説明

車両ステアリング用伸縮軸

【課題】 摺動抵抗を低減して安定した摺動荷重を実現すると共に、耐摩耗性を向上してガタ付きを確実に防止した車両ステアリング用伸縮軸の提供。
【解決手段】 この伸縮軸は、車両のステアリングシャフトに組込み、雄スプライン軸と雌スプライン軸を回転不能に且つ摺動自在に嵌合した車両ステアリング用伸縮軸において、前記雄スプライン軸と雌スプライン軸のいずれか一方の軸のスプライン嵌合部表面にナイロン樹脂の皮膜を形成し、且つ、基油としてポリα−オレフィンを及び増ちょう剤としてリチウム石けんを含むグリースを前記雄スプライン軸と雌スプライン軸の間に介在させ、グリースが40℃において20mm2/s以上の動粘度を有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動抵抗を低減して安定した摺動荷重を実現すると共に、耐摩耗性を向上してガタ付きを確実に防止した車両ステアリング用伸縮軸に関する。
【背景技術】
【0002】
図3に、一般的な自動車の操舵機構部を示す。図中のaとbが伸縮軸である。伸縮軸aは、雄スプライン軸と雌スプライン軸をスプライン嵌合したものであるが、このような伸縮軸aには自動車が走行する際に発生する軸方向の変位を吸収し、ステアリングホイール上にその変位や振動を伝えない性能が要求される。このような性能は、車体がサブフレーム構造となっていて、操舵機構上部を固定する部位cとステアリングラックdが固定されているフレームeが別体となっており、その間がゴムなどの弾性体fを介して締結固定されている構造の場合に要求されることが一般的である。また、その他のケースとして操舵軸継手gをピニオンシャフトhに締結する際に作業者が、伸縮軸をいったん縮めてからピニオンシャフトhに嵌合させ締結させるため伸縮機能が必要とされる場合がある。さらに、操舵機構の上部にある伸縮軸bも、雄スプライン軸と雌スプライン軸をスプライン嵌合したものであるが、このような伸縮軸bには、運転者が自動車を運転するのに最適なポジションを得るためにステアリングホイールiの位置を軸方向に移動し、その位置を調整する機能が要求されるため、軸方向に伸縮する機能が要求される。前述のすべての場合において、伸縮軸にはスプライン部のガタ音を低減することと、ステアリングホイール上のガタ感を低減することと、軸方向摺動動作時における摺動抵抗を低減することとが要求される。
【0003】
従来、伸縮軸a、bの雄スプライン軸のスプライン部に対して、ナイロン膜をコーティングし、さらに摺動部にグリースを塗布し、金属騒音、金属打音等を吸収または緩和すると共に摺動抵抗の低減と回転方向ガタの低減とを行ってきた。この場合、ナイロン膜を形成する工程としてはシャフトの洗浄→プライマー塗布→加熱→ナイロン粉末コート→粗切削→仕上げ切削→スプライン雌軸との選択嵌合が行われている。最終の切削加工は、既に加工済みのスプライン雌軸の加工精度に合わせてダイスを選択して加工を行う。伸縮軸の摺動荷重を最小に抑えつつガタをも最小に抑えることが必要である為、最終の切削加工では数ミクロンずつオーバーピン径サイズの異なるダイスを雌スプライン軸にあわせて選び出し加工することを余儀なくされ、加工コストの高騰を招来してしまう。また、使用経過によりナイロン膜の摩耗が進展して回転方向ガタが大きくなる。
【0004】
したがって、自動車用操舵軸に使用される伸縮軸において、回転方向ガタによる異音の発生と操舵感の悪化を長期に渡って抑制できる構造を簡単かつ安価に提供したいといった要望がある。
【0005】
このような要望に沿った改善策として、前述のようなナイロン膜の代わりに、雄スプライン軸及び雌スプライン軸の少なくともいずれか一方のスプライン部に二硫化モリブデンを含む薄膜を形成して、両者間の摺動抵抗を低減しつつ、ガタ付きを防止している(例えば、特許文献1参照)。しかしながら、上記改善策では、二硫化モリブデンを含む薄膜を形成する工程以前の雄スプライン軸と雌スプライン軸の加工精度管理を従来のナイロン皮膜を使ったものより厳しくしなければならない。
