車両の制御装置
【課題】勾配路における発進時の応答性を向上可能な車両の制御装置を提供する。
【解決手段】車両停止状態からの発進時、所定増加割合により動力源の駆動トルクを増加させるにあたり、検知された路面勾配が所定以上、かつ、車速が略0の状態が所定時間以上継続し目標駆動トルクが勾配負荷トルク相当値以上のときは、目標駆動トルクの増加割合を平坦路における所定増加割合よりも大きな勾配路用増加割合に変更する。尚、この勾配路用増加割合は、運転者のアクセルペダル開度が大きい程、大きな増加割合となるように設定する。
【解決手段】車両停止状態からの発進時、所定増加割合により動力源の駆動トルクを増加させるにあたり、検知された路面勾配が所定以上、かつ、車速が略0の状態が所定時間以上継続し目標駆動トルクが勾配負荷トルク相当値以上のときは、目標駆動トルクの増加割合を平坦路における所定増加割合よりも大きな勾配路用増加割合に変更する。尚、この勾配路用増加割合は、運転者のアクセルペダル開度が大きい程、大きな増加割合となるように設定する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動力源と駆動輪との間の締結要素をスリップ制御する車両の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両の制御装置として、特許文献1に記載の技術が開示されている。この公報には、エンジンとモータの両方の駆動力を用い、モータと駆動輪との間のクラッチをスリップさせつつ発進するエンジン使用スリップモードを行う技術が開示されている。そして、勾配路で車両停止している状態からの発進時には、必要な駆動トルクを勾配に基づいて推定し、エンジンの始動タイミングを早めることで、発進時の応答性を向上している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−230288号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、エンジン始動タイミングを早めたとしても、駆動トルクの増加勾配が一定であるため、高勾配路にあっては、車両が発進するのに必要な駆動トルクを確保するまでに時間がかかり、応答性を十分に改善できないという問題があった。
【0005】
本発明は、上記問題に着目してなされたもので、勾配路における発進時の応答性を向上可能な車両の制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明の車両の制御装置では、車両停止状態からの発進時、所定増加割合により動力源の駆動トルクを増加させるにあたり、検知された路面勾配が所定以上のときは、平坦路における所定増加割合よりも大きな勾配路用増加割合に変更することとした。
【発明の効果】
【0007】
よって、勾配路における発進時の応答性を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】実施例1の後輪駆動のハイブリッド車両を示す全体システム図である。
【図2】実施例1の統合コントローラにおける演算処理プログラムを示す制御ブロック図である。
【図3】図2の目標駆動力演算部にて目標駆動力演算に用いられる目標駆動力マップの一例を示す図である。
【図4】図2のモード選択部にてモードマップと推定勾配との関係を表す図である。
【図5】図2のモード選択部にて目標モードの選択に用いられる通常モードマップを示す図である。
【図6】図2のモード選択部にて目標モードの選択に用いられるMWSC対応モードマップを示す図である。
【図7】図2の目標充放電演算部にて目標充放電電力の演算に用いられる目標充放電量マップの一例を示す図である。
【図8】WSC走行モードにおけるエンジン動作点設定処理を表す概略図である。
【図9】WSC走行モードにおけるエンジン目標回転数を表すマップである。
【図10】車速を所定状態で上昇させる際のエンジン回転数の変化を表すタイムチャートである。
【図11】実施例1の発進時駆動トルク上昇勾配制御処理を表すフローチャートである。
【図12】実施例1の発進時駆動トルク上昇勾配制御時のタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【実施例1】
【0009】
まず、ハイブリッド車両の駆動系構成を説明する。図1は実施例1のエンジン始動制御装置が適用された後輪駆動によるハイブリッド車両を示す全体システム図である。実施例1におけるハイブリッド車の駆動系は、図1に示すように、エンジンEと、第1クラッチCL1と、モータジェネレータMGと、第2クラッチCL2と、自動変速機ATと、プロペラシャフトPSと、ディファレンシャルDFと、左ドライブシャフトDSLと、右ドライブシャフトDSRと、左後輪RL(駆動輪)と、右後輪RR(駆動輪)と、を有する。尚、FLは左前輪、FRは右前輪である。
【0010】
エンジンEは、例えばガソリンエンジンであり、後述するエンジンコントローラ1からの制御指令に基づいて、スロットルバルブのバルブ開度等が制御される。尚、エンジン出力軸にはフライホイールFWが設けられている。
【0011】
第1クラッチCL1は、エンジンEとモータジェネレータMGとの間に介装されたクラッチであり、後述する第1クラッチコントローラ5からの制御指令に基づいて、第1クラッチ油圧ユニット6により作り出された制御油圧により、スリップ締結を含み締結・開放が制御される。
【0012】
モータジェネレータMGは、ロータに永久磁石を埋設しステータにステータコイルが巻き付けられた同期型モータジェネレータであり、後述するモータコントローラ2からの制御指令に基づいて、インバータ3により作り出された三相交流を印加することにより制御される。このモータジェネレータMGは、バッテリ4からの電力の供給を受けて回転駆動する電動機として動作することもできるし(以下、この状態を「力行」と呼ぶ)、ロータが外力により回転している場合には、ステータコイルの両端に起電力を生じさせる発電機として機能してバッテリ4を充電することもできる(以下、この動作状態を「回生」と呼ぶ)。尚、このモータジェネレータMGのロータは、図外のダンパーを介して自動変速機ATの入力軸に連結されている。
【0013】
第2クラッチCL2は、モータジェネレータMGと左右後輪RL,RRとの間に介装されたクラッチであり、後述するATコントローラ7からの制御指令に基づいて、第2クラッチ油圧ユニット8により作り出された制御油圧により、スリップ締結を含み締結・開放が制御される。
【0014】
自動変速機ATは、前進5速後退1速等の有段階の変速比を車速やアクセル開度等に応じて自動的に切り換える変速機であり、第2クラッチCL2は、専用クラッチとして新たに追加したものではなく、自動変速機ATの各変速段にて締結される複数の摩擦締結要素のうち、いくつかの摩擦締結要素を流用している。尚、詳細については後述する。
【0015】
そして、自動変速機ATの出力軸は、車両駆動軸としてのプロペラシャフトPS、ディファレンシャルギヤDF、左ドライブシャフトDSL、右ドライブシャフトDSRを介して左右後輪RL,RRに連結されている。尚、前記第1クラッチCL1と第2クラッチCL2には、例えば、比例ソレノイドで油流量および油圧を連続的に制御できる湿式多板クラッチを用いている。
【0016】
ブレーキユニット900は、液圧ポンプと、複数の電磁弁を備え、要求制動トルクに相当する液圧をポンプ増圧により確保し、各輪の電磁弁の開閉制御によりホイルシリンダ圧を制御する所謂ブレーキバイワイヤ制御を可能に構成されている。各輪FR,FL,RR,RLには、ブレーキロータ901とキャリパ902が備えられ、ブレーキユニット900から供給されるブレーキ液圧により摩擦制動トルクを発生させる。尚、液圧源としてアキュムレータ等を備えたタイプでもよいし、液圧ブレーキに代えて電動キャリパを備えた構成でもよい。
【0017】
このハイブリッド駆動系には、第1クラッチCL1の締結・開放状態に応じて3つの走行モードを有する。第1走行モードは、第1クラッチCL1の開放状態で、モータジェネレータMGの動力のみを動力源として走行するモータ使用走行モードとしての電気自動車走行モード(以下、「EV走行モード」と略称する。)である。第2走行モードは、第1クラッチCL1の締結状態で、エンジンEを動力源に含みながら走行するエンジン使用走行モード(以下、「HEV走行モード」と略称する。)である。第3走行モードは、第1クラッチCL1の締結状態で第2クラッチCL2をスリップ制御させ、エンジンEを動力源に含みながら走行するエンジン使用スリップ走行モード(以下、「WSC走行モード」と略称する。)である。このモードは、特にバッテリSOCが低いときやエンジン水温が低いときに、クリープ走行を達成可能なモードである。尚、EV走行モードからHEV走行モードに遷移するときは、第1クラッチCL1を締結し、モータジェネレータMGのトルクを用いてエンジン始動を行う。
【0018】
上記「HEV走行モード」には、「エンジン走行モード」と「モータアシスト走行モード」と「走行発電モード」との3つの走行モードを有する。
【0019】
「エンジン走行モード」は、エンジンEのみを動力源として駆動輪を動かす。「モータアシスト走行モード」は、エンジンEとモータジェネレータMGの2つを動力源として駆動輪を動かす。「走行発電モード」は、エンジンEを動力源として駆動輪RR,RLを動かすと同時に、モータジェネレータMGを発電機として機能させる。
