説明

軟凝集粉末、及び無機粒子−有機ポリマー複合ペースト

【課題】有機ポリマーからなるポリマーマトリックス中に均一に分散させることが可能な無機粒子の軟凝集粉末を提供する。
【解決手段】軟凝集粉末は、無機原料粉末をミルプロセスで粒子表面の損傷なく解砕して得られた無機粒子10を含有するスラリーを、凍結乾燥することによって得られた軟凝集粉末であり、有機ポリマーと混合・混練して無機粒子10−有機ポリマー複合ペーストを作製する場合に、無機粒子10表面に化学修飾を施さずとも、ポリマーマトリックス中に均一に無機粒子10を分散させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟凝集粉末、及び無機粒子−有機ポリマー複合ペーストに関する。更に詳しくは、無機粒子表面に化学反応処理を施すことなく、有機ポリマーからなるポリマーマトリックス中に均一に分散させることが可能な無機粒子の軟凝集粉末、及びこのような軟凝集粉末を含有する無機粒子−有機ポリマー複合ペーストに関する。
【背景技術】
【0002】
優れた特性を有する複合材料を得るため、加工性の良い高分子樹脂(有機ポリマー)に、高屈折率、高熱伝導、高誘電率、紫外線吸収などの特性を有する無機粒子を混合・混練しポリマー中に分散させている。この場合、シラン基、スルホン酸基、メルカプト基などを有するカップリング剤の化学物質を無機粒子表面に修飾し、この無機粒子と有機ポリマーとの親和性を制御・分散する方法が取られている(例えば、特許文献1〜3参照)。
【0003】
また、無機粒子を予め溶媒に分散させた後、溶媒に溶解した有機ポリマーを混合し、その後、混合されている溶媒を除去して、有機ポリマーを硬化させることによって、無機粒子分散型の複合材料の製造方法も提案されている(例えば、特許文献4及び5参照)。
【0004】
【特許文献1】特開2004−331740号公報
【特許文献2】特開平10−139928号公報
【特許文献3】特開2003−105094号公報
【特許文献4】特開2005−347316号公報
【特許文献5】特開2007−291184号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、開発対象の複合材料の組成は多種多様であり、無機粒子表面の化学修飾による調整方法では、材料の組み合わせに応じて、修飾剤の種類と量、また、反応方法を考慮する必要があり、製造コストを増大させてしまうという問題があった。更に、化学物質を使用することで環境に対して最終的に無害化する必要性があり、製造に関わるエネルギーコストと環境負荷がかかるという問題もあった。
【0006】
また、溶媒に無機粒子を分散させた後、有機ポリマーを添加して溶媒を除去する方法では、有機ポリマー中に溶媒が残存してしまうため、得られた複合ペーストを硬化して複合材料を得る際に、残存した溶媒によって気孔が形成されてしまい、複合材料の特性を低下させてしまうという問題があった。
【0007】
更に、最近では、急速に進展する情報・家電・自動車産業等の高度な要求を満たす透明導電膜、半導体関連部材、光学部材、放熱部材などで、高分子、金属、セラミックスなどの個別の材料では達成が困難な相反機能、例えば、高粉体含有と流動性、絶縁性と熱伝導、絶縁性と高屈折特性などを有する無機粒子−有機ポリマー複合材料が生産性と併せて求められており、複合材料の特性の向上と低環境負荷型の製造プロセスが強く求められている。
【0008】
しかしながら、有機ポリマーにセラミックスなどの無機粒子・粉体を混入する場合、無機粒子の添加量が高くなると、添加した無機粒子が凝集して分散性が低下するだけでなく、混合物の流動性が著しく低下してしまう。現状、高粉体含有量の無機粒子・粉体を混合し、有機ポリマー特性の一つである成形性や加工性を発現させることは困難である。
【0009】
本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、有機ポリマーからなるポリマーマトリックス中に均一に分散させることが可能な無機粒子の軟凝集粉末、及びこのような軟凝集粉末を含有する無機粒子−有機ポリマー複合ペーストを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記課題を達成すべく鋭意検討した結果、無機原料粉末をミルプロセスで粒子表面の損傷なく、即ち、原料として用いる無機原料粉末の表面状態と同程度の損傷状態となるように、解砕して得られた無機粒子を含有するスラリーを、凍結乾燥することによって得られた軟凝集粉末を用いることによって、上記課題を達成することが可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
即ち、本発明によれば、以下に示す軟凝集粉末、この軟凝集粉末を用いた無機粒子−有機ポリマー複合ペースト、及びこの無機粒子−有機ポリマー複合ペーストからなる複合材料が提供される。
【0012】
[1] 無機原料粉末をミルプロセスで粒子表面の損傷なく解砕して得られた無機粒子を含有するスラリーを、凍結乾燥することによって得られた軟凝集粉末。
【0013】
[2] 前記無機原料粉末の解砕強度に対して、1〜50%の範囲で解砕強度が低下し、且つその解砕強度が1〜30MPaである前記[1]に記載の軟凝集粉末。
【0014】
[3] 前記スラリーが、前記無機原料粉末を湿式ジェットミルを用いた前記ミルプロセスによって、前記スラリー同士の衝突圧力が50〜300MPaとなるように解砕したものである前記[1]又は[2]に記載の軟凝集粉末。
【0015】
[4] 前記無機原料粉末に分散剤を加えて解砕した前記スラリーを凍結乾燥することによって得られた前記[1]〜[3]のいずれかに記載の軟凝集粉末。
【0016】
[5] 前記[1]〜[4]のいずれかに記載の軟凝集粉末と、有機ポリマーとを含有し、前記軟凝集粉末の含有割合が、1〜75体積%である無機粒子−有機ポリマー複合ペースト。
【0017】
[6] 前記軟凝集粉末を構成する無機粒子の表面に、化学修飾を施すことなく作製された前記[5]に記載の無機粒子−有機ポリマー複合ペースト。
【0018】
[7] 前記軟凝集粉末の凝集力より、前記有機ポリマーのせん断力が強い条件を設定して、前記軟凝集粉末と前記有機ポリマーとを混合・混練し、前記ポリマーマトリックス中に前記軟凝集粉末を分散させた前記[5]又は[6]に記載の無機粒子−有機ポリマー複合ペースト。
【0019】
[8] 前記軟凝集粉末と前記有機ポリマーとを混合し、50〜5000回転となる混練速度において、前記ポリマーマトリックス中に前記軟凝集粉末を分散させた前記[7]に記載の無機粒子−有機ポリマー複合ペースト。
【0020】
[9] 前記軟凝集粉末を作製するための無機原料粉末と前記有機ポリマーとにより構成された原料粉末複合ペーストに対して、その流動性が10〜90%の範囲で向上した前記[5]〜[8]のいずれかに記載の無機粒子−有機ポリマー複合ペースト。
【0021】
[10] 前記有機ポリマーは、混練における粘度が0.1〜100000Pa・sのものである前記[8]又は[9]に記載の無機粒子−有機ポリマー複合ペースト。
【0022】
