説明

車両用コンプレッサのトルク推定方法及びトルク制御装置

【課題】空調用冷媒のR134a、HFO1234yf等を使用したコンプレッサのトルク推定方法及び装置を提供する。
【解決手段】車両エンジンにより駆動される車両用空調装置の冷凍サイクルのコンプレッサにおいて、吐出エンタルピーと吸入エンタルピーの差と、コンプレッサ流量との積により、コンプレッサの理論動力を演算して、コンプレッサの実動力を演算するトルク推定方法において、実容量の単位容量当たりの理論トルクを、コンプレッサ吸入温度に対して一定として、理論動力を演算する理論動力演算段階と、理論動力に基づいて、体積効率、圧縮効率、及び、機械効率から、コンプレッサの実動力を演算する実動力演算段階を具備することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、空調用冷媒のR134a、HFO1234yf(ハイドロフルオロオレフィン)等を使用したコンプレッサのトルク推定方法及びトルク制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に述べられているように、車両空調装置用の冷凍サイクル装置は、冷媒を圧縮するコンプレッサと、コンデンサ(凝縮器)と、レシーバ(気液分離器)と、膨張弁と、エバポレータ(蒸発器)から構成されている。コンプレッサにより吐出された冷媒は、コンデンサ、膨張弁、エバポレータの順に流れ、コンプレッサに吸入される。このような冷凍サイクル装置において、車両に搭載されたエンジンによってコンプレッサを駆動する場合、コンプレッサはエンジンの負荷となっているため、エンジンはコンプレッサを駆動するための余分なエネルギを必要とする。
【0003】
このため、車両の燃料消費低減の観点から、エンジンの出力は、その負荷であるコンプレッサの運転状態に応じて制御する必要がある。すなわち、コンプレッサのトルクを考慮し、そのトルクを余分に発生するように、エンジンの出力を制御する。例えば、アイドリング時に、コンプレッサのトルク分(アイドルアップ量)だけ上乗せするようなエンジンの出力制御が行われる。このように、エンジンによってコンプレッサを駆動する場合には、コンプレッサのトルクを正確に推定することが重要となる。
【0004】
特許文献2に述べられているように、車両の燃料消費低減への要請が増加している昨今において、車載用補機で必要となるトルクをエンジンコントロールユニット(ECU)へレポートし、このECUによりエンジンと車載用補機とが最小限必要とするトルクに見合うように燃料噴射量を制御することは、燃料消費量を低減する上で有用な制御である。このため、車載用補機の中で消費動力が大きいエアコン用圧縮機のトルクを適切に推定することは重要な課題である。
特許文献1、2に見られる従来技術では、流量センサなどの流量を検知するデバイスを使用し、流量と高圧と低圧を検知してトルクを推定するものである。しかしながら、流量を検知するデバイスを追加すると、コストや体格が嵩み不利になってしまっていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−023581号公報
【特許文献2】特開2006−272982号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】カーエアコン研究会編「カーエアコン」(東京電機大学出版局、2010年5月20日)18、97〜99頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記問題に鑑み、既存の機器のセンサを活用して正確なトルク推定の算出を行うトルク推定方法及びトルク制御装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、請求項1の発明は、車両エンジンにより駆動される車両用空調装置の冷凍サイクルのコンプレッサにおいて、吐出エンタルピー(Hd)と吸入エンタルピー(Hs)の差(ΔH)と、前記コンプレッサ流量(Gr)との積により、前記コンプレッサの理論動力(Lth)を演算して、前記コンプレッサの実動