説明

転動体及び運動案内装置

【課題】高い耐候性、強度、耐久性、摺動性を持ち、軽量で安価な転動体と、この転動体を用いた運動案内装置を提供する。
【解決手段】運動案内装置に用いられる転動体において、熱伝導率が10〜1000W/mKで、繊維長が好ましくは20μm〜8mm、より好ましくは50μm〜6mmの炭素短繊維を10〜70重量%含む炭素繊維強化合成樹脂(CFRP)から構成されたことを特徴とする転動体。炭素短繊維としては、ピッチ系のものが好適であり、CFRP中の炭素短繊維の含有率は15〜60重量%であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は軸受装置等の運動案内装置に用いられる転動体と、この転動体を用いた運動案内装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
軸受装置等の運動案内装置に用いられる転動体(ボール、ローラー等)としては、鉄、ステンレス、セラミックス、合成樹脂製のものが使われている。ところが、鉄やステンレスは耐候性が低く錆びやすい、セラミックスは耐候性が高く軽量であるが鉄よりはるかに高価格かつ強度的には衝撃に弱い、樹脂は耐候性が高く軽量で安価であるが強度や耐久性が低い、といったように一長一短がある。
【0003】
このような問題に対し、特許文献1には、転がり軸受のボールとして、ステンレス又はセラミックスのボールの表面にフッ素系樹脂からなる潤滑膜をコーティングしたものが提案されている。また、特許文献2には、直動型軸受装置の玉として、セラミックス製の玉に二硫化モリブデン又はPTFE系樹脂からなる固体潤滑剤をコーティングした玉が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】実開平5−17230公報
【特許文献2】特開2000−170763公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記のような転動体表面の潤滑膜コーティングは、転動体材質の欠点のうち摺動性が改善されるにすぎず、また潤滑膜コーティングが減耗したり無くなると摺動性も悪化する。
【0006】
本発明は上記課題に鑑みて創案されたものであって、高い耐候性、強度、耐久性、摺動性を持ち、軽量で安価な転動体と、この転動体を用いた運動案内装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するべく鋭意検討した結果、熱伝導率が10〜1000W/mKの炭素短繊維を10〜70重量%含む炭素繊維強化合成樹脂(CFRP)から構成した転動体は、高い耐候性、強度、耐久性、摺動性を持ちながら、軽量で安価であり、運動案内装置に用いられるのに好適であることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
本発明(請求項1)の転動体は、運動案内装置に用いられる転動体において、熱伝導率が10〜1000W/mKの炭素短繊維を10〜70重量%含む炭素繊維強化合成樹脂(CFRP)から構成されたことを特徴とするものである。
【0009】
請求項2の転動体は、請求項1において、上記CFRP中に含有される炭素短繊維の平均繊維長が20μm〜8mmであることを特徴とするものである。
【0010】
請求項3の転動体は、請求項1又は2において、上記CFRP中に含有される炭素短繊維がピッチ系炭素短繊維であることを特徴とするものである。
【0011】
請求項4の転動体は、請求項1ないし3のいずれか1項において、上記CFRPの合成樹脂が、ポリカーボネート(PC)、ポリプロピレン(PP)、アクリル樹脂(PMMA)、ポリオキシメチレン(POM)、ポリエチレン(PE)、ポリスチレン(PS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK(登録商標))、ポリエーテルイミド(PEI)、四フッ化エチレン樹脂(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリアミド(PA)、ポリイミド(PI)、ポリアミドイミド(PAI)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、アクリロニトリル・スチレン・アクリレート共重合体(ASA)、アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン共重合体(ABS)、ポリエーテルサルホン(PES)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、及びクロロトリフルオエチレン・エチレン共重合体(ECTFE)よりなる群から選らばれる1種又は2種以上であることを特徴とするものである。