[11] 前記有機ポリマー中に分散した前記軟凝集粉末を構成する無機粒子が一次粒子の状態で前記ポリマーマトリックス中に存在する前記[5]〜[10]のいずれかに無機粒子−有機ポリマー複合ペースト。
【0023】
[12] 前記有機ポリマー中に分散した前記軟凝集粉末を構成する前記無機粒子の表面状態が、前記軟凝集粉末を作製するための無機原料粉末を構成する粒子と同程度の損傷のない状態である前記[5]〜[11]のいずれかに記載の無機粒子−有機ポリマー複合ペースト。
【0024】
[13] 前記[5]〜[12]のいずれかに記載の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストからなる複合材料。
【発明の効果】
【0025】
本発明の軟凝集粉末は、有機ポリマーからなるポリマーマトリックス中に、軟凝集粉末を構成する無機粒子を均一に分散させることができる。即ち、無機粒子からなる粉体の高含有量に伴う流動性の低下の問題を解決するとともに、例えば、1〜75体積%の高粉体含有量であっても、無機粒子の分散性を向上させることができ、流動性が高く易成形性の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストを得ることができる。
【0026】
また、本発明の軟凝集粉末は、無機粒子表面に化学修飾を施すことなく有機ポリマー中に均一に分散させることができるため、例えば、無機粒子−有機ポリマー複合ペースト又は複合材料の製造プロセスにおいて、化学物質を使用しなくともよく、環境調和型の製造プロセスを実現することができる。なお、上記した「化学修飾」とは、無機粒子表面に化学物質を用いた化学反応処理を行うことをいう。
【0027】
また、本発明の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストは、無機粒子と有機ポリマーの吸着親和性が低く且つ流動性が高いため、ポリマーマトリックス中で無機粒子が良好に分散した、易成形性の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストである。
【0028】
更に、本発明の複合材料は、生産性、及びその加工性に優れた本発明の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストからなるものであり、この複合材料を用いた各部材、及び各種製品の高性能化を期待することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、本発明の実施の最良の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、以下の実施の形態に対し適宜変更、改良等が加えられたものも本発明の範囲に入ることが理解されるべきである。
【0030】
〔1〕軟凝集粉末:
まず、本発明の軟凝集粉末の一の実施形態について具体的に説明する。本実施形態の軟凝集粉末は、無機原料粉末をミルプロセスで粒子表面の損傷なく解砕して得られた無機粒子を含有するスラリーを、凍結乾燥することによって得られた軟凝集粉末である。
【0031】
このような軟凝集粉末は、有機ポリマーとともに混合・混練して、有機ポリマーのせん断力を利用して軟凝集粉末を解砕することで、ポリマーマトリックス中に1次粒子の状態で無機粒子を分散させた無機粒子−有機ポリマー複合ペーストを良好に製造することができる。即ち、無機粒子からなる粉体の高含有量に伴う流動性の低下の問題を解決するとともに、例えば、1〜75体積%の高粉体含有量であっても、無機粒子の分散性を向上させることができ、流動性が高く易成形性の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストを得ることができる。
【0032】
一般的に粒子凝集体(凝集粉末)の解砕強度は、以下の式(1)で表される。
【0033】
σ=2(1−ε)ku/d ・・・ (1)
【0034】
ここで、上記式(1)において、σは解砕強度、εは構造体(粒子凝集体)の空隙率、kは粒子の配位数、uは粒子の表面エネルギー、dは一次粒子径を示す。
【0035】
上記(1)式から、構造体の空隙率εが同じなら、粒子の表面エネルギーuが小さくなると、解砕強度σは低下することになる。従来の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストの製造において、凝集粉末を構成する無機粒子の表面を化学修飾するのは、この粒子の表面エネルギーuを低下させる意味があるが、本実施形態の軟凝集粉末においては、環境負荷に鑑みて、化学修飾を行うことなく無機粒子−有機ポリマー複合ペーストを製造することが可能な軟凝集粉末を提供することができる。
【0036】
一般的には、無機粉末は凝集状態を形成しているため、分散を行うための解砕プロセスとして、ボールミルや遊星ボールミルなどのボールメディアを用いたミル方法が用いられている。このような方法で作製された分散粒子は、時間とともに凝集することが知られており、上記解砕プロセスによって分散した無機粒子は、時間とともに再度凝集してしまうことがある。本発明者らは、これまで凝集粉末の解砕方法、即ち、ミル方法によって粒子表面状態は変化し、凝集性の低い無機粒子の分散に成功している(例えば、特開2006−248876号公報参照)。
【0037】
本実施形態の軟凝集粉末は、原料凝集粉末をミルプロセスで一度解砕し、そのスラリーを凍結乾燥することによって得られたものである。特に、ミルプロセスにおけるミル方法の一つである湿式ジェットミルを用いることによって、無機粒子表面に損傷のない状態での解砕を行うことができる。ここで、図1Aは、湿式ジェットミル後の粒子表面の透過電子顕微鏡(TEM)写真であり、図1Bは、ボールミル後の粒子表面の透過電子顕微鏡(TEM)写真である。図1Aに示すように、湿式ジェットミル後の粒子表面は、損傷のない状態であることが確認できる。なお、図1Bに示すように、従来の一般的なミルプロセスに使用されるボールミルを用いた場合には、ボールの粉末への衝突エネルギーが大きいため、無機粒子10の表面は損傷した状態になり、本実施形態の軟凝集粉末における「粒子表面に損傷のない状態」を実現することが困難になる場合がある。
【0038】
なお、上記した湿式ジェットミルは、水等の溶媒に無機原料粉末を混入したスラリーを調製し、このスラリー同士を、解砕室(粉砕室)内で双方向から衝突させたり、或いは、そのスラリーを解砕室の壁に衝突させて無機原料粉末の解砕を行うものである。但し、本実施形態の軟凝集粉末における無機原料粉末の解砕方法は、ミル処理した無機粒子表面が損傷しなければよく、上記湿式ジェットミルに限定したものではない。例えば、無機原料粉末を解砕するミルプロセスとしては、上記湿式ジェットミルの他に、例えば、超音波による解砕や、ビーズミルによる解砕等を挙げることができる。このような方法によっても、無機粒子表面の損傷なく無機原料粉末を解砕することができる。
【0039】
なお、分散した粒子の再凝集性は、ボールミルで調整した粒子の方が、湿式ジェットミルで調整した粒子よりも大きく、上記式(1)で示す粒子の表面エネルギーuは、湿式ジェットミル処理した粒子の方が小さくなる。
