説明

超音波診断装置

【課題】連続波を利用して目標位置からドプラ情報を抽出する技術において、必要とされるドプラ情報を適切に抽出する。
【解決手段】周波数帯域A〜Eの各々から周波数サンプル点が得られて、各周波数サンプル点における周波数スペクトラムSPの電力値が計測される。図に示す例では、電力値abcdeが利用される。さらに、直流成分(DC)に対する1次成分の比pと、直流成分(DC)に対する2次成分の比qが利用される。これにより得られる5つの等式を5元1次連立方程式とすることにより、xyzpqの5つの未知数の解を得ることができる。つまり、必要とされるドプラ信号として、直流成分(DC)の大きさxyzを算出することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超音波診断装置に関し、特に、連続波を利用する超音波診断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
超音波診断装置の連続波を利用した技術として、連続波ドプラが知られている。連続波ドプラでは、例えば、数MHzの正弦波である送信波が生体内へ連続的に放射され、生体内からの反射波が連続的に受波される。反射波には、生体内における運動体(例えば血流など)によるドプラシフト情報が含まれる。そこで、そのドプラシフト情報を抽出して周波数解析することにより、運動体の速度情報を反映させたドプラ波形などを形成することができる。
【0003】
連続波を利用した連続波ドプラは、パルス波を利用したパルスドプラに比べて一般に高速の速度計測の面で優れている。こうした事情などから、本願の発明者は、連続波ドプラに関する研究を重ねてきた。その成果の一つとして、特許文献1において、周波数変調処理を施した連続波ドプラ(FMCWドプラ)に関する技術を提案している。
【0004】
一方、連続波ドプラでは、連続波を利用していることにより位置計測が困難である。例えば、従来の一般的な連続波ドプラの装置(FMCWドプラを利用しない装置)では、位置計測を行うことができなかった。これに対し、本願の発明者は、特許文献2において、FMCWドプラにより選択的に生体内組織の所望の位置からドプラ情報を抽出することができる極めて画期的な技術を提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−253949号公報
【特許文献2】特開2008−289851号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1や特許文献2に記載されたFMCWドプラの技術は、それまでにない超音波診断の可能性を秘めた画期的な技術である。本願の発明者らは、この画期的な技術の改良についてさらに研究を重ねてきた。特に、連続波を利用して目標位置からドプラ情報を抽出する技術に注目して研究を重ねてきた。
【0007】
本発明は、このような背景において成されたものであり、その目的は、連続波を利用して目標位置からドプラ情報を抽出する技術において、必要とされるドプラ情報を適切に抽出することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的にかなう好適な超音波診断装置は、変調周波数に応じて周期的に周波数を変化させた連続波の送信信号を出力する送信信号処理部と、送信信号に対応した超音波の送信波を生体に送波してその送信波に伴う受信波を生体から受波することにより受信信号を得る超音波送受部と、生体内の目標位置との間の相関関係が調整された参照信号を用いて、受信信号に対して復調処理を施すことにより、当該目標位置に対応した復調信号を得る受信信号処理部と、前記目標位置に対応した復調信号に含まれる、直流電力と前記変調周波数の基本波電力と前記変調周波数の複数の高調波電力の中から、ドプラ信号として直流電力を抽出するドプラ信号抽出部と、を有し、前記ドプラ信号抽出部は、前記復調信号に関する周波数スペクトラムの周波数軸上において前記変調周波数の整数倍だけ互いに異なる複数の周波数サンプル点について、各周波数サンプル点ごとに計測される周波数スペクトラムの大きさと、前記直流電力に対する前記基本波電力の比と、前記直流電力に対する前記各高調波電力の比と、に基づいて、各周波数サンプル点における前記直流電力の大きさを得る、ことを特徴とする。
【0009】
上記構成によれば、目標位置に対応した復調信号に含まれる直流電力と前記変調周波数の基本波電力と前記変調周波数の複数の高調波電力の中から、必要とされるドプラ信号として直流電力を抽出することが可能になる。
【0010】
望ましい具体例において、前記ドプラ信号抽出部は、各周波数サンプル点ごとに計測される周波数スペクトラムの大きさと、各周波数サンプル点ごとに算出される前記直流電力の大きさと、前記直流電力に対する前記基本波電力の比と、前記直流電力に対する前記各高調波電力の比と、を含んだ等式に基づいて、各周波数サンプル点における前記直流電力の大きさを算出する、ことを特徴とする。
【0011】
望ましい具体例において、前記ドプラ信号抽出部は、複数の周波数サンプル点から得られる複数の前記等式で構成される連立方程式から、各周波数サンプル点における前記直流電力の大きさを算出する、ことを特徴とする。
【0012】
望ましい具体例において、前記ドプラ信号抽出部は、各周波数サンプル点における周波数の大きさに応じて、前記直流電力に対する前記基本波電力の比と前記直流電力に対する前記各高調波電力の比を決定する、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、連続波を利用して目標位置からドプラ情報を抽出する技術において、必要とされるドプラ情報を抽出することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の実施において好適な超音波診断装置の全体構成を示す図である。
【図2】FM連続波の周期性がドプラ周波数へ与える影響を説明する図である。
