説明

車両用自動変速機の制御装置

【発明の詳細な説明】
産業上の利用分野 この発明は、クラッチやブレーキなどの複数の係合手段の係合・解放の状態に応じて複数の変速段に設定される車両用の自動変速機、特に変速中にエンジントルクを低減させる自動変速機における制御装置に関するものである。
従来の技術 周知のように自動車などに搭載されている自動変速機は、複数組の遊星歯車機構によって歯車列を構成し、それらの遊星歯車機構における回転要素同士の連結状態や固定状態をクラッチやブレーキなどの係合手段によって適宜に変えることによって複数の変速段に設定するよう構成されている。この種の自動変速機では、クラッチやブレーキに摩擦クラッチや摩擦ブレーキを使用し、変速の際の回転部材の慣性エネルギーを、クラッチやブレーキの滑りによって吸収して変速ショックを低減させているが、変速に伴ってエンジンの回転数も変化させるから、エンジン出力が大きい場合には、変速に伴うクラッチやブレーキの負荷が大きくなってしまう。そこで従来、変速中にエンジンの点火時期を遅らせたり、燃料をカットすることによってエンジントルクを低減させ、これにより摩擦係合手段の負荷を少なくすると同時に変速ショックを低減することが行なわれている。また一方、この種の所謂エンジントルク低減制御は、排気系統に設けてある触媒コンバータの保護のためなどの理由で一時的に禁止される場合もあり、このような場合には、変速時間が延びてクラッチやブレーキが長い時間滑ることになるので、これらが焼損するおそれがある。このような不都合を解消するために、従来、エンジントルク低減制御が行なわれない場合には、変速が比較的低速状態で生じるよう変速パターンを変更する制御装置が特開昭62−184935号公報によって提案されている。
発明が解決しようとする課題 一般に自動変速機では、各変速段での駆動力が最大近くになる車速(エンジン回転数)で変速を生じさせることが好ましいが、上記の提案にかかる装置では、変速の生じるタイミングを幾分早くするために、エンジンの出力を充分生かした走行を行ない得なくなり、ひいては応答性や円滑性などに欠け、所謂ドライバビリティーが悪化するおそれがあった。
この発明は上記の事情に鑑みてなされたもので、変速時のエンジントルク低減制御が行なわれない場合であっても摩擦係合手段の焼損や走行性能の低下などを生じさせることなく変速を行なうことのできる自動変速機の制御装置を提供することを目的とするものである。
課題を解決するための手段 この発明は、上記の目的を達成するために、複数の係合手段の係合・解放の組合せに応じて複数の変速段に設定される歯車列を備えるとともに、変速中にエンジントルクを低減させる車両自動変速機において、走行状態に基づいて変速段を選択する変速段選択手段と、前記エンジントルクを低減させる制御の禁止を検出するエンジントルク制御禁止検出手段と、前記エンジントルク制御禁止検出手段がエンジントルク制御の禁止を検出していることに基づいて、前記変速段選択手段によって選択した変速段より変速比の変化量の少ない他の変速段を選択して変速を実行させる変速段変更手段とを備えていることを特徴とするものである。
作用 この発明は、変速時にエンジントルクを制御し、また各変速段を、複数の係合手段の係合・解放の組合せによって設定する自動変速機を対象としており、各変速段は、基本的には、変速段選択手段によって走行状態に基づいて選択される。その選択された変速段の設定操作すなわち変速が実行させている状態で、エンジンの出力トルクは、点火時期を遅らせるなどの操作によって低減させられ、この所謂エンジントルクダウン制御が禁止された場合には、エンジントルク制御禁止検出手段によって検出される。またこの発明では、上記の変速段選択手段で選択した変速段を変更させる変速段変更手段を備えており、変速中にエンジントルク制御を実行していない場合、すなわち前記エンジントルク制御禁止検出手段がエンジントルク制御の禁止を検出した状態では、前記変速段選択手段が選択した変速段を、これより変速比の変化量の少ない他の変速段に変更する。その結果、変速前後での回転数差が少なくなるので、エンジントルクが低減されなくてもクラッチなどの摩擦係合手段が吸収するべきエネルギー量が特に増大せず、摩擦による発熱や変速ショックが抑制され、また駆動力の不足が防止される。
実 施 例 つぎにこの発明を実施例に基づいて詳細に説明する。
