説明

車輪支持用転がり軸受ユニット

【課題】水分が内部に浸入した場合であっても錆の発生を抑制でき、かつ、耐焼付き性にも優れ、長期間の使用に耐え得る車輪支持用転がり軸受ユニットを提供する。
【解決手段】使用状態で懸架装置に支持固定される静止側軌道輪(外輪20)と、使用状態で車輪を支持固定する回転側軌道輪(ハブ7b)と、静止側軌道輪と回転側軌道輪との互いに対向する周面に存在する静止側転走面と回転側転走面との間に設けられた複数個の転動体(玉14)とを備え、各転走面と各転動体とが転がり接触する面10a、10b、21、22をグリースにより潤滑する車輪支持用転がり軸受ユニットであって、静止側軌道輪、回転側軌道輪、および転動体が、それぞれ金属製部材であり、該部材の少なくとも1つの部材が、該部材の少なくとも上記転がり接触する面に、クロロゲン酸、キナ酸、没食子酸などの植物由来の多価アルコール化合物にて被膜処理を施された部材である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の懸架装置に対して車輪を回転自在に支持するための車輪支持用転がり軸受ユニットに関し、特に発錆が生じにくい車輪支持用転がり軸受ユニットに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の車輪支持用転がり軸受ユニット(ハブベアリングともいう)については、内輪を静止側軌道輪とし、ハブを回転側軌道輪とする構成の第1例および外輪を静止側軌道輪とし、ハブを回転側軌道輪とする構成の第2例が知られている(特許文献1参照)。
【0003】
まず、車輪支持用転がり軸受ユニットの従来構造の第1例について図5により説明する。図5は、車輪支持用転がり軸受ユニットの従来構造の第1例を示す断面図である。車輪を構成するホイール1は、図5に示すような車輪支持用転がり軸受ユニット2により、懸架装置を構成する車軸3の端部に回転自在に支持されている。すなわち、この車軸3の端部に固定したアクスル4に、車輪支持用転がり軸受ユニット2を構成する、静止側軌道輪である内輪5を外嵌し、ナット6により固定している。一方、車輪支持用転がり軸受ユニット2を構成する回転側軌道輪であるハブ7にホイール1を、複数本のスタッド8とナット9とにより結合固定している。ハブ7の内周面には、それぞれが回転側転走面である複列の外輪転走面10a、10bを、外周面には取付フランジ11を、それぞれ形成している。ホイール1は、制動装置を構成するためのドラム12とともに、取付フランジ11の片側面(図示の例では外側面)に、各スタッド8とナット9とにより、結合固定している。なお、本明細書においては、軸方向に関して「外」とは、車両への組み付け状態で幅方向外側をいい、「内」とは、幅方向中央側をいう。
【0004】
各外輪転走面10a、10bと、各内輪5の外周面に形成したそれぞれが静止側転走面である各内輪転走面13a、13bとの間には、それぞれが転動体である玉14を複数個ずつ、それぞれ保持器15により保持した状態で転動自在に設けている。構成各部材をこの様に組み合わせることにより、背面組み合わせである複列アンギュラ型の玉軸受を構成し、各内輪5の周囲にハブ7を、回転自在に、かつ、ラジアル荷重およびスラスト荷重を支承自在に支持している。なお、ハブ7の両端部内周面と、各内輪5の端部外周面との間には、それぞれシールリング16a、16bを設けて、各玉14を設けた空間と内部空間17とを遮断している。さらに、ハブ7の外端開口部は、キャップ18により塞がれている。
【0005】
車輪支持用転がり軸受ユニット2の使用時には、図5に示すように、内輪5を外嵌固定したアクスル4を車軸3に固定するとともに、ハブ7の取付フランジ11に、タイヤ(図示せず)を組み合わせたホイール1およびドラム12を固定する。また、このうちのドラム12と、車軸3の端部に固定のバッキングプレート19に支持した、ホイルシリンダとシューとを組み合わせて(図示せず)、制動用のドラムブレーキを構成する。制動時には、ドラム12の内径側に設けた一対のシューをこのドラム12の内周面に押し付ける。なお、内部空間17内にはグリースを封入して、外輪転走面10a、10bと、内輪転走面13a、13bと、各玉14の転動面との間の転がり接触部の潤滑を行なうようにしている。
