説明

超高質量範囲質量分析計システム

質量分析計システムは、荷電粒子をビームに視準する空力レンズ系と、荷電粒子を受け取ってほぼゼロ運動エネルギーにまで減速させる空力運動エネルギー低減素子とを有する入口装置を含む。検出装置は、荷電粒子を受け取り、その質量を同定する。空力運動エネルギー低減素子は、リバースジェットまたは一定容積の停滞ガスを通過する通路でもよい。このような質量分析計システムは、1〜1016Daの質量範囲で動作可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は質量分析分野に関し、特に100KDaを超える超高質量範囲を含む本質的に無限の質量範囲において動作する質量分析計システムに関する。
【背景技術】
【0002】
超高質量範囲(>100KDa)において行われる質量分析はほとんどない。エレクトロスプレイイオン化およびマトリックス支援レーザー脱離イオン化は、1,000Daを超える質量分析を可能にしたノーベル賞受賞の発想であった。この偉業が生体医化学における革命の火付け役となったが、その問題点が、ほぼ二十年たったいま感じられている。
【0003】
超高質量種の質量分析には3つの根本的な問題が伴う。第1の問題は、イオン化/気化処理中に高質量種を大気圧から移動させる際、または凝縮マトリックスを真空に移動させる際に高質量種に与えられる膨大な量の運動エネルギーの除去である。第2の問題は、大半の質量分析計が100KDaを超える質量対電荷比の超高質量範囲において動作するように設計されてないか、物理的に動作できないことである。第3の問題は、全質量範囲にわたってトラップから排出された分析物を検出する際に生じる。質量が約10Daを超えて増加すると検出効率は減少する。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
したがって、本発明の目的は、100KDaを超える超高質量範囲において動作可能な質量分析計システムを提供することにある。
本発明の別の目的は、ウィルス、全DNAおよびRNA、全細菌、花粉および他の超高質量種のリアルタイム分析を可能にする質量分析計システムを提供することにある。
【0005】
本発明のさらに別の目的は、ほぼゼロ並進運動エネルギーの真空中に、非常に高質量の荷電種を送出することを可能にする、質量分析計システムとともに用いられる運動エネルギー低減入口を提供することにある。
【0006】
本発明のさらに別の目的は、1〜1016Daの質量範囲で動作するイオントラップ質量分析計システムを提供することにある。
本発明のさらなる目的は、タンデム質量分析を実施可能な、本質的に無限の質量範囲で動作するイオントラップ質量分析計システムを提供することにある。
【0007】
本発明のさらなる目的は、非常に高質量の荷電種が、イオントラップ質量分析計から放出されるか、四重極質量フィルタを通して送出される際に該荷電種を検出することができ、1〜1016Daの質量範囲において動作する質量分析計システムとともに用いられる検出器を提供することにある。
【0008】
本発明の上記および他の目的、特徴および利点は、以下の開示した実施形態の詳細な説明および添付の請求項を精読することで明確になるであろう。
【課題を解決するための手段】
【0009】
質量分析計システムは、荷電粒子をビームに視準する空力レンズ系と、荷電粒子を受け取り、ほぼゼロ運動エネルギーまで減速させる空力運動エネルギー低減素子とを有する入口装置を備えている。検出装置が荷電粒子を受け取り、その質量を同定する。空力運動エネルギー低減素子は、リバースジェット、または一定容積の停滞ガスを通る通路でもよい。
【0010】
特定の実施形態において、質量分析計システムは、荷電種の粒子をビームに視準する空力レンズ系を有する入口装置であって、該空力レンズ系は一連の軸対称の縮小および拡大レンズを有する入口装置と、粒子を空力的にほぼゼロ運動エネルギーまで減速させるリバースジェットと、複数のエンドキャップを有し、デジタル的に発生する電位を有する可変周波数イオンガイドである多重極イオンガイドとを備えている。多重極イオンガイドはバッファガス中で動作しており、任意の質量対電荷比の粒子を捕捉し、粒子を要求に応じて送出する。リバースジェットは、真空チャンバ内で、視準された粒子ビームの軸と一致している。リバースジェットは、空力レンズ系および多重極イオンガイドと連結されており、視準された粒子ビームの軸を中心とする環内に発生したガス束であるとともに粒子ビームの反対方向に伝播している。リバースジェットは、該リバースジェットの中心を通る開口を有しており、空力レンズ系から送出された、視準された粒子ビームはリバースジェットの中心を通過しており、環を通るガス束が増大すると、環からの拡大が反対方向に移動して反対方向にガスジェットを形成し、リバースジェットを通るガス束は、環の中心を通過させながらも粒子ビームの前進速度を低下させるように調整可能である。多重極イオンガイドは、真空チャンバ内のリバースジェットに連結されており、視準された粒子ビームの軸と一致しており、真空チャンバ内の圧力は、さらに減速を行い、粒子を多重極イオンガイド内に捕捉することできるようにするために、多重極のエンドキャップに電位を印加することにより調節可能であり、エンドキャップ電位は、捕捉された荷電粒子を要求に応じて送出することできるように調節可能である。質量分析計システムは、任意の質量対電荷比のイオンを蓄積、励起または排出可能なようにトラップ電位周波数を瞬時に変更可能なデジタルイオントラップをさらに備える。質量分析計システムは、熱気化/イオン化検出器システムと、気化した粒子から荷電種を検出する検出要素とをさらに備えており、前記熱気化/イオン化検出器システムは、荷電粒子のビームを受け取る気化/イオン化チャンバと、気化/イオン化チャンバ内に収容された荷電粒子の気化および断片化を熱的に誘発する気化手段と、気化/イオン化チャンバ内に収容された荷電粒子からの蒸気をイオン化するイオン化手段とを備えており、前記イオン化手段は荷電粒子のビームの軸に垂直であり、前記イオン化手段は検出要素の軸に垂直である。
【0011】
