説明

赤外線反射能を有する樹脂及び成形品

【課題】赤外線吸収剤と赤外線反射剤とを添加し、赤外線による偵察機器による偵察で容易に検出されず、カムフラージュ性能も備えた樹脂および成形品を提供する
【解決手段】赤外線吸収剤と赤外線反射剤とを添加し、(1)波長域600〜680nmが3〜15%、(2)波長域681〜720nmが5〜20%、(3)波長域 721〜760nmが10〜30%、(4)波長域761〜780nmが15〜35%、(5)波長域1000〜1200nmが35〜55%のそれぞれ対応する反射率を有する赤外線反射能を有する樹脂および成形品とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外線による偵察に対し、偽装性能(カムフラージュ性能)に優れた赤外線反射能を有する樹脂及び成形品に関する。
【背景技術】
【0002】
戦場で着用される衣服や様々な機器を被うカバー用の布帛類には、周囲の環境や物体との見分けがつきにくい迷彩色のものが用いられている。このような布帛は、肉眼においては周囲の環境や物体との見分けがつきにくいものである。しかしながら、近年では赤外線を用いた偵察が行われており、単に迷彩色に着色しただけの布帛であると、赤外線写真で撮影したり、赤外フィルター等を用いて観察すると、簡単に周囲の物体との見分けがつくという問題があった。
【0003】
そこで、本件発明者の今川らは、赤外線を用いた偵察方法においてもカムフラージュ性能を有する布帛として、例えば、下記特許文献1において、特定の赤外波長域において特定の赤外線反射率を有する布帛を提案している。近年ではさらに、布帛に付随するボタンやフック、バックル等の留め具類等の種々の成形品においても、赤外線による偵察機器に対してカムフラージュ性能を有するものが求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3088264号公報
【特許文献2】特開平11−302549号公報
【特許文献3】特許第3779688号公報
【特許文献4】特許第3779693号公報
【0005】
反射率は、そのものの表面の滑らかさや凹凸の状態によって変化する値であり、布帛において繊維表面が形成する微細な凹凸や積層した繊維の各単糸表面が反射面となることにより特定の赤外線波長域を満足させることができる。しかしながら、その繊維を形成する樹脂そのものやその樹脂を用いて成型品を得たとしても、これらの樹脂や成型品においては、通常は表面が滑らかであり、樹脂中に反射面が無いため、上記特許文献1で示すような特定の赤外線波長域における反射率を満足させることは困難であった。
【0006】
また、例えば、赤外線反射組成物として、樹脂組成物中の着色成分としてのカーボンブラックが0.1重量%以下で、赤外線吸収の少ない赤外線反射特性を有する顔料及び/又は染料を含有する組成物が、上記特許文献2にて提案されている。
【0007】
しかしながら、この組成物は赤外線反射機能に優れながら明度の高い色から明度の低い色まで、発色可能範囲が広く意匠性の自由度に優れた赤外線反射組成物とすることを目的とするものであり、特定の赤外波長域において特定の赤外線反射率を有する組成物ではなく、カムフラージュ性能を有していないものであった。
【0008】
そこで、上記のような問題点を解決し、肉眼において周囲の環境や物体との見分けがつきにくく、赤外線による偵察機器においてもカムフラージュ性能を有する赤外線吸収樹脂及び成形品を、本件出願人は、上記特許文献3、特許文献4において提案している。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記特許文献3、特許文献4にて提案したカムフラージュ性能を有する赤外線吸収樹脂及び成形品は、他にも複数のバリエーションを加えることで、多種多彩な赤外線吸収樹脂及び成形品を提供することができ、適用用途も拡がることが期待されるほか、その要求も高まっている。
そこで、本発明は、上記実情に鑑み、肉眼において周囲の環境や物体との見分けがつきにくく、赤外線による偵察機器においてもカムフラージュ性能を有する赤外線反射能を有する樹脂及び成形品をさらに提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明は、赤外線吸収剤と赤外線反射剤とを添加した赤外線反射能を有する樹脂であって、下記(1)〜(5)に示すような波長域における反射率を有することを特徴とする。
(1)波長域 600〜680nm 3〜15%