【0006】
次に、車輪支持用転がり軸受ユニットの従来構造の第2例について図6により説明する。図6は、車輪支持用転がり軸受ユニットの従来構造の第2例を示す断面図である。図6に示した車輪支持用転がり軸受ユニット2aの場合には、静止側軌道輪である外輪20の内径側に、回転側軌道輪であるハブ7aを、それぞれが転動体である複数の玉14により、回転自在に支持している。このために、外輪20の内周面にそれぞれが静止側転走面である複列の外輪転走面10a、10bを、ハブ7aの外周面にそれぞれが回転側転走面である第一、第二の内輪転走面21、22を、それぞれ設けている。このハブ7aは、ハブ本体23と内輪24とを組み合わせてなる。このうち、ハブ本体23の外周面の外端部に車輪を支持するための取付けフランジ11aを、同じく中間部に第一の内輪転走面21を、同じく中間部内端寄り部分にこの第一の内輪転走面21を形成した部分よりも小径である小径段部25を、それぞれ設けている。そして、この小径段部25に、外周面に断面円弧状である第二の内輪転走面22を設けた内輪24を外嵌している。さらに、ハブ本体23の内端部を径方向外方に塑性変形させてなるかしめ部26により内輪24の内端面を抑え付けて、この内輪24をハブ本体23に対し固定している。
【0007】
また、外輪20の両端部内周面と、ハブ本体23の中間部外周面および内輪24の内端部外周面との間には、それぞれシールリング16c、16dを設けて、外輪20の内周面とハブ7aの外周面との間で、各玉14を設けた内部空間17aと、外部空間とを遮断している。この内部空間17a内にはグリースを封入して、外輪転走面10a、10bと、内輪転走面21、22と、各玉14の転動面との間の転がり接触部の潤滑を行なうようにしている。
【0008】
グリース封入転がり軸受を車輪支持用軸受として使用する場合には、高速、高荷重という過酷な使用条件のため、潤滑グリースの潤滑油膜が破断しやすくなる。潤滑油膜が破断すると金属接触が起こり、発熱、摩擦摩耗が増大する不具合が発生する。そのため、高速、高荷重下での潤滑性および耐荷重性を向上させ、潤滑油膜破断による金属接触を防止する必要があり、極圧剤含有グリースを使用して、その不具合を軽減している。この転がり軸受け部の潤滑においては、潤滑グリースの潤滑膜が破断を防止するため、極圧剤(EP剤)含有グリースを使用して、その潤滑油膜の破断を軽減している。例えば、有機ビスマス化合物を含んでなる転がり軸受用の潤滑剤組成物が提案されている(特許文献2参照)。また、摩耗低減を目的としたモリブデンジチオカーバメートおよびポリサルファイドを含有してなるグリース組成物が提案されている(特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2001−221243号公報
【特許文献2】特開平8−41478号公報
【特許文献3】特開平10−324885号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、車輪支持用転がり軸受ユニットは、基本的に屋外で使用されるものであり、晴天での走行のみならず、雨天、悪路、海岸での走行など使用環境が非常に悪い条件でも使用される。軸受ユニット内への雨等の侵入はシールにより抑えられてはいるものの完全なものではない。したがって、長期間の使用において、軸受ユニット内に雨等の水分が浸入する懸念が否定できない。水分が浸入した場合には、車輪支持用転がり軸受ユニット内部において錆が発生し、継続使用が困難になる可能性がある。
【0011】
