説明

超短パルスレーザーの照射による衝撃波を利用した板材成形法

【課題】
容易でかつ、高精度な極薄板微細部品の成形を可能とする板材成形方法を提供する。
【解決手段】
目標形状となる微細な凹形状1を有する金型2の上に、極薄板3を設置、固定し、金型との間に空間7を有している極薄板の領域8に対して、金型とは反対側から超短パルスレーザー9を複数パルス照射し、生じた衝撃波による圧力で、極薄板の領域10を金型の凹形状1に押し付け密着させて、極薄板を微細な輪郭に成形する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超短パルスレーザーを照射したときに生じる衝撃波を利用し、塑性材料の極薄板材を金型に押し付けることで、極薄板材に微細な輪郭を転写成形する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、マイクロマシンに代表されるように部品の小型化や微細化が進んできており、加工方法も部品の微細化に対応していくことが要求されている。極薄板は部品の微細化に適した材料であり、極薄板に微細な輪郭を成形することで、立体的な形状をもつ極薄板部品を得ることが出来る。
【0003】
板材を成形する加工法としては、自動車の板金に代表されるプレス成形が、その生産性の高さゆえに多用されている。プレス成形は、製品形状を模った上型と下型の間に、素材である板材を置き、加圧して上下型の間に板を挟みこんで、型形状を板材に転写する成形法である。しかし、これらのプレス成形を極薄板を材料とするマイクロメートルオーダーの微細な部品に適用することは容易ではない。理由として、極薄板は成形後のスプリングバック量が大きいため形状凍結性が悪く精度が得にくい、微細な部品では上下型の精密な位置合わせが難しいなどが挙げられる。
【0004】
プレス成形とは成形原理の異なる板材成形法として、爆発成形法がある。(例えば非特許文献1参照)この成形法は、あらかじめダイスに取り付けた薄板を水中に沈め、水中にて薄板側から爆薬を爆発させ、その際に生じた衝撃波によって、薄板をダイスに押し付けて、金型の形状を板材に転写するという成形法である。上下型の片方の役割を衝撃波の圧力が務めるため、型の位置合わせは不要である。また、爆発による衝撃波の圧力は非常に大きくスプリングバック量を抑制できるため、板材の形状凍結性、形状の転写性が良く、精度を高くできるという特徴がある。しかしこの成形法は、爆発を伴うため、小さい部品には不向きであり、その実施に大掛かりな設備が必要であること、生産性が低い、爆薬の管理に細心の注意が要るなど欠点も多いため、特殊な部品や工芸品の加工などに用途が限られていた。
【0005】
一方、微細加工の代表的な手法としてはレーザー加工があり、穴あけ、切断、光造形など様々な応用が図られている。近年、レーザー加工でも、超短パルスレーザーを利用した加工が盛んに研究されており、その実用例のひとつにレーザーピーニングがある。(例えば非特許文献2参照)物質表面に超短パルスレーザーを集光照射すると、瞬間的に高圧のプラズマが発生する。特に水中の被加工物に照射した場合は、水の慣性によって数GPaの圧力が発生するといわれている。レーザーピーニングは、このプラズマによって引き起こされる衝撃波により被加工物表面を塑性変形させ、被加工物内部に圧縮残留応力分布を生じさせる表面処理方法であり、部品の寿命向上方法として実用化されている。ピーニングしたい場所に集光点を移動させてから、あるいは集光点を走査しながら加工できるため、所望の場所に局所的に加工することが可能で、反力が小さいため、小さな被加工物でも比較的容易に加工が出来る。しかし、これまでレーザーピーニングは応力分布を得ることが主目的とされ、この際に生じる衝撃波を塑性変形に積極的に利用する加工法は、試みられていなかった。
【非特許文献1】「塑性と加工(日本塑性加工学会誌)」第4巻第34号、 1963年、p.755−766
【非特許文献2】「レーザー研究(レーザー学会誌)」第33巻第7号、 2005年、p.444−451
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
極薄板を用いた微細な部品の成形は、慣用的なプレス成形では、スプリングバックにより高い精度が得られず、精度を向上するには大規模な設備が必要となるなどの理由で、精度と簡便性を両立することが困難であった。本発明が解決しようとする課題は、容易でかつ、高精度な極薄板微細部品の成形を可能とする板材成形方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために成された本発明に係る板材成形方法は、目標形状となる微細な凹形状を有する金型の上に、素材となる極薄板を設置、固定し、金型の凹部の上に位置していて金型との間に空間を有している極薄板の領域に対して、金型とは反対側から超短パルスレーザーを複数パルス照射し、生じた衝撃波による圧力で、極薄板を金型凹部に押し付け密着させて、微細な金型形状を極薄板に転写することで、極薄板を微細な輪郭に成形することを特徴とするものである。
【0008】