本発明の別の態様によれば、入口装置を備える四重極質量分析計によって他の目的が達成され、前記入口装置は、荷電種の粒子をビームに視準する一連の軸対称の縮小および拡大レンズと、粒子をほぼゼロ運動エネルギーまで空力的に減速するリバースジェットと、複数のエンドキャップを有しており、デジタル的に発生する電位を有する可変周波数イオンガイドである四重極質量フィルタとを備えている。四重極質量フィルタはバッファガス中で動作しており、任意の質量対電荷比の粒子を捕捉し、要求に応じて粒子を送出する。リバースジェットは、真空チャンバ内で、視準された粒子ビームの軸と一致している。リバースジェットは、空力レンズ系および四重極質量フィルタと連結されており、視準された粒子ビームの軸を中心とする環内に発生したガス束であるとともに粒子ビームの反対方向に伝播している。リバースジェットは、該リバースジェットの中心を通る開口を有しており、空力レンズ系から送出された視準された粒子ビームはリバースジェットの中心を通過し、環を通るガス束が増大すると、環からの拡大が反対方向に移動して反対方向にガスジェットを形成し、リバースジェットを通るガス束は、環の中心を通過させながら粒子ビームの前進速度を低下させるように調整可能である。四重極質量フィルタは真空チャンバ内のリバースジェットに連結されており、視準された粒子ビームの軸と一致しており、真空チャンバ内の圧力は、さらに減速を行い、粒子を四重極質量フィルタ内で捕捉することができるようにするために、多重極のエンドキャップに電位を印加することにより調節可能であり、エンドキャップ電位は、捕捉された荷電粒子を要求に応じて送出することができるように調節可能である。質量分析計システムは、熱気化/イオン化検出器システムと、気化した粒子から荷電種を検出する検出要素とをさらに備えており、前記熱気化/イオン化検出器システムは、荷電粒子のビームを受け取る気化/イオン化チャンバと、気化/イオン化チャンバ内に収容された荷電粒子の気化および断片化を熱的に誘発する気化手段と、気化/イオン化チャンバ内に収容された荷電粒子からの蒸気をイオン化するイオン化手段とを備えており、前記イオン化手段は荷電粒子のビームの軸に垂直であり、前記イオン化手段は検出要素の軸に垂直である。
【0012】
本発明のさらに別の態様によれば、質量分析計システムとともに用いる入口装置によって他の目的が達成される。この入口装置は、
荷電種の粒子をビームに視準する一連の軸対称の縮小および拡大レンズを備える空力レンズ系と、任意の質量対電荷比で荷電種の粒子をほぼゼロ運動エネルギーまで空力的に減速し、荷電粒子を要求に応じて送出するリバースジェットとを備えている。リバースジェットは、真空チャンバ内で、視準された粒子ビームの軸と一致している。リバースジェットは空力レンズ系に連結されており、視準された粒子ビームの軸を中心とする環内に発生するとともに粒子ビームの反対方向に伝播するガス束である。リバースジェットは、該リバースジェットの中心を通る開口を有しており、空力レンズ系から送出された、視準された粒子ビームはリバースジェットの中心を通過しており、環を通るガス束が増大すると、環からの拡大が反対方向に移動して反対方向にガスジェットを形成し、リバースジェットを通るガス束は、環の中心を通過させながらも粒子ビームの前進速度を低下させるように調整可能である。入口装置は多重極イオンガイドをさらに備えており、該多重極イオンガイドは複数のエンドキャップを有しており、デジタル的に発生する電位を有する可変周波数イオンガイドであり、真空チャンバ内のリバースジェットと連結されており、視準された粒子ビームの軸と一致しており、真空チャンバ内の圧力は、さらに減速を行い、粒子を多重極イオンガイド内に捕捉することができるようにするために、多重極のエンドキャップに電位を印加することにより調節可能であり、エンドキャップ電位は、捕捉された荷電粒子を要求に応じて送出することができるように調節可能である。
【0013】
本発明のさらなる態様によれば、粒子をビームに視準する空力レンズ系を備える入口装置を用いて、エネルギーを有する粒子を減速させる方法によって他の目的が達成される。入口装置は、一連の軸対称の縮小および拡大レンズと、多重極イオンガイドとを備えており、多重極イオンガイドは、エンドキャップを有しており、デジタル的に発生する電位を有する可変周波数イオンガイドである。前記多重極イオンガイドはバッファガス中で動作し、任意の質量対電荷比の粒子を捕捉し、要求に応じて粒子を送出する。多重極イオンガイドは真空チャンバ内で空力レンズ系に連結されており、真空チャンバ内の圧力は、さらに減速を行い、粒子を多重極イオンガイド内に捕捉することができるようにするために、多重極のエンドキャップに電位を印加することにより調節可能であり、エンドキャップ電位は、捕捉された荷電粒子を要求に応じて送出することができるように調節可能である。本方法は、粒子のビームを空力レンズ系に通過させて、粒子をビームに視準する工程であり、粒子が空力レンズ系を出る際に並進エネルギーを獲得する工程と、粒子のビームを、所定の長さおよび動作圧を有した多重極イオンガイド内に送出し、粒子がバッファガスとの衝突により多重極イオンガイド内で停止して、捕捉および要求に応じた送出がされるように減速させる工程とを含む。
【0014】
本発明のさらに別の態様によれば、荷電粒子を検出する検出装置によって他の目的が達成される。この検出装置は、荷電粒子のビームを受け取る気化/イオン化チャンバと、気化/イオン化チャンバ内に収容された荷電粒子の気化および断片化を熱的に誘発する気化手段と、気化/イオン化チャンバ内に収容された荷電粒子からの蒸気をイオン化するイオン化手段と、気化した粒子から荷電種を検出する検出要素とを備えている。前記イオン化手段は荷電粒子のビームの軸に垂直であり、前記イオン化手段は検出要素の軸に垂直である。
【0015】
本発明のさらに別の態様によれば、高質量荷電粒子の検出方法によって本発明の他の目的が達成される。この方法は、荷電粒子のビームを検出装置に合焦する工程と、荷電粒子を1000℃より高い温度に加熱することによって検出装置内の荷電粒子を気化させる工程であって、比較的低質量の荷電および断片化種の蒸気が形成される工程と、荷電粒子からの気化および断片化された低質量種を正荷電イオンにイオン化する工程と、検出要素を用いて低質量の陽イオンを検出する工程とを含む。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明を、その他のおよびさらなる目的、利点および能力とともに、より良く理解できるように、図面とあわせて以下の開示および添付の請求項を参照する。
質量分析計システムは、荷電粒子を平行にしてビームとする空力レンズ系を有する入口装置と、荷電粒子を受け取って、ほぼゼロ運動エネルギーに減速する空力運動エネルギー低減素子とを有している。本願における「ほぼゼロ運動エネルギー」とは、印加される電場、重力およびブラウン運動によって実質的に定義される粒子の運動のことをいい、真空にまで拡大されるものではない。検出装置は、荷電粒子を受け取って、その質量を同定する。空力運動エネルギー低減素子は、リバースジェットまたは一定容積の停滞ガスを通る通路でもよい。このような質量分析計システムは、1〜1016Daの質量範囲において動作可能である。
