説明

超音波振動子駆動方法および超音波照射装置

【課題】定在波の発生を極力抑制するように超音波振動子を駆動し、生体に対して安全にかつ効率的に血栓の溶解治療を行うことができる超音波照射装置、およびその超音波照射装置における超音波振動子駆動方法を提供する。
【解決手段】超音波を照射する対象物に貼り付け可能な平板状の超音波発生部と、現時点での波形である現波形と、前記現波形とは位相の異なる波形であって、次の切り換え後の波形となるべき次期波形を発生する波形発生部30〜32と、前記現波形から前記次期波形へと繰り返し切り換えて出力する波形切換部33と、前記波形切換部の出力波形により前記超音波発生部を駆動する駆動部35とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、生体に対して超音波を照射して、血管内に発生している血栓を溶解させるための超音波照射装置、およびその超音波照射装置における超音波振動子駆動方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体に対して超音波を照射し、血管内に発生した血栓や血管外の血腫を溶解させる装置は、本発明の発明者らによって既に提案されている。このような装置としては、例えば、下記の特許文献1に記載されたような装置がある。特許文献1には、頭部の外側から超音波を間欠的に照射して脳動脈の血栓を溶解することができる経頭蓋超音波治療装置が記載されている。
【0003】
一方、生体に対する超音波の照射は、照射部分の生体組織の温度の上昇、超音波の音圧による細胞の破壊等の生体に対する悪影響が生じうる。このような生体に対する悪影響ができるだけ小さくなるように超音波を照射し、血栓や血腫のみを効率的に溶解することが重要である。特許文献1の超音波治療装置は、頭部に対して間欠的に超音波を照射している。これは、照射部分の生体組織の温度が過度に上昇しないようにするためである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−24668号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の超音波治療装置は、頭部に対して間欠的に超音波を照射するものであるが、血栓の溶解作用に関しては、超音波を連続的に照射した方が溶解効果は大きくなる。しかし、超音波を連続的に照射する場合は、定在波による生体の局所的な過熱や細胞破壊などが問題となる。生体に対して超音波を照射すると、入射側に対し、反対側の骨、あるいは超音波伝播経路中の骨などからの反射波が生じ、入射波と反射波の干渉によって定在波が生じる。すなわち、定在波として振幅の大きな部分(腹)と振幅の小さな部分(節)が一定の位置に生じてしまい、定在波の腹の部分で生体の局所的な過熱や細胞破壊などが集中して発生するおそれがある。
【0006】
このような生体に有害な定在波の発生を抑制するために、超音波の照射をごく短時間パルス的に行うようにしたり、超音波の周波数を周波数変調により広帯域として照射するようなことが考えられる。しかし、超音波のパルス的な照射では血栓の溶解効果が制限されるという問題点がある。また、超音波の周波数を広帯域としても、完全に定在波を抑制することは困難である。さらに広帯域の超音波を発生するためには、広帯域の超音波振動子を使用しなければならず、通常一般的に使用されるチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)を用いた超音波振動子などは周波数特性の観点から使用が困難である。
【0007】
そこで、本発明は、定在波の発生を極力抑制するように超音波振動子を駆動し、生体に対して安全にかつ効率的に血栓の溶解治療を行うことができる超音波照射装置、およびその超音波照射装置における超音波振動子駆動方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明の超音波振動子駆動方法は、現時点での波形である現波形を発生する手順と、前記現波形とは位相の異なる波形であって、次の切り換え後の波形となるべき次期波形を発生する手順と、前記現波形から前記次期波形へと繰り返し切り換えてその結果の波形を駆動波形として出力する切換出力手順と、前記駆動波形により超音波振動子を駆動する手順とを有するものである。
【0009】
