説明

質量分析計

【課題】1回の測定で広い質量数範囲を測定でき、MS(n≧3)分析が可能な質量分
析計を提供する。
【解決手段】質量分析計は、イオンを生成するイオン源1、イオンを蓄積するイオントラ
ップ部と、飛行時間によりイオンの質量分析を行なう飛行時間型質量分析部と、イオント
ラップ部と飛行時間型質量分析部との間に配置される衝突ダンピング部とを有する。衝突
ダンピング部には、イオントラップ部から排出されたイオンの運動エネルギーを低減する
ためのガスが導入される。衝突ダンピング部の内部に多重極電場を生成する複数の電極2
0が配置されている。イオントラップから衝突ダンピング部へイオン入射可能、または入
射不可能とするイオン透過調整機構14をイオントラップ部と衝突ダンピング部との間に
設ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析計に関する。
【背景技術】
【0002】
プロテオーム解析などに用いられる質量分析計において、高感度、高質量精度、MS
分析などが求められている。従来、これらの分析がどのように行なわれていたのかについ
て、以下に説明を行なう。
【0003】
MS分析が可能な高感度質量分析計として、四重極イオントラップ質量分析計がある
。四重極型イオントラップ質量分析計の基本的な動作原理は周知である(例えば、特許文
献1参照(従来技術1))。四重極イオントラップはリング電極および1対のエンドキャ
ップ電極より構成される。リング電極に周波数1MHz程度の高周波電圧を印加すること
により、イオントラップ内では、ある質量以上のイオンが安定条件となり蓄積することが
できる。
【0004】
さらに、イオントラップにおけるMS分析の方式に関する報告がある(特許文献2参
照(従来技術2))。この方式では、イオン源で生成したイオンをイオントラップ内に蓄
積し、所望の質量を有する前駆イオンを単離する。イオン単離の後、前駆イオンに共鳴す
る補助的な交流電圧をエンドキャップ電極間に印加する。これによりイオン軌道を拡大さ
せ、イオントラップに満たされた中性ガスと衝突させることによりイオンを解離し、解離
生成イオンを検出する。前駆イオンの分子構造の違いにより、解離生成イオンは特有なス
ペクトルパターンを示すため、試料分子のより詳細な構造情報を得ることができる。
【0005】
高質量精度かつMS分析を可能とする方式に関する報告がある(非特許文献1参照(
従来技術3)。この方式では、イオントラップ内部でイオン単離やイオン解離を繰り返す
ことができ、MS分析が可能である。イオントラップ中心に収束したイオンをイオント
ラップの各電極に直流電圧を印加して同軸上に加速を行なう。これにより、従来技術2よ
りも高質量数精度を達成可能となっている。
【0006】
高質量精度かつMS分析を可能とする方式に関する報告がある(特許文献3参照(従
来技術4)。この方式では、イオントラップ内部でイオン単離やイオン解離を繰り返すこ
とができ、MS分析が可能である。イオントラップから排出されたイオンがTOF部の
加速領域に導入されるのに同期して、イオンを直交方向へ加速する。イオン導入方向と加
速方向を直交配置することにより、従来技術3よりも高質量精度を達成可能となっている

【0007】
TOF部の加速部に広質量範囲のイオンを導入する方式に関する報告がある(非特許文
献2参照(従来技術5))。この方式では、リング電圧を印加しながらエンドキャップ電
極間で電位差を増加させて排出を行っている。このとき、高質量のイオンから順次排出が
行なわれるため、TOFの加速部に広質量範囲のイオンがほぼ同時に導入できるというも
のである。
【0008】
広質量範囲のイオンの測定を試みる方式に関する報告がある(非特許文献3参照(従来
技術6))。この方式では、イオントラップからイオンがTOF部へ到達する時間を長く
しイオンビームを擬似的に連続化する一方、TOFの繰り返し回数を10kHzほどに増
加させることにより、広質量範囲のイオンの測定を試みている。
【0009】
なお、質量数範囲で高質量精度を達成する方式に関する報告がある(非特許文献4参照
(従来技術7))。この方式では、イオン源からTOF部へのイオン導入方向とTOF部
