説明

赤外線光学フィルタおよびその製造方法

【課題】選択波長の設計の自由度が高く、且つ、フィルタ性能の向上を図れる赤外線光学フィルタおよびその製造方法を提供する。
【解決手段】赤外線透過材料(Si)からなる基板1と、基板1の一表面側で並設された複数のフィルタ部2,2とを備え、各フィルタ部2,2は、互いに屈折率が異なり且つ光学膜厚が等しい2種類の薄膜21b,21aが交互に積層された第1のλ/4多層膜21と、第1のλ/4多層膜21における基板1側とは反対側に形成され2種類の薄膜21a,21bが交互に積層された第2のλ/4多層膜22と、第1のλ/4多層膜21と第2のλ/4多層膜22との間に介在し所望の選択波長に応じて光学膜厚を各薄膜21a,21bの光学膜厚とは異ならせた波長選択層23,23とを備える。薄膜21bの低屈折率材料としてAlを採用し、薄膜21aの高屈折率材料としてGeを採用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外線光学フィルタおよびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、互いに屈折率が異なり且つ光学膜厚が等しい2種類の誘電体薄膜を交互に積層した誘電体多層膜からなる光学フィルタが知られている。ここに、誘電体膜の材料としては、TiO、SiO、Ta、Nb、Al、Si、ZrO、MgF、CaFなどが挙げられる。
【0003】
また、図9に示すように、入射光を選択的に透過させる複数種のフィルタ部2,2,2を有する光学フィルタ200を備えた固体撮像装置が提案されている(例えば、特許文献1参照)。ここにおいて、図9に示した構成の固体撮像装置は、n形半導体基板101の一表面側のp形半導体層102において、各フィルタ部2,2,2それぞれに対応する部位に、受光素子103,103,103が形成されており、光学フィルタ200の各フィルタ部2,2,2は、互いに選択波長が異なっている。なお、各フィルタ部2,2,2は、各受光素子103,103,103それぞれの受光面側(図9における上面側)に、光透過性の絶縁層104を介して形成されている。
【0004】
上述の光学フィルタ200の各フィルタ部2,2,2は、互いに屈折率が異なる誘電体材料により形成され且つ光学膜厚が等しい2種類の薄膜21a,21bが交互に積層された第1のλ/4多層膜21と、第1のλ/4多層膜21におけるn形半導体基板101側とは反対側に形成され上記2種類の薄膜21a,21bが交互に積層された第2のλ/4多層膜22と、第1のλ/4多層膜21と第2のλ/4多層膜22との間に介在し所望の選択波長に応じて光学膜厚を各薄膜21a,21bの光学膜厚とは異ならせた波長選択層23,23,23とで構成されている。なお、2種類の薄膜21a,21bの材料としては、相対的に屈折率の高い高屈折率材料として、TiOが採用され、相対的に屈折率の低い低屈折率材料として、SiOが採用されており、図9に示した例では、n形半導体基板101に最も近い薄膜21aが高屈折率材料により形成され、当該薄膜21a上の薄膜21bが低屈折率材料により形成されている。つまり、図9に示した例では、各フィルタ部2,2,2それぞれの最上層が、高屈折率材料により形成された薄膜21aとなっている。
【0005】
ここで、フィルタ部2,2,2の透過スペクトルについて図10(a),(b)に基づいて説明する。
【0006】
図10(a)の左側に示すように、屈折率の異なる2種類の薄膜21a,21bを周期的に積層した積層膜(厚み方向のみに屈折率周期構造を有する1次元フォトニック結晶)は、図10(a)の右側に示す透過スペクトルに示したように特定の波長帯の光のみを選択的に反射することが可能となるので、金属膜を利用した反射ミラーに比べて高反射率が要求される高反射ミラー(例えば、レーザ用の高反射ミラー)などに広く使用されている。この図10(a)の左側の構成では、各薄膜21a,21bの膜厚および積層数を適宜設定することにより、反射率と反射帯域幅とを調整することができ、反射帯域幅を広くするのは比較的容易であるが、特定の選択波長の光のみを透過させることは設計上難しい。
【0007】