【0017】
本発明は、広義にはイオントラップも含む。イオントラップに基づくシステムは、所与の範囲にある本質的に任意の質量を捕捉、単離、励起、放出および検出することができ、これにより全範囲にわたるタンデム質量分析を可能にする。本発明は、超高質量種の質量分析に付随する前述のような3つの根本的な問題を解決する。本発明の機器は、ウィルス、全DNAおよびRNA、全細菌および花粉、ならびに他の超高質量種のリアルタイム分析を可能にする。あらゆる範囲の周辺粒子を取り扱うことができる。
【0018】
100KDaを超える高質量範囲で質量分析を行うことができることは、新しい技術や方法論の開発を可能にする質量分析における新境地である。生体分析質量分析における現行の方法論はすべて、現行の技術の質量限界付近で設計されている。試料に対しては、分析の邪魔をする可能性のある望ましくない材料を除去するために、煩雑な分離を行わなければならない。大きなタンパク質、DNAおよびRNAを、質量分析のために引き離さなければならない。本発明の出願者によって、このような大きな種は、エレクトロスプレイイオン化によって気化およびイオン化されて直接入口に入れられ、捕捉および質量分析されて、その存在が示される。しかしながら、分析はここでは終わらない。その後、分析物は、精密に質量分離され、電子捕捉解離(ECD)または電子移動解離(ETD)、光解離(PD)および衝突誘起解離(CED)を含むタンデム質量分析技術の任意の組み合わせに供されることができる。関心のある分析物に対する擬ポテンシャル井戸を最適化するために、電位の周波数を瞬時に変化させることができることから、これらのタンデム質量分析技術は、配列情報を得るために何度も行われることもあるし、単にポジティブ確認であることもある。
【0019】
約100KDaを超える質量スペクトルを測定することができることは、生物医科学における新境地への扉を開く。タンパク質発現および分析の煩雑さが突如として大きく軽減され、はるかに迅速になる。ウィルスの分析は、技術に大きな変化をもたらしうる分野の一つである。一般に、ある人が特定のウィルスに感染しているかどうかを見つけるために抗体分析が行われる。これには、ウィルスについての何かと、その有機物がそれに反応する方法とを知る必要がある。全血液または画分中のウィルスの直接質量分析が、本発明によって可能である。全ウィルスは、タンデム質量分析によって質量単離および同定が可能である。薬物の設計と、ウィルスまたは細菌に対する有効性は、本発明によってより効率的に行われ、評価されることになる。
【0020】
生物医学だけが本発明によって影響を受ける分野ではない。ナノテクノロジーは新しく、より効果的な分析方法を切に必要としている急成長中の分野である。サイズと組成の関数として触媒ナノ粒子の化学活性を評価することができれば、化学工業に大きな衝撃を与えることになるであろう。より良好なナノ触媒は、水素経済を促進および可能にする大いなる助けとなるであろう。
【0021】
本発明の質量分析計システムは、次の4つの部分を備えている。粒子を視準して細いビームにする空力レンズ系と、任意の質量対電荷比(m/z)で荷電種をほぼゼロ運動エネルギーまで減速し、要求に応じて送出する、運動エネルギー低減ジェットおよび可変周波数多重極(四重極、五重極、八重極など)イオンガイド装置と、任意の質量対電荷比のイオンを蓄積、励起または放出できるようにトラップ電位周波数の瞬時の変化を可能にするデジタルイオントラップと、任意の質量を検出することのできる熱気化/イオン化検出器(荷電種検出装置)とである。本発明の質量分析計システムは、当該システムにおける要素の設計および動作によって、本質的に質量範囲に制限がないという点で独特である。本発明の質量分析計システムは、様々な周波数で動作するイオントラップに基づくシステムである。トラップ電位の周波数は、ゼロから5MHzまでに完全かつ瞬時にして調整可能である。あらゆる市販のイオントラップ質量分析計は固定周波数で動作する。トラップ周波数を瞬時に変更またはスイープすることができることにより、本発明の質量分析計システムは、本質的に無制限の質量範囲1〜1016を扱えるようになる。本発明のシステムはイオントラップに基づくシステムであることから、タンデム質量分析を実施することもできる。さらに、本発明の質量分析計システムは、任意の質量でタンデム質量分析(MS)を行うことができる。これにより、リアルタイムキャラクタリゼーション、同定およびおそらくは全DNAおよびRNA、非常に大きなタンパク質の配列決定、およびウィルスの直接同定を行えるようになる。トラップから放出された荷電種の検出は、熱誘発気化/断片化を、気化された種を荷電させる電子衝撃イオン化と結び付けた独特の組み合わせで行われる。発生期イオンは、変換ダイノードへの衝撃と、その後のチャネルトロン電子増幅検出器による逆に荷電した種の検出といった、標準な質量分析検出によって検出される。発生期の蒸気はイオン化され、リアルタイムで検出される。
【0022】
イオントラップ内の任意の荷電種の安定性を規定する式は、下記の等式によって与えられる。
(m/z)=8V/qω(r+2z
ここで、mは質量であり、zは電荷であり、Vは電位波形の振幅であり、qはマシューパラメータであり、ωは電位波形の角周波数であり、rはトラップの中心からリング電極までの径方向距離であり、zはトラップの中心とエンドキャップ電極との間の最小距離である。マシューパラメータqは、
=4eVz/mω
によって表される。
【0023】
電位に対するDC成分が存在しない場合、荷電種は、その対応するqの値が正弦波電位に対して0〜0.908にある場合には、トラップ内で安定である。
トラップ内の荷電種に影響を及ぼす変数が3つある。その3つの変数とは、周波数ω、振幅V、およびrおよびzで定義されるトラップサイズである。これらの変数により、イオントラップは、任意の質量対電荷比をトラップすることができるように設定されることができる(R.E.MarchおよびRJ.Hughes、ならびにJ.F.J.Todd.による歴世的なレビュー“Quadrupole Storage Mass Spectrometry”、化学分析シリーズ、第102号、ニューヨーク:John Wiley,ISBN0−471−85794−7、第2章、31〜110頁、1989年を参照のこと)。
【0024】
