説明

足場非依存的増殖能を指標とした癌遺伝子及びその機能阻害物質の探索方法

【課題】 新規な癌遺伝子、癌抑制遺伝子、癌抑制物質を提供する。
【解決手段】 繊維芽細胞にDNAを導入した細胞を、血清を含まず、水溶性高分子を含む動物細胞培養用培地で培養し、非足場依存的に増殖した細胞中の癌遺伝子を同定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は足場非依存増殖能を指標とした癌遺伝子の探索方法、該遺伝子を用いた機能阻害遺伝子または薬剤の探索方法に関する。
【背景技術】
【0002】
癌遺伝子は細胞の癌化の原因遺伝子として知られており、ヒトの多くの癌で癌遺伝子の突然変異などの異常が知られている。癌遺伝子が同定されれば、癌化の分子機序の解明やその癌遺伝子をターゲットとした薬剤の開発が可能となる。そのため、これまで数々の癌遺伝子が探索、同定され、癌化との関わりが研究されてきた。
癌細胞の特徴としては、(1)足場非依存状態における細胞増殖、(2)癌細胞に特徴的に見られる細胞形態の変化、(3)ヌードマウスに移植した場合の腫瘍形成能等が見られる。
これまで、癌遺伝子の同定には、癌細胞で見られる細胞間接触阻止の欠失を指標としたフォーカスアッセイが行われてきた(非特許文献1を参照)。この方法は、癌遺伝子の探索方法として使用することができる。具体的には、NIH3T3細胞などの細胞に癌遺伝子を含むcDNAライブラリーを導入後、2−3週間培養し、細胞接触阻止を打ち破って生じる細胞の塊(フォーカス)を形成させ、そのフォーカスから再度、cDNAライブラリーを作製し、同様のアッセイを繰り返し、癌遺伝子により癌化した細胞を濃縮した後に、導入された遺伝子を同定するものである。しかし、この系では、cDNAライブラリーを導入後、細胞がフォーカスを形成するまでに2−3週間かかるため、時間と費用がかかり、癌遺伝子の探索のための簡便な方法であるとは言えない。また、長期間の培養により、細胞が癌遺伝子以外の要因による自発的な変化をした場合も、同様に選択される可能性がある。
【非特許文献1】新細胞工学実験プロトコール 第2部2-6 秀潤社
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明の目的は、繊維芽細胞を用いた、癌遺伝子の新規な探索方法を提供することにある。本発明の別な目的は、癌抑制遺伝子あるいは抗癌剤の新規な探索方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
発明者らは鋭意検討の結果、血清を含まないメチルセルロース培地において、繊維芽細胞が1日で90%以上の死滅すること、またH−rasをはじめとする癌遺伝子を細胞に導入すると同じ培養条件において細胞は細胞死に対して抵抗性を示すことを見出した。この特徴を利用して、癌遺伝子の同定またはそれを阻害する遺伝子あるいは化合物の探索が可能となった。
【0005】
本発明は、
(1)繊維芽細胞にcDNAライブラリーを導入し;
(2)血清を含まない動物細胞用培地に水溶性の高分子を溶解し、20℃での培地の粘度が130〜1100センチポアズである培地を調製し;
(3)(1)に記載の細胞を、(2)に記載の血清を含まず水溶性の高分子を含む培地で培養し;
(4)遠心分離により細胞を回収し;
(5)その細胞を、血清を含んだ動物細胞培養用培地で培養し;
(6)培養容器に付着した細胞を取得し;
(7)その細胞中の癌遺伝子を分離し、同定する;
ことを含む癌遺伝子の探索方法に関する。
【0006】
本発明はまた、
(1)癌遺伝子が導入され足場非依存的増殖能を有する細胞を用意し;
(2)この細胞に他の被検遺伝子を導入し;
(3)その細胞を、血清を含まない動物細胞培養用培地に水溶性の高分子を溶解し、培地の粘度を20℃で130〜1100センチポアズとした培地で培養し;
(4)その細胞の生存率あるいは増殖能の低下を測定する;
ことを含む癌抑制遺伝子の探索方法に関する。
【0007】
本発明はさらに、
(1)癌遺伝子が導入され足場非依存的増殖能を有する細胞を用意し;
(2)血清を含まない動物細胞培養用培地に水溶性の高分子を溶解し、培地の粘度を20℃で130〜1100センチポアズとした培地に被検物質を加えて培養し;
(3)その細胞の生存率あるいは増殖能の低下を測定する;
ことを含む癌抑制物質の探索方法に関する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば足場非依存性を利用して癌遺伝子の探索することができる。さらに本発明によれば同じく足場非依存性を利用して癌抑制遺伝子あるいは抗癌剤を探索できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