【特許文献1】特開2000−9148号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上述したような事情に鑑みてなされたものであって、摺動抵抗を低減して安定した摺動荷重を実現すると共に、耐摩耗性を向上してガタ付きを確実に防止した車両ステアリング用伸縮軸を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するため、本発明に係る車両ステアリング用伸縮軸は、車両のステアリングシャフトに組込み、雄スプライン軸と雌スプライン軸を回転不能に且つ摺動自在に嵌合した車両ステアリング用伸縮軸において、前記雄スプライン軸と雌スプライン軸のいずれか一方又は双方の軸のスプライン嵌合部表面にナイロン樹脂の皮膜を形成し、且つ、少なくとも基油と増ちょう剤を含むグリースを前記雄スプライン軸と雌スプライン軸の間に介在させ、前記基油が合成炭化水素油と鉱油からなる群から選択される少なくとも1種の炭化水素油を含むと共に40℃において20mm2/s以上の動粘度を有し、前記増ちょう剤が金属石けん又は金属複合石けんを含むことを特徴とする。
【0008】
本発明において、雄スプライン軸と雌スプライン軸の嵌合部表面のナイロン樹脂の皮膜は、摺動部の摩擦低減の観点で、どちらか一方の軸のスプライン嵌合部表面に形成せしめることが好ましい。
【0009】
雄スプライン軸と雌スプライン軸の摺動時に発生する摩擦カに及ぼす要因につき考察する。 図4の左側の図に示すように、摺動する両方のスプライン軸のスプライン嵌合部面にナイロン樹脂の皮膜が形成されていると、ナイロン樹脂のアミド結合の極性に由来して、両方のスプライン軸のスプライン嵌合部表面の間に電気的な作用が生じ、摩擦が大きくなってしまう。一方、図4の右側の図に示すように、摺動する両方のスプライン軸のスプライン嵌合部表面の片側の面を金属にした場合、ナイロン樹脂のアミド結合間の相互干渉が回避されるため、摩擦力が小さくなり、摺動が滑らかになる。
【0010】
摺動時の摩擦カに及ぼす別の要因として、スプライン嵌合部の表面粗さが挙げられる。本発明において、摺動する両方のスプライン軸のスプライン嵌合部表面の片側の面を金属にした場合、摺動部の金属側の表面粗さが最大高さRyで13μm以下であれば好適に使用できることを発見した。Ryが10μm以下であればより好ましく、8μm以下が最適条件である。
【0011】
本発明の基油は、合成炭化水素油と鉱油からなる群から選択される少なくとも1種の炭化水素油を必須成分として含有し、必要に応じて他の種類の油を混合する。合成炭化水素油は、例えばポリα‐オレフィン(以下、PAOとも云う。)を用いる。これらは、極性が小さくナイロン樹脂に対する、膨張、強度低下等の悪影響が少ない。但し、本発明においては、耐油性の強いナイロン樹脂を皮膜に用いているので、ナイロン樹脂に対する基油の濡れ性を改善する等の目的で、エステル油やアルキルジフェニルエ一テル油等の極性を有する潤滑油を少量基油に混合しても構わない。その場合、合成炭化水素油と鉱油からなる群から選択される少なくとも1種の炭化水素油の基油全量に対する含有量が70重量%以上であれば、ナイロン樹脂皮膜に対する致命的な影響を何ら有することなく、好適に使用できる。本発明の基油は、動粘度が40℃において20mm2/s以上である。基油の動粘度が40℃において20mm2/s未満であると摩擦係数が上昇し、耐久性が劣化する。
【0012】
本発明の増ちょう剤の金属石けん又は金属複合石けんは、図5に示すように、図5の下部に示すナイロン樹脂表面のアミド結合と上部に示す金属石けん又は金属複合石けんの極性基の極性とに由来する電気的な弱結合を形成し、ナイロン樹脂表面に金属石けん又は金属複合石けんのアルキル鎖、例えばCH3(CH216−、CH3(CH25CH(OH)(CH210−等を主体とする金属石けん又は金属複合石けんの皮膜を形成する。また金属表面にも増ちょう剤としての金属石けんが吸着し、同様にアルキル鎖を主体とする金属石けんの皮膜を形成する。これらのアルキル鎖を主体とする金属石けん又は金属複合石けんの皮膜は表面エネルギーが小さく低摩擦である。また、この皮膜形成の結果ナイロン樹脂に対する炭化水素油等の基油の濡れ性が改善し、油膜の形成が強固となる。以上説明したように、油膜の強度を増し、また、例え油膜が破断した場合においても、アルキル鎖長を主たる構成要素とする、低摩擦の金属石けん又は金属複合石けんの皮膜を介することによって、雄軸と雌軸の間の直接接触による摩擦の増大を回避する。
