説明

超音波診断装置

【課題】超音波診断装置において、整相加算処理後の受信信号(ビームデータ)に含まれるサイドローブ成分等の不要信号成分を抑圧する。
【解決手段】遅延処理後かつ加算処理前の複数の素子受信信号から素子配列方向に並ぶ複数の符号データからなる符号データ列が取り出される。係数演算部30は、符号データ列についての符号一様性及び素子配列方向における符号変化密度に基づいて、不要信号抑圧用の係数を演算する。具体的には、符号一様性を示す係数としてSCF (Sign Coherence Factor)が用いられる。符号変化密度を示す係数としてSTF(Sign Transit Factor)が用いられる。それらから、受信信号に乗算される係数NewFactorが演算される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は超音波診断装置に関し、特に、サイドローブやグレーティングローブ等の不要信号成分を低減する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
超音波画像の画質を高めるためには、受信信号処理において、サイドローブ(side lobe)、グレーティングローブ(grating lobe)、雑音(ノイズ)などの不要信号成分を低減することが望まれる。
【0003】
受信ビームフォーマーでは、フォーカシングのため、複数の振動素子からの複数の素子受信信号が整相処理(遅延処理)され、その後それらが加算される。整相加算処理後において、RF信号としてのビームデータが得られる。そのビームデータは超音波画像の形成で用いられる。フォーカス点からの反射波であれば、遅延処理後の複数の素子受信信号間では位相が揃っているため、加算後において振幅の大きいRF信号が得られる。これに対して、フォーカス点以外のところからの反射波の場合、複数の素子受信信号間で位相が一致していないため、振幅の低いRF信号しか得られない。
【0004】
受信信号中に含まれる不要信号成分を抑圧する手法として、SCF (Sign Coherence Factor)という係数を用いて受信信号の抑圧を行う第1方法が提案されている(非特許文献1)。これは遅延処理後かつ加算処理前の複数の素子受信信号から取り出された素子配列方向に並ぶ複数の符号データからなる符号データ列に基づいて加算処理後の受信信号(ビームデータ)の利得を調整するものである。具体的には正の符号データの個数と負の符号データの個数の割合によって定義されるSCFに応じて利得が調整されている。一方、本願の出願時において未公開の特願2010−230404号には、上記符号データ列において素子配列方向に沿って符号が反転する個数(ゼロクロス数)からSTF(Sign Transit Factor)という係数を求めて、その係数を用いて受信信号の抑圧を行う第2方法が提案されている。ここでゼロクロス数は符号反転密度に相当するものである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】J. Camacho,et al, "Phase Coherence Imaging", IEEE trans. UFFC, vol.56, No.5, 2009.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
遅延処理後且つ加算処理後の受信信号、つまり整相加算処理後のビームデータに含まれる不要信号低分を効果的に抑圧することが望まれている。その際、実際の(真の)信号成分の抑圧をできるだけ回避することが望まれる。上記第1方法では、正符号データ数及び負符号データ数しか参照されておらず、実際の振幅の大小やその並びによらない利得制御となっているので、チャンネル方向の振幅分布がある程度揃っていてもそれがベースラインを横切って変動している場合に位相が乱れていると誤認してしまう可能性がある。上記第2方法では、素子配列方向の符号データの並びに応じた利得制御となっているので、ゼロクロス(ベースラインクロス)の頻度を考慮できる反面、後に説明するように、不要信号成分の発生源とメインビームとの位置関係に影響を受ける。このように、それぞれの手法には一長一短がある。
【0007】
本発明の目的は、受信信号に含まれる不要信号成分を的確に低減しつつ受信信号に対して過度の低減が行われないようにすることにある。
【0008】