第1図はこの発明の基本構成を示すブロック図であって、エンジンEの出力側に連結された自動変速機Aは、後述する複数組の遊星歯車機構を主体とし、複数の摩擦係合手段の係合・解放の組合せによって複数の変速段に設定するよう構成された歯車列を備えている。その変速段を選択しかつ設定するための制御装置10は、摩擦係合手段を係合あるいは解放させるよう油圧を制御する油圧制御装置11と入力されるスロットル開度θや車速Vなどのデータに基づいて演算して所定の変速段に設定するよう油圧制御装置11に信号を出力する電子コントロールユニット12とを含んでいる。またエンジンEにはその出力トルクを制御するエンジン制御装置13が接続されており、このエンジン制御装置13は、例えば前記制御装置10から信号を受けて点火時期を遅らせて出力トルクを低減させる構成であり、またこのようなエンジントルク制御を行なわない場合、あるいは行ない得ない場合には、その信号を前記制御装置10に出力するようになっている。したがってこのエンジン制御装置13がエンジントルク制御禁止検出手段にもなっている。
前記自動変速機Aにおける歯車列の一例を第2図に示す。ここに示す例は、三組のシングルピニオン型遊星歯車機構1,2,3を主体として歯車列を構成した例を示すものであって、それらの遊星歯車機構1,2,3における各要素が次のように連結されている。すなわち第1遊星歯車機構1のキャリヤ1Cと第3遊星歯車機構3のリングギヤ3Rとが一体となって回転するよう連結されるとともに、第2遊星歯車機構2のリングギヤ2Rと第3遊星歯車機構3のキャリヤ3Cとが一体となって回転するよう連結されている。また第1遊星歯車機構1のサンギヤ1Sは第2クラッチ手段K2を介して第2遊星歯車機構2のキャリヤ2Cに連結される一方、第4クラッチ手段K4を介して第2遊星歯車機構2のサンギヤ2Sに連結され、さらに第2遊星歯車機構2のキャリヤ2Cは第3遊星歯車機構3のサンギヤ3Sに連結されている。
なお、上記の各要素の連結構造としては、中空軸や中実軸もしくは適宜のコネクティングドラムなどの一般の自動変速機で採用されている連結構造などを採用することができる。
入力軸4は、トルクコンバータや流体継手などの動力伝達手段(図示せず)を介してエンジンEに連結されており、この入力軸4と第1遊星歯車機構1のリングギヤ1Rとの間には、両者を選択的に連結する第1クラッチ手段K1が設けられ、また入力軸4と第1遊星歯車機構1のサンギヤ1Sとの間には、両者を選択的に連結する第3クラッチ手段K3が設けられている。
なお、実用にあたっては、上記の各クラッチ手段K1,〜K4を多板クラッチや一方向クラッチあるいはこれらの組合せた構成とすることができ、また各構成部材の配置上の制約があるから、各クラッチ手段K1,〜K4に対する連結部材としてコネクティングドラムなどの適宜の中間部材を介在させ得ることは勿論である。
また上記の遊星歯車機構1,2,3における回転部材の回転を阻止するブレーキ手段として、第2遊星歯車機構2のキャリヤ2Cとトランスミッションケース(以下、単にケースと記す)6との間に配置した第2ブレーキ手段B2と、第2遊星歯車機構2のサンギヤ2Sとケース6との間に配置した第3ブレーキ手段B3とが設けられている。これらのブレーキ手段B2,B3としては、多板ブレーキやバンドブレーキあるいはこれらと一方向クラッチとを組合せた構成などを採用することができ、またこれらのブレーキ手段B2,B3とそのブレーキ手段B2,B3によって固定すべき部材との間もしくはケース6との間に適宜の連結部材を介在させ得ることは勿論である。
そしてプロペラシャフトやカウンタギヤ(それぞれ図示せず)に回転を伝達する出力軸5が、互いに連結された第2遊星歯車機構2のリングギヤ2Rと第3遊星歯車機構3のキャリヤ3Cとに対して連結されている。
上記の歯車列を備えた自動変速機Aで設定することのできる変速段およびそれぞれの変速段での変速比は第1表のとおりである。これらの変送段は、第1表で○印を付した摩擦係合手段を係合させるとともに空欄の摩擦係合手段を解放させることによって設定され、これらの変速段への変速は、前述した電子コントロールユニット12からの指令信号に基づいて油圧制御装置11が所定の摩擦係合手段に油圧を送ってこれを係合させ、あるいは排圧して解放させることによって達成される。なお、第1表に示す各変速比は、各遊星歯車機構1,2,3のギヤ比(サンギヤの歯数とリングギヤの歯数との比)を、ρ1=0.450、ρ2=0.405、ρ3=0.405とした場合の値であり、また*印は係合させてもよいことを示す。さらに■,■…の符号を付した欄は、当該変速段を設定するためのそれぞれ異なる係合・解放パターンを示すものである。