【0040】
なお、「粒子表面に損傷のない状態」とは、ミルプロセスで解砕する原料凝集粉末(無機原料粉末)の表面の損傷状態と同程度の損傷のない状態のことをいい、具体的には、解砕した粒子表面の表面粗さによって規定することが可能である。また、「原料凝集粉末の表面の損傷状態と同程度の損傷のない状態」とは、原料凝集粉末(即ち、無機原料粉末)を構成する粒子の表面粗さに対して、解砕後の粒子の表面粗さが同一、或いは0〜5%の範囲で表面粗さが粗くなっている状態のことをいう。その結果として、無機粒子の表面に損傷を生じると、原料の構成と異なる官能基が粒子表面に5%以上増加してしまう。例えば、粒子表面がダメージ(損傷)を受けると、その状態では不安定となる。より具体的には、湿式ジェットミル処理のような水系で酸化物の無機粒子が粒子表面にダメージを受けた場合、粒子表面に水酸基が形成されることがある。
【0041】
本実施形態の軟凝集粉末に用いられる無機原料粉末としては、金属粉末、金属間化合物粉末、セラミックス粉末、及びこれらの混合粉末を用いることができ、使用する無機原料粉末の種類については特に制限はない。なお、上記セラミック粉末としては、酸化物、炭化物、窒化物等のアルミナ、ジルコニア、窒化アルミニウム、窒化ホウ素、窒化珪素、炭化珪素、チタン酸バリウム、シリカ、二酸化チタン等を挙げることができる。
【0042】
凝集状態にある無機原料粉末の解砕において、一般的にセラミックス産業で広く用いられている分散剤を用いて、高粉体含有でのスラリーを調整した後で解砕してもよい。勿論、上記した分散剤を用いずに解砕を行ってもよい。なお、分散剤としては、例えば、ポリアクリル酸アンモニウム塩、ポリエチレンイミン、ポリメタクリル酸アンモニウム塩等の従来公知の分散剤を好適に用いることができる。
【0043】
本実施形態の軟凝集粉末は、このようして粒子表面の損傷なく解砕して得られた無機粒子を含有するスラリーを、凍結乾燥することによって得ることができる。このような凍結乾燥によって、乾燥時の毛細管力の働きを小さくすることができ、無機粒子間の凝集力を抑制することができる。
【0044】
なお、スラリーを凍結乾燥する方法については特に制限はないが、例えば、液体窒素などで短時間で凍結する方法を挙げることができる。凍結における好ましい温度は、マイナス3℃以下であり、更に好ましくはマイナス100℃以下である。このような温度で急速に凍結させた後、減圧して真空状態で溶媒を昇華させて乾燥することが好ましい。この時の真空度は、0.01Pa以上、200Pa以下であることが好ましい。このように構成することによって、無機粒子間の凝集力を良好に抑制することができ、また、急速に凍結させることによって、粒子の再凝集も防ぐことができる。
【0045】
なお、本実施形態の軟凝集粉末は、無機原料粉末の解砕強度(即ち、解砕前の解砕強度)に対して、1〜50%の範囲で解砕強度が低下し、且つその解砕強度が1〜30MPaであることが好ましい。このように構成することによって、無機粒子−有機ポリマー複合ペーストを製造する際に、軟凝集粉末を構成する無機粒子を良好に分散させることができる。
【0046】
また、無機原料粉末を湿式ジェットミルを用いたミルプロセスによって解砕する場合には、スラリー同士の衝突圧力が50〜300MPaとなるように解砕したものであることが好ましく、100〜250MPaとなるように解砕したものであることが更に好ましい。このように構成することによって、無機粒子表面の損傷なく良好に解砕することができる。なお、スラリー同士の衝突圧力が50MPa未満では、無機原料粉末の十分な解砕が行われないことがあり、また、300MPaを超えると、無機粒子表面に損傷を生じるおそれがある。
【0047】
〔2〕無機粒子−有機ポリマー複合ペースト:
次に、本発明の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストの一の実施形態について具体的に説明する。本実施形態の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストは、これまでに説明した本発明の軟凝集粉末と、有機ポリマーとを含有し、上記軟凝集粉末の含有割合が、1〜75体積%である無機粒子−有機ポリマー複合ペーストである。
【0048】
本実施形態の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストは、無機粒子と有機ポリマーの吸着親和性が低く且つ流動性が高いため、ポリマーマトリックス中で無機粒子が良好に分散した、易成形性の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストである。
【0049】
本実施形態の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストに用いられる有機ポリマーとしては、例えば、従来公知の無機粒子−有機ポリマー複合体の作製に使用されている、例えば、エポキシ樹脂、アクリル樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリビニルブチル樹脂等の有機ポリマーを用いることができ、軟凝集粉末と有機ポリマーの混合・混練時において、液状或いは溶媒に溶解した高分子溶液であれば、有機ポリマーの種類については特に制限はない。
【0050】
また、本実施形態の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストは、上記軟凝集粉末を構成する無機粒子の表面に、化学修飾を施すことなく作製されたものであることが好ましい。このように構成することによって、無機粒子−有機ポリマー複合ペーストの製造プロセスにおいて化学物質を使用しなくともよく、環境調和型の製造プロセスを実現することができる。
【0051】
有機ポリマー中への無機粒子の分散は、軟凝集粉末自体の解砕強度の他に、軟凝集粉末と有機ポリマーとの混練時における、有機ポリマーのせん断応力の大きさにも影響される。即ち、軟凝集粉末を構成する無機粒子の凝集力よりも、有機ポリマーのせん断力が大きければ、軟凝集粉末は解砕されることになる。一般に、有機ポリマーのせん断力(τ)は、下記式(2)によって表される。
【0052】
τ=η×γ ・・・ (2)
【0053】
ここで、上記式(2)において、τは有機ポリマーのせん断力、ηは有機ポリマーの粘度、γはせん断速度を示す。
【0054】
上記式(2)からも分かるように、有機ポリマーの粘度ηが高ければ、軟凝集粉末(即ち、無機粒子の凝集体)へ作用する応力(せん断力)は増すことになる。このことから、本実施形態の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストにおいては、軟凝集粉末の凝集力より、有機ポリマーのせん断力が強い条件を設定して、軟凝集粉末と有機ポリマーとを混合・混練し、ポリマーマトリックス中に軟凝集粉末を分散させたものであることが好ましい。即ち、無機粒子間の凝集力よりも、有機ポリマーのせん断応力が強ければ、無機粒子の凝集は解け、有機ポリマー中に無機粒子が良好に分散することとなる。
【0055】
