説明

超電導膜の製造方法並びに該方法により得られる超電導膜及び仮焼成膜

【課題】支持体上に超電導物質をコーティングした超電導膜に、イオン照射によってピン止め中心を導入することにより、磁場中での臨界電流密度特性が高められた超電導材料膜の製造方法を提供する。
【解決手段】支持体上に作製された超電導膜に、低エネルギー・軽イオンを照射することによって、超電導膜の中に有効なピン止め点が導入されるため、磁場中でのJc及びJcの磁場角度依存性が高められた超電導材料膜が製造できる。また、塗布熱分解法の仮焼成工程の後に低エネルギー・軽イオンを照射して、さらに本焼成することによっても、磁場中でのJc及びJcの磁場角度依存性が高められた超電導材料膜が製造できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電力輸送、電力機器、情報機器材料等の分野で用いる、超電導材料の製造方法、より詳しくは、限流器、マイクロ波フィルタ、テープ材料、線材などへの応用を目指して支持体上に超電導物質をコーティングした超電導膜にイオン照射によってピン止め中心を導入することにより、磁場中での臨界電流密度特性が高められた超電導膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
(RE)Ba2Cu37(式中、REは、希土類元素を表す。)で表される高温超電導酸化物(以下、「RE123」と略称し、たとえば、REがイットリウム(Y)の場合は、「Y123」と略称する。)膜の磁場中臨界電流密度(Jc)の向上のため、効果的なピン止め中心の導入法の開発が進められている。導入法の主流は、原料に不純物を添加し、製造過程でそれをナノドット状、ナノロッド状などのナノ析出物として超電導相内に分散させる方法である。特に、パルスレーザ堆積法(PLD法)では、Y2BaCuO5、BaZrO3やBaSnO3等がナノドット状あるいはナノロッド状に自己組織化した析出物が得られ、それらがJc向上に寄与することが報告されている(非特許文献1、特許文献1)。しかしながら、これらナノドットやナノロッドの形状やサイズの制御は困難であり、磁場中Jc特性を向上させるための条件の最適化が求められている。
【0003】
一方、高エネルギー・重イオンや中性子などの粒子線の照射により、ピン止め中心を導入する方法がある。この方法は、照射される粒子の種類、照射エネルギー、フルエンスを変化させることで、超電導膜の製造過程とは独立に欠陥の形状や密度を制御できるという利点がある。
粒子線照射によって材料中に形成される照射損傷のサイズや形状は、照射される粒子の種類、照射エネルギー及び照射の対象となる材料の種類によって異なる。なかでも、高エネルギー・重イオン照射では、イオンの飛跡に沿って直径が数nmの円柱状欠陥が形成されることが知られており、そのサイズが超電導体のコヒーレンス長とほぼ同等であることから、強いピン止め中心となることが期待されている。実際、単結晶等を用いた研究でJcや不可逆磁場が大きく向上することが報告されており、重イオン照射により円柱状欠陥を生成させるためには、Y123系では20keV/nm程度以上の電子阻止能Seが必要であり、またSeが大きいほど、直径が大きくなる傾向がある(非特許文献2、3)。これらの研究を基にして、PLDで作製したY123線材について、AVFサイクロトロンを用いた450MeVのXeイオン照射(Se約30keV/nm)によって磁場HをY123膜のc軸方向にかけたときのJcが向上している(非特許文献4)。
なお、「電子阻止能Se」及び後述する「核阻止能Sn」は、照射対象物質、イオン種、照射エネルギーの3条件によって決定する量であり、これを計算する手法として、米IBM社が開発し無償で配布している非特許文献5に記載されたソフトウェアが広く一般的に用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−312038号公報
【特許文献2】特公平7−106905号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】T.Houganら、Nature430(2004)867
