説明

超分子錯体、ポリリン酸化合物検出用プローブ及びそれを用いたポリリン酸化合物検出方法並びに、シグナル伝達阻害剤

【課題】 ポリリン酸化合物を特異的に且つ効率よく捕捉し検出する化合物の提供。
【解決手段】 下記式で表されるサイクレン環含有錯体とルテニウムなどリンカー原子よりなる超分子錯体。


式中、A1及びA2は、リンカー原子に配位可能な含窒素環を表す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超分子錯体、ポリリン酸化合物検出用プローブ及びそれを用いたポリリン酸化合物検出方法並びに、シグナル伝達阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリリン酸化合物、特にイノシトール1,4,5−三リン酸(IP3)には、細胞内シグナル伝達機構において重要なセカンドメッセンジャーの1つである。原形質膜に局在するホスファチジルイノシトール−4,5−ビスリン酸(PIP2)の特徴的なホルホリパーゼC(PLC)による加水分解によって、IP3が放出され、生細胞におけるカルシウムイオン(Ca2+)濃度の上昇が生じる。種々の細胞現象において細胞内でのシグナル伝達機構の詳細を解明するために、IP3の挙動等についての詳細を把握することは重要である。
今日までに、カルシウムイオンに対する多くの蛍光プローブが開発されており、細胞内の遊離カルシウムイオン濃度の上昇に伴う細胞内現象を研究するために用いられてきた。しかしながら、IP3は発色団を有していないため、IP3及び関連するリン酸に対する生物学的及び化学的検知システムはごくわずかしかない。
【0003】
生物学的IP3センサーとしては、グリーン蛍光タンパク質(GFP)やフィコシアニン等をPLCδのブレクトストリン相同ドメイン(PHドメイン)に連結させた蛍光プローブが開発されている(特許文献1及び非特許文献1)。これは、原形質膜中のホスファチジルイノシトール二リン酸(PIP2)及び細胞質中のIP3と結合する。PLC仲介PIP2加水分解すると、IP3が生成される。このため、PLCとIP3との強い結合性を利用したものである。
化学的IP3センサーとしては、非蛍光レセプターと5−カルボキシフルオレセイン(5−CF)の組み合わせを用いた置換主体アッセイシステムが開発されている(非特許文献2及び3)。このシステムでは、グアニジニウムカチオンを有するC3対称性リセプターが5−CFに強く結合すると共に、IP3にも結合する。5−CFの蛍光発光は1:1コンプレックスを形成すると増強するが、IP3が存在すると5−CFがIP3と置換し、蛍光発光が弱くなって、この減少幅からIP3の検出が可能となる。
【特許文献1】特開2000−60565号公報
【非特許文献1】Science, 1999, Vol.284, p.1527-1530
【非特許文献2】J. Am. Chem. Soc., 1998, Vol.120, 8533-8534
【非特許文献3】Chem. Biol., 2002, Bol.9, p.829-838
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、PLCδを用いた生物学的IPセンサーでは、IP3を直接的に検出しているが、IP3結合時と非結合時で蛍光が変化しないためIP3を確実に捕捉しているか不明確という問題がある。また、IP3だけでなく、PIP2などにも結合し、基質選択性に欠ける。一方、従来の化学的センサーは、直接IP3を検出するものではない。
従って、本発明の目的は、ポリリン酸化合物を直接かつ選択的に捕捉し精度よく検出可能な検出用プローブ及び検出方法を提供することである。また、このような化合物を利用したシグナル伝達阻害剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の超分子錯体は、下記一般式(I)で表されるものである。
X(Z)m ・・・・(I)
式中、Xは、ルテニウム、ロジウム、鉄、ニッケル、コバルト、ランタノイドイオンからなる群から選択されたリンカー原子であり、Zは、含窒素環を介してリンカー原子に配位する下記式(II)で表されるサイクレン環含有錯体であり、mは2から3までの整数を表す。
【0006】
【化1】

【0007】
式(II)中、A1及びA2は、それぞれ独立に、リンカー原子に配位可能な少なくとも1個の窒素原子を含む5又は6員の含窒素環を表し、p及びqは、それぞれ独立に1〜2の整数を表す。
また、前記サイクレン環錯体において、前記Zが下記式(III)で表される化合物であり、且つ前記mが3であることが好ましい。
【0008】
【化2】