また、上記の超音波振動子駆動方法において、前記切換出力手順は、前記現波形から前記次期波形への切り換えを一定の時間間隔で行うものとすることができる。
【0010】
また、上記の超音波振動子駆動方法において、前記切換出力手順は、前記現波形から前記次期波形への切り換えをランダムな時間間隔で切り換えるものとすることができる。
【0011】
また、上記の超音波振動子駆動方法において、前記現波形と前記次期波形の位相差は、90度の整数倍の角度とすることができる。
【0012】
また、上記の超音波振動子駆動方法において、前記現波形と前記次期波形の位相差は、一定の角度とすることができる。
【0013】
また、上記の超音波振動子駆動方法において、前記現波形と前記次期波形の位相差は、ランダムに変化するものとすることができる。
【0014】
また、本発明の超音波照射装置は、超音波を照射する対象物に貼り付け可能な平板状の超音波発生部と、現時点での波形である現波形と、前記現波形とは位相の異なる波形であって、次の切り換え後の波形となるべき次期波形を発生する波形発生部と、前記現波形から前記次期波形へと繰り返し切り換えて出力する波形切換部と、前記波形切換部の出力波形により前記超音波発生部を駆動する駆動部とを有するものである。
【0015】
また、上記の超音波照射装置において、前記超音波発生部は、曲面状の表面にも貼り付け可能なものであることが好ましい。
【0016】
また、上記の超音波照射装置において、前記超音波発生部は、冷却手段を備えたものであることが好ましい。
【0017】
また、上記の超音波照射装置において、前記波形切換部は、前記現波形から前記次期波形への切り換えを一定の時間間隔で行うものとすることができる。
【0018】
また、上記の超音波照射装置において、前記波形切換部は、前記現波形から前記次期波形への切り換えをランダムな時間間隔で行うものとすることができる。
【0019】
また、上記の超音波照射装置において、前記波形発生部は、前記現波形と前記次期波形の位相差が90度の整数倍の角度となるように、前記現波形および前記次期波形を発生するものとすることができる。
【0020】
また、上記の超音波照射装置において、前記波形発生部は、前記現波形と前記次期波形の位相差が一定の角度となるように、前記現波形および前記次期波形を発生するものとすることができる。
【0021】
また、上記の超音波照射装置において、前記波形発生部は、前記現波形と前記次期波形の位相差がランダムな角度となるように、前記現波形および前記次期波形を発生するものとすることができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明は、以上のように構成されているので、以下のような効果を奏する。
【0023】
現波形から位相の異なる次期波形へと繰り返し切り換えて超音波振動子を駆動するようにしたので、生体内での定在波の発生を大幅に抑制することができ、生体に対して安全にかつ効率的に血栓の溶解治療を行うことができる。また、超音波振動子の駆動波形は、周波数を一定として位相のみを繰り返しシフトした波形となるので、周波数特性が広帯域でないチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)を用いた超音波振動子でもある程度使用することができ、超音波照射装置のコストを低減させることができる。さらに、超音波振動子の駆動源を正弦波の位相のみシフト可能な回路構成によって実現することができるので、定在波抑制可能な駆動源の回路構成を簡素化することができ、駆動源のコストを低減させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】図1は、本発明の超音波照射装置1の全体構成を示す図である。
【図2】図2は、超音波駆動源3の構成を示すブロック図である。
【図3】図3は、超音波駆動源3による駆動波形の出力過程を示す図である。
【図4】図4は、超音波駆動源3による別の駆動波形の出力過程を示す図である。
【図5】図5は、超音波駆動源3のより汎用的な構成を示すブロック図である。
【図6】図6は、従来の超音波振動子駆動方法による定在波の状態を示す図である。
【図7】図7は、本発明の超音波振動子駆動方法による定在波の状態を示す図である。
