車両の横方向運動制御装置
【課題】 横方向運動制御中にドライバの操舵意図の有無を精度良く判断する。
【解決手段】 横方向運動制御装置は、車両のドライバの操舵意図の有無を判断する操舵意図判断部を備え、操舵意図判断部により操舵意図が有ると判断されたときに、制御対象制御部による制御対象の制御を停止する。また、操舵意図判断部は、車両のドライバによる操舵操作量を取得する操舵状態量取得部と、目標値に基づいて操舵操作量の閾値を設定する閾値設定部と、を備える。操舵意図判断部は、操舵操作量取得部により取得された操舵操作量の大きさと閾値設定部により設定された閾値とを比較することにより、操舵意図の有無を判断する。
【解決手段】 横方向運動制御装置は、車両のドライバの操舵意図の有無を判断する操舵意図判断部を備え、操舵意図判断部により操舵意図が有ると判断されたときに、制御対象制御部による制御対象の制御を停止する。また、操舵意図判断部は、車両のドライバによる操舵操作量を取得する操舵状態量取得部と、目標値に基づいて操舵操作量の閾値を設定する閾値設定部と、を備える。操舵意図判断部は、操舵操作量取得部により取得された操舵操作量の大きさと閾値設定部により設定された閾値とを比較することにより、操舵意図の有無を判断する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヨーレートなど車両の横方向運動を制御する横方向運動制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、走行車両の運転を支援する運転支援装置(以下、運転支援アプリケーションと呼ぶ)が開発されている。例えば、車両が道なりに走行するように、自動操舵あるいは運転支援するレーンキープ装置や、車両が車線から逸脱することを防止するように運転支援する車線逸脱防止装置や、車両が走行路面に存在する障害物を自動操舵により回避する緊急回避装置などが、開発されている。
【0003】
レーンキープ装置、車線逸脱防止装置、緊急回避装置などの運転支援アプリケーションから出力される要求信号(例えば目標横加速度を表す信号)は、車両の横方向運動量(例えばヨーレート)を制御する横方向運動制御装置に入力される。この制御装置からアクチュエータに制御信号が出力され、アクチュエータが制御信号に基づいて作動することにより車両の横方向運動が制御される。
【0004】
運転支援アプリケーションから出力される要求信号に基づいて車両の横方向運動が制御されているときに、ドライバが操舵操作した場合(このようなドライバによる操舵の介入をオーバライドと呼ぶ)、通常は、ドライバの操舵操作を優先するために横方向運動制御が停止される。しかし、横方向運動制御中に、ドライバが自ら操舵操作する意図(操舵意図)に基づいて操舵操作した場合には横方向運動制御を停止させるべきであるが、そうでない場合は停止させるべきではない。よって、横方向運動制御中にドライバが操舵操作した場合、その操舵操作が自ら操舵操作する意図に基づいているか否かを判断し、その判断結果に基づいて横方向運動制御を停止させるべきである。しかし、ドライバが自ら操舵操作する意図が有るか否かを判断することは難しい。
【0005】
特許文献1は、操舵角速度絶対値|dθ|が設定閾値dθ1以上になってから設定時間T1後に操舵角θが設定操舵角θ1以上である場合にオーバライドであると判定する車線逸脱対応装置を開示する。この装置によれば、操舵角速度絶対値|dθ|が閾値dθ1以上になっても、T1後に操舵角θが設定操舵角θ1未満であればオーバライドが発生していないと判断することにより、外乱等の影響で操舵角速度が一時的に設定閾値以上になったときに車両の横方向運動量の制御が停止されることが防止される。また、特許文献1には、車線に対する車両の位置や旋回時の曲率に応じてオーバライドが発生しているか否かの判断に用いる設定閾値を変更する車線逸脱対応装置も開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−81115号公報
【発明の概要】
【0007】
(発明が解決しようとする課題)
運転支援アプリケーションから横方向運動制御装置に入力される目標値が変化した場合、その変化によってドライバによる操舵操作量(例えば操舵トルク)が一時的に入力される。一時的に入力される操舵操作量が閾値を越えたときに、オーバライドが発生していると判断されて、横方向運動制御が停止される。目標値の設定状態に起因して入力される操舵操作量は、上記特許文献1に示すような走行環境に起因して入力される操舵操作量ではない。しかし、目標値の設定状態に起因して入力される操舵操作量は、ドライバの操舵意図に基づいて入力された操舵操作量でもないため、横方向運動制御は停止されずに継続されることが望ましい。この場合、入力された操舵操作量が、操舵意図に基づいて入力されたか否かを精度良く判断することができると良い。
【0008】
本発明は上記の問題を解決するためになされたものであり、横方向運動制御中にドライバの操舵意図の有無を精度良く判断することを目的とする。
【0009】
(課題を解決するための手段)
本発明の横方向運動制御装置(40)は、車両の横方向運動量の目標値(γ*またはGy*)を取得する目標値取得部(411)と、目標値取得部により取得された横方向運動量の目標値に基づいて、車両の横方向運動量を変化させるために作動制御される制御対象(14,22,32)の制御量を演算する制御量演算部(414,415,416)と、制御量に基づいて制御対象を制御する制御対象制御部(42,43,44)と、車両のドライバの操舵意図の有無を判断する操舵意図判断部(417)と、を備える。また、本発明の横方向運動制御装置は、制御対象制御部が制御対象を制御することにより車両の横方向運動を制御するとともに、操舵意図判断部により操舵意図が有ると判断されたときに、制御対象制御部による制御対象の制御を停止する。また、操舵意図判断部は、車両のドライバによる操舵操作量を取得する操舵操作量取得部(S20,S80)と、目標値に基づいて操舵操作量の閾値を設定する閾値設定部(417a)と、を備える。そして、操舵意図判断部(417)は、操舵操作量取得部により取得された操舵操作量の大きさと閾値設定部により設定された閾値とを比較することにより、操舵意図の有無を判断する。この場合、操舵意図判断部は、操舵操作量取得部により取得された操舵操作量の大きさが閾値設定部により設定された閾値よりも大きいときに、操舵意図が有ると判断するものであるとよい。
【0010】
本発明によれば、操舵意図判断部は、車両のドライバにより入力される操舵操作量とその操舵操作量に対して設定された閾値とを比較する。そして、その比較結果に基づいて操舵意図の有無を判断する。このとき用いられる閾値は閾値設定手段により設定される。閾値設定手段は、車両の横方向運動量の目標値に基づいて、閾値を設定する。
【0011】
車両の横方向運動制御装置は、例えば運転支援アプリケーションから出力される要求信号から取得された横方向運動量の目標値に基づいてアクチュエータなどの制御対象を制御することにより、車両の横方向運動を制御する。この目標値の設定状態(目標値の大きさ、方向、変化、変化量等)は、ドライバから入力される操舵操作量が操舵意図を持って入力されたか否かに影響する。例えば、目標値の変化時には操舵意図に無関係な操舵操作量が入力される可能性が高い。また、目標値の設定方向とドライバから入力される操舵操作量の方向が異なる場合は、その操舵操作量はドライバが操舵意図を持って入力した可能性が高い。したがって、横方向運動量の目標値に基づいて設定された閾値と操舵操作量とを比較することにより、操舵意図の有無を精度良く判断することができる。
【0012】
本発明において、「操舵操作量」とは、車両のドライバによって車両が操舵された量を表す。「操舵操作量」は、例えば車両のドライバから操舵ハンドルに入力された操舵トルクである。また、操舵ハンドルの操舵角、操舵角速度、前輪の転舵角、転舵角速度も、「操舵操作量」に相当する。このうち、操舵トルクが操舵操作量であることが好ましい。
【0013】
前記閾値設定部は、前記目標値が変化したときに設定される閾値が、前記目標値が変化していないときに設定される閾値よりも大きくなるように、閾値を設定するのがよい。目標値が変化したときは、操舵意図とは無関係な操舵操作量が入力される可能性が高い。本発明では、目標値の変化時に設定される閾値が大きな値に設定されているので、目標値の変化時に操舵意図とは無関係に入力される操舵操作量の大きさが閾値を越え難い。したがって、このように設定された閾値とドライバから入力された操舵操作量の大きさとを比較することにより、操舵意図の有無を精度よく判断することができる。
【0014】
また、前記閾値設定部は、前記目標値の変化量が大きいほど前記閾値が大きくなるように前記閾値を設定するのがよい。目標値が変化したときに操舵意図とは無関係に生じる操舵操作量は、目標値の変化量が大きいほど大きい。したがって、目標値の変化量が大きいほど閾値が大きくなるように閾値を設定し、こうして設定した閾値とドライバから入力された操舵操作量の大きさとを比較することにより、操舵意図の有無を精度よく判断することができる。
【0015】
また、前記閾値設定部は、前記目標値の変化量が大きいほど前記閾値の変化量が大きくなるように前記閾値を設定するのがよい。目標値が変化したときに操舵意図とは無関係に生じる操舵操作量の変化量は、目標値の変化量が大きいほど大きい。したがって、目標値の変化量が大きいほど閾値の変化量も大きくなるように閾値を設定し、こうして設定した閾値とドライバから入力された操舵操作量の大きさとを比較することにより、操舵意図の有無を精度よく判断することができる。
【0016】
また、前記閾値設定部は、前記目標値により表わされる車両の横方向運動の方向と、車両のドライバによる操舵操作により発生する車両の横方向運動の方向とに基づいて、前記閾値を設定するのがよい。この場合、前記閾値設定部は、前記目標値により表わされる車両の横方向運動の方向と車両のドライバによる操舵操作により発生する車両の横方向運動の方向が異なる場合は、前記閾値を、前記目標値により表わされる車両の横方向運動の方向と車両のドライバによる操舵操作により発生する車両の横方向運動の方向が同じ場合に設定される前記閾値よりも小さい値に設定するのがよい。
【0017】
目標値(例えば目標ヨーレートまたは目標横加速度)により表わされる車両の横方向運動の方向(例えば右旋回方向あるいは左旋回方向)と、車両のドライバによる操舵操作により生じる車両の横方向運動の方向(例えば右旋回方向あるいは左旋回方向)が異なる場合は、ドライバが操舵意図を持って操舵操作した可能性が高い。したがって、目標値により表わされる車両の横方向運動の方向とドライバによる操舵操作により生じる車両の横方向運動の方向が異なる場合に閾値を小さく設定し、こうして設定した閾値とドライバから入力された操舵操作量の大きさとを比較することにより、操舵意図の有無を精度よく判断することができる。
【0018】
また、前記閾値設定部は、前記目標値により表わされる車両の横方向運動の方向と車両のドライバによる操舵操作により生じる車両の横方向運動の方向が異なる場合には、前記操舵操作における操舵操作量の変化量が大きいほど前記閾値の変化量が大きくなるように前記閾値を設定するのがよい。目標値により表わされる車両の横方向運動の方向とドライバによる操舵操作により生じる車両の横方向運動の方向が異なる場合において、ドライバによる操舵操作量の変化量が大きいほど、ドライバが操舵意図を持って操舵操作した可能性が高い。したがって、操舵操作量の変化量が大きいほど閾値の変化量が大きくなるように(すなわちより早く閾値が小さくなるように)閾値を設定することにより、ドライバが操舵意図を持って操舵操作した場合に、操舵意図が有ると判断される時期がより一層早められる。
【0019】
また、前記制御対象は、車輪に制動力または駆動力を付与するDYC用アクチュエータ(32)および、後輪を転舵させるリアステア用アクチュエータ(22)を含むのがよい。そして、前記閾値設定部は、前記目標値が変化したときに、前記DYC用アクチュエータおよびリアステア用アクチュエータの制御量に基づいて前記閾値を設定するのがよい。この場合、前記閾値設定部は、前記DYC用アクチュエータおよびリアステア用アクチュエータの制御量が大きいほど閾値が大きくなるように、前記閾値を設定するのがよい。特に、前記閾値設定部は、前記DYC用アクチュエータおよびリアステア用アクチュエータの制御量の変化量が大きいほど、前記閾値の変化量が大きくなるように、前記閾値を設定するのがよい。
【0020】
上記において、DYC(Dynamic Yaw Control)用アクチュエータは、車輪に個々に制動力または駆動力を付与することができるアクチュエータである。例えば車輪に個々に制動力を付与するブレーキ用アクチュエータや、車輪に個々に駆動力あるいは回生制動力を付与するモータ(インホイールモータ等)が、DYC用アクチュエータに相当する。また、リアステア用アクチュエータは、後輪を転舵させることができるアクチュエータである。
【0021】
横方向運動量の目標値に応じてDYC用アクチュエータおよびリアステア用アクチュエータが作動した場合、車両の旋回の態様が通常の旋回(前輪が転舵することにより生じる旋回)の態様とは異なる。したがって、ドライバは違和感を覚えて操舵ハンドルを保舵する傾向にある。この保舵により操舵意図とは無関係な操舵操作量が増加する。この点につき、上記発明では、DYC用アクチュエータおよびリアステア用アクチュエータの制御量に基づいて閾値を設定する。例えば、DYC用アクチュエータおよびリアステア用アクチュエータの制御量が大きいほど閾値が大きくなるように、あるいはDYC用アクチュエータおよびリアステア用アクチュエータの制御量の変化量が大きいほど閾値の変化量も大きくなるように(すなわち閾値が早く大きくなるように)、閾値が設定される。このため、DYC用アクチュエータおよびリアステア用アクチュエータの作動により生じる操舵意図とは無関係な操舵操作量に対する閾値が大きく設定される。こうして設定された閾値とドライバから入力された操舵操作量の大きさとを比較することにより、操舵意図の有無を精度よく判断することができる。
【0022】
また、前記操舵意図判断部は、前記操舵操作量取得部により取得された操舵操作量の大きさが前記閾値設定部により設定された前記閾値よりも大きい時間が予め定められた所定時間以上持続したときに、前記操舵意図が有ると判断するのがよい。これによれば、操舵操作量の大きさが閾値を越えた時間が所定時間以上持続したときのみ、操舵意図が有ると判断することにより、より確実に操舵意図がある場合にのみ横方向運動制御を停止させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の実施形態に係る横方向運動制御装置を搭載した車両の概略図である。
【図2】横方向運動制御装置の機能構成を示す図である。
【図3】ヨーレート演算部の機能構成を示す図である。
【図4】オーバライド判定部の機能構成を示す図である。
【図5】第1実施形態に係る閾値設定部が実行する閾値設定ルーチンを表すフローチャートである。
【図6】比較部が実行するオーバライド判定ルーチンを表すフローチャートである。
【図7】目標横加速度Gy*と操舵トルクの絶対値|τs|とが時系列的に変化する状態を、一定の閾値τsthとともに示したグラフである。
【図8】目標横加速度Gy*と操舵トルクの絶対値|τs|とが時系列的に変化する状態を、目標横加速度Gy*の変化に応じて変化する閾値τsthとともに示したグラフである。
【図9】第2実施形態に係る閾値設定部が実行する閾値設定ルーチンを表すフローチャートである。
【図10】横加速度変化量−閾値変化量テーブルの一例をグラフにより表わした図である。
【図11】目標横加速度Gy*と操舵トルクの絶対値|τs|とが時系列的に変化する状態を、目標横加速度変化量ΔGy*に応じて変化する閾値τsthとともに示したグラフである。
【図12】目標横加速度Gy*と操舵トルクの絶対値|τs|とが時系列的に変化する状態を、目標横加速度変化量ΔGy*に応じて変化する閾値τsthとともに示したグラフである。
【図13】第3実施形態に係る閾値設定部が実行する閾値設定ルーチンを表すフローチャートである。
【図14】目標横加速度Gy*、操舵トルクτs、操舵トルクの絶対値|τs|が時系列的に変化する状態を、第3実施形態に示した方法により設定された閾値τsthとともに示したグラフである。
【図15】目標横加速度Gy*、操舵トルクτs、操舵トルクの絶対値|τs|が時系列的に変化する他の状態を、第3実施形態に示した方法により設定された閾値τsthとともに示したグラフである。
【図16】目標横加速度Gy*、操舵トルクτs、操舵トルクの絶対値|τs|が時系列的に変化する他の状態を、第3実施形態に示した方法により設定された閾値τsthとともに示したグラフである。
【図17】目標横加速度Gy*、操舵トルクτs、操舵トルクの絶対値|τs|が時系列的に変化する他の状態を、第3実施形態に示した方法により設定された閾値τsthとともに示したグラフである。
【図18】第4実施形態において閾値設定部が実行する閾値設定ルーチンを表すフローチャートである。
【図19】操舵トルク変化量−閾値変化量テーブルの一例をグラフにより表わした図である。
【図20】目標横加速度Gy*、操舵トルクτs、操舵トルクの絶対値|τs|が時系列的に変化する状態を、第4実施形態で示した方法により設定した閾値τsthとともに示したグラフである。
【図21】目標横加速度Gy*、操舵トルクτs、操舵トルクの絶対値|τs|が時系列的に変化する他の状態を、第4実施形態で示した方法により設定した閾値τsthとともに示したグラフである。
【図22】第5実施形態において閾値設定部が実行する閾値設定ルーチンを表すフローチャートである
【図23】DYC制御量変化量−閾値変化量テーブルの一例をグラフにより表わした図である。
【図24】目標横加速度Gy*、DYC制御量α、操舵トルクの絶対値|τs|が時系列的に変化する状態を、第5実施形態で示した方法により設定した閾値τsthとともに示したグラフである。
【図25】第6実施形態において判定部が実行するオーバライド判定ルーチンを表すフローチャートである。
【図26】目標横加速度Gy*および操舵トルクの絶対値|τs|が時系列的に変化する状態を閾値τsthとともに示したグラフである。
【図27】目標横加速度Gy*および操舵トルクの絶対値|τs|が時系列的に変化する状態を閾値τsthとともに示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
(第1実施形態)
以下に、本発明の第1実施形態について図面を参照して説明する。図1は、本実施形態に係る横方向運動制御装置を搭載した車両の概略図である。図に示すように、この車両は、フロントステアリング装置10と、リアステアリング装置20と、ブレーキ装置(右前輪ブレーキ装置30FR,左前輪ブレーキ装置30FR,右後輪ブレーキ装置30RR,左後輪ブレーキ装置30RL)とを備える。フロントステアリング装置10は、左前輪WFLおよび右前輪WFRに転舵力を付与することにより、これらの車輪を転舵させる。リアステアリング装置20は、左後輪WRLおよび右後輪WRRに転舵力を付与することにより、これらの車輪を転舵させる。右前輪ブレーキ装置30FRは右前輪WFRに制動力を付与する。左前輪ブレーキ装置30FLは左前輪WFLに制動力を付与する。右後輪ブレーキ装置30RRは右後輪WRRに制動力を付与する。左後輪ブレーキ装置30RLは左後輪WRLに制動力を付与する。
【0025】
フロントステアリング装置10は、操舵ハンドル11と、ステアリング軸12と、前輪操向軸13と、フロントステア用アクチュエータ14とを備える。ステアリング軸12は入力側ステアリング軸12aと出力側ステアリング軸12bとを備える。
【0026】
入力側ステアリング軸12aは、その一端(上端)にて操舵ハンドル11に接続され、操舵ハンドル11の回転操作に伴い軸周りに回転する。また入力側ステアリング軸12aは、その他端(下端)にてフロントステア用アクチュエータ14を介して出力側ステアリング軸12bの一端(上端)に連結される。したがって、入力側ステアリング軸12aの回転力はフロントステア用アクチュエータ14を介して出力側ステアリング軸12bに伝達される。出力側ステアリング軸12bの他端(下端)にはピニオンギア12cが形成される。また前輪操向軸13にはピニオンギア12cに噛み合うラックギア13aが形成される。ピニオンギア12cとラックギア13aとでラックアンドピニオン機構が構成される。このラックアンドピニオン機構により出力側ステアリング軸12bの回転力が前輪操向軸13の軸力に変換される。このため、ドライバが操舵ハンドル11を回転操作することにより前輪操向軸13が軸方向移動する。前輪操向軸13の両端はタイロッドを介して左前輪WFLおよび右前輪WFRに接続される。したがって、ドライバが操舵ハンドル11を回転操作して前輪操向軸13が軸方向移動すると、前輪が転舵する。
【0027】
また、フロントステア用アクチュエータ14は第1アクチュエータ14aおよび第2アクチュエータ14bを備える。第1アクチュエータ14aは例えば電動モータにより構成される。第1アクチュエータ14aは例えばギヤ機構を介して入力側ステアリング軸12aに取り付けられる。この第1アクチュエータ14aが回転することにより入力側ステアリング軸12aが回転させられる。したがって、ドライバが操舵ハンドル11を回転操作しなくても、第1アクチュエータ14aが駆動することにより前輪が自動的に転舵する。また、第1アクチュエータ14aは、ドライバによる操舵ハンドルの回転操作を補助するためのアシスト力を発生することもできる。
【0028】
第2アクチュエータ14bは、例えば減速機および電動モータにより構成することができる。この場合、電動モータのケーシングが入力側ステアリング軸12aの一端(下端)に連結され、電動モータのロータ部が減速機を介して出力側ステアリング軸12bに連結される。したがって、入力側ステアリング軸12aが回転すると、その回転力が第2アクチュエータ14bを介して出力側ステアリング軸12bに伝達される。また、第2アクチュエータ14bが回転すると、入力側ステアリング軸12aが回転することなしに出力側ステアリング軸12bが回転させられて前輪が自動的に転舵する。
【0029】
リアステアリング装置20は、後輪操向軸21とリアステア用アクチュエータ22とを備える。後輪操向軸21は左後輪WRLおよび右後輪WRRとに接続される。この後輪操向軸21にリアステア用アクチュエータ22が取り付けられる。リアステア用アクチュエータ22は例えば電動モータおよびボールネジ機構により構成される。ボールネジ機構はボールネジナットおよびボールネジロッドを有する。ボールネジロッドは後輪操向軸21の一部に形成される。ボールネジナットは電動モータのロータに一体回転可能に連結される。電動モータの回転によりボールネジナットが回転すると、その回転力がボールネジ機構により後輪操向軸21の軸力に変換される。したがって、リアステア用アクチュエータ22の駆動により後輪操向軸21が軸方向移動して、後輪が自動的に転舵する。
【0030】
ブレーキ装置30FR,30FL,30RR,30RLは、各輪WFR,WFL,WRR,WRLに制動力を付与するためのブレーキ機構31FR,31FL,31RR,31RLを備える。ブレーキ機構31FR,31FL,31RR,31RLはドライバによるブレーキペダルの踏み込みに応じて作動する。ブレーキ機構31FR,31FL,31RR,31RLは、例えば、各輪WFR,WFL,WRR,WRLと同軸回転するディスクロータと、ディスクロータに接触可能に配置されたブレーキパッドと、ブレーキパッドに押圧力を付与するピストンと、図示しないブレーキブースターにより増圧されたブレーキペダル踏力をピストンに伝達する油圧回路などにより構成することができる。
【0031】
また、ブレーキ機構31FR,31FL,31RR,31RLにDYC用アクチュエータ32FR,32FL,32RR,32RLが取り付けられる。DYC用アクチュエータ32FR,32FL,32RR,32RLの作動によってもブレーキ機構31FR,31FL,31RR,31RLが作動して、各輪WFR,WFL,WRR,WRLに制動力がそれぞれ独立して付与される。DYC用アクチュエータ32FR,32FL,32RR,32RLは、後述する横方向運動制御装置からの制御信号によって、ブレーキペダルの踏み込み操作とは独立して作動する。これにより、各輪WFR,WFL,WRR,WRLには自動的に制動力が付与される。DYC用アクチュエータ32FR,32FL,32RR,32RLは、例えば加圧ポンプや、上記油圧回路中に介装された増圧弁、減圧弁などにより構成することができる。以下、DYC用アクチュエータ32FR,32FL,32RR,32RLを総称する場合、またはいずれか一つまたは複数を示す場合は、DYC用アクチュエータ32と呼ぶ。
