説明

車両の電動ブレーキ装置、及び車両の制動システム

【課題】パーキングブレーキ解除後における運転手によるブレーキ操作時に、ブレーキ操作が開始されてから実際に車輪に制動力が付与され始めるまでに要するブレーキ操作量のばらつきを抑制することができる電動ブレーキ装置及び車両の制動システムを提供する。
【解決手段】電動ブレーキ装置14は、電動モータ66で発生した駆動力に基づいて車両幅方向に進退移動するアジャスタナット68と、パーキングブレーキを解消させる場合に、アジャスタナット68の車両幅方向における内側への戻り量が規定量Hthとなるように電動モータ66を制御するブレーキ制御装置16と、を備える。ピストン62は、車両走行時におけるディスクロータ50の倒れ又は揺動によってパッド51と共に車両幅方向における内側に戻される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液圧室内に発生したブレーキ液圧及びモータなどの電動アクチュエータからの駆動力のうち少なくとも一方によって車輪に制動力を付与する所謂ビルトイン式の電動ブレーキ装置と、該電動ブレーキ装置及びブレーキアクチュエータを備える車両の制動システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、所謂ビルトイン式の電動ブレーキ装置の開発が進められている。すなわち、図9に示すように、電動ブレーキ装置800を構成するキャリパ801は、車輪と共に一体回転する回転体としてのディスクロータ802の車両幅方向(図9では左右方向)における両側に配置される一対のパッド803,804を、ディスクロータ802に対して近づく方向及び離れる方向に相対移動可能に支持している。
【0003】
また、キャリパ801は、車両幅方向においてパッド803よりも内側に配置されるシリンダ本体805を支持している。このシリンダ本体805に形成されたシリンダボア806には、ピストン807が車両幅方向に進退移動可能に設けられている。このピストン807は、車両幅方向における外側(図9では左側)が閉塞する有底略筒状に形成されている。こうしたピストン807内には、モータなどの電動アクチュエータ808からの駆動力によって車両幅方向に進退移動可能なアジャスタナット(移動体)809が設けられている。そして、電動アクチュエータ808からの駆動力によって車輪に制動力を付与させるパーキングブレーキ時には、電動アクチュエータ808からの駆動力がアジャスタナット809を介してピストン807に伝達されることにより、該ピストン807が車両幅方向における外側に移動する。その結果、ピストン807の移動によって各パッド803がディスクロータ802に触れることで、車輪には、電動アクチュエータ808で発生した駆動力に応じた制動力が付与される。
【0004】
また、シリンダボア806内においてピストン807よりも車両幅方向における内側に位置する液圧室810には、ブレーキアクチュエータの作動時、及び運転手によるブレーキペダルの操作時にブレーキ液が供給される。そして、ブレーキ液の流入によって液圧室内のブレーキ液圧が昇圧されると、ピストン807が車両幅方向における外側に移動し、結果として、車輪には液圧室810内のブレーキ液圧に応じた制動力が付与される。
【0005】
なお、シリンダ本体805の内周面とピストン807の外周面との間には、液圧室810からのブレーキ液の漏出、及び外部から液圧室810内への大気の流入を規制するためのリング状のピストンシール(シール部材)811が設けられている。このピストンシール811は、車輪に制動力を付与すべくピストン807が車両幅方向における外側に移動した場合、該ピストン807の移動量に応じて弾性変形する。そして、車輪に対する制動力の付与を終了させる場合には、弾性変形しているピストンシール811の復元力によって、ピストン807が車両幅方向における内側に移動する(即ち、戻される)ようになっている。
【0006】
ところで、シリンダ本体805とピストン807との間に位置するピストンシール811は、パーキングブレーキ時でもピストン807の車両幅方向における外側への移動によって弾性変形する。しかしながら、パーキングブレーキ時におけるピストン807の移動量は、液圧室810内のブレーキ液圧を昇圧させることによるピストン807の移動量よりも少ない。すなわち、パーキングブレーキ時におけるピストンシール811の弾性変形量は、上記液圧室810内にホイールシリンダ圧を発生させる場合と比較して少ない。そのため、パーキングブレーキを解消させるべくアジャスタナット809を車両幅方向における内側に移動させても、ピストンシール811の復元力が小さいため、ピストン807の車両幅方向における内側への移動量が十分に確保されないおそれがある。この場合、車両走行時にディスクロータ802とパッド803との接触を解消することができないために、運転手がブレーキ操作を行うまでは車輪に僅かな制動力が付与された状態で車両が走行することになり得る。
【0007】
特許文献1には、パーキングブレーキの解消時でも、ピストン807の車両幅方向における内側への移動量を十分に確保するための技術が開示されている。この特許文献1に記載の電動ブレーキ装置では、パーキングブレーキを解除させる場合に、アジャスタナット809を車両幅方向における内側に移動させる前に、ブレーキアクチュエータ820によって液圧室810内のブレーキ液圧が昇圧される。すると、液圧室810内のブレーキ液圧の昇圧前よりもピストン807が車両幅方向における外側にさらに移動するため、ピストンシール811は、液圧室810内のブレーキ液圧が昇圧される前と比較して大きく弾性変形する。
【0008】
この状態でアジャスタナット809が車両幅方向における内側に移動されると、液圧室810内のブレーキ液圧が保持されているため、ピストン807は、車両幅方向における内側に移動しない。そして、電動アクチュエータの駆動が停止された後には、ブレーキアクチュエータのポンプの駆動が停止されると共に、マスタシリンダ内のブレーキ液圧と電動ブレーキ装置で発生するブレーキ液圧との間に差圧を発生させるための常開型のリニア電磁弁がオフ状態にされる。すると、液圧室810内のブレーキ液圧がリニア電磁弁を介してマスタシリンダ側に戻されると共に、ピストン807にはピストンシール811から大きな復元力が付与されているため、該ピストン807の車両幅方向における内側への移動量が十分に確保される。その結果、車両走行中におけるディスクロータ802の倒れ(傾き)及び揺動(振動)などによって、ディスクロータ802とパッド803との接触が解消される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2010−241389号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、特許文献1に記載の電動ブレーキ装置では、ピストンシール811の復元力の大きさによって、ピストン807の車両幅方向における内側への移動量が決まる。そのため、ピストンシール811の弾性特性が変化した場合には、ピストン807の車両幅方向における内側への移動量が変わるおそれがある。