(I)癌遺伝子の探索
1)細胞
本発明に用いる細胞は、繊維芽細胞、上皮細胞等の動物細胞である。好ましい細胞は繊維芽細胞である。動物細胞は株化細胞を用いるのが好ましい。初代培養細胞を用いる場合には、c−myc、c−fos、c−myb、N−myc等の原癌遺伝子や、DNA癌ウイルスの癌遺伝子であるT抗原や、アデノウイルスの癌遺伝子であるEIAを導入して細胞を不死化することが好ましい(Varmus and Weinberg, Genes and the biology of cancer, 166-170頁、Scientific American Library)。
【0010】
2)cDNAライブラリーの導入方法
上記細胞にcDNAライブラリーを導入する。cDNAライブラリーはいずれの源のものでもよい。cDNAライブラリーの導入方法としては、導入効率の良いレトロウイルス法(Akagiら,Proc. Natl. Acad. Sci. USA、100巻、13567-13572頁を参照)が最適である。cDNAライブラリーの作製にあたっては、cDNAライブラリーの供給源となる細胞からtotal RNAを抽出し、Poly(A)+RNAを回収し、それを鋳型として逆転写反応を行い、レトロウイルスベクターに挿入する。次に、cDNAライブラリーをパッケージング細胞にトランスフェクションし、約2日後に培養上清を回収し、ウイルス液とする。ウイルス液を繊維芽細胞など感染用の細胞にかけ、2時間暴露し感染させた後に培地交換をする。約2日後にcDNAライブラリーが導入された細胞を得ることができる。
【0011】
3)培地の調製と培養方法
上で得られた細胞を、動物細胞培養用培地を用いて培養する。動物細胞培養用培地としてはDMEM培地(ダルベッコ改変イーグル培地)等がある。この培地には血清を加えない。
【0012】
また培地の粘度を上げて細胞を浮遊状態に保つために、水溶性の高分子を加える。浮遊状態に保つのは増殖に足場を必要とせず増殖する癌化細胞を選択するためである。水溶性高分子としては、水溶性の天然の多糖、水溶性の多糖のエーテル、または水溶性の合成高分子を用いることができる。水溶性の天然の多糖のエーテルの例は限定するものではないがメチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシエチルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシエチルエチルセルロース、ヒドロキシプロピルエチルセルロース、エチルヒドロキシエチルセルロース、ジヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシエチルヒドロキシプロピルセルロースである。メチルセルロースが最も好ましい。水溶性の天然の多糖にはアガロースを含む。水溶性の合成高分子の例は限定するものではないがポリアクリルアミド、ポリエチレンオキシド、およびポリビニルピロリドンを含む。
【0013】
細胞を浮遊状態に保つために、20℃での粘度を、好ましくは130〜1100センチポアズとする。粘度が低すぎると培養中細胞は浮遊状態を保てず沈降する。他方、粘度が高すぎると次の工程の遠心分離による細胞の回収が困難となる。粘度を測定する方法は当業者によく知られており、落球粘度計、毛管粘度計、回転粘度計などを用いて容易に測定できる。
一般に高分子溶液の粘度は高分子の種類、分子量、濃度に依存し、高分子の分子量が高いほど、また濃度が高いほど粘度は高くなる。したがって上記の粘度の範囲となるように、用いる高分子の分子量および/または濃度を選択する。一定の分子量の高分子を用いる場合、濃度を調節して上記の粘度となるようにする。
【0014】
培養は静置培養でも振とう培養でもよい。上記粘度範囲においては、静置培養でも細胞は浮遊状態を保持できる。培養は通常、5%COを含む37℃のインキュベーターで行う。培養時間は、本方法(血清非存在下、足場欠損状態)でcDNAライブラリーを入れていない細胞(コントロールの細胞)が90%以上死滅するのに十分な時間である。培養時間は繊維芽細胞の種類に依存し、1日〜6日の範囲である。
【0015】
4)細胞の回収
培養終了後、培養液に、例えばPBS緩衝液を加えて希釈し、遠心分離により細胞を回収する。
【0016】
5)細胞の培養
遠心分離により回収した細胞を、動物細胞培養用培地を用いて再び培養する。しかしこの培養では培地に血清を加える。通常、5%COを含む37℃のインキュベーター中で静置培養する。この場合、回収した細胞を通常の培養条件下で培養することで細胞の生死を選り分けるため、用いた細胞の至適な血清濃度で培養する。
