説明

車両の制御装置

【課題】スタビリティファクタ演算式の補正を違和感やドライバビリティを損なうことなく実行する。
【解決手段】補正前の演算式で求められた駆動力の補正量と、補正後の演算式で求められた駆動力の補正量との差を算出し、その補正量の差が予め定めた判断基準値より大きいか否かを判定(ステップS15)し、補正量の差が予め定めた判断基準値より大きいことが判定された場合、スタビリティファクタを目標値に近づけるように駆動力を制御していることが判定(ステップS17)されれば、演算式の補正を禁止(リターン)し、かつ前記駆動力を制御していることが判定されなければ、演算式の補正を実行(ステップS18)する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、スタビリティファクタを利用して、車両の挙動が目標とする挙動となるように、駆動力を制御する装置に関し、特にそのスタビリティファクタを適正化するように構成された装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
スタビリティファクタは、車両の挙動に大きく影響する要因であって、基本的には、加速や減速のない定常的な旋回状態を想定した場合、車両の慣性質量、ホイールベース、前後輪のコーナリングパワー(コーナリングフォース)もしくはスティフネス、車両重心点と前後車軸との間の距離によって表され、あるいは実舵角、ホイールベース、横加速度、車速に基づいて求めることができる。これを、駆動あるいは制動を伴う旋回状態にまで拡張できることが知られており、前後加速度に係数を掛けた項と、前後加速度の二乗に係数を掛けた項とを、加減速ない状態でのスタビリティファクタに加算する二次式で与えられる。なお、それらの係数は、駆動あるいは制動による荷重移動およびトー角変化とコンプライアンスによるもの、ならびに駆動力や制動力の働くタイヤのコーナリング特性によるものである。
【0003】
スタビリティファクタの大小に応じて旋回時のヨーレートや旋回半径などが大小に異なり、したがってスタビリティファクタは車両のステア特性を支配する重要なパラメータである。そのスタビリティファクタは、基本的には、車両の構造やタイヤの特性などに基づいて決まるが、前後輪のコーナリングパワーは前後輪に掛かる荷重や経時劣化などによって変化することがあり、またいわゆる拡張されたスタビリティファクタでは、前後加速度の一次の項の係数や二次の項の係数が設計上定めた値のとおりにならない場合がある。
【0004】
従来、スタビリティファクタを使用して車両の駆動トルクなどの所定の物理量を制御する装置が知られており、例えば特許文献1には、ドライバ操作外乱や路面外乱による影響を抑圧して車両の挙動を安定させるように構成されたシステムが記載されている。すなわち、特許文献1に記載されたシステムは、スタビリティファクタが前後車輪の接地荷重の影響を受けることに着目し、スタビリティファクタを決める要因である、前後輪のコーナリングパワーとその車両重心点からの距離との積(すなわち前後輪のコーナリングパワーに基づくモーメント)の差が、目標値に追従するように車軸トルクを補正するように構成されている。
【0005】
また従来、車両の挙動制御のためにスタビリティファクタを補正することが試みられており、例えば特許文献2には、設計上設定したスタビリティファクタと実スタビリティファクタとの差が大きい場合には,車両の挙動制御や駆動力制御に使用するスタビリティファクタを、実スタビリティファクタに置き換えるように構成された方法が記載されている。すなわち、特許文献2に記載された方法では、車両の工場出荷時などに定常円旋回走行を行ってその際の各種の特性を実測し、その実測して得たデータに基づいて実スタビリティファクタを演算し、その実スタビリティファクタと予め格納しているスタビリティファクタとを比較し、その比較の結果に基づいて、必要に応じてスタビリティファクタを置換している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−256636号公報