【0032】
なお、本発明の実施形態では、DYC用アクチュエータ32は車輪に個々に制動力を付与するためのアクチュエータであるが、車輪に個々に駆動力あるいは回生制動力を付与するためのアクチュエータでもよい。例えばインホイールモータを搭載した車両であれば、インホイールモータがDYCアクチュエータであってもよい。
【0033】
フロントステア用アクチュエータ14、リアステア用アクチュエータ22およびDYC用アクチュエータ32は、それぞれ横方向運動制御装置40に電気的に接続される。横方向運動制御装置40は、ROM,RAM,CPUを備えるマイクロコンピュータにより構成され、各アクチュエータに作動信号を出力することにより、車両の横方向運動を統合的に制御する。
【0034】
また、この車両には、運転支援アプリケーション50が搭載される。運転支援アプリケーション50は、車両が車線に沿って走行するように、現在の走行車両に必要な横加速度(目標横加速度)Gy*を演算する。運転支援アプリケーション50により演算された目標横加速度Gy*は横方向運動制御装置40に入力される。横方向運動制御装置40は、入力された目標横加速度Gy*に基づいて、各アクチュエータ14,22、32に作動信号を出力する。
【0035】
図2は、横方向運動制御装置40の機能構成を示す図である。本実施形態において横方向運動制御装置40は、車両のヨーレートを制御する。図2に示すように、横方向運動制御装置40は、アベイラビリティ物理量変換部45と、ヨーレート演算部41と、前輪転舵角変換部42と、後輪転舵角変換部43と、DYC車軸トルク変換部44とを備える。
【0036】
アベイラビリティ物理量変換部45は、フロントステアアベイラビリティ転舵角δ_FSTR_Ava,リアステアアベイラビリティ転舵角δ_RSTR_Ava,DYCアベイラビリティトルクTb_DYC_Avaをそれぞれ入力する。フロントステアアベイラビリティ転舵角δ_FSTR_Avaは、フロントステア用アクチュエータ14の作動によって前輪が現在の転舵状態から転舵することができる転舵角度量を表す。リアステアアベイラビリティ転舵角δ_RSTR_Avaは、リアステア用アクチュエータ22の作動によって後輪が現在の転舵状態から転舵することができる転舵角度量を表す。DYCアベイラビリティトルクTb_DYC_Avaは、DYC用アクチュエータ32の作動により制動させられる車輪に作用させることができる車軸トルクの量を表す。
【0037】
フロントステアアベイラビリティ転舵角δ_FSTR_Avaは、前輪の現在の転舵角と前輪の最大転舵角とに基づいて求めることができる。リアステアアベイラビリティ転舵角δ_RSTR_Avaは、後輪の現在の転舵角と後輪の最大転舵角とに基づいて求めることができる。DYCアベイラビリティトルクTb_DYC_Avaは、車輪に現在作用している車軸トルクとその車輪に作用させることができる車軸トルクの最大値とに基づいて求めることができる。
【0038】
また、アベイラビリティ物理量変換部45は、入力したフロントステアアベイラビリティ転舵角δ_FSTR_Ava,リアステアアベイラビリティ転舵角δ_RSTR_Ava,DYCアベイラビリティトルクTb_DYC_Avaに基づいて、フロントステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_FSTR_Act_Ava、リアステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_RSTR_Act_Ava、DYCアベイラビリティ理論ヨーレートγ_DYC_Act_Avaを演算し、これらをヨーレート演算部41に出力する。フロントステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_FSTR_Act_Avaは、フロントステアアベイラビリティ転舵角δ_FSTR_Avaで表わされる範囲で前輪の転舵角が変化したときに理論的に発生し得るヨーレートの最大値(または範囲)を表す。リアステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_RSTR_Act_Avaは、リアステアアベイラビリティ転舵角δ_RSTR_Avaで表わされる範囲で後輪の転舵角が変化したときに理論的に発生し得るヨーレートの最大値(または範囲)を表す。DYCアベイラビリティ理論ヨーレートγ_DYC_Act_Avaは、DYCアベイラビリティトルクTb_DYC_Avaで表わされる範囲で車軸トルクが変化したときに理論的に発生し得るヨーレートの最大値(または範囲)を表す。
【0039】
ヨーレート演算部41は、運転支援アプリケーション50から入力された目標横加速度Gy*に基づいて、フロントステアヨーレート制御量γ_FSTR(FSTRはフロントステア用アクチュエータ14を表す)、リアステアヨーレート制御量γ_RSTR(RSTRはリアステア用アクチュエータ22を表す)、DYCヨーレート制御量γ_DYC(DYCはDYC用アクチュエータ32を表す)を演算し、これらのヨーレート制御量を出力する。フロントステアヨーレート制御量γ_FSTRは、フロントステア用アクチュエータ14が作動して前輪が転舵することにより車両に発生させるヨーレートの目標制御量である。リアステアヨーレート制御量γ_RSTRは、リアステア用アクチュエータ22が作動して後輪が転舵することにより車両に発生させるヨーレートの目標制御量である。DYCヨーレート制御量γ_DYCは、DYC用アクチュエータ32が作動して各輪のいずれか、特に右後輪WRRまたは左後輪WRLのいずれか一方に制動力を付与することにより車両に発生させるヨーレートの目標制御量である。
【0040】
また、ヨーレート演算部41は、フロントステア実行要求信号S_FSTR,リアステア実行要求信号S_RSTR,DYC実行要求信号S_DYCを出力する。フロントステア実行要求信号S_FSTRは、ヨーレート制御のためにフロントステア用アクチュエータ14の作動を要求するための信号である。リアステア実行要求信号S_RSTRは、ヨーレート制御のためにリアステア用アクチュエータ22の作動を要求するための信号である。DYC実行要求信号S_DYCは、ヨーレート制御のためにDYC用アクチュエータ32の作動を要求するための信号である。
【0041】
図3は、ヨーレート演算部41の機能構成を示す図である。図3に示すように、ヨーレート演算部41は、目標値生成部411、状態監視部412、アベイラビリティ量演算部413、フィードフォワード演算部414、フィードバック演算部415、調停部416、オーバライド判定部417を備える。
【0042】
目標値生成部411は、運転支援アプリケーション50から目標横加速度Gy*を入力するとともに、入力した目標横加速度Gy*から、車両に作用する横加速度が目標横加速度Gy*になるように、車両に発生させるべき目標ヨーレートγ*を演算する。目標ヨーレートγ*は、例えば、目標横加速度Gy*を車速Vで除算し、その値から車体スリップ角βの時間微分値dβ/dtを減算することにより、演算することができる。また、目標値生成部411は、運転支援アプリケーション50から目標横加速度Gy*の変化量dGy*/dtや、アプリケーション実行要求信号S_Appli.を入力してもよい。目標横加速度変化量dGy*/dtは、目標ヨーレートγ*を演算するために用いられる。アプリケーション実行要求信号S_Appli.は、運転支援アプリケーション50から出力された目標横加速度Gy*に基づいてヨーレートを制御することを要求するための信号である。
【0043】
状態監視部412は、車両に取り付けられている前輪転舵角センサから前輪転舵角δfを、後輪転舵角センサから後輪転舵角δrを、各輪にとりつけられたトルクセンサから各輪のホイールトルクτwを、車速センサから車速Vを、それぞれ入力する。また、状態監視部412は、入力した情報に基づいて現在の車両の状態を推定し、推定した車両の状態を表す車両発生限界物理量(例えば車両発生限界ヨーレート)を出力する。
【0044】
アベイラビリティ量演算部413は、状態監視部412から現在の車両の状態を入力する。また、アベイラビリティ量演算部413は、フロントステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_FSTR_Act_Ava、リアステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_RSTR_Act_Ava、DYCアベイラビリティ理論ヨーレートγ_DYC_Act_Avaをそれぞれ入力する。さらに、アベイラビリティ量演算部413は、運転支援アプリケーション50からアプリケーション情報を入力する。アプリケーション情報は、例えば、アクチュエータの使用可否を表す情報、あるいはヨーレートの制御の特性を表す情報である。
【0045】
そして、アベイラビリティ量演算部413は、上記した車両の状態を表す車両発生限界物理量、フロントステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_FSTR_Act_Ava、リアステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_RSTR_Act_Ava、DYCアベイラビリティ理論ヨーレートγ_DYC_Act_Ava、アプリケーション情報に基づいて、フロントステアアベイラビリティヨーレートγ_FSTR_Avaと、リアステアアベイラビリティヨーレートγ_RSTR_Avaと、DYCアベイラビリティヨーレートγ_DYC_Avaを演算する。
【0046】
フロントステアアベイラビリティヨーレートγ_FSTR_Avaは、車両の状態を表す車両発生限界物理量およびアプリケーション情報を考慮した場合に、フロントステア用アクチュエータ14が作動することにより車両に実際に発生させることができるヨーレートの最大値(あるいは範囲)を表す。リアステアアベイラビリティヨーレートγ_RSTR_Avaは、車両の状態を表す車両発生限界物理量およびアプリケーション情報を考慮した場合に、リアステア用アクチュエータ22が作動することにより車両に実際に発生させることができるヨーレートの最大値(あるいは範囲)を表す。DYCアベイラビリティヨーレートγ_DYC_Avaは、車両の状態を表す車両発生限界物理量およびアプリケーション情報を考慮した場合に、DYC用アクチュエータ32が作動することにより車両に実際に発生させることができるヨーレートの最大値(あるいは範囲)を表す。アベイラビリティ量演算部413には、各アベイラビリティヨーレートと、車両の状態を表す車両発生限界物理量、フロントステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_FSTR_Act_Ava、リアステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_RSTR_Act_Ava、DYCアベイラビリ理論ヨーレートγ_DYC_Act_Avaなどとの対応関係が表わされたテーブルを記憶している。そして、入力された各情報に基づいて、上記テーブルを参照することにより、各アベイラビリティヨーレートを演算する。
【0047】
フィードフォワード演算部414は、目標ヨーレートγ*および各アベイラビリティヨーレート(フロントステアアベイラビリティヨーレートγ_FSTR_Ava、リアステアアベイラビリティヨーレートγ_RSTR_Ava、DYCアベイラビリティヨーレートγ_DYC_Ava)を入力する。また、フィードフォワード演算部414は、制御対象選択部414a、規範演算部414b、フィードフォワード制御量分配部414cを備える。
【0048】
制御対象選択部414aは、各アベイラビリティヨーレートに基づいて、車両のヨーレート制御に用いることができるアクチュエータ(制御対象)を選択する。また、制御対象選択部414aは、使用可能なアクチュエータの優先順位を決定する。この場合、例えば、アベイラビリティ量演算部413にヨーレート制御の応答性を重視することを表すアプリケーション情報が入力されているときに、最も応答性の速いアクチュエータ(例えばDYC用アクチュエータ32)が第1優先、次に応答性の速いアクチュエータ(例えばフロントステア用アクチュエータ14)が第2優先、最も応答性の遅いアクチュエータ(例えばリアステア用アクチュエータ22)が第3優先となるように、優先順位が決定される。
【0049】
規範演算部414bは、目標値生成部411から目標ヨーレートγ*を入力するとともに、この目標ヨーレートγ*に規範演算を施すことにより、車両応答遅れを模擬したフィードフォワードヨーレート規範量γ_refを演算する。また、演算したフィードフォワードヨーレート規範量γ_refは、フィードバック演算に用いるため、フィードバック演算部415に出力する。
【0050】
フィードフォワード制御量分配部414cは、規範演算部414bで演算されたフィードフォワードヨーレート規範量γ_refを基に演算されるフィードフォワード制御量γ_FFを、フロントステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_FSTR_FFと、リアステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_RSTR_FFと、DYCフィードフォワードヨーレート制御量γ_DYC_FFに分配する。フロントステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_FSTR_FFは、フロントステア用アクチュエータ14が作動することにより車両に生じさせるヨーレートのフィードフォワード制御量である。リアステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_RSTR_FFは、リアステア用アクチュエータ22が作動することにより車両に生じさせるヨーレートのフィードフォワード制御量である。DYCフィードフォワードヨーレート制御量γ_DYC_FFは、DYC用アクチュエータ32が作動することにより車両に生じさせるヨーレートのフィードフォワード制御量である。
【0051】
この場合、フィードフォワード制御量分配部414cは、制御対象選択部414aで決定された優先順位および各アベイラビリティヨーレートに基づいてフィードフォワードヨーレート制御量γ_FFを分配する。例えば、演算したフィードフォワードヨーレート制御量γ_FFが10であり、フロントステア用アクチュエータ14が第1優先、リアステア用アクチュエータ22が第2優先、DYC用アクチュエータ32が第3優先であり、フロントステアアベイラビリティヨーレートγ_FSTR_Avaが6、リアステアアベイラビリティヨーレートγ_RSTR_Avaが3、DYCアベイラビリティヨーレートγ_DYC_Avaが3である場合、フロントステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_FSTR_FFが6、リアステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_RSTR_FFが3、DYCフィードフォワードヨーレート制御量γ_DYC_FFが1となるように、フィードフォワードヨーレート制御量γ_FFを分配する。そして、分配した各フィードフォワードヨーレート制御量をフィードバック演算部415および調停部416に出力する。
【0052】
フィードバック演算部415は、アベイラビリティ量演算部413から各アベイラビリティヨーレート(フロントステアアベイラビリティヨーレートγ_FSTR_Ava、リアステアアベイラビリティヨーレートγ_RSTR_Ava、DYCアベイラビリティヨーレートγ_DYC_Ava)を、フィードフォワード演算部414から各フィードフォワードヨーレート制御量(フロントステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_FSTR_FF、リアステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_RSTR_FF、DYCフィードフォワードヨーレート制御量γ_DYC_FF)およびフィードフォワードヨーレート規範量γ_refを、車両に取り付けられたヨーレートセンサからヨーレートγを、それぞれ入力する。また、フィードバック演算部415は、制御対象選択部415aとフィードバック制御量演算部415bとを備える。
【0053】
制御対象選択部415aは、各アベイラビリティヨーレートと各フィードフォワードヨーレート制御量から演算される余裕量に基づいて、車両のヨーレート制御に用いることができるアクチュエータを選択する。また、制御対象選択部415aは、使用可能なアクチュエータの優先順位を決定する。
【0054】
フィードバック制御量演算部415bは、入力されたフィードフォワードヨーレート規範量γ_refとヨーレートγとの偏差Δγ(=γ_ref−γ)に基づいて、車両のヨーレートをフィードバック制御する。例えば、このフィードバック制御がPID制御である場合、下記(1)式により、フィードバックヨーレート制御量γ_FBを演算する。
【数1】
上記(1)式において、Kpは比例ゲイン、Kiは積分ゲイン、Kdは微分ゲインである。
【0055】
さらに、フィードバック制御量演算部415bは、演算したフィードバックヨーレート制御量γ_FBを、フロントステアフィードバックヨーレート制御量γ_FSTR_FBと、リアステアフィードバックヨーレート制御量γ_RSTR_FBと、DYCフィードバックヨーレート制御量γ_DYC_FBに分配する。フロントステアフィードバックヨーレート制御量γ_FSTR_FBは、フロントステア用アクチュエータ14が作動することにより車両に生じさせるヨーレートのフィードバック制御量である。リアステアフィードバックヨーレート制御量γ_RSTR_FBは、リアステア用アクチュエータ22が作動することにより車両に生じさせるヨーレートのフィードバック制御量である。DYCフィードバックヨーレート制御量γ_DYC_FBは、DYC用アクチュエータ32が作動することにより車両に生じさせるヨーレートのフィードバック制御量である。
【0056】
この場合、フィードバック制御量演算部415bは、制御対象選択部415aで定めた使用可能なアクチュエータの優先順位にしたがって、フィードバックヨーレート制御量γ_FBを分配する。そして、フィードバック制御量演算部415bは、分配した各フィードバックヨーレート制御量(フロントステアフィードバックヨーレート制御量γ_FSTR_FB、リアステアフィードバックヨーレート制御量γ_RSTR_FB、DYCフィードバックヨーレート制御量γ_DYC_FB)を調停部416に出力する。
【0057】
調停部416は、最終値演算部416aと制御許可判定部416bとを備える。最終値演算部416aは、フィードフォワード演算部414から入力したフロントステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_FSTR_FFとフィードバック演算部415から入力したフロントステアフィードバックヨーレート制御量γ_FSTR_FBとを加算することにより、フロントステアヨーレート制御量γ_FSTRを演算する。そして、演算したフロントステアヨーレート制御量γ_FSTRおよび、フロントステア用アクチュエータ14の作動を要求するためのフロントステア実行要求信号S_FSTRを、前輪転舵角変換部42に出力する。また、調停部416は、フィードフォワード演算部414から入力したリアステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_RSTR_FFとフィードバック演算部415から入力したリアステアフィードバックヨーレート制御量γ_RSTR_FBとを加算することにより、リアステアヨーレート制御量γ_RSTRを演算する。そして、演算したリアステアヨーレート制御量γ_RSTRおよび、リアステア用アクチュエータ22の作動を要求するためのリアステア実行要求信号S_RSTRを、後輪転舵角変換部43に出力する。さらに、調停部416は、フィードフォワード演算部414から入力したDYCフィードフォワードヨーレート制御量γ_DYC_FFとフィードバック演算部415から入力したDYCフィードバックヨーレート制御量γ_DYC_FBとを加算することにより、DYCヨーレート制御量γ_DYCを演算する。そして、演算したDYCヨーレート制御量γ_DYCおよび、DYC用アクチュエータ32の作動を要求するためのDYC実行要求信号S_DYCを、DYC車軸トルク変換部44に出力する。
【0058】
図2に示すように、前輪転舵角変換部42は、フロントステアヨーレート制御量γ_FSTRを入力する。また、フロントステア用アクチュエータ14の作動により車両にフロントステアヨーレート制御量γ_FSTRに相当するヨーレートを発生させるために必要な前輪目標転舵角δf*を演算する。そして、演算した前輪目標転舵角δf*を表す信号をフロントステア用アクチュエータ14に出力する。この出力信号によりフロントステア用アクチュエータ14は、前輪転舵角δfが前輪目標転舵角δf*になるように、すなわちフロントステア用アクチュエータ14の作動により車両にフロントステアヨーレート制御量γ_FSTRに相当するヨーレートが発生するように、その作動が制御される。
【0059】
後輪転舵角変換部43は、リアステアヨーレート制御量γ_RSTRを入力する。また、リアステア用アクチュエータ22の作動により車両にリアステアヨーレート制御量γ_RSTRに相当するヨーレートを発生させるために必要な後輪目標転舵角δr*を演算する。そして、演算した後輪目標転舵角δr*を表す信号をリアステア用アクチュエータ22に出力する。この信号出力によりリアステア用アクチュエータ22は、後輪転舵角δrが後輪目標転舵角δr*になるように、すなわちリアステア用アクチュエータ22の作動により車両にリアステアヨーレート制御量γ_RSTRに相当するヨーレートが発生するように、その作動が制御される。
【0060】
DYC車軸トルク変換部44は、DYCヨーレート制御量γ_DYCを入力する。また、DYC用アクチュエータ32の作動により車両にDYCヨーレート制御量γ_DYCに相当するヨーレートを発生させるために必要な目標DYCトルクTb*を演算する。そして、演算した目標DYCトルクTb*を表す信号を、各輪のうち旋回内側に相当する車輪に制動力を付与するDYC用アクチュエータ32に出力する。この信号出力によりDYC用アクチュエータ32は、旋回内輪側に作用する車軸トルクTbが目標DYCトルクTb*になるように、すなわちDYC用アクチュエータ32の作動により車両にDYCヨーレート制御量γ_DYCに相当するヨーレートが発生するように、その作動が制御される。
【0061】
こうした複数のアクチュエータ(フロントステア用アクチュエータ14、リアステア用アクチュエータ22、DYC用アクチュエータ32)の協調制御によって、車両に運転支援アプリケーション50から入力された目標横加速度Gy*が発生するように、車両のヨーレート(横方向運動量)が制御される。
【0062】
また、図3に示すように、ヨーレート演算部41はオーバライド判定部417を備える。オーバライド判定部417は、車両に取り付けられた操舵トルクセンサから操舵トルクτsを入力する。また、運転支援アプリケーションから目標横加速度Gy*を入力する。オーバライド判定部417は、入力した操舵トルクτsと、その操舵トルクτsに対する閾値τsthとを比較し、その比較結果に基づいてドライバの操舵意図の有無を判断する。そして、その判断結果を表したオーバライド判定フラグFを調停部416の制御許可判定部416bに出力する。
【0063】
図4は、オーバライド判定部417の機能構成を示すブロック図である。図4に示すように、オーバライド判定部417は、閾値設定部417aと比較部417bとを備える。閾値設定部417aは、目標横加速度Gy*に基づいて、オーバライドであるか否かを判断するための操舵トルクの大きさの閾値τsthを設定する。比較部417bは、操舵トルクτsと閾値τsthとを比較することによりオーバライドであるか否かを判断し、その判断結果を表すオーバライド判定フラグFを出力する。