より具体的には、例えば、軟凝集粉末と有機ポリマーとを混合し、50〜5000回転となる混練速度において、ポリマーマトリックス中に軟凝集粉末を分散させたものであることが好ましい。なお、上記混練には、従来公知の混合・混練装置を用いることができる。具体的には、例えば、ニーダー、ロール、単軸又は多軸押出機、ミキサー、攪拌子による攪拌機、自転公転式攪拌機などの混合・混練装置を挙げることができる。
【0056】
また、本実施形態の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストにおいては、使用する有機ポリマーの混練における粘度が、0.1〜100000Pa・sのものであることが好ましく、1〜50000Pa・sのものであることが好ましい。このように、有機ポリマーを高粘度のものとすることによって、軟凝集粉末へ作用するせん断力を有効に作用させることができ、ポリマーマトリックス中に軟凝集粉末を良好に分散させた複合ペーストとすることができる。
【0057】
なお、有機ポリマー中に分散した軟凝集粉末を構成する無機粒子の表面状態については、軟凝集粉末を作製するための無機原料粉末を構成する粒子と同程度の損傷のない状態であることが好ましい。即ち、本実施形態の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストは、軟凝集粉末を有機ポリマーからなるポリマーマトリックス中に分散させた後であっても、無機粒子の表面状態については、ミルプロセス後と同様に、粒子表面の損傷のない状態を維持していることが好ましい。
【0058】
また、本実施形態の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストにおいて、ポリマーマトリックスの中に無機粒子を良好に分散させるためには、有機ポリマーと無機粒子の表面との吸着親和性も重要である。図2に示すように、無機粒子10は、有機ポリマー12からなるポリマーマトリックス中に存在し、有機ポリマー12によって架橋凝集した状態にある。そのため、有機ポリマー12と無機粒子10の吸着親和性が強ければ、粒子移動、即ち流動が困難になり高粉体含有での混合、混練が困難になる。ここで、図2は、無機粒子−有機ポリマー複合ペーストの構造を模式的に示す説明図である。
【0059】
本実施形態の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストにおいては、軟凝集粉末を作製するための無機原料粉末と有機ポリマーとにより構成された原料粉末複合ペーストに対して、その流動性が10〜90%の範囲で向上したものであることが好ましい。このように構成することによって、有機ポリマー中への無機粒子の分散性が良好となる。なお、上述した原料粉末複合ペーストとは、軟凝集粉末を作製するための無機原料粉末を、本発明の軟凝集粉末のように、ミルプロセスで粒子表面の損傷なく解砕して得られた無機粒子を含有するスラリーを凍結乾燥することによって得られた凝集粉末を用いるものではなく、原材料となる無機原料粉末のまま、有機ポリマーと混合・混練して得られた複合ペーストのことである。
【0060】
〔3〕無機粒子−有機ポリマー複合ペーストの製造方法:
次に、本実施形態の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストの製造方法(以下、「本無機粒子−有機ポリマー複合ペーストの製造方法」ということがある)について説明する。
【0061】
本実施形態の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストを製造する際には、まず、無機原料粉末をミルプロセスで粒子表面の損傷なく解砕して、無機原料粉末を解砕した無機粒子を含有するスラリーを得、得られたスラリーを凍結乾燥することによって軟凝集粉末を得る。なお、この軟凝集粉末を作製する方法については、上述した本発明の軟凝集粉末の実施形態にて説明した方法に準じて行うことができる。
【0062】
次に、無機粒子−有機ポリマー複合ペーストにおけるポリマーマトリックスを構成するための有機ポリマーを用意する。この有機ポリマーについては、従来公知の無機粒子−有機ポリマー複合体の作製に使用されている有機ポリマーを好適に用いることができる。
【0063】
次に、用意した軟凝集粉末と有機ポリマーを混合・混練して、無機粒子−有機ポリマー複合ペーストを製造する。混合・混練装置は、軟凝集粉末と有機ポリマーとの混合物をせん断混練できるものであればよい。なお、加熱や冷却の温度調整手段の有無については特に制限はない。例えば、ニーダー、ロール、単軸又は多軸押出機、ミキサー、攪拌子による攪拌機、自転公転式攪拌機等の装置を挙げることができる。なお、装置の種類については、使用する有機ポリマーの種類、性質、軟凝集粉末との組み合わせ等によって適宜選択することができる。なお、本無機粒子−有機ポリマー複合ペーストの製造方法においては、軟凝集粉末を構成する無機粒子の凝集力より、有機ポリマーのせん断力が強くなるような条件で混練を行うことができるものであることが好ましい。
【0064】
なお、有機ポリマーと無機粒子の親和性は、レオロジー測定による流動挙動などの測定方法によって規定することができる。
【0065】
以下、本無機粒子−有機ポリマー複合ペーストの製造方法について、具体例を用いて更に詳細に説明する。軟凝集粉末を作製した後、有機ポリマーと軟凝集粉末を、粉体含有量が1〜75体積%、好ましくは1〜70体積%となるように混合し、更に混練を行って、高粉体含有の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストを作製する。有機ポリマーとして熱可塑性のポリマーを用いた場合には、加熱混練することが好ましく、また、熱硬化性のポリマーを用いた場合には、液状の有機ポリマーを使用し、硬化前の条件温度にて混錬を行う。
【0066】
また、本発明の効果を損なわない限りにおいて、軟凝集粉末と有機ポリマーは、得られる無機粒子−有機ポリマー複合ペーストの特性向上のために、複数種の粉体(軟凝集粉末)や有機ポリマーを併用して用いてもよい。
【0067】
本無機粒子−有機ポリマー複合ペーストの製造方法においては、軟凝集粉末と有機ポリマーとの混練や攪拌によって、無機粒子の凝集を解し、ポリマーマトリックス中に粒子を分散させる。即ち、軟凝集粉末と有機ポリマーを混合し、好ましくは50〜5000回転、より好ましく100〜3000回転で攪拌子又はニーダーを回転させ、無機粒子をポリマーマトリックス中へ分散させる。混練時間は、特に制限されるものではなく、所望の特性及び分散性を有する複合ペーストが得られるまで行うことが好ましい。
【0068】
有機ポリマーと無機粒子の親和性が分散性と混練性に大きく影響するため、軟凝集粉末は、無機原料粉末を湿式ジェットミルなど粒子表面に損傷を与えない方法で一度解砕させ、凍結乾燥させたものを使用する。これにより、有機ポリマーの無機粒子表面への吸着親和性を良好に低下させることができる。無機原料粉末と有機ポリマーとの複合ペーストと比較して、湿式ジェットミルを用いて作製した軟凝集粉末を用いることによって、得られる複合ペーストの流動性は、10〜90%の範囲で向上し、有機ポリマー中への分散性が良好になる。