また、本発明に係る板材成形法は、パルスレーザーの集光点を金型の持つ輪郭に沿って走査させながら照射して、逐次的に板材を成形しても良い。集光点を走査させることにより、長い溝状の微細な輪郭や、集光点の面積に対して大きい面積を持つ輪郭形状、板厚に対して深い輪郭形状など一点へのレーザー照射では成形が困難な輪郭も成形することが出来る。つまり本発明の別の形態としての板材成形法は、レーザーの集光点面積に対して十分大きい凹形状を有する金型の上に、素材となる極薄板を設置、固定させ、金型の凹部の上に位置していて金型との間に空間を有している極薄板の領域に対して、金型とは反対側から超短パルスレーザーを複数パルス照射し、かつその集光点を走査させて、生じた衝撃波による圧力で、極薄板を金型凹部に逐次的に押し付け密着させて、一点へのレーザー照射では成形できない大きさの輪郭形状を極薄板に転写することで、極薄板を成形することを特徴とするものである。
【0009】
なお、本発明に係る板材成形法に使用される金型は、凹形状のみを有するものに限定されず、微細な凸形状を有する金型に極薄板を押し付けた状態で固定し、凸部の周辺にレーザー集光点を走査させながら照射することで、逐次的に極薄板を金型に沿わせながら輪郭を転写しても良い。さらに同様の方法で、微細な凸形状と凹形状の両方を有する金型を用いて極薄板に輪郭を転写しても良い。
【0010】
また、これらのレーザー照射は、空気中で実施しても、水などの液中で実施してもよく、空気中でのレーザー照射によって生じる衝撃波が材料を塑性変形させるのに十分大きければ空気中、不十分であればより大きい衝撃波の得られる液中にて実施すればよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明の板材成形法は、通常のプレス成形で用いられる一対の上下型のうち片方の役割を衝撃波が受け持つため、微細なプレス成形に必須の金型同士の位置あわせ作業が不要である。また所望の加工位置に狙いを定めてレーザーを照射することで、極狭い範囲に集中的に加工することが出来るため、微細な輪郭形状の転写に適している。超短パルスレーザーによって生じる衝撃波は、高圧を生じるため、極薄板材の金型への密着性が高く、形状凍結性と転写性が向上するため、製品の精度を向上できる。また照射位置を走査させながら逐次成形することが出来るため、板材の成形限界を向上させることが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
実施例を用いて本発明の最良の形態を以下に説明する。
【実施例】
【0013】
(実施例1)
本発明に係る加工工程の一例を図1、2に示す。金型2はあらかじめレーザー加工機の加工ステージ6に固定してある。加工ステージ6は金型2をのせて三次元的に平行移動することができるものである。金型2は表面にマイクロメートルオーダーの凹形状1を有している。金型2の材質は金属に限定されず、セラミックス、ガラス、樹脂などを用いても良い。金型2の上に極薄板3をのせ、その上から極薄板を拘束するための板押さえ4をのせ、ねじ5を締めて極薄板3を金型2の上に押さえつけて固定する。板押さえ4は照射部へレーザー光を通すために穴の開いた形状である。板押さえはねじの代わりにばねなどで押さえつけてもよい。さらに板押さえとして適度な弾性力を有するゴムなどの弾性体を直接極薄板に押し付けて固定しても良い。また極薄板は金型に密着させた方が良いが、極薄板はたわみやすいため金型との間に隙間ができやすい。そのため板押さえの穴はレーザー光が通過できる最小のものとして、なるべく照射部の近くを押さえることが望ましい。図2(a)のように金型表面の凹形状1と極薄板3の間には空間7が残される。この状態で空間7の裏側に位置する極薄板の領域8に、金型とは反対側から超短パルスレーザー9を複数パルス集光照射する。レーザーの種類としては超短パルスであればYAGレーザーなどでも良いが、衝撃波を効率的に発生させられるという点と熱影響が極めて小さいという点でフェムト秒チタンサファイアレーザーをもちいた。極薄板3を取り付けると金型の凹形状1の位置が見えないので、レーザーを照射する位置は、薄板を取り付ける前にあらかじめ金型の凹形状の座標を記録しておき、そこを狙って照射する。レーザー照射を受けた極薄板表面の領域8にはプラズマの発生に伴う衝撃波が発生し、衝撃波の圧力によって領域8は金型側に押圧され、その裏側の領域9は金型の凹形状1に押し付けられる(図2(b))。裏側の領域10は、型の凹形状1に沿った形に成形され、型形状が転写される。レーザー照射後、板押さえ4を取り外して、極薄板3を取り出して成形が完了し、極薄板には凸形状が転写される。
【0014】
(実施例2)
本発明で使用する金型は、凸形状を持つものでもよい。金型表面に凸形状をもつ金型での加工工程の例を図3、4に示す。実施例1同様、金型11は加工ステージ6に固定され、金型11の表面にはマイクロメートルオーダーの半球状の凸形状12が設けられている。金型11の上に極薄板13をのせ、その上から極薄板を拘束するための板押さえ4をのせ、ねじ5を締めて極薄板13を金型11の上に押さえつけて固定する。凸形状12がマイクロメートルオーダーなので、極薄板は凸形状12の頂上と接して、ほぼ金型の平坦面14と平行に近くなり、凸形状12の周りには空間15が出来る(図4(a))。この状態で空間15の裏側に位置する極薄板の領域16に、金型とは反対側から超短パルスレーザー9を複数パルス集光照射する。レーザー照射を受けた極薄板表面にはプラズマの発生に伴う衝撃波が発生し、衝撃波の高圧によって極薄板の領域16は押圧され、その裏側の領域17は金型の凸形状12に押し付けられる。レーザー集光点が極薄板表面上で凸形状12を中心として円を描くようにレーザーまたは加工ステージを走査させ、極薄板に順次レーザーを照射していくことで(図4(b))、極薄板の領域17は凸形状12の表面および金型の平坦面14に押し付けられて、金型形状が転写される(図4(c))。