【0020】
定速運転時や加速運転時には、エンジンEの動力を利用してモータジェネレータMGを発電機として動作させる。また、減速運転時は、制動エネルギを回生してモータジェネレータMGにより発電し、バッテリ4の充電のために使用する。また、更なるモードとして、車両停止時には、エンジンEの動力を利用してモータジェネレータMGを発電機として動作させる発電モードを有する。
【0021】
次に、ハイブリッド車両の制御系を説明する。実施例1におけるハイブリッド車両の制御系は、図1に示すように、エンジンコントローラ1と、モータコントローラ2と、インバータ3と、バッテリ4と、第1クラッチコントローラ5と、第1クラッチ油圧ユニット6と、ATコントローラ7と、第2クラッチ油圧ユニット8と、ブレーキコントローラ9と、統合コントローラ10と、を有して構成されている。尚、エンジンコントローラ1と、モータコントローラ2と、第1クラッチコントローラ5と、ATコントローラ7と、ブレーキコントローラ9と、統合コントローラ10とは、互いの情報交換が可能なCAN通信線11を介して接続されている。
【0022】
エンジンコントローラ1は、エンジン回転数センサ12からのエンジン回転数情報を入力し、統合コントローラ10からの目標エンジントルク指令等に応じ、エンジン動作点(Ne:エンジン回転数,Te:エンジントルク)を制御する指令を、例えば、図外のスロットルバルブアクチュエータへ出力する。更に詳細なエンジン制御内容については後述する。尚、エンジン回転数Ne等の情報は、CAN通信線11を介して統合コントローラ10へ供給される。
【0023】
モータコントローラ2は、モータジェネレータMGのロータ回転位置を検出するレゾルバ13からの情報を入力し、統合コントローラ10からの目標モータジェネレータトルク指令等に応じ、モータジェネレータMGのモータ動作点(Nm:モータジェネレータ回転数,Tm:モータジェネレータトルク)を制御する指令をインバータ3へ出力する。尚、このモータコントローラ2では、バッテリ4の充電状態を表すバッテリSOCを監視していて、バッテリSOC情報は、モータジェネレータMGの制御情報に用いると共に、CAN通信線11を介して統合コントローラ10へ供給される。
【0024】
第1クラッチコントローラ5は、第1クラッチ油圧センサ14と第1クラッチストロークセンサ15からのセンサ情報を入力し、統合コントローラ10からの第1クラッチ制御指令に応じ、第1クラッチCL1の締結・開放を制御する指令を第1クラッチ油圧ユニット6に出力する。尚、第1クラッチストロークC1Sの情報は、CAN通信線11を介して統合コントローラ10へ供給する。
【0025】
ATコントローラ7は、アクセル開度センサ16と車速センサ17と第2クラッチ油圧センサ18と運転者の操作するシフトレバーの位置に応じた信号を出力するインヒビタスイッチからのセンサ情報を入力し、統合コントローラ10からの第2クラッチ制御指令に応じ、第2クラッチCL2の締結・開放を制御する指令をAT油圧コントロールバルブ内の第2クラッチ油圧ユニット8に出力する。尚、アクセルペダル開度APOと車速VSPとインヒビタスイッチの情報は、CAN通信線11を介して統合コントローラ10へ供給する。
【0026】
ブレーキコントローラ9は、4輪の各車輪速を検出する車輪速センサ19とブレーキストロークセンサ20からのセンサ情報を入力し、例えば、ブレーキ踏み込み制動時、ブレーキストロークBSから求められるドライバ要求制動トルクに対し回生制動トルクだけでは不足する場合、その不足分を機械制動トルク(摩擦ブレーキによる制動トルク)で補うように、統合コントローラ10からの回生協調制御指令に基づいて回生協調ブレーキ制御を行う。尚、ドライバ要求制動トルクに応じたブレーキ液圧に限らず、他の制御要求により任意にブレーキ液圧を発生可能なのは言うまでもない。
【0027】
統合コントローラ10は、車両全体の消費エネルギを管理し、最高効率で車両を走らせるための機能を担うもので、モータ回転数Nmを検出するモータ回転数センサ21と、第2クラッチ出力回転数N2outを検出する第2クラッチ出力回転数センサ22と、第2クラッチ伝達トルク容量TCL2を検出する第2クラッチトルクセンサ23と、ブレーキ油圧センサ24と、第2クラッチCL2の温度を検知する温度センサ10aと、前後加速度を検出するGセンサ10bからの情報およびCAN通信線11を介して得られた情報を入力する。
【0028】
また、統合コントローラ10は、エンジンコントローラ1への制御指令によるエンジンEの動作制御と、モータコントローラ2への制御指令によるモータジェネレータMGの動作制御と、第1クラッチコントローラ5への制御指令による第1クラッチCL1の締結・開放制御と、ATコントローラ7への制御指令による第2クラッチCL2の締結・開放制御と、を行う。
【0029】
また、統合コントローラ10は、後述する推定された路面勾配に基づいて車輪に作用する勾配負荷トルク相当値を演算する勾配負荷トルク相当値演算部600と、所定の条件が成立したときにドライバのブレーキペダル操作量に係わらずブレーキ液圧を発生させる第2クラッチ保護制御部700を有する。
【0030】
勾配負荷トルク相当値とは、路面勾配によって車両に作用する重力が車両を後退させようとする際、車輪に働く負荷トルクに相当する値である。車輪に機械的制動トルクを発生させるブレーキは、ブレーキロータ901に対しキャリパ902によってブレーキパッドを押圧することで制動トルクを発生させる。よって、車両が重力により後退しようとしているときには、制動トルクの方向は車両前進方向となる。この車両前進方向と一致する制動トルクを勾配負荷トルクと定義する。この勾配負荷トルクは、路面勾配と車両のイナーシャによって決定できるため、統合コントローラ10内に予め設定された車両重量等に基づいて勾配負荷トルク相当値を演算する。尚、勾配負荷トルクをそのまま相当値としてもよいし、所定値等を加減算して相当値としてもよい。
【0031】
第2クラッチ保護制御部700では、勾配路において車両が停止した際、この車両が後退するいわゆるロールバックを回避可能な制動トルク最小値(前述の勾配負荷トルク以上の制動トルク)を演算し、所定の条件(路面勾配が所定値以上で車両停止時)が成立したときは、ブレーキコントローラ9に対し、制動トルク最小値を制御下限値として出力する。
【0032】
実施例1では、駆動輪である後輪にのみブレーキ液圧を作用させるものとする。ただし、前後輪配分等を加味して4輪にブレーキ液圧を供給する構成としてもよいし、前輪にのみブレーキ液圧を供給する構成としてもよい。
【0033】
一方、上記所定の条件が不成立となったときは、徐々に制動トルクが小さくなる指令を出力する。また、第2クラッチ保護制御部700は、所定の条件が成立したときは、ATコントローラ7に対し、第2クラッチCL2への伝達トルク容量制御出力を禁止する要求を出力する。
【0034】
以下に、図2に示すブロック図を用いて、実施例1の統合コントローラ10にて演算される制御を説明する。例えば、この演算は、制御周期10msec毎に統合コントローラ10で演算される。統合コントローラ10は、目標駆動力演算部100と、モード選択部200と、目標充放電演算部300と、動作点指令部400と、変速制御部500と、を有する。
【0035】
目標駆動力演算部100では、図3に示す目標駆動力マップを用いて、アクセルペダル開度APOと車速VSPとから、目標駆動力tFoO(ドライバ要求トルク)を演算する。
【0036】
モード選択部200は、Gセンサ10bの検出値に基づいて路面勾配を推定する路面勾配推定演算部201を有する。路面勾配推定演算部201は、車輪速センサ19の車輪速加速度平均値等から実加速度を演算し、この演算結果とGセンサ検出値との偏差から路面勾配を推定する。
【0037】
更に、モード選択部200は、推定された路面勾配に基づいて、後述する二つのモードマップのうち、いずれかを選択するモードマップ選択部202を有する。図4はモードマップ選択部202の選択ロジックを表す概略図である。モードマップ選択部202は、通常モードマップが選択されている状態から推定された路面勾配が所定値g2以上になると、勾配路対応モードマップに切り換える。一方、勾配路対応モードマップが選択されている状態から推定された路面勾配が所定値g1(<g2)未満になると、通常モードマップに切り換える。すなわち、推定された路面勾配に対してヒステリシスを設け、マップ切り換え時の制御ハンチングを防止する。
【0038】
次に、モードマップについて説明する。モードマップとしては、推定された路面勾配が所定値未満のときに選択される通常モードマップと、推定された路面勾配が所定値以上のときに選択される勾配路対応モードマップとを有する。図5は通常モードマップ、図6は勾配路対応モードマップを表す。
【0039】
通常モードマップ内には、EV走行モードと、WSC走行モードと、HEV走行モードとを有し、アクセルペダル開度APOと車速VSPとから、目標モードを演算する。但し、EV走行モードが選択されていたとしても、バッテリSOCが所定値以下であれば、強制的に「HEV走行モード」もしくは「WSC走行モード」を目標モードとする。
【0040】