【図8】図8は、比較例における定在波の状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。図1は、本発明の超音波照射装置1の使用状態における全体構成を示す図である。超音波照射装置1は、超音波を発生する超音波を発生するための超音波発生部2と、超音波発生部2を駆動するための超音波駆動源3とからなっている。超音波発生部2は全体形状が平板状である。また、この超音波発生部2は、全体が湾曲可能なように柔軟性を持たせてあり、生体等の不規則な曲面に対しても密着して貼り付け可能となっている。
【0026】
超音波発生部2のケース21の内部には薄い平板状の超音波振動子22が支持されている。超音波振動子22としては、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)やポリフッ化ビニリデン(PVDF)などを用いた圧電素子が使用できる。超音波振動子22自体が薄い平板状に形成されているため、弾性変形により湾曲させることができ、限度内で湾曲させても超音波振動子22が損傷することはない。また、超音波振動子22としては、単一の振動子でもよいが複数の振動子からなるものでもよい。超音波振動子22が複数の振動子からなる場合は、全ての振動子は並列に接続され駆動される。
【0027】
また、ケース21の内部には、超音波振動子22に接触するように冷却媒体23が封入されており、超音波振動子22において発生した熱を効率よくケース外に排出し、超音波振動子22を冷却するようになっている。ここでは、冷却媒体を強制的に循環させるような機構は備えていないが、冷却媒体を強制循環させる機構を設けてさらに効率的に超音波振動子22を冷却するようにしてもよい。また、ペルチェ素子などによって超音波振動子22を冷却するようにしてもよい。
【0028】
超音波発生部2は、使用時には粘着性を有する粘着材料24によって生体4の表面に貼り付けられる。超音波発生部2は、全体が湾曲可能であり、不規則な曲面に対しても密着して貼り付けることができる。生体4内の血管5には血栓51が発生している。超音波発生部2は、この血栓51を効率的に溶解できる位置に貼り付けられる。
【0029】
このように超音波発生部2を貼り付けた後、超音波駆動源3によって超音波発生部2を駆動し、超音波発生部2から生体4内の血栓51に対して超音波が照射される。この際、後述のように超音波発生部2に対する駆動波形は特殊な形態となっており、生体内での定在波の発生が大幅に抑制される。また、超音波照射時の超音波発生部2からの発熱は、前述のような冷却手段(冷却媒体23)により効率的にケース外に排出されるため、超音波発生部2からの発熱による生体への影響は大幅に軽減される。
【0030】
本発明の超音波照射装置1により、血栓51に対して超音波を連続的に照射することにより、血栓51を効率的に溶解して除去することができる。なお、この際、血栓溶解剤(例えば、rt−PAなど)の投与を併用することができる。超音波の照射と血栓溶解剤の投与を併用した場合、従来から行われていた血栓溶解剤の投与のみによる血栓溶解法に比較して、治療効果を大幅に高めることができる。すなわち、血流が再開通する割合を増大させるとともに、再開通後の血流量も増大させることができる。なお、血栓溶解剤が使用できない場合でも、超音波照射装置1による超音波の照射のみで治療効果を発揮することができる。
【0031】
超音波駆動源3の構成および駆動波形の出力過程について説明する。図2は、超音波駆動源3の構成を示すブロック図である。駆動波形の基本となる正弦波は、正弦波発生部30によって発生される。正弦波の周波数は、例えば500kHz程度である。正弦波発生部30では基準となる一定の位相の正弦波電圧を発生し、その正弦波電圧は分岐した2つの経路にそれぞれ出力されている。移相器31は、正弦波発生部30からの正弦波電圧の位相を所定量だけシフトして出力する。位相のシフト量は制御部34からの制御信号により任意の値に設定可能である。
【0032】
波形切換部33には、正弦波発生部30からの基準位相の正弦波電圧と、移相器31から出力された正弦波電圧の両方が入力されており、そのいずれか一方を出力する。すなわち、波形切換部33は、入力された2種類の正弦波電圧を切り換えて出力する切換スイッチとして機能する。2種類の入力電圧の切り換えを行う時点、および、どちらの入力電圧を出力するかは、制御部34からの切換制御信号によって制御される。
【0033】