【非特許文献2】V.Hardyら、Nucl.Instrum.Meth.B54(1991)472
【非特許文献3】Y.Zhuら、Phys.Rev.B48(1993)6436
【非特許文献4】筑本ら、低温工学44(2009)523
【非特許文献5】J.F.Zieglerら、“THE STOPPING AND RANGE OF IONS IN SOLIDS”、Pergamon Press(1985)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の粒子線を用いたピン止め中心の導入法では、たとえばPLDで作製したY123線材について、AVFサイクロトロンを用いた450MeVのXeイオン照射(Se約30keV/nm)のような高エネルギー・重イオンが必要であった。しかしながらこのような高エネルギー・重イオン照射には非常に高価で特殊な装置を必要とするため高コストとなり、大量生産には不適である。また、高エネルギー・重イオンによる照射による磁場中Jcの向上は、特定の磁場方向においてのみ生じる効果であるが、応用上は、全磁場方向においてJcが向上することが求められる。
【0007】
本発明は、こうした現状を鑑みてなされたものであって、より低コストの低エネルギー・軽イオン照射によって超電導膜中にピン止め中心を導入することができ、磁場中でのJc特性が磁場方向によらず高められた超電導膜の製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、超電導膜に、従来の高エネルギー・重イオン照射に代わってより低コストの低エネルギー・軽イオンを照射することによって、超電導膜の中に有効なピン止め点が導入されるため、磁場中でのJc特性が高められた超電導膜が製造できることが判明した。さらに、塗布熱分解法による超電導膜製造の仮焼成工程の後に低エネルギー・軽イオンを照射して、さらに本焼成することによっても、磁場中でのJc特性が高められた超電導膜が製造できることも判明した。
【0009】
本発明はこれらの知見に基づいて完成に至ったものであり、本発明によれば、以下の発明が提供される。
〈1〉支持体上に作製された(RE)Ba2Cu37(式中、REは、希土類元素を表す。)で表される超電導酸化物膜に、原子番号が5〜80から選ばれる1種以上のイオンを、照射エネルギー0.5〜10MeVで照射することを特徴とする超電導膜の製造方法。
〈2〉支持体上に、(RE)Ba2Cu37(式中、REは、希土類元素を表す。)で表される超電導酸化物膜に対応する金属種組成になるように配合された金属有機化合物の溶液を塗布し、乾燥させる工程(1)、塗布膜中の有機成分を熱分解させる仮焼成工程(2)、及び超電導物質への変換を行う本焼成工程(3)を経る塗布熱分解法において、本焼成工程(3)の後に、原子番号が5〜80から選ばれる1種以上のイオンを、照射エネルギー0.5〜10MeVで照射することを特徴とする超電導膜の製造方法。
〈3〉支持体上に、(RE)Ba2Cu37(式中、REは、希土類元素を表す。)で表される超電導酸化物膜に対応する金属種組成になるように配合された金属有機化合物の溶液を塗布し、乾燥させる工程(1)、塗布膜中の有機成分を熱分解させる仮焼成工程(2)、及び超電導物質への変換を行う本焼成工程(3)を経る塗布熱分解法において、仮焼成工程(2)の後に、原子番号が5〜80から選ばれる1種以上のイオンを、照射エネルギー0.5〜10MeVで照射することを特徴とする超電導膜の製造方法。
〈4〉前記本焼成工程の直後に、酸素分圧0.2〜1.2atmの雰囲気中で300〜900℃で熱処理することを特徴とする〈2〉又は〈3〉に記載の超電導膜の製造方法。
〈5〉〈1〉〜〈4〉のいずれかに記載の方法により製造される超電導膜。
〈6〉〈3〉に記載の超電導膜材料の製造方法におけるイオン照射後に得られる仮焼成膜。
【発明の効果】
【0010】
本発明の超電導膜の製造方法によれば、イオン照射後の超電導膜又は仮焼成膜には円柱状欠陥が再現性よく導入されるので、磁場中でのJc特性が高められた超電導膜を、低コストで、製造効率よく、大量に生産できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の超電導膜の製造プロセスを示す概略図