【0009】
本発明のポリリン酸化合物検出用プローブは、上記一般式(I)で表されるものである。
本発明のポリリン酸化合物の検出方法は、上記一般式(I)で表されるポリリン酸化合物検出用プローブを用いることを特徴としている。
本発明のシグナル伝達阻害剤は、上記一般式(I)で表されるサイクレン環含有超分子錯体を含むものである。
【0010】
本発明の超分子錯体は、複数のサイクレン環含有錯体が、サイクレン環に連結された含窒素環の窒素原子を介してリンカー原子(X)に配位することにより、超分子を形成したものである。この超分子では、サイクレン環含有錯体をリンカー原子で束ねたような形態を採り、分子の一方の面(例えば上面又は下面)にサイクレン環含有錯体の数に応じたサイクレン環が配置する(図1参照)。サイクレン環含有錯体には、亜鉛(II)イオンが含まれており、この亜鉛(II)イオンがリン酸基に対して強い結合力を有している。一方、リンカー原子は、いずれも発光性または発色性をもつ原子である。この結果、本発明の超分子錯体は、複数のリン酸基を有するポリリン酸化合物に対して選択性の高い強力な検出用プローブとして用いることができる。
また、本発明の超分子錯体はリン酸基に対して強い結合力を有するので、細胞内シグナル伝達機構における重要な役割を担っているイノシトール三リン酸(IP3)などのポリリン酸化合物に対して強く結合し、その作用を阻害する。その結果、シグナル伝達そのものを阻害することができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ポリリン酸化合物を特異的に且つ効率よく捕捉し、精度よく検出することができる新規な超分子錯体、検出用プローブ及び検出方法、並びにこのような化合物を利用したシグナル伝達阻害剤を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の超分子錯体は、下記一般式(I)で表されるものである。
X(Z)m ・・・・(I)
式中、Xは、ルテニウム、ロジウム、鉄、ニッケル、コバルト、ランタノイドイオンからなる群から選択されたリンカー原子であり、Zは、含窒素環を介してリンカー原子に配位する下記式(II)で表されるサイクレン環含有錯体であり、mは2から3までの整数を表す。
本超分子錯体は、式中Zで表される複数の超分子錯体を、リンカー原子によって連結した構造を有している(図1参照)。
【0013】
式中、Zは、含窒素環を介してリンカー原子に配位する下記式(II)で表されるサイクレン環含有錯体である。
【0014】
【化3】

【0015】
上記式(II)中、A1及びA2は、それぞれ独立に、5又は6員、合成効率および発光・発色特性の観点から好ましくは6員の含窒素環であり、環におけるそれぞれ少なくとも1個の窒素原子はリンカー原子に配位する。A1及びA2は、ヘテロ原子を含んでもよく、ヘテロ原子としては例えば硫黄を挙げることができる。少なくとも1個の窒素原子を含む5又は6員環としては、ピリジン、ピラジン、ピリミジン、トリアジン、チアゾール、トリアゾールを挙げることができるが、合成効率及び生理活性の観点からピリジンであることが好ましい。また、A1とA2はそれぞれ、隣接する連結部又は環とパラ−、メタ−、オルト−の各位置で結合することができるが、生理活性、特に、IP3認識のための構造的な要請から、パラ位であることが好ましい。
1及びA2は同じであっても異なってもよいが、合成効率の観点から同じであることが好ましい。
また式(II)中のp及びqは、本発明の化合物における連結部の長さを決定する繰り返し単位の数であり、それぞれ独立に、合成効率及び生理活性の観点から1〜2の整数を示し、合成効率、IP3に対する選択的識別の観点から1であることが特に好ましい。
超分子錯体に含まれる複数のサイクレン環含有錯体は互いに、同一であっても異なってもよい。
【0016】
このようなサイクレン環含有錯体としては、下記式(III)で表されるものが、IP3に対する選択的識別のための構造的要請から望ましい。
【0017】
【化4】

【0018】
一般式(I)中、Xはリンカー原子を表す。本発明の錯体におけるリンカー原子は、上記式(II)のサイクレン環含有錯体における含窒素環の窒素原子に配位して、超分子錯体の中心に配置される。このようなリンカー原子は、ルテニウム、ロジウム、鉄、ニッケル、コバルト、ランタノイドイオンからなる群から選択されたものであり、いずれも発光性又は発色性の原子である。このようなリンカー原子のうち、蛍光又はリン光発光能を有するルテニウム、ロジウム、ランタノイドが好ましく、発光能の高さからルテニウムが特に好ましい。
【0019】
一般式(I)中、mは、本発明の超分子錯体におけるサイクレン環含有錯体の数に相当するものであり、発光能の高さから2から3までの整数を表す。このサイクレン環含有錯体は、サイクレン環の亜鉛イオンがリン酸基と配位結合することによって、リン酸基に対する強い結合力を発揮する。このためサイクレン環含有錯体の数は、標的とするポリリン酸化合物のリン酸基の数と一致させることが好ましい。特に、シグナル伝達機構に重要な役割を果たすイノシトール三リン酸(IP3)を標的とする場合には、式中mが3である化合物にすることが最適である。
なお、m=2の場合には、リンカー原子に配位可能な窒素原子の数(6)を満たすように他の含窒素化合物を組み合わせてもよい。
【0020】
本発明に係る超分子錯体にはキラリティがあるため、ラセミ体であってもよく、一方の鏡像体((+)型又は(−)型)のみとしてもよい。標的とするポリリン酸化合物の種類によっては、ラセミ体よりもどちらかの鏡像異性体のみとすることが好ましく、このような場合には、標的とするポリリン酸のキラリティにあわせた(+)型又は(−)型のみを用いることによって、一層、精度よくポリリン酸の検出を行うことができる。鏡像体としての本発明に係る超分子錯体の一例を以下に挙げる。
【0021】
【化5】