【0015】
(実施例3)
上記実施例2の要領で集光点を極薄板上で走査させれば、マイクロメートルオーダーよりも大きい輪郭形状を成形することも可能である。図5(a)のように深さはマイクロメートルオーダーだが、長さがミリメートルオーダーの溝18をもつ金型19を用い、極薄板20を実施例1の要領で固定し(図5(b))、溝に沿ってレーザー集光点が極薄板上を移動するようにレーザーまたは加工ステージを走査させつつ超短パルスレーザー21を集光照射する。レーザー照射による変形は照射部近傍に限られるため、走査させなければ成形は一点でしか行われず、集光点から離れた場所は成形されない(図5(c))が、溝に沿ってレーザー集光点が移動することで、逐次的に成形が繰り返されるため、溝の長さに渡って溝形状を極薄板に転写することが出来る(図5(d))。
【0016】
(実施例4)
また、上記実施例2の要領でレーザー集光点を極薄板上で走査させて、逐次的に小さな張り出しを繰り返すことで、一点への照射では成形しきれないような、マイクロメートルオーダーより大きい輪郭形状を極薄板に転写することが可能となる。図6は円錐状の凹形状22をもつ金型23を用いた場合の加工の例である。一点への照射では変形が小さすぎるため、照射面積に比べて十分に大きい輪郭形状は成形できない。そこで集光点を金型の凹形状22の中心周りに凹形状の縁から中心に近づけていくように螺旋状に走査させながら、輪郭の外周から、レーザー照射24による小さな押し込み25を逐次的に繰り返していくことで、極薄板26を凹形状22に密着させていく(図6(a)(b))。型からの転写性を向上するために、同様の走査を複数回繰り返してもよい。逐次的な成形を領域全体で行うことで、照射面積に比べて大きい輪郭も転写出来、極薄板には凸形状を成形することが出来る(図6(c))。図7に円錐状の凸形状27をもつ金型28を用いた場合を示す。この場合は、集光点を凸形状27の中心付近から縁側に向かって螺旋状に走査させ、レーザー照射29による小さな押し込み30を逐次的に繰り返していくことで、極薄板31を金型に密着させていく(図7(a)(b))。これによって照射面積に比べて大きい輪郭も転写出来、極薄板には凹形状を成形することが出来る(図7(c))。
【産業上の利用可能性】
【0017】
本発明は微細な加工に適した成形法なので、マイクロマシン部品の製造などへの応用が可能である。また、超短パルスレーザーは衝撃波を発生させる以外にも、穴あけや切断加工が可能であり、ひとつのレーザー加工機を、極薄板に対して切断、穴あけなどの除去加工とともに輪郭成形も行える複合加工機として使用することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施例1での工具構造の概略
【図2】本発明の実施例1での加工工程の概略
【図3】本発明の実施例2での工具構造の概略
【図4】本発明の実施例2での加工工程の概略
【図5】本発明の実施例3での加工工程の概略
【図6】本発明の実施例4での加工工程の概略(凹形状金型での逐次加工)
【図7】本発明の実施例4での加工工程の概略(凸形状金型での逐次加工)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
目標形状となる微細な凹形状を有する金型の上に、素材となる極薄板を設置、固定し、金型の凹部の上に位置していて金型との間に空間を有している極薄板の領域に対して、金型とは反対側から、空気中または液中にて、超短パルスレーザーを複数パルス照射し、生じた衝撃波による圧力で、極薄板を金型凹部に押し付け密着させて、微細な金型形状を極薄板に転写することで、極薄板を微細な輪郭に成形することを特徴とする板材成形法。
【請求項2】
レーザーの集光点面積に対して十分大きい輪郭形状あるいは凸形状を持つ金型の上に、素材となる極薄板を設置、固定し、金型との間に空間を有している極薄板の領域に対して、金型とは反対側から、空気中または液中にて、超短パルスレーザーを複数パルス照射し、かつその集光点を走査させることにより、生じた衝撃波による圧力で、極薄板を金型に逐次的に押し付け密着させて、レーザーの集光点面積に対して十分大きい輪郭形状や、金型の凸形状を極薄板に転写することで、極薄板を目標形状に成形することを特徴とする板材成形法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−154163(P2009−154163A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−331424(P2007−331424)
【出願日】平成19年12月25日(2007.12.25)
【出願人】(590002389)静岡県 (173)