これに対して、上述のフィルタ部2,2,2は、図10(b)の左側に示すように、屈折率周期構造の中に光学膜厚の異なる波長選択層23(23,23,23)を設けて屈折率周期構造に局所的な乱れを導入することにより、図10(b)の右側に示す透過スペクトルのように反射帯域の中に反射帯域幅に比べてスペクトル幅の狭い透過帯域を局在させることができ、波長選択層23の光学膜厚を適宜変化させることによって、当該透過帯域の透過ピーク波長を変化させることができる。なお、図10(b)の左側では、波長選択層23を当該波長選択層23に接する薄膜21aの波長選択層23側とは反対側の薄膜21bと同じ材料により形成した例を示してあり、当該波長選択層23の膜厚(物理膜厚)tを変化させることにより、図10(b)の右側の透過スペクトル中に矢印で示したように透過ピーク波長を変化させることができる。
【0008】
ここで、波長選択層23の光学膜厚を変調することによって透過ピーク波長の移動可能な範囲は、第1のλ/4多層膜21および第2のλ/4多層膜22の反射帯域幅に依存し、この反射帯域幅が広いほど透過ピーク波長の移動可能な範囲も広くなる。ここにおいて、上述の高屈折率材料の屈折率をn、低屈折率材料の屈折率をn、各薄膜21a、21bに共通する光学膜厚の4倍に相当する設定波長をλ、反射帯域幅をΔλとすれば、反射帯域幅Δλは、下記の式(1)を用いて近似的に求められることが知られている(参考文献:小檜山光信著,「光学薄膜フィルター」,株式会社オプトロニクス社,p.102−106)。
【0009】
【数1】

【0010】
この式(1)から、反射帯域幅Δλは、低屈折率材料および高屈折率材料それぞれの屈折率n,nに依存していることが分かり、当該反射帯域幅Δλを広くするには、屈折率比n/nの値を大きくすること、つまり、高屈折率材料と低屈折率材料との屈折率差を大きくすることが重要である。
【0011】
ここで、図9に示した固体撮像装置における光学フィルタ200は、可視光用のフィルタであり、高屈折率材料と低屈折率材料との組み合わせとして、可視光域において吸収がなく透明性の極めて高い酸化物の組み合わせのうち、最も屈折率差を大きくすることができるTiOとSiOとの組み合わせが代表例として例示されている。
【0012】
また、従来から、赤外線検出素子および赤外線光学フィルタを利用して各種ガスや炎のセンシングを行う技術が知られている(例えば、特許文献2,3,4)。
【0013】
ここにおいて、上記特許文献3には、面内の位置により異なる選択波長の赤外線を透過する赤外線光学フィルタとして、図11に示すように、赤外領域で透明な低屈折材料により形成された薄膜21bと赤外領域で透明な高屈折率材料により形成された薄膜21aとが交互に積層された積層構造の途中に、高屈折率材料により形成された波長選択層(スペーサ層)23’を有し、当該波長選択層23’の膜厚を面内方向(図11における左右方向)において連続的に変化させてある多波長選択フィルタが提案されている。なお、図11に示した構成の赤外線光学フィルタは、上記積層構造の下地となる基板1’としてSi基板を用い、対象ガスであるCOの吸収波長である4.25μmの赤外線と、各種ガスによる吸収のない参照光の波長として設定した3.8μmの赤外線とを互いに異なる位置で透過できるように、波長選択層23’の膜厚を面内方向において連続的に変化させてある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】国際公開第2005/069376号
【特許文献2】特開昭58−58441号公報
【特許文献3】特開2001−228086号公報
【特許文献4】特開平5−346994号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
ところで、図11に示した構成の赤外線光学フィルタは、波長選択層23’の膜厚を面内方向で連続的に変化させているが、製造時に再現性良く且つ安定性良く膜厚を変化させることが難しく、しかも、波長選択層23’の膜厚が連続的に変化していることにより、選択波長の赤外線に対する透過帯域の狭帯域化が難しく、フィルタ性能の低下の原因となってしまうので、赤外線検出素子を利用するガスセンサ、炎検知センサなどの高性能化および低コスト化が難しい。
【0016】
そこで、図9に示した構成の光学フィルタ200を用いることも考えられるが、高屈折率材料と低屈折率材料との両方とも酸化物であり、高屈折率材料としてTiO、低屈折率材料としてSiOを用いているので、赤外線領域において反射帯域幅Δλを広くとるのが難しい(つまり、透過ピーク波長の設定範囲を広くとるのが難しい)。
【0017】
ここで、フィルタ材料である高屈折率材料の屈折率nと低屈折率材料の屈折率nとの屈折率比n/nに対する反射帯域幅Δλの関係について、上記式(1)を用いて計算した結果を図12および図13に示す。図12および図13の横軸は、屈折率比n/nであり、図12の縦軸は、反射帯域幅Δλを設定波長λで規格化した値、図13の縦軸は、反射帯域幅Δλである。なお、図12および図13から、屈折率比n/nの増大に伴い、反射帯域幅Δλが増加しているが、これは入射した様々な波長の光の反射が増大するためである。
