説明

超電導薄膜の作成方法

【発明の詳細な説明】
産業上の利用分野 本発明は超電導薄膜の製造方法に関するものであり、より詳細には、高い超電導臨界温度を有する複合酸化物超電導薄膜の臨界電流を大幅に向上させ超電導薄膜の作製方法に関するものである。
本発明により得られる超電導薄膜は高い臨界電流を持つと同時に、平滑性等の他の特性においても優れた特性を有しており、ICパッケージを始めとする各種電子部品の配線材料として特に有用である。
従来の技術 電子の相転移であるといわれる超電導現象は、特定の条件下で導体の電気抵抗が零の状態となり完全な反磁性を示す現象である。
エレクトロニクスの分野では各種の超電導素子が知られている。代表的なものとしては、超電導材料どうしを弱く接合した場合に、印加電流によって量子効果が巨視的に現れるジョセフソン効果を利用した素子が挙げられる。
トンネル接合型ジョセフソン素子は、超電導材料のエネルギーギャップが小さいことから、極めて高速な低電力消費のスイッチング素子として期待されている。また、電磁波や磁場に対するジョセフソン効果が正確な量子現象として現れることから、ジョセフソン素子を磁場、マイクロ波、放射線等の超高感度センサとして利用することも期待されている。さらに、単位面積当りの消費電力が冷却能力の限界に達する。そこで超高速計算機には超電導素子の開発が要望されている。
また、電子回路の集積度が高くなるにつれてICパッケージを始めとする各種電子部品の配線材料とし、電流ロスの無い超電導材料を用いることが要望されている。
一方、様々な努力にもかかわらず、超電導材料の超電導臨界温度Tcは長期間に亘ってNb3Geの23Kを越えることができなかったが、昨年末来、〔La,Ba〕2CuO4または〔La,Sr〕2CuO4等の酸化物の焼結材が高いTcをもつ超電導材料として発見され、非低温超電導を実現する可能性が大きく高まっている。これらの物質では、30乃至50Kという従来に比べて飛躍的に高いTcが観測され、70K以上のTcも観測されている。
また、YBCOと称されるY1Ba2Cu3O7-Xで表される複合酸化物は、90K級の超電導体であることが発表されている。これら複合酸化物超電導体の超電導特性には、結晶中の酸素欠陥が大きな役割を果たしている。すなわち、結晶中の酸素欠陥が適正でないと、Tcは低く、また、オンセット温度と抵抗が完全に0となる温度との差も大きくなる。
発明が解決しようとする問題点 従来、上記複合酸化物超電導体薄膜を作製する際には、焼結等で生成した酸化物を蒸着源として物理蒸着を行っていた。
物理蒸着法としては、特にスパッタリング法が一般的である。しかしながら、上記の超伝導体は、臨界電流密度Jcが小さいため、臨界温度Tcが高くても実用性が低かった。この特性は、薄膜にした場合も変わらず、複合酸化物超電導体の実用化に際して大きな問題となっていた。
そこで、本発明の目的は、上記従来技術の問題点を解決し、高い臨界電流Jcを有し、しかも、均一な組成および組織の複合酸化物超電導材料の薄膜を作製する方法を提供することにある。
問題点を解決するための手段 本発明に従うと、下記の式:Ln1Ba2Cu3O7-X(ただし、LnはLa、Nd、Sm、Eu、Gd、Dy、Ho、Y、Er、Ybの中から選択される少なくとも一つのランタノイド系元素を表し、xは0≦x<1を満たす数である)
で表される複合酸化物を含有する複合酸化物超電導体薄膜をスパッタリングで作製するする方法において、高周波電力を0.064〜1.27〔W/cm2〕の範囲、更に好ましくは0.12〜0.76〔W/cm2〕の範囲としたことを特徴とする超電導薄膜の作製方法が提供される。尚、スパッタリングに際しては、マグネトロンスパッタリング法を採用することも有利である。
本発明の方法で作製される複合酸化物超電導薄膜は、上記一般式:Ln1Ba2Cu3O7-Xで示される複合酸化物を含んでおり、これらの複合酸化物はペロブスカイト型または擬似ペロブスカイト型酸化物を主体としたものと考えられる。