【0069】
この場合、無機粒子表面の損傷は、TEM等の透過電子顕微鏡での観察、FTIRなどによる無機粒子表面の水和反応の確認、X線回折(XRD)による組成物の確認などで規定でき、無機粒子表面の損傷が、ミルプロセス後も無機原料粉末の粒子表面状態と変わらない(同程度である)ことを確認する。
【0070】
使用する有機ポリマーは、液状のもの、又は液状化したものであればよいが、その粘度が低い場合には、軟凝集粉末の凝集力よりせん断力が弱くなり、無機粒子の分散性が低下して、均質な混練が行えないことがある。一方、有機ポリマーの粘度が高すぎると操作性が低下してしまうことがある。有機ポリマーの粘度は温度、溶媒添加によって適宜調整することができ、特に限定されることはないが、例えば、0.1〜100000Pa・sであることが好ましく、1〜50000Pa・sであることが好ましい。
【0071】
以上の製造方法により、無機粒子表面を化学修飾することなく、高粉体含有量で無機粒子を有機ポリマーに分散させた無機粒子−有機ポリマー複合ペーストを製造することができる。
【0072】
このような製造方法によって得られる無機粒子−有機ポリマー複合ペーストは、無機粒子を1〜75体積%含有しており、高粉体含有量を実現することができるとともに、その流動性に優れている。このため、乾式プレス機、熱間プレス機、ロール機など圧力を用いた圧縮成形、即ち、従来公知の圧縮成形工法によって、有機ポリマー中での無機粒子の移動が良好である。また、無機粒子−有機ポリマー複合ペーストを用いたシート成形にも適応可能であり、複合ペースト内の無機粒子の分散性が好適なことから、硬化して複合材料とした後も、無機粒子が分散した状態で存在させることができる。
【0073】
また、上記した製造方法においては、無機粒子表面を化学修飾することなく、無機原料粉体を、特定の条件のミルプロセスによって解砕し、且つ凍結乾燥によって軟凝集粉末を作製しているため、有機ポリマーの混練時のせん断応力を利用して高粉体含有で混練することが可能となる。即ち、従来の製造方法のように、化学修飾に使用している化学物質を用いる必要がなく、低環境負荷で高粉体含有量を有した無機粒子−有機ポリマー複合ペーストを簡便に製造できる。更に、その製造した複合ペーストの流動性が高いことから、無機粒子−有機ポリマー複合ペーストの生産性、及びその加工性が向上し、複合ペースト、複合ペーストからなる複合材料、また、複合材料を用いた各部材、及び各種製品の高性能化を期待することができる。このように、無機粒子−有機ポリマー複合材料や、複合材料を用いた部材に関する産業だけでなく、それを利用して製品を製造する諸産業においても、良好な影響を与えることができる。
【0074】
〔4〕複合材料(無機粒子−有機ポリマー複合材料):
次に、本発明の複合材料の一の実施形態について説明する。本実施形態の複合材料は、これまでに説明した無機粒子−有機ポリマー複合ペーストからなる無機粒子−有機ポリマー複合材料である。本実施形態の複合材料は、生産性、及びその加工性に優れた本発明の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストからなるものであり、この複合材料を用いた各部材、及び各種製品の高性能化を期待することができる。
【0075】
本実施形態の複合材料(無機粒子−有機ポリマー複合材料)は、ペースト状で得られた本発明の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストを硬化して製造することができる。例えば、乾式プレス機、熱間プレス機、ロール機など圧力を用いた圧縮成形、即ち、従来公知の圧縮成形工法によって、所定の形状に成形して製造することができる。
【実施例】
【0076】
次に、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明は、下記の実施例によって何ら限定されるものではない。
【0077】
(I)軟凝集体の作製と評価:
(実施例1)
無機原料粉末として酸化アルミニウム(アルミナ粉末、Al:平均一次粒子径570nm)を準備した。
【0078】
蒸留水に、上記無機原料粉末を、5体積%の粉体含有量となるように添加してスラリー化し、そのスラリーを200MPaの条件で湿式ジェットミル処理した。ミル処理後のスラリーは、直ちに液体窒素で凍結し、凍結乾燥を行って、実施例1の軟凝集粉末(以下、単に「凝集粉末」ということがある)を得た。なお、ミル処理後の粒子表面状態は、図1Aに示すように損傷していなかった(即ち、無機原料粉末と同程度の損傷状態であった)。
【0079】
得られた軟凝集粉末は、50〜200μm程度の凝集粉末を形成していた。得られた軟凝集粉末の解砕強度を微小圧試験機で計測した。解砕強度は、凝集体が圧壊する荷重の実測値F、及び下記式(3)の関係式から、引張り強度(σ)として算出した。
【0080】
σ=2.8F/πD ・・・ (3)
【0081】
ここで、上記式(3)において、Dは凝集体の平均粒径を示す。
【0082】
(実施例2)
酸化アルミニウムの代わりに、無機原料粉末として、酸化亜鉛(ZnO:平均一次粒子径500nm)を用いたこと以外は、実施例1と同様の方法によって軟凝集粉末を得た。
【0083】
(比較例1)
ミル処理として、ボールミル処理を24時間行ったこと以外は、実施例1と同様の方法で軟凝集粉末を得た。なお、比較例1においては、ミル処理後の粒子表面状態は、図1Bに示すように、無機粒子表面が損傷していた。
【0084】
(比較例2)
ミル処理として、ボールミル処理を24時間行ったこと以外は、実施例2と同様の方法で軟凝集粉末を得た。
【0085】
また、実施例2、及び比較例1〜2の凝集粉末について、実施例1と同様の方法によって、解砕強度を、引張り強度(σ)として算出した。ここで、図3は、実施例1〜2、及び比較例1〜2における、軟凝集粉末の解砕強度を示すグラフである。なお、同様の微小圧試験から求めた、各無機原料粉末の解砕強度の結果も参考データとして図3中に示す。なお、図3における縦軸は、解砕強度(MPa)を示す。
【0086】
図3に示すように、解砕強度に注目すると、無機原料粉末よりも解砕プロセスを経て作製した凝集粉末(実施例1〜2、及び比較例1〜2)の方が、解砕強度は4〜15%低下し、更に湿式ジェットミル処理した実施例1及び2の凝集粉末(軟凝集粉末)は、ボールミルによって作製した表面が損傷した比較例1及び2の凝集粉末よりも低い解砕強度であった。
【0087】
(II)軟凝集粉末と有機ポリマーの混練(1):
実施例1〜2、及び比較例1〜2の各凝集粉末を、液状エポキシ(粘度:11Pa・s)に、それぞれが3体積%の粉体含有量になるように調整し、混練後の分散状態を観察した。混錬には、攪拌子を用いた攪拌機を用いた。混練時の回転子が与える最大応力(σmax)として、下記式(4)を適応した。
【0088】
σmax={r(2πN/60)2η・t}/h ・・・ (4)
【0089】
ここで、上記式(4)において、rは攪拌子(回転子)の半径(m)を示し、Nは1分当りの回転数(rpm)を示し、ηは粘度(Pa・s)を示し、tは混練時間(時間)を示し、hは攪拌子(回転子)の高さ(m)を示す。