また、車輪支持用転がり軸受ユニットは、高速、高荷重下で使用されるため、従来の極圧剤含有グリースによる対策のみでは、焼付きにより使用が困難となる場合がある。特に、水分が浸入した場合には、油膜が途切れやすく、油膜が途切れると金属接触が起こるため、上記焼付きの危険性が高まる。また、極圧剤に含まれるモリブデン化合物などは、PRTRの規制物質であり、環境保護の観点からも使用量低減が望まれている。
【0012】
本発明はこのような問題に対処するためになされたものであり、水分が内部に浸入した場合であっても錆の発生を抑制でき、かつ、耐焼付き性にも優れ、長期間の使用に耐え得る車輪支持用転がり軸受ユニットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の車輪支持用転がり軸受ユニットは、使用状態で懸架装置に支持固定される静止側軌道輪と、使用状態で車輪を支持固定する回転側軌道輪と、上記静止側軌道輪と上記回転側軌道輪との互いに対向する周面に存在する静止側転走面と回転側転走面との間に設けられた複数個の転動体とを備え、上記各転走面と上記各転動体とが転がり接触する面をグリースにより潤滑する車輪支持用転がり軸受ユニットであって、上記静止側軌道輪、上記回転側軌道輪、および上記転動体が、それぞれ金属製部材であり、上記金属製部材の少なくとも1つの部材が、該部材の少なくとも上記転がり接触する面に、植物由来の多価アルコール化合物にて被膜処理を施された部材であることを特徴とする。
【0014】
上記被膜処理を施された部材が、該部材の少なくとも上記転がり接触する面に酸化鉄被膜を有することを特徴とする。また、上記酸化鉄被膜は、膜厚が0.05μm〜2μmであることを特徴とする。
【0015】
上記グリースが、上記植物由来の多価アルコール化合物を含み、上記被膜処理が、該グリースを介して施された処理であることを特徴とする。
【0016】
上記被膜処理が、水および/または有機溶媒に上記植物由来の多価アルコール化合物を分散または溶解させた処理液中に、被膜処理を施す上記金属製部材を浸漬する処理であることを特徴とする。
【0017】
上記植物由来の多価アルコール化合物が、クロロゲン酸またはその誘導体であることを特徴とする。また、上記植物由来の多価アルコール化合物が、キナ酸またはその誘導体であることを特徴とする。また、上記植物由来の多価アルコール化合物が、没食子酸またはその誘導体であることを特徴とする。
【0018】
上記植物由来の多価アルコール化合物が、コーヒー酸またはその誘導体であることを特徴とする。また、上記植物由来の多価アルコール化合物は、エラグ酸またはその誘導体であることを特徴とする。
【0019】
上記植物由来の多価アルコール化合物が、クルクミンまたはその誘導体であることを特徴とする。また、上記植物由来の多価アルコール化合物が、ケルセチンまたはその誘導体であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明の車輪支持用転がり軸受ユニットは、金属製部材である静止側軌道輪、回転側軌道輪、および転動体の少なくとも1つの部材において、該部材の少なくとも転がり接触する面に、植物由来の多価アルコール化合物にて被膜処理を施されているので、水分が浸入した場合であっても軸受ユニット内部の錆発生を抑制できる。また、多価アルコール化合物にて被膜処理が施され、酸化鉄被膜が形成されているので、耐焼付き性が向上し、長時間の使用が可能となる。さらに、表面処理に植物由来の多価アルコール化合物を用いるので、環境負荷の低い車輪支持用転がり軸受ユニットとなる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の車輪支持用転がり軸受ユニットの構造の第1例を示す断面図である。
【図2】本発明の車輪支持用転がり軸受ユニットの構造の第2例を示す断面図である。
【図3】本発明の車輪支持用転がり軸受ユニットの構造の第3例を示す断面図である。
【図4】本発明の車輪支持用転がり軸受ユニットの構造の第4例を示す断面図である。
【図5】車輪支持用転がり軸受ユニットの従来構造の第1例を示す断面図である。