図5の通常モードマップにおいて、HEV→WSC切換線は、所定アクセル開度APO1未満の領域では、自動変速機ATが1速段のときに、エンジンEのアイドル回転数よりも小さな回転数となる下限車速VSP1よりも低い領域に設定されている。また、所定アクセル開度APO1以上の領域では、大きな駆動力を要求されることから、下限車速VSP1よりも高い車速VSP1'領域までWSC走行モードが設定されている。尚、バッテリSOCが低く、EV走行モードを達成できないときには、発進時等であってもWSC走行モードを選択するように構成されている。
【0041】
アクセルペダル開度APOが大きいとき、その要求をアイドル回転数付近のエンジン回転数に対応したエンジントルクとモータジェネレータトルクで達成するのは困難な場合がある。ここで、エンジントルクは、エンジン回転数が上昇すればより多くのトルクを出力できる。このことから、エンジン回転数を引き上げてより大きなトルクを出力させれば、例え下限車速VSP1よりも高い車速までWSC走行モードを実行しても、短時間でWSC走行モードからHEV走行モードに遷移させることができる。この場合が図5に示す下限車速VSP1'まで広げられたWSC領域である。
【0042】
勾配路対応モードマップ内には、EV走行モード領域が設定されていない点で通常モードマップとは異なる。また、WSC走行モード領域として、アクセルペダル開度APOに応じて領域を変更せず、下限車速VSP1のみで領域が規定されている点で通常モードマップとは異なる。
【0043】
目標充放電演算部300では、図7に示す目標充放電量マップを用いて、バッテリSOCから目標充放電電力tPを演算する。また、目標充放電量マップには、EV走行モードを許可もしくは禁止するためのEVON線(MWSCON線)がSOC=50%に設定され、EVOFF線(MWSCOFF線)がSOC=35%に設定されている。
【0044】
SOC≧50%のときは、図5の通常モードマップにおいてEV走行モード領域が出現する。モードマップ内に一度EV領域が出現すると、SOCが35%を下回るまでは、この領域は出現し続ける。
【0045】
SOC<35%のときは、図5の通常モードマップにおいてEV走行モード領域が消滅する。モードマップ内からEV走行モード領域が消滅すると、SOCが50%に到達するまでは、この領域は消滅し続ける。
【0046】
動作点指令部400では、アクセルペダル開度APOと、目標駆動力tFoO(ドライバ要求トルク)と、目標モードと、車速VSPと、目標充放電電力tPとから、これらの動作点到達目標として、過渡的な目標エンジントルクと目標モータジェネレータトルクと目標第2クラッチ伝達トルク容量TCL2*と自動変速機ATの目標変速段と第1クラッチソレノイド電流指令を演算する。また、動作点指令部400には、EV走行モードからHEV走行モードに遷移するときにエンジンEを始動するエンジン始動制御部が設けられている。
【0047】
変速制御部500では、シフトマップに示すシフトスケジュールに沿って、目標第2クラッチ伝達トルク容量TCL2*と目標変速段を達成するように自動変速機AT内のソレノイドバルブを駆動制御する。尚、シフトマップは、車速VSPとアクセルペダル開度APOに基づいて予め目標変速段が設定されたものである。
【0048】
〔WSC走行モードについて〕
次に、WSC走行モードの詳細について説明する。WSC走行モードとは、エンジンEが作動した状態を維持している点に特徴があり、ドライバ要求トルク変化に対する応答性が高い。具体的には、第1クラッチCL1を完全締結し、第2クラッチCL2をドライバ要求トルクに応じた伝達トルク容量TCL2としてスリップ制御し、エンジンE及び/又はモータジェネレータMGの駆動力を用いて走行する。
【0049】
実施例1のハイブリッド車両では、トルクコンバータのように回転数差を吸収する要素が存在しないため、第1クラッチCL1と第2クラッチCL2を完全締結すると、エンジンEの回転数に応じて車速が決まってしまう。エンジンEには自立回転を維持するためのアイドル回転数による下限値が存在し、このアイドル回転数は、エンジンの暖機運転等によりアイドルアップを行っていると、更に下限値が高くなる。また、ドライバ要求トルクが高い状態では素早くHEV走行モードに遷移できない場合がある。
【0050】
一方、EV走行モードでは、第1クラッチCL1を解放するため、上記エンジン回転数による下限値に伴う制限はない。しかしながら、バッテリSOCに基づく制限によってEV走行モードによる走行が困難な場合や、モータジェネレータMGのみでドライバ要求トルクを達成できない領域では、エンジンEによって安定したトルクを発生する以外に手段がない。
【0051】
そこで、上記下限値に相当する車速よりも低車速領域であって、かつ、EV走行モードによる走行が困難な場合やモータジェネレータMGのみではドライバ要求トルクを達成できない領域では、エンジン回転数を所定の下限回転数に維持し、第2クラッチCL2をスリップ制御させ、エンジントルクを用いて走行するWSC走行モードを選択する。
【0052】
図8はWSC走行モードにおけるエンジン動作点設定処理を表す概略図、図9はWSC走行モードにおけるエンジン目標回転数を表すマップである。WSC走行モードにおいて、運転者がアクセルペダルを操作すると、図9に基づいてアクセルペダル開度に応じた目標エンジン回転数特性が選択され、この特性に沿って車速に応じた目標エンジン回転数が設定される。そして、図8に示すエンジン動作点設定処理によって目標エンジン回転数に対応した目標エンジントルクが演算される。
【0053】
ここで、エンジンEの動作点をエンジン回転数とエンジントルクにより規定される点と定義する。図8に示すように、エンジン動作点は、エンジンEの出力効率が高い動作点を結んだ線(以下、α線)上で運転することが望まれる。
【0054】
しかし、上述のようにエンジン回転数を設定した場合、運転者のアクセルペダル操作量(ドライバ要求トルク)によってはα線から離れた動作点を選択することとなる。そこで、エンジン動作点をα線に近づけるために、目標エンジントルクは、α線を考慮した値にフィードフォワード制御される。
【0055】
一方、モータジェネレータMGは、設定されたエンジン回転数を目標回転数とする回転数フィードバック制御が実行される。今、エンジンEとモータジェネレータMGは直結状態とされていることから、モータジェネレータMGが目標回転数を維持するように制御されることで、エンジンEの回転数も自動的にフィードバック制御されることとなる。
【0056】
このとき、モータジェネレータMGが出力するトルクは、α線を考慮して決定された目標エンジントルクとドライバ要求トルクとの偏差を埋めるように自動的に制御される。モータジェネレータMGでは、上記偏差を埋めるように基礎的なトルク制御量(回生・力行)が与えられ、更に、目標エンジン回転数と一致するようにフィードバック制御される。
【0057】
あるエンジン回転数において、ドライバ要求トルクがα線上の駆動力よりも小さい場合、エンジン出力トルクを大きくした方がエンジン出力効率は上昇する。このとき、出力を上げた分のエネルギをモータジェネレータMGにより回収することで、第2クラッチCL2に入力されるトルク自体はドライバ要求トルクとしつつ、効率の良い発電が可能となる。ただし、バッテリSOCの状態によって発電可能なトルク上限値が決定されるため、バッテリSOCからの要求発電出力(SOC要求発電電力)と、現在の動作点におけるトルクとα線上のトルクとの偏差(α線発電電力)との大小関係を考慮する必要がある。
【0058】
図8(a)は、α線発電電力がSOC要求発電電力よりも大きい場合の概略図である。SOC要求発電電力以上にはエンジン出力トルクを上昇させることができないため、α線上に動作点を移動させることはできない。ただし、より効率の高い点へ移動させることで燃費効率を改善する。
【0059】
図8(b)は、α線発電電力がSOC要求発電電力よりも小さい場合の概略図である。SOC要求発電電力の範囲内であれば、エンジン動作点をα線上に移動させることができるため、この場合は、最も燃費効率の高い動作点を維持しつつ発電することができる。
【0060】
図8(c)は、エンジン動作点がα線よりも高い場合の概略図である。ドライバ要求トルクに応じた動作点がα線よりも高いときは、バッテリSOCに余裕があることを条件として、エンジントルクを低下させ、不足分をモータジェネレータMGの力行により補う。これにより、燃費効率を高くしつつドライバ要求トルクを達成することができる。
【0061】
次に、WSC走行モード領域を、推定勾配に応じて変更している点について説明する。図10は車速を所定状態で上昇させる際のエンジン回転数マップである。平坦路において、アクセルペダル開度がAPO1よりも大きな値の場合、WSC走行モード領域は下限車速VSP1よりも高い車速領域まで実行される。このとき、車速の上昇に伴って図9に示すマップのように徐々に目標エンジン回転数は上昇する。そして、VSP1'に相当する車速に到達すると、第2クラッチCL2のスリップ状態は解消され、HEV走行モードに遷移する。
【0062】
推定された路面勾配が所定勾配(g1もしくはg2)より大きい勾配路において、上記と同じ車速上昇状態を維持しようとすると、それだけ大きなアクセルペダル開度となる。このとき、第2クラッチCL2の伝達トルク容量TCL2は平坦路に比べて大きくなる。この状態で、仮に図9に示すマップのようにWSC走行モード領域を拡大してしまうと、第2クラッチCL2は強い締結力でのスリップ状態を継続することとなり、発熱量が過剰となるおそれがある。そこで、推定された路面勾配が大きい勾配路のときに選択される図6の勾配路対応モードマップでは、WSC走行モード領域を不要に広げることなく、車速VSP1に相当する領域までとする。これにより、WSC走行モードにおける過剰な発熱を回避する。
