説明

転がり軸受

【課題】フッ素グリースを封入した転がり軸受において、内・外輪軌道面などに形成されたDLC膜の耐剥離性を向上させ、該膜によりフッ素と鋼との反応の抑制を図れるとともに、耐焼き付き性、耐摩耗性、および耐腐食性に優れる転がり軸受を提供する。
【解決手段】転がり軸受1は、内輪2と外輪3と複数の転動体4と保持器5とを備え、フッ素グリース7が転動体4の周囲に封入される軸受であり、曲面である内輪軌道面2aや外輪軌道面3aなどに硬質膜8が成膜されてなり、この硬質膜8は、該表面に直接成膜されるCrを主体とする下地層と、該層の上に成膜されるWCとDLCとを主体とする混合層と、該混合層の上に成膜されるDLCを主体とする表面層とからなる構造の膜であり、混合層は、下地層側から表面層側へ向けて連続的または段階的に、WCの含有率が小さくなり、DLCの含有率が高くなる層である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は転がり軸受に関し、特に、フッ素グリースを封入する場合において、軌道面や保持器摺接面にダイヤモンドライクカーボンを含む硬質膜を成膜した転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
硬質カーボン膜は、一般にダイヤモンドライクカーボン(以下、DLCと記す。また、DLCを主体とする膜/層をDLC膜/層ともいう。)と呼ばれている硬質膜である。硬質カーボンはその他にも、硬質非晶質炭素、無定形炭素、硬質無定形型炭素、i−カーボン、ダイヤモンド状炭素など、様々な呼称があるが、これらの用語は明確に区別されていない。
【0003】
このような用語が用いられるDLCの本質は、構造的にはダイヤモンドとグラファイトが混ざり合った両者の中間構造を有するものである。ダイヤモンドと同等に硬度が高く、耐摩耗性、固体潤滑性、熱伝導性、化学安定性、耐腐食性などに優れる。このため、例えば、金型・工具類、耐摩耗性機械部品、研磨材、摺動部材、磁気・光学部品などの保護膜として利用されつつある。こうしたDLC膜を形成する方法として、スパッタリング法やイオンプレーティング法などの物理的蒸着(以下、PVDと記す)法、化学的蒸着(以下、CVDと記す)法、アンバランスド・マグネトロン・スパッタリング(以下、UBMSと記す)法などが採用されている。
【0004】
従来より、転がり軸受の軌道輪の軌道面、転動体の転動面、保持器摺接面などに対し、DLC膜を形成する試みがなされている。DLC膜は、膜形成時に極めて大きな内部応力が発生し、また高い硬度およびヤング率を持つ反面、変形能が極めて小さいことから、基材との密着性が弱く、剥離しやすいなどの欠点を持っている。このため、転がり軸受における上記各面にDLC膜を成膜する場合には、密着性を改善する必要性がある。
【0005】
例えば、中間層を設けてDLC膜の密着性改善を図ったものとして、鉄鋼材料で形成された軌道溝や転動体の転動面に、クロム(以下、Crと記す)、タングステン(以下、Wと記す)、チタン(以下、Tiと記す)、珪素(以下、Siと記す)、ニッケル、および鉄の少なくともいずれかの元素を含む組成の下地層と、この下地層の構成元素と炭素とを含有し、炭素の含有率が下地層の反対側で下地層側より大きい中間層と、アルゴンと炭素とからなりアルゴンの含有率が0.02質量%以上5質量%以下であるダイヤモンドライクカーボン層とが、この順に形成されてなる転動装置が提案されている(特許文献1参照)。また、同様に中間層を設けて密着性改善を図ったものとして、転がり軸受の保持器表面に複数層の被膜を形成し、最表面層の被膜と、保持器との間に、所定の硬度の中間層を介在させた保持器が提案されている(特許文献2参照)。
【0006】
また、アンカー効果によりDLC膜の密着性改善を図ったものとして、軌道面にイオン衝撃処理により10〜100nmの高さで平均幅300nm以下の凹凸を形成し、この軌道面上にDLC膜を形成した転がり軸受が提案されている(特許文献3参照)。
【0007】
その他、保持器母材表面に所定の処理を経た硬化層が形成され、硬化層の表面にこれより高硬度の硬質膜がコーティングされ、硬質膜表面に固体潤滑効果を有する軟質膜がコーティングされた保持器や、その製造方法などが提案されている(特許文献4および特許文献5参照)。
【0008】
一方、フッ素グリースを封入した転がり軸受は、高温耐久性に優れることから、自動車エンジンルームで用いられる軸受や、複写機・印刷機などのトナー定着部用軸受として使用されている。また、蒸気圧特性に優れることから真空機器用軸受にも多用されている。これらのフッ素グリースは、十分な量が存在する場合には良好な潤滑性を発揮するが、転がり接触部や、すべり部への供給が不足し境界潤滑となる場合は、基油であるパーフルオロポリエーテル(以下、PFPEと記す)油と軸受材料である鋼(鉄)とが反応し基油の分解とともに鋼の摩耗が生じ短寿命となる。また、この反応によりPFPE油自体が劣化し、消費されるため、利用できる潤滑剤の量が著しく減少し、これらが相乗して軸受が短寿命で焼きつくという現象にいたる場合がある。
【0009】
上記PFPE油と鋼との反応を抑制する手段として、フッ素グリース中に金属表面に被膜を形成できる有機化合物を添加したものなどが提案されている(特許文献6参照)。また、上述のDLC膜などの硬質膜を鋼に被覆することでも、この反応を抑制できると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第4178826号
【特許文献2】特開2006−300294号公報
【特許文献3】特許第3961739号
【特許文献4】特開2005−147306号公報
【特許文献5】特開2005−147244号公報
【特許文献6】特開2007−92012号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、転がり軸受において転動体を案内する内・外輪の軌道面は、その形状が平面ではなく曲面であり、主曲率と副曲率が組み合わさった形状等のものもある。また、転動体の転動面は、円筒ころの場合は円周面、玉の場合は球面となる。また、保持器の摺接面は、転動体と接触する面(保持器ポケット面)や軌道輪と接触する面であり、その形状は曲面となる。以上のような形状の面にDLC膜を成膜すると、その膜構造や成膜条件によっては、膜内の残留応力が大きくなり、成膜直後に剥離するおそれがある。また、成膜直後には剥離しなくとも、軸受使用時において、転がり接触などの負荷や、局所的な摺動発熱による熱衝撃などの負荷を受けると剥離するおそれがある。
