説明

転がり軸受の使用条件推定方法

【課題】使用後の軸受から、ラジアル荷重、アキシアル荷重、および回転回数を合理的に推定することのできる使用条件推定方法を提案する。
【解決手段】使用後の転がり軸受の回転輪と固定輪に対してX線分析を行い、このX線分析の結果から回転輪の最大転動体荷重の推定値を得ると共に、固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重の推定値を得る(S1)。得られた回転輪の最大転動体荷重の推定値と固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重の推定値とから軸受の負荷分布を推定する(S2)。この負荷分布と軸受における転動体と内外輪との接触角とから、ラジアル荷重とアキシアル荷重とを推定する(S3)。負荷分布と、負荷回数N、繰り返し応力S、X線分析で求まる半価幅w(°)の関係を求めておいた結果とから、使用された回転回数を推定する(S4)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、転がり軸受の使用された使用条件の推定方法に関し、より具体的にはX線分析により軸受の使用された使用条件であるラジアル荷重、アキシアル荷重、回転回数等を推定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受の寿命は、使用荷重、潤滑条件、材料等に依存することが知られている。従来より、軸受の寿命予測は、使用荷重、潤滑条件、材料等を考慮して作成された寿命計算式を使って行われている(非特許文献1)。この計算式は、転がり軸受をある条件で使用する際にどのくらいの期間使用できるかを見積もるため、あるいは、要求される使用期間で軸受が破損しないためにどのような条件で転がり軸受を使用すればよいかを見積もるために使用されている。
【0003】
一般に、軸受は寿命計算式に基づいて設定した使用条件で使用される。したがって、通常の条件で軸受が使用されるかぎりは、軸受の寿命が問題になることはないはずである。しかしながら、軸受の寿命が市場で問題となる状況がしばしば生じる。これは、実際の軸受の使用条件が設計した条件と異なっている場合があることが一因である。
【0004】
設計した寿命よりも早期に破損した軸受では、その破損原因を推定するために、使用条件を推定する調査が行われる。軸受の使用条件の推定方法としては、(1) 使用温度推定(非特許文献2)、(2) X線分析による使用面圧推定(非特許文献2)、(3) 潤滑条件推定(特許文献1,2)、(4) 荷重推定(特許文献3,4)等がある。これらは、いずれも軸受の破損原因の推定や余寿命推定などに用いられるものであるが、この中で軸受にとって最も基本であり、最も重要な使用条件の推定は荷重推定である。これは転がり軸受の寿命を決める最も基本的な因子が動等価荷重と呼ばれる荷重に関係する因子であるためである。
【0005】
式(1) に転がり軸受の寿命計算式を示す。
【数1】