【0013】
本発明の金属石けん又は金属複合石けんの金属元素の種類は任意であるが、リチウム、亜鉛、カルシウム、バリウム、アルミニウム等が特に好ましい。金属石けん又は金属複合石けんの脂肪酸基、特に高級脂肪酸基の種類は任意であるが、ステアリン酸、12−ヒドロキシステアリン酸、アゼライン酸が特に好ましい。
【0014】
以下、本発明の一実施形態に係る車両ステアリング用伸縮軸を、図面を参照しつつ説明する。
【0015】
図1は、本発明の一実施形態に係る車両ステアリング用伸縮軸の分解斜視図である。図2(a)は、図1に示した車両ステアリング用伸縮軸の雄スプライン軸の横断面図であり、図2(b)は、同伸縮軸の雌スプライン軸の横断面図である。
【0016】
図1及び図2に示すように、車両ステアリング用伸縮軸は、相互にスプライン嵌合した雄スプライン軸1と雌スプライン軸2とからなる。雄スプライン軸1のスプライン部表面と雌スプライン軸2のスプライン部表面の何れか一方には、ナイロン樹脂の皮膜3a、又は3bが形成している。
【0017】
この皮膜3a、3bは、例えば、10〜1000μmの範囲で適宜に設定される。
【発明の効果】
【0018】
以上説明したように、本発明によれば、雄スプライン軸と雌スプライン軸のいずれか一方の軸の又は双方の軸のスプライン嵌合部表面に、ナイロン樹脂の皮膜が形成してあり、且つ、摩擦低減能に優れたグリースを雄スプライン軸と雌スプライン軸の間に介在させ、且つ、雄スプライン軸及び雌スプライン軸の形状を低摺動、高耐久性の観点から最適化しているために、ガタ付きを長期間防止し、しかも低摩擦で摺動できるスプライン構造を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明において、雄スプライン軸と雌スプライン軸のスプライン嵌合部表面のナイロン樹脂の皮膜は、摺動部の摩擦低減、加工上の手間、及びコストを考慮すると、雄スプライン軸の表面にのみ形成することがより好ましい。
【0020】
増ちょう剤の配合量は、前記した機能を考慮すれば、ある程度多めにすることが好ましいが、そのためにグリースが硬化しすぎると取り扱いが難しくなる。したがって、金属石けん又は金属複合石けんを含む増ちょう剤の機能を補填するために油溶性の油性剤をグリース中に配合しておくことは有効な措置である。但し、油性剤の類はナイロン樹脂に対して膨潤、強度低下等の悪影響を及ぼすことがあるので、その選定には慎重を期さねばならない。
【0021】
本発明者は、油性剤として、一般式RSO3Mで示されるスルフォン酸塩を含み、式中、Rがアルキル基と、アルキルベンゼン基と、ジノニルナフタレン基とからなる群から選ばれる少なくとも1種の基を含むと共にMが亜鉛と、バリウムと、カルシウムとからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含むことが好ましいことを見出した。油性剤として特に、ジノニルナフタレンスルフォン酸塩等が本発明の課題を満たし、好適であることを発見した。特に亜鉛、バリウム、カルシウムのスルフォン酸塩は摩擦低減に効果的である。スルフォン酸塩の添加量としては、グリース全量に対して0.03〜4.0重量%であるのが好ましい。0.03重量%未満であると効果に乏しく、4.0重量%よりも多いとナイロン樹脂に対する悪影響が顕著化しはじめる。
【0022】
グリースに対して、ワックス又はフッ素樹脂等を配合することも、本願発明の伸縮軸の低摩擦化に有効である。ワックスとしは、ポリエチレン、ポリプロピレン、モンタン酸部分ケン化エステルワックス、脂肪酸アマイド等を用いる。フッソ樹脂としては、ポリテトラフルオロエチレン等である。数種類のワックス、数種類のフッソ樹脂、又は数種類のワックスとフッソ樹脂を併用してもよい。これらの化合物は、固体潤滑剤として機能し、摺動面で低せん断応力で自壊、変形、へき開することによって摩擦低減を達成する。これらの固体潤滑剤の添加量はグリース全量に対して1.0〜10.0重量%であることが好ましい。1.0重量%未満であると効果に乏しい。10.0重量%より多くても構わないが、量に見合うだけの効果が発現せず、コスト上不利である。