【0022】
本発明に係るサイクレン環含有超分子錯体は、例えば以下のようにして合成することができる。
まず、2,2’−ビピリジル誘導体と、4つの窒素原子のうち3つをt−ブチルオキシカルボニル(Boc)で保護されたサイクレン誘導体とを反応させ、脱保護した後、亜鉛(II)イオンを加えることにより、サイクレン環含有錯体(Zn24)を得る。次いで、得られたサイクレン環含有錯体(Zn2L)に、ハロゲン化ルテニウム化合物またはその誘導体を加熱しながら添加し、サイクレン環含有錯体とルテニウム化合物を3:1で反応させ、本発明の超分子錯体(Ru(Zn243)を得ることができる。
或いは、保護基を有するサイクレン環含有錯体をそのまま、ハロゲン化ルテニウム化合物と3:1で反応させた後に脱保護を行い、本発明の超分子錯体を得ることもできる。
【0023】
本発明の超分子錯体は、サイクレン環とリン酸基との結合性が高く、またリンカー原子によって発光・発色能が発揮されるため、ポリリン酸化合物検出用プローブとして用いることができる。
超分子錯体では、前述したように、超分子錯体に含まれるサイクレン環含有錯体の数(一般式(I)中のm)に対応したサイクレン環が超分子錯体の一方の面に配置される。この結果、検出対象のポリリン酸化合物を錯体の上面及び下面において合計2つのポリリン酸化合物と結合することができる。
特に、前述したようにサイクレン環含有錯体を3つ有する超分子錯体では、6個のサイクレン環をそれぞれ3つずつ、超分子錯体の一方の面に有する(図1参照)。このとき、この面に配置された3つのサイクレン環間の距離と、3つのリン酸基を有するポリリン酸化合物、特にIP3におけるリン酸基の距離とが一致するため、非常に効率よく、2つのIP3と結合する。従って、本超分子錯体は、このようなポリリン酸化合物、特にIP3に対して精度よい検出用プローブとして非常に有効である。
【0024】
また本発明のポリリン酸化合物の検出方法は、本発明の超分子錯体を用いることを特徴としている。
これにより、例えば細胞内のポリリン酸を直接、精度よく検出することができる。
ポリリン酸化合物の検出を行うには、上記一般式(I)で表される超分子錯体を試料に対して適量添加すること及び検出用プローブに応じた指標に基づいて検出をすることによって、容易に検出することができる。例えば、発色性の鉄等の原子をX原子として含む検出用プローブの場合には、発色の程度によってポリリン酸化合物を容易に検出することができる。
【0025】
本検出方法は、好ましくは、超分子錯体添加後の試料に励起光を照射すること、励起光によって励起された発光発色を検出すること、を含む。これにより、発光能を有する原子、即ち、ルテニウム、ロジウム、ランタノイドイオンをリンカー原子として含む検出用プローブを用いて、ポリリン酸化合物を容易に精度よく検出することができる。
【0026】
ポリリン酸化合物を発光発光によって検出する際には、励起光が照射される。励起光の照射は、通常、蛍光染色に用いられている方法に従って行えばよい。一般的には、上記化合物を細胞に添加後、励起光の照射を行い、照射後に、本発明の検出用プローブの発光を検出することによってポリリン酸化合物を検出することができる。検出用プローブの発光は、超分子錯体の励起光は、生体試料に対してより刺激の少ない長波長の光(460nm)を用いることができ、例えば300〜460nmの励起光を照射すればよい。例えば上記式(III)で表される化合物では、300nmの励起光を照射することによって、584nmの発光を発色することができる。
【0027】
また、ポリリン酸を検出用試料のpHは、pH6〜10、好ましくは、pH6.5〜9とすることができる。この範囲であれば、錯体形成能が良好で、精度よく検出することができる。検出時の温度は、通常の条件をそこまま適用すればよく、例えば、25℃とすることができる。
【0028】
本発明のポリリン酸化合物検出用プローブによって検出可能なポリリン酸化合物としては、超分子錯体中のサイクレン環含有錯体の数によって異なるが、前記式(I)中m=2の場合には、1,3−シクロヘキサンジオール二リン酸(CDP2)、ホスファチジルイノシトール4,5−二リン酸(PIP2)、ペプチド(例えば、セリン、スレオニン)二リン酸化合物等の二リン酸化合物、m=3の場合には、イノシトール三リン酸(IP3)、シクロヘキサントリオール三リン酸(CTP)、ホスファチジルイノシトール3,4,5−三リン酸(PIP3)等の三リン酸化合物を挙げることができる。
【0029】
本発明のシグナル伝達阻害剤は、上記式(I)で表される本発明の超分子錯体を含むものである。
上述したように、本超分子錯体は、ポリリン酸化合物に対して強い結合力を有するので、細胞内に存在し、特定の生理活性を有するポリリン酸化合物に結合すると、その生理活性を阻害することができる。特に、細胞内シグナル伝達機構に関与するポリリン酸に結合することによって、細胞内シグナル伝達機構そのものを阻害することができる。
シグナル伝達阻害剤として用いる場合には、本超分子錯体を、有効量、例えば、1μM〜1mMの濃度で試料に添加すればよい。
また、本シグナル伝達阻害剤は、本超分子錯体のみで構成してもよく、対象物の種類によって各種の添加剤を含めてもよい。
【0030】
本発明の超分子錯体は、ポリリン酸化合物に対して強い結合能を有する検出用プローブ及びシグナル伝達阻害剤等として使用することができるので、細胞内でのIP3の検出や、IP3による細胞内機構の阻害を含む研究目的又は治療目的を始めとする広い用途で使用することができる。
【実施例】
【0031】
以下に本発明の実施例について説明するが、これに限定されるものではない。また実施例中の%は、特に断らない限り、重量(質量)基準である。
【0032】
[実施例1]
超分子錯体の合成
本発明の化合物の合成方法を、代表的な化合物を例に、以下に説明する。実施例中の化合物番号は、下記のスキーム中の化合物番号に対応している。
なお、IRスペクトルは、室温でホリバ FTIR-710 スペクトロフォトメータを用いて記録した。油状サンプルのIRスペクトルは、IRカード(3M、タイプ62、ポリテトラフルオロエチレン19mmアパチャー)において実施した。1H(500MHz)、13C(125MHz)及び31P(200MHz)NMRスペクトルは、35±0.1℃で、JEOL Delta 500 スペクトロメータを用いて記録した。元素分析には、Perkin-Elmer CHN 2400 アナライザーを用いて行った。薄層(TLC)及びシリカゲルカラムクロマトグラフィーは、Merck 5554(シリカゲル) TLC プレート及びFuji silysia Chemical FL-100Dをそれぞれ使用した。
【0033】
【化6】

