説明

超広帯域電波吸収体としての磁性体担持コイル状炭素繊維の製造方法

【課題】従来、コイル状炭素繊維に担持させることが困難であった磁性酸化物または誘電体酸化物を、コイル状炭素繊維に担持させる方法を提供する。
【解決手段】本発明は、磁性酸化物または誘電体酸化物の原料となる金属塩化物の水溶液にコイル状炭素繊維を分散させる分散工程と、この分散工程によって得られた金属塩化物とコイル状炭素繊維と水とから成る混合物にアルカリを添加して混合物のpHをpH12以上の強アルカリ性に調整することにより、金属の水酸化物とコイル状炭素繊維とを共沈させる共沈工程と、共沈工程で得られた金属の水酸化物とコイル状炭素繊維からなる共沈物を50℃以上の温度で保持することにより、磁性酸化物または誘電体酸化物を前記コイル状炭素繊維の表面に担持された状態で結晶化させる結晶化工程とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性酸化物または誘電体酸化物を表面に担持したコイル状炭素繊維の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電子機器の多様化につれて、電子機器で使用される電波の帯域幅がより広くなっている。電子機器から発せられる電波の中には、医療機器等の他の機器に誤作動を引き起こすなど、周囲に悪影響を及ぼす可能性のあるものがある。このため、不必要な電波の漏洩は、極力防止する必要がある。そこで不要な電波の漏洩防止のために、できるかぎり広帯域な電波を吸収することのできる超広帯域電波吸収体が求められている。
【0003】
電波吸収体の一つとして、GHz帯の電波を吸収するコイル状炭素繊維(カーボンマイクロコイル)が知られている。コイル状炭素繊維は、直径0.01〜100μm、ピッチ0.1〜10μmの螺旋構造を有する炭素繊維である。電波が照射されたコイル状炭素繊維は、コイル内に誘導電流が流れることで発熱し、これに伴って電波の一部を吸収するという特性を備えている。またコイル状炭素繊維は、電波を反射、散乱させることが可能であり、コイル状炭素繊維に照射された電波を急激に減衰させることができる。
【0004】
コイル状炭素繊維は、特にGHz帯域の電波の吸収特性に優れており、それよりも周波数の小さい電波の吸収が不充分となる場合があった。このため、コイル状炭素繊維の外周面に、KHz、MHz帯域の電波を吸収する磁性体や誘電体による被覆を施して、より広帯域な電波吸収特性を得ようとする試みがなされている。
【0005】
特許文献1には、コイル状炭素繊維の外周面にコバルト、マンガン等の化合物やニッケル−ホウ素系合金、ニッケル−リン系合金からなる被覆層を無電解メッキ法により形成して、より広帯域の電波の吸収体として用いる技術が開示されている。特許文献1には、コイル状炭素繊維の外周面を、コバルト−リン合金で被覆する方法と、ニッケル−ホウ素合金で被覆する方法が開示されている。
【0006】
特許文献1の技術でメッキに用いられる水溶液は、硫酸コバルト−次亜リン酸ナトリウム−酢酸ナトリウム−硫酸アンモニウム水溶液と、硫酸ニッケル−ジメチルアミンボラン−クエン酸ナトリウム−エチレンジアミン四酢酸水溶液とが用いられている。すなわち特許文献1のメッキ反応は、弱アルカリ性の水溶液中で進められる。
【0007】
また、非特許文献1には、結晶化されたフェライト膜を基材の表面に形成する方法が開示されている。非特許文献1のフェライト膜を形成する方法は、金属やPETから成る基材を、鉄イオンとコバルトイオンとを含むpH6〜11の水溶液に浸漬することで、基材の表面にフェライト膜を形成する。