の加速方向を直交に配置することにより、広い質量領域において高質量精度を達成してい
る。また、イオン源とTOF部との間に10Pa程度の中間圧力チャンバーを設け、ここ
に多重極電極を配置することにより、衝突ダンピングを行なっている。これにより、イオ
ン源とTOF部との透過率を向上させている。
【0010】
また、高質量精度かつMS/MS分析を可能とする方式に関する報告がある(非特許文
献5参照(従来技術8))。この方式では、Q−TOF質量分析計を用いている。四重極
質量分析部で質量選択されたイオンを加速して衝突室に導入する。入射したイオンは衝突
室中のガスと衝突し、衝突室で解離する。衝突室は10Pa程度のガスが満たされ、ここ
に多重極電極を配置する。解離したイオンは多重極電界とガス衝突により中心軸方向へ収
束された後、TOF部へと導入され検出される。これにより、MS/MS分析が可能とな
っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】米国特許第2939952号明細書
【特許文献2】米国再発行特許発明第34000号明細書
【特許文献3】特開2001−297730号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】S.M.Michael et al., Rev.Sci.Instrum., 1992, Vol.63(10), p.4277-4284.
【非特許文献2】C.Marinach et al., International Journal of Mass Spectrometry, 2002, Vol.213, p.45-62.
【非特許文献3】C.Marinach et al., Proceedings of the 49th ASMS Conference on Mass Spectrometry and Allied Topics, 2001.
【非特許文献4】A.N.Krutchinsky et al., Proceedings of the 43rd ASMS Conference on Mass Spectrometry and Allied Topics, 1995, p.126.
【非特許文献5】H.R.Morris,et al., Rapid Communication Mass Spectrometry, 1996, Vol.10, p.889.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
従来技術1、2の方式では、イオン検出時のガスとの衝突に起因するケミカルマスシフ
ト、電荷量に起因するスペースチャージ等の原因により、質量精度は100ppm程度し
か得られず、高い質量精度が必要とされる分野には利用できないという課題がある。
【0014】
従来技術3の同軸結合のイオントラップ/TOFでは、以下の課題がある。イオン加速
時のイオンとガスとの衝突により加速エネルギーに分布が生じるため、質量数精度は数10
ppm程度しか得られず、高い質量数精度が必要とされる分野には利用できないという課題
がある。
【0015】
従来技術4の直交結合のイオントラップ/TOFでは、以下の課題がある。イオントラ
ップ部からTOF加速部の加速領域までのイオン到達時間はイオンの質量により異なる。
あるタイミングで加速を行なうと、加速領域部に到達していない高質量数イオンや加速領
域部を既に通過した低質量数イオンは、検出されない。このため、加速・検出できるイオ
ンの質量数範囲が限定されてしまう。典型的な例では、イオントラップからの一度の排出
で検出可能な最大質量数と最小質量数との比率(以下、マスウィンドウと言う)は2程度
である。マスウィンドウが2のとき、たとえば、100amu〜10000amuの質量
領域をすべてカバーするには、7回以上の測定を並行して行なう必要があり、全質量数範
囲の実測定回数が低下し感度が低下する。
【0016】
従来技術5の方式では、低質量(すなわち高q値)イオンの運動エネルギーの広がりが
1kV近くにも達するため、イオントラップからTOF部への透過率が大幅に低下すると
いう課題がある。
【0017】