【特許文献2】特開2006−131052号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載されたシステムは、スタビリティファクタが目標値に追従するように車両を制御するから、旋回特性を向上させることが可能であるが、そのスタビリティファクタは前述したように、車両の慣性質量、ホイールベース、前後輪のコーナリングパワー(コーナリングフォース)もしくはスティフネス、車両重心点と前後車軸との間の距離などによって決まるから、これらのパラメータが特許文献2に記載されているように、必ずしも設計上想定した値にならないことがあり、その場合には、所期の旋回性能を得ることができなくなる。そこで特許文献2に記載された発明では、一定車速で所定の操舵パターンで走行しながら、車両の特性値を求め、求めた特性値に基づいて車両挙動制御装置の制御の基準値であるスタビリティファクタを設定することとしている。
【0008】
特許文献2に記載されているようにスタビリティファクタを実際の走行で得られたデータに基づいて設定すれば、車両の個体差や経時変化などに起因する誤差を補正することができる。しかしながら、このようにしてスタビリティファクタを修正すれば、スタビリティファクタを利用して設定している駆動力もしくはその駆動力目標値がスタビリティファクタの修正に伴って変化する。そのため、特許文献1に記載されているように、スタビリティファクタのいわゆる目標値追従制御を実行している状態では、スタビリティファクタあるいはその演算式の修正がいわゆる外乱として作用することがあり、その場合には、駆動力の過不足もしくは変化が生じ、これは運転者の意図しないものであることにより、運転者に違和感を与え、あるいはドライバビリティを低下させる要因になる可能性がある。
【0009】
この発明は上記の技術的課題に着目してなされたものであり、違和感やドライバビリティの低下などを招来することなくスタビリティファクタを適正化することのできる車両の制御装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の目的を達成するために、請求項1の発明は、前後加速度が生じている状態での旋回時のスタビリティファクタを目標値に近づけるように駆動力を制御し、かつ実際に走行して得られたデータに基づいて前記スタビリティファクタの演算式を補正するように構成された車両の制御装置において、前記補正を施していない前記演算式で求められた駆動力の補正量と、前記補正が施された前記演算式で求められた駆動力の補正量との差が予め定めた判断基準値より大きいか否かを判定する補正量判定手段と、前記スタビリティファクタを目標値に近づけるように駆動力を制御していることを判定する駆動力制御実行判定手段と、前記補正量の差が予め定めた判断基準値より大きいことが前記補正量判定手段で判定された場合、前記スタビリティファクタを目標値に近づけるように駆動力を制御していることが前記駆動力制御実行判定手段で判定されれば、前記演算式の補正を禁止し、かつ前記スタビリティファクタを目標値に近づけるように駆動力を制御していることが前記駆動力制御実行判定手段で判定されなければ、前記演算式の補正を実行する補正許可手段とを備えていることを特徴とするものである。
【0011】
請求項2の発明は、請求項1の発明において、前記補正量の差が予め定めた判断基準値以下であることが前記補正量判定手段で判定された場合、前記演算式の補正を実行する補正実行手段を更に備えていることを特徴とする車両の制御装置である。
【0012】
請求項3の発明は、請求項1または2の発明において、前記判断基準値は、前記補正量の差に相当する駆動力の変化を運転者が弁別できない範囲の最大値に基づいて設定されていることを特徴とする車両の制御装置である。
【0013】
請求項4の発明は、請求項1ないし3のいずれかの発明において、前記補正量の差が予め定めた判断基準値より大きいことが前記補正量判定手段で判定された場合、その補正量の差に相当する駆動力の変化を予め定めた基準時間内で生じさせた場合の駆動力変化速度が基準変化速度以下か否かを判定する変化速度判定手段と、前記駆動力変化速度が前記基準変化速度以下であることが前記変換速度判定手段で判定された場合に、前記演算式の補正を実行するとともに前記駆動力を前記基準変化速度以下の速度で変化させる駆動力制御手段とを更に備えていることを特徴とする車両の制御装置である。