【0063】
(発進時駆動トルク上昇勾配制御)
次に、勾配路における発進時の駆動トルク上昇勾配制御について説明する。運転者の発進意図に基づいて車両が発進する際、アクセルペダル開度が踏み込まれると、目標駆動トルクが上昇する。このとき、動作点指令部400では、過渡的な目標第2クラッチ伝達トルク容量TCL2*(以下、伝達トルク容量と記載する。)が演算され、この伝達トルク容量に応じた駆動トルクが出力される。平坦路にあっては、適宜設定された伝達関数等に基づいて過渡的な伝達トルク容量が設定され、徐々に駆動トルクを増大し、車両のイナーシャトルクよりも大きな駆動トルクに到達したときに発進する。
【0064】
ここで、勾配路にあっては、車両のイナーシャトルクが大きくなり、平坦路と同じ過渡的な伝達トルク容量を設定したとしても、実際に車両の駆動トルクが勾配負荷トルク相当値まで上昇するのに時間がかかり、発進時における応答性が確保できない。そこで、推定された路面勾配が所定値(g1もしくはg2)以上の大きい勾配路において、すなわち、勾配路対応モードマップが選択されているときは、平坦路における伝達トルク容量(駆動トルク)の所定増加割合よりも大きな勾配路用増加割合に変更し(増加割合変更手段)、応答性の向上を図ることとした。
【0065】
図11は実施例1の発進時駆動トルク上昇勾配制御処理を表すフローチャートである。
ステップS1では、検知勾配すなわち推定された路面勾配が所定値以上か否かを判断し、所定値以上のときはステップS2に進み、それ以外のときはステップS7に進んで平坦路において設定される通常の目標駆動トルク増加割合を設定する。
ステップS2では、車速が略0か否かを判断し、略0のときはステップS3に進み、それ以外のときはステップS7に進んで通常の目標駆動トルク増加割合を設定する。尚、略0とは、例えば時速1〜2km/h程度の極低車速を含むものであり、車両が確実に発進し始めたことを表す値である。
ステップS3では、路面勾配が所定値以上、かつ、車速が略0の状態が所定時間以上継続したか否かを判断し、所定時間以上継続したと判断したときはステップS4に進み、それ以外のときはステップS7に進んで通常の目標駆動トルク増加割合を設定する。
【0066】
ステップS4では、目標駆動トルクが勾配負荷トルク相当値以上か否かを判断し、勾配負荷トルク相当値未満のときはステップS5に進んで目標駆動トルクの増加割合を勾配路用増加割合に設定する(増加割合変更手段に相当)。尚、この勾配路用増加割合は、運転者のアクセルペダル開度が大きい程、大きな増加割合となるように設定することで、より運転者の意図に沿った発進状態を達成する。
【0067】
一方、勾配負荷トルク相当値以上のときはステップS6に進んで目標駆動トルクの増加割合を勾配路用増加割合よりも小さな増加割合である第2の勾配路用増加割合に設定する。この第2の勾配路用増加割合は、第2クラッチCL2においてジャダーが発生するのを抑制するためのものである。
【0068】
次に、上記制御フローに基づく作用について説明する。図12は実施例1の発進時駆動トルク上昇勾配制御時のタイムチャートである。初期条件は、高勾配路においてブレーキペダルが踏み込まれ、車両停止状態とする。
【0069】
時刻t1において、運転者がアクセルペダルを踏み込むと、アクセルペダル開度に応じた目標駆動トルク及び過渡的な目標駆動トルクが設定される。このとき、通常の過渡的な目標駆動トルクの増加割合よりも大きな増加割合である勾配路用増加割合によって過渡的な目標駆動トルク(すなわち第2クラッチCL2の伝達トルク容量)が上昇する。
時刻t2において、過渡的な目標駆動トルクが勾配負荷トルク相当値に到達すると、勾配負荷トルク相当値に打ち勝って車両が発進開始可能な状態となる。このとき、通常の過渡的な目標駆動トルク増加割合よりも大きな増加割合で過渡的な目標駆動トルクを増加させたため、通常よりも早いタイミングで発進開始可能状態を達成できる。このとき、発進後に第2クラッチCL2の伝達トルク容量の上昇勾配が高いままだと、ジャダーが発生するおそれがあることから、発進可能状態に到達した後は、勾配路用増加割合よりも小さな第2の勾配路用増加割合に変更し、ジャダーを回避しつつ発進する。
時刻t3において、過渡的な目標駆動トルクがアクセルペダル開度に応じた目標駆動トルクに到達すると、過渡的な目標駆動トルクからアクセルペダル開度に応じた目標駆動トルクに切り換えられる。尚、過渡的な目標駆動トルクがアクセルペダル開度に応じた目標駆動トルクに到達する前に車両が動き出し、車速が略0よりも大きくなった場合には、通常の過渡的な目標駆動トルク増加割合に変更することで、スムーズな車両発進をする。
【0070】
以上説明したように、実施例1のハイブリッド車両にあっては、下記に列挙する作用効果を得ることができる。
(1)駆動輪に駆動トルクを出力するエンジンE及びモータジェネレータMG(以下、動力源)と、路面勾配を検知する路面勾配推定演算部201(路面勾配検知手段)と、車両停止状態からの発進時、所定増加割合により前記動力源の駆動トルクを増加させるステップS7(駆動トルク制御手段)と、検知された路面勾配が所定以上のときは、所定増加割合よりも大きな勾配路用増加割合に変更するステップS5(増加割合変更手段)と、を備えた。
【0071】
よって、勾配路における発進時の応答性を向上することができる。すなわち、高勾配路における車両発進時、実際に車両が移動を開始する前段階において、駆動トルクを素早く立ち上げることで、発進開始タイミングを早めることができる。
【0072】
(2)ステップS5(増加割合変更手段)は、アクセルペダル開度が大きい程、増加割合を大きくする。これにより、運転者の意図に沿った発進状態を達成することができる。
【0073】
(3)動力源と駆動輪との間に介装され動力源と駆動輪とを断接する第2クラッチCL2(締結要素)を有し、ステップS5,S6,S7(駆動トルク制御手段)は、第2クラッチCL2の伝達トルク容量を制御することで駆動トルクを増加させる。すなわち、第2クラッチCL2をスリップ制御しつつ発進することで、エンジンEやモータジェネレータMGにおいてトルク変動が生じた場合の駆動輪への影響を抑制することができる。
【0074】
(4)検知された路面勾配に基づいて車輪に作用する勾配負荷トルク相当値を演算する勾配負荷トルク相当値演算部600(勾配負荷トルク相当値演算手段)を有し、ステップS6(増加割合変更手段)は、大きな勾配路用増加割合に変更後、駆動トルクが勾配負荷トルク相当値以上に到達したときは、勾配路用増加割合よりも小さな第2の勾配路用増加割合に変更する。よって、車両発進後の第2クラッチCL2におけるジャダーを回避することができる。
【0075】
以上、本発明を実施例1に基づいて説明したが、具体的な構成は他の構成であってもよい。例えば、実施例1では、ハイブリッド車両に適用したが、エンジンのみ、もしくはモータのみを備えた車両であっても、同様に適用可能である。また、実施例1では、ジャダーを回避するために第2の勾配路用増加割合を設定したが、車速が略0から発進し始めた段階で通常の過渡的な所定増加割合に変更するように構成してもよい。
【0076】
また、実施例1では、FR型のハイブリッド車両について説明したが、FF型のハイブリッド車両であっても構わない。
【符号の説明】
【0077】
E エンジン
CL1 第1クラッチ
MG モータジェネレータ
CL2 第2クラッチ
AT 自動変速機
1 エンジンコントローラ
2 モータコントローラ
3 インバータ
4 バッテリ
5 第1クラッチコントローラ
6 第1クラッチ油圧ユニット
7 ATコントローラ
8 第2クラッチ油圧ユニット
9 ブレーキコントローラ
10 統合コントローラ
24 ブレーキ油圧センサ
100 目標駆動力演算部
200 モード選択部
300 目標充放電演算部
400 動作点指令部
500 変速制御部
【技術分野】
【0001】
本発明は、動力源と駆動輪との間の締結要素をスリップ制御する車両の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両の制御装置として、特許文献1に記載の技術が開示されている。この公報には、エンジンとモータの両方の駆動力を用い、モータと駆動輪との間のクラッチをスリップさせつつ発進するエンジン使用スリップモードを行う技術が開示されている。そして、勾配路で車両停止している状態からの発進時には、必要な駆動トルクを勾配に基づいて推定し、エンジンの始動タイミングを早めることで、発進時の応答性を向上している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−230288号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、エンジン始動タイミングを早めたとしても、駆動トルクの増加勾配が一定であるため、高勾配路にあっては、車両が発進するのに必要な駆動トルクを確保するまでに時間がかかり、応答性を十分に改善できないという問題があった。
【0005】
