説明

車両の横方向運動制御装置

【課題】 車両挙動を安定化させつつ横方向運動制御を停止させることができる横方向運動制御装置を提供すること。
【解決手段】 横方向運動制御装置は、車両の横方向運動量の目標値に基づいて、車両の横方向運動量を変化させるために協調して作動する複数の制御対象の横方向運動制御量を演算し、演算した横方向運動制御量に基づいて複数の前記制御対象を制御する。また、複数の前記制御対象の制御を停止するか否かを判断する。複数の前記制御対象の制御を停止すると判断したときに、そのときから複数の前記制御対象の横方向運動制御量が縮退するように、複数の前記制御対象の横方向運動縮退制御量をそれぞれ決定し、決定した横方向運動縮退制御量に基づいて複数の前記制御対象を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヨーレートなど車両の横方向運動を制御する横方向運動制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、走行車両の運転を支援する運転支援装置(以下、運転支援アプリケーションと呼ぶ)が開発されている。例えば、車両が道なりに走行するように、自動操舵あるいは運転支援するレーンキープ装置や、車両が車線から逸脱することを防止するように運転支援する車線逸脱防止装置や、車両が走行路面に存在する障害物を自動操舵により回避する緊急回避装置などが、開発されている。
【0003】
レーンキープ装置、車線逸脱防止装置、緊急回避装置などの運転支援アプリケーションから出力される要求信号(例えば目標横加速度を表す信号)は、車両の横方向運動量(例えばヨーレート)を制御する横方向運動制御装置に入力される。この制御装置からアクチュエータなどの制御対象に制御信号が出力される。制御対象が制御信号に基づいて制御されることにより車両の横方向運動が制御される。
【0004】
運転支援アプリケーションから出力される要求信号に基づいて横方向運動制御装置により車両の横方向運動が制御されているときにドライバが操舵操作した場合(このようなドライバによる操舵の介入をオーバライドと呼ぶ)には、ドライバの操舵操作を優先するために横方向運動制御装置による横方向運動制御が停止される。
【0005】
特許文献1は、自動操舵モード中に操舵トルクに応じたアシスト制御用電流指令値が判別基準値を超えたときに、自動操舵モードから手動操舵モードに切り替えられる車両の操舵制御装置を開示する。また、特許文献2は、ドライバが行う予備操作およびそのときの走行状態から操舵制御開始の予備状態か否かを判定し、予備状態のときに、ドライバが行う開始操作およびそのときの走行状態から操舵制御の開始状態であるか否かを判定し、開始状態のときに操舵制御を開始する車両の操舵制御装置を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−117181号公報
【特許文献2】特開平10−278823号公報
【発明の概要】
【0007】
(発明が解決しようとする課題)
車両の横方向運動は、車両に取り付けられている複数のアクチュエータにより制御することができる。例えば前輪を転舵させるフロントステアリング装置により車両の横方向運動を制御することができる。また、後輪を転舵させるリアステアリング装置によっても車両の横方向運動を制御することができる。さらに、車両に制動力を付与するブレーキ装置によっても、各輪に作用させる制動力を調整することにより車両の横方向運動を制御することができる。これらの各装置を作動させるアクチュエータを協調させることで、車両の横方向運動を統合的に制御することができる。
【0008】
複数の制御対象(アクチュエータ)を協調させて車両の横方向運動を制御しているときにオーバライドが発生した場合、あるいは何らかの原因により複数の制御対象を協調させることができない場合、車両の横方向運動制御が停止される。複数の制御対象は車両の横方向運動に対し互いに干渉し合う為、複数の制御対象の制御の停止のさせ方によっては車両挙動が不安定になってドライバに違和感を与えるという問題がある。本発明は上記問題を解決するためになされたものであり、横方向運動制御の停止時にドライバに感じさせる違和感が軽減された横方向運動制御装置を提供することを目的とする。
【0009】
(課題を解決するための手段)
本発明の横方向運動制御装置は、車両の横方向運動量の目標値(γ*)を取得する目標値取得部(411)と、前記目標値取得部により取得された前記横方向運動量の目標値に基づいて、車両の横方向運動量を変化させるために協調して作動する複数の制御対象(14,22,32)の横方向運動制御量を演算する制御量演算部(414,415,416)と、前記横方向運動制御量に基づいて、複数の前記制御対象を制御する制御対象制御部(42,43,44)と、前記制御対象制御部による複数の前記制御対象の制御を停止するか否かを判断する制御停止判断部(417,4162a)と、前記制御停止判断部が複数の前記制御対象の制御を停止すると判断したときに、そのときから複数の前記制御対象の横方向運動制御量が縮退するように、複数の前記制御対象の横方向運動縮退制御量をそれぞれ決定する縮退制御量決定部(4162b)と、を備える。そして、前記制御対象制御部は、前記制御停止判断部が複数の前記制御対象の制御を停止すると判断したときに、前記縮退制御量決定部により決定された横方向運動縮退制御量に基づいて複数の前記制御対象を制御する。
【0010】
本発明によれば、制御停止判断部が車両の横方向運動量を変化させるために作動制御される複数の制御対象の制御を停止すると判断したときに、縮退制御量決定部が複数の制御対象の横方向運動縮退制御量を決定する。そして、決定された横方向運動縮退制御量に基づいて、それぞれの制御対象の横方向運動制御量が0になるまで制御対象が縮退制御される。すなわち、制御停止判断部が制御対象の制御を停止すると決定したときから制御対象の制御が停止されるまでの間に、制御対象の横方向運動制御量を縮退させるための縮退期間が設けられる。この縮退期間にそれぞれの制御対象の横方向運動制御量を縮退させていくことにより、横方向運動制御の停止時にドライバに感じさせる違和感を軽減することができる。
【0011】
本発明において、横方向運動制御量の「縮退」とは、制御対象の横方向運動制御量が0に近づくように横方向運動制御量を減少させることを意味する。この場合、制御対象の横方向運動制御量が最終的に0に近づくのであれば、その途中で横方向運動制御量が増加する期間が設けられている場合であっても、横方向運動制御量の「縮退」に該当する。また、制御対象の制御の停止が決定された後に縮退制御量決定部により決定された横方向運動縮退制御量に基づいて行われる制御対象の制御を、本明細書では縮退制御と呼ぶ。
【0012】
前記縮退制御量決定部は、前記制御停止判断部が複数の前記制御対象の制御を停止すると判断したときから10秒以内に全ての前記制御対象の横方向運動制御量が0になるように、複数の前記制御対象の横方向運動縮退制御量を決定するのがよい。つまり、各制御対象が縮退制御される時間(縮退時間)が10秒以下であるとよい。縮退時間を人間が感じることができる応答速度(例えば数Hz)の数十倍(例えば50倍)程度の長さに設定することにより、縮退時に違和感を感じず、また縮退していることを感じにくくならないことが、鋭意研究した結果判明した。よって、縮退時間を人間が感じることができる応答速度の数十倍程度の長さである10秒以下に設定することにより、ドライバに縮退制御されていることを感じさせながら、且つ違和感を生じさせることなく各制御対象の制御量を速やかに縮退させることができる。
【0013】
また、前記縮退制御量決定部は、前記制御停止判断部が複数の前記制御対象の制御を停止すると判断したときから予め設定した時間が経過したときに、全ての前記制御対象の横方向運動制御量が同時に0になるように、複数の前記制御対象の横方向運動縮退制御量を決定するのがよい。これによれば、同時に各制御対象の制御が停止されるので、縮退制御時にある制御対象のみが制御されていることにより生じる違和感を軽減することができる。
【0014】
また、前記縮退制御量決定部は、前記制御停止判断部が複数の前記制御対象の制御を停止すると判断したときに、全ての前記制御対象の横方向運動制御量の縮退速度が同一になるように、複数の前記制御対象の横方向運動縮退制御量を決定するのがよい。これによれば、全ての制御対象の横方向運動縮退制御量の変化速度(縮退速度)が同一に設定される。このため、複数の制御対象の横方向運動縮退制御量の縮退速度がそれぞれ異なることにより生じる違和感を軽減することができる。
【0015】
また、前記縮退制御量決定部は、前記制御停止判断部が複数の前記制御対象の制御を停止すると判断したとき(縮退制御開始時)における前記制御対象の横方向運動制御量が大きいほど、前記横方向運動縮退制御量に基づいて前記制御対象が制御される縮退時間が長くなるように、複数の前記制御対象の横方向運動縮退制御量を決定するのがよい。縮退制御開始時における制御対象の横方向運動制御量が大きいほど、その制御対象が縮退制御された場合にその縮退制御が車両の旋回挙動に及ぼす影響が大きい。したがって、車両の旋回挙動に及ぼす影響が大きい制御対象についての縮退時間を長く設定することにより、縮退制御時における車両の旋回挙動を安定させることができる。その結果、縮退制御時に旋回挙動が不安定になることによってドライバに感じさせる違和感を軽減することができる。
【0016】
また、前記縮退制御量決定部は、各制御対象が前記縮退制御量決定部により決定された横方向運動縮退制御量に基づいて制御された場合にその制御が車両の旋回挙動に及ぼす影響が大きいほど、その制御に係る制御対象が前記横方向運動縮退制御量に基づいて制御される時間(縮退時間)が長くなるように、複数の前記制御対象の横方向運動縮退制御量を決定するのがよい。この場合、前記縮退制御量決定部は、各制御対象が前記縮退制御量決定部により決定された横方向運動縮退制御量に基づいて制御された場合にその制御が車両の旋回挙動に及ぼす影響の大きさを表す影響指数を、それぞれの各制御対象について演算する影響指数演算部(S55)を備えるのがよい。そして、前記縮退制御量決定部は、前記影響指数演算部により演算された前記影響指数が大きいほど、前記横方向運動縮退制御量に基づいて前記制御対象が制御される時間(縮退時間)が長くなるように、複数の前記制御対象の横方向運動縮退制御量を決定するのがよい。これによれば、車両の旋回挙動に及ぼす影響が大きい制御対象についての縮退時間を長く設定することにより、車両の旋回挙動に及ぼす影響が大きい制御対象がゆっくりと縮退制御される。このため縮退制御時における車両の旋回挙動を安定させることができる。その結果、縮退制御時に旋回挙動が不安定になることによってドライバに感じさせる違和感を軽減することができる。
【0017】
前記影響指数演算部は、縮退制御開始時における各制御対象の横方向運動制御量と、各制御対象の作動が車両の旋回挙動に及ぼす影響の大きさを表す影響係数とに基づいて、前記影響指数を演算するとよい。好ましくは、前記影響指数演算部は、縮退制御開始時における各制御対象の横方向運動制御量と前記影響係数とを掛け合わせることにより前記影響指数を演算するとよい。
【0018】
また、複数の前記制御対象は、車両の前輪を転舵させることにより車両の横方向運動を変化させるフロントステアリング装置(10)を作動させるためのフロントステア用アクチュエータ(14)を含むのがよい。そして、前記縮退制御量決定部は、縮退制御時に、前記フロントステアリング装置(フロントステア用アクチュエータ)の横方向運動制御量が0に達するまでの時間(縮退時間)がその他の前記制御対象の横方向運動制御量が0に達するまでの時間(縮退時間)よりも長くなるように、複数の前記制御対象の横方向縮退制御量を決定するものであるとよい。
