説明

赤リン系難燃剤、その製造方法、難燃性樹脂組成物ならびにフィルムおよび電線被覆材

【課題】ホスフィン発生量が低く、合成樹脂に配合したときの分散性が良好で、フィルムや電線被覆材の用途に適用することも可能な赤リン系難燃剤と、作業性に問題を有さない赤リン系難燃剤の製造方法と、該赤リン系難燃剤用いた難燃性樹脂組成物と、該難燃性樹脂組成物を用いた外観の向上したフィルムおよび電線被覆材を提供する。
【解決手段】赤リン系難燃剤は、分散剤の存在下で黄リンの熱転化反応を行うことにより得られる微粉末状赤リンに表面改質処理を施してなる赤リン系難燃剤であって、平均粒径が5〜15μmであり、かつ、80質量%以上が粒径20μm以下の粒子で構成されており、分散剤が窒素含有官能基を有しないアルキル基含有非イオン性界面活性剤であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、黄リンの熱転化反応を行うことにより得られる微粉末状赤リンに表面改質処理を施してなる赤リン系難燃剤、その製造方法、それを用いた難燃性樹脂組成物、フィルムおよび電線被覆材に関する。
【背景技術】
【0002】
赤リンは、合成樹脂の難燃剤として古くから使用されており、少量添加で難燃化できることから樹脂本来の物性を低下させず、ハロゲンを含まないため樹脂組成物製造段階や使用段階で装置を腐食することがなく、環境的にも優しいという利点を有する産業上有用な難燃剤である。
一般的な赤リンは、黄リンの加熱による赤リンへの転化、いわゆる熱転化反応によって製造されている。黄リンを不活性ガス中で加熱すると、温度の上昇と共に転化反応が生起する。この転化反応は260℃付近から顕著となるが、転化反応が発熱反応であることから、通常は反応熱を制御しつつ黄リンの沸点である280℃前後で転化する方法が採用されている。最も一般的なバッチプロセスにおいては、密封型の反応容器中で黄リンを加熱し、反応温度を監視しながら、まず260℃〜280℃で大部分の黄リンを赤リンに転化し、次にさらに300℃以上に加熱して黄リンを完全転化している。これは、赤リン中の残留黄リンをできるだけ減少させ、残留黄リンによる自然発火を防止し、赤リンの安定性を高めるためである。上記熱転化反応は、微小な赤リンの核の形成と、この核の成長および結合によって進行するが、転化率の上昇と共に粒子間結合による集合体粒子の形成が促進され、その結果、生成する赤リン粒子は、急速に粗大化し、やがて固結塊化に到る。この転化反応は、20〜30時間から100時間にもおよび、この間、黄リンの赤リンへの転化率を高め、残留黄リンを除去するために長時間にわたって高温加熱処理が行われる結果、赤リンは、堅固に固結した一体の塊状物として得られるため機械的に粉砕される。このように機械的粉砕処理された粉末状赤リン(以下、「粉砕赤リン」という)は、その粉末粒子表面が反応性の高い破砕面で構成されるので、熱、摩擦、衝撃に対して比較的不安定であり、空気中の水分や酸素が容易に吸着し、不均化反応によって合成樹脂を変質劣化させる酸素酸や有害なホスフィンガスを発生する等の欠点を有している。
一般的な赤リン系難燃剤は、上記のように比較的不安定な粉砕赤リン粒子表面を各種の有機化合物または無機化合物で被覆処理したものであって、保管や取り扱い時または合成樹脂との混練作業時における危険性を低減し、ホスフィンガスや酸素酸の発生を抑制し、合成樹脂の変質を防止している。
【0003】
しかし、近年の合成樹脂成形品の小型化、軽量化、高機能化等による合成樹脂関連産業の技術の多様化並びに高度化と共に、複雑形状構造物の微細部において、難燃性に加え、物性、外観の均一性、安定性が要求されるようになったため、これに伴い、均一な微粉末状を有し、かつ、高い安定性を備えた赤リン系難燃剤が求められるようになった。通常、赤リン系難燃剤は、粒度が細かくなれば表面積も増大するので、上記不均化反応によりリンの酸素酸やホスフィンの発生量は増加し、配合される樹脂によっては、赤リン部分にフクレが生じる場合がある。