【図6】車輪支持用転がり軸受ユニットの従来構造の第2例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
車輪支持用転がり軸受ユニットについて、植物由来の多価アルコール化合物にて構成部材表面を処理したものを用いて、防錆性試験を行なったところ錆発生を抑制できることがわかった。これは、上記植物由来の多価アルコール化合物の作用により、金属製(機械構造用炭素鋼や軸受鋼)の部材表面に酸化鉄被膜が形成されて該表面が不活性化し、防錆効果をもつようになったものである。本発明はこのような知見に基づくものである。
【0023】
本発明の車輪支持用転がり軸受ユニットの構造の4例について、以下に説明する。本発明の車輪支持用転がり軸受ユニットとして好適な構造の第1例を、図1に示す。第1例では、静止側軌道輪である外輪20の内径側に、回転側軌道輪であるハブ7bを、それぞれが転動体である複数の玉14により、回転自在に支持している。第1例は、従動輪(FRおよびRR車の前輪、FF車の後輪)を支持するための構造であり、前述の図6に示した構造に改良を加えて、ハブ7bの回転トルクをより低減できる構造としたものである。この目的のために第1例の場合には、外輪20の内端開口部をキャップ18aにより塞ぐとともに、この外輪20の外端部内周面とハブ本体23の中間部外周面との間をシールリング16cにより塞いでいる。なお、キャップ18aを設けたので、前述の図6に示した外輪20の内端部内周面と内輪24の外周面との間のシールリング16dは、省略することができる。各玉14を設置した内部空間17b内への、雨水等の異物侵入は、シールリング16cとキャップ18aとにより防止している。その他の部分の構造は、図6に示した従来構造と同様である。本発明の車輪支持用転がり軸受ユニットを、従動輪に適用する場合、外輪の内端部内周面と内輪の外周面との間のシールリングを省略しているので、ハブの回転トルクを従来構造品より低減することができる。
【0024】
次に、本発明の車輪支持用転がり軸受ユニットとして好適な構造の第2例を、図2に示す。第2例も従動輪(FRおよびRR車の前輪、FF車の後輪)を支持するための構造である。第2例の場合には、ハブ7cを構成するハブ本体23aの内端部に雄ねじ部27を設け、この雄ねじ部27に螺着したナット28により、ハブ本体23aの小径段部25に外嵌した内輪24の内端面を抑え付けている。これに合わせて、外輪20の内端開口部に被着したキャップ18bの形状を膨らませ、雄ねじ部27およびナット28の干渉を防止している。その他の構成は上述した第1例の場合と同様である。
【0025】
次に、本発明の車輪支持用転がり軸受ユニットとして好適な構造の第3例を、図3に示す。第3例は、駆動輪(FRおよびRR車の後輪、FF車の前輪、4WD車の全輪)を支持するための構造である。第3例の場合には、静止側軌道輪である外輪20の内径側に回転自在に支持した、回転側軌道輪であるハブ7dを構成するハブ本体23bの中心部にスプライン孔29を形成している。車両への組み付け状態でこのスプライン孔29には、等速ジョイントに付属のスプライン軸(図示省略)を挿入する。また、本発明の車輪支持用転がり軸受ユニットを、駆動輪に適用する場合、回転側軌道輪であるハブを有するハブ本体の中心部にスプライン孔を形成しているので、このスプライン孔に等速ジョイントに付属のスプライン軸を接続することにより、等速ジョイントの回転トルクをハブに確実に伝えることができる。また、ハブ本体23bの内端部に形成した小径段部25に外嵌した内輪24の内端面を、このハブ本体23bの内端部を径方向外方に塑性変形させてなるかしめ部26により抑え付けて、内輪24をハブ本体23bに対し固定し、ハブ7dを構成している。そして、外輪20の両端部内周面と、ハブ本体23bの中間部外周面および内輪24の内端部外周面との間に、それぞれシールリング16c、16dを設けて、外輪20の内周面とハブ7bの外周面との間で各玉14を設けた内部空間17bと、外部空間とを遮断している。その他の構成は上述した第1例および第2例の場合と同様である。