ラジアル軸受の場合の動等価荷重:Pr =XFr +YFa ・・・(2)
スラスト軸受の場合の動等価荷重:Pa =Fa +1.2Fr ・・・(3)
【0006】
ここで、Cは静定格荷重で既知の値(kgf) 、Pは動等価荷重(kgf) 、pは玉軸受で3、コロ軸受で10/3、Xはラジアル荷重係数で既知の値(非特許文献3)、Yはアキシアル荷重係数で既知の値(非特許文献3)、Fr はラジアル荷重(kgf) 、Fa はアキシアル荷重(kgf) である。
【0007】
動等価荷重は、ラジアル荷重Fr (kgf) とアキシアル荷重Fa (kgf) から求められる。しかし、使用後の軸受から、ラジアル荷重Fr (kgf) とアキシアル荷重Fa (kgf) を合理的に推定する方法は無かった。
一方、軸受の使用条件ではないものの、軸受の破損原因の推定には、軸受がどのくらいの時間使用されていたか(=軸受の回転回数)を知ることも重要である。しかし、軸受の回転回数を使用後の軸受から推定する方法は存在しない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005−345132号公報
【特許文献2】特開2004−20378号公報
【特許文献3】特開2001−124665公報
【特許文献4】特開2002−257797号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】岡本純三著, ころがり軸受・ころ軸受の動的負荷容量−ルンドベルグとパルムグレン(Lundberg-Palmgren )理論の詳解−,千葉大学工学部機械工学科機械要素講座,(1988)
【非特許文献2】対馬全之, 前田喜久男共著, ベアリングエンジニア, 48 (1984) 1-17.
【非特許文献3】NTN社発行,NTN転がり軸受総合カタログ, CAT. No202- VII/J, (2002).
【非特許文献4】T.A.ハリス等(T. A. Harris et. al.)著, 転がり軸受の解析(Rolling Bearing Analysis) 5th ed., CPC Press, (2006) , 106p.
【非特許文献5】K.T.ジョンソン(K. L. Johnson )著 ,接触理論( Contact Mechanics), (1989), 102p.
【非特許文献6】X線応力測定法標準(2002 年度版)-鉄鋼編, 日本材料学会, (2002)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
転がり軸受のラジアル荷重Fr (kgf) 、アキシアル荷重Fa (kgf) 、軸受の回転回数の推定は、その破損原因の推定にとって重要なものであるが、その推定方法として合理的な方法が無かった。
【0011】
この発明の目的は、使用後の軸受から、その使用条件であるラジアル荷重およびアキシアル荷重を合理的に推定することのできる転がり軸受の使用条件推定方法を提案することにある。
この発明の他の目的は、使用後の軸受から、その使用条件である軸受の回転回数を推定することのできる転がり軸受の使用条件推定方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
この発明における第1の転がり軸受の使用条件推定方法は、使用後の転がり軸受の回転輪と固定輪に対してX線分析を行い、このX線分析の結果から回転輪の最大転動体荷重の推定値を得ると共に、固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重の推定値を得る過程(S1)と、
この過程(S1)で得られた回転輪の最大転動体荷重の推定値と固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重の推定値とから軸受の負荷分布を推定する過程(S2)と、
この推定した軸受の負荷分布と軸受における転動体と内外輪との接触角とから、前記軸受の使用された使用条件であるラジアル荷重とアキシアル荷重とを推定する過程(S3)とを含む。
【0013】
この方法によると、使用後の転がり軸受のラジアル荷重およびアキシアル荷重を、X線分析を使って合理的に調べることができる。そのため、軸受の破損原因の正確な推定の一助となり、軸受の破損原因の調査をより詳細に実施できるようになる。
なお、上記X線分析では、X線照射により得られたデータから、表面からの深さに対応する残留応力と半価幅の分布を測定する。この残留応力あるいは半価幅の分布の結果から、回転輪の最大転動体荷重の推定値を得る。以下で言うX線分析においても、これと同様に残留応力と半価幅分布を測定する。
【0014】
この発明において、前記軸受における転動体と内外輪との接触角は、転がり軸受の固定輪の転走面から推定しても良い。前記転動体と内外輪との接触角は、転がり軸受の設計値から決定しても良い。
【0015】
この発明方法で使用条件を推定する転がり軸受は、ラジアル軸受であっても良く、またスラスト軸受であっても良い。
【0016】
この発明における第2の転がり軸受の使用条件推定方法は、使用後の転がり軸受の回転輪と固定輪に対してX線分析を行い、このX線分析の結果から回転輪の最大転動体荷重の推定値を得ると共に固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重とを得る過程(S1)と、
この過程(S1)で得られた前記回転輪の最大転動体荷重の推定値と固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重とから軸受の負荷分布を推定する過程(S2)と、
この推定した軸受の負荷分布と、あらかじめ負荷回数N、繰り返し応力S、X線分析で求まる半価幅w( °) の関係を求めておいた結果とから、軸受の使用された回転回数を推定する過程(S4)とを含む。
【0017】
この方法によると、使用後の転がり軸受の回転回数を、X線分析を使って合理的に調べることができる。そのため、軸受の破損原因の正確な推定の一助となり、軸受の破損原因の調査をより詳細に実施できるようになる。
【0018】
第2の転がり軸受の使用条件推定方法において、負荷回数N、繰り返し応力S、X線分析で求まる半価幅w( °) の関係を下式に当てはめても良い。
【数2】