【0019】
一般的に、フロントステアリング装置(フトントステア用アクチュエータ)の横方向運動制御が、車両の旋回挙動に最も大きく影響する。したがって、このフロントステアリング装置(フロントステア用アクチュエータ)についての縮退時間を長く設定することにより、縮退制御時における車両の旋回挙動を安定させることができる。その結果、縮退制御時に旋回挙動が不安定になることによってドライバに感じさせる違和感を軽減することができる。
【0020】
また、前記縮退制御量決定部は、縮退制御開始時における複数の前記制御対象の横方向運動制御量を、同一のカットオフ周波数に設定されたローパスフィルタで処理することにより、複数の前記制御対象の横方向運動縮退制御量を決定するものであるのがよい。これによれば、縮退制御時に各制御対象の横方向運動制御量がローパスフィルタで減衰させられるため、横方向縮退制御量が速やかに減少する。よって、速やかに各制御対象の横方向運動制御を停止させることができる。
【0021】
また、前記縮退制御量決定部は、前記制御停止判断部が複数の前記制御対象の制御を停止すると判断したときに前記制御量演算部により演算された複数の前記制御対象の横方向運動制御量を、複数の前記制御対象の制御が停止したときに生じると予測される車両の旋回挙動の振動特性と反対の振動特性を持つフィルタで処理することにより、複数の前記制御対象の横方向運動縮退制御量を決定するのがよい。これによれば、上記フィルタで処理された横方向運動縮退制御量に基づいて制御対象が制御されることによって、横方向運動制御装置による車両の横方向運動制御が停止されたときに生じる旋回挙動の振動が抑制される。
【0022】
また、前記縮退制御量決定部は、複数の前記制御対象の一つまたは複数が前記制御量演算部により演算された制御量に基づいて制御することが不可能であるか否かを判断する制御可否判断手段(S32,S42,S52,S62)を備えるものであるとよい。そして、前記縮退制御量決定部は、制御可否判断手段が複数の前記制御対象の一つまたは複数が前記制御量演算部により演算された制御量に基づいて制御することが不可能であると判断したときに、全ての前記制御対象の横方向運動制御量を即時0に設定するものであるのがよい。複数の制御対象の少なくとも一つの制御が不可能である場合にその制御対象についての横方向運動縮退制御量を決定しても、決定した横方向運動縮退制御量にしたがって制御対象を制御することができない。そればかりか、制御することができない制御対象が作動することにより車両の走行安定性を損なう恐れがある。したがって、本実施形態ではこのような場合に全ての制御対象の制御が即時停止される。このため、全ての制御対象の制御が即時停止されることによりドライバは違和感を覚えるが、制御することができない制御対象が作動することによる走行安定性の低下を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の実施形態に係る横方向運動制御装置を搭載した車両の概略図である。
【図2】横方向運動制御装置の機能構成を示す図である。
【図3】ヨーレート演算部の機能構成を示す図である。
【図4】オーバライド判定部が実行するオーバライド判定ルーチンを表すフローチャートである。
【図5】制御許可判定部の機能構成を示す図である。
【図6】停止判断部が横方向運動制御を停止するか否かを判断するために実行する制御停止判断ルーチンを表すフローチャートである。
【図7】第1実施形態に係る縮退制御量決定部が縮退制御量を演算するために実行する縮退制御量決定ルーチンを表すフローチャートである。
【図8】第1実施形態に係る縮退制御を実行したときにおけるヨーレート縮退制御量および車両のヨーレートの変化の状態を示す図である。
【図9】制御不可信号が停止判断部に入力された場合における、各ヨーレート制御量および車両のヨーレートの変化を示すグラフである。
【図10】第2実施形態に係る縮退制御量決定部が縮退制御量を演算するために実行する縮退制御量決定ルーチンを表すフローチャートである。
【図11】第2実施形態に係る縮退制御を実行したときにおけるヨーレート縮退制御量および車両のヨーレートの変化の状態を示す図である。
【図12】第3実施形態に係る縮退制御量決定部がヨーレート縮退制御量を演算するために実行する縮退制御量決定ルーチンを表すフローチャートである。
【図13】影響指数−縮退時間マップの一例をグラフにより表わした図である。
【図14】第3実施形態に係る縮退制御を実行したときにおけるヨーレート縮退制御量および車両のヨーレートの変化の状態を示す図である。
【図15】第4実施形態に係る縮退制御量決定部がヨーレート縮退制御量を演算するために実行する縮退制御量決定ルーチンを表すフローチャートである。
【図16】第4実施形態に係る縮退制御を実行したときにおけるヨーレート縮退制御量および車両のヨーレートの変化の状態を示す図である。
【図17】第5実施形態に係る縮退制御を実行したときにおけるヨーレート縮退制御量および車両のヨーレートの変化の状態を示す図である。
【図18】第6実施形態に係る縮退制御を実行したときにおけるヨーレート縮退制御量および車両のヨーレートγの変化の状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
(第1実施形態)
以下に、本発明の第1実施形態について図面を参照して説明する。図1は、本実施形態に係る横方向運動制御装置を搭載した車両の概略図である。図に示すように、この車両は、フロントステアリング装置10と、リアステアリング装置20と、ブレーキ装置30(右前輪ブレーキ装置30FR,左前輪ブレーキ装置30FL,右後輪ブレーキ装置30RR,左後輪ブレーキ装置30RL)とを備える。フロントステアリング装置10は、右前輪WFRおよび左前輪WFLに転舵力を付与することにより、これらの車輪を転舵させる。リアステアリング装置20は、左後輪WRLおよび右後輪WRRに転舵力を付与することにより、これらの車輪を転舵させる。右前輪ブレーキ装置30FRは右前輪WFRに制動力を付与する。左前輪ブレーキ装置30FLは左前輪WFLに制動力を付与する。右後輪ブレーキ装置30RRは右後輪WRRに制動力を付与する。左後輪ブレーキ装置30RLは左後輪WRLに制動力を付与する。
【0025】
フロントステアリング装置10は、操舵ハンドル11と、ステアリング軸12と、前輪操向軸13と、フロントステア用アクチュエータ14とを備える。ステアリング軸12は入力側ステアリング軸12aと出力側ステアリング軸12bとを備える。
【0026】
入力側ステアリング軸12aは、その一端(上端)にて操舵ハンドル11に接続され、操舵ハンドル11の回転操作に伴い軸周りに回転する。また入力側ステアリング軸12aは、その他端(下端)にてフロントステア用アクチュエータ14を介して出力側ステアリング軸12bの一端(上端)に連結される。したがって、入力側ステアリング軸12aの回転力はフロントステア用アクチュエータ14を介して出力側ステアリング軸12bに伝達される。出力側ステアリング軸12bの他端(下端)にはピニオンギア12cが形成される。また前輪操向軸13にはピニオンギア12cに噛み合うラックギア13aが形成される。ピニオンギア12cとラックギア13aとでラックアンドピニオン機構が構成される。このラックアンドピニオン機構により出力側ステアリング軸12bの回転力が前輪操向軸13の軸力に変換される。このため、ドライバが操舵ハンドル11を回転操作することにより前輪操向軸13が軸方向移動する。前輪操向軸13の両端はタイロッドを介して左前輪WFLおよび右前輪WFRに接続される。したがって、ドライバが操舵ハンドル11を回転操作して前輪操向軸13が軸方向移動すると、前輪が転舵する。
【0027】
また、フロントステア用アクチュエータ14は第1アクチュエータ14aおよび第2アクチュエータ14bを備える。第1アクチュエータ14aは例えば減速機および電動モータにより構成される。第1アクチュエータ14aは例えばギヤ機構を介して入力側ステアリング軸12aに取り付けられる。この第1アクチュエータ14aが回転することにより入力側ステアリング軸12aが回転させられる。したがって、ドライバが操舵ハンドル11を回転操作しなくても、第1アクチュエータ14aが駆動することにより前輪が自動的に転舵する。また、第1アクチュエータ14aは、ドライバによる操舵ハンドルの回転操作を補助するためのアシスト力を発生することもできる。
【0028】
第2アクチュエータ14bは、例えば減速機および電動モータにより構成することができる。この場合、電動モータのケーシングが入力側ステアリング軸12aの一端(下端)に連結され、電動モータのロータ部が減速機を介して出力側ステアリング軸12bに連結される。したがって、入力側ステアリング軸12aが回転すると、その回転力が第2アクチュエータ14bを介して出力側ステアリング軸12bに伝達される。また、第2アクチュエータ14bを構成する電動モータのロータ部がケーシングに対して回転すると、入力側ステアリング軸12aが回転することなしに出力側ステアリング軸12bが回転させられて前輪が自動的に転舵する。
【0029】
リアステアリング装置20は、後輪操向軸21とリアステア用アクチュエータ22とを備える。後輪操向軸21は左後輪WRLおよび右後輪WRRとに接続される。この後輪操向軸21にリアステア用アクチュエータ22が取り付けられる。リアステア用アクチュエータ22は例えば電動モータおよびボールネジ機構により構成される。ボールネジ機構はボールネジナットおよびボールネジロッドを有する。ボールネジロッドは後輪操向軸21の一部に形成される。ボールネジナットは電動モータのロータに一体回転可能に連結される。電動モータの回転によりボールネジナットが回転すると、その回転力がボールネジ機構により後輪操向軸21の軸力に変換される。したがって、リアステア用アクチュエータ22の駆動により後輪操向軸21が軸方向移動して、後輪が自動的に転舵する。
【0030】
ブレーキ装置30FR,30FL,30RR,30RL(これらを総称する場合はブレーキ装置30と呼ぶ)は、各輪WFR,WFL,WRR,WRLに制動力を付与するためのブレーキ機構31FR,31FL,31RR,31RLを備える。ブレーキ機構31FR,31FL,31RR,31RLはドライバによるブレーキペダルの踏み込みに応じて作動する。ブレーキ機構31FR,31FL,31RR,31RLは、例えば、各輪WFR,WFL,WRR,WRLと同軸回転するディスクロータと、ディスクロータに接触可能に配置されたブレーキパッドと、ブレーキパッドに押圧力を付与するピストンと、図示しないブレーキブースターにより増圧されたブレーキペダル踏力をピストンに伝達する油圧回路などにより構成することができる。
【0031】