【0026】
次に、本発明の車輪支持用転がり軸受ユニットとして好適な構造の第4例を、図4に示す。第4例も、駆動輪(FRおよびRR車の後輪、FF車の前輪、4WD車の全輪)を支持するための構造である。第4例の場合には、ハブ本体23cの内端部に設けた小径段部25に外嵌してこのハブ本体23cとともにハブ7eを構成する内輪24の内端面を、このハブ本体23c内端面よりも内方に突出させている。車両への組み付け状態で内輪24の内端面には、図示しない等速ジョイントの外端面が突き当り、この内輪24が小径段部25から抜け落ちることを防止する。その他の構成は上述した第3例の場合と同様である。
【0027】
これらの第1例〜第4例において、内部空間17b内にグリースを封入して、外輪転走面10a、10bと、内輪転走面21、22と、各玉14の転動面との間の転がり接触部の潤滑を行なうようにしている。
【0028】
これらの第1例〜第4例において、静止側軌道輪である外輪20、回転側軌道輪であるハブ7b〜7e(ハブ本体含む)および内輪24、転動体である玉14が、金属製部材であり、これら部材の少なくとも1つの部材において、少なくとも転がり接触する面に、後述の植物由来の多価アルコール化合物にて被膜処理が施されている。該処理を施し、酸化鉄被膜を形成した箇所において発錆を抑制することができる。転がり接触する面は、前述のように、外輪転走面10a、10bと、内輪転走面21、22と、各玉14の転動面であるので、これらの面などに上記被膜処理が施される。また、錆および焼付きの抑制のため、保持器15の表面にも上記被膜処理を施すことが好ましい。さらに、軸受ユニット内部全体の錆発生を抑制するため、内部空間17bに係る全体面に上記被膜処理を施すことが最も好ましい。
【0029】
上記酸化鉄被膜は、膜厚が0.05μm〜2μmであることが好ましい。膜厚が0.05μm未満であると、短時間で膜が剥れるなどにより、発錆を長期間にわたり抑制することができない。膜厚が2μmをこえると、被膜形成の処理時間が長くなりすぎる。
【0030】
本発明の車輪支持用転がり軸受ユニットに用いる、静止側軌道輪、回転側軌道輪、転動体、保持器などの部材は周知の軸受用金属材料からなる。本発明においては、少なくともいずれかの金属製部材が、植物由来の多価アルコール化合物による被膜処理が可能な金属材料から構成される必要がある。具体例として、軌道輪用材料としては、軸受鋼(高炭素クロム軸受鋼JIS G 4805)、肌焼鋼(JIS G4104等)、高速度鋼(AMS 6490)、ステンレス鋼(JIS G4303)、高周波焼入鋼(JIS G4051等)、機械構造用炭素鋼(S53C等)などが挙げられる。また、保持器材料としては、打ち抜き保持器用冷間圧延鋼板(JIS G 3141等)、もみ抜き保持器用炭素鋼(JIS G4051)、もみ抜き保持器用高力黄銅鋳物(JIS H 5102等)などが挙げられる。また、他の軸受合金を採用することもできる。これらの中で、静止側軌道輪(外輪)、回転側軌道輪(ハブ)の材料としては、鍛造性が良く安価なS53Cなどの機械構造用炭素鋼を用いることが好ましい。該炭素鋼は一般に高周波熱処理を施すことで、軸受部の転がり疲労強度を確保した上で用いられる。
【0031】
シール部材は、金属製またはゴム成形体単独でよく、あるいはゴム成形体と金属板、プラスチック板、セラミック板等との複合体であってもよい。耐久性、固着の容易さからゴム成形体と金属板との複合体が好ましい。
【0032】
本発明の車輪支持用転がり軸受ユニットにおいて、金属製部材の表面に施される被膜処理は、植物由来の多価アルコール化合物の作用により該面に酸化鉄被膜が形成される処理であればよく、被膜処理方法は特に限定されない。被膜処理方法として、例えば、植物由来の多価アルコール化合物を水および/または有機溶媒に分散または溶解させた処理液中に、被膜形成対象となる金属製部材を浸漬し、部材表面に酸化鉄被膜を形成させる方法を採用できる。この方法では、被膜形成を速めるため加温しながら行なうことが好ましい。