【0018】
高屈折率材料としてTiO、低屈折率材料としてSiOを用いた場合、TiOの屈折率が2.5、SiOの屈折率が1.5なので、屈折率比n/nが1.67であり、図12の「イ」に示した点から分かるように、反射帯域幅Δλは設定波長λの0.3倍となる。
【0019】
ところで、例えば住宅内などで発生する可能性のある各種ガスや炎を検知(センシング)するための特定波長は、CH(メタン)が3.3μm、SO(三酸化硫黄)が4.0μm、CO(二酸化炭素)が4.3μm、CO(一酸化炭素)が4.7μm、NO(一酸化窒素)が5.3μm、炎が4.3μmであり、ここに列挙した全ての特定波長を選択的に検知するためには、3.1μm〜5.5μm程度の赤外領域に反射帯域を有する必要があって、2.4μm以上の反射帯域幅Δλが必要不可欠である。
【0020】
ここにおいて、反射帯域は、図14に示すように入射光の波長の逆数である波数を横軸、透過率を縦軸とした透過スペクトル図において、1/λを中心として対称となる。したがって、それぞれ波数である1/3.1〔μm−1〕と1/5.5〔μm−1〕との平均値の逆数である4.0μmを設定波長λと仮定すると、高屈折率材料と低屈折率材料との組み合わせとして、TiOとSiOとの組み合わせを採用した赤外線光学フィルタでは、図12の「イ」に示した点から分かるように、反射帯域幅Δλが1.1μm程度にとどまってしまい、上述の全ての選択波長を設定することができない。
【0021】
また、赤外線光学フィルタの分野では、高屈折率材料と低屈折率材料との組み合わせとして、それぞれ赤外領域で透明なGeとZnSとの組み合わせが一般的であるが、Geの屈折率が4.0、ZnSの屈折率が2.3なので、屈折率比n/nが1.74であり、反射帯域幅Δλは1.5μm程度であり、この場合も、上述の全ての選択波長を設定することができない。なお、上記特許文献3には、高屈折率材料としてSiを採用することが記載されているが、この場合には、反射帯域幅Δλがさらに狭くなる。
【0022】
ところで、図9に示した構成の光学フィルタ200を赤外線光学フィルタとして用いるために、高屈折率材料としてGe、低屈折率材料としてZnSを採用することが考えられる。ここで、図9に示した構成の光学フィルタ200の製造方法においては、波長選択層23,23のパターン形成方法としてエッチングやリフトオフを利用した形成方法が例示されているが、赤外線光学フィルタとして用いるために、高屈折率材料としてGe、低屈折率材料としてZnSを採用した場合、GeとZnSとはいずれも半導体材料であり選択性の高いエッチングが難しく、一度成膜した2種類の薄膜21a,21bのうち波長選択層23,23をエッチングする際に露出する薄膜21aもしくは薄膜21bのいずれかの膜厚(物理膜厚)が薄くなり光学膜厚が薄くなってしまい、フィルタ性能が設計性能からずれてしまう。また、波長選択層23,23のパターン形成方法としてリフトオフを利用した形成方法では、レジストパターンを形成してから波長選択層23,23を成膜する必要があるので、波長選択層23,23の成膜方法や成膜条件が制限され、高品質の波長選択層23,23を得るのが難しく、フィルタ性能が低下してしまう。
【0023】
なお、赤外線光学フィルタにおいて、上述のように高屈折率材料と低屈折率材料との組み合わせとしてGeとZnSとの組み合わせが採用されている場合、表面にGeもしくはZnSからなる半導体材料により形成された薄膜が露出することとなり、空気中の水分や酸素などとの反応や不純物の吸着や付着などに起因して最上層の薄膜の物性が変化し、フィルタ性能が低下してしまうことも考えられる。このため、当該赤外線光学フィルタを、例えば、赤外線検出素子の受光面側に配置して用いる場合には、赤外線検出素子での赤外線検出感度が低下したり不安定になってしまうことも考えられる。また、最上層の薄膜が高屈折率材料であるGeにより形成されている場合、表面での反射成分が多くなり、フィルタ特性の高性能化が難しい。
【0024】
本発明は上記事由に鑑みて為されたものであり、その目的は、選択波長の設計の自由度が高く、且つ、フィルタ性能の向上を図れる赤外線光学フィルタおよびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0025】