【0014】
請求項5の発明は、請求項4の発明において、前記基準変化速度は、運転者が知覚できる前後加速度変化速度の最大値に基づいて設定されていることを特徴とする車両の制御装置である。
【発明の効果】
【0015】
請求項1の発明によれば、スタビリティファクタを求める演算式が実際の走行状態に基づいて補正される。その補正に伴って変化する駆動力が判断基準値より大きい場合、スタビリティファクタをその目標値に近づけるように駆動力が制御されていれば、上記の補正が禁止される。したがって、駆動力の制御が重畳することがないので、違和感が生じたりドライバビリティが悪化するなどの事態を防止もしくは抑制することができる。また、スタビリティファクタをその目標値に追従させる駆動力制御が実行されていない場合には、上記の補正が実行され、したがってスタビリティファクタを実際の車両の状態に迅速に合わせることができ、また駆動力制御が重畳することがないので、違和感が生じたりドライバビリティが悪化するなどの事態を防止もしくは抑制することができる。
【0016】
これに対して、前記演算式の補正に伴って変化する駆動力が判断基準値以下の場合には、上記の補正が実行され、その結果、スタビリティファクタを実際の車両の状態に迅速に合わせることができ、また駆動力制御が重畳することがないので、違和感が生じたりドライバビリティが悪化するなどの事態を防止もしくは抑制することができる。
【0017】
さらに、この発明では、前記演算式の補正に伴って変化する駆動力が判断基準値より大きいとしても、前記スタビリティファクタを目標値に通常させるように駆動力を制御していない状態では、運転者が知覚できない変化速度範囲で駆動力を変化させ、また上記の補正を行うので、スタビリティファクタを実際の車両の状態に迅速に合わせることができ、また駆動力制御が重畳することがないので、違和感が生じたりドライバビリティが悪化するなどの事態を防止もしくは抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】この発明の制御装置で実行される制御の一例を説明するためのフローチャートである。
【図2】この発明で対象とすることのできる車両の駆動系統および制御系統を簡略化して示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
この発明は、スタビリティファクタが目標値に追従して変化するように車両の前後加速度あるいは駆動力を制御するにあたり、車両の各部の経時変化や個体差などの影響を可及的に少なくするようにスタビリティファクタを補正するように構成された装置である。このような制御の対象となる車両は、内燃機関やモータなどを動力源とした前輪駆動車や後輪駆動車あるいは四輪駆動車などであってよい。エンジンによって後輪を駆動する二輪駆動車の駆動系統および制御系統の一例を図2にブロック図で示してある。図2に示す動力源1は、走行ための動力や電力あるいは制御用の油圧などを発生するためのものであって、内燃機関やモータあるいはこれらを組み合わせたハイブリッド装置、および変速機ならびに発電機や油圧ポンプなどを備えている。したがって、この動力源1から前後四つの車輪2もしくは前後いずれかの二つの車輪2に駆動力を伝達するように構成されている。なお、図2には特には図示していないが、操舵装置やブレーキ装置など通常の車両に備えられている走行のための各種装置が備えられている。
【0020】
動力源1における内燃機関やモータもしくはハイブリッド装置の出力や変速機の変速比などを制御するパワートレーンECU(電子制御装置)3が設けられている。このパワートレーンECU3は、マイクロコンピュータを主体にして構成され、入力されたデータや予め記憶しているデータならびにプログラムに従って演算を行い、その演算結果に応じて内燃機関やモータの出力あるいは変速比もしくは制動力などを制御するように構成されている。そして、このパワートレーンECU3に検出データを入力するセンサ類4が設けられており、そのセンサ類4には、車輪速度を検出する車輪速センサ、車両に生じている前後加速度(前後G)を検出する前後加速度センサ、車両が旋回している際に生じる横加速度(横G)を検出する横加速度センサ、操舵角度を検出する操舵角センサなどが含まれる。なお、これらのセンサは、従来の車両に搭載されているもので同様のものであってよい。
