説明

軸受材料及び軸受材料の製造方法

【課題】転動疲労寿命の長い軸受材料を提供すると共に、該軸受材料の製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】被検面積が3000mmである場合に、(長さ×幅)1/2で算出される介在物平均径が3μm以上である酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の合計の個数が、1000mmあたり100個以下、前記介在物平均径が10μm以上の酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の合計の個数が、1000mmあたり2個以下で、且つ、前記介在物平均径が3μm以上の酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の全体の90%以上が、酸化マグネシウム濃度が5質量%以下である軸受材料は、転動疲労寿命が優れている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軸受材料及び軸受材料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受などに用いられる軸受材料には、転動疲労寿命の向上が求められている。軸受の転動疲労寿命は、材料中に存在する硬質の酸化物系非金属介在物に影響されることが広く知られている。そこで、従来、主として材料中の酸素量を低減することによって、酸化物系非金属介在物量の低減を図り、もって転動疲労寿命の向上を図る努力がなされてきた。その結果、精錬技術の進歩とも相まって、現在では材料中の酸素量を質量比にして10ppm以下にまで低減することができるようになってきた。しかし、こうした低酸素化による転動疲労寿命の向上方法はすでに限界に達しているのが実情である。
【0003】
こうした実情に鑑み最近では、転動疲労寿命のより一層の向上を目指す提案がなされている。例えば、特許文献1には、単位面積あるいは単位体積中の酸化物系非金属介在物の個数により、また、特許文献2には、極値統計によって推定される酸化物系非金属介在物の予測最大径により、それぞれ長寿命を実現する軸受材料が開示されている。しかし、10ppm以下という極低値まで酸素量を下げた超清浄鋼においては、酸化物系非金属介在物のサイズと個数の関係が必ずしも明瞭ではなかった。
【0004】
さらに、特許文献3には、鋼中の硫化物系非金属介在物の厚さ及び個数、並びに、酸化物系非金属介在物の予測最大径に着目し、被検面積が320mmである場合に厚さ1μm以上の硫化物系非金属介在物の個数を1200個以下、且つ/又は、被検面積が320mmである場合に酸化物系非金属介在物の予測最大径を10μm以下に制御することにより、長寿命を実現する軸受用鋼が開示されている。しかし、酸化物系非金属介在物の予測最大径を規定しても、酸化物系非金属介在物の組成が異なり硬度が変わると、寿命への影響も異なってくる。特に、MgOAl系介在物は硬質なため、介在物の周囲に応力集中が発生しやすく、MgO濃度の高いMgOAl系介在物は疲労寿命に対して有害である。
【0005】
また、特許文献4には、転炉から取鍋に出鋼されたAlギルド鋼に、除滓した後にフラックスを添加し、スラグ中のMgO濃度を3.5質量%以下にすることにより、MgOAl系介在物の低減を行う方法が開示されている。しかし、軸受鋼などのようにLF(Ladle Furnace)等のアーク加熱処理によるスラグ精錬を行う場合には、Al脱酸をしてしまうとスラグ中のMgO濃度を3.5質量%以下に下げただけでは必ずしもMgOのAl系介在物の発生を防止できるとは限らなかった。
【0006】
一方、Al及びMgOAl系介在物を低減するために、特許文献5には、高塩基度スラグを精錬段階で使用し、Alを使用せずに真空脱ガス法にて酸素を0.0006質量%以下とする方法が開示されている。しかし、この方法では、酸素濃度は低減できても、粗大なCaOSiOAl系介在物が存在する恐れがあった。
また、特許文献6では、MgOAl及びAl系介在物の比率の低減を目的に、Al濃度を0.005質量%以下とし、取鍋精錬におけるスラグの塩基度を0.8以上3.0未満にすることにより、MgOAl系介在物の比率を低減する方法が開示されている。しかし、この方法では、存在比率の高いCaOAlSiO系酸化物は、Al系やCaOAl系に比べ粗大になりやすく、また、イオウ濃度が0.003質量%以上である場合には、CaOAlSiO系介在物の周囲に硫化物を生成し易くなり、さらに介在物径は粗大になる傾向があった。
【0007】
さらに、Al系及びMgOAl系介在物を低減するために、特許文献7、特許文献8等では、真空脱ガス処理前に窒素濃度を高め、真空脱ガス処理の際に生じる窒素気泡の上昇に伴って気泡にトラップされた介在物の浮上を促進する技術が提案されている。しかし、本技術においても、介在物が全て除去されるわけではなく、硬質なMgOAl系介在物が残存した場合に、疲労寿命が低下する問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平3−126849号公報
【特許文献2】特開平5−25587号公報
【特許文献3】特開平9−291340号公報
【特許文献4】特許第3175422号公報
【特許文献5】特公平4−5742号公報
【特許文献6】特開2006−200027号公報
【特許文献7】特開2004−169147号公報
【特許文献8】特開2006−283090号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上のような従来の技術は、酸化物の個数又は最大径を極低値まで低減することを基幹技術として実現されうるものである。しかしながら、さらなる長寿命化の向上が望まれるなか、酸化物の減少、最大径の減少はもちろんのこと、硬質なMgOAl系介在物の減少が重要になってきており、その制御が必要となっている。
