説明

赤血球凝集阻害剤、および赤血球の凝集阻害方法

【課題】天然物由来の成分を用いた、人体に安全な赤血球凝集阻害剤の提供。
【解決手段】タデ科タデ属のアイ(学名:Polygonum tinctorium Lour.)の水溶性成分を含有する赤血球凝集阻害剤。該水溶性成分は、アイの茎部から得られるものであることが好ましい。該水溶性成分は、1μlの血液に対し0.002mg以上0.2mg未満投与することが好ましい。該赤血球凝集阻害剤は、赤血球凝集に由来する種々の病気(例えば、アレルギー疾患、糖尿病、膠原病、ガン等)の治療に有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤血球凝集阻害剤、および赤血球の凝集阻害方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
赤血球は種々の病気(例えば、アレルギー疾患、糖尿病、膠原病、ガン等)の患者の血液中で凝集することが知られている。
【0003】
赤血球はヘモグロビンを介して各細胞へ酸素を運搬する働きを有しているため、赤血球が凝集すれば、毛細血管の中を赤血球が流れることができなくなって、体内の組織が酸欠状態となったり、免疫力が低下することが予測される。したがって、赤血球の凝集に因って引き起こされる新たな疾患(例えば、組織の酸素不足による壊死など)を防ぐためには、赤血球の凝集を阻害するのが有効であり、これまで、赤血球凝集阻害剤として、2−フェニルベンズイミダゾールのアルキル誘導体が開発されている(特許文献1参照)。しかしながら、当該阻害剤は化学合成品であり、その使用について注意を要する場合があるため、人体に対する安全性の高い赤血球阻害剤が求められていた。
【0004】
ところで、タデ科のアイは、古くから染料の原料として用いられており、また医薬品としての用途も知られている。例えば、アイの種には解熱作用があると言われている。また、アイの生葉から得られる汁は、毒虫などの刺傷に塗布するなどして用いられている。しかしながら、アイの有効成分に関する報告は様々であり、医薬品としての実用化には至っていない。
【0005】
本発明者は、これまでに、かかるアイの茎部や根部に含まれる水溶性成分が、強力な抗ウイルス性等の生理作用を有することを発見し、出願している(特許文献2参照)。かかる抗ウイルス剤は、天然物であるアイ由来の成分を主成分とするため、人体に対する安全性は高いものと予想される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】独国特許出願公開第3830060号明細書
【特許文献2】特開2008−19227号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記の様な事情に鑑みてなされたものであり、本発明者は、天然物由来の成分を用いて、人体に安全な赤血球凝集阻害剤を提供することを課題に掲げた。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、上記アイの水溶性成分(天然物由来の成分)が、赤血球の凝集を阻害する作用を有していることを見出し、本発明に至った。すなわち、上記課題を解決することができた本発明の赤血球凝集阻害剤は、アイの水溶性成分を含有することを特徴とする。なお、本明細書でいうアイとは、タデ科タデ属のアイ(学名:Polygonum tinctorium Lour.)を意味する。
【0009】
本発明の赤血球凝集阻害剤は、アイの水溶性成分を利用するものであり、天然物に由来するため、人体に対して安全性の高い阻害剤の提供を可能にする。
【0010】
本発明の赤血球凝集阻害剤は、1μlの血液に対し前記水溶性成分を0.002mg以上0.2mg未満投与するためのものであることが好ましい。
【0011】
また、前記水溶性成分がアイの茎部から得られることが好ましい実施態様である。アイは、染料原料としては通常葉部のみが用いられ、茎部や根部は廃棄されているという現状がある。したがって、本発明の赤血球凝集阻害剤をアイの茎部から得ることによって、染料原料としては廃棄される茎部を有効活用できる。また、茎部から得られる水溶性成分は、染料原料として用いられるアイの葉部由来のものよりも強い赤血球凝集阻害効果を示すものと期待される。
【0012】