【0021】
上記の車両を対象とするこの発明に係る制御装置は、旋回特性を左右するスタビリティファクタもしくはそのスタビリティファクタについての演算式における係数を、実際の走行状態に基づいて補正し、その補正に基づく駆動力の制御を、違和感やドライバビリティの悪化を抑制するために、所定の条件が成立することにより実行するように構成されている。その制御の一例を図1にフローチャートで示してある。図1に示すルーチンは、短い時間間隔で繰り返し実行され、先ず、乖離算出カウンタkが「1」か否かが判定される(ステップS1)。この乖離算出カウンタkは、スタビリティファクタについての理論値と実際値との乖離を補正する制御が終了したか否かを判定するためのカウンタ(もしくはフラグ)であって、終了していない場合および当初は「0」に設定され、後述するように補正値が求められることにより「1」に設定される。制御の開始当初は、乖離算出カウンタkが「0」に設定されているので、ステップS1で否定的に判断され、その場合、図1に示すルーチンを1回実行するサイクルタイムを「1」として、「1」ずつタイマーがカウントアップ(t=t+1)され、またカウンタiが1サイクルを「1」として「1」ずつインクリメント(i=i+1)される(ステップS2)。
【0022】
ついで、車両が旋回しているか否かが判断される(ステップS3)。これは、例えば検出された横加速度に基づいて判断することができ、旋回判定のための横加速度についてのしきい値を予め用意しておき、検出された横加速度がそのしきい値を超えた場合に、車両が旋回していると判断すればよい。車両が旋回していないことによりステップS1で否定的に判断された場合には、特に制御を行うことなくこのルーチンを一旦終了する。すなわちリターンする。これとは反対に横加速度が大きいなどのことにより車両が旋回しているとされる場合には、ステップS1で肯定的に判断され、ドライバによる現在のアクセル操作に基づく車両の前後加速度Gxcurr がi番目の加速度として格納される(ステップS4)。なお、図1において、Gx[i]は前後加速度格納変数であり、当初はGx[i]=0である。また、その前後加速度Gxcurr は、加速度センサによって検出したものであってよく、あるいはアクセル操作量もしくはそれに対応したスロットル開度から駆動力をを求め、その駆動力と車体重量などとから算出した前後加速度であってもよい。
【0023】
つぎに、格納数iについて判定される(ステップS5)。すなわち、図1のルーチンを開始した直後では「i=1」か否かが判断される。1番目の前後加速度Gxcurr が得られている場合には、ステップS5で肯定的に判断され、その場合はその現在時点の横加速度Gyreal と、車速Vと、実舵角δとから実スタビリティファクタkhcurrが求められ、これが格納される(ステップS6)。すなわち、「kh[i]=khcurr」と置かれる。なお、実スタビリティファクタkhcurrは、
khcurr=(δ/LGyreal)−(1/V) (L:ホイールベース)
で演算される。
【0024】
実スタビリティファクタkhcurrを格納した後、格納数iが「3」になっているか否かが判断される(ステップS7)。1番目の前後加速度Gxcurr が得られている時点では、「i=1」であるためにステップS7で否定的に判断され、リターンする。その場合、上記のステップS1では否定的に判定されるから、ステップS2で「i=2」とされる。そして、旋回が継続していればステップS3で肯定的に判断されるから、ステップS4で2番目の前後加速度Gx[2]が算出される。
【0025】
カウンタの値iは「2」になっているので、ステップS5で否定的に判断される。この場合は、ステップS8に進んで、今回格納した前後加速度Gx[2]と前回格納した前後加速度Gx[1]と差の絶対値が予め定めた基準値Xより大きいか否かが判断される。この基準値Xは、前後加速度Gxの実質的な変化の有無を判断するためのものであり、後述するように、拡張されたスタビリティファクタを定義する方程式における係数を求める三元連立一次方程式を得るのに十分に異なる前後加速度Gxを判断できる値として予め定めることができ、また比較的短時間の間に生じる前後加速度Gxの変化の範囲の値とすることができる。基準値Xが大きい値であると、(i+1)番目の前後加速度Gxを格納するまでに長時間を要してしまうからである。