【0033】
また、植物由来の多価アルコール化合物を、水や有機溶媒に分散または溶解させた処理液を、被膜形成対象となる金属製部材の表面などに塗布することによって該面に酸化鉄被膜を形成することもできる。
【0034】
さらに、上記被膜処理は、グリースを介して施された処理であってもよい。すなわち、車輪支持用転がり軸受ユニットの内部空間に封入するグリースに、植物由来の多価アルコール化合物を配合して、軸受ユニット回転時における該グリース中の該化合物と金属製部材との反応により酸化鉄被膜を形成することもできる。
【0035】
本発明において使用できる多価アルコール化合物は、後述する植物由来のものである。これらの化合物を用いた被膜処理を各部材に施すことで、上記酸化鉄被膜の形成による軸受ユニット内部の錆発生の抑制に加え、耐焼付き性の向上が図れ、さらに環境負荷の低い車輪支持用転がり軸受ユニットとなる。
【0036】
本発明において使用できる植物由来の多価アルコール化合物としては、例えば、没食子酸、エラグ酸、クロロゲン酸、コーヒー酸、キナ酸、クルクミン、ケルセチン、ピロガロール、テアフラビン、アントシアニン、ルチン、リグナン、カテキンなどが挙げられる。また、植物由来のセサミン、イソフラボン、クマリンなどから得られる多価アルコール化合物も使用できる。以上のような多価アルコール化合物は、単独で用いても2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0037】
これらの中で、被膜処理の際に、金属製部材表面に酸化鉄被膜を形成しやすいことから、没食子酸またはその誘導体、エラグ酸またはその誘導体、クロロゲン酸またはその誘導体、コーヒー酸またはその誘導体、キナ酸またはその誘導体、クルクミンまたはその誘導体、ケルセチンまたはその誘導体を用いることが好ましい。また、後述の実施例に示すように、被膜処理後の軸受ユニットの防錆性に優れることから、クロロゲン酸、キナ酸、没食子酸が特に好ましく、次いでコーヒー酸、エラグ酸が好ましい。
【0038】
本発明に用いる没食子酸は、フシノキ、茶の葉などに含まれる多価アルコール化合物であり、下記式(1)に示す構造を有する。また、本発明に用いるエラグ酸は、レッドラズベリーなどに含まれる多価アルコール化合物であり、下記式(2)に示す構造を有する。
【化1】

【化2】

【0039】
本発明に用いる没食子酸の誘導体としては、没食子酸メチル、没食子酸エチル、没食子酸プロピル、没食子酸ブチル、没食子酸ペンチル、没食子酸ヘキシル、没食子酸ヘプチル、没食子酸オクチル等の没食子酸エステルや没食子酸ビスマス等の没食子酸塩が挙げられる。また、エラグ酸についても、同様の誘導体を用いることができる。
【0040】
本発明に用いるクロロゲン酸は、コーヒー豆などに含まれる多価アルコール化合物であり、下記式(3)に示す構造を有する。
【化3】

【0041】
本発明に用いるコーヒー酸およびキナ酸は、クロロゲン酸の加水分解で得られる多価アルコール化合物であり、コーヒー酸は下記式(4)に、キナ酸は下記式(5)にそれぞれ示す構造を有する。
【化4】

【化5】

【0042】
本発明に用いるクルクミンは、ウコンなどに含まれる多価アルコール化合物であり、下記式(6)に示す構造を有する。
【化6】

【0043】
本発明に用いるケルセチンは、柑橘類などに含まれる多価アルコール化合物であり、下記式(7)に示す構造を有する。
【化7】

【実施例】
【0044】
以下に示す各実施例に用いた多価アルコール化合物は、全て東京化成社製試薬を用いた。
【0045】
実施例1〜実施例7
表1に示した多価アルコール化合物を水溶液または有機溶媒に溶解させ、0.5wt%に調製し処理液とした。室温(25℃)で、該処理液中に車輪支持用転がり軸受ユニット(材質:S53C、SUJ2)を浸漬したまま4時間処理液を撹拌させ、軸受ユニットの金属製部材の内部空間表面を含め表面全体に酸化鉄被膜(膜厚:0.08μm)を形成させた。得られた軸受ユニットについて以下に示す湿潤試験を行ない錆発生までに要した時間を測定した。結果を表1に併記する。