請求項1の発明は、赤外線透過材料からなる基板と、基板の一表面側で並設された複数のフィルタ部とを備え、各フィルタ部は、互いに屈折率が異なり且つ光学膜厚が等しい2種類の薄膜を交互に積層された第1のλ/4多層膜と、第1のλ/4多層膜における基板側とは反対側に形成され前記2種類の薄膜を交互に積層された第2のλ/4多層膜と、第1のλ/4多層膜と第2のλ/4多層膜との間に介在し所望の選択波長に応じて光学膜厚を各薄膜の光学膜厚とは異ならせた波長選択層とを備え、第1のλ/4多層膜および第2のλ/4多層膜の低屈折率材料が酸化物であるとともに、高屈折率材料がGeからなる半導体材料であり、波長選択層の材料を第1のλ/4多層膜の上から2番目の薄膜の材料と同じ材料としてあることを特徴とする。
【0026】
この発明によれば、第1のλ/4多層膜および第2のλ/4多層膜の低屈折率材料が酸化物であるとともに、高屈折率材料がGeからなる半導体材料であることにより、低屈折率材料と高屈折率材料との両方が半導体材料である場合に比べて、高屈折率材料と低屈折率材料との屈折率差を大きくすることが可能となって、反射帯域幅を広くすることが可能となり、波長選択層の膜厚の設定により選択できる選択波長の範囲が広くなるから、選択波長の設計の自由度が高くなり、しかも、波長選択層の材料が第1のλ/4多層膜の上から2番目の薄膜の材料と同じ材料であるので、波長選択層をエッチングによりパターン形成する場合のエッチング選択比を大きくすることができ、当該パターン形成時に第1のλ/4多層膜の最上層の薄膜の光学膜厚が薄くなるのを防止でき、フィルタ性能の向上を図れる。
【0027】
請求項2の発明は、請求項1の発明において、前記第2のλ/4多層膜のうち前記基板から最も遠い前記薄膜が低屈折率材料により形成されてなることを特徴とする。
【0028】
この発明によれば、空気中の水分や酸素などとの反応や不純物の吸着や付着などに起因して前記各フィルタ部において前記基板から最も遠い前記薄膜の物性が変化するのを防止できてフィルタ性能の安定性が高くなるとともに、前記各フィルタ部の表面での反射を低減でき、フィルタ性能の向上を図れる。
【0029】
請求項3の発明は、請求項1または請求項2の発明において、前記低屈折率材料は、AlもしくはSiOからなることを特徴とする。
【0030】
この発明によれば、前記第1のλ/4多層膜および前記第2のλ/4多層膜の設定波長を4μmに設定することにより、3.1μm〜5.5μm程度の赤外領域に反射帯域を有するフィルタ性能を実現可能となる。
【0031】
請求項4の発明は、請求項1ないし請求項3の発明において、前記赤外線透過材料がSiであることを特徴とする。
【0032】
この発明によれば、前記赤外線透過材料がGeやZnSである場合に比べて低コスト化を図れる。
【0033】
請求項5の発明は、基板の一表面側に互いに屈折率が異なり且つ光学膜厚が等しい2種類の薄膜を交互に積層する基本工程の途中で、当該途中における積層膜の上から2番目の層と同じ材料からなる波長選択層であって各フィルタ部のうちの任意の1つのフィルタ部の選択波長に応じて光学膜厚を設定した波長選択層を前記積層膜上に成膜する波長選択層成膜工程と、波長選択層成膜工程にて成膜した波長選択層のうち前記任意の1つのフィルタ部に対応する部分以外の不要部分を前記積層膜の1番上の層をエッチングストッパ層としてエッチングする波長選択層パターニング工程とからなる波長選択層形成工程を少なくとも1回行うことを特徴とする。
【0034】
この発明によれば、選択波長の設計の自由度が高く、且つ、フィルタ性能の安定性が高い赤外線光学フィルタを提供できる。
【発明の効果】
【0035】
請求項1の発明は、選択波長の設計の自由度が高く、且つ、フィルタ性能の向上を図れるという効果がある。
【0036】
請求項5の発明は、選択波長の設計の自由度が高く、且つ、フィルタ性能の向上を図れる赤外線光学フィルタを提供できるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】実施形態の赤外線光学フィルタの概略断面図である。
【図2】同上の赤外線光学フィルタの反射帯域幅を説明するための屈折率周期構造の概略断面図である。
【図3】同上の屈折率周期構造の透過スペクトル図である。
【図4】同上の屈折率周期構造における低屈折率材料の屈折率と反射帯域幅との関係説明図である。
【図5】同上の赤外線光学フィルタのフィルタ部の基本構成を示す概略断面図である。
【図6】同上の基本構成の特性説明図である。
【図7】同上の基本構成の特性説明図である。
