説明

軟化魚肉・畜肉の製造方法

【課題】表面の過度の軟化や見割れなどによる形状崩壊を抑制し、見た目もおいしく、やわらかい魚肉や畜肉の製造方法を提供する。
【解決手段】テンダライズによる物理的損傷と、減圧処理やタンブリングなどの酵素浸漬技術を併用して酵素反応を行い、日本介護食品協議会が定めるユニバーサルデザインフードの区分2(物性規格は硬さ上限値が5×104 N/m2)を満たした魚肉および畜肉製品を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
素材の形状を維持し、見た目もおいしく、やわらかい魚肉・畜肉の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
テンダライズ法(加工対象素材に針状の刃を刺し通し、原形を保ったまま硬い筋や繊維を短く切断する処理)や高圧処理法(レトルト処理)など、物理的な処理を加えて肉を軟化させる方法が知られているが、これらの方法による加工処理では、いずれも日本介護食品協議会が定めるユニバーサルデザインフードの区分2(物性規格は硬さ上限値が5×104 N/m2)を満たすやわらかさを達成できない場合がある。
【0003】
酵素を用いて軟化させる方法として、酵素液に浸漬する方法(特許文献1)、加圧処理して酵素を浸透させる方法(特許文献2)、酵素液をインジェクションする方法(特許文献3、特許文献4)、酵素液をインジェクションしてタンブリング(酵素液を機械的に浸透する処理)する方法(特許文献5)、等が既に提案されている。しかし、何れも表面の過度の軟化やインジェクションによる身割れなどの問題(素材の崩壊)を生じる場合がある。
【0004】
テンダライズ法と酵素を併用する方法として、(株)阿部亀商店の「軟化加工魚肉の製造方法」(特許文献6)がある。「魚肉に至適温度が40℃以上のプロテアーゼを10℃以下の温度で浸透させる第1工程と、その後生肉中でプロテアーゼを活性化させて所定時間保つ第2工程とを有する。」ことを特徴とし、「第一工程の前又は間に、生肉に針をあけること」が記載されている。しかし、特許文献6には、ユニバーサルデザインフードの区分2を満たすやわらかさを達成するという技術課題及びそれを達成するための技術についての開示はない。更に、引用文献6には、上記の酵素処理に対して減圧処理やタンブリング処理を組み合わせることに関する記載はない。
【0005】
減圧処理して酵素液を浸漬させる方法として、広島県「熟成食品の製造方法」(特許文献7)がある。「減圧処理(食品素材の膨張)により酵素を導入する工程と圧縮工程とを有する熟成食品の製造方法」に関する出願であるが、減圧下で食品素材を膨張させて酵素を導入してから、食品素材を元の食品素材の体積より小さい体積に圧縮して酵素を作用させる点に特徴を有するものである。特許文献7にも、ユニバーサルデザインフードの区分2を満たすやわらかさを達成するという技術課題及びそれを達成するための技術についての開示はない。更に、特許文献7には、上記の酵素処理に対しするデンダライズ等の物理的処理の組合せに関する記載はない。また、本願発明者による検討では、特許文献7に記載される減圧処理だけではユニバーサルデザインフードの区分2を満たすレベルのやわらかさまで到達できなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平7-31421号公報
【特許文献2】特開2004-89181号公報
【特許文献3】特開平11-346718号公報
【特許文献4】特開2008-125437号公報
【特許文献5】特表2005-503172号公報
【特許文献6】特開2004-275083号公報
【特許文献7】特開2009-89668号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、表面の過度の軟化や見割れなどによる形状崩壊を抑制し、見た目もおいしく、やわらかい魚肉や畜肉の製造方法を提供することにある。そのやわらかさは、日本介護食品協議会が定めるユニバーサルデザインフードの区分2(物性規格は硬さ上限値が5×104 N/m2)を満たし、歯ぐきでつぶせるやわらかさである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明にかかる軟化魚肉または畜肉製品の製造方法は、軟化加工処理された軟化魚肉または畜肉製品の製造方法において、
