説明

車両の前部構造

【課題】車体前部に衝突した後の歩行者の挙動をコントロールすることにより、路面への衝突による歩行者の頭部の傷害を軽減する。
【解決手段】車体11前部の下部を構成するフロントバンパ12が車体11下部から前方に突設され、車体11前部の中央部を構成するフロントパネル13がフロントバンパ12の上方に設けられ、更に車体11前部の上部を構成するウインドシールドガラス14がフロントパネル13の上方に設けられる。歩行者17が車体11の前部に衝突して車体11の前方に放出されたときに、歩行者17の脚部17aが車体11の前部から離れた前方に位置しかつ歩行者17の頭部17bが車体11の前部に近い前方に位置して接地するように、フロントバンパ12、フロントパネル13及びウインドシールドガラス14がそれぞれ形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キャブオーバ型トラック、ワンボックスカー、バス等の車両の前部構造に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、車両の前端上部の内側に設けられたエネルギー吸収部が略車両前後方向に延在する支持部を有し、この支持部が車両上方側へ入力される荷重に対する反力よりも車両下方側へ入力される荷重に対する反力の方が小さくなるように強度バランスが設定された車体前部構造が開示されている(例えば、特許文献1参照。)。この車体前部構造では、エネルギー吸収部が、車両の前端上部に配置された樹脂製のフロントエンドパネルとこのフロントエンドパネルの車両後方側に配置されたラジエータサポートアッパとを連結する金属製のブラケットである。このように構成された車体前部構造では、衝突体と前面衝突して衝突体の上部が車両の前端上部に当接すると、車両の前端上部に設けられたエネルギー吸収部の支持部により衝突体の上部が支えられて、エネルギー吸収部の支持部が衝突体の上部を支えるだけの車両前方側への反力を発揮する。このため、衝突体の上部の車両の前端上部への倒れ込みが抑制されて、衝突体の下部に対する上部の屈曲度合いが低減されるので、衝突体の下部に対する上部の屈曲度合いを抑制することができ、かつ仮に衝突体の上部が斜め上方から倒れ込んできた場合にエネルギー吸収部の支持部が比較的容易に車両下方側へ変形する。この結果、前面衝突時における歩行者の脚部の保護性能を向上できる。またフロントエンドパネルとラジエータサポートアッパとを金属製のブラケットによって連結したので、このブラケットが備える支持部によって衝突体の上部を支えることができるようになっている。なお、このブラケットはエネルギー吸収部として機能する要素であるため、衝突体との衝突後に衝突体の上部側が車両の前端上部に倒れ込んできても、容易に変形する。このため、ブラケットを金属製としても、衝突体の上部に作用する反力は小さいものとなる。
【特許文献1】特開2006−264495号公報(請求項1及び2、段落[0010]、段落[0013]、図3)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかし、上記従来の特許文献1に示された車体前部構造では、衝突体の上部が車両の前端部の上面への倒れ込みを抑制できるけれども、衝突体が車両に衝突した後の衝突体の挙動を制御することができない課題があった。
【0004】
一方、近年の交通事故調査によると、トラックの関与した死亡事故及び重傷事故(9266人)のうち歩行者及び自転車に対するものが全体の24%であった(図11(a))。ここで、大型トラックの歩行者及び自転車に対する事故が20%と比較的少なく(図11(b))、中型トラックの歩行者及び自転車に対する事故が23%と比較的少なかったのに対し(図11(c))、小型トラックの歩行者及び自転車に対する事故が30%と比較的多かった(図11(d))。そこで、小型トラックの関与した歩行者及び自転車乗員の死亡事故等の実態をみると、歩行者及び自転車が小型トラックのフロント部分(前部及び左右前角部(コーナ部))に衝突する場合が圧倒的に多かった(図12)。また小型トラックとの衝突時における歩行者及び自転車乗員の死亡原因となる損傷部位は頭・顔・首に集中していた(図13)。更に小型トラックとの衝突時における歩行者及び自転車乗員の死亡原因となる加害部位は、歩行者等の車体との衝突による影響が50%前後と最も大きく、歩行者等の路面への接触による影響が30〜40%と次に大きかった(図14)。