ただし、w0 は未疲労での半価幅、σY は降伏応力、f 、g 、h 、k は正の定数である。
この場合に、前記繰り返し応力Sは相当応力σe であっても良い。
【0019】
第2の転がり軸受の使用条件推定方法における前記各方法において、前記軸受における転動体と内外輪との接触角を、転がり軸受の固定輪の転走面から推定しても良い。また、前記軸受における転動体と内外輪との接触角を、転がり軸受の設計値から決定しても良い。
【0020】
第2の転がり軸受の使用条件推定方法において、前記使用された回転回数を推定する転がり軸受は、ラジアル軸受であっても良く、またスラスト軸受であっても良い。
【0021】
この発明の第3の転がり軸受の使用条件推定方法は、使用後の転がり軸受の回転輪と固定輪に対してX線分析を行い、このX線分析の結果から回転輪の最大転動体荷重の推定値を得ると共に、固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重の推定値を得る過程(S1)と、
この過程(S1)で得られた回転輪の最大転動体荷重の推定値と固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重の推定値とから軸受の負荷分布を推定する過程(S2)と、
この推定した軸受の負荷分布と軸受における転動体と内外輪との接触角とから、前記軸受の使用された使用条件であるラジアル荷重とアキシアル荷重とを推定する過程(S3)と、
前記の推定した軸受の負荷分布と、あらかじめ負荷回数N、繰り返し応力S、X線分析で求まる半価幅w( °) の関係を求めておいた結果とから、軸受の使用された回転回数(S4)を推定する過程と、を含む。
【0022】
この方法によると、使用後の転がり軸受のラジアル荷重、アキシアル荷重、および回転回数を、X線分析を使って合理的に調べることができる。そのため、軸受の破損原因の正確な推定の一助となり、軸受の破損原因の調査をより詳細に実施できるようになる。
【発明の効果】
【0023】
この発明の第1の転がり軸受の使用条件推定方法は、使用後の転がり軸受の回転輪と固定輪に対してX線分析を行い、このX線分析の結果から回転輪の最大転動体荷重の推定値を得ると共に、固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重の推定値を得る過程と、この過程で得られた回転輪の最大転動体荷重の推定値と固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重の推定値とから軸受の負荷分布を推定する過程と、この推定した軸受の負荷分布と軸受における転動体と内外輪との接触角とから、前記軸受の使用された使用条件であるラジアル荷重とアキシアル荷重とを推定する過程とを含む方法であるため、使用後の転がり軸受のラジアル荷重およびアキシアル荷重を、X線分析を使って合理的に調べることができる。そのため、軸受の破損原因の正確な推定の一助となり、軸受の破損原因の調査をより詳細に実施できるようになる。
【0024】
この発明の第2の転がり軸受の使用条件推定方法は、使用後の転がり軸受の回転輪と固定輪に対してX線分析を行い、このX線分析の結果から回転輪の最大転動体荷重の推定値を得ると共に固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重とを得る過程と、この過程で得られた前記回転輪の最大転動体荷重の推定値と固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重とから軸受の負荷分布を推定する過程と、この推定した軸受の負荷分布と、負荷回数N、繰り返し応力S、X線分析で求まる半価幅w( °) の関係を求めておいた結果とから、軸受の使用された回転回数を推定する過程とを含む方法であるため、使用後の転がり軸受の回転回数を、X線分析を使って合理的に調べることができる。そのため、軸受の破損原因の正確な推定の一助となり、軸受の破損原因の調査をより詳細に実施できるようになる。
【0025】
この発明の第3の転がり軸受の使用条件推定方法は、使用後の転がり軸受の回転輪と固定輪に対してX線分析を行い、このX線分析の結果から回転輪の最大転動体荷重の推定値を得ると共に、固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重の推定値を得る過程と、この過程で得られた回転輪の最大転動体荷重の推定値と固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重の推定値とから軸受の負荷分布を推定する過程と、この推定した軸受の負荷分布と軸受における転動体と内外輪との接触角とから、前記軸受の使用された使用条件であるラジアル荷重とアキシアル荷重とを推定する過程と、前記の推定した軸受の負荷分布と、負荷回数N、繰り返し応力S、X線分析で求まる半価幅w( °) の関係を求めておいた結果とから、軸受の使用された回転回数を推定する過程とを含む方法であるため、使用後の転がり軸受のラジアル荷重、アキシアル荷重、および回転回数を、X線分析を使って合理的に調べることができる。そのため、軸受の破損原因の正確な推定の一助となり、軸受の破損原因の調査をより詳細に実施できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】この発明の一実施形態に係る転がり軸受の使用条件推定方法を示す流れ図である。
【図2】ラジアル軸受にラジアル荷重Fr がのみが作用している場合の負荷帯の模式図である。
【図3】時刻t=0の時に転動体に最大の荷重が作用している状況の説明図である。
【図4】X分析の結果となる残留応力分布図の一例を示す説明図である。
【図5】接触面下表面下応力とZΣρ値との関係を示すグラフである。
【図6】X分析の測定原理の説明図である。
【図7】この実施形態の使用条件推定方法の推定対象とする各種ラジアル軸受の例を示す断面図である。
【図8】この実施形態の使用条件推定方法の推定対象とするスラスト軸受の一例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
この発明の一実施形態を図面と共に説明する。この転がり軸受の使用条件推定方法は、使用後の転がり軸受の回転輪と固定輪に対してX線分析を行い、このX線分析の結果から回転輪の最大転動体荷重の推定値を得ると共に、固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重の推定値を得る過程(S1)と、この過程(S1)で得られた回転輪の最大転動体荷重の推定値と固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重の推定値とから軸受の負荷分布を推定する過程(S2)と、この推定した軸受の負荷分布と軸受における転動体と内外輪との接触角とから、前記転がり軸受の使用された使用条件であるラジアル荷重とアキシアル荷重とを推定する過程(S3)と、前記の推定した軸受の負荷分布と、あらかじめ負荷回数N、繰り返し応力S、X線分析で求まる半価幅w( °) の関係を求めておいた結果とから、軸受の使用された回転回数を推定する過程(S4)とを含む。
【0028】
この方法によると、ラジアル荷重、アキシアル荷重、および軸受の回転回数を、X線分析を使って推定することができるので、軸受の破損原因の正確な推定の一助となり、軸受の破損原因の調査をより詳細に実施できるようになる。
【0029】
以下では、X線を使った転がり軸受のラジアル荷重Fr (kgf)、アキシアル荷重Fa (kgf)、軸受の回転回数の推定方法について、具体的に説明していく。
まずはじめに、ラジアル荷重Fr (kgf)とアキシアル荷重Fa (kgf)を求める方法を説明する。転がり軸受のラジアル荷重Fr (kgf)とFa アキシアル荷重 (kgf)は以下の式(4),(5) で求められる(非特許文献1)。
【0030】
【数3】