【0012】
DLC膜が剥離すると、軸受部材間で金属接触が起こり、該部材が摩耗することで転動面に摩耗粉が介入し軌道面損傷などに繋がる。また、グリース潤滑の場合は金属新生面の触媒作用によってグリース劣化を促進させることがある。特に、フッ素グリースを封入している場合では、DLC膜が剥離すると、上述のPFPE油と鋼との反応による問題が顕著となる。
【0013】
上記各特許文献の技術は、このDLC膜の剥離防止を図ったものであるが、得られた転がり軸受の実用性を向上させるべく、DLC膜を適用する際の膜構造や成膜条件には更なる改善の余地がある。
【0014】
本発明はこのような問題に対処するためになされたものであり、フッ素グリースを封入した転がり軸受において、内・外輪軌道面などに形成されたDLC膜の耐剥離性を向上させ、該膜によりフッ素と鋼との反応の抑制を図れるとともに、耐焼き付き性、耐摩耗性、および耐腐食性に優れる転がり軸受の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の転がり軸受は、外周に内輪軌道面を有する内輪と、内周に外輪軌道面を有する外輪と、上記内輪軌道面と上記外輪軌道面との間を転動する複数の転動体と、上記転動体を保持する保持器とを備え、上記転動体の周囲にフッ素グリースが封入されてなる転がり軸受であって、上記内輪、上記外輪、上記転動体、および上記保持器から選ばれる少なくとも一つの軸受部材が鉄系材料からなり、該鉄系材料からなる上記軸受部材の曲面であり、かつ、上記内輪軌道面、上記外輪軌道面、上記転動体の転動面、および上記保持器の摺接面から選ばれる少なくとも一つの曲面に硬質膜が成膜されてなり、上記硬質膜は、上記曲面の上に直接成膜されるCrを主体とする下地層と、該下地層の上に成膜されるタングステンカーバイト(以下、WCと記す)とDLCとを主体とする混合層と、該混合層の上に成膜されるDLCを主体とする表面層とからなる構造の膜であり、上記混合層は、上記下地層側から上記表面層側へ向けて連続的または段階的に、該混合層中のWCの含有率が小さくなり、該混合層中のDLCの含有率が高くなる層であることを特徴とする。
【0016】
上記転動体が玉であり、上記内輪軌道面および上記外輪軌道面が、上記転動体を案内する円曲面であることを特徴とする。
【0017】
上記フッ素グリースが、PFPE油を基油とし、フッ素樹脂粉末を増ちょう剤とするグリースであることを特徴とする。
【0018】
上記表面層は、上記混合層との隣接側に、上記混合層側から硬度が連続的または段階的に高くなる傾斜層部分を有することを特徴とする。
【0019】
上記表面層は、スパッタリングガスとしてアルゴン(以下、Arと記す)ガスを用いたUBMS装置を使用して成膜した層であり、炭素供給源として黒鉛ターゲットと炭化水素系ガスとを併用し、上記Arガスの上記装置内への導入量100に対する上記炭化水素系ガスの導入量の割合が1〜5であり、上記装置内の真空度が0.2〜0.8Paであり、基材となる軸受部材に印加するバイアス電圧が70〜150Vである条件下で、上記炭素供給源から生じる炭素原子を、上記混合層上に堆積させて成膜されたものであることを特徴とする。また、上記炭化水素系ガスが、メタンガスであることを特徴とする。
【0020】
なお、基材となる軸受部材に対するバイアスの電位は、アース電位に対してマイナスとなるように印加しており、例えば、バイアス電圧150Vとは、アース電位に対して基材のバイアス電位が−150Vであることを示す。
【0021】
上記表面層の傾斜層部分は、基材となる軸受部材に印加するバイアス電圧を連続的または段階的に上げながら成膜されたものであることを特徴とする。
【0022】
上記下地層および上記混合層は、スパッタリングガスとしてArガスを用いたUBMS装置を使用して成膜した層であり、上記混合層は、連続的または段階的に、炭素供給源となる黒鉛ターゲットに印加するスパッタ電力を上げながら、かつ、WCターゲットに印加するスパッタ電力を下げながら成膜されたものであることを特徴とする。
【0023】
上記硬質膜は、表面粗さRa:0.01μm以下、ビッカース硬度Hv:780であるSUJ2焼入れ鋼を相手材として、ヘルツの最大接触面圧0.5GPaの荷重を印加して接触させ、0.05m/sの回転速度で30分間、上記相手材を回転させたときの該硬質膜の比摩耗量が200×10−10mm/(N・m)未満であることを特徴とする。また、上記硬質膜は、押し込み硬さの平均値と標準偏差値との合計が25〜45GPaであることを特徴とする。また、上記硬質膜は、スクラッチテストにおける臨界剥離荷重が50N以上であることを特徴とする。
【0024】
上記硬質膜の膜厚が0.5〜3μmであり、かつ該硬質膜の膜厚に占める上記表面層の厚さの割合が0.8以下であることを特徴とする。
【0025】
上記鉄系材料が、高炭素クロム軸受鋼、炭素鋼、工具鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼から選ばれることを特徴とする。また、上記硬質膜が形成される面の硬さが、ビッカース硬さでHv650以上であることを特徴とする。
【0026】
上記内輪、上記外輪、上記転動体を形成する鉄系材料が、それぞれ、高炭素クロム軸受鋼、炭素鋼、工具鋼、または、マルテンサイト系ステンレス鋼であることを特徴とする。また、上記内輪、上記外輪、または上記転動体において、上記硬質膜が形成される曲面の硬さが、ビッカース硬さでHv650以上であることを特徴とする。
【0027】
上記保持器を形成する鉄系材料が、冷間圧延鋼板、炭素鋼、クロム鋼、クロムモリブデン鋼、ニッケルクロムモリブデン鋼、または、オーステナイト系ステンレス鋼であることを特徴とする。また、上記保持器において、上記硬質膜が形成される曲面の硬さが、ビッカース硬さでHv450以上であることを特徴とする。
【0028】