【0023】
本発明のグリースは、少なくとも基油と増ちょう剤を含むが、油性剤、固体潤滑剤の他に、必要に応じて耐摩耗剤、酸化防止剤、錆止め剤、粘着剤、及び構造安定剤等を含んでもよい。
【0024】
本発明のグリースを雄スプライン軸と雌スプライン軸の間に介在させる場合、グリースの量は、従来から採用されている量であり、特に限定されない。
【0025】
図2に示した雄スプライン軸の断面図の外形は、歯車状であるが、本発明においてはこの形を必ずしも踏襲する必要はない。雄スプライン軸と雌スプライン軸の間の軸方向の摺動を阻害せず、且つ動力伝達がスムーズに実行できる形状であればよいのである。当業者は、本発明に好適に使用できる種々の雄スプライン軸の断面図を示すことができる。
【0026】
雄スプライン軸の外接円の直径Roと断面図の中心を中心とする内接円の直径Riの比Ri/Roは0.5〜0.99であるのが好ましい(図6参照)。0.5よりも小さいと、捻り応力等に対する雄スプライン軸の強度が低下してしまい好ましくない。更に、削り加工の場合、加工時の削り代が増大するので製造コスト上も不利である。Ri/Roが0.99より大きいと十分な負荷容量が得られず過大なトルクを伝達するときに破損する可能性があり、最悪の場合、雄スプライン軸と雌スプライン軸の間の動力伝達が実現できず空転する(図6参照)。
【0027】
雄スプライン軸の軸方向に垂直に見て、雄スプライン軸の断面外径におけるスプライン嵌合部が、雄スプライン軸外形上に60°未満の鋭角形状が存在しないようにすることが好ましい。同様に、雌スプライン軸の軸方向に垂直に見て、雌スプライン軸の断面内径におけるスプライン嵌合部が、雌スプライン軸の外形上に60°未満の鋭角形状が存在しないようにすることが好ましい。スプライン嵌合部にその様な鋭角形状部位が存在すると応力集中が発生し、該部位にてナイロン樹脂皮膜が破損する可能性がある。
【0028】
さらに、雄スプライン軸の軸方向に垂直に見て、雄スプライン軸外径においてスプライン嵌合部を形成する部分の全長が2πRi×5以下であるとより好適である。雄スプライン軸外径の全長が2πRi×5よりも大きいと接触面積の増大から摩擦力が増してしまう。
【実施例】
【0029】
図2に示す断面形状を有するスプライン嵌合部にグリースを塗布し、軸方向に往復摺動を為さしめたときの摩擦係数を機器により測定した。また、摺動回数5000回毎に雄スプライン軸と雌スプライン軸の間のガタ付きを測定し、ガタ付きが100μmを超えた時点における経過時間を耐久寿命とした。得られた結果を表1と表2に示す。表1と表2に摩擦係数と耐久寿命の測定結果を、比較例1の測定結果で得られたこれらの値に対する比として示した。
【0030】
いずれの例の場合も、雄スプライン軸にのみナイロン樹脂の皮膜を形成した。雌スプライン軸のスプライン嵌合部の表面粗さは、最大高さRyで10μmである。雄スプライン軸の軸方向に垂直に見て、前記雄スプライン軸の外接円の直径Roと断面中心を中心とする内接円の直径Riの比Ri/Roは0.8である。 雄スプライン軸の軸方向に垂直に見て、前記雄スプライン軸の断面外径における前記スプライン嵌合部が、全長2×π×40×5mm以下である。また、いずれの測定条件も摺動速度は0.5m/s、雰囲気温度は室温である。動粘度は、JISのK2283の方法に従って測定した。摩擦係数は、雄軸端面に取り付けたロードセルで摩擦力を検出することによって測定した。
【0031】
実施例に用いたPAOは、全てモービル・ケミカル・プロダクツ・インターナショナル・インク社製である。実施例1〜4、7〜21、比較例1、3のPAOは、Mobil SHF101とMobil SHF82の混合物である。実施例5のPAOは、Mobil SHF403とMobil SHF101の混合物である。実施例6のPAOは、Mobil SHF61とMobil SHF41の混合物である。比較例2のPAOは、Mobil SHF20とMobil SHF41の混合物である。鉱油は、SUN100N(日本サン石油製)とSUN500N(日本サン石油製)の混合物である。
【0032】