【図2】本発明におけるイオン照射装置の概略図
【図3】実施例1及び比較例で得られた本焼成膜の断面透過電子顕微鏡像
【図4】非特許文献2に記載された5.3GeVの鉛イオンを照射したY123膜の断面透過電子顕微鏡像
【図5】実施例1および実施例3で得られた本焼成膜のJcの磁場依存性
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、支持体上に作製したRE123膜に、原子番号が5〜80から選ばれる1種以上のイオンを、照射エネルギー0.5〜10MeVで照射することを特徴とするものであり、これにより、製造された超電導膜には円柱状欠陥が再現性よく導入されるので、磁場中でのJc特性が高められた超電導膜が製造できるものである。
【0013】
本発明の方法に用いられるRE123膜は、希土類金属(RE)、バリウム(Ba)、及び銅(Cu)からなる各金属成分を必須成分として含有する。必須成分である希土類金属元素には、イットリウム(Y)及びランタノイド元素である、ランタン(La)、ネオジム(Nd)、サマリウム(Sm)、ユウロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)、ルテチウム(Lu)を含有する。これらの希土類金属はこれらの中から選ばれる複数の金属を用いることもできる。
【0014】
希土類金属、バリウム、銅からなる超電導膜を形成しようとする場合には、希土類金属、バリウム及び銅の比率として、1:2:3の割合の希土類123系超電導膜(以下、例えば希土類金属がイットリウムの場合、「Y123膜」という)、1:2:4の割合の希土類124系超電導膜(以下、たとえば希土類金属がイットリウムの場合、「Y124膜」という)などが存在する。したがって、原料溶液における前記元素種の混合割合は、モル比で、1:2:3〜1:2:4のものが好ましいが、たとえばバリウムが欠損した組成などでも好ましい結果を得ることができるため、この割合にしばられるものではない。
また、この他にも超電導膜を形成する際に用いることができる金属種として用いることができるものであれば、適宜用いることができる。上記RE123膜に銀などの1価金属、カルシウムやストロンチウムなどの2価金属、超電導相を構成する必須希土類金属以外の例えばセリウム(Ce)やプラセオジム(Pr)、テルビウム(Tb)などの3価金属、ジルコニウム、ハフニウムなどの4価金属を添加することにより、添加元素又はその化合物が含有された超電導体を形成することが可能である。カルシウムやストロンチウム等の添加元素又はその化合物が含有された超電導体は、それらが含有されない超電導体とは異なる電気的特性を有するため、溶液中の金属の比率を制御することで、超電導体の電気的特性、例えば臨界温度や臨界電流密度などの諸特性を制御することが可能となる。
【0015】
前記RE123膜は、蒸着法、スパッタ法、パルスレーザ堆積法(PLD)、化学気相成長法(CVD)、塗布熱分解法のうちから選ばれる1種以上の方法により作製することができる。中でも、従来、RE123膜を製造する簡便な方法として、(1)RE123を構成する希土類元素を含む有機化合物溶液を基板に塗った後の乾燥工程、(2)有機成分の分解工程(仮焼成)、(3)超電導物質の形成工程(本焼成)を全て熱エネルギーにより行う方法、所謂塗布熱分解法が知られている(特許文献2)。
本発明におけるRE123膜作製は、この方法に限定されるものではないが、以下、本発明について、該塗布熱分解法による超電導膜を例に挙げて説明する。
【0016】
図1は、本発明の超電導膜の、塗布熱分解法による製造プロセスを示す概略図である。
本発明の第1の製造プロセスは、図1(A)に示すように、支持体上に、RE123に対応する金属種組成になるように配合された金属有機化合物の溶液を塗布し、乾燥させる工程(1)、塗布膜中の有機成分を熱分解させる仮焼成工程(2)、及び超電導物質への変換を行う本焼成工程(3)からなる塗布熱分解法において、本焼成工程(3)で得られた本焼成膜に、原子番号が5〜80から選ばれる1種以上のイオンを、照射エネルギー0.5〜10MeVで照射する(以下、「低エネルギー・軽イオンの照射」ということもある。)する工程(4)を有するものである。本プロセスにおいては、図1(A)に示すように、仮焼成工程(2)の前に、KrClエキシマランプを照射する工程を設けることができ、さらに、同一基板上に、前記塗布工程、前記ランプ照射工程および仮焼成工程を繰り返すことも可能である。