【0011】
このようにピストン807の車両幅方向における内側への移動量が変化した場合、変化前と比較して、運転手がブレーキペダルを操作してから車輪に制動力が実際に付与されるまでに要するタイムラグが変化してしまう。つまり、実際に制動力が車輪に付与されるまでの運転手によるブレーキペダルの操作量が一定ではなくなるため、運転手が不快に感じるおそれがある。
【0012】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものである。その目的は、パーキングブレーキ解除後における運転手によるブレーキ操作時に、ブレーキ操作が開始されてから実際に車輪に制動力が付与され始めるまでに要するブレーキ操作量のばらつきを抑制することができる電動ブレーキ装置及び車両の制動システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するために、本発明は、液圧室(64)内に発生したブレーキ液圧及び電動アクチュエータ(66)からの駆動力のうち少なくとも一方に基づいて車両幅方向における外側にピストン(62)を移動させることにより、車輪と一体回転する回転体(50)に摩擦材(54)を押し付け、当該車輪に制動力を付与する電動ブレーキ装置であって、前記電動アクチュエータ(66)で発生した駆動力に基づいて車両幅方向に進退移動する移動体(68)と、前記ピストン(62)に対して、車両幅方向における内側に戻す力を付与する戻し手段(50,51、30、66,68)と、前記電動アクチュエータ(66)からの駆動力によって車輪に制動力を付与させるパーキングブレーキを解消させる場合に、前記移動体(68)の車両幅方向における内側への戻り量(L)が予め設定された規定量(Hth)となるように、前記電動アクチュエータ(66)を制御する制御手段(16)と、を備えることを要旨とする。
【0014】
上記構成によれば、パーキングブレーキを解消させる場合、電動アクチュエータの駆動によって移動体が車両幅方向における内側に戻される。このときの移動体の車両幅方向における内側への戻り量が規定量になった場合に、電動アクチュエータの駆動が停止される。その結果、戻し手段によってピストンが車両幅方向における内側に戻される場合、ピストンの規定量を超えるような戻しは、移動体によって規制される。すなわち、ピストンの戻しすぎを抑制することができる。したがって、パーキングブレーキ解除後における運転手によるブレーキ操作時に、ブレーキ操作が開始されてから実際に車輪に制動力が付与され始めるまでに要するブレーキ操作量のばらつきを抑制することができる。
【0015】
本発明の車両の電動ブレーキ装置において、前記ピストン(62)は、車両の幅方向に進退移動可能にシリンダ本体(61)に支持され、前記ピストン(62)における前記シリンダ本体(61)との対向面(621)と前記シリンダ本体(61)における前記ピストン(62)との対向面(611)との間には、前記ピストン(62)と前記シリンダ本体(61)との間を介した前記液圧室(64)からのブレーキ液の漏出及び前記ピストン(62)と前記シリンダ本体(61)との間を介した外部から前記液圧室(64)内への気体の流入を規制するためのシール部材(65)が介在しており、前記回転体(50)は、車輪と一体回転可能であると共に、前記摩擦材(54)に対して相対的に離れる方向への押圧力を付与するべく傾斜可能な状態で設けられており、前記戻し手段は、前記回転体(50)と前記摩擦材(54)とを含んだ構成となっており、前記ピストン(62)と前記シール部材(65)との間に発生する摩擦力が、車輪の回転時に前記回転体(50)によって前記摩擦材(54)に付与される押圧力よりも小さいことが好ましい。
【0016】
車両走行時に回転体の傾き及び回転体の振動が発生した場合、ピストンには、摩擦材を介して回転体から車両幅方向における内側への押圧力が付与される。上記構成では、ピストンとシール部材との間に発生する摩擦力は、回転体から摩擦材を介してピストンに伝達される押圧力よりも小さい。そのため、車両走行時に回転体の傾き及び回転体の振動が発生した場合、傾斜又は振動する回転体から摩擦材を介して伝達される押圧力によって、ピストンは車両幅方向における内側に戻される。したがって、車輪が回転し始める前までに移動体を規定量だけ車両幅方向における内側に戻しておくことにより、ピストンの規定量を超えるような戻しを移動体によって規制することができる。
【0017】
本発明の車両の電動ブレーキ装置において、前記戻し手段は、前記ピストン(62)を車両幅方向における内側に吸引する吸引手段(30、68)を含むことが好ましい。
上記構成によれば、ピストンを、吸引手段から付与される吸引力によって車両幅方向における内側に戻すことができる。この場合でも、パーキングブレーキ解消時における移動体の車両幅方向における内側への戻り量を規定量に設定しておくことにより、ピストンの規定量を超えるような戻しを移動体によって規制することができる。
【0018】
本発明の車両の電動ブレーキ装置において、前記ピストン(62)の少なくとも一部分は、磁性体で構成されており、前記吸引手段は、磁力によって、前記ピストン(62)を吸引する磁気手段(68)を含むことが好ましい。
【0019】
上記構成によれば、磁気手段によって発生される磁力によって、少なくとも一部が磁性体で構成されるピストンを、車両幅方向における内側に戻すことができる。この場合でも、パーキングブレーキ解消時における移動体の車両幅方向における内側への戻り量を規定量に設定しておくことにより、ピストンの規定量を超えるような戻しを移動体によって規制することができる。
【0020】
本発明の車両の電動ブレーキ装置において、前記移動体(68)の少なくとも一部は、前記ピストン(62)を吸引可能な磁石で構成されており、前記移動体(62)が前記磁気手段として機能することが好ましい。
【0021】
上記構成によれば、少なくとも一部が磁石で構成されている移動体が発生する磁力によって、ピストンを車両幅方向における内側に戻すことができる。
本発明の車両の制動システムは、上記電動ブレーキ装置(14)を備え、前記吸引手段は、前記液圧室(64)内に負圧を発生させることが可能に構成されたブレーキアクチュエータ(30)を含むことが好ましい。
【0022】
上記構成によれば、液圧室内に負圧を発生させることにより、ピストンを車両幅方向における内側に戻すことができる。この場合でも、パーキングブレーキ解消時における移動体の車両幅方向における内側への戻り量を規定量に設定しておくことにより、ピストンの規定量を超えるような戻しを移動体によって規制することができる。
【0023】
なお、本発明をわかりやすく説明するために実施形態を示す図面の符号に対応づけて説明したが、本発明が実施形態に限定されるものではないことは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の車両の制動システムの第1の実施形態の概略構成を示す構成図。