本発明は、転動疲労寿命の長い軸受材料を提供すると共に、該軸受材料の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
以上の課題を解決するため、本発明の一態様に係る軸受材料は、濃度0.80質量%以上1.20質量%以下の炭素、濃度0.15質量%以上0.70質量%以下のケイ素、濃度0.80質量%以下のマンガン、濃度0.50質量%以上2.00質量%以下のクロム、濃度0.020質量%以下のリン、濃度0.0020質量%以下のイオウ、濃度0.005質量%以上0.025質量%以下のアルミニウム、濃度0.0007質量%以下の酸素、及び濃度0.0040質量%以下の窒素を含有し、残部が鉄及び不可避的不純物であるとともに、被検面積が3000mmである場合に、(長さ×幅)1/2で算出される介在物平均径が3μm以上である酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の合計の個数が、1000mmあたり100個以下、前記介在物平均径が10μm以上の酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の合計の個数が、1000mmあたり2個以下で、且つ、前記介在物平均径が3μm以上の酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の全体の90%以上が、酸化マグネシウム濃度が5質量%以下であることを特徴とする。
【0011】
また、上記軸受材料は、濃度0.10質量%以下のモリブデン、濃度0.5質量%以下のニッケル、濃度0.5質量%以下の銅、濃度0.20質量%以下のバナジウム、及び濃度0.20質量%以下のニオブのうち少なくとも1つをさらに含有することが好ましい。
さらに、以上の課題を解決するため、本発明の一態様に係る軸受材料を製造する方法は、上記の軸受材料を製造する方法であって、高炉で得られた溶銑に対して、酸化カルシウム含有フラックスを用いる脱硫処理と、酸化カルシウム含有フラックス及び酸化鉄を用いる脱リン処理又は酸素ガスを用いる脱リン処理と、を施して、溶銑のイオウ濃度を0.0020質量%以下、リン濃度を0.020質量%以下とする溶銑予備処理工程と、前記溶銑予備処理工程で得られた溶銑に、転炉にて酸素ガスを吹錬して脱炭処理を施し、得られる溶鋼の炭素濃度を0.50質量%以上1.20質量%以下とするとともに、前記吹錬中に前記溶銑に窒素ガスを吹き込んで、前記溶鋼中の窒素濃度を100ppm以上とする一次精錬工程と、前記転炉からの出鋼時に、前記溶鋼に所定の合金を添加して前記溶鋼上のスラグを除滓する出鋼工程と、前記出鋼工程でスラグを除滓された溶鋼に対して、底吹き撹拌ガス及び/又は上吹きランスによる吹き込みガスを吹き込むことによるガス撹拌とアーク加熱とを用いる加熱撹拌処理を行う加熱撹拌処理工程と、前記加熱撹拌処理を施した溶鋼を脱ガスする真空脱ガス処理工程と、を備えるとともに、下記の5つの条件を満足することを特徴とする。
【0012】
条件A:前記出鋼工程でスラグを除滓された溶鋼に対して、酸化アルミニウム,二酸化ケイ素,フッ化カルシウム,酸化ジルコニウムのうち少なくとも1つと酸化カルシウムとを含有するフラックスを添加して、前記加熱撹拌処理中及び前記加熱撹拌処理後のスラグの組成を、3.0≦[酸化カルシウムの濃度]/[二酸化ケイ素の濃度]≦5.0、1.0≦[酸化カルシウムの濃度]/[酸化アルミニウムの濃度]≦2.0、[酸化マグネシウムの濃度]≦3.0質量%、[酸化第一鉄の濃度]+[酸化第一マンガンの濃度]≦1.5質量%とする。
【0013】
条件B:前記加熱撹拌処理中の溶鋼のケイ素濃度を0.15質量%以上とする。
条件C:前記加熱撹拌処理中に、溶鋼にアルミニウムを添加しないか、又は、添加する場合は溶鋼のアルミニウム濃度を0.003質量%以下とする。
条件D:前記加熱撹拌処理後の溶鋼のイオウ濃度を20ppm以下、酸素濃度を30ppm以下とする。
条件E:前記底吹き撹拌ガスと前記吹き込みガスとを合わせた全ガスの全部又は一部を窒素ガスとし、前記溶鋼1ton当たり窒素ガスを3Nl/min・ton以上のガス流量で20分間以上吹き込んで、前記加熱撹拌処理工程後で且つ前記真空脱ガス処理工程前の溶鋼の窒素濃度を150ppm以上とする。
【0014】
また、上記軸受材料を製造する方法においては、前記転炉からの出鋼時及び/又は前記加熱撹拌処理時に、前記溶鋼に窒化マンガン及び窒化クロムの少なくとも一方を添加することにより、前記加熱撹拌処理工程後で且つ前記真空脱ガス処理工程前の溶鋼の窒素濃度を150ppm以上とすることが好ましい。
さらに、上記軸受材料を製造する方法においては、前記真空脱ガス処理工程ではRH真空脱ガス装置を用いて脱ガスを行い、脱ガス開始後5分間以内にアルミニウムを添加して、溶鋼のアルミニウム濃度を0.005質量%以上とした後に、前記RH真空脱ガス装置の浸漬管からの吹き込みガスをアルゴンガスとし、溶鋼1ton当たりアルゴンガスを5Nl/min・ton以上のガス流量で20分間以上吹き込んで脱ガス撹拌処理を行い、該脱ガス撹拌処理後の溶鋼の窒素濃度を40ppm以下とすることが好ましい。
【0015】