力(L)を演算するトルク推定方法において、コンプレッサ吸入圧(Ps)、コンプレッサ吐出圧(Pd)、前記コンプレッサの回転数(Nc)、前記コンプレッサの実容量(Vcc)を入力する段階と、前記実容量(Vcc)の単位容量当たりの理論トルクを、前記コンプレッサ吸入温度Tsに対して一定として、前記理論動力(Lth)を演算する理論動力演算段階と、前記理論動力(Lth)に基づいて、前記コンプレッサに関する体積効率(ηv)、圧縮効率(ηc)、及び、機械効率(ηm)から、前記コンプレッサの実動力(L)を演算する実動力演算段階と、前記実動力(L)を、前記車両エンジンのエンジン軸トルクへ変換する段階、を具備するトルク推定方法である。
【0009】
これにより、コンプレッサ吸入温度Tsの温度センサを不要として、既存の機器にセンサを追加することなく、吸入温度の影響を相殺しPd、Psから精度よく正確なトルク推定の算出を行うことができる。
【0010】
請求項2の発明は、請求項1の発明において、前記コンプレッサ吸入圧(Ps)を、前記冷凍サイクルのエバポレータのフィンサーミスタの温度(Tefin)により推定し、前記コンプレッサ吐出圧(Pd)を、前記冷凍サイクルのコンデンサの出口圧力(Ph)により推定したことを特徴とする。これにより、既存の機器にセンサを追加することなく正確なトルク推定の算出を行うことができる。
【0011】
請求項3の発明は、請求項1又は2の発明において、前記理論動力算出段階において、前記実容量(Vcc)当たりの前記理論トルクを、前記コンプレッサ吸入圧(Ps)、及び、前記コンプレッサ吐出圧(Pd)に対するマップにより算出したことを特徴とする。
【0012】
請求項4の発明は、請求項1から3のいずれか1項記載の発明において、前記実動力算出段階において、前記コンプレッサに関する、前記体積効率をηv、前記圧縮効率をηc、前記機械効率をηmとしたときに、(ηc×ηm)/ηvなる効率マップ(ηmap)を、前記コンプレッサ吐出圧(Pd)と前記コンプレッサ吸入圧(Ps)との差圧、及び、前記コンプレッサの回転数(Nc)に対するマップにより算出したことを特徴とする。
【0013】
請求項5の発明は、請求項1から4のいずれか1項記載の発明において、前記コンプレッサが、可変容量形であって、前記実容量(Vcc)を検知するセンサを有することを特徴とする。請求項1の発明の効果に加えて、コンプレッサの容量をセンシングするディバイスを付属させたコンプレッサでは、容量を変化させることにより、狙いのトルクに変化させることができるため、より正確なエンジンとの協調制御が可能となる。
【0014】
請求項6の発明は、請求項1から5のいずれか1項記載の発明において、前記コンプレッサが、可変容量形であって、アイドル運転時には、前記コンプレッサをON、OFF制御したことを特徴とする。これにより、可変容量形(段階可変コンプレッサを含む)であっても、車両のアイドル運転時において、前記コンプレッサをON、OFF制御すれば、コンプレッサの容量が0%と、100%に設定されて、コンプレッサの容量が既知となるので、既存の機器にセンサを追加することなく正確なトルク推定の算出を行うことができる。
【0015】
請求項7の発明は、請求項1から4のいずれか1項記載の発明において、前記実容量(Vcc)が固定値であることを特徴とする。これにより、コンプレッサ容量が、固定なので、既存の機器にセンサを追加することなく、吸入温度の影響を相殺しPd、Psから正確なトルク推定の算出を行うことができる。
【0016】
請求項8の発明は、車両エンジンにより駆動される車両用空調装置の冷凍サイクルのコンプレッサに対するトルク制御装置であって、吐出エンタルピー(Hd)と吸入エンタルピー(Hs)の差(ΔH)と、前記コンプレッサ流量(Gr)との積により、前記コンプレッサの理論動力(Lth)を演算して、前記コンプレッサの実動力(L)を演算するトルク制御装置において、コンプレッサ吸入圧(Ps)、コンプレッサ吐出圧(Pd)、前記コンプレッサの回転数(Nc)、前記コンプレッサの実容量(Vcc)を入力し、前記実容量(Vcc)の単位容量当たりの理論トルクを、前記コンプレッサ吸入温度Tsに対して一定として、前記理論動力(Lth)を演算し、前記理論動力(Lth)に基づいて、前記コンプレッサに関する体積効率(ηv)、圧縮効率(ηc)、及び、機械効率(ηm)から、前記コンプレッサの実動力(L)を演算し、前記実動力(L)を、前記車両エンジンのエンジン軸トルクへ変換するように制御するトルク制御装置である。これにより、既存の機器にセンサを追加することなく正確なトルク推定の算出を行うことができる。