培養終了後、培地を捨て、培養容器に付着した細胞を回収する。この細胞が3)において足場非依存的条件下で増殖した細胞である。
【0017】
6)癌遺伝子の分離、同定方法
足場非依存的増殖能を有する細胞からゲノムDNAを回収する。このゲノムDNAには、ウイルスベクターによりインテグレーションしたDNA配列を含むため、その挿入部分を増幅できるウイルスベクタープライマーを用いたPCR法で目的遺伝子を増幅させ、DNAシークエンシングにより配列を決定し、目的遺伝子を同定する(Brummelkampら,Nature Reviews Cancer、3巻、781-789頁を参照)。
【0018】
(II)癌抑制遺伝子の探索
本発明はまた、
(1)癌遺伝子が導入され足場非依存的増殖能を有する細胞を用意し;
(2)この細胞に他の被検遺伝子を導入し;
(3)その細胞を、血清を含まない動物細胞培養用培地に水溶性の高分子を溶解し、培地の粘度を20℃で130〜1100センチポアズとした培地で培養し;
(4)その細胞の生存率あるいは増殖能の低下を測定する;
ことを含む癌抑制遺伝子の探索方法に関する。
被検遺伝子を導入するには、癌遺伝子を導入した際と挿入部分の前後の配列が異なるレトロウイルスベクターを用いて、レトロウイルス法にて(I)2)と同様に行う。
(3)の培養条件は(I)で説明したのと同様である。
コントロールとする細胞と被検細胞を同様に回収後、およそ1mlの動物細胞培養用培地に細胞を懸濁し、100μlを96穴マイクロタイタープレートのウエルに播き、生細胞数測定試薬を10μl添加する。次に、5%COを含む37℃のインキュベーター中で1時間培養し呈色反応を行い、マイクロプレートリーダーを用い、450nmの吸光度を測定する。細胞の生存率を調べるには、コントロール細胞の吸光度を100%とした時の被検細胞の値を生存率として計算する。細胞の生存率あるいは増殖能の顕著な低下が認められれば当該被検遺伝子は癌抑制遺伝子である。
【0019】
(III)癌抑制物質の探索
本発明はさらに、
(1)癌遺伝子が導入され足場非依存的増殖能を有する細胞を用意し、
(2)血清を含まない動物細胞培養用培地に水溶性の高分子を溶解し、培地の粘度を20℃で130〜1100センチポアズとした培地に被検物質を加えて培養し、
(3)その細胞の生存率あるいは増殖能の低下を測定する
ことを含む癌抑制物質の探索方法に関する。
(2)の培養条件および(3)の測定方法は(I)および(II)の場合と同様である。
細胞の生存率あるいは増殖能の顕著な低下が認められれば当該被検物質は癌抑制物質である。
【実施例】
【0020】
実施例1
cDNAライブラリー導入REF(T)細胞の作製
まず、SV40のT抗原をコードする遺伝子配列をレトロウイルスベクターに挿入し、レトロウイルス法を用いて、ラット胎児繊維芽細胞であるREF細胞にSV40のT抗原を導入し(Akagiら,Proc. Natl. Acad. Sci. USA、100巻、13567-13572頁を参照)、不死化させたREF(T)細胞を調整した。次に、活性型H−rasを過剰発現したヒト胎児肺繊維芽細胞であるMRC5細胞から作製したcDNAライブラリーをレトロウイルスベクターに挿入し、レトロウイルス法を用いてcDNAライブラリーを導入したREF(T)細胞を作製した。レトロウイルス感染後のREF(T)細胞は、10%血清を含むDMEM培地中で、5%COを含む37℃のインキュベーター中で静置培養を行った。ウイルス感染後2日目に細胞を継代した。
【0021】
実施例2
足場非依存的増殖能を付与する癌遺伝子の探索
cDNAライブラリーを導入したREF(T)細胞がおよそ1x10個になったところで、1.2w/v%メチルセルロース(SIGMA社 製品番号M0512、20℃での2w/v%水溶液の粘度が4000 センチポアズ)を含む、20℃での粘度が270センチポアズであるDMEM培地5mlに5x10個ずつ混合し、5%COを含む37℃のインキュベーター中で3日間培養した。培養終了後、45mlの冷PBSを加え懸濁し、細胞を15000×g、4℃、3分間の遠心分離で回収した。回収した細胞を10%血清を含むDMEM培地10mlに懸濁し10cmディッシュに撒いて5%COを含む37℃のインキュベーター中で静置培養した。培養終了後、ディッシュに付着した細胞を観察した。
その結果、細胞はREF(T)にH−rasを導入したREF(T/ras)細胞と同様の細胞形態を示した。細胞を、2xSDS−sampleバッファーを加え98℃で10分間煮沸した後に細胞溶解液とした。細胞溶解液をSDS−PAGEに供し、抗Ras抗体を用いたウエスタンブロッティングを行ったところ、REF(T/ras)と同程度のH−rasの発現が認められた。このことは、本探索系を用いることでMRC5(ras)cDNAライブラリーから足場非依存的増殖能を付与するH‐ras遺伝子が効率的に選択されたことを意味する。