【0005】
従来のトラックのキャブの前部構造では、図15に示すように、歩行者7がキャブ1の前部に衝突すると、先ず歩行者7の上体がフロントパネル3に当接し(図15(a))、歩行者がキャブ1の前部に密着した後に(図15(b))、トラックの減速により歩行者7は前方に放出される(図15(c))。次に歩行者7は脚部7aから接地する(図15(d))。このとき歩行者7は脚部7aがキャブ1の前部に近い前方に位置しかつ頭部7bがキャブ1の前部から離れた前方に位置するため、歩行者7はキャブ1の前部から離れた前方に尻餅をついた後に(図15(e))、キャブ1の前部から更に離れた前方に頭部7bが路面9に衝突する(図15(f))。このときの歩行者7の頭部7bへの衝撃は比較的大きくなる場合があった。なお、路面の硬度等による対策は困難であり、車体側等での対策を要していた。
【0006】
本発明の目的は、車体の前部に衝突した後の歩行者の挙動をコントロールすることにより、路面への衝突による歩行者の頭部の傷害等を軽減することができる、車両の前部構造を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
請求項1に係る発明は、図1及び図3に示すように、車体11下部から前方に突設され車体11前部の下部を構成するフロントバンパ12と、フロントバンパ12の上方に設けられ車体11前部の中央部を構成するフロントパネル13と、フロントパネル13の上方に設けられ車体11前部の上部を構成するウインドシールドガラス14とを備えた車両の前部構造の改良である。その特徴ある構成は、歩行者17が車体11の前部に衝突して車体11の前方に放出されたときに、歩行者17の脚部17aが車体11の前部から離れた前方に位置しかつ歩行者17の頭部17bが車体11の前部に近い前方に位置して接地することができるように、フロントバンパ12、フロントパネル13及びウインドシールドガラス14がそれぞれ形成されたところにある。
【0008】
請求項2に係る発明は、請求項1に係る発明であって、更に図1及び図3に示すように、歩行者17の回転を阻害しないようにフロントバンパ12の上面とフロントパネル13の下部とにより第1段差部21が形成され、フロントパネル13が歩行者17のリフト時間を長くしてその間に歩行者17を回転させ歩行者17を前方かつ斜め上方に放出するように上方に向うに従って車体後方に傾斜する傾斜面13aを有することを特徴とする。
請求項3に係る発明は、請求項1に係る発明であって、更に図1及び図3に示すように、フロントバンパ12が車体11の前部に衝突した歩行者17に車体11の前部に沿う方向への回転を与えるように上方に向うに従って車体後方に傾斜する傾斜面12aを有することを特徴とする。
請求項4に係る発明は、請求項1に係る発明であって、更に図1及び図3に示すように、フロントバンパ12が車体11の前部に衝突した歩行者17に車体11の前部に沿う方向への回転を与えるように上方に向うに従って車体後方に傾斜する傾斜面12aを有し、歩行者17の回転を阻害しないようにフロントバンパ12の上面とフロントパネル13の下部とにより第1段差部21が形成され、フロントパネル13が歩行者17のリフト時間を長くしてその間に歩行者17を回転させ歩行者17を前方かつ斜め上方に放出するように上方に向うに従って車体後方に傾斜する傾斜面13aを有することを特徴とする。
【0009】