【図3】周波数変調の影響を受けたドプラ信号を説明するための図である。
【図4】FM変調度β=20の場合における各成分の電力を示す図である。
【図5】FM変調度β=50の場合における各成分の電力を示す図である。
【図6】周波数変調の影響を受けたドプラ信号の時間変化波形を示す図である。
【図7】ドプラ信号の抽出処理を説明するための図である。
【図8】微小周波数だけずらして設定される周波数サンプル点を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図1は、本発明の実施において好適な超音波診断装置の全体構成を示す図である。送信用振動子10は生体内へ送信波を連続的に送波し、また、受信用振動子12は生体内からの反射波を連続的に受波する。このように、送信および受信がそれぞれ異なる振動子で行われて、いわゆる連続波ドプラ法による送受信が実行される。なお、送信用振動子10は複数の振動素子を備えており、これら複数の振動素子が制御されて超音波の送信ビームが形成される。また、受信用振動子12も複数の振動素子を備えており、これら複数の振動素子により得られた信号が処理されて受信ビームが形成される。
【0016】
送信ビームフォーマ(送信BF)14は、送信用振動子10が備える複数の振動素子に対して送信信号を出力する。送信ビームフォーマ14には、例えば正弦波によるFM変調処理が施されたFM連続波(FMCW波)が入力される。送信ビームフォーマ14は、FM連続波に対して、各振動素子に応じた遅延処理を施して各振動素子に対応した送信信号を形成する。なお、送信ビームフォーマ14において形成された各振動素子に対応した送信信号に対して、必要に応じて電力増幅処理が施されてもよい。こうして、FM連続波による送信ビームが形成される。
【0017】
FM変調器20は、送信ビームフォーマ14にFM連続波を出力する。FM変調器20は、変調波生成部24から供給される変調信号を用いて、RF波発振器22から供給されるRF波(搬送波信号)に対して周波数変調を施すことにより、FM連続波を発生する。このFM連続波の波形等については後に詳述する。
【0018】
受信ビームフォーマ(受信BF)16は、受信用振動子12が備える複数の振動素子から得られる複数の受波信号を整相加算処理して受信ビームを形成する。つまり、受信ビームフォーマ16は、各振動素子から得られる受波信号に対してその振動素子に応じた遅延処理を施し、複数の振動素子から得られる複数の受波信号を加算処理することにより受信ビームを形成する。なお、各振動素子から得られる受波信号に対して低雑音増幅等の処理を施してから、受信ビームフォーマ16に複数の受波信号が供給されてもよい。こうして受信ビームに沿った受信RF信号が得られる。
【0019】
受信ミキサ30は受信RF信号に対して直交検波を施して複素ベースバンド信号を生成する回路であり、2つのミキサ32,34で構成される。各ミキサは受信RF信号を所定の参照信号と混合する回路である。
【0020】
受信ミキサ30の各ミキサに供給される参照信号は、FM変調器20から出力されるFM連続波に基づいて生成される。つまり、FM変調器20から出力されるFM連続波が遅延回路25において遅延処理され、ミキサ32には遅延処理されたFM連続波が直接供給され、一方、ミキサ34には遅延処理されたFM連続波がπ/2シフト回路26を経由して供給される。
【0021】
π/2シフト回路26は遅延処理されたFM連続波の位相をπ/2だけずらす回路である。この結果、2つのミキサ32,34の一方から同相信号成分(I信号成分)が出力され、他方から直交信号成分(Q信号成分)が出力される。なお、受信ミキサ30の後段に設けられたLPF(ローパスフィルタ)36,38により、同相信号成分および直交信号成分の各々の高周波数成分がカットされ、検波後の必要な帯域のみの復調信号が抽出される。
【0022】
FFT処理部(高速フーリエ変換処理部)42は、復調信号(同相信号成分および直交信号成分)の各々に対してFFT演算を実行する。その結果、FFT処理部42において復調信号が周波数スペクトラムに変換される。なお、FFT処理部42から出力される周波数スペクトラムは、回路の設定条件などにより周波数分解能δfの周波数スペクトラムデータとして出力される。
【0023】
ドプラ情報抽出部44は、周波数スペクトラムに変換された復調信号からドプラ信号を抽出する。後に詳述するが、図1の超音波診断装置では、遅延回路25における遅延処理により目標位置が設定され、ドプラ情報抽出部44において目標位置からのドプラ信号が選択的に抽出される。ドプラ情報抽出部44は、例えば、時間的に変化するドプラ信号の表示波形を形成する。なお、生体内の各深さ(各位置)ごとにドプラ信号を抽出して、例えば、超音波ビーム(音線)上の各深さごとに生体内組織の速度を算出し、リアルタイムで出力してもよい。また、超音波ビームを走査させて二次元的あるいは三次元的に生体内組織の各位置の速度を算出してもよい。
【0024】
表示部46は、ドプラ情報抽出部44において形成されたドプラ信号の波形などを表示する。なお、図1に示す超音波診断装置内の各部は、システム制御部50によって制御される。つまり、システム制御部50は、送信制御や受信制御や表示制御などを行う。
【0025】
以上、概説したように、図1の超音波診断装置では、連続波(CW)を変調波でFM変調した超音波(FMCW波)を送受波して受信信号が得られて、目標位置からのドプラ情報が選択的に抽出される。そこで、目標位置からのドプラ情報が選択的に抽出される原理について詳述する。なお、図1に示した部分(構成)については、以下の説明においても図1の符号を利用する。
【0026】
<位置選択性について>
周波数fのRF波(搬送波)に対して、周波数fの正弦波によりFM変調を施したFMCW送信波は次式のように表現できる。次式において、Δfは周波数変動幅の0−P値(ゼロピーク値:最大周波数偏移)であり、最大周波数偏移Δfと変調周波数fの比であるβはFMの変調指数(変調度)である。
【0027】
【数1】