特許文献1および特許文献2には、黄リンの熱転化による赤リンの製造方法において、分散剤の存在下で熱転化反応を行うことによって得られる赤リンは、粉砕工程を必要としないシャープな粒度分布を有し、かつ、赤リン自体の安定性も高いことが記載されている。また特許文献2には、このように製造された微粉末状赤リンに表面改質処理を施してなる赤リン系難燃剤を添加した合成樹脂組成物の外観が優れ、耐湿性も高いことが記載されている。さらに、粒度を制御しうる分散剤として、特許文献1および2には、各種界面活性剤、難溶性微粉末状無機化合物、無機アンモニウム塩類、アミノ基を有する有機化合物等の化合物が挙げられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平5−229806
【特許文献2】特開平7−53779
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、近年、特にフィルム状成形品等への難燃剤の使用が盛んに検討され、なかでも膜厚1mm以下のフィルムや電線被覆材への使用においては、均一な微粉末状を有し、かつ、高い安定性を備えた赤リン系難燃剤が求められているところ、特許文献1および2には、原料として得られた赤リンや、赤リン系難燃剤自体の安定性については記載されていない。また、赤リン粒子の微細化が進むと表面積の増大と共にホスフィン発生量や付着水分量も増大し、付着水分の増大と共にポリエチレンやポリプロピレンといった非極性の合成樹脂中では赤リン系難燃剤が凝集しやすくなるといった問題も発生しているが、特許文献1および2には、合成樹脂に添加した場合の赤リン系難燃剤の分散性については記載されていない。さらに、分散剤として界面活性剤を使用した場合、赤リン中に界面活性剤由来物が同伴し、赤リンの水懸濁液中で実施される表面改質処理中に発泡し、工業生産が困難となる問題もあるが、特許文献1および2では発泡による製造時の作業性の低下について検討されていない。
【0006】
本発明は、従来の赤リン系難燃剤における上記課題に着目してなされたものであって、その目的とするところは、ホスフィン発生量が低く、合成樹脂に配合したときの分散性が良好で、フィルムや電線被覆材の用途に適用することも可能な赤リン系難燃剤と、作業性に問題を有さない赤リン系難燃剤の製造方法と、該赤リン系難燃剤を用いた難燃性樹脂組成物と、該難燃性樹脂組成物を用いた外観の向上したフィルムおよび電線被覆材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題について鋭意検討した結果、赤リン系難燃剤としては、その構成粒子について、平均粒径を5〜15μmとし、かつ、粒径20μm以下の粒子を80質量%以上とし、さらに、赤リン系難燃剤の製造においては、分散剤を、窒素含有官能基を有しないアルキル基含有非イオン性界面活性剤とすることで、ホスフィン発生量が低く、合成樹脂に配合したときの分散性が良好な赤リン系難燃剤が得られ、また表面改質処理時の発泡が少なく作業性が向上することを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明の赤リン系難燃剤、その製造方法、難燃性樹脂組成物、フィルムおよび電線被覆材は、以下の通りである。
【0008】
(1)分散剤の存在下で黄リンの熱転化反応を行うことにより得られる微粉末状赤リンに表面改質処理を施してなる赤リン系難燃剤であって、平均粒径が5〜15μmであり、かつ、80質量%以上が粒径20μm以下の粒子で構成されており、分散剤が窒素含有官能基を有しないアルキル基含有非イオン性界面活性剤であることを特徴とする赤リン系難燃剤。
(2)分散剤が、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルおよびポリオキシエチレン脂肪酸エステルより成る群から選ばれる1種以上であることを特徴とする上記(1)記載の赤リン系難燃剤。
(3)表面改質処理が、周期律表第2族、第3族、第4族の金属の酸化物および水酸化物から選ばれる無機化合物および/または熱硬化性樹脂による被覆処理であることを特徴とする上記(1)または(2)記載の赤リン系難燃剤。
(4)フィルム用または電線被覆材用であることを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれかに記載の赤リン系難燃剤。
(5)分散剤の存在下で黄リンの熱転化反応を行うことにより得られる微粉末状赤リンに表面改質処理を施してなる赤リン系難燃剤の製造方法であって、分散剤が窒素含有官能基を有しないアルキル基含有非イオン性界面活性剤であることを特徴とする赤リン系難燃剤の製造方法。