非特許文献1の方法によってフェライト膜が形成された基材は、磁気記録媒体や、磁気ヘッド等に利用される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001−146644号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Masanori Abe,Yutaka Tamaura著「Ferrite−Plating Aqueous Solution: A New Method for Preparing Magnetic Thin Film」Japanese Journal of Applied Physics VOL.22,No.8 1983年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1のコイル状炭素繊維に対するメッキは、弱アルカリ性の水溶液中で進められる。このため、所望の被覆層を得るには反応時間が比較的長くかかってきた。またこの方法でコイル状炭素繊維に担持させることのできる物質は金属に限られており、その金属の種類や結晶構造にも制約があった。非特許文献1のフェライト膜を形成する方法は、基材に金属やPETを用いた場合についての検討が行われているが、コイル状炭素繊維の表面に磁性酸化物を担持させる最適な方法は検討されていない。
【0011】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであって、これまでメッキ法ではコイル状炭素繊維に担持させることが困難であった磁性酸化物または誘電体酸化物を、コイル状炭素繊維に担持させる方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、磁性酸化物または誘電体酸化物を担持したコイル状炭素繊維の製造方法に関する。本発明は、コイル状炭素繊維の表面に、磁性酸化物または誘電体酸化物を、共沈法によって担持させることを特徴とする。共沈法を用いることにより、従来ではコイル状炭素繊維に担持させることが困難であった磁性酸化物または誘電体酸化物を、コイル状炭素繊維に均質に担持させることが可能となる。
【0013】
更に詳細には、本発明の磁性酸化物または誘電体酸化物を担持したコイル状炭素繊維の製造方法は、磁性酸化物または誘電体酸化物の原料となる金属塩の水溶液にコイル状炭素繊維を分散させる分散工程と、分散工程によって得られた金属塩とコイル状炭素繊維と水とから成る混合物にアルカリを添加して、混合物のpHをpH12以上の強アルカリ性に調整することにより、磁性酸化物または誘電体酸化物の原料となる金属の水酸化物とコイル状炭素繊維とを共沈させる共沈工程と、この共沈工程で得られた金属の水酸化物とコイル状炭素繊維からなる共沈物を50℃以上の温度で保持することにより、磁性酸化物または誘電体酸化物を前記コイル状炭素繊維の表面に担持された状態で結晶化させる結晶化工程と、を備えることを特徴とする。
【0014】
さらに、本発明の磁性酸化物または誘電体酸化物を担持したコイル状炭素繊維の製造方法は、磁性酸化物または誘電体酸化物の原料となる金属塩が、Fe,Ni,Mn,Zn,Co,Ba,Ca,Ti,Zr,Sr,Mg,Y,Cuの塩化物、硫酸塩、硝酸塩の中から選択される1又は2以上の金属塩であることを特徴とする。
【0015】
さらにまた、本発明の磁性酸化物または誘電体酸化物を担持したコイル状炭素繊維の製造方法は、結晶化工程において、磁性酸化物または誘電体酸化物が、コイル状炭素繊維の表面で、スピネル型、ペロブスカイト型、ガーネット型、または六方晶型のいずれかの結晶構造を形成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明の共沈法を用いた磁性酸化物または誘電体酸化物を担持したコイル状炭素繊維の製造方法により、従来ではコイル状炭素繊維に担持させることが困難であった磁性酸化物または誘電体酸化物を、コイル状炭素繊維に均質に担持させることが可能となった。
【0017】