さらに、上記軸受材料を製造する方法においては、前記RH真空脱ガス装置の浸漬管からの吹き込みガスの全部又は一部をアルゴンガスに代えて窒素ガスとし、溶鋼1ton当たり窒素ガスを3Nl/min・ton以上のガス流量で前記脱ガス撹拌処理開始から5分間以上吹き込んで前記脱ガス撹拌処理を行うことが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明の軸受材料は、被検面積が3000mmである場合に、(長さ×幅)1/2で算出される介在物平均径が3μm以上である酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の合計の個数が、1000mmあたり100個以下、前記介在物平均径が10μm以上の酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の合計の個数が、1000mmあたり2個以下で、且つ、前記介在物平均径が3μm以上の酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の全体の90%以上が、酸化マグネシウム濃度が5質量%以下であるため、転動疲労寿命が優れている。
【0017】
また、本発明の軸受材料を製造する方法は、上述した構成を採用することによって、被検面積が3000mmである場合に、(長さ×幅)1/2で算出される介在物平均径が3μm以上である酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の合計の個数が、1000mmあたり100個以下、前記介在物平均径が10μm以上の酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の合計の個数が、1000mmあたり2個以下で、且つ、前記介在物平均径が3μm以上の酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の全体の90%以上が、酸化マグネシウム濃度が5質量%以下である、転動疲労寿命の優れた軸受材料を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の軸受材料及びその製造方法の一実施形態について、以下に詳細に説明する。本実施形態の軸受材料は、下記の成分組成を有する。
[炭素濃度について]
炭素(C)は、基地に固溶してマルテンサイトの強化に有効に作用する元素であり、焼入れ焼もどし後の強度確保と、それによる転動疲労寿命の向上のために必要な元素である。その含有量が0.80質量%未満では上記の効果が得られず、一方、1.20質量%超過では鋳造時に巨大炭化物が生成し、加工性ならびに転動疲労寿命が低下するので、0.80質量%以上1.20質量%以下の範囲に限定した。
【0019】
[ケイ素濃度について]
ケイ素(Si)は、鋼中に固溶して焼もどし軟化抵抗の増大により焼入れ、焼もどし後の強度を高めて転動疲労寿命を向上させる元素として有効である。こうした目的の下に添加されるSiの含有量は0.15質量%以上0.70質量%以下の範囲とする。その含有量が0.15質量%未満では、上記の効果が得られず、一方0.70質量%超過では過剰であり、脱スケール性が悪化するためである。
【0020】
[マンガン濃度について]
マンガン(Mn)は、鋼の焼入れ性を向上させることにより基地マルテンサイトの靭性、硬度を向上させ、転動疲労寿命を向上させる元素として有効である。こうした目的のためには0.80質量%以下の添加であれば十分である。
[クロム濃度について]
クロム(Cr)は、焼入れ性の向上と安定した炭化物の形成を通じて、強度の向上ならびに耐摩耗性を向上させ、ひいては転動疲労寿命を向上させる成分である。こうした効果を得るためには、0.50質量%以上2.00質量%以下の添加が必要である。その含有量が0.50質量%未満では上記の効果が得られず、一方2.00質量%超過では、その添加効果は向上せず、鋼材硬さを低下させ転動疲労寿命に悪影響を与える。
【0021】
[リン濃度について]
リン(P)は、鋼の靱性ならびに転動疲労寿命を低下させることから可能な限り低いことが望ましく、その許容上限は0.020質量%としなければならない。望ましくは0.015質量%以下である。
【0022】
[イオウ濃度について]
イオウ(S)は、凝固時、熱処理時にMnと結合してMnSを形成し、また、CaOAl系介在物のCaOと反応しCaSを形成する。特に、CaOAl系介在物の周囲にはMnSやCaSを形成しやすく、酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の径が増大する。また、酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の周囲のMnSは主にビレット圧延時の冷却過程において酸化物を核として生成するが、その際に酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の周囲のMn欠乏層が生成するため、酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の周囲は脆弱になる。その結果、鋼球の圧砕時において強度が低下する。したがって、酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の周囲へのMnSの析出は極力抑制することが重要である。S濃度が高いと疲労寿命や圧砕強度が低下することから、0.0020質量%を上限とする。望ましくは0.0010質量%以下である。
【0023】
[酸素濃度について]
酸素(O)は、硬質の酸化物系非金属介在物を生成して、転動疲労寿命を低下させることから、低いほど望ましいが、その含有量は0.0007質量%までは許容される。よって、その上限の含有量を0.0007質量%とする。
[窒素濃度について]
窒素(N)は、硬質なTiN、AlNを形成して転動疲労寿命を低下させることから低いことが望ましいが、その含有量は0.0040質量%までは許容される。よって、その上限の含有量を0.0040質量%とする。
【0024】
[Al濃度について]
