説明

質量分析計

質量スペクトルにおける歪みは、式(I)で表されるi番目の時間ビンにおいて到着したイオンの数Qiを決定または推定することによって補正される質量分析の方法が開示される。


iは、i番目の時間ビン(time bin)において記録されたイオン到着イベントの実際の総数であり、xは、推定された不感期間に対応する時間ビン数に対応する整数である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析計および質量分析の方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、単一イオンの到着イベント(event)を記録する質量分析計によって記録された質量スペクトルにおける質量誤差を補正する方法を開示する。誤差は、電子データ取り扱いおよび記録システムが第2のイオンの到着イベントを記録できないほど第1のイオンの直後に到着する第2のイオンによって生じる。第1のイオンの到着イベントの直後の電子データ取り扱いおよび記録システムが第2のイオンの到着イベントを記録できない期間は、不感時間として知られる。
【0003】
特許文献1に開示の方法は、特定の飛行時間における質量スペクトルピークに対する既知の数のスペクトル内に記録されたイオン到着イベントの総数を測定するステップを備える。次いで、面積および質量中心の補正が観測された質量スペクトルピークに対して行われる。面積および質量中心補正は、所定の補正テーブルから得られる。所定の補正テーブルは、補正対象の質量スペクトルピークを近似するピーク形状関数を有するシミュレーションされた質量ピークに対する推定された検出器不感時間の効果を予測する複数のコンピュータシミュレーションを使用して構築される。
【0004】
所定の補正テーブルを使用することにより、補正が非常に速やかに行われることが可能となり、大量の生の質量スペクトルデータを格納する必要がなくなる。
【0005】
しかし、特許文献1に開示の方法は、不感時間効果が拡大することによる質量中心または面積の歪みを補正する試みがなされていない。
【0006】
イオン検出器に1つのイオンが到着することによって、イオン検出器には不感期間が生じる。不感期間中はその後のイオンの到着は記録され得ない。イオンが不感期間中に到着するものの全不感期間を延長しないならば、その不感時間は、非延長不感時間と称される。しかし、イオンが不感期間中に到着し、全不感期間を延長させるならば、その不感時間は、延長不感時間と称される。
【0007】
延長不感時間効果は、個々のピークがイオン検出器の不感時間にほぼ等しいかまたはそれより未満離れている場合、レポートされる質量中心および面積に誤りが生じ得る。
【0008】
加えて、質量スペクトルピークは、まず、任意の形態の補正手順が質量スペクトルデータに適用され得る前に、検出および識別される必要がある。生の質量スペクトルデータは歪んだままであり、ピーク形状情報および質量分解能などの生の質量スペクトルデータに存在し得るさらなる情報もまた歪み得る。
【0009】
したがって、生の歪んだ質量スペクトルデータにおけるピークが検出される必要があることが明らかである。生のデータにおけるピークの形状および幅は、イオン検出器の不感時間による歪みが起こる場合、データの強度に依存する。これは、ピーク検出の一貫性および正確性に誤差を招き得、その誤差は、いずれの補正を適用してもその一貫性および正確性を損なわせ得る。
【0010】
飛行時間質量分析器によって得られた質量スペクトルデータにおける質量誤差を補正する公知の方法が非特許文献1に開示されている。この開示の方法は、多チャネルスカラーおよび時間デジタイザを使用して非延長および延長不感時間効果を補正しようとする。これらの補正方法は、生のデジタル化データに適用される。しかし、開示の方法は、使用される時間デジタイザによってデータが記録され得る最も短い時間間隔に対応する1つの時間デジタル化期間内に、1つ以上のイオン到着イベントが個々の飛行時間スペクトルにおいて起こり得ることを考慮していない。その結果、その公知の方法を使用してデータに適用される強度補正は十分でない。これによって、その公知の方法が不感時間歪みを補正する能力は、イベント到着速度が増加するにつれて制限される。
【特許文献1】米国特許第6373052号明細書(マイクロマス)
【非特許文献1】ORTEC Modular Pulse−Processing Electronics catalogue(ORTEC Application note AN57およびChapter8)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
したがって、歪み補正の改善された方法を提供することが望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の一局面によると、質量分析の方法であって、
(a)イオン到着イベントが1つ以上のビン(bin)において記録された複数セットの質量スペクトルデータを獲得するステップと、
(b)Nセットの質量スペクトルデータを合計するか、組み合わせるか、またはヒストグラム化して、複合セットのデータを形成するステップと、
(c)下記式で表されるi番目のビンに到着したイオンの数Qiを決定または推定することによって不感時間効果を少なくとも部分的に補正するステップと
を含む質量分析の方法が提供される。
【数6】