また、ブレーキ機構31FR,31FL,31RR,31RLにDYC(Dynamic Yaw Control)用アクチュエータ32FR,32FL,32RR,32RLが取り付けられる。DYC用アクチュエータは、車輪に個々に制動力または駆動力を付与することができるアクチュエータである。本実施形態では、DYC用アクチュエータは、車輪に個々に制動力を付与することができるブレーキアクチュエータである。DYC用アクチュエータ32FR,32FL,32RR,32RLの作動によってもブレーキ機構31FR,31FL,31RR,31RLが作動して、各輪WFR,WFL,WRR,WRLに制動力がそれぞれ独立して付与される。DYC用アクチュエータ32FR,32FL,32RR,32RLは、後述する横方向運動制御装置からの制御信号によって、ブレーキペダルの踏み込み操作とは独立して作動する。これにより、各輪WFR,WFL,WRR,WRLには自動的に制動力が付与される。DYC用アクチュエータ32FR,32FL,32RR,32RLは、例えば加圧ポンプや、上記油圧回路中に介装された増圧弁、減圧弁などにより構成することができる。以下、DYC用アクチュエータ32FR,32FL,32RR,32RLを総称する場合、またはいずれか一つまたは複数を示す場合は、DYC用アクチュエータ32と呼ぶ。
【0032】
なお、本発明の実施形態では、DYC用アクチュエータ32は車輪に個々に制動力を付与するためのアクチュエータであるが、車輪に個々に駆動力あるいは回生制動力を付与するためのアクチュエータでもよい。例えばインホイールモータを搭載した車両であれば、インホイールモータがDYCアクチュエータであってもよい。
【0033】
フロントステア用アクチュエータ14、リアステア用アクチュエータ22およびDYC用アクチュエータ32は、それぞれ横方向運動制御装置40に電気的に接続される。横方向運動制御装置40は、ROM,RAM,CPUを備えるマイクロコンピュータにより構成され、各アクチュエータに作動信号を出力する。横方向運動制御装置40は、各アクチュエータを協調させることによって車両の横方向運動を統合的に制御する。
【0034】
また、この車両には、運転支援アプリケーション50が搭載される。運転支援アプリケーション50は、車両が車線に沿って走行するように、現在の走行車両に必要な横加速度(目標横加速度)Gy*を演算する。運転支援アプリケーション50により演算された目標横加速度Gy*は横方向運動制御装置40に入力される。横方向運動制御装置40は、入力された目標横加速度Gy*に基づいて、各アクチュエータ14,22、32に作動信号を出力する。
【0035】
図2は、横方向運動制御装置40の機能構成を示す図である。本実施形態において横方向運動制御装置40は、車両のヨーレートを制御する。図2に示すように、横方向運動制御装置40は、アベイラビリティ物理量変換部45と、ヨーレート演算部41と、前輪転舵角変換部42と、後輪転舵角変換部43と、DYC車軸トルク変換部44とを備える。
【0036】
アベイラビリティ物理量変換部45は、フロントステアアベイラビリティ転舵角δ_FSTR_Ava,リアステアアベイラビリティ転舵角δ_RSTR_Ava,DYCアベイラビリティトルクTb_DYC_Avaをそれぞれ入力する。フロントステアアベイラビリティ転舵角δ_FSTR_Avaは、フロントステア用アクチュエータ14の作動によって前輪が現在の転舵状態から転舵することができる転舵角度量を表す。リアステアアベイラビリティ転舵角δ_RSTR_Avaは、リアステア用アクチュエータ22の作動によって後輪が現在の転舵状態から転舵することができる転舵角度量を表す。DYCアベイラビリティトルクTb_DYC_Avaは、DYC用アクチュエータ32の作動により制動させられる車輪に作用させることができる車軸トルクの量を表す。
【0037】
フロントステアアベイラビリティ転舵角δ_FSTR_Avaは、前輪の現在の転舵角と前輪の最大転舵角とに基づいて求めることができる。リアステアアベイラビリティ転舵角δ_RSTR_Avaは、後輪の現在の転舵角と後輪の最大転舵角とに基づいて求めることができる。DYCアベイラビリティトルクTb_DYC_Avaは、車輪に現在作用している車軸トルクとその車輪に作用させることができる車軸トルクの最大値とに基づいて求めることができる。
【0038】
また、アベイラビリティ物理量変換部45は、入力したフロントステアアベイラビリティ転舵角δ_FSTR_Ava,リアステアアベイラビリティ転舵角δ_RSTR_Ava,DYCアベイラビリティトルクTb_DYC_Avaに基づいて、フロントステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_FSTR_Act_Ava、リアステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_RSTR_Act_Ava、DYCアベイラビリティ理論ヨーレートγ_DYC_Act_Avaを演算し、これらをヨーレート演算部41に出力する。フロントステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_FSTR_Act_Avaは、フロントステアアベイラビリティ転舵角δ_FSTR_Avaで表わされる範囲で前輪の転舵角が変化したときに理論的に発生し得るヨーレートの最大値(または範囲)を表す。リアステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_RSTR_Act_Avaは、リアステアアベイラビリティ転舵角δ_RSTR_Avaで表わされる範囲で後輪の転舵角が変化したときに理論的に発生し得るヨーレートの最大値(または範囲)を表す。DYCアベイラビリティ理論ヨーレートγ_DYC_Act_Avaは、DYCアベイラビリティトルクTb_DYC_Avaで表わされる範囲で車軸トルクが変化したときに理論的に発生し得るヨーレートの最大値(または範囲)を表す。
【0039】
ヨーレート演算部41は、運転支援アプリケーション50から入力された目標横加速度Gy*に基づいて、フロントステアヨーレート制御量γ_FSTR(FSTRはフロントステア用アクチュエータ14を表す)、リアステアヨーレート制御量γ_RSTR(RSTRはリアステア用アクチュエータ22を表す)、DYCヨーレート制御量γ_DYC(DYCはDYC用アクチュエータ32を表す)を演算し、これらのヨーレート制御量を出力する。フロントステアヨーレート制御量γ_FSTRは、フロントステア用アクチュエータ14(フロントステアリング装置10)が作動して前輪WFR,WFLが転舵することにより車両に発生させるヨーレートの目標制御量である。リアステアヨーレート制御量γ_RSTRは、リアステア用アクチュエータ22(リアステアリング装置20)が作動して後輪が転舵することにより車両に発生させるヨーレートの目標制御量である。DYCヨーレート制御量γ_DYCは、DYC用アクチュエータ32(ブレーキ装置30)が作動して各輪のいずれか、特に右後輪WRRまたは左後輪WRLのいずれか一方に制動力を付与することにより車両に発生させるヨーレートの目標制御量である。
【0040】
また、ヨーレート演算部41は、フロントステア実行要求信号S_FSTR,リアステア実行要求信号S_RSTR,DYC実行要求信号S_DYCを出力する。フロントステア実行要求信号S_FSTRは、ヨーレート制御のためにフロントステア用アクチュエータ14の作動を要求するための信号である。リアステア実行要求信号S_RSTRは、ヨーレート制御のためにリアステア用アクチュエータ22の作動を要求するための信号である。DYC実行要求信号はS_DYCは、ヨーレート制御のためにDYC用アクチュエータ32の作動を要求するための信号である。
【0041】
図3は、ヨーレート演算部41の機能構成を示す図である。図3に示すように、ヨーレート演算部41は、目標値生成部411、状態監視部412、アベイラビリティ量演算部413、フィードフォワード演算部414、フィードバック演算部415、調停部416、オーバライド判定部417を備える。
【0042】
目標値生成部411は、運転支援アプリケーション50から目標横加速度Gy*を入力するとともに、入力した目標横加速度Gy*から、車両に作用する横加速度が目標横加速度Gy*になるように、車両に発生させるべき目標ヨーレートγ*を演算する。目標ヨーレートγ*は、例えば、目標横加速度Gy*を車速Vで除算し、その値から車体スリップ角βの時間微分値dβ/dtを減算することにより、演算することができる。また、目標値生成部411は、運転支援アプリケーション50から目標横加速度Gy*の変化量dGy*/dtや、アプリケーション実行要求信号S_Appli.を入力してもよい。目標横加速度変化量dGy*/dtは、目標ヨーレートγ*を演算するために用いられる。アプリケーション実行要求信号S_Appli.は、運転支援アプリケーション50から出力された目標横加速度Gy*に基づいてヨーレートを制御することを要求するための信号である。
【0043】
状態監視部412は、車両に取り付けられている前輪転舵角センサから前輪転舵角δfを、後輪転舵角センサから後輪転舵角δrを、各輪にとりつけられたトルクセンサから各輪のホイールトルクτwを、車速センサから車速Vを、それぞれ入力する。また、状態監視部412は、入力した情報に基づいて現在の車両の状態を推定する。車両運動制御では安全面から横方向運動の発生可否の判断を、性能面から発生させられる横方向運動量の把握をすることが重要であるため、推定した車両の状態を表す指標として、状態監視部412は、各車輪のコーナリングパワーCfr、Cfl、Crr、Crl、車両が発生可能なヨーレート、横加速度、路面μ、スリップ率sのいずれか1つ以上を出力する。出力する情報量はアプリケーションの性格や車両に取り付けられたセンサなどで適宜選定すれば良く、特に指定するものではない。
【0044】
アベイラビリティ量演算部413は、状態監視部412から現在の車両の状態を入力する。また、アベイラビリティ量演算部413は、フロントステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_FSTR_Act_Ava、リアステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_RSTR_Act_Ava、DYCアベイラビリティ理論ヨーレートγ_DYC_Act_Avaをそれぞれ入力する。さらに、アベイラビリティ量演算部413は、運転支援アプリケーション50からアプリケーション情報を入力する。アプリケーション情報は、例えば、アクチュエータの使用可否を表す情報、あるいはヨーレートの制御の特性を表す情報である。
【0045】
そして、アベイラビリティ量演算部413は、上記した車両の状態、フロントステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_FSTR_Act_Ava、リアステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_RSTR_Act_Ava、DYCアベイラビリティ理論ヨーレートγ_DYC_Act_Ava、アプリケーション情報に基づいて、フロントステアアベイラビリティヨーレートγ_FSTR_Avaと、リアステアアベイラビリティヨーレートγ_RSTR_Avaと、DYCアベイラビリティヨーレートγ_DYC_Avaを演算する。
【0046】