【図2】本発明の電動ブレーキ装置の第1の実施形態の概略構成を示す断面図。
【図3】(a)は従来の溝部と該溝部にピストンシールが設けられた様子を示す断面図、(b)は本実施形態の溝部と該溝部にピストンシールが設けられた様子を示す断面図。
【図4】(a)(b)はパーキングブレーキが解消される様子を示す模式図。
【図5】第2の実施形態において、パーキングブレーキが解消される様子を示す模式図。
【図6】第2の実施形態におけるパーキング解除処理ルーチンを説明するフローチャート。
【図7】第3の実施形態における電動ブレーキ装置の一部を拡大して示す断面図。
【図8】別の実施形態におけるパーキング解除処理ルーチンを説明するフローチャート。
【図9】従来の電動ブレーキ装置の概略構成を示す断面図。
【発明を実施するための形態】
【0025】
(第1の実施形態)
以下、本発明の車両の制動システムを具体化した一実施形態を図1〜図4に従って説明する。なお、以下における本明細書中の説明においては、車両の進行方向(前進方向)を前方(車両前方)として説明する。
【0026】
図1に示すように、本実施形態の制動システム11は、運転手によるブレーキペダル12の操作量、即ち踏力に応じたマスタシリンダ圧を発生するブレーキ液圧発生装置20と、2系統の液圧回路(図1では1つの液圧回路31のみを図示)を有するブレーキアクチュエータ30とを備えている。このブレーキアクチュエータ30には、車両に搭載される複数(図1では2つのみ図示)の車輪に個別対応するブレーキ装置が接続されている。
【0027】
ブレーキ装置のうち、前輪用のブレーキ装置は、サービスブレーキとして作動するブレーキ装置13である。このブレーキ装置13は、ブレーキアクチュエータ30を介してブレーキ液が供給されることにより、前輪に対して制動力を付与するように構成されている。一方、後輪用のブレーキ装置は、サービスブレーキだけではなくパーキングブレーキとしても作動する所謂ビルトイン式の電動ブレーキ装置14である。
【0028】
そして、ブレーキアクチュエータ30及び電動ブレーキ装置14は、制御手段としてのブレーキ制御装置16によって制御される。
次に、ブレーキ液圧発生装置20及びブレーキアクチュエータ30について説明する。ブレーキアクチュエータ30は、2系統の液圧回路を有している。しかし、各液圧回路は略同一構成であるため、ここでは、説明理解の便宜上、1系統の液圧回路31のみを説明するものとする。
【0029】
図1に示すように、ブレーキ液圧発生装置20は、運転手によるブレーキペダルの踏力を助勢するためのブースタ21と、当該踏力に応じたマスタシリンダ圧を発生するマスタシリンダ22と、ブレーキ液が貯留されるリザーバ23とを備えている。
【0030】
ブレーキアクチュエータ30の液圧回路31は、ブレーキ液圧発生装置20のマスタシリンダ22に接続されると共に、前輪(例えば、右前輪)用のブレーキ装置13及び後輪(左後輪)用の電動ブレーキ装置14に接続されている。こうした液圧回路31には、マスタシリンダ22に接続される連結経路32が設けられている。この連結経路32には、マスタシリンダ22内のマスタシリンダ圧と各ブレーキ装置13,14で発生するブレーキ液圧(「ホイールシリンダ圧」ともいう。)との間で差圧を発生させるべく作動する常開型のリニア電磁弁33が設けられている。
【0031】
また、液圧回路31には、前輪用経路34Fと後輪用経路34Rとが形成されている。そして、これら各経路34F,34Rには、ブレーキ装置13,14のブレーキ液圧の増圧を規制する際に作動する常開型の電磁弁である増圧弁35F,35Rと、ブレーキ装置13,14のブレーキ液圧を減圧させる際に作動する常閉型の電磁弁である減圧弁36F,36Rとが設けられている。
【0032】
さらに、液圧回路31には、ブレーキ装置13,14から減圧弁36F,36Rを介して流出したブレーキ液を一時貯留するためのリザーバ37と、ポンプモータ38の回転に基づき駆動するポンプ39とが接続されている。リザーバ37は、吸入用流路40を介してポンプ39に接続されると共に、マスタ側流路41を介して連結経路32においてリニア電磁弁33よりもマスタシリンダ22側に接続されている。また、ポンプ39は、供給用流路42を介して液圧回路31における増圧弁35F,35Rとリニア電磁弁33の間の接続部位43に接続されている。そして、ポンプ39は、リザーバ37及びマスタシリンダ22側から吸入用流路40及びマスタ側流路41を介してブレーキ液を吸引し、該ブレーキ液を供給用流路42内に吐出する。
【0033】
次に、後輪用の電動ブレーキ装置14について図2を参照して説明する。
図2に示すように、電動ブレーキ装置14は、回転体としてのディスクロータ50と、該ディスクロータ50の車両幅方向(図2では左右方向)における両側に配置される一対のパッド51,52とを備えている。ディスクロータ50は、後輪が回転する場合には回転軸線50aを中心に該後輪と一体回転する。こうしたディスクロータ50は、車両の旋回する場合には該車両の旋回に応じて図2の矢印方向に倒れる(傾斜する)ことがある。また、ディスクロータ50は、車両走行時に路面との間に振動が発生すると、図2の矢印方向に揺動(振動)することがある。このようなディスクロータ50の倒れ及び揺動が発生した場合、ディスクロータ50がパッド51,52に接触し、ディスクロータ50はパッド51,52に対してディスクロータ50から離れる方向への押圧力を付与する。
【0034】
パッド51,52は、裏板53と、該裏板53に固定される摩擦材54とを有している。そして、パッド51,52がディスクロータ50に近づき、該パッド51,52の摩擦材54がディスクロータ50に摺接した場合には、摩擦材54とディスクロータ50との間に発生した摩擦力に応じた制動力が、後輪に付与される。
【0035】
また、電動ブレーキ装置14には、ディスクロータ50に相対的に近づく方向及び相対的に離れる方向に移動可能な状態で一対のパッド51,52を支持するキャリパ60が設けられている。このキャリパ60は、パッド51よりも車両幅方向における内側(図2では右側)に配置されるシリンダ本体61を支持している。このシリンダ本体61は、車両幅方向における外側(図2では左側)が開口する有底略円筒形状をなしている。こうしたシリンダ本体61は、ピストン62を車両幅方向に摺動できるように支持している。具体的には、ピストン62は、シリンダ本体61の筒状部610の内周面611に摺接している。つまり、本実施形態では、内周面611が、「シリンダ本体61におけるピストン62との対向面」に相当する。
【0036】
そして、シリンダ本体61の内部空間であるシリンダボア63においてピストン62よりも車両幅方向における内側の領域が、ブレーキアクチュエータ30を介してブレーキ液が供給される液圧室64となっている。この液圧室64内のブレーキ液圧は、ブレーキアクチュエータ30、及び運転手によるブレーキペダル12の踏力によって調圧可能となっている。
【0037】