本発明の他の目的は、不要信号成分を総合的に特定してそれを低減することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る超音波診断装置は、複数の振動素子からなるアレイ振動子と、前記複数の振動素子からの複数の素子受信信号に対して遅延処理を行う遅延処理部と、前記遅延処理後の複数の素子受信信号に対して加算処理を行う加算処理部と、前記遅延処理後かつ前記加算処理前の複数の素子受信信号から取り出される素子配列方向に並んだ複数の符号データからなる符号データ列に基づいて評価値を演算する手段であって、前記符号データ列についての符号一様性及び前記素子配列方向における符号変化密度に基づいて前記評価値を演算する演算部と、前記評価値を利用して前記加算処理後の受信信号の利得を調整する利得調整部と、を含むものである。
【0010】
上記構成によれば、整相加算後の受信信号の利得が評価値に基づいて調整される。その場合、評価値は、符号データ列における符号の一様性及び符号変化密度に基づいて演算されるから、単にそれらの一方だけを利用した場合に比べて、状況に応じた的確な評価値演算を行うことが可能である。すなわち、符号の一様性だけを参照した場合、振幅の大小やチャンネル方向における符号の並び方が考慮されないので、場合によっては、位相が揃っているのに位相が乱れていると判断されることもあるが、更に符号変化密度を参照すれば、極性変化の個数が少ない状態を認識して、両者の矛盾あるいは符号の一様性による判断での誤りを特定することが可能となる。また、符号変化密度だけを参照した場合、強反射体と受信ビーム原点との位置関係に応じて符号変化密度が変化してしまうために、位相の乱れを誤認してしまう可能性があるが、それと共に符号の一様性を考慮すれば上記位置関係に起因する誤認を防止又は軽減することが可能となる。いすれにしても各手法単独では目立ってしまう欠点を緩和できる。
【0011】
望ましくは、前記演算部は、前記符号データ列それ全体としての符号一様性の度合いを示す第1係数を演算する第1係数演算部と、前記符号データ列における前記素子配列方向における符号変化を検出しその密度に基づいて第2係数を演算する第2係数演算部と、前記第1係数及び前記第2係数に基づいて前記評価値を演算する評価値演算部と、を含む。望ましくは、前記評価値演算部は、前記第1係数と前記第2係数の重み付け加算処理により前記評価値を演算する。望ましくは、前記評価値演算部は、前記第1係数と前記第2係数の乗算処理により前記評価値を演算する。望ましくは、前記評価値演算部は、前記第1係数が第1閾値よりも小さく且つ前記第2係数が第2閾値よりも大きい特定の状況においては記第2係数に基づく値又は所定値を前記評価値として決定する。
【0012】
符号の一様性の評価に当たって、後述する(2)式を利用するのが望ましいが、符号のバラツキを演算できる限りにおいて、他の計算式を用いることが可能である。同様に、符号変化密度の評価に当たって、後述する(4)式を利用するのが望ましいが、符号反転の頻度を演算できる限りにおいて、他の計算式を用いることが可能である。それらの指標の演算に際して、各データの二値化処理を行えば簡便且つ迅速な処理を期待できる。望ましくは、二値化処理部分は二種の係数の演算に当たって共用可能である。二値化処理は実際には1データを表現する複数のビットの中から符号ビットを取り出す処理により実現でき、それは回路構成上極めて容易である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、受信信号に含まれる不要信号成分を的確に低減しつつ受信信号に対して過度の低減が行われないようにできる。あるいは、不要信号成分を総合的に特定してそれを低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】アレイ振動子上の各地点における強反射体からの反射波の入射角度を説明するための説明図である。
【図2】整相処理(遅延処理)後における強反射体からの反射波についてその波面の様子を模式的に表した想像図である。
【図3】メインビーム方向からの反射波が支配的であって遅延処理後の素子受信信号列の振幅分布が全体としてゼロ交差レベルから離れている状態(ケース1)と、メインビーム方向からの反射波が支配的であって遅延処理後の素子受信信号列の振幅分布が全体としてゼロ交差レベルの近傍にある状態(ケース2)と、を示す図である。
【図4】メインビーム方向からの反射波に比べてサイドローブがやや支配的であって遅延処理後の素子受信信号列の振幅分布が長周期を示す状態(ケース3)と、メインビーム方向からの反射波に比べてサイドローブがやや支配的であって遅延処理後の素子受信信号列の振幅分布が短周期を示す状態(ケース4)と、を示す図である。
【図5】サイドローブが支配的であって遅延処理後の素子受信信号列の振幅分布が長周期を示す状態(ケース5)と、サイドローブが支配的であって遅延処理後の素子受信信号列の振幅分布が短周期を示す状態(ケース6)と、を示す図である。