【0017】
請求項9の発明は、請求項8の発明において、前記コンプレッサ吸入圧(Ps)を、前記冷凍サイクルのエバポレータのフィンサーミスタの温度(Tefin)により推定し、前記コンプレッサ吐出圧(Pd)を、前記冷凍サイクルのコンデンサの出口圧力(Ph)により推定したことを特徴とする。
【0018】
なお、上記に付した符号は、後述する実施形態に記載の具体的実施態様との対応関係を示す一例である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】モリエル線図上で、理論エンタルピー差ΔHを求める方法を説明する説明図である。
【図2】エンタルピー差ΔHと冷媒流量Grを模式的に表示した基礎技術の説明図である。
【図3】(a)は、吸入温度に対する、エンタルピー差ΔHと冷媒理論流量Grと理論トルクTthとの関係を示す一例としての計算結果(Vcc=140ccでの値)である。(b)は、乾度に対する、エンタルピー差ΔHと冷媒理論流量Grと理論トルクTthとの関係を示す一例としての計算結果(Vcc=140ccでの値)である。
【図4】本発明の一実施形態を示す模式的ブロック線図である。
【図5】吐出圧Pdが、0.5〜3MPaの場合において、吸入圧Psの変化に対する理論動力Lthを求めたグラフである。
【図6】本発明の一実施形態のフロ−チャートである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照して、本発明の一実施形態を説明する。各実施態様について、同一構成の部分には、同一の符号を付してその説明を省略する。従来技術に対する各実施態様の同一構成の部分には、同様に同一の符号を付してその説明を省略する。本発明の各実施形態が、本発明の基礎となった基礎技術に対しても同一構成の部分には同一の符号を付してその説明を省略する。
【0021】
本発明の一実施形態を説明する前に、まずコンプレッサの理論動力Lthを求める基本式について説明する。理論動力Lthは、断熱圧縮理論より断熱係数κを用いてPV線図で囲まれた仕事量から求める方法も知られている(非特許文献1、98、99頁参照)。 これに対して、本発明の基礎となる基礎技術では、従来技術と同様に、コンプレッサの理論動力Lthをコンプレッサに対する次の基本式から求めている。
理論流量(質量)=吸入密度×コンプレッサ容量×回転数
理論エンタルピー差=(吐出エンタルピー)−(吸入エンタルピー)
理論動力=理論流量×理論エンタルピー差
【0022】
これらの基本式は、次のように単位を設定すると、以下に述べる(1)〜(3)式で表すことができる。
Lth:理論動力(KW)、Tth:理論トルク(N・m)、Nc:コンプレッサ回転数(rpm)、ω:角速度(rad/sec、ω=2πNc/60)、Hd:吐出エンタルピー(J/kg)、Hs:吸入エンタルピー(J/kg)、ΔH:コンプレッサの入口と出口の理論エンタルピー差(J/kg)、Gr:冷媒の理論流量(Kg/hour)、Vcc:コンプレッサ容積(実容積)(cc)、ρs:コンプレッサの入口の吸入密度(Kg/m3
【0023】
Gr=ρs×(Vcc/106)×Nc×60・・・(1)
ΔH=Hd−Hs・・・(2)
Lth=ΔH×Gr・・・(3)
一方、理論動力(KW)は、理論トルク(N・m)と角速度ω=2πNc/60(rad/sec)を用いて次のように表せる。
Lth×1000(W)=ωTth=(2πNc/60)Tth
Tth=(Lth×60000)/(2πNc)・・・(4)