(2)波長域 681〜720nm 5〜20%
(3)波長域 721〜760nm 10〜30%
(4)波長域 761〜780nm 15〜35%
(5)波長域1000〜1200nm 35〜55%
【0011】
そして、本発明はまた、上記赤外線反射能を有する樹脂を溶融成形することによって得られる成形品である。
【0012】
なお、本発明における赤外線反射能を有する樹脂の反射率は以下のようにして測定するものである。
すなわち、樹脂を幅50mm、長さ90mm、厚さ3mmのプレートとし、島津製作所製自記分光光度計UV−3100を用いて赤外線反射率を測定すればよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明では、上述したとおり、赤外線吸収剤と赤外線反射剤とを添加して、上記(1)〜(5)に示すような波長域における反射率の赤外線反射能を有する樹脂とし、また、これを溶融成形することによって成形品を得たので、肉眼において周囲の環境や物体との見分けがつきにくく、赤外線による偵察機器を用いた偵察にも検出されにくいカムフラージュ性能を有し、また、カムフラージュ性能の耐久性にも優れた赤外線反射能を有する樹脂及び成形品をさらに提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施例1〜3及び比較例1〜3で得られた成形品の赤外線反射率を示すグラフであって、赤外線吸収剤、赤外線反射剤の影響をそれぞれ定量的に説明するグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
まず、本発明について詳細に説明する。
【0016】
本発明に係る赤外線反射能を有する樹脂は、(1)〜(5)に示すような波長域における反射率を有するものである。(1)〜(4)に示すような反射率を有することによって、主に、すなわち肉眼において周囲の環境や物体との見分けが付きにくく、(5)に示すような反射率とすることによって、赤外線を用いた偵察機器においても検出されにくいという、カムフラージュ性能を有するものとなる。
【0017】
まず、肉眼において周囲の環境や物体との見分けがつきにくいものとするためには、(1)〜(4)に示すような反射率を有するものとすることが必要である。(1)〜(4)の反射率のものとするには、樹脂中に赤外線反射剤を含有させ、着色することによって可能となり、使用する周囲の環境や物体と類似した色に着色して、反射率をコントロールする。例えば、森林や草地で使用する場合はカーキ色や緑色、枯れ木や土、岩の多い環境で使用する場合は茶色や濃茶色等に着色することが好ましい。
【0018】
このような、肉眼において周囲の環境や物体と見分けがつきにくいものとするためには、マンセル表色系(JIS Z 8721 準拠 標準色票)であらわした色相(H)、明度(V)、彩度(C)が以下の値を満足するようにすることが好ましい。
H=5.5±1.5GY
V=3.3±0.3
C=3.0±0.5
【0019】
このような色に着色する方法は特に限定されるものではなく、溶融成形時に顔料や染料を添加したり、樹脂や成形品を染料で染色する方法等がある。
特に、着色の耐久性を考慮すると、染料を添加する方法が好ましい。これらの染料としては、金属錯塩染料、ペリノン系染料、アンスラキノン系染料等が挙げられる。
【0020】
次に、赤外線を用いた偵察機器においても検出されにくいというカムフラージュ性能を有するものとするためには、(5)に示すような近赤外光線による赤外線反射率を有するものとすることが必要である。このような反射率とすることによって、周囲の環境や物体の赤外線反射率に近い反射率を有するものとなる。さらに、樹脂や成形品を使用する周囲の環境によって、(5)に示す赤外線反射率の範囲の中でも、さらに適当な反射率の範囲を選択することが好ましい。
【0021】
そして、(5)に示すような赤外線反射率とするには、樹脂中に赤外線吸収剤と赤外線反射剤の両者のバランスを取りつつ混合する。
すなわち、下記に示す赤外線吸収剤のみまたは赤外線反射剤のみでは、直径が10〜数十μmの繊維の集合体である布帛等においては問題ないのであるが、成型品等の樹脂中では赤外線の反射が小さくなりすぎるという不都合がある。
【0022】