【図6】ケース1−6についてその内容及び画質への影響を示す図である。
【図7】実施形態に係る超音波診断装置を示すブロック図である。
【図8】係数演算部の具体例を示すブロック図である。
【図9】組み合わせ演算部の第1の具体例を示すブロック図である。
【図10】組み合わせ演算部の第2の具体例を示すブロック図である。
【図11】組み合わせ演算部の第3の具体例を示すブロック図である。
【図12】ゼロ交差密度に応じた第2係数(STF値)の決定曲線を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の好適な実施形態を図面に基づいて説明する。
【0016】
(1)不要信号成分を抑圧する2つの方法の説明
第1方法は、第1係数としてのSCF (Sign Coherence Factor)に基づいて不要信号成分を抑圧する方法である。第2方法は、第2係数としてのSTF(Sign Transit Factor)に基づいて不要信号成分を抑圧する方法である。いずれの方法も、遅延処理後且つ加算処理前の複数の素子受信信号に着目し、それらから複数の符号ビット(符号データ)を取り出して、複数の符号データに基づいて加算処理後の受信信号の利得を決定する係数を求めるものである。複数の符号データはチャンネル方向つまり素子配列方向に並んでおり、それらは符号データ列を構成する。
【0017】
まず、第1方法について説明する。SCFは、符号データ列における正の符号データと負の符号データのそれぞれの個数あるいは存在割合に着目する指標である。深度をkとし、チャンネル番号をiとした場合において、各深度のデータsi(k)を以下のように二値化する。ここで各データは、遅延処理後且つ加算処理前の各チャンネルの受信信号(素子受信信号)を構成する各要素である。
【0018】
【数1】

【0019】
上記の二値化は、デジタル信号としての個々のデータから符号ビットを取り出す処理に相当する。但し、ベースライン(ゼロクロスライン)を所定レベルに定めて、それをもって二値化することも可能である。上記のbi(k)を極性パラメータと称することにする。
【0020】
この極性パラメータbi(k)を用いて、位相の乱れ度合いの評価指標として、係数SCFが以下のように定義される。
【0021】
【数2】

【0022】
上記において、Nは受信チャンネル数であり、それは受信開口によって変わりうる。pはSCFを調整するための可変定数である。
【0023】
いま、全チャンネルで位相が揃っている場合、全チャンネルで極性パラメータが一致することになり、その結果、SCFは1となる。一方、位相が乱れると、極性も乱れるため、SCFは0に近づく。よって、SCFを使って、整相加算後の振幅情報(ビームデータ)に重み付けすることにより、サイドローブ等の不要信号成分を低減することが可能となる。
【0024】
但し、SCFのみによって抑圧処理を行うと、断層画像中の実質部(臓器内部等の組織が詰まった部分)に局所的な黒抜け(細かい輝度低下部分)が発生するということが実験により確かめられている。その理由については後述する。このように、SCFには利点もあるが欠点もある。
【0025】
次に、第2方法について説明する。第2方法は、STF(Sign Transit Factor)という係数に基づいて不要信号成分を抑圧する方法である。STFは、チャンネル方向についての信号分布(振幅分布)の零交差密度を表す指標である。チャンネル方向の信号分布についての変化の特徴を表わすパラメータci(k)を以下のように定義する。
【0026】
【数3】

【0027】
これは零交差点の検出に相当する。ci(k)を極性変化パラメータと称する。この極性変化パラメータci(k)を用いて、位相の乱れ度合いを示す指標としてのSTFの一例を以下のように定義する。なお、以下の(4)式中のA(k)は(5)式で定義されている。
【0028】
【数4】

【0029】
【数5】

【0030】
上記において、Nは受信チャンネル数であり、qはSTFを調整するパラメータである。STFの式は、0≦STF(k)≦1を満たし、零交差密度1/(N−1)×Σci(k)に関する単調減少関数であれば、その形は(4)式、(5)式には限られない。
【0031】
全チャンネルで位相が揃っている場合、個々の隣接チャンネル間で零交差が起こらないため、極性変化パラメータは0となり、STFは1となる。一方、位相が乱れると、零交差密度が大きくなるため、STFは小さくなる。よって、そのSTFを用いて整相加算後の振幅情報(ビームデータ)に重み付け処理を施すことにより、不要信号成分を低減することが可能となる。
【0032】