フロントステアアベイラビリティヨーレートγ_FSTR_Avaは、車両の状態およびアプリケーション情報を考慮した場合に、フロントステア用アクチュエータ14が作動することにより車両に実際に発生させることができるヨーレートの最大値(あるいは範囲)を表す。リアステアアベイラビリティヨーレートγ_RSTR_Avaは、車両の状態およびアプリケーション情報を考慮した場合に、リアステア用アクチュエータ22が作動することにより車両に実際に発生させることができるヨーレートの最大値(あるいは範囲)を表す。DYCアベイラビリティヨーレートγ_DYC_Avaは、車両の状態およびアプリケーション情報を考慮した場合に、DYC用アクチュエータ32が作動することにより車両に実際に発生させることができるヨーレートの最大値(あるいは範囲)を表す。アベイラビリティ量演算部413には、各アベイラビリティヨーレートと、車両の状態、フロントステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_FSTR_Act_Ava、リアステアアベイラビリティ理論ヨーレートγ_RSTR_Act_Ava、DYCアベイラビリ理論ヨーレートγ_DYC_Act_Avaなどとの対応関係が表わされたテーブルを記憶している。そして、入力された各情報に基づいて、上記テーブルを参照することにより、各アベイラビリティヨーレートを演算する。
【0047】
フィードフォワード演算部414は、目標ヨーレートγ*および各アベイラビリティヨーレート(フロントステアアベイラビリティヨーレートγ_FSTR_Ava、リアステアアベイラビリティヨーレートγ_RSTR_Ava、DYCアベイラビリティヨーレートγ_DYC_Ava)を入力する。また、フィードフォワード演算部414は、制御対象選択部414a、規範演算部414b、フィードフォワード制御量分配部414cを備える。
【0048】
制御対象選択部414aは、各アベイラビリティヨーレートに基づいて、車両のヨーレート制御に用いることができるアクチュエータ(制御対象)を選択する。また、制御対象選択部414aは、使用可能なアクチュエータの優先順位を決定する。この場合、例えば、アベイラビリティ量演算部413にヨーレート制御の応答性を重視することを表すアプリケーション情報が入力されているときに、最も応答性の速いアクチュエータ(例えばDYC用アクチュエータ32)が第1優先、次に応答性の速いアクチュエータ(例えばフロントステア用アクチュエータ14)が第2優先、最も応答性の遅いアクチュエータ(例えばリアステア用アクチュエータ22)が第3優先となるように、優先順位が決定される。
【0049】
規範演算部414bは、目標値生成部411から目標ヨーレートγ*を入力するとともに、この目標ヨーレートγ*に規範演算を施すことにより、車両応答遅れを模擬したフィードフォワードヨーレート規範量γ_refを演算する。また、演算したフィードフォワードヨーレート規範量γ_refは、フィードバック演算に用いるため、フィードバック演算部415に出力する。
【0050】
フィードフォワード制御量分配部414cは、規範演算部414bで演算されたフィードフォワードヨーレート規範量γ_refを基に演算されるフィードフォワード制御量γ_FFを、フロントステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_FSTR_FFと、リアステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_RSTR_FFと、DYCフィードフォワードヨーレート制御量γ_DYC_FFに分配する。フロントステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_FSTR_FFは、フロントステア用アクチュエータ14が作動することにより車両に生じさせるヨーレートのフィードフォワード制御量である。リアステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_RSTR_FFは、リアステア用アクチュエータ22が作動することにより車両に生じさせるヨーレートのフィードフォワード制御量である。DYCフィードフォワードヨーレート制御量γ_DYC_FFは、DYC用アクチュエータ32が作動することにより車両に生じさせるヨーレートのフィードフォワード制御量である。
【0051】
この場合、フィードフォワード制御量分配部414cは、制御対象選択部414aで決定された優先順位および各アベイラビリティヨーレートに基づいてフィードフォワードヨーレート制御量γ_FFを分配する。例えば、演算したフィードフォワードヨーレート制御量γ_FFが10であり、フロントステア用アクチュエータ14が第1優先、リアステア用アクチュエータ22が第2優先、DYC用アクチュエータ32が第3優先であり、フロントステアアベイラビリティヨーレートγ_FSTR_Avaが6、リアステアアベイラビリティヨーレートγ_RSTR_Avaが3、DYCアベイラビリティヨーレートγ_DYC_Avaが3である場合、フロントステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_FSTR_FFが6、リアステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_RSTR_FFが3、DYCフィードフォワードヨーレート制御量γ_DYC_FFが1となるように、フィードフォワードヨーレート制御量γ_FFを分配する。そして、分配した各フィードフォワードヨーレート制御量をフィードバック演算部415および調停部416に出力する。
【0052】
フィードバック演算部415は、アベイラビリティ量演算部413から各アベイラビリティヨーレート(フロントステアアベイラビリティヨーレートγ_FSTR_Ava、リアステアアベイラビリティヨーレートγ_RSTR_Ava、DYCアベイラビリティヨーレートγ_DYC_Ava)を、フィードフォワード演算部414から各フィードフォワードヨーレート制御量(フロントステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_FSTR_FF、リアステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_RSTR_FF、DYCフィードフォワードヨーレート制御量γ_DYC_FF)およびフィードフォワードヨーレート規範量γ_refを、車両に取り付けられたヨーレートセンサからヨーレートγを、それぞれ入力する。また、フィードバック演算部415は、制御対象選択部415aとフィードバック制御量演算部415bとを備える。
【0053】
制御対象選択部415aは、各アベイラビリティヨーレートと各フィードフォワードヨーレート制御量から演算される余裕量に基づいて、車両のヨーレート制御に用いることができるアクチュエータを選択する。また、制御対象選択部415aは、使用可能なアクチュエータの優先順位を決定する。
【0054】
フィードバック制御量演算部415bは、入力されたフィードフォワードヨーレート規範量γ_refとヨーレートγとの偏差Δγ(=γ_ref−γ)に基づいて、車両のヨーレートをフィードバック制御する。例えば、このフィードバック制御がPID制御である場合、下記(1)式により、フィードバックヨーレート制御量γ_FBを演算する。
【数1】

上記(1)式において、Kは比例ゲイン、Kは積分ゲイン、Kは微分ゲインである。
【0055】
さらに、フィードバック制御量演算部415bは、演算したフィードバックヨーレート制御量γ_FBを、フロントステアフィードバックヨーレート制御量γ_FSTR_FBと、リアステアフィードバックヨーレート制御量γ_RSTR_FBと、DYCフィードバックヨーレート制御量γ_DYC_FBに分配する。フロントステアフィードバックヨーレート制御量γ_FSTR_FBは、フロントステア用アクチュエータ14が作動することにより車両に生じさせるヨーレートのフィードバック制御量である。リアステアフィードバックヨーレート制御量γ_RSTR_FBは、リアステア用アクチュエータ22が作動することにより車両に生じさせるヨーレートのフィードバック制御量である。DYCフィードバックヨーレート制御量γ_DYC_FBは、DYC用アクチュエータ32が作動することにより車両に生じさせるヨーレートのフィードバック制御量である。
【0056】
この場合、フィードバック制御量演算部415bは、制御対象選択部415aで定めた使用可能なアクチュエータの優先順位にしたがって、フィードバックヨーレート制御量γ_FBを分配する。そして、フィードバック制御量演算部415bは、分配した各フィードバックヨーレート制御量(フロントステアフィードバックヨーレート制御量γ_FSTR_FB、リアステアフィードバックヨーレート制御量γ_RSTR_FB、DYCフィードバックヨーレート制御量γ_DYC_FB)を調停部416に出力する。
【0057】
調停部416は、最終値演算部4161と制御許可判定部4162とを備える。最終値演算部4161は、フィードフォワード演算部414から入力したフロントステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_FSTR_FFとフィードバック演算部415から入力したフロントステアフィードバックヨーレート制御量γ_FSTR_FBとを加算することにより、フロントステアヨーレート制御量γ_FSTRを演算する。そして、演算したフロントステアヨーレート制御量γ_FSTRおよび、フロントステア用アクチュエータ14の作動を要求するためのフロントステア実行要求信号S_FSTRを、前輪転舵角変換部42に出力する。また、調停部416は、フィードフォワード演算部414から入力したリアステアフィードフォワードヨーレート制御量γ_RSTR_FFとフィードバック演算部415から入力したリアステアフィードバックヨーレート制御量γ_RSTR_FBとを加算することにより、リアステアヨーレート制御量γ_RSTRを演算する。そして、演算したリアステアヨーレート制御量γ_RSTRおよび、リアステア用アクチュエータ22の作動を要求するためのリアステア実行要求信号S_RSTRを、後輪転舵角変換部43に出力する。さらに、調停部416は、フィードフォワード演算部414から入力したDYCフィードフォワードヨーレート制御量γ_DYC_FFとフィードバック演算部415から入力したDYCフィードバックヨーレート制御量γ_DYC_FBとを加算することにより、DYCヨーレート制御量γ_DYCを演算する。そして、演算したDYCヨーレート制御量γ_DYCおよび、DYC用アクチュエータ32の作動を要求するためのDYC実行要求信号S_DYCを、DYC車軸トルク変換部44に出力する。
【0058】
図2に示すように、前輪転舵角変換部42は、フロントステアヨーレート制御量γ_FSTRを入力する。また、フロントステア用アクチュエータ14の作動により車両にフロントステアヨーレート制御量γ_FSTRに相当するヨーレートを発生させるために必要な前輪目標転舵角δf*を演算する。そして、演算した前輪目標転舵角δf*を表す信号をフロントステア用アクチュエータ14に出力する。この出力信号によりフロントステア用アクチュエータ14は、前輪転舵角δfが前輪目標転舵角δf*になるように、すなわちフロントステア用アクチュエータ14の作動により車両にフロントステアヨーレート制御量γ_FSTRに相当するヨーレートが発生するように、その作動が制御される。
【0059】
後輪転舵角変換部43は、リアステアヨーレート制御量γ_RSTRを入力する。また、リアステア用アクチュエータ22の作動により車両にリアステアヨーレート制御量γ_RSTRに相当するヨーレートを発生させるために必要な後輪目標転舵角δr*を演算する。そして、演算した後輪目標転舵角δr*を表す信号をリアステア用アクチュエータ22に出力する。この信号出力によりリアステア用アクチュエータ22は、後輪転舵角δrが後輪目標転舵角δr*になるように、すなわちリアステア用アクチュエータ22の作動により車両にリアステアヨーレート制御量γ_RSTRに相当するヨーレートが発生するように、その作動が制御される。
【0060】
