説明

赤外レーザアブレーションによる三次元の分子画像のエレクトロスプレーイオン化質量分析

本発明の技術分野は大気圧質量分析法(MS)であり、より詳細には、赤外レーザアブレーションとエレクトロスプレーイオン化(ESI)を組み合わせた方法及び装置である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の相互参照
[001]この一部継続出願は米国特許法第120条に基づく優先権を主張し、2008年7月18日に出願された米国出願第12/176,324号の出願日の利益を受ける権利を有し、その内容は全体として参照により本願に組み込まれる。
連邦政府による支援を受けた研究に関する陳述
[002]米国政府は国立科学財団からの補助金(交付#0719232)及びエネルギー省からの補助金(交付#DEFG02−01ER15129)及びW.M.Keck財団によるもの(交付#041904)に基づいて本発明に利益を有する。
【0002】
[003]本発明の分野は大気圧質量分析法(atmospheric pressure mass spectrometry:MS)であり、より詳細には、例えば、生体組織又は細胞内の代謝物等、試料中の化学物質の三次元の分子画像化(イメージング、画像処理)を提供するための、赤外レーザアブレーションをエレクトロスプレーイオン化と組み合わせる方法及び装置である。
【背景技術】
【0003】
[004]分子分布の三次元(3D)組織又は細胞の画像化は組織内の細胞の生化学処理と空間的構成との間の相関に関する洞察を提供する。一般的に、現在利用可能な方法は、電磁放射(例えば、磁気共鳴画像化及び蛍光顕微鏡検査法又は多光子顕微鏡法)又は粒子(例えば、二次イオン質量分析法(secondary ion mass spectrometry:SIMS))と試料の相互作用に依存している。例えば、コヒーレント反ストークスラマン散乱は、細胞又は細胞以下のレベルでの脂質分布の生体内画像化のために優れた横方向分解能及び奥行き(深さ、depth)分解能を提供する。しかし、通常、これらが認識できる種は少なく、分子標識の導入を必要とする場合が多い。この問題は多様な分子種の分布を報告する質量分析(MS)に基づいた方法においてはそれほど顕著ではない。SIMSによる画像化及びマトリックス支援レーザー脱離イオン化(matrix assisted laser desorption ionization:MALDI)は、組織及び全身の部分における内因性分子及び薬物分子の二次元及び三次元の分布を捕捉するため、魅力的である。これらの方法にとって特徴的なのは、繊細な化学及び物理的試料の操作が必要であること、及び画像化実験を真空下で行わければならないことであって、生体試料の研究ができない。
【0004】
[005]大気MSは、試料を化学的及び物理的に処理することを最小にしながらイオン化段階を大気下で行うことにより、これらの制限を回避する。近年、この分野は急速に発達し、大気イオン源のアレイを提供している。脱離エレクトロスプレーイオン化(DESI)とMSの組み合わせは、人間の指で薬物、代謝物及び爆薬の検出、及び未処理の細菌のプロファイリングを含む、様々な用途に有効である。最近、DESI及び抽出エレクトロスプレーイオン化が細菌の代謝指紋法に使用されている。大気圧(atmospheric pressure:AP)IR-MALDI、及びMALDIとDESIの組み合わせであるMALDESIでは、検体の脱離及びイオン化に必要なエネルギーが、それぞれ、mid-IR及びUVのレーザによって投入される。エレクトロスプレーレーザ脱離イオン化(electrospray laser desorption ionization:ELDI)では、UVレーザによるイオン生成の効率は、エレクトロスプレー源を使用する位置化(positionization)によって向上される。
【0005】
[006]レーザアブレーションエレクトロスプレーイオン化(laser ablation electrospray ionization:LAESI)は、例えば、細胞、生体組織、水溶液又は浸湿った表面など、水分量の高い試料のための大気技術(ambient technique)である。細かい中性粒子及び/又は分子を放出するために、約2.9μmの波長のレーザパルスが微量の試料を除去(アブレート)する。このレーザプルーム(plume)がエレクトロスプレーによって妨害されて、除去された物質が直接的なエレクトロスプレーイオン化と同様に質量スペクトルを生成するように効率的にイオン化される。LAESIにより、我々は、100pLに満たない容量から100ng未満の組織物質の代謝分析を実現した。LAESIと同様に、レーザのエネルギーが試料中の天然の水分によって吸収されて、DNA、ペプチド、蛋白質及び代謝物などの、生体関連分子の光化学的損傷はごくわずかである。
【0006】
[007]大気画像化質量分析法(imaging mass spectrometry:IMS)は分子特異性をもつ化学物質の空間分布を捕捉する。光学的な画像化方法と異なり、IMSは動作を成功させるために色又は蛍光の標識を必要としない。MSに基づく少数の技術は、大気圧環境下で分子の二次元(2D)の画像化を示す。AP IR-MALDI及びDESIは、それぞれ、植物の脈管系(vasculature)内での代謝物の輸送を捕捉し、薄い組織部分内での薬物の代謝分布を画像化した。最近、2D画像化LAESIが斑入りの植物の色違いの部分間の代謝の差異について洞察を提供した。これらの方法の横方向分解能は一般的に100〜300μmの範囲にある。AP MALDI及び LAESIに関して、入射レーザビームの改善された集束、オーバサンプリング、及びアブレーションのための先のとがった光ファイバの使用が空間分解能の更なる進歩を提供する可能がある一方、DESI画像化に関して、溶液供給速度の低減、より小さなエミッタサイズ及び霧化(nebulizing)ガス流速及び走査方向の適切な選択が有益であることが分かった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
[008]生体組織の研究において、死後の組織劣化及び試料調整中の空間的統合性の低下は重大な関心事である。IMS実験において一般的に行われる低温のマイクロトーミング法及びフリーズフラクチャー法は、組織及び細胞の調整中及び調整後の化学的変化を最小化することを目的とする。MALDI実験のマトリックス被覆段階での検体移動のため、更なる問題が起きるかもしれない。そのままで試料の化学的性質を調べることによって生体内分析がこれらの問題を回避する。例えば、LAESI質量分析法は数秒の時間枠内で組織の代謝物の組成を明らかにする。分析が瞬時であること及び試料調整の必要がないことにより、この手法は生体内研究にとって有望になる。
【0008】
[009]有機体内の分子の体積分布は分子及び細胞の生物学において興味深い。最近、 LAESI MSは、生きている植物の組織内の代謝物の深さ方向分析において最初に成功したが、大気環境での3D画像化はまだ利用可能ではない。