但し、実験によれば、強反射体が存在する場合、それと同じ深度であって強反射体から離れた位置において、実質部の輝度が極端に抑制されてしまうという傾向が認められている。また、状況によっては、強反射体近傍においてサイドローブ低減効果が不十分という傾向が認められている。
【0033】
(2)2つの方法の長所と短所
図1に基づいて、強反射体(サイドローブ成分発生源)とメインビームとの位置関係によって、チャンネル方向にどのような周波数変化が生じるのかについて検討する。図1において、アレイ振動子110は複数の振動素子により構成されている。a,b,cは3つのメインビーム位置(中心位置)を示している。それらから離れて、ある深さに強反射体112が存在している。そこから各メインビーム位置の原点へ向かう反射波が符号114a,114b,114cで示され、それらの反射波の波面(例えば粗密波の瞬時ピーク)が符号116a,116b,116cで示されている。図1に示されるように、強反射体112と受信ビームa,b,cが離れれば離れる程、受信されるサイドローブ成分の波面116a,116b,116cの傾きが大きくなる。
【0034】
図2には3つの波面が模式的に想像図として示されている。各図において横軸chはチャンネル方向を示し、縦軸rは深さ方向を示している。(A)は、強反射体からメインビーム位置の原点までの距離が短い場合における波面を示し、(B)は、強反射体からメインビーム位置の原点までの距離が中程度の場合における波面を示し、(C)は、強反射体からメインビーム位置の原点までの距離が長い場合における波面を示している。それら3つの場合において、チャンネル方向に沿って符号データ列を観測すると、波面の傾きが大きくなればなる程、ベースラインを横切る交点の密度が増加するから、ベースライン上のゼロクロス周波数が増大することになる。
【0035】
以上の事象を踏まえつつ、SCFとSTFのそれぞれの利点と欠点が以下のように整理される。なお、図3乃至図5に示す各グラフにおいて、横軸chはチャンネル方向を示しており、縦軸Aは遅延処理後の各チャンネル受信信号の振幅を示している。
【0036】
第1のケースは、図3の(A)に示すように、メインビーム方向からの反射信号が支配的なケースであって、しかも振幅分布がベースラインから離れているようなケースである。ちなみに、メインビーム方向からの反射信号が支配的な場合であっても、通常、装置設定音速と実際の音速とのずれや、ビームフォーマーでの遅延処理の精度等の影響により、複数のチャンネル間において位相は完全には揃わない。第2のケースは、図3の(B)に示すように、メインビーム方向からの反射信号が支配的なケースであって、振幅分布がベースライン付近にあるケースである。第1のケースと第2のケースは、例えばサイドローブ成分の混入があまりない実質部に相当し、それらは波面の到来に従って時間軸上において交互に瞬時的に生じる。図6に示されるように、第1のケースの場合、SCFによる評価及びSTFによる評価のいずれにおいても、位相がおおよそ揃っているとみなされる。正符号データの個数が最大となっており、ゼロクロス(交差密度)も0(最小値)だからである。この第1のケースでは、いずれの評価方法も妥当なものと言える。一方、第2のケースの場合、実際には振幅分布のバラツキが少ないのに、それがベースラインを跨いで変化しているために、正符号データの個数と負符号データの個数がほぼ同じとなり、SCFによる評価では位相が乱れているとみなされてしまう。つまり誤認が生じるおそれがある。これを原因として、SCFを用いた抑圧処理では、実質部で局所的な黒抜けが生じるものと理解される。これに対し、STFによる評価では、ベースライン上の零交差密度は少ないために、位相が揃っているとみなされ、妥当な評価結果が得られる。
【0037】
第3のケースは、図4の(A)に示すように、メインビーム方向からの実信号成分がサイドローブ成分に比べてやや支配的であって、遅延処理後の素子受信信号列の振幅分布が長周期を示す場合(サイドローブ成分の発生源がメインビームに比較的近い場合)である。第4のケースは、図4の(B)に示すように、メインビーム方向からの実信号成分がサイドローブ成分に比べてやや支配的であって、遅延処理後の素子受信信号列の振幅分布が短周期を示す場合(サイドローブ成分の発生源がメインビームから比較的遠い場合)である。第3のケース及び第4のケースはサイドローブ成分が混在する実質部に相当するものである。図6に示されているように、第3のケースでは、正符号データ数と負符号データ数の存在割合につき、やや偏りが生じ、SCFによる評価では位相がやや乱れているとみなされ、評価結果は妥当となる。一方、零交差密度はさほど大きくないため、STFによる評価では位相が揃っているとみなされてしまう。これがSTFを用いる場合において、強反射体近傍でのサイドローブ低減効果が弱い原因であると解される。一方、第4のケースでは、図6に示されているように、正符号データ数と負符号データ数の存在割合に偏りがつき、SCFでは位相がやや乱れているとみなされ、評価結果は妥当であるが、その場合において零交差密度はかなり大きくなるので、STFによる評価では位相が乱れているとみなされる。これが、STFによる評価の場合において、強反射体から離れた位置における実質部の極端な輝度抑制の原因であると解される。