【0012】
本発明(請求項5)の運動案内装置は、軌道部材に対し複数の転動体を介して移動部材が該軌道部材の軸線方向又は周方向に往復運動自在又は回転運動自在に設置された運動案内装置において、該転動体が請求項1ないし4のいずれか1項に記載の転動体であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、高い耐候性、強度、耐久性、摺動性を持ち、軽量で安価な転動体と、この転動体を用いた運動案内装置が提供される。
【0014】
特に、炭素短繊維としてピッチ系炭素短繊維を用いた場合は、その高い熱伝導性と放熱性効果により、高速で回転させても温度が上がりにくいため、高速回転に使用できる転動体を得ることができる。さらにピッチ系炭素繊維は黒鉛化度が高いことから、高い摺動性と耐摩耗性を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の一実施形態について詳細に説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において任意に変更して実施することができる。
【0016】
本発明の転動体は、合成樹脂と炭素短繊維を含むCFRPよりなる。
【0017】
この転動体は球状又はローラー状であることが好ましい。ここで、転動体の球状体又はローラーの直径は、運動案内装置の種類及び大きさにもよるが、通常は3〜200mm程度である。
【0018】
CFRPの合成樹脂としては、強度や耐熱性等の要求特性から、ポリカーボネート(PC)、ポリプロピレン(PP)、アクリル樹脂(PMMA)、ポリオキシメチレン(POM)、ポリエチレン(PE)、ポリスチレン(PS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK(登録商標))、ポリエーテルイミド(PEI)、四フッ化エチレン樹脂(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリアミド(PA)、ポリイミド(PI)、ポリアミドイミド(PAI)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、アクリロニトリル・スチレン・アクリレート共重合体(ASA)、アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン共重合体(ABS)、ポリエーテルサルホン(PES)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、クロロトリフルオエチレン・エチレン共重合体(ECTFE)等が挙げられるが、何らこれらに限定されるものではない。
【0019】
これらの合成樹脂は1種を単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0020】
なお、この合成樹脂には、難燃剤、カップリング剤、導電性付与剤、無機フィラー、紫外線吸収剤、酸化防止剤、各種染顔料等、通常、樹脂に配合される各種の添加剤を配合してもよい。
【0021】
一方、CFRPの炭素短繊維としては、ポリアクリロニトリル(PAN)系炭素短繊維又は/及びピッチ系炭素短繊維を使用することが好ましいが、これに限定されない。なお、ピッチ系炭素短繊維を使用すると、引張弾性率が高いと共に、熱伝導率と放熱性の高さから、高速回転時に摩擦により発生した熱を効率的に放散することにより安定した摺動性を得ることができるため、特に好ましい。
【0022】
即ち、炭素繊維には、ポリアクリロニトリル(PAN)を原料とする炭素繊維と、ピッチ類を原料とするピッチ系炭素繊維に分類できるが、市販のPAN系炭素繊維の引張弾性率は一般的なグレードでは230〜400GPa程度にとどまる。また、PAN系炭素繊維の熱伝導率は標準的なグレードで10W/mKよりも小さく、高品位なグレードでも100W/mKを下回る。これに対して、ピッチ系炭素繊維は一般にPAN系炭素繊維に比べて高弾性率、高熱伝導率を達成しやすい。ピッチ系炭素繊維は、原料ピッチを溶融紡糸してピッチ繊維を得、次いで不融化、炭化或いは更に黒鉛化することによって得られる。