これは、繊維集合体においては各単繊維の界面(表面)が微細な凹凸や内部反射面となるため、光線の反射面となり反射率が高くなるが、樹脂においては、通常の成型品の場合、表面も内部も均一となるため反射面とならず、反射率が低くなるものである。このため、樹脂においては樹脂中に赤外線を反射する物質を含有させることが必要となる場合がある。このように赤外線反射剤を加えることで、1000nm以上の波長域の反射率を35%以上とすることが可能となる。
なお、赤外線反射剤を添加することによって1000〜1200nm付近の反射率が55%を上回る場合も生じるので、このような場合は、赤外線吸収剤を添加することによって1000〜1200nm付近の反射率を55%以下に抑える。すなわち、赤外線吸収剤と赤外線反射剤の両者のバランスをとることによって、1000〜1200nmの反射率を35〜55%とする。
【0023】
そして、本発明の成形品は、赤外線吸収剤と赤外線反射剤を適切に混合した樹脂を溶融成形して得られるものとする。これによって、成型品の表面に赤外線吸収剤や赤外線反射剤を塗布したものとは異なり、両成分が成形品表面から脱落することがないので、カムフラージュ性能が耐久性を有するものとなる。
【0024】
本発明に用いる赤外線吸収剤としては、特に限定されるものではなく、カーボンブラック、チタンブラック、炭化ジルコニウム等があるが、特定の波長における反射率をコントロールしやすいものとして、フタロシアニン化合物を含有したものが好ましく、例えば、ZENECA社製の900NP、925NPが挙げられる。
【0025】
赤外線反射剤としては、特に限定されるものではないが、酸化チタン、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、硫酸バリウム等が挙げられる。中でも赤外線吸収剤と併用すると1180nm以上の反射率を選択的に上げるものとして酸化チタンが特に好ましい。
【0026】
このような赤外線吸収剤は、チップの段階で混合し、樹脂の内部に均一に分散させることが好ましく、混合量は特に限定されるものではないが、0.003〜0.1質量%とすることが好ましい。この混合量が0.1質量%を超えると、赤外線反射率が低くなりすぎるため好ましくない。
【0027】
赤外線反射剤は樹脂の重合時に添加しても、また、チップの段階で混合してもかまわないが、樹脂の内部に均一に分散させるようにすることが好ましい。混合量は特に限定されるものではなく、以下に述べるような樹脂の種類及び反射剤の種類により適宜選択すればよいが、例えば、ナイロン6の場合、2〜10質量%、さらには4〜8質量%とすることが好ましい。混合量が多すぎると成型品としたときの強度が不足することがある。
【0028】
本発明の原材料となる樹脂としては、溶融成形可能なものであれば特に限定するものではないが、ポリアミド、ポリエステル、ポリアセタール、ポリオレフィン等の重合体が好適であり、具体的には、ナイロン6、ナイロン66、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリオキシメチレン、ポリプロピレン、ポリエチレン等が挙げられる。中でも、樹脂や成型品表面の割れ等が生じにくいという点での耐久性、耐寒性に優れるものとしては、ナイロン6が好ましい。
【0029】
また、これらの重合体の性質を本質的に変化させない範囲で、第3成分を共重合したり、混合したものでもよく、さらに、赤外線吸収剤、赤外線反射剤以外に制電性、耐光性、耐熱性等を付与する添加剤を少量含有していてもよい。
【0030】
そして、本発明の成型品は上記の樹脂を溶融成型して得られるものであるが、その方法としては特に限定されるものではなく、一般的な射出成型法、押し出し成型法、溶融紡糸法等を採用すればよい。すなわち、本発明の成型品は、布帛に付随するボタンやフック、バックル等の留め具類等のみならず、布帛の一部に用いられる糸(縫い糸、ミシン糸、モノフィラメント)や面ファスナー等の様々な成型品を挙げることができる。
【0031】
次に、本発明に係る成型品の製法例について説明する。
溶融成型可能な樹脂としてナイロン6を用い、赤外線吸収剤としてフタロシアニン化合物を用い、赤外線反射剤として酸化チタンを用い、赤外線吸収剤を0.003〜0.1質量%、赤外線反射剤を2〜10質量%混合する。さらに、ナイロン6チップに原着用染料を添加し、250〜280℃で溶融した後、通常の射出成形装置を用いて射出成形する。このとき、原着用染料の種類や濃度をコントロールして、(1)〜(4)に示すような反射率を有するようにし、赤外線吸収剤と赤外線反射剤の種類や濃度をコントロールして、(5)に示すような反射率を有するようにする。
【実施例】
【0032】