【0028】
また、ドプラシフトを伴う場合のFMCW受信波は、生体における往復の減衰をαとすると次式で表現できる。なお、次式において、fに対するドプラシフトは、fのシフト分fに比べて小さいので無視している。
【0029】
【数2】

【0030】
数2式で表される受信波形は、超音波振動子を介して受信される信号波形(受信RF信号)である。FMCWドプラでは、受信RF信号に対する復調処理において、FMCW送信波を参照信号として受信波と乗算を行う。図1を利用して説明したように、FM変調器20から出力されるFM連続波が参照信号として利用され、遅延回路25において遅延処理され、ミキサ32には遅延処理されたFM連続波が直接供給され、ミキサ34には遅延処理されたFM連続波がπ/2シフト回路26を経由して供給される。したがって、ミキサ32へ供給される参照信号vrI(t)とミキサ34へ供給される参照信号vrQ(t)は、次式のように表現できる。
【0031】
【数3】

【0032】
数3式において、φmrは、遅延回路25における遅延処理により任意に設定できる参照信号の位相を示しており、φ0rは、任意に設定した参照信号の位相に対応して決まる搬送波の位相変化量を示している。
【0033】
受信ミキサ30では、復調処理として直交検波が行われる。つまり、ミキサ32において、受信RF信号v(t)と参照信号vrI(t)の乗算に相当する処理が実行され、また、ミキサ34において、受信RF信号v(t)と参照信号vrQ(t)の乗算に相当する処理が実行される。
【0034】
ミキサ32における受信RF信号v(t)と参照信号vrI(t)の乗算vDI(t)は次式のように表現される。なお、次式の計算途中において、周波数2fの成分が消去されている。これは、LPF36によって除去される。
【0035】
【数4】