(6)黄リンに対して、分散剤が外割りで0.6〜1.0質量%配合されることを特徴とする上記(5)記載の赤リン系難燃剤の製造方法。
(7)表面改質処理が、赤リンの水懸濁液に熱硬化性樹脂原料を添加した後、金属の水溶性塩類の水溶液を滴下し、次いで水酸化ナトリウムまたはアンモニア水により中和する被覆処理であることを特徴とする上記(5)または(6)記載の赤リン系難燃剤の製造方法。
(8)上記(1)〜(4)のいずれかに記載の赤リン系難燃剤を合成樹脂に配合してなることを特徴とする難燃性樹脂組成物。
(9)合成樹脂が、ポリエチレン、エチレン・エチルアクリレート共重合体、エチレン・酢酸ビニル共重合体、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリフェニレンエーテル、ポリカーボネート、熱可塑性ポリエステル、ポリアミドおよびエポキシ樹脂より成る群から選ばれる1種または2種以上であることを特徴とする上記(8)記載の難燃性樹脂組成物。
(10)上記(8)または(9)記載の難燃性樹脂組成物を使用したことを特徴とするフィルムまたは電線被覆材。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、ホスフィン発生量が低く、合成樹脂に配合したときの分散性が良好で、フィルムや電線被覆材の用途に適用することも可能な赤リン系難燃剤と、作業性に問題を有さない赤リン系難燃剤の製造方法と、該赤リン系難燃剤を用いた難燃性樹脂組成物と、該難燃性樹脂組成物を用いた外観の向上したフィルムおよび電線被覆材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の樹脂組成物の破断面を示した電子顕微鏡写真である。
【図2】比較対照として粉砕赤リンを表面改質処理してなる赤リン系難燃剤を配合した樹脂組成物の破断面を示した電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の具体的な技術的事項に限定されるものではない。
【0012】
(赤リン系難燃剤)
本発明の赤リン系難燃剤は、分散剤の存在下で黄リンの熱転化反応を行うことにより得られる微粉末状赤リンに表面改質処理を施してなるものである。その平均粒径は5〜15μmであり、かつ、80質量%以上が粒径20μm以下の粒子で構成されている。また上記分散剤は、窒素含有官能基を有しないアルキル基含有非イオン性界面活性剤である。
【0013】
上記分散剤は、窒素含有官能基を有しないアルキル基含有非イオン性界面活性剤である。例えば、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステルを挙げることができる。このような窒素含有官能基を有しないアルキル基含有非イオン性界面活性剤の作用は定かではないが、アルキル基およびポリオキシエチレン等との組合せが黄リンの分散性に関与するため、赤リンが平均粒径5〜15μmの粒子に成長することに適していると考えられる。また、生成した赤リン自体のホスフィン発生量が小さく、赤外線吸収スペクトルにはメチレン基のピークも見られることから、このような界面活性剤またはその分解物が赤リン中あるいは表面に付着し、疎水性のアルキル基が水分の吸着を抑制し、ホスフィン発生量も抑えているものと推測される。実際、カールフィシャー法で水分を測定すると、同程度の粒度をもった粉砕赤リンと比較して1/2〜1/3の水分量となっていることが確認された。
一方、アミノ基やアミド基等の窒素含有官能基を有する界面活性剤では、黄リンとの相互作用が強すぎ、小粒子径となり、表面改質処理工程での漏れが多くなると考えられる。また、得られる難燃剤は粉塵がたちやすく作業環境を低下させる傾向にある。さらに、該難燃剤は、合成樹脂中で凝集する場合がある。これは赤リン粒子表面にアミノ基やアミド基といった比較的極性を有する基が存在するために、水分付着量が増加するためと考えられる。
【0014】