【0023】
炭素質原料としては、配向しやすい分子種が形成されており、光学的には異方性の炭素繊維を与えるようなものであれば特に制限はない。例えば、石炭系のコールタール、コールタールピッチ、石炭液化物、石油系の重質油、タール、ピッチ、又は、ナフタレンやアントラセンの触媒反応による重合反応生成物等が挙げられる。これらの炭素質原料には、フリーカーボン、未溶解石炭、灰分、窒素分、硫黄分、触媒等の不純物が含まれているが、これらの不純物は、濾過、遠心分離、あるいは溶剤を使用する静置沈降分離等の方法であらかじめ除去しておくことが望ましい。
【0024】
また、前記炭素質原料を、例えば、加熱処理した後、特定溶剤で可溶分を抽出するといった方法、あるいは、水素供与性溶剤、水素ガスの存在下に水添処理するといった方法で前処理を行っておいても良い。
【0025】
炭素短繊維の繊維長さ方向の熱伝導率は高いほど温度が上がりにくいため好ましいが、10W/mK以上、特に100W/mK以上、例えば100〜1000W/mKであることが好ましい。
【0026】
CFRP中に含有される炭素短繊維の繊維長は、短か過ぎると炭素短繊維の強化材や高熱伝導率材としての効果が発現せず、CFRPの強度や熱伝導性が不足し、長過ぎると炭素短繊維の合成樹脂中での分散性が悪くなるため、20μm〜8mmが好ましく、50μm〜6mmが特に好ましい。分散性、均一性を特に考慮する場合は、炭素短繊維の繊維長は100〜500μmが特に好ましい。
【0027】
炭素短繊維の繊維径は7〜14μm、特に8〜12μmであることが好ましい。炭素短繊維の繊維径が細すぎると、取り扱い性に劣り、また、一般に極細の炭素繊維は高コストであるため、製品コストを押し上げる要因となる。炭素短繊維の繊維径が太過ぎると、繊維強度が低下し、折れ易くなるため、好ましくない。
【0028】
また、炭素繊維の繊維長さ方向の引張弾性率は200GPa以上、特に600GPa以上、例えば600〜900GPa程度であることが好ましい。
【0029】
なお、ここで、炭素短繊維の繊維径は、炭素短繊維の顕微鏡観察又はレーザー計測器により20〜30個の繊維径を測定し、その測定値の平均値で求められる。炭素繊維の繊維長さについては、CFRPから合成樹脂を溶解除去した後の炭素短繊維について、顕微鏡による測定で求めることができる。
引張弾性率については、JIS R7606に準拠し、万能試験機で測定された値からの計算値である。また、熱伝導率は、体積固有抵抗率を測定し、その測定された値からの計算値である。後掲の実施例においても同様である。
【0030】
CFRP中の炭素繊維の含有率としては、少な過ぎると相対的に樹脂が過剰となり、強度と熱伝導性が不足し、また多過ぎると相対的に樹脂が過小となり、炭素繊維との接着力不足により強度が不足するため、10〜70重量%が好ましく、15〜60重量%が特に好ましい。
【0031】
上記の合成樹脂と炭素繊維とを用いてCFRP製の転動体を製造するには、要求される品質に応じて射出成形、圧縮成形、押し出し成形などのいずれを用いても良い。成形された転動体は必要に応じバリ取り処理されても良い。
【0032】
本発明の運動案内装置は、このような本発明の転動体を用いたものであり、軌道部材に対し複数の転動体を介して移動部材が該軌道部材の軸線方向又は周方向に往復運動自在又は回転運動自在に設置された運動案内装置として、公知のいずれの形式のものも適用することができる。
【実施例】
【0033】
以下、本発明の実施例を比較例と対比して具体的に説明する。しかし、本発明はその構成要件を満たす限りこれら実施例に限定されるものではない。
【0034】
なお、以下において、転動体の熱伝導率は、アルバック理工社製熱定数測定装置を用いて、常温にてレーザーフラッシュ法により測定した。また、転動体の引張強度と引張弾性率は、JIS K7161に従って引張試験を行って測定した。ただし、実施例2においては、ISO527に従って測定した。
【0035】
実施例1
繊維径10μm、繊維長さ6mm、繊維長さ方向の熱伝導率が550W/mKで、引張弾性率が900GPaであるピッチ系炭素短繊維30重量%とポリエーテルエーテルケトン(PEEK(登録商標))70重量%を混練し、射出成形により直径5mmの球状の転動体を製造した。このピッチ系炭素短繊維は、混練り工程で繊維が折れて短くなるため、成形品としての転動体中の炭素短繊維の繊維長は100〜200μmであった。後掲の実施例2,3でも同様である。