【0017】
また、本発明の第2の製造プロセスは、図1(B)に示すように、仮焼成工程(2)の後に、原子番号が5〜80から選ばれる1種以上のイオンを、照射エネルギー0.5〜10MeVで照射する工程(4´)を経て、さらに本焼成する工程(3)を有するものである。本プロセスにおいても、仮焼成工程(2)の前に、KrClエキシマランプを照射する工程を設けることができ、さらに、同一基板上に、前記塗布工程、前記ランプ照射工程および仮焼成工程を繰り返すことも可能である。
さらに、本発明では、本発明の第2の製造プロセスを経て得られた本焼成膜に、さらにに、原子番号が5〜80から選ばれる1種以上のイオンを、照射エネルギー0.5〜10MeVで照射する工程(4)を附加することも可能である。
【0018】
本発明では、前記の製造プロセスを経ることにより、イオン照射後の本焼成膜及び/又は仮焼成膜には円柱状欠陥が再現性よく導入され、これが本焼成後にも保たれるので、磁場中でのJc特性が高められた超電導膜が製造できるものである。
以下、本発明における、原子番号が5〜80から選ばれる1種以上のイオンを、照射エネルギー0.5〜10MeVで照射するとしている点について詳述する。
【0019】
本発明は、従来の高エネルギー・重イオン照射では、柱状欠陥の導入および磁場中Jcの向上が期待できないと考えられてきた条件、すなわち電子阻止能Seが10keV/nm以下となる照射エネルギーとイオン種の組み合わせを用いて、高い磁場中Jc特性をもつRE123膜を得るものである。
以下、本発明の効果が得られる理由について述べる。
物質中を運動するイオンのエネルギー損失過程には、電子阻止能Seと核阻止能Snの2種類があり、照射エネルギーの増加とともにSeは増加し、Snは減少する。非特許文献2〜4に代表される従来研究では、Seが20keV/nm程度の閾値を上回る場合に、RE123膜中に柱状欠陥が導入され、磁場中Jc特性が向上すると報告している。Seが上記閾値を上回る条件では、SnはSeの数%以下である。一方、本発明で用いた電子阻止能Seが10keV/nm以下となる条件では、SnはSeの数十%から数倍になる。このことから、本発明では、従来その影響が考慮されてこなかったSnが、欠陥導入および磁場中Jc特性の向上に寄与していると考えられる。すなわち、従来の高エネルギー・重イオン照射を用いた手法と、本発明の低エネルギー・軽イオン照射を用いた手法では、SeとSnの何れのイオンエネルギー損失過程を活用するかにおいて本質的な相違があると考えられる。
【0020】
また、本発明の効果を得るためには、照射されるイオンが、一般的にJc特性の向上を必要とするRE123膜の膜厚(0.5〜2μm)と同程度の侵入長(λ)をもち、かつ欠陥を生ずるに十分な大きさのSnを有していることが必要である。以下これらの制約を基に、本発明に適したイオン種と照射エネルギーの範囲を見積もった結果について述べる。なお、RE123膜に欠陥を生じさせることのできるSの下限値は、実施例1(Sn=0.5keV/nm)から0.1keV/nm程度を上回らないと推測し、この値を用いて上記範囲の見積りを行った。
【0021】
λは、原子番号の増加とともに減少し、Snは照射エネルギーの増加とともに減少する。よって、原子番号と照射エネルギーの上限値は、各々λとSnの上記制約から決定される。また、Snは原子番号の増加とともに増加し、λは照射エネルギーの増加とともに増加する。よって原子番号と照射エネルギーの下限値は、各々Snとλの上記制約から決定される。
【0022】
非特許文献5の手法は、照射エネルギー等から解析的に阻止能等を求めるものではなく、ランダムに起こるイオン衝突をシミュレーションする計算プログラムであるが、本発明者らが、該非特許文献5に記載の方法によるシミュレーションを行った結果、原子番号を5〜80、照射エネルギーを0.5〜10MeVの範囲から選んで適切に組み合わせた場合に、前述の本発明の効果が得られると見込まれる条件(λ>0.5μmかつSn>0.1keV/nm)を満たすことが判った。