上記硬質膜が形成される曲面において、上記硬質膜の形成前に、窒化処理により窒化層が形成されていることを特徴とする。特に、上記窒化処理が、プラズマ窒化処理であることを特徴とする。また、上記窒化処理後の曲面の硬さが、ビッカース硬さでHv1000以上であることを特徴とする。
【0029】
上記内輪、上記外輪、または上記転動体において、上記硬質膜が形成される曲面の表面粗さRaが、0.05μm以下であることを特徴とする。また、上記保持器において、上記硬質膜が形成される曲面の表面粗さRaが、0.5μm以下であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0030】
本発明の転がり軸受は、鉄系材料からなる軸受部材の曲面に、DLCを含む所定の膜構造を有する硬質膜が成膜されてなる。各曲面上に直接成膜されるCrからなる下地層は鉄系材料と相性がよく、WやSiと比較して密着性に優れる。また、混合層に用いるWCは、CrとDLCとの中間的な硬さや弾性率を有し、成膜後の残留応力の集中も発生し難い。さらに、WCとDLCとの混合層を傾斜組成とすることで、WCとDLCとが物理的に結合する構造となっている。
【0031】
上記構造により、該硬質膜は、曲面である内・外輪軌道面、転動体の転動面、保持器の摺接面に形成されながら耐剥離性に優れる。この結果、該硬質膜により、フッ素と鋼との反応が抑制され、基油の分解や鋼の摩耗を防止でき、フッ素化油本来の耐熱性や潤滑性を活用でき、長寿命となる。さらに、耐剥離性に優れることから、DLC本来の特性を発揮でき、耐焼き付き性、耐摩耗性、および耐腐食性に優れ、苛酷な潤滑状態でも軌道面や保持器摺接面などの損傷が少なく長寿命となる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の転がり軸受の一例を示す断面図である。
【図2】本発明の転がり軸受の他の例を示す断面図である。
【図3】本発明の転がり軸受の他の例を示す断面図である。
【図4】図3の保持器の拡大図である。
【図5】硬質膜の構造を示す模式断面図である。
【図6】UBMS法の成膜原理を示す模式図である。
【図7】AIP機能を備えたUBMS装置の模式図である。
【図8】摩擦試験機を示す図である。
【図9】軸受寿命試験に用いた試験機を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
DLC膜などの硬質膜は膜内に残留応力があり、残留応力は膜構造や成膜条件、基材形状の影響を受け大きく異なる。実験を重ねた結果、予想外に基材形状の影響が大きいことが判明した。例えば、平面では成膜直後の剥離もなくスクラッチテストでの臨界剥離荷重も大きい硬質膜が、転がり軸受の内・外輪軌道面や保持器ポケット面のような曲面では成膜直後に剥離する場合や、成膜直後には剥離しなくとも、使用時に剥離しやすいものである場合がある。本発明者らは、鋭意検討の結果、曲面である転がり軸受の内・外輪軌道面、転動体の転動面、保持器摺接面(ポケット面など)に形成する硬質膜を、下地層(Cr)と混合層(WC/DLCの傾斜)と表面層(DLC)とからなる所定の構造に限定することで、耐剥離性の大幅な向上が図れ、軸受の実使用条件においても、該硬質膜の剥離を防止できることを見出した。
【0034】
本発明の転がり軸受は、内輪、外輪、転動体、および保持器から選ばれる少なくとも一つの軸受部材が鉄系材料からなり、フッ素グリースを封入して使用するものである。硬質膜を成膜する箇所は、(1)鉄系材料からなる上記軸受部材の曲面(表面)であり、その中でも、(2)内輪軌道面、外輪軌道面、転動体の転動面、および保持器の摺接面から選ばれる少なくとも一つの曲面である。該硬質膜は、鉄系材料からなる部材同士が接触する曲面などに成膜するものである。
【0035】
本発明の転がり軸受に封入するフッ素グリースは、PFPE油などのフッ素系油を基油とし、フッ素樹脂粒子を増ちょう剤とするグリースである。PFPE油は、脂肪族炭化水素ポリエーテルの水素原子をフッ素原子で置換した化合物であれば使用できる。特に、耐熱性や耐酸化劣化性に優れることから、水素原子を完全にフッ素原子で置換したものが好ましい。また、上記PFPE油としては、直鎖状、側鎖を有するもののいずれも使用できる。基油とするフッ素系油は、1種類単独でも、2種類以上を混合しても使用できる。また、該基油としてフッ素系油と該フッ素系油以外の油とを混合して使用してもよく、フッ素グリースと他のグリース(ウレアグリースなど)とを混合して使用してもよい。
【0036】
フッ素グリースの増ちょう剤とするフッ素樹脂粒子は、上記PFPE油などのフッ素系油と親和性が高く、高温安定性、耐薬品性を有する粉末が使用できる。フッ素樹脂としては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)樹脂、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)などのパーフルオロ系フッ素樹脂が挙げられる。これらの中でも、PTFE樹脂が高温安定性、耐薬品性に優れているため好ましい。これらの増ちょう剤は、1種類単独でも、2種類以上を混合しても使用できる。
【0037】
フッ素グリースのベースグリース組成としては、フッ素系油を50〜90重量%、フッ素樹脂粒子を50〜10重量%することが好ましい。この範囲とすることにより、軸受封入グリースとして洩れが少なく、長時間トルクを下げられる好ましいちょう度に調整できる。
【0038】
また、フッ素グリースには、必要に応じて公知の添加剤を含有させることができる。添加剤として、例えば、有機亜鉛化合物、アミン系化合物などの酸化防止剤、ベンゾトリアゾールなどの金属不活性剤、ポリメタクリレート、ポリスチレンなどの粘度指数向上剤、二硫化モリブデン、グラファイトなどの固体潤滑剤、金属スルホネート、ポリアルコールエステルなどの防錆剤、有機モリブデンなどの摩擦低減剤、エステル、アルコールなどの油性剤、りん系化合物などの摩耗防止剤などが挙げられる。これらは1種類単独でも、2種類以上を組み合せて添加することもできる。
【0039】
本発明の転がり軸受を図1〜図4に基づいて説明する。図1は内・外輪軌道面に後述の硬質膜を形成した転がり軸受(深溝玉軸受)の断面図を、図2は転動体の転動面に硬質膜を形成した転がり軸受(深溝玉軸受)の断面図を、図3は保持器のポケット面に硬質膜を形成した転がり軸受(深溝玉軸受)の断面図を、図4は図3の保持器の拡大図をそれぞれ示す。