【0036】
ここで、ベッセル関数に関する数5式の公式を利用すると、数4式はさらに数6式のように計算される。
【0037】
【数5】

【0038】
【数6】

【0039】
ミキサ34における受信RF信号v(t)と参照信号vrQ(t)の乗算vDQ(t)は次式のように表現される。なお、次式の計算途中において、周波数2fの成分が消去されている。これは、LPF38によって除去される。
【0040】
【数7】

【0041】
ここで、数6式のvDI(t)と数7式のvDQ(t)とに基づいて、複素ベースバンド信号を定義する。まず、vDI(t)とvDQ(t)に含まれている直流(DC)成分、変調周波数fの偶数次高調波成分を次式のように表現する。
【0042】
【数8】

【0043】
次に、vDI(t)とvDQ(t)に含まれている変調周波数fの成分、変調周波数fの奇数次高調波成分を次式のように表現する。
【0044】
【数9】

【0045】
数8式と数9式から、直交検波後のベースバンド信号において、ドプラシフトfを含んだドプラ信号は、DC成分と変調周波数fの成分と変調周波数fの高調波成分とからなる複数の成分の各々についての両側帯波として出現することがわかる。
【0046】
ここで、受信信号と参照信号の位相を互いに揃えた場合、つまり、遅延回路25における遅延処理によりφmrを調整してφと一致させた場合(φmr=φ)を考える。φmrとφを一致させた場合には、数4式におけるkが0となる。この結果をベッセル関数に適用すると、第1次ベッセル関数の性質により、数10式のように、0次のベッセル関数の値のみが1となり、それ以外のベッセル関数の値は0となる。そして、数10式に示す結果を数8式と数9式に適用すると数11式のとおりとなる。
【0047】
【数10】

【0048】
【数11】

【0049】
数11式は、参照波(参照信号)の位相φmrを送受信間の位相差φに設定すると、圧縮変換により、DC成分(直流信号成分)に対応したドプラ信号のみが抽出できることを示している。
【0050】
上述した数2式の受信波形は、ある深さからの受信信号の波形である。これに対し、FMCW送信波を利用して、実際に受信用振動子12において得られる受信信号は、複数の深さからの信号が合成された受信信号である。受信ミキサ30においては、複数の深さからの信号が合成された受信信号と参照信号との乗算に相当する処理が実行される。
【0051】
数8式などに現れた直流信号成分に対応したドプラ信号の振幅を支配するJ(kβ)は、第1次ベッセル関数の性質により、kβが0のときに最大値である1となり、kβが0からずれると急激に小さくなる。そのため、遅延回路25においてφmrを調整し、目標位置から得られる受信信号のφと一致させると、目標位置におけるJ(kβ)が最大値である1となり、目標位置以外におけるJ(kβ)が極端に小さな値となる。したがって、遅延回路25においてφmrを調整し、目標位置から得られる受信信号のφと一致させることにより、目標位置におけるドプラ信号(直流信号成分)を選択的に抽出することができる。
【0052】
以上のように、ドプラ信号が選択的に抽出される目標位置は、遅延回路25における遅延処理に基づいて決定される。図1のシステム制御部50は、目標位置の深さに応じて遅延回路25における遅延時間を制御する。
【0053】
さらに、図1の超音波診断装置では、周波数変調の影響に伴う不要波成分を含んだ復調信号の中から、必要とされるドプラ信号が抽出される。そこで、周波数変調に伴う不要波成分と、必要とされるドプラ信号の抽出について以下に詳述する。なお、図1に示した部分(構成)については、以下の説明においても図1の符号を利用する。
【0054】
<周波数変調に伴う不要波成分について>
ドプラ法の基本原理において、移動体(例えば血流)に関するドプラ周波数(ドプラシフト周波数)は、計測に利用される超音波の周波数と移動体の速度に比例する。図1の超音波診断装置においては、FM連続波を利用しており、FM連続波は、数1式に示したように、周波数(瞬時周波数)が周期的に変化している。そのため、移動体の速度が一定の場合においても、FM連続波を利用してその移動体のドプラ周波数を計測すると、FM連続波の周期性に伴ってドプラ周波数が周期的に変動する。
【0055】
図2は、FM連続波の周期性がドプラ周波数へ与える影響を説明する図である。図2には、ドプラシフトの影響を受けていないFM連続波70と、ドプラシフトの影響を受けたFM連続波72が図示されている。なお、図2の横軸は時間軸であり、図2の縦軸にはFM連続波70,72の瞬時周波数が示されている。
【0056】
図1の超音波診断装置における超音波の送信信号は、その瞬時周波数がFM連続波70のように周期的に正弦波状に変化する。そのため移動体の速度が一定の場合においてもドプラシフトが周期的に変化し、その結果としてFM連続波72のような波形が得られる。つまり、FM連続波70の瞬時周波数が低い(小さい)時刻においては、比較的小さいドプラ周波数fdLとなり、FM連続波70の瞬時周波数が高い(大きい)時刻においては比較的大きいドプラ周波数fdHとなる。
【0057】
このように、FM連続波70を利用して得られるドプラ周波数の変動は、FM連続波70の周期性に対応した周期的なものとなる。特に、移動体の速度が大きい場合には、ドプラ周波数fdLとドプラ周波数fdHの差も大きくなり、ドプラ周波数の周期性が比較的顕著になる。一方、移動体の速度が小さい場合にはドプラ周波数fdLとドプラ周波数fdHの差が小さくなり、ドプラ周波数の周期性が比較的目立たなくなる。
【0058】
図1の超音波診断装置における超音波の送信信号は、周波数fのRF波(搬送波)に対して、周波数fの正弦波によりFM変調を施したFMCW送信波であり、その信号は前述の数1式のとおりである。その送信信号(FMCW送信波)の瞬時角周波数は、数1式の位相項を時間微分して次式のように表現される。
【0059】
【数12】

