説明

車両の燃料タンク用の溶融めっき鋼板及び車両用の燃料タンク

【課題】深絞り加工が施される場合でも、耐腐食性を高めることが可能な車両の燃料タンク用の溶融めっき鋼板を提供する。
【解決手段】鋼板と、前記鋼板の表面に形成されてなるものであって15質量%以上40%質量%以下のNiと残部にFeを含む下地めっき層と、前記下地めっき層上に形成されてなるものであって4質量%以上8.8%質量%以下のZnと残部にSnを含む溶融めっき層とを具備してなり、板厚減少率30%以下でドロービード加工した際に生じる前記溶融めっき層におけるめっき割れ欠陥の合計長さが、前記ドロービード加工の引き抜き方向10mm当たり0.5mm以下となることを特徴とする車両の燃料タンク用の溶融めっき鋼板を採用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の燃料タンク用の溶融めっき鋼板及び車両用の燃料タンクに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、燃料タンク材料として、耐食性、加工性、はんだ性(溶接性)等の優れたPb-Sn合金めっき鋼板が主として用いられ、自動車用燃料タンクとして幅広く使用されている。
一方、Sn-Zn合金めっき鋼板は、例えば特許文献1のように、ZnおよびSnイオンを含む水溶液中で電解する電気めっき法で主として製造されてきた。Snを主体とするSn-Zn合金めっき鋼板は、耐食性やはんだ性に優れており電子部品などに多く使用されてきた。このSn-Znめっき鋼板は、自動車燃料タンク用途において優れた特性を有することが知見され、以下の特許文献2〜4において、溶融Sn-Znめっき鋼板が開示されてきた。
【0003】
自動車用燃料タンク素材として使用されてきたPb-Sn合金めっき鋼板は、各種の優れた特性(例えば、加工性、燃料タンク内面耐食性、はんだ性、シーム溶接性等)が認められ愛用されてきたが、近年の地球環境認識の高まりにつれ、Pbフリー化の方向に移行しつつある。
【0004】
一方、Sn-Zn電気合金めっき鋼板は、主としてはんだ性等の要求される電子部品として、腐食環境がさほど厳しくない用途で使用されてきた。しかし、自動車用燃料タンクを構成する鋼板は、内面がガソリン等の自動車燃料に曝されるので、比較的厳しい腐食環境におかれる。また、ガソリン等の自動車燃料が劣化して有機酸が発生する場合もあり、有機酸を含む自動車燃料に鋼板が曝されることで更に厳しい腐食環境におかれる場合がある。また、Sn-Znめっき鋼板は、加工を受けていない平面部でもZn偏析に起因する孔食が発生する場合がある。以上のことから、犠牲防食能を更に向上させるために、Sn-Znめっき中のZnの添加量を調整することが検討されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭52−130438号公報
【特許文献2】特許第3126622号公報
【特許文献3】特許第3126623号公報
【特許文献4】国際公開第1996/30560号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、自動車用燃料タンクは、鋼板を深絞り加工してシェルと呼ばれる部品を製造し、次いで、一対のシェルを重ね合わせて相互に溶接することによって製造される。最近では、タンクの軽量化及び車体デザインの複雑化、更には燃料タンクの収納場所の関係から、燃料タンク形状の複雑化が進んでいる。このような複雑形状の燃料タンクを製造するためには、鋼板を深絞り加工する際に鋼板に皺を生じさせないように、鋼板の端部を拘束しながら加工が行われる。このときの鋼板には、大きく加工を受ける部分と、加工を殆ど受けない部分とが存在する。このように、部分的に大きな加工を受けた場合の鋼板の耐腐食性については、これまであまり検討がされていなかった。
【0007】