【0023】
以下に、非特許文献5の手法を用いて、RE123膜の、電子阻止能(S)、侵入長(λ)、核阻止能(Sn)、を算出した結果の例を示す。
・原子番号=79(金)、照射エネルギー=10MeVの場合、Se=5.7keV/nm、λ=1.2μm、Sn=2.6keV/nm
・原子番号=5(ホウ素)、照射エネルギー=0.5MeVの場合、Se=1keV/nm、λ=0.7μm、Sn=0.11keV/nm
・原子番号=40(ジルコニウム)、照射エネルギー=10MeVの場合、Se=1.5keV/nm、λ=2.1μm、Sn=0.5keV/nm
【0024】
前記の支持体上に作製したRE123膜に、原子番号が5〜80から選ばれる1種以上のイオンを、照射エネルギー0.5〜10MeVで照射する方法の詳細について、以下実施例1に沿って説明する。
図2は、この実験装置の概要図である。照射するイオンはイオン源1で発生させる。発生させたいイオン種材料でできたイオン源用カソード電極2を用い、この電極をスパッタすることで所定のイオン種を発生させる。実施例1では鉄(Fe)イオンを照射するので、鉄が埋め込まれたカソード電極2を用いた。発生したイオンは前段イオン加速用電極3に電圧をかけることによって、75keV程度のエネルギーを与えた後、分析マグネット4による磁場中を通過させ、イオン源から混入した不純物イオンを取り除く。実施例1ではFeイオンだけを取り出し、イオン加速器5に導入した。イオン加速器5でイオンを高エネルギーに加速する。この時、イオン価数によって、イオンに与えられる運動エネルギーが異なるので、分析マグネット(イオン価数選択用)6の磁場中にイオンを通過させることにより、特定のイオン価数のイオンだけを取り出す。こうすることによって、単一のイオン種、イオン価数、運動エネルギーをもったイオンのみを試料に照射することが可能になる。実施例1では、3MeVのエネルギーをもつ、Fe2+のイオンを取り出した。次にイオンは試料に照射する前に、XYビームスキャナ7によってXY方向にビームを走査する。これは、イオンをある広さをもった面に均一に衝突させるためである。
【0025】
こうしてイオンは、イオン照射室8に導入され、超電導膜試料10に照射される。イオン源1からイオン照射室8までのイオンが通過する経路は、10-6〜10-5Paに真空が維持されており、イオンはほとんど残留分子に邪魔されることなく超電導膜試料10に照射できるようになっている。超電導膜試料10はファラディカップ9の内部に取り付けられており、ファラディカップには照射領域を限定するためのマスクが取り付けられており、超電導膜試料10に照射される場所と面積を決めている。またファラディカップには、イオンが衝突したときに生ずる二次電子の影響を排し、照射されたイオンの電荷だけが電流計11に流れるような機構が設けられている。
【0026】
イオンの衝突個数はこの電流計11の値から下記のようにして求めた。
イオン一個のもつ電荷q[C]は、実施例1の場合2価イオンFe2+を用いているため、電気素量e(=1.6×10-19[C])から、q=2×1.6×10-19=3.2×10-19[C]であり、N個衝突すると、超電導膜試料10に入る全電荷Q=3.2×10-19N[C]となる。実施例1では、イオン照射時間が10秒程度と短いため、イオンが入り込む事によって生じる電流計11で計測される電流I(イオン電流)は、イオン源1のコンディションなどの影響をうけたドリフトなどなく、ほぼ一定であるとみなせる。照射時間をtとするとその間通過した全電荷Qは、Q=Itとなる。従って、N=It/3.2×10-19で求める事ができる。実施例1では、イオン電流Iを、3.2×10-8[A]になるようにイオン源1を調節し、照射時間を10秒、イオンが通過するマスクの面積1cm2として、イオン照射密度が、1.0×1012個/cm2となるようにイオン照射を実施した。以上実施例1においては、イオン種、イオンエネルギー、イオン照射量が正確に制御されて実施されている。
【0027】