ピストン62は、車両幅方向における内側が開口する有底略円筒形状に形成されている。シリンダ本体61の筒状部610の内周面611においてピストン62に対向する位置には、該内周面611に全周に渡って円環状の溝部612が形成されている。この溝部612内には、ピストン62とシリンダ本体61との間を介した液圧室64からのブレーキ液の漏出、及びピストン62とシリンダ本体61との間を介した外部から液圧室64への大気(気体)の流入を規制するための円環状のピストンシール(シール部材)65が設けられている。このピストンシール65は、ピストン62の筒状部620の外周面621に密接している。つまり、本実施形態では、外周面621が、「ピストン62におけるシリンダ本体61との対向面」に相当する。
【0038】
また、シリンダ本体61の底部613の中央には、車両幅方向に貫通する貫通孔614が形成されている。この貫通孔614内を、電動アクチュエータとしての電動モータ66の駆動によって正逆両方向に回転する回転軸67が貫通している。この回転軸67の先端部(図2では左端部)670は、ピストン62内に位置しており、当該先端部670の側面には、雄ねじ加工が施されている。
【0039】
こうした回転軸67の先端部670には、移動体としてのアジャスタナット68が連結されている。このアジャスタナット68における回転軸67の先端部670との連結部位680には、雌ねじ加工が施されている。そして、電動モータ66の駆動によって回転軸67が回転する場合、回転軸67の回転力が回転軸67の先端部670及びアジャスタナット68の連結部位680により直動する力に変換されることにより、アジャスタナット68が車両幅方向に移動する。なお、本実施形態では、アジャスタナット68を車両幅方向における外側に移動させるための回転軸67の回転方向を「正転方向」といい、アジャスタナット68を車両幅方向における内側に移動させるための回転軸67の回転方向を「逆転方向」というものとする。
【0040】
パーキングブレーキを行う場合、電動モータ66の駆動によるアジャスタナット68の車両幅方向における外側への移動に伴って、ピストン62が車両幅方向における外側に摺動する。そして、ピストン62によってパッド51が押されることにより、一対のパッド51,52の間隔が狭くなる。その結果、各パッドの摩擦材54がディスクロータ50に摺接し、後輪に制動力が付与される。
【0041】
また、本実施形態の電動ブレーキ装置14には、ピストン62の底部622とアジャスタナット68の先端(図2では左端)681との距離を検出するための位置検出センサ69が設けられている。例えば、位置検出センサ69は、ピストン62の底部622の中央に形成された凹部内に配置されている。こうした位置検出センサ69は、ブレーキ制御装置16に電気的に接続されている。なお、以降の記載において、「ピストン62の底部622とアジャスタナット68の先端681との距離」のことを、単に「ピストン62とアジャスタナット68との距離」という。
【0042】
ブレーキ制御装置16は、位置検出センサ69によって検出されたピストン62とアジャスタナット68との距離に基づき電動モータ66の駆動を制御する。具体的には、パーキングブレーキを解消させる場合、ブレーキ制御装置16は、回転軸67が逆転方向に回転するように電動モータ66を駆動させる。この場合、アジャスタナット68は、車両幅方向における内側に移動される(即ち、戻る)。その一方で、ピストン62には車両幅方向における内側に移動させるような力がほとんど付与していないため、当該ピストン62は移動しない。そのため、ピストン62とアジャスタナット68との距離を検出することで、パーキングブレーキを解消させる際におけるアジャスタナット68の戻り量が算出される。
【0043】
そして、ブレーキ制御装置16は、算出したパーキングブレーキ時におけるアジャスタナット68の位置からの戻り量が予め設定された規定量Hth未満である場合には、電動モータ66の駆動を継続させる。一方、ブレーキ制御装置16は、算出したパーキングブレーキ時におけるアジャスタナット68の位置からの戻り量が規定量Hthに達した場合には、電動モータ66の駆動を停止させる。
【0044】
次に、上述したピストンシール65と該ピストンシール65が配置される溝部612との関係、及びピストンシール65とピストン62との間で発生する摩擦力について、図3を参照して説明する。
【0045】
従来の技術においては、後輪に制動力が付与されている状態から制動力を解消させる場合には、ピストン62の車両幅方向における外側への摺動に伴って弾性変形されたピストンシール65の復元力によって、ピストン62が車両幅方向における内側に戻される。そのため、ピストン62を大幅に戻すためには、ピストン62の車両幅方向における外側への摺動に伴ってピストンシール65が大きく弾性変形することが好ましい。
【0046】
そこで、従来の技術においては、図3(a)に示すように、ピストンシール65の内径とピストン62の筒状部620の外径との差である締代が大きめに設定されている。このように締代を大きめに設定することにより、ピストンシール65によってピストン62に付与される締付け力が大きくなる。その結果、ピストン62が車両幅方向における外側に摺動する場合には、該ピストン62とピストンシール65との間に大きな摩擦力が発生する。
【0047】
そのため、ピストンシール65との間に発生する摩擦力に抗してピストン62を車両幅方向における外側に摺動させることにより、ピストンシール65の弾性変形度合が、締代が小さい場合と比較して大きくなる。すると、電動モータ66からの駆動力がピストン62に伝達されなくなったり、液圧室64内のブレーキ液圧が減圧されたりすると、ピストン62は、弾性変形しているピストンシール65の復元力によって車両幅方向における内側に戻るようになっている。
【0048】
これに対し、本実施形態の溝部612の深さDは、図3(a)(b)に示すように、従来の溝部700の深さ「D1」よりも深い「D2」となっている。こうした溝部612に、従来の技術で使用されるピストンシールと同一形状のピストンシール65が配置されている。その結果、ピストンシール65の内径とピストン62の筒状部620の外径との差である締代は、溝部612の深さDを深くすることにより小さくなり、ピストンシール65によってピストン62に付与される締付け力が小さくなる。
【0049】
そのため、ピストン62が車両幅方向に摺動する場合に、該ピストン62とピストンシール65との間で発生する摩擦力は、従来の場合と比較して小さくなる。本実施形態では、車両幅方向に摺動するピストン62とピストンシール65との間で発生する摩擦力が、倒れたり揺動したりするディスクロータ50からパッド51を介してピストン62に付与される押圧力よりも小さくなるように、溝部612の深さDが設定されている。その結果、アジャスタナット68の先端681がピストン62の底部622から離れていると共にディスクロータ50が倒れたり揺動したりする場合、ディスクロータ50からパッド51を介して付与される押圧力によって、ピストン62は、ピストンシール65との間に発生する摩擦力に抗して車両幅方向における内側に戻される。したがって、本実施形態では、ディスクロータ50及びパッド51により、ピストン62に対して、車両幅方向における内側に戻す力を付与する戻し手段が構成されている。