従来技術6の方式では、イオントラップとTOF加速部との間で、低エネルギーで長距
離のイオン輸送が必要なことから、イオン透過率が低下し、感度が低下するなどの課題が
ある。
【0018】
従来技術7の方式では、MS/MS分析は行なえないという課題がある。
【0019】
従来技術8の方式では、MS(n≧3)分析が不可能である。また、衝突室に入った
後、複数の解離が起きるため、解離生成イオンから元のイオン構造を予想するのが難しい
場合があるという課題がある。
【0020】
以上のように従来技術では、1回の測定で広い質量数範囲を測定でき高感度かつ高質量
精度かつMS分析が可能な質量分析計は不可能であった。
【0021】
本発明の目的は、1回の測定で広い質量数範囲を測定でき高感度かつ高質量精度かつM
分析が可能な質量分析計を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明の質量分析計は、イオンを生成するイオン源と、イオンを蓄積するイオントラッ
プ部と、飛行時間によりイオンの質量分析を行なう飛行時間型質量分析部(TOF部)と
を具備し、イオントラップ部から排出されたイオンの運動エネルギーを低減するためのガ
スが導入され、内部に多重極電場を生成する複数の電極が配置される衝突ダンピング領域
を、イオントラップ部と飛行時間型質量分析部との間に有し、イオントラップから衝突ダ
ンピング領域へイオン入射可能、または入射不可能とするイオン透過調整機構をイオント
ラップ部と衝突ダンピング領域と間に有する。
【0023】
イオン源として、大気圧に配置される大気圧イオン源、レーザーイオン化イオン源、マ
トリックス支援レーザーイオン源を使用する。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、1回の測定で広い質量数範囲を測定でき高感度かつ高質量精度かつM
分析が可能な質量分析計を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の実施例1の大気圧イオン化四重極イオントラップ飛行時間型質量分析計の構成を示す図である。
【図2】本発明の実施例1の衝突ダンピング室の透過効率を示す図である。
【図3】本発明の実施例1の衝突ダンピング室を通過する際のイオン軌道のシミュレーションを示す図である。
【図4】本発明の実施例1において、シミュレーションにより得られた結果を示す図である。
【図5】本発明の実施例1において、衝突ダンピング室入口で測定した、イオントラップから排出された所定のイオンのイオン強度の実験結果を示す図である。
【図6】本発明の実施例1において、衝突ダンピング室出口で測定した、衝突ダンピング室から排出された所定のイオンのイオン強度の時間変化を示す図である。
【図7】本発明の実施例1において、MS/MS測定を行なう場合の測定シーケンスを示す図である。
【図8】本発明の実施例1の質量分析計により得られたレセルピン/メタノール溶液のMS測定結果を示す図である。
【図9】本発明の実施例1の質量分析計によりポリエチレングリコール/メタノール溶液を測定した質量スペクトルを示す図である。
【図10】本発明の実施例2のマトリックス支援レーザーイオン化四重極イオントラップ飛行時間型質量分析計の構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
(実施例1)
図1は、本発明の実施例1の大気圧イオン化四重極イオントラップ飛行時間型質量分析計
の構成図である。
【0027】
エレクトロスプレーイオン源、大気圧化学イオン源、大気圧光イオン源、大気圧マトリ
ックス支援レーザー脱離イオン源などの大気圧イオン源1で生成されたイオンは細孔2を
通り、ロータリーポンプ3で排気された第1差動排気部へと導入される。第1差動排気部
の圧力は100Pa〜500Pa程度である。
【0028】
その後、イオンは、細孔4を通り、ターボ分子ポンプ5で排気された第2差動排気部へ
と導入される。第2差動排気部は0.3Pa〜3Pa程度の圧力に維持されており、オク
タポールやクアドロポールなどの多重極電極6が配置されている。この多重極電極6には
交互に位相を反転させた周波数1MHz程度、電圧振幅数100Vの高周波電圧が印加さ