DYC車軸トルク変換部44は、DYCヨーレート制御量γ_DYCを入力する。また、DYC用アクチュエータ32の作動により車両にDYCヨーレート制御量γ_DYCに相当するヨーレートを発生させるために必要な目標DYCトルクTb*を演算する。そして、演算した目標DYCトルクTb*を表す信号を、各輪のうち旋回内側に相当する車輪に制動力を付与するDYC用アクチュエータ32に出力する。この信号出力によりDYC用アクチュエータ32は、旋回内輪側に作用する車軸トルクTbが目標DYCトルクTb*になるように、すなわちDYC用アクチュエータ32の作動により車両にDYCヨーレート制御量γ_DYCに相当するヨーレートが発生するように、その作動が制御される。
【0061】
こうした複数のアクチュエータ(フロントステア用アクチュエータ14、リアステア用アクチュエータ22、DYC用アクチュエータ32)の協調制御によって、車両に運転支援アプリケーション50から入力された目標横加速度Gy*が発生するように、車両のヨーレート(横方向運動量)が制御される。
【0062】
また、図3に示すように、ヨーレート演算部41はオーバライド判定部417を備える。オーバライド判定部417は、車両に取り付けられた操舵トルクセンサから操舵トルクτsを入力する。そして、入力した操舵トルクτsとその操舵トルクτsに対する閾値τsthとを比較し、その比較結果に基づいてオーバライドの発生の有無を判断する。
【0063】
図4は、オーバライド判定部417が実行するオーバライド判定ルーチンを表すフローチャートである。このルーチンは、横方向運動制御装置40による車両の横方向運動制御が開始されたときに起動し、所定の短時間ごとに繰り返し実行される。このルーチンが起動すると、オーバライド判定部417は、まず、図のS10にて、操舵トルクτsを入力する。次いで、操舵トルクの大きさを表す絶対値|τs|が予め設定された閾値τsthよりも大きいか否かを判断する(S11)。絶対値|τs|が閾値τsthよりも大きい場合(S11:Yes)は、オーバライド判定部417はS12に進んでオーバライド判定フラグFを1に設定する。一方、絶対値|τs|が閾値τsth以下である場合(S11:No)は、オーバライド判定部417はS13に進んでオーバライド判定フラグFを0に設定する。S12またはS13にてオーバライド判定フラグFを0または1に設定した後は、オーバライド判定フラグFを出力する(S14)。その後このルーチンを一旦終了する。
【0064】
図3に示すように、オーバライド判定部417にて設定されたオーバライド判定フラグFは調停部416の制御許可判定部4162に入力される。図5は、制御許可判定部4162の機能構成を示す図である。図5に示すように、制御許可判定部4162は、停止判断部4162aと縮退制御量決定部4162bとを備える。
【0065】
停止判断部4162aは、横方向運動制御装置40による車両の横方向運動制御を停止するか否かを判断する。この停止判断部4162aには、オーバライド判定フラグF、停止要求信号S_STOP、および制御不可信号S_UAが入力される。図6は、停止判断部4162aが横方向運動制御を停止するか否かを判断するために実行する制御停止判断ルーチンを表すフローチャートである。このルーチンは、横方向運動制御装置40による車両の横方向運動制御が開始されたときに起動する。
【0066】
このルーチンが起動すると、停止判断部4162aは、まず図6のS20にてオーバライド判定フラグFを入力する。次いで、入力したオーバライド判定フラグFが1に設定されているか否かを判断する(S21)。オーバライド判定フラグFが1に設定されている場合、すなわちオーバライドが発生している場合(S21:Yes)、停止判断部4162aは各アクチュエータの制御を停止すると判断し、S24に進んで縮退要求信号Sを出力する。その後、このルーチンを終了する。
【0067】
一方、オーバライド判定フラグFが1に設定されていない場合、すなわちオーバライドが発生していない場合(S21:No)、停止判断部4162aはS22に進み、停止要求信号S_STOPが入力されているか否かを判断する。停止要求信号S_STOPは、オーバライドの有無にかかわらず横方向運動制御を停止するための信号である。停止要求信号S_STOPは車両のドライバから入力されてもよい。また、停止要求信号S_STOPは運転支援アプリケーション50から入力されてもよい。停止要求信号S_STOPが入力されている場合(S22:Yes)、停止判断部4162aは各アクチュエータの制御を停止すると判断し、S24に進んで縮退要求信号Sを出力する。その後、このルーチンを終了する。
【0068】
一方、停止要求信号S_STOPが入力されていない場合(S22:No)は、停止判断部4162aはS23に進み、制御不可信号S_UAが入力されているか否かを判断する。制御不可信号S_UAは、フロントステアリング装置10、リアステアリング装置20、ブレーキ装置30のいずれか一つまたは複数の装置の故障等によって、フロントステア用アクチュエータ14、リアステア用アクチュエータ22、DYC用アクチュエータ32のいずれか一つまたは複数をヨーレート制御量に基づいて制御することができないことを表す信号である。この制御不可信号S_UAは、例えば各装置(フロントステアリング装置10、リアステアリング装置20、ブレーキ装置30)の作動を監視するセンサなどから入力される。制御不可信号S_UAが入力されている場合(S23:Yes)、停止判断部4162aは各アクチュエータの制御を停止すると判断し、S24に進んで縮退要求信号Sを出力する。その後、このルーチンを終了する。一方、制御不可信号S_UAが入力されていない場合(S23:No)、各アクチュエータの制御を停止しないと判断し、このルーチンを終了する。なお、停止判断部4162aは、縮退要求信号Sを出力していないときは、このルーチンを繰り返し実行する。
【0069】
以上の説明からわかるように、オーバライド判定フラグFが1に設定されている場合、、停止要求信号S_STOPが入力されている場合、および、制御不可信号S_UAが入力されている場合に、停止判断部4162aは各アクチュエータの制御を停止すると判断する。そして、縮退要求信号Sを出力する。停止判断部4162aから出力された縮退要求信号Sは、最終値演算部4161および縮退制御量決定部4162bに入力される。最終値演算部4161は、縮退要求信号Sが入力された場合に、各変換部42,43,44への各ヨーレート制御量および各実行要求信号の出力を停止する。
【0070】
縮退制御量決定部4162bは、上述したように停止判断部4162aから縮退要求信号Sを入力する。また、最終値演算部4161から各ヨーレート制御量(γ_FSTR,γ_RSTR,γ_DYC)を、車両に取り付けられたトルクセンサから操舵トルクτsを、それぞれ入力する。そして、縮退要求信号Sの入力後に、フロントステアヨーレート縮退制御量γd_FSTR、リアステアヨーレート縮退制御量γd_RSTR、DYCヨーレート縮退制御量γd_DYCを演算する。さらに演算したフロントステアヨーレート縮退制御量γd_FSTRを前輪転舵角変換部42に、演算したリアステアヨーレート縮退制御量γd_RSTRを後輪転舵角変換部43に、演算したDYCヨーレート縮退制御量γd_DYCをDYC車軸トルク変換部44に出力する。
【0071】
この場合、前輪転舵角変換部42は、入力したフロントステアヨーレート縮退制御量γd_FSTRに基づいて目標前輪転舵角δf*を演算する。そして、演算した目標前輪転舵角δf*をフロントステア用アクチュエータ14に出力する。フロントステア用アクチュエータ14は、前輪転舵角δfが目標前輪転舵角δf*に一致するように作動する。後輪転舵角変換部43は、入力したリアステアヨーレート縮退制御量γd_RSTRに基づいて目標後輪転舵角δr*を演算する。そして、演算した目標後輪転舵角δr*をリアステア用アクチュエータ22に出力する。リアステア用アクチュエータ22は、後輪転舵角δrが目標後輪転舵角δr*に一致するように作動する。DYC車軸トルク変換部44は、入力したDYCヨーレート縮退制御量γd_DYCに基づいて目標DYCトルクTb*演算する。そして、演算した目標DYCトルクTb*を、作動させるべきDYC用アクチュエータ32に出力する。目標DYCトルクTb*が入力されたDYC用アクチュエータ32は、対応する車輪に作用する車軸トルクTbが目標DYCトルクTb*に一致するように作動する。このようにして、停止判断部4162aから縮退要求信号Sが出力された後は、各変換部42,43,44は、縮退制御量決定部4162bにて決定(演算)された各ヨーレート縮退制御量γd_*(*はFSTR,RSTR,DYCのいずれか)に基づいて各アクチュエータの作動を制御する。これにより各アクチュエータが縮退制御される。
【0072】
図7は、縮退制御量決定部4162bがヨーレート縮退制御量γd_*を演算するために実行する縮退制御量決定ルーチンを表すフローチャートである。このルーチンは、横方向運動制御装置40による横方向運動制御が開始されたときに起動する。このルーチンが起動すると、縮退制御量決定部4162bは、図7のS30にて操舵トルクτsを入力する。次いで、縮退要求信号Sが入力されているか否かを判断する(S31)。縮退要求信号Sが入力されていない場合(S31:No)は、このルーチンを終了する。なお、縮退要求信号Sが入力されていない場合は、入力されるまでこのルーチンが繰り返し実行される。
【0073】
一方、縮退要求信号Sが入力されている場合(S31:Yes)、縮退制御量決定部4162bはS32に進み、停止判断部4162aに制御不可信号S_UAが入力されているか否かを判断する。停止判断部4162aに制御不可信号が入力されていない場合(S32:No)、縮退制御量決定部4162bはS34に進み、タイマによる時間計測を開始する。次いで、以下の式に基づいて各ヨーレート縮退制御量γd_*(*はFSTR,RSTR,DYCのいずれか)をそれぞれ演算する(S35)。
γd_*=γ_*(1−(T/T))
上式において、γ_*(*はFSTR,RSTR,DYCのいずれか)は、縮退要求信号Sが入力されたときにS30にて入力されている各ヨーレート制御量である。またTはタイマによる計測時間、Tは予め設定されている縮退時間である。縮退時間Tは、各アクチュエータがヨーレート縮退制御量γd_*に基づいて制御される時間を表す。縮退時間Tは予め設定される。縮退時間Tは10秒以下に設定される。好ましくは、縮退時間Tは1〜10秒の間の時間に設定される。また、本実施形態において、フロントステアヨーレート縮退制御量γd_FSTRを演算するときに用いられる縮退時間と、リアステアヨーレート縮退制御量γd_RSTRを演算するときに用いられる縮退時間と、DYCヨーレート縮退制御量γd_DYCを演算するときに用いられる縮退時間は、全て同一である。
【0074】
上式によれば、T=0のときにヨーレート縮退制御量γd_*はヨーレート制御量γ_*に等しい。また、T=Tのときにヨーレート縮退制御量γd_*は0である。0<T<Tの期間において、Tが増加するにつれてヨーレート縮退制御量γd_*が直線的に減少する。
【0075】
S35にてヨーレート縮退制御量γd_*を演算した後は、縮退制御量決定部4162b部はS36に進み、タイマによる計測時間Tが縮退時間T未満であるか否かを判断する。計測時間Tが縮退時間T未満である場合(S36:Yes)、S37に進み、ヨーレート縮退制御量γd_*を出力する。次いで、S35に戻り、再度ヨーレート縮退制御量γd_*を演算し、S36の判断結果がYesである場合にヨーレート縮退制御量γd_*を出力する(S37)。S35〜S37が繰り返されることにより、計測時間Tが縮退時間Tになるまで、S35にて演算したヨーレート縮退制御量γd_*が出力される。そして、出力されたヨーレート縮退制御量γd_*に基づいて各アクチュエータが制御される。
