において、Rはアミノ酸の側鎖である水素原子又は置換基を有していてもよいアルキル基を表し、Rは置換基を有していてもよいアルキル基又は芳香族性を示す炭素環若しくは複素環を含む置換基を表し、RとRは相互に独立して置換基を有していてもよいアルキル基を表し、RとRは一緒になって環を形成してもよく、又はRとRの一方がペプチドのアミノ酸残基を表すとき他方は水素原子であってもよい。


【図2】
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【図3】
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【図1】
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【公開番号】特開2007−163423(P2007−163423A)
【公開日】平成19年6月28日(2007.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−363512(P2005−363512)
【出願日】平成17年12月16日(2005.12.16)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【出願人】(505155528)公立大学法人横浜市立大学 (101)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】