【課題を解決するための手段】
【0009】
[0010]ここで、一例として、それぞれ約300〜350μm及び約30〜40μmの分解能での、横方向画像化と深さ方向分析の組み合わせによる3D分子画像化について説明する。この例においては、LAESI 3D IMS を使用して、ピースリリイ(Spathiphyllum Lynise)の葉の上に存在する薬物動態(xenobiotics)及び生きたゼブラプラント(Aphelandra Squarrosa)における内在性の代謝物の分布を観察した。試料についての大規模な物理的及び化学的処理が必要とする従来技術により得られる文献結果によく一致して、分子画像は、化合物の分布がその葉の生体構造に特有であることを明らかにした。選択代謝物の3D位置特定を生きた植物の組織内の生物学的役割と相関させた。
【0010】
[0011]1つの好ましい実施例において、生体組織又は細胞内の代謝物の三次元分子画像化を提供するために、赤外レーザアブレーションをエレクトロスプレーイオン化(ESI)と組み合わせる方法及び装置が提供される。これによって、1)特別な準備なしで、2)大気条件下で、生体試料を直接分析できる。この方法を使用して分析できるイオンは、代謝物、脂質及び他の生体分子、薬剤、染料、爆薬、麻薬及び重合体を含むがこれらに限定されない。
【0011】
[0012]一般論として、本発明は、集光IRレーザビームを使用して試料を照射し、これによりイオンと粒子のプルームを除去することから開始する。このプルームは荷電エレクトロスプレー液滴(charged electrospray droplets)によって妨害される。レーザアブレーションプルームとエレクトロスプレー液滴の相互作用によって、質量分析計で検出される気相イオンが生成される。これは大気圧で行われる。
【0012】
[0013]好ましい実施例において、生体組織又は細胞の試料に赤外LAESI質量分析法を受けさせることを含む、質量分析法による生体組織又は細胞の試料の三次元画像化の方法が提供され、LAESI-MSはLAESI-MS装置を生体組織又は細胞の試料に対して直接使用して行われ、その試料は従来のMS前処理を必要とせず、大気圧下で行われ、LAESI-MS装置は、グリッド上の複数点の横方向走査又は生体組織もしくは細胞の試料上に規定される細胞パターン(cellular pattern)や関心のある領域を追跡するための、及び、グリッド上の各点で複数のアブレーションを行うことによって各点の深さ方向分析をし又は細胞パターンや関心のある領域を追跡するための、走査装置を備えており、そのアブレーションの各レーザパルスは生体組織又は細胞試料について前のパルスより深い層を除去し、横方向走査と深さ方向分析の組み合わせによって三次元の分子分布画像化データが得られる。
【0013】
[0014]別の好ましい実施例において、試料の三次元画像化を生成する大気イオン化方法が提供され、それは、i)試料を除去するために赤外レーザーで試料を照射すること、ii)気相イオンを形成するためにこのアブレーションプルームをエレクトロスプレーで遮断すること、及びiii)生成されたイオンを質量分析法を使用して分析すること、を含み、LAESI−MS はLAESI-MS装置を生体組織又は細胞の試料に直接使用して行われ、試料は、従来の化学的/物理的な準備を必要とせず、大気圧下で行われ、LAESI-MS装置は、グリッド上の複数点の横方向走査又は生体組織もしくは細胞の試料上に規定される細胞パターンや関心のある領域を追跡するための、及び、グリッド上の各点で複数のアブレーションを行うことによって各点の深さ方向分析をし又は細胞パターンや関心のある領域を追跡するための、走査装置を備えており、そのアブレーションの各レーザパルスは生体組織又は細胞試料について前のパルスより深い層を除去し、横方向走査と深さ方向分析の組み合わせによって三次元の分子分布画像化データが得られる。
【0014】
[0015]別の好ましい実施例において、上記の方法が提供され、LAESI-MSが試料内の目標分子からイオンを検出し、そのイオンは、薬剤、染料、爆薬又は爆薬残留物、麻薬、重合体、化学兵器及びその特徴、ペプチド、オリゴ糖、蛋白質、代謝物、脂質及び他の生体分子、合成有機物、薬物、並びに有毒化学物質からなる群から選択される。
【0015】
[0016]別の好ましい実施例において、試料の三次元画像化のためのLAESI-MS装置が提供され、それは、i)試料においてエネルギーを放射するパルス赤外レーザ、ii)荷電液滴のスプレーを生成するエレクトロスプレー装置、iii)生成されたイオンを捕獲するイオン移動吸気口(インレット)を有する質量分析計、並びに、iv)グリッド上の複数点の横方向走査又は試料上に規定される細胞パターンや関心のある領域を追跡するための、及び、グリッド上の各点で複数のアブレーションを行うことによって各点の深さ方向分析をし又は細胞パターンや関心のある領域を追跡するための、走査装置を備えており、そのアブレーションの各レーザパルスは試料について前のパルスより深い層を除去し、横方向走査と深さ方向分析の組み合わせによって三次元の分子分布画像化データが得られる。
【0016】
[0017]別の好ましい実施例において、さらにLAESI-MSが大気圧で行われる装置が本明細書において提供される。
[0018]別の好ましい実施例において、各パルスのアブレーションの深さを記録しながら、レーザのエネルギー及び/又はレーザの波長を連続的に調整することによって、試料の水分量及び引張強度の分散を補正する、自動化されたフィードバック機構をさらに備えた装置が本明細書において提供される。
【0017】
[0019]別の好ましい実施例において、LAESI-MSが試料内の目標分子からイオンを検出し、当該イオンは、薬剤、染料、爆薬又は爆薬残留物、麻薬、重合体、化学兵器及びその特徴、ペプチド、オリゴ糖、蛋白質、代謝物、脂質及び他の生体分子、合成有機物、薬物、並びに有毒化学物質からなる群から選択される、装置が本明細書において提供される。
【0018】
[0020]別の好ましい実施例において、試料に赤外LAESI質量分析法を受けさせることを含む、試料を質量分析法により直接化学分析する方法が提供され、試料は、薬剤、染料、爆薬、麻薬、重合体、組織もしくは細胞の試料及び生体分子からなる群から選択され、LAESI-MSはLAESI-MS装置を利用して試料に対して直接行われ、試料は従来のMS前処理を必要とせず、大気圧下で行われる。
【0019】
[0021]図1−4:LAESI MSによる三次元画像化がS. Lyniseの葉組織に対して実際に行われた。向軸性及び背軸の表皮(cuticles)は、それぞれベーシックブルー7及びローダミン6Gで着色された直角線(right angle lines)及びスポットによってマークを付けられた。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】アブレーションマークのアレイを有する検査領域の上面図を示す。底面からのローダミン6G染色がアブレーションホール(ablation holes)を通して見られる。分析領域の縁を囲む茶色の変色は脱水及び/又は酸化と関連している。横方向走査と深さ方向分析の組み合わせにより3D分子分布が提供された。