本発明は、上記問題に着目してなされたもので、勾配路における発進時の応答性を向上可能な車両の制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明の車両の制御装置では、車両停止状態からの発進時、所定増加割合により動力源の駆動トルクを増加させるにあたり、検知された路面勾配が所定以上のときは、平坦路における所定増加割合よりも大きな勾配路用増加割合に変更することとした。
【発明の効果】
【0007】
よって、勾配路における発進時の応答性を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】実施例1の後輪駆動のハイブリッド車両を示す全体システム図である。
【図2】実施例1の統合コントローラにおける演算処理プログラムを示す制御ブロック図である。
【図3】図2の目標駆動力演算部にて目標駆動力演算に用いられる目標駆動力マップの一例を示す図である。
【図4】図2のモード選択部にてモードマップと推定勾配との関係を表す図である。
【図5】図2のモード選択部にて目標モードの選択に用いられる通常モードマップを示す図である。
【図6】図2のモード選択部にて目標モードの選択に用いられるMWSC対応モードマップを示す図である。
【図7】図2の目標充放電演算部にて目標充放電電力の演算に用いられる目標充放電量マップの一例を示す図である。
【図8】WSC走行モードにおけるエンジン動作点設定処理を表す概略図である。
【図9】WSC走行モードにおけるエンジン目標回転数を表すマップである。
【図10】車速を所定状態で上昇させる際のエンジン回転数の変化を表すタイムチャートである。
【図11】実施例1の発進時駆動トルク上昇勾配制御処理を表すフローチャートである。
【図12】実施例1の発進時駆動トルク上昇勾配制御時のタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【実施例1】
【0009】
まず、ハイブリッド車両の駆動系構成を説明する。図1は実施例1のエンジン始動制御装置が適用された後輪駆動によるハイブリッド車両を示す全体システム図である。実施例1におけるハイブリッド車の駆動系は、図1に示すように、エンジンEと、第1クラッチCL1と、モータジェネレータMGと、第2クラッチCL2と、自動変速機ATと、プロペラシャフトPSと、ディファレンシャルDFと、左ドライブシャフトDSLと、右ドライブシャフトDSRと、左後輪RL(駆動輪)と、右後輪RR(駆動輪)と、を有する。尚、FLは左前輪、FRは右前輪である。
【0010】
エンジンEは、例えばガソリンエンジンであり、後述するエンジンコントローラ1からの制御指令に基づいて、スロットルバルブのバルブ開度等が制御される。尚、エンジン出力軸にはフライホイールFWが設けられている。
【0011】
第1クラッチCL1は、エンジンEとモータジェネレータMGとの間に介装されたクラッチであり、後述する第1クラッチコントローラ5からの制御指令に基づいて、第1クラッチ油圧ユニット6により作り出された制御油圧により、スリップ締結を含み締結・開放が制御される。
【0012】
モータジェネレータMGは、ロータに永久磁石を埋設しステータにステータコイルが巻き付けられた同期型モータジェネレータであり、後述するモータコントローラ2からの制御指令に基づいて、インバータ3により作り出された三相交流を印加することにより制御される。このモータジェネレータMGは、バッテリ4からの電力の供給を受けて回転駆動する電動機として動作することもできるし(以下、この状態を「力行」と呼ぶ)、ロータが外力により回転している場合には、ステータコイルの両端に起電力を生じさせる発電機として機能してバッテリ4を充電することもできる(以下、この動作状態を「回生」と呼ぶ)。尚、このモータジェネレータMGのロータは、図外のダンパーを介して自動変速機ATの入力軸に連結されている。
【0013】
第2クラッチCL2は、モータジェネレータMGと左右後輪RL,RRとの間に介装されたクラッチであり、後述するATコントローラ7からの制御指令に基づいて、第2クラッチ油圧ユニット8により作り出された制御油圧により、スリップ締結を含み締結・開放が制御される。
【0014】
自動変速機ATは、前進5速後退1速等の有段階の変速比を車速やアクセル開度等に応じて自動的に切り換える変速機であり、第2クラッチCL2は、専用クラッチとして新たに追加したものではなく、自動変速機ATの各変速段にて締結される複数の摩擦締結要素のうち、いくつかの摩擦締結要素を流用している。尚、詳細については後述する。
【0015】
そして、自動変速機ATの出力軸は、車両駆動軸としてのプロペラシャフトPS、ディファレンシャルギヤDF、左ドライブシャフトDSL、右ドライブシャフトDSRを介して左右後輪RL,RRに連結されている。尚、前記第1クラッチCL1と第2クラッチCL2には、例えば、比例ソレノイドで油流量および油圧を連続的に制御できる湿式多板クラッチを用いている。
【0016】
ブレーキユニット900は、液圧ポンプと、複数の電磁弁を備え、要求制動トルクに相当する液圧をポンプ増圧により確保し、各輪の電磁弁の開閉制御によりホイルシリンダ圧を制御する所謂ブレーキバイワイヤ制御を可能に構成されている。各輪FR,FL,RR,RLには、ブレーキロータ901とキャリパ902が備えられ、ブレーキユニット900から供給されるブレーキ液圧により摩擦制動トルクを発生させる。尚、液圧源としてアキュムレータ等を備えたタイプでもよいし、液圧ブレーキに代えて電動キャリパを備えた構成でもよい。
【0017】
このハイブリッド駆動系には、第1クラッチCL1の締結・開放状態に応じて3つの走行モードを有する。第1走行モードは、第1クラッチCL1の開放状態で、モータジェネレータMGの動力のみを動力源として走行するモータ使用走行モードとしての電気自動車走行モード(以下、「EV走行モード」と略称する。)である。第2走行モードは、第1クラッチCL1の締結状態で、エンジンEを動力源に含みながら走行するエンジン使用走行モード(以下、「HEV走行モード」と略称する。)である。第3走行モードは、第1クラッチCL1の締結状態で第2クラッチCL2をスリップ制御させ、エンジンEを動力源に含みながら走行するエンジン使用スリップ走行モード(以下、「WSC走行モード」と略称する。)である。このモードは、特にバッテリSOCが低いときやエンジン水温が低いときに、クリープ走行を達成可能なモードである。尚、EV走行モードからHEV走行モードに遷移するときは、第1クラッチCL1を締結し、モータジェネレータMGのトルクを用いてエンジン始動を行う。
【0018】
上記「HEV走行モード」には、「エンジン走行モード」と「モータアシスト走行モード」と「走行発電モード」との3つの走行モードを有する。
【0019】
「エンジン走行モード」は、エンジンEのみを動力源として駆動輪を動かす。「モータアシスト走行モード」は、エンジンEとモータジェネレータMGの2つを動力源として駆動輪を動かす。「走行発電モード」は、エンジンEを動力源として駆動輪RR,RLを動かすと同時に、モータジェネレータMGを発電機として機能させる。
【0020】
定速運転時や加速運転時には、エンジンEの動力を利用してモータジェネレータMGを発電機として動作させる。また、減速運転時は、制動エネルギを回生してモータジェネレータMGにより発電し、バッテリ4の充電のために使用する。また、更なるモードとして、車両停止時には、エンジンEの動力を利用してモータジェネレータMGを発電機として動作させる発電モードを有する。
【0021】
次に、ハイブリッド車両の制御系を説明する。実施例1におけるハイブリッド車両の制御系は、図1に示すように、エンジンコントローラ1と、モータコントローラ2と、インバータ3と、バッテリ4と、第1クラッチコントローラ5と、第1クラッチ油圧ユニット6と、ATコントローラ7と、第2クラッチ油圧ユニット8と、ブレーキコントローラ9と、統合コントローラ10と、を有して構成されている。尚、エンジンコントローラ1と、モータコントローラ2と、第1クラッチコントローラ5と、ATコントローラ7と、ブレーキコントローラ9と、統合コントローラ10とは、互いの情報交換が可能なCAN通信線11を介して接続されている。
【0022】
エンジンコントローラ1は、エンジン回転数センサ12からのエンジン回転数情報を入力し、統合コントローラ10からの目標エンジントルク指令等に応じ、エンジン動作点(Ne:エンジン回転数,Te:エンジントルク)を制御する指令を、例えば、図外のスロットルバルブアクチュエータへ出力する。更に詳細なエンジン制御内容については後述する。尚、エンジン回転数Ne等の情報は、CAN通信線11を介して統合コントローラ10へ供給される。
【0023】
モータコントローラ2は、モータジェネレータMGのロータ回転位置を検出するレゾルバ13からの情報を入力し、統合コントローラ10からの目標モータジェネレータトルク指令等に応じ、モータジェネレータMGのモータ動作点(Nm:モータジェネレータ回転数,Tm:モータジェネレータトルク)を制御する指令をインバータ3へ出力する。尚、このモータコントローラ2では、バッテリ4の充電状態を表すバッテリSOCを監視していて、バッテリSOC情報は、モータジェネレータMGの制御情報に用いると共に、CAN通信線11を介して統合コントローラ10へ供給される。
【0024】
第1クラッチコントローラ5は、第1クラッチ油圧センサ14と第1クラッチストロークセンサ15からのセンサ情報を入力し、統合コントローラ10からの第1クラッチ制御指令に応じ、第1クラッチCL1の締結・開放を制御する指令を第1クラッチ油圧ユニット6に出力する。尚、第1クラッチストロークC1Sの情報は、CAN通信線11を介して統合コントローラ10へ供給する。