【0076】
S36にてタイマによる計測時間Tが縮退時間T未満ではないと判断した場合(S36:No)、すなわち計測時間Tが縮退時間Tに達した場合は、縮退制御量決定部4162bはこのルーチンを終了する。
【0077】
図8は、本実施形態に係る縮退制御を実行したときにおけるヨーレート縮退制御量γd_*および車両のヨーレートγの変化の状態を示す図である。図の横軸が時間であり、縦軸がヨーレート縮退制御量γd_*または車両のヨーレートγである。
【0078】
図8に示すように、縮退要求信号Sが入力されたときから各ヨーレート制御量の縮退制御が開始される。そして、縮退要求信号Sの入力後、全てのヨーレート縮退制御量γd_*が減少する。これに伴い車両のヨーレートも徐々に減少する。そして、縮退要求信号Sが入力されてから縮退時間Tが経過した時に全てのヨーレート縮退制御量γd_*が同時に0に達する。このような縮退制御によって各アクチュエータの制御量を徐々に減少させていくことで、横方向運動制御装置40による車両の横方向運動の停止時に車両の挙動を安定させることができるとともに、ドライバに感じさせる違和感を軽減することができる。
【0079】
また、各アクチュエータの制御が同時に停止される(各アクチュエータのヨーレート制御量が同時に0にされる)ので、あるアクチュエータのみが制御されていることにより生じる違和感も軽減することができる。さらに、本実施形態では、縮退時間Tが10秒以下に設定される。つまり、縮退時間Tが、人間が感じることができる応答速度(例えば数Hz)の数十倍(例えば50倍)の長さに設定される。このため、ドライバに縮退制御されていることを感じさせながら、且つ違和感を生じさせることなく各アクチュエータの制御量を縮退させることができる。
【0080】
図7のS32にて、制御不可信号S_UAが停止判断部4162aに入力されていると判断した場合(S32:Yes)、縮退制御量決定部4162bはS33に進み、即時停止処理を実行する。この即時停止処理により、各アクチュエータの制御が即時停止される。つまり、各アクチュエータのヨーレート制御量γ_*が即時0にされる。その後、縮退制御量決定部はこのルーチンを終了する。
【0081】
図9は、制御不可信号S_UAが停止判断部4162aに入力された場合における、各ヨーレート制御量γ_*および車両のヨーレートγの変化を示すグラフである。図の横軸が時間、縦軸がヨーレート制御量γ_*および車両のヨーレートγである。図に示すように、制御不可信号S_UAが停止判断部4162aに入力されたときに、各アクチュエータのヨーレート制御量γ_*は即時0にされる。これにより車両のヨーレートγが急激に低下し、やがて0になる(もしくは車両のヨーレートが振動し、その振動が減衰することによりやがて0になる)。
【0082】
制御不可信号S_UAが停止判断部4162aに入力されている場合は、複数のアクチュエータの少なくとも一つのアクチュエータの制御が不可能である。制御が不可能なアクチュエータに対してS35にてヨーレート縮退制御量を決定しても、決定したヨーレート縮退制御量にしたがってアクチュエータを制御することができない。そればかりか、制御することができないアクチュエータが作動することにより車両の走行安定性を損なう恐れがある。したがって、本実施形態ではこのような場合に全てのアクチュエータの制御が即時停止される。全てのアクチュエータの制御が即時停止されることによりドライバは違和感を覚えるが、制御することができないアクチュエータが作動することによる走行安定性の低下を防止することができる。
【0083】
(第2実施形態)
上記第1実施形態では、縮退制御時に同時に各アクチュエータの制御が停止されるように各アクチュエータのヨーレート縮退制御量を決定する例について説明した。本実施形態では、縮退制御時に各アクチュエータの縮退速度が同一となるように各アクチュエータのヨーレート縮退制御量を決定する例について説明する。なお、本実施形態に係る横方向運動制御装置40の構成は、以下に述べる縮退制御量決定部4162bが実行する縮退制御量決定ルーチンを除き、上記第1実施形態で説明した構成と同一である。したがって、上記第1実施形態で説明した構成と同一の部分についての説明は省略する。
【0084】
図10は、本実施形態に係る縮退制御量決定部4162bがヨーレート縮退制御量γd_*を演算するために実行する縮退制御量決定ルーチンを表すフローチャートである。このルーチンは、横方向運動制御装置40による横方向運動制御が開始されたときに起動する。このルーチンが起動すると、縮退制御量決定部4162bは、図10のS40にて、各アクチュエータのヨーレート制御量γ_*を入力する。次いで、縮退要求信号Sが入力されているか否か、すなわち停止判断部4162aが各アクチュエータの制御を停止すると判断したか否かを判断する(S41)。縮退要求信号Sが入力されていない場合(S41:No)は、このルーチンを一旦終了する。なお、縮退要求信号Sが入力されていない場合は、入力されるまでこのルーチンが繰り返し実行される。
【0085】
一方、縮退要求信号Sが入力されている場合(S41:Yes)、すなわち停止判断部4162aが各アクチュエータの制御を停止すると判断した場合、縮退制御量決定部4162bはS42に進み、停止判断部4162aに制御不可信号S_UAが入力されているか否かを判断する。停止判断部4162aに制御不可信号S_UAが入力されている場合(S42:Yes)、縮退制御量決定部4162bはS43に進み、即時停止処理を実行する。この即時停止処理により、各アクチュエータの制御が即時停止される。その後、縮退制御量決定部4162bはこのルーチンを終了する。
【0086】
一方、停止判断部4162aに制御不可信号S_UAが入力されていない場合(S42:No)、縮退制御量決定部4162bはS44に進み、タイマによる時間計測を開始する。次いで、以下の式に基づいて各ヨーレート縮退制御量γd_*を演算する(S45)。
γd_*=γ_*−V
上式において、γ_*は、縮退要求信号Sが入力されたときに、S40にて入力されている各ヨーレート制御量である。またTはタイマによる計測時間、Vは予め設定されている縮退速度(ヨーレート/秒)である。縮退速度Vは、単位時間当たりのヨーレート制御量の変化量(減少量)を表す。ここで、フロントステアヨーレート縮退制御量γd_FSTRを演算するときに用いられる縮退速度と、リアステアヨーレート縮退制御量γd_RSTRを演算するときに用いられる縮退速度と、DYCヨーレート縮退制御量γd_DYCを演算するときに用いられる縮退速度は同一である。なお、上式はヨーレート制御量γ_*が正の値であるときに用いられる。ヨーレート制御量γ_*が負の値であるときは、以下の式に基づいて各ヨーレート縮退制御量γd_*を演算してもよい。
γd_*=γ_*+V
【0087】
次いで、縮退制御量決定部4162bは、演算した各ヨーレート縮退制御量γd_*の大きさが0に近い微小値γd_th以上であるか否かを判断する(S46)。ヨーレート縮退制御量γd_*の大きさが0に近い微小値γd_th以上である場合(S46:Yes)、縮退制御量決定部4162bはS47に進み、S45にて演算したヨーレート縮退制御量γd_*を出力する。その後、S45に戻り、再度ヨーレート縮退制御量γd_*を演算し(S45)、演算したヨーレート縮退制御量γd_*の大きさが0に近い微小値γd_th以上であるか否かを判断し(S46)、0に近い微小値γd_th以上であればヨーレート縮退制御量γd_*を出力する(S47)。S45〜S47が繰り返されることにより、ヨーレート縮退制御量γd_*の大きさが0に近い微小値γd_th未満になるまで、S45にて演算したヨーレート縮退制御量γd_*が出力される。
【0088】
S46にてヨーレート縮退制御量γd_*の大きさが0に近い微小値γd_th未満であると判断した場合(S46:No)、縮退制御量決定部4162bはこのルーチンを終了する。以上のような縮退制御量決定ルーチンが実行されることにより、縮退制御時には、大きさが徐々に減少するヨーレート縮退制御量γd_*に基づいて各アクチュエータが制御される。そして、各アクチュエータのヨーレート縮退制御量γd_*の大きさが0になった時点で横方向運動制御装置による横方向運動の制御が停止される。このように、縮退制御によって各アクチュエータのヨーレート制御量を徐々に減少させていくことで、横方向運動制御の停止時にドライバに感じさせる違和感を軽減することができる。
【0089】
図11は、本実施形態に係る縮退制御を実行したときにおけるヨーレート縮退制御量γd_*および車両のヨーレートγの変化の状態を示す図である。図の横軸が時間であり、縦軸がヨーレート縮退制御量γd_*または車両のヨーレートγである。
【0090】
図11に示すように、縮退要求信号Sが入力されたときから各ヨーレート制御量の縮退制御が開始される。そして、縮退要求信号Sの入力後、全てのヨーレート縮退制御量γd_*が減少する。この場合において、全てのヨーレート縮退制御量(フロントステアヨーレート縮退制御量γd_FSTR、リアステアヨーレート縮退制御量γd_RSTR、DYCヨーレート縮退制御量γd_DYC)の縮退速度Vは同一である。したがって、縮退制御開始時におけるヨーレート制御量の小さいアクチュエータから順に制御が停止される。なお、本実施形態では、最後に制御が停止されるアクチュエータについての縮退時間が10秒以下となるように、縮退速度Vが設定される。このように、全てのアクチュエータについてのヨーレート縮退制御量の縮退速度を同一に設定することにより、それぞれのアクチュエータについてのヨーレート縮退制御量の縮退速度が異なることによって生じる違和感を軽減することができる。
【0091】
(第3実施形態)
次に、本発明の第3実施形態について説明する。本実施形態では、縮退制御時に、車両の旋回挙動に及ぼす影響が小さいアクチュエータから順に制御が停止されるように、各アクチュエータの縮退制御量を決定する例について説明する。なお、本実施形態に係る横方向運動制御装置40の構成は、以下に述べる縮退制御量決定部4162bが実行する縮退制御量決定ルーチンを除き、上記第1実施形態で説明した構成と同一である。したがって、上記第1実施形態で説明した構成と同一の部分についての説明は省略する。
【0092】
図12は、本実施形態に係る縮退制御量決定部4162bがヨーレート縮退制御量γd_*を演算するために実行する縮退制御量決定ルーチンを表すフローチャートである。このルーチンが起動すると、縮退制御量決定部4162bは、図12のS50にて、各アクチュエータのヨーレート制御量γ_*を入力する。次いで、縮退要求信号Sが入力されているか否か、すなわち停止判断部4162aが各アクチュエータの制御を停止すると判断したか否かを判断する(S51)。縮退要求信号Sが入力されていない場合(S51:No)は、このルーチンを一旦終了する。なお、縮退要求信号Sが入力されていない場合は、入力されるまでこのルーチンが繰り返し実行される。
【0093】
一方、縮退要求信号Sが入力されている場合(S51:Yes)、すなわち停止判断部4162aが各アクチュエータの制御を停止すると判断した場合、縮退制御量決定部4162bはS52に進み、停止判断部4162aに制御不可信号S_UAが入力されているか否かを判断する。停止判断部4162aに制御不可信号S_UAが入力されている場合(S52:Yes)、縮退制御量決定部4162bはS53に進み、即時停止処理を実行する。この即時停止処理により、各アクチュエータの制御が即時停止される。その後、縮退制御量決定部はこのルーチンを終了する。
