説明

軟骨再生促進剤

【課題】軟骨再生を促進し、さらに炎症をも抑制しうる軟骨形成促進剤を提供する。
【解決手段】ボハルミン又はその薬学的に許容される塩を有効成分とする医薬組成物による。本発明のハルミン又はその薬学的に許容される塩を有効成分として含む、軟骨再生促進剤によると、炎症を抑え、軟骨細胞を成熟した軟骨細胞に効率的に分化誘導し、軟骨を保護及び再生する。本軟骨再生促進剤は、軟骨の減少が原因で発症する疾患または障害、具体的には膝関節や股関節などの変形性関節疾患や、関節リウマチにおける軟骨減少に伴う炎症等に対して、予防的、治療的に利用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハルミン又はその薬学的に許容される塩を有効成分として含む、軟骨再生促進剤に関し、さらには軟骨の減少が原因で発症する疾患若しくは障害の予防及び/又は治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
高齢化が急速に進行している日本ではさまざまな分野で高齢化問題が起きている。変形性関節炎は、関節に慢性の退行性変化及び増殖性変化が同時に起こり、関節の形態が変化する疾患である。関節軟骨が次第に磨耗又は欠損し、骨が露出するようになる。関節軟骨は血管系が存在せず、特に関節摺動部軟骨細胞及び肋軟骨組織の修復・再生は、血管が存在する骨組織と比較し困難である。特に、関節軟骨を支える骨組織が疎となると(骨粗しょう症)、関節部の機能に支障をきたし、結果として、変形性関節症(OA:Osteoarthritis)を発症する。
【0003】
骨・関節疾患の1つである変形性関節症(OA)は、加齢又は力学的ストレスに伴い、軟骨変性及び骨棘形成を生じ、2次性の滑膜炎を伴う疾患である。リスクファクターとしては、加齢以外に、性別(女性)、肥満、外傷(靭帯や半月板損傷など)が挙げられているが、病因については不明な点が多い。変形性関節症は、日本国内で年間約90万人もの新たな発症者がいるとの報告もあり、今後高齢化が進むに従い、より患者数が増加するものと考えられる。
【0004】
変形性関節症の病因はいまだ解明されていない部分が多い。変形性関節症の保存的治療としては、内服薬としては非ステロイド性抗炎症剤が一般的に用いられる。また、関節内注入療法としては、高分子のヒアルロン酸が使用されている。しかしながら、作用機序として、軟骨変性を明確に抑制し、軟骨再生を促進するような薬剤は未だにない。
【0005】
骨疾患の予防及び/又は治療用医薬組成物で、その組成物を含有する機能性食品、健康食品及び医薬製剤、並びに歯根‐歯周組織形成促進剤の有効成分として、生薬成分由来のβ−カルボリンアルカロイドについて開示がある(特許文献1)。β−カルボリンアルカロイドの具体的な化合物として、ハルミン(Harmine)、ハルモール(Harmol)、又はハルマン(Harmane)と呼ばれる化合物が挙げられているが、これらは骨疾患の予防、治療を対象にしたもので、軟骨再生促進剤とは大きく異なる。
【0006】
骨を形成する骨芽細胞と軟骨細胞は、間葉系幹細胞より分化し、骨は膜性骨化(intramembranous ossification)又は軟骨内骨化により形成される(非特許文献1)。膜内骨化では、未分化間葉細胞が、骨芽細胞に分化し、類骨(osteoid)、骨小柱(bone trabecula)を経て骨細胞となる。軟骨内骨化では、間葉系細胞からまず軟骨原器が形成され、軟骨細胞は中心部に向かって増殖・成熟し、静止軟骨細胞質、増殖軟骨細胞質、肥大軟骨細胞質からなる成長版を形成する。肥大軟骨細胞はさらに成長すると基質の石灰化が起こり、肥大軟骨細胞質の周辺部では骨芽細胞が分化する。また、石灰化軟骨部に血管が侵入すると単球系の血液細胞により破軟骨細胞が分化し、軟骨基質を融解する。そこで、肥大軟骨細胞質はアポトーシスに陥り、その周辺で骨芽細胞が分化し、骨形成が進む。しかしながら、関節軟骨や椎間板などでは軟骨組織は成熟せずに一生軟骨細胞の形成を維持し、身体に可動性を与えている。本来骨形成の起こらない軟部組織において起こる異所性骨化は、むしろ痛風とよく似た症状を呈し、軟骨石灰化症などともいわれ好ましくない。このように、軟骨と骨は機能が異なるものである。また、上述のごとく軟骨変性を明確に抑制し、軟骨再生を促進するような薬剤は未だにないのが、現状である。