ここで、Jr は負荷率εできまる定数でラジアル積分値、Ja は負荷率εで決まる定数でアキシアル積分値、Zは転動体個数、Qmax は最大転動体荷重(kgf) 、αは接触角(rad) である。
【0031】
これより、ラジアル荷重Fr (kgf)とアキシアル荷重Fa (kgf)は、ε、Qmax (kgf)、α(rad) の3つが求まれば推定できることになる。まず、従来のX線分析による負荷推定(非特許文献2)を軸受の回転輪で実施し、その軸受の最大接触面圧Pmax(kgf/mm2 を推定する。その後、最大接触面圧Pmax(kgf/mm2)から最大転動体荷重Qmax (kgf) を従来の方法で求める(非特許文献4)。また、α(rad) は軸受の転走跡の跡から、あるいは軸受の設計の諸元から推測できる。
【0032】
上記X線分析では、X線照射により得られたデータから、表面からの深さに対応する主せん断応力の残留応力の分布を測定する。上記X線分析による負荷推定は、この残留応力分布の測定結果から、回転輪の最大転動体荷重の推定値を得る推定方法であり、次のように行う。
軸受に作用するヘルツの最大接触面圧Pmax と軸受の接触楕円短軸半径とには、ある一定の関係が存在する。なお、接触楕円は、荷重が加わったときに接点のまわりに生じる楕円状の接触面を言う。また、軸受使用時に作用する主せん断応力分布のピーク位置と軸受の接触楕円短軸半径とにも、ある一定の関係が存在する。したがって、軸受使用時に生成する主せん断応力分布のピーク位置が測定できれば、軸受に作用するヘルツの最大接触面圧Pmax を求めることができる。負荷荷重の推定は、軸受使用時に作用する主せん断応力分布のピーク位置を残留応力分布測定によって予測し、軸受に作用するヘルツの最大接触面圧Pmax を求める分析方法である。
【0033】
負荷荷重推定の具体的方法を説明する。
高い接触面圧の下では転がり接触により最大せん断応力が作用する位置に対応する深さZ45°に圧縮応力のピークを持つ残留応力分布が生成される(図4−(1) ピーク例)。このピーク位置を用いて接触面圧Pmax を推定することができる。実機で使用された軸受は、異物の噛み込みや温度上昇などにより、残留応力分布にピークが認められない場合がある(図1−(2) 生成深さ例)。このような場合は、残留応力の生成深さから接触面圧Pmax を推定する。上記X分析では、図4の残留応力分布図を求める。
〔圧縮残留応力のピーク位置から負荷荷重を推定する場合〕
図5に示す接触面下のせん断応力分布の横軸(Σρ×Z)の深さZにピーク位置(mm)を当てはめ、計算されたΣρ×Z(Σρ:接触する物体間の曲率和)値(図5中、A)を点線上にたどり、直線Pと交わったところを読み取る。
〔圧縮残留応力の生成深さ位置から負荷荷重を推定する場合〕
同じく、図5の横軸のZに生成深さを当てはめ、計算されたΣρ×Z値(図5中、B)を点線上にたどり、τC =600 MPa(臨界せん断応力:材料内部に残留応力が生成するために必要な最低限のせん断応力)の線と交わったところを読み取る。
【0034】
また、上記の最大接触面圧Pmax(kgf/mm2)から最大転動体荷重Qmax (kgf) を求める方法では、次のように求める。
今、X線分析でPmax が得られたとすれば、以下の式から転動体荷重Q 、接触楕円の長軸半径a,短軸半径bをそれぞれ求めることができる。
【数4】