【0060】
ここで、ドプラシフトを音速(超音波の速度)cと移動体の速度vの比だけ、瞬時周波数が変化する量として定義する。この場合、相対速度vに対するドプラ周波数変化は往復で速度2vとして数13式で表現される。さらに、数13式で表現されるドプラ周波数変化を瞬時位相に変換すると数14式となる。
【0061】
【数13】

【0062】
【数14】

【0063】
数14式で表現される瞬時位相は、移動体からの受信波の瞬時位相に対して、初項で表現される搬送波fによるドプラシフトに加え、第2項で表現される変調波によるドプラシフトが追加されることを意味している。なお、第3項は積分定数であり、ドプラ周波数の位相を意味する。一般に、血流などの速度計測では、ドプラ周波数の位相情報までは必要としない。また、時間的に変化しない位相成分であるため、速度計測において物理的に大きな意味を含んでいないと考える。
【0064】
受信波は、送受信時間差(目標位置までの往復の伝播時間)τだけ送信波よりも遅れて到着するため、送受信時間差τを考慮すると、受信波は次式のように表現される。
【0065】
【数15】

【0066】
受信ミキサ30では、送信波に実質的に同じ波形の参照波(参照信号)と受信波との乗算(次式)に相当する処理が実行される。
【0067】
【数16】

【0068】
数16式から2fの周波数成分をローパスフィルタで除去すると、受信ミキサ30の出力(例えばLPF36の出力)は数17式のように表現することができる。また、数17式の結果について、さらに計算を進めると、数18式のようになる。
【0069】
【数17】