【0007】
CCNファミリーは、軟骨組織の発生、分化、そして再生における生理的役割を有し、生理的病理的に多様な機能を発揮する一群のタンパク質である。中でもCCN2(結合組織成長因子(connective tissue growth factor: CTGF))は成長板軟骨組織の形成、成長や関節軟骨組織の再生を効果的に促すことが知られている。またCCN1、CCN4などの他メンバーも時として軟骨細胞に発現し、軟骨の発生分化におけるCCNファミリー遺伝子全体の統合的役割を有するといわれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開パンフレットWO2007/091707
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】細胞工学、Vol.24, No.7, pp670-675 (2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、軟骨再生を促進し、さらに炎症も抑制しうる軟骨形成促進剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、ハルミン又はその薬学的に許容される塩が、軟骨形成に重要なマーカーを発現し、炎症に伴うマーカー発現を抑制しうることを初めて見出し、本発明を完成した。
【0012】
即ち、本発明は以下よりなる。
1.ハルミン又はその薬学的に許容される塩を有効成分として含む、軟骨再生促進剤。
2.軟骨の減少が原因で発症する疾患若しくは障害の、予防又は治療用であることを特徴とする、前項1に記載の軟骨再生促進剤。
3.軟骨の減少が原因で発症する疾患若しくは障害が、変形性関節症、又は関節リウマチにおける軟骨減少に伴う炎症であることを特徴とする前項2に記載の軟骨再生促進剤。
【発明の効果】
【0013】
本発明のハルミン又はその薬学的に許容される塩を有効成分として含む、軟骨再生促進剤によると、炎症を抑え、軟骨細胞を成熟した軟骨細胞に効率的に分化誘導し、軟骨を保護及び再生することができる。本軟骨再生促進剤は、軟骨の減少が原因で発症する疾患若しくは障害、具体的には膝関節や股関節などの変形性関節疾患や、関節リウマチにおける軟骨減少に伴う炎症等に対して、予防的、治療的に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】各種候補化合物について、CCN2(connective tissue growth factor: CTGF) タンパク質の発現を指標とする一次スクリーニング結果を示す図である。(参考例1)
【図2】一次スクリーニングにより選抜された5種類の化合物について、CCN2タンパク質の発現をさらに確認した結果を示す図である。(参考例2)
【図3】選抜された5種類の化合物について、CCN2遺伝子の発現を確認した結果を示す図である。(参考例2)
【図4】選抜された5種類の化合物について、軟骨マーカーであるアグリカン(aggrecan)及びコラーゲンタイプII(Collagen Type 2)遺伝子の発現を確認した結果を示す図である。(参考例3)
【図5】各濃度のハルミンによる、細胞生存試験結果を示す図である。(実施例1)
【図6】各濃度のハルミンによる、細胞毒性試験結果を示す図である。(実施例1)
【図7】各濃度のハルミンによる、CCN2遺伝子の発現量(レベル)測定結果を示す図である。(実施例2)
【図8】各濃度のハルミンによる、アグリカン遺伝子の発現量(レベル)測定結果を示す図である。(実施例3)
【図9】各濃度のハルミンによる、コラーゲンタイプII遺伝子の発現量(レベル)測定結果を示す図である。(実施例4)
【図10】各濃度のハルミンによる、Sox-9遺伝子の発現量(レベル)測定結果を示す図である。(実施例5)
【図11】各濃度のハルミンによる、Sox-9タンパク質の発現量(レベル)測定結果を示す図である。(実施例6)