【図2】ベーシックブルー7(青色のm/z 478.3260)、ローダミン6G(オレンジ/ワイン色のm/z 443.2295)及びロイシン(灰色/黒色のm/z 154.0819)からのイオン強度を擬似色スケールで示す。その二つの染色のイオン分布は光学画像に示されるモックパターンと並行する。より豊富な内因性代謝物のロイシンが二つの最上層において観察された。
【図3】シアニジン(cyanidin)/ケンぺロール(kaempferol)ラムノシドグルコシド(灰色のm/z 595.1649)の分布を示す。より多くが表皮領域で見つかり、基本的な光合成細胞に対するUV-A及びBの照射の有害な影響に対する保護における仮定された役割を主張している。
【図4】植物の組織内の葉緑体の既知の位置特定に一致するように、プロトン化クロロフィルa(シアン/藤紫色のm/z 893.5425)についての分子分布パターンは多孔質の(spongy)葉肉領域を示す。
【図5】[0022]S. Lynise 葉の奥行き画像化について、向軸表面に対して6つの連続した単一のレーザパルスが送られた。生成されたイオンの質量分析により奥行きによって変化する組織の化学的性質が認められた。それぞれ第1及び第2のレーザショットに対して得られる代表的な質量スペクトルを示す。それらは、フラボノイド(m/z 383.1130)及びシアニジン/ケンぺロール ラムノシドグルコシド(m/z 595.1649)が組織の上部30〜40μmの部分により大量に存在することを指摘する。上部表皮から40〜80μmの深さにおいてサンプリングした第2のパルスについて、少数のイオン、すなわち、m/z 650.4、813.5、893.5及び928.6が、m/z 600〜1000の領域に現れた。
【図6】S. Lynise 葉の奥行き画像化について、向軸表面に対して6つの連続した単一のレーザパルスが送られた。生成されたイオンの質量分析により奥行きによって変化する組織の化学的性質が認められた。それぞれ第1及び第2のレーザショットに対して得られる代表的な質量スペクトルを示す。それらは、フラボノイド(m/z 383.1130)及びシアニジン/ケンぺロール ラムノシドグルコシド(m/z 595.1649)が組織の上部30〜40μmの部分により大量に存在することを指摘する。上部表皮から40〜80μmの深さにおいてサンプリングした第2のパルスについて、少数のイオン、すなわち、m/z 650.4、813.5、893.5及び928.6が、m/z 600〜1000の領域に現れた。
【図7】[0023]A. Squarrosaの葉における斑入りパターンの光学画像である。ラスタ化された領域における代謝物の構成が3D LAESI IMSによって調べられた。
【図8】結果として得られる円形の350μmアブレーションマークのアレイの上部面を示す。
【図9】示されるm/z 663.1731でケンぺロール(ジアセチルクマリルラムノシド(diacetyl coumarylrhamnoside))の3D分布は、(第3及び第4の)葉肉層内における蓄積の例であり、これらの層内の分布は均一である。
【図10】m/z 893.5457のプロトン化クロロフィルaイオンも葉肉層に存在し、藤紫色のスケールで示される。しかし、このイオンについては、黄色部分の無葉緑素特性と一致するように、斑入りパターンに沿ってより低い強度が観察された。m/z 287.0494のケンぺロール/ルテオリンが横方向及び断面の両方において不均一性を示し、第2及び第3の層においてもっとも大量にあった。
【図11】m/z 285.0759のアカセチンは、奥行き分布の平均化のため、横方向画像化実験では以前には明らかにされなかった組織特異性を備えた化合物類に属する。その分子分布は第1、第4、第5及び第6の層において均一であるが、第2及び第3の層における斑入りパターン(図8参照)に似ていた。図7及び8におけるスケールバーは2mmに相当する。赤矢印は、6つのレーザパルスが葉身の下側における二次脈管系の突起部を介して除去するには不十分であった領域の例を示す。
【0021】
[0024]表1:観測されたイオンの一時的な割り当ては、正確な質量測定、衝突活性化解離、同位体ピーク分布分析及び植物代謝データベースの広範な検索に基づいて行った。質量の精度Δmはモノアイソトピック質量の測定値と計算値との差である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
[0025]生物医学画像化における最近の進歩により、細胞又は細胞以下の分解能で組織内の三次元の分子分布の決定が可能になる。これらの方法の大半は限定的な化学選択性を示し、少数の分子類に特有のものである。多様な分子の同時識別は質量分析法の利点であり、レーザアブレーションエレクトロスプレーイオン化(LAESI)などの大気イオン源と組み合わせることで、生体分子の分布及び方法の生体内研究が可能となる。ここで、多様な分子の種類及び大気における三次元(3D)分布を同時に識別することを可能にするLAESIを備える3D画像化質量分析法(IMS)を導入する。ピースリリイ(Spathiphyllum Lynise)に対するLAESI 3D IMSの実行可能性を示し、斑入りゼブラプラント(Aphelandra Squarrosa)の葉における二次代謝物を追跡する3D分子画像を構築する。3D代謝物の分布が、植物防御及び光合成におけるこれらの化学種の生化学的役割と関連する組織に特有の蓄積パターンを示すことが分かる。この結果は、分子レベルでの外観的な識別とともに生体組織の3D化学画像化の第1の例を説明する。
【0023】
[0026]略語:AP - Atmospheric Pressure(大気圧);DESI - Desorption Electrospray Ionization(脱離エレクトロスプレーイオン化);ESI - Electrospray Ionization(エレクトロスプレーイオン化);LAESI - Laser Ablation Electrospray Ionization(レーザアブレーションエレクトロスプレーイオン化)
結果及び考察
[0027]三次元分子画像化
[0028]最初に、LAESIの3D分子画像化能力が原理実験の実証で評価された。S. Lyniseの向軸及び背軸の表面は、それぞれ、ベーシックブルー7及びローダミン6G染色で、約1mm幅の直角線及び直径4mmのスポットによってマークされた。波長2.94μmのレーザパルスがこのモックサンプルの向軸(上部)表面に集束され、10.5×12.5mm2の面積に渡る22×26グリッドにおける各点に対して、組織の6つの段階の深さ(奥行き)プロフィールが得られた。結果として得られる直径350nm、高さ40nm、すなわち分析容量約4nLの3432個の円柱ボクセルの各々は、高分解能の質量スペクトルを生じさせた。顕微鏡検査により、S. Lynise表皮細胞の露出した表面は、約20μm及び約60μmの軸を備えた楕円形状であることが明らかとなった。細胞の平均の高さは15μmであった。したがって、各約4nLの画像化ボクセルが分析のために約300の細胞をサンプリングした。