【図8】同上の赤外線光学フィルタの製造方法を説明するための主要工程断面図である。
【図9】従来の固体撮像装置の概略断面図である。
【図10】同上における光学フィルタの説明図である。
【図11】従来の赤外線光学フィルタの概略断面図である。
【図12】フィルタ材料の屈折率比と設定波長に対する反射帯域幅の比との関係説明図である。
【図13】フィルタ材料の屈折率比と反射帯域幅との関係説明図である。
【図14】設定波長と反射帯域との関係説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0038】
本実施形態の赤外線光学フィルタは、図1に示すように、赤外線透過材料からなる基板1と、基板1の一表面側で並設された複数(ここでは、2つ)のフィルタ部2,2とを備え、各フィルタ部2,2は、互いに屈折率が異なり且つ光学膜厚が等しい2種類の薄膜21b,21aが交互に積層された第1のλ/4多層膜21と、第1のλ/4多層膜21における基板1側とは反対側に形成され2種類の薄膜21a,21bが交互に積層された第2のλ/4多層膜22と、第1のλ/4多層膜21と第2のλ/4多層膜22との間に介在し所望の選択波長に応じて光学膜厚を各薄膜21a,21bの光学膜厚とは異ならせた波長選択層23,23とを備えている。なお、2種類の薄膜21a,21bについての光学膜厚のばらつきの許容範囲は±1%程度であり、当該光学膜厚のばらつきに応じて物理膜厚のばらつきの許容範囲も決まる。
【0039】
基板1の赤外線透過材料としては、Siを採用している(つまり、基板1としてSi基板を用いている)が、赤外線透過材料は、Siに限らず、例えば、GeやZnSなどを採用してもよい。なお、本実施形態では、フィルタ部2,2の平面形状を数mm□の正方形状とし、基板1の平面形状を長方形状の形状としてあるが、これらの平面形状や寸法は特に限定するものではない。
【0040】
ところで、本実施形態の赤外線光学フィルタは、第1のλ/4多層膜21および第2のλ/4多層膜22における低屈折率層である薄膜21bの材料(低屈折率材料)として酸化物の一種であるAlを採用し、高屈折率層である薄膜21aの材料(高屈折率材料)として半導体材料の一種であってSiに比べて屈折率の高いGeを採用しており、波長選択層23,23の材料を当該波長選択層23,23直下の第1のλ/4多層膜21の上から2番目の薄膜21b,21aの材料と同じ材料とし、第2のλ/4多層膜22のうち基板1から最も遠い薄膜21b,21bが上述の低屈折率材料により形成されている。ここで、低屈折率材料としては、Alに限らず、酸化物の一種であるSiOを採用してもよく、SiOの方がAlよりも屈折率が低いので、高屈折率材料と低屈折率材料との屈折率差を大きくできる。なお、上述の図12および図13中の「ロ」の点は高屈折率材料としてGe、低屈折率材料としてSiOを採用した場合のシミュレーション結果を示している。
【0041】
また、本実施形態では、波長選択層23,23の各光学膜厚を適宜設定することによって上述の各種ガスおよび炎の検出が可能となるように、第1のλ/4多層膜21および第2のλ/4多層膜22の設定波長λを4μmとしている。また、各薄膜21a,21bの物理膜厚は、高屈折率材料の屈折率をn、低屈折率材料の屈折率nとすると、それぞれλ/4n、λ/4nとなるように設定してある。具体的には、高屈折率材料がGe、低屈折率材料がAlの場合、n=4.0、n=1.7として、高屈折率材料により形成する薄膜21aの物理膜厚を250nmに設定し、低屈折率材料により形成する薄膜21bの物理膜厚を588nmに設定してある。
【0042】
ここで、図2に示すようにSi基板からなる基板1の一表面側に低屈折率材料からなる薄膜21bと高屈折率材料からなる薄膜21aとを交互に積層したλ/4多層膜の積層数を21とし、各薄膜21a,21bでの吸収がない(つまり、各薄膜21a,21bの消衰係数を0)と仮定して、設定波長λを4μmとした場合の透過スペクトルのシミュレーション結果を図3に示す。
【0043】
図3は、横軸が入射光(赤外線)の波長、縦軸が透過率であり、同図中の「イ」は高屈折率材料をGe(n=4.0)、低屈折率材料をAl(n=1.7)とした場合の透過スペクトルを、同図中の「ロ」は高屈折率材料をGe(n=4.0)、低屈折率材料をSiO(n=1.5)とした場合の透過スペクトルを、同図中の「ハ」は高屈折率材料をGe(n=4.0)、低屈折率材料をZnS(n=2.3)とした場合の透過スペクトルを、それぞれ示している。
【0044】