【0046】
<湿潤試験>
表面処理を施した軸受ユニットを温度49℃、相対湿度95%以上の湿潤状態に保持し、軸受ユニットにおける軌道面(内・外輪転走面)に錆が発生するまでの時間(時間、h)を調査した。
【0047】
比較例1
実施例1と同様の車輪支持用転がり軸受ユニットに表面処理を施さずに湿潤試験を行ない、錆発生までに要した時間を測定した。結果を表1に併記する。
【0048】
【表1】

【0049】
表1に示すように、実施例1〜7は、湿潤試験において錆発生までの時間が全て500時間以上の優れた防錆性を示した。これは、特定の多価アルコール化合物により形成された酸化鉄被膜による錆発生が抑制できたことによると考えられる。特に、クロロゲン酸、キナ酸、没食子酸を用いた場合では、2000時間以上の非常に優れた防錆性を示した。一方、比較例1では、実施例1〜7と比較して錆発生までの時間が大幅に短い結果となった。
【0050】
参考実施例1〜参考実施例7
表2に示した多価アルコール化合物を水溶液または有機溶媒に溶解させ、0.5wt%に調製し処理液とした。室温(25℃)で、該処理液中に6204軸受(軸受寸法:内径20mm、外径47mm、幅14mm、材質:SUJ2)を浸漬したまま4時間回転させ、転がり軸受の金属製部材の表面全体に酸化鉄被膜を形成させた。この軸受に、グリース(協同油脂製マルテンプSRL)を0.7g封入し、転がり軸受試験片を得た。得られた転がり軸受試験片について以下に示す高温耐久性試験を行ない軸受寿命時間を測定した。結果を表2に併記する。
【0051】
<高温耐久性試験>
転がり軸受試験片の軸受外輪外径部温度150℃、ラジアル荷重67N、アキシアル荷重67Nの下で10000rpmの回転数で回転させ、焼き付きに至るまでの時間(時間、h)を軸受寿命時間として測定した。
【0052】
参考比較例1
金属製部材に表面処理を施さずに6204軸受(軸受寸法:内径20mm、外径47mm、幅14mm)にグリース(協同油脂社製マルテンプSRL)を0.7g封入し、転がり軸受試験片を得た。得られた転がり軸受試験片について上記の高温耐久性試験を行ない軸受寿命時間を測定した。結果を表2に併記する。
【0053】
【表2】

【0054】
表2に示すように、参考実施例1〜7は、高温耐久性試験において寿命が全て120時間以上の優れた高温耐久性を示した。これは、特定の多価アルコール化合物により形成された酸化鉄被膜がグリースの酸化劣化を抑制でき、焼き付きを防止できたことによると考えられる。一方、比較例1では、参考実施例1〜7と比較して寿命が短かい結果となった。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明の車輪支持用転がり軸受ユニットは、水分が内部に浸入した場合であっても錆の発生を抑制でき、かつ、耐焼付き性にも優れ、長期間の使用に耐え得るので、雨水等の浸入のある環境下で長期間使用される車輪支持用転がり軸受ユニットとして好適に利用できる。
【符号の説明】
【0056】
1 ホイール
2 車輪支持用転がり軸受ユニット
3 車軸
4 アクスル
5 内輪
6 ナット
7 ハブ
8 スタッド
9 ナット
10 外輪転走面
11 取付フランジ
12 ドラム
13 内輪転走面
14 玉
15 保持器
16 シールリング
17 内部空間
18 キャップ
19 バッキングプレート
20 外輪
21 内輪転走面
22 内輪転走面
23 ハブ本体
24 内輪
25 小径段部
26 かしめ部
27 雄ねじ部
28 ナット
29 スプライン孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