ここで、Rx1,Rx2,Ry1,Ry2は、x,y方向の2物体1,2(図示せず)の曲率半径である。最大接触面圧Pmax はX線分析で既に得られているので、結果、転動体荷重Qが求まることになる。
【0035】
次に、負荷率εを求める手順を説明する。一般に、ラジアル軸受にラジアル荷重Fr(kgf)とアキシアル荷重Fa (kgf)の合成荷重が加わると、個々の転動体に加わる荷重は均一ではなくなる。ルンドベルグとパルムグレン(LundbergとPalmgren)(非特許文献1)は、この問題について検討し、任意の角度 (rad)ごとに転動体荷重の関係である式(6) を求めた。
【0036】
【数5】

ここで、Qmax は最大転動体荷重、αは接触角、tはヘルツの接触理論から点接触では1.1、線接触では1.5である。
【0037】
今、回転輪の負荷推定の結果からQmax (kgf) は既知であるから、εを求めるためには、固定輪のある角度に作用していた転動体荷重Q(kgf) を求める必要がある。一般には、固定輪の正確な負荷位置を求めることは難しいので、固定輪の2点で負荷推定を行うことになる。具体的には、固定輪の負荷域中の任意の2点ψ1 (rad)、ψ2 =ψ1 +φ (rad)に作用していた荷重を負荷推定で求め、以下の連立方程式を解けばεを求めることができる。ここで、ψ1 (rad)からずらした角度φ (rad)は記録しておく必要がある。
【数6】

【0038】
この式であれば、1 変数非線形方程式であるので容易に解くことができる。この式が解ければ、ψ1 (rad)は求められるから、その結果を式(7) か式(8) に代入すればεを求めることができる。その後、式(4) と式(5) から、ラジアル荷重Fr (kgf)とスラスト荷重Fa (kgf)を求める(必要であれば、式(2) と式(3) から動等価荷重(kgf) も計算できる)。
【0039】
以下では、軸受の回転回数が測定されていない場合でも適用できるX線分析による回転回数の推定方法について説明していく。この方法は2段階である。まず、負荷推定で得た結果から最大転動体荷重Qmax (kgf)を求め、その値と軸受の諸元から、回転輪が回転したときに固定輪に作用する内部応力を転動体が通過するごとに求める。次に、内部応力が作用したときの半価幅の低下量を実験で求めた半価幅、応力、負荷回数の関係から見積もり、負荷を受ける前の半価幅から引く。この計算を転動体が通過するごとに繰り返し、内外輪で起こる半価幅の低下をシミュレートする。最後に、この半価幅の低下が測定値と一致したときの軸受の回転回数を求める。
【0040】
まずはじめに、回転輪(内輪)が回転したときに固定輪(外輪)に作用する内部応力を転動体が通過するごとに求める方法について説明する。図2に、ラジアル軸受にラジアル荷重Fr (kgf)のみが作用しており、軸受の使用すきまが0である場合の負荷帯を示す(すきま=0、ε=0.5)。
【0041】
このとき、図2の角度ψ (rad)ごとの荷重分布Q(kgf) は式(6) で表される。負荷率εと最大転動体荷重Qmax (kgf)は既に分析によって分かっている。したがって、式(6) より転動体荷重Q(kgf) は分かるので、それぞれの角度ψでの最大接触面圧Pmax(kgf/mm2)と接触楕円の長・短軸半径a,b (mm) は、従来の方法で推定できる(非特許文献4)。すなわち、接触楕円の長・短軸半径a,bは、段落〔0034〕で前述した式により求まる。
【0042】
一方、内外輪に作用する内部応力は、平面ひずみ状態と仮定することができるので、接触中心直下の深さz(mm)に対する各種応力成分σx ,σy ,σz ,τxy,τyz,τzx(kgf/mm2) は以下の式から計算できる(非特許文献5)。
【0043】
【数7】