【0090】
本実施例において、攪拌子(回転子)の半径rを3.36×10−2mとし、攪拌子(回転子)の高さhを1.60×10−2mとし、1分当りの回転数Nを300rpmとし、液状エポキシの粘度ηが11Pa・sとした条件において、軟凝集粉末(無機粒子の凝集体)を解砕するために必要な攪拌時間を見積もったところ、軟凝集粉末を解砕して、有機ポリマー中に無機粒子を分散させるのに必要な攪拌時間は、約20分であった。
【0091】
300rpmの回転速度で、未処理の無機原料粉末、実施例1〜2及び比較例1〜2のそれぞれの凝集粉末の解砕に必要な攪拌時間を表1に示す。
【0092】
【表1】

【0093】
この攪拌時間に従い、回転速度300rpmの条件で、液状エポキシと実施例1の凝集粉末を混合(粉体含有量3体積%)し、混練後の分散状態を走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察した。また、回転速度100rpmの条件で、液状エポキシと実施例1の凝集粉末を混合(粉体含有量3体積%)し、混練後の分散状態をSEMにて観察した。
【0094】
更に、回転速度100rpm及び回転速度300rpmの各条件で、液状エポキシと比較例1の凝集粉末とを混合(粉体含有量3体積%)し、混練後の分散状態をSEMにて観察した。
【0095】
ここで、図4Aは、酸化アルミニウムの無機原料粉末と液状エポキシとを回転速度100rpm及び回転速度300rpmの各条件で混合し、混練後の分散状態を示す走査型電子顕微鏡(SEM)写真であり、図4Bは、比較例1の凝集粉末と液状エポキシとを回転速度100rpm及び回転速度300rpmの各条件で混合し、混練後の分散状態を示す走査型電子顕微鏡(SEM)写真であり、図4Cは、実施例1の凝集粉末と液状エポキシとを回転速度100rpm及び回転速度300rpmの各条件で混合し、混練後の分散状態を示す走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
【0096】
明らかに、実施例1の湿式ジェットミルによって作製した軟凝集粉末と液状エポキシとの混練では、100rpm以上の回転速度で凝集粉末が解砕され分散した状態になる。一方、無機原料粉末、及び比較例1のボールミルによって作製した表面が損傷した凝集粉末では、100rpmの回転速度では凝集体が残り、300rpmで凝集粉末は解砕され分散している。つまり、液状エポキシと無機粒子表面の親和性が異なるためである。
【0097】
(III)無機粒子−有機ポリマー複合ペーストの流動性の評価(1):
上記した軟凝集粉末と有機ポリマーの混練(1)において、実施例1の湿式ジェットミルによって作製したAl軟凝集粉末と液状エポキシからなる無機粒子−有機ポリマー複合ペースト中の無機粒子は分散していることが確認された。複合ペースト中の凝集状態は、レオロジー挙動で判別可能である。ここで、無機粒子−有機ポリマー複合ペーストの流動性の評価として、液状エポキシ(粘度:11Pa・s)に、実施例1のAl軟凝集粉末を30体積%の粉体含有量になるように調整して複合ペーストを得、得られた複合ペーストの混練後の流動曲線を計測した。
【0098】
また、無機原料粉末(Al)、及び比較例1のボールミルによって作製した凝集粉末についても、液状エポキシ(粘度:11Pa・s)に、30体積%の粉体含有量になるように調整して複合ペーストを得、得られた複合ペーストの混練後の流動曲線を計測した。
【0099】
ここで、図5は、無機原料粉末、実施例1の凝集粉末、及び比較例1の凝集粉末を用いて作製された複合ペーストのせん断速度(s−1)とせん断応力(Pa)との関係(流動曲線)を示すグラフである。図5においては、横軸がせん断速度(s−1)を示し、縦軸がせん断応力(Pa)を示す。なお、図5において、△は無機原料粉末を示し、○は比較例1を示し、●は実施例1を示す。
【0100】
図5に示すように、無機原料粉末、及び比較例1のボールミルから作製した粒子表面が損傷した凝集粉末を用いた複合ペーストは、明らかに行きと帰りの挙動(図5における矢印の各方向における挙動)が異なり、チクソトロピー性が存在することが分かる。チクソトロピーは、無機粒子間を有機ポリマーが架橋した状態、即ち、凝集した状態にせん断を加えた時、その凝集状態が崩壊する時に生じるものである。一方、実施例1の湿式ジェットミルによって作製した凝集粉末を用いた複合ペーストは、行きと帰りの挙動が一致し、ずり速度とずり応力の関係は比例関係にあることが分かる。これは、ニュートニアン挙動として定義でき、無機粒子は有機ポリマー中に分散し流動性が高いことを示す。実施例1の凝集粉末を用いることによって、ニュートニアンの流動曲線を有する流動性の良好な無機粒子−有機ポリマー複合ペーストを製造することが可能である。
【0101】
(IV)ポリマーマトリックス中の無機粒子の状態の評価:
上記無機粒子−有機ポリマー複合ペーストの流動性の評価において、実施例1の湿式ジェットミルによって作製したAl軟凝集粉末と液状エポキシを混練した複合ペーストは、ニュートニアン挙動で、分散性が高く凝集性が低いことを示した。このことは、無機原料粉末、比較例1の凝集粉末と比較して、粉体含有量の高い無機粒子−有機ポリマー複合ペーストを作製できることを意味する。
【0102】
ここで、ポリマーマトリックス中の無機粒子の状態の評価として、液状エポキシに、各粉体含有量が60体積%となるように、無機原料粉末、実施例1の凝集粉末、比較例1の凝集粉末をそれぞれ加えて、攪拌混練した後の状態を確認した。
【0103】
ここで、図6Aは、酸化アルミニウムの無機原料粉末を用いた無機粒子−有機ポリマー複合ペーストを示す写真であり、図6Bは、比較例1の凝集粉末を用いた無機粒子−有機ポリマー複合ペーストを示す写真であり、図6Cは、実施例1の凝集粉末を用いた無機粒子−有機ポリマー複合ペーストを示す写真である。
【0104】
図6Aに示すように、無機原料粉末を用いた場合には、混練された部分と無機粉体が残った部分が存在し均質な混練ができなかった。また、図6Bに示すように、比較例1のボールミルによって作製した表面が損傷した凝集粉末を用いた場合には、無機粒子のダマが生成され、均質な混練ができなかった。
【0105】
一方、図6Cに示すように、湿式ジェットミルによって作製した表面の損傷のない無機粒子からなる軟凝集粉末を用いた場合には、均質な混練が達成できた様子が観察された。なお、この実施例1の凝集粉末を用いた複合ペーストを硬化させて複合材料を作製した。ここで、図7は、実施例1の凝集粉末を用いた複合ペーストを硬化させて複合材料の走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。図7に示すように、無機粒子はポリマーマトリックスの中に一次粒子の状態で存在している様子が分かる。このように、粒子表面が損傷のない状態で解砕された無機粒子を含むスラリーを凍結乾燥して得られた本発明の軟凝集粉末を用いることにより、高粉体含有において均質に混練が達成でき、ポリマーマトリックス中に均一に分散した無機粒子で構成される内部構造の無機粒子−有機ポリマー複合材料を製造できる。