【0034】
(A)合成経路1
(1) [5,5’−ビス(4,7,10−トリス(tert−ブチルオキシカルボニル)−1,4,7,10−テトラアザシクロドデカン−1−イルメチル]−2,2’−ビピリジン[16]の合成
1,4,7−トリス(tert−ブチルオキシカルボニル)−1,4,7,10−テトラアザシクロドデカン[15](J. Am. Chem. Soc. 1997, Vol.119, p.3068-3076)(3.3g,7.0mmol)を、5,5’−ビス(ブロモメチル)−2,2’−ビピリジル[14](1.1g,3.2mmol)及びNa2CO3(1.7g,16.0mmol)の混合物を、70℃で一晩撹拌した。不溶性の無機物を濾去した後、濾液を減圧留去した。残渣をシリカゲルクロマトグラフィー(溶出液:ヘキサン:AcOEt=1:3)で分離精製し、無色のアモルファス固体として得た(2.69g,63%収率)。
【0035】
(2) [5,5’−ビス(1,4,7,10−テトラアザシクロドデカン−1−イルメチル)−2,2’−ビピリジン]・7HBr・5H2O([17]・7HBr・5H2O)の合成
47%のHBr(30mL)をゆっくりと、メタノール(40mL)中の[16]の溶液(2.0g、1.74mmol)に0℃で添加した。室温で一晩撹拌した後、反応液を減圧下で濃縮した。得られた粗粉末を20%HBr水溶液によって結晶化し、無色の粉末として[17]を得た(1.85g、90%収率)。融点:221−222℃。
【0036】
(3) [5,5’−ビス(1,4,7,10−テトラアザシクロドデカン−1−イルメチル)−2,2’−ビピリジン](Zn(NO322錯体 5水和物([8]・4NO3・5H2O・EtOH)の合成
17・7HBr・5H2O(1.6g、1.35mmol)の水溶液(10mL)を1NのNaOH溶液でpH>12に調整した。このアルカリ溶液をCHCl3によって抽出した(50mL)。複合有機相を無水Na2SO4において乾燥し、精製して、減圧下で濃縮した。残渣をEtOH/H2O(1/1、5mL)に溶解して、これにエタノール中のZn(NO32・6H2Oの溶液を添加した。この溶液を、一晩70℃で撹拌し、溶媒を留去した後、残渣をH2O/EtOHで結晶化して、無色粉末として[8]を得た(1.2g、90%収率)。融点は250℃以上であった。
【0037】
(4) トリス[5,5’−ビス(1,4,7,10−テトラアザシクロドデカン−1−イルメチル)]−2,2’−ビピリジン]ルテニウム(II)二亜鉛(II)錯体([9]・14(NO3)・21H2O・3EtOH、Ru(Zn243・14(NO3)・21H2O・3EtOH]の合成
[8]・4NO3・5H2O・EtOH(0.4g、0.38mmol)と、EtOH/H2O(1:1、40mL)中のRu(DMSO)4Cl2(62mg、0.13mmol、J. Chem. Soc. Dalton Trans., 1973, p.204-209)の混合物を80℃で3日間撹拌した。反応液を冷却して濾過した後、濾過物を減圧下で濃縮した。残渣粉末をEtOH/H2O(100mgのNaNO3を含有)によって1週間にわたり再結晶化して、本実施例にかかる超分子錯体[9]・14(NO3)・21H2O・3EtOHをオレンジ粉末として得た(186mg、42%収率)。融点は250℃以上。
【0038】
1H NMR(500MHz、D2O/external TSP):δ 2.03(brs、6H)、2.25(brs、6H)、2.47(brs, 6H)、2.62−3.15(m、78H)、3.91(d、J=14.9Hz、6H)、4.00(d、J=14.9Hz、6H)、7.84(s、6H)、8.22(d、J=7.9Hz、6H)、8.78(d、J=7.9Hz、6H)。13C NMR(D2O/、125MHz、external TSP):δ 44.5、44.8、46.5、47.4、54.8、126.9、135.7、143.9、156.2。IR(KBrペレット):3410、3248、2929、2877、1630、1385、1088、978cm-1。Anal. Calcd for C902044466Zn6Ru;C、31.77;H、5.49;N、17.85。Found:C、31.77;H、5.49;N、17.77)。
【0039】