【0040】
転がり軸受1は、外周に内輪軌道面2aを有する内輪2と、内周に外輪軌道面3aを有する外輪3と、内輪軌道面2aと外輪軌道面3aとの間を転動する複数の転動体4と、転動体4を一定間隔で保持する保持器5とを備えている。シール部材6により、内・外輪の軸方向両端開口部がシールされ、軸受空間に上述のフッ素グリース7が封入されている。グリース7は少なくとも転動体4の周囲に封入される。
【0041】
図1(a)の転がり軸受では、内輪2の外周面(内輪軌道面2aを含む)に硬質膜8が形成されており、図1(b)の転がり軸受では、外輪3の内周面(外輪軌道面3aを含む)に硬質膜8が形成されている。該硬質膜8を内・外輪に形成する場合は、少なくともその軌道面に形成してあればよい。よって、各図に示すように内輪外周面全体、外輪外周面全体に形成したり、内・外輪の全体に形成してもよい。
【0042】
図2の転がり軸受では、転動体4の転動面に硬質膜8が形成されている。図2の転がり軸受は深溝玉軸受であることから、転動体4は玉であり、その転動面は球面全体である。図に示した態様以外の転がり軸受として、円筒ころ軸受や円錐ころ軸受を用いる際に、該硬質膜8をその転動体に形成する場合は、少なくとも転動面(円筒外周など)に形成してあればよい。
【0043】
図1および図2に示すように、深溝玉軸受の内輪軌道面2aは、転動体4である玉を案内するため、軸方向断面が円弧溝状である円曲面である。同様に、外輪軌道面3aも、軸方向断面が円弧溝状である円曲面である。この円弧溝の曲率半径は、一般的に鋼球径をdwとすると、0.51〜0.54dw程度である。また、図に示した態様以外の転がり軸受として、円筒ころ軸受や円錐ころ軸受を用いる場合では、これらの軸受のころを案内するため、内輪軌道面および外輪軌道面は、少なくとも円周方向で曲面となる。その他、自動調心ころ軸受などの場合、転動体としてたる型ころを用いるので、内輪軌道面および外輪軌道面は、円周方向に加えて、軸方向についても曲面となる。本発明の転がり軸受は、内輪軌道面および外輪軌道面が、以上のいずれの形状であってもよい。
【0044】
図3の転がり軸受では、保持器5の摺接面に硬質膜8が形成されている。図4に示すように、この保持器5は、波型鉄板保持器であり、後述の鉄系材料を用いてプレス成形した2つの部材5a、5aを組み合わせて製作され、転動体4である玉を保持する保持器ポケット5bが形成されている。保持器ポケット5bの内周面(ポケット面)が転動体4との摺接面であり、該ポケット面に硬質膜8が形成されている。 なお、硬質膜8は、軌道輪(内輪2または外輪3)との摺接面および転動体4との摺接面から選ばれる少なくとも一つの摺接面に形成してあればよい。また、この保持器5の摺接面に加えて、図1および図2で示した内輪軌道面2a、外輪軌道面3a、転動体4の転動面などにも併せて硬質膜を形成してもよい。
【0045】
硬質膜8の成膜対象となる内輪2、外輪3、および転動体4を構成する鉄系材料としては、軸受部材として一般的に用いられる任意の鋼材などを使用できる。例えば、高炭素クロム軸受鋼、炭素鋼、工具鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼などが挙げられる。これらの軸受部材(内輪2、外輪3、転動体4)において、硬質膜が形成される曲面の硬さが、ビッカース硬さでHv650以上であることが好ましい。Hv650以上とすることで、硬質膜(下地層)との硬度差を少なくし、密着性を向上させることができる。
【0046】
内輪2、外輪3、または転動体4において、硬質膜8が形成される曲面の表面粗さRaが、0.05μm以下であることが好ましい。表面粗さRaが0.05μmをこえると、粗さの突起先端に硬質膜が形成され難くなり、局所的に膜厚が小さくなる。
【0047】
硬質膜8の成膜対象となる保持器5を構成する鉄系材料としては、保持器材として一般的に用いられる任意の材料を使用できる。例えば、冷間圧延鋼板、炭素鋼、クロム鋼、クロムモリブデン鋼、ニッケルクロムモリブデン鋼、オーステナイト系ステンレス鋼などが挙げられる。この保持器5において、硬質膜8が形成される摺接面(曲面)の硬さが、ビッカース硬さでHv450以上であることが好ましい。Hv450以上とすることで、硬質膜(下地層)との硬度差を極力少なくし、密着性を向上させることができる。
【0048】
保持器5において、硬質膜8が形成される摺接面(曲面)の表面粗さRaは、0.5μm以下であることが好ましい。表面粗さRaが0.5μmをこえると、粗さの突起先端に形成される硬質膜が摺動時の局所的な応力集中により剥離しやすい。また、汚れが十分に落ち難いので汚れの上に形成された硬質膜は容易に剥離することがある。
【0049】
各部材の硬質膜8が形成される曲面において、硬質膜の形成前に、窒化処理により窒化層が形成されていることが好ましい。窒化処理としては、基材表面に密着性を妨げる酸化層が生じ難いプラズマ窒化処理を施すことが好ましい。また、窒化処理後の曲面(表面)の硬さがビッカース硬さでHv1000以上であることが、硬質膜(下地層)との密着性をさらに向上させるために好ましい。
【0050】
本発明における硬質膜の構造を図5に基づいて説明する。図5は、図1(a)の場合における硬質膜8の構造を示す模式断面図である。図5に示すように、該硬質膜8は、(1)内輪2の内輪軌道面2a上に直接成膜されるCrを主体とする下地層8aと、(2)下地層8aの上に成膜されるWCとDLCとを主体とする混合層8bと、(3)混合層8bの上に成膜されるDLCを主体とする表面層8cとからなる3層構造を有する。ここで、混合層8bは、下地層8a側から表面層8c側へ向けて連続的または段階的に、該混合層中のWCの含有率が小さくなり、かつ、該混合層中のDLCの含有率が高くなる層である。
【0051】
下地層8aがCrを主体とする層であることから、基材となる鉄系材料製の軸受部材との相性がよく、W、Ti、Siなどを用いる場合と比較して基材との密着性に優れる。特に、軸受軌道輪材料として使用される高炭素クロム軸受鋼との密着性に優れる。
【0052】