【0050】
ただし、上記のように、車両幅方向に摺動するピストン62とピストンシール65との間で発生する摩擦力を小さくしても、ピストン62とシリンダ本体61との間を介した液圧室64からのブレーキ液の漏出、及びピストン62とシリンダ本体61との間を介した外部から液圧室64内への大気の流入を規制できる程度に、ピストンシール65はピストン62の筒状部620に密接している。より具体的には、液圧室64内のブレーキ液圧が最小液圧である場合に、ピストン62とシリンダ本体61との間を介した液圧室64からのブレーキ液の漏出、及びピストン62とシリンダ本体61との間を介した外部から液圧室64内への大気の流入を規制できる程度に、ピストンシール65はピストン62の筒状部620に密接している。その結果、上記締代を小さくしても、液圧室64内の液密がピストンシール65によって保持される。
【0051】
次に、本実施形態の電動ブレーキ装置14の作用のうちパーキングブレーキを解除する際の作用について図4を参照して説明する。
さて、車両の停車中にパーキングブレーキの解除要求がブレーキ制御装置16になされた場合、電動モータ66の駆動によって、回転軸67が逆転方向に回転し始める。すると、アジャスタナット68が車両幅方向における内側に戻り始める。そして、図4(a)に示すように、アジャスタナット68の戻り量が規定量Hthに達すると、電動モータ66の駆動が停止され、アジャスタナット68の戻しが停止される。この状態では、ピストン62は車両幅方向における内側にほとんど戻っていない。そのため、各パッド51,52の摩擦材54がディスクロータ50に摺接していると共に、パッド51にピストン62の底部622が当接している。
【0052】
この状態で運転手による車両操作によって車両が走行し始めると、後輪を含む全ての車輪が回転し始める。そして、図4(b)に示すように、後輪と一体回転するディスクロータ50が倒れたり揺動したりすると、該ディスクロータ50の先端がパッド51に接触する。このとき、パッド51には、ディスクロータ50から相対的に離れる方向への押圧力が付与されるため、パッド51,52は、ディスクロータ50に押されるようにして該ディスクロータ50からそれぞれ相対的に離れる。
【0053】
すると、パッド51に当接しているピストン62には、パッド51を介してディスクロータ50からの押圧力が付与される。この押圧力は、ピストン62とピストンシール65との間に発生する摩擦力よりも大きいため、ピストン62は、ピストンシール65との間に発生する摩擦力に抗して、ディスクロータ50からの押圧力によって車両幅方向における内側に戻される。そして、ピストン62の底部622がアジャスタナット68の先端681に当接すると、ピストン62の車両幅方向における外側へのこれ以上の戻しが、アジャスタナット68によって規制される。
【0054】
その後、ディスクロータ50の倒れ又は揺動が解消されると、ディスクロータ50と各パッド51,52との間には、所定幅の隙間が介在することになる。この隙間の幅は、ほぼ一定となる。そのため、その後に運転手がブレーキペダル12を踏み込んで車輪に制動力を付与させる場合、後輪に実際に制動力が付与され始める踏込み量のばらつきが解消される。
【0055】
以上説明したように、本実施形態では、以下に示す効果を得ることができる。
(1)パーキングブレーキを解消させる場合、電動モータ66の駆動によってアジャスタナット68が車両幅方向における内側に戻される。このときのアジャスタナット68の戻り量が規定量Hthに達した場合に、電動モータ66の駆動が停止される。この状態で車両走行が開始され、後輪と一体回転するディスクロータ50が倒れたり揺動したりすると、ピストン62は、パッド51と共に車両幅方向における内側に戻される。このとき、ピストン62の規定量Hth以上の戻しは、電動モータ66によって位置が決められているアジャスタナット68によって規制される。すなわち、ピストン62の戻しすぎを抑制することができる。したがって、パーキングブレーキ解除後における運転手によるブレーキ操作時に、ブレーキ操作が開始されてから実際に後輪に制動力が付与され始めるまでに要するブレーキ操作量のばらつきを抑制することができる。
【0056】
(2)本実施形態では、車両幅方向に摺動するピストン62とピストンシール65との間で発生する摩擦力は、倒れたり揺動したりするディスクロータ50からパッド51を介してピストン62に付与される押圧力よりも小さくなっている。そのため、車両走行中に発生するディスクロータ50の倒れ及び揺動によって、ピストン62とピストンシール65との間に発生する摩擦力に抗して、当該ピストン62を、パッド51と共に車両幅方向における内側に戻すことができる。つまり、ピストン62を車両幅方向における内側に戻すために、液圧室64内のブレーキ液圧を昇圧させるなどの複雑な制御を行うことなく、ピストン62を車両幅方向における内側に戻すことができる。
【0057】
(3)上記のように、ピストン62を車両幅方向における内側に戻す場合には、ブレーキアクチュエータ30を駆動させなくてもよい。そのため、パーキングブレーキの解消時にブレーキアクチュエータ30を駆動させる場合と比較して、ブレーキアクチュエータ30の使用頻度を低くでき、ひいては該ブレーキアクチュエータ30の長寿命化に貢献することができる。
【0058】
(第2の実施形態)
次に、本発明の第2の実施形態を図5及び図6に従って説明する。なお、第2の実施形態は、ピストン62を車両幅方向における内側に戻す際にブレーキアクチュエータ30を駆動させる点などが第1の実施形態と異なっている。したがって、以下の説明においては、第1の実施形態と相違する部分について主に説明するものとし、第1の実施形態と同一構成には同一符号を付して重複説明を省略するものとする。
【0059】
図5に示すように、パーキングブレーキを解除させる場合、電動モータ66の駆動によってアジャスタナット68が規定量Hthだけ車両幅方向における内側に戻されると、電動モータ66の駆動が停止される。すると、ブレーキアクチュエータ30の駆動によって、液圧室64内の減圧が開始される。具体的には、増圧弁35F,35Rに電圧が印加されることにより、液圧室64内のブレーキ液の昇圧が規制される。また、減圧弁36F,36Rに電圧が印加されることにより、液圧室64内のブレーキ液の減圧が許可される。この状態で、ポンプモータ38によってポンプ39が作動すると、液圧室64内のブレーキ液は、減圧弁36F,36Rを介してリザーバ37側に流出される。その結果、液圧室64内には負圧が発生する。
【0060】