使用状態で懸架装置に支持固定される静止側軌道輪と、使用状態で車輪を支持固定する回転側軌道輪と、前記静止側軌道輪と前記回転側軌道輪との互いに対向する周面に存在する静止側転走面と回転側転走面との間に設けられた複数個の転動体とを備え、前記各転走面と前記各転動体とが転がり接触する面をグリースにより潤滑する車輪支持用転がり軸受ユニットであって、
前記静止側軌道輪、前記回転側軌道輪、および前記転動体が、それぞれ金属製部材であり、前記金属製部材の少なくとも1つの部材が、該部材の少なくとも前記転がり接触する面に、植物由来の多価アルコール化合物にて被膜処理を施された部材であることを特徴とする車輪支持用転がり軸受ユニット。
【請求項2】
前記被膜処理を施された部材が、該部材の少なくとも前記転がり接触する面に酸化鉄被膜を有することを特徴とする請求項1記載の車輪支持用転がり軸受ユニット。
【請求項3】
前記グリースが、前記植物由来の多価アルコール化合物を含み、前記被膜処理が、該グリースを介して施された処理であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の車輪支持用転がり軸受ユニット。
【請求項4】
前記被膜処理が、水および/または有機溶媒に前記植物由来の多価アルコール化合物を分散または溶解させた処理液中に、被膜処理を施す前記金属製部材を浸漬する処理であることを特徴とする請求項1、請求項2または請求項3記載の車輪支持用転がり軸受ユニット。
【請求項5】
前記酸化鉄被膜は、膜厚が0.05μm〜2μmであることを特徴とする請求項2、請求項3または請求項4記載の車輪支持用転がり軸受ユニット。
【請求項6】
前記植物由来の多価アルコール化合物が、クロロゲン酸またはその誘導体であることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか一項記載の車輪支持用転がり軸受ユニット。
【請求項7】
前記植物由来の多価アルコール化合物が、キナ酸またはその誘導体であることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか一項記載の車輪支持用転がり軸受ユニット。
【請求項8】
前記植物由来の多価アルコール化合物が、没食子酸またはその誘導体であることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか一項記載の車輪支持用転がり軸受ユニット。
【請求項9】
前記植物由来の多価アルコール化合物が、コーヒー酸またはその誘導体であることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか一項記載の車輪支持用転がり軸受ユニット。
【請求項10】
前記植物由来の多価アルコール化合物が、エラグ酸またはその誘導体であることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか一項記載の車輪支持用転がり軸受ユニット。
【請求項11】
前記植物由来の多価アルコール化合物が、クルクミンまたはその誘導体であることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか一項記載の車輪支持用転がり軸受ユニット。
【請求項12】
前記植物由来の多価アルコール化合物が、ケルセチンまたはその誘導体であることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか一項記載の車輪支持用転がり軸受ユニット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−52612(P2012−52612A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−196138(P2010−196138)
【出願日】平成22年9月1日(2010.9.1)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】