請求項5に係る発明は、請求項1に係る発明であって、更に図1及び図3に示すように、フロントバンパ12が車体11の前部に衝突した歩行者17に車体11の前部に沿う方向への回転を与えるように上方に向うに従って車体後方に傾斜する傾斜面12aを有し、歩行者17の回転を阻害しないようにフロントバンパ12の上面とフロントパネル13の下部とにより第1段差部21が形成され、フロントパネル13が歩行者17のリフト時間を長くしてその間に歩行者17を回転させ歩行者17を前方かつ斜め上方に放出するように上方に向うに従って車体後方に傾斜する傾斜面13aを有し、歩行者17の車体前部に沿う方向の回転を阻害しないようにフロントパネル13上端とウインドシールドガラス14の下部とにより第2段差部22が形成されたことを特徴とする。
請求項6に係る発明は、請求項1又は2に係る発明であって、更に図1〜図3に示すように、衝突後の歩行者17の重心17cと歩行者17の初期接地点とを結ぶ直線を初期接地直線Lとするとき、初期接地点から鉛直上方に向う半直線と初期接地直線Lとのなす角度のうち歩行者17の回転した角度θが30〜135度の範囲内であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
請求項1に係る発明では、歩行者が車体の前部に衝突すると、車体の前部に沿う方向に回転した後に、前方かつ斜め上方に放出されるので、歩行者の脚部が車体の前部から離れた前方に位置しかつ歩行者の頭部が車体の前部に近い前方に位置して接地する。このように車体前部に衝突した後の歩行者の挙動をコントロールすることにより、路面への衝突による歩行者の頭部の傷害を軽減することができる。
【0011】
本発明の請求項2〜5に係る発明は、歩行者が車体の前部に衝突した場合に歩行者の挙動をコントロールするための車両の前部構造であるので、先ず歩行者の脚部がフロントバンパの傾斜面に当接することにより、歩行者に車体の前部に沿う方向への回転を与える。また第1段差部の存在により上記歩行者の回転が阻害されるのを防止できる。次に歩行者がフロントパネルの傾斜面に当接することにより、歩行者のリフト時間を長くしてその間に歩行者を回転させ歩行者を前方かつ斜め上方に放出する。このとき第2段差部の存在により上記歩行者の回転が阻害されるのを防止できる。更に前方かつ斜め上方に放出された歩行者は、脚部が車体の前部から離れた前方に位置しかつ頭部が車体の前部に近い前方に位置して接地する。このように車体前部に衝突した後の歩行者の挙動をコントロールすることにより、路面への衝突による歩行者の頭部の傷害を軽減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
次に本発明を実施するための最良の形態を図面に基づいて説明する。図3に示すように、車両であるキャブオーバ型の小型トラック10は、キャブ11の下部から前方に突設されフロントバンパ12と、フロントバンパ12の上方に設けられたフロントパネル13と、フロントパネル13の上方に設けられたウインドシールドガラス14とを備える。フロントバンパ12によりキャブ11前部の下部が構成され、フロントパネル13によりキャブ11前部の中央部が構成され、ウインドシールドガラス14によりキャブ11前部の上部が構成される。なお、この実施の形態では、キャブオーバ型車両としてキャブオーバ型の小型トラックを挙げたが、キャブオーバ型の中型トラックや大型トラックでもよく、或いはキャブオーバ型の車両であればワンボックスカーやバスでもよい。
【0013】
フロントバンパ12は、トラック10の進行方向に延びるシャシフレーム16の一対のサイドメンバ16aの前端に設けられる。このフロントバンパ12は上方に向うに従ってキャブ後方に傾斜する傾斜面12aを有する。この傾斜面12aにより、キャブ11の前部に衝突した歩行者17にキャブ11の前部に沿う方向への回転を与えることができる。なお、上記傾斜面12aの鉛直線に対する角度は5〜20度の範囲内に設定することが好ましい。またフロントパネル13は上方に向うに従ってキャブ後方に傾斜する傾斜面13aを有する。この傾斜面13aにより、歩行者17のリフト時間を長くしてその間に歩行者17を回転させ歩行者17を前方かつ斜め上方に放出することができる。なお、上記傾斜面13aの鉛直線に対する角度は10〜25度の範囲内に設定することが好ましい。ここで、リフト時間とは、歩行者がキャブ11の前部に衝突してキャブ11の前部に接触している時間であってかつキャブ11の前部に沿う方向に回転している時間をいう。