【図12】各濃度のハルミンとTNFを含む系での、CCN2遺伝子の発現量(レベル)測定結果を示す図である。(実施例7)
【図13】各濃度のハルミンとTNFを含む系での、MMP13遺伝子の発現量(レベル)測定結果を示す図である。(実施例8)
【図14】各濃度のハルミンとTNFを含む系での、MMP1遺伝子の発現量(レベル)測定結果を示す図である。(実施例9)
【図15】各濃度のハルミンとTNFを含む系での、MMP3遺伝子の発現量(レベル)測定結果を示す図である。(実施例10)
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、ハルミン又はその薬学的に許容される塩を有効成分として含む軟骨再生促進剤である。ハルミンは、以下の式(I)に示す構造からなる化合物である。
【化1】

【0016】
本発明の軟骨再生促進剤が、軟骨の減少が原因で発症する疾患若しくは障害の、予防又は治療用であることを特徴とする。ここにおいて、予防又は治療用とは、本発明の軟骨再生促進剤は、医薬組成物として使用可能な他、医薬組成物の補助剤、食品又は化粧用品としても使用することができることを意味する。上記において軟骨の減少が原因で発症する疾患若しくは障害とは、変形性関節症、又は関節リウマチなどにおける軟骨減少に伴う炎症が挙げられる。
【0017】
本発明の軟骨再生促進剤を、医薬組成物とする場合、当該医薬組成物には、有効成分としてのハルミン又はその薬学的に許容される塩を有効量含む他、一般に医薬に使用される添加剤を含んでいてもよい。添加剤としては、賦形剤、結合剤、滑沢剤、崩壊剤、着色剤、矯味矯臭剤、乳化剤、界面活性剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤、防腐剤、抗酸化剤、安定化剤、吸収促進剤等を挙げることができ、所望により、これらを適宜組み合わせて使用することもできる。
【0018】
具体的には、上記賦形剤としては、例えば乳糖、白糖、ブドウ糖、コーンスターチ、マンニトール、ソルビトール、デンプン、α化デンプン、デキストリン、結晶セルロース、軽質無水ケイ酸、ケイ酸アルミニウム、ケイ酸カルシウム、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム、リン酸水素カルシウム等を挙げることができる。上記結合剤としては、例えばポリビニルアルコール、メチルセルロース、エチルセルロース、アラビアゴム、トラガント、ゼラチン、シェラック、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリビニルピロリドン、マクロゴール等を挙げることができる。上記滑沢剤としては、例えばステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、フマル酸ステアリルナトリウム、タルク、ポリエチレングリコール、コロイドシリカ等を挙げることができる。上記崩壊剤としては、例えば結晶セルロース、寒天、ゼラチン、炭酸カルシウム、炭酸水素ナトリウム、クエン酸カルシウム、デキストリン、ペクチン、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、クロスカルメロースナトリウム、カルボキシメチルスターチ、カルボキシメチルスターチナトリウム等を挙げることができる。上記着色剤としては、例えば三二酸化鉄、黄色三二酸化鉄、カルミン、カラメル、β−カロチン、酸化チタン、タルク、リン酸リボフラビンナトリウム、黄色アルミニウムレーキ等、医薬品に添加することが許可されているものを挙げることができる。上記矯味矯臭剤としては、例えばココア末、ハッカ脳、芳香散、ハッカ油、メントール、竜脳、桂皮末等を挙げることができる。上記乳化剤又は界面活性剤としては、例えばステアリルトリエタノールアミン、ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリルアミノプロピオン酸、レシチン、モノステアリン酸グリセリン、ショ糖脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル等を挙げることができる。