ここで、qiは、i番目のビンにおいて記録されたイオン到着イベントの実際の総数であり、xは、推定された不感期間に対応するビン数に対応する整数である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
上記好適な実施形態によると、イオン到着イベントは、1つ以上の時間、質量または質量電荷比ビンにおいて記録される。同様に、好ましくは、i番目のビンは、時間、質量または質量電荷比ビンを含む。好ましくは、整数xは、推定された不感期間に対応する時間、質量または質量電荷比ビンの数に対応する整数を備える。
【0014】
好ましくは、1つ以上のセットの質量スペクトルデータを獲得するステップは、軸方向加速または直交加速飛行時間質量分析器を使用するステップを含む。
【0015】
好ましくは、方法は、(i)1つ以上のマイクロチャネルプレート(MCP)検出器、(ii)1つ以上の離散ダイノード電子増倍管、(iii)1つ以上の蛍光体、シンチレータまたは光電子増倍管検出器、(iv)1つ以上のチャネルトロン(channeltron)電子増倍管、および(v)1つ以上の変換ダイノードからなる群から選択されるイオン検出器を使用してイオンを検出するステップをさらに含む。また、イオン検出器が上記の検出器の組み合わせを備え得る実施形態が考えられる。例えば、一実施形態によると、イオン検出器は、1つ以上のマイクロチャネルプレート検出器および1つ以上の蛍光体、シンチレータまたは光電子増倍管検出器を備え得る。
【0016】
好ましくは、1つ以上のセットの質量スペクトルデータを獲得するステップは、時間デジタル変換器または記録器を使用して、イオンがイオン検出器に到着する時間を決定するステップを含む。好ましくは、時間デジタル変換器(Time to Dgital Converter)は、(i)<1GHz、(ii)1〜2GHz、(iii)2〜3GHz、(iv)3〜4GHz、(v)4〜5GHz、(vi)5〜6GHz、(vii)6〜7GHz、(viii)7〜8GHz、(ix)8〜9GHz、(x)9〜10GHz、および(xi)>10GHzからなる群から選択されるサンプリング速度を有する。
【0017】
好ましくは、方法は、イオン源を使用して試料をイオン化するステップを備える。イオン源は、(i)エレクトロスプレーイオン化(「ESI」)イオン源、(ii)大気圧光イオン化(「APPI」)イオン源、(iii)大気圧化学イオン化(「APCI」)イオン源、(iv)マトリックス支援レーザ脱離イオン化(「MALDI」)イオン源、(v)レーザ脱離イオン化(「LDI」)イオン源、(vi)大気圧イオン化(「API」)イオン源、(vii)シリコンを用いた脱離イオン化(「DIOS」)イオン源、(viii)電子衝突(「EI」)イオン源、(ix)化学イオン化(「CI」)イオン源、(x)電界イオン化(「FI」)イオン源、(xi)電界脱離(「FD」)イオン源、(xii)誘導結合プラズマ(「ICP」)イオン源、(xiii)高速原子衝撃(「FAB」)イオン源、(xiv)液体二次イオン質量分析(「LSIMS」)イオン源、(xv)脱離エレクトロスプレーイオン化(「DESI」)イオン源、(xvi)ニッケル−63放射性イオン源、(xvii)大気圧マトリックス支援レーザ脱離イオン化イオン源、および(xviii)熱スプレーイオン源からなる群から選択される。
【0018】
好ましくは、Nセットの質量スペクトルデータを合計するか、組み合わせるか、またはヒストグラム化するステップは、イオンカウントもしくはイオン到着イベントの総数対時間、時間ビン、質量、質量ビン、質量電荷比もしくは質量電荷比ビンのヒストグラムまたは質量スペクトルを形成するステップを含む。
【0019】
好ましくは、Nは、(i)<100、(ii)100〜200、(iii)200〜300、(iv)300〜400、(v)400〜500、(vi)500〜600、(vii)600〜700、(viii)700〜800、(ix)800〜900、(x)900〜1000、(xi)1000〜5000、(xii)5000〜10000、(xiii)10000〜20000、(xiv)20000〜30000、(xv)30000〜40000、(xvi)40000〜50000、(xvii)50000〜60000、(xix)60000〜70000、(xx)70000〜80000、(xxi)80000〜90000、(xxii)90000〜100000、および(xxiii)>100000からなる群から選択される。
【0020】
好ましくは、整数xは、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22、23、24、25、26、27、28、29、30、31、32、33、34、35、36、37、38、39、40、41、42、43、44、45、46、47、48、49、50、または>50である。
【0021】
好ましくは、推定された不感期間は、(i)<100ps、(ii)100〜500ps、(iii)500〜1000ps、(iv)1〜1.5ns、(v)1.5〜2.0ns、(vi)2.0〜2.5ns、(vii)2.5〜3.0ns、(viii)3.0〜3.5ns、(ix)3.5〜4.0ns、(x)4.0〜4.5ns、(xi)4.5〜5.0ns、(xii)5.0〜5.5ns、(xiii)5.5〜6.0ns、(xiv)6.0〜6.5ns、(xv)6.5〜7.0ns、(xvi)7.0〜7.5ns、(xvii)7.5〜8.0ns、(xviii)8.0〜8.5ns、(xix)8.5〜9.0ns、(xx)9.0〜9.5ns、(xxi)9.5〜10.0ns、および(xxii)>10.0nsからなる群から選択される。
【0022】
好ましくは、n個のイオンが質量スペクトルデータの1つの捕捉内の1つのビン内に到着する確率は、
【数7】

であり、nは、所定のビンにおいて到着するイオンの総数、λは、N個の捕捉に対応する最終ヒストグラム化スペクトルにおける1つのビンにおいて到着するイオンの数の平均である。
【0023】
本発明のさらなる局面によると、
質量分析器と、
質量分析器によって得られた質量スペクトルデータを処理する処理システムであって、
(a)イオン到着イベントが1つ以上のビンにおいて記録される1以上のセットの質量スペクトルデータを獲得し、
(b)Nセットの質量スペクトルデータを合計するか、組み合わせるか、またはヒストグラム化して、複合セットのデータを形成し、
(c)下記式で表されるi番目のビンに到着したイオンの数Qiを決定または推定することによって不感時間効果を少なくとも部分的に補正する
ように構成および適合される処理システムと、
を備える質量分析計が提供される。
【数8】

ここで、qiは、i番目のビンにおいて記録されたイオン到着イベントの実際の総数であり、xは、推定された不感期間に対応するビン数に対応する整数である。
【0024】
好ましくは、イオン到着イベントは、1つ以上の時間、質量または質量電荷比ビンにおいて記録される。好ましくは、i番目のビンは、時間、質量または質量電荷比ビンを含む。好ましくは、整数xは、推定された不感期間に対応する時間、質量または質量電荷比ビンの数に対応する整数である。
【0025】
好ましくは、質量分析器は、飛行時間質量分析器を備える。好ましくは、飛行時間質量分析器は、軸方向加速または直交加速飛行時間質量分析器を備える。好ましくは、飛行時間質量分析器は、イオンを飛行時間またはドリフト領域中へ加速するプッシャ(pusher)および/またはプーラ(puller)電極を備える。
【0026】
好ましくは、質量分析器は、イオン検出器を備える。好ましくは、イオン検出器は、電子増倍管を備える。好ましくは、イオン検出器は、(i)1つ以上のマイクロチャネルプレート(MCP)検出器、(ii)1つ以上の離散ダイノード電子増倍管、(iii)1つ以上の蛍光体、シンチレータまたは光電子増倍管検出器、(iv)1つ以上のチャネルトロン電子増倍管、および(v)1つ以上の変換ダイノードからなる群から選択される。
【0027】
好ましくは、イオン検出器は、1つ以上の収集(collection)電極またはアノードを備える。好ましくは、質量分析計は、1つ以上の電荷検出弁別器をさらに備える。
【0028】
好ましくは、質量分析計は、時間デジタル変換器をさらに備える。好ましくは、時間デジタル変換器は、(i)<1GHz、(ii)1〜2GHz、(iii)2〜3GHz、(iv)3〜4GHz、(v)4〜5GHz、(vi)5〜6GHz、(vii)6〜7GHz、(viii)7〜8GHz、(ix)8〜9GHz、(x)9〜10GHz、および(xi)>10GHzからなる群から選択されるサンプリング速度を有する。
【0029】
好ましくは、質量分析計は、イオン源をさらに備える。好ましくは、イオン源は、(i)エレクトロスプレーイオン化(「ESI」)イオン源、(ii)大気圧光イオン化(「APPI」)イオン源、(iii)大気圧化学イオン化(「APCI」)イオン源、(iv)マトリックス支援レーザ脱離イオン化(「MALDI」)イオン源、(v)レーザ脱離イオン化(「LDI」)イオン源、(vi)大気圧イオン化(「API」)イオン源、(vii)シリコンを用いた脱離イオン化(「DIOS」)イオン源、(viii)電子衝突(「EI」)イオン源、(ix)化学イオン化(「CI」)イオン源、(x)電界イオン化(「FI」)イオン源、(xi)電界脱離(「FD」)イオン源、(xii)誘導結合プラズマ(「ICP」)イオン源、(xiii)高速原子衝撃(「FAB」)イオン源、(xiv)液体二次イオン質量分析(「LSIMS」)イオン源、(xv)脱離エレクトロスプレーイオン化(「DESI」)イオン源、(xvi)ニッケル−63放射性イオン源、(xvii)大気圧マトリックス支援レーザ脱離イオン化イオン源、および(xviii)熱スプレーイオン源からなる群から選択される。
【0030】
好ましくは、イオン源は、パルスまたは連続イオン源を備える。
【0031】
非延長不感時間効果が補正されるような本発明のさらなる局面が考えられる。
【0032】
本発明の一局面によると、
質量分析の方法であって、
(a)イオン到着イベントが1つ以上のビンにおいて記録される1つ以上のセットの質量スペクトルデータを獲得するステップと、
(b)Nセットの質量スペクトルデータを合計するか、組み合わせるか、またはヒストグラム化して、複合セットのデータを形成するステップと、
(c)下記式で表されるi番目のビンに到着したイオンの数Qiを決定または推定することによって不感時間効果を少なくとも部分的に補正するステップと
を含む質量分析の方法が提供される。
【数9】