【0038】
第5のケースは、図5の(A)に示されるように、サイドローブ成分が支配的であって、遅延処理後の素子受信信号列の振幅分布が長周期を示す場合(サイドローブ成分の発生源がメインビームに比較的近い場合)である。第6のケースは、図5の(B)に示されるように、サイドローブ成分が支配的であって、遅延処理後の素子受信信号列の振幅分布が短周期を示す場合(サイドローブ成分の発生源がメインビームに比較的遠い場合)である。それらは腔内に生じるサイドローブ成分に相当する。第5のケースでは、図6に示されているように、正符号データ数と負符号データ数の存在割合がほぼ同じになり、SCFによる評価では位相が乱れているとみなされ、評価結果は妥当となる。しかし、零交差密度はさほど大きくないため、STFによる評価では位相が揃っているとみなされてしまう。それが、STFを用いる場合において、強反射体近傍でのサイドローブ低減効果の弱さが生じる原因であると解される。なお、第6のケースでは、図6に示されているように、正符号データ数と負符号データ数の存在割合がほぼ同じになり、SCFによる評価では位相が乱れているとみなされ、評価結果は妥当であり、同時に、零交差密度も大きくなるので、STFによる評価でも位相が乱れているとみなされ、評価結果は妥当となる。
【0039】
(3)2つの方法の組み合わせ
そこで、上記2つの方法を併用することが望まれる。具体的な手法として、幾つかの組み合わせ方法があげられる。第1の組み合わせ方法は、以下の(6)式のように、場合に応じてSCFを選択する方法である。組み合わせ後に生じる新しい指標をNewFactor(k)と称することにする。
【0040】
【数6】

【0041】
この第1の組み合わせ方法は、図6に示したケース2を改善するものである。すなわち、SCF(k)が所定値C未満で且つSTF(k)が所定値D以上の場合に、両者の評価が割れることになるから、NewFactor(k)を所定値Cに固定してしまうものである。それ以外の場合にはSCF(k)による評価が信頼できるものとみなして、NewFactor(k)としてSCF(k)が用いられる。STF(k)は場合分けの参照情報として利用され、NewFactor(k)の値としては実際には利用されていない。但し、それを利用してもよい。SCFによる評価は、第2のケースを除いて妥当なものであるから、この第1の組み合わせ法はSCFによる評価が妥当でない場合をSTFによって判別し、その場合には例外的な処理を行う手法であると理解される。
【0042】
第2の組み合わせ方法は、以下の(7)式に従ってNewFactor(k)を定めるものである。
【0043】
【数7】

【0044】
上記はSCF(k)とSTF(k)とを重み付け加算する方法である。図6において、第2のケースから第5のケースでは、一方の手法において短所が認められるため、それを他方によって補うものである。その場合、A,B,SCFを調整するパラメータp,およびSTFを調整するパラメータqを可変することにより、SCF及びSTFに対する重みを調整できる。
【0045】
第3の組み合わせ方法は、以下の(8)式に従ってNewFactor(k)を定めるものである。
【0046】
【数8】

【0047】
これは、SCFとSTFの相乗平均によってNewFactor(k)を求めるものである。これも、図6に示した第2のケースから第5のケースにおいて、一方の手法において短所が認められるため、それを他方によって補うものである。SCFを調整するパラメータpとSTFを調整するパラメータqにより、SCF及びSTFに対する重みを調整できる。
【0048】
なお、正の信号及び負の信号の存在割合と、零交差密度の両パラメータを用いる評価指標であれば,その形は上記の(6)式から(8)式に限定されるものではない。(4)式及び(5)式は、零交差密度に対する単調減少関数であるが、第4のケースで生じる問題点を改善するために、後に示すように、零交差密度に閾値を設け、零交差密度がその閾値を上回ったら、STF値を一定にする処理を加えてもよい。さらに、そのように修正されたSTFをSCFに組み合わせてもよい。