れており、この中でイオンは軸中心付近へ収束されるため、高い透過効率でイオンを輸送
できる。
【0029】
オクタポールなどの多重極電極6で収束したイオンは、細孔7を通過し、ターボ分子ポ
ンプ8で排気された第3差動排気部へと導入され、ゲート電極9、入口側エンドキャップ
電極10aの細孔12aを通り、入口側エンドキャップ電極10a、出口側エンドキャッ
プ電極10b、およびリング電極11により形成された3次元四重極イオントラップに導
入される。イオントラップは、絶縁スペーサー13より外部と遮蔽される。
【0030】
ボンベおよびフローコントローラーよりなるガス導入機構19によりヘリウム(He)
やアルゴン(Ar)などが供給され、イオントラップ内部の圧力は一定に保たれている(
Heの場合:0.6Pa〜3Pa、Arの場合:0.1Pa〜0.5Pa)。イオントラ
ップ内部のガス圧力が高いほどイオンのトラッピング効率は高い。しかし、ガス圧力が高
くなりすぎると前駆イオン単離の際に質量分解能が低下する問題や、エンドキャップ電極
に印加する補助的な交流電圧が高電圧になることから、HeやArを用いた場合は、上記
の圧力がイオントラップ圧力として最適である。イオンはイオントラップにおいて、後述
する方式により、イオン単離、イオン解離等の諸操作が行なわれ、MS分析が可能であ
る。
【0031】
イオントラップ内部でこれらの諸動作が行なわれた後、イオンは出口側エンドキャップ
電極10bの細孔12b、イオンストップ電極14の穴(3mmφ程度)および衝突ダン
ピング室入口電極15の細孔を通過し、衝突ダンピング室へと排出される。イオンストッ
プ電極14(複数でも可)には、イオン排出時には排出されたイオンが衝突ダンピング室
入口電極15の細孔(2mmφ程度)に効率的に入射されるように電圧を印加する。また
、イオンストップ電極14には、イオン排出時以外はイオントラップからイオンが衝突ダ
ンピング室に導入するのを防ぐため、数100V〜数kVの正電圧(正イオン測定時)が
印加される。
【0032】
衝突ダンピング室には、長さ0.02m〜0.2m程度のオクタポール、ヘキサポール
やクアドロポールなどの多重極電極20が配置されている。衝突ダンピング室とTOF部
との間の隔壁の細孔30は、TOF部での真空度を維持するため、0.3mmφ〜0.8
mmφ程度の小孔が用いられる。多重極電極20としては、低い振幅電圧でビーム幅を最
も小さく絞ることのできるクアドロポール電極が一番有利である。多重極電極20を構成
する各ロッド電極に交互に高周波電圧が印加される。細孔30が設けられた衝突ダンピン
グ室とTOF部との間の隔壁と、衝突ダンピング室入口電極15との間に、スペーサー2
1が構成されている。
【0033】
以下、衝突ダンピング室(衝突ダンピング部)の特徴について説明する。衝突ダンピン
グ室には、ボンベおよびフローコントローラーよりなるガス導入機構39によりHeやA
rなどが供給され、衝突ダンピング室の圧力は一定に保たれている。
【0034】
図2は、本発明の実施例1の衝突ダンピング室の透過効率を示す図であり、クアドロポ
ールを用いた場合の衝突ダンピング室の透過効率を示す。横軸はダンピングのパラメータ
として一般的に用いられる圧力と長さの積を示す。図2の縦軸は、衝突ダンピング室の圧
力を変化させ、衝突ダンピング室出口で測定した、衝突ダンピング室から排出された所定
のイオン(レセルピンイオン,m/z=609)の相対信号強度、即ち、衝突ダンピング
室を透過した所定のイオンの相対強度を示す。このときの衝突ダンピング室のz方向(イ
オンの進行方向、図1参照)の長さは0.08m、衝突ダンピング室とTOF部との間の
細孔30は0.4mmφであった。
【0035】
衝突ダンピング室の長さと圧力の積が、Heであれば0.2Pa・m〜5Pa・m、A
rであれば0.07Pa・m〜2Pa・mが高透過率であることが、図2によりわかる。
より多くイオンを衝突ダンピング室を透過させるためには、衝突ダンピング室の長さと圧
力の積を、Heの場合、0.6Pa・m〜3Pa・m、Arの場合、0.3Pa・m〜1
.3Pa・m、とするのが好ましい。
【0036】
