説明

転がり軸受

【課題】極微量な潤滑油によって保持器の案内面の潤滑性能を維持しながら低速回転時の回転トルクおよびトルク変動を低減した人工衛星搭載機器用の転がり軸受を提供すること。
【解決手段】少量の潤滑油またはグリースを含浸させた保持器16を内輪12または外輪13に案内した転がり軸受11であって、内輪12または外輪13に摺接する保持器16の摺接面積16bが内輪12側または外輪13側に面する保持器16の案内面の表面積より小さくなるように内輪12または外輪13に案内される保持器16の端部16aを形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動摩擦トルク及びトルク変動を低減した転がり軸受に関し、特に、少量の油またはグリースで潤滑され、100rpm以下の低速で長年使用される人工衛星搭載機器用の転がり軸受に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、人工衛星搭載機器用の転がり軸受やジャイロスコープ用の転がり軸受は、保持器に潤滑油を含浸させて保持器内径に設けた案内面、および保持器外径に設けた案内面を潤滑させ、軌道輪とする内輪または外輪との間の動摩擦トルクを抑えることを図っている。
【0003】
また、転がり軸受の保持器は、良好な潤滑性能を確保するため、含油性のある布材を埋め込んだ連通気孔を有する多孔質体で形成され、これらの布材と多孔質体に低蒸気圧の潤滑油を含浸させることにより、潤滑油の飛散を抑え、多孔質体の気孔率を増大させることなく、長期間布材に潤滑油を保持させている。
【0004】
潤滑油による攪拌抵抗および転がり摩擦抵抗を減少させるために、保持器の案内面である内径面または外径面に軸方向に延びる溝と周方向に延びる溝を複数形成し、保持器の案内面に残る余分な油を排出させて運転開始時の動摩擦トルクを早期に安定させた本出願人の出願による転がり軸受がある(例えば、特許文献1)。
【0005】
一方、低速回転時のトルク変動を抑制させるために、外輪および内輪の軌道面の表面を0.3μmRzと粗く仕上げてグリース潤滑の油膜を十分形成させ、軌道面の潤滑油の保持性を向上させた転がり軸受もある(例えば、特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−184888号公報
【特許文献2】特開2005−282752号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、軌道輪案内の保持器は、内輪および外輪の回転に伴って偏心運動する為、内輪または外輪と接触する保持器の案内面の位置がランダムに変化し、保持器の案内面と軌道輪の案内面の間の摺動による摩擦抵抗、または保持器の案内面と軌道輪の案内面の間に存在する潤滑油による粘性抵抗によって摩擦係数が変化するため、トルク変動の要因となる。
【0008】
特に、100rpm以下の低速で運転する場合、保持器の案内面と軌道輪の案内面の間の潤滑油の粘性抵抗の変化は、低速回転時のトルク変動に対して支配的な要因となり、さらに、綿布を基材としたフェノール樹脂積層管から形成された保持器に潤滑油を含浸して使う場合は、保持器表面の凹凸に含有される潤滑油の量が均一にならず、軌道輪と接触する保持器の位置によって潤滑油の粘性抵抗によるトルクのバラツキがより大きくなるという問題がある。
【0009】
特許文献1では、低速回転時においては、遠心力による油の排出が期待できないので、保持器の案内面に残る潤滑油の粘性抵抗によりトルクのバラツキも大きい。特許文献2では、外輪および内輪の軌道面の表面を0.3μmRzと粗く仕上げたため、保持器の案内面と外輪および内輪の軌道面の表面との接触により摩耗粉が発生する。
【0010】
人工衛星搭載機器用の転がり軸受においては、微量の潤滑油を使って10年以上の軸受機能を保証する必要があり、摩耗粉の悪影響を無視することは出来ない。
【0011】
本発明は、このような問題点に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、極微量な潤滑油によって保持器の案内面の潤滑性能を維持しながら低速回転時の回転トルクおよびトルク変動を低減した人工衛星搭載機器用の転がり軸受を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の目的を達成するため、本発明の転がり軸受は、少量の潤滑油またはグリースを含浸させた保持器を内輪または外輪に案内した転がり軸受であって、内輪または外輪に摺接する保持器の面積が内輪側または外輪側に面する保持器の案内面の表面積より小さくなるように内輪または外輪に案内される保持器の端部を形成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、極微量な潤滑油によって保持器の案内面の潤滑性能を維持しながら低速回転時の回転トルクおよびトルク変動を低減した人工衛星搭載機器用の転がり軸受を提供することができた。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の第1の実施形態の転がり軸受の軸方向の断面図である。