分散剤は、そのままで、または水若しくは有機溶媒に溶解して添加される。添加量は黄リンに対して外割で0.5〜15質量%の範囲が好ましく、0.6〜1.0質量%の範囲が特に好ましい。この添加量とすることで、得られる赤リンは、適度に十分に微小化されやすくなり、表面改質処理工程において、発泡によって工業的生産性が低下したりすることを抑制しやすくなる。分散剤ごとに、添加量、反応時間等の条件を選択することで、シャープな粒度分布を有し、一次粒子が1〜3μmの球体様粒子の結合体粒子からなり、平均粒径が5〜15μmであり、かつ80質量%以上が粒径20μm以下の破砕面のほとんど見られない球体様の単粒子および/または該単粒子の結合体粒子から構成される安定性の改善された微粉末状赤リンを得ることができる。
【0015】
上記黄リンの熱転化反応は、以下のように行われる。
まず、反応容器として蓋部を有する容器を用意し、この反応容器に温度計、コンデンサーおよび攪拌装置を装着する。蓋部には、脱着可能な保護具を装備する。反応容器に適量の温水(ここでいう「温水」とは、黄リンが溶融状態を保持できる温度の水を意味し、以下に記載する「温水」も同様の意味で使用する)を注入し、次いで、計量した溶融黄リンおよび分散剤を投入する。一方、温水を満たした受器にコンデンサーを接続し、その先端を受器の温水中に浸漬する。反応容器の蓋部に保護具を装着したまま、コンデンサーに温水を通した後、装置内にNガスを流入しながら外部加熱により反応容器を加熱する。
反応容器内の水の留出が終了した後、蓋部の保護具を外し、引き続き加熱して転化温度まで昇温する。反応容器内の温度を黄リンの沸点である約280℃に保持し、蒸発黄リンをこの反応容器内で還流しながら転化反応を継続する。予め設定された反応時間の経過後、再び蓋部を保温して未転化黄リンを蒸留し、コンデンサーで凝縮した液状黄リンを受器内の温水中に回収する。ほとんどの黄リンを留出させた後、さらに加熱し、反応生成物を黄リンの沸点以上の温度とし、赤リン中に残存する微量の黄リンを排出除去する。
最後に、放冷した後、微粉末状赤リンを反応容器より取り出す。一方、受器内に回収した黄リンは、原料黄リンとして循環使用する。
【0016】
上記表面改質処理とは、黄リンの熱転化反応により得られた微粉末状赤リンに、例えば、無機化合物および/または熱硬化性樹脂を被覆する被覆処理をいう。
このような処理を施すことにより、赤リン系難燃剤の安定性はさらに改善され、長期間持続し得る信頼性の高いものとなる。
分散剤の存在下で黄リンの熱転化反応を行うことにより得られた微粉末状赤リンには、分散剤に由来する物質が僅かであるが同伴している。熱転化時に界面活性系の分散剤を比較的多く添加した場合には、表面改質処理工程で分散剤に由来する物質が多量に発泡する場合があるが、上述のように、窒素含有官能基を有しないアルキル基含有非イオン性界面活性剤を分散剤として用いると分散剤の添加量が抑えられ僅かになるため、表面改質処理工程で支障をきたすほどの発泡はない。発泡時に消泡剤を使用することもでき、その場合はさらに作業性は向上する。
【0017】
上記無機化合物としては、特に、周期律表第2族、第3族、第4族の金属の酸化物が好ましく、具体的には水酸化アルミニウム、水酸化マグネシウム、水酸化亜鉛、酸化チタン等を挙げることができる。
無機化合物による被覆方法としては、上記金属の水溶性塩類の水溶液に微粉末状赤リンを懸濁させ赤リンの水懸濁液を作製し、水酸化ナトリウムやアンモニア水による中和または重炭酸アンモニウムによる複分解によって赤リン粒子上に被覆層を形成させる方法が挙げられる。なかでも水酸化ナトリウムやアンモニア水による中和が、発泡が少なく好ましい。なお、上記赤リンの水懸濁液は、水溶液濃度5〜30質量%の金属の水溶性塩類の水溶液100質量部に対して赤リン10〜100質量部を懸濁させることで作製することができる。得られる赤リン系難燃剤が遊離のリンのオキソ酸を捕捉する効果および難燃元素である赤リンの含量の観点から、水酸化物または酸化物の被覆生成量を赤リン100質量部につき1〜30質量部とすることが好ましいが、特に限定されるものではない。
【0018】
無機化合物による被覆の別の方法として、熱硬化性樹脂原料を赤リンの水懸濁液に添加した後、金属の水溶性塩類の水溶液を滴下し、次いで水酸化ナトリウムやアンモニア水により中和する方法を挙げることができる。この方法によれば、無機化合物被覆工程での発泡をより抑制することができるので、作業性が向上する。
【0019】
上記熱硬化性樹脂としては、フェノール樹脂、フラン樹脂、キシレン・ホルムアルデヒド樹脂、ケトン・ホルムアルデヒド樹脂、尿素樹脂、メラミン樹脂、アニリン樹脂、アルキド樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂等を挙げることができる。