第1表に示す変速段のうち通常の走行で使用される変速段は、変速比が等比級数に近い関係となる第1速、第2速、第3速、第4速、第5速の主要前進段と後進段であって、これらの主要前進段は、主としてスロットル開度θと車速Vとに基づいて選択され、その方法としては、例えば従来一般の自動変速機におけると同様に、スロットル開度θと車速Vとをパラメータとした変速線図を電子コントロールユニット12内に記憶させておき、スロットル開度センサーや車速センサー(それぞれ図示せず)から入力されるデータに基づき変速線図に従って各変速段を選択する方法を採用することができる。そしてこれらの主要前進段への変速の際には、前記エンジン制御装置13が点火時期を遅らせるなどのことによって、エンジン出力トルクを一時的に低下させる。これに対して第2.5速、第3.2速、第3.5速の所謂中間段は、変速の際のエンジントルクを低減させる制御が行なわれない場合に制御装置10によって選択されて設定される。
第3図はこの発明の装置による制御ルーチンを示すフローチャートであって、いずれかの主要前進段(例えば第3速)で走行している状態においてスロットル開度θや車速Vが変化すると、制御装置10はそれらの値に基づいて変速の指令を行なう(ステップ1)。すなわちスロットル開度θが減少しあるいは車速Vが増大すればアップシフトと判断し、これとは反対にスロットル開度θが増加し、あるいは車速Vが低下すればダウンシフトと判断する。ついでエンジントルク制御が禁止されているか否かを判断する(ステップ2)。すなわち通常は、制御装置10での変速指令に基づいて前記エンジン制御装置13が、変速中でのエンジン出力トルクを低減させるようエンジンEを制御するが、エンジントルク制御系統の故障やエンジンの暖機が不十分であるなどの場合には、エンジン制御装置13が変速時のトルクダウン制御を行なわないことがある。このような場合、エンジン制御装置13からの出力信号に基づいて制御装置10はエンジントルク制御禁止と判断する。すなわち第3図にフローチャートにおいてステップ2の判断結果が“イエス”であれば、ステップ1の変速指令によって選択されるいずれかの主要前進段よりも変速比の変化量の少ない変速段、すなわちより近接した変速段に変更されてその変速段への変速が行なわれる。具体的には第3速の状態でアップシフトが判断され、その際にエンジン出力トルクの低減制御が禁止されていると、制御装置10は、第3速から第4速への変速を行なう替りに、中間段である第3.2速あるいは第3.5速を選択し、その変速段への変速を実行する。
他方、エンジン制御装置13が正常に機能していて、ステップ2の判断結果が“ノー”であれば、ステップ4に進んで、制御装置10は初期に設定された変速段への変速、すなわちいずれかの主要前進段への変速を行なう。具体的には第3速の状態でアップシフト指令があると第4速が選択されて第4速への変速が実行される。
したがって上記の装置によれば、変速の際に摩擦係合手段が負担すべきエンジントルクおよびイナーシャトルクのうち、エンジントルクが低減されなければ、変速比の差の小さい変速を行なうので、イナーシャトルクが低減され、そのためエンジントルクダウン制御が行なわれなくても、摩擦係合手段の負担が増大することはないので、摩擦による発熱や変速ショックの悪化が防止される。
なお、上記の説明から明らかなように、この発明は所謂中間段を設定できる自動変速機を対象としてより有効に作用させることができるのであり、その中間段を設定できる他の歯車列の例を示せば以下のとおりである。
第4図に示す例は、第2図に示す構成のうち第2遊星歯車機構2のキャリヤ2Cと第3遊星歯車機構3のサンギヤ3Cとの間に両者を選択的に連結する第5クラッチ手段K5を配置し、また第3遊星歯車機構3のサンギヤ3Sを単独で固定できる第1ブレーキ手段B1と、第1遊星歯車機構1のサンギヤ1Sを単独で固定できる第4ブレーキ手段B4とを更に設けたものである。その作動表を第2表に示す。