魚肉または畜肉素材をテンダライズ処理する工程と、
タンブリング処理または減圧処理により、テンダライズ処理された魚肉素材または畜肉素材内にタンパク質分解酵素を含む酵素液を浸透させる工程と、
魚肉素材または畜肉素材に浸透したタンパク質分解酵素を魚肉素材または畜肉素材に作用させる工程と、
を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
高齢人口は年々増加しており、2030年には約3人に1人が65歳以上と見込まれ、要介護者数も2013年には512万人にも上ると推測されている。素材そのままおいしさ,色,形状,栄養素を保持した介護食(咀嚼困難者向け製品)のニーズは高く、そのニーズに対応した食品の開発が可能となる。
【0010】
本発明により、表面の過度の軟化や身割れなどによる形状崩壊を抑制し、見た目もおいしく、やわらかい軟化魚肉または畜肉製品が提供できる。そのやわらかさは、日本介護食品協議会が定めるユニバーサルデザインフードの区分2を満たす、歯ぐきでつぶせるやわらかさであり、咀嚼が困難な高齢者の方などが、満足感をもって摂取することができる軟化魚肉および畜肉製品を提供が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
1.魚肉または畜肉素材
処理対象となる原料としての加工素材は、目的とする柔らかさを有する魚肉または畜肉製品用であれば魚肉や畜肉であればなんでもよく、基本的に生原料を使うが、解凍原料でも良い。すなわち、表面の過度の軟化や身割れなどによる形状崩壊を抑制し、見た目もおいしく、やわらかい軟化魚肉または畜肉製品、特に、日本介護食品協議会が定めるユニバーサルデザインフードの区分2を満たす、歯ぐきでつぶせるやわらかさであり、咀嚼が困難な高齢者の方などが、満足感をもって摂取することができる軟化魚肉および畜肉製品を得ることができるものであればよい。
【0012】
加工素材の形状は特に制限されず、適宜加工処理された魚体全体、魚体から得た切り身やブロック、畜肉のブロックや切り身など、製品の用途に応じて適宜選択できる。必要に応じて皮などの部分を有していてもよい。
【0013】
加工素材を得るための原料としては、サバ、サワラ、スケトウダラ、ホキ、イカなどを挙げることができる。更に、赤魚、シルバー、サケ、エビ、鶏肉、豚肉、牛肉などを挙げることができる。
【0014】
2.テンダライズ処理
本発明では、魚肉または畜肉素材に対してテンダライズ処理を行う。テンダライズ処理における穿孔密度は高いほど効果的な軟化処理が可能であり、1個/7.5mm×7.5mm以上の穿孔密度、すなわち、7.5mm×7.5mmの単位面積あたり一個以上の穿孔が形成されることが好ましい。このような穿孔密度は、1本/7.5mm×7.5mm以上の針密度での針の配置により達成することができる。
【0015】
テンダライズ処理は、先の尖った細い針状の器具を用いて行うことができ、例えば、ようじ、ドライバー、錐、千枚通し等を用いることができる。また、一度に複数の穴をあけるために、食器として用いられる家庭用フォークや生け花用の剣山、およびテンダライザー等も用い得る。さらに、カッター、ドリル、ミシン等を含む自動穴あけ機、ナイフなどの刃物類、レーザー、超音波、風圧および水圧等を利用した傷つけ処理も含む。テンダライズ処理は、次の工程の酵素処理の際に、魚肉や畜肉の内部に酵素が浸透するようにするために行う。
【0016】
3.酵素液浸透処理
テンダライズ処理された加工素材に対してタンパク質分解酵素を含有する酵素液を浸透させる。酵素液を浸透させる方法としては、減圧処理またはタンブリング処理が用いられる。
【0017】
3−1.酵素液