熱硬化性樹脂による被覆方法としては、これらの樹脂の合成原料または初期縮合物を赤リンの水懸濁液中に分散させた後、重合反応を進行させ、赤リンの粒子表面に均一に沈積、被覆させる方法が挙げられる。被覆処理条件としては、通常、水100質量部に対して赤リン10〜100質量部を含む赤リンの水懸濁液に対し、樹脂の合成原料を用いる場合は40〜100℃で1〜3時間攪拌処理し、初期縮合物を用いる場合は60〜100℃で1〜2時間攪拌処理を行うことが好ましいが、樹脂によっては若干の変動がある。得られた生成物を分離、水洗し、次いで130〜140℃で乾燥させて重合反応を完結させ、微粉末状赤リンの粒子表面に熱硬化性樹脂被覆を形成することができる。
また、熱硬化性樹脂による被覆処理の際、必要に応じて重合触媒や水酸化アルミニウム、水酸化マグネシウムまたは水酸化チタンなどの充填剤を共存させておくことができる。充填剤の添加量は、赤リン100質量部当たり1〜35質量部が好ましい。このような充填剤の添加は、樹脂被覆層の機械的強度を向上させると共に赤リン特有の紫紅色を隠蔽する効果があり、赤リン系難燃剤の用途拡大に寄与し得るので好ましい。
【0020】
熱硬化性樹脂による被覆は、微粉末状赤リンに直接行う方法と、予め前記無機化合物で被覆処理した微粉末状赤リンに行う方法のいずれの方法も適用することができる。また、熱硬化性樹脂被覆を行った後、乾燥工程に導入する前に引き続き無機化合物による後処理を行い、その後加熱乾燥する方法も適用することができる。これにより、ブロッキングが効果的に防止され、被覆処理による難燃剤粒子の粗大化が抑制されて粒径の均一性が高い微粉末状赤リン系難燃剤が得られ、工程も大幅に短縮され極めて効率的に製造できるなどの効果が得られる。
【0021】
本発明の赤リン系難燃剤を構成する粒子は、平均粒径が5〜15μmであり、かつ、80質量%以上が粒径20μm以下の粒子である。この範囲とすることで、ホスフィン発生量が低く、合成樹脂に配合したときの分散性が良好で、フィルムや電線被覆材の用途に適用することも可能となる。
【0022】
(赤リン系難燃剤の製造方法)
本発明の赤リン系難燃剤の製造方法は、分散剤の存在下で黄リンの熱転化反応を行うことにより得られる微粉末状赤リンに表面改質処理を施してなる赤リン系難燃剤の製造方法であって、分散剤が窒素含有官能基を有しないアルキル基含有非イオン性界面活性剤であることを特徴とする。
【0023】
当該製造方法において、「分散剤」、「黄リンの熱転化反応」および「表面改質処理」は、上に説明した本発明の赤リン系難燃剤における「分散剤」、「黄リンの熱転化反応」および「表面改質処理」と同義である。
【0024】
(難燃性樹脂組成物)
本発明の難燃性樹脂組成物は、本発明の赤リン系難燃剤を合成樹脂に配合してなる難燃性樹脂組成物である。
上述のように、本発明の赤リン系難燃剤は、一次粒子が1〜3μmの球体様粒子の結合体粒子からなり、平均粒径が5〜15μmであり、かつ80質量%以上が粒径20μm以下の粒子で構成されるシャープな粒度分布を有する安定性の高い微粉末状赤リン系難燃剤である。また、通常、フィルムまたは電線被覆材用の合成樹脂としては、ポリエチレンやポリプロピレン等の非極性のオレフィン系樹脂が使用されている。赤リン系難燃剤をポリプロピレンに混練して得られた樹脂組成物において、本発明の赤リン系難燃剤は凝集し難く、ほぼ単一粒子状で分散していることが確認された。これは、赤リン中に残存するアルキル基が相溶化に作用しているためであると推測される。このように、本発明の赤リン系難燃剤は、フィルムまたは電線被覆材用として特に適している。
【0025】
上記合成樹脂としては、具体的にはポリオレフィン系樹脂、ポリスチレン系樹脂、ポリ−p−キシリレン、ポリ酢酸ビニル、ポリアクリレート、ポリメタクリレート、ポリフェニレンエーテル、ポリカーボネート、熱可塑性ポリエステル、ポリアミド、ポリウレタン、フェノール樹脂、フラン樹脂、キシレン・ホルムアルデヒド樹脂、ケトン・ホルムアルデヒド樹脂、尿素樹脂、メラミン樹脂、アニリン樹脂、アルキド樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂等を挙げることができ、特に、ポリエチレン、エチレン・エチルアクリレート共重合体、エチレン・酢酸ビニル共重合体、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリフェニレンエーテル、ポリカーボネート、熱可塑性ポリエステル、ポリアミド、エポキシ樹脂が好適に使用できる。