【0025】
ATコントローラ7は、アクセル開度センサ16と車速センサ17と第2クラッチ油圧センサ18と運転者の操作するシフトレバーの位置に応じた信号を出力するインヒビタスイッチからのセンサ情報を入力し、統合コントローラ10からの第2クラッチ制御指令に応じ、第2クラッチCL2の締結・開放を制御する指令をAT油圧コントロールバルブ内の第2クラッチ油圧ユニット8に出力する。尚、アクセルペダル開度APOと車速VSPとインヒビタスイッチの情報は、CAN通信線11を介して統合コントローラ10へ供給する。
【0026】
ブレーキコントローラ9は、4輪の各車輪速を検出する車輪速センサ19とブレーキストロークセンサ20からのセンサ情報を入力し、例えば、ブレーキ踏み込み制動時、ブレーキストロークBSから求められるドライバ要求制動トルクに対し回生制動トルクだけでは不足する場合、その不足分を機械制動トルク(摩擦ブレーキによる制動トルク)で補うように、統合コントローラ10からの回生協調制御指令に基づいて回生協調ブレーキ制御を行う。尚、ドライバ要求制動トルクに応じたブレーキ液圧に限らず、他の制御要求により任意にブレーキ液圧を発生可能なのは言うまでもない。
【0027】
統合コントローラ10は、車両全体の消費エネルギを管理し、最高効率で車両を走らせるための機能を担うもので、モータ回転数Nmを検出するモータ回転数センサ21と、第2クラッチ出力回転数N2outを検出する第2クラッチ出力回転数センサ22と、第2クラッチ伝達トルク容量TCL2を検出する第2クラッチトルクセンサ23と、ブレーキ油圧センサ24と、第2クラッチCL2の温度を検知する温度センサ10aと、前後加速度を検出するGセンサ10bからの情報およびCAN通信線11を介して得られた情報を入力する。
【0028】
また、統合コントローラ10は、エンジンコントローラ1への制御指令によるエンジンEの動作制御と、モータコントローラ2への制御指令によるモータジェネレータMGの動作制御と、第1クラッチコントローラ5への制御指令による第1クラッチCL1の締結・開放制御と、ATコントローラ7への制御指令による第2クラッチCL2の締結・開放制御と、を行う。
【0029】
また、統合コントローラ10は、後述する推定された路面勾配に基づいて車輪に作用する勾配負荷トルク相当値を演算する勾配負荷トルク相当値演算部600と、所定の条件が成立したときにドライバのブレーキペダル操作量に係わらずブレーキ液圧を発生させる第2クラッチ保護制御部700を有する。
【0030】
勾配負荷トルク相当値とは、路面勾配によって車両に作用する重力が車両を後退させようとする際、車輪に働く負荷トルクに相当する値である。車輪に機械的制動トルクを発生させるブレーキは、ブレーキロータ901に対しキャリパ902によってブレーキパッドを押圧することで制動トルクを発生させる。よって、車両が重力により後退しようとしているときには、制動トルクの方向は車両前進方向となる。この車両前進方向と一致する制動トルクを勾配負荷トルクと定義する。この勾配負荷トルクは、路面勾配と車両のイナーシャによって決定できるため、統合コントローラ10内に予め設定された車両重量等に基づいて勾配負荷トルク相当値を演算する。尚、勾配負荷トルクをそのまま相当値としてもよいし、所定値等を加減算して相当値としてもよい。
【0031】
第2クラッチ保護制御部700では、勾配路において車両が停止した際、この車両が後退するいわゆるロールバックを回避可能な制動トルク最小値(前述の勾配負荷トルク以上の制動トルク)を演算し、所定の条件(路面勾配が所定値以上で車両停止時)が成立したときは、ブレーキコントローラ9に対し、制動トルク最小値を制御下限値として出力する。
【0032】
実施例1では、駆動輪である後輪にのみブレーキ液圧を作用させるものとする。ただし、前後輪配分等を加味して4輪にブレーキ液圧を供給する構成としてもよいし、前輪にのみブレーキ液圧を供給する構成としてもよい。
【0033】
一方、上記所定の条件が不成立となったときは、徐々に制動トルクが小さくなる指令を出力する。また、第2クラッチ保護制御部700は、所定の条件が成立したときは、ATコントローラ7に対し、第2クラッチCL2への伝達トルク容量制御出力を禁止する要求を出力する。
【0034】
以下に、図2に示すブロック図を用いて、実施例1の統合コントローラ10にて演算される制御を説明する。例えば、この演算は、制御周期10msec毎に統合コントローラ10で演算される。統合コントローラ10は、目標駆動力演算部100と、モード選択部200と、目標充放電演算部300と、動作点指令部400と、変速制御部500と、を有する。
【0035】
目標駆動力演算部100では、図3に示す目標駆動力マップを用いて、アクセルペダル開度APOと車速VSPとから、目標駆動力tFoO(ドライバ要求トルク)を演算する。
【0036】
モード選択部200は、Gセンサ10bの検出値に基づいて路面勾配を推定する路面勾配推定演算部201を有する。路面勾配推定演算部201は、車輪速センサ19の車輪速加速度平均値等から実加速度を演算し、この演算結果とGセンサ検出値との偏差から路面勾配を推定する。
【0037】
更に、モード選択部200は、推定された路面勾配に基づいて、後述する二つのモードマップのうち、いずれかを選択するモードマップ選択部202を有する。図4はモードマップ選択部202の選択ロジックを表す概略図である。モードマップ選択部202は、通常モードマップが選択されている状態から推定された路面勾配が所定値g2以上になると、勾配路対応モードマップに切り換える。一方、勾配路対応モードマップが選択されている状態から推定された路面勾配が所定値g1(<g2)未満になると、通常モードマップに切り換える。すなわち、推定された路面勾配に対してヒステリシスを設け、マップ切り換え時の制御ハンチングを防止する。
【0038】
次に、モードマップについて説明する。モードマップとしては、推定された路面勾配が所定値未満のときに選択される通常モードマップと、推定された路面勾配が所定値以上のときに選択される勾配路対応モードマップとを有する。図5は通常モードマップ、図6は勾配路対応モードマップを表す。
【0039】
通常モードマップ内には、EV走行モードと、WSC走行モードと、HEV走行モードとを有し、アクセルペダル開度APOと車速VSPとから、目標モードを演算する。但し、EV走行モードが選択されていたとしても、バッテリSOCが所定値以下であれば、強制的に「HEV走行モード」もしくは「WSC走行モード」を目標モードとする。
【0040】
図5の通常モードマップにおいて、HEV→WSC切換線は、所定アクセル開度APO1未満の領域では、自動変速機ATが1速段のときに、エンジンEのアイドル回転数よりも小さな回転数となる下限車速VSP1よりも低い領域に設定されている。また、所定アクセル開度APO1以上の領域では、大きな駆動力を要求されることから、下限車速VSP1よりも高い車速VSP1'領域までWSC走行モードが設定されている。尚、バッテリSOCが低く、EV走行モードを達成できないときには、発進時等であってもWSC走行モードを選択するように構成されている。
【0041】
アクセルペダル開度APOが大きいとき、その要求をアイドル回転数付近のエンジン回転数に対応したエンジントルクとモータジェネレータトルクで達成するのは困難な場合がある。ここで、エンジントルクは、エンジン回転数が上昇すればより多くのトルクを出力できる。このことから、エンジン回転数を引き上げてより大きなトルクを出力させれば、例え下限車速VSP1よりも高い車速までWSC走行モードを実行しても、短時間でWSC走行モードからHEV走行モードに遷移させることができる。この場合が図5に示す下限車速VSP1'まで広げられたWSC領域である。
【0042】
勾配路対応モードマップ内には、EV走行モード領域が設定されていない点で通常モードマップとは異なる。また、WSC走行モード領域として、アクセルペダル開度APOに応じて領域を変更せず、下限車速VSP1のみで領域が規定されている点で通常モードマップとは異なる。
【0043】
目標充放電演算部300では、図7に示す目標充放電量マップを用いて、バッテリSOCから目標充放電電力tPを演算する。また、目標充放電量マップには、EV走行モードを許可もしくは禁止するためのEVON線(MWSCON線)がSOC=50%に設定され、EVOFF線(MWSCOFF線)がSOC=35%に設定されている。
【0044】
SOC≧50%のときは、図5の通常モードマップにおいてEV走行モード領域が出現する。モードマップ内に一度EV領域が出現すると、SOCが35%を下回るまでは、この領域は出現し続ける。
【0045】
SOC<35%のときは、図5の通常モードマップにおいてEV走行モード領域が消滅する。モードマップ内からEV走行モード領域が消滅すると、SOCが50%に到達するまでは、この領域は消滅し続ける。
【0046】
動作点指令部400では、アクセルペダル開度APOと、目標駆動力tFoO(ドライバ要求トルク)と、目標モードと、車速VSPと、目標充放電電力tPとから、これらの動作点到達目標として、過渡的な目標エンジントルクと目標モータジェネレータトルクと目標第2クラッチ伝達トルク容量TCL2*と自動変速機ATの目標変速段と第1クラッチソレノイド電流指令を演算する。また、動作点指令部400には、EV走行モードからHEV走行モードに遷移するときにエンジンEを始動するエンジン始動制御部が設けられている。