ここで、qiは、i番目のビンにおいて記録されたイオン到着イベントの実際の総数であり、xは、推定された不感期間に対応するビン数に対応する整数である。
【0033】
好ましくは、イオン到着イベントは、1つ以上の時間、質量または質量電荷比ビンにおいて記録される。好ましくは、i番目のビンは、時間、質量または質量電荷比ビンを含む。好ましくは、整数xは、推定された不感期間に対応する時間、質量または質量電荷比ビンの数に対応する整数である。
【0034】
本発明のさらなる局面によると、
質量分析器と、
質量分析器によって得られた質量スペクトルデータを処理する処理システムであって、
(a)イオン到着イベントが1つ以上のビンにおいて記録される1以上のセットの質量スペクトルデータを獲得し、
(b)Nセットの質量スペクトルデータを合計するか、組み合わせるか、またはヒストグラム化して、複合セットのデータを形成し、
(c)下記式で表されるi番目のビンに到着したイオンの数Qiを決定または推定することによって不感時間効果を少なくとも部分的に補正する
ように構成および適合される処理システムと
を備える質量分析計が提供される。
【数10】

ここで、qiは、i番目のビンにおいて記録されたイオン到着イベントの実際の総数であり、xは、推定された不感期間に対応するビン数に対応する整数である。
【0035】
好ましくは、イオン到着イベントは、1つ以上の時間、質量または質量電荷比ビンにおいて記録される。好ましくは、i番目のビンは、時間、質量または質量電荷比ビンを含む。好ましくは、整数xは、推定された不感期間に対応する時間、質量または質量電荷比ビンの数に対応する整数である。
【0036】
上記好適な実施形態は、飛行時間質量分析器におけるイオン検出器によって記録された質量スペクトルにおける検出不感時間効果による強度および質量割当における歪みを補正する方法に関する。
【0037】
上記好適な実施形態は、1つの飛行時間スペクトルにおいて使用される時間デジタイザによってデータが記録され得る最も短い時間間隔に対応する1つの時間デジタル化期間内に1つ以上のイオン到着が起こり得る有限な確率に対処するために、質量スペクトルデータを補正する。
【0038】
ここで、添付の図面を参照し、本発明の種々の実施形態をあくまで例として説明する。
【0039】
図1は、一期間にわたる7つのイオン到着イベントおよび各イオン到着イベントに対応付けられた正確な不感期間を示す。
【0040】
図2は、いくつかのイオン到着イベントを記録しないようにする不感時間効果によって記録される対応の飛行時間スペクトルを示す。
【0041】
図3は、時間デジタル変換器(TDC)によって記録されるような対応の飛行時間スペクトルを示す。
【0042】
図4は、複数の飛行時間スペクトルを合成して複合スペクトルを形成したヒストグラムを示す。
【0043】
図5は、ヒストグラムが複数の飛行時間スペクトルを合成して形成された場合の不感時間間隔にわたるヒストグラムの一部を示す。
【0044】
図6は、質量電荷比が600の1つの質量スペクトルピーク、従来の補正方法にしたがって補正されたような対応のピーク、および上記好適な実施形態にしたがって補正されたような対応のピークに関するシミュレーションされた飛行時間データを示す。
【0045】
図7は、図6に示すシミュレーションされたピークについての、測定された質量電荷比におけるppm誤差対平均イオン到着速度λのプロットを示す。
【0046】
図8は、図6に示すシミュレーションされたピークについての、シミュレーションされたピーク面積の歪んでいないピーク面積に対する割合対平均イオン到着速度λのプロットを示す。
【0047】
図9は、質量電荷比が600.0、600.2、および600.4で平均イオン到着速度λが1の3つの質量スペクトルピーク、従来の補正方法にしたがって補正されたような対応のピーク、および上記好適な実施形態にしたがって補正されたような対応のピークに関するシミュレーションされた飛行時間データを示す。
【0048】
図10は、質量電荷比が600.0、600.2、および600.4で平均イオン到着速度λが2の3つの質量スペクトルピーク、従来の補正方法にしたがって補正されたような対応のピーク、および上記好適な実施形態にしたがって補正されたような対応のピークに関するシミュレーションされた飛行時間データを示す。
【0049】
ここで、本発明の好適な実施形態を説明する。好適な実施形態によると、好ましくは、無電界ドリフト領域およびイオン検出器を備える飛行時間質量分析器が提供される。1サイクルの動作または捕捉において、好ましくは、1集団(bunch)またはパケットのイオンが、例えば、無電界ドリフト領域内へ直交に加速されることによって、無電界ドリフト領域に入るようにされる。好ましくは、その集団またはパケットのイオンにおいて無電界ドリフト領域内へ加速されるイオンは、本質的に同じ運動エネルギーを有するように構成される。その結果、異なる質量電荷比を有するイオンは、無電界ドリフト領域を異なる速度で走行するようにされる。
【0050】
好ましくは、イオンは、一旦無電界ドリフト領域を走行すると、次いで、好ましくは無電界ドリフト領域の端部に位置するイオン検出器に入射するように、構成される。好ましくは、イオン検出器に入射したイオンの質量電荷比は、イオンが最初に無電界ドリフト領域内へ加速された時間から測定される質量分析器の無電界ドリフト領域を通るイオンの通過時間を決定することによって決定される。
【0051】
イオン検出器は、マイクロチャネルプレート(MCP)検出器または離散ダイノード電子増倍管(または、これらのデバイスの組み合わせ)を備え得る。両タイプのイオン検出器は、イオン検出器に到着または入射したイオンに応答して1集団の電子を生成する。
【0052】
好ましくは、イオン検出器によって生成された電子は、好ましくはマイクロチャネルプレートまたは離散ダイノード電子増倍管に隣接して配置される1つ以上の収集電極またはアノード上でまたはそれによって収集される。好ましくは、1つ以上の収集電極またはアノードは、電荷検出弁別器に接続される。
【0053】
好ましくは、電荷検出弁別器は、収集電極に当たる電子に応答して信号を生成するように構成される。好ましくは、電荷検出弁別によって生成された信号は、次いでマルチストップ時間デジタル変換器(TDC)または記録器を使用して記録される。
【0054】
好ましくは、時間デジタル変換器または記録器のクロックは、1集団またはパケットのイオンが好ましくは最初に飛行時間質量分析器の無電界ドリフト領域内へ加速されると直ちに開始される。好ましくは、弁別器の出力に応答して記録されたイベントは、飛行時間質量分析器の無電界ドリフト領域を通るイオンの通過時間に関連する。10GHzの時間デジタル変換器が使用され得、そのような時間デジタル変換器は、イオンの到着時間を±50psの正確さまで記録することができる。