上記ランタノイド系元素LnはLnはLa、Nd、Sm、Eu、Gd、Dy、Ho、Y、Er、Ybの中から選択されるが、この中で、臨界電流密度Jcが高く、臨界温度Tcが高く且つ表面平滑性にも優れた超電導薄膜とるHo、Y、ErおよびDyが特に好ましい。
上記ランタノイド系元素Lnと、Baと、Cuの原子比は上記の式のように1:2:3であるのが好ましいが、必ずしも厳密にこの比に限定されるものではなく、これらの比から±50%の範囲、さらに好ましくは±20%の範囲でずれた原子比の組成のものも本願発明の範囲に入るということは理解できよう。すなわち、特許請求の範囲において「上記の式で表される複合酸化物を含有する」という表現は上記のように上記の式で定義されるLn:Ba:Cuの原子比が1:2:3のもの以外のものも含むというを意味する。
さらに、上記の定義は上記のLn、Ba、CuおよびO以外の元素、すなわち、ppmオーダーで混入する実用上避けられない不純物と、他の特性を向上させる目的で添加される第3成分を含有していてもよいということを意味している。
第3成分として添加可能な元素としては、周期律表II a族元素のSr、Ca、Mg、Be、上記以外の周期表III a族元素、周期律表I b、II b、III b、IV aおよびVIII a族から選択される元素、例えば、Ti、Vを挙げることが出来る。
本発明の一実施態様では、成膜速度を0.05〜1Å/秒、さらに好ましくは0.1〜0.8Å/秒にしてスパッタリングがおこなわれる。
また、上記スパッタリングは、0.001〜0.5Torrの圧力、さらに好ましくは0.01〜0.3Torrの圧力下でかつO2を5〜95分子%、さらに好ましくは10〜80分子%で含む雰囲気で行うのが好ましい。このO2以外と一緒に用いることが可能な他のスパッタリングガスとしては不活性ガスであるアルゴンが好ましい。また、基板を200〜950℃、さらに好ましくは500〜920℃に加熱しながらスパッタリングを行うのが好ましい。
本発明の態様に従うと、上記の複合酸化物超電導薄膜を形成する基板としては、MgO単結晶、SrTiO3単結晶またはZrO2単結晶が好ましく、特に、MgO単結晶またはSrTiO3単結晶基板の成膜面を、{001}面または{110}面とすることが好ましい。
さらに、本発明の態様では、成膜後の薄膜を酸素分圧0.1〜10気圧の酸素含有雰囲気で800〜960℃、さらに好ましくは850〜950℃に加熱し、10℃/分以下の冷却速度で冷却してアニールを行うことが好ましい。
作用 本発明の超電導薄膜の作製方法は、0.064〜1.27〔W/cm2〕の範囲、更に好ましくは、0.127〜0.76〔W/cm2〕の範囲の高周波電力を印加しながらスパッタリングを行うことをその主要な特徴としている。
すなわち、例えばYBCOと称されるY1Ba2Cu3O7-Xに代表される複合酸化物超電導体の薄膜を作製する場合には、従来Y1Ba2Cu3O7等の焼結体をターゲットとしてスパッタリングを行っていた。しかしながら、従来の方法で得られた超電導薄膜は、特に臨界電流密度Jcが低く、実用にはならなかった。
これは、上記の複合酸化物超電導体は、その臨界電流密度に結晶異方性を有するためで、すなわち、結晶のa軸およびb軸で決定される面に平行な方向に電流が流れ易いのと、従来の方法では、結晶方向を十分に揃えることができなかったためである。従来は、結晶方向を揃えるために、基板として、複合酸化物超電導体結晶の格子間隔に近い格子間隔を有するMgO、SrTiO3およびYSZ等の単結晶の特定な面を成膜面として用いていた。
本発明の方法では、従来の方法に加え、さらに、例えば10cmφのターゲットに対して、スパッタリング時に印加する高周波電力を従来の1.9W/cm2程度から5〜100W、すなわち、単位断面積当たり0.064〜1.27W/cm2、さらに好ましくは、10〜60W、すなわち、単位断面積当り0.127〜0.76W/cm2としたことで、複合酸化物の結晶方向を揃え、また、組織を緻密化した。この結果、従来法と比較して、大幅にJcが向上した超電導薄膜が得られる。ここで、本発明者等の実験によれば、印加する高周波電力が上記範囲を越えた場合は、従来法により作製した薄膜と有意な特性の差は見出せなかった。一方、上記範囲に達しない条件でスパッタリングを実施した場合は、成膜速度が極端に遅く、有効な膜厚の薄膜を形成できなかった。