次に、本発明の熱塗布熱分解法によるRE123膜の製造プロセスにおける、前記のイオン照射工程以外の、各工程について、順に説明する。
(塗布・乾燥工程)
本発明〈3〉における塗布熱分解法による超電導膜の製造プロセスでは、希土類金属、バリウム(Ba)、及び銅(Cu)からなる各金属成分を必須成分として含有する金属含有化合物を有機溶媒に溶解した溶液を支持体上に塗布した後、加熱処理を行って、これらの金属成分を含有する酸化物超電導膜を合成することができる。また、この他にも前記のような超電導膜を形成する際に用いることができる金属種であれば、適宜用いることができる。(特許文献2)
次に、前記の溶液を、従来公知の方法、例えば、浸漬法、スピンコート法、スプレー法、ハケ塗り法等の各種の方法を用いて基材上に塗布し、乾燥させて、金属含有化合物の溶液塗布膜を形成する(=工程(1))。
【0028】
(仮焼成工程)
塗布膜中の有機成分を熱分解させる仮焼成工程(=工程(2))では、前記のようにして基材上に形成された金属含有化合物の膜を加熱焼成し、その膜を、炭酸バリウム、希土類金属酸化物及び銅酸化物からなる膜に変換させる。最高焼成温度としては、400〜650℃、好ましくは450〜550℃の温度が採用され、この温度まで徐々に昇温してこの温度に20〜600分間、保持したのち降温する。この仮焼成工程(2)の前にKrCl紫外エキシマランプ光を照射したり、仮焼成の雰囲気を、露点が20℃以上の水蒸気をふくむ雰囲気としたりすることも、臨界電流密度の向上にとって好ましい。
【0029】
(本焼成工程)
前記仮焼成工程で形成された膜を焼成して炭酸バリウムから炭酸ガスを除去しつつ、炭酸バリウムと希土類金属酸化物と銅酸化物を反応させる本焼成工程(=工程(3))は、酸素分圧0.01〜100Pa、特に1〜20Paにおいて実施することが好ましい。
このような焼成条件の採用により、前記仮焼成工程で形成された膜中の炭酸バリウムの分解が促進されるとともに、複合金属酸化物膜が形成される。また、この焼成工程では、前記のように低酸素濃度又は低酸素分圧の条件を採用することから、炭酸バリウムの分解は低められた温度で円滑に実施することができるため、基材及び/又は中間層と複合金属酸化物との間の反応を実質的に回避させることができる。この工程における一般的な焼成温度は650〜900℃である。
【0030】
(酸化工程)
さらに、前記本焼成工程で形成された複合金属酸化物膜を、分子状酸素を用いて酸化処理し、酸素を吸収させる酸化工程によって、超電導性を有する複合金属酸化物膜とすることができる。
前記本焼成工程では、雰囲気中の酸素分圧が0.01〜100Paとなるように保持したため、得られる複合金属酸化物膜の超電導特性は不満足のものであるが、この酸化工程により超電導特性にすぐれた複合金属酸化物膜に変換することができる。
この酸素を吸収させる酸化工程は、酸素分圧0.2〜1.2atmで行わせることが好ましい。
分子状酸素としては、純酸素又は空気が用いられる。酸化剤として空気を用いる場合、その中に含まれる炭酸ガスによって膜の超電導特性が悪影響を受けることから、空気中の炭酸ガス分圧は、脱炭酸により、1Pa以下、好ましくは0.5Pa以下に調整するのがよい。
この酸化工程は、中高温で行われ、基材及び/又は中間層と複合金属酸化物との間の反応を実質的に回避させることができる。この酸化工程の温度は、一般には、300〜900℃である。
【実施例】
【0031】
以下、本発明を実施例に基づいて説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
市販品のイットリウム、バリウム及び銅のアセチルアセトナト粉末(商品名ナーセム 日本化学産業株式会社製)を、金属成分のモル比で1:2:3となるように秤量し、これらを混合して粉体混合物を得た。この混合物にピリジンおよびプロピオン酸を、粉体混合物がすべて溶解するまでの量を添加した。これを加熱処理し、過剰な前記溶媒成分(ピリジンおよびプロピオン酸)を除去し、非晶質乾固物のアセチルアセトナト基−ピリジン−プロピオン酸基配位金属錯体を得た。次に、これをメタノールに溶解させて、金属元素の割合がY:Ba:Cu=1:2:3の液体状の金属錯体からなる塗布溶液を得た。溶液の濃度は、溶液1gあたり希土類金属種が0.1〜0.2ミリモル含まれる量とした。