したがって、上記(1)〜(3)式から、理論冷媒流量Gr、理論エンタルピー差ΔH、理論動力Lthが求められれば、(4)式から理論トルクTthを求めることができる。なお、冷媒の理論流量(Kg/hour)は、コンプレッサの入口の時間当たりの質量で求めているが、出口においてもこの質量に変化はない。
【0024】
理論エンタルピー差ΔHの求め方についても、念のため付記しておく。
図1は、モリエル線図(p−h線図)上で、理論エンタルピー差ΔHを求める方法を説明する説明図である。基本的な冷凍サイクルでは、図1に示すように、コンプレッサは、エバポレータ(蒸発器)で蒸発した冷媒ガスを吸込み圧縮することになるが、理想的な断熱圧縮では等エントロピーで圧縮されるため図1のa点から、モリエル線図上の等エントロピー線に沿ってb点まで変化する。コンデンサでは一定圧力でガス冷媒が冷却され、コンデンサ出口(点c)では完全に液化する。その後膨張弁で断熱膨張して、エバポレータ入口の点dに至り、エバポレータ内で蒸発して点aに至り、冷凍サイクルが繰り返される。
【0025】
理論エンタルピー差ΔHを求めるためには、コンプレッサ吸入温度Ts、吸入圧Ps、吐出圧Pdがわかればよい。図1に見られるように、モリエル線図上(等圧線、等温線、等エントロピー線が存在)で、吸入圧Psの等圧線を伸ばして、コンプレッサ吸入温度Tsの等温線との交点が、上記点aであり、点aから等エントロピー線を探して、この等エントロピー線と、吐出圧Pdの等圧線との交点が、上記点bである。
したがって、理論エンタルピー差ΔHを求めるためには、冷媒のモリエル線図により、コンプレッサ吸入温度Ts、吸入圧Ps、吐出圧Pdによって求めることができる。この際、吐出温度Tdは不要である。
【0026】
すなわち、式(2)の理論エンタルピー差ΔHは、次の式によって表すことができる。
ΔH=Hd(Ts、Ps、Pd)−Hs(Ts、Ps)・・・(5)
ここで、Hsは、Ts、Psの関数である。また、上述したように、Hdは、Ts、Psによって求められる等エントロピー線上にあるので、Hdは、Ts、Ps、Pdの関数となる。
また、モリエル線図には、等比体積線が存在する。コンプレッサ吸入温度Tsがわかれば、点aにおける比容量vsが求められるので、コンプレッサの入口の吸入密度ρs(Kg/m3)も求めることができる。
【0027】
本発明の基礎となった基礎技術においては、コンプレッサの理論動力Lthは、吸入圧Ps、吐出圧Pdのみならず、コンプレッサ吸入温度Tsの検知が必要であった。
式(1)、(5)はいずれもコンプレッサ吸入温度Tsの値の影響を受ける。図2は、エンタルピー差ΔHと冷媒流量Grを模式的に表示した基礎技術の説明図である。吸入温度Tsが上がると流量Grが減る。吸入温度Tsが上がるとΔHが増える。
【0028】
このように、本発明の基礎となった基礎技術においても、既存のシステムには存在しない、コンプレッサ吸入温度Tsの温度センサを、新たに追加する必要がある。しかしながら、車両の場合には、吸入温度Tsの温度センサは追加できず、しかも、温度センサの応答速度が遅いため、吸入温度を無視して推定する方式であった。
【0029】
本発明は、鋭意研究開発を行った結果、R134a、HFO1234yf等におけるトルク推定においては、吸入温度の影響が相殺できることに着想を得て、既存の機器にセンサを追加することなく正確なトルク推定の算出を行うものである。
【0030】
以下、本発明の一実施形態を説明する。図3(a),(b)は、吸入温度や乾度に対する、エンタルピー差ΔHと冷媒流量Grと理論トルクTthとの関係を示す一例としての計算結果である。図4は、本発明の一実施形態を示す模式的ブロック線図である。
【0031】
図3(a),(b)の計算結果は、R134aを使用したVcc=140ccのコンプレッサの場合に、吸入圧Ps=0.3MPa、吐出圧Pd=1.5MPaとして、コンプレッサ吸入温度Tsや乾度(液冷媒とガス冷媒のうちのガス冷媒の比率)を変化させて、理論エンタルピー差ΔHと、冷媒流量Gr(Vcc=140ccのときの値)を求め、理論トルクを算出した一例である。図3(a),(b)に示すように、吸入温度Tsや乾度の変化にもかかわらず、Vcc=140ccで割った単位容量当たりのコンプレッサの理論トルクは一定値を保っていることがわかる。このことから、吸入温度Tsが変化しても容量当たりのコンプレッサの理論トルクは変化しないと言うことができる。したがって、吸入圧Psと吐出圧Pdの各値に対して、吸入温度Tsの変化の中央値や特定値で、回転数ごとに予め容量当たりの理論トルクを算出しておけばよいことになる。