【0024】
[0029]図1にLAESI 3D IMSに従う葉の上面図を示す。検査領域は、双方向に500μm位置ずれされた直径約350μmのアブレーションスポットのアレイによってマークされた。この横方向ステップのサイズは、ベーシックブルー7で描かれた線の幅に渡ってサンプリングするために約2〜3ピクセルを生じさせた。裏面のマーキングからの円形ローダミン6G染色のパターンは画像の左下隅に見られ、6つのレーザパルスにおける完全な組織の除去を示す。走査型電子顕微鏡の画像は、第1のレーザパルスが保護的なろう様の表皮層(waxy cuticle layer)をうまく除去したことを確認した。
【0025】
[0030]葉の向軸(上部)表面に集束されたすべてのレーザパルスについて、豊富な情報の質量スペクトルが記録された。植物代謝データベースの広範な検索と組み合わせられた、正確な質量測定、同位体分布分析及び衝突活性化解離の実験に基づいて、多数のイオンが一時的に割り当てられた。http://www.arabidopsis.org、http://biocyc.org及びhttp://www.metbolomic.jpのウェブサイトにおけるデータベースが2008年10月29日に最後にアクセスされた。記録された質量スペクトルの詳細な分析によると、組織の化学的性質が深さ(奥行き)によって変化することが示された。図5及び6は、それぞれ第1及び第2のレーザパルスの代表的な質量スペクトルを提示する。シアニジンラムノシド及び/又はルテオリニジングルコシド(m/z 433.1125)並びにシアニジン/ケンぺロール ラムノシドグルコシド (m/z 595.1649)は、一般的に、組織の最上の40μmの部分に大量に観察された。上部面から40μmと80μmの間の層をサンプリングする第2のパルスにおいて、スペクトルのm/z 600から1000の領域で新たなイオンが現れた。この部分にとって特徴的な1価イオンは、m/z 650.4、813.5、893.5及び928.6において観察された。m/z 518.4、609.4、543.1及び621.3などの他のイオンは、それぞれ、第3、第4、第5及び第6のレーザパルス中でより大量に観察された。
【0026】
[0031]質量選択されたイオンの横方向及び断面的な位置特定は三次元で追跡された。図1のカラーコード等高線図は植物器官における染料イオン及び幾つかの内因性代謝物の位置特定を示す。各層は連続したアブレーションによりサンプリングされた葉組織の厚さ40μmの部分を表す。図2の最上層において、m/z 478.3260で検出されたベーシックブルー7染料イオン、[C33H40N3]+の二次元分布が、画像化実験前に記録されたその光学パターンに非常によく一致していた(図1参照)。ベーシックブルー7染料が葉の上部表皮に塗布されたが、その分子イオンはまた第2の層においても低い強度で認められた。マークされたS. Lynise の葉の表面の光学的研究により、マーカーペンによる長期の接触中、反対側の表皮までインクが組織を通じてときどき浸透したことが明らかとなった。このように、モックサンプルの調整中に横断的な(cross-sectional)移動を制限するためにマーキング時間が最小化された。第2の層における限定された染料の存在は、この横断的な移動に起因すると考えられた。しかし、ビーム強度のガウス分布による連続したアブレーション中のクレーターサイズの増加、及び、水分量又は引張強度の変化に関連する変化するアブレーション深さもまた、役割を果たし得る。
【0027】
[0032]測定されたm/z 443.2295を備えるローダミン6G染料の分子イオン、[C28H31N2O3]+が第5及び第6の層において大量に認められた。図1Bは最下二層における染料イオンの横方向分布が光学画像に示す向軸表皮におけるマークされたスポットとよく一致することを示す(図1参照)。これらの結果は、組織の様々な深さにおけるLAESIによる横方向画像化の実行可能性を確認した。低レベルのローダミン6Gイオンが第4の層にも存在し、2層しか影響を受けなかった上部表面と比較して横断的な移動が著しいことを示す。
【0028】
[0033]過去4億年にわたる短期及び長期の環境変動に反応して、植物は一般的に、より薄く、上部表面より高密度の気孔を有する向軸表皮をもつように進化してきた。この気孔は環境とのガス及び水の交換を調整する役割がある。それらの自然の役割に加えて、気孔は、我々の実験における葉のより深い層への染料溶液の移動を容易にする可能性がある。低減された背軸表面の厚さも、同様に、これらの効果を向上させて、赤い染料のより顕著な移動を説明する。
【0029】
[0034]図1の精査により、検査領域を取り囲む葉緑素組織の暗色化が明らかにされる。この観察結果は大気における露出された組織の非制御の脱水及び/又は酸化に起因すると考えられ、3D画像化実験の時間経過中に加速し得る。より長いタイムスケール(約1時間)では、葉組織が物理的に切断された部位において組織の変色も認められ、この現象がレーザ照射によって引き起こされたものではなく、脱水及び/又は酸化の結果であったことを示した。
【0030】
[0035]多様な植物の代謝物が特徴的な三次元パターンを示した。例えば、灰色から黒色までの擬似色スケールで、プロトン化ロイシンのイオンの分布が図2において見られる。このアミノ酸は全体の組織(S/N>>3)にわたって認められ、最上の80μmの部分よりもイオン数がより高かった。一方、他の二次代謝物(例えば、シアニジン/ルテオリニジンラムノシド)に加えてシアニジン/ケンぺロールラムノシドグルコシド(m/z 595.1649)の分子イオンは組織の上部40μmに独自に関連した(図3)。
【0031】
[0036]適切な場合には、観察された代謝物の一時的な識別はその蓄積層とともに表1にまとめられる。独立した方法によると、上部表皮層においてより高濃度のケンぺロールグリコシドがしばしば認められた。例えば、菜種(Brassica napus)の葉において、ほとんどケルセチン及びケンぺロールベースの紫外線スクリーニング色素が葉組織の上部40μm内に集中されており、我々のデータと非常によく一致することが示される。植物フラボノイド類は太陽放射の有害な影響に対する保護を提供する際に重要な役割を果たすと考えられる。直接的な光吸収又は活性酸素などの有害なラジカルの除去により、これらの物質はUV-A及びB線の影響に対するバリアを作成して、光合成葉肉細胞を保護し、さらにおそらくはこれらの細胞に蛍光を介して追加の可視光を提供する。蛋白質も280nmにおいて大きな吸収を有するので、この機構もまた光化学系I及びIIにおける劣化からの保護を行うことができる。
【0032】