上記溶解補助剤としては、例えばポリエチレングリコール、プロピレングリコール、安息香酸ベンジル、エタノール、コレステロール、トリエタノールアミン、炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、ポリソルベート80、ニコチン酸アミド等を挙げることができる。上記懸濁化剤としては、前記界面活性剤のほか、例えばポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等の親水性高分子を挙げることができる。上記等張化剤としては、例えばブドウ糖、塩化ナトリウム、マンニトール、ソルビトール等を挙げることができる。上記緩衝剤としては、例えばリン酸塩、酢酸塩、炭酸塩、クエン酸塩などの緩衝液を挙げることができる。上記防腐剤としては、例えばメチルパラベン、プロピルパラベン、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸等を挙げることができる。上記抗酸化剤としては、例えば亜硫酸塩、アスコルビン酸、α−トコフェロール等を挙げることができる。上記安定化剤としては、アスコルビン酸、エデト酸ナトリウム、エリソルビン酸、トコフェロール等を挙げることができる。上記吸収促進剤としては、ミリスチン酸イソプロピル、トコフェロール、カルシフェロール等を挙げることができる。
【0019】
また、上記医薬組成物の投与方法としては、注射等による局所投与、腹腔内投与の他、桂皮投与、経口投与等を行うことができる。医薬組成物の剤形としては、注射剤や、錠剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤、トローチ剤、吸入剤などの経口剤、あるいは坐剤、軟膏剤、テープ剤、パップ剤、ローション剤などの外用剤とすることができる。
【0020】
本発明の軟骨再生促進剤を、医薬組成物の補助剤又は食品とする場合、当該補助剤又は食品には、有効成分としてのハルミン又はその薬学的に許容される塩の他、一般に医薬組成物の補助剤又は食品等に使用される添加剤を含んでいてもよい。添加剤としては、賦形剤、結合剤、滑沢剤、崩壊剤、着色剤、矯味矯臭剤、乳化剤、界面活性剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤、防腐剤、抗酸化剤、安定化剤、吸収促進剤等を挙げることができ、所望により、これらを適宜組み合わせて使用することもできる。また、医薬組成物の補助剤又は食品は、有効成分としてのハルミン又はその薬学的に許容される塩を含む健康サプリメントとして提供することもできるし、飲料物を含む食品等に混入しうる形態、例えば粉末や液体とすることもできる。さらには、飲料物を含む食品等に予め有効成分としてのハルミン又はその薬学的に許容される塩を混入したものであってもよい。
【0021】
また、化粧用品としては、有効成分としてのハルミン又はその薬学的に許容される塩の化粧品組成物を含む形態で提供することができ、例えばクリームやローションとして提供することができる。
【0022】
軟骨再生促進剤の投与量又は摂取量は、有効成分としてのハルミン又はその薬学的に許容される塩が、レシピエントに対して毒性を示さない範囲の値で適宜設定することができる。例えば、レシピエントの体格や年齢、性別等により、至適量を適宜決定することができる。また、例えば、in vitro試験系での細胞生存率、細胞毒性試験結果より、2μMより低い値では毒性を示さないことが確認されたので、これらの値を目安に決定することができる。
【0023】
レシピエントとしては、ヒトの他、軟骨の減少が原因で発症する疾患若しくは障害が懸念される動物、例えばペットや競技用の動物も含めることができる。例えば、哺乳類のうち、イヌ、ウマなどが挙げられる。
【実施例】
【0024】
以下、参考例及び実施例に基づいて本発明を詳細に説明する。なお、本発明の軟骨再生促進剤の有効成分としての化合物を選別するに至った系を参考例に記載し、選別されたハルミンの各種特性を実施例に記載する。
【0025】
(参考例1)有効成分を選別するための一次スクリーニング