【0026】
前後加速度Gxの差の絶対値が基準値Xを超えていることによりステップS8で肯定的に判断された場合には、格納数iが「2」になっているか否かが判断される(ステップS9)。前述したようにステップS2で「i+1=2」になっているので、ステップS9で肯定的に判断される。ステップS9で肯定的に判断されると、前述したステップS6に進み、現在時点の横加速度Gyreal と、車速Vと、実舵角δとから実スタビリティファクタkhcurrが求められ、これが格納される。すなわち、「kh[i]=khcurr」と置かれる。この場合、「i」は「2」である。なお、実スタビリティファクタを求める演算式は上述したとおりである。ステップS6の制御に続けて、ステップS7に進んで格納数iが「3」になっているか否かが判断される。前述したように、格納数iは順に増大するが、ステップS5の判断で2回目であれば、「i=2」であるからステップS5で否定的に判断され、リターンする。
【0027】
再度実行されるサイクルでステップS1の判定結果は否定的になるので、再度ステップS2に進んでカウントアップされ、「i=3」とされる。そして、旋回が継続していればステップS3で肯定的に判断されるから、ステップS4で3番目の前後加速度Gx[3]が算出される。カウントの値iは「3」になっているので、ステップS5で否定的に判断される。この場合は、上記の場合と同様に、ステップS8に進んで、今回格納した前後加速度Gx[3]と前回格納した前後加速度Gx[2]と差の絶対値が予め定めた基準値Xより大きいか否かが判断される。
【0028】
前後加速度Gxの差の絶対値が基準値Xを超えていることによりステップS8で肯定的に判断された場合には、前回のサイクルにおける場合と同様に、ステップS9において、格納数iが「2」になっているか否かが判断される。前述したようにステップS2で「i+1=3」になっているので、今回はステップS9で否定的に判断される。この場合は、今回得られた前後加速度Gx[3]と第1番目の前後加速度Gx[i-2=1]との差の絶対値が基準値Xを超えているか否かが判断される(ステップS10)。このステップS9で肯定的に判断された場合には、前述したステップS6およびステップS7に順に進む。すなわち、その時点のスタビリティファクタkhcurrが求められて「kh[i]=khcurr」と置かれ、また、格納数iが「3」になっているか否かが判断される。
【0029】
なお、上述したステップS8もしくはステップS10のいずれかで否定的に判断された場合、すなわち前後加速度の変化幅の絶対値が基準値X以下の場合、前回補正を行った時からの経過時間すなわちタイマのカウント値tが判定しきい値tx以上か否かが判断される(ステップS11)。その判定しきい値txは、設計上、補正制御期間の好ましい長さを規定する値として適宜に定めることができ、その場合、一定値としてもよく、あるいは車両の走行距離や使用年数などに応じて変化する変数として設定することもできる。
【0030】
このステップS11で否定的に判断された場合、すなわち前回の更新からの経過時間が判定しきい値txに到っていない場合には、特に制御を行うことなくリターンする。これとは反対に前回の更新からの経過時間tが判定しきい値tx以上になっていてステップS11で肯定的に判断された場合には、制御によって前後加速度Gxを付与する(ステップS12)。この制御は、エンジンのスロットル開度を変化させ、あるいは変速機で変速を生じさせることにより実行することができる。また、制御によって変化させる前後加速度Gxの目標値Gxは、下記の式を満たすように設定される。
|Gx−Gx[i-1]|>X
【0031】
したがって、ステップS12の制御によって生じた前後加速度Gxが今回の前後加速度Gx[i]として格納され、またその際の実スタビリティファクタkhcurrがkh[i]として格納される(ステップS6)。以下、第1回目の格納の場合と同様に、ステップS7に進む。