本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、深絞り加工が施される場合でも、耐腐食性を高めることが可能な車両の燃料タンク用の溶融めっき鋼板を提供することを目的とする。また、本発明は、耐食性に優れた車両用の燃料タンクを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らが鋼板に対する加工の程度と腐食との関係について鋭意研究したところ、溶融めっき層に析出するZn結晶が、鋼板の加工時にめっき割れの起点となることが推測され、このZn結晶によるめっき割れを防止することが耐食性の向上に結びつくことを見出した。その要旨とするところは、
(1) 鋼板と、前記鋼板の表面に形成されてなるものであって15質量%以上40%質量%以下のNiと残部にFeを含む下地めっき層と、前記下地めっき層上に形成されてなるものであって4質量%以上8.8%質量%以下のZnと残部にSnを含む溶融めっき層とを具備してなり、板厚減少率30%以下でドロービード加工した際に生じる前記溶融めっき層におけるめっき割れ欠陥の合計長さが、前記ドロービード加工の引き抜き方向10mm当たり0.5mm以下となることを特徴とする車両の燃料タンク用の溶融めっき鋼板。
(2) 板厚減少率30%以下でドロービード加工した際に生じる前記溶融めっき層におけるめっき割れ欠陥の数が、前記ドロービード加工の引き抜き方向10mm当たり50個以下となることを特徴とする(1)に記載の車両の燃料タンク用の溶融めっき鋼板。
(3) 鋼板と、前記鋼板の表面に形成されてなるものであって15質量%以上40%質量%以下のNiと残部にFeを含む下地めっき層と、前記下地めっき層上に形成されてなるものであって4質量%以上8.8%質量%以下のZnと残部にSnを含む溶融めっき層とを具備してなり、前記溶融めっき層におけるめっき割れ欠陥の合計長さが、ドロービード加工時の前記鋼板の引き抜き方向10mm当たり0.5mm以下であることを特徴とする車両用の燃料タンク。
(4) 前記溶融めっき層におけるめっき割れ欠陥の数が、ドロービード加工時の前記鋼板の引き抜き方向10mm当たり50個以下であることを特徴とする(3)に記載の車両用の燃料タンクである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、深絞り加工が施される場合でも、耐腐食性を高めることが可能な車両の燃料タンク用の溶融めっき鋼板を提供できる。また、本発明によれば、耐食性に優れた車両用の燃料タンクを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は、ドロービード加工で用いる金型の断面形状を示す図である。
【図2】図2は、本発明例のEPMA法による元素分析結果を示す図である。
【図3】図3は、比較例のEPMA法による元素分析結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に本発明について詳細に説明する。
本実施形態の車両の燃料タンク用の溶融めっき鋼板は、鋼板と、この鋼板の表面に形成された下地めっき層と、下地めっき層の上に形成された溶融めっき層とを有する。鋼板としては、鋼鋳片を熱間圧延、酸洗、冷間圧延、焼鈍、調質圧延等の一連の工程を経た焼鈍済みの鋼板、または圧延材などが挙げられる。鋼成分については、燃料タンクの複雑な形状に加工できる成分系であること、鋼−めっき層界面の合金層の厚みが薄くめっき剥離を防止できること、燃料タンク内部および外部環境における腐食の進展を抑制する成分系である必要がある。特に高度な加工性を要求される部位だけに、加工性に優れたIF鋼(Interstitial atom Free)の適用が望ましく、さらには溶接後の溶接気密性、二次加工性等を確保するためにBを数ppm添加した鋼板が望ましい。このIF鋼の代表成分範囲は、C≦0.003質量%、Si<0.01質量%、Mn:0.10質量%〜0.20質量%、P<0.025質量%、S:0.005質量%〜0.02質量%、Ti:0.040質量%〜0.060質量%、残部:Fe及び不可避不純物が好ましく、これにさらにBが5ppm程度含有されていることがさらに好ましい。例えばC:0.003質量%、Si:0.01質量%、Mn:0.20質量%、P:0.01質量%、S:0.01質量%、Ti:0.06質量%、残部:Fe及び不可避不純物からなるIF鋼が挙げられる。熱延では1150℃前後でスラブ加熱した後、3〜6mm程度に圧延し、酸洗後に0.5〜1.5mm程度に冷延し、表面の圧延油・鉄粉などをアルカリ電解にて除去した後に焼鈍する。焼鈍は、コストの点からは連続焼鈍が望ましいが、バッチ焼鈍でも製造可能である。その後、調質圧延し、Fe−Ni合金のプレめっきを行い、一般的にフラックス法と呼ばれるめっき法にて溶融めっきする。