実施例に用いた増ちょう剤は以下の通りである。リチウム石けんは、実施例1、5〜19、比較例2、3では、ステアリン酸リチウムを、実施例20では、12ヒドロキシステアリン酸リチウムである。実施例21のリチウム複合石けんは、12ヒドロキシステアリン酸リチウム75重量部とアゼライン酸リチウム25重量部である。実施例2のアルミニウム石けんは、ステアリン酸アルミニウムである。実施例3のカルシウム石けんは、ステアリン酸カルシウムである。実施例4のナトリウム石けんはいずれもステアリン酸ナトリウムである。
【0033】
実施例に用いた油性剤は、いずれもキング工業(KING INDUSTRIES)社で製造された商品を使用した。実施例8、12、21、比較例3のスルフォン酸バリウムは、同社の商品名Na−sul BSNである。実施例9のスルフォン酸亜鉛は、同社の商品名Na−sul ZSである。実施例10、19、20のスルフォン酸カルシウムは、同社の商品名Na−sul 729である。実施例11のスルフォン酸ナトリウムは、同社の商品名Na−sul SSである。
【0034】
各実施例と比較例のグリースの塗布量は、嵌合部全域に0.02g/cm2となるように調整した。
【0035】
混和ちょう度は、調製したグリースのちょう度のことであり、JISのK2220(5・3)の方法により測定した。
【0036】
【表1】

【0037】
【表2】

実施例1〜4と比較例1との比較によって、金属石けんを増ちょう剤とするグリースが低摩擦化、耐久寿命向上に効果を奏することがわかる。スプライン嵌合部の摩擦が低減されると、ナイロン樹脂の皮膜にかかる負荷が軽減されるため、ナイロン樹脂の摩耗,剥離が抑制される。
【0038】
実施例6と比較例2の比較から、基油動粘度が40℃において20mm2/s未満であると摩擦係数が上昇し、耐久性が劣化することがわかる。油膜の構成が不充分となるためであると考えられる。
【0039】
実施例12と比較例3の比較から、スルフォン酸塩の添加量がグリース全量に対して4.0重量%よりも多くなると、スルフォン酸塩のナイロン樹脂に対する攻撃性が顕在化して耐久寿命が低下することがわかる。
【0040】
実施例1の組成のグリースを潤滑用途に使用して、雌スプライン軸のスプライン嵌合部の表面粗さを変化させた場合の摩擦係数の変化を観察した。雄スプライン軸にはナイロン樹脂の皮膜を形成してある。結果を図7に示す。但し、図7においては、最大高さRyが25μmである場合の摩擦係数を基準に各測定値を比として示してある。図7から、スプライン嵌合部の表面粗さがRyで、13μm以下であることが低摺動性を実現せしめる上で必要な条件であると判断できる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明の一実施の形態に係る車両ステアリング用伸縮軸の分解斜視図である。
【図2】(a)は、図1に示した車両ステアリング用伸縮軸の雄スプライン軸の横断面図であり、(b)は、同伸縮軸の雌スプライン軸の横断面図である。
【図3】一般的な自動車の操舵機構部の側面図である。
【図4】摺動面の両面がナイロン樹脂である場合(左側図)と片面がナイロン樹脂であり他方の片面が金属である場合(右側図)との摺動面のアミド結合の電気的作用を示す。
【図5】下部にナイロン樹脂膜の化学式を上部に金属石けんの化学式をいずれも模式的に示し、アミド結合と極性に由来する電気的な結びつきを示す。
【図6】雄スプライン軸の外接円と内接円の直径を示す。
【図7】雄スプライン軸にナイロン樹脂の皮膜を形成し、雌スプライン軸の金属の表面粗さを変化させた場合の摩擦係数を示す。
【符号の説明】
【0042】
1 雄スプライン軸(雄軸)
2 雌スプライン軸(雌軸)
3a、3b ナイロン樹脂の皮膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両のステアリングシャフトに組込み、雄スプライン軸と雌スプライン軸を回転不能に且つ摺動自在に嵌合した車両ステアリング用伸縮軸において、前記雄スプライン軸と雌スプライン軸のいずれか一方又は双方の軸のスプライン嵌合部表面にナイロン樹脂の皮膜を形成し、且つ、少なくとも基油と増ちょう剤を含むグリースを前記雄スプライン軸と雌スプライン軸の間に介在させ、前記基油が合成炭化水素油と鉱油からなる群から選択される少なくとも1種の炭化水素油を含むと共に40℃において20mm2/s以上の動粘度を有し、前記増ちょう剤が金属石けん又は金属複合石けんを含むことを特徴とする車両ステアリング用伸縮軸。