ここで、σx ,σy ,σz (kgf/mm2)は垂直応力成分、τxy,τyz,τzx (kgf/mm2)はせん断応力成分、νはポアソン比で0.3である。
【0044】
したがって、接触中心直下の深さz(mm)における相当応力は式(16)から計算できる。
【数8】

【0045】
以上から、深さごとの相当応力は軸受内外輪の各位置ψ (rad)で計算することができる。しかし、この応力が軸受の回転時にどのような状況で繰り返されるかについては不明である。そこで、軸受内に作用する応力がどのような状況で繰り返されるかについて考える。
【0046】
今、軸受の内輪がni (min-1) の速度で回転する場合を考える。また、時間t=0 (min)の時、転動体は、最大の転動体荷重Qmax (kgf)が生じる位置にあるとする。その状況を図3に示す。
【0047】
図中の内輪のA点は、時間t=0 (min)においてQmax (kgf)の負荷を受けている。この状態から、内輪を回転させていくと、内輪の回転速度ni (min-1) は式(17)で与えられる転動体の公転速度ne (min-1) よりも速いので、内輪のA点は次の転動体に追いつき、負荷を受けることになる。次の転動体にA点が負荷を受ける時間t1 (min) は、内輪の回転位置と転動体の公転位置+位相差が一致する点であるから、t1 dmin)は式(18)で求めることができる。
【0048】
【数9】

ここで、Zは転動体個数、Da は転動体直径(mm)、dp は転動体ピッチ円径(mm)、αは接触角(rad) 、n0 は外輪の回転速度(min-1) である。
【0049】
これより、内輪のA点が1個目の転動体から負荷を受ける時間t1 (min)は式(20)になる。
【数10】

【0050】
同様に、内輪のA点がa個目の転動体から負荷を受けるta 時間( min-1)とそのときのA点の角度ψa (rad)は式(21)と式(22)から計算できる。
【数11】

【0051】
また、内輪のA点が個目の転動体から負荷を受ける荷重Q(ψa ) (kgf)は式(23)になる。
【数12】

【0052】
以上より、内輪A点がa個目の転動体から負荷を受ける角度ψa (rad)が計算でき、そのときの転動体荷重Q(ψa ) (kgf)が計算できるので、最終的に、角度(ψa ) (rad)での内部応力を求めることができる。ここで、以上の計算は内輪の1点のみに着目しているが、軸受の回転回数が多くなれば、負荷がランダムになり、どの位置においても同じ負荷を受けると考えることができる。したがって、位相の異なる他の領域について負荷の状況を別途考える必要は無い(非特許文献1)。また、この計算は内輪回転での計算であるが、外輪回転でも同様な計算ができる。
【0053】
次に、内部応力から半価幅w( °) の変化がどのように起こっていくかを計算する手順を説明する。鋼の疲労の程度は、繰り返し応力σe (kgf/mm2)の大きさと負荷回数Nによって決まる。また、半価幅w( °) の変化は鋼の疲労の程度を表す。したがって、半価幅w( °) 、繰り返し応力σe (kgf/mm2)、負荷回数Nの関係が既知であれば、繰り返し応力と半価幅w( °) から負荷回数N を見積もることができる。今、半価幅w( °) 、繰り返し応力σe (kgf/mm2)、負荷回数Nの関係は式(24)で表せると仮定する。
【0054】
【数13】