また第5図に示す例は、第4図に示す構成のうち第2遊星歯車機構2のリングギヤ2Rを第3遊星歯車機構3のキャリヤ3Cに替えてリングギヤ3Rに連結し、かつ第4ブレーキ手段B4を廃止し、他の構成は第4図に示す構成と同様としたものである。その作動表を第3表に示す。




上記の第4図あるいは第5図に示す歯車列を備えた自動変速機にあっても、変速比が等比級数に近い関係になる主要前進5段に加えて、変速比の値がそれらの変速段の変速比の間の値となる所謂中間段を設定できるので、上述した第1の実施例におけると同様にエンジン出力トルクの制御が行なわれない場合に、中間段を利用して変速比の変化量の少ない変速を行なうことができる。
なお、上述した説明はアップシフトを例に採ったものであるが、この発明はダウンシフトの場合にも適用できる。
さらに上述したように所謂中間段を利用した変速の可能な歯車列の他の例としては、例えば本出願人が既に提案した特願平1−185151号、特願平1−185152号、特願平1−186991号、特願平1−186992号、特願平1−205478号、特願平1−280957号などの明細書および図面に記載した各構成のものを挙げることができる。
発明の効果 以上説明したようにこの発明の自動変速機では、エンジン出力トルクを低減させる制御が行なわれない場合には、変速比の差の小さい変速制御、すなわち変速の前後での回転数差の少ない変速を行なうよう構成したから、摩擦係合手段が負担すべきトルクのうちエンジントルクが変わらないもののイナーシャトルクが小さくなり、その結果、摩擦係合手段の焼損が変速ショックの悪化を防止でき、また変速のタイミングは通常と同様であるから、ドライバビリティーが低下することを防止できる。
【図面の簡単な説明】
第1図はこの発明の基本構成を示すブロック図、第2図は歯車列の一例を示すスケルトン図、第3図は制御ルーチンを示すフローチャート、第4図および第5図は歯車列の他の例を示すスケルトン図である。
1,2,3……遊星歯車機構、1S,2S,3S……サンギヤ、1C,2C,3C……キャリヤ、1R,2R,3R……リングギヤ、4……入力軸、5……出力軸、10……制御装置、11……油圧制御装置、12……電子コントロールユニット、13……エンジン制御装置、A……自動変速機、E……エンジン。

【特許請求の範囲】
【請求項1】複数の係合手段の係合・解放の組合せに応じて複数の変速段に設定される歯車列を備えるとともに、変速中にエンジントルクを低減させる車両自動変速機において、走行状態に基づいて変速段を選択する変速段選択手段と、前記エンジントルクを低減させる制御の禁止を検出するエンジントルク制御禁止検出手段と、前記エンジントルク制御禁止検出手段がエンジントルク制御の禁止を検出していることに基づいて、前記変速段選択手段によって選択した変速段より変速比の変化量の少ない他の変速段を選択して変速を実行させる変速段変更手段とを備えていることを特徴とする車両用自動変速機の制御装置。

【第1図】
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【第2図】
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【第3図】
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【第4図】
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【第5図】
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【特許番号】第2748636号
【登録日】平成10年(1998)2月20日
【発行日】平成10年(1998)5月13日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平2−53210
【出願日】平成2年(1990)3月5日
【公開番号】特開平3−253434
【公開日】平成3年(1991)11月12日
【審査請求日】平成8年(1996)1月10日
【出願人】(999999999)トヨタ自動車株式会社
【参考文献】
【文献】特開 昭63−11452(JP,A)
【文献】特開 平1−290932(JP,A)
【文献】特開 平2−200540(JP,A)
【文献】特開 昭62−149524(JP,A)
【文献】特開 昭62−188844(JP,A)