本発明の方法では、上記の条件で、スパッタリングにより成膜を行うが、さらにスパッタリング時の基板温度を200〜950℃、さらに好ましくは500〜920℃に加熱してスパッタリングすることが好ましい。基板温度が200℃未満の場合には、複合酸化物の結晶性が悪くアモルファス状になり、超電導薄膜は得られない。また、基板温度が950℃を越えると、結晶構造が変わってしまい、上記の複合酸化物は超電導体とはならない。
本発明の態様に従うと、上記の複合酸化物超電導薄膜を形成する基板としては、MgO単結晶、SrTiO3単結晶またはZrO2単結晶基板が好ましい。特に、MgO単結晶基板またはSrTiO3単結晶基板の{001}面または{110}面を成膜面として用いることが好ましい。
これは、既に説明したように本発明の複合酸化物超電導体は、その電気抵抗に結晶異方性を有するためで、上記の基板の上記成膜面上に形成された複合酸化物超電導薄膜は、その結晶のc軸が基板成膜面に対し垂直または垂直に近い角度となり、特に臨界電流密度Jcが大きくなるものと考えられる。従って、MgO単結晶基板またはSrTiO3単結晶基板の{001}面を成膜面として用いることが好ましい。また、{110}面を用いてc軸を基板と平行にし、c軸と垂直な方向を特定して用いることもできる。さらに、MgO、SrTiO3は、熱膨張率が上記の複合酸化物超電導体と近いため、加熱、冷却の過程で薄膜に不必要な応力を加えることがなく、薄膜を破損する恐れもない。
本発明の態様に従うと、成膜後の薄膜を酸素分圧0.1〜10気圧の酸素含有雰囲気中で800〜960℃、さらに好ましくは850〜950℃に加熱、10℃/分以下の冷却速度で冷却する熱処理を施すアニール処理を行うことが好ましい。この処理は、上記の複合酸化物中の酸素欠陥を調整するもので、この処理を経ない薄膜の超電導特性は悪く、超電導性を示さない場合もある。従って、上記の熱処理を行うことが好ましい。
実施例 以下に本発明を実施例により説明するが、本発明の技術的範囲は、以下の開示に何等制限されるものではないことは勿論である。
上記で説明した本発明の方法により、超電導薄膜を作製した。使用したターゲットは、下記の第1表に示すランタノイド系元素Lnと、Baと、Cuの原子比Ln:Ba:Cuの比が1:2.24:4.35である複合酸化物のLn−Ba−Cu−Oセラミックであり、ターゲットは直径が100mmφの円形とした。各々の場合の成膜条件は同一とし、その成膜条件は以下の通りであった。
基板 MgO(001)面基板温度 700℃圧力 0.01〜0.1Torr高周波電力 40W(0.51W/cm2
時間 6時間膜厚 0.8μm 成膜後、大気圧のO2中で900℃の温度を1時間保った後、5℃/分の冷却速度で冷却した。なお、比較のため高周波電力を150W(1.9W/cm2)としたこと以外は、全く等しい条件でHoを含む複合酸化物超電導薄膜を作製した場合の結果も第1表にあわせて示してある。
尚、臨界温度Tcは、常法に従って直流四端子法によって測定した。また、臨界電流密度Jcは、77.0Kの液体窒素中で、試料の電気抵抗を測定しつつ電流量を増加し、電気抵抗が検出されたときの電流量を、電流路の単位面積に換算したものを用いている。


上記のように本発明の方法により作製された超電導薄膜は、比較例より大幅に臨界電流が向上している。また、本発明の方法で作製した複合酸化物超電導薄膜の組織が一様に緻密であることは、従来法により作製した比較例の複合酸化物超電導薄膜の表面には、数ミクロンのグレインが存在するのに対し、本発明の方法によるものは、表面がSEMで1万倍に拡大して観察しても凹凸が見られないことからも推測できる。
発明の効果 以上詳述のように、本発明の方法によって得られた超電導薄膜は、従来の方法で作製されたものに較べ、高いJcを示す。