[0037]他の代謝物が葉組織の葉肉層に蓄積する。すべての深さ方向分析において、第2のレーザパルスが40μmから80μmの間の柵状葉肉層の分子構成をサンプリングした。この領域において、質量分析はスペクトルのm/z 600〜1000部分に多様なイオンが存在することを示す(図6の質量スペクトル参照)。正確な質量(表1参照)及びm/z 893.5425イオンの同位体分布パターン(それぞれ、M+1及びM+2に対して76±4%及び50±8%)に基づいて、プロトン化クロロフィルaの分子として識別された(それぞれ、M+1及びM+2に対して77%及び43%をもつC55H73N4O5Mg+)。m/z 893.5425の衝突活性化解離によって、m/z 615.2で大量の部分が得られ、これは他の研究者により立証されるように、クロロフィリドa、C35H35N4O5Mg+のプロトン化された形に対応する。クロロフィルaイオンの3D分布は、この分子類が第2の層、及び、ある程度まで、第3の層に蓄積されること、すなわち、このイオンが向軸表皮より下の40μmから120μmの間に認められることを示す(図4参照)。この3Dプロファイルは、光合成が行われる柵状及び多孔質の葉肉層の葉緑体におけるクロロフィルaの生体位置特定に沿っている。
【0033】
[0038]光合成サイクルは様々なクロロフィル誘導体に関わることが知られている。画像化実験において、m/z 813.4917、852.5833、860.5171及び928.6321を有するイオンが[クロロフィルa+H]+と同様な3D分子パターン及び同位体分布を示した。これらの正の空間相関は、可能な共通する生合成又は生物分解の経路を示した。野菜の長期の熱処理から(ブランチング、蒸気処理、電子レンジ調理など)は、パイロクロロフィルaの部分であるm/z 813.5を生じさせるように説明され、このシナリオをサポートする。上昇するプルーム圧及び温度は(例えば、従来のMALDI実験において)アブレーション処理の初期段階においてクロロフィルaの分解を促進するが、LAESIは、試料が環境との熱平衝により近くなる場合に後の段階において放出される中性物質(neutrals)及び粒子を調査する。サンプリング及び質量分析の時間枠は数十ミリ秒であり、クロロフィルaの著しい分解を引き起こすのに必要な時間より少なくとも4桁短い。したがって、m/z 600〜1000の範囲で観察されたイオンは、クロロフィルa分子の化学修飾を介して生成される化合物とは対照的に、内因性代謝物であると考えられる。
【0034】
[0039]LAESI 3D IMSによる代謝及び組織構造の発見
[0040]三次元における内因性代謝物の位置特定についての詳細な情報が、横方向画像化技術によってアクセス可能でないかもしれない器官の代謝特性を明らかにする可能性がある。LAESI 3D IMSによって得られる情報は、生体レベルで植物の斑入りについて把握することに役に立つかもしれない。実験において、A. Squarrosaの斑入りの葉をモデル器官として選択した。薄黄色と葉縁素斑入りの部分にある細胞は異なる遺伝子型のものである。LAESIを備えた二次元(2D)のIMSによって、2つの組織部分間での代謝の相違が明らかにされた。例えば、斑入り部分がケンぺロール及びルテオリンベースの二次代謝物を蓄積することが発見された。しかし、横方向画像化は、変化された代謝物組成の原因を、斑入りパターン又は脈管系における細胞に帰することができなかった。葉脈における合成された代謝物は、周囲に蓄積して、斑入りの細胞内に分泌された二次代謝物のアレイを残し得る。LAESI IMSを備える3Dの分子分析はこれらの状態を区別できる可能性がある。
【0035】
[0041]A. Squarrosaの葉は、S. Lyniseより高い引張強度及び厚さを示した。これらの現象を補い、6つのレーザパルスによる深さ分析を得るために、入射レーザエネルギーをわずかに増加した。一般的に、分析のために選択される葉の領域の厚さは約300〜350μmであり、50〜60μm/パルスの深さ分解能に対応する。黄色部分において、背軸表面は、葉身の下側に約50〜100μmの突起を誘導する、2つの並行な二次葉脈を含み、この領域における全体的な厚さは350〜450μmとなる。11.5×7.5 mm2の面積の3D化学構成が、2304ボクセルとなる24×16×6グリッド上で調べられた。光学画像によって証明されるように(図8の矢印参照)、6つのレーザパルスは葉脈を通じて除去するのには十分ではない。これは、おそらく、脈管系が葉肉層と比較して引張強度が高いことの結果である。この分析点はボクセルのうちの小さな部分のみを構成するが、得られた3D分子画像を解釈する時にそれらを別々に考慮することが重要である。水分量及び引張強度の相違を補うために、増加された数のレーザパルス及び/又はより高い入射レーザエネルギーを使用することができる。
【0036】
[0042]質量を選択されたイオンの三次元分子画像化は、代謝物の多様な分布パターンを明らかにし、様々な代謝経路の共存を示した。これらのパターンは横方向及び断面的な分子均一性に基づいてグループ化される。代謝物の第1のグループはすべての三次元において均一な分布を示した。例えば、プロトン化7−オキソクマリン(oxocoumarin)(測定されたm/z 163.0373)、ナトリウム化メトキシ−ヒドロキシフェニルグルコシド(測定されたm/z 325.0919)及びアカセチンジグルコロニド(diglucoronide)(測定されたm/z 637.0127)はこのカテゴリーに属する。
【0037】
[0043]他の代謝物は水平方向の層内で均一に分布されているが、深さによるイオンシグナルの顕著な変化を示した。これらの代謝物の豊富さ(存在量)は組織層に依存する。例えば、測定された及び計算されたm/zがそれぞれ663.1731及び663.1714であるプロトン化ケンぺロール(ジアセチルクマリルラムノシド)の3D分子画像は、葉肉(第3及び第4)層において表皮の部分と比較してかなり高いイオン数が認められた。しかし、テトラヒドロキシ−トライメトキシフラボンに対応する可能性のあるイオンm/z 377.0842について、分布の中心は、多孔質の組織(第2及び第3の層)にシフトした。m/z 501.1259及び647.1942に登録されたものを含む少数のイオンもまた、これら2つの場合の間の分布特性をもってこのグループに属する。
【0038】
[0044]別のクラスの代謝物は横方向の均一性をもつ分布を示す。それぞれ287.0494及び493.0942という測定されたm/z値をもつプロトン化ケンぺロール/ルテオリン及びメトキシ(ケンぺロール/ルテオリン)グルコロニド(glucoronide)イオンについてすべての層においてそのような位置特定が観察された。図9に示すように、両方の代謝物が第2及び第3の層でより高い強度を生じさせた。ケンぺロール/ルテオリンイオンが斑入りパターン領域の約90%において観察され、この代謝物が無葉緑素組織の部分の細胞に特徴的なものであることを示した。一方、この範囲はメトキシ(ケンぺロール/ルテオリン)グルコロニドイオンについては約40%のみであり、これは葉の上部180μmの層における二次的な葉脈に沿ってより高い強度を示す。葉の断面の光学画像は、二次脈管系が上面より下の約150〜200μmに位置し、斑入りパターンの細胞と直接接することを明らかにした。分子と光学画像との間のこの相関は、グルコロニド誘導体が葉の二次葉脈に起因することを示唆する。