【0014】
一方、フロントバンパ12の上面とフロントパネル13の下部とにより第1段差部21が形成され、フロントパネル13上端とウインドシールドガラス14の下部とにより第2段差部22が形成される。上記第1段差部21は歩行者17の上記回転を阻害しないようにするために形成され、第2段差部22は歩行者17のキャブ前部に沿う方向の回転を阻害しないようにするために形成される。第1段差部21においてフロントパネル13下端からフロントバンパ12上面コーナ部までの突出長さXは、好ましくは50〜200cmの範囲内に設定され、第2段差部22においてウインドシールドガラス14下端からフロントパネル13の傾斜面13aの延長面までの突出長さYは、好ましくは20〜100cmの範囲内に設定される。
【0015】
即ち、フロントバンパ12、フロントパネル13及びウインドシールドガラス14のそれぞれを上記のように形成することにより、歩行者17がキャブ11の前部に衝突してキャブ11の前方に放出されたときに、歩行者17の脚部17aがキャブ11の前部から離れた前方に位置しかつ歩行者17の頭部17bがキャブ11の前部に近い前方に位置して接地することができるように構成される。本明細書では、この状態で歩行者が転倒することを離脚近頭転倒という。なお、図3において、「JM95」とは、18才以上の日本人男性を身長の高い方から順に並べたときに身長の高い方から5%の身長を有する日本人男性をいい、「JM50」とは、18才以上の日本人男性のうち平均的な身長を有する日本人男性をいい、「JF50」とは、18才以上の日本人女性のうち平均的な身長を有する日本人女性をいう。
【0016】
衝突後の歩行者17は離脚近頭転倒することが好ましく、更に歩行者17の重心17cと歩行者17の初期接地点とを結ぶ直線を初期接地直線Lとするとき、初期接地点から鉛直上方に向う半直線と初期接地直線Lとのなす角度のうち歩行者17の回転した角度(接地角度)θが30〜135度となることが好ましく、この範囲内になるように、トラック10のフロントバンパ12、フロントパネル13及びウインドシールドガラス14が形成される(図1及び図2)。歩行者17の初期接地点とは、歩行者17の身体の一部が最初に路面23に接したときの身体の部位をいう。また上記接地角度θの範囲を30〜135度の範囲内に限定したのは、30度未満では歩行者17の路面23への衝突後に歩行者17に加速が生じ、135度を越えると歩行者17の首傷害値が大きくなってしまうからである。具体的な理由を次に示す。
【0017】
(1) 上記接地角度θを30度以上に限定した理由
歩行者17が右から左に向って走行する小型トラック10に衝突して、脚部17aから接地したときの歩行者17の挙動は、歩行者17がトラック10の進行方向に対して直交する方向に向いている場合と、歩行者17がキャブ11の前部に向いている場合とで異なる(図4)。歩行者17がトラック10の進行方向に対して直交する方向に向いた状態でキャブ11の前部に衝突すると、図4(a)に示すように、歩行者17は反時計回りに回転し、歩行者17の腰が接地した後に、歩行者17の頭部17bの水平方向の速度は転倒しながら加速するので、歩行者17の路面衝突時における頭部17bの傷害は大きくなる。一方、歩行者17がキャブ11の前部に向いた状態でキャブ11の前部に衝突すると、上記と同様に、歩行者17は反時計回りに回転し、歩行者17の腰部が接地した後に、頭部17bが接地する(図4(b))。このため歩行者17の水平方向の速度が腰部接地により歩行者17の重心17c回りの角速度に変換されるので、歩行者17の頭部17bの加速度も比較的大きくなり、歩行者17の路面23への衝突時における頭部17bの傷害も比較的大きくなる。上述のことから、歩行者17がトラック10に衝突した後に脚部17aから接地する場合の歩行者17の接地角度θを0度以上とする必要がある。
【0018】
