説明

軟寒天コロニー形成試験代替法及びその利用方法

【課題】従来の軟寒天コロニー形成試験法の欠点を解決し、それに代わる簡便・確実な抗癌剤感受性スクリーニング方法を提供する。
【解決手段】ポリアクリルアミド、ポリエチレングリコール、澱粉の1種、もしくは2種以上の組成からなる透明な含水ゲルが所定量固定化された基材表面を利用する、軟寒天コロニー形成試験代替法。含水ゲルが固定化された基材表面は、その表面上に細胞を播種した際、少なくとも10日間全く細胞を付着させない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医学、生物学等の分野における軟寒天コロニー形成試験代替法、それを利用した生化学評価用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
癌は日本人の死因のトップであり、全人口の約30%が癌で死亡すると今なお言われている。近年、その治療法として外科的手術、放射線照射等のよる物理療法、抗癌剤投与等の化学療法、さらには自己免疫応答を利用した細胞療法等の技術が開発、提案されてきたが、未だに絶対的な治療法が確立されていないのが現状である。その原因としては、対象の癌細胞が生化学的に多様化しており癌細胞を一括したような技術開発の目標を定め難いこと、そして、その癌細胞の生化学的機能を調べるために癌組織から癌細胞を純度高く単離することができないこと等が挙げられる。従って、この単離技術が開発、確立されれば、癌細胞そのものの生化学的機能の研究が発展し、癌細胞に関する多くの知見が得られるようになり、さらにそれらの細胞を用いた医薬品開発、或いは患者本人の癌細胞に有効な抗癌剤をスクリーニングする手段(抗癌剤感受性スクリーニング)として極めて有用な技術となるものと期待される。特に最後の抗癌剤感受性スクリーニング技術が確立されれば、抗癌剤を投与するとき、副作用を最小限に、癌組織に対する効果を最大限にすることができ、癌の種類、部位及び個人の薬に対する感受性の差等へも対応できるようになり、もっとも効率良く抗癌剤使いこなす方法を示せることとなる。
【0003】
癌細胞は正常細胞と異なり、生体内組織、細胞、生体外の器材表面等のいずれにも接着することなく増殖することができる。すなわち癌細胞は足場非依存性細胞であり、以前よりこの特性を利用し癌細胞を単離、精製する方法が注目されてきた。その中で、特に軟寒天コロニー形成試験が良く知られており、この方法とは、測定前に基材表面に半固形の軟寒天培地を塗布し、その軟寒天のような親水性表面に癌細胞が含まれた組織由来の細胞を塗布することで、正常細胞を付着、増殖させないようにするものである。一方、癌細胞は基材表面に付着することなく増殖し、結果として癌細胞を選択的に分離、組織中の癌細胞含有率を測定するものである。具体的には、35mmもしくは60mmディッシュ上に半固形軟寒天培地を分注し、細胞を3〜4週間培養し、ディッシュ上のコロニーをカウントするものである。この軟寒天コロニー形成試験法とはすでに手法的に確立されたものであるが、問題点としては、大量のサンプルをテストするには時間と手間がかかり、しかも、コロニーサイズが均一ではないので実験結果にばらつきが出ること、軟寒天が不透明であり軟寒天中に存在する癌細胞コロニーを観察し難いこと、また、その癌細胞コロニーを利用しようとするとき軟寒天を溶解させなくてはならず癌細胞に温度ストレスがかかること、さらにその際に軟寒天が混入してしまうこと等が挙げられ、これらの問題点を全て解決できるような技術が望まれていた。
【0004】
このような課題を解決すべく、これまで多くの開発がなされてきた。このことは上述した抗癌剤感受性スクリーニング技術の開発経緯で具体化できる。その一つとして、コラーゲンマトリックス中で培養する抗癌剤感受性試験(CD−DST法、Collagen gel−droplet−embedded−Culture drug sensitivity test)が挙げられる。この方法であるとコラーゲンマトリックス中で培養し、少数の細胞で測定可能であるが、このコラーゲンマトリックスによって癌組織から癌細胞を効率良く単離するものではなく、あらかじめ別の手段で癌細胞を単離する必要性があり、上記課題を解決するような技術ではなかった。また、癌細胞の細胞に約2週間必要であり、基材も高価なものであった。Fukazawaら(Anal Biochem.