【0064】
図5は、閾値設定部417aが実行する閾値設定ルーチンを表すフローチャートである。このルーチンは所定の短時間ごとに繰り返し実行される。このルーチンが起動すると、閾値設定部417aは、図のステップ(以下、ステップをSと略記する)10にて、目標横加速度Gy*を入力する。次いで、目標横加速度Gy*の時間微分値である目標横加速度変化量dGy*/dtを演算する(S11)。続いて、目標横加速度変化量dGy*/dtの絶対値|dGy*/dt|が所定の微小値Δよりも大きいか否かを判断する(S12)。微小値Δは、目標横加速度Gy*が変化したか否かを判断するための値であり、予め定められる。S12にて、絶対値|dGy*/dt|が微小値Δ以下であると判断した場合(S12:No)は、閾値設定部417aは閾値τsthを基準閾値τs0に設定する(S14)。一方、絶対値|dGy*/dt|が微小値Δよりも大きいと判断した場合(S12:Yes)は、閾値設定部417aは閾値τsthを第1閾値τs1に設定する(S13)。ここで、第1閾値τs1は基準閾値τs0よりも大きい。閾値設定部417aは、S13またはS14にて閾値τsthを設定した後は、S15にて閾値τsthを出力する。その後、このルーチンを一旦終了する。
【0065】
図6は、比較部417bが実行するオーバライド判定ルーチンを表すフローチャートである。このルーチンは所定の短時間ごとに繰り返し実行される。このルーチンが起動すると、比較部417bは、まず、図のS20にて、操舵トルクτsを入力する。次いで、閾値τsthを入力する(S21)。続いて、操舵トルクの大きさを表す絶対値|τs|が閾値τsthよりも大きいか否かを判断する(S22)。絶対値|τs|が閾値τsthよりも大きい場合(S22:Yes)は、比較部417bはドライバに操舵意図が有ると判断し、S23に進んでオーバライド判定フラグFを1に設定する。一方、絶対値|τs|が閾値τsth以下である場合(S22:No)は、比較部417bはドライバに操舵意図が無いと判断し、S24に進んでオーバライド判定フラグFを0に設定する。S23またはS24にてオーバライド判定フラグFを0または1に設定した後は、オーバライド判定フラグFを出力する(S25)。その後このルーチンを一旦終了する。
【0066】
図3に示すように、オーバライド判定部417にて設定されたオーバライド判定フラグFは調停部416の制御許可判定部416bに入力される。制御許可判定部416bは、オーバライド判定フラグFが0に設定されているときは、上述のように演算した各ヨーレート制御量γ_FSTR,γ_RSTR,γ_DYCによる制御を許可する。これにより各アクチュエータが作動して、車両のヨーレートが制御される。一方、オーバライド判定フラグFが1に設定されているときは、制御許可判定部416bは、各アクチュエータの作動による車両のヨーレート制御を停止する。この場合において、各アクチュエータの作動による車両のヨーレート制御を突然停止させると車両挙動の不安定化を招く。したがって、制御許可判定部416bは、入力されるオーバライド判定フラグFが1から0に変化した場合、そのときから各アクチュエータの制御量を徐々に小さくし、所定時間経過後に制御を停止させる処理(制御縮退処理)を実行してもよい。
【0067】
図7および図8は、目標横加速度Gy*(目標ヨーレートγ*でもよい)と操舵トルクの絶対値|τs|とが時系列的に変化する状態を示したグラフである。図の横軸は時間である。また、操舵トルクの絶対値|τs|と比較される閾値τsthが図において点線で示される。図7に示すように、目標横加速度Gy*が変化した場合に操舵トルクの絶対値|τs|は一時的に増加する。目標横加速度Gy*が変化した場合、各アクチュエータの作動状態が変化する。例えば、目標横加速度Gy*の変化に伴いフロントステア用アクチュエータ14の作動量が変化する。すると、フロントステア用アクチュエータ14の作動量の変化に伴って操舵ハンドルの自動操舵量も変化する。このときドライバが操舵ハンドルを握っていた場合、自動操舵量の変化に違和感を覚えて操舵ハンドルを保舵する。斯かる保舵により操舵トルクの絶対値|τs|が増加する。しかし、ドライバは、自動操舵量の変化に応じて操舵ハンドルの保舵を解除する場合がある。このため操舵トルクの絶対値|τs|が減少する。このようにして、目標横加速度Gy*が変化したときに、操舵トルクτsの大きさが一時的に増加するのである。
【0068】
目標横加速度Gy*の変化により一時的に増加する操舵トルクτsは、ドライバが積極的に操舵するという意思に基づいて意図的に操舵ハンドルに入力した操舵トルクではない。よって、この場合、操舵意図は無い。しかし、操舵意図の無い操舵操作により発生する操舵トルクτsであっても、その大きさが閾値τsthを越えた場合にはヨーレート制御が停止される。特に、閾値τsthが目標横加速度Gy*の変化にかかわらず一定である場合、操舵意図の無い操舵操作により増加した操舵トルクτsの大きさが閾値τsthを越えることにより、ヨーレート制御が停止される可能性が高い。例えば図7に示すように、目標横加速度Gy*の変化に伴い増加する操舵トルクτsの大きさが、T1の時点で一定の閾値τsth(基準閾値τs0)を越えるので、この時点でヨーレート制御が停止される。よって、ドライバは、ヨーレート制御を停止させる意思がないにもかかわらすヨーレート制御が停止されることによる不快感を覚える。
【0069】
これに対し、本実施形態では、目標横加速度Gy*が変化したときに設定される閾値が、目標横加速度Gy*が変化していないときに設定される閾値よりも大きい。つまり、目標横加速度Gy*の変化時に閾値τsthが大きくされる。図8は、目標横加速度Gy*と操舵トルクτsの絶対値|τ|の時系列的な変化を、目標横加速度Gy*の変化に応じて変化する閾値τsthとともに併記したグラフである。図8に示すように、目標横加速度Gy*が変化していないときに設定される閾値τsthは基準閾値τs0であり、目標横加速度Gy*が変化しているときに設定される閾値τsthは第1閾値τs1である。第1閾値τs1は基準閾値τs0よりも大きい。
【0070】
図8からわかるように、目標横加速度Gy*が変化した場合に操舵トルクの絶対値|τs|は増加するが、同時に閾値τsthも大きくなるので、操舵トルクτsの大きさは閾値τsthを越えない。このため各アクチュエータの作動によるヨーレート制御が継続される。すなわち、本実施形態によれば、ヨーレート制御を停止させる意図がないにも関わらずに生じた操舵トルクによってヨーレート制御が停止されることが防止される。
【0071】
このように、本実施形態によれば、目標横加速度Gy*が変化したときに設定される閾値τsthが、目標横加速度Gy*が変化していないときに設定される閾値τsthよりも大きくなるように、目標横加速度Gy*に基づいて閾値τsthが設定される。このため、目標横加速度Gy*の変化に伴い増加する操舵トルクτsの大きさが閾値τsthを越えることが防止あるいは抑制される。よって、操舵意図の無い操舵操作によって横方向運動制御が停止されることが防止される。つまり、本実施形態の横方向運動制御装置40によれば、横方向運動制御中におけるドライバの操舵意図の有無を精度良く判断することができる。
【0072】
(第2実施形態)
上記第1実施形態では、目標横加速度Gy*が変化したときに閾値τsthが大きくなるように、目標横加速度Gy*に基づいて閾値τsthを設定する例について説明した。本実施形態では、目標横加速度Gy*の変化量が大きくなればなるほど閾値τsthが大きくなるように、または、目標横加速度Gy*の変化量が大きくなればなるほど閾値τsthの変化量(増加量)が大きくなるように、目標横加速度Gy*に基づいて閾値τsthを設定する例について説明する。
【0073】
図9は、本実施形態において、閾値設定部417aが実行する閾値設定ルーチンを表すフローチャートである。このルーチンは所定の短時間ごとに繰り返し実行される。このルーチンが起動すると、閾値設定部417aは、まず図のS30にて目標横加速度Gy*を入力する。次いで、目標横加速度変化量ΔGy*を演算する(S31)。目標横加速度変化量ΔGy*は、今回このルーチンを実行しているときにS30で入力した目標横加速度Gy*と、前回このルーチンを実行したときにS30で入力した目標横加速度である旧目標横加速度Gy*_oldとの差の絶対値である。続いて閾値設定部417aは、目標横加速度変化量ΔGy*が0であるか否か、すなわち目標横加速度Gy*が変化したか否かを判断する(S32)。目標横加速度変化量ΔGy*が0である場合(S32:Yes)、閾値設定部417aはS33に進み、閾値τsthを基準閾値τs0に設定する。
【0074】
一方、目標横加速度変化量ΔGy*が0ではない場合(S32:No)、閾値設定部417aはS34に進み、閾値変化量Δτsthを取得する。閾値設定部417aは閾値変化量Δτsthを取得するために、オーバライド判定部417に記憶されている横加速度変化量−閾値変化量テーブルを参照する。
【0075】
図10は、横加速度変化量−閾値変化量テーブルの一例をグラフにより表わした図である。このグラフの横軸は目標横加速度変化量ΔGy*を表し、縦軸が閾値変化量Δτsthを表す。図10に示すように、閾値変化量Δτsthは目標横加速度変化量ΔGy*が大きいほど大きい。閾値設定部417aは、S34にてこの横加速度変化量−閾値変化量テーブルを参照し、目標横加速度変化量ΔGy*に対応する閾値変化量Δτsthを取得する。
【0076】
S34にて閾値変化量Δτsthを取得した後は、閾値設定部417aは、現在設定されている閾値τsthに閾値変化量Δτsthを加算することにより、新たな閾値τsthを設定する(S35)。
【0077】
S33またはS35にて閾値τsthを設定した後は、閾値設定部417aはS36に進み、設定した閾値τsthを出力する。次いで、旧目標横加速度Gy*_oldにS30で入力した目標横加速度Gy*を代入することにより旧目標横加速度Gy*_oldを更新する(S37)。その後、このルーチンを一旦終了する。このようにして、目標横加速度変化量ΔGy*(目標横加速度Gy*の変化量)が大きいほど閾値τsthが大きくなるように、また、目標横加速度変化量ΔGy*が大きいほど閾値τsthの変化量が大きくなるように、目標横加速度Gy*に基づいて閾値τsthが設定される。なお、その他の構成は上記第1実施形態で説明した構成と同一であるので、その他の構成についての説明は省略する。
【0078】
図11および図12は、目標横加速度Gy*(目標ヨーレートγ*でもよい)と操舵トルクの絶対値|τs|とが時系列的に変化する状態を、本実施形態で説明した目標横加速度変化量ΔGy*に応じて変化する閾値τsthとともに示したグラフである。図の横軸は時間である。また図において閾値τsthが点線で示される。図11に示すように、目標横加速度Gy*が変化した場合に操舵トルクの絶対値|τs|大きさは一時的に増加する。この場合において、閾値τsthが目標横加速度Gy*の変化にかかわらず一定(τsth=τs0)である場合、T1の時点で操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越える。このためドライバの意思に反してヨーレート制御が停止される。
【0079】
一方、目標横加速度変化量ΔGy*が大きいほど大きくなるように閾値τsthを変化させた場合、図11の線Aで示すように、目標横加速度Gy*が増加するにつれて閾値τsthも増加する。したがって、目標横加速度Gy*の変化に伴い増加する操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越えることが防止あるいは抑制される。よって、操舵意図の無い操舵操作によって横方向運動制御が停止されることが防止される。つまり、本実施形態の横方向運動制御装置40によれば、横方向運動制御中におけるドライバの操舵意図の有無を精度良く判断することができる。
【0080】
また、目標横加速度Gy*の変化に伴い増加する操舵トルクの絶対値|τs|は、目標横加速度Gy*の変化量の大きさが大きいほど大きい。したがって、目標横加速度Gy*の変化量の大きさにかかわらず閾値τsthの変化量が一定である場合、図12の中段のグラフに示すように、T2の時点で操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越える。このためドライバの意思に反してヨーレート制御が停止される。これに対して本実施形態では、目標横加速度Gy*の変化量が大きいほど閾値τsthの変化量が大きい。よって、図12の下段に示すグラフのように、目標横加速度Gy*の変化に伴い増加する操舵トルクが閾値τsthを越えることが防止あるいは抑制される。よって、操舵意図の無い操舵操作によって横方向運動制御が停止されることが防止される。つまり、本実施形態の横方向運動制御装置40によれば、横方向運動制御中におけるドライバの操舵意図の有無を精度良く判断することができる。
【0081】
(第3実施形態)
上記第1および第2実施形態では、目標横加速度Gy*の変化または目標横加速度Gy*の変化量に基づいて閾値τsthが変化する例について説明した。本実施形態では、目標横加速度Gy*が車両に作用することにより発生するヨーレートの方向(つまり目標ヨーレートγ*の方向)と、ドライバが操舵操作することにより発生するヨーレートの方向とに基づいて、閾値τsthが変化する例について説明する。
【0082】
図13は、本実施形態において閾値設定部417aが実行する閾値設定ルーチンを表すフローチャートである。このルーチンは所定の短時間ごとに繰り返し実行される。このルーチンが起動すると、閾値設定部417aは、まず図13のS40にて、目標横加速度Gy*を入力する。ここで、入力された目標横加速度Gy*は正の値または負の値または0である。目標横加速度Gy*が正の値であるときは、その目標横加速度Gy*が車両に作用することにより車両が右旋回する方向にヨーレートが発生する。また、入力された目標横加速度Gy*が負の値であるときは、その目標横加速度Gy*が車両に作用することにより車両が左旋回する方向にヨーレートが発生する。
【0083】
次いで、閾値設定部417aは、車両に取り付けられた操舵トルクセンサから操舵ハンドルに入力される操舵トルクτsを入力する(S41)。ここで、入力された操舵トルクτsは正の値または負の値または0である。操舵トルクτsが正の値であるときは、その操舵トルクτsによってフロントステアリング機構が操作されることにより車両が右旋回する方向にヨーレートが発生する。また、入力された操舵トルクτsが負の値であるときは、その操舵トルクτsによってフロントステアリング機構が操作されることにより車両が左旋回する方向にヨーレートが発生する。
【0084】
続いて、閾値設定部417aは、入力した目標横加速度Gy*の符号関数sgn(Gy*)と入力した操舵トルクτsの符号関数sgn(τ)との積が0以上であるか否かを判断する(S42)。符号関数sgn(α)は、変数αが正であるか負であるかを示す関数であり、変数αが正であるときはsgn(α)は1、変数αが負であるときはsgn(α)は−1である。
【0085】
S42にて符号関数の積が0以上(0または1)であるとき(S42:Yes)は、目標横加速度Gy*が車両に作用することにより発生するヨーレートの方向(目標ヨーレートγ*の方向)と、ドライバによる操舵操作により生じる車両のヨーレートの方向が同じである。この場合、閾値設定部417aはS43に進み、閾値τsthを基準閾値τs0に設定する。一方、S42にて符号関数の積が負(−1)であるとき(S42:No)は、目標横加速度Gy*が車両に作用することにより発生するヨーレートの方向(目標ヨーレートγ*の方向)と、ドライバによる操舵操作により生じる車両のヨーレートの方向が異なる。この場合、閾値設定部417aはS44に進み、閾値τsthを第2閾値τs2に設定する。ここで、第2閾値τs2は基準閾値τs0よりも小さい。閾値設定部417aは、S43またはS44にて閾値τsthを設定した後は、設定した閾値τsthを出力する。その後、このルーチンを一旦終了する。このようにして閾値τsthを設定することにより、閾値τsthは目標横加速度Gy*の符号関数と操舵トルクτsの符号関数との積に応じて変化する。なお、その他の構成は上記第1実施形態で説明した構成と同一であるので、その他の構成についての説明は省略する。
【0086】
図14乃至図17は、目標横加速度Gy*(目標ヨーレートγ*でもよい)、操舵トルクτs、操舵トルクの絶対値|τs|が時系列的に変化する様々な状態を、本実施形態に示した方法により設定された閾値τsthとともに示したグラフである。図の横軸は時間である。また図において操舵トルクの絶対値|τs|と比較される閾値τsthが点線で示される。
【0087】
図14によれば、時刻T0以前は目標横加速度Gy*も操舵トルクτsも0である。時刻T0にて目標横加速度Gy*が0から正の値に変化する。その後、時刻T1にて操舵トルクτsが0から正の値に変化する。時刻T1以前は操舵トルクτsが0であるので、図13のS42の判定結果がYesであり、閾値τsthは基準閾値τs0である。また、時刻T1以後は目標横加速度Gy*も操舵トルクτsも正の値であるので、図13のS42の判定結果がYesであり、閾値τsthは基準閾値τs0である。よって閾値τsthは図14に示す時間範囲内で一定(τs0)である。また、操舵トルクτsはT1の時点で変化するが、変化後の操舵トルクの絶対値|τs|は閾値τsth(=τs0)を越えることがない。したがってヨーレート制御は継続される。
【0088】
図15によれば、時刻T0以前は目標横加速度Gy*も操舵トルクτsも0である。時刻T0にて目標横加速度Gy*が0から正の値に変化する。その後、時刻T1にて操舵トルクτsが0から負の値に変化する。時刻T1以前は操舵トルクτsが0であるので、図13のS42の判定結果がYesであり、閾値τsthは基準閾値τs0である。また、時刻T1以後は目標横加速度Gy*が正の値であり、操舵トルクτsは負の値であるので、図13のS42の判定結果がNoである。このため時刻T1を境に閾値τsthが基準閾値τs0から第2閾値τs2に変化する。第2閾値τs2は基準閾値τs0よりもかなり小さい値に設定されているので、操舵トルクの絶対値|τs|はT2の時点で閾値τsth(=τs2)を越える。したがってT2の時点でヨーレート制御が停止される。
【0089】
図16によれば、時刻T0以前は目標横加速度Gy*も操舵トルクτsも0である。時刻T0にて目標横加速度Gy*が0から負の値に変化する。その後、時刻T1にて操舵トルクτsが0から正の値に変化する。時刻T1以前は操舵トルクτsが0であるので、図13のS42の判定結果がYesであり、閾値τsthは基準閾値τs0である。また、時刻T1以後は目標横加速度Gy*が負の値であり、操舵トルクτsは正の値であるので、図13のS42の判定結果がNoである。このため時刻T1を境に閾値τsthが基準閾値τs0から第2閾値τs2に変化する。第2閾値τs2は基準閾値τs0よりもかなり小さい値に設定されているので、操舵トルクの絶対値|τs|はT2の時点で閾値τsth(=τs2)を越える。したがって、T2の時点でヨーレート制御が停止される。
【0090】
図17によれば、時刻T0以前は目標横加速度Gy*も操舵トルクτsも0である。時刻T0にて目標横加速度Gy*が0から負の値に変化する。その後、時刻T1にて操舵トルクτsが0から負の値に変化する。時刻T1以前は操舵トルクτsが0であるので、図13のS42の判定結果がYesであり、閾値τsthは基準閾値τs0である。また、時刻T1以後は目標横加速度Gy*も操舵トルクτsも負の値であるので、図13のS42の判定結果がYesであり、閾値τsthは基準閾値τs0である。よって閾値τsthは図17に示す時間範囲内で一定(τs0)である。また、操舵トルクτsはT1の時点で変化するが、変化後の操舵トルクの大きさ|τs|が閾値τsth(=τs0)を越えることがない。したがってヨーレート制御が継続される。
【0091】
図14および図17に示すように目標横加速度Gy*と操舵トルクτsが変化する場合、操舵トルクτsによりフロントステアリング機構が操作されることにより生じるヨーレートの方向(図14の場合は右旋回方向、図17の場合は左旋回方向)と、目標横加速度Gy*が車両に作用することにより発生する目標ヨーレートγ*の方向(図14の場合は右旋回方向、図17の場合は左旋回方向)が同じである。ドライバが入力する操舵トルクτsにより生じるヨーレートの方向と目標ヨーレートγ*の方向が同じである場合、操舵意図があるか否かは不明である。この場合、図14および図17に示すように閾値τsthが基準閾値τs0に維持される。これにより不必要にヨーレート制御が停止されることが防止される。
【0092】
図15および図16に示すように目標横加速度Gy*と操舵トルクτsが変化する場合、操舵トルクτsによりフロントステアリング機構が操作されることにより生じるヨーレートの方向(図14の場合は左旋回方向、図15の場合は右旋回方向)と、目標横加速度Gy*が車両に作用することにより発生する目標ヨーレートγ*の方向(図14の場合は右旋回方向、図15の場合は左旋回方向)が異なる。ドライバが入力する操舵トルクτsにより生じるヨーレートの方向と目標ヨーレートの方向が異なる場合、操舵意図が有る可能性が高い。この場合、図15および図16に示すように閾値τsthが基準閾値τs0から第2閾値τs2まで低下する。これによりヨーレート制御がより停止され易くされる。このように、目標ヨーレートγ*の方向とドライバが操舵操作することにより発生するヨーレートの方向によってドライバの操舵意図を推測し、その推測結果を基に閾値τsthを設定することで、ドライバが操舵意図を持って操舵操作した場合に、ヨーレート制御を速やかに停止させることができる。すなわち、本実施形態の横方向運動制御装置40によれば、横方向運動制御中におけるドライバの操舵意図の有無を精度良く判断することができる。
【0093】
(第4実施形態)
上記第3実施形態では、目標横加速度Gy*が車両に作用することにより車両が旋回する方向(目標ヨーレートγ*の方向)と、ドライバが操舵操作することにより発生するヨーレートの方向とに基づいて、閾値τsthが変化する例について説明した。本実施形態では、目標横加速度Gy*が車両に作用することにより車両が旋回する方向(目標ヨーレートγ*の方向)とドライバが操舵操作することにより発生するヨーレートの方向とが異なるときに、ドライバによる操舵操作量の変化量を表す操舵トルクτsの変化量に応じて閾値τsthの変化量が変化する例について説明する。
【0094】
図18は、本実施形態において閾値設定部417aが実行する閾値設定ルーチンを表すフローチャートである。このルーチンは所定の短時間ごとに繰り返し実行される。このルーチンが起動すると、閾値設定部417aは、まず図18のS50にて目標横加速度Gy*を入力する。入力された目標横加速度Gy*は正の値または負の値または0である。目標横加速度Gy*の正負(符号)の定義は上記第3実施形態に示した定義と同一である。
【0095】
次いで、閾値設定部417aは、車両に取り付けられた操舵トルクセンサから操舵ハンドルに入力される操舵トルクτsを入力する(S41)。ここで、入力された操舵トルクτsは正の値または負の値または0である。操舵トルクτsの正負(符号)の定義は上記第3実施形態に示した定義と同一である。
【0096】
続いて、閾値設定部417aは、入力した目標横加速度Gy*の符号関数sgn(Gy*)と入力した操舵トルクτsの符号関数sgn(τs)との積が0以上であるか否かを判断する(S52)。
【0097】
S52にて符号関数の積が0以上(0または1)であると判断したとき(S52:Yes)は、閾値設定部417aはS53に進み、閾値τsthを基準閾値τs0に設定する。一方、S52にて符号関数の積が負(−1)であると判断したとき(S52:No)は、閾値設定部417aはS54に進み、操舵トルク変化量Δτsを演算する。操舵トルク変化量Δτsは、今回このルーチンを実行しているときにS51で入力した操舵トルクτsと前回このルーチンを実行したときにS51で入力した操舵トルクである旧操舵トルクτs_oldとの差の絶対値である。続いて、閾値設定部417aは、S55にて閾値変化量Δτsthを取得する。閾値変化量Δτsthを取得するために、オーバライド判定部417に記憶されている操舵トルク変化量−閾値変化量テーブルが参照される。