アルミニウム(Al)は、脱酸元素であり、酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物を低減するためには重要な元素である。こうした目的を達成するためには、Alの含有量は0.005質量%以上とする必要があり、0.010質量%以上とすることが好ましい。Alの含有量を0.010質量%以上とすることで、酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物をより低減することができる。ただし、0.015質量%を超えて添加しても酸素濃度は大きく低減せず、むしろ、AlNの生成が転動疲労寿命を低下させることから、その上限の含有量は0.025質量%とする。
【0025】
[モリブデン濃度について]
モリブデン(Mo)は、必要に応じて添加する。ただし、高価な元素であるため、焼入れ性のより一層の向上が必要な場合にのみ添加する。こうした目的の下に添加されるMoの含有量は、0.10質量%以下の範囲での添加で十分である。
[ニッケル濃度について]
ニッケル(Ni)は、焼入れ性を向上させるのに有効な元素であり、母材の靭性を向上させる。こうした目的のもとに添加されるNiの上限の含有量は0.5質量%とする。0.5質量%超過ではその効果は飽和し、また、高価な元素であるからである。
【0026】
[銅濃度について]
銅(Cu)は、焼入れ性を向上させるのに有効な元素である。こうした目的のもとに添加されるCuの上限の量は0.5質量%とする。0.5質量%超過では鋼材の表面に割れが発生するおそれがあるので、上限は0.5質量%とすることが好ましい。より好ましくは0.2質量%以下、さらに好ましくは0.1質量%以下である。
【0027】
[バナジウム濃度について]
バナジウム(V)は、鋼中でC、Nと結合し析出強化元素として作用する。また、焼もどし軟化抵抗性を向上させる元素でもあり、これらの効果により疲労強度を向上させる。しかしながら、0.20質量%を超えて含有させてもその効果は飽和し、また、高価な元素でもあるため、添加量の上限は0.20質量%とする。
【0028】
[ニオブ濃度について]
ニオブ(Nb)は、焼入れ性の向上効果があるだけでなく、鋼中でC、Nと結合し析出強化元素として作用する。また、焼もどし軟化抵抗性を向上させる元素でもあり、これらの効果によって疲労強度を向上させる。しかしながら、0.20質量%を超えて含有させてもその効果は飽和し、また、高価な元素でもあるため、0.20質量%を上限とする。
【0029】
次に、この軸受材料の転動疲労寿命や圧砕強度のより一層の向上のためには、さらに鋼中に不可避に生成する酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の存在形態及び組成について、以下の条件を採用することが有効であることがわかった。
即ち、鋼中の酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の形態に関しては、熱間圧延後の製品丸棒の圧延方向縦断面を顕微鏡観察したとき、以下のような介在物形態、組成を有することが転動疲労寿命、圧砕強度の向上に有効である。
【0030】
まず、酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の最大径については、直径60mmの丸棒の1/4厚部で圧延方向に平行な断面から検鏡サンプルを作製し、被検面積を3000mmとした場合に、(長さ×幅)1/2で算出される介在物平均径が3μm以上である酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の合計の個数が、1000mmあたり100個以下、前記介在物平均径が10μm以上の酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の合計の個数が、1000mmあたり2個以下である必要がある。それ以上の個数が存在すると疲労寿命は低下する(後述する表1を参照)。
【0031】
加えて、上記の介在物平均径が3μm以上の酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の全体の90%以上(無作為に20個以上の介在物を測定する)が、酸化マグネシウム(MgO)濃度が5質量%以下である必要がある。MgO濃度が5質量%超過では、硬質なスピネル系介在物となり、10質量%超過となると疲労寿命が低下するからである(後述する表1を参照)。
【0032】
なお、転動疲労寿命の試験方法は、以下の通りである。直径60mmの製品丸棒を輪切りにし、それに通常の焼入れ及び低温焼戻しの熱処理を施した後に、表面を機械加工して円盤状試験片とする。そして、この円盤状試験片をスラスト型転動疲労試験機に装着して、剥離が発生するまでの負荷回数を測定し、試験片数の10%が疲労破壊し、剥離する寿命をワイブル確率紙により求めた。
【0033】
以上説明したように、鋼組成と、酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の形態、個数、並びに組成とを制御すると、優れた転動疲労寿命を有する軸受材料を得ることができる。特に、MgOAl系介在物の生成抑止と、酸化物系非金属介在物の周囲への硫化物の生成抑止が重要である。このような軸受材料は、玉軸受等の転がり軸受の材料として好適であり、本実施形態の軸受材料を用いれば、優れた転動疲労寿命を有する転がり軸受を製造することができる。
【0034】
次に、上記軸受材料の製造方法について以下に示す。