[9]の単結晶X線回折分析では、電位差pH滴定(pHは7.5に調整)後の0.1MのNaNO3を含むRu(Zn243・14(NO3)・21H2O・3EtOHの水溶液(43mg、0.0125mmol)を減圧下で濃縮して、H2Oで再結晶化し、Ru(Zn243・3(HO-)・11(NO3)・20H2O(23mg、58%)としての[9]のオレンジプリズムを得た。Anal. Calcd for C841874156Zn6Ru:C、31.92;H、5.96;N、18.17。Found:C、31.65;H、6.12;N、17.84。X線結晶解析像を図2に示す。
【0040】
(B)合成経路2
(1) [16]からのトリス[5,5’−[(4,7,10−トリス(tert−ブチルオキシカルボニル)−1,4,7,10−テトラアザシクロドデカン−1−イルメチル)]−2,2’−ビピリジン]ルテニウム(II)二亜鉛([18]・Cl2)の合成
[16](1.15g、1.0mmol)とRu(DMSO)4Cl2(150mg、0.31mmol)をエタノール(75mL)に溶解して、5日間還流し、減圧下で濃縮した。残渣をシリカゲルクロマトグラフィー(溶出液:ヘキサン:AcOEtで分離精製し、赤色のアモルファス固体として[18]・Cl2を得た(1.1g,97%収率)。
【0041】
(2) トリス[5,5’−(1,4,7,10−テトラアザシクロドデカン−1−イルメチル)−2,2’−ビピリジン]ルテニウム(II)二臭素21HBr塩([19]・Br2・21HBr、Ru(Zn243・Br2・21HBr)の合成
47%のHBr(5mL)をゆっくりと、メタノール(20mL)中の[18]・Cl2の溶液(784mg、0.22mmol)に、アルゴン雰囲気下、0℃で添加した。室温で一晩撹拌した後、反応液を減圧下で濃縮した。残渣をH2O/EtOHで再結晶化して、オレンジの粉末として[19]・Br2・21HBrを得た(551mg、71%収率)。融点:>250℃。
【0042】
(3) [19]からのトリス[5,5’−ビス(1,4,7,10−テトラアザシクロドデカン−1−イルメチル)]−2,2’−ビピリジン]ルテニウム(II)二亜鉛(II)錯体5水和物([9]・14(NO3)・21H2O・3EtOH)の合成
[19]・Br2・21HBr(350mg、0.0099mmol)を、イオン交換樹脂(IRA−400、HO-フォーム)を通して酸フリー型に転換した。得られた酸フリー[18]をエタノール(15mL)に溶かし、この溶液に、エタノール(10mL)中のZn(NO32・6H2O(206mg。0.69mmol)を添加し、一日室温で撹拌した。反応混合物を減圧下で濃縮し、残渣をEtOH/H2Oで再結晶化して、オレンジの粉末として[9]・14(NO3)・21H2O・3EtOHを得た(246mg、72%収率)。
【0043】
[実施例2]
超分子錯体によるUV吸収
実施例1で合成された超分子錯体(Ru(Zn243)の蛍光特性について調べた。
ポリリン酸化合物としては、下記に示されるシクロヘキサントリオール三リン酸(CTP3)を用いた。CTP3は、以下のようにして合成したものを使用した。ジベンジル−N,N−ジイソプロピルホスホルアミダイト(3.70g、10.7mmol)を、CH2Cl2(3mL)中のcis,cis−1,3,5−シクロヘキサントリオール(アルドリッヒ社製、300mg、1.78mmol)及び1−H−テトラゾール(1.112g、16.0mmol)の懸濁液に添加し、3時間後に反応溶液を−40℃まで冷やし、m−CPBAの溶液(2.77g、15.05mmol)に滴下した。反応溶液を、5%Na223水溶液及び飽和NaHCO3で数回洗浄したのちに、有機抽出物を飽和NaClで、乾燥して、精製し、得られた有機相を減圧下で除去して得られた残渣をシリカゲルクロマトグラフで精製して、無色油状物質としてcis,cis−1,3,5−シクロヘキサントリオールのトリス(ジベンジルリン酸)エステル)を得た。この化合物をメタノール(5mL)に溶解し、10%パラジウム-炭素(20mg)を加えたのち、水素ガス雰囲気下、室温で10時間攪拌した。パラジウム-炭素をセライトで濾去した後、濾液を減圧下濃縮した。残渣を極少量の水に溶解し、1NのNaOH水溶液(6等量)を加え、減圧下濃縮し、939mg(86%)のシクロヘキサントリオール三リン酸(CTP3)[23]を無色粉末化合物として得た。
【0044】
【化7】