混合層8bに用いるWCは、CrとDLCとの中間的な硬さや弾性率を有し、成膜後の残留応力の集中も発生し難い。下地層に合わせて混合層をCrとDLCとを主体とする層とする場合では、軸受使用時における十分な密着性を得ることができない。このように、曲面である転がり軸受の内・外輪軌道面や転動体の転動面において、耐剥離性に優れたDLCを含む硬質膜を形成しようとする場合では、その中間層(混合層8b)における材料選定も重要な要素となる。
【0053】
また、混合層8bが表面層8c側に向けてWCの含有率が小さく、かつ、DLCの含有率が高くなる傾斜組成であるので、下地層8aと表面層8cとの両面での密着性に優れる。特に、該混合層内において、WCとDLCとが物理的に結合する構造となり、表面層8c側ではDLC含有率が高められているので、表面層8cと混合層8bとの密着性に優れる。
【0054】
表面層8cは、DLCを主体とする膜である。表面層8cにおいて、混合層8bとの隣接側に、混合層8b側から硬度が連続的または段階的に高くなる傾斜層部分8dを有することが好ましい。これは、混合層8bと表面層8cとでバイアス電圧が異なる場合、バイアス電圧の急激な変化を避けるためにバイアス電圧を連続的または段階的に変化させる(上げる)ことで得られる部分である。傾斜層部分8dは、このようにバイアス電圧を変化させることで、結果として上記のように硬度が傾斜する。硬度が連続的または段階的に上昇するのは、DLC構造におけるグラファイト構造(sp)とダイヤモンド構造(sp)との構成比率が、バイアス電圧の上昇により後者に偏っていくためである。これにより、混合層と表面層との急激な硬度差がなくなり、混合層8bと表面層8cとの密着性がさらに優れる。
【0055】
硬質膜8の膜厚(3層の合計)は0.5〜3.0μmとすることが好ましい。膜厚が0.5μm未満であれば、耐摩耗性および機械的強度に劣る場合があり、3.0μmをこえると剥離し易くなる。さらに、該硬質膜8の膜厚に占める表面層8cの厚さの割合が0.8以下であることが好ましい。この割合が0.8をこえると、混合層8bにおけるWCとDLCの物理結合するための傾斜組織が不連続な組織となるため、密着性が劣化する可能性が高い。
【0056】
硬質膜8を以上のような組成の下地層8a、混合層8b、表面層8cとの3層構造とすることで、耐剥離性に優れる。
【0057】
硬質膜8の物性としては、表面粗さRa:0.01μm以下、ビッカース硬度Hv:780であるSUJ2焼入れ鋼を相手材として、ヘルツの最大接触面圧0.5GPaの荷重を印加して接触させ、0.05m/sの回転速度で30分間、上記相手材を回転させたときの該硬質膜の比摩耗量が200×10−10mm/(N・m)未満であることが好ましい。この摩擦摩耗試験の形態は、相手材表面粗さが小さいため、軸受内の摩耗形態に近い凝着摩耗形態であり、該試験で比摩耗量が200×10−10mm/(N・m)未満であれば、軌道面や保持器摺接面で発生する局所的なすべりに対しても摩耗低減に効果がある。
【0058】
また、押し込み硬さの平均値と標準偏差値との合計が25〜45GPaであることが好ましい。この範囲であると、軌道面内や保持器摺接面内に硬質な異物が介入した場合に発生するアブレッシブ摩耗にも高い効果を発揮する。
【0059】
また、スクラッチテストにおける臨界剥離荷重が50N以上であることが好ましい。スクラッチテストにおける臨界剥離荷重の測定方法は、後述の実施例に示すとおりである。臨界剥離荷重が50N未満である場合には、高荷重条件で軸受を使用した場合に硬質膜が剥離する可能性が高い。また、臨界剥離荷重が50N以上であっても、本発明のような膜構造でなければ場合によっては容易に剥離することもある。
【0060】
本発明の転がり軸受において、以上のような構造・物性の硬質膜を形成することで、軸受使用時に転がり接触などの負荷や、局所的な摺動発熱による熱衝撃などの負荷を受けた場合でも、該膜の摩耗や剥離を防止でき、苛酷な潤滑状態でも軌道面などの損傷が少なく長寿命となる。また、軌道輪などの損傷により金属新生面が露出した場合、触媒作用によりグリース劣化を促進させるが、該硬質膜により、金属接触による軌道面や転動面の損傷を防止できるので、このグリース劣化も防止できる。特に、本発明の転がり軸受は、フッ素グリースを封入して用いるものであるが、該硬質膜により、フッ素と鋼との反応が抑制され、基油の分解や鋼の摩耗を防止でき、PFPE油などのフッ素化油本来の耐熱性や潤滑性を活用でき、高温用途でも長寿命となる。これらの結果、本発明の転がり軸受は、高温環境下、真空環境下などでの使用に適し、自動車エンジンルームで用いられる軸受、複写機・印刷機などのトナー定着部用軸受、真空機器用軸受などとして好適に利用できる。
【0061】
以下、硬質膜の形成方法について説明する。硬質膜は、軸受部材の成膜面に対して、下地層8a、混合層8b、表面層8cをこの順に成膜して得られる。
【0062】
下地層8aおよび混合層8bの形成は、スパッタリングガスとしてArガスを用いたUBMS装置を使用してなされることが好ましい。UBMS装置を用いたUBMS法の成膜原理を図6に示す模式図を用いて説明する。図中において、基材12は、成膜対象の軸受部材であるが、模式的に平板で示してある。図6に示すように、丸形ターゲット15の中心部と周辺部で異なる磁気特性を有する内側磁石14a、外側磁石14bが配置され、ターゲット15付近で高密度プラズマ19を形成しつつ、上記磁石14a、14bにより発生する磁力線16の一部16aがバイアス電源11に接続された基材12近傍まで達するようにしたものである。この磁力線16aに沿ってスパッタリング時に発生したArプラズマが基材12付近まで拡散する効果が得られる。このようなUBMS法では、基材12付近まで達する磁力線16aに沿って、Arイオン17および電子が、通常のスパッタリングに比べてイオン化されたターゲット18をより多く基材12に到達させるイオンアシスト効果によって、緻密な膜(層)13を成膜できる。
【0063】
ターゲット15として、下地層8aを形成する際にはCrターゲットを用い、混合層8bを形成する際にはWCターゲットおよび黒鉛ターゲットを併用する。各層の形成毎に、それぞれに用いるターゲットを逐次取り替える。
【0064】