本発明の共沈法を用いた磁性酸化物または誘電体酸化物を担持したコイル状炭素繊維の製造方法は、従来のメッキによる方法と比較すると、より短時間で均質にコイル状炭素繊維に対して磁性酸化物または誘電体酸化物を担持させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、実施例1のNi0.8Zn0.2Feを担持したコイル状炭素繊維の製造方法のフロー図である。
【図2】図2は、共沈工程によって得られた、コイル状炭素繊維と水酸化ニッケルと水酸化亜鉛と水酸化鉄(III)とを含むアルカリ溶液の図面代用写真である。
【図3】図3は、コイル状炭素繊維と、水酸化ニッケルと水酸化亜鉛と水酸化鉄(III)との結合状態を模式的に表した図である。
【図4】図4は、Ni0.8Zn0.2Feの結晶を担持したコイル状炭素繊維の一部を模式的に示す図である。
【図5】図5は、Ni0.8Zn0.2Feを担持したコイル状炭素繊維のX線解析ダイヤグラムである。
【図6】図6は、Ni0.8Zn0.2Feを担持したコイル状炭素繊維を光学顕微鏡によって撮影した図面代用写真である。
【図7】図7(a)及び図7(b)はNi0.8Zn0.2Feを担持したコイル状炭素繊維を光学顕微鏡によって撮影した光学反射像であり、図7(c)及び図7(d)は、Ni0.8Zn0.2Feを担持したコイル状炭素繊維を光学顕微鏡によって撮影した透過像の図面代用写真である。
【図8】図8は、Ni0.8Zn0.2Feを担持したコイル状炭素繊維を走査型電子顕微鏡(SEM)によって撮影した図面代用写真である。
【図9】図9は、磁界を印加させた方向に配向したNi0.8Zn0.2Feを担持したコイル状炭素繊維の図面代用写真である。
【図10】図10(a)は、Ni0.8Zn0.2Feを担持したコイル状炭素繊維の断面を透過型電子顕微鏡(TEM)によって撮影した図面代用写真であり、図10(b)と図10(c)は、図10(a)に示されたコイル状炭素繊維の断面の一部を制限視野電子回折法によって解析した結果の図面代用写真である。
【図11】図11(a)は、Ni0.8Zn0.2Feを担持したコイル状炭素繊維を透過型電子顕微鏡(TEM)によって撮影した図面代用写真であり、図11(b)〜図11(e)は、図11(a)に示されたコイル状炭素繊維のエネルギー分散型X線分析装置(EDX)による元素マッピングの結果を示す図面代用写真である。
【図12】図12は、実施例1の製造方法によって得られたNi0.8Zn0.2Feを担持したコイル状炭素繊維の電波吸収特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、発明を実施するための最良の形態を列記する。
【0020】
本発明の製造方法によって、コイル状炭素繊維が担持(吸着)することのできる磁性酸化物又は誘電体酸化物の原料となる金属は、Fe,Ni,Mn,Zn,Co,Ba,Ti,Zr,Sr,Ca,Mg,Y,Cuである。これらの金属に共通する第1の特徴は、酸化物、塩化物、硫酸塩、硝酸塩のいずれかの化合物の状態で、水、又は塩酸、硝酸、硫酸のいずれかの水溶液に溶解することである。第2の特徴は、強アルカリの条件下で水酸化物としてコイル状炭素繊維と共沈することにある。
【0021】
以下に、本発明の製造方法に用いられる磁性酸化物または誘電体酸化物の原料となる化合物を列記する。塩化物では、FeCl,FeCl,NiCl,MnCl,ZnCl,CoCl,BaCl,TiCl,ZrCl,SrCl,CaCl,MgCl,YCl,CuClのいずれかを用いることができる。硫酸塩では、Fe(SO,FeSO,NiSO,MnSO,CoSO,ZnSO,BaSO,TiOSO,Ti(SO,ZrOSO,SrSO,CaSO,MgSO,Y(SO,Cu(SOのいずれかを用いることができる。硝酸塩では、Fe(NO,Fe(NO,Ni(NO,Mn(NO,Mn(NO,Zn(NO,Co(NO、Co(NO,Ba(NO,Sr(NO,Ca(NO,Ti(NO,ZrO(NO,Mg(NO,Y(NO,Cu(NOのいずれかを用いることができる。これに加えて、Fe,Ni,Mn,Co,Zn,Ba,Ti,Sr,Ca,Zr,Mg,Y,Cuの酸化物のいずれかを用いることができる。