ここで、w0 は未疲労での半価幅wの値( °) 、f,g,h,kは正の定数、
σe は繰り返し応力で相当応力の値(kgf/mm2) 、σY は降伏応力106kgf/mm2である。
【0055】
この式は、全く物理的な意味を持たないが、半価幅w( °) が負荷回数Nと繰り返し応力σe (kgf/mm2)の増加に対して単純減少する形で、負荷回数Nと繰り返し応力σe (kgf/mm2)の増加に対しては線形、非線形どちらの変化であっても実験結果を適合させることができる。また、繰り返し応力σe (kgf/mm2)には塑性変形の程度を表す相当応力σe (kgf/mm2)を適用することとし、降伏応力σY (kgf/mm2)以下では、半価幅w( °) の低下は起こらないので、式の形はそれを考慮した形になっている。ここで、降伏応力σY (kgf/mm2) としては、600 ×√3 ≒106kgf/mm2を採用した。f,g,h,kの定数は、実験結果(実験で得た半価幅w( °) 、繰り返し応力σe (kgf/mm2)、負荷回数Nの関係)を式(24)で非線形重回帰分析することによって決定する。これより、負荷回数Nは任意の繰り返し応力σe (kgf/mm2)と半価幅w( °) に対して求めることができるようになる。
【0056】
次に、半価幅w( °) の低下を計算していく手順を具体例で説明していく。今、6206玉軸受にラジアル荷重700kgfが作用しており、時間t=0min において、軸受が図2の状態から、内輪が1min -1で回転し始めるとする。まず、t=0 minにおける内輪A点直下の最大転動体荷重Qmax (kgf) を計算する。今、時間t=0min 、荷重;Fr =700kgf 、転動体数Z=9、接触角α=0 (rad)、転動体ピッチ直径dP =45.5mm、転動体直径DP =9.525mm、玉軸受のラジアル積分値Jr =0.2288(ε=0.5)、内輪回転数ni (min-1) であるから、A点の転動体荷重は以下のように求められる。
【0057】
【数14】

【0058】
次に、得られた転動体荷重から、接触楕円の長軸半径a (mm) と短軸半径b (mm) 及び最大接触面圧Pmax (kgf/mm2)を計算する。今、各曲率半径は6206玉軸受の諸元から、Rx1mm、Rx2 mm 、Ry1 mm 、Ry2 mm であるから、a (mm) 、b (mm) 、Pmax (kgf/mm2) は以下になる。
a=2.705352mm
b=0.193283mm
max =304.048kgf/mm2
【0059】
次に、得られたa (mm) 、b (mm) 、Pmax (kgf/mm2 )から、内部応力を計算する。今、例として、z=0.2mm の深さにおける内部応力を計算する。
【0060】
【数15】

【0061】
次に、上述の計算で得た繰り返し応力σe (kgf/mm2)が1回加わった後の半価幅w( °) を計算する。仮に、実験から半価幅w( °) 、繰り返し応力σe (kgf/mm2)、負荷回数Nの関係として式(26)が得られたとする。
【数16】

【0062】
未疲労の半価幅w0(°) が7°( 実際には実験で求められる) であるとすると、前述の計算で得た繰り返し応力σe が1回加わった後の半価幅w( °) は以下のように計算できる。
【数17】

【0063】
これは、700kgf で荷重を受けた内輪のA点が時間t=0minにおいて、1 回の負荷を受けたとき、深さz=0.2mmにおける半価幅w( °) が1.44E-07( °) 低下することを示している。式(26)の形から分かるように、2 回目以降の負荷に対しては、半価幅w( °) の変化は非線形性が出てくるので、負荷が2 回目以降の半価幅w( °) の低下量を見積もる式は、この式を負荷回数Nに対して偏微分した式(27)になる。
【0064】
【数18】

【0065】
以上のように、半価幅w( °) の低下の挙動は、軸受が回転するときの変化を1回の負荷ごとに計算して求めることができる。この計算を繰り返すと、半価幅w( °) は次第に低下し、最終的には、実験で得た半価幅(この例では深さ位置z=0.2mmで測定した値)と一致するときがくる。このとき、軸受の回転角度ψa は同時に計算しているから、この角度を2πで割れば、軸受の回転回数が計算できる。以上のように軸受の回転回数は、X線分析により求められる。
【0066】
次に、上記X線分析過程S1aで行うX分析の測定原理を図6と共に説明する(非特許文献6を引用)。物質にある波長を持ったX線をある角度で入射すると、入射X線は、図6(A)に示すように、物質に応じて特定の角度に回折される。この回折X線の角度と強度は、物質中の原子の種類とその構成に依存する。したがって、物質にX線を入射し、反射してきたX線の角度と強度を測定すれば、その物質の状態(相)を同定できる。この実施形態におけるX線分析はこのX線回折を利用したもので、本来は結晶の状態(相)を同定する分析になる。その回折角度と物質との相互作用は次のブラッグの式で表される(λは入射X線の波長で、n は整数)。
ブラッグ反射の条件式:2d・sin θ=nλ
この式中に格子面の間隔dが入っている。もし、圧縮や引張の応力働いていたら、物質中の面間隔は若干変化する。この面間隔の変化を測定しているのが、X線分析による残留応力の測定になる。一方、半価幅は面間隔のばらつきを示したものになる。焼入された物質は急速に起こる変態で格子面が揃っていない。したがって面間隔のばらつきは、ばらつきが大きくなっている。転動等の疲労を受けると、格子が揺さぶられるので、焼入れ前の鉄本来の面間隔に緩和していき、結果、X線分析値の半価幅が小さくなっていく。
【0067】
なお、図7は、この実施形態の使用条件推定方法の推定対象とする各種ラジアル軸受の例を示し、図8は、実施形態の使用条件推定方法の推定対象とするスラスト軸受の一例を示す。
【符号の説明】
【0068】
S1:X線分析・転動体荷重推定過程
S2:負荷分布推定過程
S3:ラジアル荷重.アキシアル荷重推定過程
S4:回転回数推定過程