混合層8bは、連続的または段階的に、炭素供給源となる黒鉛ターゲットに印加するスパッタ電力を上げながら、かつ、WCターゲットに印加する電力を下げながら成膜する。これにより表面層8c側に向けてWCの含有率が小さく、かつ、DLCの含有率が高くなる傾斜組成の層とできる。
【0065】
表面層8cの形成も、上記のスパッタリングガスとしてArガスを用いたUBMS装置を使用してなされることが好ましい。より詳細には、表面層8cは、この装置を利用して、炭素供給源として黒鉛ターゲットと炭化水素系ガスとを併用し、上記Arガスの上記装置内への導入量100に対する上記炭化水素系ガスの導入量の割合を1〜5とし、上記装置内の真空度を0.2〜0.8Paとし、基材となる軸受部材に印加するバイアス電圧を70〜150Vでとした条件下で、上記炭素供給源から生じる炭素原子を、混合層8b上に堆積させて成膜されたものとすることが好ましい。この好適条件について以下に説明する。
【0066】
炭素供給源として黒鉛ターゲットと炭化水素系ガスとを併用することで、混合層8bとの密着性を向上させることができる。炭化水素系ガスとしては、メタンガス、アセチレンガス、ベンゼンなどが使用でき、特に限定されないが、コストおよび取り扱い性の点からメタンガスが好ましい。
【0067】
上記炭化水素系ガスの導入量の割合を、ArガスのUBMS装置内(成膜チャンバー内)への導入量100(体積部)に対して1〜5(体積部)とすることで、表面層8cの耐摩耗性などを悪化させずに、混合層8bとの密着性の向上が図れる。
【0068】
UBMS装置内(成膜チャンバー内)の真空度は上記のとおり0.2〜0.8Paであることが好ましい。より好ましくは、0.25〜0.8Paである。真空度が0.2Pa未満であると、Arプラズマが発生せず、成膜できない場合がある。また、真空度が0.8Paより高いと、逆スパッタ現象が起こり易くなり、耐摩耗性が悪化するおそれがある。
【0069】
基材である軸受部材に印加するバイアス電圧は上記のとおり70〜150Vであることが好ましい。より好ましくは、100〜150Vである。バイアス電圧が70V未満であると、緻密化が進行せず、耐摩耗性が極端に悪化するので好ましくない。また、バイアス電圧が150Vをこえると、逆スパッタ現象が起こり易くなり、耐摩耗性が悪化するおそれがある。また、バイアス電圧が高すぎると、表面層が硬くなりすぎ、軸受使用時に剥離しやすくなるおそれがある。
【0070】
また、スパッタリングガスであるArガスの導入量は40〜150ml/minであることが好ましい。より好ましくは50〜150ml/minである。Arガス流量が40ml/min未満であると、Arプラズマが発生せず、成膜できない場合がある。また、Arガス流量が150ml/minよりも多いと、逆スパッタ現象が起こり易くなるため、耐摩耗性が悪化するおそれがある。Arガス導入量が多いと、成膜チャンバー内でAr原子と炭素原子の衝突確率が増す。その結果、膜表面に到達するAr原子数が減少し、Ar原子による膜の押し固め効果が低下し、膜の耐摩耗性が悪化する。
【0071】
表面層8cの傾斜層部分8dは、上記のように、基材である軸受部材に印加するバイアス電圧を連続的または段階的に上げながら成膜することで得られる。
【実施例】
【0072】
本発明の転がり軸受に形成する硬質膜として、所定の基材に対して硬質膜を形成し、該硬質膜の物性に関する評価した。また、同様の硬質膜を転がり軸受の内輪、外輪、および保持器ポケット面に実際に成膜し、該軸受の評価を行なった。これらを実施例、比較例、参考例として以下に説明する。
【0073】
硬質膜の評価用に用いた基材、UBMS装置、スパッタリングガス、下地層および混合層の形成条件は以下のとおりである。
(1)基材材質:各表の内輪および外輪の基材
(2)基材寸法:円板(φ48mm×φ8mm×7mm:平面に成膜)
(3)UBMS装置:神戸製鋼所製;UBMS202/AIP複合装置
(4)スパッタリングガス:Arガス
(5)下地層および混合層の形成条件
下地層:成膜チャンバー内を5×10−3Pa程度まで真空引きし、ヒータで基材をベーキングして、Arプラズマにて基材表面をエッチング後、UBMS法にてCrターゲットを用いCr層を形成した。なお、Cr以外の下地層とする場合は、対応するターゲットを用いる以外は、同条件で形成した。
混合層:成膜チャンバー内を5×10−3Pa程度まで真空引きし、ヒータで基材をベーキングして、Arプラズマにて基材表面(または上記Cr層表面)をエッチング後、WCターゲットと黒鉛ターゲットに印加するスパッタ電力を調整し、WCとDLCの組成比を傾斜させた。なお、WC以外との混合層とする場合は、対応するターゲットを用いる以外は、同条件で形成した。 (6)表面層の形成条件は、各表に示す。
【0074】
UBMS202/AIP複合装置の概要を図7に示す。図7はアークイオンプレーティング(以下、AIPと記す)機能を備えたUBMS装置の模式図である。図7に示すように、UBMS202/AIP複合装置は、円盤22上に配置された基材23に対し、真空アーク放電を利用して、AIP蒸発源材料21を瞬間的に蒸気化・イオン化し、これを基材23上に堆積させて被膜を成膜するAIP機能と、スパッタ蒸発源材料(ターゲット)24を非平衡な磁場により、基材23近傍のプラズマ密度を上げてイオンアシスト効果を増大すること(図6参照)によって、基材上に堆積する被膜の特性を制御できるUBMS機能を備える装置である。この装置により、基材上に、AIP被膜および複数のUBMS被膜(組成傾斜を含む)を任意に組合せた複合被膜を成膜することができる。この実施例では、基材とする軸受部材に、下地層、混合層、表面層をUBMS被膜として成膜している。
【0075】
実施例1〜9、11、12、比較例2〜6、参考例1〜8
各表に示す内輪および外輪の基材をアセトンで超音波洗浄した後、乾燥した。乾燥後、基材をUBMS/AIP複合装置に取り付け、上述の形成条件にて各表に示す材質の下地層および混合層を形成した。その上に、各表に示す成膜条件にて表面層であるDLC膜を成膜し、硬質膜を有する試験片を得た。なお、各表における「真空度」は上記装置における成膜チャンバー内の真空度である。得られた試験片を以下に示す摩耗試験、硬度試験、膜厚試験、およびスクラッチテストに供した。結果を各表に併記する。
【0076】