市販の高電圧(電界効果トランジスタ(FET)に基づく)パルサを用いて、0〜5MHzかつ0〜1000Vのp−p(ピーク間)範囲を有するトラップ電位をデジタル合成する。パルサは、1.5MHzまでの1000Vの矩形波電位の連続的発生を可能にする。同じパルサは5MHzまでの200V電位を連続的に発生させることができ、この場合、電力消失はより高い。パルサは、これらの特定の限界未満のデジタルおよび電力供給入力によって定義される任意の条件組下で動作する。電位はデジタル的に発生することから、パルサの周波数は、スイープされることができるか、瞬時に変更または変調されることができる。FETに基づくパルサの開発により、イオン捕捉は、電位の周波数を変えることにより動作されることができる。本発明の入口とデジタルイオントラップとの組み合わせでは、非常に広い質量範囲にわたるイオンの捕捉と放出とが可能である。
【0025】
デジタルトラップには、従来のイオントラップシステムに勝るいくつかの著しい利点がある。たとえば、前後方向に周波数を操作することにより、イオンをトラップからスイープすることができる。したがって、2回のスイープの間に関心がある質量より大きい、または小さいあらゆる質量を排出することにより、特定のイオンを精密に単離することができる。デジタル波形の発生により直接変調が可能となり、エンドキャップ電極に双極子励起を行う必要性が緩和される。Dingらは、シミュレーションからそれらのデジタルイオントラップの分解能を評価した。それらの研究によれば、未延伸トラップ形状およびエンドキャップ電極における電場を調整するDC電極を用いて、質量3500Daおよび2単位の電荷に対して13,500の分解能を達成することができる。同様の分解能を高質量範囲において達成することができるが、これは、周波数を走査する際、トラップからの排除のあいだに井戸の深さが変化しないためである。周波数の制御により、タンデム質量分析においても大きな利点が生まれる。qが周波数の二乗と反比例することから、擬ポテンシャル井戸深さD=qV/8を最適化することができる。このことは、井戸深さが解離中の分析物イオンをトラップ内で維持するのに十分であるような、より小さな値において以外は、任意のm/zの値において衝突誘起解離を行うことができることを意味する。井戸深さの最適化によって解離プロセス中のイオンの損失を軽減することにより、タンデム質量分析を分析物に対して行える工程の数を増やすことができる。結果として、分析物のm/zに関係なく、10回以上にわたってタンデム質量分析を行うことが日常的になることが可能である。これにより、大きなタンパク質や、DNAをトップダウン方式で配列決定する能力を大きく増大させることになる。
【0026】
本発明に先立って、超高質量範囲における衝突誘起解離(CID)能力についていくつかの問題点があった。長い周波数で非常に高い質量対電荷比を励起する場合、このような大きな種は大きな密度状態にあることから、解離に必要なエネルギーを得るのに非常に長い時間を要することがある。一方、この状態密度の増加を相殺するために、より多くのバッファガス衝突がおこる。さらに、井戸深さは、より高い軸電場を印加できるように、比較的高いレベルに維持することができる。CIDが質量限界を有する場合には、光子誘発解離(PID)といった種の質量による影響を受けないと考えられる他の選択肢もある。PIDは、スペクトルのUVまたはIR領域内のパルスレーザーを用いてトラップ内で容易に実施することができる。この技術は、トラップ周波数を瞬時に変化させる能力と合わせて使用可能な迅速な解離の利点を有する。本発明のこの組み合わせにより、本発明の分光計は、大きな前駆体イオンからの非常に小さい断片を見ることができるようになる。たとえば、本発明の分光計を用いて、MDa範囲のタンパク質複合体が捕捉される場合、20KDa範囲内の結合タンパク質のいくつかについて解析することが望まれる。通常、CIDのためのトラップ内で大きな複合体を保持している間に、タンパク質を除去および捕捉することは、トラップの制限されたダイナミックレンジのために不可能であると考えられる。しかしながら、IRレーザーパルスを用いて前駆体を解離させ、同時にトラップ周波数を、20KDaタンパク質を「捕まえる」ように切り替え、続いて、これに対して、種の同定の目的でタンデム質量分析を行うことができる。デジタルイオントラップ質量分析を本発明の運動エネルギー低減入口と組み合わせることにより、より簡単なタンデム質量分析が可能となるが、これは、ポテンシャル井戸を任意の質量対電荷比で最適化し、これを瞬時に変更できるという能力に起因する、本発明の技術の大きな柔軟性によって可能になる。
【0027】
このような並外れた質量範囲1〜1016にわたって質量分析を行うにあたっての最後の障壁は、荷電種をイオントラップから排出される際に検出することである。これは一般的には、約100KDa未満の種に対しては問題にはならない。この範囲において、変換ダイノードは、何らかの形の電子倍増管と協働してよく機能する。しかしながら、100KDa(または>7nm)を超えると、質量の増加に伴って、ダイノード表面における電荷変換により多くの運動エネルギーが必要となるために、これらの検出装置の性能は低下し始める。質量範囲の他方端から14nm(〜1MDa)までの単一の粒子の検出は、エアロゾルビーム視準および飛行時間型質量分析を用いた別のグループによって行われてきた。出願人は、個々の14nm粒子を、これらをイオントラップ内で、デジタル発生させた電場によって捕らえ、続いて気化した材料を融解およびイオン化させることによって観察した。出願人は、同じ実験を100μm粒子についても行った。同様に、他の研究者は、ホットチャンバ内で粒子をフラッシュ気化し、電子衝撃によって気化した材料をイオン化し、四重極質量分析計を用いて1つの質量における発生期イオンを検出することにより、単一の粒子を検出してきた。これらの実験において、Jayneらは、個々の粒子からのイオンは、数十マイクロ秒間の間に一気に発生すると報告している。またその報告では、個々の粒子の検出限界は約40nm(〜10MDa)とされている。Luiらは、ファラデーカップのみを用いて、20nm(〜2MDa)までの荷電種の検出に成功している。したがって、排出された荷電種をうまく検出することは、実際上、ある程度のレベルでは保証されている。出願人が本発明に取り組むにあたっての重要な問題は、感度と、それを全質量範囲においてどのように最適化するかである。
【0028】