制御部34は、移相器31に対して位相シフト量を任意の時点で設定することができる。位相シフト量は時間によって変化しない一定の角度とすることもできるし、時間とともに位相シフト量の設定値を変更することによって、位相シフト量を時間によって変化させることもできる。また、制御部34は、切換制御信号によって波形切換部33の切り換え動作を任意の時点で行わせることができる。切り換え動作は、周期的に行うこともできるし、非周期的に行うこともできる。ここで非周期的な切り換え動作とは、例えば、ランダムな時間間隔で行う切り換え動作などを指す。
【0034】
波形切換部33で2種類の入力電圧から選択された電圧波形は駆動部35に入力される。駆動部35は、入力された駆動波形を増幅し、超音波振動子22を駆動するための十分な電力として超音波発生部2に出力する。超音波発生部2内の超音波振動子22は、この駆動部35の出力によって超音波を発生する。すなわち、波形切換部33の出力波形(駆動波形)に基づいて超音波振動子22が駆動されている。
【0035】
図3は、超音波駆動源3による駆動波形の出力過程を示す図である。ここでは、移相器31に対する位相シフト量は180度に設定されているものとする。正弦波発生部30から発生される基準位相の正弦波電圧は(a)で示される波形である。この正弦波電圧の周波数は500kHzである。波形切換部33の出力する駆動波形は(b)で示され、制御部34から波形切換部33に送出される切換制御信号は(c)で示されている。切換制御信号が低レベルのときは波形切換部33の上方の端子の入力電圧波形(基準位相の正弦波)が選択され、切換制御信号が高レベルのときは波形切換部33の下方の端子の入力電圧波形(位相が基準位相から180度シフトされた正弦波)が選択される。
【0036】
基準位相の正弦波電圧の周期をTとすると、ここでは時間2Tを周期として切り換え動作を行っている。すなわち、時間(T,2T,3T,…)において電圧波形の切り換えが行われ、時間0〜Tでは基準位相の正弦波、時間T〜2Tでは180度シフトされた正弦波、というように時間Tごとに位相が反転する正弦波が駆動波形として出力される。この駆動波形は図示のように、波形の同極性のピーク値が2つずつ並んで現れる特徴的な波形である。
【0037】
この波形によって超音波振動子22を駆動すると、単純な正弦波による駆動に比較して定在波の発生が抑制されることが実験的に確認された。実験は、水槽中での音響振動をシュリーレン法によって映像化し、その映像から定在波の発生量を確認した。
【0038】
次に、他の形態の駆動波形について説明する。図4は、超音波駆動源3による別の駆動波形の出力過程を示す図である。ここでも、移相器31に対する位相シフト量は180度に設定されているものとする。正弦波発生部30から発生される基準位相の正弦波電圧は(a)で示される波形である。この正弦波電圧の周波数は500kHzである。波形切換部33の出力する駆動波形は(b)で示され、制御部34から波形切換部33に送出される切換制御信号は(c)で示されている。
【0039】
前述のように、切換制御信号が低レベルのときは波形切換部33の上方の端子の入力電圧波形(基準位相の正弦波)が選択され、切換制御信号が高レベルのときは波形切換部33の下方の端子の入力電圧波形(位相が基準位相から180度シフトされた正弦波)が選択される。
【0040】
ここでは切り換え動作を行う時間間隔をランダムに設定している。すなわち、図示のように切り換え動作を行う時間を(R1,R2,R3,…)とすると、時間間隔(R1−0),(R2−R1),(R3−R2),…はランダムな値に設定される。
【0041】
なお、これらのランダム時間間隔は、大部分が基準位相の正弦波電圧の周期Tよりも短くなるようにすることが好ましい。正弦波電圧の周期Tよりも長い時間間隔を多く含むようになると、定在波の発生量が増加してしまう。そこで、大部分の時間間隔が正弦波の周期Tよりも短くなるように、時間間隔の上限値を設定することが好ましい。
【0042】
制御部34は、雑音信号から作成したランダムなパルス幅や、乱数発生器によって発生した乱数から、ランダムな時間間隔を順次設定する。そして、そのランダムな時間間隔にしたがった時間(R1,R2,R3,…)において、波形切換部33の切り換え動作を行う。このような切り換え動作を行った波形切換部33の出力波形が(b)の波形となる。この波形によって超音波振動子22を駆動した場合も、単純な正弦波による駆動に比較して定在波の発生が抑制されることが実験的に確認された。実験は、前述の実験方法と同様に行ったものである。実験結果の詳細については後に説明する。