使用できるタンパク質分解酵素としては、例えばバシラス(Bacillus)属(例えばバシラス・サチリス(Bacillus subtilis)、バシラス・サーモプロテオティカス(Bacillus thermoproteolyticus)、バシラス・リシェニフォルミス(Bacillus licheniformis)等の産生する酵素、アスペルギルス(Aspergillus)属(例えばアスペルギルス・オリーゼ(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)、アルペルギルス・メレンス(Aspergillus mellens)等)の産生する酵素、リゾパス(Rhizopus)属(例えばリゾパス・ニベウス(Rhizopus niveus)、リゾパス・デレマー(Rhizopus delemar)等)の産生する酵素、ペプシン、パンクレアチン、パパイン、ブロメライン等が挙げられる。これらの酵素は単独、又は2種以上を組み合わせても良い。酵素は、対象の種類によっても異なるが、基質に対して、酵素0.01〜10重量%を添加し、よく懸濁して用いる。酵素とともに調味液等を添加しておいても良い。
【0018】
3−2.減圧処理
減圧下で酵素液と魚肉または畜肉素材を接触させる減圧処理により、酵素液を魚肉または畜肉素材中に含ませることができる。酵素液を魚肉または畜肉素材に接触させる方法としては種々の方法を利用でき、例えば、減圧下での浸漬処理が利用できる。より詳細には上記の物理的処理を施したものを、上記の濃度で調製した酵素液に漬けて、好ましくは720mmHG以上にて5分間以上の減圧処理を実施する。酵素液の中に素材が浸る程度に酵素液を入れておくことが好ましい。なお、減圧処理により、素材により異なるが、素材重量の1%〜20%程度の酵素液が含浸される。
【0019】
3−3.タンブリング処理(酵素液を機械的に浸透する処理)
上記3−2の減圧処理の代わりにタンブリング処理でも良い。タンブリング処理の場合、長時間の方が、加工素材は効果的に軟化するが、処理時間が長すぎても身割れが起きる場合がある。加工素材の種類や目的とする製品の用途などに応じてタンブリング処理時間を、例えば、10分以上の処理時間から適宜設定することができる。
【0020】
タンブリング処理により、畜肉又は魚肉加工素材中で、酵素液を均一に分散、浸透させることが可能になる。かかるタンブリング処理は、畜肉加工用として一般的に使用されている回転ドラム(タンブリングマッサージ機)を使用し、常圧下でも減圧下でもよい。減圧条件は、用いる素材等に応じて選択できる。なお、タンブリング処理により、素材により異なるが、素材重量の0.1%〜35%程度の酵素液が含浸される。
【0021】
4.酵素反応条件
加工素材中に浸透した酵素液に含まれるタンパク質分解酵素によるタンパク質分解反応を行わせる。タンパク質分解反応の条件は、目的を達成できる条件であればよく、反応温度としては至適pHが好ましいが、低温(4℃程度)から高温(60℃程度)での反応でも良い。タンパク質分解反応のための処理時間は、用いる酵素の種類や目的とする製品に要求される物性等に応じて選択できる。例えば、酵素の至適温度付近では数分〜数時間程度、至適温度以下の低温での反応では、数時間〜数日の処理とすることができる。
【実施例】
【0022】
(実施例1、比較例1及び2)物理的処理(テンダライズ)と減圧処理との併用効果
<対象>ホキ、赤魚、スケソウダラ、サバ、サワラ、サケ(いずれも凍結原料)
<処理>
以下の処理工程から表1に示す工程の組合せを選択して加工素材を処理した。
【0023】
原料解凍→物理的処理(1)→減圧処理(2)→酵素反応(3)→加熱失活(90℃、5分)→急速冷凍
(1)物理的処理
(1−1)テンダライズ(針による穴あけ):針密度7.5mm×7.5mm。テンダライズ後、酵素液に15分間浸漬した後、減圧処理を行う。
(1−2)酵素液インジェクション:ピュコマット社製 SP20/300型 インジェクターを使用。針密度1本/7.5mm×7.5mm。注入条件は0.1MPa×0.4秒。
(2)減圧処理
酵素液を注入した素材を、真空ポンプを用いて、720mmHg下で20分間の減圧下で処理した。
(3)酵素:プロテックス7L(ジェネンコア協和)、酵素濃度:0.5重量%、酵素反応:50℃, 3時間
<物性測定>
テクスチャーアナライザー TA-XTplus(Satable Micro Systems社製)により、軟化度を数値化した。プランジャーは直径20mmの円柱型を用い、進入速度10mm/secで試料を70%まで潰したときの荷重(N)から応力(N/m2)を算出した(缶詰時報, Vol.90, No.1, 71-73(2011))。なお、応力50,000N/m2以下が、日本介護食品協議会が定めるユニバーサルデザインフードの区分2に相当する。
<試験区>
【0024】
【表1】