【0032】
上述のようにして三つのスタビリティファクタkh[i=1,2,3]が求められると、格納数iが既に「3」になっているので、ステップS7で肯定的に判断される。すなわち、既に三つの実スタビリティファクタkh[1],kh[2],kh[3]および前後加速度Gx1,Gx2,Gx3が得られているので、下記の三元連立一次方程式が成立する。
kh1=kh0’+kh1’Gx1+kh2’Gx1
kh2=kh0’+kh1’Gx2+kh2’Gx2
kh3=kh0’+kh1’Gx3+kh2’Gx3
【0033】
したがってステップS7で肯定的に判断された場合、上記の三元連立一次方程式に基づいて、前後加速度が生じている場合の旋回時にまで拡張したスタビリティファクタの定義式における係数kh0’,kh1’,kh2’が算出され、同時に乖離算出カウンタkが「1」にセットされる(ステップS13)。こうして、補正前の係数kh0,kh1,kh2によるスタビリティファクタの演算式と、補正後の係数kh0’,kh1’,kh2’によるスタビリティファクタの演算式とが得られる。なお、前後加速度と前後駆動力とは比例関係にある。したがって、この関係を入れて、下記の二式が得られる。
Δkhhosei=kh0+kh1Gxp+kh2Gxp
Δkhhosei=kh0’+kh1’Gxq+kh2’Gxq
ここで、Δkhhoseiは現在時点の実スタビリティファクタと目標スタビリティファクタとの差であり、Gxpは補正前の各係数kh0,kh1,kh2を用いて算出した補正駆動力、Gxqは補正後の各係数kh0’,kh1’,kh2’を用いて算出した補正駆動力である。ステップS14でこのようにして各補正駆動力Gxp,Gxqが算出される。
【0034】
つぎにこれらの補正駆動力Gxp,Gxqの差の絶対値が予め定められた基準値αより大きいか否かが判断される(ステップS15)。これは、拡張されたスタビリティファクタを求める演算式における係数の乖離に起因する駆動力の偏差を補正することの可否を判定するためのものであり、その判断の基準値αは、駆動力の変化が違和感になったり、ドライバビリティを損なったりしない範囲の値として実験やシミュレーションなどによって予め決めておくことができる。
【0035】
補正駆動力Gxp,Gxqの差の絶対値が基準値αより大きいことによりステップS15で肯定的に判断された場合には、人間の知覚できる前後加速度の変化速度に基づいて駆動力の補正もしくは変更の可否が判定される(ステップS16)。例えば下記の関係が成立しているか否かが判定される。
|Gxp−Gxq|/Gx’≧T
ここで、Gx’は、人間の知覚できる最小の前後加速度変化速度(仮に、知覚限界変化速度とする)であり、実験などによって予め求めておくことができる。また、Tは補正限界時間であって、補正駆動力Gxp,Gxqの差の絶対値と上記の知覚限界変化速度との比率を判定するための基準となる値であり、ドライバビリティを損なわない程度の値として実験やシミュレーション等によって予め決めておくことができる。
【0036】
このステップS16で肯定的に判断された場合には、上述したスタビリティファクタを求める演算式の係数を変更することに起因する駆動力の変化が、運転者に体感される程度以上であることになり、その場合には、スタビリティファクタが目標値に追従するように駆動力を制御している状態か否かが判定される(ステップS17)。制御作動中であることによりステップS17で肯定的に判断された場合には、上記の各係数の更新などの補正もしくは制御を特に行うことなくリターンする。すなわち、スタビリティファクタのいわゆる目標値追従制御の実行中に、スタビリティファクタを演算する演算式もしくはその係数の補正に起因する駆動力の変更が重畳して生じると、違和感を生じたり、ドライバビリティが損なわれる可能性があるので、上記の係数や駆動力の補正量などが算出されているとしても、スタビリティファクタを演算する演算式もしくはその係数の補正に起因する駆動力の変更を禁止することとしたのである。
【0037】