【0039】
[0045]存在量(豊富さ、abundance)は、少数の代謝物イオンについて組織特異性が証明された深さ及び横方向位置に応じて変化する。2D画像化実験では、これらの特徴の幾つかが部分的に明らかにされたか又は完全に隠されたにすぎない。2D画像化はすべての横方向位置について深さプロファイルを統合するので、シグナルレベルの変化が相殺されない場合、パターンが解消できるにすぎない。葉肉層に存在するm/z 893.5457の[クロロフィル+H]+イオンについて、図4Dにおいて深さをもつ斑入りを見ることができる。黄色部分における細胞は光学顕微鏡により白色/黄色で現れ、クロロフィルの欠乏を示す。領域は、斑入りパターンのものと反相関した3Dのクロロフィルに対するこれらの示された断面分子パターンからなる。黄色部分ではより低いクロロフィル強度が得られた。これらのデータにより、細胞の無葉緑素特性を確認することができた。同様の特徴が名目上のm/z 813を有するイオンについて認められ、これは横方向画像化の結果に一致した。
【0040】
3D分布をこれらの4つの質的なカテゴリーに配置することは、いつでも可能ではない。例えば、m/z 317.1及び639.1 の分布はかなり類似しており、それらを特定なグループに割り当てることは主観的となる場合がある。組織構造と代謝物分布との間の関係の量的特徴付けは、例えば、光学画像、M(r)、及び、例えば、LAESI MS、Imi(r)によって得られるmi/zイオンの正規化分布を介して取得される組織形態の強度分布間の相関を介して可能である。相関係数は、
【0041】
【数1】

【0042】
として定義され、ここでcovは画像化された容量における2つの変数の共分散であり、σM及びσImlはM及びImiの標準偏差を表し、これは、取得した形態学的特徴と特定の代謝物の分布との関連の尺度である。例えば、器官の形態M(r)が磁気共鳴画像化(magnetic resonance imaging:MRI)から知られれば、相関係数は器官と検出された代謝物との間の関係を明らかにできる。同様に、i番目及びj番目のイオン、PImi, Imj の強度分布間の空間相関は、化学種間の代謝関係を同定する際に助けとなる。
【0043】
[0046]A.squarrosaの葉における選択された12のm/zについて、イオン強度Im/z(r)の3D空間分布の間にピアソン積率相関係数rm1m2が計算された。例えばm/z 301及び317、すなわち、r301,317=0.88などの明らかな場合には、その結果は同じグループに配置されたイオン分布間の強い相関を確認した。さらに、類似の程度はより明確でない場合にも反映された。例えば、m/z 285及び287、すなわち、r285,287=0.65の場合、両方の分布は斑入りパターンを反映するが、第2及び第3の層においてm/z 285分布は同様に緑色部分においてかなりの値を示した。別の興味深い例は、m/z 287でのケンぺロール/ルテオリンとm/z 893でのクロロフィルaとの間に空間相関がないことである。r287,893=0.08という低い相関係数の値は、これら2つの代謝物が共に局在しないことを示した。これらが異なる代謝経路に属することも知られている。この例と他の例は、相関係数が、組織内における代謝物の共局在を識別するため、及び関与する代謝経路間の関連を発見するための重要な手段になり得ることを示した。
【0044】
[0047]m/z 563.2、636.2、941.3、948.3、956.3及び959.3を含む、m/z 500より上の幾つかの二価イオンが観察された。タンデム質量分析実験は、関連する1.2−1.9−kDaの種(species)が付加イオンではないことを示した。それらの3D分布パターンはプロトン化クロロフィルa分子のそれと相関した。柵状葉肉及び多孔質の葉肉の領域の葉縁素組織にはより多くの量が認められ、光合成サイクルに対する可能性のある直接的なリンクを示した。これらのイオンに対しては構造帰属(structural assignment)が試されなかった。
【0045】
[0048]部分にわたって統合されたイオン強度が全分散を与えない場合において、横方向画像化を深さ方向分析と組み合わることが重要であると証明された。例えば、アカセチン及びメチル化ケンぺロール/ルテオリンは、葉縁素組織において、及び斑入りの部分を部分的に構成する組織においても説明され、断面を通じて著しい蓄積が認められなかった。m/z 285.0759の前者のイオンの3D位置特定は、2D LAESI IMS実験において発見されなかった情報を発見した。その分子分布は第1、第4、第5及び第6の分析層にわたってある程度均一であった(図10参照)。しかし、第2及び第3のレーザショットは分子分布における横方向不均一生を示した。より高い強度のピクセルのX−Y座標(赤色の約200カウントより上の強度を参照)が、図7及び8において取得された二次脈管系の位置に対応する。m/z 639.1241及び653.1358における観察された二次代謝物のケンぺロール/ルテオリンジグルコロニド及びルテオリンメチルエーテルグルコロノシルグルコロニドは、同様な空間分布を示した。これらのデータは、これらの代謝物の合成及び/又は移動の経路が上記の他のグループのものとは異なることを示した。
【0046】
[0049]LAESIが、従来の生物医学画像化技術において一般に要求される適合されたレポーター分子(tailored reporter molecules)の必要性を排除しつつ、多様な生体分子を同時に調査できる、MSの大気イオン化源であることを示した。検出の下限が低い生体内分析、定量化の能力、及び分子スケールでの横方向及び深さ方向分析は、ライフ・サイエンスにおける大きな可能性をもつ本方法の更なる長所である。例えば、本明細書に記載される二次代謝物の分布を使用して、植物内の酵素の組織特異性を指摘することができる。水を含有する器官、植物や動物からの組織部分又は細胞のほか、医学的試料に対して、初めて3D分析を施すことができる。研究はMSによって取得される代謝物分布の全景により自然条件下で行うことができる。
結論
[0050] LAESIは、従来の生物医学画像化技術において一般に要求される適合されたレポーター分子の必要性を排除しつつ、多様な生体分子を同時に調査できる、大気イオン化源である。検出の下限が低い生体内分析、定量化の能力、及び分子スケールでの横方向及び深さ方向分析は、ライフ・サイエンスにおける大きな可能性を予測する本方法の更なる長所である。例えば、本明細書に記載される二次代謝物の分布を使用して、植物内の組織又は細胞の特異性に対する酵素を指摘することができる。植物、動物及び人間の組織又は細胞の水を含有する器官又は全身の部分は、MSによって提供されるイオンの全景により自然条件下で初めて3D分析を施すことができる。