【0026】
本発明の難燃性樹脂組成物において、赤リン系難燃剤の添加量は、樹脂によって若干の違いがあるため特に限定はされないが、合成樹脂100質量部に対し、0.1〜30質量部であることが好ましい。この範囲とすることで、樹脂物性に影響を与えることなく、十分な難燃効果を容易に得られる。本発明の難燃性樹脂組成物には、必要に応じて充填剤、安定剤、可塑剤、着色剤、ガラス繊維、滑剤等の公知の添加剤をさらに配合することができる。
このような本発明の難燃性樹脂組成物より、本発明のフィルムまたは電線被覆材が形成される。
【実施例】
【0027】
以下、本発明の実施例1〜5を比較例1〜7と共に挙げ、本発明をより詳細に説明する。表1の実施例1〜2は本発明における微粉末状赤リンの製造までの実施例であり、比較例1〜4はこれらの実施例に対応するものである。表2の実施例3〜4は本発明の赤リン系難燃剤およびその製造方法の実施例であり、比較例5〜8はこれらの実施例に対応するものである。実施例5は本発明にかかる難燃性樹脂組成物の実施例であり、比較例9はこの実施例に対応するものである。
【0028】
表1および表2に記載した分散剤の詳細を以下に記載する。
1)エチレンオキシド付加系ノニルフェノール:リポノックス(登録商標)NC−130(ライオン社製)
2)エチレンオキシド付加系脂肪酸エステル(R=オレイル):エソファット(商品名)O/15(ライオン社製)
3)脂肪酸ジエタノールアミド(R=やし油):ホームリード(商品名)CD(ライオン社製)
4)オレイン酸アミド:試薬
5)ドデシル硫酸ナトリウム:試薬
【0029】
また表2には、表面改質処理時の発泡の程度を作業性の指標として記載した。
なお、表1および表2におけるホスフィン発生量は、次のように測定した。
【0030】
(ホスフィン発生量Aの測定方法)
試料10gを300mlの三角フラスコに入れた後、二本のガラス管を有する栓でこの三角フラスコの口を密閉した。ガラス管の一方を窒素ガス容器に、他方をガス捕集容器に連結し、窒素ガスを導入して三角フラスコ内を十分に該ガス置換した。次に、三角フラスコを250℃の油浴に浸漬し、3時間この温度に保持し、この間に発生するガスを捕集した。この捕集ガス100mlをシリンジに分取し、リン化水素検知管(光明理化学工業社製)を用いてホスフィン濃度を測定し、ガス発生量から赤リン1gあたりのホスフィン発生量を算出した。
【0031】
(ホスフィン発生量Bの測定方法)
試料10gを300mlの三角フラスコに入れた後、コック付ガラス管二本を有する栓でこの三角フラスコの口を密封した。この際、フラスコ内には、水を染み込ませたガーゼを試料と接しないように取り付け、また、ガラス管の一方に漏れのないようにビニル袋をフラスコ内側に取り付けた。65℃に調節した恒温器に24時間静置し、この間に発生するガスを捕集した。室温で30分間放置した後、ビニル袋を取り付けたガラス管のコックを開き、もう一方のガラス管より捕集ガス100mlをシリンジに分取し、リン化水素検知管を用いてホスフィン濃度を測定し、フラスコ内容積から赤リン1gあたりのホスフィン生成量を算出した。
【0032】
(実施例1)
コンデンサーを装着した鉄製反応容器(内径155mm、高さ130mm)に約60℃の温水1リットルを入れた後、熔融黄リン1000gおよび分散剤としてエチレンオキシド付加ノニルフェノール(ライオン社製,リポノックスNC−130)5.0gを入れた。次に、反応容器内に窒素ガスを通し、反応容器を加熱した。100℃前後で水分を留出させた後黄リンが反応容器内で還流するようにし、約280℃で約8時間加熱を続行した。続いて未転化黄リンを蒸留し、大部分の黄リンが留出した後、280℃以上に昇温し、330℃以内の温度で約4時間加熱を続け、残存する微量黄リンを除去し、放冷後反応容器から平均粒径7.3μmの微粉末状球体様赤リン340gを得た。
【0033】
(実施例2および比較例1〜4)
分散剤およびその添加量を表1の記載に変更した他は、実施例と同様の転化反応を実施して微粉末状赤リンを得た。