得られた転動体の熱伝導率、引張強度及び引張弾性率を測定し、その比重と共に結果を表1に示した。
【0036】
実施例2
繊維径10μm、繊維長さ6mm、繊維長さ方向の熱伝導率が140W/mKで、引張弾性率が640GPaであるピッチ系炭素短繊維15重量%とポリエーテルエーテルケトン(PEEK(登録商標))85重量%を用いた他は実施例1と同様にして転動体を製造した。
得られた転動体の熱伝導率、引張強度及び引張弾性率を測定し、その比重と共に結果を表1に示した。
【0037】
実施例3
繊維径10μm、繊維長さ6mm、繊維長さ方向の熱伝導率が550W/mKで、引張弾性率が900GPaであるピッチ系炭素短繊維50重量%とポリフェニレンサルファイド(PPS)50重量%を用いた他は実施例1と同様にして転動体を製造した。
得られた転動体の熱伝導率、引張強度及び引張弾性率を測定し、その比重と共に結果を表1に示した。
【0038】
比較例1、2
一般的に運動案内装置の転動体に用いられる金属(SUS304)と合成樹脂(ポリエチレン)の物性値を比較例1、2として表1に示した。
【0039】
【表1】

【0040】
表1の通り、実施例の転動体の熱伝導率は金属と同等レベルで、引張強さ及び引張弾性率は合成樹脂を大きく上回ることが認められた。また、比重は合成樹脂よりわずかに大きいものの、金属と比較すると極めて小さい。
【0041】
以上のとおり、本発明によれば、熱伝導率が10〜1000W/mKの炭素短繊維を10〜70重量%含む炭素繊維強化合成樹脂(CFRP)で構成することにより、高い耐候性、強度、耐久性、摺動性を持ちながら、軽量で、安価に製造することができる転動体が提供される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
運動案内装置に用いられる転動体において、熱伝導率が10〜1000W/mKの炭素短繊維を10〜70重量%含む炭素繊維強化合成樹脂(CFRP)から構成されたことを特徴とする転動体。
【請求項2】
上記CFRP中に含有される炭素短繊維の繊維長が20μm〜8mmであることを特徴とする請求項1に記載の転動体。
【請求項3】
上記CFRP中に含有される炭素短繊維がピッチ系炭素短繊維であることを特徴とする請求項1又は2に記載の転動体。
【請求項4】
上記CFRPの合成樹脂が、ポリカーボネート(PC)、ポリプロピレン(PP)、アクリル樹脂(PMMA)、ポリオキシメチレン(POM)、ポリエチレン(PE)、ポリスチレン(PS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK(登録商標))、ポリエーテルイミド(PEI)、四フッ化エチレン樹脂(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリアミド(PA)、ポリイミド(PI)、ポリアミドイミド(PAI)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、アクリロニトリル・スチレン・アクリレート共重合体(ASA)、アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン共重合体(ABS)、ポリエーテルサルホン(PES)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、及びクロロトリフルオエチレン・エチレン共重合体(ECTFE)よりなる群から選らばれる1種又は2種以上であることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載の転動体。
【請求項5】
軌道部材に対し複数の転動体を介して移動部材が該軌道部材の軸線方向又は周方向に往復運動自在又は回転運動自在に設置された運動案内装置において、該転動体が請求項1ないし4のいずれか1項に記載の転動体であることを特徴とする運動案内装置。

【公開番号】特開2011−127636(P2011−127636A)
【公開日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−284290(P2009−284290)
【出願日】平成21年12月15日(2009.12.15)
【出願人】(000006172)三菱樹脂株式会社 (1,977)
【Fターム(参考)】