【0012】
溶融めっき層は、4〜8.8質量%のZnと残部がSn:91.2〜96.0質量%および不可避的不純物からなる。めっき組成のZnは、燃料タンク内面と外面における耐食性のバランスを考慮して限定されている。燃料タンク外面は、完璧な防錆能力が必要とされるため燃料タンク成形後に塗装される。したがって、塗装厚みが防錆能力を決定するが、素材としてはめっき層のもつ防食効果により赤錆を防止する。特に、塗装のつきまわりの悪い部位ではこのめっき層のもつ防食効果が極めて重要となる。Sn基めっきにZnの添加によりめっき層の電位を下げ、犠牲防食能を付与する。そのためには、4質量%以上のZnの添加が必要である。Sn-Zn二元共晶点である8.8質量%を超える過剰なZnの添加は、粗大なZn結晶の成長を促進する融点上昇をひきおこす。これによりめっき下層の金属間化合物層(いわゆる合金層)が過剰に成長することとなる。これ等の理由によりZnの含有量は8.8質量%以下でなくてはならない。粗大なZn結晶は、Znの有する犠牲防食能が発現する点では問題ないが、一方で粗大なZn結晶部で選択腐食をおこしやすくなる。また、金属間化合物自体が非常に脆いため、めっき下層の金属間化合物層の成長によって、プレス成形時にめっき割れが生じやすくなり、めっき層の防食効果が低下する。
【0013】
一方、燃料タンク内面での腐食は、正常なガソリンのみの場合には問題とならないが、水の混入、塩素イオンの混入、ガソリンの酸化劣化による有機カルボン酸の生成等により、激しい腐食環境が出現する可能性がある。もし、穿孔腐食によりガソリンが燃料タンク外部に漏れた場合、重大事故につながる恐れがあり、これらの腐食は完全に防止されねばならない。上記の腐食促進成分を含む劣化ガソリンを作製し、各種条件下での性能を調べたところ、Znを8.8質量%以下含有するSn-Zn合金めっきは極めて優れた耐食性を発揮することが確認された。
【0014】
Znを全く含まない純SnまたはZn含有量が4質量%未満の場合、腐食環境中に曝露された初期より、めっき金属が地鉄(被めっき材)に対し犠牲防食能を持たない。このため、燃料タンク内面ではめっきピンホール部での孔食、タンク外面では早期の赤錆発生がそれぞれ問題となる。
一方、Znが8.8質量%を超えて多量に含まれる場合、Znが優先的に溶解し、腐食生成物が短期間に多量に発生する。このため、溶融めっき鋼板を燃料タンクに用いた場合にエンジン用のキャブレターの目詰まりを起こしやすくなる問題がある。また、耐食性以外の性能面では、Zn含有量が多くなることによってめっき層の加工性も低下し、Sn基めっきの特長である良プレス成形性を損なう。さらに、Zn含有量が多くなることによるめっき層の融点上昇とZn酸化物に起因し、はんだ性が大幅に低下する。
【0015】
したがって、本実施形態において、溶融めっき層におけるZn含有量は、4〜8.8質量%の範囲であり、更により十分な犠牲防食作用を得るには6〜8.8質量%の範囲にすることが望ましい。
【0016】
前述の様に、溶融めっき層のSn基めっきにおいてZnが含有されたことにより、犠牲防食能が付与される。この効果を利用して、燃料タンク内面と外面での腐食を制御している。しかしながら、かかる腐食環境において、Zn自体は本来溶出する速度が速いため、上述のように粗大なZn結晶の存在は、めっき層にZn偏析部を形成することになり、このZn偏析部があるとその部位だけ優先的に溶出してしまい、その部位で穿孔腐食をおこしやすい状態となってしまう。
【0017】
本実施形態の溶融めっき層のめっき組成域では、通常、溶融Sn-Znめっき組織はSn初晶とセル状の二元Sn-Zn共晶組織の混在した凝固組織となりやすい。このときZnは共晶セル-共晶セル粒界に特に偏析しやすくなっている。共晶セル-共晶セル粒界にZnが偏析しやすい理由は明確ではないが、以下の理由が考えられる。