粒子の検出と、生体分子の検出との間のギャップを埋めるためには、個々のイオン種は、トラップから出る際に容易にレーザー融解されたり、イオン化されたりするようであってはならない。本発明の機器は、100KDaから10MDaの間の粒子/分子検出ギャップを埋めることができる。本発明の機器は、これを達成するいくつかの利点を提供する。まず第一に、分子の完全性の保存が問題とならないように、荷電種がトラップを出る際に、質量対電荷比を求め、分子の構成要素は分析されず、荷電種の有無だけが検出される。実際には、断片化の程度が大きいほど、検出可能な荷電種を多数提供できることにより、良好な感度が得られる。結果として、フィラメント温度を上げることにより感度を増大させることができる。第2に、狭い質量範囲だけではなく、大きな分子または粒子から作成された全てのイオン種を検出する。本発明は、四重極質量フィルタを通過する際に起こる損失を招くことはない。さらに、本発明は、100KDa未満の質量範囲における検出能も高めるが、これは、この範囲の分子もまた熱的に断片化し、いくつかのより多くのイオンを発生するためである。したがって、粒子/分子をそれらがトラップから排出される際に熱的に断片化およびイオン化することは、全質量範囲1〜1016Daに対する有効な方法である。
【0029】
本発明の運動エネルギー低減入口は、非常に高質量の荷電種を、並進運動エネルギーがほぼゼロの真空に送出することを可能にする。本発明の入口装置はリバースジェットと連動する空力レンズ系を備え、該リバースジェットは、環および多重極イオンガイド(四重極、五重極、八重極など)から発生し、該多極イオンガイドは荷電粒子の視準を維持し、それらを減速後に捕捉して要時に送出することができるように、デジタル的に発生した電位によって動作する。真空中への、粒子(非常に大きな分子または分子のクラスタ)を含んだキャリアガスの拡大は、質量の増大の関数として、粒子中への並進運動エネルギー量の増加をもたらすが、これは、粒子が拡大するガスの速度を得るためである。したがって、質量分析の実施は質量の増加とともに困難となる。このことは、比較的低圧力から真空への拡大に対しても問題となる。これらの運動エネルギーは、分解能を低下させ、感度を下げ、荷電粒子を制御不能にすることによって、質量分析を困難にする。このことは、描かれる並進運動エネルギーが、質量分析のために質量分析計によって荷電種に印加可能な電位エネルギーに迅速に近づき、これを超えることから、あらゆる形態の質量分析計に当てはまる。これらの粒子の並進運動エネルギーを低減することが、メガダルトンを超える質量範囲における質量分析を可能にするために必要である。このことは、標準的な空力原理を用いて達成される。本発明の質量分析計システムの入口は、粒子を細いビームに視準する空力レンズ系と、荷電種を任意の質量対電荷比でほぼゼロ運動エネルギーまで減速させ、それらを要求に応じて送出するリバースジェットである運動エネルギー低減素子と、多重極イオンガイドとを備える。粒子が空力レンズ系を出る際に獲得する並進エネルギーを、反対方向へのガス拡散によって、および/または一定容積の停滞ガス内の通過によって取り除くことができる。運動エネルギーの低減の程度は、それぞれ逆拡散のよどみ圧、または(および)一定容積の停滞ガスのよどみ圧によって簡単に制御される。リバースジェットは、粒子ビーム軸回りの環内に作成される。本発明の入口装置は、質量範囲を広げ、高質量範囲における分解能を高めるために、任意のタイプの質量分析計において用いられることができる。しかしながら、デジタルイオントラップと組み合わせて用いられることが好ましい。
【0030】
空力レンズは、一連の軸対称の縮小および拡大を行う。粒子は、装置を通って流れる際に縮小されると、粒子サイズが臨界値未満であればレンズ軸の方に近づくように移動する。縮小サイズが小さくなる一連のレンズは、大きなサイズ範囲の粒子をレンズ軸に視準する。レンズ軸に近い粒子は、小さな径方向の流体抵抗しか受けず、真空へのノズル拡張のあいだ軸の近くにとどまり、狭い粒子ビームを形成する。図1に示す空力レンズ系5は、イオントラップに基づく周辺エアロゾル質量分析計への本発明の独自の入口の一部として用いられ、参照符号10は交換可能な開口部を示す。
【0031】
空力レンズ系は、最終開口部15から、粒子を低い圧力拡大(1〜10Torr)で真空中に送出する。レンズ系を通る輸送効率は、システムの範囲にわたって、あらゆるサイズに対してほぼ均一である。図2は、図1において出願人によって使用されるような、空力レンズ系からのサイズ依存性粒子速度を示す。レンズ系は、広いサイズ範囲にわたって直径1mm未満の視準されたビームを発生するが、ビーム径もいくぶん粒子サイズに依存しており、粒子サイズが小さいほど広くなる。真空中への最終拡大中における粒子ビームの径方向の分散は、レンズ軸回りの粒子のブラウン運動および非球形粒子に付随する揚力のために、粒子サイズが小さいほど大きくなる。残念ながら、これは、生物医学研究に対して最も重要なサイズ領域、すなわち、30nm未満の径において起こる。しかしながら、本発明の空力レンズ系の設計を用いれば、粒子を空力レンズ系に流入する前に荷電させ、アインゼルレンズ系に通すことにより、拡大中におけるこれらの径方向分散効果の多くを補正することができる。本発明は、粒子を比較的小さい面積(直径<1mm)を通して送出する、よく視準された荷電ビームを高効率で提供する。
【0032】
図3に示す本発明の質量分析計システムの一例において、非常によく視準された単一エネルギーの(サイズの関数として)粒子ビーム20が、空力レンズ系5から真空チャンバ(32は真空ポンプを示す)内のリバースジェット18に送出され、粒子を反対方向のガスの移動(拡大)によって空力的に減速するためにガスのリバースジェットが、環状チャンバ25内において発生する。リバースジェット18の概略を図4に示す。図4において、20は視準された粒子ビーム(エアロゾルビーム)を示し、25は環状チャンバを示し、50は多重極イオンガイドを示す。環状チャンバ内の圧力は、リーク弁によって調節可能である。環状チャンバ内の圧力がゼロであれば、粒子ビームはスムーズにジェットの中心を通過する。環の外の流束が、空力レンズ系における最終拡大からの流束よりも大きい場合には、エアロゾルビームはリバースジェットを通って多重極ガイドに至ることはない。当然、中間圧力領域も存在し、そこでは、粒子ビームは減速されるものの、相当の部分がジェットを通過して前向きの運動性を失い、多重極ガイドを通過して、そこで多重極場によって再度視準される。リバースジェット/イオンガイドチャンバ(運動エネルギー低減チャンバ)70内の全圧力は、残っている前向きの運動性を除去するために数ミリTorrに調整可能であり、これによって粒子が多重極ガイドの端板上に電位を与えることにより、捕捉されることが可能になる。
【0033】
