説明

転動装置

【課題】耐焼付き性及び耐摩耗性に優れ長寿命な転動装置を提供する。
【解決手段】深溝玉軸受は、外周面に軌道面1aを有する内輪1と、軌道面1aに対向する軌道面2aを内周面に有する外輪2と、両軌道面1a,2a間に転動自在に配された複数の転動体3と、内輪1及び外輪2の間に複数の転動体3を保持する保持器4と、内輪1及び外輪2の間の隙間の開口を覆うシールのような密封装置5,5と、を備えている。また、内輪1及び外輪2の間に形成され転動体3が内設された空間には、深溝玉軸受の潤滑を行うグリース組成物Gが封入されている。そして、このグリース組成物Gは、親水性シリカと金属石けんとを含有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受,ボールねじ,リニアガイド装置,直動ベアリング等のような転動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
転動装置等における転がり接触が行われる部材の転がり接触面は、ほぼ例外なく高面圧で高速滑りが発生しており、過酷な潤滑条件となっている。このような過酷な潤滑条件下においては、潤滑剤を介して接触すべき前記転がり接触面の直接接触がしばしば生じており、摩耗,焼付き等の損傷が発生する場合がある。
このような過酷な潤滑条件下において耐荷重性能や極圧性能を付与して摩耗,焼付き等の損傷を抑制する方法としては、前記性能を付与する添加剤を潤滑油,グリース等の潤滑剤に添加する方法が一般的である。このような添加剤としては、イオウ系極圧剤,リン系極圧剤,イオウ−リン系極圧剤,ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン(MoDTC),ジアルキルジチオリン酸モリブデン(MoDTP),ジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)等の極圧剤や、二硫化モリブデン,グラファイト,六方晶窒化ホウ素,二硫化タングステン等の固体潤滑剤が知られている。そして、これらの中でも有機系の極圧剤は、優れた極圧性能を示すことから近年主流となっている。
【0003】
また、特許文献1には、金属表面間に形成される油膜が破断するような条件下においても金属表面の直接接触が生じることを抑制するため、有機リン化合物や有機イオウ化合物を用いて予め金属表面に金属化合物反応膜を設ける方法が開示されている。
さらに、特許文献2には、平均粒径が0.1μm以下の超微粒子を含有する潤滑剤が開示されている。この技術によれば、金属表面間に形成される油膜に超微粒子が入り込み、金属表面の直接接触が生じにくくなるので、摩耗,焼付き等の損傷の発生が抑制される。
【特許文献1】特許第2969700号公報
【特許文献2】特開平7−118683号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、前述の有機系の極圧剤は、耐焼付き性と耐摩耗性との両立が難しい。また、転動装置等に優れた耐焼付き性又は耐摩耗性を付与できる極圧剤は、一般に化学的活性が強い化合物であり、金属や他の有機化合物との反応性を有しているため、金属を腐食したり、潤滑剤の劣化を促進するおそれがあるという問題点を有していた。
また、有機リン化合物や有機イオウ化合物は、環境面から、その使用量を削減することが望まれていた。さらに、前述の超微粒子は表面積が小さく凝集しやすいため、潤滑剤中に安定的に分散させることが困難であった。そのため、十分な耐焼付き性と耐摩耗性とを付与することが困難であった。
そこで、本発明は上記のような従来技術が有する問題点を解決し、耐焼付き性及び耐摩耗性に優れ長寿命な転動装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記課題を解決するため、本発明は次のような構成からなる。すなわち、本発明に係る請求項1の転動装置は、外面に軌道面を有する内方部材と、該内方部材の軌道面に対向する軌道面を有し前記内方部材の外方に配された外方部材と、前記両軌道面間に転動自在に配された複数の転動体と、を備える転動装置において、前記内方部材と前記外方部材との間に形成される空間に、親水性シリカと金属石けんとを含有するグリース組成物を備えることを特徴とする。
【0006】
このような構成であれば、転がり接触面間(軌道面と転動体の転動面との間)に形成される油膜にシリカが入り込むため、転がり接触面の直接接触が抑制される。よって、摩耗,焼付き等の損傷が転がり接触面(軌道面や転動体の転動面)に生じることが抑制される。なお、親水性シリカの微粒子は凝集性を有しているため、グリース組成物中において二次凝集体を生成する場合があり、大きな二次凝集体が生成すると、転がり接触面間に形成される油膜に入り込みにくくなる。しかしながら、カルボニル基を有する金属石けんが親水性シリカに作用するため、一次粒径が0.1μm以下の微粒子であっても、親水性シリカは凝集しにくくグリース組成物中に良好に分散する。また、疎水性処理等により表面に親油性を保持させなくても、親水性シリカは凝集しにくくグリース組成物中に良好に分散する。よって、親水性シリカは転がり接触面間に形成される油膜に入り込み、転がり接触面の直接接触を抑制して、摩耗,焼付き等の損傷の発生を抑制する。