上記軸受材料の製造方法は、高炉で得られた溶銑に対して、酸化カルシウム含有フラックスを用いる脱硫処理と、酸化カルシウム含有フラックス及び酸化鉄を用いる脱リン処理又は酸素ガスを用いる脱リン処理を行う溶銑予備処理工程と、溶銑予備処理工程で得られた溶銑に転炉にて酸素ガスを吹錬して脱炭処理を行うとともに吹錬中に窒素ガスを吹き込む一次精錬工程と、転炉から出鋼する際に脱炭処理した溶鋼に成分調整のために所定の合金(例えばC,Si合金,Mn合金,Cr合金)を添加した後、転炉から流出したスラグを除滓し、所望の酸化カルシウム(CaO)含有フラックスを添加する出鋼工程と、その後、溶鋼に対して、底吹き撹拌ガス及び/又は上吹きランスによる吹き込みガスを吹き込むことによるガス撹拌とアーク加熱とを用いる精錬装置にて、加熱撹拌処理を行う加熱撹拌処理工程と、加熱撹拌処理工程後にRH真空脱ガス装置にて撹拌処理を行い、加熱撹拌処理を施した溶鋼を脱ガスする真空脱ガス処理工程と、を備える。これらの工程によって、鋼の清浄化(脱酸、脱硫)及び最終成分調整が行われた溶鋼を連続鋳造して鋳片とした後に、熱間圧延にて製品丸棒とする。なお、上記の加熱撹拌処理工程と真空脱ガス処理工程により二次精錬工程が構成される。
【0035】
加熱撹拌処理中にAl脱酸した溶鋼とスラグとの反応において、スラグ中の[CaOの濃度]/[二酸化ケイ素(SiO)の濃度]が高く、且つ、MgO濃度が高い場合には、スラグ中のMgOが溶鋼中のAlと反応して溶鋼中にMgが還元され、そのMgがAl脱酸時に溶鋼中に生成したAlと反応してMgOAlとなり、MgO濃度が5質量%以上の硬質で有害なMgOAl系介在物が生成し、製品においても残存する。また、生成したMgOAlは、加熱精錬中に巻き込まれたCaO含有スラグと凝集しCaOAlMgO介在物となるが、このCaOAlMgO介在物は熱間圧延時に伸延する。一方、MgOAlは変形せずそのまま残存し、硬質な介在物として残存する。
したがって、MgO濃度が5質量%以上の硬質なMgOAl介在物の生成を抑制するには、加熱撹拌処理中において、スラグ中のMgOと溶鋼中のAlとの反応を抑制し、溶鋼中のMg濃度を増加させないことが重要である。
【0036】
上記知見を基に、スラグ中のMgOと溶鋼中のAlとの反応を抑制し、且つ、軸受材料中のS濃度を0.0020質量%以下、酸素濃度を0.0007質量%以下とすることにより、製品丸棒中の(長さ×幅)1/2で算出される介在物平均径が3μm以上である酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の合計の個数が、1000mmあたり100個以下、前記介在物平均径が10μm以上の酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の合計の個数が、1000mmあたり2個以下となる軸受材料を製造することができる。
【0037】
まず、スラグ中のMgOと溶鋼中のAlとの反応を抑制する方法としては、加熱撹拌処理中においては、溶鋼をAlで脱酸しない、若しくは、Alで脱酸しても溶鋼のアルミニウム濃度を0.003質量%以下とするか、又は、スラグ中のMgO濃度を3質量%以下にしておくことが重要である。Al濃度が0.003質量%超過となると、スラグ中のMgO濃度が3質量%超過となる場合には、MgOがAlで還元される。また、スラグ中の[CaOの濃度]/[SiOの濃度]が5.0超過、又は、[CaOの濃度]/[酸化アルミニウム(Al)の濃度]が2.0超過の場合に、MgOはAlで還元されやすくなり、Al濃度が0.003質量%超過となるとMgOがAlで還元される。
【0038】
しかし、上述のように、Alで脱酸しない、又は、Alで脱酸しても溶鋼のアルミニウム濃度を0.003質量%以下とした場合には、脱酸が弱く、溶存酸素濃度が高くなり、その後の鋳造までに行われるAl添加によるAl脱酸時においてAlが生成し、製品において介在物平均径が3μm以上である酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の合計の個数が増加する問題がある。また、溶存酸素濃度が高くなると、スラグ中のCaOによる溶鋼の脱硫能力が低下するため、軸受材料中のS濃度が0.0020質量%以下の低イオウ鋼が得られない問題がある。
【0039】
本発明においては、上記問題に鑑み、加熱撹拌処理中において溶存酸素濃度を低下させるために、加熱撹拌処理中の溶鋼のケイ素濃度を0.15質量%以上、且つ、加熱撹拌処理中及び加熱撹拌処理後の溶鋼のスラグの組成を、3.0≦[CaOの濃度]/[SiOの濃度]、[酸化第一鉄(FeO)の濃度]+[酸化第一マンガン(MnO)の濃度]≦1.5質量%とする必要があり、加熱撹拌処理後の溶鋼の全酸素濃度を30ppm以下にする必要がある。なお、スラグの組成を、3.0≦[CaOの濃度]/[SiOの濃度]、[FeOの濃度]+[MnOの濃度]≦1.5質量%とすることにより、その後の鋳造までのAl脱酸後において、スラグ中のSiO、FeO及びMnOによるAlの再酸化も防止することができる。その結果、介在物平均径が3μm以上の介在物の製品中の個数を低下させることが可能となる。また、スラグ中のCaOによる溶鋼の脱硫能を確保し、軸受材料中のS濃度が0.0020質量%以下の低イオウ鋼を得るためには、加熱撹拌処理中及び加熱撹拌処理後の溶鋼のスラグの組成を、3.0≦[CaOの濃度]/[SiOの濃度]、且つ、[CaOの濃度]/[酸化アルミニウム(Al)の濃度]≧1.0になるようCaOの濃度を高め、加熱撹拌処理後のS濃度を20ppm以下にする必要がある。
【0040】
なお、上記加熱撹拌処理中のスラグ組成に抑制するために、出鋼工程において、溶鋼上のスラグを除滓した後、CaOに加えて、Al、SiO、CaF、ZrOの1種以上を含有したフラックスを添加する。
また、加熱撹拌処理において、目標のスラグ組成にするためには、加熱撹拌処理前の出鋼工程における除滓に加えて、転炉における脱炭処理において高炭素濃度で吹錬を終了することが有効である。高炭素濃度で終了することにより、転炉で発生するスラグ中のFeOは低下し、スラグの流動性が低下するために、出鋼時に取鍋に流出するスラグ量及びFeO量が低下するという効果がある。また、溶鋼中の溶存酸素濃度が低くなることにより、出鋼中に添加される合金(Si、Mn等)の歩留まりが向上し、鍋内でのSiOやMnOの生成量が低減するという効果がある。上記効果を発揮するためには、転炉での脱炭処理を炭素濃度0.50質量%以上で終了する必要がある。なお、炭素濃度1.20質量%以上にすると、その後の二次精錬において脱炭処理が困難であることから、製品成分範囲を超える。