また、図4に、高屈折率材料をGeとして、低屈折率材料の屈折率を変化させた場合の反射帯域幅Δλをシミュレーションした結果を示す。なお、図4中の「イ」、「ロ」、「ハ」は、それぞれ図3中の「イ」、「ロ」、「ハ」の点に対応している。
【0045】
図3および図4から、高屈折率材料と低屈折率材料との屈折率差が大きくなるにつれて反射帯域幅Δλが増大することが分かり、高屈折率材料がGeの場合には、低屈折率材料としてAlもしくはSiOを採用することにより、少なくとも3.1μm〜5.5μmの赤外領域の反射帯域を確保できるとともに、反射帯域幅Δλを2.4μm以上とできることが分かる。
【0046】
次に、図5に示すように、第1のλ/4多層膜21の積層数を4、第2のλ/多層膜22の積層数を6として、薄膜21aの高屈折率材料をGe、薄膜21bの低屈折率材料をAl、第1のλ/4多層膜21と第2のλ/4多層膜22との間に介在させる波長選択層23の材料を低屈折率材料であるAlとし、当該波長選択層23の光学膜厚を0nm〜1600nmの範囲で種々変化させた場合の透過スペクトルについてシミュレーションした結果を図6および図7に示す。ここで、図5中の矢印A1は入射光、矢印A2は透過光、矢印A3は反射光をそれぞれ示している。また、波長選択層23の光学膜厚は、当該波長選択層23の材料の屈折率をn、当該波長選択層23の物理膜厚をdとすると、屈折率nと物理膜厚dとの積、つまり、ndで求められる。なお、このシミュレーションにおいても、各薄膜21a,21bでの吸収がない(つまり、各薄膜21a,21bの消衰係数を0)と仮定して、設定波長λを4μm、薄膜21aの物理膜厚を250nm、薄膜21bの物理膜厚を588nmとした。
【0047】
図6および図7から、第1のλ/4多層膜21および第2のλ/4多層膜22により、3μm〜6μmの赤外領域に反射帯域が形成されていることが分かるとともに、波長選択層23の光学膜厚ndを適宜設定することにより、3μm〜6μmの反射帯域の中に狭帯域の透過帯域が局在していることが分かる。具体的には、波長選択層23の光学膜厚ndを0nm〜1600nmの範囲で変化させることにより、透過ピーク波長を3.1μm〜5.5μmの範囲で連続的に変化させることが可能であることが分かる。より具体的には、波長選択層23の光学膜厚ndを、1390nm、0nm、95nm、235nm、495nmと変化させれば、透過ピーク波長がそれぞれ、3.3μm、4.0μm、4.3μm、4.7μm、5.3μmとなる。
【0048】
したがって、第1のλ/4多層膜21および第2のλ/4多層膜22の設計を変えることなく波長選択層23の光学膜厚の設計のみを適宜変えることにより、特定波長が3.3μmのCH、特定波長が4.0μmのSO、特定波長が4.3μmのCO、特定波長が4.7μmのCO、特定波長が5.3μmのNOなどの種々のガスや、特定波長が4.3μmの炎のセンシングが可能となる。なお、光学膜厚ndの0nm〜1600nmの範囲は、物理膜厚dの0nm〜941nmの範囲に相当する。また、波長選択層23の光学膜厚ndが0nmの場合、つまり、図5において波長選択層23がない場合の透過ピーク波長が4000nmとなるのは、第1のλ/4多層膜21および第2のλ/4多層膜22の設定波長λを4μm(4000nm)に設定しているからであり、第1のλ/4多層膜21および第2のλ/4多層膜22の設定波長λを適宜変化させることにより、波長選択層23がない場合の透過ピーク波長を変化させることができる。なお、波長選択層23の光学膜厚のばらつきの許容範囲は、±1%程度である。
【0049】
以下、本実施形態の赤外線光学フィルタの製造方法について図8を参照しながら説明する。
【0050】
まず、赤外線透過材料であるSiからなる基板1の一表面側の全面に、低屈折率材料であるAlからなる所定の物理膜厚(588nm)の薄膜21bと高屈折率材料であるGeからなる所定の物理膜厚(250nm)の薄膜21aとを交互に積層することで第1のλ/4多層膜21を形成する第1のλ/4多層膜形成工程を行い、続いて、基板1の上記一表面側(ここでは、第1のλ/4多層膜21の表面)側の全面に、第1のλ/4多層膜21の上から2番目に位置する薄膜21bと同じ材料(ここでは、低屈折率材料であるAl)からなり1つのフィルタ部2の選択波長に応じて光学膜厚を設定した波長選択層23を成膜する波長選択層成膜工程を行うことによって、図8(a)に示す構造を得る。なお、各薄膜21b,21aおよび波長選択層23の成膜方法としては、例えば、蒸着法やスパッタ法などを採用すれば2種類の薄膜21b,21aを連続的に成膜することができるが、低屈折率材料が上述のようにAlの場合には、イオンビームアシスト蒸着法を採用し、薄膜21bの成膜時に酸素イオンビームを照射するようにして薄膜21bの緻密性を高めることが好ましい。なお、低屈折率材料としては、SiOを採用してもよい。