本発明には、前記赤血球凝集阻害剤を投与することを特徴とする赤血球の凝集阻害方法も包含される。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係るアイの水溶性成分は、赤血球の凝集を阻害できる。このため、赤血球の凝集に起因する種々の疾病の治療に貢献するものと期待される。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の赤血球凝集阻害剤は、アイの水溶性成分を含有することを特徴とする。以下、本発明の赤血球凝集阻害剤について詳細に説明する。
【0015】
(アイ)
本発明で用いるアイは、タデ科タデ属のアイであればよく、天然に自生するものであっても、人工栽培されているものであってもよい。また、アイの状態も特に限定されず、例えば、刈り取り直後の水分を含んだもの、凍結したもの、乾燥したもの、乾燥物を発酵させたもの等が挙げられる。これらは単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。なお、本発明では、保存や運搬が容易な点から、アイの乾燥物を用いることが好ましい。
【0016】
本発明では、アイの根部、茎部、葉部のいずれの部位を用いてもよいが、茎部を用いることが好ましい。本発明者は、アイの水溶性成分のうちアイの茎部から得られる水溶性成分が、根部や葉部の部分から得られる水溶性成分よりも高い生理活性を示すことを見出している。また、茎部を使用することにより、染料原料として使用されるアイの葉を除いた後の廃棄物(茎部など)を有効活用できるため、本発明の赤血球凝集阻害剤を安価で供給することが可能になる。
【0017】
本発明では、アイを破砕、粉砕等して用いてもよい。これにより、アイから水溶性成分を効率よく抽出することができる。
【0018】
(水溶性成分)
本発明の水溶性成分は、上記アイから水性溶剤により抽出される抽出物である。この水溶性成分の具体的詳細については現在同定中であり不明であるが、本発明者は、液体クロマトグラフィーによる分析によって、多種の成分が含まれていることを確認している。
【0019】
水溶性成分をアイから抽出する方法は特に限定されるものではない。例えば、アイを水性溶剤に浸漬した後、必要に応じて撹拌処理、加熱処理、加圧処理、超音波処理などから選択される少なくとも1種の処理を施して、アイに含まれる水溶性成分を溶剤中に溶出させて行う方法が挙げられる。本発明において加熱処理を行う場合には、液温が60℃以上(より好ましくは70℃以上、さらに好ましくは80℃以上)となるように加熱するのが好ましい。液温を60℃以上にすることにより、アイに含まれる水溶性成分を効率よく溶剤中に溶出させることができる。なお、液温の上限については特に限定されるものではなく、溶剤の沸点まで加熱してもよい。また、加熱時間は5分以上(より好ましくは15分以上、さらに好ましくは25分以上)であることが好ましく、24時間以下(より好ましくは60分以下、さらに好ましくは50分以下)であることが好ましい。上記時間内の加熱によって、アイに含まれる水溶性成分を効果的に溶剤中に抽出することができる。
【0020】
水溶性成分の抽出に用いる水性溶剤としては、例えば、水道水、純水、イオン交換水などの水;メタノール、エタノールなどのアルコール類と上記水との混合溶剤;アセトンなどのケトン類と上記水との混合溶剤などが挙げられる。アルコール類やケトン類の水に対する混合率は50質量%以下(より好ましくは40質量%以下、さらに好ましくは30質量%以下)とすることが好ましい。これらの溶剤は単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。本発明の赤血球凝集阻害剤は人体に投与して用いるため、安全性の観点から、溶剤として水や、エタノールと水との混合溶剤を用いることが好ましく、水のみを用いることがより好ましい。また、水性溶剤は、pHを適宜調整してもよい。通常、pHは2〜13の範囲であることが好ましく、5〜8の範囲であることがさらに好ましい。
【0021】
水溶性成分の抽出に用いる溶剤量は特に限定されるものではなく、効果および効率を考慮すると、アイの乾燥物1gに対して溶剤10g以上(より好ましくは20g以上、さらに好ましくは40g以上)が好ましく、1000g以下(より好ましくは100g以下、さらに好ましくは40g以下)が好ましい。