次に、実施例により本発明を具体的に説明する。
なお、実施例における測定及び評価は次のとおりに行った。
(A)赤外線反射率
前記の方法で行った。
(B)耐久性
〔耐光堅牢度〕
JIS K 7012に準じ、JIS B 7753に定めた試験機を用い、得られた成型品を20時間処理した。処理後の成型品について(A)の方法で赤外線反射率を測定し、処理前の反射率と比較し、次の基準で評価した。
○ 処理前に満足していた波長域における反射率をすべて満足している。
× 処理前に満足していた波長域のうち、1つ以上の波長域における反射率を満足していない。
〔摩擦堅牢度〕
JIS K 7204に準じ、磨耗輪で1000回転の摩耗を行い、JIS L 0849による汚染用グレースケールの評価法で5段階に評価した。(5を最良とする)
【0033】
実施例1〜3、比較例1〜3
相対粘度(96%硫酸を溶媒とし、濃度1g/dl、温度25℃で測定した)2.50のナイロン6に、原着染料、赤外線吸収剤としてフタロシアニン化合物(ZENECA社製の925NP)、赤外線反射剤として酸化チタン(チタン工業社製のKA−90F)を表1に示す割合となるように、溶融混練してマスターチップを製造し、このチップを、射出成形機を使用して溶融温度260℃とし、室温の金型内に射出し、幅50mm、長さ90mm、厚さ3mmの成形プレートを得た。
なお、原着染料の組成及び添加量は次の通りである。
カヤノール グリーン 5GW (日本化薬社製) 0.12質量%
カヤノール イエロー O (日本化薬社製) 0.08質量%
カヤラックス ブラウン GL (日本化薬社製) 0.16質量%
オリーブ S2GL (千葉ガイキ社製)0.25質量%
【0034】
実施例1〜3、比較例1〜3で得られた成形プレート(成型品)の耐久性の評価結果及びマンセル表色系による色相(H)、明度(V)、彩度(C)の値を表1に示し、得られた成形プレートの赤外線反射率を分布させたグラフ(横軸:波長[nm]、縦軸:反射率[%]を図1に示す。
【0035】
【表1】

【0036】
表1及び図1より明らかなように、実施例1〜3で得られた成形プレートは、(1)〜(5)の波長域における赤外線反射率を全て満足しており、この成型品は、森林や草地において、肉眼では周囲のものとの見分けがつきにくく、赤外線による偵察機器による偵察でも検出されにくく、カムフラージュ性能を有するものであった。また、このカムフラージュ性能は、耐光、摩擦の各種堅牢度に優れ、良好な耐久性を有していた。
一方、比較例1で得られた成形プレートは、赤外線吸収剤、赤外線反射剤、原着染料の全てを含有していなかったため、(1)〜(5)の波長域における赤外線反射率を満足せず、肉眼においても、また赤外線偵察機においても、カムフラージュ性能を有していなかった。
比較例2で得られた成形プレートは、赤外線吸収剤、赤外線反射剤ともに含有していなかったため、(5)の波長域における赤外線反射率を満足せず、赤外線による偵察機器による偵察では容易に検出され、カムフラージュ性能を有していなかった。
比較例3で得られた成形プレートは、赤外線吸収剤、赤外線反射剤をいずれも含有しているが両者のバランスが悪く、(5)の波長域における赤外線反射率を満足せず、赤外線による偵察機器による偵察では容易に検出され、カムフラージュ性能を有していなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
赤外線吸収剤と赤外線反射剤とを添加した樹脂であって、下記(1)〜(5)に示すような波長域における反射率を有することを特徴とする赤外線反射能を有する樹脂。
(1)波長域 600〜680nm 3〜15%
(2)波長域 681〜720nm 5〜20%
(3)波長域 721〜760nm 10〜30%
(4)波長域 761〜780nm 15〜35%
(5)波長域1000〜1200nm 35〜55%
【請求項2】
請求項1に記載の赤外線反射能を有する樹脂を溶融成形することによって得られる成形品。

【図1】
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【公開番号】特開2011−57740(P2011−57740A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−205544(P2009−205544)
【出願日】平成21年9月7日(2009.9.7)
【出願人】(390025531)三信製織株式会社 (5)
【Fターム(参考)】