【0106】
(V)軟凝集粉末と有機ポリマーの混練(2):
(実施例3及び4)
無機原料粉末として酸化亜鉛(ZnO)を使用し、湿式ジェットミルを用いて軟凝集粉末(実施例3及び4)をそれぞれ作製し、上記した「軟凝集粉末と有機ポリマーの混練(1)」と同様の方法によって液状エポキシと混練を行い、無機粒子−有機ポリマー複合ペーストを作製した。
【0107】
実施例3においては、5体積%の粉体含有量となるように、無機原料粉末(酸化亜鉛)と水を混合してスラリーを得、得られたスラリーを湿式ジェットミル処理後、凍結乾燥し、軟凝集粉末を作製した。なお、実施例3においても、湿式ジェットミル処理後の無機粒子表面は損傷のないものであった。
【0108】
また、実施例4においては、20体積%の粉体含有量となるように、無機原料粉末(酸化亜鉛)と水、及び0.15質量%のポリアクリル酸アンモニウム塩(分散剤)を加えてスラリーを得、得られたスラリーを湿式ジェットミル処理後、凍結乾燥し、軟凝集粉末を作製した。なお、実施例4においても、湿式ジェットミル処理後の無機粒子表面は損傷のないものであった。
【0109】
凝集粉末の含有割合が3体積%となるように、実施例3の凝集粉末と液状エポキシとを混合し、攪拌子を用いた攪拌機を、100rpm、及び300rpmの各条件で回転させ、複合ペーストを作製した。
【0110】
また、実施例3の凝集粉末の作製に使用した無機原料粉末を解砕せずに、液状エポキシと、実施例3の凝集粉末と同様の方法で混練して、比較用の複合ペーストを作製した。
【0111】
実施例3及び4の軟凝集粉末を使用したそれぞれの複合ペーストと、上記した比較用の複合ペースト(無機原料粉末使用)とを、それぞれを硬化させて複合材料を得、得られた複合材料中の粒子の分散状態を走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察した。ここで、図8Aは、酸化亜鉛の無機原料粉末と液状エポキシとを回転速度100rpm及び回転速度300rpmの各条件で混合し、混練後の分散状態を示す走査型電子顕微鏡(SEM)写真であり、図8Bは、実施例3の凝集粉末と液状エポキシとを回転速度100rpm及び回転速度300rpmの各条件で混合し、混練後の分散状態を示す走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
【0112】
比較用の無機原料粉末から作製した複合材料の粒子分散は、100rpmでは達成されず、300rpmでは一次粒子の状態でポリマー中に分散された。一方、実施例3の軟凝集粉末と液状エポキシを混錬した複合材料中の無機粉末は、100rpmmの回転速度で解砕され分散状態にある。つまり、本発明の軟凝集粉末(実施例3)は、低い混練速度でポリマー中に分散可能である。また、分散剤を用いて作製した実施例4についても、実施例3と同様に、低い混練速度で有機ポリマー中に分散可能であることが確認された。
【0113】
(VI)無機粒子−有機ポリマー複合ペーストの流動性の評価(2):
実施例3の軟凝集粉末を、20体積%の粉体含有量になるように液状エポキシに自転公転式の攪拌機にて2000rpmの回転速度で混練し、高粉体含有量の複合ペーストを作製した。上記した「無機粒子−有機ポリマー複合ペーストの流動性の評価(1)」と同様の方法によって、得られた複合ペーストの混練後の流動曲線を計測した。
【0114】
また、実施例4の凝集粉末、及び実施例3の凝集粉末の作製に使用した無機原料粉末(解砕していないもの)についても、同様の方法で複合ペースト(粉体含有量20体積%)を作製し、得られた複合ペーストの混練後の流動曲線を計測した。ここで、図9は、無機原料粉末、実施例3の凝集粉末、及び実施例4の凝集粉末を用いて作製された複合ペーストのずり速度(s−1)とずり応力(Pa)との関係を示すグラフである。なお、図9において、○は無機原料粉末を示し、△は実施例3を示し、黒三角は実施例4を示す。
【0115】
実施例3の湿式ジェットミルによって作製した凝集粉末を用いた複合ペーストの流動曲線はニュートニアンで、無機原料粉末をそのまま用いて作製した複合ペーストの流動曲線はチクソトロピーを示した。つまり、無機原料粉末を湿式ジェットミル処理後、凍結乾燥して作製した本発明の軟凝集粉末は、有機ポリマー(液状エポキシ)中で容易に解砕されるものであり、凝集性が低く、流動性が高いことが確認された。また、分散剤を用いた実施例4については、得られる複合ペーストのずり応力は低くなり、分散剤を添加しなかった場合よりも50%も流動性が増加することが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0116】
本発明の軟凝集粉末は、有機ポリマーからなるポリマーマトリックス中に、無機粒子を均一に分散させることができ、流動性が高く易成形性の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストの製造に利用することができる。なお、無機粒子は、一次粒子の状態でポリマーマトリックス中に解砕・分散させることができる。また、無機粒子表面に化学修飾を施すことなく有機ポリマー中に均一に無機粒子を分散させることができるため、例えば、無機粒子−有機ポリマー複合ペースト又は複合材料の製造プロセスにおいて化学物質を使用しなくともよく、環境調和型の製造プロセスを実現することができる。
【0117】
また、本発明の軟凝集粉末は、無機粒子の粉体含有率を1〜75体積%に上げることができ、且つその流動性は原料粉末とポリマーをそのまま混練し作製する複合ペーストと比較して、10〜90%向上させることができるため、高粉体含有と成形性の相反特性の問題を解消するものであり、低コスト並びに高特性の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストの製造が期待できる。
【0118】
また、本発明の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストは、無機粒子と有機ポリマーの吸着親和性は低く且つ流動性が高いため、ポリマーマトリックス中で無機粒子が良好に分散した、易成形性の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストとすることができる。このため、乾式プレス機、熱間プレス機、ロール機など圧力を用いた圧縮成形、シート成形等に好適に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0119】
【図1A】湿式ジェットミル後の粒子表面の透過電子顕微鏡(TEM)写真である。
【図1B】ボールミル後の粒子表面の透過電子顕微鏡(TEM)写真である。
【図2】無機粒子−有機ポリマー複合ペーストの構造を模式的に示す説明図である。
【図3】実施例1〜2、及び比較例1〜2における、凝集粉末の解砕強度を示すグラフである。
【図4A】酸化アルミニウムの無機原料粉末と液状エポキシとを回転速度100rpm及び回転速度300rpmの各条件で混合し、混練後の分散状態を示す走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