【請求項2】
前記グリース中に前記合成炭化水素油と鉱油からなる群から選択される少なくとも1種の炭化水素油を前記基油全量に対して70重量%以上含有することを特徴とする、請求項1記載の車両ステアリング用伸縮軸。
【請求項3】
前記金属石けん又は金属複合石けんが、ステアリン酸と、12−ヒドロキシステアリン酸と、アゼライン酸とからなる群から選択される少なくとも1つの高級脂肪酸基と、リチウムと、亜鉛と、カルシウムと、バリウムと、アルミニウムとからなる群から選択される少なくとも1種の金属元素とからなることを特徴とする、請求項1又は2のいずれか1項記載の車両ステアリング用伸縮軸。
【請求項4】
前記雄スプライン軸と雌スプライン軸の一方の軸の前記スプライン嵌合部表面に前記ナイロン樹脂の皮膜を形成し、且つ、前記ナイロン樹脂の皮膜を形成していない他方の軸の前記スプライン嵌合部の表面粗さが最大高さRyで13μm以下であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項記載の車両ステアリング用伸縮軸。
【請求項5】
前記一方の軸が雄スプライン軸であることを特徴とする、請求項4記載の車両ステアリング用伸縮軸。
【請求項6】
前記雄スプライン軸の軸方向に垂直に見て、前記雄スプライン軸の外接円の直径Roと断面中心を中心とする内接円の直径Riの比Ri/Roが0.5〜0.99であることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項記載の車両ステアリング用伸縮軸。
【請求項7】
前記雄スプライン軸の軸方向に垂直に見て、前記雄スプライン軸の断面外径における前記スプライン嵌合部が、全長で2πRi×5以下であり、且つ、前記雌スプライン軸の外形上に60°未満の鋭角形状を有しないことを特徴とする、請求項1〜6のいずれか1項記載の車両ステアリング用伸縮軸。
【請求項8】
前記雌スプライン軸の軸方向に垂直に見て、前記雌スプライン軸の断面内径における前記スプライン嵌合部が、前記雌スプライン軸の外形上に60°未満の鋭角形状を有しないことを特徴とする、請求項1〜7のいずれか1項記載の車両ステアリング用伸縮軸。
【請求項9】
前記グリースが、油性剤として、一般式RSO3Mが示すスルフォン酸塩を含有し、式中、Rがアルキル基と、アルキルベンゼン基と、ジノニルナフタレン基とからなる群から選ばれる少なくとも1種の基を含むと共にMが亜鉛と、バリウムと、カルシウムとからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含むことを特徴とする、請求項1〜8のいずれか1項記載の車両ステアリング用伸縮軸。
【請求項10】
前記グリースが、油性剤として、一般式RSO3Mが示すスルフォン酸塩を含有し、式中、Rがジノニルナフタレン基である、請求項9記載の車両ステアリング用伸縮軸。
【請求項11】
前記グリースが、油性剤として、前記一般式RSO3Mが示すスルフォン酸塩を前記グリース全量に対して0.03〜4.0重量%含有することを特徴とする、請求項9又は10のいずれか1項記載の車両ステアリング用伸縮軸。
【請求項12】
前記グリースが、ワックスとフッ素樹脂からなる群から選択される少なくとも1つの固体湿潤剤を前記グリース全量に対して1.0〜10.0重量%含有することを特徴とする、請求項1〜11のいずれか1項記載の車両ステアリング用伸縮軸。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−123820(P2006−123820A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−316963(P2004−316963)
【出願日】平成16年10月29日(2004.10.29)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】