(1995))は、ポリヒドロキシエチルメタクリル酸(Poly(HEMA))をマイクロプレートに被覆し、癌細胞特有のMTT、または3H−チミジンの取り込みで増殖を評価し、軟寒天コロニー形成試験代替法の結果と強く相関することを見出した。そして、幾つかの抗癌剤がスクリーニングされており、操作が簡便、迅速、定量的、経済的であることが分かったが、(Poly(HEMA))の被覆が用事調整であり、操作が煩雑であった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記のような従来技術の問題点を解決することを意図してなされたものである。すなわち、本発明は、透明な含水ゲルが固定化された基材表面を利用することを特徴とする軟寒天コロニー形成試験代替法を提供することを目的とする。また、本発明は、その製造法、並びに利用方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するために、種々の角度から検討を加えて、研究開発を行った。その結果、特定条件で特定の含水ゲルを基材表面に被覆すると、その基材表面には正常細胞が付着せず、癌細胞だけが選択的に増殖することが見いだした。本発明はかかる知見に基づいて完成されたものである。
【0007】
すなわち、本発明は、透明な含水ゲルが固定化された基材表面を利用した軟寒天コロニー形成試験代替法を提供する。
また、本発明は、上記軟寒天コロニー形成試験代替法を利用した評価、スクリーニング用キットを提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明で得られる軟寒天コロニー形成試験代替法は、使用する基材表面に正常細胞を付着させず、癌細胞だけを極めて選択的に増殖させられ、採取した癌組織から癌細胞だけを効率良く単離させることができるようになる。さらに、この技術を用いると純度の高い癌細胞が得られるため、抗癌剤感受性試験を高効率に実施できるようになる。従って、本発明は医学、生物学等の分野における極めて有用な発明である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明は、透明な含水ゲルが固定化された基材表面を利用した軟寒天コロニー形成試験代替法を提供する。本発明に使用される含水ゲルとは正常細胞を少なくとも10日間付着させないものであり、含水時に透明であれば良く、好適なものとしてポリアクリルアミド、ポリエチレングリコール、澱粉のいずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合されたものが挙げられるが、その種類は、何ら制約されるものではない。これらの含水ゲルが被覆される基材としては、通常細胞培養に用いられるガラス、改質ガラス、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート等の化合物を初めとして、一般に形態付与が可能である物質、例えば、上記以外の高分子化合物、セラミックス類など全て用いることができる。その際、使用される材質は透明なものが、培養している癌細胞を観察することができ好ましい。
【0014】
含水ゲルの培養基材への被覆方法は、特に制限されないが、例えば、特開平2−211865号公報に記載されている方法に従ってよい。すなわち、かかる被覆は、基材と上記モノマーまたはポリマーを、電子線照射(EB)、γ線照射、紫外線照射、プラズマ処理、コロナ処理、有機重合反応のいずれかにより、または塗布、混練等の物理的吸着等により行うことができる。その際、増殖した癌細胞を回収することを考慮すると含水ゲルは、基材表面上に共有結合で固定されている方が、回収した細胞にゲルの混入を防ぐことができ好ましい。
【0015】
含水ゲルの被覆量は、乾燥時において1.5〜20.0μg/cmの範囲が良く、好ましくは2.0〜10.0μg/cmであり、さらに好ましくは3.0〜7.0μg/cmである。1.5μg/cmより少ない被覆量のとき、正常細胞が基材表面上に付着してしまい、作業効率が著しく悪くなり好ましくない。逆に20.0μg/cm以上であると、含水時のゲル表面の凹凸が顕著となり、培養している癌細胞を観察することが困難となり好ましくない。本発明における培養基材の形態は特に制約されるものではないが、例えばディッシュ、マルチプレート、フラスコ、セルインサートなどが挙げられる。
【0016】