(a)Znと親和性の高い微量の不純物の影響。
(b)最終凝固部の共晶セル−共晶セル粒界では共晶組織が粗大化しやすいこと。
(c)ZnがSn-Zn共晶凝固の先行相であるため、共晶セル−共晶セル粒界では異なる共晶セルのそれぞれの先行Zn相同士が結合すること。
この共晶セル−共晶セル粒界に偏析したZnは、前述のように腐食の起点になり、選択腐食をおこしやすくする。
【0018】
このようなZnの偏析をなくすことは、Sn初晶を積極的に成長させ、共晶セルの成長を抑制することにより可能となる。本実施形態の溶融めっき層の組成域ではSnが初晶として晶出するため、Snデンドライトがネットワーク状に凝固初期にめっき層に張りめぐらされれば、共晶反応で成長するセル状のSn-Zn二元共晶はデンドライトのアームに成長を抑制され大きく発達できない。そのため、巨大な共晶セル同士がぶつかり合うことはなくなり、共晶セル-共晶セル粒界に偏析するZnはなくなり、燃料タンク内外面での耐食性が著しく向上する。
【0019】
Sn初晶を積極的に発達させるために、Snの成長起点(核生成サイト)を増やしてやればよい。溶融めっきの凝固過程では、鋼板側の抜熱が大きいため、めっき/地鉄の界面側から凝固していく。したがって、溶融めっき層の下層の合金層に微細な凹凸をつけるか、地鉄そのものに微細な凹凸をつければ、Sn初晶デンドライトの成長起点(核生成サイト)をつくることができる。
この核生成サイトの付与の仕方で最も効果的な手法は、溶融めっき層の下層にある合金相(地鉄と溶融メタルの反応で生成)の形態制御である。Snの核生成に影響を与えるためには微細な凹凸が有効であり、合金相の生成のさせ方を制御すれば良い。即ち合金相の生成が進んでいる箇所は凸となり、合金相の生成が抑制されている箇所は凹となり、この制御は、溶融めっき浴温、溶融めっき浸漬時間、および溶融めっきに先立って下地めっき層を鋼板に施すことにより可能である。
【0020】
また、Znを8.8質量%以下としても、Sn初晶の成長が十分ではない場合、微小なZn結晶が存在することもある。このようなZn結晶は、鋼板が大きな加工を受けた際の溶融めっき層の欠陥の起点になる。従って、Zn結晶は少なければ少ない程よい。Zn結晶の存在頻度は、ドロービード加工後の欠陥の長さ及び欠陥の数によって評価できる。ドロービード加工後の欠陥の長さ及び数が少ない溶融めっき鋼板ほどZn結晶が少なくなり、燃料タンクの内面及び外面において、溶融めっき層の耐食性を高めることができる。微小なZn結晶を低減するには、下地めっき層を最適化することが好ましい。
【0021】
本発明の溶融めっき鋼板においては、下地めっき層としてFe-Ni合金からなるめっき層を形成することが好ましい。下地めっきによりFe-Niめっき層が被覆されている箇所では、溶融めっきの凝固過程において、下地めっきのFeと溶融めっきのSn-Znメタルとの間では合金化が進行し、下地めっきのNiと溶融めっきのSn-Znメタルとの間では合金化が抑制される。その結果、微細な凹凸の合金相が生成する。Fe-Ni合金めっき層の組成はどちらかの元素に対して極度に偏らなければ問題ないが、特に溶融めっき層におけるZn結晶の析出を抑制するには、Ni組成比が少ない方がよい。これにより、ドロービード加工時の溶融めっき層の欠陥の発生を抑制することが可能になる。従って、下地めっき層におけるNiの組成比は15〜40質量%の範囲が好ましく、15質量%以上21質量%未満の範囲がより好ましい。Ni組成比が15〜40質量%の範囲では下地めっき層の組成の影響はない。また、この範囲であれば、Sn初晶生成がより安定する領域となる。Fe-Ni合金めっき浴は、硫酸ニッケル240〜350g/L、塩化ニッケル30〜60g/L、ホウ酸30〜45g/Lに更に、硫酸鉄を40〜100g/L添加したもので使用可能である。Fe-Niめっき組成とFe-Ni合金めっき浴組成には正の相関があり、これらのFe-Ni合金めっき浴組成の範囲内でNi2+とFe2+の比率を変化させることでFe-Niめっき組成を制御することが可能である。めっき条件はpH=2.5〜4.5、浴温度40〜60℃、電流密度2〜10A/dmの範囲で操業可能である。めっきの付着量については、Fe-Ni合金めっき層は不均一被覆である必要はないので上限を設ける必要はないが、経済的には下地めっき付着量は片面あたり0.01〜2.0g/m2が適当である。