【0045】
上記のようにして作成されたCTP3を、超分子錯体[9](50μM)に、pH7.4(10mMのHEPES、I=0.1(NaNO3))及び25℃の条件下で、反応させて、超分子錯体[9]、即ちRu(Zn243のUV吸収を調べた。また同様に、300mmの励起光を照射して、発光を調べた。結果をそれぞれ図3及び図4に示す。
【0046】
図3に示されるように、超分子錯体[9]は、CTP3と結合すること及び、1:2で錯体を形成することが明らかになった(図3(B))。このことは、本超分子錯体Ru(Zn243には、上下面にそれぞれ1つずつCTP3が配位することを示している。ここで、超分子錯体[9]のみの場合(図3において波線)では、452nm(ε452=1.1×104)に吸収極大を示しており、これは、Ru(bpy)3の特徴的なMLCT[metal-to-ligand charge transfer、即ち、金属イオンから配位子への電荷移動]に由来する吸収である。CTP3の添加によって、吸収極大は、452nmから470nmに移動する。
また、超分子錯体Ru(Zn243とCTP3との錯体化は、図4に示されるように、584nmの発光を生じる。このとき、非結合状態での発光が610nmであるため、CTP3の結合に伴って発光が変化した。このため、蛍光発光のピークを調べることによって精度よくポリリン酸化合物の検出を行うことができることが明らかとなった。また、この発光強度はCTP3の量に依存して強度が上昇する。従って、定量的な検出についても、本超分子錯体Ru(Zn243が有効であることが明らかとなった。
【0047】
[実施例3]
超分子錯体Ru(Zn243の発光特性
次に、本実施例の超分子錯体Ru(Zn243と、Zn2L(440nm)及びRu(bpy)(590nm)とで発光特性の違いを調べた。それぞれ(pH7.4(10mMのHEPES、I=0.1(NaNO3))及び25℃の条件下で反応させ、各化合物に対して適切な励起光を照射して、発光強度、本超分子錯体[9]のCTP3非存在下での584nmでの発光強度をI0とした相対強度で比較した。
【0048】
図5に示されるように、CTP3の添加によって本超分子錯体Ru(Zn243は2:1で錯体を形成して発光強度が上昇し、約4倍の強度を示すことが示された。これに対して、この超分子錯体の構成成分であるサイクレン環含有錯体だけでは、本実施例の化合物ほど高い発光強度の上昇はない。このため、5倍量のCTP3を用いても3倍程度にしか強度の上昇は認められず、効率的ではない。一方、Ru(bpy)3自体は発光化合物として広く認識されているが、CTP3の添加に伴って殆ど錯体を形成せず、発光も認められなかった。
【0049】
従って、本実施例の超分子錯体Ru(Zn243は、ルテニウム原子をリンカー原子として超分子錯体を構成することによって、ポリリン酸化合物と錯体を効率よく形成すると共に、強く発光することができることが明らかであった。この結果、本実施例の超分子錯体は、ポリリン酸化合物を発光検出する場合に、高いレベルで有効な検出用発光プローブであることが明らかであった。
【0050】
[実施例4]
次に、超分子錯体Ru(Zn243とポリリン酸化合物中のリン酸基との関係について調べた。本超分子錯体は、3つのサイクレン環含有錯体とルテニウム原子とで構成されているので、理論上、三リン酸化合物に対して高い親和性を有する。これを確認するために、本超分子錯体[9](10μM)を一リン酸化合物(フェニルホスフェート、D−グルコース−6リン酸:白丸)、二リン酸化合物(CDP2、D−フルクトース−1,6二リン酸:白四角)及び三リン酸化合物(CTP3:黒丸)と反応させた。それぞれ(pH7.4(10mMのHEPES、I=0.1(NaNO3))及び25℃の条件下で、反応させ、300nmで励起させた。本超分子錯体[9]のCTP3非存在下での584nmでの発光強度をI0とした相対強度で比較した。結果を図6に示す。