【0032】
このような容量当たりのコンプレッサの理論トルクは一定値を保つという事実は、空調用冷媒のR134a、HFO1234yfにおいて、上記図3(a),(b)の一例に限らず、吸入圧Psと吐出圧Pdの各値に対して確認されており、本発明の一実施形態は、このような事実に基づいて、トルク推定の算出を行うものである。
図5は、R134aを使用したVcc=140ccのコンプレッサで、吐出圧Pdが、0.5、1、1.5、2、2.5、3MPaの場合において、吸入圧Psの変化に対する理論トルク(Vcc=140ccのときの値)を求めたグラフである。この理論トルクの値は、任意の吸入温度Tsに対して成立している。吸入圧Psと吐出圧Pdの細かい各値に対して、単位容量当りの精緻なマップを用意しておくと良い。
【0033】
なお、図5の等Pd線が、線でなく帯域状に変化している場合もありうるが、これは、吸入圧Psと吐出圧Pdの各値によっては、吸入温度Tsの影響が若干認められるケースがあるものの、概ね一定として実用的には問題がない。実際の計算では、帯域の中心部の曲線に代表させればよい。空調用冷媒のR134a、HFO1234yfに限らず、その他冷媒でも、吸入温度Tsが変化してもコンプレッサの容量当たりの理論トルクが変化しない冷媒なら、本発明の技術思想は適用することができる。
【0034】
以上説明したように、容量当たりの理論トルクが求められれば、式(4)から理論動力Lthを求めることができる。次に、実際にコンプレッサに所要な実動力Lは、各種効率を勘案すると次のようになる(詳しくは、非特許文献1の18、97〜99頁参照)。
(1)コンプレッサの体積効率ηv
実容積Vccに対して、コンプレッサの容積として実際に機能している容積V’とすると、V’=ηv×Vccとなる。したがって、実際の冷媒の流量Gr’は次のようになる。
Gr’=ηv×Gr・・・(6)
【0035】
(2)コンプレッサの全断熱効率ηtad
圧縮効率ηc、機械効率ηmとしたときに、全断熱効率ηtadは、次のように定義したものである。ηtad=ηc×ηm
したがって、上記(1)、(2)を勘案すると、実動力Lは次のようになる。
L=(ηv×Lth)/ηtad=Lth/(ηtad/ηv)
ηmap=ηtad/ηvとおくと、実動力Lは次のようになる。
L=Lth/ηmap・・・(7)
効率マップηmapは、(吐出圧Pd−吸入圧Ps)及びコンプレッサ回転数Ncによって変化するので、吐出圧Pd−吸入圧Psを縦軸、回転数Ncを横軸にして、マップ化しておくと良い。
【0036】
以上の説明を踏まえて、本発明の一実施形態を、図4を参照して説明する。本発明の一実施形態のコンプレッサは、エンジンから駆動力を得て作動する車両空調装置用コンプレッサであって、往復動式、回転式を問わずコンプレッサの実容量が確定できさえすれば全ての形式のコンプレッサが適用可能である。特に、段階可変コンプレッサ、ワッブル形のような可変容量の場合には、コンプレッサの容量を検知するためのセンサが設置されれば適用可能である。この場合には、より正確なエンジンとの協調制御が可能となる。
【0037】
車両空調装置用の冷凍サイクル装置は、図4に示すように、少なくとも、冷媒を圧縮するコンプレッサと、コンデンサ(凝縮器)と、膨張弁と、エバポレータ(蒸発器)から構成されている。コンプレッサにより吐出された冷媒は、コンデンサ、膨張弁、エバポレータの順に流れ、コンプレッサに吸入される。
吸入圧Ps、吐出圧Pdはセンサを設置して直接求めても良いが、既存の機器からセンサを追加せずに検知する場合には(車両の場合コンプレッサの出入口には既存のセンサがない)、吐出圧Pdは、コンデンサ出口圧を検知するPhセンサで代用し、吸入圧Psは、エバポレータフィンサーミスタの温度Tefinで代用すると良い。エバポレータフィンサーミスタの温度Tefinが検知できれば、モリエル線図から、Psを特定することができる。