実施例10
日本電子工業社製:ラジカル窒化装置を用いてプラズマ窒素処理が施された基材(ビッカース硬さHv1000)をアセトンで超音波洗浄した後、乾燥した。乾燥後、基材をUBMS/AIP複合装置に取り付け、上述の形成条件にて表1に示す材質の下地層(Cr)および混合層(WC/DLC)を形成した。その上に、表1に示す成膜条件にて表面層であるDLC膜を成膜し、硬質膜を有する試験片を得た。得られた試験片について、実施例1と同様の試験に供し、その結果を表1に併記する。
【0077】
<摩擦試験>
得られた試験片を、図8に示す摩擦試験機用いて摩擦試験を行なった。図8(a)は正面図を、図8(b)は側面図を、それぞれ表す。表面粗さRaが0.01μm以下であり、ビッカース硬度Hvが780であるSUJ2焼入れ鋼を相手材32として回転軸に取り付け、試験片31をアーム部33に固定して所定の荷重34を図面上方から印加して、ヘルツの最大接触面圧0.5GPa、室温(25℃)下、0.05m/sの回転速度で30分間、試験片31と相手材32との間に潤滑剤を介在させることなく、相手材32を回転させたときに、相手材32と試験片31との間に発生する摩擦力をロードセル35により検出した。これより、比摩耗量を算出した。
【0078】
<硬度試験>
得られた試験片の押し込み硬さをアジレントテクノロジー社製:ナノインデンタ(G200)を用いて測定した。なお、測定値は表面粗さの影響を受けない深さ(硬さが安定している箇所)の平均値を示しており、各試験片10箇所ずつ測定している。
【0079】
<膜厚試験>
得られた試験片の硬質膜の膜厚を表面形状・表面粗さ測定器(テーラーホブソン社製:フォーム・タリサーフPGI830)を用いて測定した。膜厚は成膜部の一部にマスキングを施し、非成膜部と成膜部の段差から膜厚を求めた。
【0080】
<スクラッチテスト>
得られた試験片について、ナノテック社製:レベテストRSTを用いてスクラッチテストを行ない臨界剥離荷重を測定した。具体的には、得られた試験片について、先端半径200μmのダイヤモンド圧子で、スクラッチ速度10mm/min、荷重負荷速度10N/mm(連続的に荷重を増加)で試験し、試験機画面で判定し、画面上の摩擦痕(摩擦方向長さ375μm、幅約100μm)に対し露出した基材の面積が50%に達する荷重を臨界剥離荷重として測定した。
【0081】
<軸受部材への成膜試験>
実施例、比較例、参考例の各条件で、6204転がり軸受(深溝玉軸受)の各表に示す成膜部位(内輪、外輪、および保持器(二つ割れの鉄板保持器)のポケット面)に実際に成膜を行ない、成膜直後の硬質膜の剥離を確認した。なお、各例において、内輪、外輪、および保持器は、基材以外の成膜条件が同じである。内輪、外輪、保持器のいずれについても、成膜チャンバーから取り出したときに剥離していなかったものを「○」、いずれかが剥離していたものを「×」として記録し、結果を各表に併記する。
【0082】
<軸受寿命試験>
上記成膜試験で各表に示す成膜部位に硬質膜が良好に成膜できた内輪、外輪、保持器について、試験用の6204転がり軸受(深溝玉軸受)に組み込み、フッ素グリースを封入して試験用軸受とした。この試験用軸受を用いて、図9の試験機より寿命試験を行なった。なお、硬質膜を成膜していない比較例1についても同様の試験を行なった。図9に示すように、試験機は、負荷用コイルバネ43から荷重を負荷されつつ、プーリ42により回転する軸を、試験用軸受41で回転支持するものである。44はカートリッジヒータ、45は熱電対である。試験条件を以下に示す。
【0083】
内輪/外輪/保持器:各表のとおり
試験用軸受:6204(ゴムシール)
潤滑:フッ素グリース(NOKクリューバー社製NOXLUB KF1920)
封入量:5%(全空間容積比)
荷重:ラジアル荷重67N、アキシアル荷重67N
回転数:10000r/min(内輪回転)
温度:200℃
【0084】
寿命形態は焼き付きであり、寿命到達とともに急激にトルクが上昇する。この試験ではモータの過負荷で試験機が停止するまでの時間(h)を寿命とした。結果を各表に併記する。
【0085】
【表1】

【0086】
【表2】

【0087】
【表3】

【0088】
表1に示すように、各実施例の硬質膜は、耐摩耗性や密着性に優れることが分かる。この結果、封入したフッ素グリース中のフッ素と鋼との反応が抑制でき、高温(200℃)での寿命試験において、500時間以上の優れた耐久性を示した。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明の転がり軸受は、内・外輪軌道面などに形成されたDLC膜の耐剥離性を向上させ、該膜により、封入されるフッ素グリース中のフッ素と鋼との反応を抑制して長寿命化が図れるとともに、耐焼き付き性、耐摩耗性、および耐腐食性に優れる。このため、本発明の転がり軸受は、苛酷な潤滑状態での用途、特に、高温環境下、真空環境下などでの用途に好適に利用できる。
【符号の説明】
【0090】
1 転がり軸受(深溝玉軸受)
2 内輪
3 外輪
4 転動体
5 保持器
6 シール部材
7 グリース
8 硬質膜
11 バイアス電源
12 基材
13 膜(層)
15 ターゲット
16 磁力線
17 Arイオン
18 イオン化されたターゲット
19 高密度プラズマ
21 AIP蒸発源材料
22 円盤
23 基材
24 スパッタ蒸発源材料(ターゲット)
31 試験片
32 相手材
33 アーム部
34 荷重
35 ロードセル
41 試験用軸受
42 プーリ
43 負荷用コイルバネ
44 カートリッジヒータ
45 熱電対

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外周に内輪軌道面を有する内輪と、内周に外輪軌道面を有する外輪と、前記内輪軌道面と前記外輪軌道面との間を転動する複数の転動体と、前記転動体を保持する保持器とを備え、前記転動体の周囲にフッ素グリースが封入されてなる転がり軸受であって、
前記内輪、前記外輪、前記転動体、および前記保持器から選ばれる少なくとも一つの軸受部材が鉄系材料からなり、
該鉄系材料からなる前記軸受部材の曲面であり、かつ、前記内輪軌道面、前記外輪軌道面、前記転動体の転動面、および前記保持器の摺接面から選ばれる少なくとも一つの曲面に硬質膜が成膜されてなり、