【0043】
以上に説明した超音波駆動源3の駆動波形は、単なる一例に過ぎない。超音波駆動源3は、さらに多様な駆動波形を出力することができる。図3および図4の例では、移相器31の位相シフト量は180度であったが、位相シフト量は他の角度でもよく、90度も定在波の抑制効果が大きい。位相シフト量は、これ以外にも30度、45度、60度等の任意の角度とすることができる。
【0044】
また、位相シフト量を一定値とするのではなく、時間とともに変化させることもできる。波形切換部33が移相器31側に切り換えられるごとに、この位相シフト量を異なる角度に変更することもできる。さらに、位相シフト量を順次増加または減少させたり、位相シフト量を周期的に変更するようにしたり、位相シフト量をランダムに変更するようにしたりしてもよい。
【0045】
波形切換部33の切り換えタイミングとしては、図3のような一定の時間間隔で切り換える方法や、図4のようなランダムな時間間隔で切り換える方法があるが、これ以外のタイミングで切り換えるようにしてもよい。例えば、切り換えの時間間隔を順次増加または減少させたり、切り換えの時間間隔を周期的に変更するようにしたりすることもできる。このように、超音波駆動源3によって種々の形態の駆動波形を出力することができる。
【0046】
なお、図2に示した超音波駆動源3は簡略な構成のものであり、基準位相の正弦波が切り換えの1回おきに出現する。このような限定条件をなくし、さらに汎用的な超音波駆動源3を構成することができる。図5は、超音波駆動源3のより汎用的な構成を示すブロック図である。
【0047】
駆動波形の基本となる正弦波は、正弦波発生部30によって発生される。正弦波の周波数は、例えば500kHz程度である。正弦波発生部30では基準となる一定の位相の正弦波電圧を発生し、その正弦波電圧は分岐した2つの経路にそれぞれ出力されている。移相器31および移相器32は、正弦波発生部30からの正弦波電圧の位相を所定量だけシフトして出力する。位相シフト量は制御部からの制御信号により任意の値に設定可能である。移相器31と移相器32には、それぞれ異なる位相シフト量が設定される。
【0048】
波形切換部33には、移相器32から出力された正弦波電圧と、移相器31から出力された正弦波電圧の両方が入力されており、そのいずれか一方を出力する。すなわち、波形切換部33は、入力された2種類の正弦波電圧を切り換えて出力する切換スイッチとして機能する。2種類の入力電圧の切り換えを行う時点、および、どちらの入力電圧を出力するかは、制御部34からの切換制御信号によって制御される。
【0049】
制御部34は、移相器31および移相器32に対して位相シフト量を任意の時点で設定することができる。位相シフト量は時間によって変化しない一定の角度とすることもできるし、時間とともに位相シフト量の設定値を変更することによって、位相シフト量を時間によって変化させることもできる。また、制御部34は、切換制御信号によって波形切換部33の切り換え動作を任意の時点で行うことができる。切り換え動作は、周期的に行うこともできるし、非周期的に行うこともできる。
【0050】
波形切換部33で2種類の入力電圧から選択された電圧波形は駆動部35に入力される。駆動部35は、入力された駆動波形を増幅し、超音波振動子22を駆動するための十分な電力として超音波発生部2に出力する。超音波発生部2内の超音波振動子22は、この駆動部35の出力によって超音波を発生する。すなわち、波形切換部33の出力波形(駆動波形)に基づいて超音波振動子22が駆動されている。
【0051】
図5に示した超音波駆動源3によれば、波形切換部33の切り換えごとに任意の位相の正弦波を出力することができる。例えば、波形1:基準位相の正弦波、波形2:位相シフト量90度の正弦波、波形3:位相シフト量180度の正弦波、波形4:位相シフト量270度の正弦波とし、波形1〜4を順番に出力することや、波形1〜4をランダムな順序で出力することができる。切り換え前の現時点での波形を現波形とし、次の切り換え後の波形を次期波形とすれば、この例では、現波形と次期波形の位相差は、90度の整数倍の角度となる。
【0052】