【図2】本発明の第1の実施形態の転がり軸受の保持器の斜視図である。
【図3】本発明の第2の実施形態の転がり軸受の軸方向の断面図である。
【図4】本発明の第2の実施形態の転がり軸受の保持器の斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面に基づき、本発明の実施形態について説明する。第1の実施形態は、内輪に摺接する保持器の面積が内輪側に面する保持器の案内面の表面積より小さくなるように保持器の端の角を斜めにカットして端部を形成した例であり、第2の実施形態は、内輪に摺接する保持器凸部の面積が内輪側に面する保持器の案内面の表面積より小さくなるように保持器の端に凸部を設けて端部を形成した例であるが、外輪に摺接する保持器の面積が外輪側に面する保持器の案内面の表面積より小さくなるように保持器の端の角を斜めにカットして端部を形成した例、または外輪に摺接する保持器凸部の面積が外輪側に面する保持器の案内面の表面積より小さくなるように保持器の端に凸部を設けて端部を形成した例も同様に説明される。
【0016】
図1は、本発明の第1の実施形態の転がり軸受の軸方向の断面図であり、図2は、本発明の第1の実施形態の転がり軸受の保持器の斜視図である。図1に示すように、本発明の転がり軸受11は、内輪12と、外輪13と、内輪12の軌道溝12aと外輪13の軌道溝13a間に複数配置された転動体14を円周方向等間隔に保持するポケット15が形成された保持器16を備え、保持器16には、内輪12に案内される保持器16の角16aを斜めにカットして形成したポケット15の軸方向の端からカットの終端までの軸方向の長さがWの円環形状の摺接面16bが設けられる。
【0017】
例えば、人工衛星搭載機器用の転がり軸受の運転速度である100rpm程度の低速回転では、保持器16の摺接面16bの軸方向の長さWが、保持器16のポケット15の軸方向の端から保持器16の端までの軸方向の長さW’の10〜40パーセントになるように内輪12側の端部の角16aを斜めにカットすることができる。
【0018】
内輪12側に向いた保持器16の案内面の表面積は、摺接面16bの面積と内輪12側に向いたポケット15の端から保持器16の端までの斜めにカットされた面16cの表面積を合わせたものになり、摺接面16bの面積は、内輪12側に向いた保持器16の案内面の表面積より小さい。従来の保持器の摺接面の面積は、ポケット15の軸方向の端から保持器の端部の角16aまでの軸方向の長さがW’の円環形状をなすものになるので、保持器16は、従来の保持器の摺接面の面積を10〜40パーセントに縮小したものになる。
【0019】
保持器16は、油またはグリースが含浸された綿布を基材としたフェノール樹脂積層管から形成されており、内輪12の内径面12aと保持器16の摺接面16bとの隙間に潤滑油またはグリースが供給されることで滑り摩擦が抑えられている。
【0020】
以上詳細に説明したように、実施形態1によれば、保持器16の端部の角16aを斜めにカットし、軌道輪である内輪12と保持器16の案内面である摺接面16bの接触面積を減らしたため、軌道輪である内輪12と保持器16の摺接面16bの間の潤滑油量が減って潤滑油による粘性抵抗が減少し、運転開始時および低速回転時における動トルクを低減することができた。
【0021】
また、摺接面16bの軸方向の長さWを、保持器16のポケット15の軸方向の端から保持器16の端までの軸方向の長さW’の10〜40パーセントと狭くしたため、ランダムに変化する摺接面16bの接触位置の違いによる動摩擦トルクの差も相対的に小さくなり、トルク変動を低減することができた。特に、回転によって潤滑油が円環形状で均一になる前の回転初期においては、動摩擦トルクおよびトルク変動の低減効果は大きい。
【0022】
保持器16の端部の角16aを斜めにカットして保持器16の体積を減らしたので、保持器16の摺接面16bの潤滑油の含有率を変えることなく、保持器16全体の潤滑油を減らすことができた。
【0023】
保持器16の端の角16aを斜めにカットしているので、遠心力によって吹き飛ぶ潤滑油を遮るものがないため、粘度が高いグリースを用いたとき、運転開始時または低速回転時においても余分な潤滑油を速やかに除去することができる。
【0024】
図3は、本発明の第2の実施形態の転がり軸受の軸方向の断面図であり、図4は、本発明の第2の実施形態の転がり軸受の保持器の斜視図である。図1および図2と同じ部材には同じ番号を付与して説明を省略する。図3に示すように、保持器26には、内輪12に案内される保持器26の端26aに凸部を設けて形成した軸方向の長さがWの円環形状の摺接面26bが設けられる。
【0025】
第1の実施形態と同じように、保持器26の摺接面26bの軸方向の長さWが、保持器26のポケット15の軸方向の端から保持器26の端までの軸方向の長さW’の10〜40パーセントになるように凸部を形成する。
【0026】