【0070】
【数18】

【0071】
数18式は、ドプラ信号が、新たに定義された変調度β´(数17式参照)と変調周波数fにより周波数変調された信号に等しいことを意味している。
【0072】
図3は、周波数変調の影響を受けたドプラ信号を説明するための図であり、図3には、数18式に対応したドプラ信号の周波数スペクトラムが示されている。なお、図3の横軸は周波数であり縦軸は電力である。
【0073】
図3や数18式に示されるように、変調信号の影響を受けたドプラ信号には、変調周波数fのゼロ次成分である直流成分J(β´)に加え、1次成分J(β´),2次成分J(β´),3次成分J(β´),・・・の折り返し成分が含まれている。なお、直流成分は周波数0からドプラ周波数fだけ離れた位置に現れており、1次成分は周波数fからドプラ周波数fだけ離れた位置に現れており、2次成分は周波数2fからドプラ周波数fだけ離れた位置に現れている。
【0074】
本実施形態においては、必要とされるドプラ信号として、ゼロ次成分である直流成分を抽出する。そのため、本実施形態においては、折り返し成分である1次成分,2次成分,3次成分,・・・を不要波成分とする。不要波成分の電力は、FM変調度βとドプラ周波数、すなわち血流などの速度に依存して変化する。
【0075】
図4は、FM変調度β=20の場合における各成分の電力を示す図であり、図5は、FM変調度β=50の場合における各成分の電力を示す図である。図4,図5における波形は、測定対象である血流の速度を変化させた場合の直流成分と1次成分以上の不要波成分の電力を示している。なお、図4,図5の縦軸に示す相対電力は、直流成分の電力に対する相対的な大きさである。図4,図5に示すように、不要波の電力は、直流成分の電力との比較において、10〜20dB以下であることがわかる。
【0076】
図6は、周波数変調の影響を受けたドプラ信号の時間変化波形を示す図であり、図3の周波数スペクトラムの時間変化を示している。つまり、図6には、ドプラ信号の直流成分と1次成分(−1次成分)と2次成分の各々についての時間変化波形が示されている。横軸に示す時間の経過に伴って測定対象である血流などの速度が変化すると、速度の変化に応じてドプラ周波数fも変化する。そのため、図6に示す各成分の波形は、横軸に示す時間の経過に従って縦軸に示す周波数方向に変化している。
【0077】
図1の超音波診断装置では、必要とされるドプラ信号として、ゼロ次成分である直流成分を抽出する。つまり、折り返し成分である1次成分(−1次成分),2次成分,3次成分,・・・が不要波成分とされ、これら不要波成分を含んだ復調信号の中から、必要とされるドプラ信号が抽出される。
【0078】
<必要とされるドプラ信号の抽出について>
図7は、ドプラ信号の抽出処理を説明するための図である。図7には、FFT処理部42において得られる復調信号の周波数スペクトラムSPが図示されている。図3や数18式に示されるように、変調信号の影響を受けたドプラ信号には、変調周波数fのゼロ次成分である直流成分J(β´)に加え、1次成分J(β´),2次成分J(β´),3次成分J(β´),・・・の折り返し成分が含まれている。そのため、図7に示すように、FFT処理部42において得られる復調信号の周波数スペクトラムSPは、直流成分(DC)や1次成分(破線)や2次成分(鎖線)などを合成したスペクトルとして観測される。
【0079】
ドプラ情報抽出部44は、FFT処理部42において得られる復調信号の周波数スペクトラムSPから、必要とされるドプラ信号として、直流成分(DC)を抽出する。その抽出においては、周波数スペクトラムSPの周波数軸上において、変調周波数fの整数倍だけ互いに異なる複数の周波数サンプル点について、各周波数サンプル点ごとに周波数スペクトラムSPの大きさが計測される。
【0080】
例えば、図7の周波数軸上において、周波数帯域A〜Eの各々から周波数サンプル点が得られて、各周波数サンプル点における周波数スペクトラムSPの電力値が計測される。図7に示す例では、周波数Δfで計測される電力値aと、周波数(f+Δf)で計測される電力値bと、周波数(2f+Δf)で計測される電力値cと、周波数(3f+Δf)で計測される電力値dと、周波数(−f+Δf)で計測される電力値eが利用される。
【0081】
さらに、ドプラ情報抽出部44は、直流成分(DC)に対する1次成分の比pと、直流成分(DC)に対する2次成分の比qを利用する。直流成分(DC)に対する3次成分以上の各高調波の比をさらに利用してもよいが、3次成分以上については直流成分(DC)に比べて極めて小さいため、以下の例においては、3次成分以上の各高調波の比を0と仮定する。
【0082】
そして、周波数Δfにおける直流成分(DC)の大きさをx、周波数(f+Δf)における直流成分(DC)の大きさをy、周波数(2f+Δf)における直流成分(DC)の大きさをzとすると、次の5つの等式が得られる。
【0083】
【数19】