次に上記接地角度θを0度以上とすることを、路面23の状態との関係で維持することができるかを図5及び図6を用いて検討する。路面23に対する歩行者の接地点の磨擦抵抗Fμは歩行者17の接地角度θによって変化し、接地角度θが大きいほど滑り易くなる。即ち、歩行者17の接地角度θが30度である場合(図5(a))、歩行者17は滑り難いけれども、上記接地角度θが60度である場合(図5(b))、歩行者17は滑り易くなる。歩行者17が滑らなければ、歩行者17の路面23への接地時に歩行者17が路面に突っ掛かり、上記接地角度θが0度以上であっても、歩行者17の挙動は反時計回りとなり、歩行者17が滑れば、歩行者17の路面23への接地時に歩行者17が路面に突っ掛からないため、歩行者17の時計回りの挙動を維持できる。歩行者17が路面23を滑るか否かは、路面23の摩擦力と、歩行者17に働く力のうち路面23に沿う力との関係で決まる。そこで、歩行者17の路面23に対する摩擦力について説明する。図5に示すように、歩行者17が路面23に接地したときの歩行者17のモーメントMは次の式(1)から求まる。
M=FH×(L×sinθ) ……(1)
上記式(1)において、FHは接地点における歩行者17の路面23に作用する力の垂直成分であり、Lは路面23から歩行者17の重心17cまでの距離である。上記式(1)を変形すると、次の式(2)となる。
H=M /(L×sinθ) ……(2)
歩行者17が路面23に接地した時に発生する歩行者17のモーメントMを一定とすると、Lは一定であるので、次の式(3)が成り立つ。
H ∝(1/sinθ) ……(3)
即ち、接地点における歩行者17の路面23に作用する力の垂直成分FHは(1/sinθ)に比例する。このため滑りに対する抵抗力である最大静止摩擦力FSは次の式(4)で表される。
S=FH×μ ……(4)
上記式(4)において、μは最大静止摩擦係数であり、これは一定であるため、次の式(5)が成り立つ。
S ∝ (1/sinθ) ……(5)
このため、図6に示すように、歩行者17の接地角度θを0度から徐々に大きくしていくと、磨擦抵抗Fμは急激に低下し、接地角度θが20度付近に達すると、磨擦抵抗Fμは殆ど変化しなくなることが分かる。
【0019】
一方、歩行者17に働く力のうち路面に沿う力FL、即ち滑り方向に作用する力FLはエネルギ保存の法則から次の式(6)で求まる。
L×K=m×v2/2 ……(6)
上記式(6)において、mは歩行者17の質量であり、vは歩行者17の速度であり、Kは移動量である。上記式(6)を変形すると次の式(7)にようになる。
L=m×v2/(2×K) ……(7)
上記式(7)において、m及びKを一定とすると、次の式(8)が成り立つ。
L ∝ v2 ……(8)
滑りに対する抵抗力である最大静止摩擦力力FSと滑り方向に作用する力FLの比Aは式(5)及び式(8)から次のようになる。
A=FL/FS ∝ v2×sinθ ……(9)
そして、式(9)はCを定数とすると、次の式(10)のように表される。
A=C×(v2×sinθ) ……(10)
従って、比Aが1以上である場合、滑り方向に作用する力FLが大きいため歩行者17は滑り、比Aが1以下である場合、滑り方向に作用する力FLが小さくなるため歩行者17は滑らない。
【0020】
次に比Aの値を求めるために、数値シュミレーションにて歩行者17に傷害を与える影響の高くなる車速20kmにて、歩行者17の路面に対する接地角度θを変数として、図7の白い菱形で示す「滑る」領域と、図7の黒い菱形で示す「滑らない」領域との境界の接地角度θを求め、この接地角度θからv2×sinθの値を求める。この値はA/Cに一致し、この境界で比Aが「1」となることから、C(定数)が求められる。比Aの値は、定数Cと接地角度θと歩行者の速度vで決まることから、接地角度θと歩行者の速度vから比Aの値を求めてグラフ化すると図7のようになる。図7より、20km以上の車速領域で、接地角度θが30度となることを確保できれば、比Aが「1」以上となる。このことから、上記領域で、歩行者17は路面23を滑って時計回りの挙動を維持できることになり、路面23への衝突時に加速される反時計回りの挙動を回避することができる。この結果、歩行者17の離脚近頭転倒を図ることができる。上記接地角度θが30度以上である場合の効果は、トラック10のキャブ11の前部形状、キャブ11の高さ、キャブ11前部の硬さ、或いは衝突時の速度に拘らず、キャブ11前部と衝突した後の歩行者11と路面23との関係から得られる効果である。