【0034】
(実施例3)
実施例1で得られた微粉末状赤リン125gを水に懸濁させ500mlとし、レゾール型フェノール樹脂(DIC社製、フェノライト(登録商標)TD−2388、固形分25%)5gを添加した。これに30%硫酸チタン水溶液を46.5g滴下した後、1:1アンモニア水でpHを7.5に調整し、90℃に加熱し1時間熟成して加水分解によるチタン化合物被覆を行った。この際の発泡は少量であった。放冷、ろ過後再び水懸濁液とし、1:1アンモニア水でpHを10.0に調整後、前記レゾール型フェノール樹脂(DIC社製、フェノライトTD−2388、固形分25%)15gを添加した。続いて、18%塩化水素水溶液10.8gおよび塩化アンモニアム2.3gを添加し、90℃で1時間攪拌した。放冷後ろ過水洗し、窒素気流中130℃で乾燥し、表面改質処理赤リンを得た。
【0035】
(実施例4)
実施例2で得られた微粉末状赤リン125gを水に懸濁させ500mlとした。これに27%硫酸アルミニウム水溶液を22g、添加し、発泡を抑えるため消泡剤(GE東芝シリコーン社製、TSA780)を少量添加し、アンモニア水でpHを7.5に調整し、90℃に加熱し1時間熟成し、赤リンの水酸化アルミニウム被覆を行った。放冷、ろ過後再び水懸濁液とし、アンモニア水でpHを10.0に調整後、レゾール型フェノール樹脂(DIC社製、フェノライトTD−2388、固形分25%)20gを添加した。続いて、18%塩化水素水溶液18gおよび塩化アンモニアム3.9gを添加し、90℃で1時間攪拌した。放冷後ろ過水洗し、窒素気流中130℃で乾燥し、被覆赤リンを得た。
【0036】
(比較例5〜8)
原料赤リンを表2の記載に変更した他は、実施例4と同様に処理して表面改質処理赤リンを得た。なお、アルキル基を含有するが硫酸塩である陰イオン性界面活性剤の存在下で得られた比較例8は、表面改質処理工程で発泡が激しく、処理容器からあふれ出したため、表面改質処理を断念した。
【0037】
(実施例5)
プライムポリマー社製ポリプロピレン「プライムPP(商品名)B221WA」に実施例4で得た表面改質処理赤リンが10質量%となるように混合し、(株)東洋精機製作所製「ラボプラストミル 4M150」にて240℃で混練しペレット化した。ペレット数個を液体窒素中で先のとがった金属棒を用いて破断し、破断面を金蒸着した後、日本電子データム(株)製「JEOL JSM−5310」を用いて破断面を観察したところ、3〜4μmの球体様粒子がほぼ一次粒子状で分散されていることが観察された。
また、作製したペレットを厚さ1mmの金型を用いて東洋精機製作所社製ミニテストプレス 10」にてフィルム化したところ、表面改質処理赤リンが微細状に分散し、外観が良好であった。
【0038】
(比較例9)
実施例5で使用した表面改質処理赤リンを比較例5の表面改質処理赤リンに変え、実施例5と同様に、ペレットを破断し、SEM観察したところ、赤リン粒子の凝集物が見られた。また、実施例5と同様にフィルム化したところ、目視でも表面改質処理赤リンの粒が観察され、外観の悪いものであった。
【0039】
表1より、分散剤として窒素含有官能基を有しないアルキル基含有非イオン性界面活性剤を使用して得られた実施例1および2は、平均粒径がそれぞれ7.3および10.4μmであり、ホスフィン発生量Aがそれぞれ21および18μg/gと、微細でありながらホスフィン発生量が少なく安定性が高いことがわかる。一方、粉砕赤リンである比較例1、窒素含有官能基を有する分散剤存在下で得られた比較例2および3では、実施例と同程度の平均粒径であるが、ホスフィン発生量Aがそれぞれ3500、920、62μg/gと大きかった。
【0040】
また、表2より、分散剤として窒素含有官能基を有しないアルキル基含有非イオン性界面活性剤を使用して得られた赤リン(実施例1および2)を表面改質処理して得られた実施例3および4は、平均粒径がそれぞれ7.5および10.6μm、ホスフィン発生量Aがそれぞれ5および8μg/g、ホスフィン発生量Bが共に3μg/gと、微細性を保ちつつホスフィン発生量が少なく安定性が高いことがわかる。一方、粉砕赤リンである比較例1や窒素含有官能基を有する分散剤存在下で得られた比較例2および3を原料赤リンとする比較例5〜7では、実施例と同程度の平均粒径であるが、ホスフィン発生量Aがそれぞれ370、26、29μg/g、ホスフィン発生量Bがそれぞれと20、16、18μg/gと大きかった。