この溶液を、あらかじめ酸化セリウムを表面に蒸着させた2cm角のチタン酸ストロンチウム(100)基板の上にスピンコート法で塗布した。この塗布膜に対して、室温、大気中でKrClエキシマランプを照射する(エム・ディ・エキシマ社製MEIR−S−200−222、照度:20mW/cm2、照射時間:18分)。次に、このランプ照射した試料を、酸素気流中で500℃まで昇温して有機成分を除去する仮焼成を行った。
また、同一基板上に、上記スピンコート塗布工程、ランプ照射工程および仮焼成工程を最大3回(製造されるY123膜として最大膜厚1μm)繰り返す実験を行ったところ、膜厚は塗布回数に比例して増加することを確認した。また、工程を繰り返した後の塗布膜も淡褐色かつ透明で良好な平滑性を有することを確認した。
すなわち、塗布溶液が下地仮焼成膜を溶解することがなく、スピンコート塗布工程、ランプ照射工程および仮焼成工程の繰り返しにより厚膜が形成できることを確認した。
【0032】
これらの仮焼成膜について、本焼成工程を760℃にて2時間酸素分圧10Paの気流中で行った後、大気圧で酸素を吸収させて膜厚0.7μmのY123超電導膜を作製した。得られた膜試料を、マックサイエンス社製X線回折装置MXP3を用いたX線回折法により分析したところ、膜が(001)配向性をもつY123構造の超電導体単相であることを確認した。次に同装置を用いたX線極点測定によりY123の面内配向性を調べたところ、単結晶基板上にエピタキシャル成長していることを確認した。
さらにこれらの本焼成膜について、室温、真空中で2価の鉄イオンを照射した(照射エネルギー3MeV、照射時間:10秒、フルエンス:1012イオン/cm2)。
【0033】
得られたイオン照射後の膜試料を、断面TEMによって観察したところ、膜全体にわたって高いエピタキシャル配向性を確認するとともに、膜面に対してほぼ垂直方向に多くの柱状の欠陥が導入されていることが分かった(図3(A))。
図4に、非特許文献2に記載された5.3GeVの鉛イオンを照射したY123膜の断面透過電子顕微鏡像を示す。図中、細くて長い矢印はイオン照射方向を、太くて短い矢印は斜方晶Y123の双晶境界を示す。イオン照射方向に平行に、柱状欠陥が観測されている。
両図を比較すると明らかなように、図3(A)において柱状欠陥が必ずしも直線的でないのに対して、図4では、柱状欠陥が膜全体に亘って直線的に形成されている。
さらに、この膜の超電導特性を誘導法により評価したところ、液体窒素温度での臨界電流密度(Jc)として0Tのとき、2.27MA/cm2が得られた。次に磁場をc軸と平行方向に印加したとき、磁場が1Tでは0.37MA/cm2が、4Tでは0.11MA/cm2が得られた。さらにJcの磁場角度依存性を調べると、磁場をab面内に印加したとき、磁場が1Tでは0.40MA/cm2が、4Tでは0.22MA/cm2が得られた。
図5は、磁場(テスラ)と臨界電流密度(Jc)(MA/cm2)の関係を示す図であって、図中、−▲−は、実施例1で得られた鉄イオン照射膜を、−□−は、無照射膜を、それぞれ示している。
【0034】
(実施例2)
本焼成膜にイオン照射することに代えて、仮焼成膜にイオン照射した他は実施例1と同様にして膜厚0.7μmのY123超電導膜を作製し、X線回折法により分析したところ、膜が(001)配向性をもつY123構造の超電導体単相であり、単結晶基板上にエピタキシャル成長していることを確認した。また、断面TEMでは膜面に対して、ほぼ垂直方向の柱状欠陥が観察された。液体窒素温度でのJcは0Tのとき、3.03MA/cm2であったが、磁場をc軸と平行方向に印加したとき、磁場が1Tでは0.35MA/cm2が、4Tでは0.09MA/cm2が得られた。さらにJcの磁場角度依存性を調べると、磁場をab面内に印加したとき、磁場が1Tでは0.38MA/cm2が、4Tでは0.15MA/cm2が得られた。
【0035】
(比較例1)