【0021】
(2) 上記接地角度θを135以下に限定した理由
路面23との衝突時における歩行者17の頭部17bの傷害は、歩行者17が路面23に頭部17bから接地するときに頭部17bが路面23に衝突して発生する。図8に示すように、歩行者17の首に作用する軸力は歩行者17の接地角度θが135〜165度の範囲にあるときに極めて大きくなる。また図9に示すように、歩行者17の首に作用する曲げモーメントは歩行者17の接地角度θが165〜−165度であるときに極めて大きくなる。更に図10に示すように、歩行者の首の障害を評価するNIC(Neck Injury Criterion)値は、歩行者の首軸力と曲げモーメントから算出される値であり、NIC値は、歩行者17の接地角度θを次第に増加していくと、歩行者17の接地角度θが135度であるときを境に急激に悪化するため、135度以下の角度域で歩行者17が接地することが望ましい。なお、上記歩行者17の接地角度θが浅い角度であれば、歩行者17のNIC値(首軸力、首曲げモーメント)が少なくなる。この結果、歩行者17の接地角度は135度以下であることが望ましい。上記接地角度θが135度以下である場合の効果は、トラック10のキャブ11の前部形状、キャブ11の高さ、キャブ11前部の硬さ、或いは衝突時の速度に拘らず、キャブ11前部と衝突した後の歩行者17と路面23との関係から得られる効果である。
【0022】
このように構成された小型トラック10のキャブ11前部に歩行者17が衝突したときの動作を説明する。トラック10と歩行者17が接近して(図1(a))、歩行者17がトラック10のキャブ11の前部に衝突すると、先ず歩行者17の脚部17aがフロントバンパ12の傾斜面12aに当接することにより、歩行者17にキャブ11の前部に沿う方向への回転を与える。即ち、キャブ11の最も前方に突出するフロントバンパ12の傾斜面12aに歩行者17の脚部17aが当接して図1(b)の実線矢印で示す方向に回転するとともに、歩行者17の上体及び腕部が図1(b)の破線矢印で示す方向に回転してキャブ11のフロントパネル13の傾斜面13aに当接する。このとき歩行者17の腰部及び腕部が第1段差部21により形成された空間に収容されて、上記歩行者17の回転が阻害されるのを防止できる。次いで歩行者17がフロントパネル13の傾斜面13aに当接することにより、歩行者17のリフト時間を長くしてその間に歩行者17を更に回転させる。換言すれば、歩行者17の上体及び腕部がフロントパネル13の傾斜面13aにより図1(c)の破線矢印で示す方向に回転して、歩行者17は路面から浮きキャブ11の前部に沿ってキャブ11の前部に密着した状態になる。このとき第2段差部22の存在により上記歩行者17の回転が阻害されるのを防止できる。更に換言すれば、歩行者17の頭部17bはウインドシールドガラス14に当接する方向に回転するけれども、歩行者17の頭部17bは第2段差部22により形成された空間に収容されるため、歩行者17の挙動を阻害しない。
【0023】
なお、フロントバンパ12の傾斜面12aがなくても、第1段差部21とフロントパネル13の傾斜面13aのみによっても歩行者17の挙動をコントロールすることができ、フロントバンパ12の傾斜面12aだけでも歩行者の挙動をコントロールすることができる。また、フロントバンパ12の傾斜面12aに第1段差部21及びフロントパネル13の傾斜面13aを加えることによって歩行者17の挙動をより好ましい状態にコントロールすることができ、フロントバンパ12の傾斜面12a、第1段差部21及びフロントパネル13の傾斜面13aに更に第2段差部22を加えることにより歩行者の挙動を更に好ましい状態にコントロールすることができる。
【0024】