【0098】
図19は、操舵トルク変化量−閾値変化量テーブルの一例をグラフにより表わした図である。このグラフの横軸は操舵トルク変化量Δτsを表し、縦軸は閾値変化量Δτsthを表す。図19に示すように、閾値変化量Δτsthは操舵トルク変化量Δτsが大きいほど大きい。閾値設定部417aは、S55にてこの操舵トルク変化量−閾値変化量テーブルを参照し、操舵トルク変化量Δτsに対応する閾値変化量Δτsthを取得する。閾値変化量Δτsthを取得した後は、閾値設定部417aは、現在設定されている閾値τsthから閾値変化量Δτsthを減算することにより、仮閾値τsth_pを設定する(S56)。
【0099】
次いで、閾値設定部417aは、仮閾値τsth_pが最低閾値τsmin未満であるかを判定する(S57)。最低閾値τsminは、操舵トルクの絶対値|τs|の閾値として用いられる最も小さい値として予め定められる。仮閾値τsth_pが最低閾値τsmin未満であるとき(S57:Yes)は、閾値設定部417aは閾値τsthを仮閾値τsth_pに設定する(S58)。一方、仮閾値τsth_pが最低閾値τsmin以上であるとき(S57:No)は、閾値設定部417aは閾値τsthを最低閾値τsminに設定する(S59)。
【0100】
S53、S58、またはS59にて閾値τsthを設定した後は、閾値設定部417aは設定した閾値を出力する(S60)。次いで、S51で入力した操舵トルクτsを旧操舵トルクτs_oldに代入することにより旧操舵トルクτs_oldを更新する(S61)。その後、このルーチンを一旦終了する。このようにして、操舵トルクτsの変化量に応じて閾値τsthの変化量が変化するように、具体的には操舵トルクτsの変化量が大きいほど閾値τsthの変化量(減少量)が大きくなるように、閾値τsthが設定される。
【0101】
図20および図21は、目標横加速度Gy*(目標ヨーレートγ*でもよい)、操舵トルクτs、操舵トルクの絶対値|τs|が時系列的に変化する様々な状態を、本実施形態で示した方法により設定した閾値τsthとともに示したグラフである。図の横軸は時間である。また図において操舵トルクの絶対値|τs|と比較される閾値τsthが点線で示される。
【0102】
これらの図からわかるように、時刻T0にて目標横加速度Gy*が0から正の値に変化し、その後、時刻T1にて操舵トルクτsが0から負の値に変化する。時刻T1以前は操舵トルクτsが0であるので、図18のS52の判定結果がYesであり、閾値τsthはτs0である。また、時刻T1以後は目標横加速度Gy*が正の値であり、操舵トルクτsは負の値であるので、図18のS52の判定結果がNoである。したがって、T1の時点から閾値τsthが変化する。このとき閾値τsthの変化量(減少量)は、操舵トルクτsの変化量が大きいほど大きい。
【0103】
図20では、時刻T1以後に変化する操舵トルクτsの変化量が小さいので、閾値τsthの変化量(減少量)も小さい。つまり閾値τsthの減少勾配が緩やかである。一方、図21では、時刻T1以後に変化する操舵トルクτsの変化量が大きいので、閾値τsthの変化量(減少量)も大きい。つまり閾値τsthの減少勾配が急峻である。なお、閾値τsthが最低閾値τsminに等しくなった時点以降は閾値τsthは一定(τsmin)である。
【0104】
図20に示す場合、時刻T1から変化する閾値τsthの減少量が小さいので、時刻T1から操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越える時刻T2までの時間(T2−T1)が長い。一方、図21に示す場合、時刻T1時点から変化する閾値τsthの減少量が大きいので、時刻T1から操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越える時刻T2までの時間(T2−T1)が短い。
【0105】
目標横加速度Gy*が車両に作用することに発生する目標ヨーレートγ*の方向と操舵トルクτsにより生じるヨーレートの方向が異なっている場合であっても、操舵トルクτsの変化量が小さい場合は、その操舵トルクτsが、ドライバの操舵意図に起因して発生した操舵トルクではない可能性がある。したがって、この場合、図20に示すように閾値τsthの減少勾配を緩やかに設定することにより、操舵トルクτsが閾値τsthを越えるタイミング、つまりヨーレート制御を停止するタイミングを遅らせることができる。このような制御停止タイミングの遅延処理により、不必要なヨーレート制御の停止をより一層防止することができる。
【0106】
また、目標横加速度Gy*が車両に作用することにより発生する目標ヨーレートγ*の方向と、操舵トルクτsにより生じるヨーレートの方向が異なっている場合であって、且つ操舵トルクτsの変化量が大きい場合は、自動操舵に対抗してドライバが操舵操作している場合が想定され得る。このような場合、操舵トルクτsが操舵意図に起因して発生した操舵トルクである可能性が高い。したがって、この場合、図21に示すように閾値τsthの減少勾配を急峻にすることにより、操舵トルクτsが閾値τsthを越えるタイミング、つまりヨーレート制御を停止するタイミングを早めることができる。これにより、ドライバの操舵意図を迅速に察知して、速やかにヨーレート制御を停止させることができる。
【0107】
(第5実施形態)
次に、本発明の第5実施形態について説明する。この実施形態によれば、閾値τsthは、DYC用アクチュエータ32の制御量に応じて変化する。
【0108】
図22は、本実施形態において閾値設定部417aが実行する閾値設定ルーチンを表すフローチャートである。このルーチンは所定の短時間ごとに繰り返し実行される。このルーチンが起動すると、閾値設定部417aは、まず図のS70にて目標横加速度Gy*を入力する。次いで、DYC制御量αを入力する。このDYC制御量αは、例えばDYCヨーレート制御量γ_DYCである。
【0109】
続いて閾値設定部417aは、目標横加速度Gy*が変化したか否かを演算する(S72)。目標横加速度Gy*が変化していない場合(S72:No)、閾値設定部417aはS77に進み、閾値τsthを基準閾値τs0に設定する。一方、目標横加速度Gy*が変化している場合(S72:Yes)、閾値設定部417aはS73に進み、DYC制御量αの絶対値|α|が0よりも大きいか否か、すなわちヨーレート制御のためにDYC用アクチュエータ32が作動しているか否かを判断する。DYC制御量αが0である場合(S73:No)、すなわちヨーレート制御のためにDYC用アクチュエータ32が作動していない場合、閾値設定部417aはS77に進み、閾値τsthを基準閾値τs0に設定する。
【0110】
一方、DYC制御量αの絶対値|α|が0より大きい場合(S73:Yes)、すなわちヨーレート制御のためにDYC用アクチュエータ32が作動している場合、閾値設定部417aはS73に進み、DYC制御量変化量Δαを演算する(S74)。DYC制御量変化量Δαは、今回このルーチンを実行しているときにS71で入力したDYC制御量αと、前回このルーチンを実行したときにS71で入力したDYC制御量である旧DYC制御量α_oldとの差の絶対値である。続いて閾値設定部417aは、閾値変化量Δτsthを取得する(S75)。閾値変化量Δτsthを取得するために、オーバライド判定部417に記憶されているDYC制御量変化量−閾値変化量テーブルが参照される。
【0111】
図23は、DYC制御量変化量−閾値変化量テーブルの一例をグラフにより表わした図である。このグラフの横軸はDYC制御量変化量Δα表し、縦軸が閾値変化量Δτsthを表す。図23に示すように、閾値変化量ΔτsthはDYC制御量変化量Δαが大きいほど大きい。閾値設定部417aは、S75にてこのDYC制御量変化量−閾値変化量テーブルを参照し、DYC制御量変化量Δαに対応する閾値変化量Δτsthを取得する。
【0112】
S75にて閾値変化量Δτsthを取得した後は、閾値設定部417aは、現在設定されている閾値τsthに閾値変化量Δτsthを加算することにより、新たな閾値τsthを設定する(S76)。
【0113】
S76またはS77にて閾値τsthを設定した後は、閾値設定部417aはS78に進み、設定した閾値τsthを出力する。次いで、旧DYC制御量α_oldにS73で入力したDYC制御量αを代入することにより、旧DYC制御量α_oldを更新する(S79)。その後、このルーチンを一旦終了する。このようにして閾値τsthを設定することにより、閾値τsthはDYC制御量変化量Δαに基づいて変化する。具体的には、DYC制御量αの変化量が大きいほど閾値τsthの変化量が大きくなるように、閾値τsthが設定される。
【0114】
図24は、目標横加速度Gy*(目標ヨーレートγ*でもよい)、DYC制御量α、操舵トルクの絶対値|τs|が時系列的に変化する状態を、本実施形態で示した方法により設定した閾値τsthとともに示したグラフである。図の横軸は時間である。また図において操舵トルクの絶対値|τs|と比較される閾値τsthが点線で示される。
【0115】
図24に示すように、目標横加速度Gy*が変化したときに、DYC制御量αも変化している。このDYC制御量αに基づいて、例えば車両の左右輪の一方に制動力が付与されて、車両のヨーレートが制御される。
【0116】
DYC用アクチュエータ32が作動することにより車両のヨーレートを制御した場合、車両の旋回の態様が前輪の転舵によりなされる旋回の態様とは異なるので、ドライバは旋回動作に違和感を覚えて操舵ハンドルを保舵する可能性がある。斯かる操舵ハンドルの保舵によって操舵トルクの大きさが増加する。この操舵トルクの大きさ(絶対値)が閾値τsthを越えたときにヨーレート制御が停止される。しかし、DYC制御量αの変化により一時的に生じる操舵トルクτsは、ドライバが操舵意図を持って入力した操舵トルクではない。よって、このような操舵意図の無い操舵トルクの増加によってヨーレート制御が停止されることは好ましくない。
【0117】
この点につき、本実施形態では、閾値τsthが、DYC制御量αに基づいて変化させられる。具体的には、DYC制御量変化量Δαが大きいほど、閾値τsthに加算される閾値変化量Δτsthが大きくなるように、DYC制御量αの変化に応じて閾値τsthが変化する。したがって、図24に示すように、目標横加速度Gy*の変化に伴いDYC制御量αが変化したときに、閾値τsthは大きくなる。これにより、DYC制御量αの変化により一時的に生じた操舵意図の無い操舵トルクτsの大きさが閾値τsthを越えることが防止または抑制される。すなわち、本実施形態の横方向運動制御装置40によれば、横方向運動制御中におけるドライバの操舵意図の有無を精度良く判断することができる。
【0118】
また、DYC制御量変化量Δαが大きいほど閾値τsthに加算される閾値変化量Δτsthが大きくなるように閾値τsthが設定されるので、閾値τsthの時間変化勾配は、DYC制御量αの時間勾配が大きいほど大きい。例えば、DYC制御量αが図24の実線A1で示すように緩やかに増加した場合、閾値τsthも図24の点線B1で示すように緩やかに増加し、DYC制御量αが図24の一点鎖線A2で示すように急峻に増加した場合、閾値τsthは図24の点線B2で示すように急峻に増加する。DYC制御量αの変化に伴い発生する操舵トルクの大きさは、DYC制御量αの変化勾配が大きいほど大きい。このため、閾値τsthもDYC制御量αの変化勾配が大きいほど大きくなるように設定することにより、DYC制御量αの変化により一時的に増加した操舵トルクの大きさ|τs|が閾値τsthを越えることがより一層防止される。
【0119】
(第6実施形態)
次に、本発明の第6実施形態について説明する。上記第1実施形態では、操舵トルクτsの大きさが閾値τsthを越えたときに、操舵意図が有ると判断されてヨーレート制御が停止される例について説明した。本実施形態では、操舵トルクτsの大きさが閾値τsthを越えている時間が予め定められた所定時間以上持続したときに、操舵意図が有ると判断されてヨーレート制御が停止される例について説明する。
【0120】
図25は、本実施形態において比較部417bが実行するオーバライド判定ルーチンを表すフローチャートである。このルーチンは所定の短時間ごとに繰り返し実行される。このルーチンが起動すると、比較部417bは、まず図25のS80にて、操舵トルクτsを入力する。次いで、操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越えているか否かを判断する(S81)。操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越えていない場合(S81:No)、比較部417bは操舵意図が無いと判断し、S87に進んでオーバライド判定フラグFを0に設定する。次いで、設定したオーバライド判定フラグFを出力する(S88)。その後、このルーチンを一旦終了する。
【0121】
一方、S81にて、操舵トルクの大きさ|τs|が閾値τsthを越えていると判断した場合(S81:Yes)、比較部417bはS82に進み、タイマTの計測を開始する。続いて、操舵トルクτsを入力し(S83)、その操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越えているか否かを判断する(S84)。この時点で操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越えていない(S84:No)場合、比較部417bは操舵意図が無いと判断し、S87に進んでオーバライド判定フラグFを0に設定する。そして、設定したオーバライド判定フラグFを出力する(S88)。その後、このルーチンを一旦終了する。
【0122】
S84にて、操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越えていると判断したとき(S84:Yes)は、比較部417bはS85に進み、タイマTが基準時間Trefを越えたか否かを判定する。タイマTの計測時間が基準時間Trefを越えていない場合(S85:No)は、比較部417bはS83に戻って再度操舵トルクτsを入力し、入力した操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越えているか否かを判定する(S84)。S83〜S85の処理が繰り返されることにより、タイマTの計測時間が基準時間Trefに達するまで、操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthと比較される。そして、一度でも操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越えていないと判定されたときは、操舵意図が無いと判断されてオーバライド判定フラグFが0に設定される。
【0123】
S85にて、タイマTの計測時間が基準時間Trefを越えていると判断した場合、比較部417bは、操舵意図が有ると判断し、オーバライド判定フラグFを1に設定する(S86)。次いで、設定したオーバライド判定フラグF(=1)を出力する(S88)。その後、このルーチンを一旦終了する。このようなオーバライド判定処理により、操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越えた時間が基準時間Tref以上持続した場合に操舵意図が有ると判断され、オーバライド判定フラグFが1に設定される。また、操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越えていない場合、および、操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越えた時間が基準時間Tref以下の場合には操舵意図が無いと判断され、オーバライド判定フラグFが0に設定される。
【0124】
図26および図27は、目標横加速度Gy*(目標ヨーレートγ*でもよい)および操舵トルクの絶対値|τs|が時系列的に変化する状態を閾値τsthとともに示したグラフである。図の横軸は時間である。また操舵トルクτsの絶対値|τs|と比較される閾値τsthが点線で示される。さらに、図中のSで示される期間が基準時間Trefである。図26および図27に示すように、目標横加速度Gy*が変化したときに、操舵トルクの大きさ(絶対値)が変化(増加)する。また、閾値τsthは、目標横加速度Gy*の変化に応じて変化(増加)する。
【0125】
図26に示す場合、操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越えている時間が基準時間Tref以下である。この場合、オーバライド判定フラグが0に設定されるためヨーレート制御が継続される。一方、図27に示す場合、操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越えている時間が基準時間Trefを越えている。この場合、オーバライド判定フラグが1に設定されるためヨーレート制御が停止される。
【0126】
目標横加速度Gy*の変化に応じて閾値τsthを大きくした場合であっても、ドライバによる操舵トルクの入力状況によっては、操舵意図が無い操舵トルクの大きさが閾値を越える場合も想定される。このような場合であっても、本実施形態によれば、操舵トルクの絶対値|τs|が閾値を越える時間が基準時間Tref以下の短時間であれば、ヨーレート制御が停止されないので、操舵意図の無い操舵トルクによりヨーレート制御が停止されることをより効果的に防止することができる。また、操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越える時間が基準時間Tref以上持続する程度の長時間であれば、ドライバがヨーレート制御を停止させて自ら操舵操作をする意図を持っている可能性が極めて高い。このような場合に本実施形態で示したようにヨーレート制御を停止させることにより、ドライバの操舵意図を加味したより利便性の高い横方向運動制御装置を提供することができる。
【0127】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるべきものではない。例えば、上記実施形態では、操舵トルクτsを閾値τsthの比較対象とした例を示したが、操舵意図が反映され得る操舵操作量であれば、操舵トルクτs以外の操舵操作量を用いることができる。また、上記第3実施形態および第4実施形態では、目標ヨーレートの方向と操舵トルクにより生じるヨーレートの方向とを比較する例を示したが、目標ヨーレートとの比較対象は、操舵意図が反映されている操舵操作量であれば、操舵トルク以外であっても良い。例えば、ヨーレート制御にリアステア用アクチュエータが用いられているような場合は、目標ヨーレートの方向と操舵角(あるいは操舵角速度)により表わされるヨーレートの方向とを比較してもよい。また、上記実施形態では、目標横加速度Gy*に基づいて閾値τsthを設定する例を示したが、目標横加速度Gy*に代えて目標ヨーレートγ*を用い、目標ヨーレートγ*に基づいて閾値τsthを設定してもよい。また、上記実施形態では、DYC用アクチュエータは、車輪に制動力を付与するアクチュエータ(ブレーキアクチュエータ)であるが、DYC用アクチュエータは、車輪に駆動力を付与するアクチュエータでもよい。このように、本発明は、その趣旨を逸脱しない限りにおいて、変形可能である。
【符号の説明】
【0128】
10…フロントステアリング装置、11…操舵ハンドル、12…ステアリング軸、13…前輪操向軸、14…フロントステア用アクチュエータ、20…リアステアリング装置、21…後輪操向軸、22…リアステア用アクチュエータ、32…DYC用アクチュエータ、40…横方向運動制御装置、41…ヨーレート演算部、411…目標値生成部、412…状態監視部、413…アベイラビリティ量演算部、414…フィードフォワード演算部、415…フィードバック演算部、416…調停部、416a…最終値演算部、416b…制御許可判定部、417…オーバライド判定部、417a…閾値設定部、417b…比較部、42…前輪転舵角変換部、43…後輪転舵角変換部、44…DYC車軸トルク変換部、45…アベイラビリティ物理量変換部、50…運転支援アプリケーション、Gy*…目標横加速度、γ*…目標ヨーレート、τsth…閾値
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヨーレートなど車両の横方向運動を制御する横方向運動制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、走行車両の運転を支援する運転支援装置(以下、運転支援アプリケーションと呼ぶ)が開発されている。例えば、車両が道なりに走行するように、自動操舵あるいは運転支援するレーンキープ装置や、車両が車線から逸脱することを防止するように運転支援する車線逸脱防止装置や、車両が走行路面に存在する障害物を自動操舵により回避する緊急回避装置などが、開発されている。
【0003】
レーンキープ装置、車線逸脱防止装置、緊急回避装置などの運転支援アプリケーションから出力される要求信号(例えば目標横加速度を表す信号)は、車両の横方向運動量(例えばヨーレート)を制御する横方向運動制御装置に入力される。この制御装置からアクチュエータに制御信号が出力され、アクチュエータが制御信号に基づいて作動することにより車両の横方向運動が制御される。
【0004】
運転支援アプリケーションから出力される要求信号に基づいて車両の横方向運動が制御されているときに、ドライバが操舵操作した場合(このようなドライバによる操舵の介入をオーバライドと呼ぶ)、通常は、ドライバの操舵操作を優先するために横方向運動制御が停止される。しかし、横方向運動制御中に、ドライバが自ら操舵操作する意図(操舵意図)に基づいて操舵操作した場合には横方向運動制御を停止させるべきであるが、そうでない場合は停止させるべきではない。よって、横方向運動制御中にドライバが操舵操作した場合、その操舵操作が自ら操舵操作する意図に基づいているか否かを判断し、その判断結果に基づいて横方向運動制御を停止させるべきである。しかし、ドライバが自ら操舵操作する意図が有るか否かを判断することは難しい。
【0005】
特許文献1は、操舵角速度絶対値|dθ|が設定閾値dθ1以上になってから設定時間T1後に操舵角θが設定操舵角θ1以上である場合にオーバライドであると判定する車線逸脱対応装置を開示する。この装置によれば、操舵角速度絶対値|dθ|が閾値dθ1以上になっても、T1後に操舵角θが設定操舵角θ1未満であればオーバライドが発生していないと判断することにより、外乱等の影響で操舵角速度が一時的に設定閾値以上になったときに車両の横方向運動量の制御が停止されることが防止される。また、特許文献1には、車線に対する車両の位置や旋回時の曲率に応じてオーバライドが発生しているか否かの判断に用いる設定閾値を変更する車線逸脱対応装置も開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−81115号公報
【発明の概要】
【0007】
(発明が解決しようとする課題)
運転支援アプリケーションから横方向運動制御装置に入力される目標値が変化した場合、その変化によってドライバによる操舵操作量(例えば操舵トルク)が一時的に入力される。一時的に入力される操舵操作量が閾値を越えたときに、オーバライドが発生していると判断されて、横方向運動制御が停止される。目標値の設定状態に起因して入力される操舵操作量は、上記特許文献1に示すような走行環境に起因して入力される操舵操作量ではない。しかし、目標値の設定状態に起因して入力される操舵操作量は、ドライバの操舵意図に基づいて入力された操舵操作量でもないため、横方向運動制御は停止されずに継続されることが望ましい。この場合、入力された操舵操作量が、操舵意図に基づいて入力されたか否かを精度良く判断することができると良い。
【0008】
本発明は上記の問題を解決するためになされたものであり、横方向運動制御中にドライバの操舵意図の有無を精度良く判断することを目的とする。
【0009】
(課題を解決するための手段)