【0049】
(4)実施形態の構成
図7には、本発明に係る超音波診断装置の好適な実施形態が示されており、図8はその全体構成を示すブロック図である。この超音波診断装置は医療の分野において用いられ、生体に対する超音波の送受波によって得られた受信信号に基づいて超音波画像を形成する装置である。本実施形態においては、超音波画像としてBモード断層画像が形成されているが、もちろんドプラ画像等が形成されてもよい。
【0050】
図7において、アレイ振動子10は、超音波探触子内に配置され、複数の振動素子12により構成される。複数の振動素子12は直線状に配列されている。もちろん、それらが円弧状に配列されていてもよい。複数の振動素子12を利用して超音波ビーム(送信ビーム、受信ビーム)が形成され、それが電子的に走査される。電子走査方式としては、電子セクタ走査、電子リニア走査等が知られている。1Dアレイ振動子に代えて2Dアレイ振動子を用いることも可能である。
【0051】
送信部14は送信ビームフォーマーである。すなわち、送信部14は送信時において複数の振動素子12に対して所定の遅延関係を有する複数の送信信号を供給する。これにより送信ビームが形成される。受信時において、生体内の各点からの反射波がアレイ振動子10にて受波される。これにより複数の受信信号(素子受信信号)が生じ、それが増幅部16へ出力される。増幅部16、遅延部20及び信号加算部24が受信部を構成し、その受信部は受信ビームフォーマーである。
【0052】
増幅部16は、複数のアンプ18により構成されている。その後段には遅延部20が設けられ、その遅延部20は複数の遅延器22により構成されている。それらの遅延器22によって遅延処理(整相処理)が実行される。各遅延器22に与える遅延時間すなわちディレイデータは制御部42から供給される。遅延部20の後段にアポダイゼーション処理部が設けられてもよい。A/D変換部については図示省略されている。遅延処理後の複数の受信信号(複数の素子受信信号)が信号加算部24に入力される。そこでそれらの複数の受信信号が加算され、電子的に受信ビームが形成される。整相加算処理後の受信信号が検波部26に出力されている。検波部26は検波処理を行う公知の回路である。制御部42には入力部44が接続されている。
【0053】
本実施形態においては、不要信号成分の抑圧を行うために不要信号成分抑圧部28が設けられている。それは、具体的には、係数演算部30及び乗算器32を有する。係数演算部30は、遅延処理後かつ加算処理前の複数の素子受信信号に基づいて不要信号成分抑圧用の係数(評価値)を演算する回路であり、その係数を利用して実際に不要信号成分の抑圧処理を実行するのが乗算器32である。乗算器32においては、検波後の受信信号に対して係数が乗算され、不要信号成分の大小に応じて受信信号が抑圧(低減)される。不要信号抑圧処理後の受信信号は信号処理部34へ送られる。信号処理部34は対数変換等の各種信号処理を実行し、その処理後の信号が画像形成部36へ送られる。画像形成部36は本実施形態においてデジタルスキャンコンバータ(DSC)により構成されている。これによりBモード断層画像が構成される。その画像のデータは表示処理部38を介して表示器40へ送られる。本実施形態においてはBモード画像が形成されているが、2次元血流画像等が形成されてもよい。上記説明においては不要信号成分を抑圧する処理において、係数の乗算が行われていたが、信号の減算等の他の手法を利用して不要信号成分の抑圧あるいは低減を行うようにしてもよい。
【0054】
深さ方向に並ぶ複数の係数からなる一次元係数列に対して平滑化処理を施した上で平滑化後の係数を乗算器に与えるようにしてもよい。あるいは、深さ方向及びビーム走査方向に整列した二次元係数列に対して二次元の平滑化処理を施した上で平滑化後の係数を乗算器に与えるようにしてもよい。これによれば画質の急峻な変化を緩和できる。
【0055】
次に、係数演算部30の具体的構成について説明する。係数演算部30は上記(1)式乃至(8)式の演算を実行して、整相加算後の受信信号に乗算する不要信号抑圧用の係数(NewFactor(k))を演算するものである。係数演算部30は、二値化モジュール、SCF算出モジュール、STF算出モジュール及び組み合わせ演算モジュールに大別される。
【0056】