【0022】
本発明の水溶性成分は、上記抽出操作を経て得られた水溶性成分含有溶液から、ろ過、遠心分離、デカンテーションなどによって、固形分(水溶性成分抽出後のアイの残渣など)を分離することによって得ることが好ましい。
【0023】
本発明では、上記水溶性成分の調製の際に、変色や異臭の発生や、あるいは微生物の増殖を抑制するために、抗酸化剤、抗菌剤、pH調整剤などを添加してもよい。これらの成分の添加時期や添加量は、本発明の効果を妨げない限り特に制限されない。
【0024】
本発明では、上記操作によって得られた水溶性成分(水溶性成分含有溶液)を、そのまま赤血球凝集阻害剤として使用してもよい。また、安全性を高めたり、有効成分含有量を高めるために、水溶性成分含有溶液に精製処理を施してもよい。精製処理としては、例えば、透析、液体クロマトグラフィーなどが挙げられる。
【0025】
さらに、本発明では、水溶性成分含有溶液に濃縮、乾燥などの処理を施したり、かかる濃縮等によって得られた水溶性成分を粉状、顆粒状、ペースト状などにしてもよい。これにより、水溶性成分の取り扱いが容易になる。乾燥や濃縮する方法としては、例えば、真空乾燥、凍結乾燥、噴霧乾燥、限外ろ過濃縮などが挙げられる。これらの方法は単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0026】
(赤血球凝集阻害剤)
上述の通り、本発明の赤血球凝集阻害剤は、アイの水溶性成分を主成分とするものであり天然植物に由来するため、人体に対する安全性が高い。
【0027】
(赤血球の凝集阻害方法)
本発明では、上記赤血球凝集阻害剤を、食品や医薬品、医薬部外品などとして、例えば、経口投与や非経口投与などによって、赤血球の凝集を阻害してもよい。経口投与は、上記水溶性成分含有溶液やその希釈液、乾燥物、濃縮物(粉末、顆粒、ペースト等)をそのまま、あるいは他の食品に添加して食することによって行うことができる。また、非経口投与は、上記抽出液を静脈内投与や皮下投与したり、上記水溶性成分を含む軟膏やクリームを患部に塗布することによって行うことができる。あるいは、上記水溶性成分含有溶液やその希釈液を空中に散布したり、マスクに含浸させて、水溶性成分を吸引することによって、水溶性成分を摂取してもよい。なお、本発明者の研究によって、本発明の赤血球凝集阻害剤は、基本的には人体に安全であることを確認している。
【0028】
(投与量)
本発明の赤血球凝集阻害剤は、1μlの血液に対し0.002mg以上(より好ましくは0.005mg以上)投与することが好ましく、0.2mg未満(より好ましくは0.15mg以下、さらに好ましくは0.10mg以下)投与することが好ましい。投与量が0.002mg未満の場合には、十分に赤血球の凝集を抑えることができない場合がある。また、投与量が0.2mg以上の場合には、赤血球の沈積(凝集様反応)を引き起こす場合がある。
【0029】
したがって、血液量が体重の約8%を占めるヒトに対しては、本発明の赤血球凝集阻害剤は、1日あたり160mg/kg体重以上(より好ましくは400mg/kg体重以上)投与することが好ましく、16g/kg体重未満(より好ましくは12g/kg体重以下、さらに好ましくは8g/kg体重以下)投与することが好ましい。
【実施例】
【0030】
以下、実施例に基づいて本発明を詳細に述べる。ただし、下記実施例は本発明を制限するものではなく、前・後記の趣旨を逸脱しない範囲で変更実施をすることは全て本発明の技術的範囲に包含される。なお、実施例において「%」とあるのは、質量%を意味する。
【0031】
実施例1(水溶性成分の抽出)
乾燥した徳島県産のアイの茎部を約1cm以下に粉砕して得た試料20gを、還流管を付けたフラスコ中、1000gの水性溶剤(精製水)に浸漬し、水温が100℃になるまで加熱して、その状態を30分維持した。その後、ステンレス製の篩を用いて試料(固形分)をろ別し、ろ液を滅菌フィルターで滅菌して、本発明に係るアイの水溶性成分を0.208質量%含有する水溶液を得た。なお、水溶液中の水溶性成分濃度は、水溶液を90℃で加熱して水性溶剤を蒸発させて得られた残渣の質量を測定することにより求めた。
【0032】
製造例1(被験物質の調製)