【0055】
次いで、イオン種の存在度を表すピーク強度を有する質量スペクトルが、複数の捕捉を得るかまたは行い、各捕捉から得られたスペクトルを合成または合計することによって生成され得る。次いで、好ましくは、各捕捉の終了時に時間デジタル変換器または記録器に記録されるような個々のイオン通過時間を使用して、好ましくは質量または質量電荷比の関数としての記録されたイオン到着の数に関連または対応する最終ヒストグラムが生成される。
【0056】
公知の時間デジタル変換器は、非常に高速な動作が可能であるが、公知のイオン検出器は、イオン到着イベントに続いて所定の不感時間があるという問題を有する。
【0057】
イオン到着イベントに続く不感時間の間、イオン検出器は、イオン検出器に到着する別のイオンに応答できない。すなわち、検出器システムは、不感期間の間にイオン検出器に到着し得るさらなるイオンを記録できない。
【0058】
イオン検出器および関連の電子機器(すなわち、電荷検出弁別器および時間デジタル変換器)の全不感時間は、通常5ns程度である。所定の条件下において、飛行時間スペクトルを捕捉する間のイオン検出器、電荷検出弁別器および時間デジタル変換器の合成不感時間の間にいくつかのイオンがイオン検出器に到着する可能性が比較的あり得る。結果として、これらのイオンは、検出または記録できない。
【0059】
イオンの検出または記録に失敗すると、質量分析器によって生成される最終の質量スペクトルが歪む。この歪みは、イオン検出器におけるイオンの到着速度を低減するか、または質量スペクトルデータを後処理し、不感時間の効果を補正しようとすることによって回避または低減され得る。
【0060】
不感時間効果は、本質的に延長するか、または延長しないかのいずれかであり得る。イオン検出器システムが延長不感時間を有する場合、1つのイオンがイオン検出器に到着することによって最初に開始された不感期間の間にイオンが到着することによって、不感時間がさらに延長される。イオン検出器システムが非延長不感時間を有する場合、前のイオン到着イベントによって最初に開始された不感期間の間に到着するイオンは記録されないが、不感期間はさらには延長されない。
【0061】
公知の飛行時間質量分析器において使用されるイオン検出器は、延長不感時間効果が通常圧倒的に大きい。延長不感時間効果は、主に収集電極またはアノードにおける電子到着分布によって生成されるアナログパルスの幅の結果である。以下、時間デジタル変換器または記録器のデジタル化速度に対応付けられたいずれの非延長不感時間効果はごくわすかであり、したがって有効に無視され得ると仮定する。
【0062】
図1は、7つのイオン到着イベントおよび各イオン到着イベントに対応付けられた不感時間を示す。時間はx軸に沿って表され、垂直な線はイオンがイオン検出器に到達する時間を表す。x軸に沿って一定間隔に示された点線の目盛は、イオン到着イベントを記録するために使用された時間デジタル変換器のサンプリング速度を表す。
【0063】
7つのイオン到着イベントのうちの最初の6つに対応付けられた精密な不感時間は、不感時間間隔dt1〜dt6によって示される。
【0064】
図2は、イオン到着イベントのうちのいくつかを逸させる不感時間の効果によって実際に質量分析器によって記録されるような飛行時間スペクトルを示す。特に、図1および2の比較から分かるように、第3、第4および第6のイオン到着イベントは、記録に失敗した。なぜなら、これらのイオン到着イベントは、前回のイオン到着イベントに対応付けられた不感時間において起きるからである。したがって、図2に示すスペクトルは、イオン検出器からの出力および次いで時間デジタル変換器に入力される信号を表す。
【0065】
図3は、時間デジタル変換器を使用して、図3に示すような時間ビン幅Δtを有するサンプリング速度で記録されるようなスペクトルを示す。ここで、図3に示すx軸は、時間ビンを表す。
【0066】
特定の時間ビンiにおいて記録されたイオンの到着時間は、以下のように与えられる。
【数11】

ここで、tは到着時間、Δtは各時間ビンの幅である。
【0067】
図3から直ちに明らかなように、7つのイオン到着イベントのうちの4つだけが記録されるイオンカウントとなる。
【0068】
図4は、N個の別々の飛行時間スペクトルまたは捕捉の各時間ビンにおけるイオンカウント数を合計した結果を示す。最終ヒストグラム化スペクトルが生成される。
【0069】
以下、分析Qiは、イオン検出器が不感時間効果を受けない場合(すなわち、不感時間がゼロ)の第i番目の時間ビンにおける理論的なイオンカウント総数を表す。
【0070】
同様に、qiは、i番目の時間ビンにおいて記録された実際のイオンカウント数を表す。i番目の時間ビンにおいて記録された実際のイオンカウント数は、不感時間効果のために、観測されると期待され得る理論的なイオンカウント総数Qiよりも少なくあり得る。Nは、最終ヒストグラム化スペクトルを形成するために合計される別々の飛行時間スペクトルまたは捕捉の総数である。最後に、xは、時間デジタル変換器ビン幅Δtの数を切り上げた整数である。
【0071】
上記好適な実施形態にしたがって使用される不感時間δtは、以下に与えられる。
【数12】

ここで、xは、時間デジタル変換器ビン幅Δtの数を切り上げた整数である。
【0072】
図5は、N個の別々の飛行時間スペクトルを合計することによって形成された最終ヒストグラム化スペクトルのごく一部を示す。示された最終ヒストグラム化スペクトルの一部は、適用された不感期間δtに対応する。この特定の場合、適用された不感期間δtは、7つの別々の時間ビンに等しい(すなわち、xは、方程式2において7に等しい)。
【0073】
i番目の時間ビン(図5の右手側を参照)において実際に記録されるイベント数qiは、i−x〜i−1の範囲内の直前の時間ビンにおいて起こるイオン到着による延長不感時間の効果によって低減されたと考えられ得る。イオンがイオン検出器に到着し、i−x〜i−1の範囲の時間ビンの1つにおいてイオン到着イベントがイオン検出器によって記録されるたびに、イオン到着イベントは、i番目の時間ビンにおいて記録され得ないことが理解される。
【0074】
上記好適な実施形態によると、i番目の時間ビンから不感期間未満だけ離れた前の時間ビンにおいて到着するイオンの不感時間効果によるi番目の時間ビンにおける歪み(すなわち、到着したとして記録されるイオンの数の低減)に対処するために補正がなされる。
【0075】
上記好適な実施形態にしたがって適用される補正を計算するために、まず、任意の所与の時間ビンにおいて到着するイオンの数がポアッソン統計にしたがうと仮定する。したがって、n個のイオンが1つの質量スペクトルデータセットの1つの時間ビン内に到着する確率は、以下に与えられる。
【数13】