アルキル基を含有するが硫酸塩である陰イオン性界面活性剤の存在下で得られた比較例8は、表面改質処理工程で発泡が激しく、処理容器からあふれ出したため、表面改質処理を断念した。
さらに、実施例4の表面改質処理赤リンを混合して得た実施例5の破断面を表す図1では、表面改質処理赤リンがほぼ一次粒子状で分散している状態が観察されたが、粉砕赤リンを表面改質処理した比較例5を混合して得た比較例9の破断面を表す図2では、表面改質処理赤リンが凝集している状態が観察された。
【0041】
【表1】

【0042】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明は、安定性の高い微粉末状赤リンを効率よく製造し、得られた微粉末状赤リンを表面改質処理することで、赤リン系難燃剤として産業上利用できる。本発明の微粉末状赤リン系難燃剤を含有する合成樹脂組成物は、該難燃剤を均一に微細分散しており、フィルム製品や電線被覆材への適用が特に好ましい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分散剤の存在下で黄リンの熱転化反応を行うことにより得られる微粉末状赤リンに表面改質処理を施してなる赤リン系難燃剤であって、
平均粒径が5〜15μmであり、かつ、80質量%以上が粒径20μm以下の粒子で構成されており、
分散剤が窒素含有官能基を有しないアルキル基含有非イオン性界面活性剤であることを特徴とする赤リン系難燃剤。
【請求項2】
分散剤が、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルおよびポリオキシエチレン脂肪酸エステルより成る群から選ばれる1種以上であることを特徴とする請求項1記載の赤リン系難燃剤。
【請求項3】
表面改質処理が、周期律表第2族、第3族、第4族の金属の酸化物および水酸化物から選ばれる無機化合物および/または熱硬化性樹脂による被覆処理であることを特徴とする請求項1または2記載の赤リン系難燃剤。
【請求項4】
フィルム用または電線被覆材用であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項記載の赤リン系難燃剤。
【請求項5】
分散剤の存在下で黄リンの熱転化反応を行うことにより得られる微粉末状赤リンに表面改質処理を施してなる赤リン系難燃剤の製造方法であって、
分散剤が窒素含有官能基を有しないアルキル基含有非イオン性界面活性剤であることを特徴とする赤リン系難燃剤の製造方法。
【請求項6】
黄リンに対して、分散剤が外割りで0.6〜1.0質量%配合されることを特徴とする請求項5記載の赤リン系難燃剤の製造方法。
【請求項7】
表面改質処理が、赤リンの水懸濁液に熱硬化性樹脂原料を添加した後、金属の水溶性塩類の水溶液を滴下し、次いで水酸化ナトリウムまたはアンモニア水により中和する被覆処理であることを特徴とする請求項5または6記載の赤リン系難燃剤の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜4のいずれか一項記載の赤リン系難燃剤を合成樹脂に配合してなることを特徴とする難燃性樹脂組成物。
【請求項9】
合成樹脂が、ポリエチレン、エチレン・エチルアクリレート共重合体、エチレン・酢酸ビニル共重合体、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリフェニレンエーテル、ポリカーボネート、熱可塑性ポリエステル、ポリアミドおよびエポキシ樹脂より成る群から選ばれる1種または2種以上であることを特徴とする請求項8記載の難燃性樹脂組成物。
【請求項10】
請求項8または9記載の難燃性樹脂組成物を使用したことを特徴とするフィルムまたは電線被覆材。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−23658(P2013−23658A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−162243(P2011−162243)
【出願日】平成23年7月25日(2011.7.25)
【出願人】(000251196)燐化学工業株式会社 (8)
【Fターム(参考)】