【0051】
上述の波長選択層成膜工程の後、フィルタ部2に対応する部位のみを覆うレジスト層31をフォトリソグラフィ技術を利用して形成するレジスト層形成工程を行うことによって、図8(b)に示す構造を得る。
【0052】
その後、レジスト層31をマスクとし、第1のλ/4多層膜21の一番上の薄膜21aをエッチングストッパ層として波長選択層23の不要部分を選択的にエッチングする波長選択層パターニング工程を行うことによって、図8(c)に示す構造を得る。ここで、波長選択層パターニング工程では、上述のように低屈折率材料が酸化物(Al)、高屈折率材料が半導体材料(Ge)であれば、エッチング液としてフッ酸系溶液を用いたウェットエッチングを採用することにより、ドライエッチングを採用する場合に比べて、エッチング選択比の高いエッチングが可能となる。これは、AlやSiOのような酸化物はフッ酸系溶液に溶解しやすいのに対して、Geはフッ酸系溶液に非常に溶けにくいためである。一例を挙げれば、フッ酸系溶液としてフッ酸(HF)と純水(HO)との混合液からなる希フッ酸(例えば、フッ酸の濃度が2%の希フッ酸)を用いてウェットエッチングを行えば、Alのエッチングレートが300nm/min程度で、AlとGeとのエッチングレート比が500:1程度であり、エッチング選択比の高いエッチングを行うことができる。
【0053】
上述の波長選択層パターニング工程の後、レジスト層31を除去するレジスト層除去工程を行うことによって、図8(d)に示す構造を得る。
【0054】
上述のレジスト層除去工程の後、基板1の一表面側の全面に、高屈折率材料であるGeからなる所定の物理膜厚(250nm)の薄膜21aと低屈折率材料であるAlからなる所定の物理膜厚(588nm)の薄膜21bとを交互に積層することで第2のλ/4多層膜22を形成する第2のλ/4多層膜形成工程を行うことによって、図8(e)に示す構造の赤外線光学フィルタを得る。ここにおいて、第2のλ/4多層膜形成工程を行うことによって、フィルタ部2に対応する領域では、第1のλ/4多層膜21の最上層の薄膜21a上に直接、第2のλ/4多層膜22の最下層の薄膜21aが積層されることとなり、当該最上層の薄膜21aと当該最下層の薄膜21aとでフィルタ部2の波長選択層23を構成している。ただし、このフィルタ部2の透過スペクトルは、図7のシミュレーション結果では、光学膜厚ndが0nmの場合に相当する。なお、各薄膜21a,21bの成膜方法としては、例えば、蒸着法やスパッタ法などを採用すれば2種類の薄膜21a,21bを連続的に成膜することができるが、低屈折率材料が上述のようにAlの場合には、イオンビームアシスト蒸着法を採用し、薄膜21bの成膜時に酸素イオンビームを照射するようにして薄膜21bの緻密性を高めることが好ましい。なお、低屈折率材料としては、SiOを採用してもよい。
【0055】
要するに、本実施形態の赤外線光学フィルタの製造方法にあたっては、基板1の上記一表面側に互いに屈折率が異なり且つ光学膜厚が等しい2種類の薄膜21b,21aを交互に積層する基本工程の途中で、当該途中における積層膜(ここでは、第1のλ/4多層膜21)の上から2番目の層と同じ材料からなる波長選択層23(ここでは、i=1)であって複数のフィルタ部2,・・・,2(ここでは、m=2)うちの任意の1つのフィルタ部2(ここでは、i=1)の選択波長に応じて光学膜厚を設定した波長選択層23を上記積層膜上に成膜する波長選択層成膜工程と、波長選択層成膜工程にて成膜した波長選択層23のうち上記任意の1つのフィルタ部2に対応する部分以外の不要部分を上記積層膜の1番上の層をエッチングストッパ層としてエッチングする波長選択層パターニング工程とからなる波長選択層形成工程を1回行っており、複数のフィルタ部2,2が形成される。ここで、上述の基本工程の途中で、波長選択層形成工程を複数回行うようにすれば、より多くの選択波長を有する赤外線光学フィルタを製造することができ、上述の全てのガスをセンシングする赤外線光学フィルタを1チップで実現することもできる。
【0056】