【0051】
図6に示されるように、本実施例の超分子錯体は、三リン酸化合物に対して約4倍まで発光強度が上昇する一方で、二リン酸化合物や一リン酸化合物に対する発光強度は、わずかに上昇又は殆ど上昇しないことが示された。このことにより、3つの亜鉛錯体で構成された本実施例の超分子錯体Ru(Zn243は、三リン酸化合物に対して高い特異性を有することが明らかであった。
【0052】
[実施例5]
超分子錯体Ru(Zn243とイノシトール三リン酸との結合
本実施例の超分子錯体が、CTP3以外の他の三リン酸化合物、キラルなIP3に対しても同様に強い結合力を有するか次に調べた。超分子錯体10μMと、IP3(20μM)、CTP3(20μM)又はHOPO32-(100μM)をそれぞれ、pH7.4(pH7.4(10mMのHEPES、I=0.1(NaNO3))及び25℃の条件下で、反応させて、超分子錯体[9]、即ちRu(Zn243の発光(励起光365nm)を調べた。結果を図7に示す。
【0053】
図7(B)に示されるように、IP3又はCTP3を添加した場合に顕著な発光が認められ、本実施例の超分子錯体が三リン酸化合物の種類に拘らず強い発光を示すことが明らかとなった。このことは、本実施例の超分子錯体が、三リン酸化合物の検出用発光プローブとして有効であることを示している。
また、IP3との反応による発光強度は、CTP3との反応による発光強度の約半分であることが示された。これは、IP3がキラリティを有することから、本実施例の超分子錯体(ラセミ体)と反応させたときに、約半数の超分子錯体とのみ結合するためである。このため、IP3を検出する際には、IP3のキラリティを認識するのに適したエナンチオマーを用いることが効率的であり精度がよいことを示唆している。
【0054】
このような本発明の超分子錯体は、リンカー原子を中心に複数のサイクレン環含有錯体と組み合わせて構成されているので、サイクレン環含有錯体の数に応じた種類のポリリン酸化合物を精度よく効率的に検出することができる。
また、本発明の超分子錯体は、ポリリン酸化合物に対して強い結合力を有するので、細胞内に存在し特有の生理活性を有するポリリン酸化合物と結合したときには、ポリリン酸化合物の生理活性を阻害することができる。特に、細胞内シグナル伝達機構で重要な役割を果たしているポリリン酸化合物、特に、IP3に対して本発明の超分子錯体を用いた場合には、シグナル伝達の阻害剤としても機能することができる。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明の超分子錯体の構造特性を概念的に示した模式図である。
【図2】本発明の超分子錯体のX線結晶解析像である。
【図3】(A)本発明の実施例にかかる超分子錯体とCTP3との結合状態を説明するUV吸収スペクトルを示すグラフ、(B)は(A)の反応時の結合割合を説明するグラフである。
【図4】本実施例にかかる超分子錯体のCTP3に対する発光特性を説明するグラフである。
【図5】本実施例にかかる超分子錯体と、他の化合物との発光強度の違いを説明するグラフである。
【図6】本実施例にかかる超分子錯体の種々のポリリン酸化合物に対する反応性を説明するグラフである。
【図7】(A)本実施例にかかる超分子錯体とIP3又はCTP3との混合液の様子を示す写真像、(B)は(A)に対してUV光を照射したときの発光の様子を示す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式で表されるサイクレン環含有超分子錯体。
X(Z)m ・・・・(I)
(式中、Xは、ルテニウム、ロジウム、鉄、ニッケル、コバルト、ランタノイドイオンからなる群から選択されたリンカー原子であり、Zは、含窒素環を介してリンカー原子に配位する下記式(II)で表されるサイクレン環含有錯体であり、mは2から3までの整数を表す。)
【化1】