このとき、液圧室64内の負圧は、ピストン62に対して、該ピストン62を車両幅方向における内側に戻すための吸引力として作用する。その結果、この吸引力が、ピストン62とピストンシール65との間に発生する摩擦力よりも大きくなると、ピストン62が車両幅方向における内側に戻されるようになる。そして、ピストン62の底部622がアジャスタナット68の先端681に接触したタイミングで、ブレーキアクチュエータ30による液圧室64内の減圧が停止される。したがって、本実施形態では、ブレーキアクチュエータ30が、ピストン62を車両幅方向における内側に吸引する吸引手段として機能すると共に、ピストン62を車両幅方向における内側に戻すための戻し手段としても機能する。
【0061】
その結果、パーキングブレーキが解除されると、ピストン62は、パーキングブレーキの解除前よりも車両幅方向における内側に規定量Hthだけ戻っている。そのため、パーキングブレーキの解除後における車両の発進時には、ピストン62がパッド51に当接している場合と比較して、運転手が感じる引きずり感が低減される。
【0062】
また、ピストン62の車両幅方向における内側への戻り量が規定量Hth以上にはならない。そのため、パーキングブレーキの解除後における運転手によるブレーキ操作によって車輪に制動力を付与する場合には、運転手によるブレーキペダル12の踏込みが開始されてから実際に制動力が付与され始めるまでの踏込み量のばらつきが抑制される。
【0063】
次に、パーキングブレーキを解除させる場合にブレーキ制御装置16が実行する処理ルーチンについて、図6に示すフローチャートを参照して説明する。
さて、このパーキング解除処理ルーチンは、運転手による車両操作などによってパーキングブレーキの解除要求がブレーキ制御装置16に入力されたタイミングで実行される。そして、パーキング解除処理ルーチンにおいて、ブレーキ制御装置16は、回転軸67が逆転方向に回転するように電動モータ66の駆動を開始させる(ステップS10)。続いて、ブレーキ制御装置16は、位置検出センサ69からの検出信号に基づき検出されたアジャスタナット68とピストン62との距離Lが上記規定量Hthに達したか否かを判定する(ステップS11)。距離Lが規定量Hth未満である場合(ステップS11:NO)、ブレーキ制御装置16は、電動モータ66を引き続き駆動させる共に、距離Lが規定量Hthに達するまでステップS11の判定処理を繰り返し行う。
【0064】
一方、距離Lが規定量Hthに達した場合(ステップS11:YES)、ブレーキ制御装置16は、電動モータ66の駆動を停止させる(ステップS12)。続いて、ブレーキ制御装置16は、電動ブレーキ装置14の液圧室64内を減圧させる減圧処理を開始させる(ステップS13)。具体的には、ブレーキ制御装置16は、増圧弁35F,35R、減圧弁36F,36R及びポンプモータ38を制御する。
【0065】
そして、位置検出センサ69からの検出信号に基づき検出されたアジャスタナット68とピストン62との距離Lが「0(零)」になったか否かを判定する(ステップS14)。距離Lが「0(零)」ではない場合(ステップS14:NO)、ピストン62を未だ車両幅方向における内側に戻すことができるため、ブレーキ制御装置16は、距離Lが「0(零)」になるまでステップS14の判定処理を繰り返し行う。
【0066】
一方、距離Lが「0(零)」になった場合(ステップS14:YES)、ピストン62を車両幅方向における内側にこれ以上戻すことができないため、ブレーキ制御装置16は、上記減圧処理を終了させ(ステップS15)、その後、パーキング解除処理ルーチンを終了する。
【0067】
以上説明したように、本実施形態では、以下に示す効果を得ることができる。
(4)パーキングブレーキを解消させる場合、電動モータ66の駆動によってアジャスタナット68が車両幅方向における内側に戻される。このときのアジャスタナット68の戻り量が規定量Hthに達した場合に、電動モータ66の駆動が停止される。この状態で電動ブレーキ装置14の液圧室64内が減圧される。そして、液圧室64内に発生する負圧が、ピストン62とピストンシール65との間に発生する摩擦力よりも大きくなると、ピストン62が車両幅方向における内側に戻されるようになる。このとき、ピストン62の規定量Hth以上の戻しは、電動モータ66によって位置が決められているアジャスタナット68によって規制される。すなわち、ピストン62の戻しすぎを抑制することができる。したがって、パーキングブレーキ解除後における運転手によるブレーキ操作時に、ブレーキ操作が開始されてから実際に後輪に制動力が付与され始めるまでに要するブレーキ操作量のばらつきを抑制することができる。
【0068】
(5)本実施形態では、上記第1の実施形態の場合とは異なり、パーキングブレーキの解除が要求されると、電動モータ66及びブレーキアクチュエータ30の駆動によって、ピストン62がパッド51から離れた状態となっている。つまり、車両が発進する時点では、ピストン62がパッド51から離れている。そのため、車両の発進時にピストン62がパッド51に当接している場合と比較して、車両発進時における後輪用のディスクロータ50と各パッド51,52との間で発生する摩擦力、即ち後輪に作用する制動力を小さくすることが可能となる。その結果、車両発進時に運転手が感じる引きずり感を低減させることが可能となる。
【0069】
(第3の実施形態)
次に、本発明の第3の実施形態を図7に従って説明する。なお、第3の実施形態は、ピストン62を車両幅方向における内側に吸引する方法などが第2の実施形態と異なっている。したがって、以下の説明においては、第1及び第2の各実施形態と相違する部分について主に説明するものとし、第1及び第2の各実施形態と同一構成には同一符号を付して重複説明を省略するものとする。
【0070】
図7に示すように、本実施形態のアジャスタナット68は、永久磁石によって構成されている。また、ピストン62は、アジャスタナット68からの磁力に吸引されるような磁性体(例えば、鉄などの金属)で構成されている。つまり、ピストン62には、アジャスタナット68によって、車両幅方向における内側への磁力(吸引力)が常に付与されている。この場合、アジャスタナット68が、ピストン62を車両幅方向における内側に吸引する吸引手段として機能すると共に、磁力によってピストン62を吸引する磁気手段としても機能する。
【0071】
本実施形態では、アジャスタナット68の先端681とピストン62の底部622とが接触している場合にアジャスタナット68がピストン62に付与する磁力が、ピストン62とピストンシール65との間に発生する摩擦力よりも大きくなるように、アジャスタナット68が構成されている。
【0072】
そのため、パーキングブレーキを解消させるべく、回転軸67が逆転方向に回転するように電動モータ66が駆動してアジャスタナット68が車両幅方向における内側に戻る場合、ピストン62は、アジャスタナット68に追随して車両幅方向における内側に戻る。この場合でも、アジャスタナット68の車両幅方向における内側への戻り量は規定量Hthとされているため、ピストン62の戻りすぎが規制される。したがって、本実施形態では、永久磁石によって構成されるアジャスタナット68、及び該アジャスタナット68を車両幅方向における内側に戻すべく駆動する電動モータ66により、ピストン62を車両幅方向における内側に戻すための戻し手段が構成される。