【0041】
また、上述したように、加熱撹拌処理工程においてAl濃度が低いため、通常のAl脱酸に比べ加熱撹拌処理中の脱硫能力は低くなる。そのため、加熱処理後のS濃度を確実に20ppm以下にするには、転炉における脱炭処理前の溶銑予備処理工程においてS濃度を0.0020質量%以下にすることが有効である。S濃度を0.0020質量%以下にするには、機械撹拌式溶銑脱硫装置により石灰含有フラックスを用いて、回転速度100rpm以上で強撹拌して脱硫することが有効である。
【0042】
また、転炉での脱炭処理を高炭素濃度で終了するため、転炉での一次精錬工程での脱リン能力は、脱炭処理を低炭素濃度で終了した場合と比べて低下する。製品でのリン濃度を0.0020質量以下にするには、脱炭処理前の溶銑予備処理工程においてリン濃度を0.0020質量以下とすることが有効である。軸受材料のリン濃度を0.0020質量以下とするためには、CaO含有フラックスと酸化鉄、若しくは、酸素ガスを用いて、溶銑輸送、保持装置や転炉などにおいて脱リンすることが有効である。
【0043】
加熱撹拌処理工程において、Al濃度を0.003質量%以下にすることが、MgOAl系介在物の生成防止に有効である。そのため、続いて行われる真空脱ガス処理工程において、製品成分の制御を行うとともに、溶鋼の脱酸を目的にAlを添加しAl脱酸を行う必要があり、Al脱酸時に生成したAlを除去し、介在物平均径が3μm以上及び10μm以上である酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の製品における個数を減少させる必要がある。
【0044】
本実施形態においては、RH真空脱ガス装置を用いた真空脱ガス処理工程において、Al脱酸時に生成したAlを早急に減少させるため、また、製品における酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の個数を減少させるために、真空脱ガス処理工程前の溶鋼中のN濃度を150ppm以上、望ましくは200ppm以上とすることが重要である。これにより、真空脱ガス処理中に溶鋼中から生成する微細な窒素気泡にAlが捕捉され、凝集、浮上分離が促進される。
【0045】
上記のように、真空脱ガス処理工程前の溶鋼中のN濃度を150ppm以上、望ましくは200ppm以上とする方法として、一次精錬工程での脱炭処理において、底吹きガスの全部又は一部を窒素ガスとして溶銑に吹き込み、脱炭処理終了時の窒素濃度を100ppm以上、望ましくは150ppm以上、さらに望ましくは200ppm以上にすることが有効である。なお、転炉での底吹きガスの窒素ガス流量は、溶銑1ton当たり50Nl/min・ton以上であることが望ましい。
【0046】
また、溶鋼中の窒素濃度が150ppm未満(望ましくは200ppm未満)である場合には、上記一次精錬工程での加窒処理に加えて、引き続き行われる加熱撹拌処理工程において底吹き撹拌ガスと上吹きランスによる吹き込みガスとを合わせた全ガスの全部又は一部を窒素ガスとして溶鋼に吹き込み、真空脱ガス処理工程前の溶鋼中の窒素濃度を150ppm以上、望ましくは200ppm以上に増加させることも有効である。その場合には、溶鋼1ton当たり窒素ガスを3Nl/min・ton以上で20分以上吹き込むことが望ましい。加熱撹拌処理時のAl濃度を0.003質量%以下にしているため、溶鋼1ton当たり窒素ガスを3Nl/min・ton以上吹き込むことにより強い撹拌を行っても、スラグ中のMgOはAlで還元されにくい。そのため、MgOAlを生成させることなく、加熱撹拌処理工程において加窒することが可能となる。
【0047】
さらに、本実施形態においては、真空脱ガス処理工程前の溶鋼中の窒素濃度を150ppm以上、望ましくは200ppm以上とするために、上記窒素ガスによる加窒に加えて、又は、上記窒素ガスによる加窒なしに、転炉からの出鋼時及び/又は加熱撹拌処理時に、溶鋼に窒化マンガン及び窒化クロムの少なくとも一方を添加することにより、加熱撹拌処理工程後で且つ前記真空脱ガス処理工程前の溶鋼の窒素濃度を増加させ、150ppm以上とすることができる。これにより、窒素ガスによる加窒に比べて、合金添加量に応じて短時間で窒素濃度を増加させることができる。
【0048】
また、本実施形態においては加熱撹拌処理を20分以上行うことが望ましく、これにより、加熱撹拌処理後の溶鋼の全酸素濃度を30ppm以下にすることが可能となる。但し、加熱撹拌処理を60分以上行っても酸素低減効果は頭打ちとなり、処理コストの増加を招く。
さらに、本実施形態においては、加熱撹拌処理工程後に引き続き行われる真空脱ガス処理工程において、Al脱酸時に生成したAl系介在物の個数を早急に減少させるために、真空脱ガス処理工程前の溶鋼中の窒素濃度を150ppm以上、望ましくは200ppm以上とし、真空脱ガス処理中に溶鋼中から生成する微細な窒素気泡にAlを捕捉し、凝集、浮上分離を促進することが重要である。そのためには、溶鋼中の窒素濃度が高く、窒素気泡の生成量が多い真空脱ガス処理開始5分以内にAlを添加し、Al濃度を0.005質量%以上としてAl脱酸を行うことが重要である。
【0049】
また、本実施形態においては、RH真空脱ガス装置の浸漬管からの吹き込みガスの全部又は一部を窒素ガスとし、溶鋼1ton当たり窒素ガスを5Nl/min・ton以上のガス流量で脱ガス撹拌処理開始から5分間以上吹き込んで脱ガス撹拌処理を行うことにより、Al脱酸時に生成したAlのさらに早期における凝集、浮上分離を促進することが可能となる。