【0022】
(溶融めっき浴温、浸漬時間)
溶融めっき浴温と浸漬時間はともに合金相の成長に影響を及ぼす。
溶融めっき浴温は著しく低い場合、合金相は成長せず、著しく高い場合、合金相は成長が促進される。ただし、溶融めっき浴温は操業性の観点から、下限は溶融メタルの液相線温度+10〜50℃、上限はせいぜい液相線温度+100℃に設定することが多い。浴温が低い場合、溶融めっき釜内の浴温バラツキによる溶融メタル凝固の危険性がある。一方、浴温が高い場合、過度の合金相成長、溶融めっき後の凝固の冷却能力の必要、不経済というデメリットが生じる。本実施形態の溶融めっき層のSn-Zn系めっきでは、Sn-Zn組成範囲も考慮すると、240〜300℃が溶融めっき浴温の適正範囲となり、この温度範囲においては、上記下地めっき層と後述する浸漬時間の組み合わせにより微細凹凸を有する合金相の生成は可能である。
【0023】
浸漬時間は短時間側では合金相の成長が不十分であり、長時間側では合金相の成長が過度となる傾向が一般的にある。ただし、本実施形態においては1秒の浸漬で合金相は既に成長しており、かつ、長時間浸漬しても合金相の成長は徐々に飽和している。実際の連続溶融めっきにおいては、浸漬時間は少なくとも約2秒かかり、溶融めっき釜の大きさから15秒以上浸漬することは通常はない。浸漬時間が長いことは生産性の低下を意味し、不経済でもある。この浸漬時間、2〜15秒の範囲においては、上記下地めっきと溶融めっき浴温の組み合わせにより微細凹凸を有する合金相の生成は可能である。
【0024】
さらに、Sn初晶を発達させるための条件として、めっき付着量制御のために行うガスワイビング後の冷却速度の影響もある。Sn初晶と二元Sn-Zn共晶組織では、Sn初晶の方が先に凝固するが、Sn初晶を十分に発達させるためには、冷却速度は遅い方が好ましい。上記プレめっき方法との組み合わせで製造した場合は、溶融Sn-Znめっき層の冷却速度は30℃/秒以下であることが好ましい。下限値は特に設けるものではないが、冷却速度が遅すぎると生産性が低下するため、10℃/秒以上の冷却速度が実生産上は好ましい。
【0025】
本発明の溶融めっき鋼板は、使用される鋼板の厚み、めっき付着量に関しては製造可能な範囲にあるものであれば良く特に限定するものでは無い。通常の燃料タンク等の加工部品に用いられている加工では鋼板の板厚減少率が30%以下であるが、特に15%以上となる部位での腐食が問題となる。ここでいう板厚減少率とは(鋼板初期厚み−加工後鋼板厚み)×100/(鋼板初期厚み)で定義される数値である。これは加工程度の増加と供にめっき損傷が発生し腐食起点として作用するためであり、本発明の溶融めっき鋼板では板厚減少率が15%以上になるとめっき層を貫通する欠陥が発生し腐食を誘発するおそれがある。
【0026】
本発明における溶融めっき層のめっき割れ欠陥は、溶融めっき層を貫通してめっき表面から鋼板に達する割れによる欠陥をいう。めっき層のみに発生して鋼板まで達しない割れや、下地めっき層と溶融めっき層の間の合金層の割れは含まない。めっき割れ欠陥は、鋼板まで割れが到達しているので、鋼板の主要構成元素であるFeを検出することで、めっき割れ鋼板を検出できる。具体的には、EPMA法でFeを検出し、Feが検出された1つの領域をめっき割れ欠陥とすればよい。このめっき割れ欠陥は、溶融めっき層におけるZn結晶が多いほど発生しやすくなることを発明者らが見出し、また、欠陥の数、大きさを測定すれば加工後の耐食性を評価できることを発明者らは見出している。
【0027】
めっき割れ欠陥の数及び合計長さは、ドロービード加工後の鋼板の各所から切り出した複数の試片に関し、下記の方法によって個々の試片における欠陥の数並びに欠陥による割れの長さの合計を求め、これらの平均から算出することができる。