【0094】
一方、停止判断部4162aに制御不可信号S_UAが入力されていない場合(S52:No)、縮退制御量決定部4162bはS54に進み、タイマによる時間計測を開始する。次いで、フロントステア影響指数E_FSTR,リアステア影響指数E_RSTR,DYC影響指数E_DYCを演算する。フロントステア影響指数E_FSTRは、縮退要求信号Sが入力されたときにS50にて入力されているフロントステアヨーレート制御量γ_FSTRが0になるまで変化した場合、すなわちフロントステア用アクチュエータ14が縮退制御された場合に、その縮退制御が車両の旋回挙動に及ぼす影響の大きさを表す数値である。リアステア影響指数E_RSTRは、縮退要求信号Sが入力されたときにS50にて入力されているリアステアヨーレート制御量γ_RSTRが0になるまで変化した場合、すなわちリアステア用アクチュエータ22が縮退制御された場合に、その縮退制御が車両の旋回挙動に及ぼす影響の大きさを表す数値である。DYC影響指数E_DYCは、縮退要求信号Sが入力されたときにS50にて入力されているDYCヨーレート制御量γ_DYCが0になるまで変化した場合、すなわちDYC用アクチュエータ32が縮退制御された場合に、その縮退制御が車両の旋回挙動に及ぼす影響の大きさを表す数値である。
【0095】
フロントステア影響指数E_FSTRは、縮退要求信号Sが入力されたときにS50にて入力されているフロントステアヨーレート制御量γ_FSTRに、フロントステア影響係数Ce_FSTRを乗じることにより求められる。リアステア影響指数E_RSTRは、縮退要求信号Sが入力されたときにS50にて入力されているリアステアヨーレート制御量γ_RSTRに、リアステア影響係数Ce_RSTRを乗じることにより求められる。DYC影響指数E_DYCは、縮退要求信号Sが入力されたときにS50にて入力されているDYCヨーレート制御量γ_DYCに、DYC影響係数Ce_DYCを乗じることにより求められる。
【0096】
フロントステア影響係数Ce_FSTRは、フロントステア用アクチュエータ14の作動が車両の旋回挙動に及ぼす影響の大きさを表す係数である。リアステア影響係数Ce_RSTRは、リアステア用アクチュエータ22の作動が車両の旋回挙動に及ぼす影響の大きさを表す係数である。DYC影響係数Ce_DYCは、DYC用アクチュエータ32の作動が車両の旋回挙動に及ぼす影響の大きさを表す係数である。これらの影響係数は予め調査されて縮退制御量決定部4162bに記憶されている。一般的に、これらの影響係数の大小関係は、以下のように表わされる。
Ce_FSTR>Ce_DYC>Ce_RSTR
【0097】
S55にて各影響指数を演算した後は、縮退制御量決定部4162bは、S56にてフロントステアヨーレート縮退時間Td_FSTR、リアステアヨーレート縮退時間Td_RSTR、DYCヨーレート縮退時間Td_DYCをそれぞれ取得する。各縮退時間を取得する際に、影響指数−縮退時間マップが参照される。
【0098】
図13は、影響指数−縮退時間マップの一例をグラフにより表わした図である。図の横軸が影響指数E_*(*はFSTR,RSTR,DYCのいずれか)であり、縦軸が縮退時間Td_*(*はFSTR,RSTR,DYCのいずれか)である。各影響指数E_*に対応する縮退時間Td_*が図の線Aにより表わされる。図からわかるように、影響指数E_*が大きいほど、その影響指数E_*に対応する縮退時間Td_*が長い。また、縮退時間Td_*の最大値は10秒である。縮退制御量決定部4162bは、この影響指数−縮退時間マップを参照し、S55で求めた各影響指数E_*に対応する各縮退時間Td_*をそれぞれ抽出することにより各縮退時間Td_*を取得する。
【0099】
続いて、縮退制御量決定部4162bは、S57にて、フロントステアヨーレート縮退制御量γd_FSTR、リアステアヨーレート縮退制御量γd_RSTR、DYCヨーレート縮退制御量γd_DYCを演算する。本実施形態では、以下の式に基づいて各ヨーレート縮退制御量γd_*を演算する。
γd_FSTR=γ_FSTR(1−(T/Td_FSTR))
γd_RSTR=γ_RSTR(1−(T/Td_RSTR))
γd_DYC =γ_DYC (1−(T/Td_DYC ))
上式において、γ_*(*はFSTR,RSTR,DYCのいずれか)は、縮退要求信号Sが入力されたときに、S50にて入力されている各ヨーレート制御量である。またTはタイマによる計測時間である。
【0100】
S57にてヨーレート縮退制御量γd_*を演算した後は、縮退制御量決定部4162b部はS58に進み、タイマによる計測時間Tが縮退時間T未満であるか否かを判断する。計測時間Tが縮退時間T未満である場合(S58:Yes)、S59に進み、ヨーレート縮退制御量γd_*を出力する。次いで、S57に戻り、再度ヨーレート縮退制御量γd_*を演算し、S58の判断結果がYesである場合にヨーレート縮退制御量γd_*を出力する(S59)。S57〜S59が繰り返されることにより、計測時間Tが縮退時間Tになるまで、S57にて演算したヨーレート縮退制御量γd_*が出力される。そして、出力されたヨーレート縮退制御量γd_*に基づいて各アクチュエータが縮退制御される。
【0101】
S58にてタイマによる計測時間Tが縮退時間T未満ではないと判断した場合(S58:No)、すなわち計測時間Tが縮退時間Tに達した場合は、縮退制御量決定部4162bはこのルーチンを終了する。以上のような縮退制御量決定ルーチンが実行されることにより、縮退制御時には、大きさが徐々に減少するヨーレート縮退制御量γd_*に基づいて各アクチュエータが制御される。そして、各アクチュエータのヨーレート縮退制御量γd_*の大きさが0になった時点で横方向運動制御装置による横方向運動の制御が停止される。このように、縮退制御によって各アクチュエータのヨーレート制御量を徐々に減少させていくことで、横方向運動制御の停止時にドライバに感じさせる違和感を軽減することができる。
【0102】
図14は、本実施形態に係る縮退制御を実行したときにおけるヨーレート縮退制御量γd_*および車両のヨーレートγの変化の状態を示す図である。図の横軸が時間であり、縦軸がヨーレート縮退制御量γd_*または車両のヨーレートγである。
【0103】
図14に示すように、縮退要求信号Sが入力されたときから各ヨーレート制御量の縮退制御が開始される。そして、縮退要求信号Sの入力後、全てのヨーレート縮退制御量γd_*が減少する。また、各アクチュエータについての縮退時間は、そのアクチュエータについての縮退制御が車両の旋回挙動に及ぼす影響が大きいほど、長く設定されている。図においては、車両の旋回挙動に最も大きな影響を及ぼすフロントステアヨーレート縮退制御量γd_FSTRについての縮退時間Td_FSTRが最も長く設定され、比較的大きな影響を及ぼすリアステアヨーレート縮退制御量γd_RSTRについての縮退時間Td_RSTRがその次に長く設定され、比較的小さな影響を及ぼすDYCヨーレート縮退制御量γd_DYCについての縮退時間Td_DYCが最も短く設定されている。このように車両の旋回挙動に及ぼす影響が大きいヨーレート縮退制御量についての縮退時間を長く設定してゆっくりと縮退させることにより、縮退制御時における車両の旋回挙動を安定させることができる。その結果、縮退制御時に旋回挙動が不安定になることによって生じる違和感を軽減することができる。
【0104】
(第4実施形態)
次に、本発明の第4実施形態について説明する。本実施形態では、縮退制御時に、フロントステア用アクチュエータ14の制御が最後に停止されるように、各アクチュエータの縮退制御量を決定する例について説明する。なお、本実施形態に係る横方向運動制御装置40の構成は、以下に述べる縮退制御量決定部4162bが実行する縮退制御量決定ルーチンを除き、上記第1実施形態で説明した構成と同一である。したがって、上記第1実施形態で説明した構成と同一の部分についての説明は省略する。
【0105】
図15は、本実施形態に係る縮退制御量決定部4162bがヨーレート縮退制御量γd_*を演算するために実行する縮退制御量決定ルーチンを表すフローチャートである。このルーチンが起動すると、縮退制御量決定部4162bは、図15のS60にて、各アクチュエータのヨーレート制御量γ_*を入力する。次いで、縮退要求信号Sが入力されているか否か、すなわち停止判断部4162aが各アクチュエータの制御を停止すると判断したか否かを判断する(S61)。縮退要求信号Sが入力されていない場合(S61:No)は、このルーチンを一旦終了する。なお、縮退要求信号Sが入力されていない場合は、入力されるまでこのルーチンが繰り返し実行される。
【0106】
一方、縮退要求信号Sが入力されている場合(S61:Yes)、すなわち停止判断部4162aが各アクチュエータの制御を停止すると判断した場合、縮退制御量決定部4162bはS62に進み、停止判断部4162aに制御不可信号S_UAが入力されているか否かを判断する。停止判断部4162aに制御不可信号S_UAが入力されている場合(S62:Yes)、縮退制御量決定部4162bはS63に進み、即時停止処理を実行する。この即時停止処理により、各アクチュエータの制御が即時停止される。その後、縮退制御量決定部はこのルーチンを終了する。
【0107】
一方、停止判断部4162aに制御不可信号S_UAが入力されていない場合(S62:No)、縮退制御量決定部4162bはS64に進み、タイマによる時間計測を開始する。次いで、以下の式に基づいて、フロントステアヨーレート縮退制御量γd_FSTR、リアステアヨーレート縮退制御量γd_RSTR、DYCヨーレート縮退制御量γd_DYCを演算する。
γd_FSTR=γ_FSTR(1−(T−Td_FSTR))
γd_RSTR=γ_RSTR(1−(T−Td_RSTR))
γd_DYC =γ_DYC (1−(T−Td_DYC ))
上式において、γ_*(*はFSTR,RSTR,DYCのいずれか)は、縮退要求信号Sが入力されたときに、S60にて入力されている各ヨーレート制御量である。Tはタイマによる計測時間である。また、Td_FSTRは予め設定されたフロントステアヨーレート縮退時間、Td_RSTRは予め設定されたリアステアヨーレート縮退時間、Td_DYCは予め設定されたDYCヨーレート縮退時間である。これらの縮退時間は、各アクチュエータが縮退制御される時間を表す。本実施形態では、フロントステアヨーレート縮退時間Td_FSTRが、リアステアヨーレート縮退時間Td_RSTRおよびDYCヨーレート縮退時間Td_DYCよりも長い時間に設定されている。また、DYCヨーレート縮退時間Td_DYCはリアステアヨーレート縮退時間Td_RSTRよりも長い時間に設定されている。ただし、フロントステアヨーレート縮退時間Td_FSTRは10秒以下である。
【0108】
S65にてヨーレート縮退制御量γd_*を演算した後は、縮退制御量決定部4162b部はS66に進み、タイマによる計測時間Tが縮退時間Td_*(*はFSTR,RSTR,DYCのいずれか)未満であるか否かを判断する。計測時間Tが縮退時間Td_*未満である場合(S66:Yes)、S67に進み、ヨーレート縮退制御量γd_*を出力する。次いで、S65に戻り、再度ヨーレート縮退制御量γd_*を演算し、S66の判断結果がYesである場合にヨーレート縮退制御量γd_*を出力する(S67)。S65〜S67が繰り返されることにより、計測時間Tが縮退時間Tになるまで、S65にて演算したヨーレート縮退制御量γd_*が出力される。そして、出力されたヨーレート縮退制御量γd_*に基づいて各アクチュエータが縮退制御される。