【0084】
数19式に含まれるabcdeは、各周波数サンプル点で計測される電力値であり、FFT処理部42において形成される復調信号の周波数スペクトラムSPから得られる既知の値である。これに対し、数19式に含まれるxyzpqは未知数であるが、数19式の5つの等式を5元1次連立方程式とすることにより、これら5つの未知数の解を得ることができる。
【0085】
こうして、xyzのそれぞれの値、つまり、周波数Δfにおける直流成分(DC)の大きさx、周波数(f+Δf)における直流成分(DC)の大きさy、周波数(2f+Δf)における直流成分(DC)の大きさzを得ることができる。なお、周波数(f+Δf)における1次成分(破線)の大きさpxや、周波数(2f+Δf)2次成分(鎖線)の大きさqxなど、図7に示す各点における大きさ(電力値)を算出することも可能になる。
【0086】
さらに、本実施形態においては、周波数スペクトラムSPの周波数軸上において微小周波数だけずらしつつ複数の周波数サンプル点が設定され、周波数軸上の広い範囲に亘って直流成分(DC)の大きさが算出される。
【0087】
図8は、微小周波数だけずらして設定される周波数サンプル点を示す図である。なお、図8には、図7と同じ復調信号の周波数スペクトラムSPが示されている。そして周波数帯域A内には、例えば等間隔でf〜fまでの周波数サンプル点が設定され、周波数帯域B内には、f+f〜f+fまでの周波数サンプル点が設定される。他の周波数帯域にも図8に示すように周波数サンプル点が設定される。
【0088】
そこで、図8を参照して、図1の超音波診断装置の動作について説明する。ドプラ信号の計測においては、まず、変調周波数fと周波数分解能が設定される。周波数分解能はf〜fまでを等間隔とした場合の各間隔である。そして、超音波の送受が行われて目標位置に対応した復調信号が得られ、FFT処理部42において図8に示す周波数スペクトラムSPが形成される。
【0089】
周波数スペクトラムSPが形成されると、ドプラ情報抽出部44は、n=1と初期化する。nは周波数fを特定する自然数である。これにより、周波数f,f+f,2f+f,3f+f,−f+fが周波数サンプル点に設定される。そして、これら複数の周波数サンプル点において周波数スペクトラムSPの大きさ(電力値)が計測される。つまり、数19式におけるabcdeが決定される。
【0090】
こうして、数19式の5つの等式を5元1次連立方程式とすることにより、未知数であるxyzpqの解を得ることができる。つまり、周波数fにおける直流成分(DC)の大きさx、周波数(f+f)における直流成分(DC)の大きさy、周波数(2f+f)における直流成分(DC)の大きさzを得ることができる。
【0091】
次に、ドプラ情報抽出部44は、nを1つだけ加算してn=2とする。これにより、周波数f,f+f,2f+f,3f+f,−f+fが周波数サンプル点に設定される。そして、これら複数の周波数サンプル点において周波数スペクトラムSPの大きさ(電力値)が計測され、数19式から未知数であるxyzpqの解が算出される。これにより、周波数fにおける直流成分(DC)の大きさx、周波数(f+f)における直流成分(DC)の大きさy、周波数(2f+f)における直流成分(DC)の大きさzが算出される。
【0092】
ドプラ情報抽出部44は、nを1つだけ加算しつつ各nの値ごとに直流成分の大きさxyzを算出し、これをn=Nとなるまで繰り返す。これにより、例えば、周波数帯域Aと周波数帯域Bと周波数帯域C内の全周波数サンプル点において直流成分(DC)の大きさを算出することができる。こうして算出された直流成分の大きさに基づいて、例えば図6に示す波形のうち、直流成分のみを示した時間変化波形などが表示部46に表示される。こうして、必要とされるドプラ信号として直流成分を抽出することができる。
【0093】
また、図4,図5に示したように、直流成分に対する1次成分以上の不要波成分の比は血流速度に応じて変化している。図4,図5に示す波形は、変調度βを決定することにより、例えば数18式などに基づいて得ることができ、図4,図5の横軸の血流速度は、ドプラ周波数に対応している。つまり、図7,図8の横軸の周波数に対応している。
【0094】
そこで、図4,図5に示される計算結果に基づいて、図8に示した各周波数サンプル点における周波数の大きさに応じて、直流成分(DC)に対する1次成分(基本波成分)の比pと、直流成分(DC)に対する2次成分の比qを決定するようにしてもよい。
【0095】
例えば、周波数f,f+f,2f+fが周波数サンプル点に設定された場合に、周波数fに応じた1次成分の比pと2次成分の比qが計算により決定され、次の連立方程式が利用される。
【0096】
【数20】