図3に示す本発明の質量分析計システムにおいて、リバースジェット18は、真空チャンバ内に視準された粒子ビーム軸と一致するが、環状チャンバの圧力は両側で同じである。リバースジェット18は、環25内において粒子ビーム軸の回りに形成される。環からの拡大は、反対方向のみに移動する。粒子ビーム20の方向に圧力降下によって誘起される拡大は一切ない。環状チャンバ25内の圧力がチャンバ圧力と同じであれば当然、速度の減少はない。環状チャンバ圧力が上がると反対方向にジェットが形成され、衝突する粒子は内側の開口部を通過する際に減速される。ジェットの圧力は、約5つのノズル径(〜3mm)内で1000分の1未満まで低下することから、拡大時の加速と同様、非常に小さい容積における非常に短い距離にわたって減速が起こる。減速は開口部の非常に近くで起こり、粒子ビームの幅はこの開口部の径とほぼ同じであることから、減速中の粒子は正味の前進速度を維持しているとすれば、内側開口部を通過する可能性が相当に大きい。粒子の運動性減少の多くは、約1mmの環のなかで起こる。これは、減速された粒子がかなり大きな確率で環の中心を通過することを意味する。粒子の減速は、環状チャンバ内のよどみ圧を調整することにより注意深く制御可能である。前進運動エネルギーは、加速と減速の拡大がほぼ同じである場合には、全サイズ範囲にわたる粒子に対して、ほぼゼロにまで低減することができる。粒子の速度が10分の1しか低減されていない場合には、粒子ビームを1〜10ミリTorrの停滞ガスに通過させることにより、速度分布を室温分布まで低減させることもできる。このことは図5に見ることができ、ここでは、停滞ガスを通過する図2に示す速度の10分の1をガス圧の関数として、空力レンズ系を出る様々なサイズの粒子に対して停止距離が計算されている。粒子の停止距離は、特定のサイズおよび速度の粒子が、その前進運動が有効に停止されるまでに透過したガスの体積として定義される。これらの距離は、粒子への抗力をストークスの法則を用いて算出可能であるという想定の下で算出される。停止距離を推定するために1〜10ミリTorrという圧力を選んだ理由は、これがイオンガイドおよびトラップに対する通常の動作圧力であるためである。イオンガイドをこの圧力以下に維持することにより、アークを回避しつつ高い電圧を使用することができるようになる。算出された停止距離以上の長さをもつイオンガイドが、質量分析においては常套的に用いられている。高周波(rf)をリバースジェットの直後の特定のサイズ範囲に対して選ばれた周波数で動作する多重極ガイドにだけ与えることで、荷電粒子を、室温速度分布まで減速するあいだ視準したままにする。荷電粒子は、イオンガイド内で回収して、Wilcoxらによって2002年に用いられているのと同様の様式でDC電界を用いて任意のタイプの分光計にパルスとして送りして、イオンをそれらのイオンサイクロトロン共鳴質量分析計内にパルスとして送ることができる。
【0034】
本発明の代替実施形態は、上述のリバースジェットに基づく入口装置が低運動エネルギーで十分な量の粒子を送出できない場合に、リバースジェットを用いることなく停滞ガスに通過させることによって粒子を減速させるという状況を備えている。図6は、空力レンズ系(減速されていない)から来た粒子のサイズの範囲に対する停止距離を、よどみガス圧の関数として示したものである。ここで、直径1000nm未満の粒子は、20ミリTorrのガス中を約30cm通過させることによって停止させることができることが分かる。したがって、図6のグラフを、様々な粒子サイズ範囲を捕捉するためのガイドの圧力を定義または調整するために用いることができる。この実施形態は、ガイド内の圧力のために捕捉可能な質量範囲が限られることから、粒子を停止させ捕捉するためのリバースジェットに比べると利点は少ない。多重極イオンガイドは、数百ミリTorrの圧力で動作されてきた。したがって、多重極イオンガイドは、荷電粒子ビームを減速時にも視準したままにしておくために用いてもよい。これらの装置を高圧において作動させる際に生じる問題は、これらは数百ボルトにおいてしかアーキングなしで動作させることができないということである。動作電圧を小さくすると、荷電粒子ビームを視準するための擬ポテンシャル井戸の深さも小さくなる。その結果、容易に透過可能な粒子質量の範囲も小さくなる。1つの実験において、空力レンズを出る粒子は、前方に120mm移動する間に、径方向には2分の1ミリメートル未満しか拡散しないことが分かっている。これは、粒子の半径方向初速度が、前進速度の少なくとも240倍小さいことを意味する。したがって、減速中に1×10eVの並進運動エネルギーを有する粒子の視準を維持するためには、多重極イオンガイド組の擬ポテンシャル井戸の深さは、少なくとも18ボルト(>10/240=17.4eV)にしておく必要がある。この井戸深さは、ロッド上で約300Vによって達成することができる。したがって、非常に勢いを持った粒子でさえ、バッファガスを介した分散によって減速されている間に視準状態が維持される。リバースジェットに対するキーとなる利点は、粒子にそれらの大きな運動エネルギーを与える力が、それを除去する力と同じであることである。したがって、小さい粒子を減速するリバースジェット条件が、大きな粒子を減速させるものと同じである。このことは、図7に示した、粒子の前進速度を低減するためのリバースジェットの可能性を確認する、偏向板およびファラデーカップの組み合わせを用いた、リバースジェットおよび空力レンズ入口装置による初期試験のデータから証明されている。図7は、リバースジェットの適用によって起こるファラデーカップへの衝突から、100nm粒子ビームを完全に偏向させるために必要な圧力の低減を示す。ジェットの適用が大きすぎると、粒子の減速によりその分散が大きくなるために、ファラデーカップにおける電流が著しく低下する。この図は、四重極ガイド内に粒子を捕捉するためのリバースジェットの最適な適用例を示すものではないが、これが、捕捉を可能にするように前方運動性を低減することには有効であることは示している(Klaus WillekeおよびPaul Baron,「エアロゾル測定の原理、技術および応用(Aerosol Measurement Principles,Techniques,and Applications)」,ニューヨーク,NY,John Wiley&Sons,第3章、23〜40頁(1993)を参照)。
【0035】
空力レンズ系5、アインゼルレンズ(40、図3)、リバースジェット18および可変周波数イオンガイド(多重極イオンガイド50、図3)の組み合わせは、ほぼゼロ運動エネルギーの荷電粒子を、任意の質量分析計に、本質的に粒子サイズ範囲の制限なく送出する独自の大気入口を与える。イオンガイドは、400KHzまでの任意の周波数で動作することのできるデジタル的に発生した電位によって動作される。ガイド電位は、単一の電荷であっても3nmから10μmの範囲の任意の大きさの粒子を捕捉するように発生させることができる。本発明の質量分析計システムを調べたところ、任意のサイズおよび荷電対質量比の粒子を、質量分析の要求に応じて、イオントラップ内に容易に送出できることが分かった。