図3は、本発明の実施例1の衝突ダンピング室(He、1.3Pa・m)を通過する際
の所定のイオンの軌道(イオン軌道)のシミュレーション結果を示す図である。横軸に衝
突ダンピング室入口電極15からのz方向(図1参照)の距離、縦軸にイオン軌道の多重
極中心からのr座標(図1参照)の距離を示す。ダンピングが進行し、イオン軌道が収束
している様子がわかる。
【0037】
図4は、本発明の実施例1において、シミュレーションにより得られた結果を示す図で
ある。図4は、ガスとしてHeを使用した場合の衝突ダンピング室終端における、所定の
イオンの、(A)r方向のビーム幅(FWHM)、(B)r方向(図1参照)の運動エネ
ルギーEr、(C)z方向(図1参照)の運動エネルギーEzを示す。シミュレーション
では、0.3Pa・mを超えるとビーム幅が収束し、また運動エネルギーの室温化、すな
わちkT=0.26eV(k:ボルツマン定数、T=300Kのとき)に漸近する。これ
は図2においてイオン強度が急激に上昇した実験結果とほぼ一致する。ダンピングが小さ
すぎるとイオンは十分に減速されず、後部の細孔30(0.4mmφ)を通過できないこ
とから、感度が低下したものと考えられる。
【0038】
また、ダンピングが大きすぎると衝突ダンピング室のイオン滞在時間が長くなり、そこ
での反応や散乱によりイオンの透過率は低下してしまう。上記の理由から、衝突ダンピン
グ室の長さと圧力の積が、Heであれば0.2Pa・m〜5Pa・m、Arであれば0.
07Pa・m〜2Pa・mが高透過率であるといえる。
【0039】
なお、上述した圧力最適化の実施例ではHe、およびArのみが試みられているが、ガ
ス衝突の効果はガスの平均分子量に依存するため、窒素N2(分子量32)および空気A
ir(平均分子量32.8)の場合は、Ar(分子量40)にほぼ等しいと考えられる。
なお、これらの混合気体を用いることも可能である。導入ガスとしては、反応性が低いH
e、Arが適している。
【0040】
図5は、本発明の実施例1において、衝突ダンピング室入口で測定した、イオントラッ
プから排出された所定のイオン(レセルピンイオン,m/z=609)のイオン強度の実
験結果を示す図である。横軸はイオントラップからのイオン排出開始時点を0とする時間
軸、縦軸は所定のイオンの相対強度を示す。このとき、入口側エンドキャップ電極10a
に+50V、リング電極11に+50V、出口側エンドキャップ電極10bに−30V、
イオンストップ電極14に−100Vを印加している。イオントラップ中心部に存在した
イオンの大半は10μs以内に衝突ダンピング室入口に到達していることが分かる。この
時間は質量の平方根にほぼ比例すると考えられる。
【0041】
このため、仮に質量1,000,000のイオンまでを透過するには、400μs程度
、イオンストップ電極14の印加電圧を衝突ダンピング室にイオンが入射可能な設定にし
ておく必要がある。
【0042】
図6は、本発明の実施例1において、衝突ダンピング室出口で測定した、衝突ダンピン
グ室(He、1.3Pa・m)から排出されたイオン強度の時間変化を示す図である。横
軸はイオントラップからのイオン排出開始時点を0とする時間軸、縦軸は所定のイオンの
相対強度を示す。0.5ms付近をピークとして、0.1ms〜数msまでイオンは排出
される。このような衝突ダンピング室を用いることから、イオンストップ電極14には、
イオン排出時以外は正極性の数100V〜数1000Vの電圧(正イオン測定時)を印加
し、不要イオンが衝突ダンピング室に入るのを阻止する必要がある。
【0043】
衝突ダンピング室から排出されたイオンは、デフレクター22、収束レンズ23などに
より、位置を偏向・収束させ、エネルギーを収束させ、押し出し電極25および引き出し
電極26よりなる加速部へ、イオン進行方向40のように導入される。加速部に導入され
たイオンは、10kHz程度の周期で直交方向へ加速される。
【0044】
イオンの加速部への入射エネルギーと加速によって得られるエネルギーにより、イオン
進行方向41は元のイオン進行方向40に対し、70°〜90°程度に設定される。加速
されたイオンはリフレクトロン27で折り返された後、イオン進行方向42のようにマル