【0050】
なお、製品中の窒素濃度を0.0040質量%以下にするために、真空脱ガス処理工程前に高めた窒素濃度を脱窒により低下させることが重要であり、そのためには、RH真空脱ガス装置の浸漬管からの吹き込みガスをアルゴン(Ar)ガスとし、溶鋼1ton当たりArガスを5Nl/min・ton以上のガス流量で20分間以上吹き込んで脱ガス撹拌処理を行い、該脱ガス撹拌処理後の溶鋼の窒素濃度を0.0040質量%以下とすることが重要である。
【実施例】
【0051】
以下に、本実施形態の実施条件と得られた効果について具体的に示す。本実施形態の軸受材料の製造方法を用いて高炭素クロム含有軸受鋼を製造した。本実施例においては、高炉出銑工程、溶銑予備処理工程、転炉における一次精錬工程、加熱撹拌精錬処理(LF)工程、RH真空脱ガス処理工程、連続鋳造処理工程という順序で高炭素クロム含有軸受鋼を製造する。
【0052】
表1,2に示す鋼組成(Fe以外の主要組成のみ示す)からなる軸受材料を上記の順序により溶製し、連続鋳造によりブルーム鋳片(300×400mm断面)を製造した。このブルーム鋳片に対して所定の加熱、均熱拡散処理を施した後に、直径215mmのビレットに圧延した。このビレットをさらに熱間圧延により直径60mmの棒鋼とし、次に炭化物を球状化するために焼鈍し処理を行い、製品丸棒とした。なお、表1に記載された実施例に係る軸受材料は本実施形態の軸受材料の製造方法の条件を満たす製造方法で作製し、また、表2に記載された比較例に係る軸受材料は本実施形態の軸受材料の製造方法の条件を満たさない製造方法で作製した。
【0053】
この製品丸棒の1/4厚部における圧延方向の縦断面を、検鏡法により観察した。被検面積は3000mmである。そして、(長さ×幅)1/2で算出される介在物平均径が3μm以上及び10μm以上である酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の合計の個数を測定した。また、上記の介在物平均径が3μm以上の酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物をランダムに20個以上抽出し、SEM(走査型電子顕微鏡)及びEDX(エネルギー分散型X線分光法)により組成を定量した。そして、酸化物及び硫化物に換算して、酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物中のMgO濃度を測定し、MgO濃度が5質量%超過の酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の割合を測定した。
【0054】
また、転動疲労寿命の試験は、上記製品丸棒を輪切りにして円盤に粗加工し、通常の焼入れ及び低温焼戻しの熱処理を施した後に、表面を機械仕上げ加工して試験片を製作した。この試験片を用いて転動疲労寿命試験を行った。この転動疲労寿命試験には森式スラスト型転動疲労試験機を用い、ヘルツ最大接触応力:5260MPa、繰り返し応力数:30Hz、潤滑油:♯68タービン油の条件で行った。試験は、試験片が剥離するまでの負荷回数を測定し、その試験結果がワイブル分布に従うものとして、試験片数の10%が疲労破壊する寿命(B10寿命)をワイブル確率紙により求めた。
【0055】
表1及び表2に、本実施例及び比較例の高炭素クロム含有軸受鋼の鋼材成分、高炭素クロム含有軸受鋼に含まれる酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の合計の個数、高炭素クロム含有軸受鋼に含まれる介在物平均径が3μm以上の酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物のうち酸化マグネシウム濃度が5質量%超過であるものの割合、並びにB10寿命を示す。
【0056】
【表1】

【0057】
【表2】

【0058】
本実施例の高炭素クロム軸受鋼は、介在物平均径が3μm以上である酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の合計の個数が、1000mmあたり100個以下、介在物平均径が10μm以上の酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の合計の個数が、1000mmあたり2個以下で、且つ、介在物平均径が3μm以上の酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の全体の90%以上が、酸化マグネシウム濃度が5質量%以下であり、上記条件を満たしていない比較例に比べてB10寿命が優れている。また、実施例1〜12及び14は、アルミニウム濃度がより好適な範囲内であるため、アルミニウム濃度が若干低い実施例13に比べてB10寿命がより優れている。
【0059】
また、表3〜6に、本実施例と比較例の高炭素クロム軸受鋼の製造方法の比較、及びB10寿命を示す。本実施例の製造方法により高炭素クロム軸受鋼を製造することにより、比較例の製造方法により製造された高炭素クロム軸受に比べてB10寿命が優れている。
なお、表1〜3,5において「T.O」とは、鋼中の全酸素濃度を示している。また、表1,2,4,6において「酸化物及び硫化物含有酸化物」とは、酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物を示している。さらに、表4及び6のB10寿命の欄においては、◎印はB10寿命が6.0×10以上であること、○印はB10寿命が5.0×10以上6.0×10未満であること、△印はB10寿命が3.0×10以上5.0×10未満であること、×印はB10寿命が3.0×10未満であることを示している。
【0060】
【表3】

【0061】
【表4】

【0062】
【表5】

【0063】