これは、本発明の方法では、高周波電力を小さくし、成膜速度を低下させてスパッタリングを行うため、従来よりも成膜中の薄膜表面におけるマイグレーションが十分に行われるためである。
本発明の方法は、従来法と較べ、単に、スパッタリングの高周波電力を小さくしただけであり、特殊な装置を用いたものではない。本発明により、より安定に高性能な超電導薄膜を供給することが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】下記の式:Ln1Ba2Cu3O7-X(ただし、LnはLa、Nd、Sm、Eu、Gd、Dy、Ho、Y、Er、Ybの中から選択される少なくとも一つのランタノイド系元素を表し、xは0≦x<1を満たす数である)
で表される複合酸化物を含有する複合酸化物超電導体薄膜をスパッタリングで作製する方法において、以下の条件でスパッタリングを行うことを特徴とする超電導薄膜の作製方法:スパッタリングガス:O2を10〜80分子%含むスパッタリングガス圧力:0.001〜0.5Torr高周波電力:0.064〜1.27W/cm2基板:MgO単結晶、SrTiO3単結晶又はZrO2単結晶基板温度:500〜920℃
【請求項2】上記スパッタリングがマグネトロンスパッタリングであること特徴とする特許請求の範囲第1項に記載の超電導薄膜の作製方法。
【請求項3】上記複合酸化物超電導体が、Y1Ba2Cu3O7-X(ただしxは0≦x<1を満たす数である)で表される複合酸化物を含むことを特徴とする特許請求の範囲第1項または第2項に記載の超電導薄膜の作製方法。
【請求項4】上記複合酸化物超電導体が、Er1Ba2Cu3O7-X(ただしxは0≦x<1を満たす数である)で表される複合酸化物を含むことを特徴とする特許請求の第1項または第2項に記載の超電導薄膜の作製方法。
【請求項5】上記複合酸化物超電導体が、Ho1Ba2Cu3O7-X(ただしxは0≦x<1を満たす数である)で表される複合酸化物を含むことを特徴とする特許請求の第1項または第2項に記載の超電導薄膜の作製方法。
【請求項6】上記複合酸化物超電導体が、Dy1Ba2Cu3O7-X(ただしxは0≦x<1を満たす数である)で表される複合酸化物を含むことを特徴とする特許請求の第1項または第2項に記載の超電導薄膜の作製方法。
【請求項7】上記スパッタリング時のガス圧力が、0.01から0.3Torrの範囲内であることを特徴とする特許請求の範囲第1項から第6項のいずれか一項に記載の超電導薄膜の作製方法。
【請求項8】上記基板がMgO単結晶基板またはSrTiO3単結晶基板であり、その{001}面または{110}面を成膜面とすることを特徴とする特許請求の範囲第1項から第7項のいずれか一項に記載の超電導薄膜の作製方法。
【請求項9】上記成膜の後に薄膜を酸素含有雰囲気で加熱−徐冷する熱処理を行うことを特徴とする特許請求の範囲第1項から第8項のいずれか一項に記載の超電導薄膜の作製方法。
【請求項10】上記熱処理時の加熱温度が、800〜960℃の範囲であることを特徴とする特許請求の範囲第9項に記載の超電導薄膜の作製方法。
【請求項11】上記熱処理時の冷却速度が、10℃/分以下であることを特徴とする特許請求の範囲第9項または第10項に記載の超電導薄膜の作製方法。
【請求項12】上記熱処理時の酸素分圧が0.1〜10気圧であることを特徴とする特許請求の範囲第9項から第11項のいずれか一項に記載の超電導薄膜の作製方法。

【特許番号】第2544759号
【登録日】平成8年(1996)7月25日
【発行日】平成8年(1996)10月16日
【国際特許分類】
【出願番号】特願昭62−322380
【出願日】昭和62年(1987)12月20日
【公開番号】特開平1−164727
【公開日】平成1年(1989)6月28日
【出願人】(999999999)住友電気工業株式会社
【参考文献】
【文献】特開昭64−35819(JP,A)
【文献】特開昭64−14814(JP,A)