【0073】
その結果、パーキングブレーキが解除されると、ピストン62は、パーキングブレーキの解除前よりも車両幅方向における内側に規定量Hthだけ戻っている。そのため、パーキングブレーキの解除後における車両の発進時には、ピストン62がパッド51に当接している場合と比較して、運転手が感じる引きずり感が低減される。
【0074】
また、ピストン62の車両幅方向における内側への戻り量が規定量Hth以上にはならない。そのため、パーキングブレーキの解除後における運転手によるブレーキ操作によって車輪に制動力を付与する場合には、運転手によるブレーキペダル12の踏込みが開始されてから実際に制動力が付与され始めるまでの踏込み量のばらつきが抑制される。
【0075】
なお、運転手のブレーキペダル12の踏込みによるサービスブレーキ時には、アジャスタナット68がピストン62に付与する磁力よりも大きな力に相当するブレーキ液圧が液圧室64内に発生すると、ピストン62が、アジャスタナット68との間に発生する磁力に抗して車両幅方向における外側に摺動する。そして、ピストン62からの押圧によって各パッド51,52がディスクロータ50に摺接することにより、後輪に制動力が付与される。
【0076】
以上説明したように、本実施形態では、上記第1及び第2の各実施形態における効果(3)(5)と同等の効果に加え、以下に示す効果をさらに得ることができる。
(6)パーキングブレーキを解消させる場合、電動モータ66の駆動によってアジャスタナット68が車両幅方向における内側に戻される。このとき、アジャスタナット68がピストン62に付与する磁力によって、ピストン62は、アジャスタナット68に追随するように車両幅方向における内側に戻る。そして、アジャスタナット68の戻り量が規定量Hthに達して電動モータ66の駆動が停止されると、ピストン62の車両幅方向における内側への摺動は、ピストン62の底部622がアジャスタナット68の先端681に当接した時点で終了される。すなわち、ピストン62の戻しすぎを抑制することができる。したがって、パーキングブレーキ解除後における運転手によるブレーキ操作時に、ブレーキ操作が開始されてから実際に後輪に制動力が付与され始めるまでに要するブレーキ操作量のばらつきを抑制することができる。
【0077】
なお、上記各実施形態は以下のような別の実施形態に変更してもよい。
・第2の実施形態において、シリンダ本体61の筒状部610における内周面611に設ける溝部612の深さDを、「D1」としてもよい。この場合、パーキングブレーキの解除時に液圧室64内に発生させる負圧を、上記第2の実施形態の場合よりも大きな負圧にすることが好ましい。このように構成しても、液圧室64内に負圧を発生させることにより、ピストン62を車両幅方向における内側に戻すことができる。
【0078】
・第3の実施形態において、シリンダ本体61の筒状部610における内周面611に設ける溝部612の深さDを、「D1」としてもよい。この場合、アジャスタナット68から発生される磁力が上記第2の実施形態の場合よりも大きくなるように、アジャスタナット68を構成することが好ましい。このように構成しても、アジャスタナット68を車両幅方向における内側に戻す際に、ピストン62を、アジャスタナット68に追随するように車両幅方向における内側に戻すことができる。
【0079】
・第3の実施形態において、アジャスタナット68の先端681のみを磁石で構成してもよい。
・また、第3の実施形態において、ピストン62の底部622のみを磁性体で構成してもよい。
【0080】
・第3の実施形態において、アジャスタナット68を、磁石ではない磁性体(例えば、鉄やアルミニウムなどの金属)で構成すると共に、該アジャスタナット68の周辺に電磁コイルを設けてもよい。この場合、電磁コイルに電流が流れることにより、アジャスタナット68が電磁力を発生し、当該電磁力によってピストン62を車両幅方向における内側に吸引することができる。
【0081】
このように電磁コイルを設ける場合には、上記パーキング解除処理ルーチンをブレーキ制御装置16に実行させてもよい。この場合、ステップS13で、電磁コイルへの電流供給を開始し、ステップS15で、電磁コイルへの電流供給を停止させてもよい。この場合、上記第2の実施形態の効果(4)(5)と略同等の効果を得ることができる。
【0082】
・第2の実施形態において、パーキング解除処理ルーチンを、図8のフローチャートに示すように変更してもよい。すなわち、ブレーキ制御装置16は、ステップS10,S11,S12の各処理を順次行った後、位置検出センサ69からの検出信号に基づき検出されたアジャスタナット68とピストン62との距離Lが「0(零)」になったか否かを判定する(ステップS121)。距離Lが「0(零)」である場合(ステップS121:YES)、ディスクロータ50の倒れ及び揺動などによってピストン62が車両幅方向における内側に戻ったと判断できるため、ブレーキ制御装置16は、パーキング解除処理ルーチンを終了する。
【0083】
一方、距離Lが「0(零)」ではない場合(ステップS121:NO)、ピストン62を車両幅方向における内側に未だ戻すことができるため、ブレーキ制御装置16は、ステップS12の処理が行われてからの経過時間が規定時間Tthを経過したか否かを判定する(ステップS122)。この規定時間Tthは、車両走行が開始されてからある程度の時間(例えば、約5分)が経過してからステップS13以降の処理が開始されるように設定された時間である。
【0084】
そして、規定時間Tthを未だ経過していない場合(ステップS122:NO)、ブレーキ制御装置16は、その処理を前述したステップS121の処理に移行する。一方、規定時間Tthを経過した場合(ステップS122:YES)、ブレーキ制御装置16は、ステップS13,S14,S15の各処理を順次行い、その後、パーキング解除処理ルーチンを終了する。
【0085】
上記のような制御構成を採用した場合、アジャスタナット68が規定量Hthだけ車両幅方向における内側に戻されてから規定時間Tthが経過するまでの間に車両走行が開始し、ディスクロータ50の倒れ及び揺動に基づいた押圧力がパッド51を介してピストン62に付与されたときには、ブレーキアクチュエータ30を駆動させなくてもよいことがあり得る。すなわち、ディスクロータ50の倒れ及び揺動によって、ピストン62の底部622がアジャスタナット68の先端681に当接する位置まで戻った場合には、ピストン62をこれ以上車両幅方向における内側に戻さなくてもよい。そのため、ブレーキアクチュエータ30の駆動によって液圧室64内に負圧を発生させなくてもよい。したがって、上記第2の実施形態の場合と比較して、ブレーキアクチュエータ30の駆動回数の低減が可能となる。
【0086】