本発明に使用される細胞は、癌細胞であれば良く、生体組織から直接採取した細胞、患者から直接採取した細胞、或いは例えばHBC−4、BSY−1、HBC−5、MCF−5、MCF−7、MDA−MB−231、U251、SF−268、SF−295、SF−539、SNB−75、SNB−78、HCC2998、KM−12、HT−29、WiDr、HCT−15、HCT−116、NCI−H23、NCI−H226、NCI−H522、NCI−H460、A549、DMS273、DMS114、LOX−IMVI、OVCAR−3、OVCAR−4、OVCAR−5、OVCAR−8、SK−OV−3、RXF−631L、ACHN、St−4、MKN1、MKN7、MKN28、MKN45、MKN74、NRK−src1、NRK−mos1などの細胞株が挙げられるがその種類は、何ら制約されるものではない。これらの細胞の由来は特に制約されるものではないが、たとえばヒト、サル、イヌ、ネコ、ウサギ、ラット、ブタ、ヒツジなどが挙げられる。
【0017】
本発明における上述した細胞を培養するための培地組成は特に限定されるものではなく、これらの細胞を培養する際に通常使われているもので良く、例えば、α−MEM培地、F−12培地、DMEM培地、或いはそれらの混合物に5%〜10%ウシ血清を混合したもの、或いはそのものにさらに50μg/ml濃度でアスコルビン酸2リン酸を加えたものでも良い。
【0018】
本発明における上述した細胞を培養するための播種濃度は特に限定されるものではなく、これらの細胞を培養する際に通常使われている条件で良く、培養される細胞によっても異なるが、10000個/cm以下が良く、好ましくは5000個/cm以下が良く、さらに好ましくは3000個/cm以下が良い。細胞密度が10000個/cm以上であると、培養細胞数が多過ぎることとなり、作業効率が著しく悪くなり好ましくない。
【0019】
本発明におけるその他の培養条件は、上記細胞を培養する際に通常使われている条件で良く特に限定されるものではない。本特許技術によれば、上述した透明な含水ゲルが固定化された基材表面を利用することで、正常細胞を全く増殖させず、癌細胞のみを増殖させることができるようになる。しかも本特許技術であれば、透明な器材表面であるため培養中の癌細胞の顕微鏡観察ができ、また培養後に各種細胞染色を行え、そのまま測定することもできるようになる。また、器材表面の含水ゲル固定化されているため、培地中に混入するような問題もない。
【0020】
本発明に示される軟寒天コロニー形成試験代替法の用途は何ら制約されるものではないが、医薬品開発、或いは患者本人の癌細胞に有効な抗癌剤をスクリーニングする手段(抗癌剤感受性スクリーニング)として極めて有用な技術となるものと期待される。特に後者の抗癌剤感受性スクリーニング技術が確立されれば、抗癌剤を投与するとき、副作用を最小限に、癌組織に対する効果を最大限にすることができ、癌の種類、部位及び個人の薬に対する感受性の差等へも対応できるようになり、もっとも効率良く抗癌剤使いこなす有力な手段となる。その方法をキット化した軟寒天コロニー形成試験代替法キット、抗癌剤スクリーニングキットとしても有用な技術である。
【実施例】
【0021】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【実施例1】
【0022】
市販の3.5cmφ培養皿(ベクトン・ディッキンソン・ラブウェア(Becton Dickinson Labware)社製ファルコン(FALCON)3001)上に、アクリルアミドモノマーを10wt%になるようにイソプロピルアルコールに溶解させたものを0.07ml塗布した。0.25MGyの強度の電子線を照射し、培養皿表面にアクリルアミドポリマー(PAAm)を固定化した。照射後、イオン交換水により培養皿を洗浄し、残存モノマーおよび培養皿に結合していないPAAmを取り除き、クリーンベンチ内で乾燥し、エチレンオキサイドガスで滅菌することで本発明の細胞培養器材を得た。基材表面におけるゲル(乾燥状態)を測定したところ、5.2μg/cm被覆されていることが分かった。上述した含水ゲルを固定化した培養器材表面上に、正常ラット腎由来の線維芽細胞様株細胞であるNRK細胞、並びにそれを癌化させたNRK−src1細胞、及びNRK−mos1細胞を1×10cells/cmとなるように播種した。培地としては、5%牛胎児血清を含むDMEM培地を使用した。5日間の培養を継続した後、NRK細胞、NRK−src1細胞、及びNRK−mos1細胞それぞれの増殖性を測定した。得られた結果を図1に示す。
