説明

赤外線吸収インキ

【課題】耐光性が改善され、バリエーションに富んだ色彩を備える赤外線吸収インキを提供する。
【解決手段】アンチモンドープ酸化錫を含む顔料と、有機化合物からなる色彩染料と、ビヒクルとからなり、顔料の平均粒径は0.01μm以上100μm以下の範囲にあり、かつ、前記色彩染料の色彩はHSB色彩系において、0≦H<360°、S≧55%、B≧85%を満たす範囲にあることを特徴とし、バリエーションに富んだ色彩の染料を使用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐光性を有する赤外線吸収インキに関する。
【背景技術】
【0002】
紙幣や有価証券等には、偽造防止を目的として赤外線吸収インキを使用した印刷が施されている。
【0003】
赤外線吸収インキは、インキを構成する色素として赤外線吸収性の色素を含んでいる。赤外線吸収性の色素としては、無機色素のカーボンブラックや赤外領域に吸収を持つ有機系色素が一般的に用いられている。一方、有機系色素としては、例えばポリメチレン系、フタロシアニン系、ジチオール金属錯塩、ナフトキノン系、アントラキノン系、インドールフェノール系、アゾ系、トリアリルメタン系等の化合物を挙げることができる。
【0004】
有機系色素を含む赤外線吸収インキは、多彩な色調を持った赤外線吸収インキを調合することができるが、インキの耐光性が弱いという問題が指摘されている。カーボンブラックを用いた赤外線吸収インキの耐光性は、有機色素を含有した赤外線吸収インキより優れているものの、カーボンブラックが濃い暗色系の色調を有する顔料であるためインキの色調が黒色系や暗グレーに限定され、明度の低いものになってしまう。
【0005】
通常のインキにおいて、紫外線によるインキ成分の分解を阻止することにより、耐光性を改善することが行われている。紫外線への耐久度を向上させる成分として、様々な有機化合物が知られているが、例えば、特許文献1は、ベンゾトリアゾール系、ベンゾフェノン系、サリチル酸系、シアノアクリレート系、ヒンダードフェノール系、トリアジン系の紫外線吸収剤を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−070190号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、紫外線吸収剤だけでは、有機色素を含有した赤外線吸収インキの耐光性は十分に改善されていないのが現状である。したがって、より耐光性が高く、かつ明度の高い赤外線吸収インキが求められている。
【0008】
本発明者らは、有機色素を含有した赤外線吸収インキの耐光性の改善について、鋭意研究した結果、アンチモンドープ酸化錫が有機色素の耐光性に影響を与えることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、明度が高く、耐光性が改善された赤外線吸収インキを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の赤外線吸収インキは、アンチモンドープ酸化錫を含む顔料と、有機化合物からなる色彩染料と、ビヒクルとからなり、顔料の平均粒径は0.01μm以上100μm以下の範囲にあり、かつ、前記色彩染料の色彩はHSB色彩系において、0≦H<360°、S≧55%、B≧85%を満たす範囲にあることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明の赤外線吸収インキは、HSB色彩系の色相をほぼカバーでき、さらに彩度、明度が高いので、様々な色の顔料と組み合わせてバリエーションに富んだ色彩を呈する赤外線吸収インキを得ることが可能となる。
また、明度が高いため、淡色系の赤外線吸収インキを得ることが可能である。すなわち、これまでカーボンブラックでは実現できなかった淡い色彩の赤外線吸収インキを作成することができ、デザイン性に富んだ紙幣や有価証券等を赤外線吸収インキで印刷することが可能になる。
さらに、パール顔料、蛍光顔料、蓄光顔料等の偽造防止に用いられる特殊顔料と組み合わせて使用しても、特殊顔料の効果を損なうことがないため、2つ以上の偽造防止効果を併せ持つ偽造防止用のインキとすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】耐光性インキの上質紙印刷物の耐光性試験の結果を表すグラフである。
【図2】耐光性インキのコート紙印刷物の耐光性試験の結果を表すグラフである。
【図3】耐光性インキのOCR紙印刷物の耐光性試験の結果を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
本発明の赤外線吸収インキは、アンチモンドープ酸化錫を含む顔料と、有機化合物からなる色彩染料と、ビヒクルとからなり、顔料の平均粒径は0.01μm以上100μm以下の範囲にあり、かつ、前記色彩染料の色彩はHSB色彩系において、0≦H<360°、S≧55%、B≧85%を満たす範囲にある。HSB色彩系のカラーモデルは、コンピュター等のカラー表示に使用されているカラーモデルであり、色相(Hue)、彩度(Saturation)、明度(Brightness)を意味する。Hは、色相環上で赤を基準として、反時計回りに0〜360°の範囲で指定される。アンチモンドープ酸化錫の平均粒径は0.01μm以上100μm以下の範囲にある場合、すべての色相の染料を用いることができる。Sは0〜100%の範囲で指定される。彩度の数値が大きくなるほど色の鮮やかさが増す。Bは0〜100%の範囲で指定される。明度の数値が大きくなるにつれ、明るい色になる。アンチモンドープ酸化錫の平均粒径は0.01μm以上100μm以下の範囲にある場合、彩度及び明度の高い染料を用いることができる。
【0013】
アンチモンドープ酸化錫の平均粒径は、0.01μm以上100μm以下の範囲にあることが重要である。平均粒径が0.01μm未満の場合、赤外線吸収性の低下、凝集等の問題が生じ、100μmを超えると印刷に支障が生ずる。好ましくは、グラビア印刷用インキやフレキソ印刷用インキでは30μm以下、オフセット印刷用インキでは3μm以下、シルク印刷用インキでは100μm以下とする。また、前述したように、0.01μm以上100μm以下の範囲とすることで、HSB色彩系において、0≦H<360°、S≧55%、B≧85%を満たす範囲にある色彩染料を用いてバラエティに富んだ色を調合することが可能となる。