【特許請求の範囲】
【請求項1】
使用後の転がり軸受の回転輪と固定輪に対してX線分析を行い、このX線分析の結果から回転輪の最大転動体荷重の推定値を得ると共に、固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重の推定値を得る過程と、
この過程で得られた回転輪の最大転動体荷重の推定値と固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重の推定値とから軸受の負荷分布を推定する過程と、
この推定した軸受の負荷分布と軸受における転動体と内外輪との接触角とから、前記軸受の使用された使用条件であるラジアル荷重とアキシアル荷重とを推定する過程と、
を含む転がり軸受の使用条件推定方法。
【請求項2】
請求項1おいて、前記軸受における転動体と内外輪との接触角を、転がり軸受の固定輪の転走面から推定する転がり軸受の使用条件推定方法。
【請求項3】
請求項1おいて、前記軸受における転動体と内外輪との接触角を、転がり軸受の設計値から決定する転がり軸受の使用条件推定方法。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項において、前記使用条件を推定する転がり軸受がラジアル軸受である転がり軸受の使用条件推定方法。
【請求項5】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項において、前記使用条件を推定する転がり軸受がスラスト軸受である転がり軸受の使用条件推定方法。
【請求項6】
使用後の転がり軸受の回転輪と固定輪に対してX線分析を行い、このX線分析の結果から回転輪の最大転動体荷重の推定値を得ると共に固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重とを得る過程と、
この過程で得られた前記回転輪の最大転動体荷重の推定値と固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重とから軸受の負荷分布を推定する過程と、
この推定した軸受の負荷分布と、負荷回数N、繰り返し応力S、X線分析で求まる半価幅w( °) の関係を求めておいた結果とから、軸受の使用された回転回数を推定する過程と、
を含む転がり軸受の使用条件推定方法。
【請求項7】
請求項6において、負荷回数N、繰り返し応力S、X線分析で求まる半価幅w( °) の関係を下式に当てはめる余寿命推定方法。
【数1】

ただし、w0 は未疲労での半価幅、σY は降伏応力、f 、g 、h 、k は正の定数である。
【請求項8】
請求項7において、前記繰り返し応力Sは相当応力σe である余寿命推定方法。
【請求項9】
請求項6ないし請求項8のいずれか1項において、前記軸受における転動体と内外輪との接触角を、転がり軸受の固定輪の転走面から推定する転がり軸受の使用条件推定方法。
【請求項10】
請求項6ないし請求項8のいずれか1項において、前記軸受における転動体と内外輪との接触角を、転がり軸受の設計値から決定する転がり軸受の使用条件推定方法。
【請求項11】
請求項6ないし請求項10のいずれか1項において、前記使用された回転回数を推定する転がり軸受がラジアル軸受である転がり軸受の使用条件推定方法。
【請求項12】
請求項6ないし請求項10のいずれか1項において、前記使用された回転回数を推定する転がり軸受がスラスト軸受である転がり軸受の使用条件推定方法。
【請求項13】
使用後の転がり軸受の回転輪と固定輪に対してX線分析を行い、このX線分析の結果から回転輪の最大転動体荷重の推定値を得ると共に、固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重の推定値を得る過程と、
この過程で得られた回転輪の最大転動体荷重の推定値と固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重の推定値とから軸受の負荷分布を推定する過程と、
この推定した軸受の負荷分布と軸受における転動体と内外輪との接触角とから、前記軸受の使用された使用条件であるラジアル荷重とアキシアル荷重とを推定する過程と、
前記の推定した軸受の負荷分布と、負荷回数N、繰り返し応力S、X線分析で求まる半価幅w( °) の関係を求めておいた結果とから、軸受の使用された回転回数を推定する過程と、
を含む転がり軸受の使用条件推定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−69684(P2011−69684A)
【公開日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−220111(P2009−220111)
【出願日】平成21年9月25日(2009.9.25)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】