チチャンネルプレート(MCP)などからなる検出器28に到達し検出される。イオンは
質量により飛行時間が異なるため、飛行時間と信号強度から質量スペクトルがコントロー
ラー31に記録される。
【0045】
図7は、本発明の実施例1において、MS/MS測定を行なう場合の測定シーケンスを
示す図である。本発明の実施例1の質量分析計の動作には、蓄積、単離、解離、排出の4
つのタイミングがある。リング電極11のためのリング電圧供給電源33、エンドキャッ
プ電極10a、10bのためのエンドキャップ電圧供給電源32、押し出し電極25のた
めの加速電圧供給電源34は、コントローラー31により制御される。ゲート電極9、イ
オンストップ電極14に印加する電圧はコントローラー31により制御する。また、検出
器28により検出されるイオン強度がコントローラー31に送られ質量スペクトルデータ
として記録される。
【0046】
以下、正イオンの場合の電圧印加方法について説明する。なお、負イオンの場合は逆極
性の電圧を印加すれば良い。通常の質量スペクトル(MS)を得るには、図7に示す測
定シーケンスの中でイオン取り込みからイオン排出を行なえばよい。MS(n≧3)測
定の場合には単離、解離のプロセスをMS/MS測定シーケンスの解離と排出の間に繰り
返せば良い。
【0047】
イオン蓄積時にはリング電圧用電源33により生成する交流電圧(周波数0.8MHz
程度、振幅0〜10kV)がリング電極11に印加される。この間、イオン源で生成し各
部分を通過したイオンはイオントラップ内にため込まれていく。イオンと蓄積時間の典型
的な値は1ms〜100ms程度である。蓄積時間が長すぎるとイオントラップ内でのイ
オンのスペースチャージと呼ばれる現象から電界が乱れるため、これに至る前に蓄積を終
了する。蓄積時、ゲート電極の負の電圧を印加し、イオンが通過可能な状態とする。一方
、イオンストップ電極には数100V〜数1000Vの正の電圧を印加してイオンが衝突
ダンピング室へ導入されないようにする。
【0048】
次に、所望の前駆イオンの単離が行なわれる。例えば、エンドキャップ電極間に所望イ
オンの共鳴周波数を除いた高周波成分を重畳した電圧を印加することにより、それ以外の
イオンを外部に排出して特定のイオン質量範囲のイオンのみをトラップ内に残留させるこ
とができる。この外にもイオン単離の方式は様々であるが、ある質量範囲の前駆イオンの
みをイオントラップ内に残留させる目的においては同じである。イオン単離に要する典型
的な時間は1ms〜10ms程度である。このとき、イオンストップ電極に数100V〜
数1000Vの正の電圧を印加してイオンが衝突ダンピング室へ導入されないようにする

【0049】
次に、単離された前駆イオンの解離が行なわれる。前駆イオンに共鳴する補助交流電圧
をエンドキャップ電極間に印加することにより、前駆イオンの軌道が広がる。これにより
イオンの内部温度は上昇し、最終的に解離する。イオン解離に要する典型的な時間は1m
s〜30msである。このとき、イオンストップ電極には数100V〜数1000Vの正
の電圧を印加してイオンが衝突ダンピング室へ導入されないようにする。
【0050】
最後に、イオン排出が行なわれる。イオン排出はイオントラップ内でz方向に電界がか
かるように直流電圧を入口側エンドキャップ電極10aおよびリング電極11、出口側エ
ンドキャップ電極10bに印加する。上述したように、トラップからの排出に要する時間
は1ms以下である。
【0051】
トラップ内から排出されたイオンは1ms以内にすべて衝突ダンピング室へ導入される
。衝突ダンピング室の後部では、数msの時間広がりを持ってイオンは排出される。イオ
ントラップは衝突ダンピング室からTOF部への排出の完了を待たずに次の蓄積を開始す
る。イオン排出に要する典型的な時間は0.1ms〜1msである。イオン排出時にはイ
オンストップ電極には、−300〜0Vの電圧が印加され、イオンが衝突ダンピング室へ
導入されるようにする。
【0052】
なお、イオン排出時以外にはイオンストップ電極14には数100V〜数1000Vの
正の電圧を印加してイオンが衝突ダンピング室へ導入されないようにする。何故なら、そ