【0007】
また、本発明に係る請求項2の転動装置は、請求項1に記載の転動装置において、前記親水性シリカの含有量は、前記グリース組成物全体の0.1質量%以上5質量%以下であることを特徴とする。
親水性シリカの含有量が0.1質量%未満であると、十分な耐焼付き性及び耐摩耗性が得られないおそれがある。一方、5質量%超過であると、グリース組成物中で二次凝集体が生成しやすくなるため、転動装置の転がり接触面間に親水性シリカが入り込みにくくなる。
【0008】
さらに、本発明に係る請求項3の転動装置は、請求項1又は請求項2に記載の転動装置において、前記親水性シリカの一次粒径は、5nm以上40nm以下であることを特徴とする。
親水性シリカの一次粒径が5nm未満であると、親水性シリカの凝集性が強くなるため、大きな二次凝集体が生成して、油膜に入り込みにくくなる。一方、40nm超過であると、厚さが1μm程度である油膜に入り込みにくくなる。
【0009】
なお、本発明は種々の転動装置に適用することができる。例えば、転がり軸受,ボールねじ,リニアガイド装置,直動ベアリング等である。
また、本発明における前記内方部材とは、転動装置が転がり軸受の場合には内輪、同じくボールねじの場合にはねじ軸、同じくリニアガイド装置の場合には案内レール、同じく直動ベアリングの場合には軸をそれぞれ意味する。また、前記外方部材とは、転動装置が転がり軸受の場合には外輪、同じくボールねじの場合にはナット、同じくリニアガイド装置の場合にはスライダ、同じく直動ベアリングの場合には外筒をそれぞれ意味する。
【発明の効果】
【0010】
本発明の転動装置は、耐焼付き性及び耐摩耗性に優れ長寿命である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明に係る転動装置の実施の形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。
図1は、本発明に係る転動装置の一実施形態である深溝玉軸受の構造を示す縦断面図である。この深溝玉軸受は、外周面に軌道面1aを有する内輪1と、軌道面1aに対向する軌道面2aを内周面に有する外輪2と、両軌道面1a,2a間に転動自在に配された複数の転動体(玉)3と、内輪1及び外輪2の間に複数の転動体3を保持する保持器4と、内輪1及び外輪2の間の隙間の開口を覆うシールのような密封装置5と、を備えている。なお、保持器4や密封装置5は備えていなくてもよい。
【0012】
内輪1及び外輪2の間に形成され転動体3が内設された空間には、グリース組成物Gが配されている。このグリース組成物Gの増ちょう剤は金属石けんであり、親水性シリカが添加剤として配合されている。親水性シリカの含有量は特に限定されるものではないが、グリース組成物G全体の0.1質量%以上5質量%以下であることが好ましい。また、親水性シリカの種類は特に限定されるものではないが、一次粒径は5nm以上40nm以下であることが好ましい。
【0013】
なお、金属石けんの種類は特に限定されるものではなく、グリース組成物に一般的に使用される金属石けんや金属複合石けんを問題なく使用することができる(金属はアルミニウム,バリウム,カルシウム,リチウム,ナトリウム等である)。また、グリース組成物Gの基油の種類は特に限定されるものではなく、グリース組成物の基油として一般的に使用されるものであれば問題なく使用することができる。例えば、鉱油や合成油(脂肪族系炭化水素油,芳香族系炭化水素油,エステル油,エーテル油,シリコーン油等)である。さらに、このグリース組成物Gには、グリース組成物に一般的に使用される添加剤(防錆剤,極圧剤,酸化防止剤等)を所望により添加しても差し支えない。
【0014】
本実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。例えば、本実施形態においては転動装置の例として深溝玉軸受をあげて説明したが、本発明は、他の種類の様々な転がり軸受に対して適用することができる。例えば、アンギュラ玉軸受,自動調心玉軸受,円筒ころ軸受,円すいころ軸受,針状ころ軸受,自動調心ころ軸受等のラジアル形の転がり軸受や、スラスト玉軸受,スラストころ軸受等のスラスト形の転がり軸受である。さらに、本発明は、転がり軸受に限らず、他の種類の様々な転動装置に対して適用することができる。例えば、ボールねじ,リニアガイド装置,直動ベアリング等である。
【0015】
〔実施例〕
以下に、実施例を示して、本発明をさらに具体的に説明する。表1,2に示すような組成のグリース組成物を用意して、その性能を評価した。グリース組成物を製造する際には、各種材料を混合したものをロールミルで十分に撹拌することにより、親水性シリカや金属石けんを基油中に均一に分散させた。そしてさらに、3本ロールで均質化した。なお、親水性シリカは、金属石けんを基油に加熱溶解させた後に加えてもよいし、金属石けんと同時に基油に加えてもよい。
【0016】
【表1】