また、図2に示した超音波駆動源3と同様に、図5に示した超音波駆動源3でも位相シフト量および切り換えの時間間隔を多様な形態として、多様な駆動波形を出力することができる。移相器31および移相器32の位相シフト量は、任意の一定値でもよく、時間とともに変化させることもできる。波形切換部33の切り換え動作ごとに、この位相シフト量を異なる角度に変更することもできる。さらに、位相シフト量を順次増加または減少させたり、位相シフト量を周期的に変更するようにしたり、位相シフト量をランダムに変更するようにしたりしてもよい。
【0053】
波形切換部33の切り換えタイミングとしては、一定の時間間隔で切り換える方法や、ランダムな時間間隔で切り換える方法があるが、これ以外のタイミングで切り換えるようにしてもよい。例えば、切り換えの時間間隔を順次増加または減少させたり、切り換えの時間間隔を周期的に変更するようにしたりすることができる。
【0054】
次に、本発明の超音波振動子駆動方法および超音波照射装置1の定在波抑制効果に関する実験結果について説明する。実験は、水槽中での音響振動をシュリーレン法によって映像化し、その映像から定在波の発生量を確認した。
【0055】
図6は、比較のために従来の超音波振動子駆動方法によって駆動した場合の音響振動を示す映像である。図6は基準位相の正弦波電圧のみによって超音波振動子を駆動した場合であり、この正弦波電圧の周波数は500kHzである。図の上端に位置する超音波発生部から超音波が放射され、その超音波が図の下端に位置する斜めの反射壁(銅板)によって反射されている。図示のように白黒の濃淡の鮮明な縞模様が観察された。映像の白い部分が定在波の腹の部分に相当するものであり、このようにはっきりとした定在波が確認された。
【0056】
図7は、本発明の超音波振動子駆動方法によって駆動した場合の音響振動を示す映像である。図7は、基準位相の正弦波電圧と、基準位相から180度位相がシフトした正弦波電圧とを、ランダムな時間間隔で切り換えた波形により超音波振動子を駆動したものである。すなわち、図4で示すような駆動波形により超音波振動子を駆動したものである。基準位相の正弦波電圧の周波数は500kHzである。ランダムな時間間隔は雑音信号を2値化して作成した。ランダムな時間間隔の元となる雑音信号は、50〜900kHzの周波数帯域を有する雑音信号とした。この雑音信号は、白色雑音信号の周波数帯域を50〜900kHzのバンドパスフィルタによって制限したものである。
【0057】
図7においても図の上端に位置する超音波発生部から超音波が放射され、その超音波が図の下端に位置する反射壁によって反射されている。図7では、図6に比較して白黒の濃淡模様が大幅に減少しており、定在波が大幅に抑制されていることが分かる。
【0058】
図8は、雑音信号の周波数帯域による定在波抑制効果の影響を調べるために行った比較例である。図7のものと同様の駆動方法であるが、ランダムな時間間隔の元となる雑音信号として50〜200kHzの周波数帯域のものを使用した場合である。この場合、図6に比較すれば定在波が抑制されているが、図7に比べると抑制効果が小さいことが分かる。この雑音信号の周波数帯域はより高い周波数を含む方が定在波の抑制効果が大きくなる。
【0059】
以上に説明したような、本発明の超音波振動子駆動方法および超音波照射装置によって、生体内での定在波の発生を大幅に抑制することができ、生体に対して安全にかつ効率的に血栓の溶解治療を行うことができる。また、超音波振動子の駆動波形は、周波数を一定として位相のみを繰り返しシフトした波形となるので、周波数特性が広帯域でないチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)を用いた超音波振動子でも使用可能であり、超音波照射装置のコストを低減させることができる。さらに、超音波振動子の駆動源を正弦波の位相のみシフト可能な回路構成によって実現することができるので、定在波抑制可能な駆動源の回路構成を簡素化することができ、駆動源のコストを低減させることができる。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明の超音波振動子駆動方法および超音波照射装置によれば、生体内での定在波の発生を大幅に抑制することができ、生体に対して安全にかつ効率的に血栓の溶解治療を行うことができる。
【符号の説明】
【0061】
1 超音波照射装置
2 超音波発生部
3 超音波駆動源