【0025】
<結果>
【0026】
【表2】

【0027】
【表3】

【0028】
(実施例2)調味液入り酵素液での反応
<対象>サバ
<処理>
以下の処理工程により加工素材を処理した。
【0029】
原料解凍→テンダライズ処理(1)→減圧処理(2)→酵素反応(3)→加熱失活(90℃、5分)→急速冷凍
(1)テンダライズ処理:針密度1本/7.5mm×7.5mm。テンダライズ後、酵素液に15分間浸漬した後、減圧処理を行う。
(2)減圧処理
真空ポンプを用いて、720mmHg下で20分間の減圧下で処理した。
(3)酵素:プロテックス7L(ジェネンコア協和)、酵素濃度:0.5%、酵素反応:50℃, 3時間
※調味液入り試験区では、酵素:プロテックス7L:0.5%、砂糖:3.75%、並塩:1.5%、濃口醤油:0.75%, グルタミン酸ナトリウム:0.3%の組成の調味液を用いた。
<結果>
【0030】
【表4】

【0031】
(実施例3、比較例3及び4)物理的処理(テンダライズ)とタンブリング処理との併用効果
<対象>鶏肉、豚肉、イカ、エビ(いずれも凍結原料)
<処理>
以下の処理工程から表4に示す工程の組合せを選択して加工素材を処理した。
【0032】
原料解凍→テンダライズ処理(1)→タンブラー処理(2)→酵素反応(3)→加熱失活(90℃、5分)→急速冷凍
(1)テンダライズ処理:針密度1本/7.5mm×7.5mm。テンダライズ後、酵素液に15分間浸漬した後、タンブラー処理を行う。
(2)タンブラー処理
真空撹拌タンク装置にて行った(21回転/分×15分)。
(3)酵素:ブロメラインF(アマノエンザイム)、酵素濃度:0.1%、酵素反応:50℃3時間
<試験区>
【0033】
【表5】

【0034】
<結果>
テンダライズ処理とタンブラー処理を併用した試験区(F)のみ、物性値が50,000N/m2以下となった。
【0035】
【表6】

【0036】
(実施例4)物理的処理(テンダライズ)とタンブリング処理との併用効果(酵素濃度の影響)
<対象>イカ
<処理>
以下の処理工程により加工素材を処理した。
【0037】
原料解凍→テンダライズ処理(1)→タンブラー処理(2)→酵素反応(3)→加熱失活(90℃、5分)→急速冷凍
(1)テンダライズ処理:針密度1本/7.5mm×7.5mm。テンダライズ後、酵素液に15分間浸漬した後、タンブラー処理を行う。
(2)タンブラー処理
真空撹拌タンク装置にて行った(21回転/分×15分)。
(3)酵素:ブロメラインF(アマノエンザイム)、酵素濃度:0.1〜1.0%、酵素反応:50℃3時間
<物性測定>
テクスチャーアナライザー TA-XTplus(Satable Micro Systems社製)により、軟化度を数値化した。プランジャーは直径20mmの円柱型を用い、進入速度10mm/secで試料を70%まで潰したときの荷重(N)から応力(N/m2)を算出した(缶詰時報, Vol.90, No.1, 71-73(2011))。
日本介護食品協議会が定めるユニバーサルデザインフード(UDF)の区分1は応力500,000 N/m2以下、区分2は応力50,000N/m2以下、区分3は20,000 N/m2以下に相当する。
<結果>
【0038】
【表7】

【産業上の利用可能性】
【0039】
本願発明にかかる製造方法によれば、日本介護食品協議会が定めるユニバーサルデザインフードの区分2(物性規格は硬さ上限値が5×104 N/m2)を満たすやわらかさの軟化魚肉または畜肉製品を提供することが可能となる。
【0040】
また、酵素の種類、酵素濃度、減圧条件、酵素反応条件(温度・時間)など調節することで、区分1(物性規格は硬さ上限値5×105 N/m2)から区分3(物性規格は硬さ上限値2×104 N/m2)までの任意の硬さに調整することも可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軟化加工処理された軟化魚肉または畜肉製品の製造方法において、
魚肉または畜肉素材をテンダライズ処理する工程と、
タンブリング処理または減圧処理により、テンダライズ処理された魚肉素材または畜肉素材内にタンパク質分解酵素を含む酵素液を浸透させる工程と、
魚肉素材または畜肉素材に浸透したタンパク質分解酵素を魚肉素材または畜肉素材に作用させる工程と、
を有することを特徴とする軟化魚肉または畜肉製品の製造方法。
【請求項2】
テンダライズ処理における針密度が、1本/7.5mm×7.5mm以上である請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
酵素液が、0.01〜10重量%のタンパク質分解酵素を含有する請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
減圧処理を、720mmHG以上、5分間以上の条件で行なう請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
タンブリング処理を減圧下で行う請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
タンパク質分解酵素を作用させる工程を4℃〜60℃の温度で行なう請求項1〜5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
タンパク質分解酵素を作用させた魚肉素材または畜肉素材の硬さが、5×105N/m2以下である請求項1〜6のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項8】
タンパク質分解酵素を作用させた魚肉素材または畜肉素材の硬さが、5×104N/m2以下である請求項1〜6のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項9】
タンパク質分解酵素を作用させた魚肉素材または畜肉素材の硬さが、2×104N/m2以下である請求項1〜6のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1項に記載の製造方法により製造された軟化魚肉または畜肉製品。