次に歩行者17は図1(d)の一点鎖線矢印で示す方向、即ち前方かつ斜め上方に放出されるとともに、歩行者17の脚部17aは慣性により図1(d)の実線矢印で示す方向に更に回転するとともに、歩行者17の上体及び腕部が慣性により図1(d)の破線矢印で示す方向に更に回転する。結果として歩行者17は離脚近頭転倒して接地する、即ち歩行者17の脚部17aがキャブ11の前部から離れた前方に位置しかつ歩行者17の頭部17bがキャブ11の前部に近い前方に位置して接地する(図1(e)及び(f))。即ち、歩行者17の重心17cと歩行者17の初期接地点とを結ぶ直線を初期接地直線Lとするとき、初期接地点から鉛直上方に向う半直線と初期接地直線Lとのなす角度のうち歩行者17の回転した角度θが30〜135度の範囲内となる。上記角度θが0度以上であるため、歩行者17の回転は衝突方向に反する時計方向の回転となり、これにより歩行者17の頭部17bを加速させることはない。また上記角度θが30度以上であるので、歩行者17と路面23との初期接地で突っ掛かって反時計回りの挙動となることがない。またこれによりNIC値(首軸力、首曲げモーメント)が高まることもない。この結果、歩行者17が路面に衝突するときの衝撃は比較的小さい。このようにトラック10のキャブ11前部に衝突した後の歩行者17の挙動をコントロールすることにより、路面23への衝突による歩行者17の傷害を軽減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明実施形態の前部構造を有するキャブオーバ型トラックの前部に歩行者が衝突した後の歩行者の挙動を示す図である。
【図2】歩行者がトラック前部に衝突した後に路面に衝突したときの歩行者の頭部の傷害と接地姿勢との関係を示す図である。
【図3】キャブオーバ型トラック前部の各部材の形状と歩行者の背丈との関係を示す図である。
【図4】トラックとの衝突後であって歩行者の路面との衝突時における歩行者の頭部傷害と接地姿勢との関係を示す図である。
【図5】トラックとの衝突後であって歩行者の接地時における姿勢角度θを示す図である。
【図6】トラックとの衝突後であって歩行者の接地時における滑り易さを示す図である。
【図7】トラックとの衝突後であって歩行者の接地時における滑り易さとトラックの速度との関係を示す図である。
【図8】トラックとの衝突後であって歩行者の路面との衝突時における歩行者の首軸力と接地角度との関係を示す図である。
【図9】トラックとの衝突後であって歩行者の路面との衝突時における歩行者の首曲げモーメントと接地角度との関係を示す図である。
【図10】歩行者の首傷害が悪化するしきい値が135度であることを示す図である。
【図11】(a)は大型、中型及び小型トラックの全体の関与した交通事故における死亡事故及び重傷事故の対衝突物毎の割合を示す図であり、(b)〜(d)は大型、中型及び小型トラックのそれぞれが関与した交通事故における死亡事故及び重傷事故の対衝突物毎の割合を示す図である。
【図12】小型トラックに衝突した歩行者及び自転車乗員の損傷部位毎の割合を示す図である。
【図13】小型トラックとの衝突時における歩行者及び自転車乗員の死亡原因となる損傷部位毎の割合を示す図である。
【図14】小型トラックとの衝突時における歩行者及び自転車乗員の死亡原因となる加害部位毎の割合を示す図である。
【図15】トラックの車体構造によってトラックとの衝突後の歩行者をコントロールできる挙動と、トラックとの衝突後の歩行者の接地姿勢で歩行者をコントロールできる挙動とを説明する図である。
【符号の説明】
【0026】
10 キャブオーバ型小型トラック(キャブオーバ型車両)
11 キャブ(車体)
12 フロントバンパ
12a フロントバンパの傾斜面
13 フロントパネル
13a フロントパネルの傾斜面
14 ウインドシールドガラス
17 歩行者
17a 歩行者の脚部
17b 歩行者の頭部
17c 歩行者の重心
21 第1段差部
22 第2段差部
L 初期接地直線
θ 歩行者の接地角度