【0022】
共沈した金属の水酸化物と、コイル状炭素繊維とは、所定の時間、pH12以上の強アルカリ性に保持されることで、コイル状炭素繊維の表面に磁性酸化物または誘電体の酸化物の結晶が形成される。形成される結晶構造は、スピネル型、ペロブスカイト型、ガーネット型、六方晶型のいずれかとなる。
【0023】
強アルカリ性の条件下で結晶構造を成長させるために、磁性酸化物または誘電体の水酸化物とコイル状炭素繊維の混合物を所定の時間保持する必要がある。50℃で保持する場合には、1週間程度の保持期間が必要となる。100℃〜200℃で保持する場合には、数分以上保持することが必要である。
【実施例1】
【0024】
以下に、図面を参照しつつ、本発明の磁性酸化物または誘電体酸化物を表面に担持したコイル状炭素繊維の製造方法の一例として、コイル状炭素繊維に、磁性酸化物であり、フェライトの一種であるNi0.8Zn0.2Feを担持させる方法を詳細に説明する。図1に、本実施例のNi0.8Zn0.2Feを担持したコイル状炭素繊維の製造方法のフロー図を示す。
【0025】
本実施例の製造方法の最初の工程は、図1のステップ1に示す分散工程であって、Ni0.8Zn0.2Feの原料となる金属塩の水溶液に、コイル状炭素繊維を添加し、混合撹拌してコイル状炭素繊維を水溶液に分散させる工程である。本実施例における金属塩の水溶液は、塩化ニッケル六水和物(NiCl・6HO)を0.24molと、塩化亜鉛(ZnCl)を0.06molと、塩化鉄(III)六水和物(FeCl・6HO)とを水400mlに溶かしたものである。前記の3種類の金属塩化物は、Ni0.8Zn0.2Feとして0.3molとなるようにその添加量を調整されている。分散工程では、この水溶液に、コイル状炭素繊維50gを添加して撹拌混合し、コイル状炭素繊維を水溶液に分散させる。
【0026】
本実施例の製造方法の第2の工程は、図1のステップ2に示す共沈工程であって、金属塩化物とコイル状炭素繊維と水とから成る混合物に、水酸化ナトリウムを添加して、前記混合物のpHを12以上の強アルカリ性に調整する工程である。本実施例では、水酸化ナトリウム130gを水200mlに溶かした水溶液を、分散工程で得られた混合物に添加する。
【0027】
水酸化ナトリウムの添加により、ニッケルイオンと亜鉛イオンと鉄イオンとは、それぞれ水酸化ニッケル(Ni(OH))と、水酸化亜鉛(Zn(OH))と、水酸化鉄(III)(Fe(OH))となり、さらに水酸基が重合した状態となってコイル状炭素繊維と共に共沈する。このとき、コイル状炭素繊維の表面の炭素の未結合手(ダングリングボンド)は、共沈した水酸化ニッケルと水酸化亜鉛と水酸化鉄(III)とに共有結合しており、コイル状炭素繊維は水酸化ニッケルと水酸化亜鉛と水酸化鉄(III)とを吸着する。図2は、共沈工程によって得られた、コイル状炭素繊維と水酸化ニッケルと水酸化亜鉛と水酸化鉄(III)の共沈物を含むアルカリ溶液の図面代用写真である。またこのときのコイル状炭素繊維と、水酸化ニッケルと水酸化亜鉛と水酸化鉄(III)との結合状態を模式的に表した図を図3に示す。写真と目視により観察した結果、相対的に比重の軽いコイル状炭素繊維と相対的に比重の重い金属の水酸化物との間で、分離は確認されなかった。
【0028】
本実施例の製造方法の第3の工程は、図1のステップ3に示す結晶化工程である。本実施例における結晶化工程では、共沈した水酸化ニッケルと水酸化亜鉛と水酸化鉄(III)とコイル状炭素繊維とを、強アルカリ性の反応液の中に沈殿している状態で100℃以上で16時間保持している。結晶化工程によって、上記3種の金属の水酸化物が重合した状態から水分子が除去される。そしてコイル状炭素繊維の表面には、安定なスピネル型結晶構造となった、組成比がNi0.8Zn0.2Feの磁性酸化物が担持される。図4は、Ni0.8Zn0.2Feの結晶を担持したコイル状炭素繊維の一部を模式的に示す図である。以下に、重合した金属の水酸化物から水分子が除去されて磁性酸化物が得られる化学反応式を以下に示す。本実施例の工程によって得られる、結晶化したNi0.8Zn0.2Feを担持したコイル状炭素繊維は、洗浄と、ろ過と、乾燥を行うことによりアルカリ性の反応液から分離される。