前記硬質膜は、前記曲面の上に直接成膜されるクロムを主体とする下地層と、該下地層の上に成膜されるタングステンカーバイトとダイヤモンドライクカーボンとを主体とする混合層と、該混合層の上に成膜されるダイヤモンドライクカーボンを主体とする表面層とからなる構造の膜であり、
前記混合層は、前記下地層側から前記表面層側へ向けて連続的または段階的に、該混合層中の前記タングステンカーバイトの含有率が小さくなり、該混合層中の前記ダイヤモンドライクカーボンの含有率が高くなる層であることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
前記転動体が玉であり、前記内輪軌道面および前記外輪軌道面が、前記転動体を案内する円曲面であることを特徴とする請求項1記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記フッ素グリースが、パーフルオロポリエーテル油を基油とし、フッ素樹脂粉末を増ちょう剤とするグリースであることを特徴とする請求項1または請求項2記載の転がり軸受。
【請求項4】
前記表面層は、前記混合層との隣接側に、前記混合層側から硬度が連続的または段階的に高くなる傾斜層部分を有することを特徴とする請求項1、請求項2または請求項3記載の転がり軸受。
【請求項5】
前記表面層は、スパッタリングガスとしてアルゴンガスを用いたアンバランスド・マグネトロン・スパッタリング装置を使用して成膜した層であり、
炭素供給源として黒鉛ターゲットと炭化水素系ガスとを併用し、前記アルゴンガスの前記装置内への導入量100に対する前記炭化水素系ガスの導入量の割合が1〜5であり、前記装置内の真空度が0.2〜0.8Paであり、基材となる前記軸受部材に印加するバイアス電圧が70〜150Vである条件下で、前記炭素供給源から生じる炭素原子を、前記混合層上に堆積させて成膜されたものであることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか一項記載の転がり軸受。
【請求項6】
前記炭化水素系ガスが、メタンガスであることを特徴とする請求項5記載の転がり軸受。
【請求項7】
前記表面層の傾斜層部分は、基材となる前記軸受部材に印加するバイアス電圧を連続的または段階的に上げながら成膜されたものであることを特徴とする請求項4、請求項5または請求項6記載の転がり軸受。
【請求項8】
前記下地層および前記混合層は、スパッタリングガスとしてアルゴンガスを用いたアンバランスド・マグネトロン・スパッタリング装置を使用して成膜した層であり、
前記混合層は、連続的または段階的に、炭素供給源となる黒鉛ターゲットに印加するスパッタ電力を上げながら、かつ、タングステンカーバイトターゲットに印加するスパッタ電力を下げながら成膜されたものであることを特徴とする請求項1ないし請求項7のいずれか一項記載の転がり軸受。
【請求項9】
前記硬質膜は、表面粗さRa:0.01μm以下、ビッカース硬度Hv:780であるSUJ2焼入れ鋼を相手材として、ヘルツの最大接触面圧0.5GPaの荷重を印加して接触させ、0.05m/sの回転速度で30分間、前記相手材を回転させたときの該硬質膜の比摩耗量が200×10−10mm/(N・m)未満であることを特徴とする請求項1ないし請求項8のいずれか一項記載の転がり軸受。
【請求項10】
前記硬質膜は、押し込み硬さの平均値と標準偏差値との合計が25〜45GPaであることを特徴とする請求項9記載の転がり軸受。
【請求項11】
前記硬質膜は、スクラッチテストにおける臨界剥離荷重が50N以上であることを特徴とする請求項9または請求項10記載の転がり軸受。
【請求項12】
前記硬質膜の膜厚が0.5〜3μmであり、かつ該硬質膜の膜厚に占める前記表面層の厚さの割合が0.8以下であることを特徴とする請求項1ないし請求項11のいずれか一項記載の転がり軸受。
【請求項13】
前記内輪、前記外輪、前記転動体を形成する鉄系材料が、それぞれ、高炭素クロム軸受鋼、炭素鋼、工具鋼、または、マルテンサイト系ステンレス鋼であることを特徴とする請求項1ないし請求項12のいずれか一項記載の転がり軸受。
【請求項14】
前記内輪、前記外輪、または前記転動体において、前記硬質膜が形成される曲面の硬さが、ビッカース硬さでHv650以上であることを特徴とする請求項13記載の転がり軸受。
【請求項15】
前記保持器を形成する鉄系材料が、冷間圧延鋼板、炭素鋼、クロム鋼、クロムモリブデン鋼、ニッケルクロムモリブデン鋼、または、オーステナイト系ステンレス鋼であることを特徴とする請求項1ないし請求項14のいずれか一項記載の転がり軸受。
【請求項16】
前記保持器において、前記硬質膜が形成される曲面の硬さが、ビッカース硬さでHv450以上であることを特徴とする請求項15記載の転がり軸受。
【請求項17】
前記硬質膜が形成される曲面において、前記硬質膜の形成前に、窒化処理により窒化層が形成されていることを特徴とする請求項1ないし請求項16のいずれか一項記載の転がり軸受。
【請求項18】
前記窒化処理が、プラズマ窒化処理であることを特徴とする請求項17記載の転がり軸受。
【請求項19】
前記窒化処理後の曲面の硬さが、ビッカース硬さでHv1000以上であることを特徴とする請求項17または請求項18記載の転がり軸受。
【請求項20】
前記内輪、前記外輪、または前記転動体において、前記硬質膜が形成される曲面の表面粗さRaが、0.05μm以下であることを特徴とする請求項1ないし請求項19のいずれか一項記載の転がり軸受。
【請求項21】
前記保持器において、前記硬質膜が形成される曲面の表面粗さRaが、0.5μm以下であることを特徴とする請求項1ないし請求項20のいずれか一項記載の転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−67900(P2012−67900A)
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−215671(P2010−215671)
【出願日】平成22年9月27日(2010.9.27)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】