【0047】
[0051]LAESIを備えた三次元大気画像化は原理実験の証明のほか現実の用途において実行可能性を立証したが、さらなる開発が基本的なレベルで必要である。例えば、組織の水分量及び引張強度の変化は本方法の横方向画像化及び深さ方向分析に影響を与え得る。各レーザパルスについてアブレーションの深さを記録しつつレーザのエネルギー及び/又は波形を連続的に調整することにより、自動化されたフィードバック機構がこれらの影響を補正し得る。水平方向及び垂直方向における約300〜350μm及び50〜100μmの典型的な分解能の場合、LAESIは、光学画像化技術と比較して、中レベルから低レベルの分解能を提供する。MALDI実験で通常適用されるオーバーサンプリング、光集束のための非球面レンズ及び試料への直接的な光結合のための光ファイバ要素により、進歩が期待されている。後の2つの手法により、良好な信号/雑音比を維持しながら直径約50μmの大きさをもつ単一の細胞を分析できるようになった。三次元でのより高い横方向及び深さ分解能により、分子レベルでの組織及び細胞の空間的構造についての理解を劇的に向上することができる。
方法及び材料
[0052]レーザアブレーションエレクトロスプレーイオン化
[0053]エレクトロスプレー源は最近説明したものと同じである。低雑音シリンジポンプ(Physio 22、Harvard Apparatus、Holiston, MA)は、0.1%(v/v)の酢酸を含有する50%メタノール溶液を先細の(テーパー形状の)チップ金属エミッター(tapered tip metal emitter)(100μm i.d.及び320μm o.d.、New Objective、Woburn、MA)を介して供給した。エレクトロスプレーは、安定した高電圧を調整された電源(PS350, Stanford Research System, Inc., Sunnyvale, CA)を介して直接に適用することによって開始された。コーンジェットモード(cone-jet mode)を確立するように流速及びスプレー電圧が調整された。この軸方向スプレーモードがイオン生成に対してもっとも効率的であると報告されている。
【0048】
[0054]エレクトロスプレー軸より18mm下に配置される顕微鏡スライドに約20×20mm2の面積の生体葉組織を乗せた。繰り返し率0.2Hz(パルス持続時間4ns)で動作されるNd:YAGレーザの出力が光パラメトリック発振器(Vibrant IR、Opotek Inc.、Carlsbad、CA)を介して2940nmの光に変換された。中赤外レーザビームが平凸集束レンズ(焦点距離50mm)によって集束され、スプレーエミッターのチップから約3〜5mm下流に0°入射角のもとで試料を直角でアブレートするのに使用された。Spathiphyllum Lynise(平均厚さ約200μm)及びAphelandra Squarrosa(平均厚さ約450μm)の画像化実験中、レーザパルスの平均出力エネルギーの測定値はそれぞれ0.1 mJ±15%及び1.2 mJ±10%であった。
【0049】
[0055]アブレーションクレーターの走査型電子顕微鏡法(JEOL JSM-840A、Peabody、MA)によって、単一のレーザパルスが葉の向軸表面に衝突すると、表皮細胞は320μmの長軸と250μmの短軸をそれぞれ有する楕円の領域において除去されたことが示された。光学顕微鏡法を使用することによって、連続的なレーザショットによる露光がS. Lyniseについては約350μm及び約300μmの軸のわずかな楕円領域に帰着し、A. Squarrosaについては直径350μmの円形アブレーションマークに帰着することが分かった。これらはそれぞれ、焦点における約0.1J/cm2及び約1.2J/cm2のフルエンス(fluence)になる。
【0050】
[0056]除去された物質がエレクトロスプレープルームによって遮断され、結果として得られるイオンが、積分時間1秒/スペクトルの直交加速飛行時間型質量分析計(orthogonal acceleration time-of-flight mass spectrometer)(Q-TOF Premier、Waters Co.、Milford、MA)によって分析された。質量分析計の元のエレクトロスプレーイオン源が除去された。質量分析計のサンプリングコーンは、スプレーエミッターのチップから13mm離れて軸に配置される。装置のイオン光学設定は最良の性能のために最適化され、実験中、一定に維持された。代謝物の識別はタンデムMSによって容易になった。15〜30eVの間に設定された衝突エネルギーで4×10-3mbar圧力下でアルゴン衝突ガス中でフラグメンテーション(fragmentation)がCADにより誘導された。
【0051】
[0057]LAESIを備えた三次元分子画像化
[0058]LAESI構成のすべての構成要素を所定位置に保持しつつ、試料表面を走査するように、三軸トランスレーションステージ(translation stage)は精度モーターアクチュエータ(LTA-HS,Newport corp、Irvine、CA)により位置決めされた。アクチュエータの移動距離は50mmであり、最小の移動の増分は0.1μmであった。したがって、分解能は、入射レーザビームの集束とアブレーションクレーターの寸法(直径約350μm)によって決定される。調査された領域の重複を回避するために、試料表面はX及びY方向に500μmのステップサイズで走査された。各座標において、生体組織の断面は6つのレーザパルスによって分析される一方、生成されるイオンは質量分析計で30秒間記録された。この設定のもと、12.5×10.5mm2の領域の三次元画像化は、約5時間の全分析時間を要した。将来の応用においては、レーザアブレーションのより高い繰り返し率と低減されたイオン収集時間とがこの分析時間を大きく短縮できる。トランスレーションステージを位置決めし、分析時間を対応するX−Y座標とレーザパルスに対して与えるために、ソフトウェア(LabView 8.0)が社内で書かれた。質量を選択されたイオンの出力されたデータセットは三次元分布に変換され、科学技術可視化パッケージ(Origin 7.0,、OriginLab Co.、Northampton、MA)により等高線図の画像において提示された。
【0052】
[0059]化学物質
[0060]氷酢酸(TraceSelect grade)、グラジエントグレード水(gradient grade water)及びメタノールがSigma Aldrichから得られ、そのままで使用された。テッポウユリ(Spathiphyllum Lynise)及びゼブラプラント(Aphelandra Squarrosa)は、約1年半の年齢で近くの花屋で購入された。植物は触ると適度に濡れる状態を維持するために、2日毎に約300mLの水道水で水をやっていた。肥料は実験で何も使用されなかった。温度と光条件は20〜25°Cで直射日光から守るよう日の当らないところに置かれた。
【0053】