即ち、切り出した鋼片について、ドロービード加工の引き抜き方向に沿って長さ10mmの仮想直線をランダムに設定する。この仮想線に重なる欠陥をEPMA法で検出する。欠陥の数は、EPMA法でFeを検出し、Feが検出された1つの領域を1つのめっき割れ欠陥とし、仮想直線に重なるめっき割れ欠陥の数を測定すればよい。また、めっき割れ欠陥の合計長さは、仮想直線に重なるめっき割れ欠陥(Feの検出領域)の長さの合計を、めっき割れ欠陥の合計長さとすればよい。その後、全ての鋼片のメッキ割れ欠陥の数及び合計長さを平均すればよい。
【0028】
本発明の溶融めっき鋼板においては、めっき割れ欠陥の合計長さが、前記ドロービード加工の引き抜き方向10mm当たり0.5mm以下であることが好ましい。めっき割れ欠陥の合計長さが0.5mmを超えると、溶融めっき鋼板の耐食性が低下するので好ましくない。また、めっき割れ欠陥の数は、前記ドロービード加工の引き抜き方向10mm当たり50個以下であればよい。めっき割れ欠陥の数が50個を超えると、溶融めっき鋼板の耐食性が低下するので好ましくない。
【0029】
また、加工後の耐食性を簡易に評価する方法についても鋭意検討した結果、実プレス後のめっき損傷状況は金型条件、加工条件を特定したドロービード加工で発生するめっき損傷に極めて良く対応し、また加工後の耐食性はめっき割れ欠陥の発生状況との対応がある。そのため特定条件でドロービード加工を行なった試料のめっき割れ欠陥を把握することで、加工後の耐食性を評価することが可能になる。
【0030】
すなわち、図1はドロービード加工で用いる金型の断面形状を示す。図1中、符号8は凸側Rであり、符号9は凹側Rであり、符号10は凸部長さであり、符号11は引き抜き方向である。本発明者は金型の形状並びにドロービードの引き抜き速度を種々変化させた状態で加工し、板厚減少率と引き抜き方向の10mm当たりのめっき層を貫通するめっき割れの数、並びにめっき表層における割れ長さの合計を測定したところ、金型凸側R3〜5mm、凹側R1.5〜2.5mm、凸部長さ1〜6mmの金型で引き抜き速度100〜300mm/minでドロービード加工することで、実プレスでの板厚減少率とめっき割れ欠陥との関係が再現出来ることが明らかになった。また、この条件でドロービード加工した材料の塗装後耐食性を調査した結果、実プレスでのめっき損傷と耐食性との関係をも再現できる。なお、本発明の溶融メッキ鋼板を製造する際には、溶融めっき後の鋼板の一部を切り出してドロービード加工を行い、加工後の鋼板のめっき割れ欠陥の数及び合計長さを測定し、これらが本発明の範囲内に入るものを選択しても良い。
【0031】
また、本実施形態の燃料タンクは、本発明に係る溶融めっき鋼板を深絞り加工してシェルと呼ばれる部品を製造し、次いで、一対のシェルを重ね合わせて相互に溶接することによって製造することができる。燃料タンクの外側には、耐食性を高めるために塗装が施されていても良い。
【実施例】
【0032】
以下に本発明の実施例を示す。
板厚0.8mmの焼鈍・調圧済みの鋼板に、電気めっき法によりFe-Niめっき浴(硫酸ニッケル:240g/L、塩化ニッケル:30g/L、ホウ酸:30g/L、硫酸鉄:0、30、40、50、55、100、150g/L、pH=2.5)から各種組成のFe-NiめっきまたはNiめっきを1.0g/m2(片面あたり浴温度50℃、電流密度10A/dm2)施した。この鋼板に塩化亜鉛、塩化アンモニウム及び塩酸を含むめっき用フラックスを塗布した後、250、300、350℃の各種組成のSn-Zn溶融めっき浴に導入した。めっき浴と鋼板表面を2、5、10、15、20秒間反応させた後、めっき浴より鋼板を引き出し、ガスワイビング法により付着量調整を行い、めっき付着量(Sn+Znの全付着量)を40g/m2(片面あたり)に制御した。ガスワイビングの後、エアジェットクーラーにて冷却速度を種々変化させ溶融めっき層を凝固した。
【0033】