【0047】
変速制御部500では、シフトマップに示すシフトスケジュールに沿って、目標第2クラッチ伝達トルク容量TCL2*と目標変速段を達成するように自動変速機AT内のソレノイドバルブを駆動制御する。尚、シフトマップは、車速VSPとアクセルペダル開度APOに基づいて予め目標変速段が設定されたものである。
【0048】
〔WSC走行モードについて〕
次に、WSC走行モードの詳細について説明する。WSC走行モードとは、エンジンEが作動した状態を維持している点に特徴があり、ドライバ要求トルク変化に対する応答性が高い。具体的には、第1クラッチCL1を完全締結し、第2クラッチCL2をドライバ要求トルクに応じた伝達トルク容量TCL2としてスリップ制御し、エンジンE及び/又はモータジェネレータMGの駆動力を用いて走行する。
【0049】
実施例1のハイブリッド車両では、トルクコンバータのように回転数差を吸収する要素が存在しないため、第1クラッチCL1と第2クラッチCL2を完全締結すると、エンジンEの回転数に応じて車速が決まってしまう。エンジンEには自立回転を維持するためのアイドル回転数による下限値が存在し、このアイドル回転数は、エンジンの暖機運転等によりアイドルアップを行っていると、更に下限値が高くなる。また、ドライバ要求トルクが高い状態では素早くHEV走行モードに遷移できない場合がある。
【0050】
一方、EV走行モードでは、第1クラッチCL1を解放するため、上記エンジン回転数による下限値に伴う制限はない。しかしながら、バッテリSOCに基づく制限によってEV走行モードによる走行が困難な場合や、モータジェネレータMGのみでドライバ要求トルクを達成できない領域では、エンジンEによって安定したトルクを発生する以外に手段がない。
【0051】
そこで、上記下限値に相当する車速よりも低車速領域であって、かつ、EV走行モードによる走行が困難な場合やモータジェネレータMGのみではドライバ要求トルクを達成できない領域では、エンジン回転数を所定の下限回転数に維持し、第2クラッチCL2をスリップ制御させ、エンジントルクを用いて走行するWSC走行モードを選択する。
【0052】
図8はWSC走行モードにおけるエンジン動作点設定処理を表す概略図、図9はWSC走行モードにおけるエンジン目標回転数を表すマップである。WSC走行モードにおいて、運転者がアクセルペダルを操作すると、図9に基づいてアクセルペダル開度に応じた目標エンジン回転数特性が選択され、この特性に沿って車速に応じた目標エンジン回転数が設定される。そして、図8に示すエンジン動作点設定処理によって目標エンジン回転数に対応した目標エンジントルクが演算される。
【0053】
ここで、エンジンEの動作点をエンジン回転数とエンジントルクにより規定される点と定義する。図8に示すように、エンジン動作点は、エンジンEの出力効率が高い動作点を結んだ線(以下、α線)上で運転することが望まれる。
【0054】
しかし、上述のようにエンジン回転数を設定した場合、運転者のアクセルペダル操作量(ドライバ要求トルク)によってはα線から離れた動作点を選択することとなる。そこで、エンジン動作点をα線に近づけるために、目標エンジントルクは、α線を考慮した値にフィードフォワード制御される。
【0055】
一方、モータジェネレータMGは、設定されたエンジン回転数を目標回転数とする回転数フィードバック制御が実行される。今、エンジンEとモータジェネレータMGは直結状態とされていることから、モータジェネレータMGが目標回転数を維持するように制御されることで、エンジンEの回転数も自動的にフィードバック制御されることとなる。
【0056】
このとき、モータジェネレータMGが出力するトルクは、α線を考慮して決定された目標エンジントルクとドライバ要求トルクとの偏差を埋めるように自動的に制御される。モータジェネレータMGでは、上記偏差を埋めるように基礎的なトルク制御量(回生・力行)が与えられ、更に、目標エンジン回転数と一致するようにフィードバック制御される。
【0057】
あるエンジン回転数において、ドライバ要求トルクがα線上の駆動力よりも小さい場合、エンジン出力トルクを大きくした方がエンジン出力効率は上昇する。このとき、出力を上げた分のエネルギをモータジェネレータMGにより回収することで、第2クラッチCL2に入力されるトルク自体はドライバ要求トルクとしつつ、効率の良い発電が可能となる。ただし、バッテリSOCの状態によって発電可能なトルク上限値が決定されるため、バッテリSOCからの要求発電出力(SOC要求発電電力)と、現在の動作点におけるトルクとα線上のトルクとの偏差(α線発電電力)との大小関係を考慮する必要がある。
【0058】
図8(a)は、α線発電電力がSOC要求発電電力よりも大きい場合の概略図である。SOC要求発電電力以上にはエンジン出力トルクを上昇させることができないため、α線上に動作点を移動させることはできない。ただし、より効率の高い点へ移動させることで燃費効率を改善する。
【0059】
図8(b)は、α線発電電力がSOC要求発電電力よりも小さい場合の概略図である。SOC要求発電電力の範囲内であれば、エンジン動作点をα線上に移動させることができるため、この場合は、最も燃費効率の高い動作点を維持しつつ発電することができる。
【0060】
図8(c)は、エンジン動作点がα線よりも高い場合の概略図である。ドライバ要求トルクに応じた動作点がα線よりも高いときは、バッテリSOCに余裕があることを条件として、エンジントルクを低下させ、不足分をモータジェネレータMGの力行により補う。これにより、燃費効率を高くしつつドライバ要求トルクを達成することができる。
【0061】
次に、WSC走行モード領域を、推定勾配に応じて変更している点について説明する。図10は車速を所定状態で上昇させる際のエンジン回転数マップである。平坦路において、アクセルペダル開度がAPO1よりも大きな値の場合、WSC走行モード領域は下限車速VSP1よりも高い車速領域まで実行される。このとき、車速の上昇に伴って図9に示すマップのように徐々に目標エンジン回転数は上昇する。そして、VSP1'に相当する車速に到達すると、第2クラッチCL2のスリップ状態は解消され、HEV走行モードに遷移する。
【0062】
推定された路面勾配が所定勾配(g1もしくはg2)より大きい勾配路において、上記と同じ車速上昇状態を維持しようとすると、それだけ大きなアクセルペダル開度となる。このとき、第2クラッチCL2の伝達トルク容量TCL2は平坦路に比べて大きくなる。この状態で、仮に図9に示すマップのようにWSC走行モード領域を拡大してしまうと、第2クラッチCL2は強い締結力でのスリップ状態を継続することとなり、発熱量が過剰となるおそれがある。そこで、推定された路面勾配が大きい勾配路のときに選択される図6の勾配路対応モードマップでは、WSC走行モード領域を不要に広げることなく、車速VSP1に相当する領域までとする。これにより、WSC走行モードにおける過剰な発熱を回避する。
【0063】
(発進時駆動トルク上昇勾配制御)
次に、勾配路における発進時の駆動トルク上昇勾配制御について説明する。運転者の発進意図に基づいて車両が発進する際、アクセルペダル開度が踏み込まれると、目標駆動トルクが上昇する。このとき、動作点指令部400では、過渡的な目標第2クラッチ伝達トルク容量TCL2*(以下、伝達トルク容量と記載する。)が演算され、この伝達トルク容量に応じた駆動トルクが出力される。平坦路にあっては、適宜設定された伝達関数等に基づいて過渡的な伝達トルク容量が設定され、徐々に駆動トルクを増大し、車両のイナーシャトルクよりも大きな駆動トルクに到達したときに発進する。
【0064】
ここで、勾配路にあっては、車両のイナーシャトルクが大きくなり、平坦路と同じ過渡的な伝達トルク容量を設定したとしても、実際に車両の駆動トルクが勾配負荷トルク相当値まで上昇するのに時間がかかり、発進時における応答性が確保できない。そこで、推定された路面勾配が所定値(g1もしくはg2)以上の大きい勾配路において、すなわち、勾配路対応モードマップが選択されているときは、平坦路における伝達トルク容量(駆動トルク)の所定増加割合よりも大きな勾配路用増加割合に変更し(増加割合変更手段)、応答性の向上を図ることとした。
【0065】
図11は実施例1の発進時駆動トルク上昇勾配制御処理を表すフローチャートである。
ステップS1では、検知勾配すなわち推定された路面勾配が所定値以上か否かを判断し、所定値以上のときはステップS2に進み、それ以外のときはステップS7に進んで平坦路において設定される通常の目標駆動トルク増加割合を設定する。
ステップS2では、車速が略0か否かを判断し、略0のときはステップS3に進み、それ以外のときはステップS7に進んで通常の目標駆動トルク増加割合を設定する。尚、略0とは、例えば時速1〜2km/h程度の極低車速を含むものであり、車両が確実に発進し始めたことを表す値である。
ステップS3では、路面勾配が所定値以上、かつ、車速が略0の状態が所定時間以上継続したか否かを判断し、所定時間以上継続したと判断したときはステップS4に進み、それ以外のときはステップS7に進んで通常の目標駆動トルク増加割合を設定する。
【0066】