【0014】
アンチモンドープ酸化錫は、酸化錫と酸化アンチモンの焼成により得ることができる。すなわち、酸化錫、酸化アンチモンを水と混合した後、乾燥し、焼成することでアンチモンドープ酸化錫の粉体が得られる。そして、得られた粉体を粉砕して平均粒度を調整する。
【0015】
酸化錫と酸化アンチモンの配合比は、アンチモンドープ酸化錫に含まれるアンチモンのモル比で0.02以上0.23以下の範囲である。
アンチモンの配合比率は、モル比で0.23を超えるとアンチモンドープ酸化錫の明度が低くなり、0.02より少なくするとアンチモンドープ酸化錫の赤外線吸収性が悪くなるため好ましくない。明度と赤外線吸収性のバランスの良い顔料とするため、好ましくは、配合比率を0.01以上0.15以下の範囲とする。
【0016】
アンチモンドープ酸化錫は、例えば、配合比0.02以上0.23以下の酸化錫と酸化アンチモンとを水に混合し、得られた混合物を約200℃で乾燥させた後、約1300℃で約5時間焼成して得ることができる。
【0017】
得られたアンチモンドープ酸化錫は、平均粒径が大きく、粒径のばらつきも大きく、ややグレーがかった色に着色している。したがって、様々な色を有する赤外線吸収インキのベースとなるインキ(以下、ベースインキという。)が暗色系を呈することになる。濃い暗色系の赤外線吸収インキを調合する場合には問題とならないが、明色系の赤外線吸収インキとするためには問題がある。特に、淡色系の赤外線吸収インキとすることはほとんど無理である。仮に、ベースインキの色調を明るくするため、酸化チタン、酸化亜鉛等の白い顔料を添加した場合には、赤外線吸収性が阻害されることになるので好ましくない。
【0018】
この様にして得られたアンチモンドープ酸化錫を、例えば、ボールミルを用いて粉砕し粒径を0.1μm以上100μm以下に整える。
【0019】
前述したように、平均粒度が0.01μmより小さいと赤外線が透過してしまうので、赤外線吸収性が低下するため好ましくなく、100μmを超えるとベースインキが次第にグレー色を帯びるので好ましくない。なお、平均粒度の測定は、レーザー回析・散乱法によって行えばよい。
【0020】
色彩染料は、合成染料から選ばれるほとんどの色相、すなわちHSB系のカラーモデルで0≦H<360°の染料を用いることができる。さらに、アンチモンドープ酸化錫の明度が高いので、彩度と色彩はHSB色彩系の、S≧55%、B≧85%の染料を用いることができる。ほとんどの色相、高い彩度と高い色彩の色彩染料を使用できることが本発明の赤外線吸収インキの特徴である。
【0021】
また、合成染料に加え、蛍光インキやパールインキ等の機能性インキをさらに加えてもよい。
【0022】
ビヒクルは、特に限定されるものではなく、インキ組成物として通常用いられる以下に述べる樹脂及び溶剤を用いることができる。
樹脂は透明な単一の分子重合樹脂あるいは共重合樹脂である熱可塑性樹脂や熱硬化性樹脂を用いることができ、例えば、ポリスチレン系樹脂、ポリエステル系樹脂、アクリル系樹脂、シリコーン樹脂、フッ素樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリビニルアルコール系樹脂、ポリウレタン系樹脂、ポリオレフィン系樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリスルホン樹脂、ポリエステル樹脂、塩化ビニル−酢酸ビニル共重合樹脂を例示することができる。これらの樹脂は単独あるいは混合して用いてもよい。
【0023】
溶剤にはトルエン、キシレン、シクロヘキサノン、メチルエチルケトン、酢酸エチル等の有機溶媒を用いることができるが、これらに限定されるものではない。
【0024】
本発明の赤外線吸収インキには、アンチモンドープ酸化錫を含む顔料と、有機化合物からなる色彩染料と、ビヒクルに加え、メジウムが加えられていてもよい。メジウムは、一般的に用いられるキシレン、メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノン等から適宜選択して用いればよい。なお、メジウムは、赤外線吸収インキの印刷適正に応じて添加されるもので、印刷方法等の印刷条件に応じた量を使用すればよい。
以下、実施例に従って本発明をさらに説明する。
【実施例1】
【0025】
錫とアンチモンの組成比(重量比)が、95:5のアンチモンドープ酸化錫を粉砕し、平均粒径を0.7μm程度に調整した。得られたアンチモンドープ酸化錫の粒度分布は、0.289〜7.778μmであった。なお、粒度分布は、レーザー回析・散乱法により、マイクロトラック粒度分析装置(Microtrac 9.0L MT3000 日機装株式会社製)で測定した。
【0026】
粒度の揃ったアンチモンドープ酸化錫を用い、以下に示す組成のインキを作成した。
樹脂:ポリエステル樹脂 50重量部
顔料:組成比(Sn:Sb=95:5)
平均粒径 0.7μm 15重量部
色彩染料:(H=43°、S=100%、B=100%) 20重量部
その他: 15重量部
【0027】
対照とするインキの組成を以下に示す
樹脂:ポリエステル樹脂 50重量部
色彩染料:(H=43°、S=100%、B=100%) 20重量部
その他: 15重量部
【0028】
得られたインキを用いて、上質紙、コート紙、OCR紙の3種類の紙にオフセット印刷し、アトラスウエザオメータを用い、BPT温度センサー63℃、槽内空気温度センサー40℃、相対湿度90%の条件下、光を連続して12、24、48、96時間照射した後の色彩値を測定した。測定値を表1に、照射前の色彩値との色差(ΔE)のグラフを図1〜図3に示す。
【0029】
色彩値は、L表色系(JISZ8729)に基づいた数値で測定した。L値は明度、色度をa、bで表す。色度a、bは、数値の絶対値が大きくなるに従って色鮮やかになり、絶対値が小さくなるに従ってくすんだ色になる。L表色系では、彩度は、a、bの二乗値の和の平方根で表される。
【0030】
【表1】