ここで、nは、所与の時間ビンにおけるイオン到着イベントの総数であり、λは、N個の別々の質量スペクトルデータセットを合計して生成される最終ヒストグラム化スペクトルの時間ビンにおいて到着するイオンの数の平均である。さらに、
【数14】

であり、ここで、Qiは、i番目の時間ビンにおいて起きるイオン到着イベントの総数である。
【0076】
特定の時間ビンiにおけるイオン到着イベントを記録するためには、不感時間効果があるので、前の時間ビン(直前の時間ビンi−1からさらに前の時間ビンi−x)のいずれにおいてもイオン到着イベントがあってはいけない。
【0077】
ヒストグラムが、複数セットの質量スペクトルデータ、および時間ビンi−xにおけるイオン到着イベントの総数であるQi-xを合計することによって形成されると仮定すると、この時間ビンにおけるイオン到着イベントがゼロであると記録する確率は、n=0に設定することによって方程式3および4から決定され得、以下によって与えられる。
【数15】

【0078】
したがって、i番目の時間ビンより前の時間ビンi−x〜i−1のいずれかにおいてイオン到着イベントがゼロであると記録する全確率P(0)は、以下によって与えられる。
【数16】

【0079】
N個の飛行時間スペクトルの最終ヒストグラムにおける時間ビンiにおける実際のまたは実験によって観測されたイオン到着イベントの数qiは、前の時間ビンのうちの1つにおいてイオン到着イベントが起きた確率に比例して低減し得た。前の時間ビンのうちの1つにおいてイオン到着イベントが起きた確率は、1−P(0)である。
【0080】
したがって、前の時間ビンi−x〜i−1のうちのいずれかにおいて起こるイオン到着イベントによる不感時間効果がなければ、i番目の時間ビンにおいて記録されるイオン到着イベントの数は、以下によって与えられる。
【数17】

【0081】
方程式7に与えられた式は、i番目の時間ビンにおいて起こった可能性があると考えられる、補正されたイオン到着イベント数を与える。
【0082】
高イオン電流において、1より多くのイオンがいずれかの飛行時間スペクトルにおけるいずれか1つの時間ビンにおいて同時に到着し得る確率が顕著になり始める。
【0083】
方程式7にしたがって補正した後のi番目の時間ビンにおける決定または推定されたイオン到着イベント数をqi’とすると、i番目の時間ビンにおいて起こるイオン到着イベントがゼロである確率は、以下によって与えられる。
【数18】

【0084】
これを方程式3におけるポアッソン統計によって与えられるイオン到着イベントがゼロである確率と等しいとすると、
【数19】

となる。したがって、
【数20】

となる。
【0085】
不感時間損失および多重イオン到着を補正したような時間ビンiにおける理論的なイオン到着イベント数Qiは、以下によって与えられる(方程式4を参照)。
【数21】

【0086】
したがって、上記好適な実施形態にかかる不感時間補正についての完全な式は、方程式7および10を方程式11に代入することによって決定され、以下に与えられる。
【数22】