ステップS4では、目標駆動トルクが勾配負荷トルク相当値以上か否かを判断し、勾配負荷トルク相当値未満のときはステップS5に進んで目標駆動トルクの増加割合を勾配路用増加割合に設定する(増加割合変更手段に相当)。尚、この勾配路用増加割合は、運転者のアクセルペダル開度が大きい程、大きな増加割合となるように設定することで、より運転者の意図に沿った発進状態を達成する。
【0067】
一方、勾配負荷トルク相当値以上のときはステップS6に進んで目標駆動トルクの増加割合を勾配路用増加割合よりも小さな増加割合である第2の勾配路用増加割合に設定する。この第2の勾配路用増加割合は、第2クラッチCL2においてジャダーが発生するのを抑制するためのものである。
【0068】
次に、上記制御フローに基づく作用について説明する。図12は実施例1の発進時駆動トルク上昇勾配制御時のタイムチャートである。初期条件は、高勾配路においてブレーキペダルが踏み込まれ、車両停止状態とする。
【0069】
時刻t1において、運転者がアクセルペダルを踏み込むと、アクセルペダル開度に応じた目標駆動トルク及び過渡的な目標駆動トルクが設定される。このとき、通常の過渡的な目標駆動トルクの増加割合よりも大きな増加割合である勾配路用増加割合によって過渡的な目標駆動トルク(すなわち第2クラッチCL2の伝達トルク容量)が上昇する。
時刻t2において、過渡的な目標駆動トルクが勾配負荷トルク相当値に到達すると、勾配負荷トルク相当値に打ち勝って車両が発進開始可能な状態となる。このとき、通常の過渡的な目標駆動トルク増加割合よりも大きな増加割合で過渡的な目標駆動トルクを増加させたため、通常よりも早いタイミングで発進開始可能状態を達成できる。このとき、発進後に第2クラッチCL2の伝達トルク容量の上昇勾配が高いままだと、ジャダーが発生するおそれがあることから、発進可能状態に到達した後は、勾配路用増加割合よりも小さな第2の勾配路用増加割合に変更し、ジャダーを回避しつつ発進する。
時刻t3において、過渡的な目標駆動トルクがアクセルペダル開度に応じた目標駆動トルクに到達すると、過渡的な目標駆動トルクからアクセルペダル開度に応じた目標駆動トルクに切り換えられる。尚、過渡的な目標駆動トルクがアクセルペダル開度に応じた目標駆動トルクに到達する前に車両が動き出し、車速が略0よりも大きくなった場合には、通常の過渡的な目標駆動トルク増加割合に変更することで、スムーズな車両発進をする。
【0070】
以上説明したように、実施例1のハイブリッド車両にあっては、下記に列挙する作用効果を得ることができる。
(1)駆動輪に駆動トルクを出力するエンジンE及びモータジェネレータMG(以下、動力源)と、路面勾配を検知する路面勾配推定演算部201(路面勾配検知手段)と、車両停止状態からの発進時、所定増加割合により前記動力源の駆動トルクを増加させるステップS7(駆動トルク制御手段)と、検知された路面勾配が所定以上のときは、所定増加割合よりも大きな勾配路用増加割合に変更するステップS5(増加割合変更手段)と、を備えた。
【0071】
よって、勾配路における発進時の応答性を向上することができる。すなわち、高勾配路における車両発進時、実際に車両が移動を開始する前段階において、駆動トルクを素早く立ち上げることで、発進開始タイミングを早めることができる。
【0072】
(2)ステップS5(増加割合変更手段)は、アクセルペダル開度が大きい程、増加割合を大きくする。これにより、運転者の意図に沿った発進状態を達成することができる。
【0073】
(3)動力源と駆動輪との間に介装され動力源と駆動輪とを断接する第2クラッチCL2(締結要素)を有し、ステップS5,S6,S7(駆動トルク制御手段)は、第2クラッチCL2の伝達トルク容量を制御することで駆動トルクを増加させる。すなわち、第2クラッチCL2をスリップ制御しつつ発進することで、エンジンEやモータジェネレータMGにおいてトルク変動が生じた場合の駆動輪への影響を抑制することができる。
【0074】
(4)検知された路面勾配に基づいて車輪に作用する勾配負荷トルク相当値を演算する勾配負荷トルク相当値演算部600(勾配負荷トルク相当値演算手段)を有し、ステップS6(増加割合変更手段)は、大きな勾配路用増加割合に変更後、駆動トルクが勾配負荷トルク相当値以上に到達したときは、勾配路用増加割合よりも小さな第2の勾配路用増加割合に変更する。よって、車両発進後の第2クラッチCL2におけるジャダーを回避することができる。
【0075】
以上、本発明を実施例1に基づいて説明したが、具体的な構成は他の構成であってもよい。例えば、実施例1では、ハイブリッド車両に適用したが、エンジンのみ、もしくはモータのみを備えた車両であっても、同様に適用可能である。また、実施例1では、ジャダーを回避するために第2の勾配路用増加割合を設定したが、車速が略0から発進し始めた段階で通常の過渡的な所定増加割合に変更するように構成してもよい。
【0076】
また、実施例1では、FR型のハイブリッド車両について説明したが、FF型のハイブリッド車両であっても構わない。
【符号の説明】
【0077】
E エンジン
CL1 第1クラッチ
MG モータジェネレータ
CL2 第2クラッチ
AT 自動変速機
1 エンジンコントローラ
2 モータコントローラ
3 インバータ
4 バッテリ
5 第1クラッチコントローラ
6 第1クラッチ油圧ユニット
7 ATコントローラ
8 第2クラッチ油圧ユニット
9 ブレーキコントローラ
10 統合コントローラ
24 ブレーキ油圧センサ
100 目標駆動力演算部
200 モード選択部
300 目標充放電演算部
400 動作点指令部
500 変速制御部
【特許請求の範囲】
【請求項1】
駆動輪に駆動トルクを出力する動力源と、
路面勾配を検知する路面勾配検知手段と、
車両停止状態からの発進時、所定増加割合により前記動力源の駆動トルクを増加させる駆動トルク制御手段と、
前記検知された路面勾配が所定以上のときは、前記所定増加割合よりも大きな勾配路用増加割合に変更する増加割合変更手段と、
を備えたことを特徴とする車両の制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両の制御装置において、
前記増加割合変更手段は、アクセルペダル開度が大きい程、増加割合を大きくすることを特徴とする車両の制御装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の車両の制御装置において、
前記動力源と前記駆動輪との間に介装され前記動力源と前記駆動輪とを断接する締結要素を有し、
前記駆動トルク制御手段は、前記締結要素の伝達トルク容量を制御することで駆動トルクを増加させることを特徴とする車両の制御装置。
【請求項4】
請求項1ないし3いずれか一つに記載の車両の制御装置において、
前記検知された路面勾配に基づいて車輪に作用する勾配負荷トルク相当値を演算する勾配負荷トルク相当値演算手段を有し、
前記増加割合変更手段は、前記大きな勾配路用増加割合に変更後、前記駆動トルクが前記勾配負荷トルク相当値以上に到達したときは、前記勾配路用増加割合よりも小さな第2の勾配路用増加割合に変更することを特徴とする車両の制御装置。
【請求項1】
駆動輪に駆動トルクを出力する動力源と、
路面勾配を検知する路面勾配検知手段と、
車両停止状態からの発進時、所定増加割合により前記動力源の駆動トルクを増加させる駆動トルク制御手段と、
前記検知された路面勾配が所定以上のときは、前記所定増加割合よりも大きな勾配路用増加割合に変更する増加割合変更手段と、
を備えたことを特徴とする車両の制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両の制御装置において、
前記増加割合変更手段は、アクセルペダル開度が大きい程、増加割合を大きくすることを特徴とする車両の制御装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の車両の制御装置において、
前記動力源と前記駆動輪との間に介装され前記動力源と前記駆動輪とを断接する締結要素を有し、
前記駆動トルク制御手段は、前記締結要素の伝達トルク容量を制御することで駆動トルクを増加させることを特徴とする車両の制御装置。
【請求項4】
請求項1ないし3いずれか一つに記載の車両の制御装置において、
前記検知された路面勾配に基づいて車輪に作用する勾配負荷トルク相当値を演算する勾配負荷トルク相当値演算手段を有し、
前記増加割合変更手段は、前記大きな勾配路用増加割合に変更後、前記駆動トルクが前記勾配負荷トルク相当値以上に到達したときは、前記勾配路用増加割合よりも小さな第2の勾配路用増加割合に変更することを特徴とする車両の制御装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2012−153175(P2012−153175A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−11529(P2011−11529)
【出願日】平成23年1月24日(2011.1.24)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年1月24日(2011.1.24)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】
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