れを行なわない場合には、蓄積時、単離時、解離時などに排出される本来測定されるべき
でないノイズイオンが衝突ダンピング室に導入される。
【0053】
それらのノイズイオンは、図6の測定結果と同様、数ms程度の間、衝突ダンピング室
に滞在すると考えられるため、測定されるべきイオンと測定されるべきでないイオンとが
混合してしまい、本来得られるべきでない質量スペクトルを結果として与えることとなる

【0054】
これを避けるためには、排出前にノイズイオンが排出されるまでの待ち時間を設定する
必要がある。この待ち時間は単位時間あたりの測定繰り返し回数(Duty Cycle
)を低下させ、ひいては感度を低下させる原因となる。本発明では、イオンストップ電極
を排出時間時にはイオンを通過する電圧に、それ以外ではイオンを通過しない電圧に設定
することにより、待ち時間の設定が不要になり、Duty Cycleの低下を防ぐこと
ができる。
【0055】
衝突ダンピング室から排出されたイオンは、イオントラップの動作と同期しない10k
Hz程度で動作する加速部(押し出し電極25及び引き出し電極26よりなる)により加
速が行なわれ、検出器28で検出される。検出された信号は、コントローラー31に質量
スペクトルとして記録される。即ち、イオントラップの動作と飛行時間型質量分析部(T
OF部)の動作は、非同期である。イオンストップ電極14の働きにより、検出されたイ
オンはすべて、上記MS/MSの結果として生成したフラグメントイオンである。
【0056】
図8は、本発明の実施例1の質量分析計により得られたレセルピン/メタノール溶液の
MS測定結果を示す図である。横軸はm/z(イオンの質量/イオンの荷電数:m/z
=99.0から1000.0の範囲を示す)、縦軸は相対イオン強度示す。図8(A)は
通常の質量スペクトル(MS)である。レセルピンイオン(609amu)の他、何本
かのノイズイオンのピークが確認できる。図8(B)はレセルピンイオン(609amu
)を単離した後の質量スペクトルである。レセルピンイオン以外のイオンがイオントラッ
プから排出されている。図8(C)はレセルピンイオンから解離したイオンの質量スペク
トル(MS)である。397amuおよび448amuのイオンの他いくつかの解離生
成イオンが検出されている。図8(D)はフラグメントイオンのうち448amuのイオ
ンを単離した後の質量スペクトルである。448amuのイオン以外はトラップから排出
されている。図8(E)は、448amuのイオンを解離した後の質量スペクトル(MS
)である。フラグメントイオンである196amuおよび236amuのイオンが見ら
れる。図示しないが、これらのイオンを更に単離、分解することも可能である。
【0057】
このような高度なMS分析により、通常の質量分析やMS/MS分析では得られなか
った試料イオンのより詳細な構造情報が得られ、高精度な分析が可能となる。なお、レセ
ルピンイオンに関して、質量分解能5000以上、質量精度10ppm以下を達成した。
【0058】
図9は、本発明の実施例1の質量分析計によりポリエチレングリコール(PEG)/メ
タノール溶液を測定した質量スペクトルを示す図である。横軸はm/z(イオンの質量/
イオンの荷電数:m/z=99.0から4000.0の範囲を示す)、縦軸は相対イオン
強度示す。200amu付近から2600amu付近までの幅広い質量範囲のイオンが同
一測定により、検出されている。これらは、従来のイオントラップ直交TOFで不可能で
あった分析である。図9において、PEG2000+はm=2000付近のPEGの正1
価イオンを、PEG1000+はm=1000付近のPEGの正1価イオンを、PEG2
000+2はm=2000付近のPEGの正2価イオンを、PEG2000+3はm=2
000付近のPEGの正3価イオンを、PEG200+はm=200付近のPEGの正1
価イオンを、それぞれ示している。
(実施例2)
図10は、本発明の実施例2のマトリックス支援レーザーイオン化四重極イオントラッ
プ飛行時間型質量分析計の構成図である。以下、実施例2の質量分析計の構成の相違点に
ついて説明する。サンプル溶液とマトリックス溶液とを混合させ滴下、乾燥させたサンプ