【0097】
数20式に含まれるa,b,c,は、周波数f,f+f,2f+fの各周波数サンプル点で計測される電力値であり、FFT処理部42において形成される復調信号の周波数スペクトラムSPから得られる既知の値である。また、数20式においては、周波数fに応じて1次成分の比pと2次成分の比qが計算により既に決定されている。そのため、未知数はx,y,zとなり、数20式の3つの等式を3元1次連立方程式とすることにより、これら3つの未知数の解を得ることができる。こうして、周波数fにおける直流成分の大きさx、周波数(f+f)における直流成分の大きさy、周波数(2f+f)における直流成分の大きさzを得ることができる。
【0098】
さらに、図8を利用して説明したように、n=1を初期値として、nを1つだけ加算しつつ各nの値ごとに直流成分の大きさx,y,zを算出し、これをn=Nとなるまで繰り返すことにより、例えば、周波数帯域Aと周波数帯域Bと周波数帯域C内の全周波数サンプル点において直流成分(DC)の大きさを算出することができる。これにより、図4,図5に示した周波数依存性を考慮しつつ、直流成分の大きさ(電力)をさらに高い精度で算出することが可能になる。
【0099】
以上、本発明の好適な実施形態を説明したが、上述した本発明の好適な実施形態等は、あらゆる点で単なる例示にすぎず、本発明の範囲を限定するものではない。本発明は、その本質を逸脱しない範囲で各種の変形形態を包含する。
【符号の説明】
【0100】
20 FM変調器、22 RF波発振器、24 変調波生成部、25 遅延回路、30 受信ミキサ、42 FFT処理部、44 ドプラ情報抽出部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
変調周波数に応じて周期的に周波数を変化させた連続波の送信信号を出力する送信信号処理部と、
送信信号に対応した超音波の送信波を生体に送波してその送信波に伴う受信波を生体から受波することにより受信信号を得る超音波送受部と、
生体内の目標位置との間の相関関係が調整された参照信号を用いて、受信信号に対して復調処理を施すことにより、当該目標位置に対応した復調信号を得る受信信号処理部と、
前記目標位置に対応した復調信号に含まれる、直流電力と前記変調周波数の基本波電力と前記変調周波数の複数の高調波電力の中から、ドプラ信号として直流電力を抽出するドプラ信号抽出部と、
を有し、
前記ドプラ信号抽出部は、前記復調信号に関する周波数スペクトラムの周波数軸上において前記変調周波数の整数倍だけ互いに異なる複数の周波数サンプル点について、各周波数サンプル点ごとに計測される周波数スペクトラムの大きさと、前記直流電力に対する前記基本波電力の比と、前記直流電力に対する前記各高調波電力の比と、に基づいて、各周波数サンプル点における前記直流電力の大きさを得る、
ことを特徴とする超音波診断装置。
【請求項2】
請求項1に記載の超音波診断装置において、
前記ドプラ信号抽出部は、各周波数サンプル点ごとに計測される周波数スペクトラムの大きさと、各周波数サンプル点ごとに算出される前記直流電力の大きさと、前記直流電力に対する前記基本波電力の比と、前記直流電力に対する前記各高調波電力の比と、を含んだ等式に基づいて、各周波数サンプル点における前記直流電力の大きさを算出する、
ことを特徴とする超音波診断装置。
【請求項3】
請求項2に記載の超音波診断装置において、
前記ドプラ信号抽出部は、複数の周波数サンプル点から得られる複数の前記等式で構成される連立方程式から、各周波数サンプル点における前記直流電力の大きさを算出する、
ことを特徴とする超音波診断装置。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載の超音波診断装置において、
前記ドプラ信号抽出部は、各周波数サンプル点における周波数の大きさに応じて、前記直流電力に対する前記基本波電力の比と前記直流電力に対する前記各高調波電力の比を決定する、
ことを特徴とする超音波診断装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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