【0036】
本発明の入口は、様々な既知のサイズの市販の単分散ラテックスビーズを特徴とする。これらのビーズは、霧状にされ、乾燥され、荷電された後、入口に入れられる。市販の単分散ビーズが入手不可能な、より低いサイズ範囲(40nm未満)においては、多分散エアロゾルを噴霧化によって発生し、キャラクタリゼーション用にも用いられている単一荷電した単分散粒子を送出した微分型移動度分析器に供給された。各粒子サイズついて個別に調べて、当該サイズでの入口の挙動と動作を明らかにした。交換可能な入口開口部10を有した空力レンズ系5を用いて、粒子ビームを視準した。エアロゾル空力レンズ系の端部にある拡大ノズルを出る際に、粒子はスキマー35を通って、リバースジェット18および四重極イオンガイド50を含んだ真空チャンバ内に入る。リバースジェットチャンバ内の真空を破らずに入口のメンテナンスを行えるようにするために、スキマー後にボール弁42を設置した。エアロゾルビームをリバースジェットの入口と一直線上にすることは、リバースジェット18を通る粒子ビーム透過を最適化するために入口の動作にとって重要である。システムには、より小さい粒子サイズに対して起こる分散効果を低減するために、リバースジェットの上流にアインゼルレンズ系40を組み入れた。
【0037】
図3に示す本発明の質量分析計システムにおいて、デジタルイオントラップシステム75は、市販のイオントラップ電極を備えている。入口および出口のエンドキャップ電極には、アインゼルレンズに基づく視準光学系40が設けられている。その目的は、それ以上の運動エネルギーを与えることなく、トラップ75に出入りする荷電種を合焦させることにある。電子銃72(トラップの外部)を、低質量範囲の較正に用いることができる。電子銃72を含むデジタルイオントラップチャンバは、化学的イオン化のための荷電種発生のために使用可能なガス入口も有する。この設備により、荷電を減らすためのイオントラップに対するアニオン種の追加など、キャラクタリゼーション実験のためのイオン化学を使用することができるようになる。トラップは、トラップがバッファガスの動作圧(1×10−3Torr He)を維持している間に、トラップのすぐ外の圧力が実質的により低くなるようにする自身のガス入口を有する。トラップを出る荷電種は、それらを気化/イオン化チャンバ85に合焦するアインゼルレンズ系40によって視準される。磁石95も用いられる。
【0038】
デジタルイオントラップおよび多重極ガイドに対する電位は、電界効果トランジスタ(FET)技術を用いて発生する。FETに基づくパルサは、高電圧DC電位のONおよびOFFを可能にする。パルサをゲート制御して、高電圧電位波形を発生させるために関数発生器を用いる。関数発生器は、電位の周波数の瞬時の変更を可能にする。荷電種は、トラップ電位周波数をスイープまたは変更することによってトラップから除去される。前述したように、市販のパルサは、連続した1.5MHzおよび1000Vの波形発生を可能にする。また5MHzにおける200Vでも動作可能である。1センチメートル径の市販のトラップ電極を用いて、1〜1016Daの任意の荷電種を捕捉および排出させることができる。
【0039】
気化/イオン化チャンバ85は、粒子の気化、断片化、イオン化および検出に基づいて設計されている。図8aは、図3に示す検出装置のYZ断面図であり、図8bは、図3に示す検出装置のXZ断面図である。粒子ビーム20は、気化/イオン化チャンバ85に入る際にアインゼルレンズ組40によってさらに合焦される。トラップ75から排出された荷電種20の合焦されたビームは、アインゼルレンズ40を通過して、高温に加熱された(>1000℃)短い閉じた管またはカップ(閉じた気化容器)90に入り、フィラメントにより、粒子は迅速に気化されて実質的に断片化される。気化管90を出る蒸気プルームは、高電流電子銃87によってさらにイオン化される。そして、低質量の陽イオンは、別のアインゼルレンズ組40を介して、気化/イオン化チャンバから、典型的な質量分析計検出器に取り出される。この場合、検出器は、図3には変換ダイノード80およびチャネルトロン検出器88として示されている。本発明の装置は、およそ1マイクロ秒の単一粒子検出時間を与える。市販のイオントラップは、公称質量単位あたり150〜180マイクロ秒で走査を行うので、この検出時間枠は、イオントラップによる質量走査に対しては十分である。信号発生については、時間飛行型質量分析に対するものであるため、本発明のシステムに対しては考慮していない。荷電種は、トラップからの排出によって質量分析された後に検出されるので、断片化を制限する必要はない。本発明の装置は、1〜1016Daの範囲にわたる質量分析およびタンデム質量分析を可能にする。
【0040】
本発明のさらなる実施形態を図9に示す。図9は、空力レンズ系5、リバースジェット18、可変周波数多重極(四重極など)質量フィルタ50および熱気化/イオン化検出器の要素を有する運動エネルギー低減入口を備える超高質量四重極質量分析計の概略図であり、85は気化/イオン化チャンバを示し、90は気化管(容器)を示し、80は変換ダイノードを示し、40はアインゼルレンズ組を示し、88はチャネルトロン検出器を示す。可変周波数またはデジタル四重極質量フィルタ50は、デジタルイオントラップと同様に動作する。同様に、質量フィルタを透過する質量対電荷比は、角周波数の二乗の逆数に比例する。質量フィルタの分解能または質量フィルタを透過することのできる質量の範囲は、ロッド間にDC電位を印加することによって調整可能である。この特定の実施形態の機器は、図3に示したデジタルイオントラップを有する前述の実施形態と同じ質量範囲にわたって動作するが、図9の実施形態では、タンデム質量分析を行うことができない。イオントラップは、広く異なる質量を保持および放出することができないことから、限られたダイナミックレンジしか有しない。したがって、トラップが百万Da範囲を捕捉するように設定されていると、10億Da範囲にある種は、良好に捕捉されることはない。この場合に完全なスペクトルの正しい表示を得るための唯一の方法は、スペクトルをつなぎ合わせることである。一方、完全な質量スペクトルまたは任意の部分は、四重極質量フィルタ(四重極質量分析計(QMS)ともいう)によって走査することができ、イオンまたは荷電粒子集団が正確に表示された。図3に示した実施形態に勝る図9の実施形態の実際上の利点は簡潔さにある。タンデム質量分析が必要でなく、種の質量および集団を測定することしか必要で無い場合には、QMSの方が、ハードウェア、ソフトウェアおよび動作の簡潔さの点で有利である。