本発明の横方向運動制御装置(40)は、車両の横方向運動量の目標値(γ*またはGy*)を取得する目標値取得部(411)と、目標値取得部により取得された横方向運動量の目標値に基づいて、車両の横方向運動量を変化させるために作動制御される制御対象(14,22,32)の制御量を演算する制御量演算部(414,415,416)と、制御量に基づいて制御対象を制御する制御対象制御部(42,43,44)と、車両のドライバの操舵意図の有無を判断する操舵意図判断部(417)と、を備える。また、本発明の横方向運動制御装置は、制御対象制御部が制御対象を制御することにより車両の横方向運動を制御するとともに、操舵意図判断部により操舵意図が有ると判断されたときに、制御対象制御部による制御対象の制御を停止する。また、操舵意図判断部は、車両のドライバによる操舵操作量を取得する操舵操作量取得部(S20,S80)と、目標値に基づいて操舵操作量の閾値を設定する閾値設定部(417a)と、を備える。そして、操舵意図判断部(417)は、操舵操作量取得部により取得された操舵操作量の大きさと閾値設定部により設定された閾値とを比較することにより、操舵意図の有無を判断する。この場合、操舵意図判断部は、操舵操作量取得部により取得された操舵操作量の大きさが閾値設定部により設定された閾値よりも大きいときに、操舵意図が有ると判断するものであるとよい。
【0010】
本発明によれば、操舵意図判断部は、車両のドライバにより入力される操舵操作量とその操舵操作量に対して設定された閾値とを比較する。そして、その比較結果に基づいて操舵意図の有無を判断する。このとき用いられる閾値は閾値設定手段により設定される。閾値設定手段は、車両の横方向運動量の目標値に基づいて、閾値を設定する。
【0011】
車両の横方向運動制御装置は、例えば運転支援アプリケーションから出力される要求信号から取得された横方向運動量の目標値に基づいてアクチュエータなどの制御対象を制御することにより、車両の横方向運動を制御する。この目標値の設定状態(目標値の大きさ、方向、変化、変化量等)は、ドライバから入力される操舵操作量が操舵意図を持って入力されたか否かに影響する。例えば、目標値の変化時には操舵意図に無関係な操舵操作量が入力される可能性が高い。また、目標値の設定方向とドライバから入力される操舵操作量の方向が異なる場合は、その操舵操作量はドライバが操舵意図を持って入力した可能性が高い。したがって、横方向運動量の目標値に基づいて設定された閾値と操舵操作量とを比較することにより、操舵意図の有無を精度良く判断することができる。
【0012】
本発明において、「操舵操作量」とは、車両のドライバによって車両が操舵された量を表す。「操舵操作量」は、例えば車両のドライバから操舵ハンドルに入力された操舵トルクである。また、操舵ハンドルの操舵角、操舵角速度、前輪の転舵角、転舵角速度も、「操舵操作量」に相当する。このうち、操舵トルクが操舵操作量であることが好ましい。
【0013】
前記閾値設定部は、前記目標値が変化したときに設定される閾値が、前記目標値が変化していないときに設定される閾値よりも大きくなるように、閾値を設定するのがよい。目標値が変化したときは、操舵意図とは無関係な操舵操作量が入力される可能性が高い。本発明では、目標値の変化時に設定される閾値が大きな値に設定されているので、目標値の変化時に操舵意図とは無関係に入力される操舵操作量の大きさが閾値を越え難い。したがって、このように設定された閾値とドライバから入力された操舵操作量の大きさとを比較することにより、操舵意図の有無を精度よく判断することができる。
【0014】
また、前記閾値設定部は、前記目標値の変化量が大きいほど前記閾値が大きくなるように前記閾値を設定するのがよい。目標値が変化したときに操舵意図とは無関係に生じる操舵操作量は、目標値の変化量が大きいほど大きい。したがって、目標値の変化量が大きいほど閾値が大きくなるように閾値を設定し、こうして設定した閾値とドライバから入力された操舵操作量の大きさとを比較することにより、操舵意図の有無を精度よく判断することができる。
【0015】
また、前記閾値設定部は、前記目標値の変化量が大きいほど前記閾値の変化量が大きくなるように前記閾値を設定するのがよい。目標値が変化したときに操舵意図とは無関係に生じる操舵操作量の変化量は、目標値の変化量が大きいほど大きい。したがって、目標値の変化量が大きいほど閾値の変化量も大きくなるように閾値を設定し、こうして設定した閾値とドライバから入力された操舵操作量の大きさとを比較することにより、操舵意図の有無を精度よく判断することができる。
【0016】
また、前記閾値設定部は、前記目標値により表わされる車両の横方向運動の方向と、車両のドライバによる操舵操作により発生する車両の横方向運動の方向とに基づいて、前記閾値を設定するのがよい。この場合、前記閾値設定部は、前記目標値により表わされる車両の横方向運動の方向と車両のドライバによる操舵操作により発生する車両の横方向運動の方向が異なる場合は、前記閾値を、前記目標値により表わされる車両の横方向運動の方向と車両のドライバによる操舵操作により発生する車両の横方向運動の方向が同じ場合に設定される前記閾値よりも小さい値に設定するのがよい。
【0017】
目標値(例えば目標ヨーレートまたは目標横加速度)により表わされる車両の横方向運動の方向(例えば右旋回方向あるいは左旋回方向)と、車両のドライバによる操舵操作により生じる車両の横方向運動の方向(例えば右旋回方向あるいは左旋回方向)が異なる場合は、ドライバが操舵意図を持って操舵操作した可能性が高い。したがって、目標値により表わされる車両の横方向運動の方向とドライバによる操舵操作により生じる車両の横方向運動の方向が異なる場合に閾値を小さく設定し、こうして設定した閾値とドライバから入力された操舵操作量の大きさとを比較することにより、操舵意図の有無を精度よく判断することができる。
【0018】
また、前記閾値設定部は、前記目標値により表わされる車両の横方向運動の方向と車両のドライバによる操舵操作により生じる車両の横方向運動の方向が異なる場合には、前記操舵操作における操舵操作量の変化量が大きいほど前記閾値の変化量が大きくなるように前記閾値を設定するのがよい。目標値により表わされる車両の横方向運動の方向とドライバによる操舵操作により生じる車両の横方向運動の方向が異なる場合において、ドライバによる操舵操作量の変化量が大きいほど、ドライバが操舵意図を持って操舵操作した可能性が高い。したがって、操舵操作量の変化量が大きいほど閾値の変化量が大きくなるように(すなわちより早く閾値が小さくなるように)閾値を設定することにより、ドライバが操舵意図を持って操舵操作した場合に、操舵意図が有ると判断される時期がより一層早められる。
【0019】
また、前記制御対象は、車輪に制動力または駆動力を付与するDYC用アクチュエータ(32)および、後輪を転舵させるリアステア用アクチュエータ(22)を含むのがよい。そして、前記閾値設定部は、前記目標値が変化したときに、前記DYC用アクチュエータおよびリアステア用アクチュエータの制御量に基づいて前記閾値を設定するのがよい。この場合、前記閾値設定部は、前記DYC用アクチュエータおよびリアステア用アクチュエータの制御量が大きいほど閾値が大きくなるように、前記閾値を設定するのがよい。特に、前記閾値設定部は、前記DYC用アクチュエータおよびリアステア用アクチュエータの制御量の変化量が大きいほど、前記閾値の変化量が大きくなるように、前記閾値を設定するのがよい。
【0020】
上記において、DYC(Dynamic Yaw Control)用アクチュエータは、車輪に個々に制動力または駆動力を付与することができるアクチュエータである。例えば車輪に個々に制動力を付与するブレーキ用アクチュエータや、車輪に個々に駆動力あるいは回生制動力を付与するモータ(インホイールモータ等)が、DYC用アクチュエータに相当する。また、リアステア用アクチュエータは、後輪を転舵させることができるアクチュエータである。
【0021】
横方向運動量の目標値に応じてDYC用アクチュエータおよびリアステア用アクチュエータが作動した場合、車両の旋回の態様が通常の旋回(前輪が転舵することにより生じる旋回)の態様とは異なる。したがって、ドライバは違和感を覚えて操舵ハンドルを保舵する傾向にある。この保舵により操舵意図とは無関係な操舵操作量が増加する。この点につき、上記発明では、DYC用アクチュエータおよびリアステア用アクチュエータの制御量に基づいて閾値を設定する。例えば、DYC用アクチュエータおよびリアステア用アクチュエータの制御量が大きいほど閾値が大きくなるように、あるいはDYC用アクチュエータおよびリアステア用アクチュエータの制御量の変化量が大きいほど閾値の変化量も大きくなるように(すなわち閾値が早く大きくなるように)、閾値が設定される。このため、DYC用アクチュエータおよびリアステア用アクチュエータの作動により生じる操舵意図とは無関係な操舵操作量に対する閾値が大きく設定される。こうして設定された閾値とドライバから入力された操舵操作量の大きさとを比較することにより、操舵意図の有無を精度よく判断することができる。
【0022】
また、前記操舵意図判断部は、前記操舵操作量取得部により取得された操舵操作量の大きさが前記閾値設定部により設定された前記閾値よりも大きい時間が予め定められた所定時間以上持続したときに、前記操舵意図が有ると判断するのがよい。これによれば、操舵操作量の大きさが閾値を越えた時間が所定時間以上持続したときのみ、操舵意図が有ると判断することにより、より確実に操舵意図がある場合にのみ横方向運動制御を停止させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の実施形態に係る横方向運動制御装置を搭載した車両の概略図である。
【図2】横方向運動制御装置の機能構成を示す図である。
【図3】ヨーレート演算部の機能構成を示す図である。
【図4】オーバライド判定部の機能構成を示す図である。
【図5】第1実施形態に係る閾値設定部が実行する閾値設定ルーチンを表すフローチャートである。
【図6】比較部が実行するオーバライド判定ルーチンを表すフローチャートである。
【図7】目標横加速度Gy*と操舵トルクの絶対値|τs|とが時系列的に変化する状態を、一定の閾値τsthとともに示したグラフである。
【図8】目標横加速度Gy*と操舵トルクの絶対値|τs|とが時系列的に変化する状態を、目標横加速度Gy*の変化に応じて変化する閾値τsthとともに示したグラフである。
【図9】第2実施形態に係る閾値設定部が実行する閾値設定ルーチンを表すフローチャートである。
【図10】横加速度変化量−閾値変化量テーブルの一例をグラフにより表わした図である。
【図11】目標横加速度Gy*と操舵トルクの絶対値|τs|とが時系列的に変化する状態を、目標横加速度変化量ΔGy*に応じて変化する閾値τsthとともに示したグラフである。
【図12】目標横加速度Gy*と操舵トルクの絶対値|τs|とが時系列的に変化する状態を、目標横加速度変化量ΔGy*に応じて変化する閾値τsthとともに示したグラフである。
【図13】第3実施形態に係る閾値設定部が実行する閾値設定ルーチンを表すフローチャートである。
【図14】目標横加速度Gy*、操舵トルクτs、操舵トルクの絶対値|τs|が時系列的に変化する状態を、第3実施形態に示した方法により設定された閾値τsthとともに示したグラフである。
【図15】目標横加速度Gy*、操舵トルクτs、操舵トルクの絶対値|τs|が時系列的に変化する他の状態を、第3実施形態に示した方法により設定された閾値τsthとともに示したグラフである。
【図16】目標横加速度Gy*、操舵トルクτs、操舵トルクの絶対値|τs|が時系列的に変化する他の状態を、第3実施形態に示した方法により設定された閾値τsthとともに示したグラフである。
【図17】目標横加速度Gy*、操舵トルクτs、操舵トルクの絶対値|τs|が時系列的に変化する他の状態を、第3実施形態に示した方法により設定された閾値τsthとともに示したグラフである。
【図18】第4実施形態において閾値設定部が実行する閾値設定ルーチンを表すフローチャートである。
【図19】操舵トルク変化量−閾値変化量テーブルの一例をグラフにより表わした図である。
【図20】目標横加速度Gy*、操舵トルクτs、操舵トルクの絶対値|τs|が時系列的に変化する状態を、第4実施形態で示した方法により設定した閾値τsthとともに示したグラフである。
【図21】目標横加速度Gy*、操舵トルクτs、操舵トルクの絶対値|τs|が時系列的に変化する他の状態を、第4実施形態で示した方法により設定した閾値τsthとともに示したグラフである。
【図22】第5実施形態において閾値設定部が実行する閾値設定ルーチンを表すフローチャートである
【図23】DYC制御量変化量−閾値変化量テーブルの一例をグラフにより表わした図である。
【図24】目標横加速度Gy*、DYC制御量α、操舵トルクの絶対値|τs|が時系列的に変化する状態を、第5実施形態で示した方法により設定した閾値τsthとともに示したグラフである。
【図25】第6実施形態において判定部が実行するオーバライド判定ルーチンを表すフローチャートである。
【図26】目標横加速度Gy*および操舵トルクの絶対値|τs|が時系列的に変化する状態を閾値τsthとともに示したグラフである。
【図27】目標横加速度Gy*および操舵トルクの絶対値|τs|が時系列的に変化する状態を閾値τsthとともに示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
(第1実施形態)
以下に、本発明の第1実施形態について図面を参照して説明する。図1は、本実施形態に係る横方向運動制御装置を搭載した車両の概略図である。図に示すように、この車両は、フロントステアリング装置10と、リアステアリング装置20と、ブレーキ装置(右前輪ブレーキ装置30FR,左前輪ブレーキ装置30FR,右後輪ブレーキ装置30RR,左後輪ブレーキ装置30RL)とを備える。フロントステアリング装置10は、左前輪WFLおよび右前輪WFRに転舵力を付与することにより、これらの車輪を転舵させる。リアステアリング装置20は、左後輪WRLおよび右後輪WRRに転舵力を付与することにより、これらの車輪を転舵させる。右前輪ブレーキ装置30FRは右前輪WFRに制動力を付与する。左前輪ブレーキ装置30FLは左前輪WFLに制動力を付与する。右後輪ブレーキ装置30RRは右後輪WRRに制動力を付与する。左後輪ブレーキ装置30RLは左後輪WRLに制動力を付与する。
【0025】
フロントステアリング装置10は、操舵ハンドル11と、ステアリング軸12と、前輪操向軸13と、フロントステア用アクチュエータ14とを備える。ステアリング軸12は入力側ステアリング軸12aと出力側ステアリング軸12bとを備える。
【0026】
入力側ステアリング軸12aは、その一端(上端)にて操舵ハンドル11に接続され、操舵ハンドル11の回転操作に伴い軸周りに回転する。また入力側ステアリング軸12aは、その他端(下端)にてフロントステア用アクチュエータ14を介して出力側ステアリング軸12bの一端(上端)に連結される。したがって、入力側ステアリング軸12aの回転力はフロントステア用アクチュエータ14を介して出力側ステアリング軸12bに伝達される。出力側ステアリング軸12bの他端(下端)にはピニオンギア12cが形成される。また前輪操向軸13にはピニオンギア12cに噛み合うラックギア13aが形成される。ピニオンギア12cとラックギア13aとでラックアンドピニオン機構が構成される。このラックアンドピニオン機構により出力側ステアリング軸12bの回転力が前輪操向軸13の軸力に変換される。このため、ドライバが操舵ハンドル11を回転操作することにより前輪操向軸13が軸方向移動する。前輪操向軸13の両端はタイロッドを介して左前輪WFLおよび右前輪WFRに接続される。したがって、ドライバが操舵ハンドル11を回転操作して前輪操向軸13が軸方向移動すると、前輪が転舵する。
【0027】
また、フロントステア用アクチュエータ14は第1アクチュエータ14aおよび第2アクチュエータ14bを備える。第1アクチュエータ14aは例えば電動モータにより構成される。第1アクチュエータ14aは例えばギヤ機構を介して入力側ステアリング軸12aに取り付けられる。この第1アクチュエータ14aが回転することにより入力側ステアリング軸12aが回転させられる。したがって、ドライバが操舵ハンドル11を回転操作しなくても、第1アクチュエータ14aが駆動することにより前輪が自動的に転舵する。また、第1アクチュエータ14aは、ドライバによる操舵ハンドルの回転操作を補助するためのアシスト力を発生することもできる。
【0028】
第2アクチュエータ14bは、例えば減速機および電動モータにより構成することができる。この場合、電動モータのケーシングが入力側ステアリング軸12aの一端(下端)に連結され、電動モータのロータ部が減速機を介して出力側ステアリング軸12bに連結される。したがって、入力側ステアリング軸12aが回転すると、その回転力が第2アクチュエータ14bを介して出力側ステアリング軸12bに伝達される。また、第2アクチュエータ14bが回転すると、入力側ステアリング軸12aが回転することなしに出力側ステアリング軸12bが回転させられて前輪が自動的に転舵する。
【0029】
リアステアリング装置20は、後輪操向軸21とリアステア用アクチュエータ22とを備える。後輪操向軸21は左後輪WRLおよび右後輪WRRとに接続される。この後輪操向軸21にリアステア用アクチュエータ22が取り付けられる。リアステア用アクチュエータ22は例えば電動モータおよびボールネジ機構により構成される。ボールネジ機構はボールネジナットおよびボールネジロッドを有する。ボールネジロッドは後輪操向軸21の一部に形成される。ボールネジナットは電動モータのロータに一体回転可能に連結される。電動モータの回転によりボールネジナットが回転すると、その回転力がボールネジ機構により後輪操向軸21の軸力に変換される。したがって、リアステア用アクチュエータ22の駆動により後輪操向軸21が軸方向移動して、後輪が自動的に転舵する。
【0030】
ブレーキ装置30FR,30FL,30RR,30RLは、各輪WFR,WFL,WRR,WRLに制動力を付与するためのブレーキ機構31FR,31FL,31RR,31RLを備える。ブレーキ機構31FR,31FL,31RR,31RLはドライバによるブレーキペダルの踏み込みに応じて作動する。ブレーキ機構31FR,31FL,31RR,31RLは、例えば、各輪WFR,WFL,WRR,WRLと同軸回転するディスクロータと、ディスクロータに接触可能に配置されたブレーキパッドと、ブレーキパッドに押圧力を付与するピストンと、図示しないブレーキブースターにより増圧されたブレーキペダル踏力をピストンに伝達する油圧回路などにより構成することができる。
【0031】
また、ブレーキ機構31FR,31FL,31RR,31RLにDYC用アクチュエータ32FR,32FL,32RR,32RLが取り付けられる。DYC用アクチュエータ32FR,32FL,32RR,32RLの作動によってもブレーキ機構31FR,31FL,31RR,31RLが作動して、各輪WFR,WFL,WRR,WRLに制動力がそれぞれ独立して付与される。DYC用アクチュエータ32FR,32FL,32RR,32RLは、後述する横方向運動制御装置からの制御信号によって、ブレーキペダルの踏み込み操作とは独立して作動する。これにより、各輪WFR,WFL,WRR,WRLには自動的に制動力が付与される。DYC用アクチュエータ32FR,32FL,32RR,32RLは、例えば加圧ポンプや、上記油圧回路中に介装された増圧弁、減圧弁などにより構成することができる。以下、DYC用アクチュエータ32FR,32FL,32RR,32RLを総称する場合、またはいずれか一つまたは複数を示す場合は、DYC用アクチュエータ32と呼ぶ。
【0032】
なお、本発明の実施形態では、DYC用アクチュエータ32は車輪に個々に制動力を付与するためのアクチュエータであるが、車輪に個々に駆動力あるいは回生制動力を付与するためのアクチュエータでもよい。例えばインホイールモータを搭載した車両であれば、インホイールモータがDYCアクチュエータであってもよい。
【0033】
フロントステア用アクチュエータ14、リアステア用アクチュエータ22およびDYC用アクチュエータ32は、それぞれ横方向運動制御装置40に電気的に接続される。横方向運動制御装置40は、ROM,RAM,CPUを備えるマイクロコンピュータにより構成され、各アクチュエータに作動信号を出力することにより、車両の横方向運動を統合的に制御する。
【0034】
また、この車両には、運転支援アプリケーション50が搭載される。運転支援アプリケーション50は、車両が車線に沿って走行するように、現在の走行車両に必要な横加速度(目標横加速度)Gy*を演算する。運転支援アプリケーション50により演算された目標横加速度Gy*は横方向運動制御装置40に入力される。横方向運動制御装置40は、入力された目標横加速度Gy*に基づいて、各アクチュエータ14,22、32に作動信号を出力する。
【0035】
図2は、横方向運動制御装置40の機能構成を示す図である。本実施形態において横方向運動制御装置40は、車両のヨーレートを制御する。図2に示すように、横方向運動制御装置40は、アベイラビリティ物理量変換部45と、ヨーレート演算部41と、前輪転舵角変換部42と、後輪転舵角変換部43と、DYC車軸トルク変換部44とを備える。
【0036】
アベイラビリティ物理量変換部45は、フロントステアアベイラビリティ転舵角δ_FSTR_Ava,リアステアアベイラビリティ転舵角δ_RSTR_Ava,DYCアベイラビリティトルクTb_DYC_Avaをそれぞれ入力する。フロントステアアベイラビリティ転舵角δ_FSTR_Avaは、フロントステア用アクチュエータ14の作動によって前輪が現在の転舵状態から転舵することができる転舵角度量を表す。リアステアアベイラビリティ転舵角δ_RSTR_Avaは、リアステア用アクチュエータ22の作動によって後輪が現在の転舵状態から転舵することができる転舵角度量を表す。DYCアベイラビリティトルクTb_DYC_Avaは、DYC用アクチュエータ32の作動により制動させられる車輪に作用させることができる車軸トルクの量を表す。
【0037】
フロントステアアベイラビリティ転舵角δ_FSTR_Avaは、前輪の現在の転舵角と前輪の最大転舵角とに基づいて求めることができる。リアステアアベイラビリティ転舵角δ_RSTR_Avaは、後輪の現在の転舵角と後輪の最大転舵角とに基づいて求めることができる。DYCアベイラビリティトルクTb_DYC_Avaは、車輪に現在作用している車軸トルクとその車輪に作用させることができる車軸トルクの最大値とに基づいて求めることができる。
【0038】
また、アベイラビリティ物理量変換部45は、入力したフロントステアアベイラビリティ転舵角δ_FSTR_Ava,リアステアアベイラビリティ転舵角δ_RSTR_Ava,DYCアベイラビリティトルクTb_DYC_Avaに基づいて、フロントステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_FSTR_Act_Ava、リアステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_RSTR_Act_Ava、DYCアベイラビリティ理論ヨーレートγ_DYC_Act_Avaを演算し、これらをヨーレート演算部41に出力する。フロントステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_FSTR_Act_Avaは、フロントステアアベイラビリティ転舵角δ_FSTR_Avaで表わされる範囲で前輪の転舵角が変化したときに理論的に発生し得るヨーレートの最大値(または範囲)を表す。リアステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_RSTR_Act_Avaは、リアステアアベイラビリティ転舵角δ_RSTR_Avaで表わされる範囲で後輪の転舵角が変化したときに理論的に発生し得るヨーレートの最大値(または範囲)を表す。DYCアベイラビリティ理論ヨーレートγ_DYC_Act_Avaは、DYCアベイラビリティトルクTb_DYC_Avaで表わされる範囲で車軸トルクが変化したときに理論的に発生し得るヨーレートの最大値(または範囲)を表す。
【0039】