Phセンサ、エバポレータフィンサーミスタの温度Tefinで代用する場合は、圧力損失を補償して吸入圧Ps、吐出圧Pdを算出する必要がある。
【0038】
このように吸入圧Ps、吐出圧Pdが推定できれば、図5と同様にさらに精緻に作成したマップ(以下、理論トルクマップという)から、コンプレッサの容量当たりの理論トルクを求めることができる。エアコンECU(A/C ECU)から、吸入圧Ps、吐出圧Pd、コンプレッサ実容積VccをエンジンECUに伝達して、回転数Ncと合わせて、エンジンECUにおいて、トルク演算を行う。この際、(吐出圧Pd−吸入圧Ps)及びコンプレッサ回転数Ncによって、マップを用いて効率マップηmapを求めておく。この場合、ηmapの各値は実験に基づいて定めるとよい。
【0039】
図6は、本発明の一実施形態のフロ−チャートである。まず、ステップS1で、フィンサーミスタからPsを推定する。次に、ステップS2で、PhセンサからPdを推定する。Ps、Pdが得られたので、ステップS3で、理論トルクマップから容量当たりの理論トルクを求めて、式(4)からコンプレッサ実容量Vccから理論動力Lthが算出できる。同様に、ステップS4では、Pd、Ps、Ncからマップにより効率マップ(ηmap)を求める。ステップS5では、式(7)により、Lthをηmapで割り算して実動力Lを算出する。ステップS6で、実動力Lよりエンジン軸トルクに変換して、コンプレッサトルク推定を終了する。これにより、既存の機器にセンサを追加することなく正確なトルク推定の算出を行うことができる。コンプレッサ容量が固定の場合には、吸入温度の影響を相殺しPd、Psから精度よく動力を推定することができる。コンプレッサ容量が可変であっても、コンプレッサの容量をセンシングするディバイスを付属させれば、精度よく動力を推定することができる。
【0040】
本発明の別の実施形態として、次のような変形形態が考えられる。以上の説明においては、コンプレッサ容量が固定の場合で説明したが、コンプレッサが、ワッブル形などの可変容量形(段階可変コンプレッサを含む)であっても本発明を実施することができる。この場合には、コンプレッサの実容量(Vcc)を検知するセンサを設置する必要がある。
コンプレッサの容量をセンシングするディバイスが付属したようなコンプレッサでは、容量を変化させることにより、狙いのトルクに変化させることができるため、より正確なエンジンとの協調制御が可能となる。
【0041】
可変容量形(段階可変コンプレッサを含む)であっても、車両のアイドル運転時において、前記コンプレッサをON、OFF制御すれば、コンプレッサの容量が0%と、100%に設定されて、コンプレッサの容量が既知となるので、本発明が適用することができ、推定精度を向上させることができる。コンプレッサの容量が固定の場合や、コンプレッサの容量をセンシングするディバイスが付属したようなコンプレッサであっても同様である。
また、本発明の他の実施形態として、前記一実施形態と同様に、トルク制御装置としても実施可能である。この場合にも、前記一実施形態と同様に、マップ化して制御すると良い。コンプレッサの容量をセンシングするディバイスが付属したようなコンプレッサにも前記一実施形態と同様に適用可能である。
【符号の説明】
【0042】
Hd 吐出エンタルピー
Hs 吸入エンタルピー
Lth コンプレッサの理論動力
L コンプレッサの実動力
Nc コンプレッサの回転数
Ps コンプレッサ吸入圧
Pd コンプレッサ吐出圧

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両エンジンにより駆動される車両用空調装置の冷凍サイクルのコンプレッサにおいて、吐出エンタルピー(Hd)と吸入エンタルピー(Hs)の差(ΔH)と、前記コンプレッサ流量(Gr)との積により、前記コンプレッサの理論動力(Lth)を演算して、前記コンプレッサの実動力(L)を演算するトルク推定方法において、