ルプレート53に対し、窒素レーザーなどのイオン化用レーザー51を照射する。照射位
置はCCDカメラ55で確認する。生成したイオンは多重極電極6によりイオントラップ
へ輸送される。イオン化室50の圧力は0.1Pa〜10Pa程度であり、ポンプ5によ
り排気される。その後の分析方法は実施例1と同様である。
【0059】
また、SELDIやDIOSなど他のレーザーイオン源を用いた場合でも本発明は同様
に適用できる。
【0060】
本発明の質量分析計では、従来技術に比べ、定性能力および定量能力が大幅に向上でき
る。
【符号の説明】
【0061】
1…大気圧イオン源、2…細孔、3…ロータリーポンプ、4…細孔、5…ターボ分子ポン
プ、6…多重極電極、7…細孔、8…ターボ分子ポンプ、9…ゲート電極、10a…入口
側エンドキャップ電極、10b…出口側エンドキャップ電極、11…リング電極、12a
…入口側エンドキャップ電極の穴、12b…出口側エンドキャップ電極の穴、13…絶縁
スペーサー、14…イオンストップ電極、15…衝突ダンピング室入口電極、16a、1
6b…四重極ロッド、19…イオントラップ用ガス供給機構、20…多重極電極、21…
スペーサー、22…デフレクター、23…収束レンズ、25…押し出し電極、26…引き
出し電極、27…リフレクトロン、28…検出器、29…ターボ分子ポンプ、30…細孔
、31…コントローラー、32…エンドキャップ電圧供給電源、33…リング電圧供給電
源、34…加速電圧電源、39…衝突ダンピング室用ガス供給機構、40…イオン進行方
向、41…イオン進行方向、42…イオン進行方向、50…マトリックス支援レーザーイ
オン源、51…イオン化用レーザー、52…ミラー、53…サンプルプレート、54…ミ
ラー、55…CCDカメラ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンを生成するイオン源と、
前記イオンを蓄積するイオントラップ部と、
飛行時間により前記イオンの質量分析を行なう飛行時間型質量分析部と、
前記イオントラップ部と前記飛行時間型質量分析部との間に配置され、内部に多重極電
場を生成する複数の電極を具備する衝突ダンピング部と、
前記イオントラップ部と前記衝突ダンピング部との間に前記イオントラップ部から前記
衝突ダンピング部へイオン入射可能又は入射不可能とするイオン透過調整機構とを有し、
前記イオン透過調整機構は、前記イオントラップ部からのイオン排出の間はイオンを通
過し、前記イオン排出の間以外はイオンを通過しないよう調整されていることを特徴とす
る質量分析計。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析計において、前記イオントラップから前記衝突ダンピング部
へのイオン入射可能な時間が1ms以下であることを特徴とする質量分析計。
【請求項3】
請求項1に記載の質量分析計において、前記イオントラップ部からのイオン排出の間隔
は、10ms以上であることを特徴とする質量分析計。
【請求項4】
請求項2に記載の質量分析計において、前記衝突ダンピング部からのイオン排出が前記
飛行時間型質量分析計において2つ以上の加速パルスにより測定されることを特徴とする
質量分析計。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−146905(P2009−146905A)
【公開日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−23285(P2009−23285)
【出願日】平成21年2月4日(2009.2.4)
【分割の表示】特願2004−55798(P2004−55798)の分割
【原出願日】平成16年3月1日(2004.3.1)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【出願人】(502342071)アプレーラ コーポレイション (3)
【氏名又は名称原語表記】Applera Corporation
【住所又は居所原語表記】35 Wiggins Avenue, Bedford, Massachusetts 01730, U.S.A.
【Fターム(参考)】