【0087】
なお、方程式12は、時間ビンi−x〜i−1における補正されたイオン到着イベント数Qi-x〜Qi-1を決定するために同じ計算がこれらの時間ビンについてすでにまず行われていることを必要とする。したがって、好ましくは、上記好適な補正方法は、第1の時間ビンから最後の時間ビンへ漸進的に各時間ビンに対してイオン到着イベントを補正する。上記好適な実施形態によると、質量スペクトルデータは、少なくとも最初のn個の時間ビン(ここで、n=x)におけるイオン到着イベント数がゼロであるかまたは非常に低いかのいずれかであるように構成され得る。
【0088】
飛行時間質量分析器におけるイオン到着時間分布および平均イオン到着速度をモデル化するためにモンテカルロソフトウェアモデルが使用された。このモデルを使用して、上記好適な実施形態にかかる不感時間補正方法の有効性を評価した。
【0089】
1つの飛行時間スペクトルにおける1つの質量スペクトルピークにおいてのイオン到着イベント数nは、特定の平均到着速度λにおけるポアッソン分布にしたがうと仮定された。ランダムに生成されたイベントには、イオン検出器における平均到着時間を表す平均および1つまたは複数のシミュレーションされた質量スペクトルピークの質量分解能を示す標準偏差を有するガウス分布から、到着時間が割り当てられた。このように生成された各個々の一連のイベントは、前のイベントの後の特定の不感時間内にあるイベントを除くように選別された。合計106個の個々のスペクトルがこのように生成された。次いで、これらは、固定の時間ビン幅を有する最終ヒストグラムに並び替えられた。
【0090】
上記好適な実施形態にかかる手法と公知の手法を比較するために、最終ヒストグラムに対して、上記好適な実施形態にかかる補正アルゴリズムおよびまた公知の補正アルゴリズムが行われた。比較のために、歪んでいないデータセットが不感期間をゼロに設定したシミュレーションから生成された。補正の前後の不感時間によって歪んだデータにおけるイオン到着イベント数を歪んでいない(不感時間=ゼロ)データから決定されるようなイオン到着イベントの総数で割ったものの比が異なるイオン平均到着速度λに対して決定された。
【0091】
図6は、平均質量電荷比が600の質量スペクトルピークに関するシミュレーションデータを示す。質量スペクトルピークは、34.8μsの平均飛行時間および7000半値全幅(FWHM)の質量分解能に対応する。半分の高さ(half height)のピーク幅は、2.5nsであった。図6に示すヒストグラムは、ピーク包絡線内の1スペクトルまたは捕捉当たり4イベントの平均イオン到着速度λを有する106個の別々の飛行時間スペクトルまたは捕捉からのデータを合成することによって形成された。不感時間効果は、5nsの不感時間を使用してモデルに組み込まれた。ヒストグラムは、250psの固定幅時間ビンを使用して構築された。
【0092】
上記好適な実施形態にかかる不感時間補正は、ちょうど20個の時間ビンの不感時間を仮定することによって最終ヒストグラムに適用された。非特許文献1に記載されるような公知方法にかかる不感時間補正もまた、やはりちょうど20個の時間ビンの不感時間を仮定する最終ヒストグラムに適用された。
【0093】
図6において1と標識された質量スペクトルピークは、質量分析器によって実験により記録されるであろう質量スペクトルピークとしてモデル化された質量スペクトルピークに対応する。イオン検出器が不感時間効果を受けない場合に記録されたであろう各時間ビンに対するイオンカウントは、記号+で記されたデータポイントによって示される。
【0094】
上記公知の不感時間補正方法を使用して補正した後の質量スペクトルピークは、2と標識される。上記好適な実施形態にかかる補正をした後の質量スペクトルピークは、3と標識される。上記好適な実施形態にかかる補正方法は、上記公知方法よりも不感時間補正の程度がはるかに良いことが容易に分かる。また、図6において3と標識された、補正した結果の質量スペクトルピークは、+で印された理論的データポイントに非常に接近して相関することが分かる。
【0095】
図7は、シミュレーションにおいて使用された平均質量電荷比に対して測定された質量電荷比における決定されたppm誤差対平均イオン到着速度λのグラフを示す。重み付け質量中心計算(質量中心計算と呼ばれることもある)を使用してピークの質量中心を決定した。
【0096】
図7において四角によって印されたデータポイントは、補正なしの歪んだピークについて測定された質量電荷比におけるppm誤差を表す。三角形によって印されたデータポイントは、上記公知の不感時間補正方法を使用して補正した後のピークについて測定された質量電荷比におけるppm誤差を表す。円形ドットによって印されたデータポイントは、上記好適な実施形態にかかる不感時間補正方法を用いて補正した後のピークについて測定された質量電荷比におけるppm誤差を表す。上記好適な実施形態にかかる方法によって不感時間補正した後のすべての誤差は、0.25ppm内にある。
【0097】
図8は、不感時間補正後のシミュレーションされたピークの面積の、不感時間をゼロに設定した(すなわち、不感時間効果による損失がない)シミュレーションから得られたピーク面積に対する割合対イオンイベント到着速度λを示す。四角によって印されたデータポイントは、補正なしの歪んだピークについて測定された割合を表す。三角形によって印されたデータポイントは、上記公知の不感時間補正方法を用いて補正した後のピークについて測定された割合を表す。円形ドットによって印されたデータポイントは、上記好適な実施形態にかかる不感時間補正方法を用いて補正した後のピークについて測定された割合を表す。上記好適な実施形態にかかる方法を使用して補正した面積は、不感時間損失のないピークの面積の0.3%以内である。
【0098】
次いで、上記と同じモデルを拡張して、平均質量電荷比が600、600.2、および600.4であるシミュレーションされた質量スペクトルピークに対応する3つの別々の到着時間分布を含むようにした(ここでも、質量分解能は7000FWHMとする)。不感時間による歪みおよびヒストグラム化については、上記と同じ条件を適用した。次いで、合成データに対して、上記公知の不感時間補正方法および上記好適な実施形態にかかる不感時間補正方法を行った。
【0099】
図9は、1ピーク当たり1スペクトル当たり1イベントの平均イオン到着イベント速度λをそれぞれに有する3つのピークのシミュレーションから生成されたヒストグラムを示す。実験によって観測されるような不感時間によって歪んだ質量スペクトルピークを図9に示し、1と標識した。不感時間がゼロに設定された場合の理論的なピークは、記号+を用いて印されたデータポイントによって示される。上記公知の不感時間補正方法を使用して補正した後のピークは、2と標識される。上記好適な実施形態にかかる不感時間補正方法を用いて補正した後のピークは、3と標識される。図9から明らかなように、上記公知の方法および上記好適な実施形態にかかる方法の両方は、第2および第3のピークに対する不感時間補正が不十分であるが、それにもかかわらず、上記好適な実施形態にかかる不感時間補正方法によってより優れたレベルの補正が提供される。
【0100】
図10は、1ピーク当たり1スペクトル当たり2イベントの平均イオンイベント速度λをそれぞれ有する3つのピークのシミュレーションから生成されたヒストグラムを示す。実験によって観測されるような不感時間によって歪んだ質量スペクトルピークは、1と標識される。不感時間がゼロに設定された場合の理論的なピークは、記号+を用いて印されたデータポイントによって示される。上記公知の不感時間補正方法を使用して補正した後のピークは、2と標識される。上記好適な実施形態にかかる不感時間補正方法を用いて補正した後のピークは、3と標識される。図10から明らかなように、上記公知の方法および上記好適な実施形態にかかる方法の両方は、第2および第3のピークに対しては不感時間による損失への補正が不十分であるが、それにもかかわらず、上記好適な実施形態にかかる不感時間補正方法によってより優れたレベルの補正が提供される。
【0101】
上記好適な実施形態にかかる不感時間補正方法は、不感時間が正確な数のデジタイザ時間ビンであると仮定する。しかし、実際のところ、システムの実際のまたは正確な不感時間は、非整数個の時間ビンである。前のピークの延長不感時間による補正における誤差は、図9および10に例示したように、この初期仮定に部分的に原因があり得る。
【0102】
システムの不感時間が時間デジタル変換器のサンプリング速度に対応する非整数個の時間ビンであるとされ得る本発明の実施形態が考えられる。
【0103】
本発明のさらなる実施形態によると、好適な不感時間補正方法は、補正対象時間ビンiにおける不感時間損失を生じ得る時間ビンj=i−(x+1)におけるイベントの統計分布に基づいたさらなる補正を含むように拡張される。
【0104】
また、この効果は、時間デジタル変換器のデジタル化速度を増加することによって低減され、これにより個々の時間ビンの幅Δtを低減し得る。
【0105】
また、開示の方法は、非延長不感時間効果に適用され得る。類似の手法を使用して、非延長不感時間効果によるイオン到着イベントの補正のついての式が以下のように定式化され、与えられ得る。
【数23】

【0106】
上記好適な実施形態を参照して本発明を記載したが、添付の特許請求の範囲に記載の本発明の範囲を逸脱せずに、形態および詳細における種々の変更が上記特定の実施形態になされ得ることが当業者に理解される。
【図面の簡単な説明】
【0107】
【図1】図1は、一期間にわたる7つのイオン到着イベントおよび各イオン到着イベントに対応付けられた正確な不感期間を示す。
【図2】図2は、いくつかのイオン到着イベントを記録しないようにする不感時間の効果によって記録される対応の飛行時間スペクトルを示す。
【図3】図3は、時間デジタル変換器(TDC)によって記録されるような対応の飛行時間スペクトルを示す。
【図4】図4は、複数の飛行時間スペクトルを合成して複合スペクトルを形成したヒストグラムを示す。
【図5】図5は、ヒストグラムが複数の飛行時間スペクトルを合成して形成された場合の不感時間間隔にわたるヒストグラムの一部を示す。
【図6】図6は、質量電荷比が600の1つの質量スペクトルピーク、従来の補正方法にしたがって補正されたような対応のピーク、および上記好適な実施形態にしたがって補正されたような対応のピークに関するシミュレーションされた飛行時間データを示す。
【図7】図7は、図6に示すシミュレーションされたピークについての、測定された質量電荷比におけるppm誤差対平均イオン到着速度λのプロットを示す。
【図8】図8は、図6に示すシミュレーションされたピークについての、シミュレーションされたピーク面積の歪んでいないピーク面積に対する比対平均イオン到着速度λのプロットを示す。
【図9】図9は、質量電荷比が600.0、600.2、および600.4で平均イオン到着速度λが1の3つの質量スペクトルピーク、従来の補正方法にしたがって補正されたような対応のピーク、および上記好適な実施形態にしたがって補正されたような対応のピークに関するシミュレーションされた飛行時間データを示す。
【図10】図10は、質量電荷比が600.0、600.2、および600.4で平均イオン到着速度λが2の3つの質量スペクトルピーク、従来の補正方法にしたがって補正されたような対応のピーク、および上記好適な実施形態にしたがって補正されたような対応のピークに関するシミュレーションされた飛行時間データを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量分析の方法であって、
(a)イオン到着イベントが1つ以上のビンにおいて記録された複数セットの質量スペクトルデータを獲得するステップと、
(b)Nセットの質量スペクトルデータを合計するか、組み合わせるか、またはヒストグラム化して、複合セットのデータを形成するステップと、
(c)下記式で表されるi番目のビンに到着したイオンの数Qiを決定または推定することによって不感時間効果を少なくとも部分的に補正するステップと
を含む、質量分析の方法。
【数1】