4 生体
5 血管
21 ケース
22 超音波振動子
23 冷却媒体
24 粘着材料
30 正弦波発生部
31,32 移相器
33 波形切換部
34 制御部
35 駆動部
51 血栓

【特許請求の範囲】
【請求項1】
現時点での波形である現波形を発生する手順と、
前記現波形とは位相の異なる波形であって、次の切り換え後の波形となるべき次期波形を発生する手順と、
前記現波形から前記次期波形へと繰り返し切り換えてその結果の波形を駆動波形として出力する切換出力手順と、
前記駆動波形により超音波振動子を駆動する手順とを有する超音波振動子駆動方法。
【請求項2】
請求項1に記載した超音波振動子駆動方法であって、
前記切換出力手順は、前記現波形から前記次期波形への切り換えを一定の時間間隔で行うものである超音波振動子駆動方法。
【請求項3】
請求項1に記載した超音波振動子駆動方法であって、
前記切換出力手順は、前記現波形から前記次期波形への切り換えをランダムな時間間隔で切り換えるものである超音波振動子駆動方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載した超音波振動子駆動方法であって、
前記現波形と前記次期波形の位相差は、90度の整数倍の角度である超音波振動子駆動方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項に記載した超音波振動子駆動方法であって、
前記現波形と前記次期波形の位相差は、一定の角度である超音波振動子駆動方法。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれか1項に記載した超音波振動子駆動方法であって、
前記現波形と前記次期波形の位相差は、ランダムに変化するものである超音波振動子駆動方法。
【請求項7】
超音波を照射する対象物に貼り付け可能な平板状の超音波発生部(2)と、
現時点での波形である現波形と、前記現波形とは位相の異なる波形であって、次の切り換え後の波形となるべき次期波形を発生する波形発生部(30〜32)と、
前記現波形から前記次期波形へと繰り返し切り換えて出力する波形切換部(33)と、
前記波形切換部の出力波形により前記超音波発生部(2)を駆動する駆動部(35)とを有する超音波照射装置。
【請求項8】
請求項7に記載した超音波照射装置であって、
前記超音波発生部(2)は、曲面状の表面にも貼り付け可能なものである超音波照射装置。
【請求項9】
請求項7,8のいずれか1項に記載した超音波照射装置であって、
前記超音波発生部(2)は、冷却手段(23)を備えたものである超音波照射装置。
【請求項10】
請求項7〜9のいずれか1項に記載した超音波照射装置であって、
前記波形切換部(33)は、前記現波形から前記次期波形への切り換えを一定の時間間隔で行うものである超音波照射装置。
【請求項11】
請求項7〜9のいずれか1項に記載した超音波照射装置であって、
前記波形切換部(33)は、前記現波形から前記次期波形への切り換えをランダムな時間間隔で行うものである超音波照射装置。
【請求項12】
請求項7〜11のいずれか1項に記載した超音波照射装置であって、
前記波形発生部(30〜32)は、前記現波形と前記次期波形の位相差が90度の整数倍の角度となるように、前記現波形および前記次期波形を発生するものである超音波照射装置。
【請求項13】
請求項7〜11のいずれか1項に記載した超音波照射装置であって、
前記波形発生部(30〜32)は、前記現波形と前記次期波形の位相差が一定の角度となるように、前記現波形および前記次期波形を発生するものである超音波照射装置。
【請求項14】
請求項7〜11のいずれか1項に記載した超音波照射装置であって、
前記波形発生部(30〜32)は、前記現波形と前記次期波形の位相差がランダムな角度となるように、前記現波形および前記次期波形を発生するものである超音波照射装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−99376(P2013−99376A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−243632(P2011−243632)
【出願日】平成23年11月7日(2011.11.7)
【出願人】(501083643)学校法人慈恵大学 (20)
【Fターム(参考)】