【0029】
(化学反応式)

4Ni(OH)+ Zn(OH)+ 10Fe(OH)
→ 5Ni0.8Zn0.2Fe+ 20H

【0030】
本実施例の製造方法によって製造された、Ni0.8Zn0.2Feを担持したコイル状炭素繊維の構造について検証する。図5に、Ni0.8Zn0.2Feを担持したコイル状炭素繊維のX線解析ダイヤグラムを示す。X線解析ダイヤグラムには、コイル状炭素繊維のピークと、結晶化したNi0.8Zn0.2Feのピークが検出されている。図6に、Ni0.8Zn0.2Feを担持したコイル状炭素繊維を光学顕微鏡によって撮影した図面代用写真を示す。図7に、Ni0.8Zn0.2Feを担持したコイル状炭素繊維を光学顕微鏡によって撮影した光学反射像及び透過像の図面代用写真を示す。図7(c)及び図7(d)の透過像の比較から明らかなように、コイル状炭素繊維の内部にはNi0.8Zn0.2Feが充填されている。
【0031】
図8に、Ni0.8Zn0.2Feを担持したコイル状炭素繊維を走査型電子顕微鏡(SEM)によって撮影した図面代用写真を示す。コイル状炭素繊維の表面にNi0.8Zn0.2Feが担持され、かつコイル状炭素繊維の中にNi0.8Zn0.2Feが充填されている様子が観察される。また図9に示すように、Ni0.8Zn0.2Feを担持したコイル状炭素繊維に図中の矢印で示される方向の磁界を印加した場合、このコイル状炭素繊維が磁界方向に配向することから、Ni0.8Zn0.2Feがコイル状炭素繊維と一体化していることが検証された。
【0032】
図10(a)に、透過型電子顕微鏡(TEM)によってNi0.8Zn0.2Feを担持したコイル状炭素繊維の縦断面を観察し、制限視野電子回折法によってコイル状炭素繊維に担持されているNi0.8Zn0.2Feの結晶構造を解析した結果を示す。図10(a)に示すように、Ni0.8Zn0.2Feは、コイル状炭素繊維の表面に均質な層となって担持されている。図10(a)の符号Aの位置、即ち隣り合う炭素繊維と炭素繊維によって形成された溝状の部分に担持されているNi0.8Zn0.2Feの電子線回折像を図10(b)に示す。図10(b)に示すように、この溝状の部分からは、Ni0.8Zn0.2Feの(400)と(442)に相当する回折リングが観察されており、スピネル型結晶構造が形成されていることが確認された。図10(a)の符号Bの位置、即ち隣り合う炭素繊維と炭素繊維の接触部分の電子線回折像には、図10(c)に示すように回折リングは認められず、この部分には結晶構造が生成されていないことが確認された。
【0033】
図11に、透過型電子顕微鏡によって観察している領域から発生する特性X線をエネルギー分散型蛍光X線分析装置で分析し、担持されている金属の組成を検証した結果を示す。図11(a)に矩形で示される領域について、鉄のマッピングを行った結果を図11(b)に示し、酸素のマッピングを行った結果を図11(c)に示し、ニッケルのマッピングを行った結果を図11(d)に示し、亜鉛のマッピングを行った結果を図11(e)に示す。エネルギー分散型蛍光X線分析装置による解析の結果、隣り合う炭素繊維と炭素繊維の接触部分や、図10(a)の符号Bで示す部分においても、磁性酸化物が担持されていることが確認された。
【0034】
図12に、本実施例の製造方法によって得られた、Ni0.8Zn0.2Feを担持したコイル状炭素繊維についての電波吸収特性を示すデータの一つとして、反射減衰率の測定結果を示す。Ni0.8Zn0.2Feを担持したコイル状炭素繊維の反射減衰率は図12の中の破線で示されているが、一点鎖線で示されたコイル状炭素繊維単体及び二点鎖線で示されたコイル状炭素繊維とNi0.8Zn0.2Feの混合品とは異なる、より大幅な反射減衰率を示している。