上記水溶液を被験物質aとし、この被験物質aをリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で1/10倍希釈して被験物質bを調製した。また、被験物質aあるいはbから、2倍段階希釈法にて各被験物質の希釈系列を作製した。
【0033】
なお、上記リン酸緩衝生理食塩水(PBS)の組成は以下の通りである。
8.0g/L 塩化ナトリウム
0.2g/L 塩化カリウム
2.87g/L リン酸水素二ナトリウム12水和物
0.2g/L リン酸二水素カリウム
【0034】
製造例2(0.5%血液の調製)
ニワトリ保存血液(株式会社日本バイオテスト研究所製、品番0050420、保存液(アルセバー氏液)とニワトリ血液を1:1で混合して調製)を50%血液とした。この50%血液10mLとPBS90mLとを混合して、5%血液を調製した。次いで、この5%血液10mLとPBS90mLとを混合して、0.5%血液を調製した。
【0035】
製造例3(ウイルス希釈液の調製)
Influenza virus A(IFVA)(株名 PR/8/34)を、PBSで25.6倍、あるいは160倍に希釈して、ウイルス希釈液1および2を作製した。
【0036】
試験例1(赤血球凝集阻害試験)
各濃度の被験物質の希釈液50μLと、50μLのウイルス希釈液1あるいは2とを混合し、室温(23℃±2℃)にて1時間定温放置した後、さらに0.5%血液100μLを加え、室温にてさらに1時間定温放置した。定温放置後、赤血球の凝集の有無を目視で観察した。その結果を表1に示す。
【0037】
なお、凝集の有無は、赤血球凝集の確認できた場合を「+」、不完全な赤血球凝集を認めた場合を「±」、赤血球の凝集を確認できなかった場合を「−」と評価した。また、不均等に赤血球が沈積した場合を「*」と評価した。
【0038】
試験例2(陰性対照試験1)
被験物質として被験物質aまたはb(希釈倍率1/1)を用い、ウイルス希釈液に代えてPBSを用いた以外は試験例1と同様にして、赤血球の凝集の有無を観察した。その結果を表1に示す。
【0039】
試験例3(陰性対照試験2)
上記被験物質の希釈液に代えてPBSを用いた以外は試験例1と同様にして、赤血球の凝集の有無を観察した。その結果を表1に示す。
【0040】
【表1】

【0041】
当該結果によれば、本発明にかかるアイの水溶性成分は、赤血球凝集阻害効果があることが分る。また、25.6倍希釈ウイルス存在下、本発明の赤血球凝集阻害剤がその機能を十分に発揮するためには、血液1μlに対し水溶性成分を0.0104mg以上投与することが好ましいことが分る。さらに、160倍希釈ウイルス存在下、本発明の赤血球凝集阻害剤がその機能を十分に発揮するためには、血液1μlに対し水溶性成分を0.0026mg以上投与することが好ましいことが分る。
【0042】
被験物質a(希釈倍率1/1)を用いた陰性対照試験1において、不均等に赤血球が沈積する赤血球凝集様反応を示したことから、血液1μlに対し水溶性成分の投与は0.208mg未満にすることが好適であることが分った。
【0043】
また、かかる被験物質aを用いた試験例1においても、不均等に赤血球が沈積する赤血球凝集様反応を示した(すなわち、ウイルスの有無に関わらず凝集様反応を示した)ことから、本発明の赤血球凝集阻害剤は、赤血球になんらかの作用を及ぼしているものと推察される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アイの水溶性成分を含有することを特徴とする赤血球凝集阻害剤。
【請求項2】
1μlの血液に対し前記水溶性成分を0.002mg以上0.2mg未満投与するためのものである請求項1に記載の赤血球凝集阻害剤。
【請求項3】
前記水溶性成分がアイの茎部から得られる請求項1または2に記載の赤血球凝集阻害剤。
【請求項4】
請求項1から3に記載の赤血球凝集阻害剤を投与することを特徴とする赤血球の凝集阻害方法。

【公開番号】特開2011−121930(P2011−121930A)
【公開日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−283183(P2009−283183)
【出願日】平成21年12月14日(2009.12.14)
【出願人】(591067082)
【Fターム(参考)】