イオン照射しない他は実施例1と同様にして膜厚0.7μmのY123超電導膜を作製し、X線回折法により分析したところ、膜が(001)配向性をもつY123構造の超電導体単相であり、単結晶基板上にエピタキシャル成長していることを確認した。また、断面TEMでは膜面に対して垂直方向の柱状欠陥は観察されなかった(図3(B))。さらに、液体窒素温度でのJcは0Tのとき、3.33MA/cm2であったが、磁場をc軸と平行方向に印加したとき、磁場が1Tでは0.23MA/cm2が、4Tでは0.06MA/cm2が得られた。さらにJcの磁場角度依存性を調べると、磁場をab面内に印加したとき、磁場が1Tでは0.25MA/cm2が、4Tでは0.08MA/cm2が得られた。
【0036】
以上のとおり、超電導膜あるいは仮焼成膜にイオン照射した場合の磁場中のJcは、イオン照射しない場合と比較して向上し、向上幅は磁場の方向に大きく依存しないことがわかった。
【0037】
(実施例3)
照射イオンに2価の金を用い、フルエンスを1011イオン/cm2に設定した他は、実施例1と同様にして膜厚0.7μmのY123超電導膜を作製し、この膜の超電導特性を誘導法により評価したところ、液体窒素温度での臨界電流密度(Jc)として0Tのとき、2.36MA/cm2が得られた。
次に磁場をc軸と平行方向に印加したとき、磁場が1Tでは0.80MA/cm2が、4Tでは0.16MA/cm2が得られた。前記図5において、本実施例の金イオン照射膜を、−●−で示す。
図5から明らかなように、本発明の方法により製造されたY123超電導膜における磁場中Jc特性の改善は、照射イオンの種類に大きく依存することがわかる。
また、磁場をab面内に印加したときは、磁場が1Tでは0.38MA/cm2が、4Tでは0.21MA/cm2が得られた。このことから、照射イオンの種類による磁場中Jc特性の改善幅の違いは、磁場方向がc軸に平行な場合により顕著になることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
支持体上に作製された(RE)Ba2Cu37(式中、REは、希土類元素を表す。)で表される超電導酸化物膜に、原子番号が5〜80から選ばれる1種以上のイオンを、照射エネルギー0.5〜10MeVで照射することを特徴とする超電導膜の製造方法。
【請求項2】
支持体上に、(RE)Ba2Cu37(式中、REは、希土類元素を表す。)で表される超電導酸化物膜に対応する金属種組成になるように配合された金属有機化合物の溶液を塗布し、乾燥させる工程(1)、塗布膜中の有機成分を熱分解させる仮焼成工程(2)、及び超電導物質への変換を行う本焼成工程(3)を経る塗布熱分解法において、本焼成工程(3)の後に、原子番号が5〜80から選ばれる1種以上のイオンを、照射エネルギー0.5〜10MeVで照射することを特徴とする超電導膜の製造方法。
【請求項3】
支持体上に、(RE)Ba2Cu37(式中、REは、希土類元素を表す。)で表される超電導酸化物膜に対応する金属種組成になるように配合された金属有機化合物の溶液を塗布し、乾燥させる工程(1)、塗布膜中の有機成分を熱分解させる仮焼成工程(2)、及び超電導物質への変換を行う本焼成工程(3)を経る塗布熱分解法において、仮焼成工程(2)の後に、原子番号が5〜80から選ばれる1種以上のイオンを、照射エネルギー0.5〜10MeVで照射することを特徴とする超電導膜の製造方法。
【請求項4】
前記本焼成工程の直後に、酸素分圧0.2〜1.2atmの雰囲気中で300〜900℃で熱処理することを特徴とする請求項2又は3に記載の超電導膜の製造方法。
【請求項5】
前記請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法により製造される超電導膜。
【請求項6】
前記請求項3に記載の超電導膜材料の製造方法におけるイオン照射後に得られる仮焼成膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−100218(P2013−100218A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−223208(P2012−223208)
【出願日】平成24年10月5日(2012.10.5)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】