【0035】
以上、実施例によって本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。例えば、本実施例における磁性酸化物の種類とモル比を種々変更することで、コイル状炭素繊維に様々な種類の磁性酸化物または誘電体酸化物を担持させることができる。その他、結晶化工程温度や時間の条件は、原料として使用する金属の種類によって、任意に変更することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明に係る磁性酸化物を担持したコイル状炭素繊維の製造方法によって得られた超広帯域電波吸収体は、樹脂等に分散させて新たな電波遮蔽体として利用することができる。例えば、携帯電話を始めとする電子機器の筐体にこの電波遮蔽体を適用することで、電波の漏洩防止とノイズ対策を行うことができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性酸化物または誘電体酸化物を、共沈法によってコイル状炭素繊維の表面に担持させることを特徴とする磁性酸化物または誘電体酸化物を担持したコイル状炭素繊維の製造方法。
【請求項2】
磁性酸化物または誘電体酸化物の原料となる金属塩の水溶液にコイル状炭素繊維を分散させる分散工程と、
前記分散工程によって得られた前記金属塩とコイル状炭素繊維と水とから成る混合物に、アルカリを添加して前記混合物のpHをpH12以上の強アルカリ性に調整することにより、磁性酸化物または誘電体酸化物の原料となる金属の水酸化物とコイル状炭素繊維とを共沈させる共沈工程と、
前記共沈工程で得られた前記金属の水酸化物とコイル状炭素繊維とからなる共沈物を50℃以上の温度で保持することにより、磁性酸化物または誘電体酸化物を前記コイル状炭素繊維の表面に担持された状態で結晶化させる結晶化工程と、
を備えることを特徴とする請求項1に記載の磁性酸化物または誘電体酸化物を担持したコイル状炭素繊維の製造方法。
【請求項3】
磁性酸化物または誘電体酸化物の原料となる前記金属塩が、Fe,Ni,Mn,Zn,Co,Ba,Ca,Ti,Zr,Sr,Mg,Y,Cuの塩化物、硫酸塩、硝酸塩の中から選択される1又は2以上の金属塩であることを特徴とする請求項1又は2に記載の磁性酸化物または誘電体酸化物を担持したコイル状炭素繊維の製造方法。
【請求項4】
前記結晶化工程において、前記磁性酸化物または前記誘電体酸化物が、前記コイル状炭素繊維の表面で、スピネル型、ペロブスカイト型、ガーネット型、または六方晶型のいずれかの結晶構造を形成することを特徴とする請求項1乃至3に記載の磁性酸化物または誘電体酸化物を担持したコイル状炭素繊維の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2012−12736(P2012−12736A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−151532(P2010−151532)
【出願日】平成22年7月2日(2010.7.2)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成21年度経済産業省「地域イノべーション創出研究開発事業(磁性体担持カーボンマイクロコイルを用いた超広帯域電波吸収体)」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(000173522)財団法人ファインセラミックスセンター (147)
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)
【出願人】(399054000)シーエムシー技術開発 株式会社 (23)
【Fターム(参考)】