[0061]上記の実施例は本発明の範囲から逸脱することなく変更することができ、実体的でない変更を行うことができることは、当業者には明らかである。したがって、本発明の範囲は、下記の特許請求の範囲及びその公平な均等物の範囲によって定められる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
例えば質量分析法によりサンプリングされた生体組織又は細胞の試料の三次元画像化のための方法であって、
前記生体組織の試料又は細胞に赤外LAESI質量分析法を行うステップを含み、
LAESI-MSは前記生体組織又は細胞の試料に対してLAESI-MS装置を直接的に使用して実行され、前記試料は従来の化学的/物理的な前処理を必要とせず、前記LAESI-MS装置は、グリッド上の複数点の横方向走査及び深さ方向走査のための又は前記生体組織もしくは細胞の試料上に規定される細胞パターンもしくは関心のある領域を追跡するための、及び、前記グリッド上の各点で複数のアブレーションを行うことによって各点の深さ方向分析をし又は前記細胞パターンもしくは関心のある領域を追跡するための、3D走査装置を備えており、前記アブレーションの各レーザパルスは前記生体組織又は細胞の試料について前のパルスより深い層を除去し、横方向走査と深さ方向分析の組み合わせによって三次元の分子分布画像化データが得られることを特徴とする方法。
【請求項2】
試料の三次元画像化を生成する大気イオン化方法であって、
i)試料を除去するために赤外レーザで前記試料を照射するステップと、
ii)前記試料の気相イオンを形成するためにこのアブレーションプルームをエレクトロスプレーで遮断するステップと、
iii)生成されたイオンを質量分析法を使用して分析するステップと
を含み、LAESI-MSは生体組織又は細胞の試料にLAESI-MS装置を直接使用して行われ、前記試料は、従来のMS前処理を必要とせず、大気圧下で行われ、前記LAESI-MS装置は、グリッド上の複数点の横方向走査及び深さ方向走査のための又は前記生体組織もしくは細胞の試料上に規定される細胞パターンもしくは関心のある領域を追跡するための、及び、前記グリッド上の各点で複数のアブレーションを行うことによって各点の深さ方向分析をし又は前記細胞パターンもしくは関心のある領域を追跡するための、走査装置を備えており、前記アブレーションの各レーザパルスは前記生体組織又は細胞の試料について前のパルスより深い層を除去し、横方向走査と深さ方向分析の組み合わせによって三次元の分子分布画像化データが得られることを特徴とする方法。
【請求項3】
LAESI-MSは前記試料内の目標分子からイオンを検出し、前記イオンは、薬剤、染料、爆薬もしくは爆薬残留物、麻薬、重合体、生体分子、化学兵器及びその特性、ペプチド、代謝物、脂質、オリゴ糖類、蛋白質及び他の生体分子、合成有機物、薬物、並びに有毒化学物質からなる群から選択されることを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
イオン生成を促進するため又は分析されたイオンにおいて反応を引き起こすために、ガス相における反応物質、試料の存在下又はエレクトロスプレーされた溶液中で、LAESI-MSが行われることを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項5】
異なるイオンの間の代謝関係を識別するべく前記異なるイオンの強度分布間の共分散の程度を測定するために、LAESI三次元画像化質量分析法によって生成される分子分布が空間において相互相関し、LAESI三次元画像化質量分析によって識別された組織内の代謝物の共局在性が、代謝経路内及び代謝経路間の関連の発見を助け得ることを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項6】
試料の三次元画像化のためのLAESI-MS装置であって、
i)アブレーションのために試料においてエネルギーを放射するパルス赤外レーザと、
ii)レンズ、ミラー又は先細の光ファイバに基づく集束光学素子と、
iii)荷電液滴のスプレーを生成するエレクトロスプレー装置と、
iv)生成されたイオンを捕獲するイオン移動吸気口を有する質量分析計と、
v)グリッド上の複数点の横方向走査及び深さ方向走査のための又は前記試料上に規定される細胞パターンもしくは関心のある領域を追跡するための、及び、前記グリッド上の各点での複数のアブレーションの実行を制御することによって各点の深さ方向分析をし又は前記細胞パターンもしくは関心のある領域を追跡するための、走査装置及びソフトウェアと
を備え、前記アブレーションの各レーザパルスは前記試料について前のパルスより深い層を除去し、横方向走査と深さ方向分析の組み合わせによって三次元の分子分布画像化データが得られ、前記ソフトウェアによりレンダリングされることを特徴とするLAESI-MS装置。
【請求項7】
さらにLAESI-MSが大気圧下で行われることを特徴とする請求項4に記載の装置。
【請求項8】
前記集束光学素子の作動距離を維持し各パルスのアブレーションの深さを記録しながら、レーザのエネルギー及び/又はレーザの波長を連続的に調整することによって、前記試料の水分量、引張強度及び表面上昇の分散を補正する、自動化されたフィードバック機構をさらに備えることを特徴とする請求項4又は5に記載の装置。
【請求項9】
LAESI-MSが前記試料内の目標分子からイオンを検出し、前記イオンは、薬剤、染料、爆薬又は爆薬残留物、麻薬、重合体、化学兵器及びその特性、ペプチド、代謝物、脂質、オリゴ糖類、蛋白質及び他の生体分子、合成有機物、薬物、並びに有毒化学物質を含むがこれらに限定されない群から選択されることを特徴とする請求項4又は5に記載の装置。
【請求項10】
質量分析法による試料の直接的な化学分析のための方法であって、
試料に赤外LAESI質量分析法を受けさせるステップを含み、
前記試料は、薬剤、染料、爆薬、麻薬、重合体、組織試料及び生体分子からなる群から選択され、LAESI-MSはLAESI-MS装置を試料に対して直接使用して行われ、前記試料は従来のMS前処理を必要とせず、大気圧下で行われることを特徴とする方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公表番号】特表2012−510062(P2012−510062A)
【公表日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−537736(P2011−537736)
【出願日】平成21年11月25日(2009.11.25)
【国際出願番号】PCT/US2009/065891
【国際公開番号】WO2010/068491
【国際公開日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【出願人】(592005010)ザ・ジョージ・ワシントン・ユニバーシティ (1)
【氏名又は名称原語表記】THE GEORGE WASHINGTONUNIVERSITY
【Fターム(参考)】