【0041】
現時点で本発明の好適な実施形態と考えられるものについて、示し、説明してきたが、添付の請求項によって定義される本発明の範囲から逸脱しない限りにおいて様々な変更および改変を行えることは当業者に自明であろう。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】空力レンズ系の図。
【図2】空力レンズ系からのサイズ依存性粒子速度を示す図。
【図3】本発明の質量分析計システムの概略図。
【図4】本発明のリバースジェットおよび四重極の概略図。
【図5】空力レンズ系を出る様々な粒子サイズに対する停止距離を、よどみガス圧に対して示した図。
【図6】空力レンズ系を出る一定範囲の粒子サイズを有する減速されていない粒子に対する停止距離を、よどみガス圧の関数として示した図。
【図7】リバースジェット減速されたおよび減速されていない100nm粒子に対する、粒子ビーム流に対する偏向電圧を示した図。
【図8a】本発明の熱気化/イオン化検出装置のYZ断面図。
【図8b】本発明の熱気化/イオン化検出装置のXZ断面図。
【図9】デジタルイオントラップではなく、四重極質量フィルタを用いた本発明の質量分析計システムの代替実施形態の概略図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
荷電粒子をビームに視準する空力レンズ系と、前記荷電粒子を受け取り、ほぼゼロ運動エネルギーまで減速させる空力運動エネルギー低減素子とを備える入口装置と、
前記荷電粒子を受け取って同定し、前記荷電粒子の質量を決定する検出装置とを備える、質量分析計システム。
【請求項2】
前記空力運動エネルギー低減素子は、リバースジェットと、一定容積の停滞ガス内を通る通路との少なくとも一方を備える、請求項1に記載のシステム。
【請求項3】
前記システムが、前記空力運動エネルギー低減素子の出力に連動した複数のエンドキャップを有する多重極可変周波数イオンガイドをさらに備え、前記多重極イオンガイドはバッファガス中で動作して、前記エンドキャップの間に電位を印加することにより、前記荷電粒子を捕捉し、要求に応じて前記荷電粒子を送出する、請求項1に記載のシステム。
【請求項4】
前記空力運動エネルギー低減素子はリバースジェットを備えており、前記リバースジェットは、真空チャンバ内で前記ビームの軸と一致しており、前記リバースジェットは、前記ビームの前記軸を中心とする環内に発生するガス束であるとともに前記ビームの反対方向に伝播しており、前記リバースジェットは、その中心を通る開口を有しており、前記ビームは前記空力レンズ系から前記リバースジェットの前記中心を通り、前記ガス束は、前記環の前記中心を通過させながら前記ビームの前進速度を減少させるように調節可能である、請求項1に記載のシステム。
【請求項5】
前記検出装置は、前記荷電粒子を受け取る気化/イオン化チャンバと、前記気化/イオン化チャンバに収容された前記荷電粒子の気化および断片化を熱的に誘発して蒸気を発生させる気化器と、前記気化/イオン化チャンバに収容された前記蒸気をイオン化して、イオン化蒸気を形成するイオン化器と、前記イオン化蒸気を受け取って検出する検出器とを備える、請求項1に記載のシステム。
【請求項6】
検出器はチャネルトロン電子増幅器検出器を備える、請求項5に記載のシステム。
【請求項7】
イオン化器は高電流電子銃を備える、請求項5に記載のシステム。
【請求項8】
前記システムは1〜1016Daの質量範囲で動作する、請求項1に記載のシステム。
【請求項9】
ほぼゼロ運動エネルギーを有する粒子ビームの発生方法であって、
複数の粒子を空力レンズ系に通過させて前記複数の粒子をビームに視準することにより、荷電粒子のビームを生成する工程であって、前記荷電粒子は前記空力レンズ系を出る際に並進エネルギーを獲得する工程と、
前記荷電粒子を受け取ってほぼゼロ運動エネルギーまで減速させる空力運動エネルギー低減素子に前記ビームを導く工程とを含む方法。
【請求項10】
前記空力運動エネルギー低減素子は、リバースジェットと、一定容積の停滞ガス内を通る通路との少なくとも一方を備える、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記空力運動エネルギー低減素子はリバースジェットを備えており、前記リバースジェットは、真空チャンバ内で前記ビームの軸と一致しており、前記リバースジェットは、前記ビームの前記軸を中心とする環内に発生するガス束であるとともに前記ビームの反対方向に伝播しており、前記リバースジェットは、その中心を通る開口を有しており、前記ビームは前記空力レンズ系から前記リバースジェットの前記中心を通り、前記ガス束は、前記環の前記中心を通過させながら前記ビームの前進速度を減少させるように調節可能である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記運動エネルギー低減素子の通過後に前記荷電粒子をイオントラップ内にさらに捕捉する工程をさらに含む、請求項9に記載の方法。
【請求項13】
前記イオントラップは、前記空力運動エネルギー低減素子の出力に連動した複数のエンドキャップを有する多重極可変周波数イオンガイドを備えており、前記多重極イオンガイドはバッファガス中で動作し、前記複数のエンドキャップの間に電位を印加することにより前記荷電粒子を捕捉し、要求に応じて前記荷電粒子を送出する、請求項12に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8a】
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【図8b】
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【図9】
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【公表番号】特表2008−515169(P2008−515169A)
【公表日】平成20年5月8日(2008.5.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−534828(P2007−534828)
【出願日】平成17年9月30日(2005.9.30)
【国際出願番号】PCT/US2005/035336
【国際公開番号】WO2006/039573
【国際公開日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【出願人】(301027074)ユーティ―バテル エルエルシー (19)
【Fターム(参考)】