(式(II)中、A1及びA2は、それぞれ独立に、リンカー原子に配位可能な少なくとも1個の窒素原子を含む5又は6員の含窒素環を表し、p及びqは、それぞれ独立に1〜2の整数を表す。)
【請求項2】
前記リンカー原子がルテニウムであることを特徴とする請求項1記載の超分子錯体。
【請求項3】
前記Zが下記式(III)で表される化合物であり、且つ前記mが3であることを特徴とする請求項1又は2記載の超分子錯体。
【化2】

【請求項4】
下記一般式で表されるポリリン酸化合物検出用プローブ。
X(Z)m ・・・・(I)
(式中、Xは、ルテニウム、ロジウム、鉄、ニッケル、コバルト、ランタノイドイオンからなる群から選択されたリンカー原子であり、Zは、含窒素環を介してリンカー原子に配位する下記式(II)で表されるサイクレン環含有錯体であり、mは2から3までの整数を表す。)
【化3】

(式(II)中、A1及びA2は、それぞれ独立に、リンカー原子に配位可能な少なくとも1個の窒素原子を含む5又は6員の含窒素環を表し、p及びqは、それぞれ独立に1〜2の整数を表す。)
【請求項5】
前記リンカー原子がルテニウムであることを特徴とする請求項4記載のポリリン酸化合物検出用プローブ。
【請求項6】
前記Zが下記式(III)で表される化合物であり、且つ前記mが3であることを特徴とする請求項4又は5記載のポリリン酸化合物検出用プローブ。
【化4】

【請求項7】
イノシトール三リン酸検出用である請求項4乃至6のいずれか1項記載のポリリン酸化合物検出用プローブ。
【請求項8】
請求項4記載のポリリン酸化合物検出用プローブを用いてポリリン酸化合物を検出するポリリン酸化合物検出方法。
【請求項9】
下記一般式(I)で表されるサイクレン環含有超分子錯体を含むシグナル伝達阻害剤。
X(Z)m ・・・・(I)
(式中、Xは、ルテニウム、ロジウム、鉄、ニッケル、コバルト、ランタノイドイオンからなる群から選択されたリンカー原子であり、Zは、含窒素環を介してリンカー原子に配位する下記式(II)で表されるサイクレン環含有錯体であり、mは2から3までの整数を表す。)
【化5】

(式(II)中、A1及びA2は、それぞれ独立に、リンカー原子に配位可能な少なくとも1個の窒素原子を含む5又は6員の含窒素環を表し、p及びqは、それぞれ独立に1〜2の整数を表す。)

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−290783(P2006−290783A)
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−112285(P2005−112285)
【出願日】平成17年4月8日(2005.4.8)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年10月9日 第48回日本薬学会関東支部大会実行委員会、日本薬学会関東支部第18回シンポジウム実行委員会発行の「第48回 日本薬学会関東支部大会、日本薬学会関東支部 第18回シンポジウム 講演要旨集」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年1月19日 国立大学法人広島大学主催の「平成16年度 大学院医歯薬学総合研究科博士論文発表会」において文書をもって発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年2月1日 日本薬学会年会Webページ(http://nenkai.pharm.or.jp/125/pc/imulti_result.asp)にて発表
【出願人】(803000115)学校法人東京理科大学 (545)
【Fターム(参考)】