本参考例では、オーファンレセプターのリガンドと予測される84種類の物質(Screen-Well Orphan Ligand Library Cat: 2825-0500, Enzo, Japan)について、ヒト軟骨細胞株(HCS-2/8)でのCCN2タンパク質の発現量(レベル)を向上させることができる化合物をサンドイッチELISA法により検出した。具体的には、ヒト軟骨細胞株(HCS-2/8)を細胞数(2x104/96well plate)、上記各化合物(最終濃度10μM)を各々含む培地(Dulbecco's Modified Eagle Medium,ニッスイ)で6時間培養した培養上清について測定した。CCN2タンパク質測定用ELISAは、96穴プレートに、抗CCN2モノクローナル抗体(mAb 8-64)をコートし、検出用抗体として、抗CCN2モノクローナル抗体(mAb 8-86)を用いた。
【0026】
上記の結果、E5、E7、E9、F12及びG2の5化合物が、CCN2タンパク質の発現量を向上させることができる化合物として検出された(図1参照)。検出された5種類の化合物名を以下に示した。また、F12ハルミン塩酸塩に類似する物質として、F9,F10,F11の化合物が挙げられが、これらの化合物については、CCN2タンパク質の発現量の向上はほとんど認められなかった(図1参照)。
【0027】
【表1】

【0028】
(参考例2)有効成分を選別するための二次スクリーニング
本参考例では、参考例1の一次スクリーニングで選抜された5種類の化合物について、ヒト軟骨細胞株(HCS-2/8)を用いて、CCN2タンパク質及び遺伝子(mRNA)の発現量を向上させることができる化合物を確認した。HCS-2/8細胞株の培養は、実験例1と同手法により、24時間行った。タンパク質の発現量は、参考例1に記載のELISA法と同手法により測定した。また、遺伝子の発現量はリアルタイムRT-PCR法により測定した。PCR用試薬として、iQTMSYBR(R) Green Supermix(BioRad製)を用いた。上記の結果、CCN2タンパク質及び遺伝子の発現量はF12のハルミンの添加により最も高い値を示た(図3参照)。
【0029】
(参考例3)有効成分を選別するための二次スクリーニング
本参考例では、参考例1の一次スクリーニングで選抜された5種類の化合物について、ヒト軟骨細胞株(HCS-2/8)で、軟骨形成に重要なアグリカンとコラーゲンタイプII遺伝子の発現量をリアルタイムRT-PCR法により測定した。参考例1と同様、各化合物の濃度は10μMで24時間培養を行った。上記の結果、コラーゲンタイプII遺伝子の発現量は、F12のハルミンの添加により最も高い値を示し、アグリカン遺伝子の発現量についても、F12のハルミンの添加により最も高い値を示した(図4参照)。
【0030】
(実施例1)ハルミンの細胞に及ぼす影響
本実施例では、ハルミンのヒト軟骨細胞に及ぼす影響を、細胞生存率及び細胞毒性により確認した。
1)細胞生存率
ハルミンを加えたときの細胞生存率は、MTSアッセイ(Cell Tilter 96TM、プロメガ社製)により評価した。 ヒト軟骨細胞株(HCS-2/8)は、2x104の密度で96ウェルプレートに播種し、10%FBSを含むDMEM培地を用いて5%のCO2存在下37℃で培養した。24時間後、1%FBSを含むDMEM培地に変換した。さらに24時間後、濃度1μM、2μM、5μM及び10μMのハルミンで細胞を72時間刺激した。各々について、8系列培養した。
上記の結果、5μM及び10μMの濃度では細胞生存率が減少した(図5)。
【0031】
2)細胞毒性
ハルミンを加えたときの細胞毒性は、培養液中に放出された細胞毒性酵素LDHの酵素活性により測定した(Cytotoxicity Detection Kit (LDH), Roche Applied Science)。ヒト軟骨細胞株(HCS-2/8)は、2x104の密度で96ウェルプレートに播種し、10%FBSを含むDMEM培地を用い、5%のCO2存在下37℃で培養した。24時間後、1%FBSを含むDMEM培地に変換した。さらに24時間後、濃度1μM、2μM、5μM及び10μMのハルミンで細胞を72時間刺激した。各濃度について、8系列培養した。