図8において、s1(k)〜sN(k)が遅延処理後の受信信号列を示している。各二値化処理器50において、各受信信号における符号ビットが取り出される。取り出された複数の符号ビットがb1(k)〜bN(k)で示されている。それらを加算器52で加算することにより求められる加算値に基づいて、SCF算出器54においてSCFが演算される(上記の(2)式を参照)。一方、各ブロック56では、隣接する信号間(符号ビット間)において、符号変化が検出される。すなわち、隣り合う2つの符号ビットにおいて極性の反転が発生している場合、極性変化パラメータci(k)が+1となり、極性が同一であれば極性変化パラメータci(k)が0となる。それらが加算器58において加算されて、加算値が生成される。STF算出器60は上記(4)式、(5)式に基づいてSTFを演算する回路である。乗算器58の後段又は算出器60の後段に一次元又は二次元の平滑化回路を設けるのが望ましい。図示の例では、隣接素子間において符号ビットの反転が検出されていたが、複数の素子の中から離散的に選択された複数の素子間で符号ビットの反転が検出されるようにしてもよい。
【0057】
以上のように求められた深さkについてのSCF(k)及びSTF(k)に基づいて組み合わせ演算部62は利得調整用の係数NewFactor(k)を演算する。それが図7に示した乗算器32へ出力される。
【0058】
図8に示した組み合わせ演算部62についての幾つかの具体例が図9乃至図11に示されている。図9に示す構成では、上記(6)式に従って係数NewFactor(k)が演算される。これは場合分けによって係数を特定するものである。図10に示す構成では、上記(7)式に従って係数NewFactor(k)が演算される。これは重み付け平均によって係数を演算するものである。図11に示す構成では、上記(8)式に従って係数NewFactor(k)が演算される。これは相乗平均によって係数を演算するものである。それぞれの演算に当たっては演算器又はメモリ(テーブル)が用いられる。
【0059】
図12には、ゼロ交差密度に対するSTFの決定曲線が示されている。実線で示されるように単調減少の関数を利用することも可能ではあるが、一定値αよりもゼロ交差密度が高くなった場合(一定値よりもSTF演算結果が小さくなった場合)、STFを一定値に固定するようにしてもよい。そのようなSTFの修正は上記で示した各種構成に適用することが可能である。
【符号の説明】
【0060】
28 不要信号成分抑圧部、30 係数演算部、50 二値化処理器、54 SCF算出器、60 STF算出器、62 組み合わせ演算部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の振動素子からなるアレイ振動子と、
前記複数の振動素子からの複数の素子受信信号に対して遅延処理を行う遅延処理部と、
前記遅延処理後の複数の素子受信信号に対して加算処理を行う加算処理部と、
前記遅延処理後かつ前記加算処理前の複数の素子受信信号から取り出される素子配列方向に並んだ複数の符号データからなる符号データ列に基づいて評価値を演算する手段であって、前記符号データ列についての符号一様性及び前記素子配列方向における符号変化密度に基づいて前記評価値を演算する演算部と、
前記評価値を利用して前記加算処理後の受信信号の利得を調整する利得調整部と、
を含むことを特徴とする超音波診断装置。
【請求項2】
請求項1記載の装置において、
前記演算部は、
前記符号データ列それ全体としての符号一様性の度合いを示す第1係数を演算する第1係数演算部と、
前記符号データ列における前記素子配列方向における符号変化を検出しその密度に基づいて第2係数を演算する第2係数演算部と、
前記第1係数及び前記第2係数に基づいて前記評価値を演算する評価値演算部と、
を含むことを特徴とする超音波診断装置。
【請求項3】
請求項2記載の装置において、
前記評価値演算部は、前記第1係数と前記第2係数の重み付け加算処理により前記評価値を演算する、ことを特徴とする超音波診断装置。
【請求項4】
請求項2記載の装置において、
前記評価値演算部は、前記第1係数と前記第2係数の乗算処理により前記評価値を演算する、ことを特徴とする超音波診断装置。
【請求項5】
請求項2記載の装置において、
前記評価値演算部は、前記第1係数が第1閾値よりも小さく且つ前記第2係数が第2閾値よりも大きい特定の状況においては前記第2係数に基づく値又は所定値を前記評価値として決定する、ことを特徴とする超音波診断装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2012−223430(P2012−223430A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−95018(P2011−95018)
【出願日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【出願人】(390029791)日立アロカメディカル株式会社 (899)
【Fターム(参考)】