【図4B】比較例1の凝集粉末と液状エポキシとを回転速度100rpm及び回転速度300rpmの各条件で混合し、混練後の分散状態を示す走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
【図4C】実施例1の凝集粉末と液状エポキシとを回転速度100rpm及び回転速度300rpmの各条件で混合し、混練後の分散状態を示す走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
【図5】無機原料粉末、実施例1の凝集粉末、及び比較例1の凝集粉末を用いて作製された複合ペーストのせん断速度(s−1)とせん断応力(Pa)との関係を示すグラフである。
【図6A】酸化アルミニウムの無機原料粉末を用いた無機粒子−有機ポリマー複合ペーストを示す写真である。
【図6B】比較例1の凝集粉末を用いた無機粒子−有機ポリマー複合ペーストを示す写真である。
【図6C】実施例1の凝集粉末を用いた無機粒子−有機ポリマー複合ペーストを示す写真である。
【図7】実施例1の凝集粉末を用いた複合ペーストを硬化させて複合材料の走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
【図8A】酸化亜鉛の無機原料粉末と液状エポキシとを回転速度100rpm及び回転速度300rpmの各条件で混合し、混練後の分散状態を示す走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
【図8B】実施例3の凝集粉末と液状エポキシとを回転速度100rpm及び回転速度300rpmの各条件で混合し、混練後の分散状態を示す走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
【図9】無機原料粉末、実施例3の凝集粉末、及び実施例4の凝集粉末を用いて作製された複合ペーストのずり速度(s−1)とずり応力(Pa)との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0120】
10:無機粒子、12:有機ポリマー。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
無機原料粉末をミルプロセスで粒子表面の損傷なく解砕して得られた無機粒子を含有するスラリーを、凍結乾燥することによって得られた軟凝集粉末。
【請求項2】
前記無機原料粉末の解砕強度に対して、1〜50%の範囲で解砕強度が低下し、且つその解砕強度が1〜30MPaである請求項1に記載の軟凝集粉末。
【請求項3】
前記スラリーが、前記無機原料粉末を湿式ジェットミルを用いた前記ミルプロセスによって、前記スラリー同士の衝突圧力が50〜300MPaとなるように解砕したものである請求項1又は2に記載の軟凝集粉末。
【請求項4】
前記無機原料粉末に分散剤を加えて解砕した前記スラリーを凍結乾燥することによって得られた請求項1〜3のいずれか一項に記載の軟凝集粉末。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の軟凝集粉末と、有機ポリマーとを含有し、
前記軟凝集粉末の含有割合が、1〜75体積%である無機粒子−有機ポリマー複合ペースト。
【請求項6】
前記軟凝集粉末を構成する無機粒子の表面に、化学修飾を施すことなく作製された請求項5に記載の無機粒子−有機ポリマー複合ペースト。
【請求項7】
前記軟凝集粉末の凝集力より、前記有機ポリマーのせん断力が強い条件を設定して、前記軟凝集粉末と前記有機ポリマーとを混合・混練し、前記ポリマーマトリックス中に前記軟凝集粉末を分散させた請求項5又は6に記載の無機粒子−有機ポリマー複合ペースト。
【請求項8】
前記軟凝集粉末と前記有機ポリマーとを混合し、50〜5000回転となる混練速度において、前記ポリマーマトリックス中に前記軟凝集粉末を分散させた請求項7に記載の無機粒子−有機ポリマー複合ペースト。
【請求項9】
前記軟凝集粉末を作製するための無機原料粉末と前記有機ポリマーとにより構成された原料粉末複合ペーストに対して、その流動性が10〜90%の範囲で向上した請求項5〜8のいずれか一項に記載の無機粒子−有機ポリマー複合ペースト。
【請求項10】
前記有機ポリマーは、混練における粘度が0.1〜100000Pa・sのものである請求項8又は9に記載の無機粒子−有機ポリマー複合ペースト。
【請求項11】
前記有機ポリマー中に分散した前記軟凝集粉末を構成する無機粒子が一次粒子の状態で前記ポリマーマトリックス中に存在する請求項5〜10のいずれか一項に記載の無機粒子−有機ポリマー複合ペースト。
【請求項12】
前記有機ポリマー中に分散した前記軟凝集粉末を構成する前記無機粒子の表面状態が、前記軟凝集粉末を作製するための無機原料粉末を構成する粒子と同程度の損傷のない状態である請求項5〜11のいずれか一項に記載の無機粒子−有機ポリマー複合ペースト。
【請求項13】
請求項5〜12のいずれか一項に記載の無機粒子−有機ポリマー複合ペーストからなる複合材料。

【図9】
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【図1A】
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【図1B】
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【図2】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【図4C】
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【図5】
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【図6A】
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【図6B】
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【図6C】
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【図7】
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【図8A】
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【図8B】
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【公開番号】特開2010−120824(P2010−120824A)
【公開日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−297503(P2008−297503)
【出願日】平成20年11月21日(2008.11.21)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】