一方、制御作動中でないことによりステップS17で否定的に判断された場合には、スタビリティファクタの定義式を使用した駆動力の制御が実行されていないので、その係数を補正しても駆動力が変化することがなく、したがって各係数kh0,kh1,kh2が補正後の各係数kh0’,kh1’,kh2’に変更され、また前述したカウント値iおよびタイマ値tならびに乖離算出カウンタkをそれぞれゼロリセットし(ステップS18)、リターンする。
【0038】
また、前述したステップS15で否定的に判断された場合、すなわち、補正駆動力Gxp,Gxqの差の絶対値が基準値α以下の場合、スタビリティファクタを演算する演算式もしくはその係数の補正に起因して駆動力が変化しても違和感やドライバビリティなどの点で特には問題が生じないので、各係数kh0,kh1,kh2が補正後の各係数kh0’,kh1’,kh2’に変更され(ステップS19)、また前述したカウント値iおよびタイマ値tならびに乖離算出カウンタkがそれぞれゼロリセットされ(ステップS20)、リターンする。
【0039】
さらにまた、ステップS16で否定的に判断された場合には、各補正駆動力Gxp,Gxqの差の絶対値すなわち駆動力の変化が、人間がその変化を弁別できない程度に小さいことになる。したがって、この場合は、上記の各係数kh0,kh1,kh2が補正後の各係数kh0’,kh1’,kh2’に変更され、それに伴う駆動力の変化を知覚限界変化速度Gx’の範囲内の変化分ΔGx で変化させ、さらに前述したカウント値iおよびタイマ値tならびに乖離算出カウンタkがそれぞれゼロリセットされ(ステップS21)、リターンする。
【0040】
この発明に係る制御装置は、上記のようにして、実測された前後加速度Gxに基づいて、前後加速度のある旋回状態にまで拡張されたスタビリティファクタkhを定義する二次方程式あるいはその係数を更新する。すなわち、実際に走行している車両で得られる横加速度および車速ならびに実舵角に基づいて実スタビリティファクタkh[i]を求めるとともに、その時点の前後加速度Gxを求め、これらの値を使用して一次方程式を立て、未知数が三つあることにより互いに異なる前後加速度Gxおよび実スタビリティファクタを使用して三元連立一次方程式を得、その三元連立一次方程式を解いて係数の値を求め、その係数を使用したスタビリティファクタの定義式を求めている。したがってその定義式は、車両の個体差や特性の経時変化など、設計値との齟齬を是正したものとなっており、車両毎に適正なスタビリティファクタを得ることができる。また特に、この発明に係る制御装置では、三元連立一次方程式を求めるに当たり、前後加速度Gxとして前記基準値Xを超えて異なる値のものを使用するから、更新された各係数やそれを用いた定義式が実際の車両の特性あるいは個体差を反映したものとなり、各係数や定義式を精度良く更新することができる。ひいては、旋回時の駆動力をその定義式で得られる前後加速度となるように制御することにより、安定した旋回走行を行うことが可能になってドライバビリティを向上させることができる。
【0041】
また、上記の図1に示す制御を実行するように構成された制御装置では、上記のステップS12を実行することにより、ドライバの操作による前後加速度Gxが大きく変化することを待つことなく、いわゆる強制的に前後加速度Gxを変化させるので、拡張されたスタビリティファクタの定義式の更新に遅れが生じることが回避もしくは抑制される。そのため、実際の値に対してずれている値のスタビリティファクタで操舵や前後加速度あるいはヨーレートなどが制御されることが回避もしくは抑制されてドライバビリティが向上する。
【0042】
そして、上記の更新もしくは補正に起因する駆動力の変更が運転者が体感する程度に大きい場合には、その駆動力の変更を、スタビリティファクタを目標値に追従させるように駆動力を制御している場合には禁止することとしたので、違和感が生じたり、ドライバビリティが損なわれたりすることを未然に回避もしくは抑制することができる。また、上記の更新もしくは補正に起因する駆動力の変更が運転者に体感されない程度もしくは知覚できない程度に小さい場合には、スタビリティファクタを目標値に追従させる制御中であっても駆動力を変化させるので、車両の旋回性能を遅れを生じることなく改善することができる。さらに、上記の駆動力の変化量が大きいとしても、その駆動力の変化割合(変化速度)が小さい場合には、その変化速度の限度内で変化させるので、違和感やドライバビリティを損なうことなく、しかも遅れを生じることなく旋回性能を改善することができる。