【0109】
S66にてタイマによる計測時間Tが縮退時間T未満ではないと判断した場合(S66:No)、すなわち計測時間Tが縮退時間Tに達した場合は、縮退制御量決定部4162bはこのルーチンを終了する。以上のような縮退制御量決定ルーチンが実行されることにより、縮退制御時には、大きさが徐々に減少するヨーレート縮退制御量γd_*に基づいて各アクチュエータが制御される。そして、各アクチュエータのヨーレート縮退制御量γd_*の大きさが0になった時点で横方向運動制御装置による横方向運動の制御が停止される。このように、縮退制御によって各アクチュエータの制御量を徐々に減少させていくことで、横方向運動制御の停止時にドライバに感じさせる違和感を軽減することができる。
【0110】
図16は、本実施形態に係る縮退制御を実行したときにおけるヨーレート縮退制御量γd_*および車両のヨーレートγの変化の状態を示す図である。図の横軸が時間であり、縦軸がヨーレート縮退制御量γd_*または車両のヨーレートγである。
【0111】
図16に示すように、縮退要求信号Sが入力されたときから各ヨーレート制御量の縮退制御が開始される。そして、縮退要求信号Sの入力後、全てのヨーレート縮退制御量γd_*が減少する。また、フロントステアヨーレート縮退時間Td_FSTRは、リアステアヨーレート縮退時間Td_RSTRおよびDYCヨーレート縮退時間Td_DYCよりも長い。さらに、DYCヨーレート縮退時間Td_DYCはリアステアヨーレート縮退時間Td_RSTRよりも長い。一般的に、フロントステアヨーレート制御量についての縮退制御が車両の旋回挙動に大きな影響を及ぼす。つまり、複数のアクチュエータの制御のうち、フロントステア用アクチュエータ14の制御がドライバの操舵操作に最も大きく影響する。また、DYCヨーレート制御量についての縮退制御がその次に車両の旋回挙動に大きな影響を及ぼす。このため本実施形態のようにフロントステアヨーレート縮退時間Td_FSTRを最も長く設定し、DYCヨーレート縮退時間Td_DYCを次に長く設定することにより、これらの制御量をゆっくりと縮退させて、縮退制御時における車両の旋回挙動を安定させることができる。その結果、縮退制御時に旋回挙動が不安定になることによって生じる違和感を軽減することができる。
【0112】
(第5実施形態)
次に、本発明の第5実施形態について説明する。本実施形態の横方向運動制御装置の構成は、縮退制御量決定部4162bによる各ヨーレート縮退制御量の演算方法を除き、基本的には上記第1実施形態で説明した横方向運動制御装置の構成と同一である。本実施形態において、縮退制御量決定部4162bは、縮退要求信号Sが入力され、且つ停止判断部4162aに制御不可信号S_UAが入力されていない場合に、各ヨーレート制御量γ_*をローパスフィルタ処理することにより各ヨーレート縮退制御量γd_*を取得する。この場合において、それぞれのヨーレート縮退制御量γd_*を得るときに用いられるローパスフィルタのカットオフ周波数は同一である。縮退制御量決定部4162bは、ローパスフィルタ処理により取得したヨーレート縮退制御量γd_*を出力する。そして、縮退制御時には出力されたヨーレート縮退制御量γd_*に基づいて各アクチュエータが制御される。このように、縮退制御時にヨーレート制御量をローパスフィルタにより減少させていくことにより、横方向運動制御の停止時にドライバに感じさせる違和感を軽減することができる。上記以外の構成については上記第1実施形態と同一であるので、その説明は省略する。
【0113】
図17は、本実施形態に係る縮退制御を実行したときにおけるヨーレート縮退制御量γd_*および車両のヨーレートγの変化の状態を示す図である。図の横軸が時間であり、縦軸がヨーレート縮退制御量γd_*または車両のヨーレートγである。
【0114】
図17に示すように、縮退要求信号Sが入力されたときから各ヨーレート制御量の縮退制御が開始される。そして、縮退要求信号Sの入力後、全てのヨーレート縮退制御量γd_*が減少する。また、各ヨーレート制御量をローパスフィルタ処理するという簡易な構成で各ヨーレート縮退制御量γd_*を速やかに減少させることができる。さらに、各ヨーレート縮退制御量γd_*を演算するために用いられるローパスフィルタのカットオフ周波数は同一であるので、各ヨーレート縮退制御量γd_*の減少特性は類似する。よって、縮退制御時に各ヨーレート縮退制御量γd_*の減少特性が異なることによってドライバに感じさせる違和感を軽減することができる。
【0115】
(第6実施形態)
次に、本発明の第6実施形態について説明する。本実施形態の横方向運動制御装置の構成は、縮退制御量決定部4162bによる各ヨーレート縮退制御量の演算方法を除き、基本的には上記第1実施形態で説明した横方向運動制御装置の構成と同一である。本実施形態において、縮退制御量決定部4162bは、縮退要求信号Sが入力され、且つ停止判断部4162aに制御不可信号S_UAが入力されていない場合に、各ヨーレート制御量γ_*を、車両のヨーレートの振動特性と逆の特性を持つフィルタで処理することにより各ヨーレート縮退制御量γd_*を取得する。ここで、車両のヨーレートの振動特性とは、横方向運動制御装置40によるヨーレート制御が停止されたときに生じると予測されるヨーレートの振動特性を表す。このヨーレートの振動特性は予め調査されていて、その振動特性とは逆の特性を有するフィルタが予め設計されている。このようにして設計されたフィルタに、縮退制御開始時における各ヨーレート制御量が入力され、フィルタから出力される信号に基づきヨーレート縮退制御量が演算される。こうして演算されたヨーレート縮退制御量γd_*に基づいて各アクチュエータが縮退制御される。なお、上記以外の構成については上記第1実施形態と同一であるので、その説明は省略する。
【0116】
図18は、本実施形態に係る縮退制御を実行したときにおけるヨーレート縮退制御量γd_*および車両のヨーレートγの変化の状態を示す図である。図の横軸が時間であり、縦軸がヨーレート縮退制御量γd_*または車両のヨーレートγである。
【0117】
図18に示すように、縮退要求信号Sが入力されたときから各ヨーレート制御量の縮退制御が開始される。そして、縮退要求信号Sの入力後にヨーレートが縮退制御される。ヨーレート縮退制御量γd_*は、ヨーレート制御量をヨーレートの振動特性とは逆の特性を持つフィルタで処理することにより取得される。このようにして取得されたヨーレート縮退制御量γd_*に基づいて各アクチュエータが制御されることにより、縮退制御時に車両のヨーレートの振動が抑制される。このため、縮退制御時にヨーレートが振動することによりドライバに感じさせる違和感を軽減することができるとともに、乗り心地を向上させることができる。
【0118】
以上、本発明の様々な実施形態について説明した。本実施形態によれば、停止判断部4162aが車両のヨーレートを変化させるために作動制御される複数の制御対象の制御を停止すると判断したときに、縮退制御量決定部4162bが複数の制御対象のヨーレート縮退制御量を決定する。そして、決定されたヨーレート縮退制御量に基づいて、それぞれの制御対象のヨーレート制御量が0になるまで制御対象が縮退制御される。すなわち、停止判断部4162aによる制御停止判断時から制御対象の制御が停止されるまでの間に、制御対象のヨーレート制御量を縮退させるための縮退期間が設けられる。この縮退期間にそれぞれの制御対象のヨーレート制御量を縮退させていくことにより、横方向運動制御装置による横方向運動制御の停止時にドライバに感じさせる違和感を軽減することができる。
【0119】
本発明は上記実施形態に限定されるべきものではない。例えば、上記第3実施形態では、各アクチュエータのヨーレート制御量と影響係数との積により得られる影響指数が大きいほど縮退時間が長くなるように縮退時間を設定する例を示したが、ヨーレート制御量が大きいほど縮退時間が長くなるよう縮退時間を設定してもよい。また、影響指数が小さいアクチュエータの縮退時間を0に設定してもよい。また、上記実施形態では、DYC用アクチュエータは、車輪に制動力を付与するアクチュエータ(ブレーキアクチュエータ)であるが、DYC用アクチュエータは、車輪に駆動力を付与するアクチュエータ(例えばインホイールモータ)でもよい。このように、本発明は、その趣旨を逸脱しない限りにおいて、変形可能である。
【符号の説明】
【0120】
10…フロントステアリング装置、11…操舵ハンドル、12…ステアリング軸、13…前輪操向軸、14…フロントステア用アクチュエータ、20…リアステアリング装置、21…後輪操向軸、22…リアステア用アクチュエータ、30…ブレーキ装置、32…DYC用アクチュエータ、40…横方向運動制御装置、41…ヨーレート演算部、411…目標値生成部、412…状態監視部、413…アベイラビリティ量演算部、414…フィードフォワード演算部、415…フィードバック演算部、416…調停部、4161…最終値演算部、4162…制御許可判定部、4162a…停止判断部、4162b…縮退制御量決定部、417…オーバライド判定部、42…前輪転舵角変換部、43…後輪転舵角変換部、44…DYC車軸トルク変換部、45…アベイラビリティ物理量変換部、50…運転支援アプリケーション

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の横方向運動量の目標値を取得する目標値取得部と、
前記目標値取得部により取得された前記横方向運動量の目標値に基づいて、車両の横方向運動量を変化させるために協調して作動する複数の制御対象の横方向運動制御量を演算する制御量演算部と、
前記横方向運動制御量に基づいて、複数の前記制御対象を制御する制御対象制御部と、
前記制御対象制御部による複数の前記制御対象の制御を停止するか否かを判断する制御停止判断部と、
前記制御停止判断部が複数の前記制御対象の制御を停止すると判断したときに、そのときから複数の前記制御対象の横方向運動制御量が縮退するように、複数の前記制御対象の横方向運動縮退制御量をそれぞれ決定する縮退制御量決定部と、を備え、
前記制御対象制御部は、前記制御停止判断部が複数の前記制御対象の制御を停止すると判断したときに、前記縮退制御量決定部により決定された横方向運動縮退制御量に基づいて複数の前記制御対象を制御する、横方向運動制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両の横方向運動制御装置において、
前記縮退制御量決定部は、前記制御停止判断部が複数の前記制御対象の制御を停止すると判断したときから10秒以内に全ての前記制御対象の横方向運動制御量が0になるように、複数の前記制御対象の横方向運動縮退制御量を決定する、横方向運動制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2012−96571(P2012−96571A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−243415(P2010−243415)
【出願日】平成22年10月29日(2010.10.29)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【Fターム(参考)】