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車体(11)下部から前方に突設され前記車体(11)前部の下部を構成するフロントバンパ(12)と、前記フロントバンパ(12)の上方に設けられ前記車体(11)前部の中央部を構成するフロントパネル(13)と、フロントパネル(13)の上方に設けられ前記車体(11)前部の上部を構成するウインドシールドガラス(14)とを備えた車両の前部構造において、
歩行者(17)が前記車体(11)の前部に衝突して前記車体(11)の前方に放出されたときに、前記歩行者(17)の脚部(17a)が前記車体(11)の前部から離れた前方に位置しかつ前記歩行者(17)の頭部(17b)が前記車体(11)の前部に近い前方に位置して接地することができるように、前記フロントバンパ(12)、前記フロントパネル(13)及び前記ウインドシールドガラス(14)がそれぞれ形成されたことを特徴とする車両の前部構造。
【請求項2】
歩行者(17)の回転を阻害しないようにフロントバンパ(12)の上面とフロントパネル(13)の下部とにより第1段差部(21)が形成され、
前記フロントパネル(13)が前記歩行者(17)のリフト時間を長くしてその間に前記歩行者(17)を回転させ前記歩行者(17)を前方かつ斜め上方に放出するように上方に向うに従って車体後方に傾斜する傾斜面(13a)を有する請求項1記載の車両の前部構造。
【請求項3】
フロントバンパ(12)が車体(11)の前部に衝突した歩行者(17)に前記車体(11)の前部に沿う方向への回転を与えるように上方に向うに従って車体後方に傾斜する傾斜面(12a)を有する請求項1記載の車両の前部構造。
【請求項4】
フロントバンパ(12)が車体(11)の前部に衝突した歩行者(17)に前記車体(11)の前部に沿う方向への回転を与えるように上方に向うに従って車体後方に傾斜する傾斜面(12a)を有し、
前記歩行者(17)の回転を阻害しないように前記フロントバンパ(12)の上面とフロントパネル(13)の下部とにより第1段差部(21)が形成され、
前記フロントパネル(13)が前記歩行者(17)のリフト時間を長くしてその間に前記歩行者(17)を回転させ前記歩行者(17)を前方かつ斜め上方に放出するように上方に向うに従って車体後方に傾斜する傾斜面(13a)を有する請求項1記載の車両の前部構造。
【請求項5】
フロントバンパ(12)が車体(11)の前部に衝突した歩行者(17)に前記車体(11)の前部に沿う方向への回転を与えるように上方に向うに従って車体後方に傾斜する傾斜面(12a)を有し、
前記歩行者(17)の回転を阻害しないように前記フロントバンパ(12)の上面とフロントパネル(13)の下部とにより第1段差部(21)が形成され、
前記フロントパネル(13)が前記歩行者(17)のリフト時間を長くしてその間に前記歩行者(17)を回転させ前記歩行者(17)を前方かつ斜め上方に放出するように上方に向うに従って車体後方に傾斜する傾斜面(13a)を有し、
前記歩行者(17)の前記車体前部に沿う方向の回転を阻害しないように前記フロントパネル(13)上端とウインドシールドガラス(14)の下部とにより第2段差部(22)が形成された請求項1記載の車両の前部構造。
【請求項6】
衝突後の歩行者(17)の重心(17c)と歩行者(17)の初期接地点とを結ぶ直線を初期接地直線(L)とするとき、前記初期接地点から鉛直上方に向う半直線と前記初期接地直線(L)とのなす角度のうち前記歩行者(17)の回転した角度(θ)が30〜135度の範囲内である請求項1ないし5いずれか1項に記載の車両の前部構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2010−105480(P2010−105480A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−278079(P2008−278079)
【出願日】平成20年10月29日(2008.10.29)
【出願人】(000005463)日野自動車株式会社 (1,484)
【Fターム(参考)】