ヨーレート演算部41は、運転支援アプリケーション50から入力された目標横加速度Gy*に基づいて、フロントステアヨーレート制御量γ_FSTR(FSTRはフロントステア用アクチュエータ14を表す)、リアステアヨーレート制御量γ_RSTR(RSTRはリアステア用アクチュエータ22を表す)、DYCヨーレート制御量γ_DYC(DYCはDYC用アクチュエータ32を表す)を演算し、これらのヨーレート制御量を出力する。フロントステアヨーレート制御量γ_FSTRは、フロントステア用アクチュエータ14が作動して前輪が転舵することにより車両に発生させるヨーレートの目標制御量である。リアステアヨーレート制御量γ_RSTRは、リアステア用アクチュエータ22が作動して後輪が転舵することにより車両に発生させるヨーレートの目標制御量である。DYCヨーレート制御量γ_DYCは、DYC用アクチュエータ32が作動して各輪のいずれか、特に右後輪WRRまたは左後輪WRLのいずれか一方に制動力を付与することにより車両に発生させるヨーレートの目標制御量である。
【0040】
また、ヨーレート演算部41は、フロントステア実行要求信号S_FSTR,リアステア実行要求信号S_RSTR,DYC実行要求信号S_DYCを出力する。フロントステア実行要求信号S_FSTRは、ヨーレート制御のためにフロントステア用アクチュエータ14の作動を要求するための信号である。リアステア実行要求信号S_RSTRは、ヨーレート制御のためにリアステア用アクチュエータ22の作動を要求するための信号である。DYC実行要求信号S_DYCは、ヨーレート制御のためにDYC用アクチュエータ32の作動を要求するための信号である。
【0041】
図3は、ヨーレート演算部41の機能構成を示す図である。図3に示すように、ヨーレート演算部41は、目標値生成部411、状態監視部412、アベイラビリティ量演算部413、フィードフォワード演算部414、フィードバック演算部415、調停部416、オーバライド判定部417を備える。
【0042】
目標値生成部411は、運転支援アプリケーション50から目標横加速度Gy*を入力するとともに、入力した目標横加速度Gy*から、車両に作用する横加速度が目標横加速度Gy*になるように、車両に発生させるべき目標ヨーレートγ*を演算する。目標ヨーレートγ*は、例えば、目標横加速度Gy*を車速Vで除算し、その値から車体スリップ角βの時間微分値dβ/dtを減算することにより、演算することができる。また、目標値生成部411は、運転支援アプリケーション50から目標横加速度Gy*の変化量dGy*/dtや、アプリケーション実行要求信号S_Appli.を入力してもよい。目標横加速度変化量dGy*/dtは、目標ヨーレートγ*を演算するために用いられる。アプリケーション実行要求信号S_Appli.は、運転支援アプリケーション50から出力された目標横加速度Gy*に基づいてヨーレートを制御することを要求するための信号である。
【0043】
状態監視部412は、車両に取り付けられている前輪転舵角センサから前輪転舵角δfを、後輪転舵角センサから後輪転舵角δrを、各輪にとりつけられたトルクセンサから各輪のホイールトルクτwを、車速センサから車速Vを、それぞれ入力する。また、状態監視部412は、入力した情報に基づいて現在の車両の状態を推定し、推定した車両の状態を表す車両発生限界物理量(例えば車両発生限界ヨーレート)を出力する。
【0044】
アベイラビリティ量演算部413は、状態監視部412から現在の車両の状態を入力する。また、アベイラビリティ量演算部413は、フロントステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_FSTR_Act_Ava、リアステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_RSTR_Act_Ava、DYCアベイラビリティ理論ヨーレートγ_DYC_Act_Avaをそれぞれ入力する。さらに、アベイラビリティ量演算部413は、運転支援アプリケーション50からアプリケーション情報を入力する。アプリケーション情報は、例えば、アクチュエータの使用可否を表す情報、あるいはヨーレートの制御の特性を表す情報である。
【0045】
そして、アベイラビリティ量演算部413は、上記した車両の状態を表す車両発生限界物理量、フロントステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_FSTR_Act_Ava、リアステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_RSTR_Act_Ava、DYCアベイラビリティ理論ヨーレートγ_DYC_Act_Ava、アプリケーション情報に基づいて、フロントステアアベイラビリティヨーレートγ_FSTR_Avaと、リアステアアベイラビリティヨーレートγ_RSTR_Avaと、DYCアベイラビリティヨーレートγ_DYC_Avaを演算する。
【0046】
フロントステアアベイラビリティヨーレートγ_FSTR_Avaは、車両の状態を表す車両発生限界物理量およびアプリケーション情報を考慮した場合に、フロントステア用アクチュエータ14が作動することにより車両に実際に発生させることができるヨーレートの最大値(あるいは範囲)を表す。リアステアアベイラビリティヨーレートγ_RSTR_Avaは、車両の状態を表す車両発生限界物理量およびアプリケーション情報を考慮した場合に、リアステア用アクチュエータ22が作動することにより車両に実際に発生させることができるヨーレートの最大値(あるいは範囲)を表す。DYCアベイラビリティヨーレートγ_DYC_Avaは、車両の状態を表す車両発生限界物理量およびアプリケーション情報を考慮した場合に、DYC用アクチュエータ32が作動することにより車両に実際に発生させることができるヨーレートの最大値(あるいは範囲)を表す。アベイラビリティ量演算部413には、各アベイラビリティヨーレートと、車両の状態を表す車両発生限界物理量、フロントステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_FSTR_Act_Ava、リアステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_RSTR_Act_Ava、DYCアベイラビリ理論ヨーレートγ_DYC_Act_Avaなどとの対応関係が表わされたテーブルを記憶している。そして、入力された各情報に基づいて、上記テーブルを参照することにより、各アベイラビリティヨーレートを演算する。
【0047】
フィードフォワード演算部414は、目標ヨーレートγ*および各アベイラビリティヨーレート(フロントステアアベイラビリティヨーレートγ_FSTR_Ava、リアステアアベイラビリティヨーレートγ_RSTR_Ava、DYCアベイラビリティヨーレートγ_DYC_Ava)を入力する。また、フィードフォワード演算部414は、制御対象選択部414a、規範演算部414b、フィードフォワード制御量分配部414cを備える。
【0048】
制御対象選択部414aは、各アベイラビリティヨーレートに基づいて、車両のヨーレート制御に用いることができるアクチュエータ(制御対象)を選択する。また、制御対象選択部414aは、使用可能なアクチュエータの優先順位を決定する。この場合、例えば、アベイラビリティ量演算部413にヨーレート制御の応答性を重視することを表すアプリケーション情報が入力されているときに、最も応答性の速いアクチュエータ(例えばDYC用アクチュエータ32)が第1優先、次に応答性の速いアクチュエータ(例えばフロントステア用アクチュエータ14)が第2優先、最も応答性の遅いアクチュエータ(例えばリアステア用アクチュエータ22)が第3優先となるように、優先順位が決定される。
【0049】
規範演算部414bは、目標値生成部411から目標ヨーレートγ*を入力するとともに、この目標ヨーレートγ*に規範演算を施すことにより、車両応答遅れを模擬したフィードフォワードヨーレート規範量γ_refを演算する。また、演算したフィードフォワードヨーレート規範量γ_refは、フィードバック演算に用いるため、フィードバック演算部415に出力する。
【0050】
フィードフォワード制御量分配部414cは、規範演算部414bで演算されたフィードフォワードヨーレート規範量γ_refを基に演算されるフィードフォワード制御量γ_FFを、フロントステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_FSTR_FFと、リアステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_RSTR_FFと、DYCフィードフォワードヨーレート制御量γ_DYC_FFに分配する。フロントステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_FSTR_FFは、フロントステア用アクチュエータ14が作動することにより車両に生じさせるヨーレートのフィードフォワード制御量である。リアステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_RSTR_FFは、リアステア用アクチュエータ22が作動することにより車両に生じさせるヨーレートのフィードフォワード制御量である。DYCフィードフォワードヨーレート制御量γ_DYC_FFは、DYC用アクチュエータ32が作動することにより車両に生じさせるヨーレートのフィードフォワード制御量である。
【0051】
この場合、フィードフォワード制御量分配部414cは、制御対象選択部414aで決定された優先順位および各アベイラビリティヨーレートに基づいてフィードフォワードヨーレート制御量γ_FFを分配する。例えば、演算したフィードフォワードヨーレート制御量γ_FFが10であり、フロントステア用アクチュエータ14が第1優先、リアステア用アクチュエータ22が第2優先、DYC用アクチュエータ32が第3優先であり、フロントステアアベイラビリティヨーレートγ_FSTR_Avaが6、リアステアアベイラビリティヨーレートγ_RSTR_Avaが3、DYCアベイラビリティヨーレートγ_DYC_Avaが3である場合、フロントステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_FSTR_FFが6、リアステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_RSTR_FFが3、DYCフィードフォワードヨーレート制御量γ_DYC_FFが1となるように、フィードフォワードヨーレート制御量γ_FFを分配する。そして、分配した各フィードフォワードヨーレート制御量をフィードバック演算部415および調停部416に出力する。
【0052】
フィードバック演算部415は、アベイラビリティ量演算部413から各アベイラビリティヨーレート(フロントステアアベイラビリティヨーレートγ_FSTR_Ava、リアステアアベイラビリティヨーレートγ_RSTR_Ava、DYCアベイラビリティヨーレートγ_DYC_Ava)を、フィードフォワード演算部414から各フィードフォワードヨーレート制御量(フロントステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_FSTR_FF、リアステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_RSTR_FF、DYCフィードフォワードヨーレート制御量γ_DYC_FF)およびフィードフォワードヨーレート規範量γ_refを、車両に取り付けられたヨーレートセンサからヨーレートγを、それぞれ入力する。また、フィードバック演算部415は、制御対象選択部415aとフィードバック制御量演算部415bとを備える。
【0053】
制御対象選択部415aは、各アベイラビリティヨーレートと各フィードフォワードヨーレート制御量から演算される余裕量に基づいて、車両のヨーレート制御に用いることができるアクチュエータを選択する。また、制御対象選択部415aは、使用可能なアクチュエータの優先順位を決定する。
【0054】
フィードバック制御量演算部415bは、入力されたフィードフォワードヨーレート規範量γ_refとヨーレートγとの偏差Δγ(=γ_ref−γ)に基づいて、車両のヨーレートをフィードバック制御する。例えば、このフィードバック制御がPID制御である場合、下記(1)式により、フィードバックヨーレート制御量γ_FBを演算する。
【数1】
上記(1)式において、Kpは比例ゲイン、Kiは積分ゲイン、Kdは微分ゲインである。
【0055】
さらに、フィードバック制御量演算部415bは、演算したフィードバックヨーレート制御量γ_FBを、フロントステアフィードバックヨーレート制御量γ_FSTR_FBと、リアステアフィードバックヨーレート制御量γ_RSTR_FBと、DYCフィードバックヨーレート制御量γ_DYC_FBに分配する。フロントステアフィードバックヨーレート制御量γ_FSTR_FBは、フロントステア用アクチュエータ14が作動することにより車両に生じさせるヨーレートのフィードバック制御量である。リアステアフィードバックヨーレート制御量γ_RSTR_FBは、リアステア用アクチュエータ22が作動することにより車両に生じさせるヨーレートのフィードバック制御量である。DYCフィードバックヨーレート制御量γ_DYC_FBは、DYC用アクチュエータ32が作動することにより車両に生じさせるヨーレートのフィードバック制御量である。
【0056】
この場合、フィードバック制御量演算部415bは、制御対象選択部415aで定めた使用可能なアクチュエータの優先順位にしたがって、フィードバックヨーレート制御量γ_FBを分配する。そして、フィードバック制御量演算部415bは、分配した各フィードバックヨーレート制御量(フロントステアフィードバックヨーレート制御量γ_FSTR_FB、リアステアフィードバックヨーレート制御量γ_RSTR_FB、DYCフィードバックヨーレート制御量γ_DYC_FB)を調停部416に出力する。
【0057】
調停部416は、最終値演算部416aと制御許可判定部416bとを備える。最終値演算部416aは、フィードフォワード演算部414から入力したフロントステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_FSTR_FFとフィードバック演算部415から入力したフロントステアフィードバックヨーレート制御量γ_FSTR_FBとを加算することにより、フロントステアヨーレート制御量γ_FSTRを演算する。そして、演算したフロントステアヨーレート制御量γ_FSTRおよび、フロントステア用アクチュエータ14の作動を要求するためのフロントステア実行要求信号S_FSTRを、前輪転舵角変換部42に出力する。また、調停部416は、フィードフォワード演算部414から入力したリアステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_RSTR_FFとフィードバック演算部415から入力したリアステアフィードバックヨーレート制御量γ_RSTR_FBとを加算することにより、リアステアヨーレート制御量γ_RSTRを演算する。そして、演算したリアステアヨーレート制御量γ_RSTRおよび、リアステア用アクチュエータ22の作動を要求するためのリアステア実行要求信号S_RSTRを、後輪転舵角変換部43に出力する。さらに、調停部416は、フィードフォワード演算部414から入力したDYCフィードフォワードヨーレート制御量γ_DYC_FFとフィードバック演算部415から入力したDYCフィードバックヨーレート制御量γ_DYC_FBとを加算することにより、DYCヨーレート制御量γ_DYCを演算する。そして、演算したDYCヨーレート制御量γ_DYCおよび、DYC用アクチュエータ32の作動を要求するためのDYC実行要求信号S_DYCを、DYC車軸トルク変換部44に出力する。
【0058】
図2に示すように、前輪転舵角変換部42は、フロントステアヨーレート制御量γ_FSTRを入力する。また、フロントステア用アクチュエータ14の作動により車両にフロントステアヨーレート制御量γ_FSTRに相当するヨーレートを発生させるために必要な前輪目標転舵角δf*を演算する。そして、演算した前輪目標転舵角δf*を表す信号をフロントステア用アクチュエータ14に出力する。この出力信号によりフロントステア用アクチュエータ14は、前輪転舵角δfが前輪目標転舵角δf*になるように、すなわちフロントステア用アクチュエータ14の作動により車両にフロントステアヨーレート制御量γ_FSTRに相当するヨーレートが発生するように、その作動が制御される。
【0059】
後輪転舵角変換部43は、リアステアヨーレート制御量γ_RSTRを入力する。また、リアステア用アクチュエータ22の作動により車両にリアステアヨーレート制御量γ_RSTRに相当するヨーレートを発生させるために必要な後輪目標転舵角δr*を演算する。そして、演算した後輪目標転舵角δr*を表す信号をリアステア用アクチュエータ22に出力する。この信号出力によりリアステア用アクチュエータ22は、後輪転舵角δrが後輪目標転舵角δr*になるように、すなわちリアステア用アクチュエータ22の作動により車両にリアステアヨーレート制御量γ_RSTRに相当するヨーレートが発生するように、その作動が制御される。
【0060】
DYC車軸トルク変換部44は、DYCヨーレート制御量γ_DYCを入力する。また、DYC用アクチュエータ32の作動により車両にDYCヨーレート制御量γ_DYCに相当するヨーレートを発生させるために必要な目標DYCトルクTb*を演算する。そして、演算した目標DYCトルクTb*を表す信号を、各輪のうち旋回内側に相当する車輪に制動力を付与するDYC用アクチュエータ32に出力する。この信号出力によりDYC用アクチュエータ32は、旋回内輪側に作用する車軸トルクTbが目標DYCトルクTb*になるように、すなわちDYC用アクチュエータ32の作動により車両にDYCヨーレート制御量γ_DYCに相当するヨーレートが発生するように、その作動が制御される。
【0061】
こうした複数のアクチュエータ(フロントステア用アクチュエータ14、リアステア用アクチュエータ22、DYC用アクチュエータ32)の協調制御によって、車両に運転支援アプリケーション50から入力された目標横加速度Gy*が発生するように、車両のヨーレート(横方向運動量)が制御される。
【0062】
また、図3に示すように、ヨーレート演算部41はオーバライド判定部417を備える。オーバライド判定部417は、車両に取り付けられた操舵トルクセンサから操舵トルクτsを入力する。また、運転支援アプリケーションから目標横加速度Gy*を入力する。オーバライド判定部417は、入力した操舵トルクτsと、その操舵トルクτsに対する閾値τsthとを比較し、その比較結果に基づいてドライバの操舵意図の有無を判断する。そして、その判断結果を表したオーバライド判定フラグFを調停部416の制御許可判定部416bに出力する。
【0063】
図4は、オーバライド判定部417の機能構成を示すブロック図である。図4に示すように、オーバライド判定部417は、閾値設定部417aと比較部417bとを備える。閾値設定部417aは、目標横加速度Gy*に基づいて、オーバライドであるか否かを判断するための操舵トルクの大きさの閾値τsthを設定する。比較部417bは、操舵トルクτsと閾値τsthとを比較することによりオーバライドであるか否かを判断し、その判断結果を表すオーバライド判定フラグFを出力する。
【0064】
図5は、閾値設定部417aが実行する閾値設定ルーチンを表すフローチャートである。このルーチンは所定の短時間ごとに繰り返し実行される。このルーチンが起動すると、閾値設定部417aは、図のステップ(以下、ステップをSと略記する)10にて、目標横加速度Gy*を入力する。次いで、目標横加速度Gy*の時間微分値である目標横加速度変化量dGy*/dtを演算する(S11)。続いて、目標横加速度変化量dGy*/dtの絶対値|dGy*/dt|が所定の微小値Δよりも大きいか否かを判断する(S12)。微小値Δは、目標横加速度Gy*が変化したか否かを判断するための値であり、予め定められる。S12にて、絶対値|dGy*/dt|が微小値Δ以下であると判断した場合(S12:No)は、閾値設定部417aは閾値τsthを基準閾値τs0に設定する(S14)。一方、絶対値|dGy*/dt|が微小値Δよりも大きいと判断した場合(S12:Yes)は、閾値設定部417aは閾値τsthを第1閾値τs1に設定する(S13)。ここで、第1閾値τs1は基準閾値τs0よりも大きい。閾値設定部417aは、S13またはS14にて閾値τsthを設定した後は、S15にて閾値τsthを出力する。その後、このルーチンを一旦終了する。
【0065】
図6は、比較部417bが実行するオーバライド判定ルーチンを表すフローチャートである。このルーチンは所定の短時間ごとに繰り返し実行される。このルーチンが起動すると、比較部417bは、まず、図のS20にて、操舵トルクτsを入力する。次いで、閾値τsthを入力する(S21)。続いて、操舵トルクの大きさを表す絶対値|τs|が閾値τsthよりも大きいか否かを判断する(S22)。絶対値|τs|が閾値τsthよりも大きい場合(S22:Yes)は、比較部417bはドライバに操舵意図が有ると判断し、S23に進んでオーバライド判定フラグFを1に設定する。一方、絶対値|τs|が閾値τsth以下である場合(S22:No)は、比較部417bはドライバに操舵意図が無いと判断し、S24に進んでオーバライド判定フラグFを0に設定する。S23またはS24にてオーバライド判定フラグFを0または1に設定した後は、オーバライド判定フラグFを出力する(S25)。その後このルーチンを一旦終了する。
【0066】
図3に示すように、オーバライド判定部417にて設定されたオーバライド判定フラグFは調停部416の制御許可判定部416bに入力される。制御許可判定部416bは、オーバライド判定フラグFが0に設定されているときは、上述のように演算した各ヨーレート制御量γ_FSTR,γ_RSTR,γ_DYCによる制御を許可する。これにより各アクチュエータが作動して、車両のヨーレートが制御される。一方、オーバライド判定フラグFが1に設定されているときは、制御許可判定部416bは、各アクチュエータの作動による車両のヨーレート制御を停止する。この場合において、各アクチュエータの作動による車両のヨーレート制御を突然停止させると車両挙動の不安定化を招く。したがって、制御許可判定部416bは、入力されるオーバライド判定フラグFが1から0に変化した場合、そのときから各アクチュエータの制御量を徐々に小さくし、所定時間経過後に制御を停止させる処理(制御縮退処理)を実行してもよい。
【0067】
図7および図8は、目標横加速度Gy*(目標ヨーレートγ*でもよい)と操舵トルクの絶対値|τs|とが時系列的に変化する状態を示したグラフである。図の横軸は時間である。また、操舵トルクの絶対値|τs|と比較される閾値τsthが図において点線で示される。図7に示すように、目標横加速度Gy*が変化した場合に操舵トルクの絶対値|τs|は一時的に増加する。目標横加速度Gy*が変化した場合、各アクチュエータの作動状態が変化する。例えば、目標横加速度Gy*の変化に伴いフロントステア用アクチュエータ14の作動量が変化する。すると、フロントステア用アクチュエータ14の作動量の変化に伴って操舵ハンドルの自動操舵量も変化する。このときドライバが操舵ハンドルを握っていた場合、自動操舵量の変化に違和感を覚えて操舵ハンドルを保舵する。斯かる保舵により操舵トルクの絶対値|τs|が増加する。しかし、ドライバは、自動操舵量の変化に応じて操舵ハンドルの保舵を解除する場合がある。このため操舵トルクの絶対値|τs|が減少する。このようにして、目標横加速度Gy*が変化したときに、操舵トルクτsの大きさが一時的に増加するのである。
【0068】
目標横加速度Gy*の変化により一時的に増加する操舵トルクτsは、ドライバが積極的に操舵するという意思に基づいて意図的に操舵ハンドルに入力した操舵トルクではない。よって、この場合、操舵意図は無い。しかし、操舵意図の無い操舵操作により発生する操舵トルクτsであっても、その大きさが閾値τsthを越えた場合にはヨーレート制御が停止される。特に、閾値τsthが目標横加速度Gy*の変化にかかわらず一定である場合、操舵意図の無い操舵操作により増加した操舵トルクτsの大きさが閾値τsthを越えることにより、ヨーレート制御が停止される可能性が高い。例えば図7に示すように、目標横加速度Gy*の変化に伴い増加する操舵トルクτsの大きさが、T1の時点で一定の閾値τsth(基準閾値τs0)を越えるので、この時点でヨーレート制御が停止される。よって、ドライバは、ヨーレート制御を停止させる意思がないにもかかわらすヨーレート制御が停止されることによる不快感を覚える。