ここで、qiは、前記i番目のビンにおいて記録されたイオン到着イベントの実際の総数であり、xは、推定された不感期間に対応するビン数に対応する整数である。
【請求項2】
前記イオン到着イベントは、1つ以上の時間、質量または質量電荷比ビンにおいて記録される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記i番目のビンは、時間、質量または質量電荷比ビンを含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
xは、推定された不感期間に対応する時間、質量または質量電荷比ビンの数に対応する整数である、請求項1、2または3に記載の方法。
【請求項5】
前記1つ以上のセットの質量スペクトルデータを獲得するステップは、軸方向加速または直交加速飛行時間質量分析器を使用するステップを含む、先行する請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
(i)1つ以上のマイクロチャネルプレート(MCP)検出器、(ii)1つ以上の離散ダイノード電子増倍管、(iii)1つ以上の蛍光体、シンチレータまたは光電子増倍管検出器、(iv)1つ以上のチャネルトロン電子増倍管、および(v)1つ以上の変換ダイノードからなる群から選択されるイオン検出器を使用してイオンを検出するステップをさらに含む、先行する請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
前記1つ以上のセットの質量スペクトルデータを獲得するステップは、時間デジタル変換器または記録器を使用して、イオンがイオン検出器に到着する時間を決定することを含む、先行する請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
前記時間デジタル変換器は、(i)<1GHz、(ii)1〜2GHz、(iii)2〜3GHz、(iv)3〜4GHz、(v)4〜5GHz、(vi)5〜6GHz、(vii)6〜7GHz、(viii)7〜8GHz、(ix)8〜9GHz、(x)9〜10GHz、および(xi)>10GHzからなる群から選択されるサンプリング速度を有する、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
(i)エレクトロスプレーイオン化(「ESI」)イオン源、(ii)大気圧光イオン化(「APPI」)イオン源、(iii)大気圧化学イオン化(「APCI」)イオン源、(iv)マトリックス支援レーザ脱離イオン化(「MALDI」)イオン源、(v)レーザ脱離イオン化(「LDI」)イオン源、(vi)大気圧イオン化(「API」)イオン源、(vii)シリコンを用いた脱離イオン化(「DIOS」)イオン源、(viii)電子衝突(「EI」)イオン源、(ix)化学イオン化(「CI」)イオン源、(x)電界イオン化(「FI」)イオン源、(xi)電界脱離(「FD」)イオン源、(xii)誘導結合プラズマ(「ICP」)イオン源、(xiii)高速原子衝撃(「FAB」)イオン源、(xiv)液体二次イオン質量分析(「LSIMS」)イオン源、(xv)脱離エレクトロスプレーイオン化(「DESI」)イオン源、(xvi)ニッケル−63放射性イオン源、(xvii)大気圧マトリックス支援レーザ脱離イオン化イオン源、および(xviii)熱スプレーイオン源からなる群から選択されるイオン源を使用して、試料をイオン化するステップをさらに含む、先行する請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
前記Nセットの質量スペクトルデータを合計するか、組み合わせるか、またはヒストグラム化するステップは、イオンカウントもしくはイオン到着イベントの総数対時間、時間ビン、質量、質量ビン、質量電荷比もしくは質量電荷比ビンのヒストグラムまたは質量スペクトルを形成することを含む、先行する請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
Nは、(i)<100、(ii)100〜200、(iii)200〜300、(iv)300〜400、(v)400〜500、(vi)500〜600、(vii)600〜700、(viii)700〜800、(ix)800〜900、(x)900〜1000、(xi)1000〜5000、(xii)5000〜10000、(xiii)10000〜20000、(xiv)20000〜30000、(xv)30000〜40000、(xvi)40000〜50000、(xvii)50000〜60000、(xix)60000〜70000、(xx)70000〜80000、(xxi)80000〜90000、(xxii)90000〜100000、および(xxiii)>100000からなる群から選択される、先行する請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
xは、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22、23、24、25、26、27、28、29、30、31、32、33、34、35、36、37、38、39、40、41、42、43、44、45、46、47、48、49、50、または>50である、先行する請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
前記推定された不感期間は、(i)<100ps、(ii)100〜500ps、(iii)500〜1000ps、(iv)1〜1.5ns、(v)1.5〜2.0ns、(vi)2.0〜2.5ns、(vii)2.5〜3.0ns、(viii)3.0〜3.5ns、(ix)3.5〜4.0ns、(x)4.0〜4.5ns、(xi)4.5〜5.0ns、(xii)5.0〜5.5ns、(xiii)5.5〜6.0ns、(xiv)6.0〜6.5ns、(xv)6.5〜7.0ns、(xvi)7.0〜7.5ns、(xvii)7.5〜8.0ns、(xviii)8.0〜8.5ns、(xix)8.5〜9.0ns、(xx)9.0〜9.5ns、(xxi)9.5〜10.0ns、および(xxii)>10.0nsからなる群から選択される、先行する請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
n個のイオンが質量スペクトルデータの1つの捕捉内の1つのビン内に到着する確率は、
【数2】

であり、nは、所定のビンにおいて到着するイオンの総数、λは、N個の捕捉に対応する最終ヒストグラム化スペクトルにおける1つのビンにおいて到着するイオンの数の平均である、先行する請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項15】
質量分析器と、
前記質量分析器によって得られた質量スペクトルデータを処理する処理システムであって、
(a)イオン到着イベントが1つ以上のビンにおいて記録される1以上のセットの質量スペクトルデータを獲得し、
(b)Nセットの質量スペクトルデータを合計するか、組み合わせるか、またはヒストグラム化して、複合セットのデータを形成し、
(c)下記式で表されるi番目のビンに到着したイオンの数Qiを決定または推定することによって不感時間効果を少なくとも部分的に補正する
ように構成および適合される処理システムと、
を備える、質量分析計。
【数3】