【0017】
【表2】

【0018】
表中のエーテル油は、40℃における動粘度が32mm2 /sのアルキルジフェニルエーテルであり、親水性シリカは高温火炎加水分解法で製造されたもの(市販品)である。また、脂肪族ウレアは、4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネートとステアリルアミンとを基油中で反応させて得られたものであり、脂環式ウレアは、4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネートとシクロヘキシルアミンとを基油中で反応させて得られたものであり、芳香族ウレアは、4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネートとp−トルイジンとを基油中で反応させて得られたものである。
【0019】
これらのグリース組成物を、日本精工株式会社製の深溝玉軸受(内径17mm、外径47mm、幅14mm、接触形ゴムシール付き)に封入し、回転試験を行って、転がり軸受の音響性能及び耐久性を評価した。なお、グリース組成物の封入量は、内輪の外周面と外輪の内周面とゴムシールとに囲まれた軸受内部空間の容積の30体積%である。
まず、音響性能の評価方法について説明する。前述の深溝玉軸受を、アキシアル荷重50N,回転速度1800min-1という条件で回転させた(内輪回転)。そして、回転時のアンデロン値(ハイバンド値)を測定することにより、音響性能を評価した。結果を表1,2に示す。
【0020】
次に、耐久性の評価方法について説明する。前述の深溝玉軸受を、図2に示すような試験機に装着した。すなわち、一対の支持軸受22,22により回転自在に支持されたシャフト20に、前述の深溝玉軸受21を装着した。そして、外輪温度120℃,ラジアル荷重686N,回転速度20000min-1という条件で、焼付きにより外輪温度が140℃以上に上昇するまで、又は、回転トルクが急上昇するまで、内輪を回転させた。試験は、1種の深溝玉軸受につき4個ずつ行い、その平均値を焼付き寿命とした。結果を表1,2に示す。
【0021】
表1から分かるように、親水性シリカと金属石けんとを含有するグリース組成物が封入された実施例1〜5の深溝玉軸受は、シリカが疎水性シリカである比較例4の深溝玉軸受や、増ちょう剤がウレア化合物である比較例1〜3の深溝玉軸受に比べて、音響性能及び耐久性が優れていた。また、親水性シリカの1次粒径が大きすぎる比較例5の深溝玉軸受や、親水性シリカの含有量が多すぎる比較例6の深溝玉軸受は、音響性能及び耐久性が不十分であった。
【0022】
次に、実施例1の深溝玉軸受において、親水性シリカの含有量を種々変更したものを用意して、その耐久性(焼付き寿命)を評価した。結果を、図3のグラフに示す。このグラフから分かるように、親水性シリカの含有量が0.1質量%以上5質量%以下であると、焼付き寿命が優れており、0.1質量%以上1質量%以下であると、焼付き寿命が特に優れていた。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明に係る転動装置の一実施形態である深溝玉軸受の構造を示す縦断面図である。
【図2】深溝玉軸受の耐久性を評価する試験機の構造を説明する断面図である。
【図3】親水性シリカの含有量と深溝玉軸受の焼付き寿命との相関を示すグラフである。
【符号の説明】
【0024】
1 内輪
1a 軌道面
2 外輪
2a 軌道面
3 転動体
G グリース

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外面に軌道面を有する内方部材と、該内方部材の軌道面に対向する軌道面を有し前記内方部材の外方に配された外方部材と、前記両軌道面間に転動自在に配された複数の転動体と、を備える転動装置において、前記内方部材と前記外方部材との間に形成される空間に、親水性シリカと金属石けんとを含有するグリース組成物を備えることを特徴とする転動装置。
【請求項2】
前記親水性シリカの含有量は、前記グリース組成物全体の0.1質量%以上5質量%以下であることを特徴とする請求項1に記載の転動装置。
【請求項3】
前記親水性シリカの一次粒径は、5nm以上40nm以下であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の転動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−125437(P2006−125437A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−311110(P2004−311110)
【出願日】平成16年10月26日(2004.10.26)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】