【0069】
これに対し、本実施形態では、目標横加速度Gy*が変化したときに設定される閾値が、目標横加速度Gy*が変化していないときに設定される閾値よりも大きい。つまり、目標横加速度Gy*の変化時に閾値τsthが大きくされる。図8は、目標横加速度Gy*と操舵トルクτsの絶対値|τ|の時系列的な変化を、目標横加速度Gy*の変化に応じて変化する閾値τsthとともに併記したグラフである。図8に示すように、目標横加速度Gy*が変化していないときに設定される閾値τsthは基準閾値τs0であり、目標横加速度Gy*が変化しているときに設定される閾値τsthは第1閾値τs1である。第1閾値τs1は基準閾値τs0よりも大きい。
【0070】
図8からわかるように、目標横加速度Gy*が変化した場合に操舵トルクの絶対値|τs|は増加するが、同時に閾値τsthも大きくなるので、操舵トルクτsの大きさは閾値τsthを越えない。このため各アクチュエータの作動によるヨーレート制御が継続される。すなわち、本実施形態によれば、ヨーレート制御を停止させる意図がないにも関わらずに生じた操舵トルクによってヨーレート制御が停止されることが防止される。
【0071】
このように、本実施形態によれば、目標横加速度Gy*が変化したときに設定される閾値τsthが、目標横加速度Gy*が変化していないときに設定される閾値τsthよりも大きくなるように、目標横加速度Gy*に基づいて閾値τsthが設定される。このため、目標横加速度Gy*の変化に伴い増加する操舵トルクτsの大きさが閾値τsthを越えることが防止あるいは抑制される。よって、操舵意図の無い操舵操作によって横方向運動制御が停止されることが防止される。つまり、本実施形態の横方向運動制御装置40によれば、横方向運動制御中におけるドライバの操舵意図の有無を精度良く判断することができる。
【0072】
(第2実施形態)
上記第1実施形態では、目標横加速度Gy*が変化したときに閾値τsthが大きくなるように、目標横加速度Gy*に基づいて閾値τsthを設定する例について説明した。本実施形態では、目標横加速度Gy*の変化量が大きくなればなるほど閾値τsthが大きくなるように、または、目標横加速度Gy*の変化量が大きくなればなるほど閾値τsthの変化量(増加量)が大きくなるように、目標横加速度Gy*に基づいて閾値τsthを設定する例について説明する。
【0073】
図9は、本実施形態において、閾値設定部417aが実行する閾値設定ルーチンを表すフローチャートである。このルーチンは所定の短時間ごとに繰り返し実行される。このルーチンが起動すると、閾値設定部417aは、まず図のS30にて目標横加速度Gy*を入力する。次いで、目標横加速度変化量ΔGy*を演算する(S31)。目標横加速度変化量ΔGy*は、今回このルーチンを実行しているときにS30で入力した目標横加速度Gy*と、前回このルーチンを実行したときにS30で入力した目標横加速度である旧目標横加速度Gy*_oldとの差の絶対値である。続いて閾値設定部417aは、目標横加速度変化量ΔGy*が0であるか否か、すなわち目標横加速度Gy*が変化したか否かを判断する(S32)。目標横加速度変化量ΔGy*が0である場合(S32:Yes)、閾値設定部417aはS33に進み、閾値τsthを基準閾値τs0に設定する。
【0074】
一方、目標横加速度変化量ΔGy*が0ではない場合(S32:No)、閾値設定部417aはS34に進み、閾値変化量Δτsthを取得する。閾値設定部417aは閾値変化量Δτsthを取得するために、オーバライド判定部417に記憶されている横加速度変化量−閾値変化量テーブルを参照する。
【0075】
図10は、横加速度変化量−閾値変化量テーブルの一例をグラフにより表わした図である。このグラフの横軸は目標横加速度変化量ΔGy*を表し、縦軸が閾値変化量Δτsthを表す。図10に示すように、閾値変化量Δτsthは目標横加速度変化量ΔGy*が大きいほど大きい。閾値設定部417aは、S34にてこの横加速度変化量−閾値変化量テーブルを参照し、目標横加速度変化量ΔGy*に対応する閾値変化量Δτsthを取得する。
【0076】
S34にて閾値変化量Δτsthを取得した後は、閾値設定部417aは、現在設定されている閾値τsthに閾値変化量Δτsthを加算することにより、新たな閾値τsthを設定する(S35)。
【0077】
S33またはS35にて閾値τsthを設定した後は、閾値設定部417aはS36に進み、設定した閾値τsthを出力する。次いで、旧目標横加速度Gy*_oldにS30で入力した目標横加速度Gy*を代入することにより旧目標横加速度Gy*_oldを更新する(S37)。その後、このルーチンを一旦終了する。このようにして、目標横加速度変化量ΔGy*(目標横加速度Gy*の変化量)が大きいほど閾値τsthが大きくなるように、また、目標横加速度変化量ΔGy*が大きいほど閾値τsthの変化量が大きくなるように、目標横加速度Gy*に基づいて閾値τsthが設定される。なお、その他の構成は上記第1実施形態で説明した構成と同一であるので、その他の構成についての説明は省略する。
【0078】
図11および図12は、目標横加速度Gy*(目標ヨーレートγ*でもよい)と操舵トルクの絶対値|τs|とが時系列的に変化する状態を、本実施形態で説明した目標横加速度変化量ΔGy*に応じて変化する閾値τsthとともに示したグラフである。図の横軸は時間である。また図において閾値τsthが点線で示される。図11に示すように、目標横加速度Gy*が変化した場合に操舵トルクの絶対値|τs|大きさは一時的に増加する。この場合において、閾値τsthが目標横加速度Gy*の変化にかかわらず一定(τsth=τs0)である場合、T1の時点で操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越える。このためドライバの意思に反してヨーレート制御が停止される。
【0079】
一方、目標横加速度変化量ΔGy*が大きいほど大きくなるように閾値τsthを変化させた場合、図11の線Aで示すように、目標横加速度Gy*が増加するにつれて閾値τsthも増加する。したがって、目標横加速度Gy*の変化に伴い増加する操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越えることが防止あるいは抑制される。よって、操舵意図の無い操舵操作によって横方向運動制御が停止されることが防止される。つまり、本実施形態の横方向運動制御装置40によれば、横方向運動制御中におけるドライバの操舵意図の有無を精度良く判断することができる。
【0080】
また、目標横加速度Gy*の変化に伴い増加する操舵トルクの絶対値|τs|は、目標横加速度Gy*の変化量の大きさが大きいほど大きい。したがって、目標横加速度Gy*の変化量の大きさにかかわらず閾値τsthの変化量が一定である場合、図12の中段のグラフに示すように、T2の時点で操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越える。このためドライバの意思に反してヨーレート制御が停止される。これに対して本実施形態では、目標横加速度Gy*の変化量が大きいほど閾値τsthの変化量が大きい。よって、図12の下段に示すグラフのように、目標横加速度Gy*の変化に伴い増加する操舵トルクが閾値τsthを越えることが防止あるいは抑制される。よって、操舵意図の無い操舵操作によって横方向運動制御が停止されることが防止される。つまり、本実施形態の横方向運動制御装置40によれば、横方向運動制御中におけるドライバの操舵意図の有無を精度良く判断することができる。
【0081】
(第3実施形態)
上記第1および第2実施形態では、目標横加速度Gy*の変化または目標横加速度Gy*の変化量に基づいて閾値τsthが変化する例について説明した。本実施形態では、目標横加速度Gy*が車両に作用することにより発生するヨーレートの方向(つまり目標ヨーレートγ*の方向)と、ドライバが操舵操作することにより発生するヨーレートの方向とに基づいて、閾値τsthが変化する例について説明する。
【0082】
図13は、本実施形態において閾値設定部417aが実行する閾値設定ルーチンを表すフローチャートである。このルーチンは所定の短時間ごとに繰り返し実行される。このルーチンが起動すると、閾値設定部417aは、まず図13のS40にて、目標横加速度Gy*を入力する。ここで、入力された目標横加速度Gy*は正の値または負の値または0である。目標横加速度Gy*が正の値であるときは、その目標横加速度Gy*が車両に作用することにより車両が右旋回する方向にヨーレートが発生する。また、入力された目標横加速度Gy*が負の値であるときは、その目標横加速度Gy*が車両に作用することにより車両が左旋回する方向にヨーレートが発生する。
【0083】
次いで、閾値設定部417aは、車両に取り付けられた操舵トルクセンサから操舵ハンドルに入力される操舵トルクτsを入力する(S41)。ここで、入力された操舵トルクτsは正の値または負の値または0である。操舵トルクτsが正の値であるときは、その操舵トルクτsによってフロントステアリング機構が操作されることにより車両が右旋回する方向にヨーレートが発生する。また、入力された操舵トルクτsが負の値であるときは、その操舵トルクτsによってフロントステアリング機構が操作されることにより車両が左旋回する方向にヨーレートが発生する。
【0084】
続いて、閾値設定部417aは、入力した目標横加速度Gy*の符号関数sgn(Gy*)と入力した操舵トルクτsの符号関数sgn(τ)との積が0以上であるか否かを判断する(S42)。符号関数sgn(α)は、変数αが正であるか負であるかを示す関数であり、変数αが正であるときはsgn(α)は1、変数αが負であるときはsgn(α)は−1である。
【0085】
S42にて符号関数の積が0以上(0または1)であるとき(S42:Yes)は、目標横加速度Gy*が車両に作用することにより発生するヨーレートの方向(目標ヨーレートγ*の方向)と、ドライバによる操舵操作により生じる車両のヨーレートの方向が同じである。この場合、閾値設定部417aはS43に進み、閾値τsthを基準閾値τs0に設定する。一方、S42にて符号関数の積が負(−1)であるとき(S42:No)は、目標横加速度Gy*が車両に作用することにより発生するヨーレートの方向(目標ヨーレートγ*の方向)と、ドライバによる操舵操作により生じる車両のヨーレートの方向が異なる。この場合、閾値設定部417aはS44に進み、閾値τsthを第2閾値τs2に設定する。ここで、第2閾値τs2は基準閾値τs0よりも小さい。閾値設定部417aは、S43またはS44にて閾値τsthを設定した後は、設定した閾値τsthを出力する。その後、このルーチンを一旦終了する。このようにして閾値τsthを設定することにより、閾値τsthは目標横加速度Gy*の符号関数と操舵トルクτsの符号関数との積に応じて変化する。なお、その他の構成は上記第1実施形態で説明した構成と同一であるので、その他の構成についての説明は省略する。
【0086】
図14乃至図17は、目標横加速度Gy*(目標ヨーレートγ*でもよい)、操舵トルクτs、操舵トルクの絶対値|τs|が時系列的に変化する様々な状態を、本実施形態に示した方法により設定された閾値τsthとともに示したグラフである。図の横軸は時間である。また図において操舵トルクの絶対値|τs|と比較される閾値τsthが点線で示される。
【0087】
図14によれば、時刻T0以前は目標横加速度Gy*も操舵トルクτsも0である。時刻T0にて目標横加速度Gy*が0から正の値に変化する。その後、時刻T1にて操舵トルクτsが0から正の値に変化する。時刻T1以前は操舵トルクτsが0であるので、図13のS42の判定結果がYesであり、閾値τsthは基準閾値τs0である。また、時刻T1以後は目標横加速度Gy*も操舵トルクτsも正の値であるので、図13のS42の判定結果がYesであり、閾値τsthは基準閾値τs0である。よって閾値τsthは図14に示す時間範囲内で一定(τs0)である。また、操舵トルクτsはT1の時点で変化するが、変化後の操舵トルクの絶対値|τs|は閾値τsth(=τs0)を越えることがない。したがってヨーレート制御は継続される。
【0088】
図15によれば、時刻T0以前は目標横加速度Gy*も操舵トルクτsも0である。時刻T0にて目標横加速度Gy*が0から正の値に変化する。その後、時刻T1にて操舵トルクτsが0から負の値に変化する。時刻T1以前は操舵トルクτsが0であるので、図13のS42の判定結果がYesであり、閾値τsthは基準閾値τs0である。また、時刻T1以後は目標横加速度Gy*が正の値であり、操舵トルクτsは負の値であるので、図13のS42の判定結果がNoである。このため時刻T1を境に閾値τsthが基準閾値τs0から第2閾値τs2に変化する。第2閾値τs2は基準閾値τs0よりもかなり小さい値に設定されているので、操舵トルクの絶対値|τs|はT2の時点で閾値τsth(=τs2)を越える。したがってT2の時点でヨーレート制御が停止される。
【0089】
図16によれば、時刻T0以前は目標横加速度Gy*も操舵トルクτsも0である。時刻T0にて目標横加速度Gy*が0から負の値に変化する。その後、時刻T1にて操舵トルクτsが0から正の値に変化する。時刻T1以前は操舵トルクτsが0であるので、図13のS42の判定結果がYesであり、閾値τsthは基準閾値τs0である。また、時刻T1以後は目標横加速度Gy*が負の値であり、操舵トルクτsは正の値であるので、図13のS42の判定結果がNoである。このため時刻T1を境に閾値τsthが基準閾値τs0から第2閾値τs2に変化する。第2閾値τs2は基準閾値τs0よりもかなり小さい値に設定されているので、操舵トルクの絶対値|τs|はT2の時点で閾値τsth(=τs2)を越える。したがって、T2の時点でヨーレート制御が停止される。
【0090】
図17によれば、時刻T0以前は目標横加速度Gy*も操舵トルクτsも0である。時刻T0にて目標横加速度Gy*が0から負の値に変化する。その後、時刻T1にて操舵トルクτsが0から負の値に変化する。時刻T1以前は操舵トルクτsが0であるので、図13のS42の判定結果がYesであり、閾値τsthは基準閾値τs0である。また、時刻T1以後は目標横加速度Gy*も操舵トルクτsも負の値であるので、図13のS42の判定結果がYesであり、閾値τsthは基準閾値τs0である。よって閾値τsthは図17に示す時間範囲内で一定(τs0)である。また、操舵トルクτsはT1の時点で変化するが、変化後の操舵トルクの大きさ|τs|が閾値τsth(=τs0)を越えることがない。したがってヨーレート制御が継続される。
【0091】
図14および図17に示すように目標横加速度Gy*と操舵トルクτsが変化する場合、操舵トルクτsによりフロントステアリング機構が操作されることにより生じるヨーレートの方向(図14の場合は右旋回方向、図17の場合は左旋回方向)と、目標横加速度Gy*が車両に作用することにより発生する目標ヨーレートγ*の方向(図14の場合は右旋回方向、図17の場合は左旋回方向)が同じである。ドライバが入力する操舵トルクτsにより生じるヨーレートの方向と目標ヨーレートγ*の方向が同じである場合、操舵意図があるか否かは不明である。この場合、図14および図17に示すように閾値τsthが基準閾値τs0に維持される。これにより不必要にヨーレート制御が停止されることが防止される。
【0092】
図15および図16に示すように目標横加速度Gy*と操舵トルクτsが変化する場合、操舵トルクτsによりフロントステアリング機構が操作されることにより生じるヨーレートの方向(図14の場合は左旋回方向、図15の場合は右旋回方向)と、目標横加速度Gy*が車両に作用することにより発生する目標ヨーレートγ*の方向(図14の場合は右旋回方向、図15の場合は左旋回方向)が異なる。ドライバが入力する操舵トルクτsにより生じるヨーレートの方向と目標ヨーレートの方向が異なる場合、操舵意図が有る可能性が高い。この場合、図15および図16に示すように閾値τsthが基準閾値τs0から第2閾値τs2まで低下する。これによりヨーレート制御がより停止され易くされる。このように、目標ヨーレートγ*の方向とドライバが操舵操作することにより発生するヨーレートの方向によってドライバの操舵意図を推測し、その推測結果を基に閾値τsthを設定することで、ドライバが操舵意図を持って操舵操作した場合に、ヨーレート制御を速やかに停止させることができる。すなわち、本実施形態の横方向運動制御装置40によれば、横方向運動制御中におけるドライバの操舵意図の有無を精度良く判断することができる。
【0093】
(第4実施形態)
上記第3実施形態では、目標横加速度Gy*が車両に作用することにより車両が旋回する方向(目標ヨーレートγ*の方向)と、ドライバが操舵操作することにより発生するヨーレートの方向とに基づいて、閾値τsthが変化する例について説明した。本実施形態では、目標横加速度Gy*が車両に作用することにより車両が旋回する方向(目標ヨーレートγ*の方向)とドライバが操舵操作することにより発生するヨーレートの方向とが異なるときに、ドライバによる操舵操作量の変化量を表す操舵トルクτsの変化量に応じて閾値τsthの変化量が変化する例について説明する。
【0094】
図18は、本実施形態において閾値設定部417aが実行する閾値設定ルーチンを表すフローチャートである。このルーチンは所定の短時間ごとに繰り返し実行される。このルーチンが起動すると、閾値設定部417aは、まず図18のS50にて目標横加速度Gy*を入力する。入力された目標横加速度Gy*は正の値または負の値または0である。目標横加速度Gy*の正負(符号)の定義は上記第3実施形態に示した定義と同一である。
【0095】
次いで、閾値設定部417aは、車両に取り付けられた操舵トルクセンサから操舵ハンドルに入力される操舵トルクτsを入力する(S41)。ここで、入力された操舵トルクτsは正の値または負の値または0である。操舵トルクτsの正負(符号)の定義は上記第3実施形態に示した定義と同一である。
【0096】
続いて、閾値設定部417aは、入力した目標横加速度Gy*の符号関数sgn(Gy*)と入力した操舵トルクτsの符号関数sgn(τs)との積が0以上であるか否かを判断する(S52)。
【0097】
S52にて符号関数の積が0以上(0または1)であると判断したとき(S52:Yes)は、閾値設定部417aはS53に進み、閾値τsthを基準閾値τs0に設定する。一方、S52にて符号関数の積が負(−1)であると判断したとき(S52:No)は、閾値設定部417aはS54に進み、操舵トルク変化量Δτsを演算する。操舵トルク変化量Δτsは、今回このルーチンを実行しているときにS51で入力した操舵トルクτsと前回このルーチンを実行したときにS51で入力した操舵トルクである旧操舵トルクτs_oldとの差の絶対値である。続いて、閾値設定部417aは、S55にて閾値変化量Δτsthを取得する。閾値変化量Δτsthを取得するために、オーバライド判定部417に記憶されている操舵トルク変化量−閾値変化量テーブルが参照される。
【0098】
図19は、操舵トルク変化量−閾値変化量テーブルの一例をグラフにより表わした図である。このグラフの横軸は操舵トルク変化量Δτsを表し、縦軸は閾値変化量Δτsthを表す。図19に示すように、閾値変化量Δτsthは操舵トルク変化量Δτsが大きいほど大きい。閾値設定部417aは、S55にてこの操舵トルク変化量−閾値変化量テーブルを参照し、操舵トルク変化量Δτsに対応する閾値変化量Δτsthを取得する。閾値変化量Δτsthを取得した後は、閾値設定部417aは、現在設定されている閾値τsthから閾値変化量Δτsthを減算することにより、仮閾値τsth_pを設定する(S56)。
【0099】
次いで、閾値設定部417aは、仮閾値τsth_pが最低閾値τsmin未満であるかを判定する(S57)。最低閾値τsminは、操舵トルクの絶対値|τs|の閾値として用いられる最も小さい値として予め定められる。仮閾値τsth_pが最低閾値τsmin未満であるとき(S57:Yes)は、閾値設定部417aは閾値τsthを仮閾値τsth_pに設定する(S58)。一方、仮閾値τsth_pが最低閾値τsmin以上であるとき(S57:No)は、閾値設定部417aは閾値τsthを最低閾値τsminに設定する(S59)。
【0100】
S53、S58、またはS59にて閾値τsthを設定した後は、閾値設定部417aは設定した閾値を出力する(S60)。次いで、S51で入力した操舵トルクτsを旧操舵トルクτs_oldに代入することにより旧操舵トルクτs_oldを更新する(S61)。その後、このルーチンを一旦終了する。このようにして、操舵トルクτsの変化量に応じて閾値τsthの変化量が変化するように、具体的には操舵トルクτsの変化量が大きいほど閾値τsthの変化量(減少量)が大きくなるように、閾値τsthが設定される。
【0101】
図20および図21は、目標横加速度Gy*(目標ヨーレートγ*でもよい)、操舵トルクτs、操舵トルクの絶対値|τs|が時系列的に変化する様々な状態を、本実施形態で示した方法により設定した閾値τsthとともに示したグラフである。図の横軸は時間である。また図において操舵トルクの絶対値|τs|と比較される閾値τsthが点線で示される。
【0102】
これらの図からわかるように、時刻T0にて目標横加速度Gy*が0から正の値に変化し、その後、時刻T1にて操舵トルクτsが0から負の値に変化する。時刻T1以前は操舵トルクτsが0であるので、図18のS52の判定結果がYesであり、閾値τsthはτs0である。また、時刻T1以後は目標横加速度Gy*が正の値であり、操舵トルクτsは負の値であるので、図18のS52の判定結果がNoである。したがって、T1の時点から閾値τsthが変化する。このとき閾値τsthの変化量(減少量)は、操舵トルクτsの変化量が大きいほど大きい。
【0103】
図20では、時刻T1以後に変化する操舵トルクτsの変化量が小さいので、閾値τsthの変化量(減少量)も小さい。つまり閾値τsthの減少勾配が緩やかである。一方、図21では、時刻T1以後に変化する操舵トルクτsの変化量が大きいので、閾値τsthの変化量(減少量)も大きい。つまり閾値τsthの減少勾配が急峻である。なお、閾値τsthが最低閾値τsminに等しくなった時点以降は閾値τsthは一定(τsmin)である。
【0104】
図20に示す場合、時刻T1から変化する閾値τsthの減少量が小さいので、時刻T1から操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越える時刻T2までの時間(T2−T1)が長い。一方、図21に示す場合、時刻T1時点から変化する閾値τsthの減少量が大きいので、時刻T1から操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越える時刻T2までの時間(T2−T1)が短い。
【0105】
目標横加速度Gy*が車両に作用することに発生する目標ヨーレートγ*の方向と操舵トルクτsにより生じるヨーレートの方向が異なっている場合であっても、操舵トルクτsの変化量が小さい場合は、その操舵トルクτsが、ドライバの操舵意図に起因して発生した操舵トルクではない可能性がある。したがって、この場合、図20に示すように閾値τsthの減少勾配を緩やかに設定することにより、操舵トルクτsが閾値τsthを越えるタイミング、つまりヨーレート制御を停止するタイミングを遅らせることができる。このような制御停止タイミングの遅延処理により、不必要なヨーレート制御の停止をより一層防止することができる。
【0106】
また、目標横加速度Gy*が車両に作用することにより発生する目標ヨーレートγ*の方向と、操舵トルクτsにより生じるヨーレートの方向が異なっている場合であって、且つ操舵トルクτsの変化量が大きい場合は、自動操舵に対抗してドライバが操舵操作している場合が想定され得る。このような場合、操舵トルクτsが操舵意図に起因して発生した操舵トルクである可能性が高い。したがって、この場合、図21に示すように閾値τsthの減少勾配を急峻にすることにより、操舵トルクτsが閾値τsthを越えるタイミング、つまりヨーレート制御を停止するタイミングを早めることができる。これにより、ドライバの操舵意図を迅速に察知して、速やかにヨーレート制御を停止させることができる。