ここで、qiは、前記i番目のビンにおいて記録されたイオン到着イベントの実際の総数であり、xは、推定された不感期間に対応するビン数に対応する整数である。
【請求項16】
前記イオン到着イベントは、1つ以上の時間、質量または質量電荷比ビンにおいて記録される、請求項15に記載の質量分析計。
【請求項17】
前記i番目のビンは、時間、質量または質量電荷比ビンを含む、請求項15または16に記載の質量分析計。
【請求項18】
xは、推定された不感期間に対応する時間、質量または質量電荷比ビンの数に対応する整数である、請求項15、16または17に記載の質量分析計。
【請求項19】
前記質量分析器は、飛行時間質量分析器を備える、請求項15〜18のいずれかに記載の質量分析計。
【請求項20】
前記飛行時間質量分析器は、軸方向加速または直交加速飛行時間質量分析器を備える、請求項19に記載の質量分析計。
【請求項21】
前記飛行時間質量分析器は、イオンを飛行時間またはドリフト領域中へ加速するプッシャおよび/またはプーラ電極を備える、請求項19または20に記載の質量分析計。
【請求項22】
前記質量分析器は、イオン検出器を備える、請求項15〜21のいずれかに記載の質量分析計。
【請求項23】
前記イオン検出器は、電子増倍管を備える、請求項22に記載の質量分析計。
【請求項24】
前記イオン検出器は、(i)1つ以上のマイクロチャネルプレート(MCP)検出器、(ii)1つ以上の離散ダイノード電子増倍管、(iii)1つ以上の蛍光体、シンチレータまたは光電子増倍管検出器、(iv)1つ以上のチャネルトロン電子増倍管、および(v)1つ以上の変換ダイノードからなる群から選択される、請求項22または23に記載の質量分析計。
【請求項25】
前記イオン検出器は、1つ以上の収集電極またはアノードを備える、請求項22、23または24に記載の質量分析計。
【請求項26】
1つ以上の電荷検出弁別器をさらに備える、請求項22〜25のいずれかに記載の質量分析計。
【請求項27】
時間デジタル変換器をさらに備える、請求項15〜26のいずれかに記載の質量分析計。
【請求項28】
前記時間デジタル変換器は、(i)<1GHz、(ii)1〜2GHz、(iii)2〜3GHz、(iv)3〜4GHz、(v)4〜5GHz、(vi)5〜6GHz、(vii)6〜7GHz、(viii)7〜8GHz、(ix)8〜9GHz、(x)9〜10GHz、および(xi)>10GHzからなる群から選択されるサンプリング速度を有する、請求項27に記載の質量分析計。
【請求項29】
イオン源をさらに備える、請求項15〜28のいずれかに記載の質量分析計。
【請求項30】
前記イオン源は、(i)エレクトロスプレーイオン化(「ESI」)イオン源、(ii)大気圧光イオン化(「APPI」)イオン源、(iii)大気圧化学イオン化(「APCI」)イオン源、(iv)マトリックス支援レーザ脱離イオン化(「MALDI」)イオン源、(v)レーザ脱離イオン化(「LDI」)イオン源、(vi)大気圧イオン化(「API」)イオン源、(vii)シリコンを用いた脱離イオン化(「DIOS」)イオン源、(viii)電子衝突(「EI」)イオン源、(ix)化学イオン化(「CI」)イオン源、(x)電界イオン化(「FI」)イオン源、(xi)電界脱離(「FD」)イオン源、(xii)誘導結合プラズマ(「ICP」)イオン源、(xiii)高速原子衝撃(「FAB」)イオン源、(xiv)液体二次イオン質量分析(「LSIMS」)イオン源、(xv)脱離エレクトロスプレーイオン化(「DESI」)イオン源、(xvi)ニッケル−63放射性イオン源、(xvii)大気圧マトリックス支援レーザ脱離イオン化イオン源、および(xviii)熱スプレーイオン源からなる群から選択される、請求項29に記載の質量分析計。
【請求項31】
前記イオン源は、パルスまたは連続イオン源を備える、請求項29または30に記載の質量分析計。
【請求項32】
質量分析の方法であって、
(a)イオン到着イベントが1つ以上のビンにおいて記録される1つ以上のセットの質量スペクトルデータを獲得するステップと、
(b)Nセットの質量スペクトルデータを合計するか、組み合わせるか、またはヒストグラム化して、複合セットのデータを形成するステップと、
(c)下記式で表されるi番目のビンに到着したイオンの数Qiを決定または推定することによって不感時間効果を少なくとも部分的に補正するステップと
を含む、質量分析の方法。
【数4】

iは、前記i番目のビンにおいて記録されたイオン到着イベントの実際の総数であり、xは、推定された不感期間に対応するビン数に対応する整数である。
【請求項33】
前記イオン到着イベントは、1つ以上の時間、質量または質量電荷比ビンにおいて記録される、請求項32に記載の方法。
【請求項34】
前記i番目のビンは、時間、質量または質量電荷比ビンを含む、請求項32または33に記載の方法。
【請求項35】
xは、推定された不感期間に対応する時間、質量または質量電荷比ビンの数に対応する整数である、請求項32、33または34に記載の方法。
【請求項36】
質量分析器と、
前記質量分析器によって得られた質量スペクトルデータを処理する処理システムであって、
(a)イオン到着イベントが1つ以上のビンにおいて記録される1以上のセットの質量スペクトルデータを獲得し、
(b)Nセットの質量スペクトルデータを合計するか、組み合わせるか、またはヒストグラム化して、複合セットのデータを形成し、
(c)下記式で表されるi番目のビンに到着したイオンの数Qiを決定または推定することによって不感時間効果を少なくとも部分的に補正する
ように構成および適合される処理システムと
を備える、質量分析計。
【数5】

ここで、qiは、前記i番目のビンにおいて記録されたイオン到着イベントの実際の総数であり、xは、推定された不感期間に対応するビン数に対応する整数である。
【請求項37】
前記イオン到着イベントは、1つ以上の時間、質量または質量電荷比ビンにおいて記録される、請求項36に記載の質量分析計。
【請求項38】
前記i番目のビンは、時間、質量または質量電荷比ビンを含む、請求項36または37に記載の質量分析計。
【請求項39】
xは、推定された不感期間に対応する時間、質量または質量電荷比ビンの数に対応する整数である、請求項36、37または38に記載の質量分析計。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公表番号】特表2008−532004(P2008−532004A)
【公表日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−556652(P2007−556652)
【出願日】平成18年2月22日(2006.2.22)
【国際出願番号】PCT/GB2006/000613
【国際公開番号】WO2006/090138
【国際公開日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【出願人】(504142097)マイクロマス ユーケー リミテッド (57)
【Fターム(参考)】