コンプレッサ吸入圧(Ps)、コンプレッサ吐出圧(Pd)、前記コンプレッサの回転数(Nc)、前記コンプレッサの実容量(Vcc)を入力する段階と、
前記実容量(Vcc)の単位容量当たりの理論トルクを、前記コンプレッサ吸入温度Tsに対して一定として、前記理論動力(Lth)を演算する理論動力演算段階と、
前記理論動力(Lth)に基づいて、前記コンプレッサに関する体積効率(ηv)、圧縮効率(ηc)、及び、機械効率(ηm)から、前記コンプレッサの実動力(L)を演算する実動力演算段階と、
前記実動力(L)を、前記車両エンジンのエンジン軸トルクへ変換する段階、を具備するトルク推定方法。
【請求項2】
前記コンプレッサ吸入圧(Ps)を、前記冷凍サイクルのエバポレータのフィンサーミスタの温度(Tefin)により推定し、前記コンプレッサ吐出圧(Pd)を、前記冷凍サイクルのコンデンサの出口圧力(Ph)により推定したことを特徴とする請求項1に記載のトルク推定方法。
【請求項3】
前記理論動力算出段階において、前記実容量(Vcc)当たりの前記理論トルクを、前記コンプレッサ吸入圧(Ps)、及び、前記コンプレッサ吐出圧(Pd)に対するマップにより算出したことを特徴とする請求項1又は2に記載のトルク推定方法。
【請求項4】
前記実動力算出段階において、前記コンプレッサに関する、前記体積効率をηv、前記圧縮効率をηc、前記機械効率をηmとしたときに、(ηc×ηm)/ηvなる効率マップ(ηmap)を、前記コンプレッサ吐出圧(Pd)と前記コンプレッサ吸入圧(Ps)との差圧、及び、前記コンプレッサの回転数(Nc)に対するマップにより算出したことを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載のトルク推定方法。
【請求項5】
前記コンプレッサが、可変容量形であって、前記実容量(Vcc)を検知するセンサを有することを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載のトルク推定方法。
【請求項6】
前記コンプレッサが、可変容量形であって、アイドル運転時には、前記コンプレッサをON、OFF制御したことを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載のトルク推定方法。
【請求項7】
前記実容量(Vcc)が固定値であることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載のトルク推定方法。
【請求項8】
車両エンジンにより駆動される車両用空調装置の冷凍サイクルのコンプレッサに対するトルク制御装置であって、吐出エンタルピー(Hd)と吸入エンタルピー(Hs)の差(ΔH)と、前記コンプレッサ流量(Gr)との積により、前記コンプレッサの理論動力(Lth)を演算して、前記コンプレッサの実動力(L)を演算するトルク制御装置において、
コンプレッサ吸入圧(Ps)、コンプレッサ吐出圧(Pd)、前記コンプレッサの回転数(Nc)、前記コンプレッサの実容量(Vcc)を入力し、
前記実容量(Vcc)の単位容量当たりの理論トルクを、前記コンプレッサ吸入温度Tsに対して一定として、前記理論動力(Lth)を演算し、
前記理論動力(Lth)に基づいて、前記コンプレッサに関する体積効率(ηv)、圧縮効率(ηc)、及び、機械効率(ηm)から、前記コンプレッサの実動力(L)を演算し、
前記実動力(L)を、前記車両エンジンのエンジン軸トルクへ変換するように制御するトルク制御装置。
【請求項9】
前記コンプレッサ吸入圧(Ps)を、前記冷凍サイクルのエバポレータのフィンサーミスタの温度(Tefin)により推定し、前記コンプレッサ吐出圧(Pd)を、前記冷凍サイクルのコンデンサの出口圧力(Ph)により推定したことを特徴とする請求項8に記載のトルク制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図3】
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【図4】
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