しかし、規定時間Tthが経過しても、ピストン62の底部622がアジャスタナット68の先端681に当接する位置まで戻らない場合には、ブレーキアクチュエータ30の駆動によって液圧室64内に負圧が発生される。これにより、上記第1の実施形態の場合と比較して、パーキングブレーキの解除が要求された場合には、ピストン62の底部622がアジャスタナット68の先端681に当接する位置までピストン62が戻る確率を高くすることができる。
【0087】
・第3の実施形態において、ブレーキアクチュエータ30の駆動によって液圧室64内に負圧を発生させてもよい。すなわち、アジャスタナット68からピストン62に付与される磁力によって、ピストン62を、その底部622がアジャスタナット68の先端681に当接するまで移動させることができないことがあり得る。
【0088】
この場合、アジャスタナット68の車両幅方向における内側への戻しが完了してからの経過時間が予め設定された所定時間以上経過しても、ピストン62の底部622がアジャスタナット68の先端681に当接しない場合には、ブレーキアクチュエータ30によって液圧室64内に負圧を発生させてもよい。これにより、上記第3の実施形態の場合と比較して、パーキングブレーキの解除が要求された場合には、ピストン62の底部622がアジャスタナット68の先端681に当接する位置までピストン62が戻す確率を高くすることができる。
【0089】
・各実施形態において、ブレーキアクチュエータを、液圧室64内を自動加圧できない一方で、液圧室64内を減圧させることが可能なブレーキアクチュエータとしてもよい。
・第1の実施形態において、ピストンシール65の内径とピストン62の筒状部620の外径との差である締代を小さくするために、従来のピストンシール(811)よりも内径が小さいピストンシールを用いてもよい。この場合、ピストンシールが設けられる溝部612の深さDを、従来の深さD1と同程度としてもよい。このように構成しても、上記第1の実施形態における効果と同等の効果を得ることができる。
【0090】
・第1及び第3の各実施形態において、電動モータ66の駆動による回転軸67の回転量を検出できるのであれば、回転軸67の回転量に基づきアジャスタナット68の移動量(戻し量)を推定することができるため、位置検出センサ69を設けなくてもよい。
【0091】
・各実施形態では、規定量Hthを一定値としたが、規定量Hthを車両の走行モードに応じた値に変更可能としてもよい。ここでいう「走行モード」とは運転手によって設定されるモードのことであり、「走行モード」としては、「スポーツモード」、「省エネモード」などが挙げられる。「スポーツモード」である場合には、他の走行モードの場合よりも、運転手の車両操作に敏感に反応するように、規定量Hthを、他の走行モードの場合よりも小さい値に設定してもよい。
【符号の説明】
【0092】
11…制動システム、14…電動ブレーキ装置、16…制御手段としてのブレーキ制御装置、30…戻し手段を構成するブレーキアクチュエータ(吸引手段)、50…戻し手段を構成するディスクロータ(回転体)、51…戻し手段を構成するパッド、54…摩擦材、61…シリンダ本体、611…対向面としての内周面、62…ピストン、621…対向面としての外周面、64…液圧室、65…シール部材としてのピストンシール、66…戻し手段を構成する電動モータ(電動アクチュエータ)、68…戻し手段を構成するアジャスタナット(移動体、吸引手段、磁気手段)、Hth…規定量、L…戻り量に相当する距離。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液圧室(64)内に発生したブレーキ液圧及び電動アクチュエータ(66)からの駆動力のうち少なくとも一方に基づいて車両幅方向における外側にピストン(62)を移動させることにより、車輪と一体回転する回転体(50)に摩擦材(54)を押し付け、当該車輪に制動力を付与する電動ブレーキ装置であって、
前記電動アクチュエータ(66)で発生した駆動力に基づいて車両幅方向に進退移動する移動体(68)と、
前記ピストン(62)に対して、車両幅方向における内側に戻す力を付与する戻し手段(50,51、30、66,68)と、
前記電動アクチュエータ(66)からの駆動力によって車輪に制動力を付与させるパーキングブレーキを解消させる場合に、前記移動体(68)の車両幅方向における内側への戻り量(L)が予め設定された規定量(Hth)となるように、前記電動アクチュエータ(66)を制御する制御手段(16)と、を備えることを特徴とする車両の電動ブレーキ装置。
【請求項2】
前記ピストン(62)は、車両の幅方向に進退移動可能にシリンダ本体(61)に支持され、前記ピストン(62)における前記シリンダ本体(61)との対向面(621)と前記シリンダ本体(61)における前記ピストン(62)との対向面(611)との間には、前記ピストン(62)と前記シリンダ本体(61)との間を介した前記液圧室(64)からのブレーキ液の漏出及び前記ピストン(62)と前記シリンダ本体(61)との間を介した外部から前記液圧室(64)内への気体の流入を規制するためのシール部材(65)が介在しており、
前記回転体(50)は、車輪と一体回転可能であると共に、前記摩擦材(54)に対して相対的に離れる方向への押圧力を付与するべく傾斜可能な状態で設けられており、
前記戻し手段は、前記回転体(50)と前記摩擦材(54)とを含んだ構成となっており、
前記ピストン(62)と前記シール部材(65)との間に発生する摩擦力が、車輪の回転時に前記回転体(50)によって前記摩擦材(54)に付与される押圧力よりも小さいことを特徴とする請求項1に記載の車両の電動ブレーキ装置。
【請求項3】
前記戻し手段は、前記ピストン(62)を車両幅方向における内側に吸引する吸引手段(30、68)を含むことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の車両の電動ブレーキ装置。
【請求項4】
前記ピストン(62)の少なくとも一部分は、磁性体で構成されており、
前記吸引手段は、磁力によって、前記ピストン(62)を吸引する磁気手段(68)を含むことを特徴とする請求項3に記載の車両の電動ブレーキ装置。
【請求項5】
前記移動体(68)の少なくとも一部は、前記ピストン(62)を吸引可能な磁石で構成されており、
前記移動体(62)が前記磁気手段として機能することを特徴とする請求項4に記載の車両の電動ブレーキ装置。
【請求項6】
請求項3に記載の電動ブレーキ装置(14)を備え、
前記吸引手段は、前記液圧室(64)内に負圧を発生させることが可能に構成されたブレーキアクチュエータ(30)を含むことを特徴とする車両の制動システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−113411(P2013−113411A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−262414(P2011−262414)
【出願日】平成23年11月30日(2011.11.30)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【Fターム(参考)】