上記の結果、10μMの濃度では軟骨細胞に対し、毒性を示した(図6)。
【0032】
(実施例2)各濃度のハルミンによるCCN2遺伝子の発現に及ぼす影響
本実施例では、ヒト軟骨細胞にハルミンを加えたときの、軟骨形成の指標となるCCN2遺伝子の発現に及ぼす影響を調べた。ヒト軟骨細胞株(HCS-2/8)は、5x105の密度で6ウェルプレートに播種し、10%FBSを含むDMEM培地を用い、5%のCO2存在下37℃で培養した。24時間後、1%FBSを含むDMEM培地に変換した。さらに24時間後、濃度1μM、2μM及び5μMのハルミンで細胞を24時間又は72時間刺激し、CCN2遺伝子の発現量をリアルタイムRT-PCR法により測定した。
その結果、加えたハルミンの濃度依存的にCCN2遺伝子の発現量増加が認められたが、刺激時間では24時間及び72時間について、ほとんど違いは認められなかった(図7)。
【0033】
(実施例3)各濃度のハルミンによるアグリカン遺伝子の発現に及ぼす影響
本実施例では、ヒト軟骨細胞にハルミンを加えたときの、軟骨形成の指標となるアグリカン遺伝子の発現に及ぼす影響を調べた。ヒト軟骨細胞株(HCS-2/8)は、5x105の密度で6ウェルプレートに播種し、10%FBSを含むDMEM培地を用い、5%のCO2存在下37℃で培養した。24時間後、1%FBSを含むDMEM培地に変換した。さらに24時間後、濃度1μM、2μM及び5μMのハルミンで細胞を24時間又は72時間刺激し、アグリカン遺伝子の発現量をリアルタイムRT-PCR法により測定した。
その結果、ハルミンによる刺激後24時間で、加えたハルミンの濃度依存的にアグリカン遺伝子の発現量増加が認められた。一方、刺激後72時間では、濃度1μMでは24時間よりも発現量が増加したが、2μM及び5μMの場合では、24時間及び72時間の間に、差はほとんど認められなかった(図8)。
【0034】
(実施例4)各濃度のハルミンによるコラーゲンタイプII遺伝子の発現に及ぼす影響
本実施例では、ヒト軟骨細胞にハルミンを加えたときの、軟骨形成の指標となるコラーゲンタイプII遺伝子の発現に及ぼす影響を調べた。ヒト軟骨細胞株(HCS-2/8)は、5x105の密度で6ウェルプレートに播種し、10%FBSを含むDMEM培地を用い、5%のCO2存在下37℃で培養した。24時間後、1%FBSを含むDMEM培地に変換した。さらに24時間後、濃度1μM、2μM及び5μMのハルミンで細胞を24時間又は72時間刺激し、コラーゲンタイプII遺伝子の発現量をリアルタイムRT-PCR法により測定した。
その結果、ハルミンによる刺激後24時間で、加えたハルミンの濃度依存的にコラーゲンタイプII遺伝子の発現量増加が認められた。一方、刺激後72時間では、24時間に比べてやや発現量が減少する傾向が認められた(図9)。
【0035】
(実施例5)各濃度のハルミンによるSox-9遺伝子の発現に及ぼす影響
本実施例では、ヒト軟骨細胞にハルミンを加えたときの、軟骨形成の指標となるSox-9遺伝子の発現に及ぼす影響を調べた。ヒト軟骨細胞株(HCS-2/8)は、5x105の密度で6ウェルプレートに播種し、10%FBSを含むDMEM培地を用い、5%のCO2存在下37℃で培養した。24時間後、1%FBSを含むDMEM培地に変換した。さらに24時間後、濃度1μM、2μM及び5μMのハルミンで細胞を24時間又は72時間刺激し、Sox-9遺伝子の発現量をリアルタイムRT-PCR法により測定した。
その結果、ハルミンによる刺激後24及び72時間で、加えたハルミンの濃度依存的にSox-9遺伝子の発現量増加が認められ、5μMではコントロールに比べて3倍以上の発現を認めた(図10)。
【0036】
(実施例6)各濃度のハルミンによるSox-9タンパク質の発現に及ぼす影響