【0043】
ここで、上記の具体例とこの発明との関係を簡単に説明すると、上述したステップS15の制御を実行する機能的手段が、この発明における補正量判定手段に相当し、ステップS17の制御を実行する機能的手段が、この発明における駆動力制御実行判定手段に相当し、ステップS18の制御を実行する機能的手段が,この発明における補正許可手段に相当し、さらにステップS16の制御を実行する機能的手段が、この発明における変化速度判定手段に相当し、さらにステップS23の制御を実行する機能的手段が、この発明における駆動力制御手段に相当する。
なお、この発明は上記の具体例に限定されないのであって、スタビリティファクタの演算式もしくはその係数の補正は、上述した具体例で述べた手法以外に従来知られている手法で行ってもよい。
【符号の説明】
【0044】
1…動力源 2…車輪、 3…パワートレーンECU、 4…センサ類。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
前後加速度が生じている状態での旋回時のスタビリティファクタを目標値に近づけるように駆動力を制御し、かつ実際に走行して得られたデータに基づいて前記スタビリティファクタの演算式を補正するように構成された車両の制御装置において、
前記補正を施していない前記演算式で求められた駆動力の補正量と、前記補正が施された前記演算式で求められた駆動力の補正量との差が予め定めた判断基準値より大きいか否かを判定する補正量判定手段と、
前記スタビリティファクタを目標値に近づけるように駆動力を制御していることを判定する駆動力制御実行判定手段と、
前記補正量の差が予め定めた判断基準値より大きいことが前記補正量判定手段で判定された場合、前記スタビリティファクタを目標値に近づけるように駆動力を制御していることが前記駆動力制御実行判定手段で判定されれば、前記演算式の補正を禁止し、かつ前記スタビリティファクタを目標値に近づけるように駆動力を制御していることが前記駆動力制御実行判定手段で判定されなければ、前記演算式の補正を実行する補正許可手段と
を備えていることを特徴とする車両の制御装置。
【請求項2】
前記補正量の差が予め定めた判断基準値以下であることが前記補正量判定手段で判定された場合、前記演算式の補正を実行する補正実行手段を更に備えていることを特徴とする請求項1に記載の車両の制御装置。
【請求項3】
前記判断基準値は、前記補正量の差に相当する駆動力の変化を運転者が弁別できない範囲の最大値に基づいて設定されていることを特徴とする請求項1または2に記載の車両の制御装置。
【請求項4】
前記補正量の差が予め定めた判断基準値より大きいことが前記補正量判定手段で判定された場合、その補正量の差に相当する駆動力の変化を予め定めた基準時間内で生じさせた場合の駆動力変化速度が基準変化速度以下か否かを判定する変化速度判定手段と、
前記駆動力変化速度が前記基準変化速度以下であることが前記変換速度判定手段で判定された場合に、前記演算式の補正を実行するとともに前記駆動力を前記基準変化速度以下の速度で変化させる駆動力制御手段と
を更に備えていることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の車両の制御装置。
【請求項5】
前記基準変化速度は、運転者が知覚できる前後加速度変化速度の最大値に基づいて設定されていることを特徴とする請求項4に記載の車両の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−236486(P2012−236486A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−106228(P2011−106228)
【出願日】平成23年5月11日(2011.5.11)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】