【表6】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
濃度0.80質量%以上1.20質量%以下の炭素、濃度0.15質量%以上0.70質量%以下のケイ素、濃度0.80質量%以下のマンガン、濃度0.50質量%以上2.00質量%以下のクロム、濃度0.020質量%以下のリン、濃度0.0020質量%以下のイオウ、濃度0.005質量%以上0.025質量%以下のアルミニウム、濃度0.0007質量%以下の酸素、及び濃度0.0040質量%以下の窒素を含有し、残部が鉄及び不可避的不純物であるとともに、被検面積が3000mmである場合に、(長さ×幅)1/2で算出される介在物平均径が3μm以上である酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の合計の個数が、1000mmあたり100個以下、前記介在物平均径が10μm以上の酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の合計の個数が、1000mmあたり2個以下で、且つ、前記介在物平均径が3μm以上の酸化物系非金属介在物及び硫化物含有酸化物系非金属介在物の全体の90%以上が、酸化マグネシウム濃度が5質量%以下であることを特徴とする軸受材料。
【請求項2】
濃度0.10質量%以下のモリブデン、濃度0.5質量%以下のニッケル、濃度0.5質量%以下の銅、濃度0.20質量%以下のバナジウム、及び濃度0.20質量%以下のニオブのうち少なくとも1つをさらに含有することを特徴とする請求項1に記載の軸受材料。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の軸受材料を製造する方法であって、
高炉で得られた溶銑に対して、酸化カルシウム含有フラックスを用いる脱硫処理と、酸化カルシウム含有フラックス及び酸化鉄を用いる脱リン処理又は酸素ガスを用いる脱リン処理と、を施して、溶銑のイオウ濃度を0.0020質量%以下、リン濃度を0.020質量%以下とする溶銑予備処理工程と、
前記溶銑予備処理工程で得られた溶銑に、転炉にて酸素ガスを吹錬して脱炭処理を施し、得られる溶鋼の炭素濃度を0.50質量%以上1.20質量%以下とするとともに、前記吹錬中に前記溶銑に窒素ガスを吹き込んで、前記溶鋼中の窒素濃度を100ppm以上とする一次精錬工程と、
前記転炉からの出鋼時に、前記溶鋼に所定の合金を添加して前記溶鋼上のスラグを除滓する出鋼工程と、
前記出鋼工程でスラグを除滓された溶鋼に対して、底吹き撹拌ガス及び/又は上吹きランスによる吹き込みガスを吹き込むことによるガス撹拌とアーク加熱とを用いる加熱撹拌処理を行う加熱撹拌処理工程と、
前記加熱撹拌処理を施した溶鋼を脱ガスする真空脱ガス処理工程と、を備えるとともに、下記の5つの条件を満足することを特徴とする軸受材料の製造方法。
条件A:前記出鋼工程でスラグを除滓された溶鋼に対して、酸化アルミニウム,二酸化ケイ素,フッ化カルシウム,酸化ジルコニウムのうち少なくとも1つと酸化カルシウムとを含有するフラックスを添加して、前記加熱撹拌処理中及び前記加熱撹拌処理後のスラグの組成を、3.0≦[酸化カルシウムの濃度]/[二酸化ケイ素の濃度]≦5.0、1.0≦[酸化カルシウムの濃度]/[酸化アルミニウムの濃度]≦2.0、[酸化マグネシウムの濃度]≦3.0質量%、[酸化第一鉄の濃度]+[酸化第一マンガンの濃度]≦1.5質量%とする。
条件B:前記加熱撹拌処理中の溶鋼のケイ素濃度を0.15質量%以上とする。
条件C:前記加熱撹拌処理中に、溶鋼にアルミニウムを添加しないか、又は、添加する場合は溶鋼のアルミニウム濃度を0.003質量%以下とする。
条件D:前記加熱撹拌処理後の溶鋼のイオウ濃度を20ppm以下、酸素濃度を30ppm以下とする。
条件E:前記底吹き撹拌ガスと前記吹き込みガスとを合わせた全ガスの全部又は一部を窒素ガスとし、前記溶鋼1ton当たり窒素ガスを3Nl/min・ton以上のガス流量で20分間以上吹き込んで、前記加熱撹拌処理工程後で且つ前記真空脱ガス処理工程前の溶鋼の窒素濃度を150ppm以上とする。
【請求項4】
前記転炉からの出鋼時及び/又は前記加熱撹拌処理時に、前記溶鋼に窒化マンガン及び窒化クロムの少なくとも一方を添加することにより、前記加熱撹拌処理工程後で且つ前記真空脱ガス処理工程前の溶鋼の窒素濃度を150ppm以上とすることを特徴とする請求項3に記載の軸受材料の製造方法。
【請求項5】
前記真空脱ガス処理工程ではRH真空脱ガス装置を用いて脱ガスを行い、脱ガス開始後5分間以内にアルミニウムを添加して、溶鋼のアルミニウム濃度を0.005質量%以上とした後に、前記RH真空脱ガス装置の浸漬管からの吹き込みガスをアルゴンガスとし、溶鋼1ton当たりアルゴンガスを5Nl/min・ton以上のガス流量で20分間以上吹き込んで脱ガス撹拌処理を行い、該脱ガス撹拌処理後の溶鋼の窒素濃度を40ppm以下とすることを特徴とする請求項3又は請求項4に記載の軸受材料の製造方法。
【請求項6】
前記RH真空脱ガス装置の浸漬管からの吹き込みガスの全部又は一部をアルゴンガスに代えて窒素ガスとし、溶鋼1ton当たり窒素ガスを5Nl/min・ton以上のガス流量で前記脱ガス撹拌処理開始から5分間以上吹き込んで前記脱ガス撹拌処理を行うことを特徴とする請求項5に記載の軸受材料の製造方法。



【公開番号】特開2012−132094(P2012−132094A)
【公開日】平成24年7月12日(2012.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−217970(P2011−217970)
【出願日】平成23年9月30日(2011.9.30)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】