得られた鋼板から、ドロービード加工用として40×300mmの試料を切り出し、鉱油を主成分とする防錆油を1〜2.5g/m2塗布したのち、凸側R4mm、凹側R2mm、凸部長さ4mmの金型(材質SKD−11、Crめっき20μm実施)で引き抜き速度200mm/minで板厚減少率15〜30%になるようにドロービード加工した。加工後の試料一部を切り出し、EPMA法によってFeを検出することで、ドロービード加工方向10mm当たりで確認されためっき層を貫通するめっき割れ欠陥の数、並びにめっき割れ欠陥の割れの長さの合計を測定した。
【0034】
その後、アルカリ脱脂を施し塗布した防錆油を除去した後、以下の方法で耐食性を評価した。
燃料タンク外面の塩害環境での耐食性はSST960時間後の赤錆発生面積率で評価し、赤錆面積率10%以下を良好とした。
燃料タンク内面の耐食性は以下の方法により行なった。圧力容器中にて100℃で24時間放置した強制劣化ガソリンに10vo1%の水を添加し腐食液を作製した。この腐食液350ml中にて、ビードつき引抜加工を行っためっき鋼板(板厚減少率15%、30×35mm端面・裏面シール)を45℃にて3週間の腐食試験を行い、溶出した金属イオンのイオン種と溶出量を測定した。溶出量は総金属量200ppm未満を良好とした。
【0035】
表1及び表2に結果を示すが、本発明例の溶融めっき鋼板は、ドロービード加工後のめっき割れ発生が大幅に減少し、結果として外面耐食性及び内面耐食性がともに良好であり、総合評価もAまたはBとなった。
また、図2には、本発明例(試料No.1)のEPMA法による元素分析の結果を示し、図3には比較例のEPMA法による元素分析の結果を示す。比較例は、下地めっきを純Niめっきとした以外は試料No.1と同様にして製造した溶融めっき鋼板である。
図2と図3の比較で明らかなように、本発明例の鋼板は、比較例に比べて、Feの検出領域が大幅に低いことが分かる。また、本発明例の鋼板では、Znの偏析が大幅に低くなっていることが分かる。
尚、表1及び表2中、各試料の総合評価の結果を以下のように示した。
A:Good、耐食性良好
B:Fair、使用可
C:Bad、使用不可
【0036】
【表1】

【0037】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板と、前記鋼板の表面に形成されてなるものであって15質量%以上40%質量%以下のNiと残部にFeを含む下地めっき層と、前記下地めっき層上に形成されてなるものであって4質量%以上8.8%質量%以下のZnと残部にSnを含む溶融めっき層とを具備してなり、
板厚減少率30%以下でドロービード加工した際に生じる前記溶融めっき層におけるめっき割れ欠陥の合計長さが、前記ドロービード加工の引き抜き方向10mm当たり0.5mm以下となることを特徴とする車両の燃料タンク用の溶融めっき鋼板。
【請求項2】
板厚減少率30%以下でドロービード加工した際に生じる前記溶融めっき層におけるめっき割れ欠陥の数が、前記ドロービード加工の引き抜き方向10mm当たり50個以下となることを特徴とする請求項1に記載の車両の燃料タンク用の溶融めっき鋼板。
【請求項3】
鋼板と、前記鋼板の表面に形成されてなるものであって15質量%以上40%質量%以下のNiと残部にFeを含む下地めっき層と、前記下地めっき層上に形成されてなるものであって4質量%以上8.8%質量%以下のZnと残部にSnを含む溶融めっき層とを具備してなり、
前記溶融めっき層におけるめっき割れ欠陥の合計長さが、ドロービード加工時の前記鋼板の引き抜き方向10mm当たり0.5mm以下であることを特徴とする車両用の燃料タンク。
【請求項4】
前記溶融めっき層におけるめっき割れ欠陥の数が、ドロービード加工時の前記鋼板の引き抜き方向10mm当たり50個以下であることを特徴とする請求項3に記載の車両用の燃料タンク。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−6732(P2011−6732A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−150265(P2009−150265)
【出願日】平成21年6月24日(2009.6.24)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】