以上説明した本実施形態の赤外線光学フィルタによれば、第1のλ/4多層膜21および第2のλ/4多層膜22の低屈折率材料が酸化物であるとともに、高屈折率材料がGeからなる半導体材料であることにより、低屈折率材料と高屈折率材料との両方が半導体材料である場合に比べて、高屈折率材料と低屈折率材料との屈折率差を大きくすることが可能となって、反射帯域幅Δλを広くすることが可能となり、波長選択層23,23の膜厚の設定により選択できる選択波長の範囲が広くなるから、選択波長の設計の自由度が高くなる。また、本実施形態の赤外線光学フィルタでは、波長選択層23,23の材料を第1のλ/4多層膜21の上から2番目の2番目の薄膜21b,21aの材料と同じ材料としてあるので、波長選択層23をエッチングによりパターン形成する場合のエッチング選択比を大きくすることができ、当該パターン形成時に第1のλ/4多層膜21の最上層の薄膜21a(図8(c)参照)の光学膜厚が薄くなるのを防止できて、フィルタ性能の向上を図れ、そのうえ、第2のλ/4多層膜22のうち基板1から最も遠い薄膜21b,21bが上述の低屈折率材料により形成されているので、空気中の水分や酸素などとの反応や不純物の吸着や付着などに起因して各フィルタ部において基板から最も遠い薄膜の物性が変化するのを防止できてフィルタ性能の安定性が高くなるとともに、各フィルタ部2,2の表面での反射を低減でき、フィルタ性能の向上を図れる。
【0057】
また、本実施形態の赤外線光学フィルタでは、高屈折率材料としてGeを採用し、低屈折率材料としてAlもしくはSiOを採用しているので、第1のλ/4多層膜21および第2のλ/4多層膜22の設定波長を4μmに設定することにより、3.1μm〜5.5μm程度の赤外領域に反射帯域を有するフィルタ性能を実現可能となる。
【0058】
また、本実施形態の赤外線光学フィルタでは、基板1の赤外線透過材料がSiであるので、赤外線透過材料がGeやZnSである場合に比べて低コスト化を図れる。
【符号の説明】
【0059】
1 基板
,2 フィルタ部
21 第1のλ/4多層膜
21a 薄膜
21b 薄膜
22 第2のλ/4多層膜
23,23 波長選択層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
赤外線透過材料からなる基板と、基板の一表面側で並設された複数のフィルタ部とを備え、各フィルタ部は、互いに屈折率が異なり且つ光学膜厚が等しい2種類の薄膜を交互に積層された第1のλ/4多層膜と、第1のλ/4多層膜における基板側とは反対側に形成され前記2種類の薄膜を交互に積層された第2のλ/4多層膜と、第1のλ/4多層膜と第2のλ/4多層膜との間に介在し所望の選択波長に応じて光学膜厚を各薄膜の光学膜厚とは異ならせた波長選択層とを備え、第1のλ/4多層膜および第2のλ/4多層膜の低屈折率材料が酸化物であるとともに、高屈折率材料がGeからなる半導体材料であり、波長選択層の材料を第1のλ/4多層膜の上から2番目の薄膜の材料と同じ材料としてあることを特徴とする赤外線光学フィルタ。
【請求項2】
前記第2のλ/4多層膜のうち前記基板から最も遠い前記薄膜が低屈折率材料により形成されてなることを特徴とする請求項1記載の赤外線光学フィルタ。
【請求項3】
前記低屈折率材料は、AlもしくはSiOからなるとを特徴とする請求項1または請求項2記載の赤外線光学フィルタ。
【請求項4】
前記赤外線透過材料がSiであることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の赤外線光学フィルタ。
【請求項5】
基板の一表面側に互いに屈折率が異なり且つ光学膜厚が等しい2種類の薄膜を交互に積層する基本工程の途中で、当該途中における積層膜の上から2番目の層と同じ材料からなる波長選択層であって各フィルタ部のうちの任意の1つのフィルタ部の選択波長に応じて光学膜厚を設定した波長選択層を前記積層膜上に成膜する波長選択層成膜工程と、波長選択層成膜工程にて成膜した波長選択層のうち前記任意の1つのフィルタ部に対応する部分以外の不要部分を前記積層膜の1番上の層をエッチングストッパ層としてエッチングする波長選択層パターニング工程とからなる波長選択層形成工程を少なくとも1回行うことを特徴とする赤外線光学フィルタの製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate


【公開番号】特開2010−186147(P2010−186147A)
【公開日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−31638(P2009−31638)
【出願日】平成21年2月13日(2009.2.13)
【出願人】(000005832)パナソニック電工株式会社 (17,916)
【Fターム(参考)】