【産業上の利用可能性】
【0022】
本発明によれば、遺伝子の集団から癌遺伝子を探索できる。本発明によれば癌抑制遺伝子あるいは抗癌剤を探索することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】A)10%血清を含むDMEM培地中、5%CO下に37℃で静置培養したREF(T)細胞の顕微鏡写真である。B)Aの細胞に、MRC5(ras)細胞由来のcDNAライブラリーを導入し、10%血清を含むDMEM培地中、5%CO下に37℃で静置培養したREF(T)細胞の顕微鏡写真である。C)Bの細胞を血清不含のメチルセルロース培地で培養後、生存する細胞を10%血清を含むDMEM培地中、5%CO下に37℃で静置培養したREF(T)細胞の顕微鏡写真である。
【図2】実施例2に記載した方法で作成し、スクリーニングして生存した細胞中のH−Ras蛋白質の量をH−Ras抗体を用いたウエスタンブロッティングにより調べた図である。ぞれぞれの細胞のクローンにおいて、REF(T)細胞に予めH−rasを導入した細胞であるREF(T/ras)と同等のH−Rasの発現が見られる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)繊維芽細胞にcDNAライブラリーを導入し;
(2)血清を含まない動物細胞用培地に水溶性の高分子を溶解し、培地の20℃における粘度を130〜1100センチポアズとし;
(3)(1)に記載の細胞を、(2)に記載の血清を含まず水溶性の高分子を溶解した培地で培養し;
(4)遠心分離により細胞を回収し;
(5)その細胞を、血清を含んだ動物細胞培養用培地で培養し;
(6)培養容器に付着した細胞を取得し;
(7)その細胞中の癌遺伝子を分離し、同定する;
ことを含む癌遺伝子の探索方法。
【請求項2】
繊維芽細胞が株化細胞である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
繊維芽細胞が、SV40のT抗原を導入し不死化したラット胎児繊維芽細胞であるREF(T)細胞である請求項1に記載の方法。
【請求項4】
水溶性の高分子が、天然の多糖またはそのエーテルである請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
天然の多糖のエーテルが、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシエチルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシエチルエチルセルロース、ヒドロキシプロピルエチルセルロース、エチルヒドロキシエチルセルロース、ジヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシエチルヒドロキシプロピルセルロースよりなる群から選択される請求項4に記載の方法。
【請求項6】
天然の多糖がアガロースである請求項4に記載の方法。
【請求項7】
水溶性の高分子がポリアクリルアミド、ポリエチレンオキシド、またはポリビニルピロリドンである請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
(1)癌遺伝子が導入され足場非依存的増殖能を有する細胞を用意し;
(2)この細胞に他の被検遺伝子を導入し;
(3)その細胞を、血清を含まない動物細胞培養用培地に水溶性の高分子を溶解し、培地の粘度を20℃で130〜1100センチポアズとした培地で培養し;
(4)その細胞の生存率あるいは増殖能の低下を測定する;
ことを含む癌抑制遺伝子の探索方法。
【請求項9】
(1)癌遺伝子が導入され足場非依存的増殖能を有する細胞を用意し、
(2)血清を含まない動物細胞培養用培地に水溶性の高分子を溶解した、粘度が20℃で130〜1100センチポアズの培地に被検物質を加えて培養し、
(3)その細胞の生存率あるいは増殖能の低下を測定する
ことを含む癌抑制物質の探索方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2006−246715(P2006−246715A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−64031(P2005−64031)
【出願日】平成17年3月8日(2005.3.8)
【出願人】(390000745)財団法人大阪バイオサイエンス研究所 (32)
【Fターム(参考)】