本実施例では、ヒト軟骨細胞にハルミンを加えたときの、軟骨形成の指標となるSox-9タンパク質の発現に及ぼす影響を調べた。ヒト軟骨細胞株(HCS-2/8)は、5x105の密度で6ウェルプレートに播種し、10%FBSを含むDMEM培地を用い、5%のCO2存在下37℃で培養した。24時間後、1%FBSを含むDMEM培地に変換した。さらに24時間後、濃度1μM、2μM及び5μMのハルミンで細胞を24時間刺激し、Sox-9タンパク質の発現を確認した。Sox-9タンパク質の発現は、細胞溶解質(cell lysate)について、ウェスタンブロッティングにより確認した。内部標準としてのβアクチン検出用抗体については、マウス・抗β-アクチン抗体 (Sigma社) を用い、Sox-9検出用抗体については、ウサギ・抗Sox-9 抗体(Chemicon)を用いた。
その結果、各濃度のハルミンによる刺激後24時間で、タンパク質レベルでも発現量がコントロールに比べて高いことが確認された(図11)。
【0037】
(実施例7)ハルミンの抗炎症効果について(CCN2)
本実施例では、TNFαによるCCN2遺伝子の発現抑制に対するハルミンの作用を確認した。ヒト軟骨細胞株(HCS-2/8)は、5x105の密度で6ウェルプレートに播種し、10%FBSを含むDMEM培地を用い、5%のCO2存在下37℃で培養した。24時間後、1%FBSを含むDMEM培地に変換した。さらに24時間後、ハルミン(5μM)及び/又はTNFα(10ng/mL)の存在下で細胞を24時間又は72時間刺激し、CCN2遺伝子の発現量をリアルタイムRT-PCR法により測定した。
その結果、TNFαのみで刺激した場合は、CCN2遺伝子発現量はコントロールに比べて減少したが、ハルミンの添加によりコントロールと同等以上のCCN2遺伝子発現量まで回復することが確認された(図12)。
【0038】
(実施例8)ハルミンの抗炎症効果について(MMP13)
MMP1は、結合組織代謝に関与するmatrix metaloproteinse (MMPs)群に属するコラゲナーゼの一種である。多くのミエロイド及び非ミエロイド細胞で産生され、特に炎症時やガンの転移時にそれらの活性が著しく増加することが知られている。本実施例では、TNFαによるMMP1遺伝子の発現に対するハルミンの効果を確認した。ヒト軟骨細胞株(HCS-2/8)は、5x105の密度で6ウェルプレートに播種し、10%FBSを含むDMEM培地を用い、5%のCO2存在下37℃で培養した。24時間後、1%FBSを含むDMEM培地に変換した。さらに24時間後、ハルミン(5μM)及び/又はTNFα(10ng/mL)の存在下で細胞を24時間又は72時間刺激し、MMP13遺伝子の発現量をリアルタイムRT-PCR法により測定した。
その結果、TNFαのみで刺激した場合は、MMP13遺伝子発現量は、コントロールに比べて著しく高い値を示したが、ハルミンの添加によりMMP13遺伝子発現が抑制されることが確認された(図13)。この結果より、ハルミンは、抗炎症作用をも有することが示唆された。
【0039】
(実施例9)ハルミンの抗炎症効果について(MMP1)
MMP1は、MMPs群に属するコラゲナーゼの一種である。本実施例では、TNFαによるMMP1遺伝子の発現に対するハルミンの効果を確認した。ヒト軟骨細胞株(HCS-2/8)は、5x105の密度で6ウェルプレートに播種し、10%FBSを含むDMEM培地を用い、5%のCO2存在下37℃で培養した。24時間後、1%FBSを含むDMEM培地に変換した。さらに24時間後、ハルミン(5μM)及び/又はTNFα(10ng/mL)の存在下で細胞を24時間又は72時間刺激し、MMP1遺伝子の発現量をリアルタイムRT-PCR法により測定した。
その結果、TNFαのみで刺激した場合は、MMP1遺伝子発現量は、コントロールに比べて著しく高い値を示したが、ハルミンの添加によりMMP1遺伝子発現が抑制されることが確認された(図14)。この結果より、ハルミンは、抗炎症作用をも有することが示唆された。
【0040】
(実施例10)ハルミンの抗炎症効果について(MMP3)
MMP3は、MMPs群に属するコラゲナーゼの一種である。本実施例では、TNFαによるMMP3遺伝子の発現に対するハルミンの効果を確認した。ヒト軟骨細胞株(HCS-2/8)は、5x105の密度で6ウェルプレートに播種し、10%FBSを含むDMEM培地を用い、5%のCO2存在下37℃で培養した。24時間後、1%FBSを含むDMEM培地に変換した。さらに24時間後、ハルミン(5μM)及び/又はTNFα(10ng/mL)の存在下で細胞を24時間又は72時間刺激し、MMP3遺伝子の発現量をリアルタイムRT-PCR法により測定した。