内輪12側に向いたポケット15の端から保持器26の端26aまでの案内面の表面積は、摺接面26bと内輪12側に向いたポケット15の端から凸部の上端まで表面積26cを合わせたものであり、摺接面26bの面積は、内輪12側に向いたポケット15の端から保持器26の端26aまでの案内面の表面積より小さい。従来の保持器の摺接面の面積は、ポケット15の軸方向の端から保持器26の端26aまでの軸方向の長さがW’の円環形状をなすので、保持器26は従来の保持器の摺接面の接触面積を10〜40パーセントに縮小したものになる。
【0027】
保持器26は、潤滑油またはグリースが含浸された綿布を基材としたフェノール樹脂積層管から形成されており、内輪12の内径面12aと保持器26の摺接面26bとの隙間に潤滑油またはグリースが供給されることで滑り摩擦が抑えられる。
【0028】
以上詳細に説明したように、実施形態2によれば、保持器26の端26aに凸部を設けて、軌道輪である内輪12と保持器16の案内面である摺接面26bの接触面積を減らしたため、軌道輪である内輪12と保持器26の摺接面26bの間の潤滑油量が減って潤滑油による粘性抵抗が減少し、運転開始時および低速回転時における動トルクを低減することができた。
【0029】
また、摺接面26bの軸方向の長さWが、保持器26のポケット15の軸方向の端から保持器26の端までの軸方向の長さW’の10〜40パーセントと狭くしたため、ランダムに変化する摺接面16bの接触位置の違いによる動摩擦トルクの差も相対的に小さくなり、トルク変動を低減することができた。特に、回転によって潤滑油が円環形状で均一になる前の回転初期においては、動摩擦トルクおよびトルク変動の低減効果は大きい。
【0030】
保持器26の端に凸部を設けたので、凸部が遠心力によって飛散する潤滑油を遮断し、遠心力によって吹き飛ぶ潤滑油を減らすことができるため、粘度の低い潤滑油を用いた場合も長期間必要な潤滑油量を維持することができる。
【0031】
なお、実施の形態1および2では、100rpm以下の低速回転の転がり軸受11、21について説明したが、高速回転される軸受においては、保持器案内面と軌道輪案内面間の潤滑性を確保して摩耗や焼き付等の損傷を防止することが必要となり、接触面の面圧を下げてラムダ値を一定以上にする必要があるため、摺接面16b、26bの軸方向の長さWの狭小化には大きな制約がある。
【0032】
保持器16、26のように、極低速回転かつ保持器16、26に潤滑油が含浸されている場合であれば、始めて摺接面16b、26bの軸方向の長さWを保持器16、26のポケット15の軸方向の端から保持器16、26の端までの軸方向の長さW’の10〜40パーセントと狭くすることが可能となる。
【符号の説明】
【0033】
11、21・・・転がり軸受
12・・・内輪
12a・・・内輪の軌道溝
13・・・外輪
13a・・・外輪の軌道溝
14・・・転動体
15・・・ポケット
16、26・・・保持器
16a・・・保持器の角
16b、26b・・・保持器の摺接面
16c、26c・・・保持器の軌道輪側に面する摺接面以外の案内面
26a・・・保持器の端
W・・・摺接面の軸方向の長さ
W‘・・・ポケットの端から保持器の端までの長さ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少量の潤滑油またはグリースを含浸させた保持器を前記内輪または外輪に案内した転がり軸受であって、
前記内輪または外輪に摺接する保持器の面積が前記内輪側または外輪側に面する前記保持器の案内面の表面積より小さくなるように前記内輪または外輪に案内される保持器の端部を形成することを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
前記内輪または外輪に案内される保持器の角を斜めにカットして前記保持器の端部を形成することを特徴とする請求項1に記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記内輪または外輪に案内される保持器の端部に凸部を形成することを特徴とする請求項1に記載の転がり軸受。
【請求項4】
前記内輪または外輪に摺接する保持器のカットの終端からポケットまでの軸方向の長さ、および前記内輪または外輪に摺接する保持器端部の凸部の軸方向の長さが、前記保持器の端からポケットまでの軸方向の長さの10〜40パーセントであることを特徴とする請求項2または3に記載の転がり軸受。
【請求項5】
前記保持器は、綿布を基材としたフェノール樹脂積層管から形成されることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれかに記載の転がり軸受。
【請求項6】
100rpm以下の低速回転で使用されることを特徴とする請求項1から請求項5のいずれかに記載の転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−113394(P2013−113394A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−261142(P2011−261142)
【出願日】平成23年11月30日(2011.11.30)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】