【0107】
(第5実施形態)
次に、本発明の第5実施形態について説明する。この実施形態によれば、閾値τsthは、DYC用アクチュエータ32の制御量に応じて変化する。
【0108】
図22は、本実施形態において閾値設定部417aが実行する閾値設定ルーチンを表すフローチャートである。このルーチンは所定の短時間ごとに繰り返し実行される。このルーチンが起動すると、閾値設定部417aは、まず図のS70にて目標横加速度Gy*を入力する。次いで、DYC制御量αを入力する。このDYC制御量αは、例えばDYCヨーレート制御量γ_DYCである。
【0109】
続いて閾値設定部417aは、目標横加速度Gy*が変化したか否かを演算する(S72)。目標横加速度Gy*が変化していない場合(S72:No)、閾値設定部417aはS77に進み、閾値τsthを基準閾値τs0に設定する。一方、目標横加速度Gy*が変化している場合(S72:Yes)、閾値設定部417aはS73に進み、DYC制御量αの絶対値|α|が0よりも大きいか否か、すなわちヨーレート制御のためにDYC用アクチュエータ32が作動しているか否かを判断する。DYC制御量αが0である場合(S73:No)、すなわちヨーレート制御のためにDYC用アクチュエータ32が作動していない場合、閾値設定部417aはS77に進み、閾値τsthを基準閾値τs0に設定する。
【0110】
一方、DYC制御量αの絶対値|α|が0より大きい場合(S73:Yes)、すなわちヨーレート制御のためにDYC用アクチュエータ32が作動している場合、閾値設定部417aはS73に進み、DYC制御量変化量Δαを演算する(S74)。DYC制御量変化量Δαは、今回このルーチンを実行しているときにS71で入力したDYC制御量αと、前回このルーチンを実行したときにS71で入力したDYC制御量である旧DYC制御量α_oldとの差の絶対値である。続いて閾値設定部417aは、閾値変化量Δτsthを取得する(S75)。閾値変化量Δτsthを取得するために、オーバライド判定部417に記憶されているDYC制御量変化量−閾値変化量テーブルが参照される。
【0111】
図23は、DYC制御量変化量−閾値変化量テーブルの一例をグラフにより表わした図である。このグラフの横軸はDYC制御量変化量Δα表し、縦軸が閾値変化量Δτsthを表す。図23に示すように、閾値変化量ΔτsthはDYC制御量変化量Δαが大きいほど大きい。閾値設定部417aは、S75にてこのDYC制御量変化量−閾値変化量テーブルを参照し、DYC制御量変化量Δαに対応する閾値変化量Δτsthを取得する。
【0112】
S75にて閾値変化量Δτsthを取得した後は、閾値設定部417aは、現在設定されている閾値τsthに閾値変化量Δτsthを加算することにより、新たな閾値τsthを設定する(S76)。
【0113】
S76またはS77にて閾値τsthを設定した後は、閾値設定部417aはS78に進み、設定した閾値τsthを出力する。次いで、旧DYC制御量α_oldにS73で入力したDYC制御量αを代入することにより、旧DYC制御量α_oldを更新する(S79)。その後、このルーチンを一旦終了する。このようにして閾値τsthを設定することにより、閾値τsthはDYC制御量変化量Δαに基づいて変化する。具体的には、DYC制御量αの変化量が大きいほど閾値τsthの変化量が大きくなるように、閾値τsthが設定される。
【0114】
図24は、目標横加速度Gy*(目標ヨーレートγ*でもよい)、DYC制御量α、操舵トルクの絶対値|τs|が時系列的に変化する状態を、本実施形態で示した方法により設定した閾値τsthとともに示したグラフである。図の横軸は時間である。また図において操舵トルクの絶対値|τs|と比較される閾値τsthが点線で示される。
【0115】
図24に示すように、目標横加速度Gy*が変化したときに、DYC制御量αも変化している。このDYC制御量αに基づいて、例えば車両の左右輪の一方に制動力が付与されて、車両のヨーレートが制御される。
【0116】
DYC用アクチュエータ32が作動することにより車両のヨーレートを制御した場合、車両の旋回の態様が前輪の転舵によりなされる旋回の態様とは異なるので、ドライバは旋回動作に違和感を覚えて操舵ハンドルを保舵する可能性がある。斯かる操舵ハンドルの保舵によって操舵トルクの大きさが増加する。この操舵トルクの大きさ(絶対値)が閾値τsthを越えたときにヨーレート制御が停止される。しかし、DYC制御量αの変化により一時的に生じる操舵トルクτsは、ドライバが操舵意図を持って入力した操舵トルクではない。よって、このような操舵意図の無い操舵トルクの増加によってヨーレート制御が停止されることは好ましくない。
【0117】
この点につき、本実施形態では、閾値τsthが、DYC制御量αに基づいて変化させられる。具体的には、DYC制御量変化量Δαが大きいほど、閾値τsthに加算される閾値変化量Δτsthが大きくなるように、DYC制御量αの変化に応じて閾値τsthが変化する。したがって、図24に示すように、目標横加速度Gy*の変化に伴いDYC制御量αが変化したときに、閾値τsthは大きくなる。これにより、DYC制御量αの変化により一時的に生じた操舵意図の無い操舵トルクτsの大きさが閾値τsthを越えることが防止または抑制される。すなわち、本実施形態の横方向運動制御装置40によれば、横方向運動制御中におけるドライバの操舵意図の有無を精度良く判断することができる。
【0118】
また、DYC制御量変化量Δαが大きいほど閾値τsthに加算される閾値変化量Δτsthが大きくなるように閾値τsthが設定されるので、閾値τsthの時間変化勾配は、DYC制御量αの時間勾配が大きいほど大きい。例えば、DYC制御量αが図24の実線A1で示すように緩やかに増加した場合、閾値τsthも図24の点線B1で示すように緩やかに増加し、DYC制御量αが図24の一点鎖線A2で示すように急峻に増加した場合、閾値τsthは図24の点線B2で示すように急峻に増加する。DYC制御量αの変化に伴い発生する操舵トルクの大きさは、DYC制御量αの変化勾配が大きいほど大きい。このため、閾値τsthもDYC制御量αの変化勾配が大きいほど大きくなるように設定することにより、DYC制御量αの変化により一時的に増加した操舵トルクの大きさ|τs|が閾値τsthを越えることがより一層防止される。
【0119】
(第6実施形態)
次に、本発明の第6実施形態について説明する。上記第1実施形態では、操舵トルクτsの大きさが閾値τsthを越えたときに、操舵意図が有ると判断されてヨーレート制御が停止される例について説明した。本実施形態では、操舵トルクτsの大きさが閾値τsthを越えている時間が予め定められた所定時間以上持続したときに、操舵意図が有ると判断されてヨーレート制御が停止される例について説明する。
【0120】
図25は、本実施形態において比較部417bが実行するオーバライド判定ルーチンを表すフローチャートである。このルーチンは所定の短時間ごとに繰り返し実行される。このルーチンが起動すると、比較部417bは、まず図25のS80にて、操舵トルクτsを入力する。次いで、操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越えているか否かを判断する(S81)。操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越えていない場合(S81:No)、比較部417bは操舵意図が無いと判断し、S87に進んでオーバライド判定フラグFを0に設定する。次いで、設定したオーバライド判定フラグFを出力する(S88)。その後、このルーチンを一旦終了する。
【0121】
一方、S81にて、操舵トルクの大きさ|τs|が閾値τsthを越えていると判断した場合(S81:Yes)、比較部417bはS82に進み、タイマTの計測を開始する。続いて、操舵トルクτsを入力し(S83)、その操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越えているか否かを判断する(S84)。この時点で操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越えていない(S84:No)場合、比較部417bは操舵意図が無いと判断し、S87に進んでオーバライド判定フラグFを0に設定する。そして、設定したオーバライド判定フラグFを出力する(S88)。その後、このルーチンを一旦終了する。
【0122】
S84にて、操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越えていると判断したとき(S84:Yes)は、比較部417bはS85に進み、タイマTが基準時間Trefを越えたか否かを判定する。タイマTの計測時間が基準時間Trefを越えていない場合(S85:No)は、比較部417bはS83に戻って再度操舵トルクτsを入力し、入力した操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越えているか否かを判定する(S84)。S83〜S85の処理が繰り返されることにより、タイマTの計測時間が基準時間Trefに達するまで、操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthと比較される。そして、一度でも操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越えていないと判定されたときは、操舵意図が無いと判断されてオーバライド判定フラグFが0に設定される。
【0123】
S85にて、タイマTの計測時間が基準時間Trefを越えていると判断した場合、比較部417bは、操舵意図が有ると判断し、オーバライド判定フラグFを1に設定する(S86)。次いで、設定したオーバライド判定フラグF(=1)を出力する(S88)。その後、このルーチンを一旦終了する。このようなオーバライド判定処理により、操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越えた時間が基準時間Tref以上持続した場合に操舵意図が有ると判断され、オーバライド判定フラグFが1に設定される。また、操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越えていない場合、および、操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越えた時間が基準時間Tref以下の場合には操舵意図が無いと判断され、オーバライド判定フラグFが0に設定される。
【0124】
図26および図27は、目標横加速度Gy*(目標ヨーレートγ*でもよい)および操舵トルクの絶対値|τs|が時系列的に変化する状態を閾値τsthとともに示したグラフである。図の横軸は時間である。また操舵トルクτsの絶対値|τs|と比較される閾値τsthが点線で示される。さらに、図中のSで示される期間が基準時間Trefである。図26および図27に示すように、目標横加速度Gy*が変化したときに、操舵トルクの大きさ(絶対値)が変化(増加)する。また、閾値τsthは、目標横加速度Gy*の変化に応じて変化(増加)する。
【0125】
図26に示す場合、操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越えている時間が基準時間Tref以下である。この場合、オーバライド判定フラグが0に設定されるためヨーレート制御が継続される。一方、図27に示す場合、操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越えている時間が基準時間Trefを越えている。この場合、オーバライド判定フラグが1に設定されるためヨーレート制御が停止される。
【0126】
目標横加速度Gy*の変化に応じて閾値τsthを大きくした場合であっても、ドライバによる操舵トルクの入力状況によっては、操舵意図が無い操舵トルクの大きさが閾値を越える場合も想定される。このような場合であっても、本実施形態によれば、操舵トルクの絶対値|τs|が閾値を越える時間が基準時間Tref以下の短時間であれば、ヨーレート制御が停止されないので、操舵意図の無い操舵トルクによりヨーレート制御が停止されることをより効果的に防止することができる。また、操舵トルクの絶対値|τs|が閾値τsthを越える時間が基準時間Tref以上持続する程度の長時間であれば、ドライバがヨーレート制御を停止させて自ら操舵操作をする意図を持っている可能性が極めて高い。このような場合に本実施形態で示したようにヨーレート制御を停止させることにより、ドライバの操舵意図を加味したより利便性の高い横方向運動制御装置を提供することができる。
【0127】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるべきものではない。例えば、上記実施形態では、操舵トルクτsを閾値τsthの比較対象とした例を示したが、操舵意図が反映され得る操舵操作量であれば、操舵トルクτs以外の操舵操作量を用いることができる。また、上記第3実施形態および第4実施形態では、目標ヨーレートの方向と操舵トルクにより生じるヨーレートの方向とを比較する例を示したが、目標ヨーレートとの比較対象は、操舵意図が反映されている操舵操作量であれば、操舵トルク以外であっても良い。例えば、ヨーレート制御にリアステア用アクチュエータが用いられているような場合は、目標ヨーレートの方向と操舵角(あるいは操舵角速度)により表わされるヨーレートの方向とを比較してもよい。また、上記実施形態では、目標横加速度Gy*に基づいて閾値τsthを設定する例を示したが、目標横加速度Gy*に代えて目標ヨーレートγ*を用い、目標ヨーレートγ*に基づいて閾値τsthを設定してもよい。また、上記実施形態では、DYC用アクチュエータは、車輪に制動力を付与するアクチュエータ(ブレーキアクチュエータ)であるが、DYC用アクチュエータは、車輪に駆動力を付与するアクチュエータでもよい。このように、本発明は、その趣旨を逸脱しない限りにおいて、変形可能である。
【符号の説明】
【0128】
10…フロントステアリング装置、11…操舵ハンドル、12…ステアリング軸、13…前輪操向軸、14…フロントステア用アクチュエータ、20…リアステアリング装置、21…後輪操向軸、22…リアステア用アクチュエータ、32…DYC用アクチュエータ、40…横方向運動制御装置、41…ヨーレート演算部、411…目標値生成部、412…状態監視部、413…アベイラビリティ量演算部、414…フィードフォワード演算部、415…フィードバック演算部、416…調停部、416a…最終値演算部、416b…制御許可判定部、417…オーバライド判定部、417a…閾値設定部、417b…比較部、42…前輪転舵角変換部、43…後輪転舵角変換部、44…DYC車軸トルク変換部、45…アベイラビリティ物理量変換部、50…運転支援アプリケーション、Gy*…目標横加速度、γ*…目標ヨーレート、τsth…閾値
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の横方向運動量の目標値を取得する目標値取得部と、前記目標値取得部により取得された前記横方向運動量の目標値に基づいて、車両の横方向運動量を変化させるために作動制御される制御対象の制御量を演算する制御量演算部と、前記制御量に基づいて前記制御対象を制御する制御対象制御部と、車両のドライバの操舵意図の有無を判断する操舵意図判断部と、を備え、前記制御対象制御部が前記制御対象を制御することにより、車両の横方向運動を制御するとともに、前記操舵意図判断部により前記操舵意図が有ると判断されたときに、前記制御対象制御部による前記制御対象の制御を停止する横方向運動制御装置であって、
前記操舵意図判断部は、
車両のドライバによる操舵操作量を取得する操舵操作量取得部と、前記目標値に基づいて前記操舵操作量の閾値を設定する閾値設定部と、を備え、前記操舵操作量取得部により取得された操舵操作量の大きさと前記閾値設定部により設定された閾値とを比較することにより、前記操舵意図の有無を判断する、車両の横方向運動制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両の横方向運動制御装置において、
前記操舵意図判断部は、前記操舵操作量取得部により取得された操舵操作量の大きさが前記閾値設定部により設定された前記閾値よりも大きいときに、前記操舵意図が有ると判断する、車両の横方向運動制御装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の車両の横方向運動制御装置において、
前記閾値設定部は、前記目標値が変化したときに設定される閾値が、前記目標値が変化していないときに設定される閾値よりも大きくなるように、閾値を設定する、車両の横方向運動制御装置。
【請求項4】
請求項1または2に記載の車両の横方向運動制御装置において、
前記閾値設定部は、前記目標値の変化量が大きいほど前記閾値が大きくなるように前記閾値を設定する、車両の横方向運動制御装置。
【請求項5】
請求項1または2に記載の車両の横方向運動制御装置において、
前記閾値設定部は、前記目標値の変化量が大きいほど前記閾値の変化量が大きくなるように前記閾値を設定する、車両の横方向運動制御装置。
【請求項6】
請求項1または2に記載の車両の横方向運動制御装置において、
前記閾値設定部は、前記目標値により表わされる車両の横方向運動の方向と、車両のドライバによる操舵操作により発生する車両の横方向運動の方向とに基づいて、前記閾値を設定する、車両の横方向運動制御装置。
【請求項7】
請求項6に記載の車両の横方向運動制御装置において、
前記閾値設定部は、前記目標値により表わされる車両の横方向運動の方向と車両のドライバによる操舵操作により発生する車両の横方向運動の方向が異なる場合は、前記閾値を、前記目標値により表わされる車両の横方向運動の方向と車両のドライバによる操舵操作により発生する車両の横方向運動の方向が同じ場合に設定される前記閾値よりも小さい値に設定する、車両の横方向運動制御装置。
【請求項8】
請求項6または7に記載の車両の横方向運動制御装置において、
前記閾値設定部は、前記目標値により表わされる車両の横方向運動の方向と車両のドライバによる操舵操作により生じる車両の横方向運動の方向が異なる場合には、前記操舵操作における操舵操作量の変化量が大きいほど前記閾値の変化量が大きくなるように前記閾値を設定する、車両の横方向運動制御装置。
【請求項9】
請求項1または2に記載の車両の横方向運動制御装置において、
前記制御対象は、車輪に制動力または駆動力を付与するDYC用アクチュエータおよび後輪を転舵させるリアステア用アクチュエータを含み、
前記閾値設定部は、前記DYC用アクチュエータおよび前記リアステア用アクチュエータの制御量に基づいて前記閾値を設定する、車両の横方向運動制御装置。
【請求項10】
請求項1乃至9のいずれか1項に記載の横方向運動制御装置において、
前記操舵意図判断部は、前記操舵操作量取得部により取得された操舵操作量の大きさが前記閾値設定部により設定された前記閾値よりも大きい時間が予め定められた所定時間以上持続したときに、前記操舵意図が有ると判断する、車両の横方向運動制御装置。
【請求項1】
車両の横方向運動量の目標値を取得する目標値取得部と、前記目標値取得部により取得された前記横方向運動量の目標値に基づいて、車両の横方向運動量を変化させるために作動制御される制御対象の制御量を演算する制御量演算部と、前記制御量に基づいて前記制御対象を制御する制御対象制御部と、車両のドライバの操舵意図の有無を判断する操舵意図判断部と、を備え、前記制御対象制御部が前記制御対象を制御することにより、車両の横方向運動を制御するとともに、前記操舵意図判断部により前記操舵意図が有ると判断されたときに、前記制御対象制御部による前記制御対象の制御を停止する横方向運動制御装置であって、
前記操舵意図判断部は、
車両のドライバによる操舵操作量を取得する操舵操作量取得部と、前記目標値に基づいて前記操舵操作量の閾値を設定する閾値設定部と、を備え、前記操舵操作量取得部により取得された操舵操作量の大きさと前記閾値設定部により設定された閾値とを比較することにより、前記操舵意図の有無を判断する、車両の横方向運動制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両の横方向運動制御装置において、
前記操舵意図判断部は、前記操舵操作量取得部により取得された操舵操作量の大きさが前記閾値設定部により設定された前記閾値よりも大きいときに、前記操舵意図が有ると判断する、車両の横方向運動制御装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の車両の横方向運動制御装置において、
前記閾値設定部は、前記目標値が変化したときに設定される閾値が、前記目標値が変化していないときに設定される閾値よりも大きくなるように、閾値を設定する、車両の横方向運動制御装置。
【請求項4】
請求項1または2に記載の車両の横方向運動制御装置において、
前記閾値設定部は、前記目標値の変化量が大きいほど前記閾値が大きくなるように前記閾値を設定する、車両の横方向運動制御装置。
【請求項5】
請求項1または2に記載の車両の横方向運動制御装置において、
前記閾値設定部は、前記目標値の変化量が大きいほど前記閾値の変化量が大きくなるように前記閾値を設定する、車両の横方向運動制御装置。
【請求項6】
請求項1または2に記載の車両の横方向運動制御装置において、
前記閾値設定部は、前記目標値により表わされる車両の横方向運動の方向と、車両のドライバによる操舵操作により発生する車両の横方向運動の方向とに基づいて、前記閾値を設定する、車両の横方向運動制御装置。
【請求項7】
請求項6に記載の車両の横方向運動制御装置において、
前記閾値設定部は、前記目標値により表わされる車両の横方向運動の方向と車両のドライバによる操舵操作により発生する車両の横方向運動の方向が異なる場合は、前記閾値を、前記目標値により表わされる車両の横方向運動の方向と車両のドライバによる操舵操作により発生する車両の横方向運動の方向が同じ場合に設定される前記閾値よりも小さい値に設定する、車両の横方向運動制御装置。
【請求項8】
請求項6または7に記載の車両の横方向運動制御装置において、
前記閾値設定部は、前記目標値により表わされる車両の横方向運動の方向と車両のドライバによる操舵操作により生じる車両の横方向運動の方向が異なる場合には、前記操舵操作における操舵操作量の変化量が大きいほど前記閾値の変化量が大きくなるように前記閾値を設定する、車両の横方向運動制御装置。
【請求項9】
請求項1または2に記載の車両の横方向運動制御装置において、
前記制御対象は、車輪に制動力または駆動力を付与するDYC用アクチュエータおよび後輪を転舵させるリアステア用アクチュエータを含み、
前記閾値設定部は、前記DYC用アクチュエータおよび前記リアステア用アクチュエータの制御量に基づいて前記閾値を設定する、車両の横方向運動制御装置。
【請求項10】
請求項1乃至9のいずれか1項に記載の横方向運動制御装置において、
前記操舵意図判断部は、前記操舵操作量取得部により取得された操舵操作量の大きさが前記閾値設定部により設定された前記閾値よりも大きい時間が予め定められた所定時間以上持続したときに、前記操舵意図が有ると判断する、車両の横方向運動制御装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【公開番号】特開2012−96568(P2012−96568A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−243408(P2010−243408)
【出願日】平成22年10月29日(2010.10.29)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年10月29日(2010.10.29)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【Fターム(参考)】
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