その結果、TNFαのみで刺激した場合は、MMP3遺伝子発現量は、コントロールに比べて著しく高い値を示したが、ハルミンの添加によりMMP3遺伝子発現が抑制されることが確認された(図15)。この結果より、ハルミンは、抗炎症作用をも有することが示唆された。
【0041】
上記参考例3及び各実施例において、PCR測定の際に使用したプライマーは、以下である。なお、S29はリボソームタンパク質の1種であり、本実施例等では各種遺伝子発現確認のための内部標準遺伝子として、S29遺伝子についても測定した。各遺伝子の発現量は、内部標準遺伝子を用い標準化し、定量した。
1)S29遺伝子定量用
sense:TCTCGCTCTTGTCGTGTCTGTTC(配列番号1)
anti-sense:ACACTGGCGGCACATATTGAGG(配列番号2)
2)CCN2遺伝子定量用
sense:TGCGAGGAGTGGGTGTGTGAC(配列番号3)
anti-sense:TGGACCAGGCAGTTGGCTCTAATC(配列番号4)
3)アグリカン(Aggrecan)遺伝子定量用
sense:GGCATTTCAGCGGTTCCTTCTCC(配列番号5)
anti-sense:CAGCAGTCGTCTCCTCTTCTACGG(配列番号6)
4)コラーゲンタイプII(Collagen type-II)遺伝子定量用
sense:TGGAGCAGCAAGAGCAAGGAGAA(配列番号7)
anti-sense:CCGTGGACAGCAGGCGTAGG(配列番号8)
5)Sox-9遺伝子定量用
sense:TGAAATCTGTTCTGGGAATGTT(配列番号9)
anti-sense:ACTGCTGGTGTTCTGAGA(配列番号10)
6)MMP-1遺伝子定量用
sense:AAGCGTGTGACAGTAAGC(配列番号11)
anti-sense:CGGGTAGAAGGGATTTGTG(配列番号12)
7)MMP-3遺伝子定量用
sense:AGACAGCAAGGCATAGAGA(配列番号13)
anti-sense:GCACAGCAACAGTAGGATT(配列番号14)
8)MMP-13遺伝子定量用
sense:TCCGAGACTAATAGAAGAAGACT(配列番号15)
anti-sense:GTTACTCCAGATGCTGTATTCA(配列番号16)
【産業上の利用可能性】
【0042】
以上詳述したように、本発明のハルミン又はその薬学的に許容される塩を有効成分として含む、軟骨再生促進剤によると、炎症を抑え、軟骨細胞を成熟した軟骨細胞に効率的に分化誘導し、軟骨を保護及び再生する。本軟骨再生促進剤は、軟骨の減少が原因で発症する疾患若しくは障害、具体的には膝関節や股関節などの変形性関節疾患や、関節リウマチにおける軟骨減少に伴う炎症等に対して、予防的、治療的に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハルミン又はその薬学的に許容される塩を有効成分として含む、軟骨再生促進剤。
【請求項2】
軟骨の減少が原因で発症する疾患若しくは障害の、予防又は治療用であることを特徴とする、請求項1に記載の軟骨再生促進剤。
【請求項3】
軟骨の減少が原因で発症する疾患若しくは障害が、変形性関節症、又は関節リウマチにおける軟骨減少に伴う炎症であることを特徴とする請求項2に記載の軟骨再生促進剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−171947(P2012−171947A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−37932(P2011−37932)
【出願日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【Fターム(参考)】