【0031】
表中のΔEは、次式により求めた。
【0032】
【数1】

【0033】
図1は耐光性インキの上質紙印刷物の色差を表すグラフであり、図2はコート紙印刷物の色差のグラフであり、図3はOCR紙印刷物の色差を表すグラフである。図1〜図3において、各プロット(四角の点)は色彩値の実測値を表し、点線は傾きを表すチャートである。
【0034】
図1に示されるように、上質紙においては、本発明の赤外線吸収インキの色差変化の傾きは、y=0.0404X+1.585で表されるのに対し、対照インキの色差変化の傾きは、y=0.044X+1.0225である。
【0035】
図2に示されるように、コート紙においては、本発明の赤外線吸収インキの色差変化の傾きは、y=0.0283X+0.76で表されるのに対し、対照インキの色差変化の傾きは、y=0.07X+1.12である。
【0036】
図3に示されるように、OCR紙においては、本発明の赤外線吸収インキの色差変化の傾きは、y=0.0379X+1.775で表されるのに対し、対照インキの色差変化の傾きは、y=0.0575X+1.45である。
【0037】
以上の結果から、上質紙、コート紙、OCR紙のいずれにおいても、本発明の赤外線吸収インキの色差変化の傾きは対照インキに比べ小さく、耐光性が向上していることがわかる。
【実施例2】
【0038】
アンチモンドープ酸化錫の平均粒度を変更し、実施例1と同じ条件で耐光性を測定した。併せて、目視による白色度を判断した。結果を表2に示す。表中の二重丸印(◎)は「特に優れている」、丸印(○)は「優れている」、三角印(△)は「やや劣る」、バツ印は「劣る」を意味する。
【0039】
【表2】

【0040】
表2より、耐光性及び白色度に関し、最も効果が期待できる粒径は0.01〜1μmであり、好ましくは0.01〜0.05μmであることがわかる。
【0041】
以上述べたように、平均粒度が0.01〜1μmの範囲内にあるアンチモンドープ酸化錫は、白色度が高いため、0≦H<360°、S≧55%、B≧85%を満たす範囲にある色彩染料を用いてバラエティに富んだ色を調合することが可能であり、得られたインキは耐光性の高いインキである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アンチモンドープ酸化錫を含む顔料と、有機化合物からなる色彩染料と、ビヒクルとからなり、上記顔料の平均粒径が0.01μm以上100μm以下の範囲にあり、かつ、上記色彩染料の色彩がHSB色彩系において、0≦H<360°、S≧55%、B≧85%を満たす、赤外線吸収インキ。
【請求項2】
前記アンチモンドープ酸化錫に含まれるアンチモンの量が、モル比で0.02以上0.23以下である、請求項1に記載の赤外線吸収インキ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−225782(P2011−225782A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−99260(P2010−99260)
【出願日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【出願人】(000162113)共同印刷株式会社 (488)
【Fターム(参考)】