【比較例1〜4】
【0023】
培養する器材をコーニング社製細胞低付着性器材(比較例1)、ヌンク社製細胞低付着性器材(比較例2)、ファルコン社製細胞低付着性器材(比較例3)、住友ベークライト社製細胞低付着性器材(比較例4)を用いて行う以外は、実施例1と同様な実験を実施した。得られた結果を図1に示す。
【0024】
比較例1〜4の器材表面上では、正常細胞であるNRKの増殖を完全に抑えられないため、軟寒天培地を用いたコロニー形成試験の代替として用いることは難しい。それに対し、実施例1では正常細胞であるNRKの増殖をほぼ完全に抑えたうえ、NRK−src1細胞、及びNRK−mos1細胞は極めて良好な増殖性を示し、実施例1は軟寒天培地を用いたコロニー形成試験の代替法となることが分かる。また、当初の播種数からの簡便に増殖比率を算出することが可能であり、この増殖比率を参照として、各種抗癌薬候補薬効成分を倍地中に添加した場合の増殖比率とを比較することで、その抗癌薬候補成分による癌細胞の増殖抑制能を算出することが可能である。
【実施例2、3】
【0025】
市販の3.5cmφ培養皿(ベクトン・ディッキンソン・ラブウェア(Becton Dickinson Labware)社製ファルコン(FALCON)3001)上に、アクリルアミドモノマーを15wt%(実施例2)、20wt%(実施例3)になるようにイソプロピルアルコールに溶解させたものを0.07ml塗布した。0.25MGyの強度の電子線を照射し、培養皿表面にアクリルアミドポリマー(PAAm)を固定化した。照射後、イオン交換水により培養皿を洗浄し、残存モノマーおよび培養皿に結合していないPAAmを取り除き、クリーンベンチ内で乾燥し、エチレンオキサイドガスで滅菌することで本発明の細胞培養器材を得た。基材表面におけるゲル(乾燥状態)を測定したところ、5.8μg/cm(実施例2)、6.8μg/cm(実施例3)被覆されていることが分かった。上述した含水ゲルを固定化した培養器材表面上に、実施例1と同様にNRK細胞、並びにそれを癌化させたNRK−src1細胞、及びNRK−mos1細胞を1×10cells/cmとなるように播種し、実施例1と同様な評価を行った。その結果、実施例2、3ともに正常細胞であるNRKの増殖をほぼ完全に抑えたうえ、NRK−src1細胞、及びNRK−mos1細胞は極めて良好な増殖性を示した。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明で得られる軟寒天コロニー形成試験代替法であれば、使用する基材表面に正常細胞を付着させず、癌細胞だけを極めて選択的に増殖させられ、採取した癌組織から癌細胞だけを効率良く単離させることができるようになる。しかも本特許技術であれば、透明な器材表面であるため培養中の癌細胞の顕微鏡観察ができ、また培養後に各種細胞染色を行え、そのまま測定することもできるようになる。また、器材表面の含水ゲル固定化されているため、培地中に混入するような問題もない。さらに、この技術を用いると純度の高い癌細胞が得られるため、抗癌剤感受性試験を高効率に実施できるようになる。従って、本発明は医学、生物学等の分野における極めて有用な発明である。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】 実施例1、比較例1〜4に示す培養5日後のNRK細胞、NRK−src1細胞、及びNRK−mos1細胞それぞれ増殖のようすを示すものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明な含水ゲルが固定化された基材表面を利用することを特徴とする軟寒天コロニー形成試験代替法。
【請求項2】
含水ゲルがポリアクリルアミド、ポリエチレングリコール、澱粉の1種、もしくは2種以上の組成からなることを特徴とする請求項1記載の軟寒天コロニー形成試験代替法。
【請求項3】
含水ゲルが固定化された基材表面が、その表面上に細胞を播種した際、少なくとも10日間全く細胞を付着させないものであるあることを特徴とする請求項1、2いずれか1項記載の軟寒天コロニー形成試験代替法。
【請求項4】
請求項1〜3記載の軟寒天コロニー形成試験代替法を利用した、軟寒天コロニー形成試験代替法キット。
【請求項5】
請求項1〜3記載の軟寒天コロニー形成試験代替法を利用した、抗癌剤感受性スクリーニングキット。

【図1】
image rotate